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アルビオン王国第二の権勢を誇るモード大公家の所領の中心地である
シティ・オブ・モードの大劇場。その贅を尽くした巨大なホールを一望
できる専用席で、ティファニアは両親とともに初めて歌劇を鑑賞していた。
伝統と実績に裏打ちされた一流の楽団が奏でる荘厳な楽曲に乗って
舞台の幕が開き、そこに少女たちの合唱が響き渡る。ティファニアは、
すべてが初めての中、これから何が起こるのか胸をときめかせた。
――シティ・オブ・モードを騒がすもの。フィフス・ブリッジの袂にて、
夜な夜なメイジを襲いたり――
――その名は竜騎士リチャードなり。主なく、心優しき竜騎士は、
魔女の託宣に従いて、その心を鬼とした。己を打ち負かせし者こそが、
真なる主であるとして――
演目は『白銀の姫』。モード大公家五千年の系譜上、ある意味最も
有名な『白銀の姫騎士』バージニア・モードの生涯を描いた、このモード
少女歌劇団の十八番。いや、この歌劇団そのものが、かの姫の伝説を
正しく伝えるために設立されたとされているから、歌劇団の存在理由と
いえるだろう。
その、すべての公演に三日を要する作品を観るために、両親とともに
目一杯のおめかしをしたティファニアは、このとき八つの誕生日を迎えたばかり。
白雪のような肌を彩る妖精のような純白のドレスと合わせた『決して
人前で取ってはいけないよ』と言われた真っ白いつば広帽子をかぶったまま、
ティファニアは初めての大劇場の雰囲気にわくわくしていた。
――プリンセス・モード。バージニアは、気高く美しい姫。
されど、一五の誕生日を迎えても、未だに魔法は開花せず――
――それでも姫は諦めず、一五にして衛士隊隊長に認められるほどの
剣と心の強さを身につけたり――
――そのような姫が、かの噂を聞いてただ座して待つことあろうはずもなし。
かくして、双月輝くある日の夜、男装してフィフス・ブリッジに乗り込んだ――
朗々と歌い上げられる乙女たちの合唱。舞台の上では光り輝く純白の
ドレスを脱ぎ捨て、白銀の鎧に身を包み杖剣を掲げる、背が高く長い
金髪を結い上げた姫役の少女が名乗りを上げた。
楽曲が変わり、優美で勇壮な調べが劇場を満たす。『白銀の姫』序章の
山場、『フィフス・ブリッジの決闘』。舞台が暗転し、その後、大きな
橋の上で長身の少女が演じる、濃紺の鎧に身を包んだ銀髪の美丈夫が
両腕を組んで待つ姿が現れた。その傍らには銀の杖槍が立てかけられ、
演じる少女もまた、それを手にできるだけのすらりと鍛えられた中性的な
体躯。竜騎士リチャード役は男役を演じる少女たちの憧れだ。
そしてそれにふさわしい雰囲気を、彼を演じるこの少女は身につけていた。
そこに現れるは、白いフードに顔を隠し、磨き上げたツゲのトラヴェルソを
吹く姫。その調べに楽曲が合わさり、なめらかな曲調の中で竜騎士を
演じる少女が口上を述べる。
――不甲斐なき輩多きことよ。私が忠誠を誓うべき主はおらぬのか。
む?この調べはなんたるものか――
――心乾いた竜騎士に、しみこむような笛の音。その音色の向こうから、
真白き騎士が現れる――
――待たれよ。その杖剣、かなりの業物とお見受けする。かような杖を
手にするならば、貴殿、さぞや名のあるメイジに相違あるまい。
是非、私と手合わせ願いたい――
――おまえが噂の鬼か。この杖が欲しいか?ならば、実力で奪って見せよ――
歌うようにトラヴェルソを腰に収め杖剣を抜く姫。その動きに合わせて
舞うように竜騎士が杖槍を振るい風の魔法を使う。舞台と客席の間は
防壁の魔法が張られているため、その影響が及ぶことはない。
姫はフードを脱ぎ捨て軽やかに飛び上がると、空中でくるりと身を翻して
橋の欄干に立つ。男装するために男役の立ち振る舞いも必要であり、
さらにこの動きのため、バージニア姫役の役者は容姿、役者としての
技術のみならず音楽の才と軽業師のような体術も要求される。それ故に、
バージニア姫を演じることは歌劇団の少女たちの目標たり得た。
演劇用に威力を弱めた『ブレイド』の蒼い輝きを纏わせた杖槍を振るう
竜騎士と、それを杖剣で受ける姫。月明かりを模した照明の中舞い踊る
二人の役者の姿に、ティファニアの心は今まで感じたこともないほどの
高揚感に包まれる。
――何という強さよ。私相手では魔法を使う必要すらないというのか――
――答えよ。おまえは何故このようなことをする――
――私を打ち倒した者こそが、私の真なる主なり。故に私は鬼となるのだ――
それから何合か打ち合い、やがて姫の杖剣が竜騎士の杖槍を上に
はじき飛ばす。何度も練習を重ね飛距離と角度まで完全に計算された
その動きによって、竜騎士の杖槍はまっすぐ橋に突き刺さる。得物を
失いがくりとうなだれる竜騎士に、姫は杖剣を目の前に突きつける。
――この勝負、私の勝ちだ――
――おお。我が名はリチャード。私を倒せしあなたこそ、私の真なる主なり――
――されど私は魔法が使えぬ。おまえの主たる資格などない――
――ならばお待ち致しましょう。御身が、まことの目覚めを迎えるまで。
御身が目覚めを迎えるとき、私は御側に参りまする――
さらに舞台は変わる。迫り来る焦りを映し出すような低くテンポの
速い楽曲。序章のクライマックス、『目覚めの魔法』。決闘から半年。
ガリアとの戦雲高まる中、兄王ジョンに助力すべく、姫は何とかして
魔法が使えるようになろうとする。
しかしどの魔法も僅かに光を発するだけで効果が見えず、くじけそうに
なった姫は思いつきで使い魔を召喚する魔法を使う。これが成功しなければ、
もう魔法を使うことはしないと決めて。
姫が魔法を使った瞬間。楽曲が停止する。そして、独唱のパート。
大劇場に響き渡る声量は、決して裏切らない努力のたまものだ。
――やはり、ダメか。私には、魔法の才はないらしい――
――僅かに光った魔法陣。されどそこには何もなく。失意に沈む姫の
背に、懐かしき声届きたる――
――このときを、お待ち申しておりました――
――古き大樹の後ろから、竜騎士リチャード現れたり。姫の前に膝をつき、
その右手をかざすなり――
――これは御身との契約の証。我が主、御身は、今、目覚めたのです――
真なる主従を祝福するかのように、転調する楽曲。真剣に舞台に見入る
ティファニア。その横で、父が優しく言葉を向けた。
「……あれは、お前の遠い叔母上を演じている。
かの姫も、一五になるまで魔法が使えなかったという。
だから、私は何の心配もしていない」
「お父さま?」
「いずれ、お前にもかの竜騎士リチャードのような、きっかけが現れるだろう。
焦る必要はない。すべては始祖と、そして『大いなる意思』がお前を
導くだろう」
そう言って、父と、そして魔法で耳を人間のように変えた母は、
ティファニアに優しく微笑んだ――
ふと、ティファニアは目を覚ました。
周りを見渡すと、そこはパーティションを取り払い大部屋にした宿屋の
ベッドの上。子供たちを連れた大所帯のため、あらかじめ準備された
部屋だった。
「……夢……」
窓から柔らかく差し込む双月に照らされたティファニアは、まるで
妖精のように見える。しかし、その頬には涙が伝っていた。
「……あ、あれ?おかしいな。この夢、もうずっと見ていなかったのに」
それは、まだ両親が生きていて、自分もただ温かなまなざしに包まれていた、
幸せな時間。けれど、その幸せはもう戻っては来ないと分かっていた。
母と自分のせいで長き歴史を誇ったモード大公家は取り潰され、
あの歌劇団と大劇場も炎の中に消えた。逆賊、いやブリミル教徒の敵と
されたモード大公家の痕跡を抹消すべく八百年以上も演じ続けられた
台本も失われ、そればかりかモード大公領の領民すべてが異端審問に
かけられたと、ティファニアは渋るマチルダから聞き出していた。
「…………」
ベッドの上で、ティファニアは膝を抱えた。自分がここにいるのは、
多くの犠牲があってのこと。だが、モード大公家の旗の下で戦い家名を
失ったマチルダも、スピノザも、誰もティファニアを責めることはない。
それでも、自責の念は重くティファニアにのしかかった。
「……っくっ……」
自分が魔法を使えるようになったのは、確かに『大いなる意思』の
導きかもしれない。財務監督官として宝物庫の管理を任されていた父を
捜して迷い込んだハヴィランド宮殿の宝物庫で、ティファニアは
『風のルビー』と『始祖のオルゴール』に触れることができた。
だが、それは皮肉にもティファニアと大公の寵姫であった母シャジャルの
正体を王に知らしめる結果となった。
父は母と自分を王と教会に引き渡すことを拒否し、王家に杖を向けた。
ティファニアのよきお姉さんとして遊び相手だったマチルダの実家
サウスゴータ家も、勉強を教えてくれたスピノザの実家サンダーヘッド家も、
そしてティファニアに外の話をたくさん聞かせてくれた、古くからの
モード大公家の直臣であるエンタープライズ家も、賊軍のそしりを
受けながらも自分たち母子を守るために戦火に身を投じた。
その結果は……今更記すまでもない。
王国を大きく揺るがした内戦は、決して真実は語られることはなく、
後に『モード大公の叛乱』と歴史に記されることになる。
その戦いにおいて、モード大公家に与する三貴族、そして王を諫めたものの
聞き入れられず中立を宣言したマールバラ公などごく一部の貴族を除いて
国王側に付いた。その状況下で、大公側が一ヶ月も戦い続けたことは、
このアルビオンの国力を大きく殺ぐ結果となった。
さらにこの内戦の結果が、勝利したはずの国王から人心が離れ貴族派
『レコン・キスタ』蜂起の原因となったことは世の皮肉でしかない。
その大きな理由であるモード大公家の抹消や異端審問の実行、いやそれ以前に
多くの貴族が事情を知らされることがなかったにもかかわらず国王側に
付いた理由には教会の強い圧力があったとも言われているが、ティファニアは
そこまでの事情は知らなかった。
「泣いて……いるんですか?」
その声にティファニアははっと顔を上げる。
「……チハ」
それは、横で眠っていたはずのチハだった。チハは心配そうな顔で
ティファニアを見ている。その様子に、ティファニアは涙を拭いて
向き合った。
「大丈夫。ちょっと、昔を思い出しただけだから」
「…………」
チハはそんなティファニアにかける言葉がなかった。
チハは、ティファニアのことを知らなさすぎたから。
だから――今のチハにできることは、ただティファニアのそばに寄り、
彼女の流れる金色の頭を優しく抱きしめることだけだった。
「……チ、チハ?」
突然のことに驚くティファニア。そんな彼女に、チハは優しく語りかけた。
「大丈夫です。頼りないかもしれないけれど、今は私がいますから。
テファは、独りじゃないです」
そう語りかけるチハに、ティファニアは安心したように頭を預けた。
その頃――ロサイス港に錨泊する『マリー・ガラント』号の船室で、
シンがゼルたちから受け取った書類を見て息を呑んだ。
ゼルとアリサは――いや『バルハラ』自体が地下に潜った王党派の
一派が組織した抵抗組織(レジスタンス)『バグルス(アルビオンの一地方の
古語で『見えざるもの』を意味する言葉)』の工作員とその活動拠点の
一つだった。二人は重要拠点であるロサイス工廠の工員として働く一方で、
今回のように貴族派と『レコン・キスタ』の重要な情報を盗み出し、
また事故を装った破壊、遅延工作なども行っている。
二人だけではない。各地の重要拠点には彼らのような抵抗組織の工作員が
多数紛れ込み、ただ一つの目的――すなわち正統な王権の復興――のため、
その組織名が示すとおりの静かに水面下での戦いを続けていた。
「……これ、大砲かい?ずいぶん大きな代物だけど、あのムーがゼルたち
使ってまであたしらに託すようなものには見えないけれど」
書類を横から覗き込んだハーマンが尋ねる。彼女が名前を出したムーとは、
現在『ゼロ機関』と連携を取るアルビオンの抵抗組織、『バグルス』の
リーダーであるムー・クラトーのことだ。内戦で路頭に迷った無名貴族の
子息との触れ込みだが、別の噂ではとある有力貴族の忘れ形見とも
言われている。謎の多い青年だった。
そんなハーマンに、カルナーサとシーナも同意を示す。
だが、シンは違った。
「……そんなものじゃない。
ボクも迂闊だったよ。だって、アルビオン空軍があの『畝傍』の技術を
手に入れてから、もう五十五年も経つんだから。いくら途中で二度も
内戦があったからって、こうならないなんて保証はなかったんだ」
シンは真顔で言う。そう――シンがいた世界でも、外国の圧力で開国し、
まともな軍艦といえば外国製のたった一隻の小さな甲鉄艦しか保有して
いなかった極東の島国が、国を揺るがす旧体制派と新政府との内戦などを
経験しながらも、それから五十年で世界最大の巨砲を搭載する超弩級戦艦を
独力で建造するに至った。だから、今目の前にある書類に描かれた大砲は、
シンにとっては十分あり得た現実だった。
シンは思わず爪を噛む。このハルケギニアでは、情報の伝達に非常に
時間がかかる。一刻を争う事態であっても、今あるものでどうにかするしかない。
しかも、自分たちの使命はこの情報を入手することだけではなかったので、
今すぐここを離れることもできなかった。
シンの目の前にある書類。そこには、アルビオン空軍が近々実行に
移す作戦の内容に加え、改装なった神聖アルビオン共和国空軍艦隊旗艦
『レキシントン』号とその艦首砲である巨大な艦載砲の三面図がある。
その艦載砲には、アルビオン語で『タイプ三 五〇口径四〇サント超射程砲』の
文字が書かれていた――
翌朝。ティファニアとチハは、子供たちを連れてアルビオン伝統の
朝食を楽しんだ後、再び旅装を身に纏う。全員の支度を調えてから
下に降りると、カウンターではメリルが洗い物をしており、テーブルの
椅子には、昨日は見なかった、年季の入ったアルビオン陸軍のカーキ
グリーンの帽子をかぶり軍服の上着を引っかけた中年の男性が座り新聞を
読んでいた。
「おはよう。昨日はよく眠れた?」
ティファニアたちの姿を見つけたメリルがそう話しかけてきた。
たった一晩お世話になっただけなのに、ティファニアには、彼らを
ずっと以前から知っているような気がしてならなかった。
そのティファニアの前に、いつの間にか椅子に座っていた男が立っていた。
男は上着をきちんと着直し、帽子を脱いで一礼する。見るとそればかり
ではなくテーブルの上に新聞が丁寧に折りたたまれていた。
「お初にお目にかかります。わたしはこの『バルハラ』の店主、ヘンケルと
申します。昨日は留守にしており大変失礼致しました」
「あ、あの……い、いえ、そんなことは。メリルさんも、ゼルさんも、
アリサさんも、みなさん親切な方ばかりで、本当に助かったのはこっちです」
思わず恐縮するティファニア。上目遣いでヘンケルを見ると、
その雰囲気は今まで出会った誰よりも厳しく、そしてそれ以上の優しさが
にじみ出ているように思えた。同じく横にいるチハには、ヘンケルと
名乗ったこの男が退役軍人のようだと思えたのは、決して偶然ではあるまい。
そんな二人と、二人が連れた子供たちに、ヘンケルは優しく微笑んでみせる。
それは彼女たちの緊張を和らげるには十分で、ティファニアとチハの
後ろに隠れていた子供たちも、こわごわ前に進み出た。
「みんな、おじさんの宿のベッドはどうだった?よく眠れたかい?」
ヘンケルは子供たちの前でかがむと、目線を合わせてそう言った。
最初は怖がっていた子供たちも、ヘンケルのその様子にようやく緊張が
取れたようにお礼を言った。
「うん。ありがとうおじさん。よく眠れたよ」
「ごはんもおいしかったし、ベッドもきれいでふかふか。また来たいわ」
「そうかい。それは良かった」
ヘンケルはそう言って子供たちの頭を優しくなでた。そこにメリルが
バスケットを持って現れる。
「さあ、そろそろ行かないと出港に間に合わなくなるわ。
はい。これお弁当。フネの中でも食事が出るけど、途中でおなかが
すいたら食べてね」
「あ、ありがとうございます。本当に何から何までお世話になりました」
バスケットを受け取ったティファニアが深々と頭を下げる。
チェックアウトして港に向かう途中でも、こちらが見えなくなるまで
何度も振り返ってお辞儀をする彼女に、二人は手を振りながら苦笑する。
ティファニアたちの姿が見えなくなってから、ヘンケルは通りに
向かって直立不動の姿勢を取り、アルビオン王国陸軍式の敬礼をした。
「……本当にいい子に育ってくれたな……という言い方は失礼だな」
そして、そう言って目を細める。
「ええ。養父(とう)さんは昔お目にかかったことがあるんでしょう?」
「ああ。殿下にも、シャジャルさまにも、大変よくしていただいた。
ワシが姫さまにお目にかかったのは……もうかれこれ十年も前か。
覚えているはずもない」
ヘンケルはそう言って遠い目をした。
ヘンケル――彼の本当の名はピーター・ヘンケルという。二百年ほど前に
ゲルマニアからモード大公家に招聘された刃物鍛冶の末裔で、自身も
『土』のトライアングルメイジである。
かつてアルビオン王国陸軍参謀部でその辣腕を振るったこともあり、
子供がなかった彼は四人の孤児を育てたが、今から十年前、妻に先立たれたことを
きっかけに惜しまれながら軍を去った。
『モード大公の叛乱』の時には子供たちのこともあり市井に隠れたままだったが、
大公もその理由を知ってあえて彼を自軍に招き入れることはなかった
(そのとき、沈黙を保つヘンケルをあしざまに言う臣下に、大公は『きみは
親を亡くしたひな鳥に、もう一度親を亡くす苦しみを味わわせよ、と
いうのかね?』と言ったという)。だが、大公家滅亡後、その遺児である
ティファニアがどこかで生きていると聞いた彼は、王権をないがしろにする
貴族派に対する抵抗組織が立ち上がるとそれに同調、今に至っていたのである――
ティファニアたちがロサイス港の桟橋に到着する直前、自分たちを
迎えに来ようとしていたシンとハーマンに出会った。
予想していなかったことに驚くティファニアに、シンが気さくに声をかけた。
「ども。これからお迎えに上がるところでした。
ハーマンさんから聞いたんですけど、タルブの村まで行くんでしたよね?
ボクたちもそこに向かうんで、ご一緒させてもらってもいいですか?」
「え?あ、あの……そ、それは……かまいませんけど……はぅ」
ティファニアは思わず嘆息する。人当たりの良すぎるシンは、人見知りする
ティファニアにしてみれば、自分の領域に気軽に足を踏み入れてくる
圧迫感を覚えるしかないのだ。
そんなティファニアに、チハが助け船を出した。
「大丈夫ですよ。テファ。シンさんはとっても強いですし、頼りになるんですよ」
「え?なら、この人もあなたと同じ『ハガネノオトメ』なの?」
そう言って、ティファニアは驚いた顔をする。そしてチハはあの
『D-Day』ことノルマンディー上陸作戦を思い出す。
あの戦いでは、アメリカ生まれながらレンドリース法(武器貸与法とも。
第二次大戦中、アメリカが基地を提供してもらうなどの対価に膨大な
軍需物資を連合軍各国に供給した)でイギリスに渡り、そして初めて自分を
仲間と認めてくれたイギリスの鋼の乙女たちとともに戦うため、生まれの祖国ではなく
イギリスに忠誠を誓った中戦車型鋼の乙女、M4A2シャーマンIII シンは
アメリカ軍上陸部隊の中核だった重戦車型鋼の乙女、M26パーシング エイミーとともに
戦う自分を、複葉雷撃機型鋼の乙女、ソードフィッシュ フェアリーとともに
ドイツ軍を挟撃する形で友軍上陸部隊の血路を開いてくれた。
自分とエイミーが、伎倆、経験ともに上回るドイツ第三帝国最強の陸戦型
鋼の乙女と名高い重戦車ティーガーI フェイとIII号突撃砲 ミハエルの
二人に打ち勝てたのも、二人がシンたちを背中に感じながらの戦いを
強いられていたからだ、とチハは今でも思っている。
それを聞いて、ハーマンは興味を持ちながらもそれを表に出さず、
ティファニアに話しかける。
「ご安心ください。みなさまは私たちがお守りします。
……それとも、私たちではご不満ですか?」
「あ、い、いえ……そんなことは……」
思わず口ごもるティファニア。だが、そんなティファニアの様子を横に、
子供たちはハーマンの耳に興味津々だった。
「ねーおばちゃん。その耳ホンモノ?」
「なっ……」
「こ、こら。失礼でしょう?そんなこと言ったらダメ」
相手が子供故にそうそう怒りの矛先を向けることもできず絶句する
ハーマンと、それに気づいて子供たちを叱るティファニア。
子供たちの言葉に動揺した際に僅かに耳が動いたため、子供たちの疑念
(とそれ以上の好奇心)はさらに強まった。
おもしろがってハーマンの耳に触ろうとする子供たちと、相手が子供だけに
逃げ回りながら「お姉さんだよ!」と訂正を求めるくらいしか強く
出られないハーマン、それに子供たちを止めようとするティファニアが
加わって、あたりは一時騒然となる。チハとシンが何とかしようとするが
収まらず、追いかけっこに最初に音を上げたのは子供たち、次いでティファニア。
ハーマンは息を切らしながら怒りの矛先をシンに向けた。
「……っはぁ……はぁ。前から思っていたけどあれだけ走ったのに息も
切らさないなんて、あたしらに黙ってたことがその理由かい?」
「うーん。そんなことはないんだけど。まぁ、お互いここじゃ話しにくい
こともあるだろうし、フネの中で、ってことで」
ごまかすこともなく、場所を変えることを提案するシン。ハーマンも、
へたり込んで肩で息をするティファニアも、彼女を支えているチハも、
それに異存はなかった。
『マリー・ガラント』号の船室に移動したティファニアたち。船内で
待機していたカルナーサが子供たちの遊び相手として一緒に別室に移動し、
シンとハーマンが着替えてくると席を外しているので、今ここにいるのは
ティファニアとチハの二人だけ。そこに同じく船内で待機していたシーナが
トリステイン王国銃士隊の正装で人数分の紅茶のカップを運んでくる。
その決して安物ではない香りに気づいた二人は思わず顔を見合わせた。
「……あれ、軍人さん……よね?」
「ええ。たぶん。このフネがトリステイン王国のフネだから、トリステイン
王国軍の方だと思います。シンさん、いったいどうしたんでしょうか……」
チハが思わずつぶやいた。
二人が湯気を立てるカップに口も付けずに待っていると、やがてノック音が
聞こえ、トリステイン王国銃士隊の正装に身を包んだシンとハーマンが
入ってくる。シンはハーマンやシーナとは違い、トリステイン王国の姫
アンリエッタ・ド・トリステインの紋章である百合の紋章が刺繍された
純白のマントを羽織っていた。それは影の部隊であるシンを含めて七人しか
着用を許されない銃士隊小隊長の証であるが、ティファニアたちは
それを知らなかった。
「シン……さん?その格好は……?」
真剣な表情のシンに、チハは思わずそう尋ねる。シンは真顔のまま、
チハと、そしてその視線をティファニアに向け、ハーマンとともに
トリステイン王国式の敬礼をした。
「改めてご挨拶させていただきます。ティファニア・ウエストウッドさま――
いえ、アルビオン王国第一王位継承者にあらせられますティファニア・モード姫殿下」
「え?え?」
事態が飲み込めずおろおろと狼狽するティファニア。チハも、シンが
言っていることの意味がつかめず、二人の間に視線を行き来させるだけ。
そんなチハに、シンは言葉をかける。
「チハさん。今のボクは、トリステイン王国銃士隊第八小隊小隊長なんだ。
今回はさるお方の命令により、ティファニア姫殿下を護衛する任務を
帯びている……チハさんがいたのは予想外だったけど」
「そんな……テファが?それに、どうしてそんなことに?」
チハの問いかけに、シンはチハの目をまっすぐに見て答える。
「ボクは……あの第二次世界大戦が終わってしばらくして、朝鮮半島に
向かう途中でこの世界に召喚されたんだ。もう五年も前かな。チハさんが
鳥取砂丘で行方不明になっていたことも知っていたし、エイミーさんが
マッカーサー元帥に直談判してまでずっとチハさんを捜していたことも
知っていた。まさか、こうなっていたとは思いもしなかったけどね。
だから、ボクは鋼の乙女であることを隠して、このハルケギニアから
元の世界に戻る方法を探した。けれど、それは見つからなかった」
「そんな……それに朝鮮半島って、何があったんですか?」
「……そうだね。チハさんは知らないよね。だけど、それは教えられない。
知らない方がいい未来だってあるし、今知ったところでどうにもできないからね」
シンはそう言って言葉を濁した。そして言葉を続ける。
「まあそういうことで途方に暮れていたときに、トリステイン王国で
新設された銃士隊の募集に応募したんだ。帰れないんだったら、居場所を
見つけないといけないと思ったからね。入隊試験はそれなりだったけど、
鋼の乙女のボクには何ら障害にはならなかった。でも、そのおかげで、
ボクはアンリエッタ姫殿下直率の小隊を任されることになった、ってわけ」
「それじゃあ、シンさんに命令した『さるお方』って……」
「それはノーコメント。でも一つだけ言えるのは、ティファニア姫殿下の
従姉にあらせられるお方だよ」
ほとんど答を言ってるじゃないですか……と、チハは思ったが、
ティファニア本人がそれに気づいていないようだったので、それを口には
しなかった。
チハはそっとティファニアに視線を移す……が、当人は状況のあまりなことに
処理能力がパンクしたのか、「え?え?」とうろたえたまま視線を右往左往
させるだけ。逆にそれでチハは自分の中での整理が付けられたのだが、
そのとき、奇妙な違和感に気づいた。
「……ちょっと待ってください。シンさんがここに『召喚』されたって
今言いましたよね?それに五年って……私が鳥取砂丘からあの砂漠に
迷い込んでから、まだ一ヶ月も経ってないんですよ?」
「それについてはボクにもよく分からないんだ。ただ、一つ言えるのは、
チハさんはボクがこの地に召喚される四年も前に行方不明になったってこと。
だとすれば、どこかで時間のズレが生じたのかもしれない。
まるでハーバート・G・ウェルズの世界だけどね」
シンのその言葉に、チハは大きく嘆息する。そこに、ハーマンが疑問を
投げかけた。
「……全然分からないことも多いけど……要するに、シン、あんた、
普通の人間じゃないってことかい?」
ハーマンの問いかけに、シンは首肯する。
「そうだね。この世界でボクたち鋼の乙女に一番近いのは……カルナーサかな?
それでもずいぶん違うけど」
カルナーサが千年前のメイジが自分の血を与えて動かしたスキルニルだと
いうことはハーマンも知っている。けれど、シンからはその手の魔法の
探知に引っかかったという話は聞いたことがない。今まで経験した潜入
捜査などで、警戒の厳しいメイジの館に侵入する際にカルナーサが外れていた
理由がそれで、だからこそ、余計にハーマンは混乱した。
「よく分からないねぇ。ま、あんたの強さは素手であたしら全員相手に
圧倒できるくらいだし、敵じゃないのも確かだし。
けれど、あんた、あれほどタルブに行くの嫌がってたじゃないか。
どういう心境の変化だい?」
ハーマンの問いかけに、シンは苦笑した。
「うーん。嫌がっていたってわけじゃないんだけど……まぁ、ボクの
正体を知る人があそこにいるから、っていうのが理由かな。そう言う
意味では、ここでチハさんと合流できたのは良かったと思うよ」
「どういう意味ですか?」
いきなり話を振られたチハが問いかける。その問いに、シンは何かを
懐かしむように微笑んだ。
「……それは、着いてからのお楽しみってことで。たぶん、びっくりすると
思うよ」
――翌日。シンが放った鳥形ガーゴイルに収められた手紙を見て、
アンリエッタ姫は密やかに笑みを浮かべる。『ゼロ機関』のエージェントとして、
アンリエッタ姫を中心としたアルビオン派兵派に反対するリッシュモン
高等法院長ら『レコン・キスタ』の傀儡たちの切り崩し工作を行ったことの
定例報告中にそれを見たワルドは、思わず姫に言葉をかけた。
「素敵な言葉でも書いてありましたかな?姫殿下」
ワルドの言葉に、アンリエッタ姫はこれまでワルドが見たこともないほどの
楽しげな笑みで応えた。
「……ええ。良いことと悪いことがありましたわ」
「差し障りがなければ、お教えいただけますかな?」
「どちらから聞きたいですか?」
「そうですね。悪い方からお願い致します」
ワルドのその言葉に、アンリエッタ姫は素っ気なく応える。
「あの叛徒どもが、わたくしの婚儀の礼に参加すると見せかけてだまし討ちを
画策しているそうですわ。なんでも、四〇サント砲なんて大砲のお化けを
あの『ロイヤル・ソヴリン』、今は『レキシントン』号ですわね。
そのフネに積み込んで」
「それは……一大事ですな。しかし、そのような途方もない話、
マザリーニ枢機卿やラ・ヴァリエール公爵が信じますかどうか」
「今は無理ですわね。詳しい話はシンが戻ってから、直接本人に聞きますわ」
「そうですか。それで、良い話とは?」
「行方不明だった従妹にようやく会えますの」
「従妹、ですか?ということは、まさか、テューダー王家縁の……?」
そう口にして、ワルドは己の迂闊さを呪った。だが、アンリエッタ姫は
それを意に介すこともなく、心底楽しそうに笑う。
「これで、ようやく大義名分が立ちましたわ。ああ、楽しみね。
早く会いたいわ、ティファニア」
ワルドは、その笑った顔に、背筋が凍る感覚を禁じ得なかった。
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