「ゼロと電流-09」(2010/04/24 (土) 23:36:04) の最新版変更点
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#navi(ゼロと電流)
「私の使い魔がフーケのゴーレムを倒しました」
嘘ではない。
フーケを引き渡した後、コルベールを交えたオスマンへの報告の中で、ルイズは誇らしげに言うのだ。
「トライアングルのフーケが作ったゴーレムを、私のザボーガーが倒しました」
言葉を換えて、身振り手振りを交え、これで何回目か。
キュルケとタバサも否定はしない。嘘ではないからだ。
ザボーガーの速射破壊銃によって粉々になったゴーレムを二人は見ている。間違えようなどない。
さらに自分たちは人質になっていた。トライアングルの友人二人を救い、トライアングルの盗賊を捕まえたルイズは大金星だろう。
しかし。
キュルケは、ルイズのはしゃぎように危ういものを感じていた。
これは、キュルケの知っているルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールとは微妙に違う。
それでも、許容範囲ではあるのだけど。
力を持たずに高貴な心を育てたのなら、突然力を持てばどうなるのか。
ルイズに限ってそんなことはない、とキュルケは信じたい。
「ふむ。見事じゃ。ミス・ヴァリエール。一学生の身分でなければシュヴァリエ(騎士)の称号すら申請できるくらいじゃ」
従軍経験のない、血筋が優れているとはいえ本人は一学生に過ぎないルイズにはシュヴァリエの称号は与えられない。
そこは国の決まりなので仕方がない、とオスマンは言い、代わりにと革袋を三つ取り出す。
「だからと言うて金で解決というのは些か優雅ではないが、金銭という物が大切な物であることには誰も異議は唱えまい。これは儂からの個人的な報償じゃ」
「でも、私たちは破壊の杖は取り返せませんでした」
正確には取り返しているのだが、破壊の杖は一回こっきりの再使用不可な代物だったのだ。オスマンの手元に戻ったのは「もう二度と使えない」破壊の杖である。
「なに。これはいわば思い出の品。マジックアイテムとしての価値など儂にはどうでもいいのじゃよ」
そして、オスマンは語った。
かつて若い頃、不注意から単独でワイバーンと対峙した自分を救った謎の男の話を。
謎の男は破壊の杖を複数持ち、その一つでワイバーンを撃退。しかし既に重傷を負っていた男はオスマンの目の前で息を引き取ったと。
男の正体は未だにわからず、破壊の杖についても使い方くらいしかわからないのだ。
「逆にフーケが盗んだのがこれで良かった。他の物なら逃げられていたかもしれんからな」
武器となるものだから、再使用不可だとは知らないフーケは試し撃ちついでの攻撃を選択したのだ。
これが攻撃に使えない物なら、素直に逃走していたかも知れない。そうなっていれば追いつけたかどうか。
「追えますわ」
それでも、ルイズは言う。
「私のザボーガーなら。ヘリキャットとマウスカー、シーシャークを駆使すれば、何処へ逃げても追いつめて見せます」
ふむ、とオスマンは頷き、それ以上は何も言わずに三人に報奨金を手渡した。
「フリッグの舞踏会も近い。愉しむが良かろう」
学院長室を出た三人、塔の下へと降りた三人を迎えるのは学園の同級生たちだ。
すでに、三人がフーケを捕らえたという噂は学園中に広まっている。それも、中心とはあの、ゼロのルイズだと。
タダの木偶の坊にしか見えなかったゴーレムが、とんでもない活躍をしたのだと。
「何よ、この騒ぎは」
「それがね」
当たり前のように集団の先頭にいるギーシュ。
「皆が見たがっているのさ。土くれのフーケを懲らしめた、君の使い魔をね」
集団の中心には、デルフリンガーをくくりつけられたままのザボーガー。
「おーい。嬢ちゃん、いったい何がどうなってんだ?」
「うわっ、ルイズのゴーレムが喋った!」
「違う、あれは……インテリジェンスソードじゃないのか?」
「そんなものまで召喚してたのか」
「いや、アレはきっとゴーレムに内蔵されてたんだ」
「使い魔が喋っているんじゃないのか?」
喧々囂々の騒ぎに苦笑するキュルケと、嫌そうなタバサ。
ルイズは喜び勇んで、集団に声をかける。
「しょうがないわねっ! そんなに見たいのなら、見せてあげなくもないわよ!」
小脇に抱えていたヘルメットを被ると、インカムを引き、
「電人ザボーガー、GO!」
変形するザボーガーに感嘆の声があがる。
得意そうに説明を始めるルイズに、キュルケはほんの少し表情を曇らせる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
フリッグの舞踊会は宴たけなわだった。
タバサはテーブルの上に並べられた皿それぞれの味見を終え、どの皿を腹に収めるべきかを思案している。
キュルケはワインを片手に、次々と申し込まれるダンスの申し込みを断り続けている。
そしてルイズは、一人きりでバルコニーにいた。
電人を侍らせ、大きな椅子に座って月を眺めている。
「いいのかい、こんな所で一人っきりなんて。片っ端から申し込み断るなんざ」
「いいわよ。別に」
ザボーガーに持たせたデルフリンガーに、ルイズは言う。
「不思議よね。こんなにダンスの申し込みが来るなんて」
「そりゃあ、嬢ちゃんの魅力だーね」
「魅力……ね。あ、そうか、デルフは知らないのよね」
「何を?」
「昔のここでの私」
「さあねぇ」
ワインを手酌で注ごうとすると、ビンが浮いた。
おやっと身を起こすと、シエスタがビンを持っている。
「お注ぎしますわ、ミス・ヴァリエール」
ワインの香りが、ルイズを包むように零れていく。
「ねえ、シエスタ」
「はい」
「私、変わった?」
「と、申しますと?」
「貴方の名前を覚えてから半年くらい、かな。私はその間に何かが変わったと思う?」
外見とか、言葉遣いとか、身長とか……胸とか……
「私にとっては、尊敬すべき御方、お仕えするに相応しい御方。それだけです」
「貴族らしくないから、なんて言ったら怒るわよ?」
貴族らしくない、というのは一部の平民にとっては褒め言葉である。
威張り散らす無能貴族とは違う、という意味なのだから。
しかしルイズには違う。
ルイズにとって、威張り散らす無能貴族とはすなわち貴族ではないのだ。
貴族らしくないというのは、そういった貴族たちのことを言うのである。
ルイズに対する褒め言葉はこの場合、
「真の貴族のようです」
ということになる。
そして、ルイズが目指すのもまさにそれなのだから。
今では、シエスタもそれを知っている。
魔法が使える者を貴族と呼ぶのではない。貴族として生きることを自分に課している者を貴族と呼ぶのだ。
「貴族のことは私にはわかりません。けれども、ルイズ様はルイズ様です」
それは途轍もない褒め言葉だ、とルイズは思った。
ヴァリエールの名は関係ない。貴族すら、関係ない。シエスタが見ているのはルイズ個人。そのうえで、ルイズを敬ってくれている。
「ねえ。シエスタ」
「はい」
「お料理とお酒を適当に見繕って、ここに持ってきてくれない?」
「ここに、ですか? 舞踏会はよろしいんですか?」
「ゼロと呼ばれるだけだった私には見向きもしないで、ザボーガーを召喚してフーケを捕まえたら今度は断るのも一苦労なくらいにわらわらと寄ってくる。いったい何が目当てやら。そんな人たちに興味はないわ」
大きく溜息をついたルイズにかけられる声。
「しかし、君がフーケを捕まえたのは事実なんだろう? 胸を張ればいいじゃないか」
「問題は、張るほどの胸がないのよ、この子」
「仲間」
「ふーむ。なるほどねえ。ふーむ」
「何をまじまじと見てるのかしら、ギーシュ?」
「いや、待ちたまえ。これは……誤解だ、そう、誤解だよモンモランシー!」
「見られた」
「ミス・タバサ! 君はどうして、そういうときだけ口数が増えるのかね!」
「ギーシュぅううう」
いきなり騒がしくなったバルコニー。
キュルケ、タバサ、ギーシュ、モンモランシーの登場である。
「えーと、貴女……シエスタだったかしら? 私たちの分も何か適当にお願いね」
「ハシバミを忘れずに」
「かしこまりました」
キュルケに頭を下げ、タバサのリクエストを耳に留め、シエスタはそそくさと厨房へ向かう。
「いきなり増えたねぇ、やっぱり人気あるぜ、嬢ちゃん」
「これって人気かしら?」
いつものメンバーをうさんくさそうに眺めるルイズ。だけど、その表情は先ほどと違って明るい。
「しょうがないわね、ちょうど椅子も余っているし」
タバサはさっさと椅子に座り、キュルケはそこに隣り合うように椅子を動かして座る。
モンモランシーは首を傾げるギーシュを引っ張るようにして座らせ、自分はその横に。
数分後、料理と飲み物を運んできたシエスタに強引にグラスを持たせるルイズ。
「あの、困ります。あの、まだお仕事が」
「だから、乾杯だけ。シエスタにも一緒に祝って欲しいの」
ヘルメットを被ることに最初に気付いたのはシエスタ。それについてはルイズは素直に感謝しているのだ。
それに、シエスタのお爺ちゃんが持っていたという『綺麗な絵』も、いつか確かめなければならない。
「仕事に少しくらいなら遅れても大丈夫よ。ギーシュに口説かれそうになって逃げてたって言えばいいから」
「ああ、良い考えだね。って、ミス・ツェルプストー、君はどういう目で僕を見ているんだい」
「キュルケの目は確か」
「うん。ミス・タバサ、君の寸鉄人を刺す口舌は本当に素晴らしいと思うよ。だけどそれを連続して僕に向けてもらうのは止めてもらえないかな」
「ギーシュ、いつの間にタバサとまで仲良くなったの……」
「モンモランシー、今のが仲良く見えるのかね君は……」
「というわけで」
グラスを掲げるルイズ。
「フーケを懲らしめたことと、私のザボーガーに、乾杯」
最初の一杯を一気に飲み干すと、どんとテーブルの中心にワインの瓶を一ダースほど並べるルイズ。ビンの周りには所狭しと並べられた料理。そしてハシバミサラダ。
ハシバミサラダが一人の前に重点的に置かれているが誰も気にしない。それどころか喜んでいる。
ホールの中から聞こえてくる音楽に耳を澄まし、六人の小さな食事会が始まった。
六人はすぐに五人になる。シエスタは本当に仕事中なので、仕方がない。それ以上の無理強いはさすがに横暴の域だ。
すぐに戻るわ、と言ってシエスタの後を追うルイズ。シエスタの故郷、タルブの村にあるという『綺麗な絵』を見せてもらう約束を取り付けるのだ。
残された四人のルイズが戻るまでの話題はザボーガーである。
キュルケとタバサは間近でその力を見ているが、ギーシュとモンモランシーは見ていない。
二人の言葉を信じない、と言うわけではないが、やはり信じがたいものがある。自らもゴーレム使いであるギーシュにとってはより以上だ。
だから、ギーシュはザボーガーの話を根ほり葉ほり聞き始める。
そしてキュルケは、ギーシュにある小さな出来事を告げる。
ギーシュはやや表情を曇らせると、真面目な顔で考え始める。
「……そうだね。その通りだ。僕も考えておくよ」
言葉通りに戻ってきたルイズは、四人がザボーガーの話をしていると気付くと喜んで参加した。
「同じゴーレム使いとして、是非、話を聞きたいね」
「ギーシュ、それは聞き捨てならないわよ」
やや飲み過ぎてご機嫌のルイズは言う。
「私のザボーガーは、トライアングルメイジのゴーレムを圧倒したのよ? ドットメイジのワルキューレと一緒にされては困るわ」
「なるほど」
ギーシュはこともなげに言う。
「ミス・ツェルプストーとミス・タバサの援護があったとはいえ、確かに見事だね」
「援護?」
ルイズの目が据わっている。
「そんなの、なかったわよ。二人はすぐに捕まってたんだから」
「では、君は本当に一人でフーケを倒したのかい?」
「そうよ、まさか、信じられないとでも?」
「さあ」
はぐらかすようなギーシュの言葉に、ルイズは何事か呟く。
モンモランシーは、聞こえた呟きの内容に自分の耳を疑う。そして、キュルケとタバサはお互いの顔を見た。
タバサは当然のように、キュルケは残念そうに。
「何か言ったかい? ルイズ」
「……の癖に」
「ん?」
「ドットの癖にって言ったのよ!」
「それは、僕のことかい?」
「そうよ。青銅のギーシュ、貴方のこと。ドットメイジの貴方のこと。ザボーガーに劣るゴーレムを操る貴方のこと!」
「僕に対する挑戦かい? ミス・ヴァリエール」
「貴方、フーケに勝てるのかしら? ミスタ・グラモン」
ギーシュは立ち上がる。
「酔って口が滑ったとは言わせないよ」
「酔っぱらって本音が出たのよ」
「そうかい」
己の杖でもある薔薇の造花を手に取り、いつものように気障な仕草で一礼。
「では、我が名誉を守るために。僕、ギーシュ・ド・グラモンは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに決闘を申し込む」
「ザボーガーに勝てる気?」
「いや、まさか」
ギーシュは不敵に笑った。
そこにいるのはいつものギーシュではない、青銅のギーシュでもない。
そこにいるのは、トリステイン正規軍の重鎮、グラモン元帥の息子だった。
「僕が勝つのは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、君にだよ」
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「第九話」
キュルケとタバサ、そしてモンモランシーはギーシュの部屋のドアをノックした。
ギーシュからルイズへの決闘申し込みは受け入れられ、時間は翌日の昼食後と決まった。ところがその当日、ギーシュは昼食を摂った後、何故か部屋に戻ってしまったのだ。
「ギーシュ、そろそろ時間じゃない?」
ギーシュ側であるキュルケとしては、静観しているわけにも行かない。
「開けるわよ、ギーシュ」
ドアに鍵はかかっていない。
「やあ、済まないね。どうしても夕方までに出しておかなければならない手紙があってね」
中には、ちょうど一枚の手紙を書き終えたギーシュ。そして何故か、ケティが。
「あら」
「あ、お邪魔しています」
「お兄さんの用事かしら?」
「はい、ミス・モンモランシ」
モンモランシーは、ケティがギーシュと時々会うことも、そしてその理由も知っている。すでに嫉妬の対象ではない。
しかし、だ。
「ギーシュ、こんな時まで? 支部長のお仕事なの?」
「急ぎの手紙があったことを思い出してね。郵便係には、ケティが行ってくれるよ」
学園付きの郵便係は、飛行可能な使い魔によって手紙を中継地まで運んでくれるのだ。人間の飛脚もいるにはいるが、魔法学園ではもっぱら使い魔の仕事である。人間より早いのだ。その分料金は張るので、とても平民が気軽に使える物ではないが。
「モンモランシー、おで……心が広いのね」
「今おでこって言いかけた?」
「いいえ」
「……いいわ。ギーシュとケティのことなら、仕方ないじゃない。支部長と秘書なんだから」
「支部長?」
「モンモランシー、後は僕に言わせてくれないか」
ギーシュは手紙をケティに渡すと、大袈裟に両手を広げる。
「ああ、僕の才能を見こまれてね。是非支部長になってもらいたいと頼まれたのさ。知っての通り、僕は頼まれると断れない質でね」
「煽てに弱い」
「ミス・タバサ。いずれゆっくり誤解を解こうじゃないかね」
咳払い一つで仕切り直し、
「僕は、モグラ愛好同盟トリステイン第二支部長なのさ! そして、前支部長がミス・ロッタのお兄さんだからね。今は補佐を勤めてもらっているというわけさ」
「決闘の時間、ちゃんと覚えているわよね」
「準備はできた?」
「ケティ、早くしないと使い魔郵便の昼の締め切りが過ぎるわよ」
「……君たち、総スルーかね」
「ごめんなさい。ギーシュ。今はモ愛同の件は置いておくわ」
モンモランシーの言葉にギーシュは肩を竦め、薔薇の造花を手に取る。
「いいさ。それじゃあそろそろ、行こうかね」
「こちらから焚きつけたことだけど、本当に大丈夫?」
心配そうなキュルケにギーシュはニヤリと笑った。
「いいや、君の言ったとおりだ。今のルイズは、僕たちの知っているルイズじゃない」
今のルイズにはお灸が必要だ、と言い出したのはキュルケである。そして、その言葉に乗って決闘を申し込む流れに持ち込んだのがギーシュというわけだ。
お灸をすえる役はキュルケでも良いかも知れない。しかし、今のルイズに最も効果があるのは、ゴーレム使いであるギーシュに敗れることだろう。
力の強さではなく、力をいかにして使うか。その意味では、ドットメイジにしてあれだけのゴーレムを操ることのできるギーシュが適役なのだ。
因みに、ザボーガーの強さとそれを操るルイズの実力は二人とも充分に認めている。しかし、二人が認めていたのはザボーガーの強さを誇るルイズではない。
力を持たずとも心を保つことのできるルイズをこそ、二人は認めていたのだから。
因みにモンモランシーはそんなルイズを困ったものだとは思っているが、ある意味通過儀礼のような物だと割り切っている。無事に通過できなければ、ルイズという人間はその程度の人間だったと言うだけのこと。
タバサに至っては、普通の貴族、いや、人間などそんな物だと諦観していた。今まで力を得たくても得られなかった人間が突然望む以上の力を得たのだ。増長するのが当然だろう。ルイズがそこから持ち直すかどうかは、彼女の問題であってタバサの問題ではない。
ただ、キュルケがそれを由としないのなら、最後まで付き合おう、とは思っている。キュルケが自分にとって唯一に近い、親友と呼べる存在であることをタバサは痛切に感じているのだ。
「今のルイズになら、僕でも勝てる」
ザボーガーを得て、足下を見失ったルイズであれば。
ギーシュにとっては恐るべき相手は、ゼロと呼ばれていた頃のルイズだった。
自らの無力を知った上で、唯一の特技、魔法失敗の爆破を武器とする。そして、決して折れないと思わせるその心。その頃のルイズのほうが強敵となっていただろう……勝つことはできても、屈服させることはできない……とギーシュは考えていた。
確かに、ザボーガーを倒すことはギーシュには無理だ。おそらくはキュルケにも、タバサにも。
しかし。
「そろそろ時間だね」
キュルケ、タバサ、モンモランシーを従えるように現れたギーシュに、ルイズは格下に向けるような眼差しを隠そうともしていない。
「ふーん。皆ギーシュにつくわけ。そんなに私が強くなったのが嫌なんだ?」
「違うわよ」
キュルケが前に出る。
「貴方が本当に強くなったのなら、こっちも同じ高みに立ってみせる。ツェルプストーの名にかけて、ヴァリエールには負けられないのよ」
だけど。
真っ向からルイズの視線を受け止め、それをねじ伏せるようにキュルケは獰猛な笑みを返した。
「腐った水たまりに片足突っ込んだ貴女なんて、見るに忍びないのよ」
「そうよね、貴女はいつも、そうやってゼロだった私を馬鹿にしていた。だけど、それも終わりなの。今の私は、トライアングルすら退ける使い魔の主なのよ!」
いきり立つルイズの視界に、薔薇の花弁。
キュルケと繋がる視線を遮るように、ギーシュの薔薇が差し出されていた。
「ならば、ドットの僕を退けてみるがいいさ、ミス・ヴァリエール」
……ドットの癖に!
……フーケに捕まった癖に!
ギーシュとキュルケに向けられた罵声が、やがてタバサやモンモランシーにも及び始める。
「……ちょっとこれは……」
「居心地悪いわ」と脂汗を流すモンモランシーと、いつもの無表情で「そうでもない」と返すタバサ。
「アレはいつものことだから」
タバサの示す先では、風のラインであるヴィリエ・ド・ロレーヌが野次馬の先頭に立ってギーシュに悪口雑言をぶつけていた。
かつて風のトライアングルであるタバサに嫉妬した彼は、同じくキュルケに嫉妬した女生徒グループと共にキュルケとタバサを陥れようとして失敗し、酷い目に遭わされている。
具体的には、髪と服を燃やされ、塔の天辺に釣り下げられたのだ。本人たちがその理由をひた隠しにしたため、事件の真相を知っているのはこの五人組と被害者たち、そしておそらくはオスマンだけだろう。
「彼、ちっとも懲りてないのね」
ふんぞり返るその様子に、モンモランシーも気分がかなりマシになる。
が、その背後に見える姿に再び肩を落とす。
「マリコルヌやレイナールたちもいるじゃない」
ギーシュとは割と仲の良い男子生徒たちもいるのだ。
もっとも、モンモランシーは気付いていないが、集まっている野次馬が皆ルイズの取り巻きというわけではないし、アンチギーシュ、アンチキュルケというわけでもない。
様子を見ているだけという者も決して少なくないのだ。
よく見れば、ケティが急いで駆けつけたところも見えただろう。
ギーシュは罵声に耳を貸さず、笑みさえ浮かべて、指定の場所へと歩いていく。
ルイズは既に、電人ザボーガーと共に待っていた。
そして二人は、決闘のルールを確認する。
杖を落とす、あるいは折れれば負け。
離れる二人。
「先にワルキューレを出させてもらうよ」
四体の青銅ゴーレム、ワルキューレが薔薇の造花を振ったギーシュを取り囲むように生まれる。
「あら。七体出さなくて良いの?」
「君を倒すには三体で充分だよ、ミス・ヴァリエール」
「そう」
ルイズの口調が冷たくなる。
「どこまでも、馬鹿にする気ね。大怪我しても後悔しないでね。モンモランシーの治癒呪文程度じゃ、治らないかも知れないけれど」
治療費くらいは出してあげるわよ。
貴方と違って、お金に困ったことなんて無いんだから。
大変ね、家の面目を保つのは。
軍の統括なんて、領地経営に比べればお金のはいる物じゃないし。
「ああ。安心したよ」
唐突なギーシュの言葉に、ルイズは口を閉じる。
その訝しげな表情に向けて、ギーシュは言った。
「実は君を傷つけることを心配していたのだけれど、その心配はないようだ」
「何言ってるの? 貴方のワルキューレにザボーガーが」
「今の君の世迷い言を聞けば、公爵も納得してくれるだろうね。娘がこっぴどくお仕置きされても」
「ギーシュ!」
ルイズはヘルメットを被り、インカムを握りしめる。
「ザボーガー! やってしまいなさい!」
「僕のワルキューレ!」
一体のワルキューレがギーシュの傍に侍り、残る三体が三方向へ散る。
ザボーガーの武装は基本的に一対一を想定されている。少なくとも、三体の同時撃破は不可能だ。
しかし、ルイズは慌てずにその一体を狙わせる。
チェーンパンチによって瞬時に砕かれるワルキューレの一体。砕かれた身体はパンチの衝撃で飛ばされていく。
さらに、ブーメランカッターが左に動いたワルキューレの胴を切断する。切断された身体は、その場に立ちつくしていた。
「あはははっ! 弱い! 弱すぎるわよ、ギーシュ!」
「勝負はどちらかの杖が落ちたときではなかったかね!」
ルイズは足下に向けられた杖を見た瞬間、背負っていたデルフリンガーを掴むと、瞬時に強化された身体能力でジャンプする。
ギーシュの錬金は無駄に終わり、地面に生まれた青銅の罠は虚しく空を噛んでいた。
ワルキューレに注意を向けさせて、足下への錬金で術者を捕らえる。確かに一つの策だが、それで捕らえられるほど自分は愚かではない。万が一捕らえられていたとしても、ガンダールヴの力ならば抜け出すことは不可能ではないのだ。
何もない地面に着地し、ルイズは改めてデルフリンガーを構える。
「デルフ? 一応念のため、貴方も警戒しておくのよ。何か見つけたら言いなさい」
返事はない。
「デルフリンガー! 主が言ってるのよ! 返事なさい!」
「聞こえてるよ、『ご主人様』」
「それなら、わかっているわね」
「ああ」
いつの間にか、デルフリンガーはルイズを『嬢ちゃん』ではなく『ご主人様』と呼んでいるのだが、その違和感に気付く今のルイズではない。
「ギーシュ。痛いけど、我慢しなさいよ」
残るワルキューレは二体。いや、ギーシュのワルキューレの限界は七体。未だ出していない物を含めれば残りは五体。
後詰めのつもりか、それとも奇襲か。どちらにしろ、この状態では出すタイミングを逸しているだろう。
「ザボーガー! 速射破壊銃!」
一体を破壊し、デルフリンガーを構えたルイズはギーシュへと飛び込む。
目の前に現れたワルキューレを叩き伏せた瞬間、ギーシュは逃げた。
あまりの無様な逃げ方に、ルイズは一瞬棒立ちになる。
笑う野次馬。容赦なく罵声をあびせる者もいる。
「……情けないにも、程があるでしょう! グラモンの名が泣くわよ!」
「ヴァリエールの名を辱める君に言われたくはないね!」
巫山戯るな。
ルイズはデルフリンガーを大上段に振りかざしながら走る。
「大怪我したくないなら、ワルキューレを楯にしなさい!」
残る三体のワルキューレを出せ。
言外の要求に、ギーシュは逃げる先で応えた。
「それは、無理な相談さ」
最初の三体は、三方向に別れてルイズへ向かった。
ルイズは、右をチェーンパンチ、左をブーメランカッターで撃破。正面を速射破壊銃で破壊して、ギーシュへと肉薄したのだ。
そして、ギーシュは逃げた。左へと。
チェーンパンチで殴られ、飛ばされたワルキューレではなく、ブーメランカッターで切断され下半身だけで立っているワルキューレの横を。
それを追うルイズは、当然元ワルキューレの横を通る。
「『ご主人様』、深追いは止めときな」
「黙ってて。あいつは、私の家を馬鹿にしたのよ」
「そうかい」
何かがルイズの視界の隅に動いた。
軽い衝撃が、ルイズの後頭部に響く。
「え」
外れたヘルメットが、地面を転がった。
ガンダールブの力が消え、地面に膝をつくルイズ。
「なに……?」
地面に転がるヘルメットへと近づく小さな騎士。
それは、紛れもないワルキューレである。ただし、サイズはずいぶんと小さい。
「立ちっぱなしのゴーレムの中に、もう一体仕込んでたんだな。いや、見事だね、あの坊ちゃんも」
「なんで!」
どうして、警告しないのか。
ルイズが叫ぶより早く、デルフリンガーは静かに言った。
「黙ってて。そう言ったのは『ご主人様』だぜ?」
「あ……」
呆然と呟いたルイズは、自分の身体にかかった影に気付く。
顔を上げた彼女が見たのは、ヘルメットを抱えたギーシュ。
薔薇の造花が自分に向けられている。
「終わりだ。ミス・ヴァリエール」
「嫌ぁああっ!」
ルイズは、デルフリンガーをギーシュに向かって投げつけようとした。しかし、その重さを充分に扱えず、ただ地面に放っただけの結果に終わる。
「君は、ずいぶん弱くなったね」
何故だ。
野次馬たちの間に広がるざわめき。
彼らは知らないのだ。ザボーガーを操るにはヘルメットが必要だと。
ガンダールヴの力を発揮するには、ヘルメットが必要だと。
「返してっ! それを返して!」
手を伸ばすルイズを哀しく見下ろしているギーシュ。彼はヘルメットをルイズの背後、キュルケに向かって投げ渡す。
受け取ったキュルケは何を思ったかそれをタバサに被せた。
不審そうに見上げるタバサだが、ヘルメットを脱ぐ気はないらしい。
「タバサ! キュルケ! お願い! それがないと、ザボーガーが……!」
己の言いかけたことに気付いて口を閉じるルイズ。しかし、それは遅かった。
……おい、まさか……
……ああ、あれ、マジックアイテムか?
……あのゴーレムって使い魔じゃないのか?
……じゃあフーケを捕まえたのって、あの兜の力かよ。
……だよなぁ、ゼロのルイズだもんなぁ。
……なんだよ、やっぱりゼロはゼロか。
……うわぁ、騙された。
……ギーシュ知ってたんだ。
……だったら、キュルケとタバサがなんで。
「ミス・ツェルプストーとミス・タバサがいなければ、多分フーケは同じ事をしていただろうね。僕なんかよりももっと早く、君のヘルメットのことに気付いていたはずだよ」
「返して……」
「二人がいたから、フーケは勝負を急いだんだ。二人が自由になれば、トライアングル二人を敵に回すことになるからね」
「違う。私が、フーケを捕まえたのよ! 私の力なんだから!」
……まだ言ってるよ。
……アイテムの力なのにねぇ。
……あーあ、これだからゼロは。
口々に不満を漏らしながら、去っていく生徒たち。
ルイズは気付いていた。彼らの自分を見る目が元に戻ったことに。いや、以前よりももっと、悪いものになっていることに。
ザボーガーさえ使えれば、ガンダールヴの力さえあれば、皆は自分をもっと見てくれるのに。自分の価値に気付いてくれるのに。
駄々をこねるように、泣き叫ぶようにギーシュに向かって手を伸ばすルイズを、ギーシュは泣きそうな顔で見下ろしていた。
「僕は……ミス・ツェルプストーは、こんな形で君に勝ちたかった訳じゃないぞ!」
「坊主!」
ギーシュは思いがけない叫びに、声の主、デルフリンガーへと目を向けた。
「すまねえ。諫言一つできなかった俺が言えた義理じゃねえのはわかる。だがよぉ、今は、そっとしておいてやってくんねえか」
ギーシュは無言でキュルケを見た。
キュルケは頷く。
「デルフリンガーの言うとおりにしましょう」
ヘルメットを被ったままのタバサの手を取り、キュルケはモンモランシーと歩き出す。
その後を慌てて追うギーシュ。
「いいのかい、キュルケ」
「いいのよ。私の知ってるルイズなら、絶対立ち直るわよ。今度は、ちゃんとザボーガーを使いこなして、デルフリンガーと協力して、リベンジを挑んでくるわ」
「同感」
「そうだな。ルイズなら……って、ちょっと待ちたまえ」
立ち止まるギーシュ。
「リベンジって事は、僕にかい?」
「そうね」
「闘ったのは貴方」
「ギーシュ」
モンモランシーに呼ばれ、ギーシュは横を向く。
「ああ、心配してくれるのはモンモランシー、君だけ……」
「水の秘薬はたっぷり準備しておくわ。あと、保健室も予約しておくから」
「大怪我前提なのかい?!」
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