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「使い魔は妖魔か或いは人間か10」(2012/05/21 (月) 00:34:21) の最新版変更点
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#settitle(第10話『輪舞曲』)
#navi(使い魔は妖魔か或いは人間か)
「ミス・ロングビルの正体が土くれのフーケだったとはのう……」
学院まで戻ってきたルイズ達からの報告。
オールド・オスマンは髭を撫でながら、苦々しく呟いた。
少女達は日頃の気品など、微塵もない程に煤けている。
怪我はアセルスが術で治したが、汚れまでは落とせない。
「何はともあれ、良くぞ破壊の杖を取り返してきてくれた。礼を言おう。」
命がけの任務を果たした生徒達に、深々と頭を下げる。
「諸君による功績に報いる為、王宮へシュバリエの称号を申請しておいた。
もっとも、王宮の堅物どもが素直に受勲させてくれるかは分かりかねるが……」
勲章の授与。
栄誉あることではあったが、ルイズは気がかりな事を尋ねた。
「あの、アセルスには何もないんでしょうか?」
信賞必罰。
どちらもルイズは、当然だと考える。
世の中がそれ程単純に出来ている訳ではないと知るにはまだ若すぎた。
「残念ながら、彼女は妖魔じゃ」
「そうですか……」
妖魔に勲章が授与されないのは分かっている。
それでも功労者のアセルスに、何も恩賞がない事実は受け入れがたい。
「気にしなくていいよ」
アセルスは恩賞など興味ない。
気がかりなのは、もっと別の事だった。
「さて、今宵はフリッグの舞踏会じゃ。
主役はこの場にいる皆となる、盛大に楽しんでくれ」
「私はまだ処罰が残ってますが?」
当然の疑問をルイズが口にする。
「罪は取り消せん、だが挽回はできる。
危険も厭わず、フーケ討伐に推参した勇気。
破壊の杖を取り戻し、フーケを捕らえた実績。
どちらも賞賛されてしかるべき事じゃよ」
ギーシュの容態が落ち着いた報告もあり、決闘の罪を取り消すつもりだった。
破壊の杖奪還。
教師がなさねばならない責務を果たしたのだ。
褒美を取らせこそすれど、このまま罰を与えるなど教育者として風上にも置けない。
「ありがとうございます……」
賞賛を受ける経験がルイズの人生になかった。
他人に認められるのを誰より願ってきたルイズだったが、素直に喜べなかった。
フーケを捕らえたのも、ゴーレムを打ち倒したのもアセルスだ。
何も出来なかった自分が賞賛され、自他共にアセルスには何も与えられない。
「ほら、せっかくの舞踏会なんだから早く身だしなみを整えて準備しましょ」
キュルケが強引にルイズの背を押して、退室を促す。
少女達が退室していく中、アセルスだけが部屋に残る。
「アセルス?」
「少し用があるから先に行って頂戴」
真剣なアセルスの眼差しに、ルイズは無言で頷くしかできなかった。
部屋に残されたのは学院の主であるオールド・オスマンと、妖魔の君アセルスの二人。
「……それで用とは何かね?」
妖魔との対峙に、多少の警戒をしながらオールド・オスマンが尋ねる。
「貴方達が破壊の杖と呼ぶ武器、あれはどこで手に入れたの?」
「杖を知っておると言ってたのう……少々年寄りの昔話をしても良いかの?」
アセルスは首だけで促す。
「今から、五十年ほど前じゃった。
山岳で秘薬の採取を行っていた儂は、ワイバーンの群れに襲撃されてのう」
そう言いながら、杖を持つと机からの引き出しを開けてみせる。
「その時、一人の青年が儂を助けてくれた。
破壊の杖を構えたかと思うと、ワイバーンの群れを爆発で一掃しての。
この手帳や他の小物もその恩人が持っていたものじゃ」
念力で取り戻した破壊の杖と、手帳やその他の小物を机に並べる。
(IRPO……)
アセルスには手帳や小物に見覚えがあった。
彼女がいたリージョンでの、治安維持局を示すマークが刻まれている。
「その青年は今どこに?」
「……死んだよ、ひどい傷を負っててのう。
埋葬した後、恩人の形見として破壊の杖や彼の所持品をこうして預かっておる」
オールド・オスマンは頭を振って、辛そうに答えた。
「彼がどこから来たのかも分からないのね?」
「うむ、故郷に帰りたいとうなされておった……
リージョンとかアイアール……なんとかと呟いておったが、そんな地名は聞いた覚えがなくての」
アセルスは針の城に戻る気は毛頭ない。
懸念しているのは彼らがこちらの世界に来ないかという事。
ハイペリオンを持ち込んだ人物がどうやってこの世界に来たか。
アセルスが知りたかったのはそれだけだが、手がかりはなさそうだと判断する。
「もう用はないわ」
「待ちたまえ、君は彼について心当たりがあるのではないかね?」
アセルスが立ち去ろうとするも、オールド・オスマンが引き止めた。
「さあ?」
半分は事実、半分は嘘である。
自分の知っているリージョンの住人なのは確かだ。
だが、彼自身の情報はアセルスにもほとんど分からない。
「……そうか、引き止めてすまんかったの」
納得はしていないが、オールド・オスマンは素直に引き下がった。
使い方が不明だった破壊の杖を使った事実、アセルスは何か知っている。
しかし状況証拠にすぎない以上、追求した所で情報の真偽を見極めれるはずもない。
アセルスは無言で出て行く。
一人きりとなった部屋でオールド・オスマンは安堵していた。
ロングビルを雇った経緯、尻を触っても怒らなかったからという理由がばれずに済んで……
-------
「お待ちしておりました、ルイズ様」
扉を開けての第一声に思わず、目眩を起こす。
「えーと……エルザだったわよね?」
ルイズは埃塗れになった為、キュルケ達と風呂に入ろうとしていた。
部屋に戻って支度をするつもりだったのだが、エルザの存在を忘れていた。
「はい」
「貴女が仕えるのはアセルスじゃないの?」
とりあえず浮かんだ疑問が口に出る。
「はい、ですがルイズ様のご命令も遵守するよう遂せられております」
「そう……」
ルイズはどうしていいのか分からず困惑する。
幼い容姿を除けば、仕草はメイドとして問題ないだろう。
ただ服従しているとは言え、吸血鬼相手に雑用を頼むと言うのも躊躇われる。
「それじゃ、お風呂に入りたいからシエスタに伝えておいてくれないかしら?」
この時間はまだ湧かされていない。
シエスタに準備を頼むつもりだったが、伝言役を任せた。
「かしこまりました、ルイズ様」
エルザは一礼すると、部屋から去っていく。
胸中でシエスタに押し付けた事を謝りながら、ルイズは汚れるのも構わずベッドに倒れ込んだ。
しばらくすると、扉が再び開く。
エルザが戻ってくるには早すぎた。
「ルイズ」「アセルス!」
アセルスの声を確認するや否や、ルイズは飛び起きて叫ぶ。
「ゴメン」「ごめんなさい!」
二人の声が同時に発せられる。
そして顔を見合わせた、相手が謝った理由がお互い分からない。
「どうして謝るの?」
まず口を開いたのはアセルスだった。
「だって、私達をかばったせいでアセルスが……」
アセルスもハイペリオンの爆撃を受けて無傷ではいられない。
怪我程度はアセルスも慣れているのだが、戦闘経験のないルイズには衝撃だった。
何より自分が足手まといとなった為に、アセルスに怪我を負わせたとしか思えなかったのだ。
「違うわ、私が迂闊に武器の使い方を喋ったから君を危険な目に合わせた」
アセルスはルイズを危機に陥れたと思っている。
フーケに武器の使い方を教える愚行を行ってしまったのは自分。
それが無ければ、ルイズ達がこれほど傷つく事もなかっただろうと。
「でも……!」
「大丈夫、私は殺されたって生き返れるもの」
上級妖魔を完全に殺すには、同等以上の妖魔でなければ不可能。
支配者の一人の血を受け継いだアセルスとなれば片手で数えるほどもいない。
「大丈夫じゃないわよ!」
ルイズが泣きそうな顔でアセルスの胸を叩いた。
アセルスがルイズを見て思い出したのは、白薔薇の姿。
白薔薇を守る為に無理をした事もあったが、その度に彼女は悲しそうな顔をしていた。
──ああ、そうか。
この娘も私が傷つくのは嫌なんだ。
「ゴメン、無理はしないよ。だからルイズも。」
「……うん」
無茶と言うならルイズもアセルスを責められない。
アセルスがフーケに殺されたと勘違いした時、一人でゴーレム相手に立ち向かったのだから。
扉を叩く音と同時にエルザの声が扉越しに聞こえる。
「ご主人様、ルイズ様。
ご入浴の準備が既に整っております」
「分かった、すぐ行く」
アセルスの返事に、扉の前から気配が遠ざかる。
二人は支度を済ませると、部屋を後にした。
-------
「遅かったじゃない、ルイズ」
浴場の更衣室に着くと、開口一番キュルケが出迎えた。
準備が早いと思ったら、すでにキュルケが頼んでいたらしい。
「淑女は身だしなみに時間がかかるのよ」
キュルケはルイズの様子が、いつもの調子に戻っていると判断する。
何があったのか知らないが、好都合だった。
ヴァリエールはこうでなければ、張り合いがない。
「淑女ねえ?」
キュルケがルイズの体の一部を凝視する、主に胸を。
「何がいいたいのかしら?」
怒気を込めてルイズが返す。
無論、そんな事で怯むようなキュルケではない。
「お子様の間違いじゃなくて?」
自慢のプロポーションを見せつけるかのように、キュルケが見下ろす。
「胸だけ大きければいいってものじゃないでしょ!」
「あら?胸以外でも負けてるつもりはないわよ」
悔しそうに歯ぎしりするルイズ。
魔法が使えない以外のもう一つの劣等感、自らの体格について。
「痛っ」
近づいたタバサがキュルケの足を後ろから軽く蹴り上げる。
体型にコンプレックスを抱いているのはルイズだけではなかった。
「アセルス……も……」
話をアセルスにも振ろうとしたところで、ルイズが動きが止まる。
アセルスもルイズと共に風呂場について来ていた。
ルイズとキュルケが言い争っている間に、彼女は既に服を脱ぎ終わっている。
色鮮やかな緑髪はまるで翠玉のよう。
無駄がなく、鍛えられ引き締まった肢体。
アセルスの生み出す、中性的かつ妖美な雰囲気。
生まれたままの姿に一際引き立てられ、目を奪われた。
「どうしたの?」
「……敵」
キュルケとは別の方向性だが、魅惑を持つアセルスに呟く。
アセルスはルイズの意図を理解できずに、首をひねるだけだった。
──湯加減は悪くなかった。
香料が強いが、アセルスは薔薇の匂いを好んでいる。
数十人単位でも問題ないと思うほど、浴槽は広大だった。
湯に浸かりながら、騒ぐルイズ達をのんびりと眺めていた。
貴族の令嬢だけあり、可憐さに満ちている。
浴場に二人っきりでない事にアセルスは安堵していた。
無防備に肌を晒すルイズに、吸血衝動を抑制できる自信がない。
妖しい笑みを浮かべそうになり、気づかれないよう口元を抑える。
「……どこ見ているのかしら?」
隣にいたキュルケと体型を見比べられたと感じていたらしい。
ルイズがアセルスの視線に気づいて、口調に僅かな怒りがこもる。
「いや、奇麗だなと思って」
「な……!」
ルイズの頬が思わず赤らむ。
悟られまいと湯に顔を浸けて隠そうとするが、照れ隠しは一目瞭然。
そんなルイズを見れば、からかうのがキュルケの日課だが今は別の事を考えている。
キュルケは学院でも、最も多く異性との付き合いをしてきたと自負する。
だから気付くアセルスの異常さ。
当然、キュルケには非生産的な趣味などない。
なのにアセルスを見ていると、微熱が燃え上がるような感覚に陥る。
(彼女って……そういう趣味なのかしら)
キュルケの予想は当たらずとも遠からずだった。
アセルスがキュルケに気づいて、目線がかち合う。
背筋を駆け抜けた感覚が、悪寒なのか微熱なのかキュルケには判断しかねた。
「そろそろ出ましょ」
風呂から上がるようキュルケが促す。
舞踏会の準備も考え、ルイズも素直に従う。
その事にキュルケがほっとしていると気づいた者はいない。
──フリッグの舞踏会。
年に一度開らかれる学院のダンスパーティだが、色恋沙汰に関する噂も多い。
故にどの生徒も異性を誘おうと躍起になる。
タバサのように普段通りの者もいるが少数派である。
人気の高い者はいつもに増して多くの異性から誘いを受ける。
キュルケなどその最たる例だろう。
逆に目立たない者が着飾った姿を見て、誘われる場合もある。
こちらの例にはルイズが当てはまった。
「ラ・ヴァリエール公爵家令嬢。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおなーりぃーーー!!」
近衛兵の言葉に、会場は二つの意味でざわめく。
一つは罰を取り消された事を知らない者。
もう一つは現れたルイズの美しさに目を奪われた男子生徒達によるもの。
ルイズを馬鹿にしている者達も驚愕する見違え方。
日頃の侮辱など忘れて、我先にとルイズを踊りに誘う。
ルイズはそんな連中の相手をする気など毛頭ない。
適当にあしらうと、アセルスを探すべく会場をうろついて回る。
アセルスはタバサと話している最中だった。
話は終わったのか、ルイズが近づくとタバサは席を離れる。
ルイズにはいつもと同じ無表情に見えたが、その瞳には何かの決意が秘められていた。
「やぁルイズ、踊らないの?」
「踊ろうにも相手がいないもの」
ルイズが誘われていたのはアセルスも見ている。
つまり、踊りたい相手がいないという意味だろう。
「見る目がない連中ばかりね」
アセルスの一言にルイズは笑う。
「タバサと何を話していたの?」
二人が話していた内容が気になった。
ルイズが振り返るとタバサは会場から後にしている。
「エルザの居場所を教えただけ」
タバサの目的を隠したまま、アセルスが答える。
人に聞かれたくないであろう事情を話す程、無粋ではない。
先日の深夜に落ち合う予定だったが、フーケの騒動で機会がなかった。
「そう」
ルイズもそれ以上は追求せずに済ませた。
何となくタバサの込み入った内情に気づいたからだ。
誰だって人に聞かれたくない悩みを多かれ少なかれ抱えているのだろう。
「ねえ、アセルスは踊れる?」
「少しね」
教養に関して、白薔薇から習っていた。
アセルスはその中で、踊りを覚えた経験もある。
「せっかく着飾ったんだもの。
私と踊っていただけませんこと、レディ?」
ルイズがアセルスを踊りに誘う為、手を差し出す。
「私で良ければ喜んで」
手をエスコートして、アセルスは答えてみせた。
「アセルス」
会場に流れる緩やかな音楽にルイズの声が乗る。
「ありがとう」
ルイズの口から発せられた謝辞。
アセルスはルイズに礼を言われた動機が掴めない。
「使い魔になってくれて……ありがとう」
使い魔を呼ぶ前のルイズなら、素直に言えなかったはずのお礼。
アセルスほどの妖魔からすれば、自分と契約を結ぶ義理などないはず。
なのにギーシュ相手の決闘、更にフーケ討伐時とアセルスは助けてくれた。
「ねえ……」
ルイズは悩んでいた、次の句に踏み切っていいものか。
アセルスは何も言わないで優しくルイズを見守っていた。
そんなアセルスの瞳を見て、ルイズはようやく決心がついた。
「私がアセルスにしてあげられる事はないの?」
ルイズが今悩むのは、自分の無力さ。
形だけとはいえ、自分とアセルスは主と使い魔の関係だ。
だが、自分にはアセルスへ何一つ与えられるものが存在しない。
「どうして?」
「以前言ってたわよね……大切な人を失い、後悔したって」
声がしり込みするようにか細くなる。
ルイズの質問に、アセルスはただ黙って頷いた。
「私はアセルスが現れたのが、何より嬉しかった。
今までの惨めな人生も、貴女と一緒なら変えられると思っている」
アセルスに救われたのは心。
自分の生まれた存在理由が分からなかった。
貴族とは何か知らないまま、貴族を目指していた。
「でも、私はアセルスに何も与えられない……それが嫌なの。
アセルスが私に切っ掛けをくれたように、私もアセルスの力になりたい」
「ありがとう、君は優しいんだね」
アセルスの手のひらがルイズの頬に触れる。
「でもね、少し思い違いしている」
ルイズを抱きしめるように優しく手を回す。
「私にも大切な人がいたわ。
私は彼女に何かして欲しい訳じゃない、ただ傍にいてくれるだけでよかった」
アセルスがルイズに求める願い。
全てを失って、孤独に陥っていた。
妖魔の君としてではなく、ルイズは同じ境遇を持つ者として自分を求めてくれる。
「蔑まれ、爪弾きにされていたからこそ分かるでしょう?」
アセルスの問いかけにルイズはシエスタを思い出す。
初めて慕ってくれた彼女の存在が、どれだけありがたかったか。
友人もおらず、先生にも頼る事が出来ずに一人で泣く日々が多かったのだから。
「だったら私はずっと傍にいるわ。
使い魔の契約はどちらかの寿命が尽きるまで結ぶものだもの」
ルイズは嬉しそうに宣言してみせた。
しかしルイズは気付いていない。
人間と妖魔が何時までも一緒にいる事などできるはずもないと。
『人間と妖魔が幸せになれるわけない!』
かつて叫んだ言葉。
アセルスは思い出していたが、告げる気はない。
今はただ、自らと共に歩んでくれる存在が嬉しかった。
華やかなダンスホールで二人は何時までも踊り続けた──
-------
「わかってたよ、うん。
俺様の扱いってぞんざいになるだろうなーって」
誰もいない静かな森でただ一人。
そんな状況であれば、愚痴をこぼしたくもなる──例え剣であっても。
「でも存在ごと忘却の彼方って言うのは酷くねえ?」
声の主はアセルスと共に、爆発で吹き飛ばされたデリフリンガーだった。
二日後。
デルフリンガーがいないと気づいたのはルイズだった。
アセルスは思い出す事がないまま、エルザに回収されるまでデルフの独り言は続いた……
#navi(使い魔は妖魔か或いは人間か)
&setpagename(第10話『輪舞曲』)
#settitle(第10話『輪舞曲』)
#navi(使い魔は妖魔か或いは人間か)
「ミス・ロングビルの正体が土くれのフーケだったとはのう……」
学院まで戻ってきたルイズ達からの報告。
オールド・オスマンは髭を撫でながら、苦々しく呟いた。
少女達は日頃の気品など、微塵もない程に煤けている。
怪我はアセルスが術で治したが、汚れまでは落とせない。
「何はともあれ、良くぞ破壊の杖を取り返してきてくれた。礼を言おう。」
命がけの任務を果たした生徒達に、深々と頭を下げる。
「諸君による功績に報いる為、王宮へシュバリエの称号を申請しておいた。
もっとも、王宮の堅物どもが素直に受勲させてくれるかは分かりかねるが……」
勲章の授与。
栄誉あることではあったが、ルイズは気がかりな事を尋ねた。
「あの、アセルスには何もないんでしょうか?」
信賞必罰。
どちらもルイズは、当然だと考える。
世の中がそれ程単純に出来ている訳ではないと知るにはまだ若すぎた。
「残念ながら、彼女は妖魔じゃ」
「そうですか……」
妖魔に勲章が授与されないのは分かっている。
それでも功労者のアセルスに、何も恩賞がない事実は受け入れがたい。
「気にしなくていいよ」
アセルスは恩賞など興味ない。
気がかりなのは、もっと別の事だった。
「さて、今宵はフリッグの舞踏会じゃ。
主役はこの場にいる皆となる、盛大に楽しんでくれ」
「私はまだ処罰が残ってますが?」
当然の疑問をルイズが口にする。
「罪は取り消せん、だが挽回はできる。
危険も厭わず、フーケ討伐に推参した勇気。
破壊の杖を取り戻し、フーケを捕らえた実績。
どちらも賞賛されてしかるべき事じゃよ」
ギーシュの容態が落ち着いた報告もあり、決闘の罪を取り消すつもりだった。
破壊の杖奪還。
教師がなさねばならない責務を果たしたのだ。
褒美を取らせこそすれど、このまま罰を与えるなど教育者として風上にも置けない。
「ありがとうございます……」
賞賛を受ける経験がルイズの人生になかった。
他人に認められるのを誰より願ってきたルイズだったが、素直に喜べなかった。
フーケを捕らえたのも、ゴーレムを打ち倒したのもアセルスだ。
何も出来なかった自分が賞賛され、自他共にアセルスには何も与えられない。
「ほら、せっかくの舞踏会なんだから早く身だしなみを整えて準備しましょ」
キュルケが強引にルイズの背を押して、退室を促す。
少女達が退室していく中、アセルスだけが部屋に残る。
「アセルス?」
「少し用があるから先に行って頂戴」
真剣なアセルスの眼差しに、ルイズは無言で頷くしかできなかった。
部屋に残されたのは学院の主であるオールド・オスマンと、妖魔の君アセルスの二人。
「……それで用とは何かね?」
妖魔との対峙に、多少の警戒をしながらオールド・オスマンが尋ねる。
「貴方達が破壊の杖と呼ぶ武器、あれはどこで手に入れたの?」
「杖を知っておると言ってたのう……少々年寄りの昔話をしても良いかの?」
アセルスは首だけで促す。
「今から、五十年ほど前じゃった。
山岳で秘薬の採取を行っていた儂は、ワイバーンの群れに襲撃されてのう」
そう言いながら、杖を持つと机からの引き出しを開けてみせる。
「その時、一人の青年が儂を助けてくれた。
破壊の杖を構えたかと思うと、ワイバーンの群れを爆発で一掃しての。
この手帳や他の小物もその恩人が持っていたものじゃ」
念力で取り戻した破壊の杖と、手帳やその他の小物を机に並べる。
(IRPO……)
アセルスには手帳や小物に見覚えがあった。
彼女がいたリージョンでの、治安維持局を示すマークが刻まれている。
「その青年は今どこに?」
「……死んだよ、ひどい傷を負っててのう。
埋葬した後、恩人の形見として破壊の杖や彼の所持品をこうして預かっておる」
オールド・オスマンは頭を振って、辛そうに答えた。
「彼がどこから来たのかも分からないのね?」
「うむ、故郷に帰りたいとうなされておった……
リージョンとかアイアール……なんとかと呟いておったが、そんな地名は聞いた覚えがなくての」
アセルスは針の城に戻る気は毛頭ない。
懸念しているのは彼らがこちらの世界に来ないかという事。
ハイペリオンを持ち込んだ人物がどうやってこの世界に来たか。
アセルスが知りたかったのはそれだけだが、手がかりはなさそうだと判断する。
「もう用はないわ」
「待ちたまえ、君は彼について心当たりがあるのではないかね?」
アセルスが立ち去ろうとするも、オールド・オスマンが引き止めた。
「さあ?」
半分は事実、半分は嘘である。
自分の知っているリージョンの住人なのは確かだ。
だが、彼自身の情報はアセルスにもほとんど分からない。
「……そうか、引き止めてすまんかったの」
納得はしていないが、オールド・オスマンは素直に引き下がった。
使い方が不明だった破壊の杖を使った事実、アセルスは何か知っている。
しかし状況証拠にすぎない以上、追求した所で情報の真偽を見極めれるはずもない。
アセルスは無言で出て行く。
一人きりとなった部屋でオールド・オスマンは安堵していた。
ロングビルを雇った経緯、尻を触っても怒らなかったからという理由がばれずに済んで……
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「お待ちしておりました、ルイズ様」
扉を開けての第一声に思わず、目眩を起こす。
「えーと……エルザだったわよね?」
ルイズは埃塗れになった為、キュルケ達と風呂に入ろうとしていた。
部屋に戻って支度をするつもりだったのだが、エルザの存在を忘れていた。
「はい」
「貴女が仕えるのはアセルスじゃないの?」
とりあえず浮かんだ疑問が口に出る。
「はい、ですがルイズ様のご命令も遵守するよう遂せられております」
「そう……」
ルイズはどうしていいのか分からず困惑する。
幼い容姿を除けば、仕草はメイドとして問題ないだろう。
ただ服従しているとは言え、吸血鬼相手に雑用を頼むと言うのも躊躇われる。
「それじゃ、お風呂に入りたいからシエスタに伝えておいてくれないかしら?」
この時間はまだ湧かされていない。
シエスタに準備を頼むつもりだったが、伝言役を任せた。
「かしこまりました、ルイズ様」
エルザは一礼すると、部屋から去っていく。
胸中でシエスタに押し付けた事を謝りながら、ルイズは汚れるのも構わずベッドに倒れ込んだ。
しばらくすると、扉が再び開く。
エルザが戻ってくるには早すぎた。
「ルイズ」「アセルス!」
アセルスの声を確認するや否や、ルイズは飛び起きて叫ぶ。
「ゴメン」「ごめんなさい!」
二人の声が同時に発せられる。
そして顔を見合わせた、相手が謝った理由がお互い分からない。
「どうして謝るの?」
まず口を開いたのはアセルスだった。
「だって、私達をかばったせいでアセルスが……」
アセルスもハイペリオンの爆撃を受けて無傷ではいられない。
怪我程度はアセルスも慣れているのだが、戦闘経験のないルイズには衝撃だった。
何より自分が足手まといとなった為に、アセルスに怪我を負わせたとしか思えなかったのだ。
「違うわ、私が迂闊に武器の使い方を喋ったから君を危険な目に合わせた」
アセルスはルイズを危機に陥れたと思っている。
フーケに武器の使い方を教える愚行を行ってしまったのは自分。
それが無ければ、ルイズ達がこれほど傷つく事もなかっただろうと。
「でも……!」
「大丈夫、私は殺されたって生き返れるもの」
上級妖魔を完全に殺すには、同等以上の妖魔でなければ不可能。
支配者の一人の血を受け継いだアセルスとなれば片手で数えるほどもいない。
「大丈夫じゃないわよ!」
ルイズが泣きそうな顔でアセルスの胸を叩いた。
アセルスがルイズを見て思い出したのは、白薔薇の姿。
白薔薇を守る為に無理をした事もあったが、その度に彼女は悲しそうな顔をしていた。
──ああ、そうか。
この娘も私が傷つくのは嫌なんだ。
「ゴメン、無理はしないよ。だからルイズも。」
「……うん」
無茶と言うならルイズもアセルスを責められない。
アセルスがフーケに殺されたと勘違いした時、一人でゴーレム相手に立ち向かったのだから。
扉を叩く音と同時にエルザの声が扉越しに聞こえる。
「ご主人様、ルイズ様。
ご入浴の準備が既に整っております」
「分かった、すぐ行く」
アセルスの返事に、扉の前から気配が遠ざかる。
二人は支度を済ませると、部屋を後にした。
-------
「遅かったじゃない、ルイズ」
浴場の更衣室に着くと、開口一番キュルケが出迎えた。
準備が早いと思ったら、すでにキュルケが頼んでいたらしい。
「淑女は身だしなみに時間がかかるのよ」
キュルケはルイズの様子が、いつもの調子に戻っていると判断する。
何があったのか知らないが、好都合だった。
ヴァリエールはこうでなければ、張り合いがない。
「淑女ねえ?」
キュルケがルイズの体の一部を凝視する、主に胸を。
「何がいいたいのかしら?」
怒気を込めてルイズが返す。
無論、そんな事で怯むようなキュルケではない。
「お子様の間違いじゃなくて?」
自慢のプロポーションを見せつけるかのように、キュルケが見下ろす。
「胸だけ大きければいいってものじゃないでしょ!」
「あら?胸以外でも負けてるつもりはないわよ」
悔しそうに歯ぎしりするルイズ。
魔法が使えない以外のもう一つの劣等感、自らの体格について。
「痛っ」
近づいたタバサがキュルケの足を後ろから軽く蹴り上げる。
体型にコンプレックスを抱いているのはルイズだけではなかった。
「アセルス……も……」
話をアセルスにも振ろうとしたところで、ルイズが動きが止まる。
アセルスもルイズと共に風呂場について来ていた。
ルイズとキュルケが言い争っている間に、彼女は既に服を脱ぎ終わっている。
色鮮やかな緑髪はまるで翠玉のよう。
無駄がなく、鍛えられ引き締まった肢体。
アセルスの生み出す、中性的かつ妖美な雰囲気。
生まれたままの姿に一際引き立てられ、目を奪われた。
「どうしたの?」
「……敵」
キュルケとは別の方向性だが、魅惑を持つアセルスに呟く。
アセルスはルイズの意図を理解できずに、首をひねるだけだった。
──湯加減は悪くなかった。
香料が強いが、アセルスは薔薇の匂いを好んでいる。
数十人単位でも問題ないと思うほど、浴槽は広大だった。
湯に浸かりながら、騒ぐルイズ達をのんびりと眺めていた。
貴族の令嬢だけあり、可憐さに満ちている。
浴場に二人っきりでない事にアセルスは安堵していた。
無防備に肌を晒すルイズに、吸血衝動を抑制できる自信がない。
妖しい笑みを浮かべそうになり、気づかれないよう口元を抑える。
「……どこ見ているのかしら?」
隣にいたキュルケと体型を見比べられたと感じていたらしい。
ルイズがアセルスの視線に気づいて、口調に僅かな怒りがこもる。
「いや、奇麗だなと思って」
「な……!」
ルイズの頬が思わず赤らむ。
悟られまいと湯に顔を浸けて隠そうとするが、照れ隠しは一目瞭然。
そんなルイズを見れば、からかうのがキュルケの日課だが今は別の事を考えている。
キュルケは学院でも、最も多く異性との付き合いをしてきたと自負する。
だから気付くアセルスの異常さ。
当然、キュルケには非生産的な趣味などない。
なのにアセルスを見ていると、微熱が燃え上がるような感覚に陥る。
(彼女って……そういう趣味なのかしら)
キュルケの予想は当たらずとも遠からずだった。
アセルスがキュルケに気づいて、目線がかち合う。
背筋を駆け抜けた感覚が、悪寒なのか微熱なのかキュルケには判断しかねた。
「そろそろ出ましょ」
風呂から上がるようキュルケが促す。
舞踏会の準備も考え、ルイズも素直に従う。
その事にキュルケがほっとしていると気づいた者はいない。
-------
──フリッグの舞踏会。
年に一度開らかれる学院のダンスパーティだが、色恋沙汰に関する噂も多い。
故にどの生徒も異性を誘おうと躍起になる。
タバサのように普段通りの者もいるが少数派である。
人気の高い者はいつもに増して多くの異性から誘いを受ける。
キュルケなどその最たる例だろう。
逆に目立たない者が着飾った姿を見て、誘われる場合もある。
こちらの例にはルイズが当てはまった。
「ラ・ヴァリエール公爵家令嬢。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおなーりぃーーー!!」
近衛兵の言葉に、会場は二つの意味でざわめく。
一つは罰を取り消された事を知らない者。
もう一つは現れたルイズの美しさに目を奪われた男子生徒達によるもの。
ルイズを馬鹿にしている者達も驚愕する見違え方。
日頃の侮辱など忘れて、我先にとルイズを踊りに誘う。
ルイズはそんな連中の相手をする気など毛頭ない。
適当にあしらうと、アセルスを探すべく会場をうろついて回る。
アセルスはタバサと話している最中だった。
話は終わったのか、ルイズが近づくとタバサは席を離れる。
ルイズにはいつもと同じ無表情に見えたが、その瞳には何かの決意が秘められていた。
「やぁルイズ、踊らないの?」
「踊ろうにも相手がいないもの」
ルイズが誘われていたのはアセルスも見ている。
つまり、踊りたい相手がいないという意味だろう。
「見る目がない連中ばかりね」
アセルスの一言にルイズは笑う。
「タバサと何を話していたの?」
二人が話していた内容が気になった。
ルイズが振り返るとタバサは会場から後にしている。
「エルザの居場所を教えただけ」
タバサの目的を隠したまま、アセルスが答える。
人に聞かれたくないであろう事情を話す程、無粋ではない。
先日の深夜に落ち合う予定だったが、フーケの騒動で機会がなかった。
「そう」
ルイズもそれ以上は追求せずに済ませた。
何となくタバサの込み入った内情に気づいたからだ。
誰だって人に聞かれたくない悩みを多かれ少なかれ抱えているのだろう。
「ねえ、アセルスは踊れる?」
「少しね」
教養に関して、白薔薇から習っていた。
アセルスはその中で、踊りを覚えた経験もある。
「せっかく着飾ったんだもの。
私と踊っていただけませんこと、レディ?」
ルイズがアセルスを踊りに誘う為、手を差し出す。
「私で良ければ喜んで」
手をエスコートして、アセルスは答えてみせた。
「アセルス」
会場に流れる緩やかな音楽にルイズの声が乗る。
「ありがとう」
ルイズの口から発せられた謝辞。
アセルスはルイズに礼を言われた動機が掴めない。
「使い魔になってくれて……ありがとう」
使い魔を呼ぶ前のルイズなら、素直に言えなかったはずのお礼。
アセルスほどの妖魔からすれば、自分と契約を結ぶ義理などないはず。
なのにギーシュ相手の決闘、更にフーケ討伐時とアセルスは助けてくれた。
「ねえ……」
ルイズは悩んでいた、次の句に踏み切っていいものか。
アセルスは何も言わないで優しくルイズを見守っていた。
そんなアセルスの瞳を見て、ルイズはようやく決心がついた。
「私がアセルスにしてあげられる事はないの?」
ルイズが今悩むのは、自分の無力さ。
形だけとはいえ、自分とアセルスは主と使い魔の関係だ。
だが、自分にはアセルスへ何一つ与えられるものが存在しない。
「どうして?」
「以前言ってたわよね……大切な人を失い、後悔したって」
声がしり込みするようにか細くなる。
ルイズの質問に、アセルスはただ黙って頷いた。
「私はアセルスが現れたのが、何より嬉しかった。
今までの惨めな人生も、貴女と一緒なら変えられると思っている」
アセルスに救われたのは心。
自分の生まれた存在理由が分からなかった。
貴族とは何か知らないまま、貴族を目指していた。
「でも、私はアセルスに何も与えられない……それが嫌なの。
アセルスが私に切っ掛けをくれたように、私もアセルスの力になりたい」
「ありがとう、君は優しいんだね」
アセルスの手のひらがルイズの頬に触れる。
「でもね、少し思い違いしている」
ルイズを抱きしめるように優しく手を回す。
「私にも大切な人がいたわ。
私は彼女に何かして欲しい訳じゃない、ただ傍にいてくれるだけでよかった」
アセルスがルイズに求める願い。
全てを失って、孤独に陥っていた。
妖魔の君としてではなく、ルイズは同じ境遇を持つ者として自分を求めてくれる。
「蔑まれ、爪弾きにされていたからこそ分かるでしょう?」
アセルスの問いかけにルイズはシエスタを思い出す。
初めて慕ってくれた彼女の存在が、どれだけありがたかったか。
友人もおらず、先生にも頼る事が出来ずに一人で泣く日々が多かったのだから。
「だったら私はずっと傍にいるわ。
使い魔の契約はどちらかの寿命が尽きるまで結ぶものだもの」
ルイズは嬉しそうに宣言してみせた。
しかしルイズは気付いていない。
人間と妖魔が何時までも一緒にいる事などできるはずもないと。
『人間と妖魔が幸せになれるわけない!』
かつて叫んだ言葉。
アセルスは思い出していたが、告げる気はない。
今はただ、自らと共に歩んでくれる存在が嬉しかった。
華やかなダンスホールで二人は何時までも踊り続けた──
-------
「わかってたよ、うん。
俺様の扱いってぞんざいになるだろうなーって」
誰もいない静かな森でただ一人。
そんな状況であれば、愚痴をこぼしたくもなる──例え剣であっても。
「でも存在ごと忘却の彼方って言うのは酷くねえ?」
声の主はアセルスと共に、爆発で吹き飛ばされたデリフリンガーだった。
二日後。
デルフリンガーがいないと気づいたのはルイズだった。
アセルスは思い出す事がないまま、エルザに回収されるまでデルフの独り言は続いた……
#navi(使い魔は妖魔か或いは人間か)
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