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#navi(疾走する魔術師のパラベラム)
第六章 覚醒
0
決闘/[Duel]――二人の人間が、何かの為に生命を賭して戦うこと。果し合い。
1
「その香水をあなたが持っていたのが何よりの証拠ですわ!」
乾いた音の後に、そんな少女の声が聞こえた。
「さようなら!」
そんな震えた声を聞いて、何事かと声のする方向を見れば目立つ金髪が見える。
そしてルイズの隣を走り去る一年生の少女。慌しく、その後ろを何人かの生徒が追いかけていった。
すれ違っただけだが、少女は泣いていたようだった。
「・・・・・・何があったの?」
騒動の中心らしき場所には人垣が出来ていて、ルイズの席からではどうなっているのか、伺うことはできない。
「ギーシュのバカが二股掛けてたのがバレたみたいね」
「・・・・・・なんで、あんたが私の隣にいるのよ」
いつの間にかキュルケが隣に立っている。ルイズの身長では見えないが、キュルケの身長ならば見えるのかも知れない。癪だ。
「あなた、『土』の才能に目覚めたとか言って、あの有様でしょう? 確かに爆発の規模は小さくなってたみたいだけど・・・・・・おかげ様で後ろに引っ繰り返って、頭打っちゃったじゃない」
後頭部を擦っているところを見ると、結構強く打ったようだ。しかし錬金を使う時は全員、机の下に隠れていたはず。それにいつもならともかく、今回は随分と力を絞った。そんな目にはまず遭わないはずだが。どうして――
「食べ終えたみたいだし、外であなたの魔法を見せなさいよ。ヴァリエールがどこまでやれるか、気になってしょうがないんだから」
そういってあのからかうような目線と笑みをキュルケは投げかける。
他人の色恋沙汰、ましてや二股が原因の修羅場の見物なんて悪い趣味は持ち合わせていない。それにルイズも自分の《P.V.F》がどんなものなのか、確かめたくてうずうずしていた。
人目にはあまり晒したくはないが、相手がキュルケなら、そう悪くはない。
今まで散々からかわれてきたのだ。見返してやろうじゃあないか。
昼食の後なので、当然この後は昼休みだ。力を試すなら好都合だろう。
「ええ、見せてあげるわ。私の『使い魔』をね」
「決まりね。じゃあ、メイドに八つ当たりしているようなバカは放っておいて、どこか適当な広場でも行きましょ」
何か、何かが引っかかった。
「なんですって?」
「どうやらメイドに責任を擦り付けて、誤魔化そうとしてるみたいよ? まったく、あの黒髪のメイドも災難ね」
黒髪。ルイズが知っている黒髪は一人しかいない。
嫌な予感がする。頭の中で警鐘が鳴っているような気がした。今、向かわなければ後悔する、そんな気がするのだ。
「あら、ルイズ?」
キュルケがルイズの様子に気づいた時には、もうルイズは騒動の中心へ向かって歩き始めていた。人垣を押しのけて、そう長くない距離を詰める。
押しされた貴族が文句を言おうとするが、ルイズの威圧的な雰囲気に圧されて口を閉じた。
そう時間は掛からずに、ルイズは騒動の中心へ辿り着いた。
「止まりなさい」
目の前には怯えてしゃがみ込んだシエスタと、なぜか髪からワインを滴らせたギーシュがいる。
シエスタの体は恐怖からか、震えていた。
頭の奥底から怒りが沸いてくるのを感じる。周囲の視線も気にせずに、ルイズはギーシュの前に立った。その小さな背中でシエスタを庇うように。
「・・・・・・ミス・ヴァリエール」
背中からシエスタの呟きが聞こえた。少し震えている。
シエスタは怯えている。『貴族』であるギーシュが怖くて。
――ふざけるな。
魔法が使えるものは貴族だ。それはハルケギニアのどこを見ても変わりはしない。
しかし、けれど。
「ルイズ、邪魔をするな。僕は、これからそこのメイドに『教育』しなければならない」
こんな理不尽で、シエスタを怯えさせるような人間が『貴族』なのか。
怒りを吐き出すようにため息をついた。自分を落ち着けるために。
「ギーシュ、あんた最低よ」このままだと怒鳴りつけてしまいそうだった。
「なんだと?」
ギーシュの顔から笑みが消えた。変わりに浮かんだ表情は怒り。
本来、端整な顔立ちは歪み、ルイズにはそんな表情がどこか滑稽に映った。
「二股かけてた挙句に、バレればメイドに責任転嫁? それも自分の面子を保つためだけに?」
「違う。僕は彼女たちの名誉を守ろうとしている。そこのメイドがほんの少しでも、機転を利かせることができたならばケティもモンモランシーも傷つかずにすんだのだよ」
――ふざけるな。
ギーシュ・ド・グラモンはそれなりに優秀なメイジだ。古くから続くグラモン家の軍人は血と杖で国を守ってきた。ギーシュもドットの中では優秀な部類に入る。
血筋と魔法、貴族にとって最も重要視されるといっても過言ではないその二つの要素をギーシュは兼ね備えている。
家柄は立派だが魔法の使えないルイズとは、違うのだ。
だが。
「・・・・・・何が名誉よ。あんたが本当に大切なのは自分の身でしょう? 本当に愛しているなら、どうしてすぐに追いかけないの? あんたに貴族を名乗る資格は無いわ。平民にも劣る誇りしか持ち合わせていない男にはね。もう一度、言うわ」
――ふざけるな!
ギーシュからは誇りは感じない。ただ自分の面子の為だけに、自分より弱い平民のメイドに矛先を向けている。貴族の誇りである杖を、向けている。
ルイズには、それが許せない。
ルイズが魔法を使うことができない。いくら努力をしようと魔法が成功することはなかった。
アンロックも、ファイヤーボールも、エアカッターも、錬金も、治癒も。どんな魔法も成功しなかった。
だけどルイズは杖を振る事をやめなかった。誇りがあった。それはどんなものにも譲れない。変えることができないものだ。
だが、ギーシュは今、シエスタに杖を向けている。
「最低よ、ギーシュ・ド・グラモン」
――こんなものは私の目指す『貴族』じゃない。
今、牙を突き立てなければ私の中の『何か』が死んでしまう。
ルイズは漠然と、そんな考えが頭のどこかに浮かんでいた。
食堂から音が消えた。誰も、口を開かない。重く、冷たい沈黙。
「・・・・・・魔法すら使えない『ゼロ』に、貴族の誇りについて説教されるとはね。少々、気が動転していたようだ。このような事態になったことを恥ずかしく思うよ。貴族のような機転を、そこのメイドに求めた僕が馬鹿だった。ルイズの侮辱も許そうじゃないか。魔法の使えないそこの『二人』の平民は下がっていいよ」
ギーシュは肩をすくめてそう言った。
ルイズを『ゼロ』と、ルイズを『平民』と呼んだ。
紛れもない侮辱を受け、それでもなおルイズの芯の部分は冷えていった。怒りが消えたわけではない。冷静になったわけでもない。
ただ感情の温度が急速に下がった。
それはやっぱり怒りだ。
もちろん、ルイズを『ゼロ』と呼び、ルイズを『平民』と呼んだ。それに対しての怒りも確かにある。だがそれならば、ルイズの怒りは熱く煮詰まったものになるだろう。
だけどルイズの感情はただ冷たくなっていく。
それはきっと、シエスタのためだから。
ギーシュはシエスタを侮辱した。シエスタを自分よりも劣る、と。シエスタを取るに足りないモノだ、と。
この怒りはきっと、自分の為ではない。これは『誰か』の為の怒りだ。
ルイズは少し、嬉しかった。
――私は、誰かの為に心の底から怒ることができる。
ルイズはなかなか素直になることができない。他人に対しても、自分に対しても。
だから、少しだけ。ほんの少しだけ、そんな当たり前なことができるようになった自分が誇らしかった。
「待ちなさい」
ルイズの声を聞いて、ギーシュが振り向いた。ギーシュの胸にルイズは手袋を放り投げる。
ぱさり、と小さな音を立てて、手袋はギーシュの胸に当たり、床に落ちた。
「何の真似だい? ミス・ヴァリエール」
聞くまでもない。この食堂の誰もが知っている。
手袋を投げつけるのは、決闘の作法だ。
先ほどとは違い、ギーシュは丁寧な口調だ。わざわざ『ミス』までつけている。
ギーシュにしてはなかなかどうして、面白い趣向じゃないか。ルイズもその趣向に乗ることにした。
「貴方のお好きな騎士の真似事ですわ、ギーシュ・ド・グラモン」
努めて優雅に。舞台で歌う歌姫のように。観客はこの食堂にいる全員だ。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという貴族はここにいる。『誇り』を胸に今、ここに立っている。
ルイズは、そこまで言ってギーシュに背を向けた。
ルイズの役柄は『騎士』だ。だったら――
『お姫様』の手を取る名誉は譲れない。
ルイズは目の前でしゃがみ込むシエスタに、左手を差し出す。
シエスタはルイズの手を取り、立ち上がった。ルイズの小さな手に収まる手は仕事で荒れていて、力強い手だ。その手はもう、震えていない。
「決闘よ」
ルイズは優雅に振り向いて、そう静かに告げた。
シエスタの驚いた顔があんまりにも可愛らしくて、こんな時なのについ、笑ってしまった。
驚いたシエスタの大きく見開かれた黒い瞳には、怯えの色は見えなかった。
笑ってしまった本当の理由は、それが嬉しかったからなのかもしれない。
結局、ルイズはシエスタを助けたかった。ただそれだけだったのかもしれなかった。
3
「コルベールです。オールド・オスマン、お話が」
本塔の最上階、学院長室のドアの前にコルベールは立っていた。
あの後、『丸薬』の項目を読み、コルベールは一つの仮説を考えた。だが、この仮説はもしかするとルイズから使い魔を奪うことになるかもしれない。
ただの教師であるコルベールにはどうしていいか判らずに、学院長であるオスマンの報告に来たのだ。
「入りなさい」
「失礼します」
重厚なつくりのセコイアのテーブルの向こう側に、トリステイン魔法学院の学院長、オールド・オスマンはいた。
長く白い髭と髪、顔には生きてきた年月を感じさせるしわが深く刻まれている。噂では百歳とも二百歳とも言われている。そんな酒の肴にしかならないような噂話でさえ、この長い年月を見てきたであろう紫の瞳を見ると本当かも知れないと思ってしまう。
部屋の隅に置かれた机では、秘書のロングビルが羽ペンを忙しなく動かしている。翡翠のような輝きを持つ髪と凛々しい顔立ちの美人だ。理知的な印象を与える眼鏡が良く似合っている。
「どうかしたのかね? ミスタ・・・・・・あー、なんじゃったっけ?」
「・・・・・・コルベールです。人の名前ぐらい覚えておいてくださいよ」
「すまんのう。年を取るとどうでもいいことは、すぐに忘れてしまうんでな」
コルベールは色々と言いたい事があったが、ぐっと飲み込んだ。
文句を言いたいが、この老練な魔術師を相手にしていては話が進まない。
「ミス・ヴァリエールの召喚した使い魔についてお話したい事があります」
「席を外しましょうか?」
書類から顔を上げて、ロングビルが問いかける。気を利かしてくれたのだろう。
コルベールの話はルイズの使い魔に関わる重要なことだ。耳する人間は少ない方がいいかもしれない。
「すみません、ミス・ロングビル。そうだ、お詫びにあとで昼食でもいかがですか?」
食事をするのなら一人より二人の方がいい。それが美人ならなおさらだ。
「いえ、私は仕事が残ってますので」
ロングビルはそれだけを素っ気無く言い残して、部屋から出て行ってしまった。
「ほっほっほっ、フラれたのう。ミスタ・コルベール」
オスマンは水パイプの煙を燻らせながら笑っていた。
「そ、それはともかく。オールド・オスマン、これをご覧ください」
セコイアの机に図書館から持ち出した『エルフの薬草』を広げる。開くページは『丸薬』。薬草をハチミツなどのつなぎを使い、粉末にした薬草などを球状にしたものである。
ハルケギニアにおいて傷の治療は水のスペルで行う。魔法を使えない平民などが薬草を使うのだが、平民にとってハチミツは高級品のため、手が届かない。
この本には『デンプン』というものでも代用できるそうだが、この『デンプン』がなんなのかがわからない。ハルケギニアにはないのかも知れなかった。
「『エルフの薬草』とは、また危ないものを持ち出したの。で? これがどうしたのじゃ?」
このようなエルフに関する書物は本来、あってはならないものだ。歴史の中では焚書に指定されていたこともある。そのような本が学院の図書館に納められているということはオスマンの力量を示していた。
ほかにも世には出回らないような様々な本が図書館には納められている。フェニアのライブラリーの閲覧が制限されているのは、そのような本があるからだ。
「使い魔召喚の儀式でミス・ヴァリエールが召喚したモノは、もしかすると何かの『丸薬』かも知れません」
「ふむ・・・・・・」
本に載っている『丸薬』は黒い球体、ルイズの『使い魔』は白い楕円をしていた。しかしコルベールは同じものだという推測を立てた。
絵に描かれているものと違うのは、材料となる薬草が違うから。ほかにもいくつかの根拠はあるが、一番の理由はコルベールの勘だ。
「ミス・ヴァリエールの使い魔は『薬』かも知れません。しかし・・・・・・『毒』かも知れないのです」
使い魔の役割は大きく分けて、三つある。
一つ目は『使い魔の主人の目となり、耳となること』、これは鳥などの使い魔を斥候とする軍などで重宝される仕事だ。
二つ目は『主人の望むものを見つけてくること』、これは水のメイジや土のメイジが秘薬作りのさいに役立つ能力。
そして三つ目、『主人を守る』、これが問題なのだ。
『毒』はその性質上、力も技術も要らない。毒を使えば少女にも人は殺せる。ルイズのような少女にも。そして守るのに一番、確実な方法は殺される前に殺す事。そのことをコルベールは経験から良く知っていた。
魔法の使えないルイズには、ある意味、これ以上無いほどの力だ。
「確かにのぅ・・・・・・しかし、彼女から使い魔を奪うのは忍びないの」
確かに『ゼロ』と呼ばれるルイズが、唯一の成功の証なのだ。
それを奪えば、ルイズの心は壊れてしまうかもしれない。そもそも今まで勤勉だったのが不思議だったくらいなのだ。
「ディティクトマジックの結果は?」
「何の反応もありませんでした」
ディティクトマジックは探知の魔法だ。これを使うことにより、魔力の有無がわかる。反応がなかったということはルイズの使い魔に魔力は込められていないという証拠になる。
一応、念の為に召喚の儀式の時にディティクトマジックは掛けたが、反応は無かった。
水の秘薬などの魔法が込められた薬ではないということだ。だからといって安心はできない。植物の中には致死性の毒を持つものある。
メイジ殺しと呼ばれる戦士は、刃や矢にこういった毒を塗ったりするという。
「どうしましょう?」
「どうするかのう?」
春の日差しが差し込む学院長室で、う~むと中年と老人が頭を抱えた。
そんな学院長室にノックの音が響く。
「誰じゃ?」
扉の向こうからは、先ほど席を外したロングビルの声が聞こえた。
「私です。オールド・オスマン」
「なんじゃ?」
「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。大騒ぎになっていたので、教師が止めに入ったようですが、生徒が興奮しており手がつけられないようです」
「まったく、暇を持て余した貴族ほど、性質の悪い生き物はおらんわい」
トリステインでは法により、貴族同士の決闘は禁じられているが、学院でも度々こういった事態が起きてしまう。
「で? 誰が暴れておるのかね?」
「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」
オスマンの口から盛大なため息がこぼれた。
「あのグラモンとこのバカ息子か。オヤジも色の道では剛の者じゃったが、息子も輪をかけて女好きじゃ。おおかた女の子の取り合いじゃろう。相手は誰じゃ?」
「いえ、相手は女性です。もう一人は、ミス・ヴァリエール」
オスマンとコルベールが顔を見合わせた。思わぬ事態だが、渦中の人物であるルイズが騒動の中心らしい。
「教師たちが決闘を止めるに『眠りの鐘』の使用許可を求めております」
オスマンの目が鷹のように鋭くなったが、コルベールがそれに気づくことはなかった。
「アホか。たかが子供のケンカを止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」
「わかりました」
コツコツと規則的な足音が遠ざかっていった。
コルベールは唾を飲み込む。
「オールド・オスマン」
コルベールの意図を察して、オスマンが杖を取り出す。
「うむ」
オスマンを杖を振った。すると壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出された。
オスマンの秘蔵の一品、『遠見の鏡』の力だ。鮮明な映像はオスマンの魔力の高さを表している。コルベールはオスマンの若い頃を想像して、身震いした。
もしもオスマンが若い時に戦場に立った場合、自分はどうすればオスマンを殺せるのか。
今は平和の中に生きている。それなのにこんな事を考えてしまう自分がコルベールは嫌いだった。
――私はやはり、罪人だ。
コルベールはそれ以上考えるのをやめ、鏡に集中した。自分の可愛い生徒を見守るために。
4
ヴェストリの広場はトリステイン魔法学院の『風』の塔と『火』の塔に間にある。
そこでルイズとギーシュは向かい合っている。
ルイズたちが立っているのは、学園の西側の中央の辺り。本来、人気の無い場所だがこの時、この学院の生徒である貴族で人垣ができていた。
ざわめきは広場を包んでいるが、向かい合う二人は意にも介さない。
二人とも杖を取り出し、構えている。
緊張感が高まり、見物人が我慢を切らしそうになった時。
食堂で決闘をするわけには行かず、このヴェストリの広場に移動したのだ。
「本当に降参しないのか」ギーシュがこう聞くのは、これで二回目だ。
ギーシュが口を開いた。
「ええ」
ルイズが頷く。
「君はゼロだ。今ならこちらも矛を収めよう」
「くどいわ。私はゼロじゃない。早く始めましょう」
「・・・・・・いいだろう、ゼロのルイズ」
ギーシュは、薔薇を模した造花の杖を振る。杖から花弁が一枚、はらりと地面に落ちた。すると花弁は、ゴーレムへと変化を遂げる。細かい装飾を施された美しい鎧を身に纏った女騎士の青銅像。両手には何も持っていない。
ギーシュは土のドットメイジだ。これだけ精密な像を作ることができるメイジはドットには少ない。周囲の静かな感嘆の声が漏れた。
「これが、僕の『ワルキューレ』。ゼロのルイズ、君にはこの一体で十分だろう。魔法の使えない君に勝ち目は、無い」
確かにルイズに魔法は使えない。しかしルイズはもう、無力ではない。
ルイズは《パラベラム》だ。
――思ったよりも集まっているわね。
二人の周囲には食堂で集まった貴族たちが、そのままこちらについて来てしまったのだ。むしろ話を聞いたのか、増えているかもしれない。
だが、それも好都合だ。ショーは派手な方がいい。
「ギーシュ、一つ約束してもらえるかしら?」
「何をだい?」
「私がこの決闘に勝ったら、三人の女性に謝罪しなさい」
ルイズは守るために今、ここに立っている。
「ああ、わかった。僕に勝てたら、ね。・・・・・・そうだ、これを使いたまえ」
ギーシュがまた杖を振った。花弁に魔力が流れ、一本の剣に変わる。『ワルキューレ』と同じような趣向の装飾が施されているのは、さすがといったところか。ギーシュはその剣を掴み、ルイズの方へ投げた。剣はルイズの手前の地面に刺さった。
「ルイズ、せめてもの情けだ。その剣を取りたまえ。そうじゃなかったら、一言こう言いたまえ。ごめんなさい、とな。それで手打ちにしようじゃないか」
ギーシュはそこで一度、言葉を切った。そして芝居掛かった仕草で両手を広げ、観客に聞かせるように言葉を続ける。
「わかるか? 剣だ! つまり『武器』だよ。平民どもが、せめてメイジに一子報いようと磨いた牙さ。噛み付く気があるのなら、その剣を取りたまえ。その、平民の牙を」
「お生憎様、牙なら自前のがあるわ」
ルイズは無力ではないのだ。使い魔の召喚に成功し、《パラベラム》となった。
「もしかして、その杖のことを言っているのかい? ハハハッ、ゼロに扱える魔法は無いよ!」
ギーシュの笑いに同調して、観客からも笑い声が上がる。
しかし、そんな笑いさえもルイズには、もう聞こえてはいない。
ルイズは右腕を伸ばした。やり方は自然と頭に浮かんでくる。
意識を集中し、武器をイメージする。頭に思い浮かべるのはこの世界ではない、どこか遠くの異世界の武器。
――私はもう、『ゼロ』じゃない。
「『錬金』」ルイズはその呪文を『読み上げた』。
杖を持ったルイズの右腕が、輝きに包まれる。
閃光の粒子は弾け、半透明の装甲を形作っていく。
装甲はルイズの右腕を包み込み、機関部を一瞬で形成。ダンダンダン、と虚空から生まれた装甲が幾重にも重なり合い、より明確なシルエットを作り出す。
武器が、そこに生まれた。
「な、なんなんだ・・・・・・それは?」
さっきまで何も無かった場所に、魔法のように銃器が現れたのだ。この広場でルイズの手にするものが銃器だと、分かる者は一人もいなかったが、それは確かに銃だった。
ルイズが手にするのは、巨大な銃。
長い槍を思わせるフォルム。
力強さと優雅さを両立したようなデザインの三本の銃身と巨大な機関部は、鮮やかな青と深い黒で彩られ、装甲の隙間からはルイズの髪のような明るい桃色の光が漏れている。
一・八メイル以上の大きさがあるのに、ルイズは全く重さを感じなかった。それでいて、銃を構成する全ての部品は確かな鋼鉄の質感を持っている。
機関部の部分にはラウンドシールドまでついているが、これも大きさが異常だ。直径一メイル近くもある盾には、幾何学的な模様まで施されていた。
銃の本体部分である機関部と、構えるルイズの手の甲に沿うようにできた盾の裏側には、こんな文字が刻み込まれていた。
《cal90 Shield of Gandalfr》
輝くルーンが刻まれた左手で刻印をなぞりながら、ルイズはようやく、ギーシュの質問に答えた。
「九〇口径シールド・オブ・ガンダールヴ」
それが、この銃の名前のようだった。
――《パラベラム》とは?
自分の殺意や闘志を、銃器の形にして物質化することが可能な特殊能力、およびその能力者である。
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第六章 覚醒
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決闘/[Duel]――二人の人間が、何かの為に生命を賭して戦うこと。果し合い。
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「その香水をあなたが持っていたのが何よりの証拠ですわ!」
乾いた音の後に、そんな少女の声が聞こえた。
「さようなら!」
そんな震えた声を聞いて、何事かと声のする方向を見れば目立つ金髪が見える。
そしてルイズの隣を走り去る一年生の少女。慌しく、その後ろを何人かの生徒が追いかけていった。
すれ違っただけだが、少女は泣いていたようだった。
「・・・・・・何があったの?」
騒動の中心らしき場所には人垣が出来ていて、ルイズの席からではどうなっているのか、伺うことはできない。
「ギーシュのバカが二股掛けてたのがバレたみたいね」
「・・・・・・なんで、あんたが私の隣にいるのよ」
いつの間にかキュルケが隣に立っている。ルイズの身長では見えないが、キュルケの身長ならば見えるのかも知れない。癪だ。
「あなた、『土』の才能に目覚めたとか言って、あの有様でしょう? 確かに爆発の規模は小さくなってたみたいだけど・・・・・・おかげ様で後ろに引っ繰り返って、頭打っちゃったじゃない」
後頭部を擦っているところを見ると、結構強く打ったようだ。しかし錬金を使う時は全員、机の下に隠れていたはず。それにいつもならともかく、今回は随分と力を絞った。そんな目にはまず遭わないはずだが。どうして――
「食べ終えたみたいだし、外であなたの魔法を見せなさいよ。ヴァリエールがどこまでやれるか、気になってしょうがないんだから」
そういってあのからかうような目線と笑みをキュルケは投げかける。
他人の色恋沙汰、ましてや二股が原因の修羅場の見物なんて悪い趣味は持ち合わせていない。それにルイズも自分の《P.V.F》がどんなものなのか、確かめたくてうずうずしていた。
人目にはあまり晒したくはないが、相手がキュルケなら、そう悪くはない。
今まで散々からかわれてきたのだ。見返してやろうじゃあないか。
昼食の後なので、当然この後は昼休みだ。力を試すなら好都合だろう。
「ええ、見せてあげるわ。私の『使い魔』をね」
「決まりね。じゃあ、メイドに八つ当たりしているようなバカは放っておいて、どこか適当な広場でも行きましょ」
何か、何かが引っかかった。
「なんですって?」
「どうやらメイドに責任を擦り付けて、誤魔化そうとしてるみたいよ? まったく、あの黒髪のメイドも災難ね」
黒髪。ルイズが知っている黒髪は一人しかいない。
嫌な予感がする。頭の中で警鐘が鳴っているような気がした。今、向かわなければ後悔する、そんな気がするのだ。
「あら、ルイズ?」
キュルケがルイズの様子に気づいた時には、もうルイズは騒動の中心へ向かって歩き始めていた。人垣を押しのけて、そう長くない距離を詰める。
押しされた貴族が文句を言おうとするが、ルイズの威圧的な雰囲気に圧されて口を閉じた。
そう時間は掛からずに、ルイズは騒動の中心へ辿り着いた。
「止まりなさい」
目の前には怯えてしゃがみ込んだシエスタと、なぜか髪からワインを滴らせたギーシュがいる。
シエスタの体は恐怖からか、震えていた。
頭の奥底から怒りが沸いてくるのを感じる。周囲の視線も気にせずに、ルイズはギーシュの前に立った。その小さな背中でシエスタを庇うように。
「・・・・・・ミス・ヴァリエール」
背中からシエスタの呟きが聞こえた。少し震えている。
シエスタは怯えている。『貴族』であるギーシュが怖くて。
――ふざけるな。
魔法が使えるものは貴族だ。それはハルケギニアのどこを見ても変わりはしない。
しかし、けれど。
「ルイズ、邪魔をするな。僕は、これからそこのメイドに『教育』しなければならない」
こんな理不尽で、シエスタを怯えさせるような人間が『貴族』なのか。
怒りを吐き出すようにため息をついた。自分を落ち着けるために。
「ギーシュ、あんた最低よ」このままだと怒鳴りつけてしまいそうだった。
「なんだと?」
ギーシュの顔から笑みが消えた。変わりに浮かんだ表情は怒り。
本来、端整な顔立ちは歪み、ルイズにはそんな表情がどこか滑稽に映った。
「二股かけてた挙句に、バレればメイドに責任転嫁? それも自分の面子を保つためだけに?」
「違う。僕は彼女たちの名誉を守ろうとしている。そこのメイドがほんの少しでも、機転を利かせることができたならばケティもモンモランシーも傷つかずにすんだのだよ」
――ふざけるな。
ギーシュ・ド・グラモンはそれなりに優秀なメイジだ。古くから続くグラモン家の軍人は血と杖で国を守ってきた。ギーシュもドットの中では優秀な部類に入る。
血筋と魔法、貴族にとって最も重要視されるといっても過言ではないその二つの要素をギーシュは兼ね備えている。
家柄は立派だが魔法の使えないルイズとは、違うのだ。
だが。
「・・・・・・何が名誉よ。あんたが本当に大切なのは自分の身でしょう? 本当に愛しているなら、どうしてすぐに追いかけないの? あんたに貴族を名乗る資格は無いわ。平民にも劣る誇りしか持ち合わせていない男にはね。もう一度、言うわ」
――ふざけるな!
ギーシュからは誇りは感じない。ただ自分の面子の為だけに、自分より弱い平民のメイドに矛先を向けている。貴族の誇りである杖を、向けている。
ルイズには、それが許せない。
ルイズが魔法を使うことができない。いくら努力をしようと魔法が成功することはなかった。
アンロックも、ファイヤーボールも、エアカッターも、錬金も、治癒も。どんな魔法も成功しなかった。
だけどルイズは杖を振る事をやめなかった。誇りがあった。それはどんなものにも譲れない。変えることができないものだ。
だが、ギーシュは今、シエスタに杖を向けている。
「最低よ、ギーシュ・ド・グラモン」
――こんなものは私の目指す『貴族』じゃない。
今、牙を突き立てなければ私の中の『何か』が死んでしまう。
ルイズは漠然と、そんな考えが頭のどこかに浮かんでいた。
食堂から音が消えた。誰も、口を開かない。重く、冷たい沈黙。
「・・・・・・魔法すら使えない『ゼロ』に、貴族の誇りについて説教されるとはね。少々、気が動転していたようだ。このような事態になったことを恥ずかしく思うよ。貴族のような機転を、そこのメイドに求めた僕が馬鹿だった。ルイズの侮辱も許そうじゃないか。魔法の使えないそこの『二人』の平民は下がっていいよ」
ギーシュは肩をすくめてそう言った。
ルイズを『ゼロ』と、ルイズを『平民』と呼んだ。
紛れもない侮辱を受け、それでもなおルイズの芯の部分は冷えていった。怒りが消えたわけではない。冷静になったわけでもない。
ただ感情の温度が急速に下がった。
それはやっぱり怒りだ。
もちろん、ルイズを『ゼロ』と呼び、ルイズを『平民』と呼んだ。それに対しての怒りも確かにある。だがそれならば、ルイズの怒りは熱く煮詰まったものになるだろう。
だけどルイズの感情はただ冷たくなっていく。
それはきっと、シエスタのためだから。
ギーシュはシエスタを侮辱した。シエスタを自分よりも劣る、と。シエスタを取るに足りないモノだ、と。
この怒りはきっと、自分の為ではない。これは『誰か』の為の怒りだ。
ルイズは少し、嬉しかった。
――私は、誰かの為に心の底から怒ることができる。
ルイズはなかなか素直になることができない。他人に対しても、自分に対しても。
だから、少しだけ。ほんの少しだけ、そんな当たり前なことができるようになった自分が誇らしかった。
「待ちなさい」
ルイズの声を聞いて、ギーシュが振り向いた。ギーシュの胸にルイズは手袋を放り投げる。
ぱさり、と小さな音を立てて、手袋はギーシュの胸に当たり、床に落ちた。
「何の真似だい? ミス・ヴァリエール」
聞くまでもない。この食堂の誰もが知っている。
手袋を投げつけるのは、決闘の作法だ。
先ほどとは違い、ギーシュは丁寧な口調だ。わざわざ『ミス』までつけている。
ギーシュにしてはなかなかどうして、面白い趣向じゃないか。ルイズもその趣向に乗ることにした。
「貴方のお好きな騎士の真似事ですわ、ギーシュ・ド・グラモン」
努めて優雅に。舞台で歌う歌姫のように。観客はこの食堂にいる全員だ。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという貴族はここにいる。『誇り』を胸に今、ここに立っている。
ルイズは、そこまで言ってギーシュに背を向けた。
ルイズの役柄は『騎士』だ。だったら――『お姫様』の手を取る名誉は譲れない。
ルイズは目の前でしゃがみ込むシエスタに、左手を差し出す。
シエスタはルイズの手を取り、立ち上がった。ルイズの小さな手に収まる手は仕事で荒れていて、力強い手だ。その手はもう、震えていない。
「決闘よ」
ルイズは優雅に振り向いて、そう静かに告げた。
シエスタの驚いた顔があんまりにも可愛らしくて、こんな時なのについ、笑ってしまった。
驚いたシエスタの大きく見開かれた黒い瞳には、怯えの色は見えなかった。
笑ってしまった本当の理由は、それが嬉しかったからなのかもしれない。
結局、ルイズはシエスタを助けたかった。ただそれだけだったのかもしれなかった。
3
「コルベールです。オールド・オスマン、お話が」
本塔の最上階、学院長室のドアの前にコルベールは立っていた。
あの後、『丸薬』の項目を読み、コルベールは一つの仮説を考えた。だが、この仮説はもしかするとルイズから使い魔を奪うことになるかもしれない。
ただの教師であるコルベールにはどうしていいか判らずに、学院長であるオスマンの報告に来たのだ。
「入りなさい」
「失礼します」
重厚なつくりのセコイアのテーブルの向こう側に、トリステイン魔法学院の学院長、オールド・オスマンはいた。
長く白い髭と髪、顔には生きてきた年月を感じさせるしわが深く刻まれている。噂では百歳とも二百歳とも言われている。そんな酒の肴にしかならないような噂話でさえ、この長い年月を見てきたであろう紫の瞳を見ると本当かも知れないと思ってしまう。
部屋の隅に置かれた机では、秘書のロングビルが羽ペンを忙しなく動かしている。翡翠のような輝きを持つ髪と凛々しい顔立ちの美人だ。理知的な印象を与える眼鏡が良く似合っている。
「どうかしたのかね? ミスタ・・・・・・あー、なんじゃったっけ?」
「・・・・・・コルベールです。人の名前ぐらい覚えておいてくださいよ」
「すまんのう。年を取るとどうでもいいことは、すぐに忘れてしまうんでな」
コルベールは色々と言いたい事があったが、ぐっと飲み込んだ。
文句を言いたいが、この老練な魔術師を相手にしていては話が進まない。
「ミス・ヴァリエールの召喚した使い魔についてお話したい事があります」
「席を外しましょうか?」
書類から顔を上げて、ロングビルが問いかける。気を利かしてくれたのだろう。
コルベールの話はルイズの使い魔に関わる重要なことだ。耳する人間は少ない方がいいかもしれない。
「すみません、ミス・ロングビル。そうだ、お詫びにあとで昼食でもいかがですか?」
食事をするのなら一人より二人の方がいい。それが美人ならなおさらだ。
「いえ、私は仕事が残ってますので」
ロングビルはそれだけを素っ気無く言い残して、部屋から出て行ってしまった。
「ほっほっほっ、フラれたのう。ミスタ・コルベール」
オスマンは水パイプの煙を燻らせながら笑っていた。
「そ、それはともかく。オールド・オスマン、これをご覧ください」
セコイアの机に図書館から持ち出した『エルフの薬草』を広げる。開くページは『丸薬』。薬草をハチミツなどのつなぎを使い、粉末にした薬草などを球状にしたものである。
ハルケギニアにおいて傷の治療は水のスペルで行う。魔法を使えない平民などが薬草を使うのだが、平民にとってハチミツは高級品のため、手が届かない。
この本には『デンプン』というものでも代用できるそうだが、この『デンプン』がなんなのかがわからない。ハルケギニアにはないのかも知れなかった。
「『エルフの薬草』とは、また危ないものを持ち出したの。で? これがどうしたのじゃ?」
このようなエルフに関する書物は本来、あってはならないものだ。歴史の中では焚書に指定されていたこともある。そのような本が学院の図書館に納められているということはオスマンの力量を示していた。
ほかにも世には出回らないような様々な本が図書館には納められている。フェニアのライブラリーの閲覧が制限されているのは、そのような本があるからだ。
「使い魔召喚の儀式でミス・ヴァリエールが召喚したモノは、もしかすると何かの『丸薬』かも知れません」
「ふむ・・・・・・」
本に載っている『丸薬』は黒い球体、ルイズの『使い魔』は白い楕円をしていた。しかしコルベールは同じものだという推測を立てた。
絵に描かれているものと違うのは、材料となる薬草が違うから。ほかにもいくつかの根拠はあるが、一番の理由はコルベールの勘だ。
「ミス・ヴァリエールの使い魔は『薬』かも知れません。しかし・・・・・・『毒』かも知れないのです」
使い魔の役割は大きく分けて、三つある。
一つ目は『使い魔の主人の目となり、耳となること』、これは鳥などの使い魔を斥候とする軍などで重宝される仕事だ。
二つ目は『主人の望むものを見つけてくること』、これは水のメイジや土のメイジが秘薬作りのさいに役立つ能力。
そして三つ目、『主人を守る』、これが問題なのだ。
『毒』はその性質上、力も技術も要らない。毒を使えば少女にも人は殺せる。ルイズのような少女にも。そして守るのに一番、確実な方法は殺される前に殺す事。そのことをコルベールは経験から良く知っていた。
魔法の使えないルイズには、ある意味、これ以上無いほどの力だ。
「確かにのぅ・・・・・・しかし、彼女から使い魔を奪うのは忍びないの」
確かに『ゼロ』と呼ばれるルイズが、唯一の成功の証なのだ。
それを奪えば、ルイズの心は壊れてしまうかもしれない。そもそも今まで勤勉だったのが不思議だったくらいなのだ。
「ディティクトマジックの結果は?」
「何の反応もありませんでした」
ディティクトマジックは探知の魔法だ。これを使うことにより、魔力の有無がわかる。反応がなかったということはルイズの使い魔に魔力は込められていないという証拠になる。
一応、念の為に召喚の儀式の時にディティクトマジックは掛けたが、反応は無かった。
水の秘薬などの魔法が込められた薬ではないということだ。だからといって安心はできない。植物の中には致死性の毒を持つものある。
メイジ殺しと呼ばれる戦士は、刃や矢にこういった毒を塗ったりするという。
「どうしましょう?」
「どうするかのう?」
春の日差しが差し込む学院長室で、う~むと中年と老人が頭を抱えた。
そんな学院長室にノックの音が響く。
「誰じゃ?」
扉の向こうからは、先ほど席を外したロングビルの声が聞こえた。
「私です。オールド・オスマン」
「なんじゃ?」
「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。大騒ぎになっていたので、教師が止めに入ったようですが、生徒が興奮しており手がつけられないようです」
「まったく、暇を持て余した貴族ほど、性質の悪い生き物はおらんわい」
トリステインでは法により、貴族同士の決闘は禁じられているが、学院でも度々こういった事態が起きてしまう。
「で? 誰が暴れておるのかね?」
「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」
オスマンの口から盛大なため息がこぼれた。
「あのグラモンとこのバカ息子か。オヤジも色の道では剛の者じゃったが、息子も輪をかけて女好きじゃ。おおかた女の子の取り合いじゃろう。相手は誰じゃ?」
「いえ、相手は女性です。もう一人は、ミス・ヴァリエール」
オスマンとコルベールが顔を見合わせた。思わぬ事態だが、渦中の人物であるルイズが騒動の中心らしい。
「教師たちが決闘を止めるに『眠りの鐘』の使用許可を求めております」
オスマンの目が鷹のように鋭くなったが、コルベールがそれに気づくことはなかった。
「アホか。たかが子供のケンカを止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」
「わかりました」
コツコツと規則的な足音が遠ざかっていった。
コルベールは唾を飲み込む。
「オールド・オスマン」
コルベールの意図を察して、オスマンが杖を取り出す。
「うむ」
オスマンを杖を振った。すると壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出された。
オスマンの秘蔵の一品、『遠見の鏡』の力だ。鮮明な映像はオスマンの魔力の高さを表している。コルベールはオスマンの若い頃を想像して、身震いした。
もしもオスマンが若い時に戦場に立った場合、自分はどうすればオスマンを殺せるのか。
今は平和の中に生きている。それなのにこんな事を考えてしまう自分がコルベールは嫌いだった。
――私はやはり、罪人だ。
コルベールはそれ以上考えるのをやめ、鏡に集中した。自分の可愛い生徒を見守るために。
4
ヴェストリの広場はトリステイン魔法学院の『風』の塔と『火』の塔に間にある。
そこでルイズとギーシュは向かい合っている。
ルイズたちが立っているのは、学園の西側の中央の辺り。本来、人気の無い場所だがこの時、この学院の生徒である貴族で人垣ができていた。
ざわめきは広場を包んでいるが、向かい合う二人は意にも介さない。
二人とも杖を取り出し、構えている。
緊張感が高まり、見物人が我慢を切らしそうになった時。
食堂で決闘をするわけには行かず、このヴェストリの広場に移動したのだ。
「本当に降参しないのか」ギーシュがこう聞くのは、これで二回目だ。
ギーシュが口を開いた。
「ええ」
ルイズが頷く。
「君はゼロだ。今ならこちらも矛を収めよう」
「くどいわ。私はゼロじゃない。早く始めましょう」
「・・・・・・いいだろう、ゼロのルイズ」
ギーシュは、薔薇を模した造花の杖を振る。杖から花弁が一枚、はらりと地面に落ちた。すると花弁は、ゴーレムへと変化を遂げる。細かい装飾を施された美しい鎧を身に纏った女騎士の青銅像。両手には何も持っていない。
ギーシュは土のドットメイジだ。これだけ精密な像を作ることができるメイジはドットには少ない。周囲の静かな感嘆の声が漏れた。
「これが、僕の『ワルキューレ』。ゼロのルイズ、君にはこの一体で十分だろう。魔法の使えない君に勝ち目は、無い」
確かにルイズに魔法は使えない。しかしルイズはもう、無力ではない。
ルイズは《パラベラム》だ。
――思ったよりも集まっているわね。
二人の周囲には食堂で集まった貴族たちが、そのままこちらについて来てしまったのだ。むしろ話を聞いたのか、増えているかもしれない。
だが、それも好都合だ。ショーは派手な方がいい。
「ギーシュ、一つ約束してもらえるかしら?」
「何をだい?」
「私がこの決闘に勝ったら、三人の女性に謝罪しなさい」
ルイズは守るために今、ここに立っている。
「ああ、わかった。僕に勝てたら、ね。・・・・・・そうだ、これを使いたまえ」
ギーシュがまた杖を振った。花弁に魔力が流れ、一本の剣に変わる。『ワルキューレ』と同じような趣向の装飾が施されているのは、さすがといったところか。ギーシュはその剣を掴み、ルイズの方へ投げた。剣はルイズの手前の地面に刺さった。
「ルイズ、せめてもの情けだ。その剣を取りたまえ。そうじゃなかったら、一言こう言いたまえ。ごめんなさい、とな。それで手打ちにしようじゃないか」
ギーシュはそこで一度、言葉を切った。そして芝居掛かった仕草で両手を広げ、観客に聞かせるように言葉を続ける。
「わかるか? 剣だ! つまり『武器』だよ。平民どもが、せめてメイジに一子報いようと磨いた牙さ。噛み付く気があるのなら、その剣を取りたまえ。その、平民の牙を」
「お生憎様、牙なら自前のがあるわ」
ルイズは無力ではないのだ。使い魔の召喚に成功し、《パラベラム》となった。
「もしかして、その杖のことを言っているのかい? ハハハッ、ゼロに扱える魔法は無いよ!」
ギーシュの笑いに同調して、観客からも笑い声が上がる。
しかし、そんな笑いさえもルイズには、もう聞こえてはいない。
ルイズは右腕を伸ばした。やり方は自然と頭に浮かんでくる。
意識を集中し、武器をイメージする。頭に思い浮かべるのはこの世界ではない、どこか遠くの異世界の武器。
――私はもう、『ゼロ』じゃない。
「『錬金』」ルイズはその呪文を『読み上げた』。
杖を持ったルイズの右腕が、輝きに包まれる。
閃光の粒子は弾け、半透明の装甲を形作っていく。
装甲はルイズの右腕を包み込み、機関部を一瞬で形成。ダンダンダン、と虚空から生まれた装甲が幾重にも重なり合い、より明確なシルエットを作り出す。
武器が、そこに生まれた。
「な、なんなんだ・・・・・・それは?」
さっきまで何も無かった場所に、魔法のように銃器が現れたのだ。この広場でルイズの手にするものが銃器だと、分かる者は一人もいなかったが、それは確かに銃だった。
ルイズが手にするのは、巨大な銃。
長い槍を思わせるフォルム。
力強さと優雅さを両立したようなデザインの三本の銃身と巨大な機関部は、鮮やかな青と深い黒で彩られ、装甲の隙間からはルイズの髪のような明るい桃色の光が漏れている。
一・八メイル以上の大きさがあるのに、ルイズは全く重さを感じなかった。それでいて、銃を構成する全ての部品は確かな鋼鉄の質感を持っている。
機関部の部分にはラウンドシールドまでついているが、これも大きさが異常だ。直径一メイル近くもある盾には、幾何学的な模様まで施されていた。
銃の本体部分である機関部と、構えるルイズの手の甲に沿うようにできた盾の裏側には、こんな文字が刻み込まれていた。
《cal90 Shield of Gandalfr》
輝くルーンが刻まれた左手で刻印をなぞりながら、ルイズはようやく、ギーシュの質問に答えた。
「九〇口径シールド・オブ・ガンダールヴ」
それが、この銃の名前のようだった。
――《パラベラム》とは?
自分の殺意や闘志を、銃器の形にして物質化することが可能な特殊能力、およびその能力者である。
#navi(疾走する魔術師のパラベラム)
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