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&setpagename(第七話A 王都トリスタニア ~キュルケとデート~ )
第七話A 王都トリスタニア ~キュルケとデート~
翌日、虚無の曜日…日本で言えば日曜日にあたるこの日
今、クラースは馬に乗っていた…その馬を走らせ、道を進んでいく
その隣には、同じように馬を走らせるキュルケの姿がある
「フフ、素敵だわ…こうやって憧れの殿方と一緒に馬を走らせて…。」
キュルケが今の状況に満足し、笑みを浮かべている
彼らは朝早くから馬を走らせ、ある場所を目指していた
「キュルケ、道はこっちで合っているのか?」
「ええ。馬で三時間…その先が王都オリスタニアですわ。」
彼等が向かっているのは、トリステインの首都である王都トリスタニア
そこに行って、クラースはキュルケの頼み事を果たさなければならないのだ
「しかし、まさか…この歳でデートに付き合わされるとは思わなかったな。」
その頼み事…昨日キュルケから言われたお願い事とは、彼女に今日一日付き合う事だった
当然、ルイズは反対したのだが、それが駄目ならガーネットの指輪は手に入らない
新たな召喚術を取るか、意地を取るか…悩みに悩んだ結果、ルイズは今回のデートを了承した
『せ、先生の魔法の為なんだからね。あいつの色香に惑わされたら許さないんだから。』と言って
「あら、恋に歳なんて関係ありませんわ。恋の炎はそう簡単には消えず、激しく燃え上がる物ですの。」
「そうは言われても、私は既婚者なんだがな。」
しかし、そんなクラースの言葉に耳を貸さず、彼女は一人デートのプランを口ずさむ
ああしたい、こうしたいと…それを聞くだけで、ため息が出そうだ
「やれやれ…こんなおっさんの何処が良いのかね?」
「それは、クラース先生は他の殿方にはない物を沢山持っているからですわ。」
「クラース先生って…まあ良い、例えばどのような物なんだ?」
「そうですわね…その格好と刺青なんか斬新ですし、本を武器に戦う事とか…。」
キュルケがクラースの良い所をあげていく…が、その内容にクラースは喜ぶ気にはなれない
そんな時、丘を越えた先に大きな城と町並みが見えてきた…それこそが王都トリスタニアだった
町の門の側の駅に馬を預け、二人は入り口前へと向かう
「さぁ、まずは何処に行こうかしら?新しい服とか欲しいし、化粧道具とかも悪くないわね。」
「そうだな…まずは金を調達させてくれ。此処の通貨は持っていないので自分の金を作りたい。」
別世界から呼び出されたので、当然と言えば当然である
この辺りでガルド通貨が使えない事は、既に本を読んで学んでいる
「あら、そんなの私が払うから構いませんのに。」
「君に借りを作ると色々後が大変そうだからな…一応、換金出来そうなものは持っている。」
持ってきた道具袋を広げ、中の換金出来そうな物を探してみる
冬虫夏草、浮世絵、伽羅香、毛皮……その他色々
これ等を売れば、それなりの金は入るだろう
「まあ、そんなに…先生って、色々持っていますのね。」
「まあな…万が一にと常に持っている。」
召喚術の研究中に強力な魔物が現れたり、召喚元に逆召喚されたりした事が以前何度かあった
その事を踏まえ、クラースは常に道具袋と複数のアイテムを持つ事を心がけている
「此処に来てから、色々と役に立っているわけだから…備えあれば憂いなしとは良く言ったものだ。」
そう言っている間に、換金するアイテムを分け終える
では、行こうか…と、クラースとキュルケは王都の中へと入っていった
「ありがとうございました。」
換金できそうな店で換金を済ませ、二人は店を後にした
クラースの手には、金貨が入った袋が握られている
「取りあえず、200エキューか…これは多い方なのか?」
「貴族にとってははした金ですわ。平民ならそれなりの生活が出来るでしょうけど。」
まあ、高い買い物はしないつもりなのでこれくらいで良いだろう
換金できる物はまだあるので、足りないならまた換金すれば良い
「さて、金は出来たわけだが…どうするんだ?」
「そうですわね…まずは服を見に行きましょう、すぐそこに店がありますから。」
換金した店の反対側に、確かに店があった
看板には服のマークに『フォドラ』とこの辺の文字が描かれている
「この店ってつい最近出来たのだけど、とっても評判が良いの。」
「そうなのか…まぁ、長くならないようにしてくれよ。」
女の買い物で一番長くなるものの一つが服である事を、クラースは良く知っている
多分無理だとは思いつつも、2人は店の中へと入っていった
「いらっしゃいませ、ようこそフォドラへ。」
2人を出迎えたのは、女性の主だった
その仕草や服装からは貴族を思わせ、キュルケ以上の妖艶さを漂わせている
「私、この店の主人のエメロードと申します…お見知りおきを。」
礼儀正しく挨拶し、エメロードと名乗った主人は2人を見つめる
そして、クラースに気付いた途端、ずずいと近づく
「ああ、貴方…よくぞ私の店にいらしてくださいました。」
「な、何だ…急に。」
いきなり近づいて惚れましたという顔をされ、クラースは思わず後ずさる
だが、彼女はすぐに近づき、その豊満な胸を彼の胸板に押し付けてきた
「貴方のような方が何故このような所に…ハッ、まさか私に会いに来てくださったのですね?」
「いや…私はただ連れの買い物に付き合って来ただけだが…。」
横目でキュルケを見ると、物凄く不機嫌そうな顔をしていた
当然である、初対面なのに自分の相手を横取りしようとしているのだから
「そうですか…でも、私の直感が告げるのです。私は今日貴方と会うべくこの地へやってきたのだと。」
「ん…貴方はこの国の人間ではないのか?」
はい、と答えるとエメロードは一旦クラースから離れた
そして、まるで芝居をするかのような仕草と共に身の上話を始める
「私、以前はある所で働いていました…その任を終えた後、何の因果かこの辺境の地へとやってきたのです。」
トリステインを辺境と言うとは、余程遠い所からやってきたのだろうか
体全体を使って悲しみを表現しつつ、更に話を続ける
「右も左も解らない…そんな不幸な私に、神は可愛らしい双子を授けて下さいましたわ。」
「双子?」
「はい、どんな服でも仕立ててくれる素晴らしい子ども達ですわ。さぁ、いらっしゃい。」
エメロードが奥に向かって声を掛けると、奥から人の気配がした
やがて、二人分の足音が此方に向かってきて……
「「不思議、不思議~~~」」
声をハモらせながら、奥より二人の少年少女が姿を現した
歳は13くらい、銀髪の双子は客である二人は三人に挨拶する
「いらっしゃいませ。ようこそ、フォドラへ。」
「パーティー用から普段着まで、自由自在に俺達が仕立ててみせま…。」
「ディオ、メル!?」
双子の自己紹介の途中に、クラースの驚きの声が割り込む
しかし、その声に顔を上げた双子もまたクラースを見て驚く
「クラースさん!?」
「クラースさんだ…どうして此処に!?」
「それはこっちが聞きたいくらいだ…まさか、君達まで此処に来ているとは。」
不思議な双子…服を着る事で『なりきる』事が出来るなりきり師達
ジーニアス達に続き、彼等ともこの世界で再会する事になるとは思いもしなかった
その隣で、事情を知らないキュルケとエメロードは疑問を浮かべていた
「へぇ、クラースさんはこの世界の魔法使いに呼ばれて……。」
しばらくして落ち着いた後、クラースはディオと今までの経緯について話し合っていた
キュルケはドレスを仕立てる為、メルとエメロードと一緒に奥へ入っている
「ああ、そういう訳だ。君達はどうやってこの世界に?」
「俺達もどうして此処に来たのか解らないんです。ただ、戦闘の途中に突然強い光に飲み込まれて…。」
気付いた時には、此処ハルケギニアのトリステイン王国にいたのだという
「今はエメロードさんに店長やって貰って、帰る当てが見つかるまで仕立て屋をしています。」
「成る程…しかし、この調子だと他にもいそうだな、異世界からの来訪者が。」
探せば、クレス達や異世界の英雄達も全員いるんじゃないだろうか
本当に何かが…この世界で起ころうとしている
「この街には他にも何人かいるみたいです。店長のエメロードさんだって異世界の人みたいだし。」
「何、そうなのか…大丈夫なのか、彼女は?」
彼女は一見淑女のようにも見えるが、何処か怪しい部分も見え隠れしている
何より、あんな性格だから幼い二人に悪影響ではないだろうか
「最初は戸惑いましたけど…今はそれなりに上手くやってますよ。」
「そうか…まあ、君達が大丈夫ならそうなんだろう…多分。」
一抹の不安を覚えつつも、それはそれで一応納得する事にした
話が終わると、ディオは椅子の背もたれに大きくもたれかかった
「はぁ~…早く終わらせなきゃいけないんだけどなぁ、試練。」
「試練…そうか、君達はまだ精霊の試練の途中なのか。」
この双子は、『精霊の試練』と呼ばれるモノを受けている
その内容は、クラースが契約した精霊達と戦い、認めてもらうといものだ
彼等は己の運命を切り開く為に、様々な時間を巡って試練を受けなければならない
「でも、何で試練を受けなきゃいけないんだろ…ノルンは肝心な事は教えてくれないし。」
「全ての試練を受ければ答えは解るさ…だから、頑張るんだ。」
クラースの励ましに、はいと素直に返事を返すディオ
そんな彼を見て、不意にクラースは小さく呟く
「君達はどうしても試練を乗り越えなければいかんのだ…君達自身の為にも。」
その声はディオには聞こえていない…その言葉の意味は彼等自身が見つけねばならないのだ
そんな時、寸法を終えたキュルケがメルとエメロードと一緒に戻ってくる
「ドレスは3日ほどで出来上がります。後、クラースさんの知り合いだからサービスしておきますね。」
「ありがとう、出来上がりを楽しみにしているわ。」
彼女が仕立てを頼んだのは、今度行われるフリッグの舞踏会用のドレスだった
その後、キュルケは店内に飾られている服を色々と見て回る
それらを何着か買うと、2人は店を後にした
「ありがとうございました、またお越しください。」
エメロードとメル・ディオに見送られ、2人は通りを歩き出す
先頭をキュルケが行く中、フォドラでの感想を述べる
「店の主は気に食わなかったけど、あの双子は可愛かったわ…特にあの男の子、将来有望ね。」
絶対、美男子になるわ…と、彼女の女の感がそう言っている
それを聞いて、クラースはあの二人の行く末について考える
「将来…か。彼等に未来があるといいのだがな…。」
「何か言いまして?」
「いや…何でもない。」
そう答えると、クラースはそれ以上あの双子の事について何も言わなかった
代わりに、ディオが言っていた事について考える
「(それにしても、この街に異邦人が何人もいるとは…彼等と接触してみたいが…。)」
今はキュルケがいるので、其方を優先しよう
本格的な接触は今度時間がある時に、此方の準備を整えてからにした方が良い
「(二兎追うものは一兎も得ず…慎重にいかないとな。)」
そう結論付けると、クラースはキュルケとのデートを続行するのだった
『王都の感想』
クラース「王都トリスタニアか…この国の中心だけあって、活気があるな。」
キュルケ「まあ、小国にしてはそれなりに賑わっていますわね。」
キュルケ「クラース先生の故郷はのどかな村だそうですから、此処の空気は馴染みませんかしら?」
クラース「何処からそれを…まあ、私だって32年も生きてるからな。」
クラース「此処と同じくらい活気のある街にだって行った事はある。」
クラース「それに…私の故郷も後100年すれば此処ぐらいにはなるしな。」
キュルケ「100年?」
クラース「いや、こっちの話だ…では、行こう。」
『謎多き女性エメロード』
キュルケ「それにしても、あの仕立て屋の店主…気に入りませんでしたわ。」
キュルケ「私が目を付けている先生に堂々と色目を使うなんて…。」
クラース「私はいい迷惑だったがな…二人の事も心配だ。」
キュルケ「でも…もしかしたら、あの店主が噂の女なのかしら?」
クラース「噂?」
キュルケ「最近、トリスタニアに魔性の女が現れたって噂がありますの。」
キュルケ「平民、貴族問わずに、次々と男を虜にしているとか…。」
クラース「成る程…彼女に当てはまりそうな噂だな。」
キュルケ「あの女に私が劣るはずありませんわ…もっと女を磨かないと。」
クラース「おーい…そんな所で変に対抗意識を持たなくてもいいぞ。」
『集う異邦人達』
クラース「光に包まれて、か…ジーニアス達と同じ現象だな。」
クラース「皆が同じように光に包まれ、この世界へとたどり着いた。」
クラース「何故そんな事が起こったのか…。」
クラース「只の自然現象とは思えない…何者かの意思が働いているのか?」
クラース「………流石にこれだけの情報では今の所解らないし、見当もつかないな。」
クラース「だが、一つ言える事は…この世界で何かが起きようとしているという事だ。」
クラース「一体何が起きるのだろうな…この世界で。」
『魔法学者の務め』
キュルケ「そう言えばクラース先生って、此処に来るまではどのような事をされていたんですか?」
クラース「そうだな…研究をしたり、村の子ども達に勉強を教えていたな。」
クラース「主に研究ばかりで、ミラルドが殆ど教えていたが…。」
キュルケ「研究?」
クラース「ああ、召喚術…私の使う魔法の研究をな。」
クラース「私の故郷では失われた秘術だったのを、研究に研究を重ねて復活させたんだ。」
キュルケ「まあ…先生の魔法はそんな凄いものだったんですのね。」
クラース「とは言え、その研究の中で間違って才人を呼び出してしまったのだがな。」
クラース「彼には悪い事をしたと思う…だから、必ず帰る方法を見つけないとな。」
『クラースとタバサ』
キュルケ「ねぇ、クラース先生…先生とタバサってどんな関係ですの?」
キュルケ「先生とタバサがよく一緒にいるのを見かけますけど…ひょっとして…。」
クラース「私と彼女は、君が考えているような関係を結んでいない。」
クラース「彼女とは唯の協力関係を結んだだけだ。」
キュルケ「協力関係?」
クラース「そう、彼女の手助けをすると同時に、彼女も私の手助けをする…それだけだ。」
キュルケ「ふーん……まあ、今の所はそれで納得しておきますわ。」
「さあ、次は何処に行きましょうか?」
フォドラからある程度離れた後、キュルケが次の行き先を尋ねる
自分が決めて良いのなら、とクラースは次の目的地を決める
「そうだな…だったら、本を買いに行こうか。」
此処はトリステインの中心…なら、珍しい本も手に入るだろう
「本…ですか?まぁ、貴方がそう言うのなら…。」
特に本には興味のないキュルケはあまり乗り気ではなかった
しかし、クラースの心を掴む為には駄目だというわけにはいかない
「決まりだな…じゃあ、武器屋に行くとするか。」
「えっ、武器屋?」
だが、武器屋に行くというクラースの言葉には耳を疑った
何故本を買いに行くのに、武器屋へ…
「ん、魔術書を買うなら武器屋じゃないのか?」
「武器屋に本なんか売っている筈がありませんわ。本は本屋で買うものじゃ…。」
当然じゃないのかとの問いに、当然の事で答える
しかし、それでもクラースは納得しない様子だった
「ん~…まぁ、少し見に行かせてくれないか?自分の目で確かめたい。」
どうしてもというクラースにそれで納得するのなら…と、二人は武器屋を探して歩き始めた
………………
「すいやせんが、ウチは本なんか扱っていやせんぜ。」
「何、そうなのか!?」
武器屋の店主のその言葉に、クラースは驚く
ようやく見つけた武器屋に入り、魔術書を頼んでの事だった
「だから言いましたのに…。」
「いや、私のいた所では普通に魔術書は武器屋で売っていたぞ。」
可笑しいな…と、クラースは魔術書がないか探してみる
だが、あるのは剣や槍などで、本は影も形もない
「そういや…前にも楽器を売ってくれだの、ストローを売ってくれだの、変な客がいたな。」
「楽器に…ストロー?本当、変な客ね。」
「まったくでさ、武器屋を何だと思ってんのかねぇ。」
キュルケと店主の会話…その中に心当たりがあった
ストローは知らないが、かつての仲間に楽器を武器として扱った人物が二人ほどいる
「店主、その客について聞きたいのだが…。」
「何だ、また馬鹿な客が来たのか?」
気になって尋ねたその時、店内に声が響いた
それはクラースでもキュルケでも、店主のものでもない
何処から聞こえたのかと辺りを見回す中、店主だけが声の主に視線を向ける
「しかしこの前のまな板娘といい、自称吟遊詩人といい、変な客ばっかりきやがるな、このボロ店は。」
「おい、デル公。何気にうちの店の悪口まで言うんじゃねぇ!!」
店主が怒る先を見ると、幾つかの武器が入った樽があった
その樽の中にある一本の剣が、声を発していたようだ
「剣が喋った…まさか、ソーディアンか?」
「ソーディアン?違いまさぁ、こいつは意思を持つ剣・インテリジェンスソードでさぁ。」
確かによく見てみると、自分が知っているものとは違うものだった
だが興味を持ったクラースは、その樽に入った剣を手に取る
「物言う剣か…此処の魔法はこんな物を作る事も出来るのか。」
「おいてめぇ、俺はこんな物なんかじゃねぇ。デルフリンガー様だって…。」
そこまで言った時、デルフリンガーと名乗った剣は急に黙り込んだ
しばらくして、驚いた口調で再び喋りだす
「おでれーた、アンタそんなイカレタ格好してて『使い手』かよ!?」
使い手…物言う剣、デルフリンガーはクラースの事をそう呼んだ
「イカレタ格好ではない、これは召喚術を……使い手?」
お決まりの文句を言おうとしたが、その言葉に口を止める
使い手とは、不思議な事を言うものだ…この剣は
その意味について尋ねると、剣はカタカタと音を立てながら話を続ける
「なんでぇ、おめぇ自分の事を良く解ってねぇのか?」
解らないから聞いているのだが…ふと、クラースは自分の左手に目をやった
左手の甲に刻まれたガンダールヴのルーンが、淡い輝きを放っている
「ガンダールヴのルーン…まさか、これと関係しているのか?」
「ん、そいつは………なんだっけ、思いだせねぇや。」
一瞬だけ期待が膨らんだのだが、すぐに拍子抜けの台詞が返ってくる
「おいおい…解ってないのはお前さんの方じゃないのか?」
「仕方ねぇだろ、六千年も生きてんだから物忘れの一つや二つするってもんだぜ。」
呆れるクラース…だが、ガンダールヴとは何かしらの関係がありそうだと思った
それに口は悪いが物言う剣という事もあり、これを買うには十分な理由となった
「店主、悪いがこの剣を売ってくれないか?」
「ええっ、そんな錆びた剣を!?」
これに驚いたのはキュルケだった…驚くのも無理はない
知性を持った剣とはいえ、刀身は錆びている…使い物になりそうにないからだ
ましてやクラースは術師なのだから、剣なんか使う必要はない
「少しばかりこいつが気に入ったからな…で、いくらだ。」
「うーん…まぁ、折角の厄介払いって事で、100エキューで結構ですぜ。」
店主もこの剣の扱いに困っていたらしく、簡単に売ってくれた
しかし、100となると現在の所持金の半分…少しばかり高い買い物だ
「うーむ、出来ればもう少し…仕方ない、あれを使うか。」
クラースは道具袋に手を入れ、ある物を手に取った
それを使用すると、再度店主に尋ねる
「店主…悪いが、その剣をもう少し安く売ってくれないだろうか?」
その時、店主の目には先程とはクラースが違って見えた
どう見えるかと言うと、素敵に見えるのだ…思わず、値引きしたくなるほどに
「へぇ、それはその…えぇ~、50で如何でしょうか?」
「うーん、もう一声……30で駄目かな?」
爽やかなスマイルでクラースが値段を下げるよう頼むと、ブルブルと店主は震えた
「わ、解りやした、30でお売りいたしやすです、はい。」
交渉成立、クラースはカウンターに金貨を30枚置いた
鞘を貰ってそれに剣を収めると、2人は店を後にした
「どうしたのかしら?先生が急に素敵になって、そしたら剣が急に安く…。」
「ああ、種明かしをすればこういう事だ。」
クラースは道具袋から壷を取り出し、それをキュルケに見せる
「それは?」
「これはミラクルチャームと言って、品物を半額にする効果があるんだ。」
使用者の素敵度を上げてくれる薬…上手く効果が作用して、半額以上になったが
「しかし、酔狂な奴だなあんたも…メイジの癖して、俺みたいな錆びた剣を買うなんてよ。」
ミラクルチャームを戻すと、手元からデルフリンガーが喋るのが聞こえてきた
クラースは鞘からその刀身を抜くと、全体を見ながら話を続ける
「先程言ったように君に興味を持ったからな…それにその刀身、君自身の力による物だろ?」
「へぇ…お前さん鋭いじゃねぇか。よく見せ掛けだって解ったな。」
クラースの言うとおり、その刀身が錆びているように見えるのはデルフリンガーの力によるものだ
何処からどうみても本物の錆と変わらず、普通はそんな違いには気付かない
「観察力は良い方だからな…で、それを元に戻さないのか?」
「ん~、そいつは……わりぃ、その方法も忘れた。しばらくしたら思い出すだろ。」
カチカチと、?の金具を笑っているかのように鳴らす
「全く、しょうがない剣だな…早く思い出してくれよ。」
鞘に刀身を収め、デルフリンガーは道具袋の中へと片付けられる
予想外の収入を得たが、本来の目的は果たせなかった…なので
「まぁ、取りあえずは…今度はちゃんと本屋にいくとするか。」
今度は本屋へ向かって、2人は足を進める事となった
「ほぅ…中々良い本が揃っているな。」
クラースはこの王都でも多くの蔵書量を誇る本屋で、買うべき本を探していた
一冊一冊を手に取り、ページを幾分か捲っては次の本へと手を伸ばす…
その後ろでは、キュルケが置いてある椅子に座ってその様子を眺めていた
「先生、あとどれくらい掛かりますの?」
「ああ、もう少し…もう少しだけ待ってくれ。」
キュルケの問いかけにそう答えてページを捲るクラース…これで三度目だ
もう一時間以上もこうしているので、キュルケも退屈になってきた
「本を読む先生の姿は様になるけど…流石にそればかりじゃ飽きてしまうわ。」
何か、面白いものはないのかしら…と、本屋の中を見回してみる
そんな時、急に空腹感を感じた…そろそろ昼食の時間だ
「そろそろお腹が空いてきたわね…先生、何処かで食事でも…。」
「もうちょっと待ってくれないか…どっちを買うべきか迷っているんだ。」
クラースは2冊の分厚い本を見比べている…かと思ったら、別の本へと視線を伸ばし始めた
この調子ではまだまだ時間が掛かりそうで、ゆっくりと食事とはいかなそうだ
「でしたら、私パンを買ってきますわ…この近くに美味しいパン屋がありますから。」
「そうか…なら、私の分も買ってきてくれ。金は後で払うから。」
解りましたわ、と了承してキュルケはパンを買いに書店を後にする
彼女が去った後、道具袋からデルフリンガーの声が聞こえてきた
「おい、相棒…お前女の扱いが下手だな、あれだと嬢ちゃんに愛想つかされるぜ。」
「別に構わないさ…私へのアプローチも、彼女にとっては一時の娯楽だろうからな。」
とはいえ、彼女のリクエストも答えないと指輪を貸してくれないかもしれない
もう少し彼女の話を聞いた方が良いかな…等と考えていると、ある物が目に入った
それは、太くて真っ白い、クラースには馴染みのある物…
「ダイコン?何故こんな物が此処に…。」
此処は本屋であって、八百屋ではない…気になったクラースはそれに近づこうとした
その手がダイコンに触れようとした時、突然ダイコンから煙が上がった
「うわっ…な、何だ!?」
「ハーーーーッハッハッハッハ!!!!!」
クラースの疑問に対し、妙にテンションの高い笑い声が聞こえてくる
煙が晴れると、そこにいたのはダイコンではなく、一人の男だった
マントを羽織り、巨大なフォークを持ち、『W』のマークがついたコック帽を被っている
「な、何だ、君は!?」
「料理の才を持つ者よ、私は君達を待っていた!!」
クラースの問いかけに答えず、不審な男は勝手に話を進め始めた
「私の名はワンダーシェフ、料理の才ある者にレシピを伝授する、不思議料理人だ。」
「ワンダーシェフ?不思議料理人?」
聞いた事のない言葉に、デルフは訳が解らなかった。
だが、クラースはその名に聞き覚えがあった
「ワンダーシェフ…聞いた事があるぞ。様々なモノに擬態し、それを見破った人間にレシピを教える風変わりな料理人がいると。」
「へぇ…相棒も変な奴だと思ったが、他にもこんな変な奴がいるんだな。」
「ん…おおっ、君は。」
ワンダーシェフはクラースを見るや否や、ずずいと彼に近寄ってくる
「君、ひょっとしてグルメマスターの称号を持っているんじゃないのか?」
「ま、まあな…覚えられる料理は覚えるだけ覚えたが…。」
思わず後ずさるクラース…しかし、ワンダーシェフはしばらくクラースを見た後、顔を横に振る
「甘い、君は甘すぎる…まだまだ料理の道は長く、険しいもの…それ位のレシピでグルメマスターを名乗るのは早すぎる。」
「そ、そうなのか…。」
「故に…そんな甘い君には、甘いフルーツたっぷりのフルーツサンドの作り方を教えよう。」
ワンダーシェフは懐からフルーツサンドのレシピを取り出し、クラースに渡す
受け取ったレシピを見てみると、確かにまだ覚えた事はない料理の事が書かれていた
「また会う事があれば、再びレシピを伝授しよう…それまで、さらば!!!」
マントを翻すワンダーシェフ…その直後に彼は煙に飲まれ、消えてしまった
「消えちまったな…一体何だったんだ、ありゃあ。」
「まあ、貰った物はまともな物だったが…それよりも、早く買い物をすませよう。」
そう言って、再びクラースは本を探す作業へと戻った
一方その頃、キュルケは件のパン屋へと足を運んでいた
まだ話でしか聞いた事がないので、少しワクワクしながら店の扉を開ける
「いらっしゃいませ。」
店の中に入ると、可愛らしい金髪の少女がキュルケを出迎えた
最初は元気な声と笑顔だったが、彼女の風貌を見て顔を曇らせる
「あの…もしかして貴族の方、ですか?」
「そうだけど…別に硬くならなくて良いわよ、パンを買いに来ただけだから。」
楽にして、と言ってキュルケは店内に入り、カウンターに並べられているパンに目を配った
「へぇ、見た事ないものが多いわねぇ…。」
その言葉通り、店に並んでいる殆どのパンがこの辺りでは見た事ないものだった
値段の方を見ると、そういったパンは普通のパンより高かった
「うーん…ちょっとパンにしては高いわね、もう少し安く出来ない?」
「すいません、材料の事とか考えたらこれが妥当な値段なので。」
「文句があるなら、買わなくて結構だ。」
値段の事を話していると、店の奥から一人の少年が姿を現した
銀髪に独特のタトゥーを顔につけており、表情は見るからに不機嫌そうである
あら、良い男じゃない…とキュルケが反応する中、少女は困った顔になる
「お兄ちゃん、またお客様に喧嘩売るつもり?」
「別にそんなつもりはないさ…迷うくらいなら、買わない方が良いだろ?」
「あら、貴方達兄妹なの?」
その言葉には、似てないというニュアンスが込められている
実際、二人には兄妹にしては似ている所が全然ない
「本当の…ってわけじゃないんです。私が兄のように慕っていて…。」
「俺とシャーリィが本当の兄妹じゃないからって、あんたが困る事じゃないだろ。」
貴族相手に噛み付くような物言いに、キュルケは内心驚いた
そんな彼をお兄ちゃん、と少女が口調を強めて宥めようとする
「また問題を起こしたら、今度こそ大変な事になるよ。クロエだって…。」
「わ、解ってるさ、解ってるけど…じゃあ、俺は奥でパンでも作ってるよ。」
そう言い残し、少年は奥のパン工房へ姿を消した
彼が奥に入ると、少女はキュルケに深々と頭を下げる
「ごめんなさい、最近態度が悪いお客さんが多かったから…お兄ちゃん、不機嫌になっちゃって。」
「態度の悪い客?そう言えば、さっき問題がどうとか…」
「はい、その殆どが貴族の方で…パンを買い占めようとしたり、お兄ちゃんを無理やり専属の職人にしようとしたり、私を…。」
「ああ、解ったわ…それ以上言わなくても良いから。」
随分と貴族から酷い事をされたらしい…だから、自分が此処に来た時も顔を曇らせていたのだ
「全く、トリステインの貴族って品がないわね…貴族の恥さらしだわ。」
自分もそうだと思われた事に少し憤慨したが、キュルケはジッと並んでいる商品を見つめる
そして、自身の財布から硬貨を数十枚取り出して少女に渡す
「これとこれとこれ、あとこれお願いね…お金はそれで足りるでしょ?」
「あっ…はい、大丈夫です…ありがとうございます。」
シャーリィはお金を受け取ると、急いで彼女が選んだ商品を袋につめた
そして御釣りと一緒に、パンの入った袋を渡す
「はい、どうぞ。」
「ありがとう…あら、他のパンも幾つか入ってるけど?」
「それは、さっきお兄ちゃんが失礼な事を言ったからそのお詫びに…。」
「良いわよ、そんなの…嫌いなんでしょ、貴族が?」
キュルケの言葉に対し、シャーリィは首を横に振る
「それだけじゃないです…お客さんが今まで会ったどの貴族の人より良い人だと思ったから。」
ちゃんと買い物をしてくれた貴族は彼女が初めてだったので、シャーリィはそう思った
その事を伝えた彼女の顔は、最初に見せたのと同じ笑顔であった
それを見て、自然とキュルケも笑みを浮かべる
「フフ、そう言われるのも悪い気はしないわね。また今度も、この店のパンを買わせて貰うわ。」
「はい、今後とも『ウェルテス』をよろしくお願いします。」
シャーリィに見送られ、キュルケはウェルテスを後にする
そして、今もクラースがいるであろう本屋へと戻るのだった
………………
「美味しい!!」
ウェルテスで買ったパンを食べ、キュルケの歓喜の声が上がる
あれから、クラースはようやく本を買い揃え、この噴水広場で食事を取る事となった
空いているベンチに座り、2人は先程ウェルテスで買ったパンを食べる
どれも絶品で、そこらのパンとは比べられない味だ
「これ、あの子のお兄さんが作ったのよね…口は悪いけど、腕は確かだわ。」
「確かに、中々美味いな。」
クラースは相槌を打ちながら片手でパンを食べつつ、買ってきた本を読んでいた
「先生ったら、こんな時まで本なんか読んで…行儀が悪いですわよ。」
「ああ、悪い悪い…しかし、こいつは中々に面白い記述があってね。」
読んでみるか、とクラースはキュルケに自分が読んでいた本を差し出す
彼女はそれを受け取ると、ペラペラとページを捲っていく…
が、数秒後には本を閉じてしまった
「はぁ、専門過ぎて全然解りませんわ。恋愛ものなら読めるのだけど。」
「だらしないな…恋愛を楽しむのも良いが、もう少し勉強したらどうだ?」
得た知識は役に立つぞ、そう言って再びクラースは本を読み始めた
そうかしら、と思っていると目の前を小さい何かが通り過ぎていった
「うきゅ、うきゅきゅきゅ!!!」
鳴き声をあげるそれは、エメラルドグリーンの体毛をした奇妙な生き物だった
体格は一mほどで、愛らしい程丸っこいその生き物は必死に走っている
「待って~~、待つのね~~~~!!!」
その生き物を追って、今度は青髪のメイドがキュルケの視界を横切る
一匹と一人のメイドはそのまま向こうへとその姿を消した
「何だったのかしら、今の?」
見た事のない生き物に、それを追うメイド…その間もクラースは本を読み続けていた
多分、どこかの貴族のペットが逃げ出して、メイドがそれを追っているのだろう
そういう事で納得すると、キュルケは今クラースをどう攻略するか考える
「……ねぇ、クラース先生。」
まずは密着するまで寄り添い、クラースの腕に胸を押し付けながら抱きつく
「本ばかり読んでないでもっと楽しみましょうよ…色々とね。」
そして、耳元近くで甘い声で呟く…彼女お決まりの堕とし方法だ
全く、この子は…と呆れるが、ふと前から気になっていた事を口にする
「そう言えば、君とタバサは友人らしいが…二人は一体どういう経緯で友人になったんだ?」
寡黙で学院では殆ど目立たないタバサと、その美貌と色香で周囲の男性を惑わせるキュルケ
性格も容姿も、全く繋がらない二人が友人である事がクラースには解らない
「あら、クラース先生が私に興味を抱いてくれるなんて嬉しいですわ。」
「別にそういう訳じゃないんだがな…話したくないなら、別に構わないが。」
「いいえ、折角ですもの…あれは……。」
キュルケは立ち上がると、クラースの正面へと移動する
そして、笑顔で自分達の出会いを話そうとした時、突然彼女の身体がぐらついた
何事かとクラースが確認すると、彼女の隣に金髪の少年の姿があった
「ご、ごめんなさい…急いでたから。」
少年はおどおどしながらキュルケに謝る…どうやらこの少年が彼女とぶつかったらしい
服装は所々に継ぎ接ぎがなされており、貧しい平民を思わせる
「もう、危なっかしいわねぇ…今度からは気をつけなさい。」
「は、はい…すいませんでした。」
再度謝ると、即座に少年はその場を立ち去っていった
さぁ、仕切りなおして…と話をしようとした時、声が聞こえてきた
「だ、誰か…あの小僧を捕まえてくれ~~~。」
振り返ると、一人の男がふらふらと走っているのが見えた
やがて体力の限界がきたらしく、その場に座り込んでしまう
「どうした、何があった?」
「ぬ、盗まれたんです…俺の金を…あの小僧に…。」
あの小僧とは、先程キュルケとぶつかった少年らしい…息も絶え絶えに男は答える
「あら、ご愁傷様ね…でも、私達には関係のない事よ。」
別に人助けをするつもりがないので、キュルケは男の願いをあっさりと切り捨てた
その言葉に、男はすがる思いで助けを求める
「そ、そんな…あの金は、王都で店を始めるのに必要な物なんです。だから、貴族様の魔法で…」
「盗人を捕まえたいなら、衛士に頼むのね…私達は私達で忙しいんだし。」
彼女の言葉に男は酷く落胆するが、クラースは一つ気になる事があった
「確かにご愁傷様だが……キュルケ、何か盗られてはいないのか?」
「そんな筈ありませんわ。私はあんな子に盗まれる程甘くは…。」
「いや、さっきあの子とぶつかったからな…万が一という事もある。」
その言葉に、キュルケは念の為に盗られた物がないか服の中を探ってみた
ごそごそと確認してみて、ある物が無くなっている事に気付く
「あ、あら…炎のガーネットがありませんわ。」
「何、よりにもよってそれをか!?」
周囲を見渡してみるが、何処にも指輪は落ちていない
やはり、ぶつかったあの時に盗まれてしまったのだろう
「これは、何が何でもあの子を捕まえないといけなくなったな。」
「あっ、あの…よろしければ、私めの金も取り返してください。」
お礼はしますから…と、頭を下げて男は頼み込んできた
兎に角、二人は指輪を取り戻すべく、少年が走り去った方向へ向かった
………………
「はぁ、はぁ、はぁ…何とか逃げ切れた。」
大通りの物陰に隠れ、少年は一休みをしていた
手には男から盗んだ財布と、ガーネットの指輪がある
「でも、どうしよう…さっき貴族の人とぶつかった時に、思わず拾っちゃった。」
本当は、この指輪を盗むつもりは無かった
あの時、無我夢中だったから…誤って、キュルケから零れ落ちたこの指輪を取ってしまった
今更返しにもいけないし、どうすれば…
「でも…これだけあれば、きっと……。」
男から盗んだ財布には、金貨がぎっしりと入っている
盗みは悪いけど、今自分にはお金が必要なのだ…それも大金が
一先ずの休憩を終え、とりあえず少年はすぐにでも家に帰ろうとした
「そこの少年、待ちたまえ!!」
だが、丁度その時少年を追ってクラースとキュルケがやってきた
貴族が追ってきた…それに恐怖した少年は、急いでその場から逃げ出す
「逃げるか…キュルケ、魔法でどうにかならないか?」
「無理ですわ、距離がありますし…何より、人が多すぎますわ。」
流石のキュルケでも、今回ばかりはどうにもならないらしい
「そうか…私もこんな街中で召喚術は使いたくはない…なら、手段はたった一つだな。」
そう言うと、クラースは少年を見る…この道を真っ直ぐ、人混みにまぎれて逃げている
それを確認した直後、クラースは軽く準備運動を行う
「クラース先生、まさか…走って追いかけるんですの?」
「それしかないからな…私があの子を捕まえてくるから、君はさっきの広場で待っていてくれ。」
「あっ、先生!?」
そう言い残し、クラースは少年を追って走り出した
何か言おうと手を伸ばすキュルケだが、もうクラースは遠くまで走っていってしまった
人々が行き交いして賑わう大通り…その中を少年は駆け抜けていった
巧みに障害物と通行人を避け、スピードを落す事なく逃げ続けている
そんな少年の後を追って、クラースも全速力で走っていた
「あの少年、早いな…一向に距離が縮まらん。」
「そんな奴を追いかけるだけの足を持ってる相棒も、中々ガッツがあるじゃねーか。」
「しかし、長引けば逃げられるな…正直かなりキツイ。」
だんだんと疲労感が蓄積されてくる…以前よりスタミナが無くなっているのを感じた
歳はとりたくないな…等と考えつつも、全速力で追いかけ続ける
「えいっ!!」
そんな時、少年は道端に置かれている木箱を蹴り倒した
中に入っていた果物が地面に散らばり、クラースにとって障害物となる
「よっと。」
だが、クラースはそれらを飛び越える事で難なくやりすごした
それを見ると、少年は左脇へと移動し、急にその姿を消した…裏道へと入ったようだ
「裏道に入ったか…これは好都合だ。」
少年は複雑に入り組む裏道を使って逃げ切ろうと考えているのだろう
だが、人が少ない裏道なら召喚術を使う事が出来る
裏道に入ると、早速シルフを呼び出す為にクラースは走りながら詠唱を行う
「………出でよ、シルフ!!」
詠唱を完成させると、クラースの周りに3姉妹が空中を飛行しながら姿を現す
「シルフ、悪いがあの少年を捕まえてくれ。」
『解りました。』
早速の指示に頷くと、シルフ達は先行して少年を追いかけた
少年がどんなに速く走る事が出来ても、人間の足では風には及ばなかった
距離はあっという間に縮まり、彼の目の前にセフィーが立ちふさがる
「うわっ、何だ!?」
『止まりなさい、これ以上逃げても無駄です。』
セフィーが勧告するが、それでも少年は逃げようと横道に入ろうとする
だが、その足元へユーティスが矢を射掛けた
『これ以上逃げるんじゃないよ、マスターに手間かけさせといて…。』
『すいません、諦めてください。』
三姉妹は完全に少年を包囲する…少年はその場に腰を落すしか出来なかった
「な、何、これ……妖精!?」
「はぁ、はぁ、はぁ…ふぅ、ようやく追いついたな。」
「すげぇな、相棒…あんな凄いのを使えるなんて、てーしたもんだ。」
「ひっ!?」
息を少し切らせながら、ようやくクラースが少年に追いつく
少年は恐怖に顔を歪めながら、クラースに向かって土下座した
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、許してください、もう二度としませんから。」
そして、必死になってクラースに謝る
無理も無い、貴族相手にスリなんかして生きていられる筈がないのだから
クラースはシルフ達を下がらせると、土下座する少年の下へ歩み寄る
「だったら、最初からするんじゃない…さあ、盗んだものを返すんだ。」
「は、はい。」
少年は懐に隠していた財布と指輪を取り出し、クラースに渡した
「ん、確かに…他には何も盗ってはいないだろうな?」
「はい、それだけです……じゃあ、僕はこれで…。」
これで終わったとばかりに、少年はその場から立ち去ろうとする
だが、クラースは少年の肩を掴んで逃がさなかった
「こら待て…罪を犯した以上、それで終わりというわけにはいかんぞ。」
「そ、そんな……。」
「今更後悔しても自業自得だ…さあ、来るんだ。」
「ううっ、母さん…姉さん……。」
厳しいが、彼が犯した罪を見過ごすわけにはいかない
クラースは涙を流す少年の手を引っ張って、広場へと戻るのだった
#navi(TALES OF ZERO)
#navi(TALES OF ZERO)
&setpagename(第七話A 王都トリスタニア ~キュルケとデート~ )
第七話A 王都トリスタニア ~キュルケとデート~
翌日、虚無の曜日…日本で言えば日曜日にあたるこの日
今、クラースは馬に乗っていた…その馬を走らせ、道を進んでいく
その隣には、同じように馬を走らせるキュルケの姿がある
「フフ、素敵だわ…こうやって憧れの殿方と一緒に馬を走らせて…。」
キュルケが今の状況に満足し、笑みを浮かべている
彼らは朝早くから馬を走らせ、ある場所を目指していた
「キュルケ、道はこっちで合っているのか?」
「ええ。馬で三時間…その先が王都オリスタニアですわ。」
彼等が向かっているのは、トリステインの首都である王都トリスタニア
そこに行って、クラースはキュルケの頼み事を果たさなければならないのだ
「しかし、まさか…この歳でデートに付き合わされるとは思わなかったな。」
その頼み事…昨日キュルケから言われたお願い事とは、彼女に今日一日付き合う事だった
当然、ルイズは反対したのだが、それが駄目ならガーネットの指輪は手に入らない
新たな召喚術を取るか、意地を取るか…悩みに悩んだ結果、ルイズは今回のデートを了承した
『せ、先生の魔法の為なんだからね。あいつの色香に惑わされたら許さないんだから。』と言って
「あら、恋に歳なんて関係ありませんわ。恋の炎はそう簡単には消えず、激しく燃え上がる物ですの。」
「そうは言われても、私は既婚者なんだがな。」
しかし、そんなクラースの言葉に耳を貸さず、彼女は一人デートのプランを口ずさむ
ああしたい、こうしたいと…それを聞くだけで、ため息が出そうだ
「やれやれ…こんなおっさんの何処が良いのかね?」
「それは、クラース先生は他の殿方にはない物を沢山持っているからですわ。」
「クラース先生って…まあ良い、例えばどのような物なんだ?」
「そうですわね…その格好と刺青なんか斬新ですし、本を武器に戦う事とか…。」
キュルケがクラースの良い所をあげていく…が、その内容にクラースは喜ぶ気にはなれない
そんな時、丘を越えた先に大きな城と町並みが見えてきた…それこそが王都トリスタニアだった
町の門の側の駅に馬を預け、二人は入り口前へと向かう
「さぁ、まずは何処に行こうかしら?新しい服とか欲しいし、化粧道具とかも悪くないわね。」
「そうだな…まずは金を調達させてくれ。此処の通貨は持っていないので自分の金を作りたい。」
別世界から呼び出されたので、当然と言えば当然である
この辺りでガルド通貨が使えない事は、既に本を読んで学んでいる
「あら、そんなの私が払うから構いませんのに。」
「君に借りを作ると色々後が大変そうだからな…一応、換金出来そうなものは持っている。」
持ってきた道具袋を広げ、中の換金出来そうな物を探してみる
冬虫夏草、浮世絵、伽羅香、毛皮……その他色々
これ等を売れば、それなりの金は入るだろう
「まあ、そんなに…先生って、色々持っていますのね。」
「まあな…万が一にと常に持っている。」
召喚術の研究中に強力な魔物が現れたり、召喚元に逆召喚されたりした事が以前何度かあった
その事を踏まえ、クラースは常に道具袋と複数のアイテムを持つ事を心がけている
「此処に来てから、色々と役に立っているわけだから…備えあれば憂いなしとは良く言ったものだ。」
そう言っている間に、換金するアイテムを分け終える
では、行こうか…と、クラースとキュルケは王都の中へと入っていった
「ありがとうございました。」
換金できそうな店で換金を済ませ、二人は店を後にした
クラースの手には、金貨が入った袋が握られている
「取りあえず、200エキューか…これは多い方なのか?」
「貴族にとってははした金ですわ。平民ならそれなりの生活が出来るでしょうけど。」
まあ、高い買い物はしないつもりなのでこれくらいで良いだろう
換金できる物はまだあるので、足りないならまた換金すれば良い
「さて、金は出来たわけだが…どうするんだ?」
「そうですわね…まずは服を見に行きましょう、すぐそこに店がありますから。」
換金した店の反対側に、確かに店があった
看板には服のマークに『フォドラ』とこの辺の文字が描かれている
「この店ってつい最近出来たのだけど、とっても評判が良いの。」
「そうなのか…まぁ、長くならないようにしてくれよ。」
女の買い物で一番長くなるものの一つが服である事を、クラースは良く知っている
多分無理だとは思いつつも、2人は店の中へと入っていった
「いらっしゃいませ、ようこそフォドラへ。」
2人を出迎えたのは、女性の主だった
その仕草や服装からは貴族を思わせ、キュルケ以上の妖艶さを漂わせている
「私、この店の主人のエメロードと申します…お見知りおきを。」
礼儀正しく挨拶し、エメロードと名乗った主人は2人を見つめる
そして、クラースに気付いた途端、ずずいと近づく
「ああ、貴方…よくぞ私の店にいらしてくださいました。」
「な、何だ…急に。」
いきなり近づいて惚れましたという顔をされ、クラースは思わず後ずさる
だが、彼女はすぐに近づき、その豊満な胸を彼の胸板に押し付けてきた
「貴方のような方が何故このような所に…ハッ、まさか私に会いに来てくださったのですね?」
「いや…私はただ連れの買い物に付き合って来ただけだが…。」
横目でキュルケを見ると、物凄く不機嫌そうな顔をしていた
当然である、初対面なのに自分の相手を横取りしようとしているのだから
「そうですか…でも、私の直感が告げるのです。私は今日貴方と会うべくこの地へやってきたのだと。」
「ん…貴方はこの国の人間ではないのか?」
はい、と答えるとエメロードは一旦クラースから離れた
そして、まるで芝居をするかのような仕草と共に身の上話を始める
「私、以前はある所で働いていました…その任を終えた後、何の因果かこの辺境の地へとやってきたのです。」
トリステインを辺境と言うとは、余程遠い所からやってきたのだろうか
体全体を使って悲しみを表現しつつ、更に話を続ける
「右も左も解らない…そんな不幸な私に、神は可愛らしい双子を授けて下さいましたわ。」
「双子?」
「はい、どんな服でも仕立ててくれる素晴らしい子ども達ですわ。さぁ、いらっしゃい。」
エメロードが奥に向かって声を掛けると、奥から人の気配がした
やがて、二人分の足音が此方に向かってきて……
「「不思議、不思議~~~」」
声をハモらせながら、奥より二人の少年少女が姿を現した
歳は13くらい、銀髪の双子は客である二人は三人に挨拶する
「いらっしゃいませ。ようこそ、フォドラへ。」
「パーティー用から普段着まで、自由自在に俺達が仕立ててみせま…。」
「ディオ、メル!?」
双子の自己紹介の途中に、クラースの驚きの声が割り込む
しかし、その声に顔を上げた双子もまたクラースを見て驚く
「クラースさん!?」
「クラースさんだ…どうして此処に!?」
「それはこっちが聞きたいくらいだ…まさか、君達まで此処に来ているとは。」
不思議な双子…服を着る事で『なりきる』事が出来るなりきり師達
ジーニアス達に続き、彼等ともこの世界で再会する事になるとは思いもしなかった
その隣で、事情を知らないキュルケとエメロードは疑問を浮かべていた
「へぇ、クラースさんはこの世界の魔法使いに呼ばれて……。」
しばらくして落ち着いた後、クラースはディオと今までの経緯について話し合っていた
キュルケはドレスを仕立てる為、メルとエメロードと一緒に奥へ入っている
「ああ、そういう訳だ。君達はどうやってこの世界に?」
「俺達もどうして此処に来たのか解らないんです。ただ、戦闘の途中に突然強い光に飲み込まれて…。」
気付いた時には、此処ハルケギニアのトリステイン王国にいたのだという
「今はエメロードさんに店長やって貰って、帰る当てが見つかるまで仕立て屋をしています。」
「成る程…しかし、この調子だと他にもいそうだな、異世界からの来訪者が。」
探せば、クレス達や異世界の英雄達も全員いるんじゃないだろうか
本当に何かが…この世界で起ころうとしている
「この街には他にも何人かいるみたいです。店長のエメロードさんだって異世界の人みたいだし。」
「何、そうなのか…大丈夫なのか、彼女は?」
彼女は一見淑女のようにも見えるが、何処か怪しい部分も見え隠れしている
何より、あんな性格だから幼い二人に悪影響ではないだろうか
「最初は戸惑いましたけど…今はそれなりに上手くやってますよ。」
「そうか…まあ、君達が大丈夫ならそうなんだろう…多分。」
一抹の不安を覚えつつも、それはそれで一応納得する事にした
話が終わると、ディオは椅子の背もたれに大きくもたれかかった
「はぁ~…早く終わらせなきゃいけないんだけどなぁ、試練。」
「試練…そうか、君達はまだ精霊の試練の途中なのか。」
この双子は、『精霊の試練』と呼ばれるモノを受けている
その内容は、クラースが契約した精霊達と戦い、認めてもらうといものだ
彼等は己の運命を切り開く為に、様々な時間を巡って試練を受けなければならない
「でも、何で試練を受けなきゃいけないんだろ…ノルンは肝心な事は教えてくれないし。」
「全ての試練を受ければ答えは解るさ…だから、頑張るんだ。」
クラースの励ましに、はいと素直に返事を返すディオ
そんな彼を見て、不意にクラースは小さく呟く
「君達はどうしても試練を乗り越えなければいかんのだ…君達自身の為にも。」
その声はディオには聞こえていない…その言葉の意味は彼等自身が見つけねばならないのだ
そんな時、寸法を終えたキュルケがメルとエメロードと一緒に戻ってくる
「ドレスは3日ほどで出来上がります。後、クラースさんの知り合いだからサービスしておきますね。」
「ありがとう、出来上がりを楽しみにしているわ。」
彼女が仕立てを頼んだのは、今度行われるフリッグの舞踏会用のドレスだった
その後、キュルケは店内に飾られている服を色々と見て回る
それらを何着か買うと、2人は店を後にした
「ありがとうございました、またお越しください。」
エメロードとメル・ディオに見送られ、2人は通りを歩き出す
先頭をキュルケが行く中、フォドラでの感想を述べる
「店の主は気に食わなかったけど、あの双子は可愛かったわ…特にあの男の子、将来有望ね。」
絶対、美男子になるわ…と、彼女の女の感がそう言っている
それを聞いて、クラースはあの二人の行く末について考える
「将来…か。彼等に未来があるといいのだがな…。」
「何か言いまして?」
「いや…何でもない。」
そう答えると、クラースはそれ以上あの双子の事について何も言わなかった
代わりに、ディオが言っていた事について考える
「(それにしても、この街に異邦人が何人もいるとは…彼等と接触してみたいが…。)」
今はキュルケがいるので、其方を優先しよう
本格的な接触は今度時間がある時に、此方の準備を整えてからにした方が良い
「(二兎追うものは一兎も得ず…慎重にいかないとな。)」
そう結論付けると、クラースはキュルケとのデートを続行するのだった
『王都の感想』
クラース「王都トリスタニアか…この国の中心だけあって、活気があるな。」
キュルケ「まあ、小国にしてはそれなりに賑わっていますわね。」
キュルケ「クラース先生の故郷はのどかな村だそうですから、此処の空気は馴染みませんかしら?」
クラース「何処からそれを…まあ、私だって32年も生きてるからな。」
クラース「此処と同じくらい活気のある街にだって行った事はある。」
クラース「それに…私の故郷も後100年すれば此処ぐらいにはなるしな。」
キュルケ「100年?」
クラース「いや、こっちの話だ…では、行こう。」
『謎多き女性エメロード』
キュルケ「それにしても、あの仕立て屋の店主…気に入りませんでしたわ。」
キュルケ「私が目を付けている先生に堂々と色目を使うなんて…。」
クラース「私はいい迷惑だったがな…二人の事も心配だ。」
キュルケ「でも…もしかしたら、あの店主が噂の女なのかしら?」
クラース「噂?」
キュルケ「最近、トリスタニアに魔性の女が現れたって噂がありますの。」
キュルケ「平民、貴族問わずに、次々と男を虜にしているとか…。」
クラース「成る程…彼女に当てはまりそうな噂だな。」
キュルケ「あの女に私が劣るはずありませんわ…もっと女を磨かないと。」
クラース「おーい…そんな所で変に対抗意識を持たなくてもいいぞ。」
『集う異邦人達』
クラース「光に包まれて、か…ジーニアス達と同じ現象だな。」
クラース「皆が同じように光に包まれ、この世界へとたどり着いた。」
クラース「何故そんな事が起こったのか…。」
クラース「只の自然現象とは思えない…何者かの意思が働いているのか?」
クラース「………流石にこれだけの情報では今の所解らないし、見当もつかないな。」
クラース「だが、一つ言える事は…この世界で何かが起きようとしているという事だ。」
クラース「一体何が起きるのだろうな…この世界で。」
『魔法学者の務め』
キュルケ「そう言えばクラース先生って、此処に来るまではどのような事をされていたんですか?」
クラース「そうだな…研究をしたり、村の子ども達に勉強を教えていたな。」
クラース「主に研究ばかりで、ミラルドが殆ど教えていたが…。」
キュルケ「研究?」
クラース「ああ、召喚術…私の使う魔法の研究をな。」
クラース「私の故郷では失われた秘術だったのを、研究に研究を重ねて復活させたんだ。」
キュルケ「まあ…先生の魔法はそんな凄いものだったんですのね。」
クラース「とは言え、その研究の中で間違って才人を呼び出してしまったのだがな。」
クラース「彼には悪い事をしたと思う…だから、必ず帰る方法を見つけないとな。」
『クラースとタバサ』
キュルケ「ねぇ、クラース先生…先生とタバサってどんな関係ですの?」
キュルケ「先生とタバサがよく一緒にいるのを見かけますけど…ひょっとして…。」
クラース「私と彼女は、君が考えているような関係を結んでいない。」
クラース「彼女とは唯の協力関係を結んだだけだ。」
キュルケ「協力関係?」
クラース「そう、彼女の手助けをすると同時に、彼女も私の手助けをする…それだけだ。」
キュルケ「ふーん……まあ、今の所はそれで納得しておきますわ。」
「さあ、次は何処に行きましょうか?」
フォドラからある程度離れた後、キュルケが次の行き先を尋ねる
自分が決めて良いのなら、とクラースは次の目的地を決める
「そうだな…だったら、本を買いに行こうか。」
此処はトリステインの中心…なら、珍しい本も手に入るだろう
「本…ですか?まぁ、貴方がそう言うのなら…。」
特に本には興味のないキュルケはあまり乗り気ではなかった
しかし、クラースの心を掴む為には駄目だというわけにはいかない
「決まりだな…じゃあ、武器屋に行くとするか。」
「えっ、武器屋?」
だが、武器屋に行くというクラースの言葉には耳を疑った
何故本を買いに行くのに、武器屋へ…
「ん、魔術書を買うなら武器屋じゃないのか?」
「武器屋に本なんか売っている筈がありませんわ。本は本屋で買うものじゃ…。」
当然じゃないのかとの問いに、当然の事で答える
しかし、それでもクラースは納得しない様子だった
「ん~…まぁ、少し見に行かせてくれないか?自分の目で確かめたい。」
どうしてもというクラースにそれで納得するのなら…と、二人は武器屋を探して歩き始めた
………………
「すいやせんが、ウチは本なんか扱っていやせんぜ。」
「何、そうなのか!?」
武器屋の店主のその言葉に、クラースは驚く
ようやく見つけた武器屋に入り、魔術書を頼んでの事だった
「だから言いましたのに…。」
「いや、私のいた所では普通に魔術書は武器屋で売っていたぞ。」
可笑しいな…と、クラースは魔術書がないか探してみる
だが、あるのは剣や槍などで、本は影も形もない
「そういや…前にも楽器を売ってくれだの、ストローを売ってくれだの、変な客がいたな。」
「楽器に…ストロー?本当、変な客ね。」
「まったくでさ、武器屋を何だと思ってんのかねぇ。」
キュルケと店主の会話…その中に心当たりがあった
ストローは知らないが、かつての仲間に楽器を武器として扱った人物が二人ほどいる
「店主、その客について聞きたいのだが…。」
「何だ、また馬鹿な客が来たのか?」
気になって尋ねたその時、店内に声が響いた
それはクラースでもキュルケでも、店主のものでもない
何処から聞こえたのかと辺りを見回す中、店主だけが声の主に視線を向ける
「しかしこの前のまな板娘といい、自称吟遊詩人といい、変な客ばっかりきやがるな、このボロ店は。」
「おい、デル公。何気にうちの店の悪口まで言うんじゃねぇ!!」
店主が怒る先を見ると、幾つかの武器が入った樽があった
その樽の中にある一本の剣が、声を発していたようだ
「剣が喋った…まさか、ソーディアンか?」
「ソーディアン?違いまさぁ、こいつは意思を持つ剣・インテリジェンスソードでさぁ。」
確かによく見てみると、自分が知っているものとは違うものだった
だが興味を持ったクラースは、その樽に入った剣を手に取る
「物言う剣か…此処の魔法はこんな物を作る事も出来るのか。」
「おいてめぇ、俺はこんな物なんかじゃねぇ。デルフリンガー様だって…。」
そこまで言った時、デルフリンガーと名乗った剣は急に黙り込んだ
しばらくして、驚いた口調で再び喋りだす
「おでれーた、アンタそんなイカレタ格好してて『使い手』かよ!?」
使い手…物言う剣、デルフリンガーはクラースの事をそう呼んだ
「イカレタ格好ではない、これは召喚術を……使い手?」
お決まりの文句を言おうとしたが、その言葉に口を止める
使い手とは、不思議な事を言うものだ…この剣は
その意味について尋ねると、剣はカタカタと音を立てながら話を続ける
「なんでぇ、おめぇ自分の事を良く解ってねぇのか?」
解らないから聞いているのだが…ふと、クラースは自分の左手に目をやった
左手の甲に刻まれたガンダールヴのルーンが、淡い輝きを放っている
「ガンダールヴのルーン…まさか、これと関係しているのか?」
「ん、そいつは………なんだっけ、思いだせねぇや。」
一瞬だけ期待が膨らんだのだが、すぐに拍子抜けの台詞が返ってくる
「おいおい…解ってないのはお前さんの方じゃないのか?」
「仕方ねぇだろ、六千年も生きてんだから物忘れの一つや二つするってもんだぜ。」
呆れるクラース…だが、ガンダールヴとは何かしらの関係がありそうだと思った
それに口は悪いが物言う剣という事もあり、これを買うには十分な理由となった
「店主、悪いがこの剣を売ってくれないか?」
「ええっ、そんな錆びた剣を!?」
これに驚いたのはキュルケだった…驚くのも無理はない
知性を持った剣とはいえ、刀身は錆びている…使い物になりそうにないからだ
ましてやクラースは術師なのだから、剣なんか使う必要はない
「少しばかりこいつが気に入ったからな…で、いくらだ。」
「うーん…まぁ、折角の厄介払いって事で、100エキューで結構ですぜ。」
店主もこの剣の扱いに困っていたらしく、簡単に売ってくれた
しかし、100となると現在の所持金の半分…少しばかり高い買い物だ
「うーむ、出来ればもう少し…仕方ない、あれを使うか。」
クラースは道具袋に手を入れ、ある物を手に取った
それを使用すると、再度店主に尋ねる
「店主…悪いが、その剣をもう少し安く売ってくれないだろうか?」
その時、店主の目には先程とはクラースが違って見えた
どう見えるかと言うと、素敵に見えるのだ…思わず、値引きしたくなるほどに
「へぇ、それはその…えぇ~、50で如何でしょうか?」
「うーん、もう一声……30で駄目かな?」
爽やかなスマイルでクラースが値段を下げるよう頼むと、ブルブルと店主は震えた
「わ、解りやした、30でお売りいたしやすです、はい。」
交渉成立、クラースはカウンターに金貨を30枚置いた
鞘を貰ってそれに剣を収めると、2人は店を後にした
「どうしたのかしら?先生が急に素敵になって、そしたら剣が急に安く…。」
「ああ、種明かしをすればこういう事だ。」
クラースは道具袋から壷を取り出し、それをキュルケに見せる
「それは?」
「これはミラクルチャームと言って、品物を半額にする効果があるんだ。」
使用者の素敵度を上げてくれる薬…上手く効果が作用して、半額以上になったが
「しかし、酔狂な奴だなあんたも…メイジの癖して、俺みたいな錆びた剣を買うなんてよ。」
ミラクルチャームを戻すと、手元からデルフリンガーが喋るのが聞こえてきた
クラースは鞘からその刀身を抜くと、全体を見ながら話を続ける
「先程言ったように君に興味を持ったからな…それにその刀身、君自身の力による物だろ?」
「へぇ…お前さん鋭いじゃねぇか。よく見せ掛けだって解ったな。」
クラースの言うとおり、その刀身が錆びているように見えるのはデルフリンガーの力によるものだ
何処からどうみても本物の錆と変わらず、普通はそんな違いには気付かない
「観察力は良い方だからな…で、それを元に戻さないのか?」
「ん~、そいつは……わりぃ、その方法も忘れた。しばらくしたら思い出すだろ。」
カチカチと、?の金具を笑っているかのように鳴らす
「全く、しょうがない剣だな…早く思い出してくれよ。」
鞘に刀身を収め、デルフリンガーは道具袋の中へと片付けられる
予想外の収入を得たが、本来の目的は果たせなかった…なので
「まぁ、取りあえずは…今度はちゃんと本屋にいくとするか。」
今度は本屋へ向かって、2人は足を進める事となった
「ほぅ…中々良い本が揃っているな。」
クラースはこの王都でも多くの蔵書量を誇る本屋で、買うべき本を探していた
一冊一冊を手に取り、ページを幾分か捲っては次の本へと手を伸ばす…
その後ろでは、キュルケが置いてある椅子に座ってその様子を眺めていた
「先生、あとどれくらい掛かりますの?」
「ああ、もう少し…もう少しだけ待ってくれ。」
キュルケの問いかけにそう答えてページを捲るクラース…これで三度目だ
もう一時間以上もこうしているので、キュルケも退屈になってきた
「本を読む先生の姿は様になるけど…流石にそればかりじゃ飽きてしまうわ。」
何か、面白いものはないのかしら…と、本屋の中を見回してみる
そんな時、急に空腹感を感じた…そろそろ昼食の時間だ
「そろそろお腹が空いてきたわね…先生、何処かで食事でも…。」
「もうちょっと待ってくれないか…どっちを買うべきか迷っているんだ。」
クラースは2冊の分厚い本を見比べている…かと思ったら、別の本へと視線を伸ばし始めた
この調子ではまだまだ時間が掛かりそうで、ゆっくりと食事とはいかなそうだ
「でしたら、私パンを買ってきますわ…この近くに美味しいパン屋がありますから。」
「そうか…なら、私の分も買ってきてくれ。金は後で払うから。」
解りましたわ、と了承してキュルケはパンを買いに書店を後にする
彼女が去った後、道具袋からデルフリンガーの声が聞こえてきた
「おい、相棒…お前女の扱いが下手だな、あれだと嬢ちゃんに愛想つかされるぜ。」
「別に構わないさ…私へのアプローチも、彼女にとっては一時の娯楽だろうからな。」
とはいえ、彼女のリクエストも答えないと指輪を貸してくれないかもしれない
もう少し彼女の話を聞いた方が良いかな…等と考えていると、ある物が目に入った
それは、太くて真っ白い、クラースには馴染みのある物…
「ダイコン?何故こんな物が此処に…。」
此処は本屋であって、八百屋ではない…気になったクラースはそれに近づこうとした
その手がダイコンに触れようとした時、突然ダイコンから煙が上がった
「うわっ…な、何だ!?」
「ハーーーーッハッハッハッハ!!!!!」
クラースの疑問に対し、妙にテンションの高い笑い声が聞こえてくる
煙が晴れると、そこにいたのはダイコンではなく、一人の男だった
マントを羽織り、巨大なフォークを持ち、『W』のマークがついたコック帽を被っている
「な、何だ、君は!?」
「料理の才を持つ者よ、私は君達を待っていた!!」
クラースの問いかけに答えず、不審な男は勝手に話を進め始めた
「私の名はワンダーシェフ、料理の才ある者にレシピを伝授する、不思議料理人だ。」
「ワンダーシェフ?不思議料理人?」
聞いた事のない言葉に、デルフは訳が解らなかった。
だが、クラースはその名に聞き覚えがあった
「ワンダーシェフ…聞いた事があるぞ。様々なモノに擬態し、それを見破った人間にレシピを教える風変わりな料理人がいると。」
「へぇ…相棒も変な奴だと思ったが、他にもこんな変な奴がいるんだな。」
「ん…おおっ、君は。」
ワンダーシェフはクラースを見るや否や、ずずいと彼に近寄ってくる
「君、ひょっとしてグルメマスターの称号を持っているんじゃないのか?」
「ま、まあな…覚えられる料理は覚えるだけ覚えたが…。」
思わず後ずさるクラース…しかし、ワンダーシェフはしばらくクラースを見た後、顔を横に振る
「甘い、君は甘すぎる…まだまだ料理の道は長く、険しいもの…それ位のレシピでグルメマスターを名乗るのは早すぎる。」
「そ、そうなのか…。」
「故に…そんな甘い君には、甘いフルーツたっぷりのフルーツサンドの作り方を教えよう。」
ワンダーシェフは懐からフルーツサンドのレシピを取り出し、クラースに渡す
受け取ったレシピを見てみると、確かにまだ覚えた事はない料理の事が書かれていた
「また会う事があれば、再びレシピを伝授しよう…それまで、さらば!!!」
マントを翻すワンダーシェフ…その直後に彼は煙に飲まれ、消えてしまった
「消えちまったな…一体何だったんだ、ありゃあ。」
「まあ、貰った物はまともな物だったが…それよりも、早く買い物をすませよう。」
そう言って、再びクラースは本を探す作業へと戻った
一方その頃、キュルケは件のパン屋へと足を運んでいた
まだ話でしか聞いた事がないので、少しワクワクしながら店の扉を開ける
「いらっしゃいませ。」
店の中に入ると、可愛らしい金髪の少女がキュルケを出迎えた
最初は元気な声と笑顔だったが、彼女の風貌を見て顔を曇らせる
「あの…もしかして貴族の方、ですか?」
「そうだけど…別に硬くならなくて良いわよ、パンを買いに来ただけだから。」
楽にして、と言ってキュルケは店内に入り、カウンターに並べられているパンに目を配った
「へぇ、見た事ないものが多いわねぇ…。」
その言葉通り、店に並んでいる殆どのパンがこの辺りでは見た事ないものだった
値段の方を見ると、そういったパンは普通のパンより高かった
「うーん…ちょっとパンにしては高いわね、もう少し安く出来ない?」
「すいません、材料の事とか考えたらこれが妥当な値段なので。」
「文句があるなら、買わなくて結構だ。」
値段の事を話していると、店の奥から一人の少年が姿を現した
銀髪に独特のタトゥーを顔につけており、表情は見るからに不機嫌そうである
あら、良い男じゃない…とキュルケが反応する中、少女は困った顔になる
「お兄ちゃん、またお客様に喧嘩売るつもり?」
「別にそんなつもりはないさ…迷うくらいなら、買わない方が良いだろ?」
「あら、貴方達兄妹なの?」
その言葉には、似てないというニュアンスが込められている
実際、二人には兄妹にしては似ている所が全然ない
「本当の…ってわけじゃないんです。私が兄のように慕っていて…。」
「俺とシャーリィが本当の兄妹じゃないからって、あんたが困る事じゃないだろ。」
貴族相手に噛み付くような物言いに、キュルケは内心驚いた
そんな彼をお兄ちゃん、と少女が口調を強めて宥めようとする
「また問題を起こしたら、今度こそ大変な事になるよ。クロエだって…。」
「わ、解ってるさ、解ってるけど…じゃあ、俺は奥でパンでも作ってるよ。」
そう言い残し、少年は奥のパン工房へ姿を消した
彼が奥に入ると、少女はキュルケに深々と頭を下げる
「ごめんなさい、最近態度が悪いお客さんが多かったから…お兄ちゃん、不機嫌になっちゃって。」
「態度の悪い客?そう言えば、さっき問題がどうとか…」
「はい、その殆どが貴族の方で…パンを買い占めようとしたり、お兄ちゃんを無理やり専属の職人にしようとしたり、私を…。」
「ああ、解ったわ…それ以上言わなくても良いから。」
随分と貴族から酷い事をされたらしい…だから、自分が此処に来た時も顔を曇らせていたのだ
「全く、トリステインの貴族って品がないわね…貴族の恥さらしだわ。」
自分もそうだと思われた事に少し憤慨したが、キュルケはジッと並んでいる商品を見つめる
そして、自身の財布から硬貨を数十枚取り出して少女に渡す
「これとこれとこれ、あとこれお願いね…お金はそれで足りるでしょ?」
「あっ…はい、大丈夫です…ありがとうございます。」
シャーリィはお金を受け取ると、急いで彼女が選んだ商品を袋につめた
そして御釣りと一緒に、パンの入った袋を渡す
「はい、どうぞ。」
「ありがとう…あら、他のパンも幾つか入ってるけど?」
「それは、さっきお兄ちゃんが失礼な事を言ったからそのお詫びに…。」
「良いわよ、そんなの…嫌いなんでしょ、貴族が?」
キュルケの言葉に対し、シャーリィは首を横に振る
「それだけじゃないです…お客さんが今まで会ったどの貴族の人より良い人だと思ったから。」
ちゃんと買い物をしてくれた貴族は彼女が初めてだったので、シャーリィはそう思った
その事を伝えた彼女の顔は、最初に見せたのと同じ笑顔であった
それを見て、自然とキュルケも笑みを浮かべる
「フフ、そう言われるのも悪い気はしないわね。また今度も、この店のパンを買わせて貰うわ。」
「はい、今後とも『ウェルテス』をよろしくお願いします。」
シャーリィに見送られ、キュルケはウェルテスを後にする
そして、今もクラースがいるであろう本屋へと戻るのだった
………………
「美味しい!!」
ウェルテスで買ったパンを食べ、キュルケの歓喜の声が上がる
あれから、クラースはようやく本を買い揃え、この噴水広場で食事を取る事となった
空いているベンチに座り、2人は先程ウェルテスで買ったパンを食べる
どれも絶品で、そこらのパンとは比べられない味だ
「これ、あの子のお兄さんが作ったのよね…口は悪いけど、腕は確かだわ。」
「確かに、中々美味いな。」
クラースは相槌を打ちながら片手でパンを食べつつ、買ってきた本を読んでいた
「先生ったら、こんな時まで本なんか読んで…行儀が悪いですわよ。」
「ああ、悪い悪い…しかし、こいつは中々に面白い記述があってね。」
読んでみるか、とクラースはキュルケに自分が読んでいた本を差し出す
彼女はそれを受け取ると、ペラペラとページを捲っていく…
が、数秒後には本を閉じてしまった
「はぁ、専門過ぎて全然解りませんわ。恋愛ものなら読めるのだけど。」
「だらしないな…恋愛を楽しむのも良いが、もう少し勉強したらどうだ?」
得た知識は役に立つぞ、そう言って再びクラースは本を読み始めた
そうかしら、と思っていると目の前を小さい何かが通り過ぎていった
「うきゅ、うきゅきゅきゅ!!!」
鳴き声をあげるそれは、エメラルドグリーンの体毛をした奇妙な生き物だった
体格は一mほどで、愛らしい程丸っこいその生き物は必死に走っている
「待って~~、待つのね~~~~!!!」
その生き物を追って、今度は青髪のメイドがキュルケの視界を横切る
一匹と一人のメイドはそのまま向こうへとその姿を消した
「何だったのかしら、今の?」
見た事のない生き物に、それを追うメイド…その間もクラースは本を読み続けていた
多分、どこかの貴族のペットが逃げ出して、メイドがそれを追っているのだろう
そういう事で納得すると、キュルケは今クラースをどう攻略するか考える
「……ねぇ、クラース先生。」
まずは密着するまで寄り添い、クラースの腕に胸を押し付けながら抱きつく
「本ばかり読んでないでもっと楽しみましょうよ…色々とね。」
そして、耳元近くで甘い声で呟く…彼女お決まりの堕とし方法だ
全く、この子は…と呆れるが、ふと前から気になっていた事を口にする
「そう言えば、君とタバサは友人らしいが…二人は一体どういう経緯で友人になったんだ?」
寡黙で学院では殆ど目立たないタバサと、その美貌と色香で周囲の男性を惑わせるキュルケ
性格も容姿も、全く繋がらない二人が友人である事がクラースには解らない
「あら、クラース先生が私に興味を抱いてくれるなんて嬉しいですわ。」
「別にそういう訳じゃないんだがな…話したくないなら、別に構わないが。」
「いいえ、折角ですもの…あれは……。」
キュルケは立ち上がると、クラースの正面へと移動する
そして、笑顔で自分達の出会いを話そうとした時、突然彼女の身体がぐらついた
何事かとクラースが確認すると、彼女の隣に金髪の少年の姿があった
「ご、ごめんなさい…急いでたから。」
少年はおどおどしながらキュルケに謝る…どうやらこの少年が彼女とぶつかったらしい
服装は所々に継ぎ接ぎがなされており、貧しい平民を思わせる
「もう、危なっかしいわねぇ…今度からは気をつけなさい。」
「は、はい…すいませんでした。」
再度謝ると、即座に少年はその場を立ち去っていった
さぁ、仕切りなおして…と話をしようとした時、声が聞こえてきた
「だ、誰か…あの小僧を捕まえてくれ~~~。」
振り返ると、一人の男がふらふらと走っているのが見えた
やがて体力の限界がきたらしく、その場に座り込んでしまう
「どうした、何があった?」
「ぬ、盗まれたんです…俺の金を…あの小僧に…。」
あの小僧とは、先程キュルケとぶつかった少年らしい…息も絶え絶えに男は答える
「あら、ご愁傷様ね…でも、私達には関係のない事よ。」
別に人助けをするつもりがないので、キュルケは男の願いをあっさりと切り捨てた
その言葉に、男はすがる思いで助けを求める
「そ、そんな…あの金は、王都で店を始めるのに必要な物なんです。だから、貴族様の魔法で…」
「盗人を捕まえたいなら、衛士に頼むのね…私達は私達で忙しいんだし。」
彼女の言葉に男は酷く落胆するが、クラースは一つ気になる事があった
「確かにご愁傷様だが……キュルケ、何か盗られてはいないのか?」
「そんな筈ありませんわ。私はあんな子に盗まれる程甘くは…。」
「いや、さっきあの子とぶつかったからな…万が一という事もある。」
その言葉に、キュルケは念の為に盗られた物がないか服の中を探ってみた
ごそごそと確認してみて、ある物が無くなっている事に気付く
「あ、あら…炎のガーネットがありませんわ。」
「何、よりにもよってそれをか!?」
周囲を見渡してみるが、何処にも指輪は落ちていない
やはり、ぶつかったあの時に盗まれてしまったのだろう
「これは、何が何でもあの子を捕まえないといけなくなったな。」
「あっ、あの…よろしければ、私めの金も取り返してください。」
お礼はしますから…と、頭を下げて男は頼み込んできた
兎に角、二人は指輪を取り戻すべく、少年が走り去った方向へ向かった
………………
「はぁ、はぁ、はぁ…何とか逃げ切れた。」
大通りの物陰に隠れ、少年は一休みをしていた
手には男から盗んだ財布と、ガーネットの指輪がある
「でも、どうしよう…さっき貴族の人とぶつかった時に、思わず拾っちゃった。」
本当は、この指輪を盗むつもりは無かった
あの時、無我夢中だったから…誤って、キュルケから零れ落ちたこの指輪を取ってしまった
今更返しにもいけないし、どうすれば…
「でも…これだけあれば、きっと……。」
男から盗んだ財布には、金貨がぎっしりと入っている
盗みは悪いけど、今自分にはお金が必要なのだ…それも大金が
一先ずの休憩を終え、とりあえず少年はすぐにでも家に帰ろうとした
「そこの少年、待ちたまえ!!」
だが、丁度その時少年を追ってクラースとキュルケがやってきた
貴族が追ってきた…それに恐怖した少年は、急いでその場から逃げ出す
「逃げるか…キュルケ、魔法でどうにかならないか?」
「無理ですわ、距離がありますし…何より、人が多すぎますわ。」
流石のキュルケでも、今回ばかりはどうにもならないらしい
「そうか…私もこんな街中で召喚術は使いたくはない…なら、手段はたった一つだな。」
そう言うと、クラースは少年を見る…この道を真っ直ぐ、人混みにまぎれて逃げている
それを確認した直後、クラースは軽く準備運動を行う
「クラース先生、まさか…走って追いかけるんですの?」
「それしかないからな…私があの子を捕まえてくるから、君はさっきの広場で待っていてくれ。」
「あっ、先生!?」
そう言い残し、クラースは少年を追って走り出した
何か言おうと手を伸ばすキュルケだが、もうクラースは遠くまで走っていってしまった
人々が行き交いして賑わう大通り…その中を少年は駆け抜けていった
巧みに障害物と通行人を避け、スピードを落す事なく逃げ続けている
そんな少年の後を追って、クラースも全速力で走っていた
「あの少年、早いな…一向に距離が縮まらん。」
「そんな奴を追いかけるだけの足を持ってる相棒も、中々ガッツがあるじゃねーか。」
「しかし、長引けば逃げられるな…正直かなりキツイ。」
だんだんと疲労感が蓄積されてくる…以前よりスタミナが無くなっているのを感じた
歳はとりたくないな…等と考えつつも、全速力で追いかけ続ける
「えいっ!!」
そんな時、少年は道端に置かれている木箱を蹴り倒した
中に入っていた果物が地面に散らばり、クラースにとって障害物となる
「よっと。」
だが、クラースはそれらを飛び越える事で難なくやりすごした
それを見ると、少年は左脇へと移動し、急にその姿を消した…裏道へと入ったようだ
「裏道に入ったか…これは好都合だ。」
少年は複雑に入り組む裏道を使って逃げ切ろうと考えているのだろう
だが、人が少ない裏道なら召喚術を使う事が出来る
裏道に入ると、早速シルフを呼び出す為にクラースは走りながら詠唱を行う
「………出でよ、シルフ!!」
詠唱を完成させると、クラースの周りに3姉妹が空中を飛行しながら姿を現す
「シルフ、悪いがあの少年を捕まえてくれ。」
『解りました。』
早速の指示に頷くと、シルフ達は先行して少年を追いかけた
少年がどんなに速く走る事が出来ても、人間の足では風には及ばなかった
距離はあっという間に縮まり、彼の目の前にセフィーが立ちふさがる
「うわっ、何だ!?」
『止まりなさい、これ以上逃げても無駄です。』
セフィーが勧告するが、それでも少年は逃げようと横道に入ろうとする
だが、その足元へユーティスが矢を射掛けた
『これ以上逃げるんじゃないよ、マスターに手間かけさせといて…。』
『すいません、諦めてください。』
三姉妹は完全に少年を包囲する…少年はその場に腰を落すしか出来なかった
「な、何、これ……妖精!?」
「はぁ、はぁ、はぁ…ふぅ、ようやく追いついたな。」
「すげぇな、相棒…あんな凄いのを使えるなんて、てーしたもんだ。」
「ひっ!?」
息を少し切らせながら、ようやくクラースが少年に追いつく
少年は恐怖に顔を歪めながら、クラースに向かって土下座した
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、許してください、もう二度としませんから。」
そして、必死になってクラースに謝る
無理も無い、貴族相手にスリなんかして生きていられる筈がないのだから
クラースはシルフ達を下がらせると、土下座する少年の下へ歩み寄る
「だったら、最初からするんじゃない…さあ、盗んだものを返すんだ。」
「は、はい。」
少年は懐に隠していた財布と指輪を取り出し、クラースに渡した
「ん、確かに…他には何も盗ってはいないだろうな?」
「はい、それだけです……じゃあ、僕はこれで…。」
これで終わったとばかりに、少年はその場から立ち去ろうとする
だが、クラースは少年の肩を掴んで逃がさなかった
「こら待て…罪を犯した以上、それで終わりというわけにはいかんぞ。」
「そ、そんな……。」
「今更後悔しても自業自得だ…さあ、来るんだ。」
「ううっ、母さん…姉さん……。」
厳しいが、彼が犯した罪を見過ごすわけにはいかない
クラースは涙を流す少年の手を引っ張って、広場へと戻るのだった
#navi(TALES OF ZERO)
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