「ゼロのしもべ8」(2007/11/05 (月) 22:52:09) の最新版変更点
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ようやく掃除が終わり、2人は食堂へ向かう。
ようやく、と言っても速度的には驚異的に早い。普通なら大の大人が数人で半日はかかるだろう。
罰を言いつけた教師たちも、ころあいを見はかり終わらせるつもりであったため、少し困惑していた。
そんな教師たちの態度に少し気を良くしたらしいルイズは、役立つ使い魔に褒美のつもりで昼食抜きを取り消そうか、
などと考えていた。
が、その考えは徒労に終わることとなる。
なぜならば食堂前まで来たルイズが、
「ビッグ・ファイア。掃除で役立ったから、特別に昼食をとることを許可してあげるわ。」
と振り返って言おうとしたところ、すでにそこには誰もいなかったからである。
しばらくの間固まっていたルイズが、逆に『夕食も抜き!』という決意を固めたことは言うまでもない。
さて、いなくなったバビル2世がどこにいたのかというと、
「これは美味い。」
と、出来立ての料理に舌鼓を打っているところであった。
「なーに、まかないだからたいしたものじゃないが、たっぷり食ってくれ。」
中年の男、どうやらコックらしい、が答える。
「まかないとはいえ、あまりものからこれだけの料理が作れるのは、マルトーさんの腕が一流だという証でしょう。」
「お、嬉しいこと言ってくれるねぇ。オレの酒のつまみにとっておいたこいつも食うかい?」
鶏の肋骨周りの肉をたれに一晩つけた後、骨ごと揚げた料理を出す。いうなればフライドチキンであろう。
「こいつを鶏肋、鶏肋って言いながら骨までしゃぶるのが好きでな。」
がはは、と豪快に笑う。
「いいんですか?」
「なーに、あんちゃんのおかげでえらく助かったからな。感謝の気持ちはこれでも足りないぐらいだぜ。」
グッと親指で外の破損した馬車を指す。車軸が折れ、車輪まで割れて泥で汚れてしまっている。
経緯を説明するとこうである。
トリステイン魔法学院は大所帯である。食材は日に大量に消費することとなる。
水の魔法である程度保存が効くといっても限度がある。それに万が一のことを考え、備蓄食料を用意してあるため、日々の食料にまで
固定化の魔法が回らないという現状がある。
そこで、毎日のように業者に食材を届けてもらっている。だがそれはまさに山のようであり、馬車は列を連ねてやってくることとなる。
毎日のように酷使される馬車は、ついに限界を超えた。この日肉を乗せた馬車が学園に入った途端、突然車輪が滑り、車軸がへし
折れたのだ。
そのまま車輪は溝に嵌り、車体は横転して道を塞ぐ。巻き込まれて横転した馬と馬車に御者がのしかかられる。
後続の馬車1台が止まりきれず横転した馬車に突っ込む。
御者と馬は救助されたものの、あっというまに補給路は停滞し、二進も三進もいかなくなってしまった。
救助されたのは、ちょうどルイズが破壊した教室の掃除が終わってころである。
ルイズも気づいていたが裏門で起こった事故であり、なにより空腹だったことが大きかったため興味はわかず、何か騒いでいるわね、
ぐらいの認識しかなかった。
だがバビル2世は見ていた。
妙に不自然に滑った馬車から、後続車がお釜を掘るまでを。
不自然に見えたのは、おそらくあのあたりが斜めにでもなっているのだろう。あまり考えすぎても仕方が無い。
教室から飛び降り、あっという間に現場に着くと、あたふたする職員一同を尻目に馬車を持ち上げて端に寄せる。
追突した馬車に、散乱した肉を包んだ袋を乗せ持ち上げて、
「これはどこに運べばいいのかな?」
ぽかーんと口をあけて見ているマルトーを促し、調理場へと食材満載の馬車を運ぶ。
残りの食材もてきぱきと動いて運び入れ、結果普段よりも早く納入は終わったのであった。
そして狂喜するマルトーがバビル2世を引きずり込み、お礼だと料理を振舞いだしたのが冒頭である。
「なに、たいしたことじゃありませんよ。マルトーさんが料理を作る能力に優れていて、それを生かしているように、ぼくが力持ちで、
それを生かしたまでですから。」
「だとするなら、オレはアンちゃんに料理の腕でお返しをするのが当然ってもんだろう?さ、食った食った!」
口に放り込むと、肉が骨からぺろんとはがれる。
肉の量は少ないが、えもいえぬ深い味を持ち、しかもそれがタレによって旨味を増している。
骨はしゃぶればしゃぶるほど濃厚な味が染み出てくるようで、
「うまい――」
特に骨にこびりついた肉の味が絶品である。
「なるほど。評判になるだけのことはあるな、忠吾」
と思わず呟きたくなる。
「これは食堂に出してもいいぐらいですね。メニューになるで。」
「へっ。あんな連中にはもったいないぜ。ほら、もっと食いな。」
言いながら自分もつまむマルトー。
「鶏肋、というのがこの料理の名前ですか?」
「いや、なに、別に名前なんてないけどよ。つい口に出ちまうんだ。」
でもまあ捨てるにはもったいない部分の料理、って意味ならぴったりだろ?と骨をしゃぶるマルトー。
対面を気にする貴族はプライドが邪魔をして食うに食えない、という意味でもピッタリだ。
夢中になって食べていたが、ふと外が騒がしくなる。
騒ぎの方向を見ると給仕らしい黒髪の少女が、みょうちきりんな格好をして薔薇を加えた男になにやら叱責されているのが見えた。
『たしかあの少女は、さっきぼくに料理を運んでくれた娘だな。』
シエスタ、と名乗った少女を思い出す。名前を聞かれて思わずバビル2世と答えそうになったほど、できた娘であった。
「シエスタのやつ……何しでかしたんだ?」
シエスタに限って粗相をするわけはないんだが、と怪訝そうに立ち上がり食堂に出るマルトー。後を追って外に出るバビル。
『どうせ貴族のバカヤロウがいちゃもんつけてきやがったんだろうがな。』
心を読むバビル。どうやらよほどマルトーは貴族が嫌いらしく、嫌悪感や罵倒語が頭の中に渦巻いている。
「ビッグ・ファイア!どこ行ってたのよ!」
袖を引っ張られ、横から声をかけられる。ルイズが椅子に座って食事をしながらバビル2世の服を掴まえていた。
「食堂の手伝いをね。ところで何事だい?」
「手伝いね。あなたは私の使い魔なんだから、私以外の命令を聞く必要はないのよ?まあ、いいわ。今回だけ見逃してあげる。」
騒ぎ立てている妙な格好の男と、ひたすら陳謝する少女を横目に見て、
「どうってことないわ。あほギーシュの二股がばれて、平民に責任転嫁してるのよ。見苦しいったらありゃしないわ。」
話題にするのもくだらない、といった雰囲気で説明するルイズ。
そういえばあの男はぼくが朝パンを失敬した男だ。ギーシュというのか。
心を読むとルイズの説明でほぼ間違いなさそうだ。
ただ、人間とは妙なもので無理を押せば道理が引っ込むというのか、明らかな責任転嫁や嘘でも、言い続けているうちにそれを
本当のことだと思うようになるらしい。現に、徐々にではあるがギーシュの心の中は自業自得の占める割合が減り、シエスタの
せいでこうなったんだ、という思いが増えて行きつつある。
このままでは、おそらく素直には自分が悪いと認めないだろう。
視界にギーシュに抗議をするマルトーが映る。普段の鬱憤や不満もあってかかなり強い調子だ。この国の貴族がどの程度の力を
持っているか知らないが、今のギーシュの心理状態では下手をすればマルトーの身分が危うくなるだろう。
そうなれば鶏肋はもう二度と味わえなくなるのではないか。
あの味を失うのは偲びがたい。それに、一宿一飯の恩、というじゃないか。そう考えたバビル2世は、
「待て」
シエスタとマルトーの間に割って入った。
「む?なんだ、ゼロのルイズの使い魔くんじゃないか。……エルフとは言え使い魔の分際で貴族に対してずいぶん乱暴な口を
聞くんだね。」
「残念だがぼくは他人を理不尽な目にあわせるようなやからがあまり好きじゃなくてね。」
というよりも、むしろ容赦なくぬっ殺してきた。
つい改造人間を作っているようなヨミの部下を思い出してしまう。
「な、ななな。」
修羅場を潜り抜けてきたがゆえに身につけた殺気を浴び、つい後ずさりしてしまうギーシュ。膀胱から尿管に急速に尿が送られて
いきそうだ。
「ど、どどど、どうやらきみは貴族に対する礼儀がなっていないようだね。」
どもりながら懸命に体面を取り繕う。だが本能的感じる恐怖が微妙に身体をちぢこませている。。
「け、決闘だ!決闘!」
ギーシュはくるりと背を向け、キザったらしく言った。つもりである。
傍目にはギクシャクした動きで、逆に同情を誘う動きであった。
あちこちから「やめろよ、勝ち目ないぞ」「というかもう負けてないか?」「あの使い魔、なんか怖くない?」「うぉオン、あの使い魔は
まるで人間発電所だ」などという声が上がる。
ギーシュ本人も言ったことを後悔していた。元はといえば二股をかけた自分が悪いのだ。近くにいたメイドに鬱憤をぶつけてしまった
ために、全ての因果が自分に返ってきてしまった。後悔先に立たずとはこのことか。素直に謝っておけばよかった。だが素直に
謝るようなことができれば最初からこんな事態にはなっていないだろう。だいたいもう退くに退けない。全て自分から出た身の錆
である。こうなっては道は一つ、己の矜持を貫き通すしかない。もっともその矜持のせいでこんな目になってしまったのだから、
反省だけはしておこう。それに相手はあのルイズ、ゼロのルイズの使い魔だ。大丈夫に決まっているさ。
「きみに貴族への礼儀を教えてやる!ヴェストリ広場で待っている。逃げるなよ。」
最後はポジティヴな思考に切り替え、ヒステリックながらも通告し、友人連中を引き連れて去るギーシュ。
だが友人連中は皆『いや、逃げるとしたらギーシュじゃないか?』などと思っていた。それぐらい先ほどのバビル2世には迫力があった。
「び、ビッグ・ファイアさん……」
シエスタがぶるぶる震えながら、やっとのことで声を絞り出す。
「お、おい……」
マルトーも顔を青くしながら声をかけてくる。
「貴族相手によ、シエスタを助けてくれた上、ガツンと言ってくれてありがたいがよ、よけいなことはしなくてよかったんだぜ」
ぐすっと鼻を啜るマルトー。涙目になっている。
「あ、あの……私っ、私っ!」顔を両手で押さえ、涙ながらに文章にならぬことを言うシエスタ。
「いざとなればオレがやめればよかったんだぜ。こんなところに未練はないしな。チクショウ、余計なことしやがって。」
貴族相手である。例え勝っても後のことはどうなるかわからない。それを知っている二人は死刑囚となった恩人を見送る気持ちに
等しいものを抱いていた。
「大丈夫ですよ。」
しかし、バビル2世の答えは二人にとって意外なものだった。
「な、何が大丈夫なんだ?」
「大丈夫じゃないですよ」
「いえ、よく考えてください。ぼくはあくまで使い魔なんです。使い魔と貴族との決闘ということは、つまり使い魔の主人である貴族と
貴族との決闘であるということです。」
「あっ!」と声を上げる二人。なるほど、貴族同士の決闘ならば事後の面倒なごたごたはパワーバランスもあり、死人が出たり
しないかぎりは穏便に済まされるはずだ。だが、それにはまだ1つ懸案がある。
「で、でもよ・・・それは」
「ビッグ・ファイアさんの主人である貴族様が承認していなければ…」
そう、主人である貴族が自分の代理として決闘させていると認めていなければ、使い魔は見殺しにされるだけだろう。
「それも大丈夫でしょう。なぜなら…」
「ちょっと!何考えてるのよ!よけいなことをしなくていいのよ!」
ルイズが割って入ってくる。ナイスタイミングだ!
「余計なこと?」
「そうよ!あなたは私の使い魔として働くのが仕事なのよ!わざわざ諍いに首を突っ込むなんて何を考えているんだか」
「ぼくはそうは思わないな。」
バビル2世の目が妖しく輝く。超能力の一つ、催眠術だ。もっともそう強い催眠術ではない。あくまで納得を促すことを目的とした、
ごく軽いものだ。
「ルイズは貴族だろう?理不尽な目にあっている平民がいれば、それを守ってこそ貴族じゃないのか?」
「そ、それは…」
たじろぐルイズ。バビル2世の言葉が素直に心に染み渡っていく。
そうよね、平民を守るのは貴族の仕事。貴族とは誇り高いもの。貴族の誇りを汚すものは許されない。
「ぼくはルイズが貴族としてきっとあのシエスタという子を守るために行動するだろうと思い、使い魔として代行したまでだ。
何か問題があるかい?」
「…な、ないわよ。そうね、よくやってくれたわ!こうなったらガツンとやっちゃいなさい、ビッグファイア!これは主人から、
使い魔への命令よ!貴族の横暴から、平民を守りなさい!」
改めてシエスタとマルトーを見るバビル2世。
「というわけで、主人からの許可も出ました。」
「ヴァストリ広場」はどこだい?と残っていた生徒に聞くと、すたすたと歩いていくバビル2世。
その後を突いていくルイズ、シエスタ、マルトー。それはまるでDQのパーティのようであった。
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ようやく掃除が終わり、2人は食堂へ向かう。
ようやく、と言っても速度的には驚異的に早い。普通なら大の大人が数人で半日はかかるだろう。
罰を言いつけた教師たちも、ころあいを見はかり終わらせるつもりであったため、少し困惑していた。
そんな教師たちの態度に少し気を良くしたらしいルイズは、役立つ使い魔に褒美のつもりで昼食抜きを取り消そうか、
などと考えていた。
が、その考えは徒労に終わることとなる。
なぜならば食堂前まで来たルイズが、
「ビッグ・ファイア。掃除で役立ったから、特別に昼食をとることを許可してあげるわ。」
と振り返って言おうとしたところ、すでにそこには誰もいなかったからである。
しばらくの間固まっていたルイズが、逆に『夕食も抜き!』という決意を固めたことは言うまでもない。
さて、いなくなったバビル2世がどこにいたのかというと、
「これは美味い。」
と、出来立ての料理に舌鼓を打っているところであった。
「なーに、まかないだからたいしたものじゃないが、たっぷり食ってくれ。」
中年の男、どうやらコックらしい、が答える。
「まかないとはいえ、あまりものからこれだけの料理が作れるのは、マルトーさんの腕が一流だという証でしょう。」
「お、嬉しいこと言ってくれるねぇ。オレの酒のつまみにとっておいたこいつも食うかい?」
鶏の肋骨周りの肉をたれに一晩つけた後、骨ごと揚げた料理を出す。いうなればフライドチキンであろう。
「こいつを鶏肋、鶏肋って言いながら骨までしゃぶるのが好きでな。」
がはは、と豪快に笑う。
「いいんですか?」
「なーに、あんちゃんのおかげでえらく助かったからな。感謝の気持ちはこれでも足りないぐらいだぜ。」
グッと親指で外の破損した馬車を指す。車軸が折れ、車輪まで割れて泥で汚れてしまっている。
経緯を説明するとこうである。
トリステイン魔法学院は大所帯である。食材は日に大量に消費することとなる。
水の魔法である程度保存が効くといっても限度がある。それに万が一のことを考え、備蓄食料を用意してあるため、日々の食料にまで
固定化の魔法が回らないという現状がある。
そこで、毎日のように業者に食材を届けてもらっている。だがそれはまさに山のようであり、馬車は列を連ねてやってくることとなる。
毎日のように酷使される馬車は、ついに限界を超えた。この日肉を乗せた馬車が学園に入った途端、突然車輪が滑り、車軸がへし
折れたのだ。
そのまま車輪は溝に嵌り、車体は横転して道を塞ぐ。巻き込まれて横転した馬と馬車に御者がのしかかられる。
後続の馬車1台が止まりきれず横転した馬車に突っ込む。
御者と馬は救助されたものの、あっというまに補給路は停滞し、二進も三進もいかなくなってしまった。
救助されたのは、ちょうどルイズが破壊した教室の掃除が終わってころである。
ルイズも気づいていたが裏門で起こった事故であり、なにより空腹だったことが大きかったため興味はわかず、何か騒いでいるわね、
ぐらいの認識しかなかった。
だがバビル2世は見ていた。
妙に不自然に滑った馬車から、後続車がお釜を掘るまでを。
不自然に見えたのは、おそらくあのあたりが斜めにでもなっているのだろう。あまり考えすぎても仕方が無い。
教室から飛び降り、あっという間に現場に着くと、あたふたする職員一同を尻目に馬車を持ち上げて端に寄せる。
追突した馬車に、散乱した肉を包んだ袋を乗せ持ち上げて、
「これはどこに運べばいいのかな?」
ぽかーんと口をあけて見ているマルトーを促し、調理場へと食材満載の馬車を運ぶ。
残りの食材もてきぱきと動いて運び入れ、結果普段よりも早く納入は終わったのであった。
そして狂喜するマルトーがバビル2世を引きずり込み、お礼だと料理を振舞いだしたのが冒頭である。
「なに、たいしたことじゃありませんよ。マルトーさんが料理を作る能力に優れていて、それを生かしているように、ぼくが力持ちで、
それを生かしたまでですから。」
「だとするなら、オレはアンちゃんに料理の腕でお返しをするのが当然ってもんだろう?さ、食った食った!」
口に放り込むと、肉が骨からぺろんとはがれる。
肉の量は少ないが、えもいえぬ深い味を持ち、しかもそれがタレによって旨味を増している。
骨はしゃぶればしゃぶるほど濃厚な味が染み出てくるようで、
「うまい――」
特に骨にこびりついた肉の味が絶品である。
「なるほど。評判になるだけのことはあるな、忠吾」
と思わず呟きたくなる。
「これは食堂に出してもいいぐらいですね。メニューになるで。」
「へっ。あんな連中にはもったいないぜ。ほら、もっと食いな。」
言いながら自分もつまむマルトー。
「鶏肋、というのがこの料理の名前ですか?」
「いや、なに、別に名前なんてないけどよ。つい口に出ちまうんだ。」
でもまあ捨てるにはもったいない部分の料理、って意味ならぴったりだろ?と骨をしゃぶるマルトー。
対面を気にする貴族はプライドが邪魔をして食うに食えない、という意味でもピッタリだ。
夢中になって食べていたが、ふと外が騒がしくなる。
騒ぎの方向を見ると給仕らしい黒髪の少女が、みょうちきりんな格好をして薔薇を加えた男になにやら叱責されているのが見えた。
『たしかあの少女は、さっきぼくに料理を運んでくれた娘だな。』
シエスタ、と名乗った少女を思い出す。名前を聞かれて思わずバビル2世と答えそうになったほど、できた娘であった。
「シエスタのやつ……何しでかしたんだ?」
シエスタに限って粗相をするわけはないんだが、と怪訝そうに立ち上がり食堂に出るマルトー。後を追って外に出るバビル。
『どうせ貴族のバカヤロウがいちゃもんつけてきやがったんだろうがな。』
心を読むバビル。どうやらよほどマルトーは貴族が嫌いらしく、嫌悪感や罵倒語が頭の中に渦巻いている。
「ビッグ・ファイア!どこ行ってたのよ!」
袖を引っ張られ、横から声をかけられる。ルイズが椅子に座って食事をしながらバビル2世の服を掴まえていた。
「食堂の手伝いをね。ところで何事だい?」
「手伝いね。あなたは私の使い魔なんだから、私以外の命令を聞く必要はないのよ?まあ、いいわ。今回だけ見逃してあげる。」
騒ぎ立てている妙な格好の男と、ひたすら陳謝する少女を横目に見て、
「どうってことないわ。あほギーシュの二股がばれて、平民に責任転嫁してるのよ。見苦しいったらありゃしないわ。」
話題にするのもくだらない、といった雰囲気で説明するルイズ。
そういえばあの男はぼくが朝パンを失敬した男だ。ギーシュというのか。
心を読むとルイズの説明でほぼ間違いなさそうだ。
ただ、人間とは妙なもので無理を押せば道理が引っ込むというのか、明らかな責任転嫁や嘘でも、言い続けているうちにそれを
本当のことだと思うようになるらしい。現に、徐々にではあるがギーシュの心の中は自業自得の占める割合が減り、シエスタの
せいでこうなったんだ、という思いが増えて行きつつある。
このままでは、おそらく素直には自分が悪いと認めないだろう。
視界にギーシュに抗議をするマルトーが映る。普段の鬱憤や不満もあってかかなり強い調子だ。この国の貴族がどの程度の力を
持っているか知らないが、今のギーシュの心理状態では下手をすればマルトーの身分が危うくなるだろう。
そうなれば鶏肋はもう二度と味わえなくなるのではないか。
あの味を失うのは偲びがたい。それに、一宿一飯の恩、というじゃないか。そう考えたバビル2世は、
「待て」
シエスタとマルトーの間に割って入った。
「む?なんだ、ゼロのルイズの使い魔くんじゃないか。……エルフとは言え使い魔の分際で貴族に対してずいぶん乱暴な口を
聞くんだね。」
「残念だがぼくは他人を理不尽な目にあわせるようなやからがあまり好きじゃなくてね。」
というよりも、むしろ容赦なくぬっ殺してきた。
つい改造人間を作っているようなヨミの部下を思い出してしまう。
「な、ななな。」
修羅場を潜り抜けてきたがゆえに身につけた殺気を浴び、つい後ずさりしてしまうギーシュ。膀胱から尿管に急速に尿が送られて
いきそうだ。
「ど、どどど、どうやらきみは貴族に対する礼儀がなっていないようだね。」
どもりながら懸命に体面を取り繕う。だが本能的感じる恐怖が微妙に身体をちぢこませている。。
「け、決闘だ!決闘!」
ギーシュはくるりと背を向け、キザったらしく言った。つもりである。
傍目にはギクシャクした動きで、逆に同情を誘う動きであった。
あちこちから「やめろよ、勝ち目ないぞ」「というかもう負けてないか?」「あの使い魔、なんか怖くない?」「うぉオン、あの使い魔は
まるで人間発電所だ」などという声が上がる。
ギーシュ本人も言ったことを後悔していた。元はといえば二股をかけた自分が悪いのだ。近くにいたメイドに鬱憤をぶつけてしまった
ために、全ての因果が自分に返ってきてしまった。後悔先に立たずとはこのことか。素直に謝っておけばよかった。だが素直に
謝るようなことができれば最初からこんな事態にはなっていないだろう。だいたいもう退くに退けない。全て自分から出た身の錆
である。こうなっては道は一つ、己の矜持を貫き通すしかない。もっともその矜持のせいでこんな目になってしまったのだから、
反省だけはしておこう。それに相手はあのルイズ、ゼロのルイズの使い魔だ。大丈夫に決まっているさ。
「きみに貴族への礼儀を教えてやる!ヴェストリ広場で待っている。逃げるなよ。」
最後はポジティヴな思考に切り替え、ヒステリックながらも通告し、友人連中を引き連れて去るギーシュ。
だが友人連中は皆『いや、逃げるとしたらギーシュじゃないか?』などと思っていた。それぐらい先ほどのバビル2世には迫力があった。
「び、ビッグ・ファイアさん……」
シエスタがぶるぶる震えながら、やっとのことで声を絞り出す。
「お、おい……」
マルトーも顔を青くしながら声をかけてくる。
「貴族相手によ、シエスタを助けてくれた上、ガツンと言ってくれてありがたいがよ、よけいなことはしなくてよかったんだぜ」
ぐすっと鼻を啜るマルトー。涙目になっている。
「あ、あの……私っ、私っ!」顔を両手で押さえ、涙ながらに文章にならぬことを言うシエスタ。
「いざとなればオレがやめればよかったんだぜ。こんなところに未練はないしな。チクショウ、余計なことしやがって。」
貴族相手である。例え勝っても後のことはどうなるかわからない。それを知っている二人は死刑囚となった恩人を見送る気持ちに
等しいものを抱いていた。
「大丈夫ですよ。」
しかし、バビル2世の答えは二人にとって意外なものだった。
「な、何が大丈夫なんだ?」
「大丈夫じゃないですよ」
「いえ、よく考えてください。ぼくはあくまで使い魔なんです。使い魔と貴族との決闘ということは、つまり使い魔の主人である貴族と
貴族との決闘であるということです。」
「あっ!」と声を上げる二人。なるほど、貴族同士の決闘ならば事後の面倒なごたごたはパワーバランスもあり、死人が出たり
しないかぎりは穏便に済まされるはずだ。だが、それにはまだ1つ懸案がある。
「で、でもよ・・・それは」
「ビッグ・ファイアさんの主人である貴族様が承認していなければ…」
そう、主人である貴族が自分の代理として決闘させていると認めていなければ、使い魔は見殺しにされるだけだろう。
「それも大丈夫でしょう。なぜなら…」
「ちょっと!何考えてるのよ!よけいなことをしなくていいのよ!」
ルイズが割って入ってくる。ナイスタイミングだ!
「余計なこと?」
「そうよ!あなたは私の使い魔として働くのが仕事なのよ!わざわざ諍いに首を突っ込むなんて何を考えているんだか」
「ぼくはそうは思わないな。」
バビル2世の目が妖しく輝く。超能力の一つ、催眠術だ。もっともそう強い催眠術ではない。あくまで納得を促すことを目的とした、
ごく軽いものだ。
「ルイズは貴族だろう?理不尽な目にあっている平民がいれば、それを守ってこそ貴族じゃないのか?」
「そ、それは…」
たじろぐルイズ。バビル2世の言葉が素直に心に染み渡っていく。
そうよね、平民を守るのは貴族の仕事。貴族とは誇り高いもの。貴族の誇りを汚すものは許されない。
「ぼくはルイズが貴族としてきっとあのシエスタという子を守るために行動するだろうと思い、使い魔として代行したまでだ。
何か問題があるかい?」
「…な、ないわよ。そうね、よくやってくれたわ!こうなったらガツンとやっちゃいなさい、ビッグファイア!これは主人から、
使い魔への命令よ!貴族の横暴から、平民を守りなさい!」
改めてシエスタとマルトーを見るバビル2世。
「というわけで、主人からの許可も出ました。」
「ヴァストリ広場」はどこだい?と残っていた生徒に聞くと、すたすたと歩いていくバビル2世。
その後を突いていくルイズ、シエスタ、マルトー。それはまるでDQのパーティのようであった。
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