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4話
「ウッ!あいつハマサカ、『幻惑』ノ『セルバンテス』!!?」
ガーゴイルが大きく身体を仰け反らせる。
小型とはいえ、ガーゴイルは普通の人間では出せない力を持つはずだ。それをここまで怯えさせるとは一体何者なのか。
「迎えに来たよ。シャルロット君!!」
雲の上。ガーゴイルに運ばれる馬車を受け止めようとするかのように、男が立ちはだかる。
「ウワアッ!」
馬車を掴んだガーゴイルが、馬車の向きを変えようと慌てて身体を傾ける。
だが間に合わず、まさに衝突するという刹那、セルバンテスの姿が煙のように消えうせる。
「何ッ!?」
外を警戒するガーゴイルが瞬きをせぬうちに、キュルケとガーゴイルの間にバンテスは立っていた。
「シャルロット君……」
ゴーグルを指で持ち上げ、タバサに視線を向けるセルバンテス。頼もしくも力強い笑みがそこにあった。
「遅れて、スマなかったね。」
「……平気。」
タバサの頬にうっすらと朱が差す。それなりに付き合いの長いキュルケは気がつく。タバサが笑っているということに。
セルバンテスが指でキュルケに向けられていた爪を弾くと、ガーゴイルが砂細工のように崩れ落ちる。
「オノレッ…!」
慌てて両扉から外に飛び出ていたガーゴイルが戻ってくる。3人を両側から串刺しにせんと爪を呻らせる。
セルバンテスが雲の上に足を降ろすとほぼ同時に、馬車が大爆発を起こした。ほんのコンマ1秒前まで馬車の中にいたはずの
セルバンテスが、タバサとキュルケを抱えて、いつの間にか100mも離れた雲の上に立っているではないか。
そっと腰をかがめて2人を雲の上におろし、セルバンテスがもう安心だというように頷く。
「もしかして……『四本杖』、幻惑のセルバンテス……?」
キュルケが目を瞬かせ、口を大きく開ける。間違いない。何度もゲルマニアのパーティで見た顔だ。
「フッフフ。私が来たからにはもう大丈夫だよ、シャルロット君。そしてキミは……たしかツェルプストー卿のご息女だったね。
たしか、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー君、だと記憶しているが?」
同じ会場にいたとはいえほとんど面識がないに等しい人間の口から自分のフルネームを一言一句違わずに聞かされてキュルケが
絶句する。
たしかにパーティ会場で自己紹介をしたことはあったはずだ。だが、それだけのことである。ほかに接点はない。
今までに会ったことのある人間の名前を全て記憶しているというのはどうやら事実らしい。キュルケは唾を飲み込む。
ドォォォォォォン!!
燃え盛りながら山の斜面を転がっていく馬車から、何かが飛び出してきた。
ガーゴイルだ。
火の玉になりながら、生き残ったガーゴイルが山の斜面を駆け上がってくる。
「サスガハ『四本杖』ト称サレル、幻惑ノセルバンテス!」
駆け上がりながら陣形を組むガーゴイル。炎によって、皮膚がボロボロと次々落ちていくではないか。
「ナラバ同時ニカカル!」
「相打チデモヨイ!セメテ北花壇ニ一矢報イルコトガデキレバソレデイイ!!」
「マッシュ!オルテガ!最後ノ切リ札ダ!」
3体が一直線に並び襲い掛かろうとしたその瞬間―――
「バカめ!」
セルバンテスが矢となって3体と交錯した。
ピシン、と空気が凍ったような音。一瞬の静寂の後、ガーゴイルの足元の地面が底なし沼のごとく身体を飲みこみ始めた。
「ウワアアアアアアアアアアア!」
「ヒヤアアアアアアア!」
断末魔をも飲み込みながら、ズブズブと土の中に埋まっていくガーゴイルたち。もがいても、もがいても、土は指に一切の抵抗を
与えず体を飲み込んでいく。
「フッフッフッ。それじゃあ行くよ、2人とも。こいつに……」
身にまとう純白のマントを、バサッと翻すセルバンテス。
マントの中の空間がぐにゃりと歪み、渦となって穴が開く。
開いた穴から、シルフィードなみの巨大な猛禽類が現れた。
「乗ってね!」
3人を乗せ、巨大な鷲鷹が大空へ舞い上がった。
呪文の詠唱が終わらぬうちに、耐え切れなくなったように杖が振り下ろされた。
日本刀の試斬りに使うような形にまとめられた藁束が四散五裂し、塵芥となって床にはらはらと散らばる。だが杖を振ったルイズも
同じく、地面に崩れ落ちるではないか。
バビル2世が駆け寄り、頭を打ちつける前に身体を支えた。
部屋に戻ってくるや否や、ルイズが「虚無の実験につきあって欲しい」といわれて協力していたバビル2世は一体なにごとかと慌て
て介抱を行う。そのかいあってか、ほどなくルイズが蘇生する。
「大丈夫よ。ちょっと気絶しただけだから。」
ちょっとだろうがなんだろうが、気絶はただごとではない。問いただすと、ルイズはこの世界の魔法の仕組みを説明し始めた。
「なるほど。つまり魔法は精神力を使って唱え、使用回数はメイジとしての能力に比例するというわけか。」
説明を聞いてふむふむと納得するバビル2世。なにかに合点が行ったという顔に気づいたルイズが理由を問うと、
「以前、魔法の雷で攻撃されたときに、それを吸収できたんだが、その理由が今わかったんでね。」
バビル2世も、自分の超能力について説明を始める。同じように精神力を利用していること。ただし精神力の使い方は異なっている
ようだということを。
「水に例えるならば、きみたちが毎朝配られる水桶だとすると、ぼくの場合は水を満々と湛えた深井戸だ。」
水桶であるため、1日に使える量が決まっている。だが、翌日になれば同じだけの量が自動的に配られている。
一方、深井戸は1日に使える量に決まりはなく、大量に水を消費することができる。しかし一気にくみ上げすぎると井戸は枯れ、
取り返しのつかないことになる。
「取り返しのつかないこと?」
ルイズがなんの気なしに聞く。あくま素直な疑問から出た言葉であった。が、途端にバビル2世の顔が曇った。
「……死ぬことになる。」
重く、苦しそうに呟く。
「ぼくは以前、超能力を使いすぎた結果、ヨミが10秒足らずの間に老いて100歳近い白髪の老人となったのを見たことがある。
ぼくとヨミはおなじ遺伝子を持った人間だ。おそらく、ぼくも超能力を使いすぎれば、あのときのヨミのようになるんだろう。」
「で、でもっ!」
ルイズがなんとか空気を換えようと口を開く。
「使ってなければ精神力が回復したり、溜まっていくんじゃないの?」
わたしたちメイジがそうだもの…と言いかけてルイズがハッとする。
「そうよ、溜まってたんだわ!わたしも!だからあんなに大きな光を出すことができたんだわ!」
「どういうことだい?」
「えっと、錬金があるのにこの世界でインフレが起こらない理由よ。黄金を錬金するような魔法を使うには、スクウェアクラスでも
かなりの精神力を必要とするの。だから1週間に一度とか、1ヶ月に一度とかしかしか錬金を使えない。しかも、それで作ったとしても
ほんのちょっとの金しか得ることができないのよ。」
「なるほど。強力な呪文を使うには、精神力を溜めないといけないってわけか。」
「そう。とすると、わたしが次に最後まで詠唱できるのがいつになるか、ぜんぜんわからないってわけ。」
「ふむ。」
黙りこくって考えるバビル2世。つまり、ルイズは未知ゆえに味方としてもどう扱えばいいのかまったくわからない代物ということだ。
こちらの計算が立たないということは実にやりにくいもの。ぶっちゃけた話、どの程度の効果があるかわかっているぶん、ギーシュの
ほうが役に立つだろう。
「あの本に書いてあるんじゃないのかい、そういうことが。」
あの本…つまり始祖の祈祷書だ。
「そういえば思い出した。孔明が、王室に言えば始祖の祈祷書をもらえる、って言うのよ。どうしよう……。」
「どうしよう……っていわれても。話が見えないんだが。」
「わたしもよくわかんないのよ。魚釣りとかきこりとか北島三郎とか……。でもなぜか納得してるのよね……。」
ますます混乱に拍車がかかる説明。しかしバビル2世一切動じず、
「……孔明がいうならなにかの策があるんだろう。アンリエッタ女王様に聞いてみたらどうなんだい?」
「聞けないわよ!じょ、女王よ!女王になられたのよ!いくらなんでも気軽に聞けるわけないわよ!」
なにをいきなり言い出すのだとあきれ果てるルイズ。やはり異世界人なのだと、妙なところで感心してしまう。
「いや、ぼくが言いたいのは……」
女王となる今だからこそなんでも話せる友達が傍にいてほしいのではないか。だから、ルイズはアンリエッタの元へ理由をつけて
でも、むしろ行くべきじゃないだろうか。そう思ったが、あえて口には出さなかった。
ルイズには同情ではなく、純粋に友達としてアンリエッタの元を訪れて欲しかったからだ。
「怖い目にあわせてしまったかな?」
タバサが小さく首を横に振る。
「平気。」
「ほう!これは強い子に育ったものだ。おじさんは嬉しいぞ!」
ハッハッハッと朗らかに笑うセルバンテス。タバサは珍しく本を閉じている。目が潤んで、わずかに吐息が甘い。
ここは未だに空の上。ラグドリアン湖が眼下に広がるそのさまは、まさに天にいるのだと実感させられる。
「安心したまえ。母上はお元気だ。ステンガーもよくしているよ。私がいる限り、ジョゼフに手出しはさせないさ。」
安心したように微笑むタバサ。セルバンテスの袖を握り締め、じっと顔を見上げている。
「それに、子供のいない私は君が大好きなんだ……。だからまたいつか家に戻り、母上たちと一緒に楽しく暮らそうじゃないか……」
「うぉい!」
たまりかねてついにキュルケが大声を上げた。
「さっきから、どー見ても犯罪よ、タバサ!」
たしかに。近くにおまわりさんがいればあっという間にセルバンテスは檻の中だろう。
「犯罪じゃない。」
タバサがいつになく強い口調で抗議する。目が真剣で怖い。
「子供好きなおじさんと、知り合いの子供。おかしくない。」
「変よ、充分!」
キリッと顔をセルバンテスに向け、睨みつけるキュルケ。
「失礼しますが、本当に「四本杖」、幻惑のセルバンテスさまでいらっしゃいますか?」
幻惑のセルバンテス。本名をセルバンテス・ジーガ・サランガ・チン・シェル・ド・スバラといい、ガリアの名門貴族の当主である
突然の父の急死により、16歳で家を継いだ彼は名ばかりとなり傾いていたスバラ家の建て直しに奔走するはめとなる。
建て直しに当たって、まずセルバンテスが始めたのは貴族相手の金融業であった。
貴族は表向きは優雅な生活をしているが、その多くは見栄や名誉あるいは事業の失敗で窮々としている。貴族出身であったため
そのことをよく知っていたセルバンテスは、「自分も貴族である」という武器を手に低金利で金を貸し始める。商人からの借り入れに
ぜえぜえと言っていた国中の貴族はこれに飛びつき、あっというまにガリアでセルバンテスから金を借りていないメイジはいない、
とさえいわれるほどになった。
当然反動は来る。顧客を奪われた商人たちが、ときの王に訴えたのである。
だが、恐るべきはセルバンテス。すでに根回しを完了しており商人たちがセルバンテス追い落としに夢中になっている隙に、彼ら
の店を乗っ取ってしまったのである。
さらに事業は拡大し、国境を越えて展開していくセルバンテス。融資対象はメイジのみならず、商人や発明家など有益な情報を
もたらす平民にまで及ぶようになり、現在はガリアのみならず各国に強い影響力を持つようになったのであった。
中でも、ロマリア、ゲルマニア、アルビオンへは各国政府へ寄付という形で融資をおこなっており、その見返りとしてシュヴァリエと
はいえ爵位を授与されたのである。
前代未聞、ガリア、ロマリア、ゲルマニア、アルビオンの4つの国で爵位を有した彼を4本の杖が集まったことに由来し、誰ともなく
『レクァトゥルケィン』、すなわち四本杖と呼ぶようになったのであった。
「すまないね。久しぶりにシャルロット君に会えたおかげですこしはしゃぎすぎたようだ。」
グッと襟元を引き締めるセルバンテス。その顔は自信に満ち溢れ、ダンディズムが漂っている。おもわずキュルケがグッときてしまう。
さきほど、タバサに
「せっかく帰るんだからもうすこしはしゃぎなさいよ」
と言ったことをキュルケが思い出す。タバサもはしゃいでいたのだろうか。はしゃぐならもうちょっと普通の子らしくはしゃいでもらいたい。
「……ラグドリアン湖」
キュルケに邪魔されてそっぽを向いていたタバサが湖の異変に気づく。上空から見るとなるほど、たしかに水位が上がって湖が
拡大しているではないか。
「そうなんだ。最近、急に水位が上がりだしてねぇ。おそらくだが、シャルロット君が呼び出されたのはその件についてじゃないかと
思うんだ。さ、2人とも、よく捕まっていなさい。」
フフ、と顎を撫でながらいうセルバンテス。猛禽を操作し、一気に急降下を始める。
「ところでタバサの実家はまだ先?この辺りってたしか…」
「あれ」
ガリア王家の直轄地だったわよね、と聞こうとするキュルケにたいして、タバサが湖の傍に立つ大きな建物を指した。
「あれって……じゃあ、タバサ。あなたの実家って…?」
鳥は大きな×印を加えられた、交差した2本の杖を意匠にした紋章を持つ門をかすめて、屋敷へと向かって行った。
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