「SeeD戦記・ハルケギニア lion heart with revenger‐29」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「SeeD戦記・ハルケギニア lion heart with revenger‐29」(2011/02/01 (火) 20:35:44) の最新版変更点
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#navi(SeeD戦記・ハルケギニア lion heart with revenger)
ジョーカーの高度1万メイルからの夜間強行降下偵察敢行から三日。
教皇庁から北に100リーグの合流地点にて、夜陰に紛れた朱い巨体がじっと地に伏せていた。
ぱちぱちと時たま割れる音がする焚き火を眺めつつ、アニエスはじっとジョーカーの帰還を待つ。
(……そういえば、火に対しての抵抗感がまるで無くなっているな)
擬似魔法を習ったばかりの頃、火属性を余り使わないことをスコールに指摘されていたのが懐かしい。
あれからはちょくちょく使う魔法に火属性を混ぜていたのは、自分の方が年上であるというアニエスの気負いからだ。
それ以外にも、ラグドリアン湖での一件のように火が必要であったときもある。
そして仇討ちを終え、ジャンクションを日常的にするようになり、自身があの強大な火を操りうる方になってからは、殆ど火魔法に対する蟠りを忘れていた。
(これも、ジャンクションによる記憶障害の一つだろうか……)
そんなことを考えているアニエスの耳に足音が聞こえる。二時間交替のスコールとの不寝番で、次の交代までもう10分あった筈だが、ラグナロクのタラップからスコールが下りてきていた。
「何だ、まだ余裕はあるだろう?」
「目が覚めた。寝直すほどの時間もなかったから、あんたの話を聞いておきたくてな」
よく冷えた水の入ったグラスを差し出し、スコールは焚き火を挟んで反対側に座った。
「ん……水はありがたいが……話?」
「ティファニアに関して俺達が責められていたときと、あんたの状態が違いすぎる。
ついこの間もアンリエッタ前女王に虚無殺しの件で俺達は異端者呼ばわりされ、今や俺達は直接的でないにしろロマリアの教皇庁と戦闘状態にあると言っても良い。あんただってまさか理解してない訳じゃないだろう」
「それこそまさかだ」
グラスを傾け、アニエスは口元に笑みをこぼす。
「そもそも状況からして違うだろう。確かに私たちは虚無を倒した。だが、あのジョゼフを倒すことは、むしろブリミル教を排斥しようとする連中に手を貸す者を排除したことの方が大きい。
その件で責められるのは、只の単なる勘違いだ。教皇猊下も、事実を知れば我々へ向けられる追っ手をすぐに諌めてくれるはずだ」
(……カステルモール卿が言っていたはずだがな、内部に教皇庁の間者が居たと……)
「それに私は、今回の潜入を只の調査だと思っている。教皇庁にシャルロット女王が居ないという確認のためのな。それがはっきりすれば、玉座に替え玉を据えた事に教皇猊下が関わりないと証明できるだろう?」
「アニエス、自分も納得できない言い訳に意味はない」
「…………」
はっきりとスコールに言われ、アニエスは押し黙った。
そこでざっざっと足音が響き、暗闇の中から襤褸を纏った人影が現れる。
「カードの王者は?」
「臭い息」
事前に決めていた合い言葉を交わし、ジョーカーはボロボロの外套を脱ぎ捨てる。
「コードネームジョーカー、偵察任務より帰還しました」
ざっとSeeD式の敬礼を掲げるのに、スコールも応える。
「報告は機内で受けるが……お前一人ということは……」
「守りは強固だ。俺一人じゃ突破してここまで連れてくるのは難しい」
それはつまり、女王が教皇庁で見つかったということで。アニエスは顔を曇らせた。
以前撮影していた上空写真から作り上げられたロマリア教皇庁の3Dモデリング。
ブリッジのディスプレイに映されたモデルの一部が赤く点滅する。
「建物の中心部に近いこの部屋が、女王の囚われてる場所だ。きっちり一日三食運ばれてるようだが、完全に監禁状態だ」
「ラグナロク強行着陸からの揚陸は出来ないな」
外縁部からの距離が遠すぎるのだ。手持ちの戦力が三名だけで、救出をジョーカー一人に一任するとしても、アニエスと二人でラグナロクの巨体を守りきらなければならない。
以前のアルビオン帝都ロサイスで敢行したアンドバリの指輪奪還作戦では、戦争中の混乱を突いての行動だったが、今度はそんな事情もない。ブリミル教、系統魔法の総本山、ロマリアのほぼ全戦力を相手取るのは幾ら何でも無理がある。
「俺がまた上空から降下するのを提案する。委員長達は最後に強行着陸してピックアップだけしてくれればいい。というよりも、それまでは近づくのも遠慮してもらいたい」
「? 何故だ。お前一人の降下作戦だとしても、ラグナロクがサーチライトを点灯しながら目視可能距離で空を飛んでいれば、それだけでお前への注意は向かなくなるだろう」
「委員長、スニーキングミッションは俺の方が得意なんだ。任せてくれよ」
「ああ……」
実際、敵陣のど真ん中で、捕まっていたわけでもないジョーカーと会ったことのある者としては、了承せざるを得ない。
「まぁ今回は特別に理由はあるんだけど」
「理由?」
がしがし、と帽子を取った頭を掻きつつ、ジョーカーは言う。
「今代の教皇、エイジス32世は虚無だ。もし長くラグナロクをその視界に入れさせておけば、トリステインに侵攻したゲルマニア艦隊の二の舞だ」
「何!?」
この事実には、スコール、アニエス共に目を剥いた。
「……一体何人いるんだ、虚無は!……了解した、あんたの意見を聞く。同じく夜間の方が都合が良いか?」
こくりと頷かれ、艇内の時計を見やる。
「明日の艇内標準時、03:30より作戦開始。一分後に離陸し、教皇庁上空1万mで滞空。04:00よりジョーカーは降下開始。以後ラグナロクはエンジン音も聞こえないよう上空待機。
回収のタイミングは?」
「そうだな……30分ぐらい後になる。場所は……俺がメテオを使うから、落着したポイントに降下してきてくれ。予定としては街の外に出るつもりだけど、間に合わなければ最悪城付近にホバリングしてもらうかもしれない」
それはつまり庁内からの離脱が困難になった場合、ということだろう。確かにスニーキングとしては最悪の状況だ。
「メテオを持っていたのか?」
「あんまり数はないんだ。以前クィーンにちょっと貰っただけだから」
(カードクィーン?……いや、C.C.団クィーン、シュウ先輩か)
平時の委員長職の際に、キスティスと並んで助けて貰っていた。
「……アニエス」
ここまで話が進んだところで、スコールは相棒に目を向ける。
「あんたはどうする。今回の件……あんたが関わりたくないなら、俺とジョーカーだけでやるが」
「いや……やらせてもらう」
若干据わった目でアニエスは言った。
「私は……私はブリミル教徒だ。その教えには従う。だが……下らぬ権謀術手の為に一人の少女を、それも一国の王を拐かし、曳いては国一つを良いように操ろうとするような連中に唯々諾々と従う気は、無いっ!」
「燃えるなよ、アニー?」
眉をつり上げるアニエスのそばに近づき、ぽん、とジョーカーが肩を叩く。
「そう意気込む必要はないだろう?俺達は至極人道的な依頼を受けた。誘拐された人物を助け出すっていう。それをこなすだけさ。
誰かに従うだとか、どんな思想だとか、許せない奴が居るとか、あんまりあれこれ考えると、じきに動けなくなるぜ」
「……心に留めておこう」
「それから、委員長」
アニエスから目を移し、ジョーカーは今度はスコールと目線を合わせる。
「今度の潜入ではディアボロスだけじゃなくてケルベロスとパンデモニウムも貸してもらいたいんだけど」
「ああ、了解だ……作戦開始時刻までは各自休憩とする。以上」
ある未明。俄に騒がしくなった辺りを察して、シャルロットは目を開く。
囚われの身であるこの身。杖も取り上げられているが、小柄ながらに鍛えた体術は備わっているし、保有数は少ないが擬似魔法も持っている。これを切っ掛けに逃げ出すべきかと擬似魔法で扉を破壊しようとしたところで、扉が叩かれた。
油断無く身構えながら、誰何する。
「何者?」
間髪置かず、監視用ののぞき窓が開いて、どこかで見たことのある顔が現れた。
「傭兵部隊SeeDのジョーカーです。女王陛下の救出を依頼されて来ました」
成る程、見覚えのある顔立ちだった筈だ。
「判った。逃走経路は?」
「二重に確保済みです。扉を破壊しますから離れていて下さい」
軽く頷いて、マントを羽織りつつ推定射線上から退く。
「ファイラ!」
どぉっと扉が炎で吹き飛ばされる。やはりジャンクションの効果を持っているのだろう、自分の使える擬似魔法よりも遙かに強力な炎をみやり、破壊された扉をくぐる。
「杖は取り戻せてませんけど、勘弁してくださいね」
「無事に帰れたら、杖の契約をし直す。気にしなくて良い」
「寛大なお言葉に感謝します、陛下」
戯けて一礼した後、シャルロットを先導しつつ廊下で歩を進める。
角をいくつか曲がった先で、慌ただしく走っていた騎士らしき連中と出くわした。
「!?何だ貴様らは!」
誰何しつつ杖を抜く騎士の額に、ジョーカーが放ったダーツが次々と突き刺さっていく。
「思ったより建物内にメイジが残ってるな……流石はブリミル教の総本山」
脳へダメージが行ったのか、昏倒した面々からダーツを回収しておく。
「あ、そうだ」
パーカーのポケットのダーツホルダーにダーツをセットし直しつつシャルロットの方に向く。
「一つ頼みがあるんですが、宜しいですか?」
「何」
「念のためなんですが、もし自分がやられたら、この羽を体の上に置いてくれますか」
シャッとジョーカーが取り出したのは、朱い鳥の尾羽。
「……何のために?」
受け取りつつも、感じた疑問をストレートに尋ねる。
「実は、その尾は……」
「居たぞ!」
ジョーカーが何事か説明しようとしたところで、男の声が響き渡る。
「チッ、お早い到着だ」
通路の向こうから現れたメイジ達を見てジョーカーは軽くシャルロットの背中を押しつつ走り出す。もちろんシャルロットとて戦場での機微は弁えているから、その薦めに従う。
「この先は?」
「もう少し目立たずにいけると思ったんですが……そこの窓から出ましょう。着地はお任せを」
進行方向の窓を指さされ、シャルロットは軽く頷く。
「逃がすな!」
追っ手が杖を掲げたのを見て、咄嗟に半身体を向ける。
雨のように降り注ぐ雷、炎、氷の矢を全て掌と体で受け止めていく。
「お、いいのみっけ。ドロー フレア!」
スクエアの火メイジからドローしたフレアをぶちかます背後で、ひらりとシャルロットが窓の外へ舞う。すぐさまジョーカーも窓から跳んでシャルロットを抱えるようにした上で自分にレビテトを使い、滑空体制に入る。
「上手く見つけてくれよ……メテオ!」
カードで『はなっ』た鉄巨人やルブルムドラゴンといったタフででかいモンスター達が確保してくれている庭園の中心部へ隕石を降らせる。
「しばらくお待ちを、へい……」
そっと地面にシャルロットを下ろし、綺麗に一礼しようとしたところで、ジョーカーの体が吹き飛ばされた。
「がはぁっ!?」
「!?」
咄嗟にシャルロットも、手持ちの擬似魔法を起動直前にしつつ身構え、吹き飛ばされたジョーカーの反対側を見る。
「ご無事ですかな?女王陛下……」
こちらに杖を構えて見せているのは、ロマリア教皇エイジス32世。周りにも杖持ちが居るが、杖を向けているのは奴だけだ。
「申し訳ない、飼い犬の躾が出来ていないものでな……貴女を拐かそうなど……」
「飼い犬?」
意味が解らず、シャルロットは訝しげに眉を寄せる。
「ふ……くっ……そいつは大変だなぁ、飼い犬に手を噛まれた教皇さん?」
傷だらけの体を引きずるようにジョーカーはゆっくりと立ち上がる。
「ついでに飼い損ねた犬にかみ殺されてみるかい?」
「…………」
殺気と言うよりは険悪な空気が辺りを支配する。
「異端者よ……今ここで我が元に下り、使い魔として己を律するのであれば数々の非礼は許そう」
「冗談。ウチの委員長なんか、召喚したトリステインの女王に一瞥もくれずに別れたんだぜ?」
一応断っておくが誇張表現である。
「無理矢理に使い魔契約まで結ばされた俺が、あんたを殺さなかったことをむしろ感謝して欲しいくらいだよ」
「貴様!教皇猊下に何という口の利き方を!」
「止めろ。お前達ではあの者に傷を付けることすら叶わん」
騎士の一人が杖を向けるのを手で制し、自身の杖をジョーカーへ向ける。
「我が元に下らぬと言うのなら、お前の道は滅びのみだ。お前を消し、私は新たな使い魔を呼ぶ」
「そうかい。やってみな、出来るモンなら!」
だっと駆けだしたジョーカーは、その瞬間、再度教皇の杖の前に倒れた。
(やはり……今のはトリステインのルイズ女王と同じ)
伝え聞く『爆発』ではなく幾度か目にしたことのある『失敗魔法』らしき小振りな炸裂を受けて、今度こそジョーカー動かなくなった。
反動でシャルロットのすぐそばまで飛んできたジョーカーの体からは、あの特徴的な緑のパーカーが破れ取れていて、『胸に刻まれていたルーン』がスゥッと消えていった。
「さぁ、女王陛下、お部屋にお戻りを」
未だにモンスター達が暴れている庭。必死に騎士達が防戦して作っている道を指し示して教皇が半ば脅しのような促しを行う。
「その前に、彼の遺言を果たさせてもらいたい」
「遺言?」
「自分に何かあったときには、この尾羽根を体の上に置いて欲しいと」
スッと見せるのは朱い尾羽根。
「……何を考えている?」
「何も。私は只、彼の願いを聞きたいだけ」
再び視線のやりとりが行われる。
「シャルロット女王、大人しく――」
「ドロー アルテマ」
突然だった。今この時まで、油断を誘うためにシャルロットは彼らの前で擬似魔法は使っていなかった。
杖を持たないメイジと油断しきっていた教皇達に、目眩ましとしてアルテマを炸裂させ、シャルロットはフェニックスの尾をジョーカーの体に乗せた。
「貴様!一国の女王でありながら異端の業を……!」
「ありがとう、女王様!」
復活の光の中。倒れたままの体勢から、感謝の言葉を叫びつつ腕だけを使ってジョーカーは教皇にダーツを投げつけた。
命中を確認するより早くジョーカーは立ち上がり、シャルロットを抱え上げて走り出す。と、ほぼ同時にラグナロクのエンジン音が教皇庁に響き渡る。
「流石は委員長、どんぴしゃ!」
突然の巨体の登場に辺りは騒然となる。モンスター達の相手をしていた者達も、また新たな驚異と見なして一度戦線を縮小させようと後退を余儀なくされる。
そんなモンスター達の防衛戦を越えて、ラグナロクの直下に至りシャルロットをそっと下ろす。
「ジョーカー、無事かぁっ!?」
「ああ、無事だよ、アニー」
ひらひらと手を振りながら、タラップが降りていく先からアニエスの姿が目に入ってくる。
「ロマリア教皇エイジス32世」
教皇をモンスター達の間から見据えてシャルロットは些か苦手な大声を張る。
「此度のことは、後々ガリア女王として正式に抗議させてもらう。只で済むとは思わないでもらう」
「飼い犬?」
意味が解らず、シャルロットは訝しげに眉を寄せる。
「ふ……くっ……そいつは大変だなぁ、飼い犬に手を噛まれた教皇さん?」
傷だらけの体を引きずるようにジョーカーはゆっくりと立ち上がる。
「ついでに飼い損ねた犬にかみ殺されてみるかい?」
「…………」
殺気と言うよりは険悪な空気が辺りを支配する。
「異端者よ……今ここで我が元に下り、使い魔として己を律するのであれば数々の非礼は許そう」
「冗談。ウチの委員長なんか、召喚したトリステインの女王に一瞥もくれずに別れたんだぜ?」
一応断っておくが誇張表現である。
「無理矢理に使い魔契約まで結ばされた俺が、あんたを殺さなかったことをむしろ感謝して欲しいくらいだよ」
「貴様!教皇猊下に何という口の利き方を!」
「止めろ。お前達ではあの者に傷を付けることすら叶わん」
騎士の一人が杖を向けるのを手で制し、自身の杖をジョーカーへ向ける。
「我が元に下らぬと言うのなら、お前の道は滅びのみだ。お前を消し、私は新たな使い魔を呼ぶ」
「そうかい。やってみな、出来るモンなら!」
だっと駆けだしたジョーカーは、その瞬間、再度教皇の杖の前に倒れた。
(やはり……今のはトリステインのルイズ女王と同じ)
伝え聞く『爆発』ではなく幾度か目にしたことのある『失敗魔法』らしき小振りな炸裂を受けて、今度こそジョーカー動かなくなった。
反動でシャルロットのすぐそばまで飛んできたジョーカーの体からは、あの特徴的な緑のパーカーが破れ取れていて、『胸に刻まれていたルーン』がスゥッと消えていった。
「さぁ、女王陛下、お部屋にお戻りを」
未だにモンスター達が暴れている庭。必死に騎士達が防戦して作っている道を指し示して教皇が半ば脅しのような促しを行う。
「その前に、彼の遺言を果たさせてもらいたい」
「遺言?」
「自分に何かあったときには、この尾羽根を体の上に置いて欲しいと」
スッと見せるのは朱い尾羽根。
「……何を考えている?」
「何も。私は只、彼の願いを聞きたいだけ」
再び視線のやりとりが行われる。
「シャルロット女王、大人しく――」
「ドロー アルテマ」
突然だった。今この時まで、油断を誘うためにシャルロットは彼らの前で擬似魔法は使っていなかった。
杖を持たないメイジと油断しきっていた教皇達に、目眩ましとしてアルテマを炸裂させ、シャルロットはフェニックスの尾をジョーカーの体に乗せた。
「貴様!一国の女王でありながら異端の業を……!」
「ありがとう、女王様!」
復活の光の中。倒れたままの体勢から、感謝の言葉を叫びつつ腕だけを使ってジョーカーは教皇にダーツを投げつけた。
命中を確認するより早くジョーカーは立ち上がり、シャルロットを抱え上げて走り出す。と、ほぼ同時にラグナロクのエンジン音が教皇庁に響き渡る。
「流石は委員長、どんぴしゃ!」
突然の巨体の登場に辺りは騒然となる。モンスター達の相手をしていた者達も、また新たな驚異と見なして一度戦線を縮小させようと後退を余儀なくされる。
そんなモンスター達の防衛戦を越えて、ラグナロクの直下に至りシャルロットをそっと下ろす。
「ジョーカー、無事かぁっ!?」
「ああ、無事だよ、アニー」
ひらひらと手を振りながら、タラップが降りていく先からアニエスの姿が目に入ってくる。
「ロマリア教皇エイジス32世」
教皇をモンスター達の間から見据えてシャルロットは些か苦手な大声を張る。
「此度のことは、後々ガリア女王として正式に抗議させてもらう。只で済むとは思わないでもらう」
軽く睨むようにしつつ、アニエスの腕に引き上げられながら滞空しているラグナロクのタラップに飛び上がる。
「貴様ぁっ!猊下に何をした!」
お付きの騎士が睨み付けてくるのにジョーカーはニヤリと笑い返す。
「なぁに、ちょっとその人に虚無を使われると色々面倒なんでね。一晩は口をきけなくさせてもらったよ」
ST攻撃にはサイレスがジャンクションされている。先程の寝転がったままのダーツはこの状況を狙ってのものだ。
「というわけで、教皇猊下、さようなら」
楽しげに口元を歪ませながら、すちゃっと掌を掲げる。
タラップに駆け上がり、端末に声をかける。
「委員長、上げてくれ。それじゃ猊下、今回は俺を倒してくれてありがとう」
教皇庁からゆっくりと離れるラグナロクのタラップで、ジョーカーの胸には傷はあってもシミ一つないきれいな状態だった。
「最後の後詰めだ。カード、はなつ!レベル7、ティアマト!」
閉じていくタラップの隙間から、カードを投げ出し、タラップは完全に閉まった。
「委員長、ミッションコンプリート。女王陛下も無事に救出」
『ご苦労だった、ジョーカー』
手近な端末での簡潔なやりとりを終えたジョーカーに、アニエスがゆっくりと近づき、上半身裸となっているジョーカーの胸の辺りをぺたぺた触る。
「……消えたな。お前のルーンが」
「ああ。おかげで、四六時中ST防御にコンフュをジャンクションしていなくても済むよ。
まぁ、本当は君か委員長に一度倒してもらって、すぐにフェニックスの尾を使ってもらうだけでも良かったんだけどね。あいつに最高の屈辱を味あわせてやりたかったから。っと、アニーの前でこの言い方は拙かったかな?」
「いや、良い……信仰を捨てるつもりはないが、やはり今の私は教会や教皇を信じる気にはなれん……政略、策略の一環とはいえ、こんな少女を拐かす連中は、な」
そっとジョーカーの胸板を撫でてから、シャルロットへと視線を移した。
「また貴方達には助けられた」
「なに、私たちは依頼を受けたに過ぎない」
「そう、だね。礼を言うんなら、陛下の使い魔と赤毛の友人にどうぞ」
「……キュルケ?」
「この機会に仲直り出来ると思いますよ」
ジョーカーの言葉に、シャルロットはこくりと頷いた。
この日から一週間後。ガリア女王シャルロットは、自らが誘拐されていた事実を発表。偽物は既に討たれ、この件の黒幕としてロマリア教皇庁を公的に弾劾するという異例措置をとった。
これに対して教皇庁側は、全て事実無根であると反駁した上で、自分たちの調べでは事件の中心人物である偽の女王は現女王の隠されていた双子の姉妹であったと主張したが、双方共に決定的な証人となりうるはずの『偽女王』を欠いていた。
後の歴史学者達は、これは双方の主張が両方とも正しかった故に起きた事象であると解釈している。
つまり、このハルケギニアに置いて凶兆とされている双子を王族に認知したガリア王宮がその存在を抹殺したわけだ。
ただ、偽女王の排除も含めてこれらの国同士のやりとりは、ツェルプストー嬢の元に女王を帰した後に行われたものであり、スコール達の関わるものではなかった。
むしろスコール達にとって重要な要素となったのは、これらのガリアとロマリアの関係悪化に伴って大きく変化した国際情勢だろう。
二週間後、ガリアはロマリアとの国交を断絶。反対に、旧王ジョゼフの頃から繋がりのあったゲルマニアと正式な国交を締結。
対ロマリアを想定しての戦力補充のため、アルビオンに駐留していた全軍を帰国させ、偽女王が対ゲルマニアに備えていた部隊と併せてガリア東方部隊に再編成した。
これに伴い実効支配の及ばなくなったアルビオン占領地を一ヶ月後をめどにゲルマニアを通じてモード大公国へ「返還」すると共に、こちらとも国交を締結。ガリア王国、ゲルマニア共和国、モード大公国とで対ロマリア同盟を締結した。
急激に増えてしまった領地に公国宰相サウスゴーダが悲鳴を上げていたとも聞くが、ともあれ、ここに始祖生誕以来最大の軍事同盟が締結されることになった。奇しくも、その始祖の教えを伝えるはずの国に敵対するために。
おまけ
俺が、こっちに来た経緯?
ああ、うん、そう。委員長と同じ。ま、話聞く限りじゃ、委員長の方が大分マシな人に呼ばれたらしいけどね……。
あの日俺も訓練施設にいたんだよ。まぁ、別のポイントだったんだけど。
訓練施設に来る他の生徒相手の商売やったりして、そろそろ今日は帰ろうかって時に、宙に浮かんだ鏡があったんだ。
何だろうと思って軽く触ってみたら、こいつが一種のゲート……門のようだって気付いてね。突っ込んだ腕が消えたと思ったら、また鏡の中から引っ張り出せたから。
あんまり深く考えないでさ、行った先が危ないところなら、また門をくぐって戻ってくればいい。そんな風に軽く考えてたのが拙かったんだよね。
ゲートを抜けた先が、いわゆるロマリアって所でさ。しかも教皇庁っていうのかな。法王サマが居るところ。
物珍しくって、色々話を聞いてみたんだけど、そしたら何でも俺を使い魔として呼び出したって言うからさ。帰ろうとしたんだけど、もう召喚のゲートは閉じてた。とりあえずその場から逃げようと思ったら魔法を一発ぶち込まれてね。
多分アレ、虚無の魔法なんじゃないかな。ほら、ジャンクションしてると普通の系統魔法じゃろくにダメージ受けないはずだし。
動けなくなって、四肢押さえつけられて、強引に男にキスされてさ。もう最悪だったよ。
ん、そう。このあいだキスした時に生き返った気がするって言ったのはそれがあったから。
それから牢屋みたいな部屋にぶち込まれてたんだけど、カードもG.F.も無事だったからね。ラムゥで建物壊して逃げ出して、大半の追撃も返り討ちにしてやってたんだけど、そこでまたあの俺を召喚したメイジが現れてね。
あの時の会話からすると、あれが教皇本人かな。
またあの一撃を受けたら堪らないって思って、カードのベヒーモスを「はなっ」て囮にして、その場を逃げ出したって訳。
まぁロマリアが壊滅したって話も聞かないから、ベヒーモスは倒されちゃったんだろうけど、それでもこっちにろくに追撃が来ないって事は、それなりに手痛い仕返しは出来たのかもね。
それからはまぁ、あちこち彷徨いながら用心棒じみた仕事を繰り返してたんだよ。
そしたら、ガリアに来たところで平民の使える魔法が広まってるって聞いてね。これは間違いなく擬似魔法だと思って、ゲルマニアに行こうとしたら、いきなりトリステインとアルビオンの戦争が始まってさ。
改めてそっちの情報を集めてみると、見たこともない城から砲撃があったとか、巨大な銀の竜が火を吐いたとか。しかもそれで圧倒的に不利だったはずのトリステインが勝っちゃうから、すぐに委員長のことを思いついたよ。
そこからはもうとるものもとりあえず、全速力でトリスタニアにむかってさ。この紅い船体を見つけたわけ。
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ジョーカーの高度1万メイルからの夜間強行降下偵察敢行から三日。
教皇庁から北に100リーグの合流地点にて、夜陰に紛れた朱い巨体がじっと地に伏せていた。
ぱちぱちと時たま割れる音がする焚き火を眺めつつ、アニエスはじっとジョーカーの帰還を待つ。
(……そういえば、火に対しての抵抗感がまるで無くなっているな)
擬似魔法を習ったばかりの頃、火属性を余り使わないことをスコールに指摘されていたのが懐かしい。
あれからはちょくちょく使う魔法に火属性を混ぜていたのは、自分の方が年上であるというアニエスの気負いからだ。
それ以外にも、ラグドリアン湖での一件のように火が必要であったときもある。
そして仇討ちを終え、ジャンクションを日常的にするようになり、自身があの強大な火を操りうる方になってからは、殆ど火魔法に対する蟠りを忘れていた。
(これも、ジャンクションによる記憶障害の一つだろうか……)
そんなことを考えているアニエスの耳に足音が聞こえる。二時間交替のスコールとの不寝番で、次の交代までもう10分あった筈だが、ラグナロクのタラップからスコールが下りてきていた。
「何だ、まだ余裕はあるだろう?」
「目が覚めた。寝直すほどの時間もなかったから、あんたの話を聞いておきたくてな」
よく冷えた水の入ったグラスを差し出し、スコールは焚き火を挟んで反対側に座った。
「ん……水はありがたいが……話?」
「ティファニアに関して俺達が責められていたときと、あんたの状態が違いすぎる。
ついこの間もアンリエッタ前女王に虚無殺しの件で俺達は異端者呼ばわりされ、今や俺達は直接的でないにしろロマリアの教皇庁と戦闘状態にあると言っても良い。あんただってまさか理解してない訳じゃないだろう」
「それこそまさかだ」
グラスを傾け、アニエスは口元に笑みをこぼす。
「そもそも状況からして違うだろう。確かに私たちは虚無を倒した。だが、あのジョゼフを倒すことは、むしろブリミル教を排斥しようとする連中に手を貸す者を排除したことの方が大きい。
その件で責められるのは、只の単なる勘違いだ。教皇猊下も、事実を知れば我々へ向けられる追っ手をすぐに諌めてくれるはずだ」
(……カステルモール卿が言っていたはずだがな、内部に教皇庁の間者が居たと……)
「それに私は、今回の潜入を只の調査だと思っている。教皇庁にシャルロット女王が居ないという確認のためのな。それがはっきりすれば、玉座に替え玉を据えた事に教皇猊下が関わりないと証明できるだろう?」
「アニエス、自分も納得できない言い訳に意味はない」
「…………」
はっきりとスコールに言われ、アニエスは押し黙った。
そこでざっざっと足音が響き、暗闇の中から襤褸を纏った人影が現れる。
「カードの王者は?」
「臭い息」
事前に決めていた合い言葉を交わし、ジョーカーはボロボロの外套を脱ぎ捨てる。
「コードネームジョーカー、偵察任務より帰還しました」
ざっとSeeD式の敬礼を掲げるのに、スコールも応える。
「報告は機内で受けるが……お前一人ということは……」
「守りは強固だ。俺一人じゃ突破してここまで連れてくるのは難しい」
それはつまり、女王が教皇庁で見つかったということで。アニエスは顔を曇らせた。
以前撮影していた上空写真から作り上げられたロマリア教皇庁の3Dモデリング。
ブリッジのディスプレイに映されたモデルの一部が赤く点滅する。
「建物の中心部に近いこの部屋が、女王の囚われてる場所だ。きっちり一日三食運ばれてるようだが、完全に監禁状態だ」
「ラグナロク強行着陸からの揚陸は出来ないな」
外縁部からの距離が遠すぎるのだ。手持ちの戦力が三名だけで、救出をジョーカー一人に一任するとしても、アニエスと二人でラグナロクの巨体を守りきらなければならない。
以前のアルビオン帝都ロサイスで敢行したアンドバリの指輪奪還作戦では、戦争中の混乱を突いての行動だったが、今度はそんな事情もない。ブリミル教、系統魔法の総本山、ロマリアのほぼ全戦力を相手取るのは幾ら何でも無理がある。
「俺がまた上空から降下するのを提案する。委員長達は最後に強行着陸してピックアップだけしてくれればいい。というよりも、それまでは近づくのも遠慮してもらいたい」
「? 何故だ。お前一人の降下作戦だとしても、ラグナロクがサーチライトを点灯しながら目視可能距離で空を飛んでいれば、それだけでお前への注意は向かなくなるだろう」
「委員長、スニーキングミッションは俺の方が得意なんだ。任せてくれよ」
「ああ……」
実際、敵陣のど真ん中で、捕まっていたわけでもないジョーカーと会ったことのある者としては、了承せざるを得ない。
「まぁ今回は特別に理由はあるんだけど」
「理由?」
がしがし、と帽子を取った頭を掻きつつ、ジョーカーは言う。
「今代の教皇、エイジス32世は虚無だ。もし長くラグナロクをその視界に入れさせておけば、トリステインに侵攻したゲルマニア艦隊の二の舞だ」
「何!?」
この事実には、スコール、アニエス共に目を剥いた。
「……一体何人いるんだ、虚無は!……了解した、あんたの意見を聞く。同じく夜間の方が都合が良いか?」
こくりと頷かれ、艇内の時計を見やる。
「明日の艇内標準時、03:30より作戦開始。一分後に離陸し、教皇庁上空1万mで滞空。04:00よりジョーカーは降下開始。以後ラグナロクはエンジン音も聞こえないよう上空待機。
回収のタイミングは?」
「そうだな……30分ぐらい後になる。場所は……俺がメテオを使うから、落着したポイントに降下してきてくれ。予定としては街の外に出るつもりだけど、間に合わなければ最悪城付近にホバリングしてもらうかもしれない」
それはつまり庁内からの離脱が困難になった場合、ということだろう。確かにスニーキングとしては最悪の状況だ。
「メテオを持っていたのか?」
「あんまり数はないんだ。以前クィーンにちょっと貰っただけだから」
(カードクィーン?……いや、C.C.団クィーン、シュウ先輩か)
平時の委員長職の際に、キスティスと並んで助けて貰っていた。
「……アニエス」
ここまで話が進んだところで、スコールは相棒に目を向ける。
「あんたはどうする。今回の件……あんたが関わりたくないなら、俺とジョーカーだけでやるが」
「いや……やらせてもらう」
若干据わった目でアニエスは言った。
「私は……私はブリミル教徒だ。その教えには従う。だが……下らぬ権謀術手の為に一人の少女を、それも一国の王を拐かし、曳いては国一つを良いように操ろうとするような連中に唯々諾々と従う気は、無いっ!」
「燃えるなよ、アニー?」
眉をつり上げるアニエスのそばに近づき、ぽん、とジョーカーが肩を叩く。
「そう意気込む必要はないだろう?俺達は至極人道的な依頼を受けた。誘拐された人物を助け出すっていう。それをこなすだけさ。
誰かに従うだとか、どんな思想だとか、許せない奴が居るとか、あんまりあれこれ考えると、じきに動けなくなるぜ」
「……心に留めておこう」
「それから、委員長」
アニエスから目を移し、ジョーカーは今度はスコールと目線を合わせる。
「今度の潜入ではディアボロスだけじゃなくてケルベロスとパンデモニウムも貸してもらいたいんだけど」
「ああ、了解だ……作戦開始時刻までは各自休憩とする。以上」
ある未明。俄に騒がしくなった辺りを察して、シャルロットは目を開く。
囚われの身であるこの身。杖も取り上げられているが、小柄ながらに鍛えた体術は備わっているし、保有数は少ないが擬似魔法も持っている。これを切っ掛けに逃げ出すべきかと擬似魔法で扉を破壊しようとしたところで、扉が叩かれた。
油断無く身構えながら、誰何する。
「何者?」
間髪置かず、監視用ののぞき窓が開いて、どこかで見たことのある顔が現れた。
「傭兵部隊SeeDのジョーカーです。女王陛下の救出を依頼されて来ました」
成る程、見覚えのある顔立ちだった筈だ。
「判った。逃走経路は?」
「二重に確保済みです。扉を破壊しますから離れていて下さい」
軽く頷いて、マントを羽織りつつ推定射線上から退く。
「ファイラ!」
どぉっと扉が炎で吹き飛ばされる。やはりジャンクションの効果を持っているのだろう、自分の使える擬似魔法よりも遙かに強力な炎をみやり、破壊された扉をくぐる。
「杖は取り戻せてませんけど、勘弁してくださいね」
「無事に帰れたら、杖の契約をし直す。気にしなくて良い」
「寛大なお言葉に感謝します、陛下」
戯けて一礼した後、シャルロットを先導しつつ廊下で歩を進める。
角をいくつか曲がった先で、慌ただしく走っていた騎士らしき連中と出くわした。
「!?何だ貴様らは!」
誰何しつつ杖を抜く騎士の額に、ジョーカーが放ったダーツが次々と突き刺さっていく。
「思ったより建物内にメイジが残ってるな……流石はブリミル教の総本山」
脳へダメージが行ったのか、昏倒した面々からダーツを回収しておく。
「あ、そうだ」
パーカーのポケットのダーツホルダーにダーツをセットし直しつつシャルロットの方に向く。
「一つ頼みがあるんですが、宜しいですか?」
「何」
「念のためなんですが、もし自分がやられたら、この羽を体の上に置いてくれますか」
シャッとジョーカーが取り出したのは、朱い鳥の尾羽。
「……何のために?」
受け取りつつも、感じた疑問をストレートに尋ねる。
「実は、その尾は……」
「居たぞ!」
ジョーカーが何事か説明しようとしたところで、男の声が響き渡る。
「チッ、お早い到着だ」
通路の向こうから現れたメイジ達を見てジョーカーは軽くシャルロットの背中を押しつつ走り出す。もちろんシャルロットとて戦場での機微は弁えているから、その薦めに従う。
「この先は?」
「もう少し目立たずにいけると思ったんですが……そこの窓から出ましょう。着地はお任せを」
進行方向の窓を指さされ、シャルロットは軽く頷く。
「逃がすな!」
追っ手が杖を掲げたのを見て、咄嗟に半身体を向ける。
雨のように降り注ぐ雷、炎、氷の矢を全て掌と体で受け止めていく。
「お、いいのみっけ。ドロー フレア!」
スクエアの火メイジからドローしたフレアをぶちかます背後で、ひらりとシャルロットが窓の外へ舞う。すぐさまジョーカーも窓から跳んでシャルロットを抱えるようにした上で自分にレビテトを使い、滑空体制に入る。
「上手く見つけてくれよ……メテオ!」
カードで『はなっ』た鉄巨人やルブルムドラゴンといったタフででかいモンスター達が確保してくれている庭園の中心部へ隕石を降らせる。
「しばらくお待ちを、へい……」
そっと地面にシャルロットを下ろし、綺麗に一礼しようとしたところで、ジョーカーの体が吹き飛ばされた。
「がはぁっ!?」
「!?」
咄嗟にシャルロットも、手持ちの擬似魔法を起動直前にしつつ身構え、吹き飛ばされたジョーカーの反対側を見る。
「ご無事ですかな?女王陛下……」
こちらに杖を構えて見せているのは、ロマリア教皇エイジス32世。周りにも杖持ちが居るが、杖を向けているのは奴だけだ。
「申し訳ない、飼い犬の躾が出来ていないものでな……貴女を拐かそうなど……」
「飼い犬?」
意味が解らず、シャルロットは訝しげに眉を寄せる。
「ふ……くっ……そいつは大変だなぁ、飼い犬に手を噛まれた教皇さん?」
傷だらけの体を引きずるようにジョーカーはゆっくりと立ち上がる。
「ついでに飼い損ねた犬にかみ殺されてみるかい?」
「…………」
殺気と言うよりは険悪な空気が辺りを支配する。
「異端者よ……今ここで我が元に下り、使い魔として己を律するのであれば数々の非礼は許そう」
「冗談。ウチの委員長なんか、召喚したトリステインの女王に一瞥もくれずに別れたんだぜ?」
一応断っておくが誇張表現である。
「無理矢理に使い魔契約まで結ばされた俺が、あんたを殺さなかったことをむしろ感謝して欲しいくらいだよ」
「貴様!教皇猊下に何という口の利き方を!」
「止めろ。お前達ではあの者に傷を付けることすら叶わん」
騎士の一人が杖を向けるのを手で制し、自身の杖をジョーカーへ向ける。
「我が元に下らぬと言うのなら、お前の道は滅びのみだ。お前を消し、私は新たな使い魔を呼ぶ」
「そうかい。やってみな、出来るモンなら!」
だっと駆けだしたジョーカーは、その瞬間、再度教皇の杖の前に倒れた。
(やはり……今のはトリステインのルイズ女王と同じ)
伝え聞く『爆発』ではなく幾度か目にしたことのある『失敗魔法』らしき小振りな炸裂を受けて、今度こそジョーカー動かなくなった。
反動でシャルロットのすぐそばまで飛んできたジョーカーの体からは、あの特徴的な緑のパーカーが破れ取れていて、『胸に刻まれていたルーン』がスゥッと消えていった。
「さぁ、女王陛下、お部屋にお戻りを」
未だにモンスター達が暴れている庭。必死に騎士達が防戦して作っている道を指し示して教皇が半ば脅しのような促しを行う。
「その前に、彼の遺言を果たさせてもらいたい」
「遺言?」
「自分に何かあったときには、この尾羽根を体の上に置いて欲しいと」
スッと見せるのは朱い尾羽根。
「……何を考えている?」
「何も。私は只、彼の願いを聞きたいだけ」
再び視線のやりとりが行われる。
「シャルロット女王、大人しく――」
「ドロー アルテマ」
突然だった。今この時まで、油断を誘うためにシャルロットは彼らの前で擬似魔法は使っていなかった。
杖を持たないメイジと油断しきっていた教皇達に、目眩ましとしてアルテマを炸裂させ、シャルロットはフェニックスの尾をジョーカーの体に乗せた。
「貴様!一国の女王でありながら異端の業を……!」
「ありがとう、女王様!」
復活の光の中。倒れたままの体勢から、感謝の言葉を叫びつつ腕だけを使ってジョーカーは教皇にダーツを投げつけた。
命中を確認するより早くジョーカーは立ち上がり、シャルロットを抱え上げて走り出す。と、ほぼ同時にラグナロクのエンジン音が教皇庁に響き渡る。
「流石は委員長、どんぴしゃ!」
突然の巨体の登場に辺りは騒然となる。モンスター達の相手をしていた者達も、また新たな驚異と見なして一度戦線を縮小させようと後退を余儀なくされる。
そんなモンスター達の防衛戦を越えて、ラグナロクの直下に至りシャルロットをそっと下ろす。
「ジョーカー、無事かぁっ!?」
「ああ、無事だよ、アニー」
ひらひらと手を振りながら、タラップが降りていく先からアニエスの姿が目に入ってくる。
「ロマリア教皇エイジス32世」
教皇をモンスター達の間から見据えてシャルロットは些か苦手な大声を張る。
「此度のことは、後々ガリア女王として正式に抗議させてもらう。只で済むとは思わないでもらう」
軽く睨むようにしつつ、アニエスの腕に引き上げられながら滞空しているラグナロクのタラップに飛び上がる。
「貴様ぁっ!猊下に何をした!」
お付きの騎士が睨み付けてくるのにジョーカーはニヤリと笑い返す。
「なぁに、ちょっとその人に虚無を使われると色々面倒なんでね。一晩は口をきけなくさせてもらったよ」
ST攻撃にはサイレスがジャンクションされている。先程の寝転がったままのダーツはこの状況を狙ってのものだ。
「というわけで、教皇猊下、さようなら」
楽しげに口元を歪ませながら、すちゃっと掌を掲げる。
タラップに駆け上がり、端末に声をかける。
「委員長、上げてくれ。それじゃ猊下、今回は俺を倒してくれてありがとう」
教皇庁からゆっくりと離れるラグナロクのタラップで、ジョーカーの胸には傷はあってもシミ一つないきれいな状態だった。
「最後の後詰めだ。カード、はなつ!レベル7、ティアマト!」
閉じていくタラップの隙間から、カードを投げ出し、タラップは完全に閉まった。
「委員長、ミッションコンプリート。女王陛下も無事に救出」
『ご苦労だった、ジョーカー』
手近な端末での簡潔なやりとりを終えたジョーカーに、アニエスがゆっくりと近づき、上半身裸となっているジョーカーの胸の辺りをぺたぺた触る。
「……消えたな。お前のルーンが」
「ああ。おかげで、四六時中ST防御にコンフュをジャンクションしていなくても済むよ。
まぁ、本当は君か委員長に一度倒してもらって、すぐにフェニックスの尾を使ってもらうだけでも良かったんだけどね。あいつに最高の屈辱を味あわせてやりたかったから。っと、アニーの前でこの言い方は拙かったかな?」
「いや、良い……信仰を捨てるつもりはないが、やはり今の私は教会や教皇を信じる気にはなれん……政略、策略の一環とはいえ、こんな少女を拐かす連中は、な」
そっとジョーカーの胸板を撫でてから、シャルロットへと視線を移した。
「また貴方達には助けられた」
「なに、私たちは依頼を受けたに過ぎない」
「そう、だね。礼を言うんなら、陛下の使い魔と赤毛の友人にどうぞ」
「……キュルケ?」
「この機会に仲直り出来ると思いますよ」
ジョーカーの言葉に、シャルロットはこくりと頷いた。
この日から一週間後。ガリア女王シャルロットは、自らが誘拐されていた事実を発表。偽物は既に討たれ、この件の黒幕としてロマリア教皇庁を公的に弾劾するという異例措置をとった。
これに対して教皇庁側は、全て事実無根であると反駁した上で、自分たちの調べでは事件の中心人物である偽の女王は現女王の隠されていた双子の姉妹であったと主張したが、双方共に決定的な証人となりうるはずの『偽女王』を欠いていた。
後の歴史学者達は、これは双方の主張が両方とも正しかった故に起きた事象であると解釈している。
つまり、このハルケギニアに置いて凶兆とされている双子を王族に認知したガリア王宮がその存在を抹殺したわけだ。
ただ、偽女王の排除も含めてこれらの国同士のやりとりは、ツェルプストー嬢の元に女王を帰した後に行われたものであり、スコール達の関わるものではなかった。
むしろスコール達にとって重要な要素となったのは、これらのガリアとロマリアの関係悪化に伴って大きく変化した国際情勢だろう。
二週間後、ガリアはロマリアとの国交を断絶。反対に、旧王ジョゼフの頃から繋がりのあったゲルマニアと正式な国交を締結。
対ロマリアを想定しての戦力補充のため、アルビオンに駐留していた全軍を帰国させ、偽女王が対ゲルマニアに備えていた部隊と併せてガリア東方部隊に再編成した。
これに伴い実効支配の及ばなくなったアルビオン占領地を一ヶ月後をめどにゲルマニアを通じてモード大公国へ「返還」すると共に、こちらとも国交を締結。ガリア王国、ゲルマニア共和国、モード大公国とで対ロマリア同盟を締結した。
急激に増えてしまった領地に公国宰相サウスゴーダが悲鳴を上げていたとも聞くが、ともあれ、ここに始祖生誕以来最大の軍事同盟が締結されることになった。奇しくも、その始祖の教えを伝えるはずの国に敵対するために。
おまけ
俺が、こっちに来た経緯?
ああ、うん、そう。委員長と同じ。ま、話聞く限りじゃ、委員長の方が大分マシな人に呼ばれたらしいけどね……。
あの日俺も訓練施設にいたんだよ。まぁ、別のポイントだったんだけど。
訓練施設に来る他の生徒相手の商売やったりして、そろそろ今日は帰ろうかって時に、宙に浮かんだ鏡があったんだ。
何だろうと思って軽く触ってみたら、こいつが一種のゲート……門のようだって気付いてね。突っ込んだ腕が消えたと思ったら、また鏡の中から引っ張り出せたから。
あんまり深く考えないでさ、行った先が危ないところなら、また門をくぐって戻ってくればいい。そんな風に軽く考えてたのが拙かったんだよね。
ゲートを抜けた先が、いわゆるロマリアって所でさ。しかも教皇庁っていうのかな。法王サマが居るところ。
物珍しくって、色々話を聞いてみたんだけど、そしたら何でも俺を使い魔として呼び出したって言うからさ。帰ろうとしたんだけど、もう召喚のゲートは閉じてた。とりあえずその場から逃げようと思ったら魔法を一発ぶち込まれてね。
多分アレ、虚無の魔法なんじゃないかな。ほら、ジャンクションしてると普通の系統魔法じゃろくにダメージ受けないはずだし。
動けなくなって、四肢押さえつけられて、強引に男にキスされてさ。もう最悪だったよ。
ん、そう。このあいだキスした時に生き返った気がするって言ったのはそれがあったから。
それから牢屋みたいな部屋にぶち込まれてたんだけど、カードもG.F.も無事だったからね。ラムゥで建物壊して逃げ出して、大半の追撃も返り討ちにしてやってたんだけど、そこでまたあの俺を召喚したメイジが現れてね。
あの時の会話からすると、あれが教皇本人かな。
またあの一撃を受けたら堪らないって思って、カードのベヒーモスを「はなっ」て囮にして、その場を逃げ出したって訳。
まぁロマリアが壊滅したって話も聞かないから、ベヒーモスは倒されちゃったんだろうけど、それでもこっちにろくに追撃が来ないって事は、それなりに手痛い仕返しは出来たのかもね。
それからはまぁ、あちこち彷徨いながら用心棒じみた仕事を繰り返してたんだよ。
そしたら、ガリアに来たところで平民の使える魔法が広まってるって聞いてね。これは間違いなく擬似魔法だと思って、ゲルマニアに行こうとしたら、いきなりトリステインとアルビオンの戦争が始まってさ。
改めてそっちの情報を集めてみると、見たこともない城から砲撃があったとか、巨大な銀の竜が火を吐いたとか。しかもそれで圧倒的に不利だったはずのトリステインが勝っちゃうから、すぐに委員長のことを思いついたよ。
そこからはもうとるものもとりあえず、全速力でトリスタニアにむかってさ。この紅い船体を見つけたわけ。
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#navi(SeeD戦記・ハルケギニア lion heart with revenger)
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