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#navi(虚無なりし者)
「虚無なりし者」
静寂が包む暗闇の中、良く手入れされた桃色の髪を持つ小柄な少女は一人佇んでいた。
自分が今何処にいるかも分からない少女…ルイズは、辺りを見回して暗闇の中光る地面の正体に気づいた。
見たことも無い花だった。薄紫色の細い花弁を開き、一切の葉を持たないソレは大地を埋め尽くしている。
音の聞こえない世界で咲き乱れる花々は美しさの反面、ルイズに一種の恐怖をもたらしていた。
(…何処? 此処は……)
不安の色を顔に浮かばせていたルイズは、ふと視線を感じて正面を向いた。
少し離れた場所に、一人の少し風変わりな青年が立っていた。
黒い服を身に纏ったその青年は、感情を示さない眼でルイズを見つめている。
(…誰…?)
ルイズはその視線に妙な既視感を覚えた。
私は彼を知っている。
でも…何故?
青年が少しだけ口を開いた。
しかし声は聞こえない。
ただ、青年の薄い唇が何かの言葉を紡いだ事しか分からない。
(なぁに? 何て言ったの… 聞こえない…何…?)
ルイズは青年の言葉を聞き取ろうと懸命に耳を澄ました。
しかし音の無い世界は青年の声をルイズに知覚させる事を許さず、静寂で包み込む。
ただひとつだけ、ルイズは目の前の青年が『喋る』という事に違和感を覚えていた。
自分が知らない筈の、会ったことも無い青年が口を開く事に何故そう感じたのか、ルイズには分からなかった。
不意に聞こえてきた音にルイズは急速に浮上する感覚に見舞われる。
それに抗う隙も無く、辺りは光と共に薄れて行き―――――
窓から射し込む穏やかな朝日に、ルイズは目を覚ました。
小鳥の忙しない鳴き声が鼓膜を震わせ、眠りから醒めた原因の一旦がソレである事に気づくとため息を漏らす。
寝ぼけ眼で辺りを見回すと、其処はいつもの自分の部屋で、起床時間には少し早かったのか辺りはやや薄暗い。
まだ肌寒いであろう屋外から聞こえてくる小鳥達の歌をBGMに、ルイズは此処が現実の世界と漸く認識した。
「夢、か……」
◇
生憎の曇り空の下、召喚の儀式は行われていた。
己のパートナーを呼び出す神聖なものであると共に、2年生への進級を決める重要な儀式だ。
既に他の生徒達が使い魔の召喚に成功し契約を終えた今現在、サモンサーヴァントを行っているのはルイズ。
しかし幾度と無く失敗を続けた為に辺りは砂埃が蔓延し、悪天候と相まって視界は極限にまで遮られていた。
つい先ほど巻き起こった爆発が駄目押しになっているのだろう。
一向に収まらない砂埃に、周りにいた生徒達もルイズに野次を飛ばす余裕も無くむせ返っている。
爆発の中心地にいたこの状況の原因の一旦であるルイズと、引率の教師のコルベールも、同様の状況であった。
やがて砂埃が収まり始めると、ルイズは砂埃の向こうに何かしらの影を見つけ、思わず凝視した。
視界が晴れ、現れたものは実に奇妙なモノだった。
薄紫色を帯びた透明な球状の物体はまるで繭の様で、その中に人影が蹲っている。
胡坐を掻いて自身の身体を抱えるように両腕を組んだ姿勢のまま頭を垂れるその人物は、特徴的な風貌だった。
赤と緑に分かれた特殊な配色の前髪は彼の顔を目元まで覆い、青みが掛かった白色の髪はまるで龍か何かの鱗。
それが長く伸び、件の人物の胴体辺りへ大きく巻きついている。
繭から内側へ出ている糸のような物はその鱗状の髪の隙間へ繋がっているように見てとれ、繭の主が只者では
ない事を暗に物語っているようだった。
(……! この…この人……)
ルイズはその風貌を見る内に、今朝の夢の内容を思い出し息を呑んだ。
今自分の目の前にいるのは、紛れも無く、夢の中で見たことも無い花畑にいたあの青年。
彼の夢の中と同じ黒い服と何よりも特徴的な前髪に、ルイズはそう確信した。
一方でコルベールは、長年の勘を持ってしても繭の中にいる青年の正体を図りかねていた。
それは周りの生徒達も同じで、件の青年の正体は何かと話し込んでいる為先程からざわついている。
精霊か、はたまた別の存在か。もしや吸血鬼、あるいはエルフ…
さまざまな憶測が飛び交っているが、どれも当てはまらない。
今コルベールにそんな喧騒も意に介す余裕は無く、己が思考の海に埋没していた。
ルイズが如何に努力を惜しまず今日まで過ごしてきたかをよく知る彼は、召喚の成功を素直に喜んでいた。
しかし召喚されたのは今まで見た事の無い生命体…少なくとも平民などではない。
蓄えてきた知識の中をどれだけ探し回っても、件の人物の特徴に当てはまる亜人は思い当たらなかった。
もしかしたら、自分のまだ見ぬ種の亜人かもしれない。
しかしそうとなればどんな特性を持ち、如何なる性質であるかはまったくもって未知の存在。
コンラクトサーヴァントが凶暴なモンスターさえも従えさせるとはいえ、亜人の召喚例は殆ど聞き覚えが無い。
契約の効果が完全に出ると保障できない状態で、はたして彼女を…ミス・ヴァリエールを契約させるべきか。
コルベールは寂しい頭頂部を風に撫でられながら、緊迫の表情で思い悩んでいた。
『ルイズ』
不意に名を呼ばれた桃髪の少女はハッとして声の主を探した。
しかし聞き慣れないその声の出所は思い当たらず、見つけることが出来ない。
少なくとも後ろの教師ではない事は確かだが。
他の生徒達との距離はそれなりに遠く、囁くような声量では聞き取れないハズだ。
第一、今の声は…信じがたいが、頭の中に直接聞こえてきたように思える。
ルイズは夢から再会した繭の中の青年を見た。
青年は応えるようにゆっくりと顔を上げ、その両瞼を開きルイズへ視線を向けた。
その瞳の虹彩は濁りの無い白で、眼球結膜…白目にあたる部分は真紅に染まっている。
青年の異形の眼差しと、少女の鳶色の眼差しが交差した。
『…ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』
再び聞こえてきた声に、ルイズはこの声の主が青年だと悟った。
それにしても、口を開かずに喋った…?
腹話術だとかそんなモノの応用とはとても思えない。
とすれば頭の中に直接響いた声は…もしや、念話では?
しかしそれよりも気になる疑問がルイズにはあった。
「あなた…わ、私のこと…知ってるの……?」
教えた覚えのないフルネームで自身を呼ぶ青年に、ルイズはようやく搾り出した声で問い掛ける。
青年は表情を変えず、ただ静かにルイズを見据え、ふと目を細めた。
ルイズには、少なくともルイズには、青年のそれが無言の肯定のように感じ取れた。
緩やかに吹く風に桃色の長髪をなびかせながら、ルイズは引き寄せられるように一歩踏み出した。
コルベールは引き止めるべきか迷うが、どういった理由で止めるか言葉が思い浮かばない。
生徒に危機が及ぶかもしれない状況で、コルベールは教師として不甲斐無さを感じていた。
ならばせめて迅速に対応できるようにと、壮年の教師は杖を握りなおす。
一方でルイズは歩みを止めることなく、繭の正面、目と鼻の先まで近づいていた。
目前までやって来た少女を見つめていた青年は何も言わず、ゆっくりと立ち上がる。
硬質だったのだろうか、薄紫の繭は軽い硝子のような音を立てて青年の触れた部分から割れていった。
薄紫の繭の保護から曝け出され、彼の黒い上着と極彩色の前髪が風に揺らめく。
その容姿を露にした青年はなかなかの美形であり、もしかしたら幼き頃の憧れの許婚に勝るかもしれない。
亜人と思しき特長を併せても、目の前の彼は妖しさすら感じる紛う事なき美青年の部類に余裕で上位に入る。
ルイズはそんな事を考えながらも、一番重要な事を思い出した。
契約。
そう、契約だ。
コンラクト・サーヴァント…つまり、この青年を使い魔として従えるべき重要な儀式がまだ残っている。
ルイズに緊張が走る。
儀式とはいえ、異性と接吻をしなければならないのだ。
しかもルイズはまだ未経験の事柄。
いっそ獣の類なら気も楽だったであろうが、生憎目の前にいるのは人間とさして変わらない一人の青年。
あくまで使い魔、あくまで(推測だが)亜人相手なのだからノーカウント。
…と考えても、齢16の少女には些か心の準備が必要だった。
しかし此処で契約をしなければ儀式は終わらない。
終わらないという事は失敗。
折角召喚まで出来たと言うのに、間近にある成功を棒に振るというのか?
今まで失敗の悔しさと周りの嘲笑に耐えてきた日々を思い起こし、ルイズは決意した。
「わ…私と…」
青年の目がルイズを見据える。
「私と…私の使い魔になる、契約を」
少女の鳶色の眼が、真っ直ぐに青年を捉えた。
幾分気恥ずかしさは残っているが、強い意志を宿したその眼は誇り高く輝いている。
それを数秒見続けた青年は、ルイズの意思に答えるように…何も言わず、ゆっくりと。
ルイズの背丈に合わせるように片膝をついて屈み、少女へ覗き込むように顔を近づけた。
その情景は姫と騎士のようにも見えたと、浪漫好きなある生徒は後に語っている。
ルイズは片手に杖を構え、ゆっくりと口を開いた。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール…」
「5つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」
少女と青年の影が重なる。
どこか妖しさを感じるその光景に、観衆はしばし息を呑んだ。
程なくして、ルイズが青年からそっと離れた。
硬く閉じていた瞼を開くと青年は変わらずルイズを見ているままで、もしかして接吻の間もそうだったのかと
推測すると、ルイズは気恥ずかしさから思わず顔を茹蛸のように真っ赤に染めた。
そんなルイズの様子を気にも留めず青年は彼女から視線を外し、自身の片手の甲を見た。
ルイズもつられて同じ場所を見ると、黒いグローブ越しに何かのルーンが光を溢している。
それはすぐに収まり、青年は何事も無かったかのように立ち上がった。
「契約、成功ですね? ミス・ヴァリエール」
「え? …あ、は、はい! ミスタ・コルベール」
無事に契約が成功した事を確認したコルベールが、心配は杞憂だったかと安堵の息をついて話しかけてきた。
そろそろとルイズの後ろへ寄って来ていたコルベールに話しかけられ、ルイズは我に返る。
コルベールも青年の片手の甲にルーンが刻まれたらしき光を見ていたようで、青年をまじまじと見つめている。
「え~と、使い魔のルーンをよければ見せて頂いても…」
『…………』
「あ、いえ、無理にとは言いませんので」
教師であり研究者たる以上、人一倍大きい好奇心を擽られたコルベールが亜人に刻まれたルーンを是非とも
目で確認しようと青年に話しかけるが、何も答えず自身の手の甲と目の前の禿中年を交互に見た青年の視線に
もしや嫌がられている?と想像してしまい、光る頭部に冷や汗を流しながら苦笑いを浮かべて弁解した。
実際はそんな事青年は思っていなかったのだが、人間とは深読みをしてしまう生き物である。
「え~、では本日の授業はこれにて終了です。 皆さん各自の部屋に戻り使い魔との親交を深めてください」
波乱も無く儀式が終わった事をコルベールが見届けると、一同に解散を告げる。
「ル、ルイズ! お前は歩いてこいよ!」
「そーだ! な…なんせフライも使えないんだからな!」
結局のところ正体の分からなかったルイズの使い魔に、他の生徒達はなにかしらの怖さを感じたのだろうか。
普段より勢いの無い野次を飛ばしながらそそくさと自分の使い魔を引き連れて杖を振るい、フライで空へ去る。
次々と空を飛んでいく少年少女達を無表情に眺めている青年に、ルイズは声を掛けた。
「私達も、帰るわよ。 後についてきて」
青年は黙したままルイズに視線を向け、付き添うように彼女の傍へ歩み寄った。
フライを使わない事に関して何も言われなかった事に内心安堵しながら、ルイズは寮の方へ歩き始めた。
そんな二人をまだ帰路につかず見つめている人物がいた。
極南海の氷の下のような青髪を短めに切りそろえた眼鏡の少女、タバサだった。
現在ルイズの使い魔となった謎の青年が現れたのをその目で確認した時、タバサは妙なモノを感じていた。
他の生徒達も彼の正体がわからず意見を飛び交わせていたが、どれにも当てはまらないと確信していた。
彼はもっと違うものだ。
自分が遭遇してきたものより、本から蓄えた知識よりもずっと違う。
彼の纏う雰囲気からそう感じ取れたのは、少なくともあの場では自分のみ。
何故こんなに気になる?
亜人なら今までに何度か見てきたというのに。
彼は一体……
「タバサ、どうしたの?」
「……なんでもない」
そんな彼女の思考を知る由もなく、隣にいた赤髪褐色の豊満な体つきをした少女…キュルケが話しかけてきた。
思考の海から脱したタバサはすぐに短い言葉を返し、自分の使い魔となった風竜・シルフィードの首を撫でる。
「……!」
不意に、青年が無表情のままタバサの方を振り返った。
視線を悟られる程彼を見つめた覚えの無いタバサは表情にこそ出さないが動揺した。
しかし青年は何をするでもなくすぐに正面を向き、ルイズにつかず離れずの距離を保って歩いて行く。
タバサは黙ってシルフィードの背中に乗った。
近頃頻繁になりつつある乱心した貴族の鎮圧の任務がまた今夜もある。
乱心した貴族の周りの者達も同様に暴れだす事から、謎の奇病ではとの噂も絶えない。
この騒動の本格的な解決にはまだまだ時間がかかるだろう。
解決する頃にはきっと、母の心も治ると信じていたい。
タバサは隣の友人も竜の背に誘導し、曇る空へ舞い上がった。
◇
時刻は既に夜となり、就寝時間を控えたルイズは緊張の糸が切れた思考回路のまま着替え始めた。
薄桃色のネグリジェを頭から被って着替え終え、鏡台の前へ座ってピンクブロンドの髪に眠い目で櫛を通す。
脱いだ服を洗濯籠へ放り込み、ベッドへ突っ伏して目を閉じかけた辺りでバッと跳ね起きる。
「そっ…そうだ、なんでこんな肝心な事忘れてたのよ」
寝る前に髪へ櫛を通す事も食事も忘れなかったのに、今更ながら大きな事を思い出した。
何故儀式の時に頭から抜けていたのか…多分緊張と驚愕の所為だろう。
ともかくルイズは青年の方へ振り返ると、ランプも当に消してしまった室内で窓辺に佇む彼に問うた。
「貴方…名前は?」
昼間の暗雲が晴れ煌々と輝く二つの月を見ていた青年はゆっくりと振り返る。
人のソレとは異なる配色を持つ瞳が、月に照らされるルイズを見据えた。
『私の名は…』
赤と青の月光を背に受け、彼は無表情のまま、口を開かずに答えた。
『ラミア』
答えた青年の眉間の辺りに、言葉に合わせて光が微かに明滅した。
虚無なりし者 おわり
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