「TALES OF ZERO-07c」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「TALES OF ZERO-07c」(2010/07/27 (火) 15:17:42) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
#navi(TALES OF ZERO)
&setpagename(第七話C 王都トリスタニア ~トリステインのマッハ少年~)
第七話C 王都トリスタニア ~トリステインのマッハ少年~
「わぁ、すごい人だかりですね。」
ルイズ達は、おじさんが言っていたレースの開催場所にすぐ辿り着く事が出来た
シエスタの言うとおり、この場には結構な人だかりが出来ている
スタート地点と思われる所をC字で囲んでいる為、奥の方は見えない
「これだけ人が多いと何処に主催者がいるのかわかんないわね。」
ルイズは背伸びをして奥を見ようとするが、人が多くてよく見えない
うーっと唸った後、後ろにいる才人の方を振り返った
「サイト、あんたこのレースの主催者を探してきなさい。」
「ええっ、何で俺が!?」
そこまでする義理なんてない…そう言って才人は断ろうとした
「文句は聞かないわ。早く行かないと、あんたの昼ご飯は抜きだからね。」
「んな無茶苦茶な…はいはい、解りましたって。」
しぶしぶ了承すると、才人はこのレースの主催者を探す為に人ごみの中へ入ろうとした
しかし、隙間が殆どないせいで、全く先へ進めない
「くそ、何でこんなにいるんだよ…これじゃ先に進めねぇじゃねーか。」
「ん、何だ?お前もこのレースに参加しに来たのか?」
悪戦苦闘している才人に、近くにいた男が声を掛けてきた
「いえ、そういうわけじゃなくて……。」
「やめとけ、やめとけ…お前みたいな奴があんなガキの足に追いつけるかって。」
「ガキって?」
その意味が解らない才人に、男は場所を譲って奥を指差す
ようやく見えたその場所には、金髪の少年の姿があった
「あのガキ凄いもんだぜ。さっきから何人も挑戦してるのに、全然追いつけないんだ。」
俺もその一人だったんだがな…と、苦笑しながら男は答える
「へぇ…要するに、あの子に勝てば賞金が貰えるって事か。」
「そうそう。参加費は1エキューだが、賞金は200エキューだ…で、やるつもりなのか?」
「いや、俺はレースに参加したいんじゃなくて、主催者に会いたいんですけど…。」
大体自分の金なんてないので、レースなんか参加できない
自分の目的を告げると、男は親切にも情報をくれた
「ああ、このレースの主催者な…刺青をした男とゲルマニア人の女だぜ。」
「刺青をした男とゲルマニア人の女?」
自分の知っている人物と同じ特徴である事に、まさかと思った
「そもそも、そいつ等がいきなり此処に現れてレースをおっぱじめたのが始まりなんだ。」
「そ、そうですか。で、その二人は今何処に……。」
「さぁ、他に挑戦者はいないのか?」
尋ねようとする才人の声を遮り、奥から男の声が聞こえてきた
「もう一度言うが、指定されたコースを先に三周した者に賞金200エキューだ。」
「参加料はたったの1エキューよ、この子に勝つだけでいいんだから。」
続いて女の声…どちらも聞き覚えのある声だった
再度奥を見ると、今度は男の子の隣に男と女の姿があった
一人は帽子を被った刺青…いや、ペイントを纏った男
もう一人は褐色の肌にトリステイン魔法学院の制服を着た、ゲルマニア人の少女だった
「キュルケ…それに、クラースさん!?」
二人の名前を、才人は驚きながら呟いていた
「全員、位置についたな。」
数分後、スタートラインに少年が配置についた
挑戦者達も左右に並び、始まりの合図を待っている
「では、スタート!!!」
クラースの掛け声と同時に、次のレースがスタートした
少年も挑戦者も、一斉にコースに沿って走り始める
皆揃いも揃って早く、あっという間に姿が見えなくなってしまった
「行ったな…キュルケ、今どれくらい貯まった?」
「21エキュー…まだまだ、目的値まで掛かりそうですわ。」
そう言って、参加者が払ったエキュー金貨の入った袋を見せる
「そうか…あの子にはどんどん頑張って貰わないとな。」
「そうそう、どんどん頑張ってもらわないと。」
クラースが笑みを浮かべ、それにつられてキュルケも笑う
そんな二人の前に、何とか人混みを越えて才人がやってきた
「クラースさん!!」
「ん…おお、才人。どうして此処に?」
「それはこっちの台詞ですよ。何をやっているんですか?」
二人が子どもを使って金儲けをしていると思い、非難めいた口調で問いかける
その様子が面白いのか、キュルケが笑みを浮かべながら近づいてくる
「何って…ちょっとした人助けをしてるのよ。」
「人助け?」
こんなレースをする事で、誰を助けているというのか?
才人の言葉に、フフッとキュルケが笑う
「教えてあげるから、ルイズも連れてきなさい…いるんでしょ、あの子も。」
「えっ……あ、ああ、解った。」
才人はキュルケの言葉に従い、ルイズを連れに戻った
その少し後に、少年が一周目を終えてスタートラインに戻ってくる
「おっ、早いな。あと二周、頑張れよ。」
「はい!!!」
少年はそう答え、その姿はすぐに見えなくなった
その直後、才人がルイズとシエスタを連れて戻ってくる
「クラース先生、これはどういう事?」
「クラースさん、ミス・ツェルプストー…こんにちは。」
会った即座にルイズはクラースに問いかけ、シエスタは礼儀正しく挨拶する
「シエスタまでいるのか…まさか才人、二人を連れてデートか?」
「違いますよ、俺はルイズの買い物に付き合わされただけです。シエスタは…色々あって。」
才人はこれまであった出来事を、二人に簡単に説明した
「………成る程、そいつは大変だったな。」
「はい、此処に着てから色々と大変でしたよ…少しだけ良い事はありましたけど。」
最後の方は小声で呟き、思わずにやけそうになるのを抑える
「そんな事は良いから…早くこっちの質問に答えてよ。」
「ああ、解った解った…本当なら、彼女に指輪を貸してもらう為に一日付き合っていたんだが…。」
そこまで言うと、クラースは少年が走っていった方向を振り向く
「あの子と会ってしまってな…色々と事情があるから、少し手助けをしてやっている。」
「事情って?」
「それはね…。」
そこからキュルケに交代し、彼女はその事をふまえてこれまでのいきさつを話し始めた 『このガキ!!!』
あの後、クラースは少年を連れて広場へと戻ってきた
自分の下へ金が戻ってくるなり、怒った男は少年を思いっきり殴り飛ばす
その衝撃で地面に叩きつけられた少年を、男がその胸倉を掴んで無理やり起こした
『ご、ごめんなさい、ごめんなさい…。』
少年は男に向かって、涙を流しながら必死に謝った
殴ったせいで口の中を切ったらしく、つぅっと血が流れている
『ああっ、謝ればすむとでも思ってるのか!?』
男がもう一度拳を振り上げ、再度殴りつけようとする
その拳を、クラースが腕を掴む事で止めた
『もうそれで十分だろ…金は戻ったし、彼も自分の罪を自覚した…これ以上何を望むつもりだ?』
『で、ですがこいつは……。』
男が少年を見ると、涙に塗れたその表情が目に映った
本来気の良い男はそんな少年の姿を見て気まずくなり、これ以上の罰を与えるのを止める事にした
落ち着きを取り戻すと、少年の胸倉を掴んでいた手を離す
『す、少しやりすぎちまったかな…貴族様、こいつの処遇はどうします?』
『そうね…私は衛士に引き渡すべきだと思うけど。』
自分も最初はそうしようと思っていたが…クラースは少年の様子を見る
彼は未だに涙を流しながら、体を震わせている
『………この少年の処遇、私達に任せて貰えないだろうか?』
『へっ、貴族様方が?』
『ああ、この子の事は私達がきっちりとカタをつける…だから、それで納得してくれないか。』
『そ、そうですか…じゃあ、この坊主の事はお任せします。』
では、と男は戻ってきた金を持ってそそくさとその場を立ち去っていった
この場に三人だけとなった後、キュルケが尋ねてくる
『それで、この子をどうしますの?私の魔法で火あぶりにするか、先生の魔法でズタズタにするか…。』
『ひっ!?』
彼女の言葉に、少年は気を失いそうになって体がふらついた
その彼の体を支えつつ、クラースは呆れた表情で彼女を見る
『おいおい…こんな幼い子を脅すんじゃない。』
『ですけど、貴族から物を盗むなんてそうされても文句は言えませんわ。』
貴族には逆らってはいけない…それが、このハルケギニアの常識
勿論キュルケはその気はないが、下手をすれば子どもでも容赦ない裁きが下される
『き、貴族様の指輪は盗むつもりなんてなかったんです…あの時は逃げるのに必死だったから。』
『いや、私が聞きたいのはそんな言い訳じゃない。』
クラースはそう答えると、ポケットからハンカチを取り出した
そのハンカチを、少年に差し出す
『取り敢えず、その顔を拭きなさい…話はそれからにしよう。』
少年は戸惑いながらもハンカチを受け取ると、それで自分の顔を拭った
涙塗れだった顔を綺麗にし、落ち着きを取り戻す
『では、何故あんな事をしたのか話してくれないか?何か事情があるようだったし…』
クラースの言葉に、少年はどうしようかと戸惑った
だが、ゆっくりと…自身の事情について話し始めた
少年は姉と母親の三人でこのトリスタニアで暮らしている…父親はいない
貧しい暮らしではあるが、優しい母と気の強い姉がいるのでそれを苦とは思わなかった
だが、最近になって母親が病に掛かってしまい、倒れてしまったのだ
普通の薬では治らず、値の高い秘薬でなければ母の病は治らない
しかし、少年の家にはそんな秘薬を買えるほどの金はなく…
………………
『成る程…母親の治療費を手に入れる為に、こうやって盗みを。』
『はい…母さんの具合はどんどん悪くなるし、姉さんの稼ぎだけじゃ薬が買えないから。』
今すぐお金を手に入れたい…だから、盗みを働こうとした
その最初の相手があの男で、結果がこの通りとなってしまった
『君が母親を想うのは解った…だが、その為に犯罪に手を染め、命を落しては元も子もないだろ。』
『でも…僕なんかに出来る仕事なんて…。』
自分はまだ幼い…故に出来る事が限られている
いくら自分がお金を稼いでも、少しの足しにもならないだろう
そんな事をしている間に、母は……
『それに、君が罪を犯せばその家族にだってとばっちりがいく…君は君自身の手で家族を不幸にしてしまうんだぞ。』
クラースの言葉にハッとなった少年は、もうそれ以上何も言えなかった
顔を下に向け、彼にとって長い沈黙の時間が訪れる
『…兎に角、もうスリなんかするんじゃないぞ。二度目はないからな。』
『………はい。』
気弱な返事を返すと、少年は背を向けれとぼとぼと歩き出した
あの様子だと、もう二度と盗みを犯す事はないだろう
『あの子、これからどうするのかしら?』
『さあな…可愛そうだが、仕方がない事だからな。』
二人はジッと、去っていく少年の悲しい後姿を見つめる
そんな時、クラースは先程の事を思い返した
『そう言えば、あの子の足…中々のものだったな。』
並みの人間では、あの足にはついていけない…本人も自分の足に自信を持っていたのだろう
先程のあの少年の走りっぷりに、自分が知っているある少年の走りが重なる
『足か………そうだな、良い案が浮かんだぞ。』
そう言うと、クラースは立ち去っていく少年の下へと駆け寄った
『君、母親の病を治す秘薬の事だが…どれ位のものなんだ?』
『え…えっと、100エキューくらいです。』
100エキュー…この案が上手くいけば、手に入れられない額ではない
『クラース先生、まさかその子に自分のお金を恵んであげるつもりですの?』
『そうじゃない、彼に少し社会勉強をさせようと思ってな。』
『社会…勉強?』
『そうだ。犯罪じゃなくて、君自身が働いて稼ぐんだ…自分の足で。』
僕の足…そう呟いて、少年は自分の足を見つめる
この足で、一体何が出来るのだろうか?
『僕の足で…一体何が出来るんですか?』
『私も気になりますわ…一体何をさせるつもりですの?』
少年もキュルケも、クラースが何を考えているのか解らない
そんな二人に向けて、彼は自身の思いついた案を説明する
『ああ、それはな…。』
「それで始めたのがこのレース…ってわけよ、解ったかしら?」
そこで、キュルケは三人に事のあらましを説明し終えた
その間に少年は二周目を終え、最後の周回へと入っていた
挑戦者達も負けずに追いかけるが、その差は縮まらない
「解ったけど…よくこんな事する許可が貰えたわね。」
「確かに、何事だって衛士とかが来たな…その辺の問題は彼女が解決してくれた。」
「私がお願いしたら快く了承してくれたわ。」
そう言ってセクシーポーズを取るキュルケに、ルイズは呆れる
実際は金貨を少し握らせて、黙認するよう頼んだのだが
「でも、レースか…これって、アルヴァニスタの…。」
「ああ、彼は足が速いからな…それで、アレをすればと考え付いたんだ。」
アレとはアルヴァニスタの都で行われる、レース大会の事だ
街中をマッハ少年相手に駆け抜け、先に三周する…勝てば称号と好きな商品が貰える
それを元に、彼相手に賞金200エキューを掛けてのレースをする事を思いついたのだ
「そう言えば俺、全然あいつに勝てなかったんだよな。」
アーチェにアルヴァニスタの都に連れて行って貰った際、才人もマッハ少年に勝負を挑んだ
しかし、勝敗は才人の全戦全敗…勝負にすらならない、酷い結果だった
あの時の事を思い出し、苦虫を噛んだ表情になる
「でも、大丈夫なんでしょうか?そんな大金なら、賞金を手に入れようと卑怯な手を使う人がいるかも…。」
先程暴漢達に襲われた事から、シエスタはそんな不安を抱く
「ああ、その辺は心配無用だ。コースはしっかり監視させているからな。」
「監視?監視って…。」
その意味を尋ねようとした時、向こうの方で突風が巻き起こった
同時に男の悲鳴のような声が聞こえたが、やがて静かになる
「また、ルール違反者が出たか…懲りないな、本当に。」
「あれって…まさか、クラースさん…。」
「ああ、こっそりシルフに監視させているんだ。ルール違反者には制裁を加えるよう指示している。」
精霊がよくそんな事了承してくれたな…才人は関心する
その間に、少年は無事に三周目をゴールした
「ゴールおめでとう、これで君の5連勝だな。」
「はぁ、はぁ、はぁ……つ、疲れました。」
クラースが賞賛を送るが、少年は疲れて地面に座り込んでしまった
そんな彼にクラースはグミを渡す…ミックスグミだ
「ほら、これを食べて…目標金額まではまだまだだぞ。」
「は~い。」
渡されたグミを食べ、少年の体に活力が戻ってくる
走り続けるのは大変だが、その顔には先程までの絶望した表情は無かった
その間に他の挑戦者達が次々とゴールする
「チクショー、また負けたーーー!!!」
「何だよ、あの足。全然追いつけねぇぞ!!」
「何か仕掛けがあるんだ。そうに決まってる!!!」
どうやっても勝てない為、戻って来た参加者は口々に不平不満を告げる
「何を言うんだ。このレースには種も仕掛けもないぞ。」
「嘘だ、こんなガキに負けるわけが…さっきだって、物凄い突風が…。」
「彼が速いのは、彼の実力があってこそだ。それに、突風はルール違反者への制裁だと始める前に説明しただろう。」
「しかし……。」
「見苦しいぞ、君達。」
それでも納得しない挑戦者達…その時、何処からともなく男の声が聞こえてきた
「自分の負けを素直に認めないとは…男らしくないな。」
二度目の声に全員が振り返ると、黒い服を纏った三人組が姿を現した 「あ、あの人達は…。」
その三人組に、才人だけでなくルイズとシエスタも見覚えがあった
漆黒の翼…最強の傭兵を名乗っていたあの三人組だ
「もう会わないと思ったのに…。」
「また会ってしまいましたね。」
少し頭が痛くなったルイズ、苦笑を隠せないシエスタ
その間にも、グリッドはクラース達へと近づく
「話は大体聞いている…君は中々の走りっぷりを見せるそうじゃないか。」
「は、はい…それなりに。」
「だが…最速は私だと自負している。この音速の貴公子であるグリッドが。」
自分の足に自信があるのか、自信たっぷりに宣言するグリッド
「音速の貴公子?聞いた事あるか?」
「いや、全然。」
などと町人の囁きが聞こえるが、彼には聞こえていない
グリッドは更に近づき、少年の前へ立つ
「少年、この私と勝負してくれないか?どちらが最速に相応しいか決めようじゃないか。」
「ええっ、そんな…いきなりそんな事言われても…」
相手の自信の強さから、思わず少年は怖気づいてしまう
そんな彼に、ミリーが気軽に話しかけてきた
「勝負してやってくれない?この馬鹿が高い買い物したから、お金が殆どなくなってね。」
「何を言うんだミリー。我々漆黒の翼に相応しい名剣を買ったというのに…。」
そう言って、グリッドは腰に付けている鞘から少しだけ剣を引き抜く
それは先程才人達に見せた物と違って、黄金色に輝いているのが見えた
「あんたねぇ…あたし達が持っている金で、名剣なんて買えるわけないでしょ。」
偽物よ、偽物、なのに…と、ミリーはグリッドに軽蔑の眼差しを向ける
その間に、気弱になった少年はクラースに助けを求めた
「く、クラースさん…どうすれば良いでしょうか?」
「何、君は十分速い…だから、堂々と勝負を受ければ良いさ。」
「で、でも……。」
それでも不安になる少年…震えている彼の肩に、クラースは優しく触れる
「……マッハ少年。」
「えっ?」
「私の故郷では、最速の走りを見せる少年はそう呼ばれている…君は、それを冠するに相応しいと私は思っている。」
少年が顔を上げると、そこには優しく微笑んでくれているクラースの姿があった
その励ましを受け、視線をクラースから自分の足へと移す
僕の足…今まで誰よりも速く走って、かけっこに負けた事のない僕の足…
「………解りました。僕、この人と勝負します!!」
「良くぞ言ったな、少年…いざ、尋常に勝負!!」
「では、二人とも…スタート位置に並んで準備してくれ。」
クラースの言葉に、少年とグリッドはスタートラインに並んだ 少年のスリから始まったこのレースは今、最高の盛り上がりを見せていた
挑戦者である漆黒の翼のリーダー、グリッドの登場によって…
「グリッド、頑張りなさいよ~。」
「兄貴、頑張るでヤンス!!!」
彼の仲間であるミリーとジョンがグリッドを応援し…
「大丈夫、君なら勝てるわ。」
「頑張れよ~。」
「頑張ってください。」
キュルケや才人、シエスタ達が少年を応援する…
周囲の観客達もそれぞれが二人を応援している
そんな応援の声を聞きながら二人は一度だけ互いを見た後、正面を見据えた
スタートの合図を待つ……そして
「では…スタート!!」
クラースの合図と同時に、二人は一斉に走り出した
少年は自分のペースで走るが、グリッドは最速の走りで独走する
「うわっ、はやっ!?あの人滅茶苦茶速いぞ。」
「当然でヤンス。兄貴は俺の知ってる中でも最速の走りを見せてくれる男でヤンス。」
音速の貴公子は伊達では無かったらしい…どんどん、少年との差が開いていく
しかし、少年は慌てる事無く自分のペースを乱す事無く走り続ける
「まあ、足が速いのは確かなんだけどね…。」
走り続けるグリッドを見ながら、ミリーは含みのある言葉を呟く
彼女の言葉に才人は疑問を浮かべる…そして、その答えはすぐに解った
その時、グリッドは最初のコーナーへと差し掛かっていた
本来はそこを左へ曲がる…のだが
「ん…くくっ、うおおおおおおおおっ!!!!!」
グリッドが突然叫び声を上げ…彼は曲がりきれずに壁と激突した
殆ど勢いを殺せないままぶつかった為、仰向けにひっくり返る
「あっ…思いっきり壁に激突した…。」
「あ、兄貴~~~!!!」
倒れたグリッドにジョンが駆け寄っていく…その間に少年はコーナーを曲がり、走り続ける
「やっぱり…あいつは足が速いのは良いんだけど、走り始めたら曲がれないのよね。」
「何よ、それ…。」
周囲から溜め息が漏れる…その間にジョンがグリッドの名を呼び続けている
しかし、グリッドは完全に気を失っており、目覚める気配は無い
結局、彼が目覚める事がないまま少年が完走してしまう
「結果は、彼の圧勝…と。スピードが良くても、それを生かしきれてなければ意味がないな。」
「その通りね。この馬鹿が起きたらそう言っておくわ。」
クラースの言葉に同意したミリーは、ジョンに担がれているグリッドを見る
うーん、うーん…と、唸っている姿がどうしようもなく情けない
「こいつに少しでも期待した私が馬鹿だったわ…じゃあ、騒がせてごめんなさいね。」
1エキューをクラースに払い、漆黒の翼の面々はその場から立ち去っていく
あれだけ勢いがあったのに、何ともあっけない幕切れであった
「さぁ、此処でお別れだ。」
夕方…王都の出入り口の近くで、クラース達の姿があった
レースは大盛況で終わり、参加者達から金貨も多く稼ぐ事が出来た
そこで、クラースは少年に金貨の入った袋を渡す
「これが今日君がレースで稼いだお金だ…受け取りなさい。」
「はい……あれ、でもこれって多くないですか?」
少年の言うとおり、袋の中には100エキュー以上は入っていた
今回のレースで稼げたのは、40エキューくらいなのに…
「君は家族の為に頑張ったからな…それはボーナスだ。」
「でも…こんなに沢山貰えません。だって、僕は……」
「何言ってるの、それだけあればお母様の薬を買う事が出来るでしょう?」
戸惑う少年だが、そんな彼をキュルケが優しく後押しする
「人の好意は素直に受け取っておきなさい…何時でも好意が受けれるわけじゃないんだから。」
「キュルケさん………はい、解りました。」
「そうそう、素直なのが良いのよ。」
キュルケは彼の頭を優しく撫で、その彼は少し顔を赤らめていた
そして、彼は貰った金貨の袋を大切に握り締め、その場を去っていった
「クラースさん、キュルケさん…ありがとうございます!!」
王都の入り口の所で振り返り、二人に大きな声で感謝の言葉を告げる
そして、彼は母と姉の待つ家へと帰っていった
「ふーん…随分と優しいのね、財布を取られたのに。」
「あら、良い女は些細な事は気にしないものよ…貴方と違ってね。」
キュルケの物言いに、カチンと来たルイズは彼女に詰め寄ろうとする
止めとけよ、と才人が宥めたので何とか未遂に終わったが
「何はともあれ、これで一件落着だな……いや、まだあるな。」
そう言って、クラースが向こうの丘に沈んでいく夕日を見つめる
しばしの沈黙が続いた後、キュルケの方に振り向く
「キュルケ…こんな一日だったが、指輪は貸してもらえるかな?」
「そうね…今日はあんまりデートって気分を味わえなかったし…。」
どうしようかしら…と、悪戯な笑みを浮かべながら彼女はクラースを見つめる
そんなキュルケに対し、クラースは終始真剣な表情を見せる
その様子を三人が見守る中、フッとキュルケは笑った
「でも、約束は約束ですものね。」
キュルケは懐からガーネットの指輪を取り出すと、クラースへ差し出す
「良いのか?」
「先生との一日はそれなりに楽しかったですから…それに、これは元々先生の物なのでしょう?」
だから、貸すと言わずにお返ししますわ…と、キュルケはクラースの手に指輪を置く
ありがとう、と彼女に感謝するとクラースは受け取った指輪を見つめる
「どうですか、クラースさん?」
「………間違いない、これは私の契約の指輪だ。」
この感触…指輪を通して伝わる、火の精霊の力…
それが、これが本物である事の何よりの証拠だった
「さっそく試してみたいが…此処では少し目立つから、場所を移動した方が良いな。」
確か、この近くに丘があった筈である…そこでイフリートを呼び出そう
その場所へ向かってクラースは歩き出し、才人達もその後へと続いた
「さて、始めるとするか…。」
王都から少し離れた丘の上…そこにクラースは立っていた
才人達も彼から少し離れ、その様子を見守っている
「一体何が起こるのかしら?ワクワクするわ。」
「見ていれば解るわよ、少し黙ってなさい。」
ルイズがそう言っても、キュルケは今の感情を抑える事が出来ない
それもその筈、自分の家宝でどんな魔法が出来るのかに興味が沸いていたからだ
彼等が話している間、クラースはジッとガーネットの指輪を見つめていた
「イフリート…いるのなら、出てきてくれ。」
そう願い、クラースはガーネットの指輪を嵌める…そして、召喚の詠唱を唱え始めた
『我が名はクラース・F・レスター…この儀式を司りし者なり。』
『我が盟約に答え…我に秘術を授けよ…。』
『来たれ…炎を統べる者よ、火の化身よ………イフリート!!!』
猛々しい、火の化身を呼び出す詠唱…それが才人達の耳に聞こえる
そして、詠唱を唱え終えた時…彼等の前に炎が姿を現した
その炎はクラースよりも二回りも大きなもので、激しく燃え上がっている
『久しいな…我が主よ。』
炎から声が聞こえてきた…すると、燃え上がる炎は形を整え始める
それは屈強なる体を持つ、炎の魔人へと変貌した
「これは…」
「イフリート…四大元素の一つ、火を司るものだ。」
ルイズの問いかけに答えると、クラースはイフリートの元へと歩み寄っていく
「何か…ちょっと怖いですね。」
「此処からでも、あの炎が凄いのが解るわ…今まで見たどの炎よりも…。」
「大丈夫だって、あれもクラースさんの魔法だからさ。」
イフリートの姿にシエスタは怯え、キュルケはその炎に戦慄を覚えた
そんな二人を才人が落ち着かせている間に、クラースはイフリートとの対話を行っていた
『主よ。我が主と別れて幾年もの月日が流れたが…こうして再び相見えた事を嬉しく思うぞ』
「私がこの世界に来たのはつい最近だったが…やはり、時間を越えていたのか。」
それに姿も…シルフと同じように、変わっている事に気付く
より魔人らしい体格は、あらゆる物をその炎で屠る事が出来そうだ
これも、この世界のマナの影響だろうか?
「イフリート、早速で悪いんだが…またその力を私に貸してくれるか?」
『ならば、契約の呪文を唱えよ…さすれば、我は再び主の力となろう。』
勿論…と、クラースは指輪を嵌めた手を前に突き出すと、契約の呪文を唱え始めた
「我、今火の精霊に願い奉る…。」
「指輪の盟約の元、我と契約を交わしたまえ…。」
「我が名は…クラース。」
契約の呪文を唱え終えると、ガーネットの指輪が赤く輝く
これで契約は成立し、クラースはイフリートを再び使役出来るようになった
「やりましたね、クラースさん。」
「ああ。」
無事、イフリートと再び契約出来た事に、才人は自分の事のように喜んだ
クラースも、イフリートが戻ってきた事に喜びを感じている
「キュルケ、君には感謝しないとな…君のお陰でこうしてイフリートが戻ってきた。」
「構いませんわ。私もとても面白い物を見せていただきましたから。」
『………娘よ。火の心を持つ、気高き娘よ。』
その時、再びイフリートの口が開いた
全員がイフリートの方を向き、キュルケは彼が自身を見ている事に気付いた
そして、自分の事を言われているのだという事も
「私?」
『そうだ…我はそなたに感謝している。そなたのお陰で我はこの地で主と再び相見える事が出来た。』
「まあ、感謝されるのは悪くは無いわ…ちょっと驚きだけど。」
クラースが使う異国の魔法…そう解釈している…から感謝される
こんな経験、普通に暮しているだけでは絶対に有り得なかっただろう
『故に、我はそなたに感謝を込めて…そなたの内に眠る力を解放しよう。』
そう言うと、イフリートはキュルケに向かって手を突き出した
すると、炎のように赤い光が彼女の胸の辺りで輝く
「えっ、何これ…体が熱い……。」
『今、そなたに眠る力を解放した…これよりそなたが戦を経験した時、真の炎を知るだろう。』
身体の底から、燃え上がるような感覚…これが、自分の中に眠る力?
最初は戸惑っていたキュルケだが、徐々にその感覚を受け容れる
すると、胸の辺りで輝いていた赤い光は、胸の奥へと入っていき、消えた
「良いのか、イフリート?」
『構わぬ…主達の行く先には、多くの苦難が待ち受けている。それを乗り越える為に必要な力だ』
「苦難って…この先何が起こるって言うのよ!?」
苦難というあまりよくない単語が出てきたので、それが何なのかルイズはイフリートに問いかける
だが、彼はこれ以上その場に留まるのを止めて炎と共に消え去った
『主よ、我が力が必要な時は呼ぶと良い…我が炎にて、主の障害を焼き払おうぞ。』
その言葉を残して…辺りは静寂に包まれた
暫しの静寂の後、それを最初に破ったのはルイズの声だった
「何、肝心な事は教えてくれないワケ?」
「まあ、その苦難を試練として、乗り越えろという事だろう…彼等は具体的には言わないからな。」
憤慨するルイズをクラースは諭すと、う~~っと彼女は唸った
そんなルイズに苦笑するクラースは、今度はキュルケへと視線を向ける
「それよりキュルケ…大丈夫なのか?」
「最初は驚きましたけど…私の中の炎が更に燃え上がるのを感じましたわ。」
「そうか…君の中に秘められた力を解放する、か。」
キュルケ自身、目覚めた力をどう使えば良いのか今は解っていないだろう
だが、その力は彼女にとって必要な時に開花するに違いない
その時こそ、イフリートが言っていた苦難を乗り越える力となる筈だ
「さて、今日はもう遅い…そろそろ帰らないとな。」
もうそろそろ辺りも暗くなる…遅くならない内に帰らなければ
夜の色に染まっていく夕焼けの空を見て才人達にそう言った
その頃、タバサがある脅威と戦っていた事をクラース達は知らない
#navi(TALES OF ZERO)
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: