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塔 意味…価値観の崩壊・緊迫
ガリア首都リュティスのヴェルサルテイル宮殿の一室に二人の男がいた。
一人はこの宮殿の主ガリア王ジョゼフ。
もう一人はすらりとした体に長い金髪と耳を持つエルフ、ビダーシャルだった。現在、ジョゼフの部下となっている。
彼は任務の失敗を自分の主である男に報告しに来ていた。
彼がジョゼフの下についたのはガリア—エルフ間の密約のためであり決して彼が望んだわけではない。
だが望んだものでなくても、目的が果たされるまでのほんの一時期の関係であれ、部下となったからには失敗の責は受けなければならない。
だからビダーシャルはジョゼフに任務の失敗を語っている。
彼の姪とその母を守りきれなかったこと。
襲撃者の中にジョゼフの言った水のルビーの保持者がいるかどうか知る前に傷を負ってアーハンブラ城から撤退したこと。
ビダーシャルが苦渋の顔で語っている間、ジョゼフの顔には激しい感情は浮かんでおらずそれは語り終えた後も同じであった。
ジョゼフはビダーシャルが喋り終えたと知ってから口を開いた。
「なら次の作戦に移るとするか」
ビダーシャルは眉をひそめた。そして不思議そうに尋ねる。
「任務に失敗ことについて言うことはないのか?」
ジョゼフはめんどくさそうに答えた。
「余が命令して、お前は失敗した。それだけではないか。お前だって罰して欲しいわけでもあるまい」
ビダーシャルは不審げにジョゼフを見た。全く腹の読めない男であった。
世間では無能王と呼ばれているらしいが、決して無能ではない。
やはり、シャイターンの力を持つ者は普通ではないのであろうか。
「次の作戦とは……」
「そうだ、戦争だ」
言っている内容に反してジョゼフの姿にまったくの気負いはない。むしろその姿は気だるげでさえあった。
陽介たちはアーハンブラ城からタバサを救出した後、数日馬車に揺られトリステインではなくゲルマニアのキュルケの生家、ツェルプストー家の領地を訪れていた。
彼らはツェルプストー領地内にある深く濃い黒い森の中に立つ城の中で休息をとっている。
一行がトリステインではなくゲルマニアに逃げこんだのはアーハンブラ城が地理的にガリアの中でもっともトリステインに遠い位置にあったからという理由もあったが、
それだけでなくタバサの母——オルレアン公夫人の処遇が問題であったからだ。彼女は謀殺された現王の弟の妻であり政治的な価値が大きすぎるのだ。
なので無断でトリステインに連れて行くことをはばかり、現在はゲルマニアで休息している間に手紙をトリステイン王家に送り判断をあおいでいる状況にある。
そしてゲルマニアのツェルプストー家をその休息の場所としたのはキュルケの強い勧めのためだ。
オルレアン公夫人の処遇についての手紙はトリステインでも指折りの名家ヴァリエール家の娘であるルイズが親しいアンリエッタに送った。
もちろん、出来る限りいい返事をもらうためであるが、その手紙の中にでさえ、オルレアン公夫人がどこにいるか書いてはいない。
トリステインに勝手につれて行くのが政治的にまずいのだから、当然ゲルマニアにいるのもまずいのだ。だからアンリエッタにさえ話せない。
話せば住居を貸してくれているキュルケに多大な迷惑がかかってしまう。
そしてオルレアン公を匿っているのはキュルケの独断であるため、ガリアの重要な貴人がゲルマニア国内にいることをゲルマニアの主である皇帝はもちろん、
現在彼らが宿を借りている城の主であるツェルプストー当主さえ知らない。
そのキュルケに多大な恩恵を預かっている二人は屋敷の中を歩き、みなが待っている部屋に向かっていた。
オルレアン公夫人がみなに感謝したいと話の場を設けることを求めたためだ。
「こんな悪趣味な館見たことないわね」
自分たちが世話になっている館に文句をつけているのはルイズだ。
廊下を歩きながら、彼女の目には奇怪に見えるこしらえを睨みつけるように見ている。
「オメエなあ、世話になってんだから、んな文句つけんなよ」
至極常識的な注意をしたのは彼女の横を歩く巽完二だ。
この彼女の使い魔は悪ぶっているわりに時々、常識人であることを示す。
「もちろん、わたしだって恩を感じてないわけじゃないわ。ただ、それとこれとは別よ。
ヴァロン朝かと思ったら、途中でアルビオン式になってるってどういうことよ?意味がわからないわ」
「知るかよ……」
ゲンナリとして完二は言う。この世界の建物の様式など完二が知るはずもない。
ただ、彼女がちゃんと恩を感じているのを理解したので、再度注意することは思いとどまりルイズの不満は適当に聞き流すことにする。
ルイズがツェルプストーの館がどれほどハルケギニアの文化と伝統をないがしろにしたものか並び立て、完二が相槌も打たずに聞き流しているうちに約束の部屋についた。
扉を開けると今やって来た二人を除く全員が、白いクロスがしかれた長い机の席についている。
机は長方形で長い方の二辺に彼らは腰かけている。入り口から見て左の上座近くからオルレアン公夫人、その娘タバサ、そしてその使い魔陽介。
オルレアン公はクマのアムリタにより心を取り戻しており、目にはもはや狂気は浮かんでいない。
未だにやつれが残るものの生気を取り戻した娘、タバサと似た美しい女性であった。
右側は同様の並びでキュルケ、その使い魔クマが座っている。ルイズと完二はクマに続いて座った。
そこは食事の場所であったが机の上には何も置かれておらず部屋には給仕の一人もいない。
口火を切ったのはオルレアン公夫人だった。
「このたびはわたくしと娘を助けていただいてありがとうございます」
そういうと彼女は頭を下げた。感謝された側は思わず居住まいを正してしまう。
彼女が心はすでに取り戻していたのだが、ちゃんと話すのはこれが始めてであった。
無論、心を取り戻してから娘のタバサとは馬車の中でさえ常に一緒にいたが、まだ全てを話しきるには時間が圧倒的に足りないであろう。
彼女は真摯な顔を斜め前の席に座るクマに向ける。いつもは丸みをおびたキグルミを着た、金髪碧眼の少年が治療してくれたことはすでに説明されている。
「その上、心を失ったわたくしを治してくださり、どのような言葉でならこの感謝の言葉を言い表すことができるのかわたくしは知りません」
「そ、そんなにかしこまらんでよいですと!どうしたらいいかわからんでクマっちゃうクマ」
オルレアン公夫人は恩人の愛嬌のある態度を見て微笑む。心を取り戻したその笑みは美しかった。
「ありがとうクマさん」
「いやーそれほどでもないクマよー」
クマは笑顔に魅了されながらくねくねと喜んだ。クマの奇態に全員が笑う。タバサも薄く微笑んだ。
笑いが収まるとオルレアン公夫人は語り始めた。
「かつてガリアが二分され内乱におちいる危機がありました」
その声には憂いの色があった。かつての罪を告白するかのようだ。
「わたくしはガリア王の手にかかることでその争いを回避しようとしました。これは自分たち一族のいさかいであって、それを国の争いにしてはいけないと思っての行動でした」
全員がオルレアン公夫人の話を真剣に聞いていた。タバサはじっとテーブルクロスを見ている。陽介はそっと小さな自分の主の肩に手を置いた。
オルレアン公夫人の告白は続く。
「ですがわたくしが正気を失っている後も貴族の間に不満は残り、シャルロットは苦難の中にいました」
その声に強い憂いの色が含まれる。
「わたくしのやったことは王族としての責務を、母親としての責務を捨てただけなのかもしれません……。
娘の代わりになるなどと綺麗な言葉で飾り立てた覚悟で毒酒を飲み、
それから娘にどんな過酷な処遇がもたらされるか知らず……いいえ、考えもせずに」
そこで彼女の言葉は終わり、重苦しい雰囲気が流れる。
その中、陽介が立ち上がり、タバサの後ろに立ち、彼女の母に力強く語りかけた。
「ならこれからはこいつのそばに居てやってください」
うつむいているタバサの両肩に手を置く。自分が彼女の味方であることを強く示すように
「俺には王族とかわかりません。いや、母親についてもよくわかんないかもしんないス。でもこいつが寂しがってたことは知っています」
陽介に力を貸してもらったかのようにタバサはゆっくりと顔を上げた。その顔は涙でぬれている。いつもの無表情ではない。ただただ母を求める娘の顔だ。見つめられた母は息を飲む。
見つめるだけのタバサを、伝えたいことがあるはずの自分の主の背中を、陽介は押す。
「言いたいことがあるならちゃんと言っとけ」
タバサは悲しみでにごった声を出した。いつもの無感動な声ではない、聞いた者がいやおうにでも感情がわかってしまうほど感情が発露されている。
「母さま……もうどこにも行かないで……」
タバサは声を絞り出したことで感情が抑えられなくなったのか、泣きながら母に抱きついた。感情を抑える理性の防壁が決壊したのは母も同様だ。
二人は涙を流しながら抱きしめあった。お互いの存在を確かめるように。今までの年月を埋めようとするように。
キュルケは瞳を涙で潤ませながら優しげに親友を見、陽介も感慨深そうにご主人さまを見ていた。
ルイズと完二は懸命に涙を堪えている一方で、クマは声を上げて泣いていた。
親子の長い長い抱擁が終わった後にキュルケは手をパンパンと叩いた。
「さあ、食事にしましょう。これから一緒にいるなら楽しい思い出も作らないといけないわよ。ほらクマもいつまでも泣いてないでメイド呼んできて」
ぼろぼろと泣いていたクマは鼻を啜りながら涙を抑えて部屋から出て行って話の間、遠ざけていた使用人たちを呼びに行った。
それからは楽しい食事の時間となった。
完二は出された今まで見たこともない料理を出来る限り食べようとフォークと口を盛んに動かし、クマは人の皿に乗った料理まで食べようとした。
ルイズはゲルマニアには食文化さえも品が感じられないといい、キュルケがそれに反論した。
陽介はオルレアン公夫人に話しかけられ戸惑いながらもタバサと一緒に話をした。
食事がお開きになった後、陽介はオルレアン公夫人とタバサの部屋に呼ばれた。
陽介は親子の間にわけ入るのは、と遠慮しようとしたがオルレアン公夫人の強い勧めで結局、招かれることにした。
タバサ親子と一つの机を囲んでいるが、少し硬い。やはり親子二人の部屋に招かれるのは陽介も緊張した。
「あなたのような人が娘の使い魔で本当によかったわ」
「い、いや恐縮っす」
朗らかに笑うタバサの母に陽介は本当に恐縮しきっていた。
「もしいたら、わたくしの息子くらいの年齢かしら」
「17歳っスからちょっとデカいですよ」
陽介はおどけてみせる。
実際にタバサの母が若く見えるほど美しく、そして場を和ませるための冗談の意味も含めての発言だったが、
そのことから陽介にとって衝撃の事実が判明する。
「あら、それならシャルロットと二つ違いじゃない」
彼はその言葉が理解できなかったが、ゆっくりと理解してから驚きの声を上げた。
「ええええ!!ちょっ、おま、タバサいくつだよ!?」
単純な算数をして答えを出しておきながら陽介は答えを尋ねる。
「15」
陽介より年上で19歳ではなかったのでそれは陽介が計算で出した答えと同じであった。が、それでも驚きは弱まらない。
「おっま、てっきり12、13だと……」
使い魔がそういうと、その主はじっとその顔を見てきた。どこか非難めいたものがあるように感じるのは気のせいではないだろう。
娘の不機嫌とは母は反対にころころと笑った。
「あらあら若く見られてうらやましい限りよ。それに年齢が近いならあなた本当にわたくしの息子にならない?」
「え、それってどういう意味っスか?」
陽介はタバサの母の言いたいことがわからずに不思議そうに尋ねた。
「本当と言っても義理ということよ」
「母さま」
タバサは非難めいた顔を使い魔から母へと向けた。その頬に少しだけ朱がさしていた。
二人のやり取りを見ながら遅まきながらオルレアン公の言いたいことを理解してまたも驚き、それからニヤっと笑って見せる。
「いやあ、タバサはかわいいですけど、できればあと2年は待ちたいですね」
「あらあらシャルロットふられちゃったわね」
オルレアン公夫人は楽しげに笑う。
タバサは不満げに二人の顔を見てから「もう知らない」というように顔を背けてすねてしまった。
母と陽介は顔を見合わせ笑い、それからタバサに謝り始めた。
それはまぎれもなく家族と過ごす何気ない日常であり、タバサが強く望んでいたものであった。
望むことすらできないと諦めてしまいそうになったこともあった。
しかし長い逆境に耐え、自分の隣に立つ者を手に入れた彼女はそこにたどり着いた。
誰もがこの日のような楽しい日々が長くはなくとも続くものだと思っていた。
トリステインへルイズが出した亡命の願いは受け入れられるにしても退けられるにしても時間がかかるものと推測していた。
だが翌日トリステインから早急に手紙が返ってきた。
こちらから送るときも早くに返答がもらえるようにと急いで送ったがそれでもこれは異常なほどに早かった。
そして手紙の内容はそれ以上に驚くべきものだった。
オルレアン公の遺児シャルロットをガリアの新王として迎え入れ、そしてその母オルレアン公夫人も国賓として受けいれるとのことであった。
それは現ガリア政府へ対立姿勢を示すための象徴を欲したからであった。
そうロマリアを滅ぼすという蛮行を行ったガリア王ジョゼフに対抗する王が必要だったのだ。
6000年の歳月をかけて積み上げられた塔は崩壊を始める。
#navi(ゼロのペルソナ)
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塔 意味…価値観の崩壊・緊迫
ガリア首都リュティスのヴェルサルテイル宮殿の一室に二人の男がいた。
一人はこの宮殿の主ガリア王ジョゼフ。
もう一人はすらりとした体に長い金髪と耳を持つエルフ、ビダーシャルだった。現在、ジョゼフの部下となっている。
彼は任務の失敗を自分の主である男に報告しに来ていた。
彼がジョゼフの下についたのはガリア—エルフ間の密約のためであり決して彼が望んだわけではない。
だが望んだものでなくても、目的が果たされるまでのほんの一時期の関係であれ、部下となったからには失敗の責は受けなければならない。
だからビダーシャルはジョゼフに任務の失敗を語っている。
彼の姪とその母を守りきれなかったこと。
襲撃者の中にジョゼフの言った水のルビーの保持者がいるかどうか知る前に傷を負ってアーハンブラ城から撤退したこと。
ビダーシャルが苦渋の顔で語っている間、ジョゼフの顔には激しい感情は浮かんでおらずそれは語り終えた後も同じであった。
ジョゼフはビダーシャルが喋り終えたと知ってから口を開いた。
「なら次の作戦に移るとするか」
ビダーシャルは眉をひそめた。そして不思議そうに尋ねる。
「任務に失敗ことについて言うことはないのか?」
ジョゼフはめんどくさそうに答えた。
「余が命令して、お前は失敗した。それだけではないか。お前だって罰して欲しいわけでもあるまい」
ビダーシャルは不審げにジョゼフを見た。全く腹の読めない男であった。
世間では無能王と呼ばれているらしいが、決して無能ではない。
やはり、シャイターンの力を持つ者は普通ではないのであろうか。
「次の作戦とは……」
「そうだ、戦争だ」
言っている内容に反してジョゼフの姿にまったくの気負いはない。むしろその姿は気だるげでさえあった。
陽介たちはアーハンブラ城からタバサを救出した後、数日馬車に揺られトリステインではなくゲルマニアのキュルケの生家、ツェルプストー家の領地を訪れていた。
彼らはツェルプストー領地内にある深く濃い黒い森の中に立つ城の中で休息をとっている。
一行がトリステインではなくゲルマニアに逃げこんだのはアーハンブラ城が地理的にガリアの中でもっともトリステインに遠い位置にあったからという理由もあったが、
それだけでなくタバサの母——オルレアン公夫人の処遇が問題であったからだ。彼女は謀殺された現王の弟の妻であり政治的な価値が大きすぎるのだ。
なので無断でトリステインに連れて行くことをはばかり、現在はゲルマニアで休息している間に手紙をトリステイン王家に送り判断をあおいでいる状況にある。
そしてゲルマニアのツェルプストー家をその休息の場所としたのはキュルケの強い勧めのためだ。
オルレアン公夫人の処遇についての手紙はトリステインでも指折りの名家ヴァリエール家の娘であるルイズが親しいアンリエッタに送った。
もちろん、出来る限りいい返事をもらうためであるが、その手紙の中にでさえ、オルレアン公夫人がどこにいるか書いてはいない。
トリステインに勝手につれて行くのが政治的にまずいのだから、当然ゲルマニアにいるのもまずいのだ。だからアンリエッタにさえ話せない。
話せば住居を貸してくれているキュルケに多大な迷惑がかかってしまう。
そしてオルレアン公を匿っているのはキュルケの独断であるため、ガリアの重要な貴人がゲルマニア国内にいることをゲルマニアの主である皇帝はもちろん、
現在彼らが宿を借りている城の主であるツェルプストー当主さえ知らない。
そのキュルケに多大な恩恵を預かっている二人は屋敷の中を歩き、みなが待っている部屋に向かっていた。
オルレアン公夫人がみなに感謝したいと話の場を設けることを求めたためだ。
「こんな悪趣味な館見たことないわね」
自分たちが世話になっている館に文句をつけているのはルイズだ。
廊下を歩きながら、彼女の目には奇怪に見えるこしらえを睨みつけるように見ている。
「オメエなあ、世話になってんだから、んな文句つけんなよ」
至極常識的な注意をしたのは彼女の横を歩く巽完二だ。
この彼女の使い魔は悪ぶっているわりに時々、常識人であることを示す。
「もちろん、わたしだって恩を感じてないわけじゃないわ。ただ、それとこれとは別よ。
ヴァロン朝かと思ったら、途中でアルビオン式になってるってどういうことよ?意味がわからないわ」
「知るかよ……」
ゲンナリとして完二は言う。この世界の建物の様式など完二が知るはずもない。
ただ、彼女がちゃんと恩を感じているのを理解したので、再度注意することは思いとどまりルイズの不満は適当に聞き流すことにする。
ルイズがツェルプストーの館がどれほどハルケギニアの文化と伝統をないがしろにしたものか並び立て、完二が相槌も打たずに聞き流しているうちに約束の部屋についた。
扉を開けると今やって来た二人を除く全員が、白いクロスがしかれた長い机の席についている。
机は長方形で長い方の二辺に彼らは腰かけている。入り口から見て左の上座近くからオルレアン公夫人、その娘タバサ、そしてその使い魔陽介。
オルレアン公はクマのアムリタにより心を取り戻しており、目にはもはや狂気は浮かんでいない。
未だにやつれが残るものの生気を取り戻した娘、タバサと似た美しい女性であった。
右側は同様の並びでキュルケ、その使い魔クマが座っている。ルイズと完二はクマに続いて座った。
そこは食事の場所であったが机の上には何も置かれておらず部屋には給仕の一人もいない。
口火を切ったのはオルレアン公夫人だった。
「このたびはわたくしと娘を助けていただいてありがとうございます」
そういうと彼女は頭を下げた。感謝された側は思わず居住まいを正してしまう。
彼女が心はすでに取り戻していたのだが、ちゃんと話すのはこれが始めてであった。
無論、心を取り戻してから娘のタバサとは馬車の中でさえ常に一緒にいたが、まだ全てを話しきるには時間が圧倒的に足りないであろう。
彼女は真摯な顔を斜め前の席に座るクマに向ける。いつもは丸みをおびたキグルミを着た、金髪碧眼の少年が治療してくれたことはすでに説明されている。
「その上、心を失ったわたくしを治してくださり、どのような言葉でならこの感謝の言葉を言い表すことができるのかわたくしは知りません」
「そ、そんなにかしこまらんでよいですと!どうしたらいいかわからんでクマっちゃうクマ」
オルレアン公夫人は恩人の愛嬌のある態度を見て微笑む。心を取り戻したその笑みは美しかった。
「ありがとうクマさん」
「いやーそれほどでもないクマよー」
クマは笑顔に魅了されながらくねくねと喜んだ。クマの奇態に全員が笑う。タバサも薄く微笑んだ。
笑いが収まるとオルレアン公夫人は語り始めた。
「かつてガリアが二分され内乱におちいる危機がありました」
その声には憂いの色があった。かつての罪を告白するかのようだ。
「わたくしはガリア王の手にかかることでその争いを回避しようとしました。これは自分たち一族のいさかいであって、それを国の争いにしてはいけないと思っての行動でした」
全員がオルレアン公夫人の話を真剣に聞いていた。タバサはじっとテーブルクロスを見ている。陽介はそっと小さな自分の主の肩に手を置いた。
オルレアン公夫人の告白は続く。
「ですがわたくしが正気を失っている後も貴族の間に不満は残り、シャルロットは苦難の中にいました」
その声に強い憂いの色が含まれる。
「わたくしのやったことは王族としての責務を、母親としての責務を捨てただけなのかもしれません……。
娘の代わりになるなどと綺麗な言葉で飾り立てた覚悟で毒酒を飲み、
それから娘にどんな過酷な処遇がもたらされるか知らず……いいえ、考えもせずに」
そこで彼女の言葉は終わり、重苦しい雰囲気が流れる。
その中、陽介が立ち上がり、タバサの後ろに立ち、彼女の母に力強く語りかけた。
「ならこれからはこいつのそばに居てやってください」
うつむいているタバサの両肩に手を置く。自分が彼女の味方であることを強く示すように
「俺には王族とかわかりません。いや、母親についてもよくわかんないかもしんないス。でもこいつが寂しがってたことは知っています」
陽介に力を貸してもらったかのようにタバサはゆっくりと顔を上げた。その顔は涙でぬれている。いつもの無表情ではない。ただただ母を求める娘の顔だ。見つめられた母は息を飲む。
見つめるだけのタバサを、伝えたいことがあるはずの自分の主の背中を、陽介は押す。
「言いたいことがあるならちゃんと言っとけ」
タバサは悲しみでにごった声を出した。いつもの無感動な声ではない、聞いた者がいやおうにでも感情がわかってしまうほど感情が発露されている。
「母さま……もうどこにも行かないで……」
タバサは声を絞り出したことで感情が抑えられなくなったのか、泣きながら母に抱きついた。感情を抑える理性の防壁が決壊したのは母も同様だ。
二人は涙を流しながら抱きしめあった。お互いの存在を確かめるように。今までの年月を埋めようとするように。
キュルケは瞳を涙で潤ませながら優しげに親友を見、陽介も感慨深そうにご主人さまを見ていた。
ルイズと完二は懸命に涙を堪えている一方で、クマは声を上げて泣いていた。
親子の長い長い抱擁が終わった後にキュルケは手をパンパンと叩いた。
「さあ、食事にしましょう。これから一緒にいるなら楽しい思い出も作らないといけないわよ。ほらクマもいつまでも泣いてないでメイド呼んできて」
ぼろぼろと泣いていたクマは鼻を啜りながら涙を抑えて部屋から出て行って話の間、遠ざけていた使用人たちを呼びに行った。
それからは楽しい食事の時間となった。
完二は出された今まで見たこともない料理を出来る限り食べようとフォークと口を盛んに動かし、クマは人の皿に乗った料理まで食べようとした。
ルイズはゲルマニアには食文化さえも品が感じられないといい、キュルケがそれに反論した。
陽介はオルレアン公夫人に話しかけられ戸惑いながらもタバサと一緒に話をした。
食事がお開きになった後、陽介はオルレアン公夫人とタバサの部屋に呼ばれた。
陽介は親子の間にわけ入るのは、と遠慮しようとしたがオルレアン公夫人の強い勧めで結局、招かれることにした。
タバサ親子と一つの机を囲んでいるが、少し硬い。やはり親子二人の部屋に招かれるのは陽介も緊張した。
「あなたのような人が娘の使い魔で本当によかったわ」
「い、いや恐縮っす」
朗らかに笑うタバサの母に陽介は本当に恐縮しきっていた。
「もしいたら、わたくしの息子くらいの年齢かしら」
「17歳っスからちょっとデカいですよ」
陽介はおどけてみせる。
実際にタバサの母が若く見えるほど美しく、そして場を和ませるための冗談の意味も含めての発言だったが、
そのことから陽介にとって衝撃の事実が判明する。
「あら、それならシャルロットと二つ違いじゃない」
彼はその言葉が理解できなかったが、ゆっくりと理解してから驚きの声を上げた。
「ええええ!!ちょっ、おま、タバサいくつだよ!?」
単純な算数をして答えを出しておきながら陽介は答えを尋ねる。
「15」
陽介より年上で19歳ではなかったのでそれは陽介が計算で出した答えと同じであった。が、それでも驚きは弱まらない。
「おっま、てっきり12、13だと……」
使い魔がそういうと、その主はじっとその顔を見てきた。どこか非難めいたものがあるように感じるのは気のせいではないだろう。
娘の不機嫌とは母は反対にころころと笑った。
「あらあら若く見られてうらやましい限りよ。それに年齢が近いならあなた本当にわたくしの息子にならない?」
「え、それってどういう意味っスか?」
陽介はタバサの母の言いたいことがわからずに不思議そうに尋ねた。
「本当と言っても義理ということよ」
「母さま」
タバサは非難めいた顔を使い魔から母へと向けた。その頬に少しだけ朱がさしていた。
二人のやり取りを見ながら遅まきながらオルレアン公の言いたいことを理解してまたも驚き、それからニヤっと笑って見せる。
「いやあ、タバサはかわいいですけど、できればあと2年は待ちたいですね」
「あらあらシャルロットふられちゃったわね」
オルレアン公夫人は楽しげに笑う。
タバサは不満げに二人の顔を見てから「もう知らない」というように顔を背けてすねてしまった。
母と陽介は顔を見合わせ笑い、それからタバサに謝り始めた。
それはまぎれもなく家族と過ごす何気ない日常であり、タバサが強く望んでいたものであった。
望むことすらできないと諦めてしまいそうになったこともあった。
しかし長い逆境に耐え、自分の隣に立つ者を手に入れた彼女はそこにたどり着いた。
誰もがこの日のような楽しい日々が長くはなくとも続くものだと思っていた。
トリステインへルイズが出した亡命の願いは受け入れられるにしても退けられるにしても時間がかかるものと推測していた。
だが翌日トリステインから早急に手紙が返ってきた。
こちらから送るときも早くに返答がもらえるようにと急いで送ったがそれでもこれは異常なほどに早かった。
そして手紙の内容はそれ以上に驚くべきものだった。
オルレアン公の遺児シャルロットをガリアの新王として迎え入れ、そしてその母オルレアン公夫人も国賓として受けいれるとのことであった。
それは現ガリア政府へ対立姿勢を示すための象徴を欲したからであった。
そうロマリアを滅ぼすという蛮行を行ったガリア王ジョゼフに対抗する王が必要だったのだ。
6000年の歳月をかけて積み上げられた塔は崩壊を始める。
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