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#navi(ウルトラ5番目の使い魔)
第四十七話
進化の道筋
深海怪獣 ピーター
菌糸怪獣 フォーガス 登場!
「消え去れ、愚か者たちがしがみつく虚栄の城よ。そして、この私の新たな進化の苗床となるがいい」
激震に見舞われ、幼児の手の中でもてあそばれる積み木の城のように揺さぶられるアーハンブラ城。古来より
この城の歴史を見守ってきた、美しい装飾の施された壁石が崩れ去り、絢爛なステンドグラスが粉々の破片に
変わって舞い散る。
瓦礫と化していく城に代わって台頭してくるのは、敷石を突き破って伸びていく巨大な柱のような物体だ。一本が
直径五メートルはあるそれは、城のありとあらゆる場所から、さらに城の立つ丘やふもとの町からも空を目指して伸びていく。
未知の物体に侵食され、別のものへと変貌しようとしているアーハンブラ城。かろうじて原型を保ち続けているのは
城の中庭だけだ。そこで、才人たち一行と、ビダーシャルとルクシャナを不気味な怪人が見下ろして笑っていた。その顔は
人間とも、この星に住むあらゆる亜人とも違い、目や口は昆虫的だが、頭部全体はオレンジ色のこぶで形成されており、
まるでキノコが寄り集まってできたような不気味な形状をしている。
使用人として送り込まれ、顔を隠してずっと自分を監視してきたこの怪人はなんなのか。ビダーシャルは本性を現した
黒衣の怪人に向かって叫んだ。
「お前は、いったい何者だ!」
「ファハハハ……フォーガス、別の世界では私はそう呼ばれていた」
「フォーガス……?」
その名が、地球では英語で『毒キノコ』を意味する単語であることを彼らは当然知らない。しかし、エレオノールや
ロングビルにとっては名などはどうでもよかった。ともかくこいつは自分たちを排除しようとしている上に、ビダーシャルと
違って話が通じる雰囲気は微塵もない。ならば、先制攻撃あるのみだ。
「くらえ化け物!」
話をさえぎって、ロングビルの投げナイフとエレオノールの『土弾(ブレッド)』の魔法が怪人を襲う。よけるまもなく頭部を
ナイフで打ち抜かれ、硬化した土の弾丸を無数に浴びせられた怪人は全身をボロボロにされてひとたまりもなく倒れこむ。
しかし、ルクシャナがまだ聞きたいことがあったのにと抗議しようとした瞬間、信じられないことが起こった。なんと地面から
キノコが生えるように、まったく同じ怪人の姿のフォーガスが出現したのだ。
「やれやれ、まだ自己紹介もすんでないというのに、低脳な生き物はこれだから困る」
「そんなっ!? どういうことなの」
倒したはずの相手が何事もなかったかのように復活するさまを見て、攻撃をかけた二人は愕然とした。フォーガスはそんな
二人をあざ笑うかのように笑い、城全体を覆った謎の柱を、いまや数百本に相当するまで増えて、数百メートルの高さで
ひとつに絡み合おうとしてる謎の物体を指差した。
「この姿は、お前たちと会話するために作り出した私の分身にすぎん。お前たちでいうなら髪の毛の一本というところになろう。
私の本体は、それ、君たちが見ている光景そのものだよ」
「光景って……まさか!」
ありえない答えに、一行は例外なく空を見上げた。巨大な柱状の物体がからみあったものは、アーハンブラ城の上空で
木が枝を広げるように四方へと拡大していき、やがて城がすっぽりと影に覆いつくされるほど巨大な傘に変わる。そして、
その傘の裏側にあたる部分のひだのような放射状の独特の模様が、彼らにある生物の名前を連想させた。
「こいつはもしかして、とんでもなくでかいキノコの化け物かよ」
才人のつぶやいた、普通なら正気を疑われるような言葉を否定する者はいなかった。彼らは傘の半径が数百メートルにも
及ぶ超巨大キノコの真下にいる。一同は常識を超えた光景を目の当たりにして絶句したが、特に頭の回転の速い
エレオノールやルクシャナは、キノコならばといち早く我に返った。
「わかったわ。信じられないけど、あんたは知性を持ったキノコの怪物ってわけなのね」
「本体は地面の底に潜って、分身だけを地上に上げて叔父さまを監視してたのね。道理で、叔父さまでも正体がつかめなかったはずだわ」
「ほう、お前たちはほかの連中と違って多少は知恵がありそうだ。そのとおり、私はいまやこの城を完全に支配した
巨大な知性だ。お前たちの見ているものすべてが私の脳だ。たかだか数キログラムしかないお前たちの脳など比較にも
ならぬ、全宇宙最高の頭脳を持つのがこの私だ!」
高らかにフォーガスは宣言し、アーハンブラ城は中庭を残して完全に巨大キノコに取り込まれた。一行は、自らの視界を
埋め尽くすものを見て、これがすべて脳なのかとさらに戦慄した。こんな、山ほどもある脳など聞いたこともない。
ただ、進化の可能性としてはありえなくもない。ルクシャナは、専門からは離れるが、かつて学んだ生物学の知識から、
そのことを生命の危機から意識をそらそうとするように分析した。
「キノコは植物に似てるけど、実は菌糸という細い糸のようなものが寄り集まってできてる。確かに、動物の脳の構造と
似ているといえばそうかもしれないわね。でも、どんな進化を遂げてもあなたみたいな生物が突然生まれるはずがない。
あなた、いったいどこから来たの?」
「ほお、おもしろい。未開の惑星だと聞いていたが、そこまでの知性を持つものもいたのだな。よかろう、理解できるかは
知らぬが、教えてやろう。私がいた、こことは違う別の世界のことを」
別の世界という聞き捨てならない単語に動揺する一行に、フォーガスはさらに語った。
「かつて私は、ここよりもはるかに進んだ文明を持つ世界に存在していた。そこにもお前たちのような人間がいて、
独自の文明を築いていたが、その文明の進化は行き詰っていた。そんな人間たちを見た私は、無用な人間を滅ぼして、
この頭脳をさらに進化させる苗床にしようと考えたのだ。菌糸を伸ばし、無限に巨大化することのできる私はいわば
無限の進化を可能とする究極の頭脳だからな。街をひとつ飲み込み、私は全世界に影響力を発揮できるまで進化した。
しかし、残念なことにあと一歩のところで私の進化は阻まれ、私は滅ぼされてしまった」
「ふん、でかくなるしか能のないキノコが無限の進化とは笑わせるわ。身の程を超えた野望は失敗して当然よ」
見下すようなエレオノールの言葉に、フォーガスは怒るかと思われたが、むしろせせら笑うように返した。
「ファハハハ! 貴様らこそ進化を語るには身の程を知らん。文明の発祥から六千年のときを経過しながら、なんの
進化もなく停滞し続ける貴様らなど、最初から知的生命としての価値などありはしないのだ!」
「なん……ですって! だけどあんただって、無謀な進化を試みたあげくに滅ぼされたって言ったじゃない」
「フッ、あれは私も油断した。もっと巨大に成長してから行動を起こせばよかったのが、焦ったのが失敗だった。しかし、
運命は私に味方した! 完全に焼き尽くされたかと思われた私の本体から、菌糸一つが奇跡的に生き残って
回収されたのだ。この世界に連れてこられた私は地下で増殖し、今日ついに完全な復活を遂げた。今度はこの世界を
覆いつくし、進化の究極を達成してみせるぞ!」
「なんですって!? あなた、ジョゼフに従ってるんじゃないの?」
「人間なぞに私は従わん。私の再生が完了するまで利用させてもらっただけだ。奴は私をくだらぬ見張り役などに
使うつもりだったようだが、まずはガリアを呑みつくしてその思い上がりを正してやる。次はハルケギニア全体、そして
貴様らエルフどもの土地、最後にはこの惑星全体が私と一体化するのだ!」
恐るべき計画をあらわにしたフォーガスを、一同は憎憎しげににらみつけた。しかし、攻撃をかけようにもいまや
アーハンブラ城すべてがフォーガスと化してしまったようなものなのでどうにもならない。そうしているうちにもフォーガスの
菌糸は中庭にも侵食してきて、通路はひとつ残らず塞がれてしまった。
寄ってくる菌糸を才人が切り裂き、ほかの面々は魔法で食い止めるが、文字通りきりがない。強力な先住魔法を使える
ビダーシャルやルクシャナも、かろうじて自分の周りを守るだけで精一杯だ。
「叔父さま! 叔父さまはこの城全体の精霊と契約してるんでしょ。なんとかできないの?」
「無理だ! 石も風の精霊も、完全に奴に呑み込まれてしまった。もうこの地で、我に従う精霊はない」
自然の精霊の力を借りるという先住魔法の弱点が現れていた。借りるべき精霊を封じられたら文字通りなにもできない。
フォーガスは円陣を組んで、必死に防戦している一同を見て愉快そうに笑った。
「ファハハハ、貴様らの力など所詮その程度よ。今日から貴様らに代わって、私がこの星の支配者になってくれる。
手始めに、貴様らはこのガラクタの城とともに消え去るがいい!」
その瞬間、フォーガスの菌糸の侵食についに耐えられなくなったアーハンブラ城が轟音を立てて崩壊し始めた。
城砦も、尖塔も、すべてバラバラの岩石に分解されて崩れていく。逃げ場はない、このままでは全員数千トンもある
城の成れの果てに生き埋めにされてしまうだろう。
だがそのとき、ビダーシャルが意を決したように叫んだ。
「全員! 私に掴まれ!」
「えっ!? どうい」
「説明している時間はない! 死にたくなければ言うとおりにしろ」
ルクシャナも見たことないほど鬼気迫ったビダーシャルの表情に、一同は反射的にその言葉に従った。わけも
わからないまま、とにかくビダーシャルにしがみつき、間に合わなかった者はしがみついている者に掴まる。
「ようし、全員掴まったな。いくぞ!」
ビダーシャルは左手で右手を握り締めた。それを合図に、彼の指にはめられている指輪に仕込まれていた風石が力を
解き放った。一気に重力が逆になったような感覚が全員を襲い、次の瞬間彼らは空へと飛び上がった。
「うわぁぁぁぁーっ!」
降り注いでくる瓦礫を潜り抜け、巨大キノコの傘スレスレのところを彼らは固まって飛んだ。
天地が逆転し、自分がどこにいるのかすらわからない。ただ、手を離せば終わりという恐怖だけが、必死にしがみつく手に
力を込めさせて、失神することを許さなかった。
そんな感覚が数十秒ほど続いただろうか。気がついたときは、彼らは砂漠の中に砂まみれになって放り出されていた。
「げほっ、げほっ、こ、ここは……?」
吸い込んでしまった砂を咳き込んで吐き出しながら、ルイズは周りを見渡した。自分たちのいるのは砂丘の中腹で、
みんななかば埋もれるようにして散らばっている。むろんその中には才人もおり、ルイズはまず安心するとともにさらに
遠くまでを見渡した。アーハンブラ城を飲み込んだフォーガスの巨大キノコは、自分たちのいる場所から、ほんの数リーグ
しかない場所に聳え立っており、あまり遠くまで来たわけではないようだ。
やがて、皆が砂の中から這い出してきて集まってきた。
「あいてて、下が砂でも腰を打っちゃったわ。あなた、いったいなにをしたのよ?」
緑髪を砂まみれにしたロングビルが尋ねると、同じように砂まみれになっていたビダーシャルが頭を払いながら答えた。
「万一のための脱出用の風石の指輪を使ったのだ。一度限りだが、効力はみてのとおりだ」
「はぁ、たしかに指輪が台座だけになってるわね。そういえば、テファもお母様から治癒の効力を持った指輪を持ってたっけ。
あれと同じようなものか、エルフの技術ってのはほんとすごいわね」
ロングビルや才人たちは、以前タルブ村で聞かされた昔話を思い出した。三十年前にタルブ村を襲った吸血怪獣ギマイラとの
戦いで命尽きた佐々木隊員を蘇生させたのも、ティファニアの母が持参していた水の力を秘めた魔法の指輪だったという。
エレオノールたちはあらためて、エルフの持つ高度な魔法技術に恐れ入った。先住魔法の威力だけでなく、こうした
魔法道具の利便性に関しても、エルフは人間を大きく上回っている。しかし、そのおかげで命拾いしたのはまぎれもない事実だった。
「感謝するわ。まさか、エルフに命を救われるなんて夢にも思わなかった」
「勘違いするな。置き去りにしてもよかったが、選んでいる時間がなかっただけだ。それよりも、本来は数十リーグを
飛べるのだが、さすがにこの人数を抱えては城の外まで飛ぶのが精一杯だったようだ」
エルフ、人間合わせて総勢七人は定員オーバーもいいところだったようだ。まともに飛ぶこともできず、途中で失速して
しまった結果がこれだったらしい。下が砂丘でなかったら命も危なかった。
いや、実のところの原因は別にあるようだ。一同は、ティファニアが大事そうに抱えている生き物に目をやり、ロングビルが
呆れたように言った。
「テファ、あなたそいつまで連れてきてたの。道理で重過ぎるわけだわ」
「だって、あのままあんなところに置いておくわけにはいかないじゃない」
なんと、ティファニアはピーターまで連れてきてしまっていた。こいつは巨大化するに従って体重も増加するので、砂漠の
外気にさらされればそれは重くなる。実際、ティファニアが暑さよけに外套をかぶせてやっているものの、もう体格は
三メートルを超えていた。最大時には一万五千トンにもなるので、もう三トンくらいにはなっているかもしれない。むしろ
アーハンブラの街中に墜落しなかったのが奇跡的だ。
ロングビルはティファニアの優しさを否定するわけにもいかず、ピーターは助けられたことがわかるのかティファニアに鼻を
摺り寄せている。連れて帰ってもどうしようかと思ったが、まあ変な虫がつかないためのボディガードにはいいかもしれない。
しかし、命が助かったことにほっとしていられたのもそこまでだった。
「見ろ! フォーガスの野郎、まだ巨大化するつもりかよ」
才人の指差した先で、フォーガスの巨大キノコは目に見えて成長を続けていた。すでにアーハンブラ城は完全に
飲み込まれて跡形もなく、ふもとの町もキノコの幹に取り込まれかけている。さらに菌糸は砂漠にも侵食を始めているではないか。
「なんてことなの! このまま奴が砂漠を越えたら本当にガリアどころか、ハルケギニア全体がフォーガスに飲み込まれるわよ!」
エレオノールがフォーガスの成長スピードの速さに悲鳴のように叫んだ。奴の言ったことは誇張でもなんでもなく、
本気で全世界を取り込んでしまうつもりなのだ。最終的には星そのものと同化した、超巨大な生命体と化す。
それこそが奴のいう究極の知性、惑星大の脳というわけだ。
着実に自分たちにも近づいてくるフォーガスに、危険を覚えたロングビルはティファニアをかばいながらエレオノールに叫んだ。
「ど、どうすんのよ! このままじゃ私たちもあの化け物キノコに飲み込まれるわよ。あなた学者でしょ、なんとかならないの!」
「む、無茶言うんじゃないわよ。ルクシャナ、あなたたちの先住魔法でどうにかできないの?」
「無理よ! だって大きすぎるんだもの。こりゃもう……やることはひとつしかないんじゃないの」
ルクシャナがさすがに引きつった表情でいう方法を、エレオノールもロングビルも聞かなくても理解した。これはもう、
人間でもエルフでも、個人の力でどうにかできる範囲を超えている。軍隊でも連れてこなくては太刀打ちできない。だが、
ビダーシャルの風石の指輪はもうなく、できることはエルフでも人間でもひとつしか残っていない。
「走れっ!」
大貴族も元盗賊もエルフも完全に意見が一致した。プライドや種族の差など、本当に追い詰められたときは何の価値も持たない。
死ねばすべてが終わってしまう。たとえ多少の無様をさらしても、生き延びたい。生きなくてはなにも成し遂げることはできない。
まだまだやりたい研究がある。ティファニアを子供たちのところに帰したい。手のかかる姪が嫁に行くまでは見守ってやりたい。
思いは人それぞれなれど、このときは誰もが巨大キノコに押しつぶされて死ぬより、無様でも逃げて生き延びたいと願った。
だが、逃げようとする一同に、頭の上からかぶさってくるようにフォーガスの声が響いてきた。
「逃げられると思ったか! 私の菌糸はすでに四方数十キロに広がっているのだ。もはや、この一帯の砂漠は私と一体となった。見よ!」
その瞬間、彼らの目の前の砂丘が爆発したかと思うと、地底からキノコの塊がいびつに人型をとったような怪獣が現れて行く手を阻んできた。
怪獣は全長五十六メートル、口の中に赤く光る単眼を持ち、両腕の鞭状になった菌糸を振りかざして襲ってくる。
「なんなのよこれは!?」
「ファハハ、驚いたか。ここまで巨大に成長した私なら、体の一部を変形させて分身を作るなどたやすい。つぶれて死ね、無力な生命よ」
フォーガス・怪獣体は、両腕の触手を彼らに向かって容赦なく叩きつけてきた。
ティファニアの頭上に迫った触手から、ロングビルが間一髪で彼女を助け出し、あおりを受けてエレオノールが吹き飛ばされる。
先住の防御魔法『カウンター』でルクシャナと自分の身を守ろうとするビダーシャルも、重量だけで数千トンはある触手は防ぎきれない。
その光景は、まるで蟻をつぶそうと追い回す幼児にも似て、無慈悲でかつ圧倒的であった。
だが、いかに優れた頭脳を持った生命であろうと、暴力をもっての侵略は決して許されない。
「サイト、やるわよ」
「ああ、あいつは許さねえ」
フォーガスの攻撃で、砂漠の砂が巻き上げられて周囲に立ち込め、視界を急速に奪っていく。
どこからか、「ルイズ、どこなの!」というエレオノールの叫びが聞こえてくるけれど、今は見えないことこそ望ましい。
才人とルイズは右手のリングをかざし、互いの意思がひとつであることを認め合った。
そうだ、ハルケギニアもサハラも、あんな奴に渡してはいけない。この星は、この星に住むすべての生命のものなのだ。
二つのリングがまばゆく輝き、二人はその光を手のひらとともにひとつに重ねた。
「ウルトラ・ターッチ!」
乾いた砂塵を吹き飛ばし、銀の巨人がここに立つ。
エレオノールたちにとどめを刺そうとしていたフォーガスは大きく弾き飛ばされ、彼女たちは醜い怪物に代わって、雄雄しく
砂漠に立つ光の戦士の背中を見た。
「ウルトラマン……エース!」
風に消えていく砂埃のように、絶望が希望に変わりゆく。これまで幾たびとなく、ハルケギニアの危機を救ってくれた光の巨人。
エレオノールとロングビルは自然と手を取り合い、ティファニアはスノーゴンとの戦いのときを思い出して、ピーターの腹に
ぐっと体をよせて息を呑む。
そしてルクシャナとビダーシャルは、噂に聞き、はじめて目の当たりにする世界の救世主の勇姿に、生まれて目にしてきた
あらゆるものと違う圧倒的な存在感を感じていた。
「あれが……ウルトラマン。すごい! それに、叔父さま、この感覚は」
「ああ、あれが現れたとたんに、怒りに狂っていた周辺の精霊たちが静まった……いったい、これは」
人間には感知できない自然の"声"とでも言うべきものを感じ取ったエルフの二人は、その自然の意思の化身『精霊』が
ウルトラマンを祝福しているのを感じた。
それは、ウルトラマンが純粋な光の化身であるからだ。かつて、人間と同じ姿をしていた光の国の住人は、自らの星の
太陽が消滅したことにより、人工太陽プラズマスパークを作って、その光に含まれるディファレーター因子により超人と
しての力を得た。しかし彼らはその圧倒的な力におぼれることなく、全宇宙を破壊と暴力による支配から守るために命をかけてきた。
その気高い魂によって救われてきた数多くの星の命の息吹がエースに宿り、時空を超えてもエースを守り続けている。
だからこそ、かけがえのない命の息吹を、自らの欲のために犠牲にしようとしているものは許さない!
「シュワッ!」
こぶしを握り、エースは吹き飛ばしたフォーガス・怪獣体を見据えた。奴はキノコの菌糸の変異体なので、動きは鈍重で
すぐに反撃してくる様子はない。そして、怪獣体から怒りに震えたフォーガスの声が漏れてきた。
「おのれぇ。貴様がウルトラマンAか、余計なまねをしてくれて。貴様も、私の進化の邪魔をするつもりか」
「フォーガス、お前がいかに優れた生命であったとて、命を踏みにじる権利などは誰にもない! この星から出て行け」
「こざかしい。ならば貴様から倒すまでのことだ!」
フォーガスは両腕の触手を伸ばしてエースを攻撃してきた。しかしエースはたじろぐことなく、体を大きく左にひねり、
返す勢いを加えてフォーガスに向かって腕をL字に組んだ!
『メタリウム光線!』
エース必殺の光線は、迫りきていた触手を爆砕し、そのまま威力を衰えさせずにフォーガスに直撃する。
一瞬の硬直の後、フォーガスは木っ端微塵に吹き飛んで砂漠に破片を散らせた。
「やった!」
「あの巨体を一撃で。なんという力なんだ」
エースの勝利に、エレオノールたちからは歓声が、ビダーシャルたちからは驚嘆の声が漏れる。
しかし、あまりにもあっけなさすぎはしないか? 無限の進化を語っていたにしては、こうも簡単に倒されるとは……?
勝利の美酒は、その当たり前の疑問を彼らの思考からわずかなあいだだけ消去させた。
「っ!? エース、後ろよ!」
ロングビルの叫びがエースの耳に届き、振り向こうとしたときにはフォーガスの攻撃は成功していた。太い触手が首に
からみつき、強力な力で締め上げてくる。
「ヌッ! ウォォッ!?」
苦しみながら体ごと振り向いたとき、そこには倒したはずのフォーガスがいた。
バカな! と思うまでもなく、その疑問の答えは示される。砂漠から、まるで枯れ木にキノコが増殖するようにフォーガスが
二体目、三体目と出現してくるではないか。
「馬鹿め、私は数十キロ四方に広がる巨大な知性体だと言っただろう。お前は私の体の、ほんの一部分を破壊したにすぎんのだ」
勝ち誇ったフォーガスの声が響き、触手に加わる力が強くなってくる。
しまった。怪獣の派手な姿に幻惑されて、あれが奴の本体ではないということを忘れていた。あの怪獣体は、いわば
タケノコのようなものだ。一本一本は独立しているように見えても、実際は地面の下の地下茎というものでつながっていて、
地上のタケノコをいくら掘り返しても後から後から生えてくる。
フォーガスは自らの力の強大さを誇示するかのように、さらに三体の怪獣体を増やしてエースを包囲してくる。これで
敵の数は六体にまで増えた。そのあまりの展開力に、エレオノールは愕然として叫ぶ。
「なんてことよ! これじゃ、あいつは無尽蔵に怪獣を生み出せるってことじゃない」
「違うわよ。私たち全員が、もうあいつの体内に呑まれた獲物みたいなもの。これじゃ、いくらウルトラマンでも勝てっこないわ!」
無限の敵を相手に勝つ手段などはない。生物の体内に入り込んだ異物が抗体に袋叩きにされるのにも似て、怪獣体は
鈍重な動きを苦にせずに、腐肉に群がっていくハイエナのようにエースに向かっていく。
このまま六体もの怪獣体に集中攻撃を受けたらエースとてひとたまりもない。脱出するなら今しかない、才人は叫んだ。
「エース、上だ! 地上で戦っても勝ち目はねえ!」
「ああ!」
才人の声を受けて、エースは唯一フォーガスに侵食されていない空を見上げた。そして、首を拘束している触手を外すため、
瞬間的に全身から高熱を放射した。
『ボディスパーク!』
エースの全身が発光し、熱放射と同時に触手を引きちぎる。自由になったエースは砂漠の砂を蹴って飛び立った。
「ショワッチ!」
飛翔したエースに向かって、怪獣体は触手を伸ばして追いかけてくる。しかし、兄弟最速の飛行能力を持つエースは
触手の追撃を悠々とふりきると、安全な高度に達して空中に静止した。
目の前にはアーハンブラの丘を完全に呑み込み、さらに巨大化を続けている巨大キノコが威容を誇っている。すでに、
傘の半径はキロ単位に及び、エレオノールのいるあたりにも夜のような影が近づきつつある。
少しも収まる気配のないフォーガスの成長速度は、この調子で奴の拡大を許せば一ヶ月も経たずに惑星すべてが
呑まれてしまうだろうと予測するのは容易であった。奴を、今止めなければもうどんなことをしても止めることはできなくなる。
エースだけでなく、才人とルイズも、この地上最大の怪獣……超巨大キノコへ向けて、全力の一撃を心をひとつにしてはなった。
『メタリウム光線!』
並の怪獣なら跡形も残さず粉砕できるほどの破壊光線の奔流が、巨大キノコの幹の部分に突き刺さっていく。しかし、
光線は表面をやや削り取ることはできたが、内部まで貫くことはできなかった。しかも傷つけた部分もすぐに新しい表皮に
埋められてしまい、むだにエネルギーを消費させられたことに才人は歯噛みした。
「なんていう頑丈さなんだよ!」
「いや、攻撃の破壊速度よりも奴の成長速度が上回っているんだ。これでは、文字通り焼け石に水だ!」
エースも打つ手が見つからず、点滅をはじめたカラータイマーに焦燥を覚え始めていた。不死身に近い生命力を持つ
怪獣ならば、ウルトラ兄弟が戦ってきた相手の中にも数多くいたし、このハルケギニアに来てからも、前回戦ったマグニアの
ような相手もいた。しかしこいつはこれまでの敵にはいなかったタイプだ。巨大化という、もっともシンプルだがそれゆえに
強力な方法で攻めてくる。
そのとき、またもフォーガスの声が今度は砂漠全体に広がるほどに響いた。
「さすがの貴様も策に窮したようだな。ウルトラマンA、ここがもっと文明の発達した惑星であったならば、じっくりと菌糸を
伸ばしてネットワークから乗っ取っていくところだが、そんなものはないこの星であれば、自己増殖のみに集中することができた。
私はすでにこの惑星上において最大の生命体となった。いまや、貴様は象に挑む蟻にも劣る。まだ抵抗するつもりか?」
「ぬぅ……」
「ふははは。だが、私はこの宇宙で比類なき進化を遂げた君たち種族に大いに興味がある。どうだ? 進化の可能性の
尽きたこんな星の生命など見限って、私につかないか?」
「なんだと!」
「この星の生命に、もはや進化の見込みなどないことは彼らの歴史が証明している。六千年もの時間を要しながら、
なんらの文明の進歩もなく、宇宙へ出て行くすべすら持たない連中なぞ、存在する価値などない。さあ、お前は"奴"よりは
利口だと思うが、返答はどうする?」
自らを上位者だと信じて疑わない傲慢な要求だった。エレオノールたち人間も、ビダーシャルたち人間も、身分や種族、
または成績や才能の差で差別されることはあっても、生命としてここまで見下されたことはない。しかも、フォーガスの言って
いることは一面では真実だと認めざるを得ない。
六千年間、なんらの進歩のない世界。いくたびとなく襲来する、想像を絶した技術を誇る侵略者たちの残したものを見れば、
おのずと自分たちが取り残されているということを痛感させられる。エレオノールやルクシャナは、かつてトリスタニアを襲撃し、
回収されたロボット怪獣メカギラスやナースの残骸を検分するたびに、次元を超えた超テクノロジーの存在に震えを感じ、
自らのいかなる技術を持ってしても作り出すことのかなわないそれに、劣等感を覚えさせられるのだ。
そんな自分たちを、なぜウルトラマンは守ってくれるのだ。彼女たちは息を呑んで、エースの言葉を待った。
「断る」
「愚かな。貴様たちは、この宇宙でも比類なき進化を遂げた種族であるのに、なぜその力を無益なことに使おうとする?
さらなる進化を追及し続けるのが生命の本能。その本能すらも忘れた生命になんの守る価値があるというのだ?」
「フォーガス、ただひたすら進歩を目指すだけが進化ではない。お前のやろうとしていることは宇宙の調和を乱し、
最後には自らをも食い尽くして自滅へと突き進む、歪んだ進化だ。そんな過ちに、手を貸すわけにはいかない」
それはエースが、地球人北斗星司として生きてきたときに学んだことであった。
エースが地球に滞在していた西暦一九七〇年代は、日本は高度経済成長の中でひたすらに進歩を求めてきた。
山を切り開き、海を埋め立て、高度な技術で作り上げた製品は人々の生活は格段に豊かにした。
しかし、その代償に人間たちは心の豊かさを失い、自然を破壊し、公害で自らをも蝕んだ。
ザンボラー、テロチルス、ムルチ、サウンドギラー、カイテイガガン、グロブスク。自然破壊が呼び、公害が育んだ怪獣は数多い。
後年、ようやく見境のない発展が地球を破滅へ追いやることを知った人類は、自然保護に努めたが、それまでに奪われた命は数知れない。
「宇宙は、この星は、お前だけのためにあるわけではない。まして、人間でもエルフだけのものでもない。この星の生命
すべてに平等に生きる権利があるんだ。もう一度言う。どんな理由があろうと、お前にこの星を自由にする権利などはない!」
「ならば、なぜ人間やエルフなどに味方する? この星にいるだけで、知的生命としてはなんらの存在価値もないではないか!」
フォーガスの問いに、エースはすぐに答えようとはせずに、一度地上にいる人間とエルフ、ふたつの種族を見つめた。
「彼らは決して進化を放棄しているわけではない。確かにお前の言うとおり、彼らの文明は未成熟かもしれない。しかし、
彼らはそんな世界においても、毎日を悩み、苦しみながら、それでも明日を生きようと懸命に努力している。誰かを
守るために戦い、自らを投げ打っても愛するものを救おうとする美しい心を育てている。そして今、憎むべき敵であったはずの
ふたつの種族は同じ大地に立っている。彼らは、エルフと人間は決して相容れないものではないことを証明した……
憎しみや恐れを捨てて、異種族との共存の可能性を見せてくれた。それもまた進化だ。進化とは、心の成長、精神を
美しくしていくことでもあるんだ!」
ウルトラマンAは、フォーガスの求める進化とはまったく別の形での進化の姿を提示した。
それは、形のある進化ではなく内面の変化。そう、生命はそれ単独で存在しているわけではないのだ。
生きるために戦うことはある。しかし、生きるために助け合うこともある。他者を傷つけ、排除するのではなく、ともに生きること。
人と動物はなにが違うのか。それは自らと異なるものを仲間として受け入れられること。心とは、そのためにある。
宇宙には、高度な文明を発達させたが、超兵器開発のやりすぎで自らの星を滅ぼしてしまったメシエ星雲人や、怠惰な
生活を続けたせいで使役していたロボットに反乱を起こされて滅ぼされたファンタス星人など、心の進化を置き去りにして
自滅した星がいくつもある。
「進化とは、ただやみくもに文明を高度にしていくことではない。文明とはしょせん道具にすぎず、しかも諸刃の剣でもある。
扱うものに心がなければ、たやすく持ち主に牙をむく。この星の人々には、お前にはない他者を慈しむ優しい心がある。それが
なによりも大事なんだ!」
エースのその言葉に、才人とルイズ、ロングビル、ティファニア、エレオノール、そしてビダーシャルとルクシャナは、
ウルトラマンが見せかけだけの進化を人々にもとめていないことをおぼろげに悟った。
いくら文明を発達させようと、花を美しいと思えなかったり、道端で泣いている子供の前を通り過ぎられるような人間は人間といえるのか。
しかし、あくまで物質的な進化を求めるフォーガスはエースの願いを一蹴する。
「くだらん! 生命は常に弱肉強食。より進化したものが遅れたものを滅ぼし繁栄する。それが宇宙の真理だ」
「それは違う! 心を持つものが持たないものと異なることは、互いを理解し共存するためだ。私は信じる。この星に
生きるものたちの心に宿る光を、明日を切り開いていく無限の可能性を!」
「なにを言ったところで、虫けらのように這い回って空を見上げるだけのそいつらには何もできん。死ね!」
巨大キノコから触手が伸び、エースを串刺しにしようと襲ってくる。だが、そんなものにやられはしないと、エースは高速で回避する。
「シュワッ!」
砂漠から、または巨大キノコから次々に触手が槍のように襲ってくる。エースは、かつて神戸で戦った究極超獣
Uキラーザウルス・ネオとの戦いを思い出した。あのときも、無数の触手を伸ばして襲ってくるUキラーザウルスに対して、
兄弟は壮絶な空中戦を演じて、エースもウルトラギロチンで数本の触手を切断している。
〔変幻自在のUキラーザウルスの攻撃に比べれば、このぐらいはなんということはない〕
〔でもエース、避けてばかりいても、なんとかしないとすぐにやられちゃうわよ〕
ルイズの危惧ももっともだった。エースのエネルギー残量はメタリウム光線を二発撃ったためにかなり減少している。
なにか、フォーガス攻略の決定的な糸口を早期に見つけなければ、エースの力はあっというまになくなる。
だがエースは悲観してはいなかった。彼は一人で戦っているわけではないからだ。
そのころ、地上ではエレオノールやルクシャナが必死に状況を打開する手段を模索していた。
「あいつめ、私たちをとことんバカにしてくれちゃって。見てなさいよ、人間の知恵がキノコに負けてなるものですか」
フォーガスの意識がウルトラマンAへと向かっているため、幸運にもエレオノールたちは攻撃を受けることもなく安全で
いられていた。しかしそれも一時だ。エースがやられれば、自分たちも一瞬で始末される。そうならないためには、
なんとかしてフォーガスの弱点をエースに伝えなければならない。
が、しかし。もはや数十キロの巨大さにも拡大した化け物に弱点などあるのだろうか? いや、この世に完璧などはない。
奴にだってなにか弱みがあるはずだ。キノコの弱点……そうはいっても、キノコのことなんていくら優れた学者である
エレオノールやルクシャナでも専門外だ。
ところが、ヒントは意外なところからやってきた。それまでずっと無言で戦いを見守ってきたティファニアが、おずおずとながら
話しかけてきたのだ。
「あの、ちょっとよろしいですか? 変に思うことがあるんです」
「なに? もうこの際なんでもいいわ、言ってみなさい」
「えぅ、じ、実はわたしずっと森の中で過ごしてきて、よく森でキノコを採ったりするんですけど、それで」
「なに!? 時間がないんだから手短に言いなさい!」
いらだったエレオノールに、ティファニアは「ひぅっ」とおびえながらも勇気を振り絞った。
「だ、だからおかしいんです。キノコは暗くて湿気の多いじめじめしたところに生えるのに、こんな明るくて乾いたところに生えるなんて」
言い切ったティファニアは、怒鳴りつけられると思って、とっさに頭を抱えて目をつぶった。ところが、彼女の頭上に
かかってきたのは、それとはまったく真逆の言葉だった。
「そうか! それよ。ルクシャナ、あなたも気づいたわね?」
「当然。だからあいつは無制限に巨大化できたのね。テファちゃんだっけ、お手柄よあなた」
「えっ? へっ、へぅぅ」
二人は、手放しにほめられて唖然としているティファニアの頭をやや乱暴になでると、彼女の後ろにいるピーターを見た。
「キノコだけじゃなくて、植物が生育するには大量の水が必要。まして、あのサイズになるためには何百万トンという水量が必要となるはず」
「それを、この砂漠の真ん中で補給する方法はひとつしかないわ」
正確にはキノコは植物ではなく菌類だが基本は同じだ。そう、もともと海洋生物であったピーターがここまで来られる
くらいに長大かつ広大に伸びた地下の水脈、アーハンブラ城はそこと直結していた。奴はその無尽蔵の水源まで菌糸を
伸ばして水分を得ているのだ。でなければ、この砂漠の乾燥と高温にはとても耐えられず、あっというまに干からびてしまうだろう。
奴の成長を止めるには、水分の補給を絶つ以外に方法はない。二人はそう結論づけた。むろん、ビダーシャルは、
どうやってそんなことができるのだと、机上の空論をとがめてくる。だが二人ともそんなことは百も承知だ。たとえ、
人間やエルフにできなくとも、あるいは彼ならば。
「ウルトラマンA! そいつは地下の水脈まで根を張ってるのよ! 地上の部分をいくら攻撃しても無駄だわ。地底の
水源から断ち切れば、そいつは自分を支えきれなくなって枯れてしまうわ!」
ルクシャナの風魔法で増幅されたエレオノールの声が、上空のエースの耳に届く。
「そうか!」
エースもすぐに合点した。かつてタロウが戦ったきのこ怪獣マシュラも、成長のために大量の水を欲したという。多湿の
日本でさえそれなのだから、奴はただ立っているだけでも膨大な水分を蒸発により失っていくはずだ。
狙うは地底。地上の巨大キノコはあくまで奴の一部に過ぎない。
エースは地上のエレオノールたちに向かってうなずき、了解したことを伝えると、空中に静止した。
「ヘヤッ!」
直立姿勢で止まり、腕を胸の前で交差させたエースはそのまま体をコマのように急速に回転させ始めた。そこへ、
フォーガスはかっこうの標的とばかりに触手を突き出してくる。しかし高速回転に入ったエースはそれを弾き飛ばし、
急速に落下すると、砂漠に突き刺さって砂中へと潜っていくではないか!
『エースドリル!』
自らを巨大な掘削用ドリルに変えたエースは、地上に大量の砂塵を残すとさらに沈降していく。
あっというまに柔らかい砂の層を突破し、礫層、岩盤層へと突入する。硬く侵入を拒むそこを貫通すると、突然抵抗が
なくなって温度が急激に低下した。
「これは……地底湖か」
見渡す限り、とてつもない広さの地底の湖がそこに広がっていた。
高さは推定二百メートル以上、はては見えずに、どこまでも澄んだ水のみが広がっている。砂漠に染み込んだ水を、
気の遠くなるような時間をかけて溜め込んできたであろうその水量は、何兆トンに達するのか想像もできない。天井からは
フォーガスの根が無数に垂れ下がって、とめどなく水分を吸収しているけれど、これから見れば涙の一滴に過ぎないだろう。
「自然ってのは、とんでもないものを作り出すもんだな」
「ええ……」
才人とルイズも、地底湖のあまりの雄大さには恐れ入るしかない。そうだ、人間の知っている自然の姿などは氷山の一角に
過ぎないのだ。幼稚な人知を超越した大自然の驚異。フォーガスも、しょせんその恩恵にすがり付いているに過ぎない。
この地底湖と奴を切り離せば地上のフォーガスは勝手に自滅する。だが、無数に伸びている根を切っていったところで、奴は
すぐに再生させるだけだ。
ならば、この地底湖の水を、奴が吸収できないものに変えてやる!
「いくぞフォーガス、お前と私、どちらが我慢強いか勝負だ!」
その瞬間、エースは全身のエネルギーをすべて熱に変換し、地底湖の水に向けて放射した。
『ボディスパーク・最大出力!!』
一瞬にしてエースの周辺の水が沸騰し、周りの水も熱湯へと変わっていく。
そのあまりの熱量に、フォーガスの根もしおれ始めた。
「どうだ! 摂氏百度以上の高温水。吸えるものなら吸ってみろ!」
「おのれぇっ! やめろ、やめろぉ!」
フォーガスの悲鳴が響き、エースは地底湖を焼き尽くさんばかりにエネルギーを放射する。
果たして、エースのエネルギーが尽きるのが先か、それともフォーガスが耐え切れなくなるのが先か。
今、互いの命と惑星の存亡をかけて、史上最大の持久レースがスタートした。
続く
#navi(ウルトラ5番目の使い魔)
#navi(ウルトラ5番目の使い魔)
第四十八話
さらば、古の古戦場よ
深海怪獣 ピーター
菌糸怪獣 フォーガス 登場!
アーハンブラ城を跡形もなく呑み込み、巨大キノコはとうとう全高一千メートルにまで成長を果たした。
その威容は文字通り天に届き、人類が作り上げたいかなる構造物よりも高く、巨大であることを誇る。
砂漠に浮かぶ、生きた要塞。そこに近づく愚か者は、何万何十万の大軍であろうと、ひとひねりに死の制裁を与えられるに違いない。
だがまだ勝負はついていない。この星には、まだ我らのウルトラマンAが残っている!
大地に深く根を張り、一都市をも飲み込めるほどに巨大化したフォーガスに対し、エースは捨て身の作戦に打って出た。
「フォーガス、これ以上この星をお前の身勝手な進化のための道具にはさせない。お前が菌類から進化した
生命体だというのなら、大量の水がなくては生きていけないだろう。この地底湖から追い出してやる!」
熱エネルギー放出の必殺技・『ボディスパーク』で、エースはフォーガスが根を張る地底湖に高熱を叩きこんだ。
外部からの攻撃が一切通じないほど強大化したフォーガスを倒すためには、エネルギー源となる水源から切り離すのみだ。
莫大な水量を誇る地底湖から奴を追い出すためには、湖の水そのものをフォーガスが吸収できないように変えるしかない。
だがそれは、エース自身の命をも削りかねない捨て身の賭けでもある。
「おのれぇ、地底湖の水を自らのエネルギーで沸騰させるとは恐ろしい奴。しかし、それほどの熱量を放出し続けては
貴様のエネルギーも長くは持つまい」
「確かに、私のパワーは残り少ない。だが! 私は絶対にお前には負けない。私の肩には、この星の何億という生き物たちの
命がかかっているんだ!」
ボディスパークは、かつて雪男超獣フブギララに冷凍にされかけたとき、一瞬で凍結を解除したほどの熱量を発生させられる。
しかし、地底湖の水量は膨大で、フォーガスが根を張っている近辺だけでも何十万トンとある。それでも、光の戦士としての
使命と、この美しい星と人々への愛を力に変えてエースは燃える。体を燃やし、心を燃やし、ルイズや才人もエースを支えてともに燃える。
「わたしの生まれ育った国を、あんたなんかのエサにさせてたまるもんですか!」
「おれだって、この世界は好きになったんだ。ルイズに負けてられっか! エース、おれの力も使ってくれ!」
二人も、自分たちの双肩に世界の命運がかかっていることを知っている。自分の生命力がエースの力になるなら安い代償だ。
あとでめちゃくちゃ疲れるかもしれないが、そんなものぐっすり眠ればすむことだ。
ボディスパークの超高熱で地底湖の水を沸きあがらせようとするエースの攻撃で、地底湖へ血を吸うように延びてきていた
フォーガスの根がしおれはじめてくる。だが、フォーガスもその高熱に耐えようと根の密度を増して、なお地底湖の水分を
吸い上げようと試みる。
世界の救済か破滅か、更なる進化か枯死か、互いはそれぞれの存在をかけて戦った。
そして、地下深くでの死闘は地上にも影響を与え始めていた。
「きゃっ! な、なに地震!?」
「違う。地下でウルトラマンとフォーガスが戦ってるんだ。ルクシャナ、近くだったら精霊の力も少しは効く。蛮人たちを
捕まえていろ、崩れる砂丘に飲まれたら終わりだぞ!」
「わ、わかったわ!」
ビダーシャルとルクシャナは、まだ大半がフォーガスの支配下に置かれている地から、なんとか力を引き出して、自分たちの
周りの砂が流されないように固定した。
砂漠は地の底からの振動によって激しくうねっている。砂は流れて脈動し、流砂が波打つ砂漠はまるで海のようだ。
「わぁぁーっ! ちょ、ルクシャナこれ大丈夫なの?」
暴れ馬の背に乗っているような感覚に、ルクシャナにしがみついているエレオノールは思わず彼女の耳元で悲鳴をあげた。
「うるさーいっ! 私だって必死なのよ。二人も抱えて流砂の上でバランスをとるなんてはじめてなんだから」
「恐れ入ります。だから、絶対に離さないでくださいね!」
ロングビルも、ルクシャナから離されれば永遠に死体すらあがらないことを理解しているので必死にしがみつく。
エレオノールにしても、自分の『フライ』だけでは一人分も重量を支えられないから、恥を放り出してルクシャナに頼るしかない。
なお、ティファニアはビダーシャルに守られている。ティファニアは、つい先ほどまで自分の心を奪おうとしていた相手に、
複雑な思いがないわけではない。それでも、あまり愉快な思い出はないとはいえ、しばらくともに過ごして、彼が無愛想で
あっても誠実な人であると思っている。
「しっかり掴まっていろ。手を離したら命の保障はしない」
「は、はいぃ」
目をつぶって恐怖に耐えながら、ティファニアは「この人は信じられる」「この人は守ってくれる」と自分に言い聞かせ続けた。
エルフに対して揺らいだ自分の憧れと信頼。でも、才人やルイズたちはエルフと人間とだってわかりあえるということを
教えてくれた。なら、わたしももう一度エルフを信じてみよう。
だが、砂漠の激震はさらに大きくなり、まるで台風の海の上のように悪化していく。精霊の力のコントロールもしだいに
利かなくなっていき、二人のエルフの力をもってしてもついに限界が訪れた。
「叔父さま。も、もうだめっ!」
「ルクシャナ! くそっ、こんなところで」
先住魔法が解除され、ルクシャナたちは流砂の中に放り出された。
悲鳴をあげるまもなく、液体同様となった砂はあっというまに五人を飲み込んで沈めていく。もがいても、もがくだけ早く
沈んでいくだけで役に立たない。
あっというまに首まで砂に埋まり、口元、目元まで砂が押し寄せてくる。
「死ぬっ!」
もはやこれまでかっ! 誰もが絶望したそのときだった。
突然、無重力感を味わっていた足に重さの感覚が戻り、そのまま押し上げられるような圧迫感を感じた。
錯覚ではない証拠に、視界のはしまで来ていた砂がだんだん下のほうに離れていき、体や手足が砂の上に出てくる。
「なに? どうなってるの……」
砂海の中にいきなり地面が現れたような出来事に、ロングビルは呆然と言葉を漏らした。
見ると、引いていく砂の中からエレオノールやビダーシャルたちも現れる。彼らも多少砂を吸い込んでむせているだけで、
命に別状はなさそうだ。
そして、完全に引いた砂の中から現れたゴツゴツとした地面。いや、うろこで覆われた皮膚を持ち、その大きな背中に
自分たちを乗せている生き物が姿を見せたとき、ティファニアは満面の笑みに顔を染めて、才人から教えられた名を呼んでいた。
「ピーター! あなたが助けてくれたのね」
なんと、砂の中から現れたのは、ティファニアがかわいがっていた、あのピーターだった。流砂がはじまったときに離れ離れに
なってしまって、もうだめかと思っていたが、砂の中を泳いで無事だったのか。しかも砂漠の直射日光を浴びたせいで全長が
二十メートルを超えるくらいにまで巨大化している。
一同を乗せたピーターは、アーハンブラ城、すなわちフォーガスから離れるように泳ぎだした。その体格によって増大した
浮力で、流砂の上をたくみに泳ぐさまはまるで船のようである。ルクシャナは、砂を全身からこぼしながらピーターの上で小躍りした。
「すっごいわ。砂の中を泳げるなんて。こんなことアリィーのシャッラールだって無理よ。世の中には、まだまだいろんな生き物がいるのね」
好奇心の塊のような彼女には、こんな状況でも楽しく映るらしい。しかし、事象におびえて調べることをしなければ、発展も
進歩もありはしない。ルクシャナは、たとえ人からなんと言われようとも、思うままに一直線に突き進んでここまできた。そうして、
誰もたどりつくことのできなかった数多くの発見と、未知の知識を得る喜びを得つつある。可能性とは勇気を持って自分の道を
切り開くこと、よりよき未来、すなわち進化はそこにある。
このピーターだってそうだ。本来海洋生物であったピーターは、砂漠に住める体はしていない。にもかかわらず、流砂に
巻き込まれて、生命の危機に瀕したことで砂中を泳ぐ術を身につけてしまった。こういった例は、低地の草地を食物としていた
動物が、干ばつなどで草地がなくなってしまったとき、それまで一切できなかった木登りをし始めることなどいくつも実例がある。
生き物には元々、生き延びるために自らを変えていく機能が備わっているのだ。
生物はこうして、何度も訪れた大絶滅の危機を乗り越えてきた。困難に直面したとき、自らを鍛え上げて乗り越えていくこと。
これもまた進化だ。進化とは、こうして一歩ずつゆっくりと、あるときは痛みに耐えながらおこなわれていくものだ。
急ぐ必要はない。急がなくとも、自然は必要なときになったら進化を促してくれるし、生き物にはそれに対応する力がある。
しかし、自然に従わない人為的な急激な進化はひずみを呼び、多くの命を危険にさらす。自然を征服せんものとして破壊を
繰り返し、地球を滅ぼしかけた、うぬぼれたかつての人類のように。まして、自分ひとりのために多くの命を生贄にしようと
企むフォーガスの進化は絶対に認めるわけにはいかない。
砂漠の揺れはさらに激しくなり、地中から柱のようにフォーガスの菌糸が飛び出してくる。一本でも軽くピーターを串刺しに
できそうなくらい巨大さだ。エレオノールはひやりとしながら、眼鏡についた砂を拭き取っているロングビルに言った。
「フォーガスが苦しんでるのね。地底で、ウルトラマンがフォーガスの水源を攻撃しているに違いないわ」
「でしょうね。でなかったら、ここまで巨大化したやつが苦しむ理由がないわ」
「ええ、直接見るのはこれで何度目かになるけど、すさまじい力の持ち主よね……お願い、勝って。ウルトラマンA」
エースは何度だって奇跡を起こしてきた。今度だって、きっと彼は勝ってくれる。始祖ブリミル、どうかウルトラマンAに加護を。
エレオノールは、心の中でかつてハルケギニアを救うために命をかけた、ひとりの”人間”に対して心から祈った。
そして同時に、はぐれてしまったルイズの無事も願った。本来ならば、この状況で生きているとはとても思えないけれど、
虚無の力の継承者に選ばれた運命を持つあの子が、こんな簡単に命運が尽きるとは思えない。必ず帰ってきてよ。あなたの
干からびた体をお母さまやカトレアのもとに持って帰るなど冗談ではない。
ただ、もう片方のほうはどうでもいい。むしろサソリのエサになれとエレオノールはけっこうひどいことを思った。
祈りが人知を超えたものに届くかどうか、確かめる術はない。けれど、人事を尽くしたあとの人間にできることは祈ることしかない。
「彼は必ず勝つわよ。私たちの未来が、こんなところで途切れてたまるものですか」
眼鏡をかけなおし、ロングビルはピーターの頭にしがみついているティファニアを見てつぶやいた。
こんな生き物を友達にしてしまうとは驚いた子だ。でも、彼女がピーターと仲良くなってなければ、今ごろは全員砂の底で
ミイラになっているだろう。助けに来たつもりが逆に助けられてしまうとはふがいない。私はいつもそうだ。
彼女の胸中には、以前ホタルンガから助けられたときの記憶が蘇っている。あのときも、死に瀕した私はウルトラマンAや
おせっかいな連中に助けられている。一人で生きて、なんでもできると思っても、肝心なときにはいつも誰かに助けられてばかりだ。
でも、それでいいのかもしれないとも思うようになってきた。人間ひとりの力なぞ、しょせんそんなものだ。誰かに頼るのは
恥ずべきことではない。私は私にできることを精一杯やりつくした。だから、私たちの未来はあなたに託す、ウルトラマンA!
未来を望む人間たちの思いを受けて、エースは限界を超えて戦い続ける。
「なぜだ! なぜそこまでエネルギーを放射して力尽きないのだ!?」
「言ったはずだ。私にはこの星の命運がかかっている。そして私には、お前にはない仲間の支えがある。それがある限り
限界なんてありはしない!」
地底湖の水が水蒸気爆発を起こしそうなくらいに煮えたぎる。地底の巨大な圧力に封印されて、気体に変わることの
できない高温の水が対流を起こして、地底湖は火にかけられた卵の中身のように荒れ狂った。
天井の岩がはがれてどこか遠くへ流されていき、フォーガスの根も次々と千切れ飛ぶ。
もはや、フォーガスが地底湖から水を吸い上げることは不可能になっていた。そして、水源を絶たれたことによって地上の
フォーガスにも影響が出始めた。
「見て、お化けキノコが枯れていくわ!」
ピーターの頭からティファニアが叫んだ。全長一キロにも達していた巨大キノコの傘がしぼんでいき、しおれてどんどん
低くなっていく。明らかに、水分の欠乏を起こしている症状だ。砂漠では、何もしなくても空気中に水分は蒸発し続けていき、
人間でも水分補給をしなければほんの数時間で脱水症状を起こして死に至る。まして、ここまで巨大化したフォーガスは
表面積も広大であるから奪われていく水分も膨大だ。
そして、フォーガスがこうなったということは原因は一つしかない。真っ先に合点したエレオノールが興奮して叫んだ。
「ウルトラマンAが、フォーガスの水源を破壊したに違いないわ。見なさいよあいつのざま、まるで塩をかけられたナメクジじゃないの」
「ミス・エレオノール、その発言は淑女としてどうかと思いますけれど?」
平気でナメクジとか言う淑女は社交界にはいないだろう。ロングビルは忠告したけれど、内心は彼女にほぼ同意していた。
ものには時と場合があり、始終礼儀正しくしていても仕方がない。もっとも、ルクシャナのように公も私もまったく態度を改める
気のないのも困ったものなのであるが。
「完全に吸い上げる水と、失われていく水のバランスが崩れてるわ。これならいける、いけるわよ!」
すでに勝利を確信してはしゃぐ彼女は、まるで子供のようだ。ビダーシャルは平静を装っているように見えるが、ティファニアが
ちらりと横顔を見たところ、なにやら悩んでいるように見えなくもなかった。たぶん姪の将来を心配しているのだろう。
気がつけば、砂漠の揺れも収まってピーターも砂の上に上がっている。どうやら、地底に広がっていたフォーガスの菌糸も
力を失ったようだ。ならば、残るはあのデカブツのみ!
しかし、大きくしおれたといっても巨大キノコはまだその巨体の威容を残している。巨体を活かして内部に水分を溜め込んで
持久戦に持ち込まれたら、いわば種が残るようなものなのでいずれ奴は復活できるだろう。
あと一発、駄目押しの一撃がほしい。
その瞬間、砂漠が爆発して銀色の影が地中から飛び出した。
「ウルトラマンA!」
地底から姿を現したエースの無事な姿を目の当たりにしたとき、歓声に近い声が一同の間から響いた。
すでにカラータイマーは高速で点滅し、エース自身も大きく消耗しているのがわかる。だが、エースは疲労を感じさせない
くらい力強く飛び、フォーガスの頭上に静止すると右手を高く上げた。
「ヘヤッ!」
エースは右手の人差し指と中指を立てた。その指の間に白い閃光がきらめき、強烈無比な熱光線が放たれる。
『ドライスパーク!』
砂漠の日光さえ陽気に感じられるような熱射が巨大キノコを照らし出す。かつて河童超獣キングカッパーの頭上の皿を
干上がらせた乾燥光線が、フォーガスに残った最後の水分をも絞り出していく。
巨大キノコは見る見る小さくなり、とうとう傘が砂漠に崩れ落ちて砂煙をあげた。
「やったわ!」
もうフォーガスには水分は残っていまい。ここまで完全に乾燥させられたら、細胞が破壊されてしまうから再度水分を得た
としても再生は不可能だ。この星を取り込もうと画策したフォーガスの野望は、この星自身の自然によって打ち砕かれた。
だがそのとき、朽ち果てようとしている巨大キノコの内部から十数メートルの大きさのクラゲ状の物体が飛び出した。そいつは
悲鳴のような音をあげながら、一直線に空の上へと飛んでいく。
もしかして、あれは。目の前を通り過ぎていったものの正体に思い当たったルイズは、とっさに叫んだ。
〔追って! 今のがフォーガスの本体よ!〕
〔よし!〕
逃げていくフォーガスを追ってエースは飛んだ。あっという間に成層圏を突破して、空の色が青から黒に変わっていく。
奴め、宇宙まで逃げていくつもりか。エースは追いすがるが、すでに大量のエネルギーを消費しているために徐々に離されていく。
追いつけない。そう思ったとき、エースにフォーガスがテレパシーで語りかけてきた。
〔ウルトラマンA、今回は私の負けだ。だが、私はまだあきらめたわけではない。宇宙のどこかで今度こそ惑星を、いや星系ごと
同化するほどの進化を成し遂げて、いつの日かこの星も吸収するために戻ってきてやる!〕
その瞬間、力が失われかけていたエースの全身にかっと炎が宿った。
「ふざけるな!」
まだ宇宙のどこかの星を自分の欲のための犠牲にするつもりか。これで、わずかでも見逃してやろうと思っていたのも消えた。
どこの星に行こうとも、破壊と不幸を撒き散らすこいつを逃すわけにはいかない。
エース、才人、ルイズの心が一つとなる。
高空に達したことで太陽光が強くなり、瞬間的にエネルギーを吸収したエースの体が強く発光した。
”太陽よ、ありがとう……お前が与えてくれたこの力で、お前の子供であるこの星は守ってみせる”
意識を集中したエースは、エネルギーを解放して空間を歪めた。光速を超え、一瞬のうちにフォーガスの前へとテレポートする!
『瞬間移動能力!』
かつて危機に瀕したGUYSを救うために、地球から月まで移動したこの技ならば、わずかな距離のテレポートなど造作もない。
逃げ場を失ったフォーガスの前に立ちふさがったエースは、一切の容赦を捨てて宣告した。
「フォーガス、私はこの宇宙に生きるすべての生命の自由と幸福を守る。この宇宙から去れ!」
「まっ、待て!」
今さら命乞いをしても遅い。改心するのならばいくらでもチャンスはあった。それを放棄して、あくまでも侵略をあきらめないので
あれば、もはや是非もない。
エースは心を鬼にして、最後のエネルギーを怒りとともに撃ち出した。
『メタリウム光線!』
至近距離からの一撃が寸分の狂いもなく命中し、フォーガスの細胞を破壊していく。宇宙空間では炎は燃えないが、代わりに
余剰のエネルギーが膨れ上がってフォーガスを包み込んで逃がさない。
そして、もう二度とフォーガスが蘇らないように、どこの星も歪んだ進化の犠牲とならないように、フォーガスはその細胞の
すべてを完全に焼き尽くされて爆発した。
「やったわ!」
「思い知ったか!」
燃え上がる炎に照らされて、エースの中でルイズと才人はともに歓声をあげた。
フォーガスの最期、もはや細胞片の一つも残らずに燃え尽きたフォーガスが復活することはないだろう。
ただ、戦いが終わってみればフォーガスも哀れな奴だったとも思う。
進化、より自分を高めていこうとすることは生命にとって重要なことだ。人間のみならず、生き物はみなそうやって過酷な
自然と戦って強くなってきたし、そうしなければ滅びていた。奴は、その本能に誰よりも忠実であっただけ、奴にとっては
この星の生き物は、孤島や深海で何万年も同じ姿で生き続ける生きた化石のように見えたのかもしれない。
しかし、やはりフォーガスのやり方は性急で自己中心的すぎていた。勝利に湧く二人に、エースは静かに告げた。
「二人とも、フォーガスは確かに悪だった。しかしこれから人間が……いや、人々の心の奥にはそれぞれ自分のために、
他人を犠牲にしようとするフォーガスが住んでいる。それを覚えておいてほしい」
「え……?」
才人とルイズは、思いがけないことを語るエースに言葉をすぐに返せなかった。
「金持ちになるために人を騙す。名誉、名声、地位、権力……ただがむしゃらにそれを目指して、あげく悪を働く人間も
数多くいる。しかし、他者を省みずに、ただ欲望を満たすためだけにそれを手に入れたといても決して幸せはこない。
それは人間を見下して、歪んだ進化を妄信したフォーガスとなんら変わらない」
「……」
炎が消えうせ、フォーガスの灰が宇宙塵となって舞い散っていく。塵は、奴が我が物にしようとした星の周りを回り続けて、
いずれは引力に引かれて地表に落ち、ただの土へと返るだろう。星と一体化しようとした奴にとっては皮肉だが、願いが
かなったことになる。
だが、人類も心を失って愚かな進化をたどれば、やがて滅びの道を歩み、宇宙に漂う塵として終わるだろう。
未来は常に不確定。当然、不確定であることは滅びの未来の可能性もある。しかし、可能性はひとつではないことを、
これまでに数多く学んでいたルイズは力強く言った。
「でも、わたしたちがいる限り、ここを絶対にそんなふうにはさせない。フォーガスがバカにしたハルケギニアのみんなだって、
何度も絶対無理な戦いを乗り越えてきてる。それが進歩じゃないなんて、絶対に言わせないわ!」
子が親を慕うように、生まれ故郷に誇りを持つ、ルイズが昔から持っていた気高さだ。ただ、昔と違うことは誇る対象が
トリステインという漠然とした"国"から、人間、大地、空、そこにあるすべてのものに変わっていることだろう。
振り返ると、眼下には青く輝く美しい惑星が広がっている。
ルイズの故郷……いまだ名もなき惑星。地球によく似た、生命にあふれた水の惑星。
「この星空の向こうに、どんな優れた文明を持つ星があっても、一番きれいなのはわたしたちの星だわ。わたしたちは、
ここに生まれた幸運に甘えないで、ここを守っていく努力をしなければいけない。そうでしょう?」
「そうだな。私も、君たちやこの星の人々の持つ心の光を信じていこう。ただし、これから先、もっと強い敵が現れてくる
だろうけど、どんなに強くなりたいと望んでも、心あってこその力だということを決して忘れてはいけないよ」
エースの言葉に、才人とルイズはそれぞれの言葉でうなずいた。
この星の人々は、まだ自分たちが住んでいる星の名すら知らない。けれど、いずれはこの星にもこの星の誰かがふさわしい名前をつけるだろう。
「何回見ても、きれいな星だな」
才人は、久しぶりに見る星の姿に、宝石の美しさなどはわからないけれど、心からその美しさに見とれてつぶやいた。
惑星は以前と少しも変わらない姿でそこにあり、地上の騒乱などが嘘のように輝いている。
だが、人の体の中で悪魔のがん細胞が静かに増殖するように、美しさの陰で星を滅ぼそうとする闇は確実に胎動しているのだ。
「帰ろう。みんなが待ってる」
「ええ」
戦いは終わった。ウルトラマンAは再びハルケギニアの地に帰る。そこに待つ、次なる戦いに備えるために。
フォーガスが引き起こした砂漠の異変はすでに収まり、流砂も消えた砂漠は平穏を取り戻していた。
「おーい、みんなー!」
「あっ! あの子たち。テファ、ちょっと止めて!」
ピーターに乗って砂漠を後にしようとしていた一行と、才人とルイズは合流した。例によって、よく助かったわねと問われたり、
たまたま流砂の外まで流されたのだとごまかしたりしたが、ともかく全員無事だったことが彼らを喜ばせた。砂まみれで顔や
服がひどいことになっていても、ひどい怪我をしている者はひとりもいない。
そして、戦いが終わった今、なにより喜ばしい現実が彼らの前に待っていた。
「まあ、なにはともあれ生きていてよかったわ。ルイズは」
「はいはい、どうせおれはお呼びじゃありませんよ」
「そ、そんなことないですよ。サイトさん、助けに来てくれてすごくうれしかったです」
エレオノールの露骨な態度も、ティファニアのおかげで差し引きはプラスになった。
そう、おれたちはティファニアを助け出せたのだ。その充実感が疲れを消し飛ばし、はるかに勝る満足を彼らに与えていた。
アルビオンからここまでは数百リーグを超え、ハルケギニアを端から端まで来たに等しい大冒険だった。しかも、ガリア王国の
王様を敵に回して、この世界最強の種族であるエルフを相手にして、さらわれたたった一人の人間を救い出すなど、普通は
誰が考えても不可能だと思うだろう。
その不可能を成し遂げた。喜ばないほうがどうかしている。
ただし、少々問題も出てきたようである。才人は、ちらりとティファニアをじろじろと観察しているルクシャナを見た。
「あの、ルクシャナさん? あまりそんなにまじまじと見ないでください」
「そうはいかないのよ。ハーフエルフなんて希少なもの、これを逃したらまたいつお目にかかれるかわからないじゃない!
私はあなたに会いたくて、もういろいろと苦労してきたんだから。だからもっと調べさせてよ!」
「きゃっ! ちょっ、寄らないで、さわらないで!」
「だいじょーぶ、怖くないから、すぐ終わるから。ふーん、耳はエルフと同じだけど瞳の形は蛮人と同じなのね。それに……
ここ! あなたすっごく大きいのね。これも混血のせい? ね? ね?」
「ひゃう! も、もまないで! いゃああぁ!」
ティファニアの嬌声が後ろ頭に響いて、なにやらとんでもないことがおこなわれているようだが才人は見れない。振り向こうと
したならば、目の前のピンク色の鬼からなにをされるか知れたものではないからだ。
代わりの止め役のはずのロングビルはといえば、疲れがどっと出たのか横たわってぐったりしている。エレオノールは、
その方面に関しては驚くべきことにルイズ以下なので、表情からして声をかけられたものではない。殺される。
ビダーシャルは、姪っ子の暴虐を押しとどめるべきなのだろうが静観している。いや、あれは止めても無駄だと思っているのに違いない。
結論として、ティファニアにはしばらくルクシャナのおもちゃになってもらうより仕方ないようだ。しかしまあ、後ろからは
相変わらず「どうしたらこんなに大きくなるの? ね? 作り物じゃないよね?」と、ティファニアのあそこの部分にこだわっている
ルクシャナの声が聞こえてくる。
「ハーフエルフの研究じゃなかったのかよ?」
才人は、あぐらをかいて面杖をつきながら、ぽつりとつぶやいた。もちろん、ルクシャナに聞こえていないのは承知のうえ。
というより、研究欲の塊に見えたルクシャナにも、そんなところにこだわる女の子らしい面があったのかと感心しているのだ。
この旅のはじまりに、ルクシャナは才人に、自分のことが気に入らないなら私を観察してみろ、そう言った。だから観察して
みたら、なんともこんなかわいいところもあったとは。いつの間にか、才人の中のルクシャナへの嫌悪は消えていた。
やがて、砂漠をのしのしと歩くピーターの後ろへと、アーハンブラ城は小さくなっていく。城を覆っていた巨大キノコは風化して
塵となっていき、呑み込まれていた丘の風景が戻ってくる。
その破壊された惨状に、才人は街の人は大変だろうなとつぶやいた。けれどルイズは首を横に振る。
「大丈夫よ。城はあとかたもないし、町もひどく壊れてるけど、人間はそんなにやわじゃないわ。人が戻ってくれば、今度は
町の再建のためにいろんな人が集まってくる。壊れた城だって、資材は高級なものだし見事な彫刻が施されたものもある。
持って行って売り払おうとする商人はわんさかいるでしょうし、城の跡地にはまた誰かが家を建てる。そんなものよ」
「人間って、たくましいな」
ここが交易地として価値があるなら、いつかアーハンブラはもっと栄える都市となって蘇るだろう。そして、もしも人間と
エルフがはばかることなく手を取り合える日が来たとしたら、アーハンブラは軍事要塞ではなく、平和の象徴として歴史に
名を残すだろう。ぜひそうあってほしいと願いつつ、才人たちは砂漠に蜃気楼のように消え行くアーハンブラに別れを告げた。
「では、私はここで行く。ルクシャナ、そのものたちの監視は任せたぞ」
「わかってますって。常時目を離したりしませんよ」
砂漠の切れ目となっている森の端で、才人たちはビダーシャルと別れることにした。ジョゼフが虚無を悪用しようとしている
以上、もはや奴の下には戻らない。彼はこのまま海へ向かい、隠している船を使って海路でいったんサハラに戻ることになる。
帰還後は、ジョゼフとの契約が破談したことなどを報告することになっていた。
「シャイターンの末裔よ。今日はこれで引き上げる。しかし、もう一度警告するが、もしお前たちがシャイターンの門に近づこうと
すれば、我々は全力でお前たちを打ち滅ぼすだろう」
「くどいわねあなたも。頼まれてもそんなものに興味なんかないわよ。それよりも、あなたこそ」
釘を刺してくるビダーシャルに、ルイズはこっちから釘を刺し返した。ルイズとティファニア、二人の虚無の担い手のことが
サハラに知られれば、大規模な刺客が送られてくる危険がある。特にティファニアはハーフエルフであるがゆえに、余計な
憎悪の対象となりうる可能性が大きい。
「その心配はいらん。お前たちについては『依然不明』とだけ報告しておく。我々の中にも、やや過激な思想を持つ者も
いるのでな。うかつに悪魔の末裔を見つけて放ってきた、などと報告したら私もどうなるかわからん。それは避けたいのでな」
「わかったわ。じゃ、道中気をつけてね」
「ん? あ、ああ」
拍子抜けするほどあっさりと納得したルイズに、身構えていたビダーシャルのほうが虚を突かれてしまった。しかし、別に
ルイズに悪気があったり無用心だったりするわけではない。
「なに人を変なもの見るように眺めてるのよ。わたしはね、自分の言い出したことに責任持とうとしてるだけ。人間とエルフが
敵同士じゃないって主張したのはわたし、だからわたしはあなたを信じる。それだけよ」
ルイズの率直だが自信に満ちた言葉に、ビダーシャルはわずかに目を伏せるとゆっくりと答えた。
「自分の言うことに責任を持つ、か。簡単そうに見えて、なかなか実践できるものはいない。蛮人にしておくのが惜しい娘だな」
「ほめてもなにも出ないわよ。それと、あんたにはもうひとつ約束があるんでしょう? それも忘れないでよ」
「ああ、シャジャルのことは調べておく」
ビダーシャルはそう言うとティファニアを見た。彼女は、相変わらず隙あらば観察してこようとしているルクシャナから
隠れて、ロングビルの陰で様子を伺っていた。
なお、ピーターは森に入ると外気温の低下で牛くらいの大きさまで小さくなって、さらにルクシャナの魔法で冷却されて、
彼女の頭にちょいと乗っている。ティファニアは、母の名を聞くと恐る恐るビダーシャルの前に出てきて、ぺこりと頭を下げた。
「ビ、ビダーシャルさん。母のこと、どうかよろしくお願いします」
「約束は守る。どうも気になる名前でもあるしな。君こそ、私が言うのもなんだがルクシャナをよろしく頼む」
「あっはい! どうも、お世話になりました」
「……」
どうもこの連中を相手には調子が狂うとビダーシャルは思う。薬をもろうとしていた相手に、お世話になりましたとは普通は
言わない。それも嫌味ではなく本気で言っているのだから、なおさらである。だからこそ、ルクシャナとはよく合うわけかもしれない。
適材適所というべきかと、ビダーシャルは内心嘆息した。
「やれやれ、これらのめぐり合わせも大いなる意思のたまものだとすれば、我もやっかいな運命を背負わされたものだな」
「こっちじゃ、そういうのを苦労性というんですよ」
「余計なお世話だ」
はじめてビダーシャルがいらだたしげに言ったので、人間一同とプラスエルフ一人は揃って爆笑した。
「さあ、帰ろうぜ。行きより帰りが問題だ」
才人が言って、一行はやってきたガリア王国の方角を見返した。
残るは帰路、先に帰ったタバサやキュルケ、待ちわびているであろうウェストウッドの子供たちにも早くティファニアの無事を知らせてやりたい。
しかし、帰路はジョゼフも軍勢を使って妨害してくるかもしれない。果たして突破がかなうか? それでも、帰るためにはやるしかない。
だが、才人たちとビダーシャルが別れようとしたときだった。ふと、砂漠のほうを見たルイズが、空に奇妙なものを見つけた。
「ねぇみんな。あれ、なにかしら?」
「えっ?」
ルイズの指した先を、一同は目を凝らして見た。なにか、空中に点のようなものが浮かんでいる。鳥……いや、近づいてくるに
つれて、それが鳥よりもずっと大きいことがわかってきた。
「あれは、竜……空軍の竜騎兵だわ!」
シルエットを確認したルクシャナが叫んで、才人たちは身構えた。さらにティファニアに上着をかぶせて、正体がばれないようにする。
なぜエルフの軍隊がこんなところに? 理由はわからないが、ともかく虚無やティファニアのことを知られるのだけはまずい。
ところが、さらに近づいてくるにつれて、その竜騎兵が尋常ではない様子なのが見えてきた。
「なんだ? えらくよたよた飛んでるぞ」
「よく見たら、背中のエルフもぐったりしてるし、あれ落ちるんじゃない?」
はたして、才人とルイズの危惧したとおりになった。竜騎兵は砂漠を越えたことで力尽きたように森の上に落ちていく。
このままでは、下手をすれば森の木に串刺しになってしまう。ビダーシャルは森の木の精霊に命じて、枝を伸ばして竜騎兵を
受け止めさせ、一行は急いで不時着した竜騎兵に駆け寄った。
「おい、大丈夫か!? おい!」
墜落した竜とエルフはまだ息があった。両方とも、ひどく消耗しているが傷はないところから、原因は疲労らしい。この砂漠を、
休憩なしで真昼間に横断するとは無茶なやつだ。
彼は若い男性の兵士で、人間に囲まれていることでいったん狂乱しかかったが、同族のエルフがいると知ってようやく落ち着いた。
「君は本国艦隊の、その所属標は第一艦隊のものだな。私は評議会議員のビダーシャルだ。どうして空軍のものが、こんな場所にいる?」
「おお……ビダーシャル殿……こ、こんな場所で会えるとはまさに奇跡。大いなる意志よ、感謝します」
彼はかすれた声をようやく絞り出した。水筒の水を飲ませてやると、むせながら飲み込む。エルフの魔法は傷は癒せるが、
疲労までは回復することはできない。ビダーシャルと才人たちは、彼が落ち着くまで待つと、あらためて問い直した。
「どうやら、私に用件があるようだが、なぜ空軍の竜騎兵が危険を冒してやってくるのだ? 定時報告ならば、伝書の
ガーゴイルですませられるだろう」
「はっ! そ、そうでした。た、大変なのですビダーシャルさま。すぐにサハラにお戻りください。テュリューク統領閣下からの
伝言です……竜の巣が……いえ、シャイターンの門が……奪われました」
「な……なんだと!」
ビダーシャルはいったん我が耳を疑うように硬直し、すぐに声を荒げて兵士に詰め寄った。
「シャイターンの門が、奪われただと!? いったいどういうことだ!」
兵士の胸倉を掴んで怒鳴りつけるビダーシャルに、常の冷静な姿はない。あまりの剣幕に、才人たちが止めようとしても
治まる様子はなかった。だが、ビダーシャルだけでなく、エルフなら大抵がこうなっただろう。ルクシャナも、取り乱しこそ
しないが顔を青ざめさせている。
「竜の巣は、常に水軍の一個艦隊が監視していたはずだ。それを突破されたというのか!? いったい誰に、誰に奪われたというのだ!」
「あ……悪魔、悪魔です」
「なに……?」
悪魔……それは、いったいどういう意味だ? あっけにとられているビダーシャルたちに、彼は震えながら語り始めた。
「数日前のことです。いつものように、水軍が竜の巣の周辺を哨戒していたところ。突然、鯨竜が暴れだし……」
竜の巣とは、エルフの地サハラの洋上にある群島である。
普段はエルフたちもほとんど見返すことはなく、水軍の関係者でもなければ忘れているであろうこの場所で悪夢は始まった。
エルフの水軍は、鯨竜というクジラに似た生き物を改造した軍艦を使っているのだが、その鯨竜が竜の巣に近づいた
とたんに暴れだしたのだ。
「これは、どうしたことだ! なんとかおとなしくさせろ!」
艦長が怒鳴っても無駄だった。兵士たちが長年の経験からどうしようとしても、鯨竜たちは暴れ続けて舵が利かない。
まるで、なにかにおびえているようだという報告があがってくるのみだった。
そして……
「なにかにおびえているだと? この海洋で、この鯨竜艦よりも強いものなど……」
「あるさ、私だよ」
突然艦橋に響いた声に、艦長や艦橋のクルーが振り返ると、そこには黒いマントを羽織り、黒服と黒い帽子をかぶった
異様な風体の初老の男が立っていた。
いつの間に!? 艦長たちは戦慄した。この鯨竜艦の艦橋に、こんな奴が現れるのをなぜ誰も気づけなかったのだ。
「貴様、何者だ!? どうやってここに忍び込んだ?」
クルーたちは銃を男に向け、魔法もいつでも撃てるように身構える。しかし男は、十人近い武装したエルフに囲まれていると
いうのに動じた様子もなく、群島を望んでニヤリと笑った。
「竜の巣……お前たちは、ここをそう呼んでいるな? だが、お前たちはここの本当の価値を知らないようだ。くくくく……」
「な、なにをわけのわからんことを言っている! 貴様蛮人だな。撃て、かまわんから撃ち殺せ!」
男に得体の知れない恐怖を感じた艦長は射殺を命じた。しかし、放たれた弾丸は一発もその効力を発揮することはなく、
男の直前で壁に当たったようにはじき返されてしまったのだ。
「なっ! これはカウンター!? い、いや……精霊の力は感じない。それどころか、な、なんだこのどす黒い気配は!」
「ふふふ……そんなもので私は殺せないよ。さて、諸君には我が復活の祝いと、世界滅亡の序曲を聞く栄誉を与えよう。
さあ、開幕だ!」
男が高らかに宣言し、手を空に掲げた瞬間異変は起こった。
突如、空に暗雲が立ち込め、周囲が昼間だというのにどんどん暗くなっていく。さらに、海は荒れて鯨竜たちは狂ったように叫び始めた。
「あ、雨が……そんな、さっきまで晴れていたのに」
「まさか、天候を操っているというのか! そんなバカな……い、いったい貴様は何者だ!」
艦長も、クルーたちも恐怖に青ざめて、震えながら男に叫ぶ。そして、男は振り返ると、この世のものとは思えないほど
邪悪な笑みを浮かべて、空に向かって手をかざした。
「我が復活のときは来た! さあ、降り注ぐがいい死の雨よ! いでよ我が怨念の化身! 復讐の使者、超獣よ!」
空が割れ、真っ赤な裂け目の中に巨大な影が現れる。史上最悪の侵略者が、再びこの惑星に降り立った。
続く
#navi(ウルトラ5番目の使い魔)
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