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#navi(るろうに使い魔)
「諸君、決闘だ!」
ギーシュの宣言と同時に、周りの貴族たちが歓声を上げる。
場所はヴェストリ広場。そこにはギーシュ達を取り囲むように貴族で満たされていた。
「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民だ!」
その歓声な中に剣心はいた。この様子に少し驚いたようだが、まだ呑気な表情だ。
「とりあえず、逃げずに来たことは褒めてやろうじゃないか」
薔薇の杖をかざすと、ギーシュは気障ったらしくそれを剣心に向けた。
「では早速始めようか?」
「あー、いやいや、拙者闘いに来たのではござらんよ」
この言葉に、周囲は一瞬、時間が止まったかのように空気が固まった。それに遅れて、ギーシュが口を開いた。
「ほう、怖気付いて今更、自分の愚かさを認める気になったかい?」
「まあ、あれは拙者にも非がある、そこでこうはどうでござる?」
と、剣心は人差し指を指してギーシュにこう提案した。
第四幕 『ヴェストリ広場での決闘』
「拙者がそれについて詫びるから、お主も先程の女子二人に二股のことで謝る。これなら万事解決でござろう?」
再び、空気が凍りつく。
しかし次の瞬間、今度は周囲がどっと笑いで歓声を上げた。キュルケは涙を流して大笑いしており、モンモランシーは恥ずかしさに顔をそらした。
ルイズは顔を耳まで真っ赤にする。あの平民、やっぱりおかしい、根本的にズレてる。結局、今の状況を全然理解していないのだ。
当のギーシュはというと、これまたルイズと負けず劣らずの真っ赤な顔をして引きつった笑いを浮かべていた。
無理もない。これで周りの貴族皆に、自分の二股やその失態を知られてしまったのだ。今はまさに、穴があったら入りたい心境だ。
「そうかい……だが残念なことにギャラリーは望んでいるんだよ…君と僕との決闘をね…」
震える声でギーシュは剣心を睨みつける。今にも杖を捨てて殴りかかってきそうな雰囲気だ。だが貴族としてのプライドがそんなマネしてなるものかと必死に押さえ付けていた。
あくまで、この平民を倒すのは魔法だ。魔法で、堂々と叩きのめす。歯を食いしばってそう自分に言い聞かせ、冷静になるとスッと剣心を見据えた。
「要件は却下。彼女達には忘れずに後で謝罪するとして……それでは決闘を始めさせてもらおう!!」
と、フォローも忘れずギーシュは、見てもいないモンモランシーに対しウインクをすると、改めて声高に宣言して、周囲を歓声で包ませた。
「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句は言うまいね?」
「……おろ?」
そう言って、ギーシュは薔薇を一振りした。剣心は目を丸くした。なんとそこから一枚の花弁が落ち、それが見る見る内に女性の甲冑へと変貌したのだ。
「僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。従って青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」
ギーシュはその言葉と共に鋭く杖を振った。
指令を受けたワルキューレは、まだ驚いている剣心をよそに、青銅とは思えぬ速さで間合いを詰めた。
(まずはそのマヌケ顔に一発――!)
と、ギーシュのワルキューレは銅の硬さにものを言わせた拳での一撃を、剣心の腹目がけて打ち放ち――
―――そして思いきり空を切った。
「……どうしてもやるでござるか?」
対する剣心は、未だに闘いを躊躇った感じで、いつの間にかワルキューレの突き出した拳を横で躱して見つめていた。
「無論……だ!」
ギーシュが杖を振ると同時に、ワルキューレは再び動き出して剣心を襲う。しかし、繰り出す攻撃は悉く外れ、空振りの音が虚しく響くだけ。
しまいには、拳の打つ瞬間を見切られ、それとなく足をかけられてしまう。バランスを崩されたワルキューレは、盛大にすっ転び周囲の笑いを誘った。
「おいギーシュ! いつまで平民に華持たせてるつもりだよ!?」
「流石ギーシュ、決闘にそんな遊び心を入れるなんて余裕だなぁ!」
笑い飛ばす観衆を見て、ギーシュは引きつった笑みでそれに応える。歓声がうざったいと思ったのは生まれて初めてだ。
しかし、それらを忘れるように振り切ると、剣心の方に杖を向けた。
「ふふん、少しはやるようだね。なら僕もちょっと本気を出そうかな」
今度は、杖から二枚の花弁が舞い落ち、二体のワルキューレを精製する。その二体が同時に、剣心に飛び掛る。
しかし剣心は動じない。むしろ最初のワルキューレを見た時より反応が薄かった。四つになった拳を特に気にせず、剣心は捌き続ける。
それを見て、ギーシュはニヤリと笑った。
どうやら気づいていないようだ。このワルキューレ達の攻撃は、いわば本命のための布石。上手く攻撃をかわさせて、背後から重い一撃を与えるための―――。
そう、ギーシュはワルキューレを操って、剣心を避けさせながら実は誘導させていた。
背後には、先ほど足をかけられ、倒れたワルキューレ。それがムクリと起き上がり、前方の回避に集中している剣心に向かって殴りかかった。
「あっ!! 危な―――」
ルイズの叫びも虚しく、ワルキューレの拳は剣心の後頭部目がけ―――
……ドゴォン!!
と、間違いなく何かに当たったような音が、観衆に響きわたった。
あの平民は、大丈夫なのか……ルイズが恐る恐る目を開けると、そこには予想外のことが起こっていた。
当たっていたのは、剣心の頭ではなく気を引きつけていたワルキューレの一体だった。
これでもかというくらいにひしゃげたワルキューレの頭は、そのまま崩れ落ちピクリとも動かなくなった。
「――分かりきった仕掛けでござるな」
剣心は、初めて受けた『土』系統の授業を思い返していた。
『錬金』から始まる、形質変化や形状変化。恐らくギーシュも、『土』系統とあたりをつけた剣心は、そこで授業で学んだ事から、様々な憶測をしていた。
加えて、ギーシュの性格や今の状況から見て、そこから一番してきそうなことについて、大まかな予測を立てていたのだ。
まあ、こんな『読み』を使わずとも、転ばしただけで動かなくなるワルキューレを見た時点で、大概怪しいものがあったのだが。
「……くそっ!!」
策を看破され、またもや恥の上塗りをしてしまったギーシュは、苦い顔で杖を振るう。今度は挟み撃ちの形で、剣心の眼前と背後、両方から拳が飛んできた。
しかし、剣心は変わらず動揺一つ見せず、何とそのまま拳の間へと割って入った。
当然、拳の行き先は、互いのワルキューレの頭部。自分で自分の銅像をぶっ飛ばすと、最初のものと同じく動かなくなった。
結局、最後まで立っているのは、避ける以外何もしていない剣心だけだった。
「まだ続ける気でござるか?」
剣心が、呆れた口調でギーシュに聞いた。
ギーシュは最早、気障な格好を取ることすら忘れている。最初から最後まで遊ばれていることに、怒りで肩を震わせながら言った。
「さっきから癪に障るんだが…君は本気で僕に勝てると思っているのかい? メイジであるこの僕に! 平民が!!」
「言ったはずでござるよ、拙者『闘う』つもりなどないと」
「………ッ!!!」
とうとうギーシュはキレた。あらん限りの勢いで杖を振り回すと、今度は七枚、花弁が舞い落ち、七体のワルキューレを精製する。
……だけでなく、それぞれのワルキューレ達は、その手に武器を持っていた。剣、槍、斧、ハルバートといった得物を抜き放ち、剣心の周囲をグルリと取り囲んだ。
「さあ、訂正するなら今のうちだぞ! 素直に実力の差を認め、土下座して詫びるなら許してやろう!!」
声高にして叫ぶギーシュに対し、剣心は相変わらずの無表情で周りを見る。ジリジリとこちらへと、にじり寄って来る形で恐怖心を煽る演出をしているようだ。
この様子を、ルイズはただ気が気でない表情で見つめていた。
ああ…いよいよギーシュが本気になってしまう。ルイズは胸の中がモヤモヤし始めた。
止めるべきだろうか…うん、止めるべきだ。このままでは間違いなく半殺しに…いや、今のギーシュの状態からしてそれ以上だろう…に、されてしまう。
これから始まるのは、決闘という名の公開処刑。
確かに平民だし、どこか抜けてるけど、全く使えない訳じゃない。不平を言ったことはないし、片付けの時だって、自分から率先して手伝ってくれて――私を……慰めてくれた。
本当は、あの時『ありがとう』って、言いたかった。この学院に来て、初めてかけてくれた優しい言葉……ありきたりだったけど、嬉しかった。
でも、代わりに出たのは拒絶の叫び。それが今の今まで、ルイズの胸の中でグルグルと渦巻いていたのだ。
せめて『ごめんね』だけでも言いたい。もし言えずに彼が死んでしまったら、多分一生後悔してしまうだろう。
「ケンシン! もうやめなさい!! 本当に殺されちゃうわよ!!」
気づいたら、剣心に向かって叫んでいた。でも剣心は、いつもどおりの優しい笑みでルイズを見た。
「おお、やっと名前で読んでくれたでござるな、ルイズ殿」
「そうじゃなくって! お願いだがら私の話を――」
必死になるルイズに、剣心は微笑みながら手を前に出して制止した。まるで、それだけで言いたいことが伝わったかのように……。
そしてギーシュを見る。いままでとはうって違い、厳しい眼光で―――。
「……一つ聞きたかった。何故お主らは、ルイズ殿をそう邪険に扱うでござるか?」
「君も見ただろう? あの授業での爆発を。それと君みたいな使い魔を召喚したという事実だけで、充分説明はできると思うけどね」
「お主は女子にあれほど優しく接するのに、ルイズ殿にはそれができないと?」
雰囲気が変わった。剣心の言葉の一つ一つが、空気を重くし緊張感を作り出す。
皆気づいてはいないようだが、いつの間にか歓声が静まり返り、咳一つ聞こえなかった。
「本当に女子に対して優しいなら、困っているルイズ殿に、助けの手の一つでも差し伸べてあげても良いでござろう?」
「フン、言いたいことはそれだけかい? だが今の君にはそんなことを言う余裕はどこにもないのだぞ!!」
気づけば、ワルキューレ達が、剣心の間近へと迫っていた。もう武器でなら一足飛びで充分届く射程距離だ。逃げ道はどこにもない。
ギーシュは、ついに勝ちを確信したのか、ほくそ笑んで剣心を見た。
「今際の際だ、何か他に言い残すことがあれば聞いてあげよう」
一瞬の沈黙。そして剣心が口を開く。
「なら、拙者がこの『決闘』に勝ったら、ルイズ殿にも優しく接するでござるよ」
「それが最後の言葉か…いいだろう! 行け、ワルキューレ!!」
合図と共に杖を切る。
様々な武器を持つワルキューレ達が、剣心に向かって得物を振り上げた。剣が空を切り、槍が閃き、斧が重量を持ってのしかかる。
ルイズは、思わず目をつぶった。貴族はおおっ、と歓声を上げる。
ルイズも周りの貴族達も、何かしら言いながらも誰もギーシュの勝ちを疑っていなかった。
メイジが平民に勝てるはずないと。あのゴーレムの壁の向こう側には、ボロ雑巾になった平民が倒れているだけだろうと、誰しもがそう思っていた。
だから、次の瞬間起こった出来事に、観衆はただただ唖然として見るしかなかった。
「……おい!! 当たってねえぞ!?」
「ありえねえ……全部避けてやがる!!」
「まさか!! あの数でだぞ!!」
その声が、ルイズの耳にも届いた。そしてゆっくりと目を開いた。
そして目撃した。剣心は、未だにワルキューレの猛攻から紙一重で回避している所を。
驚いた……傷どころか、服に切れ目すら入っていない事に。
ワルキューレの振り上げたハルバートが、剣心がわずかに身体をそらしただけで虚しく空を切る。
頭を下げれば、そこには申し合せでもしたかの如く背後から剣が横に飛んでいく。
足を上げれば、目標を見失った槍が、そこに向かって地面に突き刺した。
「おいギーシュ、まだ本気じゃないんだろ? さっさと本気出せよ!!」
「いつまで遊んでいるつもりだ!? なあギーシュ!!」
しかし、そんな野次はもう、ギーシュの耳には届いていなかった。本気かどうか、操っている本人がそれを一番わかっているからだった。
(くそっ…何故だ……何故当たらない…!?)
ギーシュは心中で毒づく。今操っているワルキューレの操作、これがギーシュの本気であり、出せる実力の限界だった。
なのにあの平民は……息もつかせぬ連続攻撃のつもりなのに、今もさっきと大して変わらず、憮然とした感じで躱し続けている。おまけに息切れどころか汗一つ掻いてない。
さっきと避ける手間暇が増えただけ、そんな態度がありありと出ていた。
「当たりさえ……当たりさえすれば…!」
しかし、そんなギーシュの心境とは裏腹に、未だ剣心には掠り傷一つ負わせられないでいた。
やがて、ギーシュの中にゆっくりと、しかし知らぬ内に『焦り』という感情が芽生え始め、正常な判断力を奪っていく。それがワルキューレの精密な動作に、少しずつ支障を来し始めていた。
剣の振りが鈍くなり、斧を持ち上げるのに時間がかかる。
そして剣心は、この隙を見逃さなかった。
(……頃合、だな)
斧を振り上げる目の前のワルキューレを見据えながら、剣心は横から突っ込むもう一体のワルキューレに足をかけた。
再びワルキューレは盛大に転倒するが、今度はその上から斧が飛んできた。
ズガン!! と大きな音を立てて、真っ二つになった人形もどきに脇目も振らず、背後から来る槍の突きを、速さを殺さず手に添えて逸らした。
その先は、さっき斧を振り下ろしたワルキューレの胴体。それが深々と突き刺さり、そしてガラガラと崩れ落ちていった。
「「―――――えっ……!!」」
ギーシュと観衆、それが同時に声を上げた。
それを気にせず、剣心は前からやって来る、剣を持ったワルキューレの方を向いた。
そしてひっそりと後ろから狙う二体のワルキューレにわざと近付きつつ、剣の横薙に合わせてしゃがみこんだ。
代わりに飛んだのは、真っ二つになったその二体のワルキューレの上半身。
続いて、ハルバートを持ったワルキューレが、腕を振り上げて迫ってくる。
剣心はそちらを振り向かずに察知すると、先程斧を持った奴を串刺しにした、槍を携えるワルキューレに近づいた。
結果、背後から飛んでくるハルバートでの唐竹割りを、剣心は寸前にゆらりと回避して、それを槍を持つ青銅の脳天にブチ当てる形となった。
首から上が無くなるほど潰れたワルキューレから、剣心は槍をひったくると、その尾の部分を、後ろにいるハルバート持ちのワルキューレに押し当てた。
それと同時に、ワルキューレの背中から、ズガンと大きな音を立てる。
さっきの一体による、二体の上半身を飛ばした大剣持ちが、剣心に向けての特攻をかけたのだが、押しのけられたハルバート持ちに盾がわりにされたせいで、失敗に終わってしまったのだ。
残るは、あと一体。
横薙で二体の上半身を吹っ飛ばした、大剣を持つワルキューレ。対する剣心は、槍を手放し、すっと刀の柄に手を添えて腰を落とした。
一瞬の沈黙……、やがて、緊張に耐え切れずワルキューレの方から斬り掛ってきた。
その、大きな剣がまさに剣心の脳天目掛けて振りおろされそうになった時。
「―――こっちだ」
いつの間にか、高々と跳んだ剣心の唐竹割りが、大剣を掲げたまま固まっているワルキューレに向かって殺到した。
ドゴンと、大きな衝撃音を残して、ワルキューレの身体はバラバラに砕け散った。
何事!? そう観衆が思ったときには、剣心はもう得物を鞘に納めていた後だった。
そして再び、この場に立つのは剣心ただ一人になった。
永遠とも思えるような沈黙が、ヴェストリ広場の間に流れていた。
誰がこの結末を想像しただろう、誰がこのような事態を予測しただろう。
皆ただ一様にして驚き、口をポカンとして開けている。
止まったままの時間は、剣心の言葉によって動き始めた。
「もう一度言う……まだ続ける気でござるか?」
口調こそ同じだが、さっきとは比べ物にならない程の、凄まじい圧迫感。それを直に向けられているギーシュが、飛び跳ねるように驚いて剣心を見た。
もう怒りとか、勝ち誇った余裕な笑みはとうの昔に消え失ていた。ただただ、ゆっくりとやって来るこの男に対し、得体の知れぬ恐怖心を抱いていた。
「ま…まだだ…まだ僕には…」
その恐怖を一心に振り払って、ギーシュは再び杖を振るう。地面からワルキューレが精製されるが、今度はギーシュを守るかのようにずらりと並んだ。
もう、攻める意欲はとっくに失せている。なんとかこの場を凌いでその内に策を考えようと、ギーシュは杖を振るおうとして…。
その手に、杖がいつの間にか消えていることに気づいた。
サッとギーシュの顔が真っ青になる。メイジにとって杖は命だ。もし無くなったら勝機は完全に断たれてしまう。必死になってあれこれ探っていると、声が聞こえた。
「探しているのは、これでござるか?」
剣心が、薔薇型の杖を手に持ちながら、ギーシュの目の前に立っていた。
「……なっ……えっ!!!!?」
今度はギーシュと、周りの観衆達は目を丸くした。さっきまでギーシュと剣心の間にワルキューレの壁を敷いていたはずなのだ。
なのに何故? 何でこんな至近距離まで近づいたのに気付かなかったんだ? あまつさえ、杖を取られたことに何で反応できなかったんだ?
ギーシュは敗北の危険より、その事実に対しての疑問で頭がいっぱいだった。
「うっそぉ……」
それは、ルイズも同様だった。
初めて見せる、使い魔の実力の片鱗。しかもまだまだ余裕が見え隠れしている。あれほど危険だと騒ぎ立てていた自分が、何だか急に恥ずかしくなった。
「勝っちゃったわね…あんたの使い魔…」
隣では、キュルケがルイズに劣らず唖然とした表情で言った。
その言葉を読み込むのに、少し時間を置いたが、やがてルイズの体の中に滲みこんできた。
(勝った……? 私の使い魔が…ギーシュに…?)
胸がバクバクと音を立てる。鼓動が速くなるのを感じる。
ちょっと前まで予想もしなかった展開。ルイズの中には『もしかして』という希望で一杯だった。
(私……ホントはすごい奴を喚んじゃったのかも……)
そう思いながら、ルイズはこの決闘の成り行きを見守っていた。
「これで最後にしよう……まだ続ける気でござるか?」
この言葉に、ギーシュは我に帰った。そして、ゆっくりと敗北感と恐怖心が同時に体を支配し始めた。
殺されるのか…? 一瞬そう思わせるほどの気迫と殺気を醸し出す剣心に対して、最早ギーシュは刃向かう気など起こせるはずがなかった。
「ま……参った……」
震える声でそう呟くと、後ずさろうとして慌てて尻餅を付いた。格好とか屈辱とか、もうどうでもいい。この恐ろしい男から離れたい。ただそれだけを一心に―――。
「なら、これは返すでござるよ」
剣心が、薔薇の杖をギーシュに差し出した。
いつの間にか厳つい表情が消えて、いつも通りのニコニコ顔に戻っていた。
ポカンとするギーシュをよそに、剣心は小さく頭を下げた。
「さっきは済まなかったでござるな、変に話の腰を折ってしまって」
何のことか、一瞬本気でわからなかったが、そう言えば事の発端はそうだったなと、ギーシュは思い出した。そしてずいぶん昔の事のようだったなとも思った。
「ならば、この決闘もおしまい。お主はちゃんと女子二人に謝っておくでござるよ」
そう言って、剣心は踵を返すと、そのまま興奮冷めやらずの観客を置いてその場を後にした。
「それとさっきの『約束』も忘れないで欲しいでござるよ」
いつもの優しい微笑みで、 最後にそう言い残して。
ルイズはハッとして、慌てて剣心の後を追った。
言いたいことは色々あった。そんなに強かったのかとか、教室の件で怒鳴ったことを謝りたいとか、様々な想いがグルグル巡りながらも、とにかく何か言いたかった。
「ちょっと、待ちなさいよ!!」
ルイズに呼び止められて、剣心は足を止めてルイズの方を見た。
相変わらず、飄々とした態度で何を考えているかよくわからない。でも……もしかしたら、もしかするかもしれない。
しばらく何を言おうか迷って、やがて意を決したように剣心を見つめた。
「あんたって……ホントは凄いの…?」
結局、口から出たのはそんな言葉。それを聞いて剣心はふっと笑った。
「さあ……どうでござるかな」
そして唖然とした調子のルイズを背に、再び歩き出す。その後ろで、ルイズが納得できないように叫んだ。
「ちょっと、あんたは私の使い魔なのよ! 秘密にしないで教えなさいよ!!」
魔法学院は、今日も平和な一日を過ごしていた。
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