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#setpagename(ゼロのペルソナ 第16章 魔術師)
魔術師 意味……出発・空回り
自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
彼女に名前を呼ばれるのは初めてなんじゃないだろうか?
今までずっと一緒にいて名前を呼ばれたことがないってかえってすごいんじゃねえのかな。
いや、それはともかく名前を呼ばれるっていうのは良いものだと思う。なんかこう、親しげな感じで。
だから名前を呼ぶなら楽しげとまではいかなくても気楽にでも呼んで欲しい。
それなのに、なぜそんなに自分の名前を呼ぶ声がそんなに寂しげなのであろう?
初めて名前を呼ぶんだ、そんなのっておかしいだろ?
暗闇の中で自分を呼ぶ声がする。
「……スケ……ヨースケ……」
聞き間違いなどではない。自分は呼ばれているのだ。そうであるならば寝ているヒマなどない。
「タバサ!」
主の名を叫び、陽介は目を覚ました。
しかし視界の中に名を呼んだ少女は見えず、映るものは荒れ果てた寝室と自分を呆然と見守る年老いた男の人だけだ。
「ってアレ?」
自分の小さな主がいると思ったら初老の男性が代わりにいる。
思わず頭の上に疑問符でも浮かべてしまいそうなほど事情がわからない。
「だ、大丈夫ですか、ヨースケさま?」
どうやら名前を呼んでいたのは枯れのようだ。
陽介は長く眠ったあとのようにしこりの残る頭で、その人物をタバサの実家の使用人だと思い出した。
「えっとたしか、ペルスランさんでしたっけ?」
「そうでございます。お許しください、私は奥さまを守ることもせず、お嬢さまやあなたがエルフと相対したときも隠し部屋に隠れていたのです」
もはや屋敷の唯一の住人となった使用人の話を聞きながら陽介は事情を思い出しいく。
倒れるタバサの隣に金髪の男が立っていたこと、そいつに自身の攻撃が反射されて気絶してしまったこと。
「タバサは……あの金髪野郎はどこに?」
「わかりません、行ってしまいました……」
あの男がどこに行ったのかこの家の執事が知っているはずがない。
当たり前だよなと陽介は頬をかいた。
頭が冴えを取り戻してくるに連れ、自分の迂闊さも思い出されてくる。
相手がどのような耐性を持っているのかわからないうちに物理スキルを使うとは、なんて間抜けなことをしてしまったのであろう。
陽介が戦っていたシャドウたちはある属性に対して弱点を持っているものもいれば吸収して体力にするもの、
そっくりそのまま反射する能力を持っていたりしたものだ。
あの頃ならどんな耐性を持っているか分からない敵には反射されても無効化出来る疾風魔法か、
物理耐性を持つか調べるために武器で攻撃をしてそれから大技をしかけたはずだ。
一瞬の油断が、一回のミスが取り返しの着かないことになると、かつての冒険で骨身に染みたはずであったのに。
この世界には攻撃を反射したり吸収したりするものがいないとでも思っていたのであろうか。
自分は全くと言っていいほどこの世界のことを知らないというのに。
「しょうがありません。相手がエルフでは……」
「さっきも言ってたっスけどエルフ?」
エルフと言われてみれば、たしかにちょうど自分の世界で見たゲームや漫画のエルフによく似ていた気がする。
魔法の世界なので(それ以上に状況が状況だったので)気にしなかったが、耳も長かったし、金髪だった。
金髪がエルフの条件だったからよく知らないが、自分の見たゲームや漫画だとだいたいそうだった気がする。だが、それがなんだというのだろう。
しかし目の前の老人はよっぽどのことらしく、たいそう驚いたというふうに目を開いた。
「エルフを知らないのですか!口に出すのも恐ろしい者たちですよ……」
老いた体を怯えるように震わしている。
この世界だとエルフっていうのはこわいもんなんだな。と、それだけ陽介は理解した、
でもやっぱりそれは何の言い訳にもならない。
一番の問題は敵の強さより戦いのセオリーを無視した自分だ。
そのためにタバサは連れ去られてしまった。
二人の間に沈黙が流れたときに屋敷の外で馬のひづめの音が聞こえ、それはちょうど屋敷の前で止まったようであった。
ペルスランはまたガリアの回し者かと怯えたが、陽介は違うと確信していた。
窓辺に近づいてその姿を見る。
「そうだよな、一人で悩んだってしゃーねーよな。やっぱ頼るべきは仲間だよな」
窓から広がる風景の中に完二、クマ、ルイズ、キュルケが馬を止めている姿があった。
ガリア王国の首都、ヴェルサルテイル宮殿。
壮麗な宮殿の中でひときわ異彩を誇る、青のレンガで作られたグラン・トロワの一室に二人の人物がテーブルについていた。
一人はこの宮殿の主、つまりこの国の主であるガリア王ジョゼフである。
そしてもう一人は人間界で忌み嫌われるエルフである。
それは人間の国の王宮にいるのは最も不似合いな種族の一つであったであろう。
だが、ジョゼフは先祖来の仇敵がいるとは思えないほどくつろいでいた。
「我が姪をなんなく捕まえるとは、いやはやお前たちの先住の魔法とはたいしたものだ」
この部屋にはもう一人の人物がいた。イスに座らせられもせずに床に転がっている少女だ。
メガネをかけ青い髪を持つジョゼフ王の姪だ。タバサはビダーシャルの先住魔法で深い眠りについている。
上座から気楽に話しかけるジョゼフに対して、エルフのビダーシャル郷は苦々しい顔をしている。
「このようなことに精霊の力を使いたくはなかったがな。こんな雑用に何か意味があるのか?」
「おや、お前は余の部下になったのであろう?ならば余の言うことに従っておればよいのではないか?」
ビダーシャルの顔は屈辱でさらに歪む。
彼はジョゼフの言うとおり部下になったが、それはエルフとガリア間での密約のために必要だったからであり、決して進んでなったわけではない。
ジョゼフは声を上げて笑った。
「はっはっは!冗談だ!そう怖い顔をするな」
冗談と言われても、そうですかと愛想笑いするほど目の前の男にビダーシャルは好感を持っていなかったようだ。
黙って自分の一時的な主を睨みつけるように見ている。
剣呑な空気を放つエルフに構わずジョゼフは語り始める。
「なんの意味があるかと言ったな?これは余の弟の唯一の子だからな」
これと言ったとき、ジョゼフはタバサに向かってあごをしゃくってみせた。
「これからこれが生きていれば不都合なことが起こる。それを防ぐのが一つ目だ」
ビダーシャルはそれだけでの説明で全てを理解できるほどジョゼフに腹の内を語られているわけではないが、ある程度予想はつく。
それにどうせ質問しても跳ね除けるであろう。
「二つ目はこれの仲間が水のルビーを所有している」
ビダーシャルの眉がピクリと動いた。聞かされていなかった話だ。
「仲の良い友人らしくてな。無愛想な娘だと思っていたがそれでも余などよりよっぽどちゃんとした友人付き合いをしているらしい。
その娘たちがこれを奪還しに来るかもしれぬ」
「友人とは子供であろう?それが一国相手にわざわざ奪い返しに来るものなのか?」
ビダーシャルは呆れたという感情を隠さない。
「公算は低いであろうな」
ジョゼフはあっさりとビダーシャルの言葉を容れる。それから言葉を続ける。
「だがもし来るならルビーはこれで三つ揃うことになる。アルビオンの反乱軍から奪った風のルビーを加えてな」
「所詮、来なければ意味がないことだ」
「いや、もう一つあるな。お前が失敗した時だ」
ジョゼフが思いついたように言った。ビダーシャルはその程度の言葉は意に介さないというように澄ましている。
それはビダーシャルが魔法使いに負けるなどとは思っていない証拠である。まして相手が未熟な子供となればなおさらである。
「もし手に入れることができなければ次はどうする気だ?ジョゼフ王よ」
「ふん。そうだな、戦争でも仕掛けるさ」
まるで狩猟にでも出かけるとでも言うような気軽さで言い放った。
ビダーシャルも不意を打った戦争宣言に動揺を隠すことが出来ず思わずガリア王をじっと見る。
しかし当の本人はまるで自分がなんら特別なことを言ったというつもりはないらしい。
もはや話すことはないといった様子で手をひらひらとさせて退出を要求してくる。
おとなしく従いながら去り際に一言残す。
「忘れるな。シャイターンの門を必ず開いてもらうぞ」
ジョゼフはわかったわかったと適当に頷く。手は合いも変わらず犬を追い払うような仕草をしている。
エルフが去って、閉じられた部屋にはジョゼフとタバサだけになった。
「ふん。来るかだと?来るに決まっている。あれは、あれらはおれの敵なのだ。おれにはわかる」
それからジョゼフの顔は暗いものから一点して慈悲を含んだものになる。
彼は床に倒れ付したタバサの傍に膝をついて、片手を眠る姪の頬に優しく添えた。
「口元が母に似ているな……、シャルロット。あのようになってさえ、お前の母は美しい。
美しい母に感謝しろ。お前が飲むはずだった水魔法の薬を変わりにあおいだ母を……」
眠る姪に話しかけたあとは、彼は弟に語り始めた。姪の姿に彼は弟の姿を重ね見る。
「シャルル。おれはもっと大きな世界をこの手のひらにのせて遊んでやる。
あらゆる力と欲望を利用して、人の美徳と理想に唾を吐きかけてやる。
お前を個の手にかけたときより心が痛む日まで……、おれは世界を慰みものにして、蔑んでやる」
そのときドアが勢いよく開いて人が入ってきた。ガリア王女イザベラ、ジョゼフの娘だ。
「父上!!」
弟との対話を邪魔され、ジョゼフは不快で顔をゆがめた。
イザベラは父より先に床に転がっている従妹を見て言った。
「シャルロット……。父上、シャルロットを捉えてどうしようと言うのですか?」
「お前に話す必要はない」
ジョゼフは面倒くさそうに答えた。
「エルフの薬でシャルロットの心まで奪うつもりですか?」
「そうだ」
話す必要がないといいながらあっさりと教えた。不快な会話が早く終わればそれでいい。
「シャルロットは任務を果たして来ましたし、これからもそうでしょう。それに彼女の母はすでに心を奪われています」
だから心を奪う必要はないと言外に強く含ませている。
ジョゼフはそれを理解したが、まともな会話を娘とするつもりはなかった。
「だからどうしたというのだ。おれがそうすると決めたのだ。お前が口を挟むことではない。早く出て行け」
ジョゼフの言葉で顔を蒼白にしながらもイザベラは動かない。
衛兵につれだされたいのか。と言うといかにも不本意という様子でイザベラは退出した。
なまじっか自分と似たものだから会話すると不快感が走ってしょうがない娘だった。
だが、今の様子は今までとは違っていた。彼女はシャルロットを妬み、そねみ、嫌っていたはずだ。
だが、先ほどの行動はどういうつもりであろう。
弟を愛し、そして憎んだ自分とは違い、自分と似ていた娘は憎んでいた従妹を愛するようになったのであろうか。
だからといってジョゼフの不快感は弱まることはなかった。
サハラ
ガリア国土の東の端、つまりエルフたちの住む砂漠を臨む土地にアーハンブラ城がある。
それはもともとエルフが建てたものであるが、人がそれを奪い、また奪い返されを繰り返し現在ガリアの所有となっている。
といってもアーハンブラ城は城砦の小ささから数百年前に軍事的価値が低いとされて奪い合いも同じ年月行われていない。
その城の一室でタバサは目を覚ました。
彼女は首都リュティスを挟んでアーハンブラ城から反対に位置するラグドリアン湖の畔にある屋敷からリュティスを経由して連れてこられたのだ。
もちろん、深い眠りに就いていた彼女は一度憎き伯父王と引き合わされていたことなど知らない。
それまでエルフの先住魔法で深い眠りについていたタバサは現状確認を始めた。
最初は夢だと思った。
なにしろ自分の着るものから部屋の調度にいたるまで全て豪奢という言葉でも足りるかわからないほどお金のかかったものばかりであったからだ。
タバサも王族の一員であるからそれを判断できるの。しかしそれでもかつての公女時代でさえこれほど価値のあるものは自分の周りにはなかった。
彼女がそう思ったのは無理のないことだ。その部屋はジョゼフが決して少なくない出費で改築したアーハンブラ城の中でも、最賓室なのだ。
もちろんそんな事情を彼女が知るはずもなく、現実だと理解したのは彼女にかけられた言葉によってだった。
「目覚めたか?」
声のするほうに顔を向ける。視線の先でエルフが扉近くのソファに腰かけていた。
彼女を倒したエルフである。手に書物があるので、タバサが目を覚ますまで本を読んでいたであろう。
タバサは目の前に現れた自分の知る限りの最大の危険に身構えるが、手にも、また見える限りに杖がないことに気付き、構えを解く。
杖があってさえ完敗したのだ。杖がなければ抵抗らしい抵抗などできるはずもない。
そう考えるとタバサは不思議と落ち着いてきた。目の前のエルフに敵対行動もできないとなり、落ち着いて彼女は質問をする。
「あなたは何者?」
「“サハラ”のビダーシャル」
「ここはどこ?」
「アーハンブラ城だ」
タバサはその名を知っていたので、寝ている間に自分はガリアを横断させられたことを理解した。
「母をどこにやったの?」
「隣の部屋だ」
そう言いながらビダーシャルは自分が座っている近くの扉ではない、もう一つの扉を見た。
タバサはその扉に駆け寄る。エルフはその行動に何もいわなかった。
彼女のいた部屋に比べるとその部屋はずいぶんと簡素なものだった。
その殺風景な中に置かれたベッドの上にタバサの母は横たえられていた。どうやら眠っているらしい。
部屋の隅の寝台には彼女がいつも抱いている人形が置かれている。
それは現在ベッドで横たわっている女性が娘のシャルロットに買い与えたものだ。
最初はタバサと名づけられ、のちに彼女が錯乱してからは娘と錯覚しシャルロットと呼ばれている。
人形と名前が入れ替わった少女は扉近くに立っているエルフを憎々しげに睨み付ける。
「暴れるのでな、寝ていただいている」
透き通るような声でタバサの視線に答えた。
「わたしたちをどうするつもり?」
ビダーシャルは宝石のような瞳にわずかな哀れみの光を宿した。
「その答えは二つある」
自分と母の処遇が違うことを知った。
「母をどうするの?」
まず自分にとって、より重要度の高いほうを先に質問する。
「どうもせぬ。我はただ、“守れ”と命令されただけだ」
「わたしは?」
ビダーシャルはわずか逡巡してから、先ほどと同じ調子で答えた。
「水の精霊の力で心を失ってもらう。その後はお前の母と同じだ」
タバサは自分を母と同じにすると言っていると理解した。つまり自分を狂わせるのだ、かつて母にしたようにして。
「今?」
「特殊な薬でな。調合には時間がかかる。それまではせいぜい残された時間を楽しむがよい」
「あなたたちが母を狂わせたあの薬を作ったの?」
ビダーシャルは頷いた。
「あれほどの持続性を持った薬は、お前たちでは調合できぬ。
さて、お前には気の毒をするが、我も囚われのようなものでな。これも“大いなる意思”の思し召しと思って、諦めるのだな」
それからタバサは外の様子を調べようと窓辺に近寄ろうとして、はっとした。
「わたしの使い魔は?」
自分を助けるために倒れた使い魔の姿が見えなかった。
「使い魔とはあの妙な力を使った男のことか?あの男なら捨て置いた。
私はお前を連れてこいと命令されただけで使い魔も連れてこいとは言われていないからな」
タバサは自分の使い魔がとりあえず助かったらしいことにほっとした。
それから窓に近寄り、外の光景を見る。本丸から飛び出したエントランスに兵士がいる。
どうやらこの城に自分を逃さないように兵が置かれているようだ。
杖もない自分では母を連れて脱出など出来ないであろう。
視界に移るものから意識を外し、回想する。
彼女はガリア王の命令でルイズを誘拐する前にその手紙を机の上に置いたままにした。
いつもの自分なら他の人間の目に触れぬように燃やしてしまうだろうに、燃やさなかった。
なぜそんなことをしたのか、自分ではあの時分かっていなかった。
仮に尋ねられていたなら急いでいたからとでも答えただろうが、そうではない。
簡単な話だ、自分は自分の使い魔に気付いて欲しかったのだ。
どうしようもない困難を前に、避けられない苦難を前に自分は使い魔に助けて欲しかった。
結果が彼のエルフに敗北した姿だった。
望むべきでないことを望むべきではない。自分は薬で心を失ってしまうのだ。
だがそれも母とずっと一緒に居られるなら悪いものではないのではないか。
だから、使い魔には自分を助けるなど思って欲しくない。
もう自分の大切なものが傷つくのを見るのはごめんだった。
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