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#navi(三重の異界の使い魔たち)
~第1話 交わった異界~
ムジュラの仮面――時の閉ざされた世界を生き続けた魔物の甲羅から
彫られたその仮面には、この名が与えられている。
ある民族による呪いの儀式で使われていた、血塗られた歴史の魔の道具。
それを被りし物は邪悪で凄まじい力を手にし、世に災いをもたらすという
古の呪物。人間の伝説では、そのように語られていた。
しかし、それは事実とは異なっている。確かに、その仮面は被った相手に
強大な力を約束してきた。しかし、邪悪な災いを呼び寄せるのは、あくまで
仮面の、ムジュラの仮面の意思によってだ。
そう、ムジュラの仮面は自我を、生命を持つ仮面だった。幾星霜の時を
経て呪いの念と魔性の祈りを浴び続けてきたためか、元々材料となった
魔の甲羅の力がそうさせたのか、ムジュラの仮面は強力な魔力を蓄えていき、
ついには知性を、心を、魂を得るにいたった。
それも、極めて邪悪なそれを、だ。
だからこそ、ムジュラの仮面は、己を被るものを欲した。自らの力を与える
者を欲した。
その者の願いを叶えるために。そして、その者の欲望を、利用するために。
欲望につけ込み、その者の心を握り、自分の目的の通りに動かしていく。
それが、ムジュラの仮面がもたらす、災厄の過程だった。
やがて人間たちはそれを恐れ、彼を闇へと封印したが、それも永遠に
とはいかなかった。紆余曲折を経てムジュラの仮面は陽光の下に戻り、
そして子鬼の手に渡った。
それも、ムジュラの仮面にとっては好都合な、心に深い哀感の闇を抱えた
子鬼に。
ムジュラの仮面は歓喜のままに、その子鬼に力を与えた。存分に力を振るわ
せた。そして、存分に力を使わせてもらった。
子鬼の孤独な心、その悲哀のままに世界を呪い、各地で災いの種を育んで
いく。そして、ゆくゆくは滅びの月を大地に落とし、全てを等しく焼き尽くす
つもりだった。
そのことに、特に理由があったわけではない。ただ、呪われた祭器である
自分自身が、これまでその身に宿してきた呪いの念が、彼に災禍を招く以外の
存在意義を、見出すことを許さなかったのだ。
しかし、それは打ち破られた。1人の少年と、妖精の少女によって。
緑衣をまとったその少年は、12か13歳程度だっただろう幼さにもかか
わらず、ムジュラの仮面が各地にまいた呪いを、手にする刃で以って払い除け
てみせた。そして、ムジュラの仮面自身すらも、その少年剣士の手にかかった。
自らが招いた月の内部で、仮面であることを捨て、魔人と化した直接対決の
場で、少年の剣にムジュラの仮面は討ち取られたのだ。
目的もなく、本能のままに世界を破滅させようとした者と、勇気を奮い、
守るべきと決めたものを守らんとした者。
今にして思えば、最初から勝負など見えていたのかもしれない。
背負うものが、あまりに違いすぎたのだ。
少年から最後の一撃を受けた瞬間、ムジュラの仮面は深い脱力感を感じた。
全身から、なにかが抜け落ちていくのが判った。
意識が、だんだんと深い淵へ沈んでいく。視界が、徐々に白く染まっていく。
もはやものを考える力も、気力も残されていない中、ただ1つの思いが、心に
浮かんでいた。
災いの時は、もう終わったのだ――
しかし、と、ムジュラの仮面は思う。
――しかし、それからどうしてこうなっているんだ?
周囲を取り囲む黒マントの少年少女たち、少し離れた位置にいる禿げあがった
男、そして眼前に立つ青い髪の小柄な少女、自分の隣りにいる妖精と少年を
見回しながら、ムジュラの仮面は思い悩んだ。
とりあえず、思い悩んでいる時点で自我が残っていることは判る。その
代わりというべきか、魔力はその大半を、邪気に至ってはほとんど全てを
失っていたが、あの瞬間は命を失う覚悟をしたので、生きているだけで
よしとすべきだろう。
それはいい。いいのだが、今がどういう状況にあるのかが全く理解できない。
あの少年剣士との決戦からどうなったのか、気が付いてみれば、いつの間にか
この場に浮かんでいた。
見回してみれば、周囲は青々とした草花の草原で、遠方には城と見紛う
程の荘厳な建物が見え、恐らく周りの者たちが使っている施設であろうと
見当をつける。
ついたところで、やはり何故こんな場所にいるのかという理由は説明
できなかったが。
「……なんだこれ?」
わけが判らず考え込んでいれば、不意にそんな声が上がる。見れば、人間の
少年と妖精の少女がこちらに目を向けていた。
少年と妖精といっても、明らかに自分を倒したあの2人とは違う。妖精の方は、
あの少女が黄色がかった乳白色の輝きだったのに対し藍色に輝いていたし、少年の
方はといえば 何もかもが違っている。
あの少年は耳が長く、金髪碧眼で、緑のロングチュニックにとんがり帽子という
服装だった。しかし、 この少年はといえば、耳は丸いし髪も目も黒く、青い
フードつきの服を着ており、その上明らかに 彼よりも4つか5つか年上だった。
なによりも、眼の雰囲気がまるで違う。それなりに気骨がありそうではある
ものの、戦いとは無縁そうな甘っちょろい眼をしており、あの歴戦を物語る
眼光とは比べるべくもなかった。
そんな分析をされているとも知らず、少年は不審そうな、しかし興味深そうな
眼で、ムジュラの仮面を見据えている。
「お面が浮いてるって、これどういう仕掛け? 糸とかついてないよな?」
言いながら、少年はムジュラの仮面の周りを沿うように腕を回し始めた。
ムジュラの仮面が何かで吊り下げられているものなのか確認しているらしい。
無邪気な行為と呼べるが、ムジュラの仮面はそういうものを容認する性格では
なかった。まして今の精神状態では、苛立たしいにもほどがある。
「やめろ、うっとうしい」
そのため、気付いた時には、言葉を発していた。そのことに、ムジュラの仮面は
多少の驚きを覚える。自分はこれまで、人間の前で言葉を話そうとしなかった。
それは、あくまで自分を被る相手を利用するため、自我があることを悟られて
警戒されることを避けるためだったが、邪念の抜けた今となってはそうする理由は
ない。
頭ではそう理解しているものの、こうも自然に「話す」という行為を自分が
したことに、僅かながら戸惑っていた。
「うおっ! しゃべった!?」
一方、言葉を向けられた少年の方は、明らかにムジュラの仮面よりも驚いて
いた。平凡な顔に驚嘆の色を浮かべ、まじまじとムジュラの仮面を見つめる。
「すげえ、なんだこれ!?」
「ぬぅっ!?」
かと思いきや、彼はいきなりムジュラの仮面を両手でつかんできた。
「なにこれ、なにこれ!? どっから声出てんの!? どうやって浮いてんの!?
動力なに!? どんな仕掛け!?」
「ビャビャビャビャビャッ!?」
興奮した様子で、少年はムジュラの仮面をがくがくと揺らした。揺さぶられて
言葉にならない声を上げながらも、ムジュラの仮面は少年の顔を観察する。
そこには、混じり気なしの好奇心に輝く満面の笑みがあった。その笑顔に、
ムジュラの仮面は抵抗も忘れて呆れてしまう。
いくら邪気が消えたとはいえ、言葉を操り自らの意思で動く仮面にこうも
物怖じしないとは。先程眼を見て感じた印象に、能天気も付け加えるべき
らしい。
「なんというか貴方、いい度胸……というよりいい神経してるね……」
そこで、青い妖精の少女がやはり唖然とした声で少年に話しかけた。
すると、少年はまたも目を見開く。
「今度はホタルがしゃべった!?」
叫ぶ少年に、妖精は苦笑いした様子で答えた。
「ワタシはホタルじゃないわ。確かにこの羽は虫に見えるかもしれないけど、
お尻だけじゃなくて全身が光るホタルなんていないでしょ? ほとんど
羽ばたかないで、浮いていられる虫もね」
妖精の言葉に、少年はなるほどと肯いて見せる。
「え? じゃあ、君なに?」
「妖精のナビィよ、妖精を見たことないんだ?」
「あ、ああ。って、え!? 妖精!? マジで!?」
少年はまたも驚きの声を響かせ、次いで手にしたままのムジュラの仮面に
目を移した。
「って、ことはなに? もしかしてこれも、魔法のお面とかだったりすんのか?」
「……仮面と呼べ。銘はムジュラの仮面だ」
「あ、ああ。俺は才人、平賀才人」
ヒラガ・サイト、語感からダンペイ、シロウといったものと同系統の名前かと
判断する。それをよそに少年、サイトは手を離し、なにやら頭を抱え始めた。
「俺、今一体何処にいるんだ?」
――ここに至ってようやくそれか
自分のすぐそばにいた以上、恐らくサイトもムジュラの仮面と同様突然この場に
来てしまったのだろう。それなのに、これまでそれを1番に悩まずにいたとは、
どういう思考回路をしているのだろうか。
「……ミスタ・コルベール」
そこで、これまで言葉を発しなかった、青い髪の少女が口を開いた。
「この場合、どうすれば?」
頭頂部辺りの禿げた男の方を見ながら、無表情に言う少女。淡々とした
ような声だったが、ムジュラの仮面はそこに動揺の色も聞き取っていた。
コルベールと呼ばれた男はしばらく答えあぐね、悩むように語りかけていく。
「ミス・タバサ、これは伝統なんだ。確かに、複数の召喚に加え、人間の
召喚、残り2名も人格を持つ存在と、あまりに異例尽くしではあるが、伝統で
あり神聖な儀式である使い魔の召喚をした以上、君は彼らと契約しなければ
ならない」
なにやら話を進めているようだ。聞きなれない単語が多くてよく理解
できないが、どうやら自分たち3人も当事者であるらしい。ならば自分たち
にも話に入る資格はあるかと、ムジュラの仮面が割って入ろうとした時、
コルベールが自分に視線を向けてくる。
「ただ、他の2名はともかく、生物でない彼に関しては……」
困惑した表情で言われ、ムジュラの仮面は脳内で眉をしかめる。
「生き物でなければいけないのか?」
聞き返しつつも、少し考えてみた。未だに状況はまるでつかめないの
だから、ここで無生物を理由に放置されると困ったことになる。
なので、ムジュラの仮面は自分の力を見せることにした。今の力では
最強たる第4形態は無理だが、第2形態位までならなんとかなるだろう。
そうと決めると、魔の仮面はそのオレンジの瞳を力強く光らせ、
全身を唸らせ始めた。
「な、なんだぁ!?」
すぐ傍のサイトが先程から上げ続けの驚愕の声をあげる間にも、その
変化を続けていく。
人間の顔と同じ、せいぜい30センチ程度だった大きさをみるみる内に
膨張させ、10倍近い大きさまで肥大化させた。次いで、側面から生えた
角を、まるでヒレのようにゆらゆらと揺らす。仕上げとばかりに、
背面からは褐色の触手を幾十本も伸ばし、蛇のようににゅるにゅると
うごめかせてみせた。
他人に被られるための第1形態から、自ら戦うための第2形態へ。その
変貌を遂げたのを確認すると、ムジュラの仮面はコルベールとタバサと
呼ばれた青い髪の少女の方に向き直る。
「これなら、生き物らしく見えるかな?」
触手の1本を掲げて見せながら、呆気にとられた表情のコルベールたちに
問いかけてみた。そこで、不意に別の触手が引っ張られるのを感じる。
「ほんとすげーな、これマジで種も仕掛けもないのかよ?」
見れば、ヒラガ・サイトが自分の触手を1本つかみ、観察していた。その
好奇心がむき出しの姿に、ムジュラの仮面はいっそ感心してしまう。
「なるほど、思っていたよりも更に能天気なようだな……」
「ひでえ言われ様だな、おい」
軽く眉をしかめてサイトは抗議してくるが、ムジュラの仮面はそう言われ
ても仕方がないだろうと思っていた。
「3名とも、生きていることは確認した」
そこで、タバサの声に再び注意を向ける。身の丈より長い杖を持つ眼鏡を
かけた少女は、彼らを見回していた。そして、サイトに視線を固定すると、
彼の方へ歩み寄っていく。
「え、な、なに?」
「……」
怪訝とするサイトをよそに、タバサは無言。かと思えば、彼女はおもむろに
サイトの肩を片手でつかんだ。
「え、ちょっ、だからなんだよ!?」
「動かないで」
思いっ切り慌てふためくサイトだが、タバサはそれに答えずに短く命令を
下す。そして、サイトは動揺しながらも言葉の通りおとなしくなった。
根性はあるかと思ったが、どうやら異性には弱いらしい。
そして、彼女はもう片方の手で持った杖を軽く掲げ、詠う様な調子で
言葉を紡ぎ始めた。
「我が名はタバサ」
「あ、うん。俺は平賀才人」
恐らく呪文の類の一部なのだろうが、サイトは自己紹介と勘違いした
らしく自らも名乗る。
「5つの力を司るペンタゴン」
タバサはそれを無視し、何事かを唱えながらもつま先立ちになった。
「この者に祝福を与え」
そして、段々と2人の顔が近づいていく。タバサの方がサイトより大分
身長が低いので、彼女は大きく背伸びしなければいけなかったが。
「え……?」
初対面の少女が顔と顔の距離を縮めてくるという事態に、サイトは当惑の
色を強めていたが、混乱のあまりか固まってしまっている。
そして――
「我が使い魔となせ」
――その言葉が放たれた瞬間、2人の唇が重なっていた。
~続く~
#navi(三重の異界の使い魔たち)
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~第1話 交わった異界~
ムジュラの仮面――時の閉ざされた世界を生き続けた魔物の甲羅から
彫られたその仮面には、この名が与えられている。
ある民族による呪いの儀式で使われていた、血塗られた歴史の魔の道具。
それを被りし物は邪悪で凄まじい力を手にし、世に災いをもたらすという
古の呪物。人間の伝説では、そのように語られていた。
しかし、それは事実とは異なっている。確かに、その仮面は被った相手に
強大な力を約束してきた。しかし、邪悪な災いを呼び寄せるのは、あくまで
仮面の、ムジュラの仮面の意思によってだ。
そう、ムジュラの仮面は自我を、生命を持つ仮面だった。幾星霜の時を
経て呪いの念と魔性の祈りを浴び続けてきたためか、元々材料となった
魔の甲羅の力がそうさせたのか、ムジュラの仮面は強力な魔力を蓄えていき、
ついには知性を、心を、魂を得るにいたった。
それも、極めて邪悪なそれを、だ。
だからこそ、ムジュラの仮面は、己を被るものを欲した。自らの力を与える
者を欲した。
その者の願いを叶えるために。そして、その者の欲望を、利用するために。
欲望につけ込み、その者の心を握り、自分の目的の通りに動かしていく。
それが、ムジュラの仮面がもたらす、災厄の過程だった。
やがて人間たちはそれを恐れ、彼を闇へと封印したが、それも永遠に
とはいかなかった。紆余曲折を経てムジュラの仮面は陽光の下に戻り、
そして子鬼の手に渡った。
それも、ムジュラの仮面にとっては好都合な、心に深い哀感の闇を抱えた
子鬼に。
ムジュラの仮面は歓喜のままに、その子鬼に力を与えた。存分に力を振るわ
せた。そして、存分に力を使わせてもらった。
子鬼の孤独な心、その悲哀のままに世界を呪い、各地で災いの種を育んで
いく。そして、ゆくゆくは滅びの月を大地に落とし、全てを等しく焼き尽くす
つもりだった。
そのことに、特に理由があったわけではない。ただ、呪われた祭器である
自分自身が、これまでその身に宿してきた呪いの念が、彼に災禍を招く以外の
存在意義を、見出すことを許さなかったのだ。
しかし、それは打ち破られた。1人の少年と、妖精の少女によって。
緑衣をまとったその少年は、12か13歳程度だっただろう幼さにもかか
わらず、ムジュラの仮面が各地にまいた呪いを、手にする刃で以って払い除け
てみせた。そして、ムジュラの仮面自身すらも、その少年剣士の手にかかった。
自らが招いた月の内部で、仮面であることを捨て、魔人と化した直接対決の
場で、少年の剣にムジュラの仮面は討ち取られたのだ。
目的もなく、本能のままに世界を破滅させようとした者と、勇気を奮い、
守るべきと決めたものを守らんとした者。
今にして思えば、最初から勝負など見えていたのかもしれない。
背負うものが、あまりに違いすぎたのだ。
少年から最後の一撃を受けた瞬間、ムジュラの仮面は深い脱力感を感じた。
全身から、なにかが抜け落ちていくのが判った。
意識が、だんだんと深い淵へ沈んでいく。視界が、徐々に白く染まっていく。
もはやものを考える力も、気力も残されていない中、ただ1つの思いが、心に
浮かんでいた。
災いの時は、もう終わったのだ――
しかし、と、ムジュラの仮面は思う。
――しかし、それからどうしてこうなっているんだ?
周囲を取り囲む黒マントの少年少女たち、少し離れた位置にいる禿げあがった
男、そして眼前に立つ青い髪の小柄な少女、自分の隣りにいる妖精と少年を
見回しながら、ムジュラの仮面は思い悩んだ。
とりあえず、思い悩んでいる時点で自我が残っていることは判る。その
代わりというべきか、魔力はその大半を、邪気に至ってはほとんど全てを
失っていたが、あの瞬間は命を失う覚悟をしたので、生きているだけで
よしとすべきだろう。
それはいい。いいのだが、今がどういう状況にあるのかが全く理解できない。
あの少年剣士との決戦からどうなったのか、気が付いてみれば、いつの間にか
この場に浮かんでいた。
見回してみれば、周囲は青々とした草花の草原で、遠方には城と見紛う
程の荘厳な建物が見え、恐らく周りの者たちが使っている施設であろうと
見当をつける。
ついたところで、やはり何故こんな場所にいるのかという理由は説明
できなかったが。
「……なんだこれ?」
わけが判らず考え込んでいれば、不意にそんな声が上がる。見れば、人間の
少年と妖精の少女がこちらに目を向けていた。
少年と妖精といっても、明らかに自分を倒したあの2人とは違う。妖精の方は、
あの少女が黄色がかった乳白色の輝きだったのに対し藍色に輝いていたし、少年の
方はといえば 何もかもが違っている。
あの少年は耳が長く、金髪碧眼で、緑のロングチュニックにとんがり帽子という
服装だった。しかし、 この少年はといえば、耳は丸いし髪も目も黒く、青い
フードつきの服を着ており、その上明らかに 彼よりも4つか5つか年上だった。
なによりも、眼の雰囲気がまるで違う。それなりに気骨がありそうではある
ものの、戦いとは無縁そうな甘っちょろい眼をしており、あの歴戦を物語る
眼光とは比べるべくもなかった。
そんな分析をされているとも知らず、少年は不審そうな、しかし興味深そうな
眼で、ムジュラの仮面を見据えている。
「お面が浮いてるって、これどういう仕掛け? 糸とかついてないよな?」
言いながら、少年はムジュラの仮面の周りを沿うように腕を回し始めた。
ムジュラの仮面が何かで吊り下げられているものなのか確認しているらしい。
無邪気な行為と呼べるが、ムジュラの仮面はそういうものを容認する性格では
なかった。まして今の精神状態では、苛立たしいにもほどがある。
「やめろ、うっとうしい」
そのため、気付いた時には、言葉を発していた。そのことに、ムジュラの仮面は
多少の驚きを覚える。自分はこれまで、人間の前で言葉を話そうとしなかった。
それは、あくまで自分を被る相手を利用するため、自我があることを悟られて
警戒されることを避けるためだったが、邪念の抜けた今となってはそうする理由は
ない。
頭ではそう理解しているものの、こうも自然に「話す」という行為を自分が
したことに、僅かながら戸惑っていた。
「うおっ! しゃべった!?」
一方、言葉を向けられた少年の方は、明らかにムジュラの仮面よりも驚いて
いた。平凡な顔に驚嘆の色を浮かべ、まじまじとムジュラの仮面を見つめる。
「すげえ、なんだこれ!?」
「ぬぅっ!?」
かと思いきや、彼はいきなりムジュラの仮面を両手でつかんできた。
「なにこれ、なにこれ!? どっから声出てんの!? どうやって浮いてんの!?
動力なに!? どんな仕掛け!?」
「ビャビャビャビャビャッ!?」
興奮した様子で、少年はムジュラの仮面をがくがくと揺らした。揺さぶられて
言葉にならない声を上げながらも、ムジュラの仮面は少年の顔を観察する。
そこには、混じり気なしの好奇心に輝く満面の笑みがあった。その笑顔に、
ムジュラの仮面は抵抗も忘れて呆れてしまう。
いくら邪気が消えたとはいえ、言葉を操り自らの意思で動く仮面にこうも
物怖じしないとは。先程眼を見て感じた印象に、能天気も付け加えるべき
らしい。
「なんというか貴方、いい度胸……というよりいい神経してるね……」
そこで、青い妖精の少女がやはり唖然とした声で少年に話しかけた。
すると、少年はまたも目を見開く。
「今度はホタルがしゃべった!?」
叫ぶ少年に、妖精は苦笑いした様子で答えた。
「ワタシはホタルじゃないわ。確かにこの羽は虫に見えるかもしれないけど、
お尻だけじゃなくて全身が光るホタルなんていないでしょ? ほとんど
羽ばたかないで、浮いていられる虫もね」
妖精の言葉に、少年はなるほどと肯いて見せる。
「え? じゃあ、君なに?」
「妖精のナビィよ、妖精を見たことないんだ?」
「あ、ああ。って、え!? 妖精!? マジで!?」
少年はまたも驚きの声を響かせ、次いで手にしたままのムジュラの仮面に
目を移した。
「って、ことはなに? もしかしてこれも、魔法のお面とかだったりすんのか?」
「……仮面と呼べ。銘はムジュラの仮面だ」
「あ、ああ。俺は才人、平賀才人」
ヒラガ・サイト、語感からダンペイ、シロウといったものと同系統の名前かと
判断する。それをよそに少年、サイトは手を離し、なにやら頭を抱え始めた。
「俺、今一体何処にいるんだ?」
――ここに至ってようやくそれか
自分のすぐそばにいた以上、恐らくサイトもムジュラの仮面と同様突然この場に
来てしまったのだろう。それなのに、これまでそれを1番に悩まずにいたとは、
どういう思考回路をしているのだろうか。
「……ミスタ・コルベール」
そこで、これまで言葉を発しなかった、青い髪の少女が口を開いた。
「この場合、どうすれば?」
頭頂部辺りの禿げた男の方を見ながら、無表情に言う少女。淡々とした
ような声だったが、ムジュラの仮面はそこに動揺の色も聞き取っていた。
コルベールと呼ばれた男はしばらく答えあぐね、悩むように語りかけていく。
「ミス・タバサ、これは伝統なんだ。確かに、複数の召喚に加え、人間の
召喚、残り2名も人格を持つ存在と、あまりに異例尽くしではあるが、伝統で
あり神聖な儀式である使い魔の召喚をした以上、君は彼らと契約しなければ
ならない」
なにやら話を進めているようだ。聞きなれない単語が多くてよく理解
できないが、どうやら自分たち3人も当事者であるらしい。ならば自分たち
にも話に入る資格はあるかと、ムジュラの仮面が割って入ろうとした時、
コルベールが自分に視線を向けてくる。
「ただ、他の2名はともかく、生物でない彼に関しては……」
困惑した表情で言われ、ムジュラの仮面は脳内で眉をしかめる。
「生き物でなければいけないのか?」
聞き返しつつも、少し考えてみた。未だに状況はまるでつかめないの
だから、ここで無生物を理由に放置されると困ったことになる。
なので、ムジュラの仮面は自分の力を見せることにした。今の力では
最強たる第4形態は無理だが、第2形態位までならなんとかなるだろう。
そうと決めると、魔の仮面はそのオレンジの瞳を力強く光らせ、
全身を唸らせ始めた。
「な、なんだぁ!?」
すぐ傍のサイトが先程から上げ続けの驚愕の声をあげる間にも、その
変化を続けていく。
人間の顔と同じ、せいぜい30センチ程度だった大きさをみるみる内に
膨張させ、10倍近い大きさまで肥大化させた。次いで、側面から生えた
角を、まるでヒレのようにゆらゆらと揺らす。仕上げとばかりに、
背面からは褐色の触手を幾十本も伸ばし、蛇のようににゅるにゅると
うごめかせてみせた。
他人に被られるための第1形態から、自ら戦うための第2形態へ。その
変貌を遂げたのを確認すると、ムジュラの仮面はコルベールとタバサと
呼ばれた青い髪の少女の方に向き直る。
「これなら、生き物らしく見えるかな?」
触手の1本を掲げて見せながら、呆気にとられた表情のコルベールたちに
問いかけてみた。そこで、不意に別の触手が引っ張られるのを感じる。
「ほんとすげーな、これマジで種も仕掛けもないのかよ?」
見れば、ヒラガ・サイトが自分の触手を1本つかみ、観察していた。その
好奇心がむき出しの姿に、ムジュラの仮面はいっそ感心してしまう。
「なるほど、思っていたよりも更に能天気なようだな……」
「ひでえ言われ様だな、おい」
軽く眉をしかめてサイトは抗議してくるが、ムジュラの仮面はそう言われ
ても仕方がないだろうと思っていた。
「3名とも、生きていることは確認した」
そこで、タバサの声に再び注意を向ける。身の丈より長い杖を持つ眼鏡を
かけた少女は、彼らを見回していた。そして、サイトに視線を固定すると、
彼の方へ歩み寄っていく。
「え、な、なに?」
「……」
怪訝とするサイトをよそに、タバサは無言。かと思えば、彼女はおもむろに
サイトの肩を片手でつかんだ。
「え、ちょっ、だからなんだよ!?」
「動かないで」
思いっ切り慌てふためくサイトだが、タバサはそれに答えずに短く命令を
下す。そして、サイトは動揺しながらも言葉の通りおとなしくなった。
根性はあるかと思ったが、どうやら異性には弱いらしい。
そして、彼女はもう片方の手で持った杖を軽く掲げ、詠う様な調子で
言葉を紡ぎ始めた。
「我が名はタバサ」
「あ、うん。俺は平賀才人」
恐らく呪文の類の一部なのだろうが、サイトは自己紹介と勘違いした
らしく自らも名乗る。
「5つの力を司るペンタゴン」
タバサはそれを無視し、何事かを唱えながらもつま先立ちになった。
「この者に祝福を与え」
そして、段々と2人の顔が近づいていく。タバサの方がサイトより大分
身長が低いので、彼女は大きく背伸びしなければいけなかったが。
「え……?」
初対面の少女が顔と顔の距離を縮めてくるという事態に、サイトは当惑の
色を強めていたが、混乱のあまりか固まってしまっている。
そして――
「我が使い魔となせ」
――その言葉が放たれた瞬間、2人の唇が重なっていた。
~続く~
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