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#navi(虚無と最後の希望)
level-24「境遇」
ワートホグが地を駆ける、水素エンジンが唸りを上げて四輪に駆動力を与えて進む。
それを運転するのはSpartan-117、通称マスターチーフと呼ばれる大男。
緑色の所々色が剥げたヘルメットの前面に、金と橙の合い色には流れる景色を映し、それをヘルメットの内側から捉えていた。
ペダルを踏み込みエンジンを回し、出来るだけ揺れないよう注意を払いながらハンドルを動かす。
その運転するマスターチーフの隣、助手席に座るのは二人の少女。
ピンクブロンドの長い髪を揺らす小柄なルイズと、肩で揃えたつややかな黒髪のシエスタ。
高速で流れる、馬の最高速度以上で流れる景色。
疾うに慣れたルイズは馬とは違う景色を眺め、初めて乗るシエスタは堅く瞼を閉じ身を縮こませてルイズにしがみ付いていた。
「ほら、そんなにしがみ付かなくても危なくないわよ」
車体が揺れるごとにシエスタは小さく悲鳴をあげ、腕を強く握られるルイズは少々うんざりしていた。
危なかったら乗るわけないじゃないの、とシエスタに言い聞かせる。
そう言われて、勇気を振り絞り瞼を開き、楽しむと言うほどではないが流れる景色と風を感じていた。
そんな事が起こりつつも、チーフはワートホグは何時間も走らせる。
馬で行けば軽く三日は掛かるだろう道のりを、三分の一にまで縮めようと進む。
馬と違って、チタニウム合金を主とした車体と水素燃焼によって回るエンジンは休憩を必要とせず。
満タンまで高濃度水素水を補充しておけば、距離にして八百キロ近くまで走らせることが出来る。
トリステイン魔法学院からタルブの町を二往復してもまだ余裕がある。
無論車がそれを可能としても、搭乗者はそれに耐えられない。
早朝からワートホグを走らせ、二度休憩を挟んでも行程の三分の一を消化していた。
日は高く上り、時間帯としては昼食を取るくらいの時間。
半日戦い続ける事が出来るマスターチーフと違って、助手席に座る二人は未だ成人していない女性。
体力的にチーフが問題なくとも二人には問題がある、故に昼食を取るついでに休憩を挟む事とした。
ワートホグのスピードを緩めつつ、空に向かって左手を振る。
それを見ていたのは空を羽ばたく青い風竜、一つ鳴いてその背に乗る二人へと声を掛けた。
タルブへと行ける街道の脇、六人座っても余る手頃な広さ。
「ごはんー、ごっはんー」
と人型に変身して全身を包むローブだけを纏ったイルククゥが、おなか減ったーと足をばたばた動かしていた。
それを見てタバサが自身より長い杖を操り、ちょうど良い高さの倒木に座ったままイルククゥの脳天に振り降ろした。
じっとしていろ、まるでそう言わんばかりに一度見て、手に持っていた本に再度視線を落とす。
「いたいのね!」
叩かれ両手で頭を押さえ、ごろごろと転がるイルククゥ。
「ほらほら、そんな風に転がってるとまた叩かれるわよ?」
それを見てキュルケがイルククゥを引っ張り起こし。
「すぐ出しますから、じっとしててくださいね」
と、シエスタが包装していたサンドイッチを取り出し。
「うるさいわねぇ」
ルイズはその光景を見つつ、手に持ったコップに入った水を飲む。
「あ、ありがとうございます」
チーフは銃座の隙間に乗せてあった荷物を解き、中から食事に必要な道具を取り出してシエスタに渡す。
そのまま背中のバトルライフルを手に取り、セーフティを外してワートホグの傍らで待機する。
「はい、どうぞ」
座っている各々にサンドイッチを渡していくシエスタ。
「チーフさんも」
そう言ってチーフにも手渡してくるも。
「食事は間に合っている」
右手のひらを向け、ゆっくりとサンドイッチを押し返す。
チーフは朝ルイズを起こす前に十分な食事を取っていた、昼食を一度抜いた位で力が出なくなる訳でもない。
学院ほど安全ではない街道で、態々隙を晒してまで無理やり食事を取るほど切羽詰っても居ない。
そんな考えがあり、「すまない、ありがとう」とシエスタに断るが。
「食べるのね!」
と口端にパンくずをつけたイルククゥがいつの間にか傍に居て、シエスタからサンドイッチを横取りして突き出してくる。
「食べていいぞ」
それを見てチーフは逆に進め、それを聞いたイルククゥは手に持つサンドイッチを反射的に頬張ろうとしたが。
はっと気が付いて、開けた口を閉じる。
「これはお兄様の分なのね」
そう言って無理やり手に持たせてくるイルククゥ、それに視線を落とせば。
「私も食べた方が良いと思います」
シエスタもその方が良いと言う。
「警戒するのは分かるけど、思いっきりメイジだと分かるのに襲ってくる馬鹿なんて早々居ないと思うわよ?」
倒木に腰掛けているキュルケ。
「食べられる時に食べる」
同じようにタバサも相槌を打ち。
「チーフが食べたくないって言ってるんだからいいじゃないの」
ルイズだけが好きなようにさせろと言った。
「すまないが今は必要ない、食べていいぞ」
そう言ってイルククゥに手渡すが。
「だめなのね! これはお兄様が食べるの! だから早くそれを取るのね!」
サンドイッチを持っていない右手の人差し指をチーフのヘルメット、つまり顔へと向ける。
「………」
チーフはなるほどと思う、アルビオンの時と同じように顔見たさに無理やり勧めてくるイルククゥ。
あの時のがよほど悔しかったのか、意固地になったように腕を振っている。
他の四人もチーフの顔へと視線が注がれ、興味があると言った感じが見える。
「それは駄目だ」
だからこそもう一度しっかり言っておく。
「軍法で決められている、必要性がない限り絶対に見せる事はない」
例えチーフが軍法を犯し、処罰する必要が出てきたとしても。
判決を決め罰を下す者が居ない、今現在軍法を知り従う者がチーフしか居ないからだ。
法とは定められた事に多数の者が従い、違反すれば強制的に制裁を加える事実により秩序を生み出す物となる。
たった一人、単身のみでは法に従う事は出来ても、法を執行する事は出来ない。
法を犯し罪を咎める者が居らずとも、自身を律して歪みを生まないようにする。
自分だけしか居らず誰にも知られないから、そんな事で法を犯していれば帰った時に必ずその歪みがどこかで現れる。
マスターチーフの役目からすればそんなものは必要としないし。
そもそも幼少の頃より命令と軍法は絶対遵守と叩き込まれているのでわずかにも思わない。
「腹が減っているんだろう」
50センチ以上もの差、見上げるイルククゥと見下ろすチーフ。
「二人を乗せて飛ぶんだ、遠慮無くしっかり食べろ」
イルククゥが力を入れすぎたせいか、少し歪んだサンドイッチを出来るだけ優しく握らせる。
それを握らされるイルククゥは不満そうに頬を膨らます。
「分かってくれ」
イルククゥよりも二周りも大きな手を肩に置く。
「じゃあ見なくていいからどんな顔なのか教えて欲しいのね!」
別の方面からのアプローチ、せめて想像できるだけの情報が欲しいとイルククゥ。
それに対してチーフ、ではなくルイズが割り込む。
「そこのばか竜! チーフが出来ないって言ってるでしょ!」
「ちび桃には関係ないのね! シルフィはお兄さまに聞いてるのね!」
「なんですって!?」
ルイズとイルククゥが睨みあい、自分でこの話を終わらせる発言をしてしまった。
「お姉さまはお兄さまに守ってもらえばいいのね! もう少しすればお姉さまだってタマゴを生む年頃な──」
そこまで言ってイルククゥの頭に、先ほどより強烈な打撃。
「い、いたいのね!」
ガツンと結構大きな音と共にイルククゥの頭が大きく下がる。
頭を抑えながら振り返ればそれを行ったタバサが感情の無い表情で再度振り下ろしていた。
一方なるほど、竜は卵生なのかと叩かれたイルククゥが放り出したサンドイッチを受け取りながら、違う事を考えるチーフ。
「お兄さまならお姉さまをちゃんと守、いたいいたい!」
転がるイルククゥに追撃を掛ける、タバサはこいつは何を言ってるのかと言う様に黙々と振り下ろし続ける。
「ま、まだ叩く気なのね!? シルフィの頭がでこぼこになっちゃうのね!」
逃げ出すも追いかけて杖を振る。
人型のまま走るも、機敏なタバサがすぐさま追いつきがんがんと振り下ろす。
「ちょ、ちょっと……、もうそれ位で許してあげたら……?」
つい先ほどまで怒っていたルイズさえ冷静になるような光景。
その声を耳にしたタバサは僅かに顔を向けて一言。
「言っても分からない」
と、構わず叩き続けていた。
その後、もうこの事は話にしないと半泣きのイルククゥが謝ってくる。
タバサも迷惑を掛けてごめんなさいと謝ってきて、咎める理由も無いのでチーフは気にするなと返した。
そんな光景を、倒木に座って眺めるルイズとキュルケ。
「まぁ、確かにチーフの顔を見てみたいと思うけど、犯罪になるなら無理よねぇ」
「それなら無理よ、無理。 誰にも見せてやれないんだから」
「そうねぇ、大体イメージ通りだと思うけど」
声やその性格と、それ位しか判断材料は無いが。
鋭い眼差しに、緩みという物を知らない引き締まった顔。
十人が十人、マスターチーフの顔を見て軟弱な男とは見ないだろう。
そんな素顔があのヘルメットの下にはあると、容易に想像できた。
「機会があれば見られるかもしれないけどね」
「……そうね」
ヘルメットを外した僅かな隙に覗き見るか、進んで見せてくれるか。
前者はともかく、後者だと帰ることを諦めた時。
今回の事もあり、やっぱりチーフは帰る気が無くなっていないとそう考えるルイズだった。
昼食後、腹ごなしの為少々時間を置いた後、一行はワートホグやシルフィードに乗り込んで進みだす。
そのまま街道を進み続けて昼を越え、夕暮れを越え、訪れたのは夕闇。
夜通し走り続けるのは負担をかける、完全に日が落ちる前に寝床を作っておこうとワートホグを停めた。
チーフのみならば野晒しであっても、着込んでいるアーマーが雨風を防ぎ内部で空調を整える為問題ないが。
やはりチーフ以外のルイズたちはそんな物はない為、雨風を凌ぐ物が必要。
適度な設営スペースにテント、UNSCが使用する簡易テントを黙々と一人で組み上げていく。
ハルケギニアで使用されるテント、天幕とは隔絶した機能性を持つ。
完全に雨を凌ぎながらも、高い通気性を保持している為に蒸し暑い夜でもそれなりに過ごせるだろう。
5人で寝る分でも十分な広さ、そのテントを立て上げ組み上げた。
彼女らが上に掛ける毛布も中に置いてある、寝床の準備は整った。
そうしてチーフは空を見上げる、そこにはこの惑星の周りで公転する衛星が二つ。
緑青の光を放つ一つ目の月と、もう一つはそれより小さく見える赤を薄めたような色を放つ月。
恐らくは衛星として構成する物質がそれぞれ違うのだろう、その差が太陽光を反射して見える色の違い。
勿論天文学など全く持って分からないので、それがただの予想でしかないのだが。
その明るい月の光を浴びながら、夕食の為火に掛けられた鍋の周りに集まり5人。
鍋の前に座り、中をかき混ぜつつシエスタが小瓶を鍋の中へと振りかける。
なんでも彼女の生まれ故郷、タルブに伝わる料理だそうで『ヨシェナヴェ』と言うらしい。
作り方は非常に簡単で、沸騰させたお湯にいろんな食材を入れるだけ。
肉や野菜、出汁にキノコを入れて、シエスタが先ほど振り掛けていたのはヨシェナヴェ用の調味料らしい。
もう一つ火に掛けている鍋には、黄白色のとろみがあるスープ。
こちらも一般的なシチューではなく、シエスタの曽祖父が伝えたタルブ独特のシチューらしい。
それを前にチーフを除く5人の嗅覚を刺激し、食欲をそそる。
そうして食事が始まり、イルククゥが勢いよく食べ始め、黙々とながらもイルククゥに劣らぬ速度でタバサが続く。
その様子を見ながら、ルイズとキュルケとシエスタは食べ始める。
チーフは来た道と行く道を見て、どちらからも通行が無い事を確認する。
今居る場所は小さな森のすぐ脇、十分もあれば通り抜けられるほどの小さな森。
ここなら襲われてもワートホグの壁に出来、遮蔽物の多い森へと逃れる事も出来る。
その逆も可能と、一番気が緩むだろう食事時に気を引き締めるチーフ。
「……チーフ、野外だから仕方ないとは思うけどね。 お昼も言ったように私たちはメイジなのよ?」
座るキュルケが、食事を始める前に辺りを見回すチーフを見て話す。
「ルイズやメイドはともかく、私やタバサは自分で自分の身を守れるわ。
チーフだって人間でしょ? ずーっと食事も睡眠も取らないなんて駄目よ。
少なくともチーフが食事を取るくらいの時間は作れるわ、その少しの時間だけでも私たちを信用してくださらない?」
そう言ったキュルケはタバサに視線をやり、もう一度チーフへと向ける。
真っ直ぐ見つめるキュルケに、タバサも同じようにチーフを見て杖を手に取って立てる。
シチューを口に含んでいたルイズは飲み込み、口を拭いてからチーフを見て言った。
「癪だけど、キュルケの言う通りだわ。 私が寝る時もずっと立ってるし、いつ寝てるかもわからないし」
デルフリンガーだっけ? 私が寝てる時も立ったままよね?
と、ルイズがチーフの腰にぶら下がる剣に向かって聞く。
「娘っ子が言うとおりだな、相棒が座ってる時なんて鉄の部屋に篭ってる時ぐらいだ。
頭に被ってる金ぴかのせいで、目を開けてるかどうかすらわかりゃしねぇよ」
カチンカチンと金具を鳴らしてデルフリンガー。
喋れると言うだけで食事の時など、顔が見えないよう物陰に置かれている。
勿論ヘルメット前面、デルフいわく金ぴか部分は完全不可視。
外からは見えないので、表情どころか瞼を開いているかさえも分からない。
「お兄さまは、ちび桃助けに行った、ときもずっと起きて、たのね」
モグモグと食べながらイルククゥ、器用に咀嚼しながら口を尖らせていた。
「………」
キュルケが、タバサが、イルククゥが、シエスタが、そしてルイズがチーフを見る。
その視線には有無を言わせないと言う意思が有った、断っても何かしらに理由を付けて食事などを取らせようとしてくるだろう。
「……わかった」
逆らっても良い事はなさそうだ、そう考え休憩を取る事を選ぶ。
「だが、そちらの食事が終わってからだ」
「いいえ、先にチーフね」
「そうね、先に食べて」
「睡眠も必要」
「食事と睡眠を取らないなんて、私も駄目だと思います」
「そしてお兄さまの顔──」
イルククゥの頭に杖が振り下ろされる。
「それは冗談よ、覗かないし寝ている時も近寄らないから」
「……わかった、少しだけ休ませて貰う」
食える時に食う、寝れる時に眠ると。
敵襲に警戒はするが、次に安心して休息が取れるかどうか分からない。
ここは彼女たちの好意を受け取っておくと、チーフはそう考える。
そうして腰からデルフリンガーを外し、ワートホグに立てかける。
「周囲は見えているな」
「見えねーが分かるぜ、誰か近寄ってきたら教えるさ」
それを聞いて頷くチーフ。
「はい、どうぞ」
歩き出してシエスタが皿によそったシチューとスプーン、そしてパンを受け取りそのまま森へと入る。
丁度良さそうな太い木の影に入り、しゃがみこんでヘルメットへと手を掛ける。
「い、いたいのねー!」
後ろで何かを叩く音と、イルククゥの悲鳴が聞こえる。
やはり覗こうとしてタバサに叩かれ止められたのだろう。
それを聞きながら、僅かに空気が抜ける音を出してヘルメットを脱ぐ。
明るい月からの光を木々の葉の天井が遮り、僅かばかりにチーフの素顔を浮かび上がらせた。
まず一番に目に入るのは、その肌の色だろう。
不自然なまでに、病的と言って良いほど青白い肌色。
それは先天性白皮症や先天性色素欠乏症と言った、いわゆるアルビノと言った遺伝子疾患などではなく。
長年アーマーを着続けているせいで、日光などでの日焼けが殆ど無い為に起こるもの。
勿論その対策も講じてある為、これが原因の病気に掛かる事は無い。
その青白い肌を下地に、見えるのは短く刈り込んだ少々くすんだ茶色の髪。
顔全体的は彫りが深く、その鋭く深い眼差しは髪色と似たブラウン。
少々高い鼻に緩みを知らない引き締まった口元、硬い物でも難なく噛み砕きそうな力強い顎。
青白い肌色であったが、誰が見ても軟弱には見えない屈強な男の顔がそこにあった。
その素顔を晒したままで五分ほどの食事、最後に水を飲み干してヘルメットを被り直す。
イルククゥを除く4人は流石に覗きにはこなかったようだ、覗こうとした者は魔法のロープで簀巻きにされ地面に転がっていた。
「美味かった」
木の裏から出て、皿を重ねながらシエスタに言う。
別にこう言った料理を食べれないと言うわけではないが、大体はレーションなどで代用してしまう。
詳しく言えば時間が無かったりする、そんな事で食事に時間を掛ける事は殆ど無い。
その後は眠れという三人に断って一悶着、なぜか我慢大会になった。
それも数時間と経たず、睡魔で瞼が落ちて眠りにつくルイズ。
首が前後して倒れそうなるルイズを抱え上げ、設営したテントの中へ。
キュルケとタバサ、シエスタは最初から諦め疾うに就寝していた。
ルイズを寝かせて毛布を掛ける、そしてテントの外へ。
イルククゥはシルフィードへ、風竜に戻ってテントのすぐそばで横になっている。
未だ幼生とは言えその体躯は全長6メートルほど、居るだけで獲物と見て襲撃を掛けようとする夜盗などの牽制になる。
「我侭な娘っ子の子守も大変だねぇ、ありゃ将来男を尻に敷くね」
絶対だ、とデルフリンガーが断言した。
「……まだ子供だ、あれで良い」
「いやいや、ありゃ中々厳しいと思うんだがね」
子供だから我侭を言って良いと言う訳ではないが、無邪気や純真で過ごす時も大事だろうと。
6歳の時からSPARTAN-Ⅱ、スーパーソルジャー計画の被験者候補として訓練付けの毎日だったチーフにとって16歳、地球の時間で言えば17歳のルイズが過ごしてきた子供時代に相当する物を、チーフは持っていないのだ。
6歳の頃に才能ありと見出されフラッシュクローン、高速人体複製技術によって作られたクローン体と入れ替えにより拉致紛いに連れ去られた。
そこからはずっと訓練付け、同様に連れてこられた被験者候補の子供たちと生活を共にする。
それから八年後、14歳になる頃にチーフたちは死ぬ確率と半永久的な障害が発生する確率が高い、スパルタンになる為の増強手術を受けさせられた。
結果半分以上となる30名が死亡し、12名が半永久的な障害を持つ事となる手術を乗り越えたチーフ。
その後術後の回復を図るという名目で送られた宇宙空母内で強いられたのは、四対一での死闘であった。
相手はO.D.S.T、前線に出る兵士の中で精鋭と言われる軌道降下強襲歩兵との徒手格闘戦。
そこでチーフは始めての殺人、4人のO.D.S.Tの内2人を殺害し、残り2名に重傷を負わせる事となる。
初めての任務も同年に行われ、銃を手に持ち反乱軍を相手に生死が掛かった任務をこなした。
そんなチーフにして、今のルイズの生活は輝かんばかりに尊いものに見えるのだ。
勿論厳しいと言えるだろう人生に匹敵するような時間を、ルイズは過ごさないだろう。
恐らくは虚無だと思われるが、今のルイズはその虚無の魔法を使えるわけでもない。
そうなれば戦争が起こり、戦場に出る事も無いだろう。
結局は戦わない事に越した事は無いと、双月を見上げるチーフだった。
翌日、一番最初に目を覚ましてテントから出て来たのはシエスタ。
地平線から日が顔を出す前に起きる辺り、メイドの鏡だろう。
食事の用意を手早く、三十分もすれば食事の準備が整う。
匂いにつられて起きるのはシルフィード、その巨体を持って迫るのでシエスタが戦く。
危ないので人型になって待っていろと言えば、素直に頷いてさっと全裸の人型に変身する。
それはそれで全裸と言う状態に慌てるのはシエスタで、急いでイルククゥにローブを被せてチーフを見る。
「見ちゃ駄目です!」
そう言ったのを聞いて。
「そうだな」
と相槌、すぐにでも食事の準備が整うよう手伝っていた。
そんなこんなで全員が起床し、昨日の晩の事でルイズが文句を言いながらの食事。
終われば少し時間を置いて、ワートホグやシルフィードに乗ってタルブへと向かう。
数時間ワートホグを飛ばして、昼過ぎにはタルブの町に到着した。
大きな音を立てる鉄の箱と、降りてくる風竜に驚きつつも、その中からシエスタを見つけて問いかける町民たち。
簡潔に説明し、シエスタの家へと向かう事に。
シエスタが「ただいま」と先頭で入り、ルイズたちが続いて、最後にチーフが頭を下げながらドアを潜る。
最後に入ってきた現れた緑色の鎧を着た大男に驚くシエスタの父に、シエスタは怪しい人物ではないと説明。
その後チーフは来た目的、ペリカンの事とその操縦者であったシエスタの曽祖父の事を聞きたいと切り出す。
ならば孫であるシエスタの祖父、操縦者の子である祖父に話を聞いた方が良いだろうと部屋の奥へと一行は進もうとするが。
「……申し訳ありません、貴族様。 父はかなりの高齢でして、余り多くで押し掛けると……」
シエスタの父が申し訳なさそうに言うと。
「すぐ死ぬわけじゃないでしょうけど、途中で体調を崩されてもチーフが困るわね」
ルイズが口を開く前にキュルケが何も言えない様に一言。
ギロリとルイズがキュルケを睨むが、飄々としたキュルケは逆に笑みさえ浮かべる。
「ああ、ルイズ。 ペリカン見た事ないんでしょ? だったら早く見ておいた方がいいわよ、ほんとあんなのが空を飛ぶなんて思えないんだから」
「え、ちょっと!」
グイグイとルイズの背中を押してキュルケ、ここに来て身長差。
20サントほどの差は、ルイズには抗いきれない力を生み出して玄関へと押し出されていく。
そんな状況にルイズは助けを求めチーフを見るも。
「終わったらすぐ向かう」
迷いなく見捨てられた。
「……なんじゃ、お前さんは」
ドアを開け、部屋に入るなりの一言。
所々塗装が剥げた緑色の金属と、その下に黒いスーツを纏った身長2メートルを超えた存在が行き成り入ってくれば出てもしょうがない言葉。
ベッドに寝て、顔だけを僅かに向けチーフを見る白髪の老人。
「貴方の父の話を聞かせてもらいたい」
チーフはベッドの脇に膝を着いてしゃがみ、老人を見る
彼がシエスタの祖父であり、ペリカンを操縦した人物の息子。
自分は貴方の父と同じ惑星、では通じないので、少し崩して同じ国の出身者だと話して彼が何処から来たのかなど聞かせて欲しいとチーフは言う。
それを聞いた翁、何度か瞬きをしてチーフへと声。
「……お前さんも同じかね?」
「……はい」
ゆっくり、かつ深く頷く。
それを見て翁は顔を戻して天井に視線を向けた。
「私が知る事は少ない、母も多くを知らないだろう。
父は自身の事を多くを語ろうとせず、その癖どうでもいい事ばかりを喋っていた」
そうして翁は語る、黒目黒髪の父は働き者でよく自分も遊んでもらったと話す。
仕事が終わり、疲れているだろうに自分が遊んでと言えば笑顔を向けて遊んでくれたと。
「名前は」
「……タケオじゃ」
「貴方はペリカンが飛んでいる所を見た事は」
「ある、が乗ってみたいと言っても乗せてくれんかった」
残念そうに翁、チーフはそれを見て振り返る。
ドア付近に居たシエスタとその父に視線をやり。
「遺品などは」
「少ないですがありますよ」
「見せてもらっても」
「分かりました、今持ってきます」
二人して部屋を出て、遺品を取りに行った。
「……父は優しかった、いつも笑顔を浮かべて遊ぶ私を見て微笑んでいた」
翁は再度語り出し、チーフはそれに耳を傾ける。
「……私が少しだけ知っている事を話そう。 父はこの大地ではない、どこか誰も知らない場所で生まれたと言う」
そして父は戦う者であり、帰らねばならなかったと翁は話す。
「だが帰る方法はない、だからこそ私たち家族と居る事を選んだと言っておった」
チーフはそれを聞いて少なからず落胆した、帰る手段がないという事に。
残る手段は二つ、サモン・サーヴァントの逆、召還の魔法か。
救難信号を受け取った友軍に迎えに来てもらう事位。
後者は後者でかなり確率は低い、何せ救難信号は疾うの昔から出しているだろう。
少尉が地球へと帰れなかったのは、もう数十年と救援が来ていないと言う事だからだ。
「……感謝する」
落胆せざるを得ないが、収穫があったのは間違いない。
チーフとしては得たくはない事実ではあったが。
翁、シエスタの祖父に礼を言って立ち上がった時、ドアが開いて両手に一杯の物を持った二人が入ってきた。
「お待たせしました、これが祖父の遺品です」
腕の内にはチーフにとって見慣れた物、海兵隊の戦闘服があった。
ヘルメットと銃弾などを防ぐバトルアーマー、袋の中にはジャラジャラと金属、解体された銃器。
シエスタが持っていたヘルメットを受け取り、内側に手をあてレコードチップがあるかどうかを確かめる。
手に感触、そのまま掴み引き抜く。
「……なんですかそれ?」
「情報だ」
聞いてきたシエスタに言って、チーフは後頭部にあるスロットへチップを差し込む。
差し込み確認の文字がヘッドアップディスプレイに映り、チップ内容の検索へと以降。
だが検索がすぐに停止し、暗号が掛けられていると警告を発する。
その暗号に対し、UNSCの正規の暗号解読を掛ければすぐに解除される。
それと同時に再生、PLAYの文字が表示される。
『──これを聞いていると言う事は、暗号を正しく解除したって事なんだろう』
その言葉から始まる、チップに残された音声データ。
それを再生する直後におかしな事に気が付いた。
ヘッドアップデイスプレイには『> 録音再生ビュー[ 2531.6.17.22:36:43 ]開始』と表示されていた。
これを見てチーフは矛盾が発生していると考えた、シエスタの曽祖父が現れたのは今から百年ほど昔の事。
チーフが知る年月、今は西暦2553年であると言うのに、この音声データ開始日時は西暦2531年となっている。
『自分はUNSC海兵隊、タケオ ササキ少尉。 任務の為にここ、タルブの町に腰を据える事になった』
この記録日時が正しければたった二十二年、二十二年前にタルブへと現れ、今から十数年前に亡くなったと言う。
ありえない、時間の流れが狂っている。
『任務内容は情報収集、ある程度の情報を集めた時点で俺たちの一部言語が通用する事がわかってその言語に通じる俺が選ばれた』
とりあえず年月の矛盾を一度頭から外して聞く。
周囲を探索して状況把握に努め、この大地が未知の惑星、それも人類が知り得ていない銀河系と判明した事。
この惑星固有と思われる原住生物を調査したり、人類に極めて類似した直立二足歩行を行う生物の発見など。
高度に組み上げられた言語を持ち、円滑なコミュニケーションを可能として生息する生物。
当初殖民してきた地球人類ではないかと言う疑問が浮かび上がったが、調べれば調べるほど科学技術。
特に機械工学が全くと言っていいほど見られない、地球人類が五百年以上前に過ごしていた時代と近いなど。
それはチーフのある程度の予想と一致していた、無論魔法などと言う科学技術では説明がつかない様なものがある。
そんな物があると信じられていたのは二十世紀より前の、今から六世紀以上昔の妄想や想像、創作物の大昔。
チーフも体験し、現在進行形でその恩恵を受けていなければ。
魔法が存在すると主張する人物の肩に手を置いて、ゆっくり休めと休息を促していただろう。
音声記録が所々途切れつつ、年を経て、数ヶ月から数年のスパンで語られる情報。
数分の報告後に一度終了し、再開された時には声に張りが無くなっている。
それは老化を表現していた、生物なら何に対しても起き得る現象。
数十年掛かり、そして帰る事が叶わなかった一海兵隊員の言葉。
これはチーフにおける、来るかもしれない未来の一つだった。
「………」
「ちーふさん? どうしたんですか?」
「……タケオがタルブに現れたのは何年前だ」
「えっと……、今からですと百年ほど前ですね」
やはりおかしい、どう考えても年月の矛盾が浮かび上がる。
録音開始の時点で2531年で22年前、終了の最終日付は2601年の50年ほど先の未来。
そして今知る、アーマーでカウントされている日付は2553年。
この世界の公転周期は384日、正確かどうかは判断しかねるが、これから考えると地球との時差は5年前後のはず。
レコードチップの日付が正しければ、チーフが今知る年月は2620年前後でなくてはいけない。
チーフが今知る年月が正しければ、このレコードチップの開始日付は2453年前後でなくてはならない。
いくら考えようと整合性が合わない、何度確かめてもそのズレは変わらない。
「そうか」
これが帰るための足掛かりになるか、疑問に思わざるを得ない。
実は関係していると言う話で調べるにしても、時間が歪む原因を調べるには相応の大規模な設備が必要となる。
無論そんなものを保持しているわけが無いチーフにとって、調べる事は夢のまた夢に過ぎない。
つまり否が応にも無視しなくてはいけない事実、そうと決めたらすぐに頭を切り替える。
その後シエスタの父と祖父に礼を言い、ペリカンのことを話す。
自分はあれを今必要としている、申し訳ないがペリカンの所有権はシエスタの曽祖父ではなく彼が所属していた軍の物。
飛べるようであれば自身が利用するが、飛べないようであるなら動かせないよう中を完全に破壊すると断る。
それを前に翁はペリカンの中には入れたら自由にしていいと言った。
チーフの言葉が本当であれば、息子である翁ですら開けられない乗客室兼貨物室のドアを開けられるはずだと。
チーフはそれに頷き、翁の部屋を後にし開けられるかどうかを確認する為にシエスタがチーフの後について歩く。
ペリカンが置かれている場所はタルブの町から少し離れた草原の傍。
建てられている寺院の隣に木の板で覆われた、高さ10メートル、縦横40メートルはある大きな掘っ立て小屋があった。
その掘っ立て小屋の壁に付いた簡素なドア、2メートルほどのそれを潜りながら小屋の中に入る。
中に入れば、視界に広がる鋼鉄の塊。
鳥類のペリカンと呼ばれているが、別に姿形が似ていると言うわけでもない。
真上から見れば大きな三角の下から小さな三角が縦に食い込み繋がっているように見える。
正面から見れば丈夫に丸みを持つ縦に潰れた逆三角形。
コックピットから乗員室まで太く、全体で見れば申し訳ない程度に可動式翼が付いている。
縦に周る左右の可動翼スラスターと、機体後部に付いた同様の二つのスラスター。
そしてその可動翼の下部に一つずつ付いた小型スラスター。
メイン四つとサブ四つの偏向推力で姿勢制御を行う、垂直離着陸機。
その偏向推力は大気圏離脱を可能とする推力を長時間発生させる事が出来、宇宙空間でも航行が可能。
機体表面には放熱シールド加工されており、大気圏突入も可能と言う多目的航空支援機。
「ねえ、チーフ。 これって本当に飛ぶの?」
小屋に入るなり機体表面の状態を確かめていたチーフに、先に来ていたルイズが問い掛ける。
この世界の住人からすれば、このような金属で出来た物体が風石無しで飛ぶなど思いもよらないだろう。
「今確かめる」
歩き出してペリカン後部へと回り込んで、きっちりと閉まっているカーゴハッチの隣のパネルを開く。
素早くパネル操作、ハッチ開放を入力する。
そうすると音を立ててカーゴハッチが下開きにて開く、それを見てシエスタとその父は驚きを表情に表した。
何をしようとも開かなかったのが、軽く触るだけで自動的に開くなどと思いもしていなかったのだ。
チーフはそのままカーゴ、乗員室兼貨物室に入り、その奥のコックピットへのドアへと向かってスライドしたドアを潜る。
「………」
前後として座席が並んでいる複座型のコックピット、それの前に座って目に見える損傷が無いか確かめ。
完全に停止している計器を触り、コントロールシステムを立ち上げる。
「はぁー、すごいわねぇ……」
チーフと同じように乗り込み、コックピットへと顔を出すルイズ。
「何してるか分からないけど、これって飛ぶの?」
続いてルイズの後ろから頭を出すキュルケ、視線の先はコックピットの外で外から見つめてくるタバサに向けられている。
チーフは燃料の残量、可動翼スラスターの動作、コントロールシステムと異常が無いか調べ上げ。
「飛べる」
そう断言した、シエスタたちの話が本当であれば製造されて100年以上経過しているにも拘らずどれもが正常値。
恐らくは固定化の魔法でも掛けられているのだろう、でなければ錆一つ無いほどの整備を施した少尉に感服する。
ペリカンに搭載されているモーショントラッカーを起動、ニョルニルアーマーのとは比べ物にならないほどの広範囲。
ペリカンに匹敵するような大きさの動体反応は無く、強化ガラスを通して小屋の天井を見上げる。
飛ぶにしても天井が邪魔になる、そう考えた所で通信に反応があった。
それはペリカンから別の何かへと通信。
チーフが開いた訳ではない通信、それに危険を感じてすかさず通信を遮断しようとするが。
『……おや? 誰かと思えばスパルタンとは、予想外でしたね』
通信機越しに、僅かに入るノイズの向こうに女性の声が聞こえた。
「誰だ」
唐突の通信に硬くしたチーフ、だが相手は何事も無く名乗る。
『これはこれは、私はフェニックス級強襲揚陸艦『スピリット・オブ・ファイア』艦載A.I、『セリーナ』。 歓迎しますよ、S-117』
#navi(虚無と最後の希望)
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level-24「境遇」
ワートホグが地を駆ける、水素エンジンが唸りを上げて四輪に駆動力を与えて進む。
それを運転するのはSpartan-117、通称マスターチーフと呼ばれる大男。
緑色の所々色が剥げたヘルメットの前面に、金と橙の合い色には流れる景色を映し、それをヘルメットの内側から捉えていた。
ペダルを踏み込みエンジンを回し、出来るだけ揺れないよう注意を払いながらハンドルを動かす。
その運転するマスターチーフの隣、助手席に座るのは二人の少女。
ピンクブロンドの長い髪を揺らす小柄なルイズと、肩で揃えたつややかな黒髪のシエスタ。
高速で流れる、馬の最高速度以上で流れる景色。
疾うに慣れたルイズは馬とは違う景色を眺め、初めて乗るシエスタは堅く瞼を閉じ身を縮こませてルイズにしがみ付いていた。
「ほら、そんなにしがみ付かなくても危なくないわよ」
車体が揺れるごとにシエスタは小さく悲鳴をあげ、腕を強く握られるルイズは少々うんざりしていた。
危なかったら乗るわけないじゃないの、とシエスタに言い聞かせる。
そう言われて、勇気を振り絞り瞼を開き、楽しむと言うほどではないが流れる景色と風を感じていた。
そんな事が起こりつつも、チーフはワートホグは何時間も走らせる。
馬で行けば軽く三日は掛かるだろう道のりを、三分の一にまで縮めようと進む。
馬と違って、チタニウム合金を主とした車体と水素燃焼によって回るエンジンは休憩を必要とせず。
満タンまで高濃度水素水を補充しておけば、距離にして八百キロ近くまで走らせることが出来る。
トリステイン魔法学院からタルブの町を二往復してもまだ余裕がある。
無論車がそれを可能としても、搭乗者はそれに耐えられない。
早朝からワートホグを走らせ、二度休憩を挟んでも行程の三分の一を消化していた。
日は高く上り、時間帯としては昼食を取るくらいの時間。
半日戦い続ける事が出来るマスターチーフと違って、助手席に座る二人は未だ成人していない女性。
体力的にチーフが問題なくとも二人には問題がある、故に昼食を取るついでに休憩を挟む事とした。
ワートホグのスピードを緩めつつ、空に向かって左手を振る。
それを見ていたのは空を羽ばたく青い風竜、一つ鳴いてその背に乗る二人へと声を掛けた。
タルブへと行ける街道の脇、六人座っても余る手頃な広さ。
「ごはんー、ごっはんー」
と人型に変身して全身を包むローブだけを纏ったイルククゥが、おなか減ったーと足をばたばた動かしていた。
それを見てタバサが自身より長い杖を操り、ちょうど良い高さの倒木に座ったままイルククゥの脳天に振り降ろした。
じっとしていろ、まるでそう言わんばかりに一度見て、手に持っていた本に再度視線を落とす。
「いたいのね!」
叩かれ両手で頭を押さえ、ごろごろと転がるイルククゥ。
「ほらほら、そんな風に転がってるとまた叩かれるわよ?」
それを見てキュルケがイルククゥを引っ張り起こし。
「すぐ出しますから、じっとしててくださいね」
と、シエスタが包装していたサンドイッチを取り出し。
「うるさいわねぇ」
ルイズはその光景を見つつ、手に持ったコップに入った水を飲む。
「あ、ありがとうございます」
チーフは銃座の隙間に乗せてあった荷物を解き、中から食事に必要な道具を取り出してシエスタに渡す。
そのまま背中のバトルライフルを手に取り、セーフティを外してワートホグの傍らで待機する。
「はい、どうぞ」
座っている各々にサンドイッチを渡していくシエスタ。
「チーフさんも」
そう言ってチーフにも手渡してくるも。
「食事は間に合っている」
右手のひらを向け、ゆっくりとサンドイッチを押し返す。
チーフは朝ルイズを起こす前に十分な食事を取っていた、昼食を一度抜いた位で力が出なくなる訳でもない。
学院ほど安全ではない街道で、態々隙を晒してまで無理やり食事を取るほど切羽詰っても居ない。
そんな考えがあり、「すまない、ありがとう」とシエスタに断るが。
「食べるのね!」
と口端にパンくずをつけたイルククゥがいつの間にか傍に居て、シエスタからサンドイッチを横取りして突き出してくる。
「食べていいぞ」
それを見てチーフは逆に進め、それを聞いたイルククゥは手に持つサンドイッチを反射的に頬張ろうとしたが。
はっと気が付いて、開けた口を閉じる。
「これはお兄様の分なのね」
そう言って無理やり手に持たせてくるイルククゥ、それに視線を落とせば。
「私も食べた方が良いと思います」
シエスタもその方が良いと言う。
「警戒するのは分かるけど、思いっきりメイジだと分かるのに襲ってくる馬鹿なんて早々居ないと思うわよ?」
倒木に腰掛けているキュルケ。
「食べられる時に食べる」
同じようにタバサも相槌を打ち。
「チーフが食べたくないって言ってるんだからいいじゃないの」
ルイズだけが好きなようにさせろと言った。
「すまないが今は必要ない、食べていいぞ」
そう言ってイルククゥに手渡すが。
「だめなのね! これはお兄様が食べるの! だから早くそれを取るのね!」
サンドイッチを持っていない右手の人差し指をチーフのヘルメット、つまり顔へと向ける。
「………」
チーフはなるほどと思う、アルビオンの時と同じように顔見たさに無理やり勧めてくるイルククゥ。
あの時のがよほど悔しかったのか、意固地になったように腕を振っている。
他の四人もチーフの顔へと視線が注がれ、興味があると言った感じが見える。
「それは駄目だ」
だからこそもう一度しっかり言っておく。
「軍法で決められている、必要性がない限り絶対に見せる事はない」
例えチーフが軍法を犯し、処罰する必要が出てきたとしても。
判決を決め罰を下す者が居ない、今現在軍法を知り従う者がチーフしか居ないからだ。
法とは定められた事に多数の者が従い、違反すれば強制的に制裁を加える事実により秩序を生み出す物となる。
たった一人、単身のみでは法に従う事は出来ても、法を執行する事は出来ない。
法を犯し罪を咎める者が居らずとも、自身を律して歪みを生まないようにする。
自分だけしか居らず誰にも知られないから、そんな事で法を犯していれば帰った時に必ずその歪みがどこかで現れる。
マスターチーフの役目からすればそんなものは必要としないし。
そもそも幼少の頃より命令と軍法は絶対遵守と叩き込まれているのでわずかにも思わない。
「腹が減っているんだろう」
50センチ以上もの差、見上げるイルククゥと見下ろすチーフ。
「二人を乗せて飛ぶんだ、遠慮無くしっかり食べろ」
イルククゥが力を入れすぎたせいか、少し歪んだサンドイッチを出来るだけ優しく握らせる。
それを握らされるイルククゥは不満そうに頬を膨らます。
「分かってくれ」
イルククゥよりも二周りも大きな手を肩に置く。
「じゃあ見なくていいからどんな顔なのか教えて欲しいのね!」
別の方面からのアプローチ、せめて想像できるだけの情報が欲しいとイルククゥ。
それに対してチーフ、ではなくルイズが割り込む。
「そこのばか竜! チーフが出来ないって言ってるでしょ!」
「ちび桃には関係ないのね! シルフィはお兄さまに聞いてるのね!」
「なんですって!?」
ルイズとイルククゥが睨みあい、自分でこの話を終わらせる発言をしてしまった。
「お姉さまはお兄さまに守ってもらえばいいのね! もう少しすればお姉さまだってタマゴを生む年頃な──」
そこまで言ってイルククゥの頭に、先ほどより強烈な打撃。
「い、いたいのね!」
ガツンと結構大きな音と共にイルククゥの頭が大きく下がる。
頭を抑えながら振り返ればそれを行ったタバサが感情の無い表情で再度振り下ろしていた。
一方なるほど、竜は卵生なのかと叩かれたイルククゥが放り出したサンドイッチを受け取りながら、違う事を考えるチーフ。
「お兄さまならお姉さまをちゃんと守、いたいいたい!」
転がるイルククゥに追撃を掛ける、タバサはこいつは何を言ってるのかと言う様に黙々と振り下ろし続ける。
「ま、まだ叩く気なのね!? シルフィの頭がでこぼこになっちゃうのね!」
逃げ出すも追いかけて杖を振る。
人型のまま走るも、機敏なタバサがすぐさま追いつきがんがんと振り下ろす。
「ちょ、ちょっと……、もうそれ位で許してあげたら……?」
つい先ほどまで怒っていたルイズさえ冷静になるような光景。
その声を耳にしたタバサは僅かに顔を向けて一言。
「言っても分からない」
と、構わず叩き続けていた。
その後、もうこの事は話にしないと半泣きのイルククゥが謝ってくる。
タバサも迷惑を掛けてごめんなさいと謝ってきて、咎める理由も無いのでチーフは気にするなと返した。
そんな光景を、倒木に座って眺めるルイズとキュルケ。
「まぁ、確かにチーフの顔を見てみたいと思うけど、犯罪になるなら無理よねぇ」
「それなら無理よ、無理。 誰にも見せてやれないんだから」
「そうねぇ、大体イメージ通りだと思うけど」
声やその性格と、それ位しか判断材料は無いが。
鋭い眼差しに、緩みという物を知らない引き締まった顔。
十人が十人、マスターチーフの顔を見て軟弱な男とは見ないだろう。
そんな素顔があのヘルメットの下にはあると、容易に想像できた。
「機会があれば見られるかもしれないけどね」
「……そうね」
ヘルメットを外した僅かな隙に覗き見るか、進んで見せてくれるか。
前者はともかく、後者だと帰ることを諦めた時。
今回の事もあり、やっぱりチーフは帰る気が無くなっていないとそう考えるルイズだった。
昼食後、腹ごなしの為少々時間を置いた後、一行はワートホグやシルフィードに乗り込んで進みだす。
そのまま街道を進み続けて昼を越え、夕暮れを越え、訪れたのは夕闇。
夜通し走り続けるのは負担をかける、完全に日が落ちる前に寝床を作っておこうとワートホグを停めた。
チーフのみならば野晒しであっても、着込んでいるアーマーが雨風を防ぎ内部で空調を整える為問題ないが。
やはりチーフ以外のルイズたちはそんな物はない為、雨風を凌ぐ物が必要。
適度な設営スペースにテント、UNSCが使用する簡易テントを黙々と一人で組み上げていく。
ハルケギニアで使用されるテント、天幕とは隔絶した機能性を持つ。
完全に雨を凌ぎながらも、高い通気性を保持している為に蒸し暑い夜でもそれなりに過ごせるだろう。
5人で寝る分でも十分な広さ、そのテントを立て上げ組み上げた。
彼女らが上に掛ける毛布も中に置いてある、寝床の準備は整った。
そうしてチーフは空を見上げる、そこにはこの惑星の周りで公転する衛星が二つ。
緑青の光を放つ一つ目の月と、もう一つはそれより小さく見える赤を薄めたような色を放つ月。
恐らくは衛星として構成する物質がそれぞれ違うのだろう、その差が太陽光を反射して見える色の違い。
勿論天文学など全く持って分からないので、それがただの予想でしかないのだが。
その明るい月の光を浴びながら、夕食の為火に掛けられた鍋の周りに集まり5人。
鍋の前に座り、中をかき混ぜつつシエスタが小瓶を鍋の中へと振りかける。
なんでも彼女の生まれ故郷、タルブに伝わる料理だそうで『ヨシェナヴェ』と言うらしい。
作り方は非常に簡単で、沸騰させたお湯にいろんな食材を入れるだけ。
肉や野菜、出汁にキノコを入れて、シエスタが先ほど振り掛けていたのはヨシェナヴェ用の調味料らしい。
もう一つ火に掛けている鍋には、黄白色のとろみがあるスープ。
こちらも一般的なシチューではなく、シエスタの曽祖父が伝えたタルブ独特のシチューらしい。
それを前にチーフを除く5人の嗅覚を刺激し、食欲をそそる。
そうして食事が始まり、イルククゥが勢いよく食べ始め、黙々とながらもイルククゥに劣らぬ速度でタバサが続く。
その様子を見ながら、ルイズとキュルケとシエスタは食べ始める。
チーフは来た道と行く道を見て、どちらからも通行が無い事を確認する。
今居る場所は小さな森のすぐ脇、十分もあれば通り抜けられるほどの小さな森。
ここなら襲われてもワートホグの壁に出来、遮蔽物の多い森へと逃れる事も出来る。
その逆も可能と、一番気が緩むだろう食事時に気を引き締めるチーフ。
「……チーフ、野外だから仕方ないとは思うけどね。 お昼も言ったように私たちはメイジなのよ?」
座るキュルケが、食事を始める前に辺りを見回すチーフを見て話す。
「ルイズやメイドはともかく、私やタバサは自分で自分の身を守れるわ。
チーフだって人間でしょ? ずーっと食事も睡眠も取らないなんて駄目よ。
少なくともチーフが食事を取るくらいの時間は作れるわ、その少しの時間だけでも私たちを信用してくださらない?」
そう言ったキュルケはタバサに視線をやり、もう一度チーフへと向ける。
真っ直ぐ見つめるキュルケに、タバサも同じようにチーフを見て杖を手に取って立てる。
シチューを口に含んでいたルイズは飲み込み、口を拭いてからチーフを見て言った。
「癪だけど、キュルケの言う通りだわ。 私が寝る時もずっと立ってるし、いつ寝てるかもわからないし」
デルフリンガーだっけ? 私が寝てる時も立ったままよね?
と、ルイズがチーフの腰にぶら下がる剣に向かって聞く。
「娘っ子が言うとおりだな、相棒が座ってる時なんて鉄の部屋に篭ってる時ぐらいだ。
頭に被ってる金ぴかのせいで、目を開けてるかどうかすらわかりゃしねぇよ」
カチンカチンと金具を鳴らしてデルフリンガー。
喋れると言うだけで食事の時など、顔が見えないよう物陰に置かれている。
勿論ヘルメット前面、デルフいわく金ぴか部分は完全不可視。
外からは見えないので、表情どころか瞼を開いているかさえも分からない。
「お兄さまは、ちび桃助けに行った、ときもずっと起きて、たのね」
モグモグと食べながらイルククゥ、器用に咀嚼しながら口を尖らせていた。
「………」
キュルケが、タバサが、イルククゥが、シエスタが、そしてルイズがチーフを見る。
その視線には有無を言わせないと言う意思が有った、断っても何かしらに理由を付けて食事などを取らせようとしてくるだろう。
「……わかった」
逆らっても良い事はなさそうだ、そう考え休憩を取る事を選ぶ。
「だが、そちらの食事が終わってからだ」
「いいえ、先にチーフね」
「そうね、先に食べて」
「睡眠も必要」
「食事と睡眠を取らないなんて、私も駄目だと思います」
「そしてお兄さまの顔──」
イルククゥの頭に杖が振り下ろされる。
「それは冗談よ、覗かないし寝ている時も近寄らないから」
「……わかった、少しだけ休ませて貰う」
食える時に食う、寝れる時に眠ると。
敵襲に警戒はするが、次に安心して休息が取れるかどうか分からない。
ここは彼女たちの好意を受け取っておくと、チーフはそう考える。
そうして腰からデルフリンガーを外し、ワートホグに立てかける。
「周囲は見えているな」
「見えねーが分かるぜ、誰か近寄ってきたら教えるさ」
それを聞いて頷くチーフ。
「はい、どうぞ」
歩き出してシエスタが皿によそったシチューとスプーン、そしてパンを受け取りそのまま森へと入る。
丁度良さそうな太い木の影に入り、しゃがみこんでヘルメットへと手を掛ける。
「い、いたいのねー!」
後ろで何かを叩く音と、イルククゥの悲鳴が聞こえる。
やはり覗こうとしてタバサに叩かれ止められたのだろう。
それを聞きながら、僅かに空気が抜ける音を出してヘルメットを脱ぐ。
明るい月からの光を木々の葉の天井が遮り、僅かばかりにチーフの素顔を浮かび上がらせた。
まず一番に目に入るのは、その肌の色だろう。
不自然なまでに、病的と言って良いほど青白い肌色。
それは先天性白皮症や先天性色素欠乏症と言った、いわゆるアルビノと言った遺伝子疾患などではなく。
長年アーマーを着続けているせいで、日光などでの日焼けが殆ど無い為に起こるもの。
勿論その対策も講じてある為、これが原因の病気に掛かる事は無い。
その青白い肌を下地に、見えるのは短く刈り込んだ少々くすんだ茶色の髪。
顔全体的は彫りが深く、その鋭く深い眼差しは髪色と似たブラウン。
少々高い鼻に緩みを知らない引き締まった口元、硬い物でも難なく噛み砕きそうな力強い顎。
青白い肌色であったが、誰が見ても軟弱には見えない屈強な男の顔がそこにあった。
その素顔を晒したままで五分ほどの食事、最後に水を飲み干してヘルメットを被り直す。
イルククゥを除く4人は流石に覗きにはこなかったようだ、覗こうとした者は魔法のロープで簀巻きにされ地面に転がっていた。
「美味かった」
木の裏から出て、皿を重ねながらシエスタに言う。
別にこう言った料理を食べれないと言うわけではないが、大体はレーションなどで代用してしまう。
詳しく言えば時間が無かったりする、そんな事で食事に時間を掛ける事は殆ど無い。
その後は眠れという三人に断って一悶着、なぜか我慢大会になった。
それも数時間と経たず、睡魔で瞼が落ちて眠りにつくルイズ。
首が前後して倒れそうなるルイズを抱え上げ、設営したテントの中へ。
キュルケとタバサ、シエスタは最初から諦め疾うに就寝していた。
ルイズを寝かせて毛布を掛ける、そしてテントの外へ。
イルククゥはシルフィードへ、風竜に戻ってテントのすぐそばで横になっている。
未だ幼生とは言えその体躯は全長6メートルほど、居るだけで獲物と見て襲撃を掛けようとする夜盗などの牽制になる。
「我侭な娘っ子の子守も大変だねぇ、ありゃ将来男を尻に敷くね」
絶対だ、とデルフリンガーが断言した。
「……まだ子供だ、あれで良い」
「いやいや、ありゃ中々厳しいと思うんだがね」
子供だから我侭を言って良いと言う訳ではないが、無邪気や純真で過ごす時も大事だろうと。
6歳の時からSPARTAN-Ⅱ、スーパーソルジャー計画の被験者候補として訓練付けの毎日だったチーフにとって16歳、地球の時間で言えば17歳のルイズが過ごしてきた子供時代に相当する物を、チーフは持っていないのだ。
6歳の頃に才能ありと見出されフラッシュクローン、高速人体複製技術によって作られたクローン体と入れ替えにより拉致紛いに連れ去られた。
そこからはずっと訓練付け、同様に連れてこられた被験者候補の子供たちと生活を共にする。
それから八年後、14歳になる頃にチーフたちは死ぬ確率と半永久的な障害が発生する確率が高い、スパルタンになる為の増強手術を受けさせられた。
結果半分以上となる30名が死亡し、12名が半永久的な障害を持つ事となる手術を乗り越えたチーフ。
その後術後の回復を図るという名目で送られた宇宙空母内で強いられたのは、四対一での死闘であった。
相手はO.D.S.T、前線に出る兵士の中で精鋭と言われる軌道降下強襲歩兵との徒手格闘戦。
そこでチーフは始めての殺人、4人のO.D.S.Tの内2人を殺害し、残り2名に重傷を負わせる事となる。
初めての任務も同年に行われ、銃を手に持ち反乱軍を相手に生死が掛かった任務をこなした。
そんなチーフにして、今のルイズの生活は輝かんばかりに尊いものに見えるのだ。
勿論厳しいと言えるだろう人生に匹敵するような時間を、ルイズは過ごさないだろう。
恐らくは虚無だと思われるが、今のルイズはその虚無の魔法を使えるわけでもない。
そうなれば戦争が起こり、戦場に出る事も無いだろう。
結局は戦わない事に越した事は無いと、双月を見上げるチーフだった。
翌日、一番最初に目を覚ましてテントから出て来たのはシエスタ。
地平線から日が顔を出す前に起きる辺り、メイドの鏡だろう。
食事の用意を手早く、三十分もすれば食事の準備が整う。
匂いにつられて起きるのはシルフィード、その巨体を持って迫るのでシエスタが戦く。
危ないので人型になって待っていろと言えば、素直に頷いてさっと全裸の人型に変身する。
それはそれで全裸と言う状態に慌てるのはシエスタで、急いでイルククゥにローブを被せてチーフを見る。
「見ちゃ駄目です!」
そう言ったのを聞いて。
「そうだな」
と相槌、すぐにでも食事の準備が整うよう手伝っていた。
そんなこんなで全員が起床し、昨日の晩の事でルイズが文句を言いながらの食事。
終われば少し時間を置いて、ワートホグやシルフィードに乗ってタルブへと向かう。
数時間ワートホグを飛ばして、昼過ぎにはタルブの町に到着した。
大きな音を立てる鉄の箱と、降りてくる風竜に驚きつつも、その中からシエスタを見つけて問いかける町民たち。
簡潔に説明し、シエスタの家へと向かう事に。
シエスタが「ただいま」と先頭で入り、ルイズたちが続いて、最後にチーフが頭を下げながらドアを潜る。
最後に入ってきた現れた緑色の鎧を着た大男に驚くシエスタの父に、シエスタは怪しい人物ではないと説明。
その後チーフは来た目的、ペリカンの事とその操縦者であったシエスタの曽祖父の事を聞きたいと切り出す。
ならば孫であるシエスタの祖父、操縦者の子である祖父に話を聞いた方が良いだろうと部屋の奥へと一行は進もうとするが。
「……申し訳ありません、貴族様。 父はかなりの高齢でして、余り多くで押し掛けると……」
シエスタの父が申し訳なさそうに言うと。
「すぐ死ぬわけじゃないでしょうけど、途中で体調を崩されてもチーフが困るわね」
ルイズが口を開く前にキュルケが何も言えない様に一言。
ギロリとルイズがキュルケを睨むが、飄々としたキュルケは逆に笑みさえ浮かべる。
「ああ、ルイズ。 ペリカン見た事ないんでしょ? だったら早く見ておいた方がいいわよ、ほんとあんなのが空を飛ぶなんて思えないんだから」
「え、ちょっと!」
グイグイとルイズの背中を押してキュルケ、ここに来て身長差。
20サントほどの差は、ルイズには抗いきれない力を生み出して玄関へと押し出されていく。
そんな状況にルイズは助けを求めチーフを見るも。
「終わったらすぐ向かう」
迷いなく見捨てられた。
「……なんじゃ、お前さんは」
ドアを開け、部屋に入るなりの一言。
所々塗装が剥げた緑色の金属と、その下に黒いスーツを纏った身長2メートルを超えた存在が行き成り入ってくれば出てもしょうがない言葉。
ベッドに寝て、顔だけを僅かに向けチーフを見る白髪の老人。
「貴方の父の話を聞かせてもらいたい」
チーフはベッドの脇に膝を着いてしゃがみ、老人を見る
彼がシエスタの祖父であり、ペリカンを操縦した人物の息子。
自分は貴方の父と同じ惑星、では通じないので、少し崩して同じ国の出身者だと話して彼が何処から来たのかなど聞かせて欲しいとチーフは言う。
それを聞いた翁、何度か瞬きをしてチーフへと声。
「……お前さんも同じかね?」
「……はい」
ゆっくり、かつ深く頷く。
それを見て翁は顔を戻して天井に視線を向けた。
「私が知る事は少ない、母も多くを知らないだろう。
父は自身の事を多くを語ろうとせず、その癖どうでもいい事ばかりを喋っていた」
そうして翁は語る、黒目黒髪の父は働き者でよく自分も遊んでもらったと話す。
仕事が終わり、疲れているだろうに自分が遊んでと言えば笑顔を向けて遊んでくれたと。
「名前は」
「……タケオじゃ」
「貴方はペリカンが飛んでいる所を見た事は」
「ある、が乗ってみたいと言っても乗せてくれんかった」
残念そうに翁、チーフはそれを見て振り返る。
ドア付近に居たシエスタとその父に視線をやり。
「遺品などは」
「少ないですがありますよ」
「見せてもらっても」
「分かりました、今持ってきます」
二人して部屋を出て、遺品を取りに行った。
「……父は優しかった、いつも笑顔を浮かべて遊ぶ私を見て微笑んでいた」
翁は再度語り出し、チーフはそれに耳を傾ける。
「……私が少しだけ知っている事を話そう。 父はこの大地ではない、どこか誰も知らない場所で生まれたと言う」
そして父は戦う者であり、帰らねばならなかったと翁は話す。
「だが帰る方法はない、だからこそ私たち家族と居る事を選んだと言っておった」
チーフはそれを聞いて少なからず落胆した、帰る手段がないという事に。
残る手段は二つ、サモン・サーヴァントの逆、召還の魔法か。
救難信号を受け取った友軍に迎えに来てもらう事位。
後者は後者でかなり確率は低い、何せ救難信号は疾うの昔から出しているだろう。
少尉が地球へと帰れなかったのは、もう数十年と救援が来ていないと言う事だからだ。
「……感謝する」
落胆せざるを得ないが、収穫があったのは間違いない。
チーフとしては得たくはない事実ではあったが。
翁、シエスタの祖父に礼を言って立ち上がった時、ドアが開いて両手に一杯の物を持った二人が入ってきた。
「お待たせしました、これが祖父の遺品です」
腕の内にはチーフにとって見慣れた物、海兵隊の戦闘服があった。
ヘルメットと銃弾などを防ぐバトルアーマー、袋の中にはジャラジャラと金属、解体された銃器。
シエスタが持っていたヘルメットを受け取り、内側に手をあてレコードチップがあるかどうかを確かめる。
手に感触、そのまま掴み引き抜く。
「……なんですかそれ?」
「情報だ」
聞いてきたシエスタに言って、チーフは後頭部にあるスロットへチップを差し込む。
差し込み確認の文字がヘッドアップディスプレイに映り、チップ内容の検索へと以降。
だが検索がすぐに停止し、暗号が掛けられていると警告を発する。
その暗号に対し、UNSCの正規の暗号解読を掛ければすぐに解除される。
それと同時に再生、PLAYの文字が表示される。
『──これを聞いていると言う事は、暗号を正しく解除したって事なんだろう』
その言葉から始まる、チップに残された音声データ。
それを再生する直後におかしな事に気が付いた。
ヘッドアップデイスプレイには『> 録音再生ビュー[ 2531.6.17.22:36:43 ]開始』と表示されていた。
これを見てチーフは矛盾が発生していると考えた、シエスタの曽祖父が現れたのは今から百年ほど昔の事。
チーフが知る年月、今は西暦2553年であると言うのに、この音声データ開始日時は西暦2531年となっている。
『自分はUNSC海兵隊、タケオ ササキ少尉。 任務の為にここ、タルブの町に腰を据える事になった』
この記録日時が正しければたった二十二年、二十二年前にタルブへと現れ、今から十数年前に亡くなったと言う。
ありえない、時間の流れが狂っている。
『任務内容は情報収集、ある程度の情報を集めた時点で俺たちの一部言語が通用する事がわかってその言語に通じる俺が選ばれた』
とりあえず年月の矛盾を一度頭から外して聞く。
周囲を探索して状況把握に努め、この大地が未知の惑星、それも人類が知り得ていない銀河系と判明した事。
この惑星固有と思われる原住生物を調査したり、人類に極めて類似した直立二足歩行を行う生物の発見など。
高度に組み上げられた言語を持ち、円滑なコミュニケーションを可能として生息する生物。
当初殖民してきた地球人類ではないかと言う疑問が浮かび上がったが、調べれば調べるほど科学技術。
特に機械工学が全くと言っていいほど見られない、地球人類が五百年以上前に過ごしていた時代と近いなど。
それはチーフのある程度の予想と一致していた、無論魔法などと言う科学技術では説明がつかない様なものがある。
そんな物があると信じられていたのは二十世紀より前の、今から六世紀以上昔の妄想や想像、創作物の大昔。
チーフも体験し、現在進行形でその恩恵を受けていなければ。
魔法が存在すると主張する人物の肩に手を置いて、ゆっくり休めと休息を促していただろう。
音声記録が所々途切れつつ、年を経て、数ヶ月から数年のスパンで語られる情報。
数分の報告後に一度終了し、再開された時には声に張りが無くなっている。
それは老化を表現していた、生物なら何に対しても起き得る現象。
数十年掛かり、そして帰る事が叶わなかった一海兵隊員の言葉。
これはチーフにおける、来るかもしれない未来の一つだった。
「………」
「ちーふさん? どうしたんですか?」
「……タケオがタルブに現れたのは何年前だ」
「えっと……、今からですと百年ほど前ですね」
やはりおかしい、どう考えても年月の矛盾が浮かび上がる。
録音開始の時点で2531年で22年前、終了の最終日付は2601年の50年ほど先の未来。
そして今知る、アーマーでカウントされている日付は2553年。
この世界の公転周期は384日、正確かどうかは判断しかねるが、これから考えると地球との時差は5年前後のはず。
レコードチップの日付が正しければ、チーフが今知る年月は2620年前後でなくてはいけない。
チーフが今知る年月が正しければ、このレコードチップの開始日付は2453年前後でなくてはならない。
いくら考えようと整合性が合わない、何度確かめてもそのズレは変わらない。
「そうか」
これが帰るための足掛かりになるか、疑問に思わざるを得ない。
実は関係していると言う話で調べるにしても、時間が歪む原因を調べるには相応の大規模な設備が必要となる。
無論そんなものを保持しているわけが無いチーフにとって、調べる事は夢のまた夢に過ぎない。
つまり否が応にも無視しなくてはいけない事実、そうと決めたらすぐに頭を切り替える。
その後シエスタの父と祖父に礼を言い、ペリカンのことを話す。
自分はあれを今必要としている、申し訳ないがペリカンの所有権はシエスタの曽祖父ではなく彼が所属していた軍の物。
飛べるようであれば自身が利用するが、飛べないようであるなら動かせないよう中を完全に破壊すると断る。
それを前に翁はペリカンの中には入れたら自由にしていいと言った。
チーフの言葉が本当であれば、息子である翁ですら開けられない乗客室兼貨物室のドアを開けられるはずだと。
チーフはそれに頷き、翁の部屋を後にし開けられるかどうかを確認する為にシエスタがチーフの後について歩く。
ペリカンが置かれている場所はタルブの町から少し離れた草原の傍。
建てられている寺院の隣に木の板で覆われた、高さ10メートル、縦横40メートルはある大きな掘っ立て小屋があった。
その掘っ立て小屋の壁に付いた簡素なドア、2メートルほどのそれを潜りながら小屋の中に入る。
中に入れば、視界に広がる鋼鉄の塊。
鳥類のペリカンと呼ばれているが、別に姿形が似ていると言うわけでもない。
真上から見れば大きな三角の下から小さな三角が縦に食い込み繋がっているように見える。
正面から見れば丈夫に丸みを持つ縦に潰れた逆三角形。
コックピットから乗員室まで太く、全体で見れば申し訳ない程度に可動式翼が付いている。
縦に周る左右の可動翼スラスターと、機体後部に付いた同様の二つのスラスター。
そしてその可動翼の下部に一つずつ付いた小型スラスター。
メイン四つとサブ四つの偏向推力で姿勢制御を行う、垂直離着陸機。
その偏向推力は大気圏離脱を可能とする推力を長時間発生させる事が出来、宇宙空間でも航行が可能。
機体表面には放熱シールド加工されており、大気圏突入も可能と言う多目的航空支援機。
「ねえ、チーフ。 これって本当に飛ぶの?」
小屋に入るなり機体表面の状態を確かめていたチーフに、先に来ていたルイズが問い掛ける。
この世界の住人からすれば、このような金属で出来た物体が風石無しで飛ぶなど思いもよらないだろう。
「今確かめる」
歩き出してペリカン後部へと回り込んで、きっちりと閉まっているカーゴハッチの隣のパネルを開く。
素早くパネル操作、ハッチ開放を入力する。
そうすると音を立ててカーゴハッチが下開きにて開く、それを見てシエスタとその父は驚きを表情に表した。
何をしようとも開かなかったのが、軽く触るだけで自動的に開くなどと思いもしていなかったのだ。
チーフはそのままカーゴ、乗員室兼貨物室に入り、その奥のコックピットへのドアへと向かってスライドしたドアを潜る。
「………」
前後として座席が並んでいる複座型のコックピット、それの前に座って目に見える損傷が無いか確かめ。
完全に停止している計器を触り、コントロールシステムを立ち上げる。
「はぁー、すごいわねぇ……」
チーフと同じように乗り込み、コックピットへと顔を出すルイズ。
「何してるか分からないけど、これって飛ぶの?」
続いてルイズの後ろから頭を出すキュルケ、視線の先はコックピットの外で外から見つめてくるタバサに向けられている。
チーフは燃料の残量、可動翼スラスターの動作、コントロールシステムと異常が無いか調べ上げ。
「飛べる」
そう断言した、シエスタたちの話が本当であれば製造されて100年以上経過しているにも拘らずどれもが正常値。
恐らくは固定化の魔法でも掛けられているのだろう、でなければ錆一つ無いほどの整備を施した少尉に感服する。
ペリカンに搭載されているモーショントラッカーを起動、ミョルニルアーマーのとは比べ物にならないほどの広範囲。
ペリカンに匹敵するような大きさの動体反応は無く、強化ガラスを通して小屋の天井を見上げる。
飛ぶにしても天井が邪魔になる、そう考えた所で通信に反応があった。
それはペリカンから別の何かへと通信。
チーフが開いた訳ではない通信、それに危険を感じてすかさず通信を遮断しようとするが。
『……おや? 誰かと思えばスパルタンとは、予想外でしたね』
通信機越しに、僅かに入るノイズの向こうに女性の声が聞こえた。
「誰だ」
唐突の通信に硬くしたチーフ、だが相手は何事も無く名乗る。
『これはこれは、私はフェニックス級強襲揚陸艦『スピリット・オブ・ファイア』艦載A.I、『セリーナ』。 歓迎しますよ、S-117』
#navi(虚無と最後の希望)
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