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トリステイン王国の王都トリスタニアにある王城の西の塔は、特別な
理由で監禁されることになった王族や貴族のための座敷牢になっている。
座敷牢、といっても下手な貴族向けの宿の部屋よりも広く、ベッドや
机も用意されている。違いは窓に鉄格子がはめ込まれ、扉が分厚い鉄で
あることくらい。貴人を監禁するため、囚人の牢獄とは雲泥の差なのだ。
そこに、ガリアから件の鉄の竜の情報を持ち帰った商人が収監されていた。
最初こそ大声で叫んでいたものの、やがて諦めたのかおとなしくなり、
今では食事を運ぶ衛士と一言二言言葉を交わすくらい。それすらも、
今日はなかった。最近髪の毛が抜け、体に紅斑が浮き出し、嘔吐と下痢を
しているようなので、精神的な重圧があるのだろうと、衛士たちは
思っていた。実際、報告をして『水』メイジに診察してもらったが、
魔法で治るようなものではないとの見立てだった。
「……かわいそうにな。せっかくの大金も、牢の中じゃ使い道がないぜ」
大きな矛斧(ハルバード)を担いだ衛士が肩をすくめる。彼は牢の中の
男に同情していた。
「仕方ないさ。これが街に広まったらパニックが起きる。運がなかったのさ」
相方の衛士が言う。そこに、食事を載せたトレイを持った衛士がやってくる。
「おい、食事だ」
矛斧を持つ衛士が扉を開け、食事を持ってきた衛士が中に入ろうとする。
そこで、衛士が驚きの声を上げた。
「どうした?」
「し、死んでる……」
その言葉に、衛士たちが座敷牢に入る。そこには、吐血し、体中に
紅斑を浮かべて息絶えた、哀れな男がいた。そして数日のうちに、同様に
監禁していた商隊の人間も、次々と原因不明の死を遂げるのだった――
カリンから話を聞いた翌朝、武雄とあかぎは複座零戦で写真偵察に
出動した。
ちなみに『竜の羽衣』と呼ばれている機体を動かすときには、ある程度
村が離れるまで速度を出さないように擬装している。魔法衛士隊に、
ひいてはハルケギニアの人間に、これらが危険視されないようにするためだ。
事実、アカデミーの研究員が検分に訪れたこともあったが、外見だけ見て
帰ってしまっている。機関砲などをじっくりと調べられれば問題があったのだが、
武雄はここに来てから一度も発射していないし、ハルケギニアの銃とは
形が違いすぎるためか、それが問題視されることがなかったのは幸運だった。
「……いきなりどうしたんだ?あかぎ」
操縦桿を握る武雄が、後席のあかぎに問いかける。複座零戦の狭い
操縦席に座るためにあかぎは両腕の飛行甲板と両脚の艦体部を外して
いるので、見た目はほとんど普通の人間だ。
「嫌な予感がするのよ。
武雄さん、先に言っておきますけど、会敵しても距離を取って下さいね」
「ああ。分かってる。敵の正体も分からないのに突っ込むようなバカな
マネはしねえよ」
あかぎは武雄に影響が出ない出力で索敵を行っている。そのため索敵
範囲がかなり制限されているが、昨日カリンから聞いた情報を元にガリア
国境のクロステルマン伯爵領からアルデンの森を目指していた。
その途中、あかぎの電探が複数の中型のフネと複数の風竜の反応を捉えた。
おそらく、国境に展開する途中のトリステイン艦隊だろう。見つかると
面倒なので高度を上げてやり過ごそうとした二人の前に、一騎の風竜に
騎乗した竜騎士が現れる。
「タケオか!?どこに行くんだ!?」
竜騎士は風の魔法を使って複座零戦に話しかける。巡航速度なので
優れた風竜なら多少無理させればついて行ける。とはいえ、それは複座零戦の
速度を知っていればの話。それができる竜騎士は、武雄たちには一人しか
心当たりがなかった。
「あら?ギンヌメール伯爵閣下?ということは、第二竜騎士大隊がこっちに
来てるのね」
「おお、あかぎ殿ではないか!ご無沙汰している。あなたたちがここに
いるということは、やはりあの鉄の竜か?」
風防を開けて話しかけるあかぎに、ギンヌメール伯爵は嬉しそうに言う。
その言葉に、あかぎと武雄は頷いて見せた。
ギンヌメール伯爵は、タルブの村を含むトリステイン北西空域の警護を
担当している第二竜騎士大隊をまとめる若き竜騎士だ。先代の大隊長が
引退したため、家督を継いだばかりの彼が三つの竜騎士中隊を束ねる
この部隊を指揮していた。
武雄が彼と出会ったのは、半年ほど前のことだ。勘が鈍らないように、
ルーリーがガソリンを生成してから定期的に複座零戦を飛ばしていたのだが、
そのときになるべく誰にも見られないようにあかぎが電探管制を行っていた。
スクランブルされないようにトリステインの陸軍部隊や空軍基地に近づかないのは
当然として、警邏中の竜騎士やピケット艦にも見つからないようにするため、
高度を上げて雲に隠れるなどしていた。
しかし、奇妙な飛行物体がその空域に現れる、との噂を着任直後に
耳にした若き伯爵は、あかぎが竜騎士やフネなどを避けていることに気づき、
地上から複座零戦を確認した。それがタルブの村にある奇妙なもの、
『竜の羽衣』であると知った伯爵は、それを誰にも告げず、奇人と噂されても
意に介さず連日観察を行い、ある日ついに行動に出た。帰投途中の複座零戦を
地上から捉えるや騎竜をむち打って追いつき、無理矢理平原に着陸させた上で
武雄に模擬空戦を挑んだのだ。
武雄は最初は渋ったが、伯爵に何度も頼み込まれてやむなくそれを受けた。
翌日、約束した場所で模擬空戦は行われ――結果は武雄の十戦全勝。
倍以上の速度差と機動性に翻弄された伯爵は、ルールであった
『後ろに三秒付かれたら負け』という条件で撃墜判定を喰らい続けた。
空母に着艦するため低速にも対応できる艦上戦闘機とはいえ失速寸前の
速度で撃墜判定を下すことは武雄にも厳しい条件だったが、この日から
伯爵と武雄たちの交流が始まったのである。
複座零戦が高度を上げて飛び去ってから、ようやく第二竜騎士大隊の
竜騎士たちが伯爵に追いついた。
「大隊長どの!今のは……?」
「東方の騎士、サムライだ」
「は?」
「我らの味方だ」
ギンヌメール伯爵はそう言うと、再び艦隊護衛に戻っていく。
竜騎士たちは納得のいかない顔を浮かべたが、すぐに大隊長の後を
追いかけた。
ギンヌメール伯爵と別れてから、武雄はあかぎの誘導で国境を越え、
ガリア領内に入る。すでに『黒い森』――アルデンの森に達するまでもなく、
件の鉄の竜はこっちに向かっているようだった。
「……あれか」
「この反応……武雄さん、あれに近づきすぎないで!被曝するわ!」
「何だって!?」
遠く地上に豆粒のように見える鉄の竜。上空から確認できるだけでも、
大型の肉食恐竜のようだ。だが、あかぎはそこに決して少なくない放射線
反応を感じ取っていた。
あかぎは風防を開け、両目に内蔵された光学測距儀で鉄の竜を見る。
戦艦型鋼の乙女であるやまとほどではないが、あかぎの測距儀は鮮明に
その姿を捉えていた。
「あれは……まさか……」
あかぎは信じられないものを見たような顔をする。九九式極小航空
写真機を取り出して撮影を開始するあかぎ。本当ならばもっと近づきたいが、
フィルムが感光して使い物にならなくなっては元も子もない。
たった十二枚しかないフィルムを、あかぎは惜しげもなく使った。
「武雄さん。もう少し近づいて。風防は絶対に開けないで!ガンマ線は
どうしようもないけど、せめてそれ以外の被曝はさせたくないから!」
「わ、分かった」
ガンマ線、つまりレントゲン線が放出されているのか?――武雄は、
詳しくは分からないがあかぎの様子がただことではないことに身を引き締める。
あかぎが風防を閉めるのと同時に高度を落とし、距離一万まで近づいた
ところで反転、上昇。その間にあかぎは残りのフィルムで風防の強化アクリル
ガラス越しに写真を撮る。除染しなければならない事態は可能な限り
避けなければならないし、武雄は甲状腺保護のヨウ素錠剤を服用していない。
上昇しながら、あかぎは無線機を取った。
「こちら海軍の鋼の乙女、あかぎです。聞こえますか?返事をして下さい!」
返事はない。あかぎは帝国陸軍のチャンネルを使ったが、応答がなかった。
あかぎがいなくなってから変更された可能性が高い。それからチャンネルを
いくつか変えたが、どれも同じだった。
「どうした?アレ、まさか」
あかぎの様子に、武雄も何かを感じ取ったようだ。だが、あかぎは
それに応えなかった。
「……あれが国境線に到達するまでもう数日はあるかしら。ガリア王国の
守備隊が出てくる前に、戻りましょう」
「あ、ああ。分かった」
武雄は機首をクロステルマン伯爵領に向ける。雲の上を抜け、
トリステイン艦隊との接触は避けたが、あかぎはタルブに着陸するまで
無言だった。
タルブに戻った直後、滑走路は大騒ぎになった。あかぎが除染のために
消火ポンプで複座零戦を水洗いするように指示し、武雄の汚染濃度が
基準値以下だと言うことを確認した後、自分自身は複座零戦と同じく流水に
身を任せる。本来なら九九式極小航空写真機も同様にするべきだが、
これは水濡れ厳禁。あかぎが汚染濃度を調べて許容範囲であることを
確認すると、念の為誰にも触らないようにきつく言い聞かせた。
「いったい何があった?」
武内少将がタオルを渡しながら水のしたたるあかぎに尋ねる。あかぎは、
まっすぐ武内少将を見る。
「武内少将、教えて下さい。陸軍は……原子力兵器の研究を最後まで
諦めなかったんですか?海軍は日米開戦前に放棄したのに?」
「何じゃと?!何を言っておる?」
「……詳しくは現像が終わってからお話しします。写っていればいいん
ですけど」
あかぎはそう言って、航空写真機を手に『イェンタイ』こと掩体壕の
管理室にこもった。
管理室はミジュアメ製造所に設置した水力発電機(あかぎとルーリーの
労作だ。もちろん、身内以外には絶対の秘密である)からの電力を管理し、
防爆扉の開閉とランプ職人に特注したエジソン式電球を並べた天井照明を
管理するための配電盤と制御盤、それに緊急時と擬装用の足こぎ式人力
発電機が設置されているところだ。掩体壕にいざというときの避難
シェルターとしての性格も持たせたため、ここには堀から引いた水道の
簡易的な蛇口も付いている。
そこに昨夜のうちに簡易的な暗室にするための暗幕やカバー付きランプなどを
用意してあった。お湯を沸かして水蒸気に埃を吸着させ、それから航空
写真機からフィルムカートリッジを外してフィルムを現像し、乾燥させる。
『固定化』がかけられていた薬液に問題はなかったものの、水洗は水温と
水量の関係で桶につけ置きする置換水洗な上に乾燥にも一晩かかる大変な
作業だ。このため、乾燥に入るとあかぎは掩体壕を出て家族や武内少将たちと
食事を取ったが、鉄の竜については一言も話さなかった。
乾燥が終わってネガができれば次は引き伸ばし。九九式極小航空写真機は
6x6のブローニー版のため、最低でも三倍の拡大は必須。配電盤に繋いだ
引伸機はあかぎの手持ち。設備のない辺境の基地でも他の鋼の乙女たちを
撮すために、ペンフレンドのルーデルにドイツから送ってもらっていつも
携行していた愛用のライカ製引伸機だ。だが引伸機は光源に電気が絶対必要。
だからあかぎはここで作業することにしたのだ。
「こんなことならコンセントつけておけば良かったわね。こっちじゃ
難しいけど」
あかぎは小さく溜息をつく。機材が乏しい中では写真のプリントには
時間がかかる。露光、現像、停止、定着、水洗、乾燥……そしてベタ焼き。
全部が終わった頃には、さらにもう一度夜が明けていた。
疲れた表情のあかぎが現像の終わった写真を持って、武雄たちを食堂に
集める。テーブルの上に広げられた写真を見て、思わず武雄はうなった。
「……こりゃあ……」
十キロ以上離れて撮影されたものを引き伸ばした写真だが、『固定化』で
三十年保存されたフィルムや薬液、印画紙を使ったとは思えないほど
はっきりと写っている。
そこに写っていたのは、大型の肉食恐竜、ティラノサウルスにも似た
恐竜の姿だった。しかし、頭部の擬装用皮膚がこれまでの攻撃で一部
はがれ落ち、本来の金属外皮が写っている。
写真を見た武内少将は頭を抱えた。
「……何ということじゃ。陸軍め。開発に行き詰まり、とうに諦めたと
思っておったのに」
「少将、これは、いったい何なんですか?陸軍とは?」
加藤中佐が尋ねる。その質問に、武内少将はゆっくりと答えた。
「昭和十四年のノモンハン事件で、陸軍がソ連の戦車に大苦戦したことは
知っておるな?我が軍の中戦車が、ソ連の軽戦車どころか装甲車にまで
苦汁をなめたあの事件を。
その翌年、とある陸軍大佐が勝手に出した極秘命令による新型重戦車の
開発が始まった。陸軍省の人間の言うことに、技術本部も嫌とは言えんかったの
じゃろうな。
だが、個人の思いつきで決定した代物じゃ。当然使い物になるわけもない。
試験走行で自壊して放置されたのじゃが、陸軍は単機で敵勢力を一掃できる
陸上戦艦の開発を諦めてはおらんかった」
武内少将の言葉を、あかぎが引き継ぐ。あかぎも海軍では聯合艦隊
司令長官の副官で、将官待遇。鋼の乙女開発の情報など、佐官でも
知り得ない極秘情報に触れる権限があった。
「それが、陸軍第四技術本部が開発した試製二脚歩行型超重戦車、
通称『キョウリュウ』。
私が知っているだけでも最大装甲厚200ミリ、ソ連機甲師団との戦闘を
想定して、満州での運用しか考えていなかったみたい。だけど、過重な
自重に機動力を両立させるための駆動部と機関部の開発に、陸軍は苦心
していたわ」
「そうじゃな。そればかりか陸軍はガダルカナルを失ってからは鉄人計画や
超人機計画などという、荒唐無稽な超兵器の開発を始めおった。
特攻兵器を生み出した海軍が言える立場ではないがな。
じゃが、それでもどちらも完全に無茶とはいえんかった。鉄人計画は
頓挫した『キョウリュウ』の開発の延長、超人機計画はあかぎ君を見てから
ようやく着手したチハ君を端緒とする陸軍の鋼の乙女の延長じゃ。
どれも動力で苦心しておったと聞いたが、なるほど、帰還したばかりの
あかぎ君の言葉の意味が分かった」
「あかぎが言った、レントゲン線が関係していると?」
「ガンマ線よ、武雄さん。似てるけど、ちょっと違うわね。
私のような鋼の乙女の動力として、海軍は私を創った後で新しい動力の
開発に着手したわ。重油や食糧を補給する必要がある内燃機関よりも
長期の活動を可能にするために。それがF研究。荒勝教授を中心にして、
彼の元で若い科学者たちが新しい動力の開発を行ったの。同じことを
少し遅れて陸軍も仁科博士を中心にニ号研究ってかたちで開始することに
なるわ。どちらも研究したものは同じ無限の動力――原子力機関の研究。
いえ、陸軍の場合は最初から原子爆弾開発が主目的だったわね」
鋼の乙女に原子力機関を搭載することは、各国がしのぎを削る最新の
研究課題であった。しかし、それが実用化されるには大戦終結から十数年
経過したアメリカの攻撃空母型鋼の乙女、そしてソ連の戦略潜水艦型
鋼の乙女を待たなければならない。そこに白田技術大尉が疑問を呈する。
「ちょっと待って下さい。F研究の噂は聞いたことがありますが……
始まったのは開戦直前で、基礎段階の域を出ないと聞いていました。
そうではなかった、ということですか?」
その言葉を、あかぎは肯定した。
「ええ。最初こそ原子力機関だけだったけど、途中から原子爆弾、原子力
光線砲などの兵器も研究、開発していたわ。
だけど、ある日台湾にあった研究所で作業手順を守らなかった作業員が
小規模の臨界事故を起こしたの。被害は小さかったけれど、海軍は機密として
周辺住民に避難勧告も出さなかった。それが間違いだったって気づいたのは、
事故を起こした作業員が急死したとき。海軍病院どころが移送した東京
帝大病院でも手の施しようがなくって、原因が分かったのはぼろぼろに
なった遺体を解剖してから。それでどうやれば救えたかもしれないって
分かったけど、遅すぎたの。
その事故があってから、F研究を支えている海軍上層部では意見が
真っ二つに分かれたわ。兵器開発の続行を推進する派閥と、鋼の乙女の
新型機関のみに研究を限定する派閥――最終的に兵器開発は中断されて、
完成していた原子力機関と原子力光線砲は、ちょうどトルステイン公国から
依頼があった不沈艦計画に流用されてしまったの。身勝手なことだけどね」
同盟国トルステイン公国から主力艦建造依頼があったのは、条約時代の
『海軍休日』のさなか。そのときに帝国海軍は長門型を拡大した超弩級
戦艦ビフレストを建造したが、同時に、トルステイン公国は秘密裏に
その姉妹艦の建造も依頼していた。
それが四〇サンチ砲十二門を搭載したビフレストを上回る不沈艦――
四六サンチ砲八門と原子力動力、さらに殺人光線まで備えた超弩級戦艦
ヨツンヘイムである。八八艦隊計画と大和型を繋ぐミッシングリンクとも
いえる戦艦だが、ヨツンヘイムは回航中に行方不明になり、トルステイン
公国海軍がその手にすることはなかった。ヨツンヘイムがどうなったのか……
それは公式記録にはその名とともに一切残されていない。
「じゃが、後にF研究での原爆開発は再開された。詳しいことは知らんが、
難航しておったようじゃがの。考えられる理由としては空白の期間に
資料が破棄され、陸軍が科学者を徴兵したことか……バカなことをする。
白田技術大尉が知っておるのは、そのあたりのことじゃな」
新型爆撃機の開発に顧問として携わっていた武内少将は、原爆を搭載する
爆撃機の視点からF研究の機密に触れていた。原爆が完成しても肝心の
搭載する爆撃機がない、では話にならないためだ。
「ということは、我が軍がペーネミュンデで開発していたという
ハウニブのようなものか。
もっとも、こちらは与太話程度にしか信じられていなかったが」
「だが、どうしてそんなものがこっちに?それに重戦車だというなら、
中に人間が乗っているはずでは?」
話を聞いてブリゥショウ中将が小さく溜息をつき、桃山飛曹長が
あかぎに尋ねた。あかぎは小さく首を振る。
「呼びかけてみたけど、返事はなかったわ。陸軍のチャンネルが変えられたのか、
それとも無視されたのか……。攻撃の影響か、それとも以前からなのか、
放射能漏れが発生しているから中の人間も非常に危険なはずよ」
「要するに、海軍と同じところまで陸軍が到達して実用段階に達した
決戦兵器が何らかの事情でこっちに召喚された、ってことか。
くそっ。ならこいつは俺たちで片付けないと洒落にならねえ。
あかぎ、何とかなるか?」
武雄が苦渋の表情でテーブルを叩く。全員の視線が、あかぎに集まった。
あかぎは小さく溜息をつくと、肩をすくめる。
「お手上げ、と言いたいところだけど、そうは言っていられないわね。
基本設計に変更がなければ、『キョウリュウ』は機甲師団撃滅を想定
しているはずだから、航空攻撃に弱いはずよ。当時の設計図は私が記憶
しているから後で概要を書くわね。
それでもそれなりの装甲はあるでしょうし、主兵装の火炎放射器が
どの程度の威力なのか未知数よ。もしかすると原子力光線砲に換装されて
いるかもしれないし。
でも、やっかいなのは放射能漏れ。あまり近づくと被曝してしまうから、
攻撃はできる限り肉薄せず短時間で。おまけに撃破したときがもっと問題ね。
こう言っちゃ悪いけど、トリステイン側が風下の時には撃破したくないわね」
「やれるアルか?」
燕の顔には不安がありありと見て取れる。中華民国の原子力開発は
大日本帝国やドイツ第三帝国、アメリカ合衆国などの先進国に大きく
後れを取っているどころではなく、ほとんど始まってもいないのが現状だ。
ガンマ線の影響は全く理解できていないという方が正しい。そのあかぎに
しても、いやあかぎだけではなく当時の原子力関係者たち全員に言えるが、
後にガンマ線よりも影響があることが分かる中性子被曝の危険性については
後世ほど理解されていなかった。
「やらなきゃダメなのよ。私たちの国の兵器なんだから、私たちの責任で。
でも、燕ちゃんたちは参加しちゃダメよ」
「ど、どうしてアルか!?私たちだけのけ者アルか?」
そう言ってあかぎに詰め寄る燕。その頬に、あかぎは優しく手を添えた。
「あなたは、元の世界に帰るんでしょう?もうじき日食が起こるわ。
そのときに動けなかったら、たぶん、いいえ、絶対後悔するわ」
「そうだ。その日食は明日起こる。昼には『門』が出現するはずさ」
入り口の方からその声は聞こえた。見ると、そこには節くれ立った
杖を持ち淡い紺色のローブを着た、中年の女――ルーリーがいた。
「ノックはしたがね。聞いてみれば相当やっかいな事態みたいじゃないか。
アタシにゃ関係ない……と言いたいところだが、そういうわけには
いかないだろうね」
「ルリちゃん……」
「国境にはもうトリステインの国王陛下も向かったそうだ。
それに、アルビオンからの援軍も。新鋭巡洋艦を三隻も送ってくるとは、
剛毅なことだね。
と、忘れるところだった。魔法衛士隊の隊長殿も、まもなく出立するって
ことだ。言っておくことがあるんじゃないかい?」
ルーリーはあかぎに意味深な笑みを向ける。あかぎは立ち上がると、
写真を手に外に駆け出した。
「ふざけるな!」
あかぎの言葉を聞いたカリンの第一声はそれだった。カリンは魔法衛士隊
マンティコア隊隊長の正装に、顔の下半分を覆う仮面をつけている。
それは威厳を持たせるためだとあかぎは聞いていた。
あかぎは放射能と核動力が暴走した場合の危険性を説明したつもり
だったが、カリンには理解してもらえなかった。
「お前が二日前に『竜の羽衣』で飛び立ってからその絵を描きに行ったと
いうのは分かった。宮廷画家にもそれだけ描ける者はいない素晴らしい
腕前だ。それは認める。
しかし、ぼくに行くなとはいったいどういう了見だ!?」
「あれは、『キョウリュウ』は危険なの。できれば誰も近づかないで、
遠距離からの艦砲射撃で仕留めるとか……」
「ぼくたち魔法衛士隊は王国の杖だ。敵が目の前にいるのに近づくな?
ふざけるのもいいかげんにしろ。
……まったく。呼び止めるから何事かと思えば。時間の無駄だ。
全騎騎乗!」
カリンは麾下のマンティコア隊分隊に出発を命じる。
本来ならここの警護を任されていた分隊だが、今は危急の時。
マンティコア隊はクロステルマン伯爵領に集結するべく命令が下っていた。
あかぎの言葉は、もうカリンには届かなかった。
空に舞い上がってから、カリンが騎乗するマンティコアが言葉を発する。
老齢のマンティコアは人語を解し、話すこともできるのだ。
「……いいのかえ?あの『乙女の器』の話、我は心にとめておくべきだと
思うがね」
「お前はいつも意味深なことを言うな、アテナイス。それでいて、ぼくに
その真意を話さない」
カリンの言葉に、老齢のマンティコア、アテナイスはフォフォと笑った。
「おぬしこそ偽りの衣をまとっておるではないか。しかし、目に見えず、
においもない『毒』とはの。その毒に侵された地は今後七十年草木も
生えぬと言ったかえ?面白いことよの」
アテナイスは本来のカリンの騎獣ではない。カリンの騎獣であるジョエは、
先日不調を訴えて現在王都で療養中。そのため、マンティコア隊の魔獣の
中でも特定の主を持たないアテナイスに隊長権限で騎乗していた。
「荒唐無稽だ。そんな話、聞いたこともない。単なる妄言だ」
カリンはそう切って捨てる。そのカリンを先頭にした編隊は一糸乱れぬ
隊形で南東を目指した――
カリンが飛び去ってから、立ち尽くすあかぎに武雄が声をかけた。
「……聞いてくれなかった、か」
あかぎは振り返らぬまま小さく頷いた。
「それでもやるしかねえ。だが、あの隊長さんが聞いてくれなかったのは
ちいと痛いな」
「それならアタシを本陣に連れて行け。国王陛下を説得する人間が必要
だろう?」
「ルリちゃん……」
あかぎが振り返ると、そこには、武雄だけでなく、ルーリーや武内少将たちが
立っていた。
「アタシとタケオが先行する。本当はお前が行くのが一番だが、お前は
全体の指揮を執らないとダメだ。近くの湖からでもあの辺一帯を見渡せるだろ?」
「そうじゃな。あかぎ君はワシらの連山で運ぼう。どうせ連山には爆弾は
積んどらん。ニューギニアの陸軍部隊に補給物資を投下した後、ラバウルに
向かう途中だったからの」
貴様らにあれを見せるためにな――武内少将の言葉に、武雄が頬をかく。
武雄はラバウル司令時代の武内少将と参謀だった加藤中佐の部下だった
ことがある。それを言われたためだ。
「私の『グスタフ』も爆弾は搭載していない。ベルリンに侵入したソ連
機甲部隊に攻撃した後、敵戦爆連合と交戦したからな」
だが、何の問題もない――ブリゥショウ中将はそう言って笑みを浮かべる。
「機関砲の威力なら、私の震電の30ミリが一番ですね。あの目標なら、
私でも外しはしませんよ」
そう言って、白田技術大尉は「空戦は得意じゃないんですけれどね」と
苦笑いする。
「私たちもお供するよ。あかぎ大姐の恩に報いる絶好の機会だからね」
「ダ、ダメよあなたたちは」
「可可の言うとおり。中国人は恩知らずだ、なんて思われたら心外……
って、ここじゃ日本も中国も関係なかったか。でも、ここにいる子供たちを
守るためにも、ほっとけないよ」
裴綻英と霍可可が拳を突き出し意気を見せる。その様子に、あかぎも
決意を固めた。
「……そうね。だけど、みんな、無理だけはしないでね」
あかぎの言葉に、全員が頷いてみせる。
――こうして。決して歴史に残ることのない彼らの戦いは幕を開けたのだった……
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