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 パーティー会場から人が去り始める頃合になっても、 
 ウェールズは端のテーブルに座り、会場全体を漫然と俯瞰していた。 
 そんな皇太子に、ヴィオラートが声をかける。 
 「ウェールズさん、ちょっといいですか?」 
 「君は確か…ラ・ヴァリエール嬢の使い魔だね。使い魔でメイジとは珍しい」 
 ウェールズはさっとヴィオラートを値踏みし、おどけた調子で質問を発する。 
 「冥土の土産に聞いておこうか。貴女はどの程度の実力を備えているのかな?」 
 「土のスクエアクラスで…マジックアイテムとか作ったりします」 
 「ほう、それは素晴らしい。トリステインにはかくも有能な人材が揃っているのか」 
 皇太子は嘆息するように言って、付け加えた。 
 「呼び名は、何と言うのかね?」 
 ヴィオラートは待ってましたとばかりに笑みを浮かべて、 
 「じゃじゃーん!よくぞ聞いてくれました!」 
 芝居がかった口調で名乗りを上げる。 
 「故郷の精神が土を通して形になった!濃縮還元『にんじんのヴィオラート』とお呼び下さい!」 
 ヴィオラート会心の名乗りであった。少なくともヴィオラート本人は本気でカッコイイと思った。 
 
 
 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師23~ 
 
 
 王子は笑った。酒と疲れ、高揚した気分がたがを緩めたのか、受けに受けた。 
 笑いの涙をにじませながら、ようやく呼吸を整えて話を始める。 
 「で、そのにんじんのヴィオラート殿が私に何の用かね?」 
 ヴィオラートは少し首を傾げ、重大な秘密を打ち明ける決意が見て取れる顔で囁く。 
 「ワルドさんが…複数存在する件について、ご存知ですか?」 
 ウェールズはちょっと考えるような仕草をすると、逆に問う。 
 「複数…風の遍在か?意思の力で自らの分身を創り出す、という…」 
 「その通りです。あたしは、もう一人のワルドさんと戦いました」 
 はっきりとそう言い放つヴィオラートに、王子は訝しむ様な視線を向ける。 
 「それは…彼が遍在を利用して何かを企む、言ってしまえば敵であると。そう言いたいのか」 
 ヴィオラートは肯定し、はっきりと核心に触れた。 
 「失礼ですけど、こういう状況で結婚式をするのって…どうなんでしょう?」 
 「…」 
 「ワルドさんは、婚約者だって言ってました」 
 「私もそのように聞いている」 
 「でも、それならどうしてご両親が参加できない結婚式をするのかな、って」 
 そこに至ってウェールズもようやく、この結婚の不自然さに気付いた。 
 「その通りだ。子爵はなぜ…」 
 「戦争の準備のせいで、参加できるのはあたしと殿下、ルイズちゃんとワルドさんの四人だけです」 
 「四人…それで?」 
 「ワルドさんが敵だったら、どうなるんでしょう?」 
 その瞬間、皇太子は己の身の危うさにようやく思い至る。 
 「ワルドが、この私を…」 
 「はい。今ここで結婚式を行い、ウェールズさんを招く理由はそれしかないと思います」 
 蒼ざめた顔で、皇太子は席に着き直した。戦場で散るのは望むところだ。 
 しかし、罠に嵌って暗殺された…では、栄誉ある敗北を喫する事もできない。 
 「疑うに足る理由があるのはよく分かった。しかし、それをどうやって証明できる?」 
 既に、皇太子の心はヴィオラートの主張に傾きかけていた。 
 「ご心配なく。ちょうど良い品があるんです!」  
 バッグの中から取り出されたのは一冊の本。 
 「これは、遍在を消し去る魔力の込められた『ラアウェの写本』といいます」 
 大部分の真実の中に、ほんの少しの嘘を散りばめて。 
 「あたしの、傑作です」 
 ヴィオラートはそう言って、ウェールズに不敵な笑みを見せる。 
 
 
 何かが、音を立てて回り始めた。 
 
 
 翌朝。ルイズとワルドは、始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂で皇太子の到着を待っていた。 
 ルイズは半ば自暴自棄な気持ちで、ワルドとの結婚を受け入れると既に決めた。 
 「結婚式の準備をしようか」 
 ワルドはそんなルイズの頭に、アルビオン王家から借り受けた新婦の冠をのせる。 
 魔法の力で永久に枯れぬ花があしらわれ、なんとも美しく清楚なつくりであった。 
 
 扉が開き、皇太子が姿を見せる。しかし、それに続いてヴィオラートも姿を現した。 
 「これはこれは…貴女にご参列いただけるとは光栄の極み」 
 ワルドが仰々しい礼をとり、ヴィオラートの参列に謝意を示して、 
 「はい。ご主人様の結婚式に、参加しないわけにはいきませんから」 
 ヴィオラートが、形式的な答えを返す。 
 ルイズは、そんな二人のやりとりを諦め顔で眺めていた。 
 
 皇太子が進み出て、始祖ブリミルの像の前に立つ。 
 そして、さて、と前置きした上で、ワルドを見据えた。 
 「一つ確かめたいことがあってな」 
 皇太子のその言葉に、ワルドの眉がピクリと反応する。 
 「…確かめたいこと、とは何でしょう?」 
 ウェールズはヴィオラートに目配せし、 
 「例の物を」とだけ呟く。 
 前に進み出たヴィオラートは懐から本を一冊取り出し、何やら解説を始めた。 
 「はい、これは『ラアウェの写本』と言って、風の遍在を一撃で倒すマジックアイテムです」 
 「ほう、そのようなものがあるのか」 
 「はい。あたしのお手製で、土の力がいっぱい込められてます」 
 「…?」 
 ワルドとルイズは意図が読めずに、ヴィオラートとウェールズのやりとりを見つめる。 
 「出来の悪い遍在なら存在そのものを消滅させ、本物と見分けのつかない、出来のよい遍在なら」 
 そこで、ヴィオラートはワルドに自信たっぷりの笑顔を見せ付け、 
 「昏倒。いずれにしても、それが遍在であるなら運命は決まったようなものです」 
 ヴィオラートはほとんど嘘をつかず、自分の伝えたい情報だけを全て他の三人に伝えた。 
 ただ一点、それが人間にも効果のある、精神を削る武器であるという事実を除いては、だが。 
 その事実を知っているのはこの世界でヴィオラートただ一人。ゆえにヴィオラートは、 
 ワルドが遍在でも本体でも、そこにいるワルドを遍在と決めつけることが出来る。 
 …ワルド以外の人間に向けて使わなければ、人間にも効果があるという事実がばれる事は絶対にない。 
 
 ウェールズが信じた時、既にヴィオラートの勝利は確定したと言ってよかった。 
 ルイズはおそらくヴィオラートがルイズを騙す事自体を想定していない。 
 ワルドには自分が土のスクウェアであると告げ、敵意を持っていることを言外に悟らせ、 
 ご丁寧にマジックアイテム製作が得意である事まで知らせておいた。だから、例の決闘と合わせて、 
 ワルドはヴィオラートを戦闘向きではないがマジックアイテムの製作が得意なメイジであり、 
 ワルドに敵意を持っている油断できない相手である、と思っていた。 
 少なくとも、その本が強力なマジックアイテムである事は瞬時に理解した。理解してしまった。 
 それがヴィオラートの、敵を始末する陰謀であるという事も…中途半端に気付いてしまった。 
 
 「さあ、それじゃあ、始めるよ!」 
 ヴィオラートが本を開くと同時に、ワルドの足元、地の底から何かが湧き出る。 
 食らえば致命的な神聖文字の塊。危機に対応したワルドの戦士としての感覚が、反射的に自分の体を守る。 
 
 ワルドは全力で、湧き出した神聖文字のらせんを避けた。 
 
 「子爵…!」 
 「ワルド?」 
 ウェールズとルイズはそれを見て、ヴィオラートの仮説が証明されたと思い込む。 
 「嘘、嘘よね?あなたが、ここにいるあなたが『遍在』だなんて!」 
 動揺するルイズには、ウェールズたちを疑う事など土台無理な話だったろう。 
 ウェールズとルイズはその本が「遍在を消し去る効力のマジックアイテム」だと信じていた。 
 ヴィオラートと儀礼的な冷戦をしていたワルドだけが、今になってそれが嘘である可能性に気付いたが、 
 今の状況でワルドが何を言っても言い訳としか取られない。 
 ヴィオラートは、ワルドに不正解しか存在しない選択肢を与える事に成功したのだ。 
 
 「こうなっては仕方がないな」 
 完全なる敗北を悟ったワルドが閃光のように素早く杖を引き抜き、呪文の詠唱を完成させる。 
 そして、皇太子に向かって風のように身を躍らせ、その胸を刺し貫こうとするが… 
 神聖文字の列が瞬時にして皇太子とワルドの間に立ち上り、ワルドの思惑を叩き潰す。 
 ヴィオラートから縦に伸びる神聖文字の嵐と、ルーンと、写本。 
 その全てが、同じ色の輝きで礼拝堂を照らし出す。 
 
 ヴィオラートの内に潜む陽気な悪魔が、状況の全ての支配を完成させた。 
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