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&setpagename(第七話E 王都トリスタニア ~風の妖精~)
第七話E 王都トリスタニア ~風の妖精~
エステルは目の前の光景に戸惑っていた
目の前にはタバサがいて…自分に杖を向けている
この世界の魔法を発動させるルーンを唱え、何時でも此方を攻撃出来るようにしている
「タバサ、どうして…何故こんな事を?」
「………。」
エステルが尋ねても、タバサは答えようとしない…杖を向けたままだ
彼女の真意を聞き出そうとエステルはもう一度尋ねようとしたが、その前にラピードが動いた
「ガウッ!!」
ラピードはタバサに飛びかかった…その杖を奪おうとしたのだ
彼の動きは素早かったが、タバサの方が先に魔法を発動させた
彼女とラピードの間に空気の壁が生まれ、ラピードはその壁にぶつかる
更に風圧が襲いかかり、ラピードの体は大きく吹き飛ばされた
「ギャン!?」
「ラピード!?」
壁に叩きつけられ、床に倒れるラピードにエステルが駆け寄る
「正当防衛」
この時初めてタバサが口を開き、自分に否がない事を主張した
そして、ゆっくりとエステルへと近づいていく
段々と彼女達の距離が縮まっていく…その時だった
「正当防衛か…だったら、家への不法侵入者を退治するのも、正当防衛だよな?」
突然、上から男の声が聞こえてきた
それにタバサが反応するよりも早く、何かが彼女の背後へ着地する
そして、首元には冷たい刃が添えられていた
「まったく…何処の世界でも、貴族様ってのは傲慢らしいな。」
「ユーリ!!」
エステルが彼の名を呼ぶ…よっ、と彼は今の状況でも気軽に返事を返した
タバサは彼を倒そうと、行動を起こそうとするが…
「おっと、変な事はするなよ…お前がどんなに優秀なメイジ様でも、俺の方が早いぜ?」
更に刃がタバサの首に近づき、その冷たさが伝わってくる
彼の言う事は正しかった…この男にはスキが無い
魔法を唱えても、体を動かそうとしても、それより前に自分がやられる
どうすれば……
「待ってください、ユーリ…彼女は私の友達なんです。」
だが、そんなタバサに助け船を寄越したのは、他でもないエステルだった
その言葉にタバサは僅かながら驚き、対してユーリは呆れる
「おいおい、何処の世界に家に勝手に上がり込んで魔法ぶっ放す友達がいるんだよ?」
「それは…きっと彼女は誤解しているんです。話し合えば誤解も解ける筈です。」
エステルはそう答え、ゆっくりとタバサに歩み寄る
「ですからタバサ、一度杖を下げてください…お願いします。」
頭を下げ、エステルは彼女にお願いする
しばしの沈黙が続いた後…タバサは構えていた杖を下ろした
「ユーリも刀を納めてください、そのままじゃ話も出来ません。」
「信用して良いのか?納めた途端、襲いかかってくるとか…。」
「タバサはそんな事しません。私が保証します。」
「根拠がない気がするが…まあ、お前がそう言うなら大丈夫か。」
少しばかり不服だったが、彼女の意を受けてユーリも刀を鞘へしまう
彼女の言うとおりタバサは反撃する事無く、彼等は話し合う事となった
「さあ、話して貰おうか…どうしてこんな真似をしたのか?」
「グルルル……。」
少しの時間を置いて…ユーリはタバサを睨み付けてながら目的を問いただす
ラピードもさっき吹き飛ばされた為、低いうなり声をあげて彼女を威圧する
「ユーリ、ラピード。そんな態度では彼女が話したくても話せないですよ。」
「けどな…。」
「………貴方達ではない?」
エステルが一人と一匹を宥めていると、ようやく沈黙を破ってタバサが口を開いた
ユーリとエステルが同時にタバサを見ると、もう一度彼女は口を開く
「私の使い魔を浚ったのは…貴方達ではない?」
「使い魔…使い魔ってひょっとして、イルククゥさんの事ですか?」
その言葉に、短くだがこくんとタバサは頷く
「使い魔ってメイジが連れてるアレだろ?何で俺達がそんな事しなきゃなんねぇんだよ?」
「待ってください…確かメイジの使い魔はハルケギニアに住む人間以外の生物の筈です。」
本から学び取ったこの世界の知識によると、その筈である
だが、彼女の言い分ではその知識とは矛盾してしまう
「彼女は…イルククゥさんは人間の女の子でした。人間を使い魔にする事は出来るんですか?」
「一応例外はある…けど…。」
その先の事を喋るのを、タバサは渋った…自分の使い魔の秘密を喋るべきかどうか
「どうした?何か話しちゃまずい事でもあるのか?」
「………今から話す事、誰にも話さないと約束する?」
彼女は真剣な眼差しを向け、これから話す事の重大性を伝える
二人は顔を見合わせ…やがてエステルが先に手を挙げて誓いを立てた
「約束します。これから貴方の話す事を誰にも話しません。」
ほら、ユーリも…とエステルに言われ、渋々手を挙げる事で同意する意を示す
それを信じる事にしたタバサは話した…彼女がこの世界で絶滅したと言われる韻竜であると
彼女に自身を人に変化させる術を使わせ、エステルの下へ使いに出した事を
「イルククゥさんが韻竜だったなんて…驚きです。」
「そうか?始祖の隷長〈エンテレケイア〉だったクロームだって、似たようなモンだったろ。」
「始祖の隷長?」
「あっ、いえ…此方の話です。それより、イルククゥさんに何かあったんです?もしかしてファラも…。」
「ファラ?何でファラの名前が出てくるんだ?」
事情を知らないユーリに説明すると共に、タバサは自分が見た事を話した
メイジと使い魔は一心同体…使い魔の見聞きした事は、主人であるメイジも見聞きする事が出来る
彼女の帰りが遅かった為、タバサはその能力を使用して彼女の居場所を探った
そして、イルククゥの目と耳を通して知った事は、彼女が人攫いに浚われたという事だった
タバサはエステルが荷担しているのではと思い、こうして乗り込んできたという
「そうだったんですか、だから私に杖を向けたんですね。」
「それよりファラの奴…関係ない奴巻き込みやがって。」
「ファラを責めないでください。彼女の申し出を私も受け入れましたから…私にも責任があります。」
「でも、結局了承して連れて行ったのはファラだからな…後でケジメつけてもらわねぇとな。」
この件が終わってからのファラの処遇を決め、再度ユーリはタバサに尋ねる
「で、その使い魔さんとウチのファラは今どうなってんだ?」
「…今確認する。」
タバサは神経を研ぎ澄ませ、イルククゥとの感覚を共有する
…馬車の中、複数の女の子達、緑髪の少女と黒髪の少女との会話、ゲルマニア…
イルククゥの見たもの、聞いたものがタバサの頭の中へと入り込んだ
「彼女達は今馬車の中にいる…馬車はゲルマニアに向かっている。」
「そうか。よし、じゃあ国境を越えられる前にさっさと助け出すぞ。」
「その必要はない。」
準備をしようとしたユーリだったが、タバサの言葉に動きを止める
そして、そのタバサは彼等に背を向けると一人外へ出て行こうとした
「タバサ、まさか一人で行くつもりですか?」
「恐らく、敵はメイジもいる…貴方達では足手まとい。」
「でも、一人で行くなんて…。」
それでもタバサの意志は変わらず、出て行こうとする
タバサ…もう一度、エステルが切ない声で彼女の名前を呼ぶ
入り口の前でタバサは立ち止まり、背を向けたまま口を開く
「エステル…貴方は貴方を疑い、杖を向けた私を友達だと言ってくれた。」
エステルは驚いた…初めて彼女が自分の名を呼んでくれた事に
「友達には…迷惑を掛けたくない。」
「タバサ…。」
そして、初めて自分を友達と認めてくれた…本当なら嬉しいのに
この状況では素直に喜べず、複雑な想いを抱くしかなかった
「………おい、ちょっと待て。」
いよいよタバサが一人で行こうとした時、ユーリが呼び止める
そしてタバサに歩み寄り、反射的に彼女が振り返ると同時に額に軽い衝撃が走る
「!?」
「勝手に決めて、勝手に行こうとすんじゃねぇ。」
それは、ユーリが彼女の額に向けてデコピンしたからだった
額を抑えながら驚く彼女に向けて、ユーリは言葉を続ける
「こいつはお前だけの問題じゃねぇ、俺達の問題でもあるんだ。俺達が行かないでどうする?」
「しかし、貴方達の力では……。」
「平民はメイジ様には敵わないってか?んなの、こっちの常識だろ?」
ユーリは鞘から刀を抜くと、構えをとった
改めて見ると刀身は美しく、横で見ているタバサの顔がはっきりと映っている
「相手がメイジだろうが何だろうが関係ねぇ、俺達の仲間を浚った落とし前をつけさせねぇとな。」
そう言うと、ユーリは再び刀を納める…この男は本気で、メイジと戦うつもりだ
「タバサ、こうなったユーリはもう止める事は出来ません。それに…。」
そう言うと、エステルは近くの壁まで歩いていった
壁には杖と盾が掛けられており、彼女はそれを装備する
「私も行きますから…援護と回復は任せてください。」
彼女も軽く構えを取って、自分が戦える事を示す
「ワウワウ!!!」
ラピードも同じように吠えると、背中に差してある短剣を抜いた
クルリと回転させて鞘に戻し、自分も戦える事をアピールする
「ってな訳で、俺達凛々の明星は俺達のやる事の為に行くぜ。」
「ジェシカとジャンヌ、他の浚われた娘さん達…それに、ファラとイルククゥを助ける為に…です。」
「ワウワウ!!!」
二人と一匹の意志…それを受けて、タバサは思い出した
黒の森で出会ったあの少年と少女…ジーニアスとプレセアの事を
彼等はあの二人と同じ気がする…だから、大丈夫だろうと
そう思った時、タバサは反射的に頷く事で彼等の意を受け入れていた
「よし、話が決まったなら早速出発するぞ。まずは足を借りに行かねぇとな。」
此処からゲルマニア方面までの距離は遠く、徒歩で追いつくのは不可能だ
馬か、何か乗り物が必要になってくる
「馬なら私がお金を出す。それで……。」
「いや、馬よりもっと速い奴持ってる奴がいるから…あいつに事情を話して借りてくる。」
ちょっと待ってな…とユーリは家を出て行き、ラピードがその後に続く
家にはエステルとタバサが残り、タバサの横にエステルが立つ
「タバサ、頑張ってイルククゥさん達を助けましょうね。」
優しく微笑みながら彼女はそう言った…タバサはこくんと頷く
少し経って、外から何かが羽ばたく音が聞こえてきた…二人は外へ出る
同時に、上から影が自分達を覆い、更にユーリの声が聞こえてくる
「足は手に入った…行こうぜ、お二人さん。」
「きゅいきゅい!!こいつ…とっても危険なのね。」
一方のファラ達は、木材が入っていたという積み荷から現れた化け物と対峙していた
相手を見て、イルククゥは本能で悟った…こいつには勝てないと
腹が減っているのか、涎を垂らしながら此方を見つめている
「ね、ねぇファラ…あいつ、こっちをジッと見てるんだけど?」
「多分、私達を餌だと思ってるんだよ…二人とも、下がって。」
ファラは前へ出ると、化け物相手に拳を構える…その行動に、ジェシカは驚いた
「ファラ、あんたまさか…無茶よ、いくらあんたでもあんな怪物相手に出来るわけ…。」
「大丈夫だって、私あんなのよりもっと凄いのと戦った事あるから…イケる、イケる。」
何を根拠に…と呆れそうになるが、化け物が此方に向かってきたのでそうも言ってられなかった
ファラも、二人を巻き込まないように真正面から向かっていった
「私がこいつと戦っている間に、他の女の子達を逃がしてあげて。」
そう言った次の瞬間…化け物は巨大なその腕をファラに向けて突き出した
普通の少女が喰らえば一瞬で肉塊になるであろうその一撃を、彼女は紙一重で避ける
「はあっ!!!」
懐に入り込むと、パンチを一発放った
怪物はその攻撃によろめき、続いてファラは空中へと飛び上がった
「てぇい!!!」
続いて蹴りを喰らわせる…その一撃は重く、怪物は横向けに倒れる
ファラは地面に着地するとすぐに離れ、間合いを取る
今の一戦から、ファラは相手の力量を考えた
力もある、体力もある、それにスピードも…自分一人で倒すにはいささか面倒だ
「(別に倒さなくても良いんだ…今は捕まった子達を逃がす時間を作れば。)」
決着は、その後で考えれば良い…やがて、怪物がゆっくりと起き上がった
腕を大きく振るって前進してくる…再びファラは怪物との戦いに挑んだ
「すご…本当にあの子、あの怪物相手に戦ってる…。」
「やっぱりファラは凄いのね、そこらの人間とは違うのね。」
彼女の奮闘にジェシカは驚き、イルククゥははしゃぐ
だが、こうして彼女の戦いを観戦している余裕は二人には無いはずだ
「…って、関心してる場合じゃない、速く此処から離れないと。」
ジェシカは捕らわれた女の子達が乗っている馬車へ向かった
馬を操って、その場から逃げようとするが……
「ほら、速く…此処から逃げるんだよ。」
「ブルルル……。」
馬に手綱を打って走らせようとするが、馬は動こうとはしない
この馬もイルククゥ同様、本能から怪物の危険を知り、恐怖で動けなくなっていた
「こら、さっさと動いて…此処にいたらあんたも喰われるんだよ。」
ジェシカが怒鳴り、何度打っても馬は動こうとはしなかった
怪物の雄叫びが聞こえてくる、此処でぐずぐずしている暇はない
仕方なく彼女は馬車で逃げるのを諦め、馬車の中へと入る
そして、捕まっていた少女達の縄を解き、彼女達を解放した
「さぁ、皆…今の内に逃げるよ。」
「で、でも…外にはあんな化け物が…それに、竜も…。」
馬車の外にいる怪物とイルククゥを交互に見ながら、ジャンヌは怯えて外に出ようとしない
他の子達も同様に怯えるばかり…
「大丈夫、この子は何も悪い事しないから…それに、此処にいたらあの怪物に喰われるわよ。」
さあ、早く…と、ジェシカは少女達に逃げるよう呼びかける
それを聞き、彼女達は怯えつつも馬車の外へと出た
馬が使えない以上、兎に角遠くまで歩いて逃げるしかない
少女達は怪物に背を向け、ゆっくりと逃げ出す
「落ち着いて逃げるのよ、気付かれたらおしまいだからね。」
「う、うん……イタッ!?」
そんな矢先、一人の少女が恐怖で足が縺れて倒れてしまった
その物音を聞きつけ、怪物はジェシカ達の方を振り向く
「グルルルルル……。」
この怪物は捕らえられてから、今日まで何も食べていなかった
だから、空腹を満たしたい…その本能から、ターゲットを向こうへと変える
ファラとの戦いを止め、怪物はジェシカ達に向かって走っていく
「あっ、ちょっと…待ちなさいよ!!!」
ファラが呼びかけても、怪物は止まらない…ジェシカ達に襲い掛かっていく
少女達の危機…そんな中、イルククゥが彼女達の前へ出る
「そうはさせないのね!!!」
大きく息を吸い込むと、怪物に向かってブレスをはきかける
ブレスの直撃を受け、炎が怪物の体全体を焼きつくそうとする
「グオオオオオッ!!!!」
炎から逃れようと、悲鳴をあげながら怪物は体を動き回す
やがて観念したのか、その場に蹲ってしまった
「やったのね、意外と大した事ないのね。」
得意げになるイルククゥ…だが、そうは上手くいかなかった
怪物は突然立ち上がると。体を大きく回転させた
その時に起こった風によって、自身を焼く炎を消火する
「な、なんて奴なのね…こうなったらもう一度…。」
「グルル…グオオオオオオオッ!!!」
イルククゥが再びブレスを吐きかけようとした時、怪物は雄叫びをあげた
それは只の雄叫びではなく、衝撃波となって周囲に襲い掛かる
関所の壁にヒビが入り、馬が悲鳴を上げながら倒れる
ファラやジェシカ、他の女の子達も耳を押さえて耐えるしか出来なかった
特に間近にいたイルククゥはその叫びをもろに受け、フラフラになる
「ぐ、グググ……す、凄い叫び声なのね…。」
怪物の雄叫びでまともに動く事が出来ないイルククゥに、怪物は腕を振るった
振るっただけでも、それだけで衝撃波が生まれ、イルククゥを吹き飛ばす
「キャン!?」
衝撃波に飛ばされ、関所の壁に叩きつけられたイルククゥは地面に蹲る
そんな彼女に、怪物はゆっくりと近づく…まずは彼女から食べるつもりだ
「イルククゥ!!!」
反響する叫びに耐えながら、ファラはイルククゥに向かって掛けだした
だが、その前に風が襲いかかり、反射的に避ける
風が来た方を向くと、女頭目が此方に杖を向けていた
「貴方…目が覚めたの?」
「ああ、あの化けモンのお陰でね…にしても、なんだいあれは?」
怪物の叫び声で目が覚めた女頭目は、苦々しい表情で自分を起こした張本人をみる
「あの積み荷にやばいモンが入ってるってのは聞いたけど…予想外の代物じゃないか。」
どうやら、彼女達もあの積み荷の中の詳細を知らなかったらしい
けど…と、女頭目は怪物からファラへ視線を向け、杖を構える
「こうして目をさます事が出来たんだ…もう一回勝負だよ!!」
「ちょっと待って…こんな時まで戦うなんて。」
「こんな時だからこそ、スリルがあって楽しいんじゃないか!!」
決闘に酔いしれるこの女はルーンを唱え、攻撃を開始する
無数の風がファラに向かい、その風を避ける
「このままじゃ、イルククゥが……。」
こうしている間に、怪物はイルククゥのすぐ傍へと辿り着いていた
涎を垂らしながら、ゆっくりと腕を彼女に向けて伸ばす
「(わたし、こんな所で死ぬのね…お父さん…お母さん…。)」
彼女の頭の中で、思い出が走馬灯となって駆け抜けていく
最後に、自分がメイジの使い魔になる事を反対した両親の顔が浮かんだ
そして、怪物がイルククゥの身体を引き裂いて食べようとした時…
雪風が舞った
「グオオオオオオオオオオッ!?」
怪物は突然の雪風に驚き、イルククゥから離れた
腕を振り回して払いのけようとするが、それだけで雪風は消えない
「えっ、これって……。」
最初何が起こったのか解らなかったが…あの怪物を襲った雪風を見て気付いた
あんな事が出来るのは…直後、彼女の前に一人の女の子が降り立った
青髪にマントをした、小さな女の子…
「ち、ちびすけ……。」
イルククゥが見た先には、杖を構えているタバサの姿があった
続いて、隣にユーリとラピードが降り立つ
「何とか…間一髪で間に合ったって感じだな。」
「ワウワウ!!!」
ユーリは鞘のみを投げ捨て、宙に舞う刀を手にとって構える
その隣に、ワイバーンに乗ったエステルが降り立つ
「ありがとうございます。貴方は空で待機していてくださいね。」
「キューン。」
エステルが降り立つと、ワイバーンは再び空へと舞い上がっていった
そして、後ろに倒れているイルククゥの元へと駆け寄る
「イルククゥ、大丈夫ですか?」
「エステル……私の事…。」
「話は全部タバサから聞きました。待っててください、今治しますから。」
そう言うと、エステルはイルククゥに向けて手を翳し、詠唱を始める
すると、温かな光が彼女を包み込み、痛みが消えていく
「………。」
「お前の使い魔はエステルに任せておきゃ大丈夫だって。俺達は…。」
そこまで言うと、ユーリは怪物の方へと目をやった
相手はまだ、タバサの雪風に苦しめられている
「んにしても…何だってこいつがこんな所に?」
「ユーリ!!」
その時、ファラの声がユーリ達の耳に入る
少し離れた所で、ファラが女頭目と戦っているのが見えた
「ファラ、大丈夫そうだな…こいつはどういう事なんだ?」
「うん、事情が色々あって…きゃっ!?」
「余所見してんじゃないよ。」
相手の風の魔法が掠り、ファラは後ずさる…ゆっくりと話をしている余裕は無い
「取りあえず、そっちを先に片付けろよ…話はそれからだ。」
「うん、解った。」
そう言うと、ファラは拳を構えて突撃を図った
女頭目は魔法で応戦するが、ファラはそれを悉く避けた
やがて、相手の間合いに入り込み…
「やっ!!!」
まずは女頭目の杖を叩き折った…相手の顔が驚きに変る
間髪いれずに、今度はハイキックを彼女に叩き込んだ
「あぎゃ!?」という声と共に女頭目は意識を失い、再び地面に倒れる
相手を倒した事を確認すると、ユーリ達の下へと駆け寄った
「終わったよ。」
「はい、ご苦労さん。それで、どういう事なんだ?」
何事も無かったかのように、会話を交わす二人
メイジを殆ど労せず倒すなんて…
「(やはり、エステル達は……。)」
「グオオオオオオオオオオッ!!!!!!!」
そこで、怪物は自分を覆っていた雪風を吹き飛ばす
空に向かって咆哮を上げ、タバサ達に襲い掛かった
ユーリ達と怪物との戦いは始まった
前衛のユーリとファラが攻め、後衛のエステルとタバサは術で攻撃・援護を行う
「巨大獣〈ギガントモンスター〉…その名の通り、通常の魔物とは違って巨大な体格と強大な力を持つ魔物の事です。」
此処で、エステルの怪物に関する解説が入る
その間にも、怪物は腕を振るってユーリとファラに攻撃を仕掛けた
二人は散開して、相手との間合いを取る
「そして、あれはグリーンメニス…その体格とは裏腹に俊敏で、プレス攻撃や雄叫びは動きを止められてしまう、です。」
「解説ご苦労さん…ってなワケだ、解ったか?」
ユーリがタバサに尋ね、タバサはこくんと頷く
そんな時、怪物…グリーンメニスは腕をユーリに向かって突き出してきた
ユーリはその攻撃をジャンプして避け、切りかかる
「でやっ!!!」
「グギャア!?」
ユーリの刃が相手の片目を切り裂き、グリーンメニスは痛みに吼える
続いてファラが足を蹴り、相手の体勢を崩した
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース」
その間、タバサはスペルを唱え終え、巨大な氷の槍を生み出す
ラインスペル、ジャベリン…それが真っ直ぐグリーンメニスに向かって飛んでいく
そのまま胸を氷の槍が貫くかと思われたが…
「グルル……。」
グリーンメニスは片方の手でジャベリンを受け止めた
潰れていないもう片方の目でタバサを睨み、掴んでいたジャベリンを投げ返す
ジャベリンは唱えたタバサ本人の下へ向かっていく…
「堅牢なる守護を……バリアー!!!」
エステルが呪文を唱え、タバサの周囲にバリアーが張られる
ジャベリンはそのバリアーと接触し、粉々に砕けた
タバサは無事だ
「グオオオオオオオオオオッ!!!!!!」
再び咆哮をあげるグリーンメニス…その咆哮に、一同は動きが鈍る
「っ……相変わらず、うるせぇ奴だな…うおっ!?」
急にグリーンメニスが突進を図り、ユーリと衝突する
巨大獣の突進に、ユーリの身体は宙を舞う
「ユーリ!!!」
「!?」
エステルが叫び、タバサは驚く…普通なら、あの一撃を受けて生きている筈がない
そう、普通なら…
「……きかねぇなっと!!!」
吹き飛ばされる中、ユーリは空中で体勢を整え、地面に着地した
そんなユーリに、グリーンメニスは再度攻撃を図った
「そう何度も喰らうかよ…蒼破ぁ!!」
ユーリが刀を払うと、剣先から風弾がグリーンメニスに向かって飛んでいく
その一撃を受け、身体を軽くのけぞらせる
「蒼破追蓮!!!」
続けて、先程の技を今度は二回放ち、それを受けて大きくグリーンメニスはよろけた
「もういっちょ、オマケだ…蒼破牙王撃!!!」
更にもう一度風弾を放ち、今度はユーリ自身も突撃を放った
今度の一撃で完全に体勢が崩れたグリーンメニスの腹部に、ユーリの拳がめり込む
「グガァ!?」
短い悲鳴をあげ、グリーンメニスはその場に蹲る
その間にユーリは後ろへ下がり、体勢を整えなおす
しばらくしてグリーンメニスは起き上がり、諦めずにユーリ達へ向かっていった
「それにしても…凄いね、あんたのご主人様達って。」
彼等から離れた所に、ジェシカとイルククゥ、それに女の子達の姿があった
彼女達の前には、万が一の為に短剣を構えるラピードの姿がある
「あんな化け物相手に互角以上に戦うなんて…本当、大したもんだよ。」
「ワンワン!!!」
「勿論、あんたもね…私達の護衛、しっかりお願いね。」
「ワウ!!」
ジェシカに返事を返し、ラピードは構えを取り直した
「………。」
その隣で、イルククゥは友だちと主の戦いを黙って見守っていた
彼女が受けた傷は癒えており、その瞳には自分の主であるタバサの姿が映っている
長く続く巨大獣との戦い…その戦いは、今終わりが来ようとしていた
「聳えよ望楼、鋭き頂に心眼を持て……アスティオン!!!」
エステルが術を発動すると、一瞬だけタバサはピラミッド状の透明な壁に包まれる
同時に、自身の中で魔力が高まっていくのを彼女は感じた
「エステル、これは……。」
「これで魔法を使ってみてください…効果が上がった筈です。」
エステルの言葉を信じて、タバサはもう一度スペルを唱えてみた
唱えた呪文はジャベリン…先程以上の強力な氷槍が出来上がる
それをグリーンメニスに向けて放つ…今度の氷槍は敵の胸を貫いた
「グオオオオオオッ!!?」
苦痛から雄叫びをあげるグリーンメニス…だが、まだだった
致命傷を受けたというのに、此方へ向かって前進してくる
「そろそろ終わりにしようぜ…天狼滅牙!!!」
ユーリは前へ出ると、無数の剣撃でグリーンメニスを切り裂く
致命傷を受けたグリーンメニスは抗う事も出来ず翻弄され、ユーリはその場から素早く離れる
「ファラ、止めは任せたぜ!!」
「任せて!!」
グリーンメニス正面には、既にファラが拳を構えていた…彼女は地面を蹴って走り出す
「殺劇舞荒拳!!!」
神速による拳の嵐…それがグリーンメニスに襲い掛かる
素早く、そして確実に…ファラの拳は相手の身体を殴打していく
やがてその拳は炎を纏い、最後の一撃で彼女は宙を舞った
「グオオオオオオ……オオオッ…。」
その一撃が決め手となり…周囲にグリーンメニスの断末魔の叫びが響く
緑の獣はその場に倒れこみ、二度と起き上がる事はなかった
「凛々の明星!!」
「大勝利だよ!!」
「やりました!!」
勝利した事で、ユーリ、ファラ、エステルが勝ち鬨を上げる
タバサも一息つくと、今度はイルククゥの方を向く
「………。」
無表情な顔と瞳…それがイルククゥの瞳に映る
それが何を語っているのか…この時、イルククゥには解らなかった
それから…後の事はあっという間に過ぎていった
グリーンメニスの死体の片付けと捕まえた人攫い達の処遇、捕まった女の子達…
それらの事を警邏の騎士達に全て任せる事にし、タバサ達は先に王都に向かった
ジェシカは騎士達に事情を話す為に残った
イルククゥの件については「恩人だから、詳しい事は聞かない」という事で見なかった事にしてくれるという
………
大地から離れた空の上…その空を二匹の竜が飛んでいた
イルククゥの背にタバサとユーリとエステル、ワイバーンの背にはファラとラピードがいる
「…というわけで、私達は間に合う事が出来たんです。」
王都に着くまでの間、エステルがこれまでの事情をファラ達に話していた
その間、タバサは持ってきていた本を読み、ユーリは刀を磨いている
「そうなんだ…ありがとう、タバサさん、お陰で私達助かったよ。」
「タバサで構わない…。」
「うん、解った…ありがとう、タバサ。」
もう一度タバサに感謝するファラ…タバサは本を読み続けた
「あ、あの…。」
そんな時、イルククゥがおずおずと口を開いた
此処に来るまでの間、口を開かなかった彼女がゆっくりと喋りだす
「ちびすけ…じゃなかった、タバサ様…本当に、ありがとうなのね。」
改まった態度でイルククゥが感謝の言葉を告げる
彼女がいたからファラもジェシカ達も…そして自分が助かったのだから
だが、タバサは何も言わない…黙々と本を読み続ける態度に、イルククゥはますます不安になる
「や、やっぱり怒ってるのね…迷惑を掛けたから…。」
「そりゃあな、心配掛けたから当然だろ…家のファラみたいにな。」
此処でユーリは磨き終えた刀を鞘に戻し、ファラを見る
ユーリの言葉でファラから笑みが消え、彼女は頭を下げて皆に謝る
「ごめんなさい…皆に迷惑掛けちゃって。」
「全くだ…お前の無茶でこっちは大変だったんだぞ。」
ファラの謝罪に対し、ユーリは彼女を許さないという態度を見せる
ごめん…と再度謝るファラに、ユーリは容赦なく言葉を続ける
「ファラ、俺達の掟は知ってるよな…義を持って事を成せ…。」
「不義には罰を…うん、解ってる。」
凛々の明星として仕事を始める際、ユーリが言った言葉
これに反したら、例え仲間だとしても、重い罰を下すと…
「ファラは悪くないのね、ファラは皆を助けようとしただけで…。」
「…ファラ、今からお前に罰を言うぞ。」
イルククゥの言葉を無視し、今ユーリはファラに罰を与えようとした
エステルが二人を見守り、イルククゥがおろおろする中、彼が下した罰は…
「これから一ヶ月の間、家の仕事…掃除から飯まで全部お前が受け持ちな。」
「えっ、それだけ?」
ファラは驚いた…もっと重い罰をさせるのかと思っていたから
「何だ?これだけじゃ不満か?」
「だって、私…皆に迷惑を掛けちゃったから、もっと重い罰が来ると…。」
「……一人はギルドの為に、ギルドは一人の為に。」
疑問を浮かべるファラにユーリの真意を伝えるため、今度はエステルが口を開く
彼女の言葉…それもまた、凛々の明星に入った時に聞いたもう一つの誓いだ
「ファラはギルドの目的の為に行動した…だから、重い罰則を出す気は無かったんですね。」
「ファラの無茶には苦労するが、お陰で仕事は達成出来たからな…そういう訳だ。」
二人の言葉にファラは胸が熱くなった…自然と涙が出てくる
この異界の地で出会った二人は、確かな仲間なんだと思うと
「ユーリ、エステル…ありがとう、これからもよろしくね。」
「はい、よろしくお願いします。」
「まあ、ほどほどにいこうぜ。」
「ワン!!」
「うん、ラピードもね。」
涙を拭くファラの言葉を、ユーリもエステルも、ラピードも受け容れる
これで、彼等凛々の明星の話は決着が着いた
「で、お前はどうするんだ?」
此方の話は終わった…次はお前の番だ
ユーリはそういう意味を込めて、イルククゥの処遇をタバサに尋ねる
「………。」
ユーリに尋ねられて、タバサは読んでいた本を閉じる
だが、タバサはすぐには口を開かず、沈黙のみが流れる
イルククゥは不安を感じ、他の皆が様子を見守る中、ようやく彼女は口を開く
「………シルフィード。」
「…へ?」
ようやく出た言葉に、イルククゥは間抜けな声を出してしまう
シルフィードって?
何かの罰の名前だろうか…等と考えていると、彼女は言葉を続ける
「貴方の此方での名前…ずっと考えていた。」
「え、名前……あの、罰は…。」
イルククゥの問いかけに、タバサは首を横に振ることで答えた
それはつまり、彼女に罰を与える事はないという事である
「シルフィード…風の妖精という意味ですね。彼女にピッタリだと思います。」
エステルが微笑みながら、パチパチと手を叩く
「シルフィード…私の新しい名前……。」
今の状況を受け容れるのに、少し時間が掛かった
だが、やがてそれを理解した彼女は嬉しさのあまり声を上げる
「きゅい、きゅい、素敵な名前なのね。シルフィード、私の新しい名前、なーまーえー♪」
イルククゥ…いや、シルフィードは主がくれた新たな名を受け入れ、はしゃぐはしゃぐ
その様子を皆が笑って祝福する…タバサも僅かだが、笑っている
「騒がしい奴だな…でも、何でイルククゥって名前があんのに、別の名前なんかつけるんだ?」
「ユーリは解ってないです。こうする事で、タバサとシルフィードさんとの絆が確かな物となるんです。」
「ふーん…そんなモンなのか。」
解るような、解らないような…って言うか、もうエステルの奴、シルフィードって呼んでるし
取りあえず、ユーリは納得する事にした…そうしているうちに、彼等の視界に王都が見えてきた
「おっ、もう到着か…早いな。」
王都の入り口近くで、ユーリとエステル、ファラ、ラピードは降りる
ワイバーンは向こうの森へと飛んでいき、タバサを乗せたシルフィードは再び浮上する
「タバサー、シルフィードさーん、またいらしてくださいねー。」
「またご飯一杯ご馳走するからねー。」
エステルとファラが空へ飛んでいくシルフィードに向かって声を掛ける
ラピードが吼え、ユーリも軽く手を振っている
シルフィードは翼を羽ばたかせ、魔法学院へと飛んでいき…やがて見えなくなった
「…終わりましたね。」
「ああ、人攫い事件は解決した…さっさと魅惑の妖精亭に行こうぜ。」
「うん、スカロンさんもジェシカ達が無事だってと聞いたら元気になるよね。」
「きっと、抱きついて来る位に元気になりますよ。」
「うげぇ、あのおっさんの抱擁は勘弁してほしいなぁ。」
談笑しながら、ユーリ達の姿もまた王都の中へと消えていった
彼等を王都へと送った後、タバサは学院に向かっていた
嬉しそうに空を飛ぶシルフィードの背の上で、再び本を読んでいる
「(今日の事…彼等も見た事のない力を使っていた。)」
本を読みながら、タバサは先程の戦いの事を思い出す
彼等の戦い方はどう見ても、この国の…いや、この世界のものではない
彼等もまた、クラースと同じ別世界から来た人間なのだろう
「(私は知りたい…彼等の事、彼等が持つ力を。)」
彼等と出会い、触れ合う事で…自分はもっと多くの事を知る事が出来るかもしれない
彼等と共に戦う事で、新たな力を得る事も出来るかもしれない
そうして得た知識と力を、何時か……
「お姉さま、何を考えてるのね?」
シルフィードの呼びかけに、タバサは一度思考を中断する
気が付けば、彼女は首を伸ばして此方を覗き込んでいた
「何でもない…それより、お姉さま?」
「はい、私これからタバサ様の事お姉さまって呼ぶ事にしたのね。それが良いと思ったから…駄目かしら?」
シルフィードの問いかけを拒否する事無く、タバサはこくんと頷いた
その返事にシルフィードは喜び、翼を大きく羽ばたかせて更に加速する
風を感じながら、タバサは思った…先程の続きを
何時か…得た知識と力を使って伯父王を倒し、母の心を取り戻す…
決意を新たに、タバサはシルフィードと共に魔法学院へと戻っていった
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