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#navi(三重の異界の使い魔たち)
~第7話 現世の爆音、異界の旋律~
タバサは、昨夜夢を見た。両親と一緒にいた夢を。父と母が、彼女の傍で微笑んでくれていた
夢を。
夢の中で、父は駆け寄る彼女を、優しく抱き上げてくれた。母は、抱きつく彼女の頭を、笑顔で
撫でてくれた。
優しい父、温かな母、誰よりも愛しく想っている、彼女の両親――
今では、記憶の中にしかない、2人の姿。大切で、誰にも汚されたくない、大事な思い出。
それが、彼女には哀しかった。夢の中でなら会えることが、夢の中でしか会えないことが、そして
何よりも、“それを夢だと知っていること”が、堪らなく辛かった。
しかし、今朝のタバサの機嫌は良かった。傍目にそれが判るのはキュルケくらいのもの
だろうが、心が軽かった。哀しい夢の中で、優しい温もりが自分を包んでくれていたから。
何故かは判らないが、その温かさが、自分をとても安心させてくれていたから。
だから、彼女は少し弾んだ気持ちで、授業時間前の読書を楽しんでいた。
魔法学院の普通の教室は、昨日タバサたちが使った空き教室とは違い、半円型をした階段状に
なっている。5段からなる、石造りの階段の一段一段には、3脚の長机が1.5メイルほどの
間隔をあけて設置されていた。最も広い再下段には、長机と面する形で教壇が置かれ、その
後ろの壁には黒板が掛けられている。
タバサは、2段目の右端の長机の、更に右端に座っていた。視力が弱く、かつ他人の干渉を
嫌うタバサとしては、黒板に近く、かつ人気の少ない位置が望ましいのである。
「おー、色々いるもんだなー、使い魔って」
昨夜の温もりの余韻を感じながら本を開いていると、隣に座る人物から楽し気な声が上がった。
タバサの使い魔たちの1名、サイトだ。横目で見てみれば、彼は周りの他の使い魔たちを、興味
深そうに見回している。その好奇心が剥き出しになった姿に、タバサは内心でやや呆れた。
確かに、一クラス分の様々な使い魔たちが揃った光景は壮観だ。それは理解できる。しかし、
つい昨日生まれた世界と離れ離れになってしまったばかりで、よくもここまで憂いなく振る舞える
ものだ。よほど大物なのか、それともムジュラの仮面の言う通りよほど能天気なのか。
――多分、後者
そこで、タバサは“使い魔観察ノート・サイト編”に「好奇心が強い」、「並はずれた能天気」と
記載しておいた。
「もう、サイト。あんまりキョキョロしてたら、恥ずかしいよ?」
そこへ、彼の頭上付近に浮かぶナビィのたしなめの言葉が入る。サイトはそれに気をつけるとは
言うものの、視線はしっかり周りをさまよわせており、ナビィに溜息を洩らさせた。
一方、タバサたちの後ろやや上方に1名だけ黙って浮いているムジュラの仮面は、何やら身体を
痙攣させたように震わせている。すると、その体がみるみるうちに大きくなっていき、昨日見せた
触手を生やした姿へと変わった。
「これで、周りの奴らに迫力負けはするまい」
バジリスクやスキュラ等の幻獣たちを見据えながら言うムジュラの仮面に、ナビィがまたも
溜息をつく。
「貴方も貴方で、張り合ってどうするの」
同僚2名の有様に肩――というか羽――をすくめるナビィを見て、タバサは少し安堵する。
少なくとも、このオレンジ大サイズの少女には常識を期待できそうだ。その一方で、ムジュラの
仮面の行動は少し意外だった。言動は落ち着いたものがあるらしく思えたが、根は案外子どもなの
かもしれない。
そこで、観察ノートの“ナビィ編”には「比較的常識派」と、 “ムジュラの仮面編”には
「意外と幼稚」と記載する。
書き終わったノートを閉じて再び本を開こうとすると、サイトが小さく笑いながら声を掛けて
きた。
「なあ、あの目玉、ちょっとムジュラに似てないか?」
言いながら彼が指差す方向には、1つ目の幻獣、バグベアーがいた。その言葉にムジュラの
仮面本人は抗議の声を上げるが、タバサは少しそれを考えてみる。言われてみれば、2つ目と
1つ目の違いこそものの、目が特徴的である点や羽もなく宙に浮いている点等、両者には共通点が
多いかもしれない。またムジュラの仮面編ノートを開き、「バグベアーと通じるもの有」と記す。
そうこうしている内に、紫のローブにとんがり帽子姿のふくよかな女性教師が入ってきた。
初めて見るので、恐らく2年生以降担当の教師なのだろう。
女性教師は教壇に着くと、優し気な笑みを浮かべて周囲を見回した。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功の様ですわね。このシュヴルーズ、この新学期に様々な
使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
女性教師、シュヴルーズの言葉に、隣のサイトがうんうんと頷いている。と、そこで彼に、
否、彼らに気が付いたシュヴルーズが、少し驚いた顔を見せた。
「おやおや。変わった召喚をした方がいらっしゃいますね」
そして、とぼけた声でそんなことを言われてしまう。捉えようによっては嫌みにも聞こえる
言葉だが、彼女の表情には一片の悪気も感じられない。
――いわゆる、天然
思わずノートを取りかけるが、別に教師の分まで作る必要はないと気付き、やめた。
そして、そんなことを言われる原因となった3者は、なにやら額を寄せ合っている。
「変わった召喚って、やっぱ俺たちだよな?」
「他にいるか?」
「とりあえず、挨拶した方がいいのかな?」
なにやら使い魔同士で話をまとめたらしく、サイトが立ち上がり、ナビィとムジュラの仮面が
シュヴルーズに向き直る。
「えっと、お初にお目にかかります、かな? 俺はタバサの使い魔が1人、平賀才人です」
「同じく、タバサ様の使い魔が1人、ナビィです」
「同じく、タバサの使い魔が1人……オレの場合単位1人でいいのか? ムジュラの仮面だ」
自己紹介を済ませたサイトたちに対して、シュヴルーズが微笑みを返してみせた。一方、周囲の
生徒たちの多くは戸惑った表情をしている。
サイトを、平民を召喚するという事態で嘲笑を受けるくらいは覚悟していたが、共に召喚した
ナビィとムジュラの仮面が使い魔としてそれらしいのでやじりにくいらしい。
「自己紹介ありがとう、皆さん。私もこの学院の教師になってしばらくですが、複数の使い魔が
召喚されるというのは初めて見ましたよ」
そこで、シュヴルーズがサイトたちへと言葉を返した。
「ただでさえ貴方たちのように言葉を話せる種族を呼び出すことは珍しいというのに、まして
内1人は人間だなんて」
教師というよりは、珍しい事態に直面した研究者の声と目が異界の使い魔たちに向けられる。
学問に携わる者である以上、知的好奇心は人並み以上にはあるようだ。
「そういえば、ミス・タバサは私と同じ“トライアングル”と聞いています。3つ足せるから
3体召喚したというわけではないでしょうが、それを為せるだけの力があるということなので
しょうね」
1人納得したようなシュヴルーズとは逆に、サイトたちの方は首を傾げていた。
「トライアングル?」
「3つ足す?」
疑問をサイトとナビィが表せば、シュヴルーズは何処か得たりといった顔になる。
「貴方たちはご存じないようですね。では、丁度いいですし……ミスタ・グランドプレ」
「え? は、はい!」
突然指名されたクラスメイトが、慌てながら立ち上がる。
「1年生のおさらいです。魔法の系統と、メイジのクラスについて答えてください」
「はい。系統には風・水・土・火の4系統があります。メイジのクラスは、この系統が幾つ
足せるかで決まります」
マリコルヌの答えに、シュヴルーズは頷いた。
「今の答えに付け加えますと、メイジの系統魔法は現在失われた虚無系統の、合わせて5つの
系統によりペンタゴンを形成します。また、メイジのクラスは1つの系統を単体で使える
“ドット”に始まり、2つの系統を足せる“ライン”、3つを足せる“トライアングル”、そして
4つを足せる最高位の“スクエア”の4クラスがあります」
言いながら、シュヴルーズは杖を取る。タバサの持つような長いものではなく、指揮棒タイプの
細長く小さなものだ。
「申し遅れましたが、私の二つ名は“赤土”。土系統メイジ、赤土のシュヴルーズです。これから
1年、皆さんに土系統の魔法を講義します」
言いながらも杖が振るわれ、教壇の上に幾つかの小石が現れた。
「私は土系統を最も重要な系統だと考えております。これは単なる身びいきではありませんよ?
万物の組成を司る土系統は、冶金、建築、農耕地の開拓等、生活に密接した技術に大きく関わった
ものであるからです」
力説するシュヴルーズではあるが、場に微妙な白々しさが漂う。土系統が生活に重要なことは、
その通りだ。しかし、強調するように言われては、本人が否定しても身びいきとしか思えない。
そんな生徒たちの空気を読んでいるのか、いないのか、シュヴルーズは授業を続ける。
「そして、土系統の呪文である“錬金”の呪文。これは土系統の基礎であるとともに、特異な
呪文の1つでもあります」
言葉とともに、シュヴルーズの杖の先端が小石に触れた。
「先程の話の続きになりますが、系統を幾つ足せるかによりメイジのクラスは決まり、また、
幾つ足されたかで呪文の効力が決まります。系統を足すことにより、より強力な呪文となる
わけです」
しかし、と紫ローブの教師は続けた。
「通常、系統を足した呪文は同種の異なる呪文になります。例えば、土系統ではありませんが
火を単体で使う“ファイヤー・ボール”にもう1つ火を加えると、“フレイム・ボール”に
なります。どちらも同じ火の球の呪文ではありますが、威力だけでなく性質が少々異なった
ものとなります」
それを聞き、タバサはちらりとキュルケの方を向く。案の定、火のメイジである親友は、
同意するように頷いていた。ファイヤー・ボールはただ火球を飛ばすだけの呪文であるのに
対し、フレイム・ボールは火球が敵を追いかけていく呪文であるためだ。
「それに対し、錬金の呪文は違います。勿論系統を足すことにより効力は上がりますが、呪文
自体が別種の性質を持つということはありません。これを変化がない単調な呪文と捉える者も
おりますが、これは1つの効力を安定して強化できるということなのです。私の知る限り、
これと同じ特徴を持つ呪文は、風系統の“ウィンディ・アイシクル”くらいでしょう」
その言葉に、今度はタバサが頷く。氷の矢を飛ばすウィンディ・アイシクルは、雪風の
二つ名を持つ自分の得意呪文だ。ドットの頃は単系統で使っていたが、トライアングルになった
現在では水を1つに風の二乗を足して使っている。
「さて、では実際にやってみせましょう。1年生の頃にできるようになった人もいるでしょうが、
基本は大事です」
そして、呪文の詠唱とともに、シュヴルーズの杖が振るわれた。次いで、教壇の小石の1つが
黄金色の、金属質の光を放ちだす。
「ご、ゴールドですか、ミセス・シュヴルーズ!?」
それに、驚いた様子でキュルケが尋ねた。それに対し、シュヴルーズが苦笑しながら首を横に
振る。
「いいえ、ミス・ツェルプストー。ただの真鍮ですよ。黄金の錬金はスクエアクラスでなければ
なりません。先にも言いました通り、私はトライアングルですから」
「なるほど」
そこまで授業を黙って聞いていたムジュラの仮面が、ぽつりと呟いた。それに、興味深そうに
講義を眺めていたサイトが反応する。
「どうした、ムジュラ? やっぱり、石が金属になったりしてお前も驚いたか?」
サイトの言葉に、ムジュラの仮面はまさかとばかりに笑う。
「別に物質を変化させる程度で驚きはしない。オレなら、生き物を別の生き物にすることだって
できる」
さらりと恐ろしいことを耳にするが、それをよそに異形の仮面は続けた。
「ただ、ここの人間たちの魔法と、オレの魔法の違いを考えてみてな」
「ああ、そういや種類が違うとか言ってたな」
サイトがそう言えば、ムジュラの仮面は頷いて見せる。
「魔法という呼び方が同じなだけで根本は別物かとも考えたが、案外そうでもなさそうだ」
「そうなのか?」
その発言に、サイトだけでなくタバサの興味も湧く。注意を受けても面倒なので表面上は
静かに授業を受けている態勢を取るが、注意は専らサイトとムジュラの仮面の会話に向いた。
「どうやら、ここの連中の魔法は、世界の法(のり)を個人の意思で変えて超常を為すらしいな。
そういう意味では、オレたち魔族の魔法と通じるものがありそうだ」
何処か面白がっているようなムジュラの仮面に、ナビィの声が掛かる。
「でも、モンスターの魔法って法どころか、世界そのものをむしばむ力でしょ? 土地を氷で
閉ざしたり、世界を闇で包んだり」
「まあな、それはそれで間違っちゃいない」
「って、間違ってないのかよ! お前被って力使ってんの俺なんだぞ!? そんな物騒っぽいもん
使ってんの、俺!?」
ムジュラの仮面の答えに、サイトが腰の引けたような声を出した。それはともかく、とりあえず
タバサは今の会話で判ったことをノートに記しておく。
「では、実際に誰かにやってみてもらいましょう」
ムジュラの仮面編に「私たちと似て非なる魔法(世界に対し有害らしい)」と書き終えるのと
丁度同時に、シュヴルーズの声が耳に届いた。視線を教壇へ戻せば、シュヴルーズが誰を指名した
ものかと視線をめぐらせている。
「そういえば、今年は風竜の幼生を召喚した生徒がおりましたね」
人の好い笑顔で放たれたその一言に、教室の空気が一瞬凍った。そして、凍らせた当の本人の
視線の先には、桃色の髪をした少女の姿がある。
「ミス・ヴァリエール、貴女にやってもらいましょうか」
そして、その言葉が放たれた瞬間、一気にクラス中が騒然となった。
「あ、あの! ミセス・シュヴルーズ!!」
生徒のほぼ全員がざわめく中で、キュルケが代表するように立ち上がる。
「どうしました、ミス・ツェルプストー?」
「危険ですから、ルイズは止めた方がいいと思います!」
ルイズを除く、恐らくその場の生徒全員の総意を口にしたキュルケに、賛同の頷きが幾つも
起こった。昨日はルイズの成功を喜んでいたように見えたが、現実主義的なキュルケはまだ
彼女の実力を信用しきっていないらしい。
「ちょっと! どういう意味よ、それ!!」
一方、当の本人であるルイズは、それに対して大いに抗議してくる。
「意味なんて決まってるじゃない、ルイズ!!」
「そうだそうだ!!」
「毎度毎度被害に遭うこっちの身にもなれよ!!」
ルイズに言い返すキュルケに、そこかしこで追随の声が上げられた。というより、上げていない
者を探す方が難しい勢いだ。タバサは無言だったが。
事情が判っていないだろうサイトたちはというと、唖然としながらルイズや他の生徒たちを
見比べている。
「無茶するなよ、“ゼロ”のくせに!!」
そして、とうとう批判の声に、その単語が入れられてしまった。途端、ルイズの瞳が鋭さを
増す。
「私はゼロなんかじゃないわ! 風竜を召喚したんですもの!!」
憤怒のこもったその叫びに、一瞬周囲は気圧されるが、すぐに反論の嵐が巻き起こった。
「それだって、どうせまぐれだろ!」
「しかも、風竜ったって幼生じゃないか!」
「火竜みたく火を吹けるわけでもないし、ただ飛べるだけだろ!」
風竜という大きな成果のために声音こそ弱まるが、それでも声の数は依然として多い。しかし、
プライドの高いルイズは負けじと言葉を続けた。
「シルフィードはただの風竜じゃないわ!! なんていったって、シルフィードはふういっ……
あ……」
そこまで言うと、何故かルイズの声が途切れる。喧々囂々(けんけんごうごう)としていた
生徒たちも、そのルイズの様子に怪訝とした。
「ただの風竜じゃないって、じゃあどう違うんだよ?」
「ええと、その……」
誰かが投げかけた疑問に、ルイズは視線をさまよわせるだけだ。その姿に、流石にタバサも
訝しむ。ただの買い言葉で言っただけなのだろうか。否、途中まではいやに自信あり気だったので、
何の根拠もなく言ったとは思い難い。どうでもいいといえばどうでもいいのだが、なんとなく
気になってルイズの次の言葉を待つ。
それから如何ばかり経ったか、やがてピーチブロンドの少女の口が開かれる。
「け、毛並みが違うのよ! 毛並みが!!」
次の瞬間、サイトの腰が椅子からずり下がり、ムジュラの仮面ががくりと高度を下げ、ナビィが
空中でつんのめり、タバサの眼鏡が少しずれる。
「い、今の、絶対なんかごまかす発言だったよな……」
「あ、ああ、だと思うが……」
「りゅ、竜に毛並みって……」
「意外と間抜け」
サイト、ムジュラの仮面、ナビィ、タバサの順にこっそりとつっこみを入れておく。何を
ごまかしたかったのか知らないが、幾らなんでも毛の生えていない生き物に毛並みはないだろう。
ルイズは座学の成績は良かったはずであるが、応用力はないのかもしれない。
そして、そんなごまかされ方をされた方はどうなったのか。
「毛並みなんか違ったてどうするんだよ!」
「そうだそうだ!」
「なんの役にも立たないだろ!」
次の瞬間、サイトが椅子から転げ落ち、ムジュラの仮面が床に墜落し、ナビィが空中で逆さまに
なり、タバサの眼鏡とマントの襟(えり)がずれる。
「あ、あれでごまかされるなよ、あんたら……」
椅子に這い上がりながら、サイトが言った。
「ど、どんな頭してんだ、こいつら……」
浮かび上がりながら、ムジュラの仮面が毒づく。
「そ、それだけ冷静な思考ができなくなってるってことだとは思うけど……」
身体を反転させながら、ナビィがフォローを入れた。
「渡る世間は莫迦ばかり」
眼鏡と襟元を直しながら、タバサがそのフォローを切って捨てる。
ナビィの言う通り、妙な熱狂で皆冷静とは程遠い。それでも、あんな言い訳をあっさり真に
受けるようでは莫迦としか言い様がない。そして、それが自分の学友たちであるという事実に、
タバサは頭痛を覚える。
「いい加減になさい!!」
そこで、とうとうというべきか、やっとというべきか、シュヴルーズからたしなめの声が
入った。人の好さ気な顔に厳しい表情が浮かべられ、教室の生徒たちが見回される。
「なんですか、貴方たちは。同じ教室のお友達同士で罵(ののし)り合うなんて、貴族として
恥ずべきことですよ」
シュヴルーズの小言に、騒いでいた生徒たちは揃ってばつが悪そうな顔になった。尚も何か
言いた気な生徒も少なからずいたが、それらの生徒はシュヴルーズが魔法で放った赤土の粘土で
口を覆われてしまう。
「では、気を取り直しまして、ミス・ヴァリエール。錬金の実践をお願いします」
そして、ついにルイズが実践してしまうこととなってしまった。
「何故錬金の呪文でここまで大騒ぎになったのかは理解に苦しみますが、失敗を恐れていては
何もできませんよ」
優しくルイズに言うシュヴルーズ。言葉だけなら正しく聞こえるが、もう少し「何故ここまで
大騒ぎになったのか」について熟考してほしかった。
――やはり、天然
そして、ルイズはルイズでやる気になっているらしく、教壇へと静かに向かっていく。その
姿を見るや否や、生徒たちは一斉に机の下へと避難を始めた。
「なあ、タバサ」
タバサもまた本を片付けて机に潜ろうとすると、サイトが声を掛けてくる。
「なんであの娘(こ)が魔法使うってだけで、こんな騒ぎになるんだ?」
「ワタシたち、今一つ事態が飲み込めないんですけど……」
疑問符を顔一杯に浮かべた使い魔たち。だが、詳しく説明している時間はなさそうだ。既に、
ルイズは教壇の前で杖を掲げている。
「説明は後。隠れて」
「わ、判った」
「はい」
釈然としない様子ながら、サイトとナビィは指示に従った。一方、ムジュラの仮面は隠れも
せずに教壇の方を向いたままだ。
「おーい、ムジュラー、隠れろってよー」
「オレは大丈夫だ、このまま見学してるさ」
「って、言ってるけど」
警告を拒んだムジュラの仮面を指差すサイトに、タバサは首を振って答えるしかなかった。
そして、教壇の方からルーンの詠唱が聞こえた、その次の瞬間――
――けたたましい爆音が巻き起こった。凄まじい衝撃が教室中を揺らし、黒煙が周囲に
広がっていく。どうやら、危惧していた通りの事態になったらしい。
「きゃっ!?」
「な、なんだあ!?」
何が起こるか判っていなかったナビィとサイト、そして他の使い魔たちは突然の爆発に驚き、
そしてほとんどの使い魔が異常事態に暴れ始めた。
「な、なにがあったんだ……?」
机の下から這い出たサイトが、呆然としたように呟く。タバサも机から出てみれば、視界に
広がるのは地獄絵図だった。多種多様な使い魔たちがパニックで暴れまわり、あちこちに机や壁、
黒板等の残骸が散乱し、熱気に焼け焦げた跡がそこかしこに点在する。教壇の方に目をやれば、
シュヴルーズが壁にもたれて失神しており、そしてルイズは、全身をぼろぼろにしながらも杖を
振り下ろした姿勢で固まっていた。
その光景に、すっかり絶句しているサイトとナビィに、タバサは説明した。
「彼女は、どういうわけか使う呪文が全て爆発を起こす。私たちが警戒したのは、そのため」
それを聞き、サイトたちは一瞬唖然としていたが、すぐにはっとした顔を見せる。
「って、ムジュラは!?」
「今の爆発、まともに受けたんじゃ!?」
その言葉に、タバサ、そしてサイトたちはムジュラの仮面の方へと視線を向ける。そして目に
したのは、仮面の使い魔が静かに浮かんでいる姿だった。
「む、ムジュラ、大丈夫か?」
「大丈夫でなく見えるか?」
サイトの質問に、逆に皮肉っぽい質問で返すムジュラの仮面。その余裕ある態度に、流石に
タバサも驚く。
「平気なの? あの爆発を受けて」
そう尋ねてみれば、ムジュラの仮面はにやりと瞳に笑みを浮かべた。
「オレは自分の魔法を跳ね返されたり、自分の作った武器で攻撃されたりと、自分の力が関わる
ものでなければ、前面からの攻撃でダメージは受けん」
「お前、ホントに反則だな……」
ムジュラの仮面の答えに、サイトが感心どころか呆れたように呟き、タバサはその言葉の意味を
考える。自分の力が関わらない限り、前面からの攻撃は通じない。それは逆に言えば――
――背面からの攻撃には、他者の力でもダメージを受けるということ
思わぬところから弱点が発覚し、早速タバサはノートに記した。
「にしても、ひどい有様だな」
改めて教室の惨状を見回したサイトが言うのに次ぎ、元凶というべきルイズの声が耳に届く。
「ちょっと失敗したみたいね」
一瞬の間もおかず、教室は非難囂々(ひなんごうごう)の場へと姿を変えた。まあ、当然である。
そして、その渦中にいるルイズは、やはりひどく落胆しているように見えた。
タバサたちは、それを黙って眺めていたが、やがて何故かムジュラの仮面が元の大きさに戻る。
「ヒラガ、被れ」
「え、なんで?」
「いいから被れ」
なんのつもりか、被れと同僚に急かされ、サイトはよく判らなそうに従った。
「被ったぞ」
「よし、じゃあ次だ」
ムジュラの仮面が言えば、サイトは片手で頭を押さえ出す。
「あれ? なんか、頭ん中に音楽が……?」
「その曲を、口笛で吹いてみろ」
「あ、ああ」
そこで、サイトは口笛を吹き始めた。
始めはぎこちなかったその音調は、段々と洗練され、確かな旋律へと変わっていく。不思議な
曲だった。聴いたことがないはずなのに、何故か懐かしさを感じる音色。何処か温もりを感じる、
優しい音の流れ。その音の1つ1つが、胸を震わせていくのが判った。ただ聴いているだけで、
心を癒されていくのを感じた。
それは周りの者たちも同じらしく、皆非難の声も忘れて聴き入り、使い魔たちも暴れるのをやめて
おとなしくなっていく。
しかし、驚くべきはそこからだった。教室中に散らばっていた机や壁等の破片が、急に動き
出したのだ。否、それだけではない。その動き出した破片が、次々と元の場所へと戻っていき、
そして直っていくのである。
まるで、壊れる前の時間へと巻き戻っていくかのような光景。それがどの程度続いたのか、やがて
その自動修復が収まると、サイトは口笛をとめてムジュラの仮面を外す。
「おいおい、なんだよ今の」
驚いた風に尋ねるサイトに、彼に持たれたムジュラの仮面が答えた。
「“いやしの歌”といってな。本来は邪悪な魔力や浮かばれない魂を癒して仮面に変える曲なんだが、
副次的な効果として壊れた看板を直すこともできるんだ。今のは、オレの魔力でそれを強化して
やったのさ」
それを聞き、ナビィが反応する。
「へー、副次的な効果だけなら、“時の歌”や“ゼルダの子守歌”と一緒なんだね」
「って、お前らのいたとこじゃ、一曲演奏しただけで看板壊れても直せんのかよ」
「それくらいで驚いてちゃ……、嵐を呼んだり、昼と夜をひっくり返したりできる曲だって
あったんだよ」
「どんなとこだよ、お前らの世界……」
ナビィの返答に、サイトが呆れ果てたような顔になった。タバサも、顔には出さないが同じ
気持ちだ。ただの音楽がそんな力を持つとは、一体どんな世界なのだろうか。
「だが、やはり力が弱まっているな……まだ、ちらほら傷跡が目に着く」
悔し気なムジュラの仮面の言葉に、タバサたちは周りへ目を向ける。言われてみれば、まだ
焦げていたり、傷が残っていたりするところが少なからず点在していた。
「ちっ、我ながら情けない」
「でも、元々主要な効果じゃなかったんでしょ? 仕方ないよ」
吐き捨てるムジュラの仮面に、ナビィがフォローを入れる。それに対し、サイトは教壇の方へと
目を向けていた。
「まあ、それはともかくさ」
言いながら、サイトは倒れているシュヴルーズの方を指差す。
「先生気絶してるけど、授業この後どうすんの?」
「わからない」
黒髪の使い魔の疑問に、主たるタバサは小さく答えるしかないのだった。
~続く~
#navi(三重の異界の使い魔たち)
#navi(三重の異界の使い魔たち)
~第7話 現世の爆音、異界の旋律~
タバサは、昨夜夢を見た。両親と一緒にいた夢を。父と母が、彼女の傍で微笑んでくれていた
夢を。
夢の中で、父は駆け寄る彼女を、優しく抱き上げてくれた。母は、抱きつく彼女の頭を、笑顔で
撫でてくれた。
優しい父、温かな母、誰よりも愛しく想っている、彼女の両親――
今では、記憶の中にしかない、2人の姿。大切で、誰にも汚されたくない、大事な思い出。
それが、彼女には哀しかった。夢の中でなら会えることが、夢の中でしか会えないことが、そして
何よりも、“それを夢だと知っていること”が、堪らなく辛かった。
しかし、今朝のタバサの機嫌は良かった。傍目にそれが判るのはキュルケくらいのもの
だろうが、心が軽かった。哀しい夢の中で、優しい温もりが自分を包んでくれていたから。
何故かは判らないが、その温かさが、自分をとても安心させてくれていたから。
だから、彼女は少し弾んだ気持ちで、授業時間前の読書を楽しんでいた。
魔法学院の普通の教室は、昨日タバサたちが使った空き教室とは違い、半円型をした階段状に
なっている。5段からなる、石造りの階段の一段一段には、3脚の長机が1.5メイルほどの
間隔をあけて設置されていた。最も広い再下段には、長机と面する形で教壇が置かれ、その
後ろの壁には黒板が掛けられている。
タバサは、2段目の右端の長机の、更に右端に座っていた。視力が弱く、かつ他人の干渉を
嫌うタバサとしては、黒板に近く、かつ人気の少ない位置が望ましいのである。
「おー、色々いるもんだなー、使い魔って」
昨夜の温もりの余韻を感じながら本を開いていると、隣に座る人物から楽し気な声が上がった。
タバサの使い魔たちの1名、サイトだ。横目で見てみれば、彼は周りの他の使い魔たちを、興味
深そうに見回している。その好奇心が剥き出しになった姿に、タバサは内心でやや呆れた。
確かに、一クラス分の様々な使い魔たちが揃った光景は壮観だ。それは理解できる。しかし、
つい昨日生まれた世界と離れ離れになってしまったばかりで、よくもここまで憂いなく振る舞える
ものだ。よほど大物なのか、それともムジュラの仮面の言う通りよほど能天気なのか。
――多分、後者
そこで、タバサは“使い魔観察ノート・サイト編”に「好奇心が強い」、「並はずれた能天気」と
記載しておいた。
「もう、サイト。あんまりキョキョロしてたら、恥ずかしいよ?」
そこへ、彼の頭上付近に浮かぶナビィのたしなめの言葉が入る。サイトはそれに気をつけるとは
言うものの、視線はしっかり周りをさまよわせており、ナビィに溜息を洩らさせた。
一方、タバサたちの後ろやや上方に1名だけ黙って浮いているムジュラの仮面は、何やら身体を
痙攣させたように震わせている。すると、その体がみるみるうちに大きくなっていき、昨日見せた
触手を生やした姿へと変わった。
「これで、周りの奴らに迫力負けはするまい」
バシリスクやスキュア等の幻獣たちを見据えながら言うムジュラの仮面に、ナビィがまたも
溜息をつく。
「貴方も貴方で、張り合ってどうするの」
同僚2名の有様に肩――というか羽――をすくめるナビィを見て、タバサは少し安堵する。
少なくとも、このオレンジ大サイズの少女には常識を期待できそうだ。その一方で、ムジュラの
仮面の行動は少し意外だった。言動は落ち着いたものがあるらしく思えたが、根は案外子どもなの
かもしれない。
そこで、観察ノートの“ナビィ編”には「比較的常識派」と、 “ムジュラの仮面編”には
「意外と幼稚」と記載する。
書き終わったノートを閉じて再び本を開こうとすると、サイトが小さく笑いながら声を掛けて
きた。
「なあ、あの目玉、ちょっとムジュラに似てないか?」
言いながら彼が指差す方向には、1つ目の幻獣、バグベアーがいた。その言葉にムジュラの
仮面本人は抗議の声を上げるが、タバサは少しそれを考えてみる。言われてみれば、2つ目と
1つ目の違いこそものの、目が特徴的である点や羽もなく宙に浮いている点等、両者には共通点が
多いかもしれない。またムジュラの仮面編ノートを開き、「バグベアーと通じるもの有」と記す。
そうこうしている内に、紫のローブにとんがり帽子姿のふくよかな女性教師が入ってきた。
初めて見るので、恐らく2年生以降担当の教師なのだろう。
女性教師は教壇に着くと、優し気な笑みを浮かべて周囲を見回した。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功の様ですわね。このシュヴルーズ、この新学期に様々な
使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
女性教師、シュヴルーズの言葉に、隣のサイトがうんうんと頷いている。と、そこで彼に、
否、彼らに気が付いたシュヴルーズが、少し驚いた顔を見せた。
「おやおや。変わった召喚をした方がいらっしゃいますね」
そして、とぼけた声でそんなことを言われてしまう。捉えようによっては嫌みにも聞こえる
言葉だが、彼女の表情には一片の悪気も感じられない。
――いわゆる、天然
思わずノートを取りかけるが、別に教師の分まで作る必要はないと気付き、やめた。
そして、そんなことを言われる原因となった3者は、なにやら額を寄せ合っている。
「変わった召喚って、やっぱ俺たちだよな?」
「他にいるか?」
「とりあえず、挨拶した方がいいのかな?」
なにやら使い魔同士で話をまとめたらしく、サイトが立ち上がり、ナビィとムジュラの仮面が
シュヴルーズに向き直る。
「えっと、お初にお目にかかります、かな? 俺はタバサの使い魔が1人、平賀才人です」
「同じく、タバサ様の使い魔が1人、ナビィです」
「同じく、タバサの使い魔が1人……オレの場合単位1人でいいのか? ムジュラの仮面だ」
自己紹介を済ませたサイトたちに対して、シュヴルーズが微笑みを返してみせた。一方、周囲の
生徒たちの多くは戸惑った表情をしている。
サイトを、平民を召喚するという事態で嘲笑を受けるくらいは覚悟していたが、共に召喚した
ナビィとムジュラの仮面が使い魔としてそれらしいのでやじりにくいらしい。
「自己紹介ありがとう、皆さん。私もこの学院の教師になってしばらくですが、複数の使い魔が
召喚されるというのは初めて見ましたよ」
そこで、シュヴルーズがサイトたちへと言葉を返した。
「ただでさえ貴方たちのように言葉を話せる種族を呼び出すことは珍しいというのに、まして
内1人は人間だなんて」
教師というよりは、珍しい事態に直面した研究者の声と目が異界の使い魔たちに向けられる。
学問に携わる者である以上、知的好奇心は人並み以上にはあるようだ。
「そういえば、ミス・タバサは私と同じ“トライアングル”と聞いています。3つ足せるから
3体召喚したというわけではないでしょうが、それを為せるだけの力があるということなので
しょうね」
1人納得したようなシュヴルーズとは逆に、サイトたちの方は首を傾げていた。
「トライアングル?」
「3つ足す?」
疑問をサイトとナビィが表せば、シュヴルーズは何処か得たりといった顔になる。
「貴方たちはご存じないようですね。では、丁度いいですし……ミスタ・グランドプレ」
「え? は、はい!」
突然指名されたクラスメイトが、慌てながら立ち上がる。
「1年生のおさらいです。魔法の系統と、メイジのクラスについて答えてください」
「はい。系統には風・水・土・火の4系統があります。メイジのクラスは、この系統が幾つ
足せるかで決まります」
マリコルヌの答えに、シュヴルーズは頷いた。
「今の答えに付け加えますと、メイジの系統魔法は現在失われた虚無系統の、合わせて5つの
系統によりペンタゴンを形成します。また、メイジのクラスは1つの系統を単体で使える
“ドット”に始まり、2つの系統を足せる“ライン”、3つを足せる“トライアングル”、そして
4つを足せる最高位の“スクエア”の4クラスがあります」
言いながら、シュヴルーズは杖を取る。タバサの持つような長いものではなく、指揮棒タイプの
細長く小さなものだ。
「申し遅れましたが、私の二つ名は“赤土”。土系統メイジ、赤土のシュヴルーズです。これから
1年、皆さんに土系統の魔法を講義します」
言いながらも杖が振るわれ、教壇の上に幾つかの小石が現れた。
「私は土系統を最も重要な系統だと考えております。これは単なる身びいきではありませんよ?
万物の組成を司る土系統は、冶金、建築、農耕地の開拓等、生活に密接した技術に大きく関わった
ものであるからです」
力説するシュヴルーズではあるが、場に微妙な白々しさが漂う。土系統が生活に重要なことは、
その通りだ。しかし、強調するように言われては、本人が否定しても身びいきとしか思えない。
そんな生徒たちの空気を読んでいるのか、いないのか、シュヴルーズは授業を続ける。
「そして、土系統の呪文である“錬金”の呪文。これは土系統の基礎であるとともに、特異な
呪文の1つでもあります」
言葉とともに、シュヴルーズの杖の先端が小石に触れた。
「先程の話の続きになりますが、系統を幾つ足せるかによりメイジのクラスは決まり、また、
幾つ足されたかで呪文の効力が決まります。系統を足すことにより、より強力な呪文となる
わけです」
しかし、と紫ローブの教師は続けた。
「通常、系統を足した呪文は同種の異なる呪文になります。例えば、土系統ではありませんが
火を単体で使う“ファイヤー・ボール”にもう1つ火を加えると、“フレイム・ボール”に
なります。どちらも同じ火の球の呪文ではありますが、威力だけでなく性質が少々異なった
ものとなります」
それを聞き、タバサはちらりとキュルケの方を向く。案の定、火のメイジである親友は、
同意するように頷いていた。ファイヤー・ボールはただ火球を飛ばすだけの呪文であるのに
対し、フレイム・ボールは火球が敵を追いかけていく呪文であるためだ。
「それに対し、錬金の呪文は違います。勿論系統を足すことにより効力は上がりますが、呪文
自体が別種の性質を持つということはありません。これを変化がない単調な呪文と捉える者も
おりますが、これは1つの効力を安定して強化できるということなのです。私の知る限り、
これと同じ特徴を持つ呪文は、風系統の“ウィンディ・アイシクル”くらいでしょう」
その言葉に、今度はタバサが頷く。氷の矢を飛ばすウィンディ・アイシクルは、雪風の
二つ名を持つ自分の得意呪文だ。ドットの頃は単系統で使っていたが、トライアングルになった
現在では水を1つに風の二乗を足して使っている。
「さて、では実際にやってみせましょう。1年生の頃にできるようになった人もいるでしょうが、
基本は大事です」
そして、呪文の詠唱とともに、シュヴルーズの杖が振るわれた。次いで、教壇の小石の1つが
黄金色の、金属質の光を放ちだす。
「ご、ゴールドですか、ミセス・シュヴルーズ!?」
それに、驚いた様子でキュルケが尋ねた。それに対し、シュヴルーズが苦笑しながら首を横に
振る。
「いいえ、ミス・ツェルプストー。ただの真鍮ですよ。黄金の錬金はスクエアクラスでなければ
なりません。先にも言いました通り、私はトライアングルですから」
「なるほど」
そこまで授業を黙って聞いていたムジュラの仮面が、ぽつりと呟いた。それに、興味深そうに
講義を眺めていたサイトが反応する。
「どうした、ムジュラ? やっぱり、石が金属になったりしてお前も驚いたか?」
サイトの言葉に、ムジュラの仮面はまさかとばかりに笑う。
「別に物質を変化させる程度で驚きはしない。オレなら、生き物を別の生き物にすることだって
できる」
さらりと恐ろしいことを耳にするが、それをよそに異形の仮面は続けた。
「ただ、ここの人間たちの魔法と、オレの魔法の違いを考えてみてな」
「ああ、そういや種類が違うとか言ってたな」
サイトがそう言えば、ムジュラの仮面は頷いて見せる。
「魔法という呼び方が同じなだけで根本は別物かとも考えたが、案外そうでもなさそうだ」
「そうなのか?」
その発言に、サイトだけでなくタバサの興味も湧く。注意を受けても面倒なので表面上は
静かに授業を受けている態勢を取るが、注意は専らサイトとムジュラの仮面の会話に向いた。
「どうやら、ここの連中の魔法は、世界の法(のり)を個人の意思で変えて超常を為すらしいな。
そういう意味では、オレたち魔族の魔法と通じるものがありそうだ」
何処か面白がっているようなムジュラの仮面に、ナビィの声が掛かる。
「でも、モンスターの魔法って法どころか、世界そのものをむしばむ力でしょ? 土地を氷で
閉ざしたり、世界を闇で包んだり」
「まあな、それはそれで間違っちゃいない」
「って、間違ってないのかよ! お前被って力使ってんの俺なんだぞ!? そんな物騒っぽいもん
使ってんの、俺!?」
ムジュラの仮面の答えに、サイトが腰の引けたような声を出した。それはともかく、とりあえず
タバサは今の会話で判ったことをノートに記しておく。
「では、実際に誰かにやってみてもらいましょう」
ムジュラの仮面編に「私たちと似て非なる魔法(世界に対し有害らしい)」と書き終えるのと
丁度同時に、シュヴルーズの声が耳に届いた。視線を教壇へ戻せば、シュヴルーズが誰を指名した
ものかと視線をめぐらせている。
「そういえば、今年は風竜の幼生を召喚した生徒がおりましたね」
人の好い笑顔で放たれたその一言に、教室の空気が一瞬凍った。そして、凍らせた当の本人の
視線の先には、桃色の髪をした少女の姿がある。
「ミス・ヴァリエール、貴女にやってもらいましょうか」
そして、その言葉が放たれた瞬間、一気にクラス中が騒然となった。
「あ、あの! ミセス・シュヴルーズ!!」
生徒のほぼ全員がざわめく中で、キュルケが代表するように立ち上がる。
「どうしました、ミス・ツェルプストー?」
「危険ですから、ルイズは止めた方がいいと思います!」
ルイズを除く、恐らくその場の生徒全員の総意を口にしたキュルケに、賛同の頷きが幾つも
起こった。昨日はルイズの成功を喜んでいたように見えたが、現実主義的なキュルケはまだ
彼女の実力を信用しきっていないらしい。
「ちょっと! どういう意味よ、それ!!」
一方、当の本人であるルイズは、それに対して大いに抗議してくる。
「意味なんて決まってるじゃない、ルイズ!!」
「そうだそうだ!!」
「毎度毎度被害に遭うこっちの身にもなれよ!!」
ルイズに言い返すキュルケに、そこかしこで追随の声が上げられた。というより、上げていない
者を探す方が難しい勢いだ。タバサは無言だったが。
事情が判っていないだろうサイトたちはというと、唖然としながらルイズや他の生徒たちを
見比べている。
「無茶するなよ、“ゼロ”のくせに!!」
そして、とうとう批判の声に、その単語が入れられてしまった。途端、ルイズの瞳が鋭さを
増す。
「私はゼロなんかじゃないわ! 風竜を召喚したんですもの!!」
憤怒のこもったその叫びに、一瞬周囲は気圧されるが、すぐに反論の嵐が巻き起こった。
「それだって、どうせまぐれだろ!」
「しかも、風竜ったって幼生じゃないか!」
「火竜みたく火を吹けるわけでもないし、ただ飛べるだけだろ!」
風竜という大きな成果のために声音こそ弱まるが、それでも声の数は依然として多い。しかし、
プライドの高いルイズは負けじと言葉を続けた。
「シルフィードはただの風竜じゃないわ!! なんていったって、シルフィードはふういっ……
あ……」
そこまで言うと、何故かルイズの声が途切れる。喧々囂々(けんけんごうごう)としていた
生徒たちも、そのルイズの様子に怪訝とした。
「ただの風竜じゃないって、じゃあどう違うんだよ?」
「ええと、その……」
誰かが投げかけた疑問に、ルイズは視線をさまよわせるだけだ。その姿に、流石にタバサも
訝しむ。ただの買い言葉で言っただけなのだろうか。否、途中まではいやに自信あり気だったので、
何の根拠もなく言ったとは思い難い。どうでもいいといえばどうでもいいのだが、なんとなく
気になってルイズの次の言葉を待つ。
それから如何ばかり経ったか、やがてピーチブロンドの少女の口が開かれる。
「け、毛並みが違うのよ! 毛並みが!!」
次の瞬間、サイトの腰が椅子からずり下がり、ムジュラの仮面ががくりと高度を下げ、ナビィが
空中でつんのめり、タバサの眼鏡が少しずれる。
「い、今の、絶対なんかごまかす発言だったよな……」
「あ、ああ、だと思うが……」
「りゅ、竜に毛並みって……」
「意外と間抜け」
サイト、ムジュラの仮面、ナビィ、タバサの順にこっそりとつっこみを入れておく。何を
ごまかしたかったのか知らないが、幾らなんでも毛の生えていない生き物に毛並みはないだろう。
ルイズは座学の成績は良かったはずであるが、応用力はないのかもしれない。
そして、そんなごまかされ方をされた方はどうなったのか。
「毛並みなんか違ったてどうするんだよ!」
「そうだそうだ!」
「なんの役にも立たないだろ!」
次の瞬間、サイトが椅子から転げ落ち、ムジュラの仮面が床に墜落し、ナビィが空中で逆さまに
なり、タバサの眼鏡とマントの襟(えり)がずれる。
「あ、あれでごまかされるなよ、あんたら……」
椅子に這い上がりながら、サイトが言った。
「ど、どんな頭してんだ、こいつら……」
浮かび上がりながら、ムジュラの仮面が毒づく。
「そ、それだけ冷静な思考ができなくなってるってことだとは思うけど……」
身体を反転させながら、ナビィがフォローを入れた。
「渡る世間は莫迦ばかり」
眼鏡と襟元を直しながら、タバサがそのフォローを切って捨てる。
ナビィの言う通り、妙な熱狂で皆冷静とは程遠い。それでも、あんな言い訳をあっさり真に
受けるようでは莫迦としか言い様がない。そして、それが自分の学友たちであるという事実に、
タバサは頭痛を覚える。
「いい加減になさい!!」
そこで、とうとうというべきか、やっとというべきか、シュヴルーズからたしなめの声が
入った。人の好さ気な顔に厳しい表情が浮かべられ、教室の生徒たちが見回される。
「なんですか、貴方たちは。同じ教室のお友達同士で罵(ののし)り合うなんて、貴族として
恥ずべきことですよ」
シュヴルーズの小言に、騒いでいた生徒たちは揃ってばつが悪そうな顔になった。尚も何か
言いた気な生徒も少なからずいたが、それらの生徒はシュヴルーズが魔法で放った赤土の粘土で
口を覆われてしまう。
「では、気を取り直しまして、ミス・ヴァリエール。錬金の実践をお願いします」
そして、ついにルイズが実践してしまうこととなってしまった。
「何故錬金の呪文でここまで大騒ぎになったのかは理解に苦しみますが、失敗を恐れていては
何もできませんよ」
優しくルイズに言うシュヴルーズ。言葉だけなら正しく聞こえるが、もう少し「何故ここまで
大騒ぎになったのか」について熟考してほしかった。
――やはり、天然
そして、ルイズはルイズでやる気になっているらしく、教壇へと静かに向かっていく。その
姿を見るや否や、生徒たちは一斉に机の下へと避難を始めた。
「なあ、タバサ」
タバサもまた本を片付けて机に潜ろうとすると、サイトが声を掛けてくる。
「なんであの娘(こ)が魔法使うってだけで、こんな騒ぎになるんだ?」
「ワタシたち、今一つ事態が飲み込めないんですけど……」
疑問符を顔一杯に浮かべた使い魔たち。だが、詳しく説明している時間はなさそうだ。既に、
ルイズは教壇の前で杖を掲げている。
「説明は後。隠れて」
「わ、判った」
「はい」
釈然としない様子ながら、サイトとナビィは指示に従った。一方、ムジュラの仮面は隠れも
せずに教壇の方を向いたままだ。
「おーい、ムジュラー、隠れろってよー」
「オレは大丈夫だ、このまま見学してるさ」
「って、言ってるけど」
警告を拒んだムジュラの仮面を指差すサイトに、タバサは首を振って答えるしかなかった。
そして、教壇の方からルーンの詠唱が聞こえた、その次の瞬間――
――けたたましい爆音が巻き起こった。凄まじい衝撃が教室中を揺らし、黒煙が周囲に
広がっていく。どうやら、危惧していた通りの事態になったらしい。
「きゃっ!?」
「な、なんだあ!?」
何が起こるか判っていなかったナビィとサイト、そして他の使い魔たちは突然の爆発に驚き、
そしてほとんどの使い魔が異常事態に暴れ始めた。
「な、なにがあったんだ……?」
机の下から這い出たサイトが、呆然としたように呟く。タバサも机から出てみれば、視界に
広がるのは地獄絵図だった。多種多様な使い魔たちがパニックで暴れまわり、あちこちに机や壁、
黒板等の残骸が散乱し、熱気に焼け焦げた跡がそこかしこに点在する。教壇の方に目をやれば、
シュヴルーズが壁にもたれて失神しており、そしてルイズは、全身をぼろぼろにしながらも杖を
振り下ろした姿勢で固まっていた。
その光景に、すっかり絶句しているサイトとナビィに、タバサは説明した。
「彼女は、どういうわけか使う呪文が全て爆発を起こす。私たちが警戒したのは、そのため」
それを聞き、サイトたちは一瞬唖然としていたが、すぐにはっとした顔を見せる。
「って、ムジュラは!?」
「今の爆発、まともに受けたんじゃ!?」
その言葉に、タバサ、そしてサイトたちはムジュラの仮面の方へと視線を向ける。そして目に
したのは、仮面の使い魔が静かに浮かんでいる姿だった。
「む、ムジュラ、大丈夫か?」
「大丈夫でなく見えるか?」
サイトの質問に、逆に皮肉っぽい質問で返すムジュラの仮面。その余裕ある態度に、流石に
タバサも驚く。
「平気なの? あの爆発を受けて」
そう尋ねてみれば、ムジュラの仮面はにやりと瞳に笑みを浮かべた。
「オレは自分の魔法を跳ね返されたり、自分の作った武器で攻撃されたりと、自分の力が関わる
ものでなければ、前面からの攻撃でダメージは受けん」
「お前、ホントに反則だな……」
ムジュラの仮面の答えに、サイトが感心どころか呆れたように呟き、タバサはその言葉の意味を
考える。自分の力が関わらない限り、前面からの攻撃は通じない。それは逆に言えば――
――背面からの攻撃には、他者の力でもダメージを受けるということ
思わぬところから弱点が発覚し、早速タバサはノートに記した。
「にしても、ひどい有様だな」
改めて教室の惨状を見回したサイトが言うのに次ぎ、元凶というべきルイズの声が耳に届く。
「ちょっと失敗したみたいね」
一瞬の間もおかず、教室は非難囂々(ひなんごうごう)の場へと姿を変えた。まあ、当然である。
そして、その渦中にいるルイズは、やはりひどく落胆しているように見えた。
タバサたちは、それを黙って眺めていたが、やがて何故かムジュラの仮面が元の大きさに戻る。
「ヒラガ、被れ」
「え、なんで?」
「いいから被れ」
なんのつもりか、被れと同僚に急かされ、サイトはよく判らなそうに従った。
「被ったぞ」
「よし、じゃあ次だ」
ムジュラの仮面が言えば、サイトは片手で頭を押さえ出す。
「あれ? なんか、頭ん中に音楽が……?」
「その曲を、口笛で吹いてみろ」
「あ、ああ」
そこで、サイトは口笛を吹き始めた。
始めはぎこちなかったその音調は、段々と洗練され、確かな旋律へと変わっていく。不思議な
曲だった。聴いたことがないはずなのに、何故か懐かしさを感じる音色。何処か温もりを感じる、
優しい音の流れ。その音の1つ1つが、胸を震わせていくのが判った。ただ聴いているだけで、
心を癒されていくのを感じた。
それは周りの者たちも同じらしく、皆非難の声も忘れて聴き入り、使い魔たちも暴れるのをやめて
おとなしくなっていく。
しかし、驚くべきはそこからだった。教室中に散らばっていた机や壁等の破片が、急に動き
出したのだ。否、それだけではない。その動き出した破片が、次々と元の場所へと戻っていき、
そして直っていくのである。
まるで、壊れる前の時間へと巻き戻っていくかのような光景。それがどの程度続いたのか、やがて
その自動修復が収まると、サイトは口笛をとめてムジュラの仮面を外す。
「おいおい、なんだよ今の」
驚いた風に尋ねるサイトに、彼に持たれたムジュラの仮面が答えた。
「“いやしの歌”といってな。本来は邪悪な魔力や浮かばれない魂を癒して仮面に変える曲なんだが、
副次的な効果として壊れた看板を直すこともできるんだ。今のは、オレの魔力でそれを強化して
やったのさ」
それを聞き、ナビィが反応する。
「へー、副次的な効果だけなら、“時の歌”や“ゼルダの子守歌”と一緒なんだね」
「って、お前らのいたとこじゃ、一曲演奏しただけで看板壊れても直せんのかよ」
「それくらいで驚いてちゃ……、嵐を呼んだり、昼と夜をひっくり返したりできる曲だって
あったんだよ」
「どんなとこだよ、お前らの世界……」
ナビィの返答に、サイトが呆れ果てたような顔になった。タバサも、顔には出さないが同じ
気持ちだ。ただの音楽がそんな力を持つとは、一体どんな世界なのだろうか。
「だが、やはり力が弱まっているな……まだ、ちらほら傷跡が目に着く」
悔し気なムジュラの仮面の言葉に、タバサたちは周りへ目を向ける。言われてみれば、まだ
焦げていたり、傷が残っていたりするところが少なからず点在していた。
「ちっ、我ながら情けない」
「でも、元々主要な効果じゃなかったんでしょ? 仕方ないよ」
吐き捨てるムジュラの仮面に、ナビィがフォローを入れる。それに対し、サイトは教壇の方へと
目を向けていた。
「まあ、それはともかくさ」
言いながら、サイトは倒れているシュヴルーズの方を指差す。
「先生気絶してるけど、授業この後どうすんの?」
「わからない」
黒髪の使い魔の疑問に、主たるタバサは小さく答えるしかないのだった。
~続く~
#navi(三重の異界の使い魔たち)
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