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#navi(萌え萌えゼロ大戦(略))
どこまでも抜けるような青空の中、二機の『竜の羽衣』と鋼の乙女が飛ぶ。
飛行高度は二千メイル。今までとは違い、トリステイン空軍にも、
陸軍にも、何ら遠慮することはない。
高度を上げないのは、ルイズが乗っているからだ。専門の訓練を受け、
日常的に鍛えている少女たちとは違い、また鋼の乙女ふがくに抱かれて
飛んだときとも違い、高度差による気温の低下と大気圧の低下は、ルイズには
あまり良いものではなかった。それに加えて触っても動作しないようには
されていても後付けの操縦桿とフットペダルなどがある後席の圧迫感は、
慣れないルイズにはあまり居心地の良いものではない。
「それにしても、マミの髪型は前の方が絶対良かったよ」
『それがね、本来銃士隊に入隊したら髪を切らないといけないの。
ただ例外があって、上官の許可を得ればこうやってお下げにしたり
三つ編みにすることで伸ばすことができるの』
「アニエス姉さんらしいなぁ……。ふふっ。アニエス姉さんも、髪を
伸ばしたらいいのに。
でも、『許可』って、そう簡単に取れるものなの?」
『ああ、それ?訓練弾装填済みのマスケット銃を十挺ほど用意させて
もらって、うちのエミリー小隊長と一対一の勝負して勝ったわよ。
そういう条件だったから』
「あはは……マミらしいや。昔っから銃の扱いうまかったしね。
『魔弾の舞踏』っとか」
『ちょ、ちょっとシエスタ!そんなこと今思い出さなくてもいいじゃない!』
「あはは」
二機の『竜の羽衣』、複座零戦と震電を操るシエスタとマミの会話が弾む。
ルイズはシエスタがここまで楽しそうに会話をしているところを見たことがない。
レシーバーを通じてルイズにも二人の会話は聞こえているが、それが突然
聞いたこともないものに変わる。
『……ところでシエスタ』
「……何?突然」
マミがトリステイン訛りの『日本語』で話しかけてきたのに、シエスタは
合わせる。
『あなた、キョウコやサヤカがまだ生きていた頃、夢の中で白い変な
生き物が出てくるってよく言っていたわね。その夢、今でも見る?』
「ああ、それ?うーん……そう言われてみれば今は見なくなったかな?
わたしも大人になった、ってことかな?あはは」
シエスタのやや困惑した答えを聞いて、マミは安堵する。
『そう。それならいいの。ごめんなさいね。変なこと聞いて』
「二人とも何話しているのよ!?」
意味の分からない言葉のやりとりに業を煮やしたルイズが割り込んでくる。
そこにふがくも入ってきた。
『何って、日本語で話していただけじゃない。ちょっと訛ってるけど』
「『あ』」
ふがくのその言葉に、シエスタとマミは同時に、しまった、という声を出す。
任されているのか管制の気配がないあかぎだけでなく、このふがくも
大日本帝国の鋼の乙女。当然日本語は理解できるということを二人は
失念していた。
それを聞いて、ルイズは疎外感を禁じ得ない。自分だけが理解できない
世界というものが、これほど寂しいものだとは思わなかった。
(ふがくが召喚されたばかりの時って、こんな感じだったのかな……)
ルイズはその言葉を飲み込んだ。二人はもう日本語で話すことはなく、
聞き慣れたハルケギニア公用語のガリア語で話している。それが自分への
配慮だということは聞くまでもなかった。
ルイズがそんな感情を抱くよりしばし時をさかのぼり――あかぎは
タルブの村の墓場の森にいた。
「さあ、出ていらっしゃい」
両腕の飛行甲板を広げ、戦闘態勢を取るあかぎ。相手に影響を与えない
程度に展開した電探の網が、そこに隠れる誰かを捉える。いや、あかぎには
その『誰か』の一人は分かっていた。しかし、そこにいる理由を考慮すると、
それを否定したかったのはあかぎ自身だったのかもしれない。
「きゅ、きゅいぃ~」
歴戦の軍人の放つ容赦のない気配に気圧された相手の一人が、堪えきれずに
声を出す。それで諦めたのか、離れた場所の茂みに隠れていた影が二つ、
あかぎの前に姿を現した。
「あなたは……タバサちゃんだったわね。そっちの子は初めて見る顔……かしら?」
そう静かに言うあかぎ。その視線はタバサを捉えて離さない。笑顔の
下に隠された、押しつぶされそうな重圧感に、タバサは耐える。
「どういうことか説明してもらえるかしら?」
「…………」
あかぎの言葉にタバサは無言で返す。そして、杖を構えた。その態度に、
あかぎは小さく溜息をつく。
「……そう。それが答え、ね。残念だわ。それなら、ちょぉっとお灸を
据えてから改めて聞くことにしましょうか」
そう言ったあかぎの飛行甲板の昇降機が激しく動き出し、艦載機――
濃緑色の翼をきらめかせる戦闘機の精霊が次々と発艦する。それを見た
シルフィードが悲鳴に近い声を上げた。
「きゅいっ!?お姉さま!み、見たこともない精霊なのね!
それも、かなりの強さなのね!」
(『お姉さま』?確かに、タバサちゃんと似たところもあるけれど……
この感じは……?)
シルフィードが韻竜だと知らないあかぎはその言葉に敏感に反応した。
そのわずかな隙を逃さずタバサは呪文を唱える。
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」
瞬く間に何十もの氷の矢が出現し、あかぎに向かって放たれる。
タバサの二つ名『雪風』を象徴するトライアングル・スペル『氷の矢』(ウィンディ・アイシクル)。
今まで幾度となく死の淵からタバサを生還に導いた必殺の一撃は、
狙い過たずあかぎに迫る。
「くっ!」
あかぎは左腕を一振りし、飛行甲板に装備された連装機銃群で迎撃する。
高角砲までは使わなかったが、ハルケギニアの常識の埒外の弾幕は
氷の矢をすべて破壊するだけでなく、タバサとシルフィードの脇をすり抜け
後ろの木々をなぎ倒す。二人に一発も当たらなかったのは幸運と
言うほかない。一歩も動けなかったタバサの腋を冷たいものが、そして
太ももを嫌な感触の生ぬるいものが伝った。
「きゅ……きゅいぃぃ……」
(動けなかった……。いや、違う。『動かなかった』から、助かった……?)
あまりのことに脳がオーバーヒートして硬直していたシルフィードが
へたり込み、タバサは唇を噛む。情けをかけられたと思ったからだ。
実際、戦闘が始まってから、あかぎは一歩も動いていない。
それがタバサのプライドをいたく刺激する。
「ふう。危ない危ない。空母の対空砲火を抜くには、もうちょっと
足りなかったわね。
もう一度聞くわ。どうしてあなたたちがまだここにいるのか、それを
教えて」
「……あなたにこんなに簡単に見つかったのは予想外。どうしてかは
分からないけれど。でも、わたしも、果たさなければならない使命が
あるから」
「そう。なら仕方ないわね。……みんな、お願いね」
あかぎのその言葉に応えるように、先程発艦した攻撃隊が舞い降りて
掃射を開始する。下草が爆ぜ、木々の幹がえぐられる中、タバサと
シルフィードは避け、伏せ、転がって攻撃を必至に躱した。途中で
タバサの眼鏡がどこかに吹き飛んだが、そんなことに構っている余裕など、
二人にはなかった。
(呪文を唱える隙が……ない)
這いつくばり、爆ぜる下草の青臭いにおいが鼻をつく中、タバサは
己の失策を悟った。あかぎの両腕の巨大な盾から精霊が飛び出した時点で、
もう自分たちの敗北は決定的だったのだと。あれを飛び立たせては
いけなかった。森の中という地の利すら無視した全方位からの攻撃に
さらされ、よしんば攻撃魔法が完成したとして、あの両腕の盾に並ぶ
放列の弾幕は脅威という言葉すら生ぬるい。事実、自分たちはあかぎを
一歩も動かすことができずにいる。しかも、まだ左脚の脚甲に装備された
六門の砲は戦闘開始から沈黙したまま。全力を出していない相手に
翻弄される自分が情けなく、口惜しかった。
(これが、鋼の乙女の実力……)
タバサはニューカッスルで起こったことを知らない。
もし知っていたならば、鋼の乙女との戦闘は全力で避けただろう。
無様に地面を転がって、このまま死んでしまうのか――そう思ったとき、
シルフィードの悲鳴が上がった。
「きゅいぃぃぃ!」
あかぎの艦載機に腕を撃ち抜かれ、吹き飛ばされるように樹にぶつかる
シルフィード。あかぎが本当に全力で殺す気だったなら、その程度どころか
今頃吹き飛ばされてなくなっていたはずの右腕は、まだつながったまま
鮮血を吹き出す。そのはずみで彼女の姿を欺いていた『変化』の魔法が解ける。
気を失い、竜の姿に戻ったシルフィードを見て、あかぎは目を丸くした。
「あらあら~。さっきの子は、あなただったの~?」
驚くあかぎ。だが、攻撃の手は休めない。攻撃隊の掃射は続き、
やがて地面を転がるタバサは何か硬いものにぶつかった。
「…………!」
タバサは上を見た。眼鏡なしでもぎりぎり焦点が合うその視線の先、
そこには……笑顔のまま左腕の飛行甲板を自分に向けるあかぎの姿。
目の前に突きつけられた、鉄と木で構成された飛行甲板に描かれた直線を
組み合わせた模様と甲板最後部の着艦標識である赤白のストライプ模様、
そして自分に向けられた両舷合わせて六基の連装高角砲の鈍い輝きが、
タバサの心をわしづかみにする。
「チェックメイト、ね」
「…………どうして…………」
「気づかなかった?あのまま避け続けたら私のところに転がり込むように
誘導していたのよ。
あなたはずいぶんと戦いに慣れているようだけど、こういう防戦一方、
っていう戦いの経験はなかったみたいね」
冗談じゃない、とタバサは内心思った。防戦一方どころではない。
まるで難攻不落の要塞に一人で突っ込めと命じられたようなものだ。
こんな、魔法一つ唱える暇すら与えられない全方位からの攻撃など、
よほどの間抜けが不用心に敵の罠のど真ん中にでも入り込まない限り
あるわけない。しかも、その先にはこれだ。どうにか避けられていたのは
そこに向かうように道を空けられていただけで、自分はまんまと罠に
嵌められ、絡め取られた。
ここまでの戦闘が繰り広げられているのに銃士隊が現れないのも、
あかぎがあらかじめ手を回していたのは間違いない。
その事実が、とにかく悔しく、情けなかった。
「さて、もう一度聞くわね。さっき使命って言ったわね。どういうことか
説明してもらえるかしら?」
高角砲を向けたまま、あかぎはタバサを見下ろす。その顔には柔和な笑み。
だが、タバサには彼女が纏う雰囲気がまるで裁きの女神のように思えた。
このまま理由を話したら……間違いなく、あかぎは自分を銃士隊に
引き渡すだろう。それか、このまま引き金を引かれるか。それ以前に
理由を話せるわけもない。シルフィードは気を失ったままで、自分は
杖こそ手放していないが地面に転がったまま起き上がることもできず、
ふがくの機関短銃以上の威力を持つ武器を向けられている。あかぎの
言うとおり、チェックメイトそのものの状況だが、それでもまだ諦める
気にはなれなかった。
杖を持つ手に力を込める。小さく、素早く唱える呪文――それは
『エア・ニードル』の魔法。タバサが不利な体勢から鋭く固めた空気を
纏った杖を振り上げるのと、あかぎがそれに反応して高角砲を撃つのは
ほぼ同時だった。
重い砲声が轟く――ただし、空に向かって。これには想像した以上に
大きくなってきた騒ぎに森の外で待機していた銃士隊も突入しようとしたが、
アニエスとエミリーに制止された。
「待て、ペリーヌ!総員現状のまま待機だ!」
「今のはあかぎさんの高角砲だよ。さっきから聞こえてたあかぎさんの
艦載機の銃撃音といい、これって……?」
「わからん。だが、本当に大丈夫なのか?」
アニエスがエミリーに問いかける。この距離でかろうじて中の音まで
聞き分けられるのは、重戦車型鋼の乙女であるエミリーだけだ。
あかぎが電探を使用している可能性もあり、不用意に近づくと死者が
出かねないと言うことで、アニエスも対応に苦慮していた。
「いったい、中で何が起こっているんですの?わたくしも、あの方には
子供の頃によくお世話してもらったことがありますけれど……こんなのって!?」
銃士隊第四小隊長であるペリーヌも、困惑を隠しきれない。そもそも
アンリエッタ姫の命令で部隊をまとめて王都トリスタニアへ移動するための
準備を進めるはずが、墓場の森で木が倒れるどころか外からでも分かるくらいの
激しい銃撃音が聞こえる有様では、そんなものは吹き飛んでしまっていた。
「さあな。だが、あの人が全力を出したら、普通の人間は近づくことも
できなくなる。お前だって、良くて失明、下手すれば焼き人間、には
なりたくないだろう?」
「う……それは、そうですけれど……」
アニエスにそう言われると、ペリーヌも黙るしかない。
「いざとなったら私が行く。だから、もう少し様子を見ようよ」
エミリーがそう言うと、アニエスも、彼女が鋼の乙女だとは知らない
ペリーヌも、引き下がらざるを得なかった。
タバサの杖はあかぎに届かず、あかぎの左腕は上に跳ね上げられていた。
二人の間に割って入った影――それは、白い士官用海軍シャツに茶色い
航空袴姿の武雄だった。
「…………!?」
「……武雄さん?」
かがんだ姿勢でタバサの杖を右手で握り、あかぎの左腕を左肘で
跳ね上げる武雄。現世に存在してはならないその身であるからこそ、
二人の間に割って入ることができた。武雄はやれやれ、という顔をすると、
唇を尖らせる。
「ったく。おちおち寝てもいられねぇ。
人が寝てる側で派手にやらかしやがって。何やってるんだよ、あかぎ」
「だ、だぁってぇ~」
「だってもヘチマもねぇよ。ったく。子供相手に向きになってどうする」
武雄に叱られ視線を泳がすあかぎ。一方で子供扱いされたタバサも
不満をあらわにした。
「……子供じゃない」
「あ?子供じゃなきゃ阿呆だ。相手の実力も推し量れないで突っ込むなんざ、
阿呆のするこった。
いいか、あかぎが本気だったらな、そもそもお前さんら相手するくらいじゃ
弾の一発撃つ必要なんざないんだ。電探の出力を上げるだけで、二人とも
今頃こんがりほどよく焼けたローストチキンなんだよ。
そればかりじゃねえ。お前さんの相棒が喰らった一撃な、あかぎが本気で
殺す気だったら今頃腕に穴が開くどころか、良くて腕一本、下手すりゃ
全身血煙になって吹き飛んでるはずだったんだぞ。
死なないようにわざわざ相手してくれただけでも助かったと思え。このバカ」
杖を握りしめたままタバサにそう言った武雄の視線は冗談を言って
いるものではなかった。だが、その言葉がタバサのプライドをさらに
傷つけた。
(じゃあ何?こっちが杖を向けた瞬間に焼き殺せるだけの手段があったのに、
わざわざ力の差を見せつけた?おまけにこっちが死なない程度に手を抜いて?
それに『デュェンタン』?何?その聞いたこともない代物は?
第一、何?人のことを阿呆とかバカとか、おまけにロースト『チキン』って。
わたしが臆病者だって言いたいわけ?このじいさまは……)
言い返せないだけに心に澱がたまるタバサ。杖から『エア・ニードル』の
魔法も解け、それを見た武雄がようやく杖から手を離した。
タバサが戦闘の意志を見せなくなったことで、武雄は立ち上がり
あかぎの横に並ぶ。それを受けて、あかぎはタバサと視線を合わせるように
かがみ込んだ。
「さて、お話ししてくれるかな?」
「…………」
タバサはあかぎと視線を合わせない。その視線の先には――未だ目覚めない
シルフィードがいる。
タバサはゆっくりと立ち上がると、泥と草にまみれた服と髪を払って
シルフィードの元に歩み寄る。気を失っているだけだと確かめて、
ようやく安堵の溜息を一つついた。
「……治してやったらどうだ?」
「それはあの子の真意を確かめてからね。シエスタちゃんやふがくちゃんに
とって悪いことをしているなら……」
その様子を見ていた武雄がぼそりと言うと、あかぎは目を閉じたまま
そう返す。それを聞いて、武雄は「おお怖」と肩をすくませた。
「って言いたいところだけど、お話しするにはちょっと場所を変えた方が
良さそうね……今回はサービスよ」
電探で森の入り口に銃士隊が集結していることを知っていたあかぎは
唇に人差し指を寄せると『癒しの抱擁』を発動させる。
タバサやシルフィード、そして森の外で様子をうかがっている銃士隊や
村人まで緑の輝きに包み込んだ後で、あかぎはくるりときびすを返した。
タバサにとっては二度目の輝き。今度は敵として戦ったのに、傷どころか
人に見られたら恥ずかしい衣服のシミや汚れまで消したあかぎの背中を、
タバサはぼやけた視線で見つめる。
「……きゅ……きゅぃ……」
「あなた、もう一度人間の姿になっておいてね。それができたら
私についてきて」
背を向けたままシルフィードに言うあかぎ。事情が飲み込めないが、
先程までの戦闘で恐怖心を植え付けられたシルフィードは、こくこくと
頷くと『変化』の先住魔法を使い再び人の姿を纏った。
森から人影が現れたとき、その場には緊張が走った。
あかぎは突入体勢のまま待機していたアニエスたちの前まで来ると、
にっこりと微笑んでみせる。
「ごめんなさいね。ちょっと派手にやり過ぎちゃった」
「いや……あれは……派手と言うには……」
あかぎにそう言われて困惑するアニエス。
だが、森からタバサとシルフィードが現れると、目の色が変わる。
「あなたは……ミス・タバサ?それにそちらは?」
「ああ。あの子たち、忘れ物を取りに戻ってきたところを、私が暴れたのに
巻き込んじゃったのよ。お詫びも兼ねて、少しうちで休んでいってもらうわね」
「い、いや……しかし……」
「私がそう言っているの、信用できないのかしら~?」
あかぎは笑っている。しかし、その雰囲気はその笑みとは対照的だ。
思わず一歩後ずさったアニエス。それを肯定と受け取ったあかぎは、
タバサとシルフィードを連れて自分の家に向かった。
「……どうして何も言わなかったのですか?」
「笑いたければ笑え。だがなペリーヌ。わたしは……いくらなんでも
千二百万リーブルを超える鉄(くろがね)の海の女王にたてつく蛮勇は
もはや持ち合わせていない」
そう言うアニエスの顔には苦渋の色がありありと見える。思い出したく
ないことを思い出したかのようなその顔に、ペリーヌは思わず声を上げた。
「はぁ!?」
「私は隊長を支持するよ。誰だって死にたくはないよね」
「どういう意味ですのそれ……」
何のことか分からないペリーヌの横で、うんうんとアニエスの言葉に
賛同するエミリー。それを見て、ますますペリーヌは混乱したのだった。
「さあ、どうぞ」
シエスタの家に案内されたタバサとシルフィード。食堂のテーブルを
囲むのは、あかぎ。だが、シエスタの母は、湯気の立つ『アメユー』を
四つ、テーブルに置いた。
「ありがとう、まどかちゃん」
「あかぎおばあちゃん、わたしももう大きな子供がいる年ですから……」
シエスタの母はそう言うが、あかぎは静かに微笑む。
「あら。あなたも、環(たまき)ちゃんも、乃理(のり)ちゃんも、ほむらちゃんも、
み~んな私にとっては大切な孫よ~。たとえ血はつながっていなくてもね」
「……」
タバサはその光景に懐かしさとうらやましさがない交ぜになった。
祖父母が生きていた頃――それはまだ両親がまだいつまでも一緒にいてくれると
思えていた幸せな時間。幼い頃、優しくなでてくれた祖父母の手のぬくもりは
今でも覚えている。そして……それはもう還らない時間で、それを思い出したとき、
胸の奥がちくりと痛んだ。
「……あらあら。どうしたのかしら~?」
いつの間にかあかぎが自分に向き合っていた。シエスタの母はすでに
この場におらず、シルフィードは熱い『アメユー』に四苦八苦していた。
「……変わった名前。不思議な響きがする」
タバサはとっさに話題を変えた。あかぎもそれを理解しながら話に乗る。
「そうね~。まどかちゃんたちまでは、武雄さんと私が名前をつけたの。
でも、シエスタちゃんが生まれたとき、もういいだろうって、武雄さんが
言ったから、それからは若い人たちに任せちゃっているわね。
ね、武雄さん」
あかぎがそう言って視線を隣に移すと、そこにはさっき森で出会ったままの
格好の武雄が座っていた。いつの間に――とタバサは目を見開く。
そんなタバサの前に、武雄は布にくるんだ何かを置く。
それは――タバサがあかぎとの戦闘中にどこかに飛ばした眼鏡だった。
「とりあえず歪んではなさそうだったが、念の為あとで職人に見て
もらった方がいいな」
「……ありがとう……」
タバサは眼鏡を受け取り、かけてみる。いつもの視界が戻ってくる。
それを見て、武雄はひとつ頷いて見せた。
だが……テーブルの『アメユー』を一口含んだとき、武雄の表情が曇る。
「……才人の野郎、俺がいねぇとすぐ原料ケチりやがって。ルーリーも
何やってたんだ」
「今年は大麦が不良だったんですって。これでも一番良いものを出して
もらったわよ」
あかぎがそう言ってシエスタの祖父を擁護する。だが、武雄の怒りは
収まらない。
「ダメだ。こんなもの、うちの沽券に関わる」
「……おいしいのに、ダメなの?」
それを聞いてタバサも『アメユー』を一口飲んで、素直な感想を口にした。
そのタバサに、武雄は頭を下げる。
「すまない。ダメなんだ。これじゃ水飴に深みがない。
次は本物を出せるよう、俺からもきつく言い聞かせておく」
「……次?」
思わずタバサは聞き返す。その顔に、武雄がにかりと笑って見せた。
「……最初からそのつもりだったんだろう?あかぎ」
「そ~ね~。事情がありそうだけど、私には悪い子には見えないから~」
そう言って笑い合う二人。二人が振りまく温かい空気と、温かい
『アメユー』が、凍ったタバサの心を溶かしていく。
「話してもらえないかしら?どうしてこういうことをしたのか。
そうそう。安心して。私たち以外の誰もあなたの話を盗み聞きして
いるなんてことはないわ。それは保証するから」
「それも『デュェンタン』の力?」
「ええ。信用できないかしら?」
タバサは首を横に振る。そうして、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……わたしの本当の名前はタバサじゃない。
本当の名前は、シャルロット・エレーヌ・オルレアン」
「オルレアンって……まさか、あなた」
記憶の中にある家名に、あかぎが目を丸くする。その言葉に、タバサは
頷いた。
「父はガリア王ジョゼフ一世の王弟、オルレアン公シャルル。
でも、父は伯父に暗殺され、母も、伯父が開いた宴でわたしの代わりに
エルフの毒をあおって心を狂わされた。家名は不名誉と傷つけられ、
そして、わたしは従姉の配下の騎士となって、いつ死んでもおかしくない
任務をこなし続けてきた。いつかきっと、父の無念を晴らし、母を元に
戻せる日が来ると信じて」
「なんてこった……こんな子供に」
武雄がテーブルを叩く。その行動に一番驚いたのはタバサ本人だ。
「……どうして?あなたには何も関係がないことなのに」
「ああ。確かによそ様の家の話だ。だがな、子を持つ親なら今の話を
聞いて頭に来ないわけがないんだよ」
「こう言うと親の傲慢に聞こえるかもしれないけれど、子供ってね、
親の貯金箱だと思うの。いっぱいいっぱい愛情を溜め込んで、少しくらい
振られてもびくともしないくらいにしてあげたいの。
それに、あなたのお母様があなたに代わって毒をあおった理由も
よく分かるわ。
親ってね、結局はそういうものなのよ。我が身がどうなろうとも、子供だけは
守りたいって。
おかしな話よね。私は子供が産めないのに、育てさせてもらっただけなのにね」
「…………」
タバサには目の前の二人の話がまるで別世界のように聞こえた。
赤の他人のことなのに、まるで自分のことのように怒り、悲しめる二人が
信じられなかった。彼らの国では、それが普通のことなのだろうか、と。
だから、話せたのかもしれない。
「……私の使命は二つ。
一つはこの村に潜入調査に入って行方不明になった騎士を捜すこと。
そして、もう一つは、この村で開発されている新型銃を奪取し、可能ならば
その製造施設を破壊すること」
「きゅいっ!?お姉さま、そこまで言ってもいいの!?」
タバサの言葉にシルフィードが目を丸くした。だが……
「実に順当な命令だ。貴様は死ね、ってな」
「一つ目はもう達成したわね。だけど……」
武雄が腕を組んで得心したように頷き、あかぎも目を閉じてタバサに
答えを促す。電探で探知されていたとは知らないタバサはやっぱり
見られていたのか、とあきらめにも似た気持ちになった。
「二つ目の使命は失敗。あなたが本気だったら、今頃わたしたちは
ぼろ屑のようになって森に屍をさらしているところ」
「あら~?私が本気だったらぼろ屑なんて。欠片一つも残す気はないわよ~。
血煙くらいは許してあげるけど~」
目を閉じたまま、あかぎは『アメユー』を一口飲む。その、どこぞの
悪魔の双子ですかと言いたくなるような楽しげに物騒な言葉に
シルフィードが縮み上がった。それを見て、武雄が呆れたように言った。
「おいおい。あんまり子供をいじめるなよ」
「あら。失礼ね。教育しているだけじゃない。まぁ、本当なら実戦で
使用されたって情報すら流したくないし。冗談半分本気半分、ってところ
かしらね」
「…………。わたしは新型銃について、何も見なかった」
タバサは『アメユー』を一息で飲んで、あかぎと真っ正面から向き合った。
状況から言ってタバサを監視している者がいるはずで、そこから情報が
流れるだろうが、あかぎも武雄もそれについては言及しないでおいた。
「そうしてもらえるとこっちも助かるわね。
何かお礼がしたいところだけど……残念ながら先代のルイ一三世陛下の
頃ならまだお話しできたんだけれど、今のジョゼフ一世陛下とは直接の
おつきあいがないの。
ネフテスのテュリーク様に事情を話せばそっちの方から手を回して
もらえるかもしれないけれど、問題はガリア王国の通行査証を出して
もらえるか、ね」
あかぎがそう言って溜息を一つつく。いきなりとんでもないことを
言い出したあかぎにタバサは言葉も出ない。だが、武雄はゆっくりと
頭を振った。
「このご時世だ。期待はできないだろうな。俺はもうこの村から動くことが
できないし、ルーリーももういい年だ。
国境警備も厳しくなっているだろうし昔みたいに川伝いってのも難しいだろうな」
「この村から動けない……?」
怪訝に思ったタバサが素直に問うと、武雄はまるで風景に溶け込むように
その姿を薄め――また元に戻った。
「ま、こういうことだ。シエスタやアニエスから聞いただろ?
俺はもう五年前に死んでるよ。日本人はヴァルハラに迎えられないみたいでな」
「幽霊(ファントーム)……」
タバサはそうつぶやくと、その場に固まった。その様子にシルフィードが
わたわたと慌て出す。
「お、お姉さま、気をしっかり持つのねー!」
「なあ、ひょっとして……」
その様子に、武雄はあかぎと向き合った。
「ダメだったみたいね~。今日はうちに泊まっていってもらいましょうか~」
そう言って、あかぎは楽しそうに微笑んだ。
#navi(萌え萌えゼロ大戦(略))
#navi(萌え萌えゼロ大戦(略))
どこまでも抜けるような青空の中、二機の『竜の羽衣』と鋼の乙女が飛ぶ。
飛行高度は二千メイル。今までとは違い、トリステイン空軍にも、
陸軍にも、何ら遠慮することはない。
高度を上げないのは、ルイズが乗っているからだ。専門の訓練を受け、
日常的に鍛えている少女たちとは違い、また鋼の乙女ふがくに抱かれて
飛んだときとも違い、高度差による気温の低下と大気圧の低下は、ルイズには
あまり良いものではなかった。それに加えて触っても動作しないようには
されていても後付けの操縦桿とフットペダルなどがある後席の圧迫感は、
慣れないルイズにはあまり居心地の良いものではない。
「それにしても、マミの髪型は前の方が絶対良かったよ」
『それがね、本来銃士隊に入隊したら髪を切らないといけないの。
ただ例外があって、上官の許可を得ればこうやってお下げにしたり
三つ編みにすることで伸ばすことができるの』
「アニエス姉さんらしいなぁ……。ふふっ。アニエス姉さんも、髪を
伸ばしたらいいのに。
でも、『許可』って、そう簡単に取れるものなの?」
『ああ、それ?訓練弾装填済みのマスケット銃を十挺ほど用意させて
もらって、うちのエミリー小隊長と一対一の勝負して勝ったわよ。
そういう条件だったから』
「あはは……マミらしいや。昔っから銃の扱いうまかったしね。
『魔弾の舞踏』っとか」
『ちょ、ちょっとシエスタ!そんなこと今思い出さなくてもいいじゃない!』
「あはは」
二機の『竜の羽衣』、複座零戦と震電を操るシエスタとマミの会話が弾む。
ルイズはシエスタがここまで楽しそうに会話をしているところを見たことがない。
レシーバーを通じてルイズにも二人の会話は聞こえているが、それが突然
聞いたこともないものに変わる。
『……ところでシエスタ』
「……何?突然」
マミがトリステイン訛りの『日本語』で話しかけてきたのに、シエスタは
合わせる。
『あなた、キョウコやサヤカがまだ生きていた頃、夢の中で白い変な
生き物が出てくるってよく言っていたわね。その夢、今でも見る?』
「ああ、それ?うーん……そう言われてみれば今は見なくなったかな?
わたしも大人になった、ってことかな?あはは」
シエスタのやや困惑した答えを聞いて、マミは安堵する。
『そう。それならいいの。ごめんなさいね。変なこと聞いて』
「二人とも何話しているのよ!?」
意味の分からない言葉のやりとりに業を煮やしたルイズが割り込んでくる。
そこにふがくも入ってきた。
『何って、日本語で話していただけじゃない。ちょっと訛ってるけど』
「『あ』」
ふがくのその言葉に、シエスタとマミは同時に、しまった、という声を出す。
任されているのか管制の気配がないあかぎだけでなく、このふがくも
大日本帝国の鋼の乙女。当然日本語は理解できるということを二人は
失念していた。
それを聞いて、ルイズは疎外感を禁じ得ない。自分だけが理解できない
世界というものが、これほど寂しいものだとは思わなかった。
(ふがくが召喚されたばかりの時って、こんな感じだったのかな……)
ルイズはその言葉を飲み込んだ。二人はもう日本語で話すことはなく、
聞き慣れたハルケギニア公用語のガリア語で話している。それが自分への
配慮だということは聞くまでもなかった。
ルイズがそんな感情を抱くよりしばし時をさかのぼり――あかぎは
タルブの村の墓場の森にいた。
「さあ、出ていらっしゃい」
両腕の飛行甲板を広げ、戦闘態勢を取るあかぎ。相手に影響を与えない
程度に展開した電探の網が、そこに隠れる誰かを捉える。いや、あかぎには
その『誰か』の一人は分かっていた。しかし、そこにいる理由を考慮すると、
それを否定したかったのはあかぎ自身だったのかもしれない。
「きゅ、きゅいぃ~」
歴戦の軍人の放つ容赦のない気配に気圧された相手の一人が、堪えきれずに
声を出す。それで諦めたのか、離れた場所の茂みに隠れていた影が二つ、
あかぎの前に姿を現した。
「あなたは……タバサちゃんだったわね。そっちの子は初めて見る顔……かしら?」
そう静かに言うあかぎ。その視線はタバサを捉えて離さない。笑顔の
下に隠された、押しつぶされそうな重圧感に、タバサは耐える。
「どういうことか説明してもらえるかしら?」
「…………」
あかぎの言葉にタバサは無言で返す。そして、杖を構えた。その態度に、
あかぎは小さく溜息をつく。
「……そう。それが答え、ね。残念だわ。それなら、ちょぉっとお灸を
据えてから改めて聞くことにしましょうか」
そう言ったあかぎの飛行甲板の昇降機が激しく動き出し、艦載機――
濃緑色の翼をきらめかせる戦闘機の精霊が次々と発艦する。それを見た
シルフィードが悲鳴に近い声を上げた。
「きゅいっ!?お姉さま!み、見たこともない精霊なのね!
それも、かなりの強さなのね!」
(『お姉さま』?確かに、タバサちゃんと似たところもあるけれど……
この感じは……?)
シルフィードが韻竜だと知らないあかぎはその言葉に敏感に反応した。
そのわずかな隙を逃さずタバサは呪文を唱える。
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」
瞬く間に何十もの氷の矢が出現し、あかぎに向かって放たれる。
タバサの二つ名『雪風』を象徴するトライアングル・スペル『氷の矢』(ウィンディ・アイシクル)。
今まで幾度となく死の淵からタバサを生還に導いた必殺の一撃は、
狙い過たずあかぎに迫る。
「くっ!」
あかぎは左腕を一振りし、飛行甲板に装備された連装機銃群で迎撃する。
高角砲までは使わなかったが、ハルケギニアの常識の埒外の弾幕は
氷の矢をすべて破壊するだけでなく、タバサとシルフィードの脇をすり抜け
後ろの木々をなぎ倒す。二人に一発も当たらなかったのは幸運と
言うほかない。一歩も動けなかったタバサの腋を冷たいものが、そして
太ももを嫌な感触の生ぬるいものが伝った。
「きゅ……きゅいぃぃ……」
(動けなかった……。いや、違う。『動かなかった』から、助かった……?)
あまりのことに脳がオーバーヒートして硬直していたシルフィードが
へたり込み、タバサは唇を噛む。情けをかけられたと思ったからだ。
実際、戦闘が始まってから、あかぎは一歩も動いていない。
それがタバサのプライドをいたく刺激する。
「ふう。危ない危ない。空母の対空砲火を抜くには、もうちょっと
足りなかったわね。
もう一度聞くわ。どうしてあなたたちがまだここにいるのか、それを
教えて」
「……あなたにこんなに簡単に見つかったのは予想外。どうしてかは
分からないけれど。でも、わたしも、果たさなければならない使命が
あるから」
「そう。なら仕方ないわね。……みんな、お願いね」
あかぎのその言葉に応えるように、先程発艦した攻撃隊が舞い降りて
掃射を開始する。下草が爆ぜ、木々の幹がえぐられる中、タバサと
シルフィードは避け、伏せ、転がって攻撃を必至に躱した。途中で
タバサの眼鏡がどこかに吹き飛んだが、そんなことに構っている余裕など、
二人にはなかった。
(呪文を唱える隙が……ない)
這いつくばり、爆ぜる下草の青臭いにおいが鼻をつく中、タバサは
己の失策を悟った。あかぎの両腕の巨大な盾から精霊が飛び出した時点で、
もう自分たちの敗北は決定的だったのだと。あれを飛び立たせては
いけなかった。森の中という地の利すら無視した全方位からの攻撃に
さらされ、よしんば攻撃魔法が完成したとして、あの両腕の盾に並ぶ
放列の弾幕は脅威という言葉すら生ぬるい。事実、自分たちはあかぎを
一歩も動かすことができずにいる。しかも、まだ左脚の脚甲に装備された
六門の砲は戦闘開始から沈黙したまま。全力を出していない相手に
翻弄される自分が情けなく、口惜しかった。
(これが、鋼の乙女の実力……)
タバサはニューカッスルで起こったことを知らない。
もし知っていたならば、鋼の乙女との戦闘は全力で避けただろう。
無様に地面を転がって、このまま死んでしまうのか――そう思ったとき、
シルフィードの悲鳴が上がった。
「きゅいぃぃぃ!」
あかぎの艦載機に腕を撃ち抜かれ、吹き飛ばされるように樹にぶつかる
シルフィード。あかぎが本当に全力で殺す気だったなら、その程度どころか
今頃吹き飛ばされてなくなっていたはずの右腕は、まだつながったまま
鮮血を吹き出す。そのはずみで彼女の姿を欺いていた『変化』の魔法が解ける。
気を失い、竜の姿に戻ったシルフィードを見て、あかぎは目を丸くした。
「あらあら~。さっきの子は、あなただったの~?」
驚くあかぎ。だが、攻撃の手は休めない。攻撃隊の掃射は続き、
やがて地面を転がるタバサは何か硬いものにぶつかった。
「…………!」
タバサは上を見た。眼鏡なしでもぎりぎり焦点が合うその視線の先、
そこには……笑顔のまま左腕の飛行甲板を自分に向けるあかぎの姿。
目の前に突きつけられた、鉄と木で構成された飛行甲板に描かれた直線を
組み合わせた模様と甲板最後部の着艦標識である赤白のストライプ模様、
そして自分に向けられた両舷合わせて六基の連装高角砲の鈍い輝きが、
タバサの心をわしづかみにする。
「チェックメイト、ね」
「…………どうして…………」
「気づかなかった?あのまま避け続けたら私のところに転がり込むように
誘導していたのよ。
あなたはずいぶんと戦いに慣れているようだけど、こういう防戦一方、
っていう戦いの経験はなかったみたいね」
冗談じゃない、とタバサは内心思った。防戦一方どころではない。
まるで難攻不落の要塞に一人で突っ込めと命じられたようなものだ。
こんな、魔法一つ唱える暇すら与えられない全方位からの攻撃など、
よほどの間抜けが不用心に敵の罠のど真ん中にでも入り込まない限り
あるわけない。しかも、その先にはこれだ。どうにか避けられていたのは
そこに向かうように道を空けられていただけで、自分はまんまと罠に
嵌められ、絡め取られた。
ここまでの戦闘が繰り広げられているのに銃士隊が現れないのも、
あかぎがあらかじめ手を回していたのは間違いない。
その事実が、とにかく悔しく、情けなかった。
「さて、もう一度聞くわね。さっき使命って言ったわね。どういうことか
説明してもらえるかしら?」
高角砲を向けたまま、あかぎはタバサを見下ろす。その顔には柔和な笑み。
だが、タバサには彼女が纏う雰囲気がまるで裁きの女神のように思えた。
このまま理由を話したら……間違いなく、あかぎは自分を銃士隊に
引き渡すだろう。それか、このまま引き金を引かれるか。それ以前に
理由を話せるわけもない。シルフィードは気を失ったままで、自分は
杖こそ手放していないが地面に転がったまま起き上がることもできず、
ふがくの機関短銃以上の威力を持つ武器を向けられている。あかぎの
言うとおり、チェックメイトそのものの状況だが、それでもまだ諦める
気にはなれなかった。
杖を持つ手に力を込める。小さく、素早く唱える呪文――それは
『エア・ニードル』の魔法。タバサが不利な体勢から鋭く固めた空気を
纏った杖を振り上げるのと、あかぎがそれに反応して高角砲を撃つのは
ほぼ同時だった。
重い砲声が轟く――ただし、空に向かって。これには想像した以上に
大きくなってきた騒ぎに森の外で待機していた銃士隊も突入しようとしたが、
アニエスとエミリーに制止された。
「待て、ペリーヌ!総員現状のまま待機だ!」
「今のはあかぎさんの高角砲だよ。さっきから聞こえてたあかぎさんの
艦載機の銃撃音といい、これって……?」
「わからん。だが、本当に大丈夫なのか?」
アニエスがエミリーに問いかける。この距離でかろうじて中の音まで
聞き分けられるのは、重戦車型鋼の乙女であるエミリーだけだ。
あかぎが電探を使用している可能性もあり、不用意に近づくと死者が
出かねないと言うことで、アニエスも対応に苦慮していた。
「いったい、中で何が起こっているんですの?わたくしも、あの方には
子供の頃によくお世話してもらったことがありますけれど……こんなのって!?」
銃士隊第四小隊長であるペリーヌも、困惑を隠しきれない。そもそも
アンリエッタ姫の命令で部隊をまとめて王都トリスタニアへ移動するための
準備を進めるはずが、墓場の森で木が倒れるどころか外からでも分かるくらいの
激しい銃撃音が聞こえる有様では、そんなものは吹き飛んでしまっていた。
「さあな。だが、あの人が全力を出したら、普通の人間は近づくことも
できなくなる。お前だって、良くて失明、下手すれば焼き人間、には
なりたくないだろう?」
「う……それは、そうですけれど……」
アニエスにそう言われると、ペリーヌも黙るしかない。
「いざとなったら私が行く。だから、もう少し様子を見ようよ」
エミリーがそう言うと、アニエスも、彼女が鋼の乙女だとは知らない
ペリーヌも、引き下がらざるを得なかった。
タバサの杖はあかぎに届かず、あかぎの左腕は上に跳ね上げられていた。
二人の間に割って入った影――それは、白い士官用海軍シャツに茶色い
航空袴姿の武雄だった。
「…………!?」
「……武雄さん?」
かがんだ姿勢でタバサの杖を右手で握り、あかぎの左腕を左肘で
跳ね上げる武雄。現世に存在してはならないその身であるからこそ、
二人の間に割って入ることができた。武雄はやれやれ、という顔をすると、
唇を尖らせる。
「ったく。おちおち寝てもいられねぇ。
人が寝てる側で派手にやらかしやがって。何やってるんだよ、あかぎ」
「だ、だぁってぇ~」
「だってもヘチマもねぇよ。ったく。子供相手に向きになってどうする」
武雄に叱られ視線を泳がすあかぎ。一方で子供扱いされたタバサも
不満をあらわにした。
「……子供じゃない」
「あ?子供じゃなきゃ阿呆だ。相手の実力も推し量れないで突っ込むなんざ、
阿呆のするこった。
いいか、あかぎが本気だったらな、そもそもお前さんら相手するくらいじゃ
弾の一発撃つ必要なんざないんだ。電探の出力を上げるだけで、二人とも
今頃こんがりほどよく焼けたローストチキンなんだよ。
そればかりじゃねえ。お前さんの相棒が喰らった一撃な、あかぎが本気で
殺す気だったら今頃腕に穴が開くどころか、良くて腕一本、下手すりゃ
全身血煙になって吹き飛んでるはずだったんだぞ。
死なないようにわざわざ相手してくれただけでも助かったと思え。このバカ」
杖を握りしめたままタバサにそう言った武雄の視線は冗談を言って
いるものではなかった。だが、その言葉がタバサのプライドをさらに
傷つけた。
(じゃあ何?こっちが杖を向けた瞬間に焼き殺せるだけの手段があったのに、
わざわざ力の差を見せつけた?おまけにこっちが死なない程度に手を抜いて?
それに『デュェンタン』?何?その聞いたこともない代物は?
第一、何?人のことを阿呆とかバカとか、おまけにロースト『チキン』って。
わたしが臆病者だって言いたいわけ?このじいさまは……)
言い返せないだけに心に澱がたまるタバサ。杖から『エア・ニードル』の
魔法も解け、それを見た武雄がようやく杖から手を離した。
タバサが戦闘の意志を見せなくなったことで、武雄は立ち上がり
あかぎの横に並ぶ。それを受けて、あかぎはタバサと視線を合わせるように
かがみ込んだ。
「さて、お話ししてくれるかな?」
「…………」
タバサはあかぎと視線を合わせない。その視線の先には――未だ目覚めない
シルフィードがいる。
タバサはゆっくりと立ち上がると、泥と草にまみれた服と髪を払って
シルフィードの元に歩み寄る。気を失っているだけだと確かめて、
ようやく安堵の溜息を一つついた。
「……治してやったらどうだ?」
「それはあの子の真意を確かめてからね。シエスタちゃんやふがくちゃんに
とって悪いことをしているなら……」
その様子を見ていた武雄がぼそりと言うと、あかぎは目を閉じたまま
そう返す。それを聞いて、武雄は「おお怖」と肩をすくませた。
「って言いたいところだけど、お話しするにはちょっと場所を変えた方が
良さそうね……今回はサービスよ」
電探で森の入り口に銃士隊が集結していることを知っていたあかぎは
唇に人差し指を寄せると『癒しの抱擁』を発動させる。
タバサやシルフィード、そして森の外で様子をうかがっている銃士隊や
村人まで緑の輝きに包み込んだ後で、あかぎはくるりときびすを返した。
タバサにとっては二度目の輝き。今度は敵として戦ったのに、傷どころか
人に見られたら恥ずかしい衣服のシミや汚れまで消したあかぎの背中を、
タバサはぼやけた視線で見つめる。
「……きゅ……きゅぃ……」
「あなた、もう一度人間の姿になっておいてね。それができたら
私についてきて」
背を向けたままシルフィードに言うあかぎ。事情が飲み込めないが、
先程までの戦闘で恐怖心を植え付けられたシルフィードは、こくこくと
頷くと『変化』の先住魔法を使い再び人の姿を纏った。
森から人影が現れたとき、その場には緊張が走った。
あかぎは突入体勢のまま待機していたアニエスたちの前まで来ると、
にっこりと微笑んでみせる。
「ごめんなさいね。ちょっと派手にやり過ぎちゃった」
「いや……あれは……派手と言うには……」
あかぎにそう言われて困惑するアニエス。
だが、森からタバサとシルフィードが現れると、目の色が変わる。
「あなたは……ミス・タバサ?それにそちらは?」
「ああ。あの子たち、忘れ物を取りに戻ってきたところを、私が暴れたのに
巻き込んじゃったのよ。お詫びも兼ねて、少しうちで休んでいってもらうわね」
「い、いや……しかし……」
「私がそう言っているの、信用できないのかしら~?」
あかぎは笑っている。しかし、その雰囲気はその笑みとは対照的だ。
思わず一歩後ずさったアニエス。それを肯定と受け取ったあかぎは、
タバサとシルフィードを連れて自分の家に向かった。
「……どうして何も言わなかったのですか?」
「笑いたければ笑え。だがなペリーヌ。わたしは……いくらなんでも
五千七百万リーブルを超える鋼の海の女王にたてつく蛮勇は
もはや持ち合わせていない」
そう言うアニエスの顔には苦渋の色がありありと見える。思い出したく
ないことを思い出したかのようなその顔に、ペリーヌは思わず声を上げた。
「はぁ!?」
「私は隊長を支持するよ。誰だって死にたくはないよね」
「どういう意味ですのそれ……」
何のことか分からないペリーヌの横で、うんうんとアニエスの言葉に
賛同するエミリー。それを見て、ますますペリーヌは混乱したのだった。
「さあ、どうぞ」
シエスタの家に案内されたタバサとシルフィード。食堂のテーブルを
囲むのは、あかぎ。だが、シエスタの母は、湯気の立つ『アメユー』を
四つ、テーブルに置いた。
「ありがとう、まどかちゃん」
「あかぎおばあちゃん、わたしももう大きな子供がいる年ですから……」
シエスタの母はそう言うが、あかぎは静かに微笑む。
「あら。あなたも、環(たまき)ちゃんも、乃理(のり)ちゃんも、ほむらちゃんも、
み~んな私にとっては大切な孫よ~。たとえ血はつながっていなくてもね」
「……」
タバサはその光景に懐かしさとうらやましさがない交ぜになった。
祖父母が生きていた頃――それはまだ両親がまだいつまでも一緒にいてくれると
思えていた幸せな時間。幼い頃、優しくなでてくれた祖父母の手のぬくもりは
今でも覚えている。そして……それはもう還らない時間で、それを思い出したとき、
胸の奥がちくりと痛んだ。
「……あらあら。どうしたのかしら~?」
いつの間にかあかぎが自分に向き合っていた。シエスタの母はすでに
この場におらず、シルフィードは熱い『アメユー』に四苦八苦していた。
「……変わった名前。不思議な響きがする」
タバサはとっさに話題を変えた。あかぎもそれを理解しながら話に乗る。
「そうね~。まどかちゃんたちまでは、武雄さんと私が名前をつけたの。
でも、シエスタちゃんが生まれたとき、もういいだろうって、武雄さんが
言ったから、それからは若い人たちに任せちゃっているわね。
ね、武雄さん」
あかぎがそう言って視線を隣に移すと、そこにはさっき森で出会ったままの
格好の武雄が座っていた。いつの間に――とタバサは目を見開く。
そんなタバサの前に、武雄は布にくるんだ何かを置く。
それは――タバサがあかぎとの戦闘中にどこかに飛ばした眼鏡だった。
「とりあえず歪んではなさそうだったが、念の為あとで職人に見て
もらった方がいいな」
「……ありがとう……」
タバサは眼鏡を受け取り、かけてみる。いつもの視界が戻ってくる。
それを見て、武雄はひとつ頷いて見せた。
だが……テーブルの『アメユー』を一口含んだとき、武雄の表情が曇る。
「……才人の野郎、俺がいねぇとすぐ原料ケチりやがって。ルーリーも
何やってたんだ」
「今年は大麦が不良だったんですって。これでも一番良いものを出して
もらったわよ」
あかぎがそう言ってシエスタの祖父を擁護する。だが、武雄の怒りは
収まらない。
「ダメだ。こんなもの、うちの沽券に関わる」
「……おいしいのに、ダメなの?」
それを聞いてタバサも『アメユー』を一口飲んで、素直な感想を口にした。
そのタバサに、武雄は頭を下げる。
「すまない。ダメなんだ。これじゃ水飴に深みがない。
次は本物を出せるよう、俺からもきつく言い聞かせておく」
「……次?」
思わずタバサは聞き返す。その顔に、武雄がにかりと笑って見せた。
「……最初からそのつもりだったんだろう?あかぎ」
「そ~ね~。事情がありそうだけど、私には悪い子には見えないから~」
そう言って笑い合う二人。二人が振りまく温かい空気と、温かい
『アメユー』が、凍ったタバサの心を溶かしていく。
「話してもらえないかしら?どうしてこういうことをしたのか。
そうそう。安心して。私たち以外の誰もあなたの話を盗み聞きして
いるなんてことはないわ。それは保証するから」
「それも『デュェンタン』の力?」
「ええ。信用できないかしら?」
タバサは首を横に振る。そうして、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……わたしの本当の名前はタバサじゃない。
本当の名前は、シャルロット・エレーヌ・オルレアン」
「オルレアンって……まさか、あなた」
記憶の中にある家名に、あかぎが目を丸くする。その言葉に、タバサは
頷いた。
「父はガリア王ジョゼフ一世の王弟、オルレアン公シャルル。
でも、父は伯父に暗殺され、母も、伯父が開いた宴でわたしの代わりに
エルフの毒をあおって心を狂わされた。家名は不名誉と傷つけられ、
そして、わたしは従姉の配下の騎士となって、いつ死んでもおかしくない
任務をこなし続けてきた。いつかきっと、父の無念を晴らし、母を元に
戻せる日が来ると信じて」
「なんてこった……こんな子供に」
武雄がテーブルを叩く。その行動に一番驚いたのはタバサ本人だ。
「……どうして?あなたには何も関係がないことなのに」
「ああ。確かによそ様の家の話だ。だがな、子を持つ親なら今の話を
聞いて頭に来ないわけがないんだよ」
「こう言うと親の傲慢に聞こえるかもしれないけれど、子供ってね、
親の貯金箱だと思うの。いっぱいいっぱい愛情を溜め込んで、少しくらい
振られてもびくともしないくらいにしてあげたいの。
それに、あなたのお母様があなたに代わって毒をあおった理由も
よく分かるわ。
親ってね、結局はそういうものなのよ。我が身がどうなろうとも、子供だけは
守りたいって。
おかしな話よね。私は子供が産めないのに、育てさせてもらっただけなのにね」
「…………」
タバサには目の前の二人の話がまるで別世界のように聞こえた。
赤の他人のことなのに、まるで自分のことのように怒り、悲しめる二人が
信じられなかった。彼らの国では、それが普通のことなのだろうか、と。
だから、話せたのかもしれない。
「……私の使命は二つ。
一つはこの村に潜入調査に入って行方不明になった騎士を捜すこと。
そして、もう一つは、この村で開発されている新型銃を奪取し、可能ならば
その製造施設を破壊すること」
「きゅいっ!?お姉さま、そこまで言ってもいいの!?」
タバサの言葉にシルフィードが目を丸くした。だが……
「実に順当な命令だ。貴様は死ね、ってな」
「一つ目はもう達成したわね。だけど……」
武雄が腕を組んで得心したように頷き、あかぎも目を閉じてタバサに
答えを促す。電探で探知されていたとは知らないタバサはやっぱり
見られていたのか、とあきらめにも似た気持ちになった。
「二つ目の使命は失敗。あなたが本気だったら、今頃わたしたちは
ぼろ屑のようになって森に屍をさらしているところ」
「あら~?私が本気だったらぼろ屑なんて。欠片一つも残す気はないわよ~。
血煙くらいは許してあげるけど~」
目を閉じたまま、あかぎは『アメユー』を一口飲む。その、どこぞの
悪魔の双子ですかと言いたくなるような楽しげに物騒な言葉に
シルフィードが縮み上がった。それを見て、武雄が呆れたように言った。
「おいおい。あんまり子供をいじめるなよ」
「あら。失礼ね。教育しているだけじゃない。まぁ、本当なら実戦で
使用されたって情報すら流したくないし。冗談半分本気半分、ってところ
かしらね」
「…………。わたしは新型銃について、何も見なかった」
タバサは『アメユー』を一息で飲んで、あかぎと真っ正面から向き合った。
状況から言ってタバサを監視している者がいるはずで、そこから情報が
流れるだろうが、あかぎも武雄もそれについては言及しないでおいた。
「そうしてもらえるとこっちも助かるわね。
何かお礼がしたいところだけど……残念ながら先代のルイ一三世陛下の
頃ならまだお話しできたんだけれど、今のジョゼフ一世陛下とは直接の
おつきあいがないの。
ネフテスのテュリーク様に事情を話せばそっちの方から手を回して
もらえるかもしれないけれど、問題はガリア王国の通行査証を出して
もらえるか、ね」
あかぎがそう言って溜息を一つつく。いきなりとんでもないことを
言い出したあかぎにタバサは言葉も出ない。だが、武雄はゆっくりと
頭を振った。
「このご時世だ。期待はできないだろうな。俺はもうこの村から動くことが
できないし、ルーリーももういい年だ。
国境警備も厳しくなっているだろうし昔みたいに川伝いってのも難しいだろうな」
「この村から動けない……?」
怪訝に思ったタバサが素直に問うと、武雄はまるで風景に溶け込むように
その姿を薄め――また元に戻った。
「ま、こういうことだ。シエスタやアニエスから聞いただろ?
俺はもう五年前に死んでるよ。日本人はヴァルハラに迎えられないみたいでな」
「幽霊(ファントーム)……」
タバサはそうつぶやくと、その場に固まった。その様子にシルフィードが
わたわたと慌て出す。
「お、お姉さま、気をしっかり持つのねー!」
「なあ、ひょっとして……」
その様子に、武雄はあかぎと向き合った。
「ダメだったみたいね~。今日はうちに泊まっていってもらいましょうか~」
そう言って、あかぎは楽しそうに微笑んだ。
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