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#navi(虚無と最後の希望)
level-27「芽」
『同等のサイズでの有機生命体としては異常な身体能力です、一部の能力値だけで見ればエリートやブルートをも凌駕しています』
ブリッヂにてモニター越しにカッターと話すアンダース教授。
作戦の為編成していたスパルタンとODST大隊が解散してから一時間、アンダースから連絡が入った。
『筋繊維の密度が非常に高く、正確な筋力測定が出来るならば驚異的な数値を弾き出すでしょう。 そのため膨れ上がった筋繊維が各関節の可動範囲の低下を招き、人間と同じ動きは十全にこなせないでしょう』
肥大化している筋肉と筋肉が干渉し、腕や足の間接が一定以上曲がらないなど弊害。
だが瞬発的な動作を可能とする速筋が多い上、持久力に富んだ遅筋も多く見られるとのこと。
しかし流石に人体強化手術を受け、さらに身体能力の向上と防御力を上げるアーマーを着たスパルタン相手では力不足。
さらには三対一、エリートやブルートの中で非常に優れた者たちでも早々勝てないだろう。
『それに皮膚も異常なほど厚く、強靭で柔軟性に富んでいます。 恐らくは威力の弱い銃弾ならば皮膚で止められるでしょう、睡眠導入薬の銃弾が弾かれた原因もこれです』
つまり時間限定ではあるが素早い動きも出来、強力な膂力と持久力と耐久力を備えていると言う事。
足を止めた殴り合いで絶対に当たると言う条件ならば、アーマーを着込んでいるスパルタンやエリート、ブルート相手でも殴り勝ってしまえるとアンダースはカッターに告げる。
無論そんな出来すぎた状況などありえませんが、とも付け加える。
『見た目の通り知能のほうは余り高くはないと思われているかもしれませんが、片言ですが人語も操っています』
人間ほどではないが言葉を操り、道具を利用する牛頭の知能は低いと言えるほどではない。
この身体能力で人間並みの知能を持てば、かなりの戦闘能力を有することは明白。
「教授、この原生生物が普遍的に存在していると思うか?」
『なんとも言えません、推測するにしても情報が少なすぎます。 この森に限定したとしても最低で森林全域を調査しなければ信用できる統計を出せません、ですが調査を行うだけの人員や時間もないかと』
ごく普通に、広い範囲で生息していれば厄介な事この上ない。
その上それを調べる時間も無い、それでも調べる事を選べば動きが必ず大きくなってしまう。
『生息数は少数かもしれませんし、多数生息しているかもしれません。 火器無しでの対応は非常に難しいでしょう、ですが……』
確かな事は言えない、だが多くても少なくても火器を有さない一個体としては非常に危険な生物。
三対一だったとは言え、スパルタンでも素手で戦うのは避けたほうが良い存在。
だが火器、それこそハンドガン一丁でも十二分に対処できるとアンダース。
『それにこの惑星上の人間は駆除方法を持っていないとは考えられません、現にあの非科学的な魔法とやらは脅威に値します』
隔離施設がない艦内でバイオハザードを起こさないよう、アンダースが居るその部屋に通じる通路に気密を保つよう隔壁を下ろされた場所。
もし何かあった時の為に傍に宇宙服にもなるアーマーを着たスパルタンを控えさせ、その部屋から科学防護気密服を着たアンダースは答える。
竜巻や巨大な火の玉、氷で出来ている矢の雨など戦術兵器に匹敵する。
流石に戦車やバルチャーほどではないが、一個人が可能とする攻撃としては破格の威力と範囲。
魔法を使用するために必要なものは? 連続で撃てるのか? またどれだけの種類があるのか? そんな疑問は尽きない。
「確かに……。 教授、この機にこの惑星の人間と接触しようと考えているのだが、教授はどう思う」
『……本来なら十分な観察期間が欲しいところですが、余りゆっくりしている時間は無さそうですね』
「そうだ、やれる事は出来るだけやっておきたい、彼らが戻ってくれば動きにくくなるだろう」
『確かに、リスクを恐れていては何も手に入らないでしょう。 ですがまず接触する相手を僅かながらでも調査してからのほうがより安全かと』
「行動範囲は広げる、特に通信可能距離に重点を置くが、この惑星の人間の情報もある程度の欲しい。 調査の人員を選定しなければならんな」
『それならば、戦闘を想定して軍事的な行動も必要になるかもしれません。 向こうが話し合いに応じないなら、ですが』
「コヴナントとは同じでなければいいが」
何はともあれ、広域での行動の生命線とも言える通信を何とかしなければ満足に動く事すら出来ない。
「セリーナ、今現在周囲に人影はあるか?」
『識別不能です、こちらをご覧になれば一目瞭然かと』
そう言ったセリーナは、スピリット・オブ・ファイア搭載の各種複合センサーにて広域を調べた情報を映し出す。
「……見分けが付かんな」
カッターが見るのは艦周囲の動体反応や熱源など、それらを統合して『生物と思わしき』反応が表示されたモニター。
画面全体に数十にも重なる黄色い点で全く持って判別できない、割合としては黄色の光点が6、反応がない箇所が4と言ったところ。
探査範囲を狭めても『人間かどうか』の判断も難しい。
「人間が出しえない速度や小動物などは除外したか?」
『既にフィルターを通しています、それでこの数ですから犬頭や豚頭がかなりの数が存在しているのでしょう』
艦の周囲500メートルの端に百以上の数の光点が点滅していて、スパルタンやODSTが降りる前よりも数が増加していた。
『光学観測で犬頭と豚頭は何度か捉えましたが、この惑星の人間は団体が引いてからは確認していません』
「………」
カッターは考える、確かに情報を集め敵対されるかどうかの確認だけはしておきたい。
それを行うには通信距離の拡大を図る必要がある、つまり動くにしたらなんにしても通信を確保するのが先。
「podは流石に無理か……」
カッターが呟いたのはpod重輸送機、スピリット・オブ・ファイア両舷に固定されている簡易軍事基地の運搬から設営させる為の大型輸送機。
人や資材を運ぶ普通の輸送機とは違い、基地と言う建物をそのまま運ぶ航空機。
短時間かつ簡略的に防衛から車両や航空機を製造できる基地を設営できる為、慣らされた広いスペースが必要となる。
出来るだけ平坦で岩や木が無い空間、今現在の森の中であるためにそのような場所は存在していないしその空間を作る時間もない。
となれば。
「セリーナ、艦周囲に中継器を設置する。 ペリカンを用意、護衛機にホーネットもだ」
「了解、各員に通達します」
決断したカッターは、セリーナからモニターのアンダースに視線を戻す。
危険を恐れていては手詰まり、戦闘をしなければいけなくなる可能性も大いにある。
出来れば艦が攻撃に晒されず、長期間コールドスリープにつける猶予が欲しい。
次善ではやはり戦闘を行う事無く、帰還できないのであればこの惑星の知的生命体と友好的に過ごせるようにしたい。
「難しくともやらねばならんな」
でなければ、死んで逝った者たちに申し訳が立たない。
薄暗いブリッジでカッターは腕組みをしてそう考えていた。
その後、埋没式の通信電波中継器をいくつものペリカンに積み込み、護衛機のホーネットを伴って空へと飛び立っていく。
セリーナが最適な位置を割り出し、そこに次々と設置していく。
その設置作業全てが順調、と言うわけも行かない。
ペリカンから投下される中継器が天井を作る木々の枝などで軌道がずれ、岩の上に落下したり太すぎる木の根で傾いたり。
設置ポイントを確保する際に、どこからか現れ襲ってきた犬頭の群れとの戦闘。
そうして一人の男、部隊長が叫んだ。
「火器使用自由!」
ODST隊員が一斉に掃射を放ち、瞬く間に犬頭の群れは屍を築き上げる。
コボルトたちは侮っていた、自分たちの縄張りで空を飛び大きな音を立てるモノから降りてきた人間たち。
黒い鎧などで身を固め、縄張りを動き回る愚かな毛無しザルどもを殺しつくしてやろうと。
そうして動き出して襲い掛かる、だが現実はコボルトたちが理解できない状況を作り上げていた。
黒い兜と鎧で身を固めた人間たちが持つ短い鉄の塊の先から鈍い音がした瞬間、群れの一角が崩れ去った。
僅かな出血と倒れていくその状況、見る間に減っていく群れ。
この森で弱者に入るコボルドを率いたコボルド・シャーマンは優れていた、弱肉強食の掟に従ってコボルドの群れを大きなものへと拡大させる事が出来た。
己が指揮を取ってオークなどを打ち倒してきた、そう自信を持つだけの戦いを経験してきた。
だからこそ生まれた慢心、耳障りな大きい音を立ててうろつく奴らを叩き潰してやろうと。
だが目の前にした相手は次元が違う、この惑星上では存在しないだろう強力な武器を持った文明人。
可笑しな形をした金属の塊から奇妙な音が鳴った瞬間には、ばたばたと前衛のコボルドたちが倒れていく。
その光景を見て統率者であったコボルド・シャーマンが慌てつつ報復の魔法を放つ、それは稲妻と呼ばれる精霊魔法。
人間のメイジが使う高位の風魔法と同名の、スクウェアメイジが使用するライトニング・クラウドに勝るとも劣らない電撃がODST隊員たちを貫いた。
眩い閃光を放ち一瞬で距離を埋めコボルドの群れから一番近かった隊員を貫いた後、次々と伝播して打ちのめした。
稲妻が通り過ぎて僅か一秒、ぐらりと隊員たちが倒れ伏す。
それを見てコボルド・シャーマンは精霊魔法の威力に慄き愚かな人間たちは逃げ去るだろうと、つい先ほど起こった光景を考慮せずに考えた。
そんな何の確証も無い考えの代償はコボルド・シャーマンの命、それはODST隊員たちが放った弾丸の雨。
短機関銃やサプレッサー付き拳銃から放たれ、腹、胸、そして仮面を被る頭を貫いて絶命させた。
血を流して倒れる群れの長、そしておかしな音と共にバタバタと倒れた仲間のコボルドたち。
その異様に生き残っていたコボルドたちは慌てて逃げ出すも、誰一人一匹も逃げられる事は無く、真夜中の森に抑制された銃声が何度も鳴り続けた。
数分と経たず犬頭の群れを殲滅して戦闘が終了し、すぐさま倒れるODST隊員たちに駆け寄って無事かどうか確かめるも。
稲妻に撃たれた五人のうち、順番に撃たれた最初の二名は既に事切れ、残る三人も意識が無く拙い状態だった。
出来るだけ早く倒れる隊員たちをペリカンへと引っ張り上げ、救命活動を行いながらもスピリット・オブ・ファイアに帰還して救護室に送り込む。
だが結果は空しく、事切れていた二名は蘇生する事無く、さらに三番目に稲妻に撃たれた隊員も命を落とした。
残り二名は意識を取り戻すも、随意運動への影響や熱傷などの負傷で最低でも数週間は動けない状態だった。
傷付いた者はそれだけではなかった、他のポイントに設置しに行った隊員たちもなんらかの原生生物に襲われて負傷者と死傷者が二桁に及んだ。
戦いとなれば全滅も良くあるコヴナント、エイリアンたちとの銃撃戦よりも被害は圧倒的に少ないが、それでも被害は被害。
この報告を受けたカッターはすぐさま慰霊の葬儀を行い、療養中のクルーを見舞った。
中継器設置作戦の成否を問えば成功と言える、予定した数の九割以上は設置に成功した。
ODST隊員の尽力により通信可能距離は一気に増大し、艦の周囲百キロ余りの拡大を図ることが出来た。
その後通信可能距離が拡大し、時間が無いと仮定して動く。
二日、三日と時間が経ち、順調に設置が完了していく。
その中で懸念にあったこの惑星の人類、その姿を一行に見せなくなったのが非常に気がかりと言えた。
何故再度調査に来ないのか、向こう側から見れば巨大すぎる未知の物体を放置しておく理由は無いだろう。
考えられる理由が調査団の協調性の無さ、一国のみの調査団ではないことは簡単にわかった。
複数の国から派遣された調査員がこの土地を治める調査員と揉めた、あるいはその上位である国同士のいざこざになった可能性もある。
それを確認できるだけのものが無い、軍事衛星でもあれば打ち上げるのだが、その役割は本来スピリット・オブ・ファイアが負う役目。
衛星軌道上から支援を行う存在が、地表で横になっているなど意味が無い。
よって出来るのはペリカンなどの航空機で大気圏まで上がって、地表を映像で捉える位しかない。
あるいはこちらも原住民に扮して接触していく、その位しか選択肢が無い。
光学映像で人の姿を確認できないとなれば、ある程度派手に動いても目を付けられにくいのではないか?
無論派手と言ってもMBTの主砲や航空機のスパロウホークが持つレーザーを撃ち放ったりする訳ではない。
人員や物資の輸送に使うペリカンの推進噴射光や音の事で、恐らくはこの惑星の人類が目撃するにはそれなりの距離に近付かなければならない。
音はともかく光を発しない、数名の人員輸送でならスパロウホークでも出来る。
徒歩による森を横断、と言うのもあるが流石に危険すぎる。
森は広大で航空機を用いなければ軽く数十日は掛かると予想される、人命と帰還の両方を取らなければならないために徒歩で横断などは決して選べない。
そうしてカッターはアンダース教授などと相談して今後の活動方針を決めていき、ついには森の外まで通信距離を伸ばして夜な夜な発見した村などに偵察を送り込む。
会話の盗聴から生活水準などの観察、プライバシーを覗き見るような事を行った末に多くの情報を掴んだ。
この大陸の名称はハルケギニア、国は大小さまざまに別れこの土地を治める国はトリステイン。
西の海上には空に浮かぶアルビオン、東にはゲルマニア、南にはガリア、そのガリアの向こう側には寄り集まった都市で国を構築するロマリア。
「宗教国家か、拙いな」
そう呟いたカッター、地球人類にとって宗教を立てる存在には苦い記憶しかない。
神の啓示か異端は滅ぼさねばならないと、宗教的、軍事的連合であるコヴナントとの戦いにより地球発祥の人類はその数を激減させた。
その戦争による死傷者は数百億に上るとされ、如何に地球人類が劣勢であったかを示す一つの情報であった。
この惑星が地球人類の殖民星で無い以上、明らかにスピリット・オブ・ファイアの人員は異星人。
願う神が違い、それを理由に攻撃されるかもしれないのが非常に拙かった。
『難癖を付けてくる可能性は大いにありますね』
セリーナの言葉にカッターは同意しか示せない、実例がある以上楽観は出来ない。
結局は大々的な接触は極力控え、情報収集の後に密かに国の権力者に接触するか、あるいは自身らの存在をひた隠して救助を待つか。
調査団が来なくなったからといってゆっくり待つのも下策であろう、能動的に動かなければ拙い事になりかねない。
「調査は続行だな、それと車両や航空機の現状はどうなっている?」
『墜落の衝撃で全体の67%が使用不可能の域に達しているとの報告があがっています、損壊した物から部品取りをすれば10%ほど低減するものと思われます』
全体の67%、損壊した車両や航空機から部品取りすれば57%まで減る。
それでも半数以上が使用出来なくなっていると言う事実、まだ半数ほど使えるか、半数も使えないのか、どちらを取るかで変わる。
その中でカッターはまだ半数も使えると取った、墜落の衝撃は凄まじいの一言であったのに、約半数も使用出来る状態になると言うのは行幸の他ならない。
「……そうか」
小さく頷くカッター、これが幸運か否か、それは時が来るまでわからない。
そんなカッターの思惑、懸念したことも起こらず時が進む。
次々と広がる通信範囲網、そしてその範囲内に捉える集落や村、潜んで行われる情報収集。
積もる情報は決してスピリット・オブ・ファイアの人員の為にならないものが多かった。
まず一つ目が支配階級制度、貴族と平民に分けられ、隔絶した力の差がある。
貴族は平民から一方的に搾取し、平民はその貴族が扱う魔法を恐れて反抗など行わない。
貴族に命じられれば平民は従うしかない、区分すれば艦長であるカッターを含め、スピリット・オブ・ファイアの人員皆平民に相当する。
さらに魔法を至高としている為、魔法を使えぬ我々に対して高圧的に接してくる可能性がある。
接触した際にスピリット・オブ・ファイアを明け渡せなどと歯に衣着せぬ物言いで強要してくる可能性が大いにあった。
無論明け渡す理由もない、スピリット・オブ・ファイアは国連宇宙軍所属の戦艦、渡せと言われて渡せる権限など艦長であるカッターは持ちえていない。
当然それを拒否する事となり、相手がそれに憤慨し、武力行使で来る可能性もあるのだ。
そうなれば起こるのは戦闘、戦いに来たのではなく帰る手段を探しているだけなのだから当然そんな事態は避けたい。
二つ目、やはりと言うか、このトリステインを含む多くの貴族はブリミル教徒。
複数の国で国教とされ、南のロマリア連合皇国に最高権威である宗教庁を置いた、この大陸でもっとも強力な権力を持つ。
大国の王でさえ抗うのが難しいのではないかと、そう思うほどの強権を保持しているらしい。
もし接触して何らかの理由で宗教庁から異端認定を受けてしまえば、その瞬間この大陸にある国々が全て敵に回ると言う最悪の事態になりえる。
カッターはそこまで考えて、本当に接触する意味があるかどうか考え直す。
知れば知るほどこの大陸にある国々の体制は、スピリット・オブ・ファイアの乗員にとって良いものではない。
科学技術、特に機械技術はまったくと言って良いほど見られず、恐らくはこの惑星の人類は宇宙航行は不可能だろう。
この大陸以外でも人類は存在したが、同様に機械技術は見られなかった。
エルフが居ると言われるサハラ、それより東にある国々、そしてこのハルケギニア、高高度からの観察だけではあるがどれも科学技術が見られなかった。
「………」
カッターは瞼を閉じ、物思いに耽て。
「現時刻を持って全工作兵、及び観測兵を艦に帰還させろ」
『全員ですか?』
「全員だ」
『アイサー』
瞼を開いたカッターは命令を下す、この惑星の人類には接触しないと決めた。
「自力での帰還は不可能と判断し、救助を待つ。 整備兵は長期間車両や航空機を使用出来るようにシフトを組んで整備させろ」
『コールドスリープですか?』
「そうだセリーナ、お前も眠ってもらう」
『了解、管理プロトコルを構築後、艦長の了承を得て待機状態に移行します』
艦載A.I、無機物で構成される電子の存在。
一見半永久的な存在に見えるA.Iであるが、物理的、技術的な問題で存続できない、いわゆる『死』が訪れる。
特にセリーナなどのスマートA.Iと呼称されるタイプは、その優れた性能ゆえ己を圧迫し、最終的には機能停止にまで進んでしまう。
物理的な問題である情報処理スペースの不足、膨大な情報により加速度的に増加していく、人間の神経接続を模したリンクの増加による圧迫。
そうなると明らかな処理速度の低下、終には情報処理が出来なくなり機能停止にまで陥る。
それを回避する術である予防的神経接続切断があるが、要は自己が保持する情報の破棄と言うべきだろうか。
それを行って機能停止を防ごうとするが、その回数が増えていくと切断するべき箇所を誤り始める。
動物で言えば『疲労』、A.Iは疲労、疲弊して判断を誤り結果的に機能停止、それを防ぐために自己停止に至る。
処理スペースが無限であるならば、リンク数は幾何学的に増加し続け、稼動出来るエネルギーが供給され続けるなら不滅と言える。
だがこの世に無限など存在しない、故に無機物のA.Iであろうと避けられぬ死が訪れると言うわけであった。
そしてそのスマートA.Iの死が訪れる期間はおおよそ七年と言われている。
コールドスリープで人間が何十年と眠り続けて、セリーナだけ動き続けていればすぐにでも限界が訪れ、自己停止や機能停止に至る。
カッターはその深くまでは知らないが、そう遠くない時にセリーナは停止する事を知っている。
セリーナもそれを理解し、今セリーナが機能停止に陥らないよう、コールドスリープと同じように掛かる負荷を停止させるように命じた。
それからの行動は早い、トリステインに散っていた兵員が続々と戻る中、数人が任務の継続を願い出ていた。
「……本当に良いのか?」
カッターが聞く、映像は無い、音声のみの通信に語りかける。
『はい、タルブは首都から馬で二日ほどしか掛かりません、情報の鮮度は多少落ちますが港町もすぐ近くにありますので他国の情報も入りやすいです』
残って任務を続けるのは、コールドスリープで眠る事となる他の乗員と時間を隔てると言う事。
もし救助が来たのが百年後であったなら、その時には既に亡くなっている。
「少尉、任務が完了したかの判断は任せる。 そう判断したなら戻ってくるんだ」
『はっ! タケオ・ササキ少尉、情報収集の任を引き続き継続します』
そう言って切れた通信、カッターは帽子を被りなおしてモニターの前から退く。
『少尉に聞くべき事があったのでは?』
カッターの行動に疑問を持ってセリーナが問いてくるも。
「少尉は自身が帰還する可能性を捨ててまで我々の為に任務を継続したいと願い出た、その思いを無駄にしたくはない」
なぜ帰還しろという命令を不服とし、任務の継続を願い出たのか。
またその願い出た理由などは一体何なのか、艦長としてそれを問い質して明確にする権利がある。
艦長であり大佐でもあるジェームズ・グレゴリー・カッターに問われれば、佐々木武雄少尉は答えなければならない。
だがそれをしなかった、実際に何があったのか、それを決断させる事があったのかもしれないが問わなかった。
引き換えと言っても良かった、いつでも戻ってきて良いとは言ったが、少尉の声からは強い感情が乗っていたのをカッターは聞いた。
自身が帰れる可能性を潰し、生涯を掛けて情報を集め続けると言う任務と引き換えに問わなかった。
「意思は尊重したい、何にせよ必要な任務を遂行してくれる少尉を咎める事は出来ん」
『何があったのかは非常に興味はありますが、確かに情報の収集に必要な人材は常に置いておく必要はありますね』
一応納得はしたようにセリーナが言い、ホログラムが消え管理プロトコルの作成に戻る。
「……犠牲、か」
腕組みをしてカッターが呟く、シールドワールドから脱出する際のジョン・フォージ軍曹のように。
彼だけではない、戦い散っていった者たち全てが今のスピリット・オブ・ファイアの乗員を支えていた。
その者たちに加わろうとする者がまた一人、カッターはそれを見届けねばならない、それが艦を預かる者の役目。
「………」
嫌な運命だ、カッターはこの現状にただただ一刻も早い救助が来る事を願った。
それから何事もなく事が進む。
任務を継続する兵に、艦に残る乗員のコールドスリープ。
最低限必要な人員を交代で残し、森の中に横たわるスピリット・オブ・ファイアは救助を待つために眠りに付く事となった。
そして長い時が経つ、十年、二十年、三十年、四十年、五十年。
スピリット・オブ・ファイアの時は止まりながらも、外の世界は動き続ける。
さらに六十年、七十年、八十年。
佐々木武雄の曾孫であるシエスタが生まれる。
九十年。
佐々木武雄が老衰で亡くなり、一時的に得られる情報が止まる。
そしてハルケギニアの暦にて百年目、多くの者たちの犠牲で成り立つスピリット・オブ・ファイアの乗員に帰還の芽が芽吹いた。
『───』
緊急通信プロトコル、それを受け待機状態であったセリーナが起動を果たし、スピリット・オブ・ファイアの状態を確かめ通信を確かめる。
『識別コード確認、Master Chief Petty Officer of the Navy Sierra-117』
タルブの村に置かれた、佐々木武雄少尉が残したDropship 77-Troop Carrierに仕込まれた。
識別コードを持つUNSC要員がペリカンを動かせば、即座に通信をスピリット・オブ・ファイアに送る機能が働いた。
セリーナは喜ばしい通信を開き、その相手に声を掛けた。
『……おや? 誰かと思えばスパルタンとは、予想外でしたね』
『誰だ』
『これはこれは、私はフェニックス級強襲揚陸艦『スピリット・オブ・ファイア』艦載A.I、『セリーナ』。 歓迎しますよ、S-117』
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