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「使い魔は妖魔か或いは人間か11」(2012/06/09 (土) 21:56:26) の最新版変更点
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#settitle(第11話『運命』)
#navi(使い魔は妖魔か或いは人間か)
舞踏会から数日が経った、ある日。
水の中に浮かんでいるような感覚。
ルイズは過去の風景を見ているのだと気付いた。
母親に叱られ、池のほとりの小船でうずくまっていた幼い頃の夢。
その度に優しい子爵様が手を差し伸べてくれた。
いつものように手を取って、夢から覚める……はずだった。
目を覚ましたルイズが次に見たのは、薄暗い部屋だった。
暗く感じるのは揺らめく灯りの所為で、建物自体は立派な代物に見える。
「……ハア……ハア……夢か……やな夢だったな」
聞こえてきたのは、ルイズにも馴染みのある声。
「アセルス!?」
ルイズが驚いて叫ぶも、アセルスには届いていない。
「ここ、どこ?服が破れて……血の痕?
どっか怪我したのかな……じゃあ、ここは病院?」
現状がどうなっているのかまるで分からない有様で、周囲を見渡していた。
ルイズもかつて見た夢を思い出していた。
人ならざる者を乗せた馬車に、アセルスが跳ね飛ばされていたと。
アセルスは尚もうろたえながら、部屋を出て行く。
置いていかれるまいと、ルイズも慌てて後を追いかけた。
城は異様としか表現できない代物だった。
上層には化け物が飛び交い、置かれた棺には人が入ったまま並べられている。
「こんな所にも花がある」
アセルスがたどり着いたのは白い花壇。
優雅に飾られた花も、城に漂う雰囲気の前に不気味でしかない。
「ここの城主も意外といい趣味かな……うっ」
花畑に近づいたアセルスの心臓に、背後から剣が突き刺さる。
「え?」
ただ呆然とするしかないルイズ。
「血は紫か」
後姿だけで顔は見えない。
突然現れた男が一言呟くと、姿を消す。
白い花はアセルスの体から流れた鮮血に染まっていた。
──鮮やかな紫色に。
「……生きてる……傷が……ない……夢なら覚めて、お願い!!」
心臓を貫かれながらも生きていた事実に混乱する。
血に塗れた姿のまま、アセルスは何かに導かれるように歩く。
しばらく降りた先にたどり着いたのは、壮大な玉座の置かれた広場。
「名は?」
玉座に座る男が尋ねる。
声の主にルイズは聞き覚えがあった。
アセルスから流れた血を確認していた人物だと気付く。
「私はアセルス。
でもね、人に尋ねる前に自分で名乗るのが礼儀だと思うな」
「この無礼者!」
配下の者がアセルスの態度に憤るが、当の本人は気にした様子もない。
「アセルスか、人間にしては気の利いた名だな……気も強い、いい事だ」
「そろそろ名乗ったらどう?」
アセルスの催促に、配下達が次々と口を開く。
「魅惑の君」「無慈悲な王」「薔薇の守護者」「闇の支配者」「美しき方」「裁きの主」
「ファシナトゥールの支配者、この針の城の主」
「妖魔の君、オルロワージュ様」
最後の一人が彼の名と正体を告げる。
「妖魔……妖魔だったのね!私は人間、あなた達には関係無いわ」
家に帰すよう懇願するアセルス。
オルロワージュと名乗る男は、二つ名の通り無慈悲な声で告げた。
「先ほど花壇で見なかったのか?
お前の血は紫だった、お前はもう人間ではない」
「嘘……」
アセルスは後ずさりしながら呟く。
「セアトの剣で串刺しにされた、その傷はなぜ無い?
そもそも、我が馬車に轢かれてお前は死んでいた」
アセルスは何も言わずにただ青褪めて、震えていた。
「お前が甦ったのは我が青い血の力、妖魔の青と人の赤。
二つの血が混じりあいお前の血になった、紫の血の半妖半人だ。」
「私が……」
人でなくなった現実を受け入れられないアセルス。
「アセルス!」
絶望する彼女に手を差し伸べようとして、ルイズは飛び跳ねるように起きた。
-------
「また……アセルスの過去?」
激しく脈を打つ心臓を抑え、呟く。
気を落ち着かせる為に、窓を開けて換気する。
時刻はまだ夜明け前、ルイズの髪を冷たい風がそよぐ。
アセルスが部屋にいないのは、『食事時』だからだろう。
ルイズも必要だと分かってはいる。
アセルスも気遣って、ルイズが寝静まった頃に向かっていた。
だが目覚めた以上、独占欲から嫉みにも近い感情がルイズに芽生える。
「はぁ……使用人に嫉妬してどうするのよ」
頭を振って反省したのは、ルイズが成長した証。
同時に、アセルスに対する信頼の現われでもあった。
再び夜風にあたり、頭を冷やす。
身を乗り出した際に、下にいるメイドの姿に気付いた。
「あら、シエスタ?」
呼びかけた訳ではなかったのだが、シエスタに声は届いていた。
「ルイズ様?」
見上げた先に、自らの仕える少女の姿。
シエスタの目は、驚いたように見開かれている。
「こんな遅くまで仕事?」
「今日は遅番ですから……
ルイズ様こそ、こんな夜更けに如何なさいましたか?」
至極真っ当なシエスタの返事に、ルイズは硬直する。
アセルスの過去を話すのは躊躇われる。
夢見が悪かったと言うのも、あらぬ勘違いをされそうだ。
「ちょっと寝つきが悪くて」
多少は誤魔化しながらも、正直に告げた。
「でしたら、ホットワインでもお入れ致しましょうか?」
「……そうね、お願いするわ」
仕事の邪魔をするようで悪いが、好意を素直に受け取る。
──数分後、シエスタがホットワインを届ける。
誰かと話したい気分だった為に、ルイズはシエスタを引き止めた。
「少し聞きたいの」
「はい……なんでしょうか?」
神妙なルイズの面持ちに、シエスタも畏まった様子で伺う。
「ああ、緊張しないで。
他愛もない話だから……シエスタは運命って信じる?」
ルイズはくつろげるよう微笑んでみせる。
「運命ですか……私は信じないですね」
「どうして?」
自分だけが魔法が出来ない、ルイズは魔法が使えない運命を呪い続けてきた。
次に思い出すのは、人間でなくなったアセルスの姿。
何故彼女があんな運命に巻き込まれねば、ならなかったのか。
「気を悪くしないでくださいね、祖父からの受け売りなんですけど……」
どこか答えづらそうに、シエスタは口ごもる。
前置きを確認して、シエスタは続きを口にした。
「祖父曰く、例えどんな人生でも自分で変えるしかないと。
自分で決断して来なかった人間だけが、運命を言い訳のように使うって」
シエスタの言葉に、ルイズは胸を突き刺されるような感覚に陥る。
今までどれだけ決断をしてきただろうか?
魔法が使えるようになる目標、貴族で有り続ける志。
貴族生まれと言う立場や環境に流されただけではないのか?
自分の意思で決断を行ったのは一度だけ。
ゼロと認め、アセルスに恥じない貴族となると宣告した時。
だが、その決意すら彼女の影響に過ぎないのではないかと疑念が生じる。
「だから、私も運命は信じないですね。
まぁ祖父は、ブリミル教すら信用しないって公言するほど偏屈者でしたけど」
苦笑しながらも、懐かしそうに語るシエスタ。
彼女の姿に、ルイズも少しだけ心が軽やかになった。
「偉そうな発言をしてしまい、申し訳ありません」
謝るシエスタに、ルイズは首を振って否定する。
「ううん、素晴らしいお爺様だと思うわ。
ありがとう、シエスタ。引き止めて悪かったわね」
「いえ、お話できて嬉しかったです。
それではごゆっくりお休みなさいませ、ルイズ様」
シエスタが部屋を出る前に、一礼する。
「おやすみ」
挨拶を交わして、再びルイズはベッドに潜る。
発端はアセルスとの出会いだった。
だが、立派な貴族となるのは自分で決めたのだ。
過酷な運命が待ち構えようと後悔するつもりはない。
ルイズは固く誓うと共に眠りについた……
-------
──王女来訪の当日。
ルイズも久方となる王女の姿を見つめていた。
最も、他の生徒同様に整列して出迎えてはない。
ルイズとアセルスは学院長室から遠見の鏡で見ている。
二人は品評会に参加するつもりはない。
オールド・オスマンとしても、ありがたい申し出。
王宮連中の迂闊な行動で、揉め事が起きる可能性は十分にあった。
王女の姿を見て、共に遊んだ記憶が蘇る。
あの頃に比べ、自分は成長したのかと考える。
魔法を使う努力は続けていたつもりだった。
思い返せば、闇雲に魔法の詠唱を行っただけ。
実際、空回るだけで何一つ実を結んでいないのだから。
現実を受け入れられなかった。
今は魔法を使えなくても、いつか報われると信じていた。
「滑稽だわ……」
努力というのは、正しい方向に向けて意味を成す。
間違った努力を続けても、賞賛も評価もされようはずがない。
「どうしたの?」
ルイズが溜息と共に自嘲する姿に、本から目線を上げる。
王女に興味が無いアセルスは、文字を覚える為の絵本を読んでいた。
タバサからエルザに会わせたお礼として見繕ってもらった本だが、今はどうでもいい。
まだ短い付き合いながら、アセルスはルイズの性格を把握しつつあった。
端的に言えば、自虐的。
ルイズは人生において、自信を得た経験がない。
親譲りの気の強さはあれど、自信がなければ虚勢にしかならない。
それが些細な理由……例えば身体的な成長等に対して、大きな劣等感を抱く原因でもある。
「ううん、今まで無意味な努力を続けていたなと思っただけ」
虐げられてた者が力を持てば、過信しやすい傾向にある。
そうならないのは、アセルスの存在とルイズが抱いた志の高さ。
他者より力を付けても、自分が納得できないなら充実感は得られない。
「これから正せばいいよ」
「うん」
急かすでも、甘やかすでもない。
そんな一言にルイズから肩の荷がおりる。
「あ……」
再び遠見の鏡に目を向けたルイズの動きが止まった。
写っていたのは夢で見た人物──かつての許婚の姿だった。
-------
「オーイ、嬢ちゃん」
アセルスは会話しない為、デルフはルイズと話すのが日課だった。
今日に限っては部屋に帰ってきて以来、呼びかけても上の空で反応がない。
部屋に悠然と時間が流れる。
静寂を破ったのは、扉を叩いた来訪者。
エルザかシエスタかと思ったが、用事を頼んだ覚えはない。
立っていたのは、黒いローブを被った一人の少女。
部屋に入るや否や、呪文を唱えると部屋が淡く光った。
「ディテクト・マジック?」
来訪者にようやくルイズが反応を示す。
「どこに目が光ってるかわからないですから」
そう言いながらフードを取ったのは、ルイズも良く知る姿。
「姫殿下!?」
トリスティンの王女、アンリエッタその人だった。
ルイズは慌ててベッドから降りると、膝を突いた姿勢でひれ伏す。
「品評会を休んだのには驚いたけど、ご無事なようで何よりですわ」
ただ困惑するルイズを後目に、王女は世間話をするかのごとく語りかけた。
「姫殿下の心遣い、身に余る光栄でございます。
何故このような所まで、おいでになったのですか?」
ルイズは面を上げて、当然の疑問を投げかける。
王女は疑問には答えず、ルイズに大仰に詰め寄った。
「他人行儀な挨拶はやめて頂戴!
ここには小煩い枢機卿も媚び諂うだけの宮廷貴族もいないの。
貴女にまでそんな態度を取られたら、私に心休まる親友はいないわ!」
王女はルイズを抱きしめると、一気にまくし立てる。
その後、ルイズと王女は思い出話に花咲かせていた。
湖畔のほとりで遊んだ事や、泥だらけになって家臣に叱られた過去。
時にはドレスの奪い合いで取っ組み合いをしていた等、他愛もない内容。
アセルスは二人の旧交を邪魔するつもりはない。
何かと余計な一言の多いデルフを連れて、部屋から姿を消していた。
夜空に浮かぶ二つの月。
特に行く当てがある訳でもないアセルスは、屋根で月を見上げていた。
「なあ相棒、感傷に浸ってるところ悪いんだけど……」
アセルスは無言で呼びかけた剣を見下ろす。
「前にも聞いたけど、お前さんいったい何者なんだ?
人間なのに人間じゃなく、妖魔の血が流れてるのに妖魔でもない」
「誰に聞いたの?」
いつもと変わらないように聞こえるアセルスの口調。
「そんな怒らないでくれ。
何となく使い手の感情とか力とか分かるんだよ」
感情を察したデルフリンガーが正直に答える。
アセルスは機械にエネルギーの異常を判断されたのを思い出していた。
「貴女には関係ないわ」
軽々しく話したい過去ではない。
ルイズに半妖の事実を伝えたのは、似た境遇によるものからだ。
人に存在を知られれば、利用されるか怯えられるかだと経験している。
「相棒の不利になる事は言わねえって」
「うっかりで口を滑らされても困るもの」
アセルスがデルフリンガーを信用しない理由。
かけがえのない存在──白薔薇を失った時、軽口を叩いた魔物を思い起こすからだ。
背後の気配に気付いて、アセルスが振り返る。
振り返った先にいたのは、忠実な僕となったエルザ。
「ご主人様、ルイズ様が御呼びです」
「分かったわ、すぐ行く」
アセルスは空間移動で姿を消す。
デルフはそのまま屋根に置いていかれた。
「相棒が信用するのは嬢ちゃんだけかよ。
使い魔としては正しい姿勢なんだろうけどさ……」
なおもブツブツと不満を零すデルフ。
エルザも愚痴には耳を貸さず、剣を拾うと仕事場へ戻った。
-------
「何か用?」
突然、部屋に現れたアセルスに驚く王女。
慣れた様子のルイズが王女に代わって説明する。
「実は、アン……姫殿下から依頼を頼まれたのよ」
アンリエッタ王女の依頼。
内容を要約すれば、政略婚の障害になる手紙を引き取る事。
問題は手紙を出した相手が、反乱で陥落しかけている王国の皇太子である。
一人で請け負うにはあまりに危険な任務──だが、ルイズは引き受けてしまっていた。
アセルスは頭を悩ませる。
ルイズがアセルスの力に頼っている訳ではない。
どんな使い魔が呼び出されたとしても、引き受けたのは想像できる。
「貴女……自分が何を頼んだかわかっている?」
王女への不信感が生まれる。
親友と言いながら、危険を押しつける王女の姿。
アセルスが最も嫌う人間の悪意。
己が目的の為に、他者を利用するやり方に似ていた。
「危険な任務ですが、ルイズなら大丈夫と信じていますわ」
酷く軽薄な王女の笑み。
憤りを増しただけの弁明に、アセルスは王女の首を抑えて壁に叩きつける。
「アセルス!?」
ルイズが驚愕して叫ぶ。
王女に対する非礼以前に、アセルスが何故怒っているのか理解できない。
「大切な者を失う辛さも知らないで、よくも言えたものね」
王女からはアセルスの表情は逆光になって見えない。
ただ明かりもないはずなのに、妖しく輝く赤い瞳は怒りに満ちあふれていた。
「何を……」
「親友?貴女はルイズが死んだって、ただ嘆いて忘れるだけでしょう」
王女が問うより、アセルスが永久凍土のように冷たい声を放つ。
「姫殿下を放して!私は名誉の為なら死なんて恐れないわ!!」
「だからよ、彼女は君の性格を知っている上で頼んだ」
ルイズの請願に対して、アセルスの返答は拒否だった。
「そんなはず……!」
「いえ……ルイズ、彼女のおっしゃる通りですわ」
なおも反論しようとしたルイズを制止する。
アセルスがようやく首から手放すと、床に崩れ落ちて咳き込んだ。
「私に心休まる相手がいないのは本当ですわ。
だからこそ、誰にもお願いできなかった事も……」
懺悔するように王女は……いや、アンリエッタは本心を語り始めた。
「なら、どうして……」
ルイズは次の句が紡げなかった。
自分を利用したいだけだったのか?
友だと告げてくれたのは偽りだったのか?
本当の理由を聞きたい感情と聞きたくない感情が、ルイズの胸中に渦巻く。
「私はウェールズ皇太子を、今でも愛しております」
「……亡命を進めたいと?」
ルイズにも依頼の真相が見えてきた。
ウェールズ皇太子を助けたいが、家臣が賛同などするはずもない。
亡命を受け入れれば、アルビオン王国の打倒を掲げる貴族派と敵対する事になる。
その程度は政に疎いルイズでさえ予測できた。
アンリエッタとて理屈では分かっているつもりだ。
「私は彼に手紙を届けて欲しかった……」
王女ではなく、恋人として手紙を送りたい。
こんな酔狂な依頼を頼める相手がいるはずもない。
何とかできないかと悩む中、ルイズがフーケを捕らえた一報が伝わる。
かつての親友だったルイズならば、引き受けてくれるかもしれないと考えた。
「私は……ルイズ、貴女を利用しようとしたのですわ」
泣き崩れるアンリエッタはただ悔恨していた。
ルイズの身の危険など考えてもいなかった事実。
いや、本当は気づいていた。
ただ自分の目的の為に利用したのだ。
日頃、忌み嫌っているはずの宮廷貴族達のように。
「今日起きた事は全てお忘れになって。
ここに来たのは王女でも、貴女の友人でもない……ただの愚かな女ですわ」
死者のように虚ろな瞳のまま、アンリエッタは部屋を出て行こうとする。
「アン……いえ、姫殿下」
ルイズの呼び止めに、アンリエッタの足が止まる。
振り返るのが怖かった。
ルイズに合わせる顔がない。
部屋から一刻も早く、逃げ出してしまいたかった。
「逃げるな」
彼女の葛藤を見破るようにアセルスが促す。
心臓を鷲掴みにされた心境のまま振り返った。
ルイズは敬服を示す姿勢で跪いて、顔を伏せている。
「ルイズ……?」
ルイズの真意が把握できない。
「手紙を届けたいと望むのでしたら、一言仰せください。手紙を必ず届けよと」
悲嘆も、失望も感じられない。
彼女の瞳にあるのは強い決意のみ。
「何を言っているの!?私は貴女を……」
「私は由緒ある公爵家の三女で、貴女は王族です。
命じられたなら、如何なる理由とて引き受けてみせます」
ルイズには、昔話していた先ほどまでの穏やかさはない。
「ですから姫殿下もご決断ください。
私に号令を下すのも、このまま去るのも貴女の意思一つです」
アンリエッタは息が止まりそうな程の重圧を受ける。
同時にルイズが何をさせようとしているのか、気付いてしまった。
ウェールズ皇太子を手紙を届けよ。
友人ではなく、王女として命じれば良い。
代償としてルイズの命を、己の一存で天秤に懸ける必要がある。
「わ、私は……」
喪に服すと言い訳ばかりで王位を継がない母親。
権威のみを求めて、責務を果たそうとしない宮廷貴族。
アンリエッタの周りには、王族の手本になるような人物がいなかった。
自然と重責から逃避する回数が増えていく。
先程ルイズに己の醜態を晒した時も、逃げるように部屋から去ろうとした。
王女の権威も心構えもない、ただの傀儡の少女。
いや、一人だけ王族を自覚するよう忠言する者がいた。
アンリエッタの嫌う相手、鳥の骨と揶揄されるマザリーニ枢機卿。
『王族である以上、いつの日か決断をしなかった事を後悔しますぞ』
まさに忠告通りの事態が起きていた。
鼓動だけが早くなり、意識だけが遠のいていきそうになる。
ルイズは顔を伏せ、アセルスも沈黙する。
夜分も更けてきた以上、周囲の喧騒もない。
永遠とも錯覚しそうな静寂のみが、部屋を支配している。
「ルイズ」
王女の声は震えたままだ。
しかし、心は決まっている。
「手紙を……ウェールズ皇太子に……届けるように」
震える手でルイズに封筒を手渡す。
軽いはずの手紙が、鉛より重く感じられる。
重さの正体は、ルイズの命。
初めて自分の意思で下した命令で、人が死ぬかもしれない重圧。
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
必ずや姫殿下のご期待に沿え、この困難な任務を成し遂げてみせます」
ルイズは下賜された手紙を両手で受け止め、力強く答える。
「ルイズ……教えて頂戴。何が貴女の心を変えたの?」
ルイズとて、箱入り娘だったはずだ。
王女と遊んでいた頃から、年月を経たが印象は変わらなかった。
「私が変われたのは、一つの決心」
「決心……?」
アンリエッタが身を乗り出して、没頭する。
ルイズの一言一句を聞き逃すまいとするように。
「使い魔の儀式まで私は自分の境遇を嘆くだけでした。
どれだけ努力しても、魔法が使えない『ゼロ』のルイズと馬鹿にされる日々」
彼女の噂は以前、耳にしていた。
簡単なコモン・マジックすら使えない落ちこぼれと評されていたとも。
「あだ名通り、私には何もない。あるのは公爵と言う立場だけで私自身は空っぽの存在」
アンリエッタは胸が締め付けられる思いだった。
ルイズが抱いていた感情は、多かれ少なかれ自身にも存在するものだ。
「でも、貴女は変わった……」
同じ立場だったはずのルイズと自分。
しかし、今では差が大きく離れている。
促され、震えながらようやく命令を下せた小心者の自分。
死すら厭わずに任務を受けたルイズとは、比べ者にならない。
「目標へ向かう為の道に気付いたのです」
「立派な貴族になりたいと語っていた事?」
アンリエッタが思い出したのは、常日頃からルイズが語っていた将来の夢。
「はい、でも何も出来ずにいました。
理想に対して、何一つ届かない自分と言う現実を認めたくなかった」
「自覚できた……その理由は?」
答えを求める王女に、ルイズは一つだけ誓いを求める。
「これから話す事は誰にもおっしゃらないでください」
王女が頷いて同意したのを見て、ルイズの独白が再び紡がれる。
「きっかけは使い魔の召喚儀式でした。
ここにいるアセルスを呼び出したのが始まりですわ」
使い魔召喚儀式からの出来事をかいつまんで話す。
呼び出したアセルスが妖魔の支配者である事。
妖魔でありながら、誰より貴族らしく感じた印象。
ギーシュとの決闘、フーケの討伐。
「妖魔の支配者……」
荒唐無稽にも思える話だったが、ルイズが嘘をつくはずもないと思っている。
「私はいつかアセルスの力に並び立てる貴族になる、これが今の目標ですわ」
ルイズの誇らしげな表情。
彼女がこれほど自信に満ちあふれた姿は、過去に見た記憶がなかった。
「ルイズ、今の貴女がとても……羨ましいですわ」
アンリエッタには人生の目標と呼べるものはない。
愛する者の危機に、ただ小娘のように狼狽するのみ。
口では親友と謳いながら、泣き落とすような真似で危険な任務を請け負わせた。
己の卑小さを嫌という程に思い知らされた。
項垂れていたアンリエッタはアセルスの方を振り向いた。
「アセルス様でしたね?この度の非礼、深くお詫びをいたしますわ」
アンリエッタが深々と謝罪する。
アセルスからすれば不快な相手ではあったが、
ルイズが望んで任務を受けた以上は口を挟むつもりはない。
「身勝手な願いですけど、ルイズをお守りください」
「心配しなくても彼女は必ず守るわ」
アセルスにも絶対の自信がある訳ではない。
自身は永遠の命でも、大切な人を守れなかった経験はある。
危険はあるが、ルイズが望むならアセルスは叶えるつもりだった。
「ルイズ、ごめんなさい。
許してなんて言えない、資格がないのも分かっています。
でもどうか無事で帰って頂戴、私のたった一人の友人なのだから」
芝居がかった出会い頭の時のようではなく、不安からルイズを抱きしめた。
「心配しないでくださいませ、私が姫様のお願いを断った事なんてないでしょう?
夜に城を抜け出してウェールズ皇太子に会う時だって、変わり身を引き受けたじゃないですか」
ルイズが安心させるように軽口を叩く。
思わずアンリエッタの顔が赤く染まった。
「い、いつから気づいていたのルイズ?」
「つい先ほど。
恋文を届けて欲しいと頼まれた時に、私を影武者に逢引していたと思い当たりましたわ」
いたずらっ子のように笑うルイズに釣られて、アンリエッタも笑った。
僅かな時間だが、二人は今度こそ心から話し合った。
二人の様子を見て、微笑ましく思うと共にアセルスの胸に小さな痛みが走る。
王女の依頼、胸の痛みの正体。
この旅でルイズとアセルスの関係は大きく変わる。
二人の少女が行き着く先は天空かそれとも……
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