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#navi(疾走する魔術師のパラベラム)
第十四章 わしは思うのじゃ
0
エレメント/[Elrment]――《パラベラム》のペア。攻撃担当、防御担当にわかれることで戦闘力が上がる。《エレメント》が集まると《フライト》になる。
フライト/[Flight]――《パラベラム》の戦闘集団。主人公の使い魔によって、ルイズの中心に《エレメント》が集まれば《フライト》になるだろう。
1
目の前の問題は解決した。ルイズたちは誇りを胸に戦い、フーケはその力の前に敗れた。今、確かに立っているルイズたちは勝者である。だが戦いが終わってもやるべきことはまだ残っている。
「キュルケ、タバサ、ギーシュ。この『破壊の杖』を学院へ届けて」
今回の任務の本質は『破壊の杖』の奪還。フーケの捕獲は二の次だ。
「君たちは?」
「私たちは『土くれ』とミス・ロングビルを捜索します。両者共にそう遠くには行っていないでしょう」
フーケは先ほどの戦いで消耗している。おそらくは身を守る最低限の魔力しか残っていないだろう。今ならばパラベラムであるルイズとシエスタならば捕らえるのは容易い筈だ。ルイズとシエスタはメイジであるフーケと違い、まだ余力を残していた。
ロングビルの姿が見えないのも問題だ。あれだけ巨大なゴーレムだ、たとえ森の中にいたとしても視認は容易。ならばそれを打ち倒したのも確認できるのは道理である。それなのに未だ姿を見せないのは単純に遠くにいるためか、それとも動けないか。
敵はかの『土くれ』のフーケである。最悪の場合もまた、想定しなければならないだろう。
だが、どんな賽の目が出るとしてもここで全員が撤退するのは得策とはいえない。ロングビルが無事の可能性も少なからずあり、フーケを捕獲する唯一無二のチャンスでもある。
フーケは百戦錬磨の盗賊だ。ここで逃がせば、次の好機が巡ってくるのはいつになるのかわからない。
「そんな・・・・・・危険よ! 『破壊の杖』は回収したわ! フーケを追いたいのならば全員の方が効率的じゃなくて?」
キュルケの言うことも正しい。確かに人数が増えれば、その分だけ効率は上がるだろう。
「ダメよ。敵はあの『土くれ』。一筋縄で行くとは思わないわ」
ルイズの言葉をシエスタが引き継ぐ。
「それならば個の力量で最低限、撤退が可能な私とルイズ様しかいないでしょう。ご安心を。ルイズ様は私が命に代えてもお守り致しますし、ミス・ロングビルを発見次第、私たちも学院に向かいます」
「おうよ。相棒たちの言う通りそれが一番だと思うぜ。坊主たちは先に帰って、事の次第を伝えるのが仕事だ」デルフリンガーもうまく口を合わせる。
キュルケとギーシュはどうするべきかしばらく考えたが、ルイズの考えを認めシルフィードに乗った。『破壊の杖』はギーシュが大事に抱えている。タバサは相変わらずの無表情だったが、その視線はルイズとシエスタのP.V.Fに注がれていた。
「・・・・・・いい? 絶対に無理はしちゃダメよ! シエスタも危なくなったらルイズと一緒に逃げるの、いい?」
「もちろんでございます。ミス・ツェルプストー」
「危ない真似だけはしないでくれ、ルイズ。僕らは帰るんだ、みんなでね」
「相変わらず口は達者ね。大丈夫、無理なんてしないわよ。・・・・・・それじゃ、タバサ。二人を頼むわ」
こくりとタバサは小さく頷いた。
ルイズとシエスタが離れると、シルフィードは力強い羽ばたきと共に空に舞う。三人のメイジを乗せた風竜はあっという間に見えなくなった。
2
「さてと・・・・・・準備はいい?」
ルイズがマガジンを交換し、初弾を装填し安全装置をかける。これならば安全装置を外すだけですぐに撃つことができる。
シエスタはスペシャル・ショットを撃ったばかりなので、弾丸を作ることができない。ハウンド・ドッグに切り替え、デルフリンガーを銃剣として扱う。並みのメイジならばこれで十分だ。フーケも今は消耗している。逃げるだけならこれでも十分だろう。
「こっちは大丈夫だぜ」シエスタもデルフリンガーの言葉に頷く。
こちらへ、そう言ってシエスタが歩を進める。目当ての的はフーケ。居場所はシエスタのスペシャル・ショットでわかっている。
シエスタのスペシャル・ショットは元型追撃。敵の核となる元型を追撃し、破壊する。シエスタはフーケのゴーレムと相対した時に魔力の繋がりを見ている。あとはそれを追走するだけだった。
やがて小高い丘に出た。ここからならば小屋が良く見える。適度に木もあり、身を隠すのにもうってつけだ。フーケはここに潜み、ゴーレムを操っていたのだろう。そしてフーケは今も息を潜めている。
一際大きなモミの木。その木陰に人影が見えた。木に体重を預けるその人影にルイズは静かに銃口を向けた。
「・・・・・・来たね」
翡翠色の長い髪。知性を感じさせる眼鏡。整った顔立ち。見知った印象と違うのは眼鏡の奥に見える強い輝きだろうか。
「ミス・ロングビル・・・・・・」
「もうわかってるんだろう? 私が『土くれ』のフーケだと」
土くれと呼ばれた一人の盗賊は木漏れ日の中で妖艶に微笑んで見せた。その姿は妖しく、艶やかで美しい。
「ええ、あのゴーレムを作る魔力はミス・ロングビル。あなたの物でした」シエスタがゆっくりと告げる。
ロングビルが姿を消していた時間、ここまでの距離、破壊の杖の情報、全てロングビル自身がフーケだとすれば辻褄がピッタリと合う。
まったく私もツイちゃあないね、とフーケはため息をついた。おもむろに眼鏡を外す仕草は艶っぽかった。
「アンタたち・・・・・・いったいナニモンだい? この『土くれ』フーケのゴーレムをこんな小娘がぶち壊してくれるたァね」
眼鏡を外したフーケの眼光は鋭い。まるで猛禽類のようだ。それはフーケがその名が轟かせるまでに培ったものだろう。
「私たちはただの『小娘』よ、あなたの言うね」
「そんな小娘が命を賭けて、盗賊相手に大立ち回りとはね。やめときなよ、ギャンブルは。クセになるからね・・・・・・さて、茶化すのはそのくらいにしな。答えろ、何者なんだ?」
射抜くような視線。目を見れば誤魔化しが通じないとわかった。
「・・・・・・私たちは《パラベラム》よ。私の使い魔によって目覚めた特殊な能力者。それが私たち」
重い沈黙が落ちる。誰も口を開かなかった。小さな風が三人の間を吹きぬけ、それが沈黙を破る合図になる。
「ねぇ、ミス・ロ・・・・・・フーケは」
「呼びやすい方でいいさ」
「・・・・・・。ミス・ロングビルはどうして盗賊に?」
「言ったろ? 私は没落貴族。金も知識もコネも無いようなメスガキが生きていくには、身体を売るか、悪人になるしかないだろう。身体だって高値で売るには、それなりにコツがいる。私は魔法にはそれなりに自信があったからね」身体の方も自信はあるけどさ。そんな風に言ってフーケはクツクツと笑いを漏らした。それは学院で見かけたロングビルの笑いとは違い、どこか自嘲しているような寂しい笑いだ。
「ならば傭兵などの道もあったのでは? 私の祖父は傭兵として生き、そして死んでいきましたが。それにメイジならば働き口はあるでしょう」
「最初は私もそう考えたさ。傭兵の仕事を探したよ。始めてだってンで、他の傭兵と一緒にロマリアの田舎にはるばるコボルト退治。そこまでは良かったさ。けど年中女日照りのクソ野郎共は仕事が終わったんで、さっそく一発ヤろうとしやがった」そこまで話し、目線を外し背を向けた。ルイズが銃口を向けているのすら関係無いとでも言うような仕草。
ルイズもシエスタもただ黙って聞いているしかない。当のフーケは何でも無い噂話でも語るかのように饒舌に話した。
「鼻息荒く近づいてきたデカい男の頭をゴーレムで潰した。仲間の背の低い男の首をゴーレムでへし折った。そこまでやったとこで、周りの連中に気づかれて散々に追い回されたよ。クロスボウの矢も飛んできたし、投げ斧が近くの木に突き刺さったのもよ~く覚えてる。ゴーレムに突き刺さってた誰のだか知らないロングソードはいい値で売れた。それからさ、私が盗みを始めたのは」
話し始めた時と同じように、風が三人の髪を揺らした。カタカタと鍔を鳴らして今度はデルフリンガーが沈黙を破り、フーケに問いかける。
「フーケさんよ、あんた、なんで学院に戻って来たんだい? 目当てのもん手に入れたんなら、とっととトンズラすりゃいいだろ」
デルフリンガーの言うとおりだ。フーケは一度、破壊の杖を手に入れている。手際から言っても最初から破壊の杖を狙っていたのだろう。
目当ての破壊の杖を手に入れた以上、フーケがメイジばかりが集まっている学院に戻る理由は無いはずだ。
「間の抜けたことに使い方がわからくってねぇ・・・・・・マジック・アイテムなんてのは魔力を通せば動くって相場が決まってるモンだが、うんともすんとも言わないときた。フーケを餌にすればあのジジイが釣れると踏んでたんだが、とんだじゃじゃ馬が引っかかったのよ」
「どうしてそこまで?」
明らかにリスクとメリットが見合っていない。一度は姿を消すチャンスがありながら、学院に戻ってくる。それがどれだけ危険かわからぬフーケでは無いだろうに。
「金さ」
一息にそう言い切った。即答、だった。
「使い方がわかった方が高値で売れる。どんな使い道があるかわかればそれだけ高く売れるんだ。当たり前だろう?」
でもそれは決して小さくないリスク。ギャンブルだろう。
「どうしてそこまでお金に執着するの?」
「・・・・・・」初めて。
フーケとして会話を始めてから、初めて感情が表情に出た。今までの飄々とした『土くれ』ではなく、おそらくは本心の。酷く、悲痛で辛そうな色。
「私はね、一人で戦ってるんじゃあないんだよ」
本当に辛そうに、搾り出すように言葉を吐き出していく。
「私はあの子たちを守ると誓ったんだ」
一瞬だった。
青白い閃光。P.V.F特有のマズル・フラッシュ。それはルイズのものではない。それはシエスタのものではない。それは振り向いたフーケの手に握られた、有り得ないはずのP.V.Fから放たれた。
精神力で出来た弾丸はルイズの左肩を貫く。銃声は不思議とほとんど聞こえなかった。
焼けるような激痛。出血は無い、が神経を削るかのような痛みが脳を麻痺させる。力が抜け、倒れる。
「ああァ、あ、ああッ!!」
シエスタが吠えながら引き金を引く。だが弾が装填されていない以上、銃声は鳴らない。歯を剥き出しに、怒りのままにデルフリンガーを牙の如く突き立てようと踊りかかる。
フーケは銃身の先に長い円筒型のパーツが取り付けられた黄銅色のP.V.Fを盾にし、受け止めた。二人の顔が息のかかる距離まで近づくが、刃は届かない。
「落ち着け! 落ち着くんだッ相棒!」
デルフリンガーが必死に止めようとするが、シエスタは止まらない。
「この・・・・・・殺してやるッ! ルイズ様を、コイツはルイズ様をォ!!」
「上等だッ! やってみなよ! あァ!?」
二人の、二匹の獣が吠える。
「やめろ」
それだけを告げる。それだけで二人は止まった。
「シエスタ、やめなさい。ミス・ロングビルも・・・・・・銃を下げてください」
シエスタの力が緩んだ一瞬に、フーケはデルフリンガーを弾き、銃口をルイズに向けた。狙いは眉間。
すぐにシエスタも体勢を直し、デルフリンガーをフーケの首元に。怒りのあまりにカタカタと揺れる切っ先は、フーケの白い首筋に細い血の線を作った。
「娘っ子、大丈夫かよ?」
「そんなわけないでしょ・・・・・・痛くて泣きそう。でも当たったのは肩よ。シエスタも落ち着きなさい」
左肩が動かない。神経がやられているのだろう。ルイズはシールド・オブ・ガンダールヴを杖代わりにしてなんとか起き上がった。静かに三つの銃口をフーケに向ける。
被弾したのは肩だと知り、シエスタはいくらか落ち着いたようだ。当のフーケはといえば舌打ちをしている。
「ミス・ロングビル・・・・・・いえ、『土くれ』のフーケ。本来なら捕らえて衛兵に引き渡すつもりだったけれど、事情が変わったわ。いくつか質問に答えてもらう」
「自分がそんな事を言える立場かい? その出来のいいオツムに風穴開けてやろうか?」
「ふざけるな、殺すぞ」
ギリリ、と歯を食いしばるような音が聞こえてきそうなシエスタが凄む。歯の隙間から怒りが漏れるようだ。ルイズが止めなければきっと、牙を向いているだろう。
「相棒、言葉遣いが・・・・・・ってンなこと言ってる場合じゃねぇな。フーケさんさぁ、相打ちになる気かよ。今の状況考えろって」
フーケが仮にルイズを撃てば、シエスタに首を飛ばされる。シエスタを振りほどこうとすれば、ルイズが引き金を引く。
『誰か』が『誰か』を殺そうとすれば、残りの『誰か』に殺される。その時、立っているのは少なくともフーケではない。
「メリットもあるわよ。お互いに情報が得られ、答え次第ではあなたを見逃す」
「それを信じろってかい?」
フーケは今、迷っている。この状況はどう転んでも互いの損にしかならない上に、このままでは一番バカを見るのはフーケなのだ。だがこちらが提示した餌に食らいついていいのかも判断しかねている。
「ええ、『信じなさい』。選択肢はあまり多くは無い。それにさっきの言葉。言い直すわ、返答次第では『私はあなたを見逃さなければならなくなる』。私はそう言っているのよ」
互いに無言。この状況では言葉だけが力を持つ。あとはそれを信じるか、信じないか。
「わかった。何でも答えてやるよ。ただ『コイツ』は下ろさない」
「それでいいわ。嘘はつかないでね。意味が無いし、お互いにとって得は無いわ」
とりあえずは交渉の場ができた。一種即発の雰囲気ではあるが、これでいい。この状況でこれ以上を望むのは欲張りだろう。
「一つ目、どうして《P.V.F》を?」
わからないのはそれだ。このハルケギニアにパラベラムは存在しない。パラベラムになる為に必要な錠剤も『ゼロ』である自分が召還したイレギュラー。どうしてフーケがパラベラムなのか。
「忘れたかい? 私は『土くれ』のフーケさ。宝物庫にお邪魔する前にちょいと寄り道したの。あの決闘騒ぎでとんでもない代物ってのはわかってたしね。アンタも大事なモンならもう少し用心しな」
「つまり盗んだのね・・・・・・でもどんな物かわかってたの?」
思わずため息が漏れた。この様子だと他にも被害者はたくさん居そうだ。
「だいたいね。盗み聞き、盗み見も慣れたモンだよ。情報ってのはいくら持っても重くならない上に高く売れる」
どうやらこの前の学院長との話を聞かれていたらしい。しかし咎められると思い、錠剤の『リスク』を話さなかったのだが、こんな事になるとは。
今思えば、最初のフーケの質問もただの好奇心からではなかったということが良くわかる。さすがは稀代の名泥棒といったところか。だが。
「今更だけどさ、あの薬ってパラベラムの適正が無い人間が飲むと心が死んじゃうのよね・・・・・・」
「ハァ!? そんなの聞いて無いわよ!?」
「だって言ってないもん。盗み聞きしてたんだったらわかるでしょ? あの状況でそんな事言ったら取り上げられるに決まってるじゃない。・・・・・・良かったわね、お互い運が良くて」
フーケは何か言いたそうにしていたが、結局黙ってしまった。自分の知らないとこで命懸けのギャンブルをしていたというのはそれは、それは気分が悪いのだろうが、まぁ、自業自得だ。別にルイズは悪くない。
「・・・・・・で? 次の質問は? 早くしなよ」
「どこまでわかっているの? この力について」
今度は少し返答まで時間がかかった。
「・・・・・・とりあえず系統魔法とは別モンだね、こりゃ。私だって土のトライアングルだ。こんな滅茶苦茶なモン作れるわけがない事くらいわかるよ。東方の魔法ってのも怪しいね」
「ご明察。察しが良いわね。この『力』はね、この世界じゃないどこか遠くの異世界の力よ」
「はん、何言っているんだか。そんな――「『そんなおとぎ話みたいな話、信じられるか』。そりゃそうよね。私だってこのルーンが無ければ信じちゃあないわ」
上がらない左手の手の甲をフーケに示す。そこにある契約の証たるルーンは手袋に隠れて見えないが、フーケもその下に何があるかはわかっているはずだ。
「・・・・・・。それを私に話してどうする?」
「つまりね、私たち《パラベラム》はこの世界じゃ有り得ない存在なの。機会があれば、誰もいないところで試してみなさい。《P.V.F》の展開も発砲にも杖も『錬金』も必要無いから」
「・・・・・・信じる、しかないか。確かに『コレ』は異質だ。そっちのがしっくりと来る」
「それで、最後の質問なんだけどね。フーケ、私たちの仲間にならない?」
フーケは《パラベラム》になった。それは仕方の無い事だ。今更、何を言っても変わりはしない。
「理由を聞かせてもらおうかい?」不信感を隠そうともせず、フーケは問いかける。
「ええ、もちろん。私たちは、《パラベラム》は存在しない、してはいけない。このハルケギニアは魔法とブリミル教が治める土地よ。私たちが生きて行こうと思えば、さっき話した内容は誰にも伝わってはいけないの」
「そりゃあね。バレれば即異端審問、エルフみたいな扱いでもされるかもね」その様子を想像したのか、フーケは不快そうに顔をしかめた。
「そう。だから私たちはお互いという駒を失ってはいけないのよ。幸い、学院長の有能な秘書『ミス・ロングビル』とトリステインを騒がす『土くれのフーケ』が同一人物だと知っているのは私たちだけよ。そして私たちは同じ《パラベラム》、手を組むメリットはお互い一致しているはず」
フーケは馬鹿じゃない。この状況でどう動けば一番得かわかっているはずだ。
「裏切りはしない。情報が漏れれば私たちは全員まとめてあの世行きよ」
フーケはしばし考え、口を開いた。
「わかった、わかったよ。確かにそうするしかなさそうだ。でも条件がある。金だ。そうなりゃ盗賊家業をやるわけには行かないだろ? アタシにゃ金がいるんだよ」
「金、金、金って・・・・・・いったいなんでそんな必要なのよ。学院長秘書だって結構な高給取りでしょうに」
トリステイン魔法学院はハルケギニア全土に名が知れるような名門だ。教師は粒揃いだし、学院長はかのオールド・オスマン。その秘書の給料が安いわけが無い。
「・・・・・・妹がアルビオンにいる。アタシはあの子を、テファさえ守れればそれでいい」
そう語るフーケの顔は酷く辛そうで、決意に満ちていた。どれだけその『テファ』という妹を愛しているのか表情を見ればすぐにわかる。ただの盗賊ではない『フーケ』の誇りが垣間見えた気がした。
「・・・・・・今回の件で報酬をもらえばそれをあげるわ。俸給の増額も頼んでみる。それでも足りないなら私がなんとかしてみるわ。それでどう?」これがルイズにできる精一杯である。
「・・・・・・どうしてそこまでする?」
「私、末っ子なのよ。姉が二人いるわ。妹はね、姉に元気でいて欲しいの。それが家族でしょ」
理由になってないよ、と口では言いながらフーケはP.V.Fを下ろした。僅かに呆れたように微笑んだフーケのそれを見てルイズも照準を外す。シエスタはやや不満そうだったが、ルイズと視線が合うと渋々ながらもデルフリンガーを下げた。
「あいたた・・・・・・シエスタ、やり方は教えるから治療してくれない? 痛くて、泣きそうよ」
肩を庇うようにしながら地面に寝転ぶ。必死に我慢していたが痛くて、痛くて仕方が無い。
「は、はい! もちろんです、ルイズ様」
「アタシがやるわ。自分のケツくらい自分で拭ける」
フーケがシエスタを横に押しやり、ルイズの隣に座る。
「そう? じゃあ『フィールド・ストリッピング』のやり方を教えるわ。シエスタも聞いておいて、何かで役立つかもしれないわ」
「・・・・・・はい。わかりました」
ルイズの指示に従って、フーケがてきぱきとシールド・オブ・ガンダールヴを分解していく。機関部のカバーを外すと、中から人形のようものが出てくる。P.V.Fを展開する時と似た光の粒子でできた人形。
説明を聞くシエスタは珍しく不機嫌そうな顔をしているが、思い至る理由が無い。なぜだろうか。
「《P.V.F》の中身、機関部にあたる部分は、使用者の『精神・神経系』と直結しているの。だからそこを治せば使用者の精神ダメージも回復するわ」
神経や血管が透けており、ルイズの撃たれた左肩の部分だけが赤くなっている。
ルイズの指示でフーケが恐る恐るその赤い部分に触れると、ゆっくりとだが赤色が白い光へ変わっていく。痛みが和らぎ、消えていくのを感じた。
気だるさは残っているが、もう痛みは無い。
「・・・・・・どうだい?」
「ええ、だいぶ楽になったわ。ありがと」
立ち上がり、左腕を回すが痛みも無くいつも通りだ。もしかしたらフーケは治療に長けたパラベラムかもしれなかった。
「・・・・・・それでは帰りましょうか」
鈍感なのは困るよなぁ相棒、というデルフリンガーの声はシエスタ以外には聞こえなかった。
3
「君たちはよくやってくれた。よくぞ『破壊の杖』を取り戻してくれた。感謝している、ありがとう」
そういってオスマンは頭を下げた。
ロングビルをシエスタが背負い、内観還元力場を使い学院でギーシュたちと合流した。その足で直接、学院長室に報告に来たのだ。
「しかしフーケを捕り逃してしまいましたわ・・・・・・」
いかにも残念無念といった様子でロングビルは学院長に報告。
「よいよい。目的は『破壊の杖』の奪還。トリステイン中が追いかけているかの『土くれ』に、一泡吹かせただけでも大したもんじゃて」
「ああ、オールド・オスマン。寛大なお心に感謝します」なんともまぁ、大した変わり身の速さである。
フォッフォッフォッと笑うオスマンを見ているとちくりと罪悪感を感じるが、仕方が無い。
ルイズとシエスタは森の中で気絶したロングビルを発見。話を聞けば周囲を探索している際に『サイレント』を使ったフーケらしき人物に薬品をかがされそのまま意識を失ったという。シエスタを護衛に残し、周囲をルイズが探ったが、それらしき人物は見当たらず。ロングビルの消耗が激しい為、探索を諦め学院に戻ってきた。という筋書きである。
実は一から十までロングビルが考えたものだったりする。なんというか、さすがといった手際だった。
「君たちの活躍により一件落着。本当にありがとう。わしは君たちのような誇り高き生徒がいることを嬉しく思う」
オスマンは微笑み、ゆっくりとそれぞれの頭を撫でた。皺だらけだが大きな手は撫でられると不思議と安心した。
「君たちの『シュヴァリエ』の爵位申請を宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。といっても、ミス・タバサはすでに『シュヴァリエ』の爵位を持っておるから、精霊勲章の授与を申請しておいた」
四人の顔がそれぞれ喜びの色に染まる。
「本当ですか?」キュルケが驚いた声で尋ねる。
「ホントじゃ。いいのじゃ、君たちはそれほどの事をしたのじゃからな」
ルイズは静かに隣で立つシエスタを見た。
「・・・・・・オールド・オスマン。シエスタとミス・ロングビルには何も無いんですか?」
「残念ながらシエスタは貴族ではない。ミス・ロングビルもすでに貴族の名を失ったものじゃ」
ロングビルとシエスタは静かに首を振った。
「私は今回、何も役に立つことができませんでした。それに『シュヴァリエ』など・・・・・・私には過ぎた代物ですわ」
「私はルイズ様の従者として、当然のことをしただけです。報酬など無用でございます」
「爵位を授けることは出来んが、わしから少ないが報酬を渡そう。せめてものお礼じゃ。受け取ってくれ」
二人は静かに頷いた。その様子を見てオスマンも満足げに頷き、ぽんぽんと手を叩く。
「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。このとおり、『破壊の杖』も戻ってきたし、予定通り執り行う」
キュルケとギーシュの顔がパッと輝いた。
「そうでしたわ! フーケの騒ぎですっかり忘れていました!」
「僕もすっかり忘れてたよ! ああ、モンモランシーは僕と踊ってくれるだろうか!」
「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意してきたまえ。存分に着飾り、楽しむのじゃぞ」
一行は礼をし、ドアに向かう。ギーシュとキュルケはすでに舞踏会の事を話している。
ルイズが一人、立ち止まる。その様子に皆も気づき立ち止まる。
「先に行ってて。私もすぐに行くから」
「そ。さっさと来なさいよね」キュルケに続き、ほかのメンバーも後に続く。シエスタは心配そうに見つめていたが、微笑みかけると頷いて部屋を出て行った。
「何か、わしに聞きたいことでもあるのかね? ミス・ヴァリエール」
オスマンは全てわかっているようだった。ルイズは頷く。
「言ってごらんなさい。出来る限り力になろう。わしに出来るのはそれぐらいじゃ」
コルベールとロングビルに退室を促す。人に聞かせる類の話ではないとわかっているのだ。二人が部屋を出たのを見て、ルイズは口を開いた。
「あの『破壊の杖』・・・・・・どうしてあんなものが?」
「君には使い方がわかったそうじゃな。これも始祖のお導きかのう・・・・・・少し年寄りの昔話に付き合ってくれるかね」
机の上におかれた『破壊の杖』を愛おしそうに撫でながら、オスマンはゆっくりと語り始めた。
「もう三十年にもなるの・・・・・・秘薬の材料を探して森を散策していたわしは、ワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのがあの『破壊の杖』の持ち主じゃった。彼はもう一本の『破壊の杖』でワイバーンを吹き飛ばすと、ばったりと倒れおった。見れば怪我をしていた。学院に運びこみ、必死に治療したが・・・・・・助からんかったよ」
オスマンは辛そうに語った。ルイズに背中を向けて、語るオスマンは僅かに震えていた。
「すみません・・・・・・『破壊の杖』は単発式、使い捨てなんです。そんな大事なものだとわかっていれば・・・・・・」
「いや、気にするでない。わしにとってコレは大切な思い出の品じゃ。手元に戻ってきただけで十分じゃよ。あの時ほど無力を思い知った日は無かったからの。これは戒めでもある・・・・・・それはさておき続きじゃ。わしは彼が使った一本を彼と共に墓に埋め、もう一本を『破壊の杖』とし、宝物庫にしまいこんだ。恩人の形見としてな・・・・・・」
枯れた肌の上をわずかに光るものが流れていった。
「・・・・・・あれは『M72ロケットランチャー』と呼ばれる遠い国の武器です」
「ほぅ・・・・・・なぜそのような事がわかるのじゃ? あれはわしが必死に文献を探しても、それらしきものは見つからんかった代物じゃが」
「おそらくこのルーンの力でしょう。・・・・・・何か知っているのでは?」
オスマンは、話そうかどうかしばし悩み、口を開いた。
「成績の優秀な君ならば、おおよその見当はついているのじゃろう。そしておそらくその予想は正しい。そのルーンは神の盾、ガンダールヴ。君の魔法と同じ名じゃよ」
「なぜ私にこんなに力が・・・・・・」
わからない。ルイズは『ゼロ』だ。魔法の使えぬ『ゼロ』、そんな自分になぜこんな力があるのだろうか。なぜ自分なのか。
「それはわしにもわからん。『破壊の杖』の使い方がわかったのも、ありとあらゆる『武器』を使いこなしたと謳われるそのルーンの力じゃろう。・・・・・・ただのう、わしは思うのじゃ」
オスマンは振り返り、ルイズを真っ直ぐに見つめる。それは愛しい孫娘を見るような優しい眼差しだった。
「大きな力には責任が伴い、大きすぎる力には悲しみが伴う。それはあまりに重く、辛い。ミス・ヴァリエール、『ゼロ』と呼ばれた君に、そのような力が与えられた事には何か意味があるとわしは思う」
オスマンは静かにルイズの頭を撫でた。
「ミス・ヴァリエール・・・・・・いや、ルイズ。君はこれから様々な困難に出遭うじゃろうて。君は気高く誇り高い。傷つき、涙を流しながらも正しい道を見据え、進んでいけるじゃろう。じゃがの、どうか忘れないで欲しい。君の周りには君を支えてくれる誇り高く尊い友人たちがいる。君は『ゼロ』などではありゃあせん。君ならその力が与えられた意味を見つけることができるとわしは信じておるよ」
オスマンの言葉で皆の顔が浮かんだ。厳しい母、厳格な父、対照的な姉たち、情熱的なキュルケ、寡黙なタバサ、憎めないギーシュ、そしてルイズと共にいてくれるシエスタ。
胸が熱くなり、涙が次から次へと溢れてくる。自分を『ゼロ』だと思っていた時、ずっと一人だと思っていた。
涙を流すルイズをオスマンは優しく、包み込むように抱きしめた。
「今は泣きなさい。若い時は感情を我慢するもんじゃない。泣きたいときに泣き、笑いたい時に笑う。若者の特権じゃて。こんな老いぼれでも、若者が休む時に背中を預けられる役くらいはやりたいのじゃよ」
涙がボロボロと零れ、嗚咽が止まらない。オスマンの体温はルイズを包み込むように温めてくれた。
それは自分の傍にいる皆を感じさせるような心地よい温かさだった
――私は、寂しかったんだ。でも・・・・・・もう一人じゃない。
「落ち着いたかの?」
「・・・・・・はい」
しばらくわんわんと赤子のように泣いたルイズは、こくりと頷いた。
「さぁ、今日のところは涙を流すのはそれくらいにしなさい。君は今日の主役じゃ。今は楽しみなさい。友人たちが待っておるぞ?」
「・・・・・・はい!」
ルイズは涙を拭い、力強く返事をした。
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第十四章 わしは思うのじゃ
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エレメント/[Elrment]――《パラベラム》のペア。攻撃担当、防御担当にわかれることで戦闘力が上がる。《エレメント》が集まると《フライト》になる。
フライト/[Flight]――《パラベラム》の戦闘集団。主人公の使い魔によって、ルイズの中心に《エレメント》が集まれば《フライト》になるだろう。
1
目の前の問題は解決した。ルイズたちは誇りを胸に戦い、フーケはその力の前に敗れた。今、確かに立っているルイズたちは勝者である。だが戦いが終わってもやるべきことはまだ残っている。
「キュルケ、タバサ、ギーシュ。この『破壊の杖』を学院へ届けて」
今回の任務の本質は『破壊の杖』の奪還。フーケの捕獲は二の次だ。
「君たちは?」
「私たちは『土くれ』とミス・ロングビルを捜索します。両者共にそう遠くには行っていないでしょう」
フーケは先ほどの戦いで消耗している。おそらくは身を守る最低限の魔力しか残っていないだろう。今ならばパラベラムであるルイズとシエスタならば捕らえるのは容易い筈だ。ルイズとシエスタはメイジであるフーケと違い、まだ余力を残していた。
ロングビルの姿が見えないのも問題だ。あれだけ巨大なゴーレムだ、たとえ森の中にいたとしても視認は容易。ならばそれを打ち倒したのも確認できるのは道理である。それなのに未だ姿を見せないのは単純に遠くにいるためか、それとも動けないか。
敵はかの『土くれ』のフーケである。最悪の場合もまた、想定しなければならないだろう。
だが、どんな賽の目が出るとしてもここで全員が撤退するのは得策とはいえない。ロングビルが無事の可能性も少なからずあり、フーケを捕獲する唯一無二のチャンスでもある。
フーケは百戦錬磨の盗賊だ。ここで逃がせば、次の好機が巡ってくるのはいつになるのかわからない。
「そんな・・・・・・危険よ! 『破壊の杖』は回収したわ! フーケを追いたいのならば全員の方が効率的じゃなくて?」
キュルケの言うことも正しい。確かに人数が増えれば、その分だけ効率は上がるだろう。
「ダメよ。敵はあの『土くれ』。一筋縄で行くとは思わないわ」
ルイズの言葉をシエスタが引き継ぐ。
「それならば個の力量で最低限、撤退が可能な私とルイズ様しかいないでしょう。ご安心を。ルイズ様は私が命に代えてもお守り致しますし、ミス・ロングビルを発見次第、私たちも学院に向かいます」
「おうよ。相棒たちの言う通りそれが一番だと思うぜ。坊主たちは先に帰って、事の次第を伝えるのが仕事だ」デルフリンガーもうまく口を合わせる。
キュルケとギーシュはどうするべきかしばらく考えたが、ルイズの考えを認めシルフィードに乗った。『破壊の杖』はギーシュが大事に抱えている。タバサは相変わらずの無表情だったが、その視線はルイズとシエスタのP.V.Fに注がれていた。
「・・・・・・いい? 絶対に無理はしちゃダメよ! シエスタも危なくなったらルイズと一緒に逃げるの、いい?」
「もちろんでございます。ミス・ツェルプストー」
「危ない真似だけはしないでくれ、ルイズ。僕らは帰るんだ、みんなでね」
「相変わらず口は達者ね。大丈夫、無理なんてしないわよ。・・・・・・それじゃ、タバサ。二人を頼むわ」
こくりとタバサは小さく頷いた。
ルイズとシエスタが離れると、シルフィードは力強い羽ばたきと共に空に舞う。三人のメイジを乗せた風竜はあっという間に見えなくなった。
2
「さてと・・・・・・準備はいい?」
ルイズがマガジンを交換し、初弾を装填し安全装置をかける。これならば安全装置を外すだけですぐに撃つことができる。
シエスタはスペシャル・ショットを撃ったばかりなので、弾丸を作ることができない。ハウンド・ドッグに切り替え、デルフリンガーを銃剣として扱う。並みのメイジならばこれで十分だ。フーケも今は消耗している。逃げるだけならこれでも十分だろう。
「こっちは大丈夫だぜ」シエスタもデルフリンガーの言葉に頷く。
こちらへ、そう言ってシエスタが歩を進める。目当ての的はフーケ。居場所はシエスタのスペシャル・ショットでわかっている。
シエスタのスペシャル・ショットは元型追撃。敵の核となる元型を追撃し、破壊する。シエスタはフーケのゴーレムと相対した時に魔力の繋がりを見ている。あとはそれを追走するだけだった。
やがて小高い丘に出た。ここからならば小屋が良く見える。適度に木もあり、身を隠すのにもうってつけだ。フーケはここに潜み、ゴーレムを操っていたのだろう。そしてフーケは今も息を潜めている。
一際大きなモミの木。その木陰に人影が見えた。木に体重を預けるその人影にルイズは静かに銃口を向けた。
「・・・・・・来たね」
翡翠色の長い髪。知性を感じさせる眼鏡。整った顔立ち。見知った印象と違うのは眼鏡の奥に見える強い輝きだろうか。
「ミス・ロングビル・・・・・・」
「もうわかってるんだろう? 私が『土くれ』のフーケだと」
土くれと呼ばれた一人の盗賊は木漏れ日の中で妖艶に微笑んで見せた。その姿は妖しく、艶やかで美しい。
「ええ、あのゴーレムを作る魔力はミス・ロングビル。あなたの物でした」シエスタがゆっくりと告げる。
ロングビルが姿を消していた時間、ここまでの距離、破壊の杖の情報、全てロングビル自身がフーケだとすれば辻褄がピッタリと合う。
まったく私もツイちゃあないね、とフーケはため息をついた。おもむろに眼鏡を外す仕草は艶っぽかった。
「アンタたち・・・・・・いったいナニモンだい? この『土くれ』フーケのゴーレムをこんな小娘がぶち壊してくれるたァね」
眼鏡を外したフーケの眼光は鋭い。まるで猛禽類のようだ。それはフーケがその名が轟かせるまでに培ったものだろう。
「私たちはただの『小娘』よ、あなたの言うね」
「そんな小娘が命を賭けて、盗賊相手に大立ち回りとはね。やめときなよ、ギャンブルは。クセになるからね・・・・・・さて、茶化すのはそのくらいにしな。答えろ、何者なんだ?」
射抜くような視線。目を見れば誤魔化しが通じないとわかった。
「・・・・・・私たちは《パラベラム》よ。私の使い魔によって目覚めた特殊な能力者。それが私たち」
重い沈黙が落ちる。誰も口を開かなかった。小さな風が三人の間を吹きぬけ、それが沈黙を破る合図になる。
「ねぇ、ミス・ロ・・・・・・フーケは」
「呼びやすい方でいいさ」
「・・・・・・。ミス・ロングビルはどうして盗賊に?」
「言ったろ? 私は没落貴族。金も知識もコネも無いようなメスガキが生きていくには、身体を売るか、悪人になるしかないだろう。身体だって高値で売るには、それなりにコツがいる。私は魔法にはそれなりに自信があったからね」身体の方も自信はあるけどさ。そんな風に言ってフーケはクツクツと笑いを漏らした。それは学院で見かけたロングビルの笑いとは違い、どこか自嘲しているような寂しい笑いだ。
「ならば傭兵などの道もあったのでは? 私の祖父は傭兵として生き、そして死んでいきましたが。それにメイジならば働き口はあるでしょう」
「最初は私もそう考えたさ。傭兵の仕事を探したよ。始めてだってンで、他の傭兵と一緒にロマリアの田舎にはるばるコボルト退治。そこまでは良かったさ。けど年中女日照りのクソ野郎共は仕事が終わったんで、さっそく一発ヤろうとしやがった」そこまで話し、目線を外し背を向けた。ルイズが銃口を向けているのすら関係無いとでも言うような仕草。
ルイズもシエスタもただ黙って聞いているしかない。当のフーケは何でも無い噂話でも語るかのように饒舌に話した。
「鼻息荒く近づいてきたデカい男の頭をゴーレムで潰した。仲間の背の低い男の首をゴーレムでへし折った。そこまでやったとこで、周りの連中に気づかれて散々に追い回されたよ。クロスボウの矢も飛んできたし、投げ斧が近くの木に突き刺さったのもよ~く覚えてる。ゴーレムに突き刺さってた誰のだか知らないロングソードはいい値で売れた。それからさ、私が盗みを始めたのは」
話し始めた時と同じように、風が三人の髪を揺らした。カタカタと鍔を鳴らして今度はデルフリンガーが沈黙を破り、フーケに問いかける。
「フーケさんよ、あんた、なんで学院に戻って来たんだい? 目当てのもん手に入れたんなら、とっととトンズラすりゃいいだろ」
デルフリンガーの言うとおりだ。フーケは一度、破壊の杖を手に入れている。手際から言っても最初から破壊の杖を狙っていたのだろう。
目当ての破壊の杖を手に入れた以上、フーケがメイジばかりが集まっている学院に戻る理由は無いはずだ。
「間の抜けたことに使い方がわからくってねぇ・・・・・・マジック・アイテムなんてのは魔力を通せば動くって相場が決まってるモンだが、うんともすんとも言わないときた。フーケを餌にすればあのジジイが釣れると踏んでたんだが、とんだじゃじゃ馬が引っかかったのよ」
「どうしてそこまで?」
明らかにリスクとメリットが見合っていない。一度は姿を消すチャンスがありながら、学院に戻ってくる。それがどれだけ危険かわからぬフーケでは無いだろうに。
「金さ」
一息にそう言い切った。即答、だった。
「使い方がわかった方が高値で売れる。どんな使い道があるかわかればそれだけ高く売れるんだ。当たり前だろう?」
でもそれは決して小さくないリスク。ギャンブルだろう。
「どうしてそこまでお金に執着するの?」
「・・・・・・」初めて。
フーケとして会話を始めてから、初めて感情が表情に出た。今までの飄々とした『土くれ』ではなく、おそらくは本心の。酷く、悲痛で辛そうな色。
「私はね、一人で戦ってるんじゃあないんだよ」
本当に辛そうに、搾り出すように言葉を吐き出していく。
「私はあの子たちを守ると誓ったんだ」
一瞬だった。
青白い閃光。P.V.F特有のマズル・フラッシュ。それはルイズのものではない。それはシエスタのものではない。それは振り向いたフーケの手に握られた、有り得ないはずのP.V.Fから放たれた。
精神力で出来た弾丸はルイズの左肩を貫く。銃声は不思議とほとんど聞こえなかった。
焼けるような激痛。出血は無い、が神経を削るかのような痛みが脳を麻痺させる。力が抜け、倒れる。
「ああァ、あ、ああッ!!」
シエスタが吠えながら引き金を引く。だが弾が装填されていない以上、銃声は鳴らない。歯を剥き出しに、怒りのままにデルフリンガーを牙の如く突き立てようと踊りかかる。
フーケは銃身の先に長い円筒型のパーツが取り付けられた黄銅色のP.V.Fを盾にし、受け止めた。二人の顔が息のかかる距離まで近づくが、刃は届かない。
「落ち着け! 落ち着くんだッ相棒!」
デルフリンガーが必死に止めようとするが、シエスタは止まらない。
「この・・・・・・殺してやるッ! ルイズ様を、コイツはルイズ様をォ!!」
「上等だッ! やってみなよ! あァ!?」
二人の、二匹の獣が吠える。
「やめろ」
それだけを告げる。それだけで二人は止まった。
「シエスタ、やめなさい。ミス・ロングビルも・・・・・・銃を下げてください」
シエスタの力が緩んだ一瞬に、フーケはデルフリンガーを弾き、銃口をルイズに向けた。狙いは眉間。
すぐにシエスタも体勢を直し、デルフリンガーをフーケの首元に。怒りのあまりにカタカタと揺れる切っ先は、フーケの白い首筋に細い血の線を作った。
「娘っ子、大丈夫かよ?」
「そんなわけないでしょ・・・・・・痛くて泣きそう。でも当たったのは肩よ。シエスタも落ち着きなさい」
左肩が動かない。神経がやられているのだろう。ルイズはシールド・オブ・ガンダールヴを杖代わりにしてなんとか起き上がった。静かに三つの銃口をフーケに向ける。
被弾したのは肩だと知り、シエスタはいくらか落ち着いたようだ。当のフーケはといえば舌打ちをしている。
「ミス・ロングビル・・・・・・いえ、『土くれ』のフーケ。本来なら捕らえて衛兵に引き渡すつもりだったけれど、事情が変わったわ。いくつか質問に答えてもらう」
「自分がそんな事を言える立場かい? その出来のいいオツムに風穴開けてやろうか?」
「ふざけるな、殺すぞ」
ギリリ、と歯を食いしばるような音が聞こえてきそうなシエスタが凄む。歯の隙間から怒りが漏れるようだ。ルイズが止めなければきっと、牙を向いているだろう。
「相棒、言葉遣いが・・・・・・ってンなこと言ってる場合じゃねぇな。フーケさんさぁ、相打ちになる気かよ。今の状況考えろって」
フーケが仮にルイズを撃てば、シエスタに首を飛ばされる。シエスタを振りほどこうとすれば、ルイズが引き金を引く。
『誰か』が『誰か』を殺そうとすれば、残りの『誰か』に殺される。その時、立っているのは少なくともフーケではない。
「メリットもあるわよ。お互いに情報が得られ、答え次第ではあなたを見逃す」
「それを信じろってかい?」
フーケは今、迷っている。この状況はどう転んでも互いの損にしかならない上に、このままでは一番バカを見るのはフーケなのだ。だがこちらが提示した餌に食らいついていいのかも判断しかねている。
「ええ、『信じなさい』。選択肢はあまり多くは無い。それにさっきの言葉。言い直すわ、返答次第では『私はあなたを見逃さなければならなくなる』。私はそう言っているのよ」
互いに無言。この状況では言葉だけが力を持つ。あとはそれを信じるか、信じないか。
「わかった。何でも答えてやるよ。ただ『コイツ』は下ろさない」
「それでいいわ。嘘はつかないでね。意味が無いし、お互いにとって得は無いわ」
とりあえずは交渉の場ができた。一種即発の雰囲気ではあるが、これでいい。この状況でこれ以上を望むのは欲張りだろう。
「一つ目、どうして《P.V.F》を?」
わからないのはそれだ。このハルケギニアにパラベラムは存在しない。パラベラムになる為に必要な錠剤も『ゼロ』である自分が召還したイレギュラー。どうしてフーケがパラベラムなのか。
「忘れたかい? 私は『土くれ』のフーケさ。宝物庫にお邪魔する前にちょいと寄り道したの。あの決闘騒ぎでとんでもない代物ってのはわかってたしね。アンタも大事なモンならもう少し用心しな」
「つまり盗んだのね・・・・・・でもどんな物かわかってたの?」
思わずため息が漏れた。この様子だと他にも被害者はたくさん居そうだ。
「だいたいね。盗み聞き、盗み見も慣れたモンだよ。情報ってのはいくら持っても重くならない上に高く売れる」
どうやらこの前の学院長との話を聞かれていたらしい。しかし咎められると思い、錠剤の『リスク』を話さなかったのだが、こんな事になるとは。
今思えば、最初のフーケの質問もただの好奇心からではなかったということが良くわかる。さすがは稀代の名泥棒といったところか。だが。
「今更だけどさ、あの薬ってパラベラムの適正が無い人間が飲むと心が死んじゃうのよね・・・・・・」
「ハァ!? そんなの聞いて無いわよ!?」
「だって言ってないもん。盗み聞きしてたんだったらわかるでしょ? あの状況でそんな事言ったら取り上げられるに決まってるじゃない。・・・・・・良かったわね、お互い運が良くて」
フーケは何か言いたそうにしていたが、結局黙ってしまった。自分の知らないとこで命懸けのギャンブルをしていたというのはそれは、それは気分が悪いのだろうが、まぁ、自業自得だ。別にルイズは悪くない。
「・・・・・・で? 次の質問は? 早くしなよ」
「どこまでわかっているの? この力について」
今度は少し返答まで時間がかかった。
「・・・・・・とりあえず系統魔法とは別モンだね、こりゃ。私だって土のトライアングルだ。こんな滅茶苦茶なモン作れるわけがない事くらいわかるよ。東方の魔法ってのも怪しいね」
「ご明察。察しが良いわね。この『力』はね、この世界じゃないどこか遠くの異世界の力よ」
「はん、何言っているんだか。そんな――「『そんなおとぎ話みたいな話、信じられるか』。そりゃそうよね。私だってこのルーンが無ければ信じちゃあないわ」
上がらない左手の手の甲をフーケに示す。そこにある契約の証たるルーンは手袋に隠れて見えないが、フーケもその下に何があるかはわかっているはずだ。
「・・・・・・。それを私に話してどうする?」
「つまりね、私たち《パラベラム》はこの世界じゃ有り得ない存在なの。機会があれば、誰もいないところで試してみなさい。《P.V.F》の展開も発砲にも杖も『錬金』も必要無いから」
「・・・・・・信じる、しかないか。確かに『コレ』は異質だ。そっちのがしっくりと来る」
「それで、最後の質問なんだけどね。フーケ、私たちの仲間にならない?」
フーケは《パラベラム》になった。それは仕方の無い事だ。今更、何を言っても変わりはしない。
「理由を聞かせてもらおうかい?」不信感を隠そうともせず、フーケは問いかける。
「ええ、もちろん。私たちは、《パラベラム》は存在しない、してはいけない。このハルケギニアは魔法とブリミル教が治める土地よ。私たちが生きて行こうと思えば、さっき話した内容は誰にも伝わってはいけないの」
「そりゃあね。バレれば即異端審問、エルフみたいな扱いでもされるかもね」その様子を想像したのか、フーケは不快そうに顔をしかめた。
「そう。だから私たちはお互いという駒を失ってはいけないのよ。幸い、学院長の有能な秘書『ミス・ロングビル』とトリステインを騒がす『土くれのフーケ』が同一人物だと知っているのは私たちだけよ。そして私たちは同じ《パラベラム》、手を組むメリットはお互い一致しているはず」
フーケは馬鹿じゃない。この状況でどう動けば一番得かわかっているはずだ。
「裏切りはしない。情報が漏れれば私たちは全員まとめてあの世行きよ」
フーケはしばし考え、口を開いた。
「わかった、わかったよ。確かにそうするしかなさそうだ。でも条件がある。金だ。そうなりゃ盗賊家業をやるわけには行かないだろ? アタシにゃ金がいるんだよ」
「金、金、金って・・・・・・いったいなんでそんな必要なのよ。学院長秘書だって結構な高給取りでしょうに」
トリステイン魔法学院はハルケギニア全土に名が知れるような名門だ。教師は粒揃いだし、学院長はかのオールド・オスマン。その秘書の給料が安いわけが無い。
「・・・・・・妹がアルビオンにいる。アタシはあの子を、テファさえ守れればそれでいい」
そう語るフーケの顔は酷く辛そうで、決意に満ちていた。どれだけその『テファ』という妹を愛しているのか表情を見ればすぐにわかる。ただの盗賊ではない『フーケ』の誇りが垣間見えた気がした。
「・・・・・・今回の件で報酬をもらえばそれをあげるわ。俸給の増額も頼んでみる。それでも足りないなら私がなんとかしてみるわ。それでどう?」これがルイズにできる精一杯である。
「・・・・・・どうしてそこまでする?」
「私、末っ子なのよ。姉が二人いるわ。妹はね、姉に元気でいて欲しいの。それが家族でしょ」
理由になってないよ、と口では言いながらフーケはP.V.Fを下ろした。僅かに呆れたように微笑んだフーケのそれを見てルイズも照準を外す。シエスタはやや不満そうだったが、ルイズと視線が合うと渋々ながらもデルフリンガーを下げた。
「あいたた・・・・・・シエスタ、やり方は教えるから治療してくれない? 痛くて、泣きそうよ」
肩を庇うようにしながら地面に寝転ぶ。必死に我慢していたが痛くて、痛くて仕方が無い。
「は、はい! もちろんです、ルイズ様」
「アタシがやるわ。自分のケツくらい自分で拭ける」
フーケがシエスタを横に押しやり、ルイズの隣に座る。
「そう? じゃあ『フィールド・ストリッピング』のやり方を教えるわ。シエスタも聞いておいて、何かで役立つかもしれないわ」
「・・・・・・はい。わかりました」
ルイズの指示に従って、フーケがてきぱきとシールド・オブ・ガンダールヴを分解していく。機関部のカバーを外すと、中から人形のようものが出てくる。P.V.Fを展開する時と似た光の粒子でできた人形。
説明を聞くシエスタは珍しく不機嫌そうな顔をしているが、思い至る理由が無い。なぜだろうか。
「《P.V.F》の中身、機関部にあたる部分は、使用者の『精神・神経系』と直結しているの。だからそこを治せば使用者の精神ダメージも回復するわ」
神経や血管が透けており、ルイズの撃たれた左肩の部分だけが赤くなっている。
ルイズの指示でフーケが恐る恐るその赤い部分に触れると、ゆっくりとだが赤色が白い光へ変わっていく。痛みが和らぎ、消えていくのを感じた。
気だるさは残っているが、もう痛みは無い。
「・・・・・・どうだい?」
「ええ、だいぶ楽になったわ。ありがと」
立ち上がり、左腕を回すが痛みも無くいつも通りだ。もしかしたらフーケは治療に長けたパラベラムかもしれなかった。
「・・・・・・それでは帰りましょうか」
鈍感なのは困るよなぁ相棒、というデルフリンガーの声はシエスタ以外には聞こえなかった。
3
「君たちはよくやってくれた。よくぞ『破壊の杖』を取り戻してくれた。感謝している、ありがとう」
そういってオスマンは頭を下げた。
ロングビルをシエスタが背負い、内観還元力場を使い学院でギーシュたちと合流した。その足で直接、学院長室に報告に来たのだ。
「しかしフーケを捕り逃してしまいましたわ・・・・・・」
いかにも残念無念といった様子でロングビルは学院長に報告。
「よいよい。目的は『破壊の杖』の奪還。トリステイン中が追いかけているかの『土くれ』に、一泡吹かせただけでも大したもんじゃて」
「ああ、オールド・オスマン。寛大なお心に感謝します」なんともまぁ、大した変わり身の速さである。
フォッフォッフォッと笑うオスマンを見ているとちくりと罪悪感を感じるが、仕方が無い。
ルイズとシエスタは森の中で気絶したロングビルを発見。話を聞けば周囲を探索している際に『サイレント』を使ったフーケらしき人物に薬品をかがされそのまま意識を失ったという。シエスタを護衛に残し、周囲をルイズが探ったが、それらしき人物は見当たらず。ロングビルの消耗が激しい為、探索を諦め学院に戻ってきた。という筋書きである。
実は一から十までロングビルが考えたものだったりする。なんというか、さすがといった手際だった。
「君たちの活躍により一件落着。本当にありがとう。わしは君たちのような誇り高き生徒がいることを嬉しく思う」
オスマンは微笑み、ゆっくりとそれぞれの頭を撫でた。皺だらけだが大きな手は撫でられると不思議と安心した。
「君たちの『シュヴァリエ』の爵位申請を宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。といっても、ミス・タバサはすでに『シュヴァリエ』の爵位を持っておるから、精霊勲章の授与を申請しておいた」
四人の顔がそれぞれ喜びの色に染まる。
「本当ですか?」キュルケが驚いた声で尋ねる。
「ホントじゃ。いいのじゃ、君たちはそれほどの事をしたのじゃからな」
ルイズは静かに隣で立つシエスタを見た。
「・・・・・・オールド・オスマン。シエスタとミス・ロングビルには何も無いんですか?」
「残念ながらシエスタは貴族ではない。ミス・ロングビルもすでに貴族の名を失ったものじゃ」
ロングビルとシエスタは静かに首を振った。
「私は今回、何も役に立つことができませんでした。それに『シュヴァリエ』など・・・・・・私には過ぎた代物ですわ」
「私はルイズ様の従者として、当然のことをしただけです。報酬など無用でございます」
「爵位を授けることは出来んが、わしから少ないが報酬を渡そう。せめてものお礼じゃ。受け取ってくれ」
二人は静かに頷いた。その様子を見てオスマンも満足げに頷き、ぽんぽんと手を叩く。
「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。このとおり、『破壊の杖』も戻ってきたし、予定通り執り行う」
キュルケとギーシュの顔がパッと輝いた。
「そうでしたわ! フーケの騒ぎですっかり忘れていました!」
「僕もすっかり忘れてたよ! ああ、モンモランシーは僕と踊ってくれるだろうか!」
「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意してきたまえ。存分に着飾り、楽しむのじゃぞ」
一行は礼をし、ドアに向かう。ギーシュとキュルケはすでに舞踏会の事を話している。
ルイズが一人、立ち止まる。その様子に皆も気づき立ち止まる。
「先に行ってて。私もすぐに行くから」
「そ。さっさと来なさいよね」キュルケに続き、ほかのメンバーも後に続く。シエスタは心配そうに見つめていたが、微笑みかけると頷いて部屋を出て行った。
「何か、わしに聞きたいことでもあるのかね? ミス・ヴァリエール」
オスマンは全てわかっているようだった。ルイズは頷く。
「言ってごらんなさい。出来る限り力になろう。わしに出来るのはそれぐらいじゃ」
コルベールとロングビルに退室を促す。人に聞かせる類の話ではないとわかっているのだ。二人が部屋を出たのを見て、ルイズは口を開いた。
「あの『破壊の杖』・・・・・・どうしてあんなものが?」
「君には使い方がわかったそうじゃな。これも始祖のお導きかのう・・・・・・少し年寄りの昔話に付き合ってくれるかね」
机の上におかれた『破壊の杖』を愛おしそうに撫でながら、オスマンはゆっくりと語り始めた。
「もう三十年にもなるの・・・・・・秘薬の材料を探して森を散策していたわしは、ワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのがあの『破壊の杖』の持ち主じゃった。彼はもう一本の『破壊の杖』でワイバーンを吹き飛ばすと、ばったりと倒れおった。見れば怪我をしていた。学院に運びこみ、必死に治療したが・・・・・・助からんかったよ」
オスマンは辛そうに語った。ルイズに背中を向けて、語るオスマンは僅かに震えていた。
「すみません・・・・・・『破壊の杖』は単発式、使い捨てなんです。そんな大事なものだとわかっていれば・・・・・・」
「いや、気にするでない。わしにとってコレは大切な思い出の品じゃ。手元に戻ってきただけで十分じゃよ。あの時ほど無力を思い知った日は無かったからの。これは戒めでもある・・・・・・それはさておき続きじゃ。わしは彼が使った一本を彼と共に墓に埋め、もう一本を『破壊の杖』とし、宝物庫にしまいこんだ。恩人の形見としてな・・・・・・」
枯れた肌の上をわずかに光るものが流れていった。
「・・・・・・あれは『M72ロケットランチャー』と呼ばれる遠い国の武器です」
「ほぅ・・・・・・なぜそのような事がわかるのじゃ? あれはわしが必死に文献を探しても、それらしきものは見つからんかった代物じゃが」
「おそらくこのルーンの力でしょう。・・・・・・何か知っているのでは?」
オスマンは、話そうかどうかしばし悩み、口を開いた。
「成績の優秀な君ならば、おおよその見当はついているのじゃろう。そしておそらくその予想は正しい。そのルーンは神の盾、ガンダールヴ。君の魔法と同じ名じゃよ」
「なぜ私にこんなに力が・・・・・・」
わからない。ルイズは『ゼロ』だ。魔法の使えぬ『ゼロ』、そんな自分になぜこんな力があるのだろうか。なぜ自分なのか。
「それはわしにもわからん。『破壊の杖』の使い方がわかったのも、ありとあらゆる『武器』を使いこなしたと謳われるそのルーンの力じゃろう。・・・・・・ただのう、わしは思うのじゃ」
オスマンは振り返り、ルイズを真っ直ぐに見つめる。それは愛しい孫娘を見るような優しい眼差しだった。
「大きな力には責任が伴い、大きすぎる力には悲しみが伴う。それはあまりに重く、辛い。ミス・ヴァリエール、『ゼロ』と呼ばれた君に、そのような力が与えられた事には何か意味があるとわしは思う」
オスマンは静かにルイズの頭を撫でた。
「ミス・ヴァリエール・・・・・・いや、ルイズ。君はこれから様々な困難に出遭うじゃろうて。君は気高く誇り高い。傷つき、涙を流しながらも正しい道を見据え、進んでいけるじゃろう。じゃがの、どうか忘れないで欲しい。君の周りには君を支えてくれる誇り高く尊い友人たちがいる。君は『ゼロ』などではありゃあせん。君ならその力が与えられた意味を見つけることができるとわしは信じておるよ」
オスマンの言葉で皆の顔が浮かんだ。厳しい母、厳格な父、対照的な姉たち、情熱的なキュルケ、寡黙なタバサ、憎めないギーシュ、そしてルイズと共にいてくれるシエスタ。
胸が熱くなり、涙が次から次へと溢れてくる。自分を『ゼロ』だと思っていた時、ずっと一人だと思っていた。
涙を流すルイズをオスマンは優しく、包み込むように抱きしめた。
「今は泣きなさい。若い時は感情を我慢するもんじゃない。泣きたいときに泣き、笑いたい時に笑う。若者の特権じゃて。こんな老いぼれでも、若者が休む時に背中を預けられる役くらいはやりたいのじゃよ」
涙がボロボロと零れ、嗚咽が止まらない。オスマンの体温はルイズを包み込むように温めてくれた。
それは自分の傍にいる皆を感じさせるような心地よい温かさだった
――私は、寂しかったんだ。でも・・・・・・もう一人じゃない。
「落ち着いたかの?」
しばらくわんわんと赤子のように泣いたルイズは、こくりと頷いた。
「さぁ、今日のところは涙を流すのはそれくらいにしなさい。君は今日の主役じゃ。今は楽しみなさい。友人たちが待っておるぞ?」
ルイズは涙を拭い、「はい!」と力強く返事をした。
#navi(疾走する魔術師のパラベラム)
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