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#navi(ウルトラ5番目の使い魔)
第三十七話
三大怪獣、トリスタニア最大の決戦
ミイラ怪人 ミイラ人間
ミイラ怪獣 ドドンゴ
青色発泡怪獣 アボラス
赤色火焔怪獣 バニラ 登場!
暗雲に閉ざされ、住人のいなくなったトリスタニアで天空を揺るがす激戦が始まろうとしていた。
銀色の巨人と金色の怪獣、ウルトラマンAと星の守護者の怪獣ドドンゴ。
それに対する青い怪獣と赤い怪獣、すべてを溶かす青い悪魔アボラス、すべてを焼き尽くす赤い悪魔バニラ。
六千年の時を超えて現代に蘇った三体の怪獣と、新たに星の守りについた光の戦士。
一度は敗れた相手ながら、才人とルイズの心にはおびえも躊躇もすでにない。
(あんなビジョンを見せられちまったんだ。もうお前たちの好きにはさせないぜ)
(始祖ブリミルのご意思、子孫のわたしたちが無駄にするわけにはいかない。はぁ、まったくとんでもないご先祖を
我ながら持ってしまったものね)
人間は、若者は敗北を乗り越えて前へ進む。命ある限り、停滞することなく彼らの進化は進む。
ウルトラマンAは、彼らを選んだことは間違いではなかったと確信していた。そして彼らなら、敵がどんなに強大で
あろうとも、そこには希望があるであろうとも。果て無き闘争を求める者から、平和と人々の安息を守るために。
その恐れなく、まっすぐに敵を見据える雄姿を、怪獣ドドンゴと彼の背に乗るミイラは、その目に六千年分の
驚愕をすべて詰め込んだ視線で見ていた。
”やはり来てくれたか……それにしても、よく似ている”
彼の姿は人とは違いこの時代の言葉も話せなかったが、その心の中身は人間と大きな差はなかった。
あのとき、バニラと戦うウルトラマンAの姿を見、敗れて変身が解除されたルイズと才人を見たとき、彼は六千年の
まどろみから完全に目覚めていた。
”そうか、この時代にも……”
記憶を蘇らせた彼は、最初自分の目を疑い、続いて懐かしさを感じた。
”味方なのか……それとも”
とまどいの中で、彼はどうするべきかを迷った。むろん、彼はウルトラマンAの正体などは知らない。彼の宿敵である
バニラと戦っていたからといって、敵の敵は味方だと短慮を起こすわけにはいかない。しかし、ルイズの懐から
零れ落ちていた始祖の祈祷書を見たとき、彼の選択は決まった。
さあ、もはや天運を望む時は過ぎた。あとは、現世に立つ者の意思と努力がすべてを決する。
六千年前の破滅の再来を防ぐためには、勝利以外に道はない。
わずかな観客となったド・ゼッサールと魔法衛士たちは息を呑み、その時が訪れたのを知った。
「始まるぞ……戦いが!」
アボラス、バニラの咆哮がゴングとなり、決戦の火蓋は切って落とされた。
「トオーッ!」
最初に打って出たのはウルトラマンAだった。空中高くジャンプして、空中できりもみしながら急降下、猛烈な勢いを
つけたキックをアボラスの頭部に炸裂させる。しかし、アボラスも巨体をいかしてこらえきり、巨大な顎を開いて
飲み込まんばかりにエースに噛み付いてくる。
(そうはいくか!)
噛まれる寸前に、エースはバックステップでアボラスの攻撃を回避した。才人の記憶から、アボラスの戦い方は
すでに心得ている。初代ウルトラマンが戦った怪獣の中でも屈指のパワーファイターであり、初代ウルトラマンも
頭を押さえつけて噛まれないように防戦につとめたという恐るべき相手だ。接近戦に持ち込まれたら分が悪い。
ヒットアンドウェーで、間合いを操って敵の体力を削っていこうと、エースは突進してきたアボラスの勢いを利用して、
巴投げでアボラスを投げとばした。
一方、ドドンゴはバニラと正対していた。
目から打ち出す光線と、口から吐き出す高熱火焔が武器である両者は、それぞれの武器の威力が互角で
あることを知っているために、にらみ合ったままで相手の出方と隙をうかがっている。しかし、そんな状況は
何秒も続きはしなかった。
ドドンゴが四本の足を蹴立てて頭から突進し、受け止めたバニラがドドンゴの首筋に噛み付いて出血させる。
だが負けじとドドンゴも龍のように鋭い牙が生えた口でバニラに噛み付き、バニラは悲鳴を上げながらドドンゴの
頭を殴りつける。
二匹の戦いは、まるで大熊の決闘のように肉弾相打つぶつかり合いとなり、小細工抜きの力と力のみがものをいう。
”負けるな! さあゆけ!”
ミイラの声がテレパシーとなってドドンゴの頭に響き、ドドンゴは雄叫びをあげてバニラの腹に頭をぶつけると、
そのまま首の力でかちあげた。
ミイラとドドンゴ、かつての地球でもこの二体が強い絆で結ばれていたことは知られている。主人と従者か、
あるいは友だったのか、それを伝える資料は残されてはいなくても、ミイラの呼ぶ声に応じてドドンゴが助けに
やってこようとしたことから、彼らがかつては並々ならぬ関係だったのは疑う余地はない。
接近戦では体格差を活かし、バニラに得意の火焔を吐く間合いを与えまいとミイラはドドンゴに指示を飛ばす。
さらに、アボラスの相手をしているウルトラマンAも、アボラスを相手に五分以上の攻防を繰り広げていた。
(アボラスは頭がでかくてバランスが悪い。角をつかんで振り回してやれ! よっし、そこだチョップ!)
才人の言うとおり、エースはパワーと巨体を誇るアボラスを素早さで翻弄していた。なにせ、バニラと違って
アボラスはウルトラマンと対戦した記録が残されている。初代ウルトラマンがアボラスを相手にどう戦ったのか?
弟が戦うことになっても、その戦訓は大いに役に立つはずだった。
「あっ! 口が開いた」
「エース避けろ! 溶解泡が来るぞ」
アボラスの口から放たれた白い霧状の溶解泡が、エースが飛びのいてかわしたところにあった建物を、
ドロドロに溶かして消し去ってしまった。ルイズが反応するのが一瞬遅れていたら、エースはまともに溶解泡を
喰らっていたかもしれない。あの溶解泡は、ウルトラマンの体を溶かすまではいかなくても、一気にエネルギーを
消耗させてしまう力を持っている。初代ウルトラマンも、ほぼ万全の状態から一度これを受けただけで、
カラータイマーの点滅がはじまってしまったほどだ。
切り札をかわされてしまったアボラスは、殴りかかり、尻尾を振り回し、さらには闘牛のように角を向けて一気に
突進を仕掛けてくるようになった。重い一撃の連打に、エースもはじきとばされてなるものかと目を凝らし、
敵の気配を全身で感じ取る。
力を力でねじ伏せようとするバニラとドドンゴ。アボラスの直線的な攻撃を受け流して、反撃の機会をじっと
待ち続けるウルトラマンA。両者の戦いは互角で、その戦いは高所からならば容易に見学することもできた。
トリスタニアでもっとも高いところにある、王宮のテラスからアンリエッタは激闘を見てつぶやく。
「また、この街が戦場となってしまった。いったい、いつになったら平和で活気に満ちていたあの頃が帰ってくるのでしょう……」
平和が戻ってきたと思っても再び怪獣が現れる。何度復興してもまた壊される。人々が戻ってきてもまた逃げ出さざるを得ない。
いくら怪獣を倒したところで、次々と新しい怪獣がやってくる。怪獣は倒しきれるものではなく、無限に沸いてくる天災の
ようなものかもしれないのではないか。
アンリエッタが感じたその不吉な予感は、実は怪獣頻出期に地球の人々が感じていたのと同じものであった。
連日連週、地球を襲う怪獣・超獣・宇宙人の果てしなき来襲。西暦一九六六年に始まり、同年の初代ウルトラマンの
地球来訪から西暦一九八一年のウルトラマン80の地球防衛期間までの実に十五年間。実際には一九七五年の
円盤生物ブラックエンドから、一九八〇年の月の輪怪獣クレッセントまで五年ほどの休止期間はあるが、それでも
怪獣頻出期は十年もの長きに渡ったのだ。
その間で失われた人命や、破壊された財産は数知れない。幽霊怪人ゴース星人の地底ミサイル攻撃では
世界の主要都市の多くが破壊され、広島県福山市を壊滅させたベロクロン、一夜ごとに一つの街の住民を皆殺しに
してまわった残酷怪獣ガモスなど、当時はいつ自分が怪獣災害の犠牲になってもおかしくない時代であった。
自分のやっていることは、実は雨粒をすべて受け止めようとしているにも似た不毛なものなのではと、アンリエッタは
薄青の瞳を曇らせた。幼い日、軽い気持ちでルイズを伴って幻獣を盗み出して遠出し、沼地の怪物にルイズの
命を取られかけたあの日から、自分のやることには責任をもとうと心に言い聞かせてきた。そして、実戦で戦っている
ルイズやアニエスたちに少しでも報いようと、トリスタニアの改造にも取り組んできたのだが……それは無意味だったのだろうか。
気落ちした表情を浮かべるアンリエッタに、いつの間にやってきたのか枢機卿のマザリーニが顔を覗きこんで告げた。
「殿下、お気持ちはわかります。確かに今、トリステインが直面している危機は歴史上類を見ないものです。しかしながら、
殿下のなさっていることは決して無意味ではありませぬ」
「枢機卿!? あなた、わたくしの心が読めるのですか?」
「いやいや、伊達にあなたさまの三倍近く歳をとってはいないというだけのことです。それよりも、殿下のなさっていることは、
間違いなくこの国の民の命と幸福を守っていると、それだけは言っておきたく存じましてな。一部心なきものもおりますが、
多くの民はあなたさまに感謝し、信頼しております。でなければ、少なくとも利にさとい商人などはとうにこの街を去って
いることでしょう。昨日まで、殿下がここから見下ろされていた街の活気がなによりの証拠です」
「……そうですわね。わたくしとしたことが、どうかしていたようです」
「わかられたなら結構。では、私も付き合いますゆえ、戦いの決着を見届けましょう」
「はい。彼は……ウルトラマンAはわたくしたちのために命を懸けて戦ってくれている。でしたら……」
せめて、彼の戦いを最後まで見届けるのが、わたしたちの義務でしょうからと、アンリエッタはテラスの手すりを
強く握り締めた。
銀と金、青と赤。遠目にもよく映えるウルトラマンと三大怪獣の死闘は、開始からいささかも勢いを衰えさせずに続いている。
アボラスの溶解泡をかわしたエースが、アボラスの顎を掴んで背負い投げを炸裂させる。
バニラの火焔で、背中の翼の一枚を焼かれたドドンゴが目からの怪光線をバニラの尻尾に当てて熱がらせる。
全力でのぶつかり合いは五分から、ややエース側が優勢に見えてきていた。このまま追い込めば、二大怪獣を
倒すことができる! ド・ゼッサールを含め、見守っていた人間たちは皆そうした明るい予感を持った。
だが、さらに攻撃を強化しようとしていたエースのカラータイマーが、突如激しい警告音を鳴らして点滅を始めたのである。
「そんな! まだ一分くらいしか経っていないぞ!」
彼らも何度もエースの戦いを見て、エースの活動限界がおよそ三分間であることは知っている。さらに、カラータイマーの
点滅はその危険を表し、約二分で点滅しはじめることにも見当をつけていた。しかし、今回はあまりにも点滅の開始が
早すぎる。しかも、エネルギーの消耗が大きくなってきている証拠に、エースの動きががくりと鈍くなってきた。
(やはり、バニラとの戦いのダメージが、まだ回復しきってなかったか……)
エースは、急に重くなった体に抵抗しながら、心の中でつぶやいた。バニラに敗退してから、まだ半日も時間は経過
していないのだから当然といえば当然だ。むしろ、序盤でここまで善戦できたことが奇跡とさえいえる。
動きが鈍ったエースに、アボラスが気づくのには数秒と必要はしなかった。肉食獣が弱った草食獣を群れの中から
正確に見つけ出すように、エースの弱体化を察したアボラスは体をひねり、強烈な尻尾の一撃を加えてきた。
「ウワァッ!」
頑強な皮膚と重量から生み出されるパワーは、弱ったエースを吹き飛ばすには充分すぎるくらい強烈だった。
建物の中へ吹っ飛び、レンガとしっくいの破片でできた煙にエースは埋もれた。間髪いれずにアボラスは溶解泡を
吹き付けてとどめを刺そうとしてくる。
「ヘアッ!」
飛びのき、すんでのところでエースは直撃されるのだけは防いだ。けれど、凶暴なアボラスは攻撃を緩めるどころか、
エースが起き上がる前に突進してきて、彼の体を蹴り上げた。
「ヴッ、ヌォォッ」
そこは偶然、先の戦いでバニラから受けた打撲のある場所だった。普通に攻撃されたよりひどいダメージに、
耐えられない苦悶の声が漏れる。緒戦で飛ばしすぎたために、エネルギー切れの反動がいつもよりも大きかった。
エース、それに才人とルイズは短期決戦でアボラスを倒すつもりであったあてが外れて焦った。
万全であったなら、倒し方を知っている分だけこちらが有利であったはずなのに、それを活かしきれなかった。
アボラスは安全を確信したのか、ひざをついたまま立ち上がれないでいるエースを太い腕で殴りつける。
「グッヌォッ!!」
顔面を殴りつけられたエースは、ひとたまりもなく吹っ飛ばされて地面に叩きつけられた。脳を揺さぶられる強烈な
衝撃で、視界が暗くなって一瞬体の自由も利かなくなる。アボラスの体は、怪獣の中でもトップクラスの腕力を誇る
どくろ怪獣レッドキングと非常によく似た形をしており、軽くビルを叩き壊す恐るべき怪力を誇っているのだ。
(エース! 立ってくれ)
(だめだ、体の自由が利かない……っ)
バニラとの戦いでダメージを受けたところに、さらにダメージが加わったことが傷を致命的なまでに深めていた。
カラータイマーの点滅は加速度的に早まり、エネルギー以前に肉体のダメージがこれ以上耐えられないのは明白だ。
エースをこれで倒したと思ったアボラスは、次は当然のように本来の敵であるバニラと、バニラと戦うドドンゴに
矛先を向けた。組み合っている二匹に向けて突進し、ドドンゴを殴り倒すとバニラを押し倒そうと体当たりをかける。
むろん、負けじとバニラもアボラスを跳ね除けると、すかさず火焔で反撃を図る。この二匹には、敵の敵は味方などという
思考はない。目に映るものはすべてが敵でしかないのだ。
アボラスに殴られたドドンゴは、荒い息を吐きながらも起き上がった。ドドンゴの防御力はあまり高くはなく、科特隊の
携帯武器であるスパイダーショットでたやすくダメージを受け、スペシウム光線の一発で絶命してしまっている。
この戦いでも、バニラに与えたダメージの少なさに比して、ドドンゴの受けた傷は浅くはない。それでも、彼らは
立ち上がっていく。
”まだ、戦えるか?”
”……”
”そうか……ありがとう”
ミイラとドドンゴは、テレパシーを使い、彼らにしかわからない言葉で短く語り合った。彼らは、これが自分たちに
課せられた最後の使命だと知っていた。六千年という長きに渡って眠ることで生命を維持してきたが、この世に永遠の
ものなどはありえない。延命の限界は、もう遠くはない。
”すまない……私に付き合って、お前にまで過酷な運命を強いてしまって”
”……”
”そうだな。最後まで共に行こう……そして、あの人たちのところへゆこう”
この身に代えても二匹の悪魔は止める。過去のあやまちの清算を、未来に先送りにしてしまった自分たちの、
それがせめてものつぐないなのだ。ミイラ人間とドドンゴ、人間から見れば恐怖を抱く異形の存在であっても、
心は外見の形に左右されることはない。
命を力に変えて燃やし尽くそうとしているかのように、ドドンゴは空高く雄叫びをあげて二大怪獣に立ち向かっていく。
「あの金色の怪獣、まだ戦おうというのか!?」
戦いを見守っていたド・ゼッサールたちも、傷だらけになりながら立ち向かうドドンゴを見て顔をしかめさせた。炎、爪、
打撃でこれでもかというほどに痛めつけられ、あれが人間ならばとうに意識を失っていても不思議ではないだろう。
それに、二匹の怪獣はお互い戦うのに夢中でほかに意識が向いていない。今ならば逃げ去ることも容易であるのに、
なぜそこまでして戦うのか? 彼らは、ドドンゴとミイラがこの時代の人々を守るために、過去から遣わされた
使者であることを知らない。
再び街を破壊しながら終わりのない戦いをはじめたアボラスとバニラに、ドドンゴは勢いをつけて突進攻撃をかけた。
バニラに背中から激突し、吹っ飛ばされたバニラはアボラスを押し倒して転げまわる。
「やったか!」
経験の浅い魔法衛士隊員の何人かはそう叫んだが、そううまくいくはずはなかった。むしろ、またも戦いの邪魔を
されたことで怒りのボルテージが増し、二匹ともが同時にドドンゴへと敵意を向けてしまった。
目からの怪光線で先制するドドンゴ、しかし胴に直撃を受けたはずのアボラスはまったくダメージを負っていない。
それもそのはずで、アボラスの皮膚はスペシウム光線の直撃にも二度まで耐える頑強さを誇っている。
切り札もまるで通用せず、ドドンゴは一方的に痛めつけられていった。アボラスとバニラに噛み付かれ、殴られ、
火焔を受けて皮膚を焼け焦げさせて倒れる。溶解泡だけはなんとかかわしたものの、今度こそとどめを刺そうと
二大怪獣の魔の手が迫る。
「ヘヤァッ!」
間一髪、息の根を止められる寸前のドドンゴを救ったのはウルトラマンAの必死の体当たりであった。バニラの
横腹に打撃を加え、虚を突かれたアボラスの首根っこを掴んで上手に投げ飛ばす。
地響きの二重奏が鳴り響き、エースの戦線復帰にアンリエッタや魔法衛士隊の一部に喜色が浮かぶ。
しかし、これはエースにとってほんの一欠けらの余力を振り絞った、燃え尽きる前のろうそくの炎に過ぎなかった。
奇襲は成功させたものの、エースはそこまでが精一杯で立つのがやっとの有様だった。そこへ、余力たっぷりの
アボラスとバニラが逆襲を加え、エースを再び地に横たえさせるまでにかかった時間は、ものの五秒足らずでしかなかった。
ウルトラマンAは倒れ、ドドンゴも断末魔の荒い息を吐いている。ミイラもドドンゴが倒されたときに地面に投げ出され、
即死はまぬがれたものの、すでに動く力は残っていなかった。
対して、アボラスとバニラは戦闘開始前とほとんど変わらぬ様子で、トリスタニアの街に君臨している。
「もう、トリスタニアは終わりか……」
絶望の声が、魔法衛士隊の中に流れる。ウルトラマンをも一蹴し、ひたすら破壊と戦いにのみ明け暮れる
その姿は、まさに悪魔そのものだった。二大怪獣を止められるものはもうすでになく、トリスタニアが灰燼と帰すまで
一日もあれば充分だろう。
ウルトラマンAは変身が解除されるギリギリの体で、それでもなんとか戦おうとしていた。
(せめて……せめて、太陽があれば)
ウルトラマンは光の戦士、太陽の子。太陽エネルギーがあればと、エースは空を見上げる。
しかし、空は雨の名残で厚い雲に覆われていて、太陽の姿は見ることさえできなかった。かといって、宇宙まで
飛行してエネルギーを補給する余力すら、今のエースには残されていない。
万事休すか……もはやどうするべきことも思いつかず、才人とルイズも心の中で歯軋りした。
変身解除まで、あと十数秒。それを過ぎればまた戦えるまで数日はいる。しかし、その間にトリスタニアは
完全に破壊されてしまう。
だがそのとき、終わりのときを待つばかりのエースを見上げていたミイラが、最後のテレパシーをドドンゴに送っていた。
”頼む……ウルトラマンに、光をあげてくれ”
その声がドドンゴに最後の力を与えた。もはや死を待つばかりであった頭がゆっくりと動き、空を見上げて
見開かれた目から、怪光線が空に向かって放たれたのだ。その光は暗雲を貫き、太陽を覆い隠していた
分厚い水蒸気の塊を拡散させ、直径数百メートル規模の巨大な風穴を開いたのだ。
(これは……太陽の光)
開かれた風穴から、まばゆい陽光がウルトラマンAへと降り注いだ。全身にさんさんと浴びせられる、金色の輝きを受けて、
エースの閉じかけていた目に光が戻る。
「ヘヤッ!」
エースは腕を胸の前でクロスさせると、降り注ぐ太陽の光を頭部の穴、ウルトラホールへと集中させていった。
エネルギー収束の機能を持つウルトラホールに集められた太陽光線は、エネルギーへと変換されてエースの
全身へと送り込まれていく。
力は満ちた! 太陽からもらった力を最後の一撃に必要なまでチャージしたエースは起き上がり、二大怪獣の
前へと立ちふさがる。
「シュワッ!」
雄雄しく立ち上がったエースの勇姿に、見守っていた人々から歓声があがり、アボラスとバニラは一瞬気おされて後ずさる。
しかし、カラータイマーの点滅は限界を示したまま回復してはいない。頑強な体と無限に近い体力を誇る二大怪獣を
撃破するには、限界ギリギリまで力を注ぎ込んだ一撃を持った、捨て身の一撃しかないことにエースは気づいたのだ。
「ヌゥン!」
エースは全エネルギーを振り絞り、腕を下向きにクロスさせた。一瞬放たれたすさまじい気迫が、本能の奥に眠っていた
アボラスとバニラの恐怖心を呼び起こす。あの攻撃、あの攻撃を放たせてはだめだと声なき声がアボラスとバニラの
闘争心に訴えかける。
その瞬間、永劫の過去から現代に渡って殺し合いを続けてきた二匹の悪魔は、生涯初めて同じ行動に出た。
互いへの憎しみを忘れてエースへと飛び掛っていく。アボラスとバニラの共闘……誰もがありえないこととして、
考えられもしなかった幻の最強怪獣のタッグがここに誕生したのだ。
だが、完成すればまさに最強と呼ぶにふさわしかったかもしれないそのタッグも、すでに遅すぎた。
全力で襲い掛かってくる二大怪獣を恐れず見据えたエースは、両腕を斜めに高く掲げた。ウルトラホールに集中させた
全エネルギーが、両手の間で白い三日月形の光に変わる。
(これが最後だ!)
裂帛の気合が二大怪獣だけでなく、彼と同化している才人とルイズさえもおののかせる。
この技を使ったのは過去たった一度だけ。あまりの破壊力ゆえに、下手をすればエース自身の命をも削りかねない
最大最強の必殺技。両手を頭上で閉じ、全エネルギーが手のひらの間で一枚の光の手裏剣に変えられる。
見よ! ウルトラマンAの切り札を!
『ギロチンショット!』
超エネルギーをたった一枚にまで凝縮したギロチンが投げつけられ、アボラスの胴体を直撃した。不死身に近い
悪魔性を誇った分厚い皮膚も、なんの役にも立たない。腹から背中までをギロチンショットは薄紙のようにぶち抜く。
さらに、アボラスを貫通したギロチンショットはブーメランのように軌道を変え、愕然とするバニラの胸をも撃ち抜いた。
驚愕と憎悪、そして恐怖の光がアボラスとバニラの目に宿って、唐突に掻き消える。
敵の体を引き裂こうと、憎らしげに伸ばされていた腕が力を失って垂れ下がり、二大怪獣の体が前のめりに崩れ落ちた。
そして、命を絶たれたアボラスとバニラの体は魂の後を追うように、巨大な火柱をあげて砕け散ったのである。
(やっ……た!)
(悪魔の、最期だ)
ルイズと才人は、煙の柱と化した二大怪獣を力を失った目で見てつぶやいた。
本当に、本当に恐ろしい敵だった。蘇った時代が時代なら、本当にこの二匹によってハルケギニアの人類は
滅ぼされていたかもしれない。古代の人々がついに殺すことができず、封印するしかできなかったのもうなづける。
一説によれば、アボラスとバニラはともに宇宙から来た怪獣だと言われている。食物連鎖でも縄張り争いでもなく、
ただひたすら争うだけの関係など、地球の生態系では考えられないからそれも考えられる。
いまだ、人類の乏しい知識では氷山の一角すら解明できていない宇宙の生態系。もしかしたら、アボラスとバニラの
種族は今でも宇宙のどこかで、人間には知りようもない理由で戦い続けているのかもしれない。
魔法衛士隊の隊員たちが歓声をあげながら手を振ってくる。彼らも、必死の防戦がトリスタニアを守ったことを喜んでいる。
もしもここで敗れていたら、彼らの命も今日までだったかもしれない。アンリエッタもまた、彼女らしく優雅に手を振ってくる。
しかし、今日の戦いはエースひとりで勝てたわけではない。エースは、ゆっくりとした足取りで横たわっているドドンゴに
歩み寄ると、その傍らに片膝をついてかがみこんだ。
(すでに、事切れている……)
ドドンゴの両眼は閉じられ、息は絶えていた。けれど、その顔には苦痛のあとはなく、むしろ穏やかに眠っているように見える。
きっと、アボラスとバニラの最期を見届けたことで、自分の使命は終わったと安心したのであろう。彼のなきがらから
少し離れた場所では、あおむけに横たわるミイラがエースとドドンゴを見上げている。
(ありがとう。この戦い、君たちがいなければ勝てなかった)
言葉が通じたわけではないが、ミイラが小さくうなづくのがエースには見えた。彼も大きく傷つき、あといくらも持たないだろう。
ウルトラマンAは、すがるようなミイラの眼から彼の最期の願いを読み取ると、横たわるドドンゴの遺体を渾身の力を込めて
持ち上げた。
「ジュワァッ!」
遺体を頭上に掲げたエースを、ミイラは満足そうに見上げてうなづいた。周りでは、魔法衛士隊の隊員たちがエースは
なにをする気だと困惑しているが、ド・ゼッサールだけはエースの意思がわかった。
「全員静まれ! 敬礼しろ。戦友の、見送りだ」
どよめく部下を一喝して、ド・ゼッサールは見事な衛士隊式の敬礼を見せた。長年、多くの上司や部下や戦友の死を
間近で見てきた彼が、そのたびに戦場で感じていたこと。戦友のなきがらが、野ざらしにされて心無い者たちに
辱められるのは耐えられないという思い。
ド・ゼッサールたちはドドンゴがなぜ命を懸けて戦ったのかという理由は知らない。けれど、知らなくても命と引き換えにして
エースを助けた献身は、彼らの心に確かに響いていたのだ。勇者への称えを贈られて、今ドドンゴは誰の手にも渡らない
世界へと送られていく。
「シュワッチ!」
ウルトラマンAによって、ドドンゴは宇宙葬によって送られた。この世界に、ウルトラゾーン・怪獣墓場がないのは残念で
あるけれども、もはや二度と彼の眠りがさまたげられることはないに違いない。
戦いの役目を終えたウルトラマンAは星に帰り、もうひとりの勇者の最期を見とどける。
戦場跡、魔法衛士隊も引き上げて、完全に無人となったトリスタニアの一角で、才人とルイズはミイラを看取ろうとしていた。
「あなたが何者だったのか、わたしたちは知らない。けれど、あなたたちのおかげでトリスタニアが救われたのは紛れもない
事実……それなのに、わたしたちはあなたを救う手立てはない。こうして、見届けることしかできない。許して……」
頭を垂れて、ルイズはミイラに詫びた。彼は苦しそうに荒い息を吐いているが、それもしだいにか細くなっていき、
生命力が急速に失われていっているのがわかる。もう、どんな治療も手遅れだろう。なにより、彼がそれを望むまい。
才人は、今まさに消えようとしている命を目の当たりにして、決してそれから目を逸らすまいとしながら思った。
「六千年ものあいだ、アボラスとバニラを見張るために眠ってたなんて……すまねえ、おれたち未来の人間がアホだった
ばっかしに、こんなことになっちまって。言葉が通じるなら詫びてえよ……おれには、とてもできねえ」
ミイラとドドンゴがいなければ、自分たちも今こうして生きていたかどうかすら疑わしい。かつて地球で、彼らと同種族の
ミイラとドドンゴが現れたとき、彼らはあまりの力と意思の疎通ができないゆえに、危険なモンスターとして抹殺され、
記録にもそう残されている。だが、自らをミイラと化してまで延命するなど並の覚悟でできることではない。今となっては
知る術もないが、地球のミイラたちももしかしたらなんらかの使命を持って眠っていたのかもしれない。
結局、悪いのは昔も今も、不用意に彼らの眠りを妨げてしまった自分たち現代の人間である。
ミイラは、すまなそうにうなだれている二人をじっと見上げていた。青黒い皮膚からはさらに生気が消え、まもなく
本物のミイラとなるだろう。しかしその前に、彼はか細い息の中で片腕を上げると、ルイズの懐から覗いていた
始祖の祈祷書を指差した。
「えっ? こ、これ?」
ルイズは驚きながらも、恐る恐る祈祷書を差し出した。彼は、枯れ木のような手を祈祷書に伸ばし、指先を祈祷書に
触れさせた。指先と触れ合った部分が鈍く輝き、祈祷書を通じてルイズの心にミイラの記憶が流れ込んできた。
「あっ、うっ! こ、これは……!?」
例えるなら、グラスの中のワインを別のグラスに移し変えたように、流れ込んできた記憶がルイズの中を駆け回る。
それらは他人の記憶らしく漠然とぼけていたものの、彼の歩んできた道をルイズに伝えてくれた。
六千年前の最終戦争、彼はそこでドドンゴとともに戦っていた。そして、旅をしていた始祖ブリミルの一行と出会い、
紆余曲折の末に彼らとともに戦う道を選んだ。
行く先々で彼らを待っていた戦いの日々。当時、世界中を覆っていた戦乱の中を、ブリミルの一行は力を合わせて
生き抜いた。特に、リーダーであったブリミルの操った魔法の威力はすさまじく、彼らは何度もその威力で窮地を脱した。
仲間を増やし、時には逃げ、絶望的な戦乱の中を、彼らはある目的を果たすために戦い抜いた。
けれども、最終戦争の巨大さの中にあってはブリミルの力とて小さなものに過ぎなかった。
多くの仲間が傷つき倒れ、絶望的な旅路は永遠に続くかに思われた。だが、どんな絶望の中にあってもブリミルは明るく、
笑顔を絶やさずに仲間をはげまし続けた。もっとも、ときたま彼の使い魔の少女……祈祷書のビジョンで見た、ガンダールヴの
ルーンを持つエルフの少女を、新しい魔法の実験台にしようとするなどの暴挙に出ることもあった。ただし、その度に
彼女の怒りを買って、彼女の友達のリドリアスにおしおきとして空高くつまみ上げられたりしたが、そんな光景も笑いとともに
仲間の心を和ませた。
そんな彼らだったからこそ、仲間たちは希望をたくしてついていった。
しかし、突如空から現れた悪魔の虹によって、わずかな希望も打ち砕かれた。
世界はあらゆる生き物に憑り付いて狂わせる悪魔の虹によって混沌に変えられ、ブリミルの仲間たちも次々犠牲となった。
そして、追い詰められたブリミルは禁じ手とされていた、ある方法をとることを選択する。
彼の記憶は、ここでいったん途切れた。
”そうか、あなたも憑り付かれてしまって記憶が残ってないのね。でも、あなたは今こうしてここにいる。いったいどうやって、
あなたは悪魔の虹から解放されたの? 始祖ブリミルが選んだ禁じ手ってなんなの?”
ルイズは、肝心なところで途切れた記憶の答えを問いただした。しかし答えは返ってこずに、再開された記憶のビジョンが
代わってルイズに語りかける。
”この景色は、ラグドリアン……これは、わたしたちが祈祷書に見せられた戦いね”
見覚えのあるビジョンに、ルイズはすぐに合点した。空を舞うリドリアスと、三体のカオス怪獣にアボラスとバニラを
含めた怪獣軍団、それを迎え撃つブリミルたち。見たところ、彼らに以前と特に変わったところはない。それなのに、
彼らの表情は追い詰められて絶望に染まっていたときと一変し、悪魔の虹に憑り付かれていたはずのミイラやブリミルの
仲間たちも元に戻っている。
いったい、彼の記憶が途切れていたあいだになにが起こったのだろう? 今度こそ、この戦いの結末をとルイズは身構えた。
けれど、残りの記憶を渡す余裕はミイラには残っていなかった。指が祈祷書からこぼれ落ち、ルイズの見ていたビジョンも途切れる。
ルイズは、あと少しで謎が解けるのにと、歯がゆさからミイラに叫ぼうとして思いとどまった。彼の、なにかをやりとげた
満足げな目。そして、安心した表情から、ミイラが自分になにを伝えたかったのか、それを悟ったから。
「わかったわ。始祖ブリミルは、あなたの大切な仲間は、最後まであなたたちを守るために戦ったのね。虚無の力を
正義のためになるように……残りの謎は、わたしたちの手で解いていくわ。そして誓うわ、わたしもこの力を決して悪に
用いたりしない。だから、安心して」
ルイズはミイラの手をとり、次いで才人ももう片方の手をとった。
冷え切っていたミイラの手のひらに二人のぬくもりが伝わり、苦しげだったミイラの呼吸が一度、気持ちよさそうな
ため息に変わった。
そして最後に、ミイラは二人を見上げてわずかに口元を動かすと、まぶたを閉じて永遠の眠りについていった。
「逝ってしまったな」
「ええ、六千年もの時間守り続けてきた使命から、やっと解放されたのよ。きっと今ごろ、昔の仲間たちに迎えられてるわ」
「だといいな。ところでルイズ、さっき祈祷書から何かを見せられてたみたいだけど、なんだったんだ?」
「後で話すわ。それよりも、彼の最後の言葉、あなたも聞いた?」
ルイズの問いに、才人は一度目を閉じた。そうして、空を見上げると、霊魂に誓うように答えた。
「ああ、聞こえたよ……『この時代を、頼む』ってな」
戦いは終わり、またひと時の平和がこの世界に戻った。
しかし、根本たる脅威が残っている以上、次なる敵が遠からずやってくるのは間違いない。
その日に備えて、人々は足を進める。
エレオノールたちは、古代遺跡に残っていた碑文の残りを解読しようとやっきになっている。
アンリエッタは、破壊された街の再建をすぐに準備させ、被災した住人の仮の住居を定めるように命じた。
数日後にまで迫ったウェールズとの結婚式典を、彼女はなにがあってもやりとげるつもりでいた。
自分のためだけではなく、人々にトリステインは決して怪獣などに屈しないと示し、希望を与えるために。
かつて、宇宙科学警備隊ZATがウルトラ警備隊以来の伝統であった秘密基地をやめ、都心に巨大な基地を構えたのも、
ZATはいつでもここにありということを人々に示し、長く続く怪獣頻出期の中の希望であるためだったという。
人間は、そう簡単に絶望なんかに屈したりはしない。
才人はミイラの遺体を背負い、トリスタニア郊外の小さな丘に埋葬した。
そこは、以前ワイルド星人を埋葬した場所で、見晴らしはよく、街道から離れているので人はめったにこない。
「ここなら、もう誰もあなたの眠りをさまたげはしない。安心して眠ってください」
「そして、できることならわたしたちを見守っていてください。わたしたちが、六千年前と同じあやまちを犯さないために」
二人の祈りが、小さな丘に流れる。悠久のときを戦い抜いた勇者たちへの鎮魂歌、それは虚空を越えてやがて
空のかなたへと吸い込まれていく。夕暮れを迎えた空に、ひとつの星と、それに寄り添う小さな星がまたたいていた。
続く
#navi(ウルトラ5番目の使い魔)
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