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&setpagename(第七話D 王都トリスタニア ~イルククゥのおつかい~)
第七話D 王都トリスタニア ~イルククゥのおつかい~
時間は戻って昼前…街中を一人の女性が歩いていた
腰まである青い髪に、魔法学院のメイド服を着ている
本来は愛嬌のある可愛らしい顔をしているのだが、その表情は今ムスッとしていた
「全く…風韻竜である私をおつかいに使うなんて、本当に失礼な奴なのね。」
ぶつぶつと女性は文句を呟いている…この女性の正体は、イルククゥであった
韻竜は姿形を変えられる、『変化』の呪文を使う事が出来る
その術によって、彼女は今あの竜の姿から人間の女性へと変化していた
そんな事をしているのは、彼女が言ったようにタバサからおつかいを頼まれたからだ
『この本を渡してきて欲しい…彼女のいる場所は地図に書いてある。』
と、こうして本と行き先を記した地図、それに今来ている服を渡された
だから、こうして慣れない人間の姿で目的地に向かっている
当の本人は、今頃学院の自分の部屋で読書タイムを満喫している頃だ
「こんなの、自分でやれば良いのに…。」
ぶつぶつと、タバサに対して文句を言い続けるイルククゥ
最初の内は文句ばかり言っている彼女だったが、それも街中を歩いている内に変ってくる
「それにしても…人間の街は面白いのね。」
目の前に広がる王都の光景に、自然とそう呟いていた
静かに時を過ごしてきた故郷と違い、此処は大勢の人で賑わっている
街中に見える物も、森や山しか知らない彼女には新鮮なものだった
そんな中を歩いていると、人だかりを発見する
「ん…あれは何なのね?」
その中心で楽器をならして歌っている男は芸人だろうが、驚くほど奇妙な格好をしていた
羽のついたターバンを被り、派手な衣装を身に纏っている金髪の男
竜であるイルククゥでさえ、変な格好であると思った
「そして俺は歌うのさ♪あふれ出す魂のほどばしりを♪」
歌と流れる曲は独特ではあるが、聞いていて楽しいものだった
周囲の観客達も聞き入っていて、終わったと同時に拍手が起こる
男は礼をすると、その場を去っていった
「人間の街は面白いのね。あんな変な格好した人間がいるなんて…。」
次は笛の音が聞こえてくる…少年聖歌隊のパレードだ
思わず後を追ってしまいそうになったが、ある物が目の前に現れた
「うきゅ。」
現れたのは、全身がエメラルドグリーンの体毛に覆われた、変わった生き物である
こんな生き物をイルククゥは見た事もないし、知らなかった
「ん、お前は何なのね?」
「クルール、クルール!!」
イルククゥの問いかけにそう答え、それが名前だと気付くのに少し掛かった
クルールと名乗ったこの生き物は可愛らしい瞳で此方を見てきた
生きた人形と言ってもいいくらいの可愛らしさに、彼女の心はきゅんとなる
「か、可愛いのね…な、撫で撫でしてあげるからこっちに来るのね。」
少し興奮しながら、可愛いものが好きなイルククゥがおいでおいでと手招きする
しかし、そんな彼女の意に反してクルールは背を向けて去ろうとした
「あっ、待つのね。」
そう言っても、クルールは足を止めずにどんどん向こうへ行ってしまう
そんなクルールを、イルククゥは早足で追いかける
追いかけてくる彼女に、クルールはスピードを上げて逃げ出す
「うきゅ、うきゅきゅ!!!」
「待って~~~。」
タバサのおつかいを忘れ、クルールを追いかけるイルククゥ
彼女は目的地とは正反対の方向へと行き、やがて……
「………何処なのね、此処は?」
気が付いた時、何故かイルククゥは狭い路地裏へと迷い込んでいた
追いかけていたクルールの姿も見えなくなり、彼女一人で途方にくれていた
とりあえず此処が何処なのか、地図を見て確認しようとするが…
「うーん……全く解らないのね。」
持っている地図は、目的地までを簡略的にわかりやすく書いたものだった
故に、此処が何処であるのかが解らない…迷子になってしまった
「………とりあえず、歩くのね。」
それが現状の彼女が思いつく、最善の行動だった
彼女は進む、前へ進む、まっすぐ進む…分かれ道があれば右や左へ、壁があれば引き返す
「あー、もう…疲れたのね。」
半時間が過ぎて…疲れた足を休ませる為に、イルククゥはその場に座り込んだ
あれからどれだけ歩いても、表通りに辿り着く事が出来なかった
因みに、此処は才人が迷い込んだ路地裏でもあったが、彼女が知る筈もない
「人間の街って、何でこうも入り組んでるのね…もっと解りやすくすれば良いのに。」
慣れない人間の身体で歩き回るのは辛い…空を飛べたら良いのに
そこで、イルククゥは妙案を思いついた
「そうなのね、術を解いて空を飛べば良いのね。」
何で気付かなかったのかしら、とイルククゥは自身の頭を軽く叩いた
しかし、路地裏とはいえこんな街の中で元に戻ってしまっては大変な騒ぎになってしまう
そんな事にも気付かず、イルククゥは周囲に誰もいない事を確認して術を解こうとした
「イテテテ、くそ~~~。酷い目にあったぜ。」
だが、その直後に後ろから人の声が聞こえてきた
術の解除を中断してイルククゥが振り返ると、数人の男達が此方へと向かってきていた
体中ボロボロになっているこの男達は、才人とシエスタを襲ったあの暴漢達だった
「アニキ、一体何時の間にやられたんでしょうね?何か素早いモンが走ったのは覚えてるんですけど…。」
「俺だって知りてぇよ…いつの間にか気絶してるし、あいつ等もいなくなってるし。」
どうやら、青年とあの犬にやられた事は彼等の記憶から抜け落ちているらしい
悪態をつきながら歩く彼等は、先にいるイルククゥへと目をやった
「おっ…アニキ、あんな所に女がいますぜ。」
「女?ああ、確かにな…でも、何でこんな所にメイドが?」
多分、道に迷ったのだろう…そういう事で納得する事にした
そして、男達はこの女で憂さ晴らしをしようと、イルククゥに近づいた
「よぉよぉ、嬢ちゃん。一人でこんな所にいちゃ危ないな。」
「そうだぜ、俺達みたいな危ない奴がいるかもしれねぇぜ。」
典型的な台詞で脅しに掛かるが、イルククゥはキョトンとしていた
「何なのね、お前達?私は忙しいから早くどっかに行けなのね。」
「どっかに行けとは礼儀を知らないメイドだな…俺達がちゃんと調教しなきゃいけねぇな。」
「い、痛い…何するのね!?」
男の一人が髪を掴んで引っ張り、イルククゥは相手を睨む
だが、男達はそんな事で臆する事無く笑みを浮かべるばかりだ
「言っただろう、調教だって…俺達好みの、可愛いメイドにしてやるからよ。」
リーダーの男の手が、イルククゥの服へと伸びていく
この時、怒った彼女はこの男達を叩きのめしてやろうと、術の解除を行おうとした
「待ちなさい!!!」
だが、そこへ響く女性の声
全員が声の方を振り返ると、そこには緑髪の少女が立っていた
「なんだい、お嬢ちゃん…俺達に何か用かい?」
「貴方達、そのメイドさんをどうするつもりなの!?」
白々しく男が尋ねると、少女は彼等を睨み付ける
それは、これからやろうとしている事は許さないと言っているようなものだった
「何かするつもりだ…って言ったらどうするんだ?」
「そんなの…当然許さない!!!」
少女は拳をギュッと握り締めると、彼等に向かって構えを取った
彼女の勇ましい行動に、男達は笑い声を出した
「中々勇ましい嬢ちゃんだ…おい、お前らちょっと可愛がってやれよ。」
リーダーの指示に、二人の男達は少女に歩み寄っていく
自分達より一回りも小さいこの少女に、何の危機感も抱いてなかった
「何なら、嬢ちゃんも仲間に入るかい?俺は嬢ちゃんみたいなのでも…。」
なので、男の一人はそれ以上何も言う事が出来なくなった
何故なら、少女は男の顔面を殴りつけ、沈黙させたからだ
「たあっ!!!」
続いて回し蹴りを放ち、驚いているもう一人を蹴り飛ばした
壁に頭を強く打ちつけ、一人目と同じように沈黙する
「な、何だお前、やろうってのか!?」
慌ててリーダー以外の男達が、ナイフを取り出して構える
が、その時には少女は既に懐へと入り込んでいた
「はぁ、たっ、せやっ!!!」
ドカッ、バキッ、ゴキッ……擬音として表せば、そんな音だろう
それがこの路地裏に響き、あっという間に男達は倒された
「と、止まれ…止まらねぇとこの女を…。」
慌ててリーダーの男がイルククゥを人質に取ろうとしたが、それは遅すぎた判断だった
「掌底破!!!」
少女は既にリーダーまで近づいて、掌底を男の腹に叩き込んだ
腹部に衝撃を感じた頃には意識は飛び、彼は仰向けに吹っ飛んでいった
「全く…人質を取るなんて最低だよ。」
手をパンパンと払ったと同時に、男は地面に落ちる
死んではいないが、当分は目を覚まさないし、ご飯も食べられないだろう
「さて、と…貴方、大丈夫だった?」
「だ、大丈夫なのね…。」
少女の問いかけに、イルククゥは驚きながら答える
マジマジと見ていると、彼女は照れた様子を見せた
「お、驚かせちゃったかな…貴方が危ないと思ったから、急いで助けたんだけど。」
「凄く驚いたのね、お前人間なのに凄く強いのね!!」
野生の感から感じた事を、イルククゥは正直に告げる
だが、その言い方に少女は少し疑問を浮かべる
「人間なのにって?」
「あっ…き、気にしなくて良いのね、言葉の危というやつなのね。」
イルククゥは自分の失言を紛らわせようと、少女に地図を見せる
「私、本当は此処に行きたいのね。でも、道に迷って……。」
「此処って…私達が住んでる辺りだよ。此処に行きたいの?」
こくこくと、イルククゥは頷く
「解った、今から一旦帰る所だったから一緒に行こう…えっと。」
「イルククゥなのね。」
「イルククゥさんね…私はファラ、ファラ・エルステッド、よろしくね。」
少女…ファラと自己紹介を終えたイルククゥは、彼女と共に路地裏を抜け出した
そして、二人は一緒に目的地へと向かうのだった
「へぇ、じゃあイルククゥはおつかいでその本を届けに来たんだ。」
「そうなのね、人使いの荒い奴なのね。」
目的地へ向かう間、イルククゥとファラはお喋りをして楽しんでいた
その間に二人ともすぐに仲良くなり、気軽に話し合うようになっていた
「それに、ご飯をちゃんとくれないのね。この前なんか危うく飢え死にしそうになったのね。」
「そうなんだ…此処じゃあ貴族は平民に酷い事するのが多いって聞いてるけど…。」
イルククゥの話を真に受けて、ファラは彼女に同情する
だったら、その本をちゃんと届けないと…
「それで、その本って誰に渡すの?」
「えっと、確か…え、エス……。」
イルククゥは相手の名を言おうとするが、それ以上言葉が出なかった
悪戦苦闘している彼女を見て、ファラは苦笑する
「もしかして…名前忘れちゃったとか?」
「そ、そんな事はないのね…えっと、エス…エス~~~。」
「ファラ!!!」
相手の名前を何とか言おうとしたその時、ファラを呼ぶ声が聞こえてきた
二人が声の方を振り向くと、ピンク色の髪をした少女が此方に向かってくる
手には、買い物袋を一袋分抱えている
「あっ、エステル。」
「エステル…そう、エステルなのね。」
ファラが少女の名を呼んで迎えた時、イルククゥも同じように少女の名を言う
この本をエステルという少女に渡す…それが、タバサに言われたおつかいだ
「ファラ、お仕事ご苦労様です…其方の方は?」
「アンタがエステルなのね?ちびすけからこれを渡すように言われたのね。」
イルククゥは持っていた本を、即座にエステルに差し出した
突然の事に驚きながらも、彼女から本を受け取る
受け取った本の表紙を見て、エステルはそれが何なのか理解した
「あっ、これって私がタバサに頼んでいた…貴方、タバサの使いの方なんです?」
「イルククゥなのね。」
「私はエステリーゼ…エステルです。本を届けてくれてありがとうございます。」
エステルは丁寧に礼を言うと、大切に本を抱える
「じゃあ、イルククゥが本を届ける相手ってエステルだったんだ。」
「そうみたいなのね…これでようやくおつかいが終わったのね。」
これで、ようやく帰れる…そう思った時、ぐぅという音が鳴った
それはイルククゥのお腹の音で、急に空腹感を感じ始めた
「安心したら、急にお腹が空いてきたのね…ご飯食べたい。」
お腹を押さえながら、イルククゥが空腹を訴える
「だったら、家でご飯食べていかない?折角此処まで来たんだから。」
「そうですね、色々とお話も聞きたいですから。」
「ご飯が食べられるのね?だったら、すぐに行くのね。」
二人の誘いにイルククゥがすぐに了承すると、三人はすぐに家へと歩き出した
『出会い』
ファラ「エスエル、イルククゥの主さんとは何処で会ったの?」
エステル「タバサとは、少し前に本屋で出会ったんです。」
エステル「偶然私が選んだ本と彼女が選んだ本が一緒だったのがきっかけで…。」
ファラ「そう言えば、前に友達が出来たって言ってたっけ。」
ファラ「それで、どんな感じの人なの?」
エステル「そうですね…外見は青い髪に眼鏡を掛けていて、自分より大きい杖を持った小柄の少女です。」
ファラ「ふんふん。」
エステル「最初の頃は寡黙で此方から話しかけてもあまり返してはくれなかったんですけど…。」
エステル「最近は少しくらい話してくれる事も増えて、一緒に本について話したりもするようになりました。」
エステル「それに、この本…私が欲しかった本だったんですけど、頼んだらこうして届けてくれました。」
ファラ「ふーん…何かイルククゥの話から想像してたのとは少し違うなぁ。」
ファラ「もっと冷徹で酷い人だと思ったけど……。」
エステル「彼女は寡黙で感情を表に出すような子ではないですけど…私は本当は優しい子だと思いますよ。」
ファラ「そっか…エステルが言うならそうなのかもね。」
ファラ「じゃあさ、今度家にイルククゥと一緒に呼ぼうよ。どんな人か、会ってみたい。」
エステル「そうですね、何時か家に招待しましょう。」
『彼女達の事情』
ファラ「ふぅ…。」
エステル「どうしたんです、ファラ?」
ファラ「ううん…私達が此処に来て結構経っちゃったなと思って。」
エステル「そうですね…もう2ヶ月以上は経ったでしょうか。」
ファラ「2ヶ月か…リッド達、大丈夫かな?」
ファラ「あの光にリッド達も巻き込まれた筈だから…心配だよ。」
エステル「ファラ…大丈夫です、ファラのお友達はきっと無事です。」
エステル「だから元気を出してください…ファラは元気な方が一番良いですから。」
ファラ「エステル…ごめんね、エステルだって友達の事が心配なのに。」
ファラ「………よーし、リッド達が無事だと信じて、私も頑張ろうっと。」
エステル「その調子です、ファラ。」
『この先だよ』
ファラ「私達が住んでる家はこの道を真っ直ぐ行った先だよ。」
エステル「右手側に少し大きな建物があって、小さな花壇があるのがそうです。」
ファラ「さ、早く帰ってご飯にしよ。」
『そっちじゃないよ』
ファラ「あっ、イルククゥ。家はそっちじゃないよ。」
イルククゥ「あれ、そうなのね?」
エステル「私達の家は少し大きな建物で、小さな花壇が目印です。」
イルククゥ「解ったのね。今度は間違えないように気をつけるのね。」
「モグモグッ、モグモグッ!!!」
場所はファラ達が住んでいる家に移って・・・テーブルには料理が並んでいる
その料理を、イルククゥは片っ端から食べ尽くす勢いで食べていた
既に半分以上の料理がテーブルから姿を消している
「も、もっと落ち着いて食べたらどうです?」
隣で食事をするエステルは、イルククゥの食べっぷりに驚いて手が止まっていた
そんな彼女の言葉も聞かずに、食べ続けている
そこへ、料理を作ったファラが皿を持ってやってくる
「わっ、もうこんなに食べちゃったんだ。」
「美味しいから当然なのね。」
口周りについたソースをぺろりと舐め取りながら、満足そうにイルククゥは答える
「ふふっ、そんな事言われると作り甲斐があるよ…はい、どうぞ。」
持ってきた料理をテーブルの上に置くと、ファラも椅子に座った
そして彼女も食事を取り始めると、賑やかな声が聞こえてくる
「それにしても、あの時のファラは凄かったのね。自分よりでかい相手をドカーンと…。」
「大活躍だったんですね、ファラ。」
「大活躍って程じゃないよ、イルククゥに乱暴しようとした暴漢達をやっつけただけで…。」
食が進み、会話が続く…イルククゥはその時間を楽しんでいた
彼女達の側では、青い犬が同じようにご飯を食べている…ラピードだ
やがて満腹になった彼女は、お腹を押さえながら背凭れにもたれかかる
「はぁ~~、美味しかったのね。ご馳走様。」
エステルとファラが食器の片付けに向かい、此処にいるのは彼女だけだ
彼女達が戻ってくるまでの間、何となくイルククゥは視線を泳がせ、周りを見てみる
此処は元々宿屋だったそうなのだが、何かの理由で営業を止めてしまったらしい
誰もいなくなった此処を、ある人から譲り受けたそうなのだ
内装は殆ど手を加えていないので、宿屋当時の面影が色濃く残っている
「ん、あれは……。」
そんな時、イルククゥの目にある物が目にとまった
壁に掛けられている一枚の絵…その絵にはファラとエステルの姿が描かれていた
他には側で休んでいるラピードに黒い髪をした青年とマントをした少女
それに二対の剣を構え、格好良くポーズを決める帽子を被った少年の姿がある
「それね、この家をくれた人が画家さんに描かせた絵だよ。」
丁度ファラとエステルが戻ってきて、絵の事を説明する
エステルの手にはデザートを持った器がある
「あっ、デザートなのね♪」
イルククゥはデザートに目が輝き、テーブルの上に置かれるとすぐに手を伸ばした
「あの時は大変でしたね…ファラ達が助けた女の子がこの国の…。」
「うん、それで……で、ク…は王宮に、……ダは旅に出ちゃって…。」
二人は思い出話を始めるが、イルククゥは殆ど聞かずにデザートを食べ続ける
一人でデザートを食べきろうとした時、ある言葉が耳に入った
「そう言えばファラ、お仕事の方はどうです?」
「ううん、全然…浚われた女の子達が何処に行ったのか、手がかりが見つからなくて。」
「そうなんですか…ユーリも一度戻ってきたんですけど、手掛かりは無しだって…。」
「浚われた女の子って?」
耳に入ってしまったので、イルククゥが何となく尋ねる
それを聞いて、ファラとエステルが視線を彼女に向ける
「あっ、イルククゥは何か知らないかな?実は……。」
ファラは自分達が何をしているのか…この王都でおこっている事件の事を話し出した
少し前から、この王都で若い少女が誘拐される事件が起こっている
人攫いの仕業らしく、捕まった少女達は外国へと売られるらしい
ファラ達はその誘拐された少女達を探しているのだが、手掛かりを得る事が出来ていない
…………
「…って訳なんだけど、イルククゥは何か知らない?」
「うーん…知らないのね、私この街には初めて来たから。」
イルククゥは首を横に振りながらそう答える
その答えを聞いて、二人の顔に少しばかり落胆の色が浮かぶ
「そっか…それなら仕方ないよね。」
「悪いのね、何も知らなくて。」
「ううん、気にしないで………それにしても大丈夫かな、ジェシカとジャンヌ。」
「心配ですね…スカロンさんも心配のあまり倒れてしまいましたし。」
どうやら、彼女達の友達まで浚われてしまったらしい
だからこそ、まだ何も手掛かりが得られない状況に二人は焦りと落胆を抱いている
「友達が浚われたのね?それは大変なのね。」
事情を聞き、イルククゥは少しばかり考えた
そしてすぐに、自分の頭の中に出た結論を口にする
「よし、だったら私もその浚われた友達を捜すのを手伝うのね。」
突然の協力宣言、それにファラもエスエルも目を丸くして驚いた
「ええっ、そんな…関係ないのに手伝って貰うなんて…。」
「関係なくないのね、友達が困っているのに放っておけないのね。」
「友達って……イルククゥ。」
既にイルククゥにとって、ファラもエステルも友達だった
人間の世界で出来た初めての友達…その友達を助けたいという気持ちは揺るがない
「それに、意志ある者を物のように扱うなんて許せないのね、すぐに見つけ出すのね!!」
「あっ、待ってください。」
そう言うと、エステルの制止を聞かずにイルククゥは果敢にも外へ飛び出していった
「…イルククゥさん、場所が解っているのでしょうか?」
二人がその後を見つめていると、しばらくして彼女は戻ってくる
「そう言えば、何処を探したら良いのね?」
その言葉に、二人は少しばかり呆れてしまう
とりあえず、ファラが現在の状況を説明する事にした
「二人が浚われたのはつい最近で、場所は市民街…私がイルククゥと会った場所だよ。」
「つまり、そこを探せば良いのね?」
「まあ、そうかな…犯人は現場に戻るって言うから、私はそこを探していたんだけど。」
「なら、早速出発するのね。」
「うん、じゃあ一緒に行こう…でも、絶対に無茶しないようにね。」
「大丈夫なのね、これでも私強いから。きゅいきゅい。」
目的地が解り、もう一度イルククゥは外へと出て行った
その後をファラが追いかけるが、その前にエステルの方へ振りかえる
「じゃあ、エステル…私イルククゥと一緒に行ってくるから、ラピードと留守番お願いね。」
「解りました…でも、気をつけてくださいね。」
「大丈夫だって、イケる、イケる。」
そう言って、ファラはイルククゥと一緒に件の場所へと向かう
そんな二人を、エステルは静かに見送った
……………
「うーん…見てないな、そんな子。」
「そうですか…ありがとうございました。」
此処は先程イルククゥがいた路地裏が近くにある、小さな通り道
通行人との話を終え、ファラは頭を下げる
家を出て、再び情報収集を行ったが…全く情報が得られない
しばらくして、少し離れた所にいたイルククゥが戻ってきた
「イルククゥ…どう?」
「駄目なのね、そんな子知らないって言われたのね。」
ふぅ、と溜め息をつきながら彼女は疲れた様子を見せる
ファラは辺りを見回しながら、呟くように口を開いた
「これだけ探したら、手掛かりの一つでも見つかると思うんだけどなぁ。」
「どうしても見つからないのね?」
「うん、ラピードにも手伝って貰ったけどね…途中で臭いが消えてて駄目だったんだ。」
人攫いの中にはメイジがいて、痕跡を魔法で丁寧に消したのだろう
なので、ファラ達は殆ど手掛かりがない状況で悪戦苦闘している
「これ以上長引けば皆危ないのに…どうすれば…。」
「どうしましたかな、お嬢さん達?」
そんな時、二人に一人の男が声を掛けてきた
見た目は初老の老紳士で、人の良さそうな笑顔をしている
「あっ、すいません…実は私達、人を探しているんです。」
「おお、それはそれは…大変ですなぁ。」
事情を話すと、老紳士は我が身の事かと思うほど落胆した様子を見せた
「おじいさん、何か知りませんか?長い黒髪をした女の子なんですけど…。」
「ほう、ほう………んん、そう言えば。」
「何か知っているんですか?」
「いえね、私はこうして街を歩いて回るのが日課なんですが…前にそんな子を見た気がしますなぁ。」
「本当なのね!?」
此処で思わぬ手掛かりを得られたと思い、二人は老紳士の話に食いつく
にっこりと笑うと、彼は続きを話す
「ええ、何やら慌てた様子でね…走っていったのを覚えています。」
「どっちに行ったのか、覚えていますか?」
「ええ、それも覚えていますよ…何でしたら、そこまで案内しましょうか?」
「お願いします!!」
老紳士の申し出に、ファラは即座にそれを受け入れた
此方ですよ…と老紳士が前を歩き、二人はその後に続いていく
「良かったのね、ファラ。」
「うん。これで二人を見つけられたらスカロンさんも喜ぶよ。」
二人は喜び合いながら、正直に老紳士の後へと続いていく
通りから離れ、人の少ない路地裏へと入った…日光も殆ど遮られているので、昼間でも薄暗い
「一体何処まで行くのね?」
「もうすぐですよ…もうすぐ。」
先程の件で路地裏が嫌になったイルククゥが急かすと、老紳士はそう答えてまだ歩き続ける
やがて、三人は行き止まりである大きな壁の前へとやってきた
「つきましたよ…此処です。」
「此処?此処って行き止まり……。」
この時、ファラは嫌な予感がしたが、この人の良い老紳士を思って行動出来なかった
なので、彼がこれからしようとする事に対処が遅れてしまう
「いいえ、此処ですよ…イル・ウォータル・スレイプ・クラウディ…」
小声で何かを呟きながら老紳士が振り返る…その手には杖が握られていた
直後、青白い雲が現れて二人の頭を包み込み…強烈な眠気が襲ってきた
「こ、これって…魔法…。」
「ふみゃあ……何だか眠くなってきたのね…。」
先にイルククゥが眠りについた…先程沢山食べた為、眠気に抗えなかったからだ
ファラは何とか持ちこたえようとしたが、やはり寝てしまった
「お前達が探している女もこうやって眠らせたんだからな。」
優しい老紳士の仮面を剥ぎ捨て、欲望に満ちた笑みを浮かべながら男はそう答えた
「………クゥ、……て。」
夢と現実の狭間の中…イルククゥは何かが聞こえてくると思った
だが、夢の中にいたい彼女はその声に耳を傾けようとしなかった
「むにゃむにゃ…もう少し、あと少しだけ食べたら…。」
「起きな!!!」
夢の中に入ろうとするイルククゥだが、別の声がそれを許さなかった
ガツンと頭を何かで叩かれ、彼女の意識が急激に覚醒する
「痛いのね!?」
飛び起きるイルククゥ…頭を擦ろうとしたが、手が動かなかった
どうしてかと確認してみると、後ろ手に体が縛られているのに気付いた
「な、何なのね、これ!?」
「ようやく気がついたわね。」
イルククゥが声の方を見ると、二人の少女がいる事に気付いた
一人はファラだった…自分と同じように、上半身を縛られている
もう一人は長い黒髪をした、気の強そうな女の子だった
「ファラ!!」
「イルククゥ…良かった、起きないんじゃないかと心配してたんだよ。」
ホッと胸を撫で下ろすファラ…イルククゥは辺りを見回した
どうやら此処は馬車の中らしく、今移動中らしい
それに自分達以外にも何人かの女の子がいて、皆悲しみに暮れている
「ファラ、一体これはどういう事なのね?」
「うん…私達、人攫いに捕まったみたいなの。あのおじいさんも仲間だったみたい。」
悲しそうにファラは答えた…信じた相手に裏切られたから
それを聞いて、イルククゥは怒った
「あのおじいさん、私たちを騙したのね!?許せない!!!」
縄を解こうと、イルククゥは暴れたが縄は全く解けない
なら、元に戻って…と、ファラ達を前にして術の解除を行おうとした
だが、その直後に激しい激痛が襲ってくる
「イタタタタタタタ!!?」
「無駄よ、これは魔法で出来たロープらしいから…ちょっとやそっとじゃ解けないわ。」
解除を中断して痛がるイルククゥに、黒髪の少女が説明する
一体誰なのね、こいつ…と彼女を見ていると、ある事を思い出した
「んん、お前…ひょっとして、お前がジェシカなのね?」
そうよ、と少女…ジェシカは答える
「ミイラ取りがミイラ…ってのは良く言うわね、あたしを探しに来て捕まるなんて。」
「ごめんね、ジェシカ…助ける筈が私達まで捕まっちゃって。」
「ううん、気にしないで。あたしだって自分なりにジャンヌを探してたらこいつ等に捕まったんだし。」
「…それで、これからどうなるのね?」
「あいつ等、私達をゲルマニアに売り飛ばすって言ってたわ。」
そう言っているのを、彼女は聞いていた…横目で一人の少女を見る
周りの女の子たちと同じように怯えているその少女は、彼女が探していた店の女の子だ
「イルククゥもごめんね…結局貴方も危険な目に遭わせちゃった…。」
「気にしないのね。自分から進んでした事だから、友達を恨んだりしないのね。」
「でも、これからどうするの?この状況で当てに出来そうなのはユーリだけだし。」
ファラの仲間である、黒髪に刀を持った青年…彼もまた人攫い達を探している
彼が自分達の事に気づかなければ、女の子達同様異国に売られる事になる
「もし、ユーリが気づかなかったらどうする?」
「その時は隙をついて何とかするよ…足だけは自由だからね。」
「おい、お前等…静かにしろ!!」
見張り役の男が怒鳴ってきたので、それ以上は話をするのを止めた
果報は寝て待て…時が来るまで、三人は大人しくする事にした
それから何時間か掛けて、彼女達の乗った馬車は国境の関所に来ていた
何人かの少女たちは、関所の役人が自分達を見てきっと見咎めてくれると信じていた
しかし、ジェシカはそんなわけないと思った
「私達を隠してないのに、堂々と関所を通る筈ないわ。」
そして、関所へ到達して馬車が止まった…役人が何人かやってくる
男達は前へ出ると、役人と話し合う
「ふむふむ…成る程、積荷は小麦粉と材木か。」
馬車はイルククゥ達が乗せられた馬車の他に、もう一つの馬車と護衛用の馬車があった
材木が入っているという馬車の積荷は大きいもので、時々ガタガタと音がする
それを無視して役人は小麦粉が入っているという、イルククゥ達のいる馬車の中を覗き込んだ
「成る程…確かに、中身は小麦粉だな。」
男達から金を受け取り、ニヤニヤしながら役人はそう言った
その言葉に、女の子たちの顔色は絶望に染まる
「いやああああ、もう帰して、お家に帰してよぉ!!!」
「うるせぇ、小麦粉が喋るな!!」
耐え切れなくなった少女の一人が泣き叫ぶ…怒鳴っても少女は泣き止まない
怒った男は少女を黙らせようと、馬車の中へと入ってきて手を上げる
このままじゃ…そう思ったと同時に、咄嗟にファラが動いた
「はあっ!!!」
「うごっ!?」
素早く蹴りを放ち、少女を殴ろうとした男を蹴り飛ばす
ものすごい勢いで飛ばされた男は、役人とぶつかって互いにのびてしまう
「ファラ、今は動く時じゃないでしょ。」
「ごめん、咄嗟に体が動いちゃって…でも、こうなったらやるしかないよね。」
相変わらずロープは解けないので、足技だけで戦うしかない
ファラはすぐに外へ出ると、護衛の馬車へと向かう
「何だ、何があった!?」
後ろにいた護衛達が動き出そうとする…その前に先手を打つしかない
彼女は上空へと飛び上がった…確認できる敵は三人
「鷹爪落瀑蹴!!!」
それは、流星の如く空中から地上の敵へ急降下する技
一撃目の衝撃波、更に二撃目の衝撃波を相手に食らわし、最後に急降下蹴りを食らわす
一撃目は右にいた男、二撃目は銃を構えようとした男を倒した
最後の一撃で残った一人を攻撃し、彼等は叫ぶ間もなく地面に沈む
「よし、次は……。」
残りの敵を確認しようとした時、風が襲ってくるのを感じた…即座にファラは避ける
風は材木が入っているという馬車の車輪を切り裂き、馬車が傾く
そのせいで積荷が地面に倒れるが、誰もそれに見向きもしない
「やってくれるじゃないか…只の平民ってわけじゃないようだね。」
魔法を放ったのは、杖を持った女のメイジ…この人攫い達のボスだった
隣には、自分達を騙して捕まえた老紳士の姿もある
「私は平民だよ…これだって、平民の証だし。」
首に付けているチョーカーを見せながら、ファラがそう答える
「その力…あんた、凛々の明星《ブレイブ・ヴェスペリア》だね。」
「私達の事を知ってるの?」
「噂はかねがね聞いてるよ。」
その噂は、最近トリスタニアに凛々の明星という何でも屋が現れたというものだった
メンバーは平民の癖に腕っ節は強いと、傭兵達の間ではちょっとした有名モノである
「ヒンギス、あんたとんでもないヤツを捕まえてきたね。」
「し、知らなかったんです、まさかこんな女が奴等の仲間だったなんて。」
「まあいいさ…凛々の明星なら、退屈しのぎにはなるだろうしね。」
そう言うと、女頭目は杖を振るう…すると、ファラを縛っていたロープが解けた
「ちょっとばっかり、遊んであげるよ…掛かってきな。」
「後悔しても知らないからね…行くよ!!」
手を軽く動かし、準備運動を終えると拳を構える
その行為に対して笑みを浮かべると、女頭目は杖をファラに向けた
女頭目は凛々の明星が凄い連中だと知っていたが、その力量までは解っていなかった
平民はメイジに勝てない…その根底から、ファラの事を舐めているのだ
「くらいな!!」
「飛葉翻歩!!」
風の刃・エアカッターを唱えてファラに向けて放つ
が、彼女はそれを風に舞う葉の如くかわし、一気に接近して女頭目に蹴りを放つ
「ぐぇ!?」
女頭目は間一髪でそれを避け、代わりにヒンギスがその一撃を受けた
横に飛びのくと、ファラとの間合いをあける
「あっ…ごめんなさい、おじいさん。」
敵とはいえ、年寄りを蹴り飛ばしてしまったので反射的に謝る
蹴られたヒンギスは完全にのびてしまっており、その謝罪を聞く事はなかったが
「はっ、中々やるじゃないか…これならどうだい!!」
今度は風の刃を何本も作り出し、それをファラに飛ばしてくる
それを空中に逃れる事で避けると、ファラは女頭目に向かっていく
「散華猛襲脚!!!」
飛び込み蹴りから回し蹴りを繰り出すこの技…それを女頭目は何とか避ける
その後も襲ってくる拳や蹴りの嵐…彼女の表情も余裕から困惑に変っていく
攻撃を避け続けながら彼女は思った…こいつ、本当に平民か…と
「(冗談じゃないわよ、こんな平民がいてたまるもんですか!!!)」
今までの経験から解った…この女は自分よりも強い
だが、それを認めたくはなかった…認めれば、自身の負けを認める事になる
「せやっ!!!」
「うっ!?」
放たれた彼女の一撃を避けられず、女頭目は杖を使ってガードした
だが、それは予想以上に重く、彼女はふらついてしまう
隙が出来た彼女に向かって、ファラはトドメの一撃を放とうとした
「これで!!」
「おい、待て女!!!」
その直前に男の声が聞こえ、ファラの拳が止まった
振り返ると、男がジェシカを連れて外に出てきていた
まだ一人残っていたらしく、その手にはナイフが握られている
「動くなよ…動けば、この女の命はないからな。」
「ファラ、あたしに構わずこいつ等を…うっ。」
「ジェシカ!!!」
ジェシカは男に首を締め付けられ、苦しそうに息を漏らす
ファラがジェシカに気をとられているうちに、女頭目は彼女へ風の魔法を放った
それを避ける事が出来ず、ファラは真正面から受けてしまう
「きゃあ!?」
風に吹き飛ばされ、ファラの体は地面に叩きつけられる
女頭目はよろけながらも、しっかり立とうと足を踏ん張った
「姉さん、大丈夫ですか!?」
「な、何とかね…よくやったよ。」
手下の横槍を責める事無く、ゆっくりとファラへと近づいていく
何とか立ち上がろうとするファラに向けて、女頭目は杖を向けた
「あんたもよくやったよ、本当に…でも、此処までだよ。」
「ひ…卑怯だよ、人質なんて…」
「勝つためには手段は選ばない主義なんでね…それに、あんたはいちゃいけないんだよ。」
女頭目は詠唱を行い、何時でもファラの首を跳ね飛ばす準備を整える
「あんたの力は私を…メイジを脅かす。だからあんたは死にな。」
「ファラ!!!」
ジェシカが叫ぶが、捕まえられていて駆け寄る事も出来ない
どうすれば…この危機を打開する、いい方法はないのか…
「待つのね、お前達!!!」
その時、馬車からイルククゥが飛び出し、彼女達に向かって叫んだ
「何て卑怯な奴等なのね、自分が負けそうになったら平気で人質を使うなんて。」
「何だお前は、大人しく馬車に戻ってろ!!」
だが、イルククゥの怒りは頂点に到達している…はい、そうですかと引き下がるわけがない
彼女は怒りに任せて変化の術を解除し、元に戻ろうとした
さっき試したように、膨張する体にロープがきつく食い込んでくる
「んぎぎぎぎぎぎ…痛い、痛いけど我慢するのね、きゅい、きゅいきゅい~~~!!!」
「な、何だ、何が……と、トカゲ!?」
突然の事に男だけでなく、ジェシカもファラも、女頭目もその動きを止めていた
彼女の体は輝き、本来の竜の姿を取り戻しつつあったからだ
そして、とうとう……
「くけ~~~~!!!!」
彼女の膨張にロープが耐え切れなくなり、引きちぎれた
同時に、イルククゥは元の姿へと戻り、締まらない雄叫びをあげる
「な、何だこれ…竜!?」
男は驚きのあまり口をあんぐりと開け、ナイフを取り落としてしまう
ジェシカも驚いていたが、好機だとも思い、男の足を思いっきりふみつけた
「いってぇ!!!」
その痛みから、男の手が緩み…その隙をついて、ジェシカは逃げ出した
同時にイルククゥが翼を大きく動かし、男を打ち据えた
気付かなかった男は避ける事も出来ず、やられてのびてしまう
「そ、そんな馬鹿な…。」
ファラもまた、女頭目が驚いている隙をついて攻撃に転じた
一気に相手に詰め寄ると、彼女が気付く前に技を繰り出す
「臥龍空破!!!」
左右の拳で敵を打ち上げる気合の拳…それが女頭目に向けて放たれる
気付いた時には、自身の体が宙に浮くのを感じた
そして、空が見えて…そこで、彼女の意識は途絶えた
「イケる、イケる!!!」
拳を振り上げ、勝利のポーズをとるファラ…だが、こんな事をしている場合じゃない
すぐに冷静になって、人質に取られていたジェシカに駆け寄った
固く縛られていた縄を解き、彼女を自由にする
「ジェシカ、大丈夫!?」
「何とかね…一時はどうなる事かとひやひやしたわ。」
見た所、彼女は何処も怪我をしていない…ファラはホッと胸を撫で下ろす
それよりも…と、彼女は向こうを振り向き、同じようにファラも振り向いた
そこには、本来の姿へと戻ったイルククゥがジッと佇んでいる
「これって…どういう事?」
「私にも解らないよ……あなた、イルククゥなの?」
「きゅい、きゅい……あのね、本当は…。」
ファラの問いかけに、おずおずとイルククゥが全てを話そうとした時、向こうから物音が聞こえた
彼女達が振り向いた先にあるのは、材木が入っているという箱…ガタガタと振るえている
それが段々と激しさを増し、やがて箱の中から巨大な腕が生えた
「グオオオオオオッ!!!!!!」
後に続く、獣の雄叫び…自身を閉じ込めていた箱を全て破壊し、その全貌を現す
緑の体毛に覆われ、異常に発達した腕を持つモノ……
それはまさしく、『化け物』と呼ぶに相応しい怪物だった
「ファラとイルククゥ…大丈夫でしょうか?」
一方その頃、エステルはラピードと共に留守番をしていた
タバサから贈られた本を読みながら、エステルは二人の事を考えている
もう夕方になるのに、二人は依然として帰ってこない
「それに、ユーリも帰ってきませんし…心配ですね、ラピード。」
エステルの言葉に対し、ラピードは何も返事を返さなかった
だが、突然立ち上がると扉の方へ視線を向けた
「どうしたんです、ラピード…誰か来たんです?」
本を閉じて、エステルは椅子から立ち上がった
同じように入り口を見ると、ノックも無しに扉が開いた
「あっ、貴方は……。」
現れたのは、青髪にマントをした長い杖を持った少女…タバサだった
彼女は何も言わず、ゆっくりと中に入ってくる
「タバサ、貴方なんですね。今日、貴方の使いの方が来て…。」
「グルルルルル……。」
エステルが事情を説明しようとすると、突然ラピードがタバサに向かって唸った
ラピード…と彼の様子を見た後、もう一度タバサを見る
すると、タバサは持っている杖を構えた…自分に向けて
「た、タバサ、何を……。」
「………。」
エステルの言葉に何も応えず、タバサは杖を向けたままだった
無表情のまま、彼女はルーンを唱える…魔力が杖へと集まっていく
そして………
…………
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