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#navi(ルイズと夜闇の魔法使い)
「おう、エリス。ただいま」
「あ、お帰りなさい……な、なんですかこれ?」
慌てて姿勢を正してお辞儀をしたあと、エリスは部屋の真ん中に置かれた衣装箱の山を見て眼を丸くした。
「服よ。買ってあげるって言ってた奴」
「え? あ、ありがとうざいます……えっ?」
至極当たり前と言った風に告げたルイズにエリスは反射的に礼を言い、そして眉を潜めた。
それはそうだろう、せいぜいがバッグ一抱えといった所が関の山な一般人のエリスでは、文字通りで山のような衣装箱など想定できるはずもない。
……もっとも、その値段を聞いたら驚くどころか卒倒するかもしれないが。
「ところで、何かあったのか? 随分焦ってるみたいな感じだったけど」
「……あ! 先輩、これ……っ」
柊に言われて思い出したのか、エリスは慌てて持っていた紙――コルベールが描いた『破壊の杖』の絵を柊に差し出した。
それを手渡された柊は軽くそれを観察し、あっさりと答える。
「なんだ、箒じゃねえか。エリス、お前絵が上手いんだな」
「箒?」
ルイズが柊の手から紙を奪い取ってそれを見やり、首を傾げる。
「……これのどこが箒なの?」
「いや、掃除に使う箒じゃなくってな。ガンナーズブルームっつって……俺等の世界で使ってるマジック・アイテムみたいなもんだ」
「またその手の代物……?」
胡散臭げに眉をしかめるルイズを他所に、柊はエリスに目を向けて少し困ったように告げた。
「エリス、あんまこういうのを描くってのは――」
「ち、違います! それ、私が描いたんじゃないんです!」
「……は?」
そしてエリスは事情を二人に話し始めた。
勉強中にコルベールに会って追求から逃れられず、異世界のことを話してしまったこと。
宝物庫に納められているという『破壊の杖』のこと。
そしてコルベールが描いた『破壊の杖』の絵が、柊達の見ているものであること。
聞くに従って柊の表情が真剣になり、そして思案顔に変わっていく。
エリスが異世界に関して話してしまった点については、一度渋い顔をして見せたが特に咎めることはなかった。
何しろ柊自身、彼のような類の人間に追及されたら誤魔化しきれないのがわかっていたから逃げていたクチなのである。
むしろ目的であるファー・ジ・アースへの手がかりが降ってきたので瓢箪から独楽というべきかもしれない。
とはいえ、仮に『破壊の杖』が本当に箒――ガンナーズブルームだったとしてもそれ自体は重要ではなかった。
柊達がこのハルケギニアにいる以上、ゲートなり何なりでファー・ジ・アースと繋がる事は確かなのだ。
それ以前に人なり物なりが辿り着いていてもおかしな話ではない。
重要なのはそれが単体できたのか、それとも持ち主ごと来たのか。そして後者ならばその持ち主は今何処にいるのか……である。
「あの爺さんに話を聞いてみるか……」
「それなんですけど、コルベール先生やロングビル先生が学院長に話を通してくれてるそうです。戻ったら伝えて欲しいって」
「マジか! すげえな、何か道が開けてきたぞ……!」
「それじゃ私、先生達に言ってきますね」
「頼む。ありがとな、エリス」
柊が喜色を称えて言うと、エリスは嬉しそうに微笑んでからぺこりと頭を下げて部屋から出て行った。
膨らんできた期待感で平手を撃つ一方で、脇で話を聞いていたルイズの表情はどこか暗かった。
「……どうかしたのか?」
「……。なんでもない……」
怪訝そうに窺う柊に、ルイズは呟くように小さく答えた。
※ ※ ※
学院長室を訪れた柊達三人を待ち受けていたのは、部屋の主たる学院長――オールド・オスマンの仏頂面だった。
彼は柊達がロングビルに先導されて入室したのを見届けると、脇に立っているコルベールを一瞥して苦々しく口を開いた。
「研究熱心なのは構わんが、いささか口が軽くなるのが玉に瑕じゃのう」
「それは返す言葉もありませんが……しかし彼等が異境の地に迷い込んでいるのは事実なのです。帰る手助けをするのは人として当然でしょう」
「キミは『破壊の杖』やら異世界やらの話を聞きたいだけじゃろ?」
オスマンが言うとコルベールはうっと言葉を詰まらせ、愛想笑いをしながら視線を反らしてしまった。
改めてオスマンは柊達に視線を送ると、溜息混じりに口を開く。
「やはりと言うべきか何というか、君達も異世界とやらの人間だったんじゃのう」
「……知ってたのか?」
「グラモンの馬鹿息子との決闘であたりはつけておった。後の行動も大方『彼』と同じだったしの」
オスマンの声に柊の眉がわずかに揺れる。
柊は一歩前に進み出ると、コルベールが描いた『破壊の杖』の絵を示しながら言った。
「とりあえず、これが本当に俺達の世界のものか確認させてくれねえか」
「致し方あるまいな」
柊の言葉を受けてオスマンは立ち上がり、柊達を先導して宝物庫へと案内した。
錠を開け、扉を開いてから彼は振り返り柊とエリス、ルイズ、そして付いてきたコルベールとロングビルを順繰りに見やる。
「柊くんとエリスくん、それと……主人たるミス・ヴァリエールは聞いておくべきじゃろうな。残りはここで見張っておくよう」
「そんな殺生な!」
一緒に話を聞けると思っていたコルベールが悲鳴を上げるが、それには構わずオスマンは柊達を宝物庫へと招き入れて扉を閉めた。
念のために懐から杖を取り出して扉にロックをかける。
雑多に納められた数々のお宝を物珍しそうに眺める三人を促し、彼は数多の杖が飾られている一角へと案内した。
名前の彫られたプレートを見るまでもなく、目的のものはすぐに見つかった。
ソレは他のどんな杖よりも大きく、飾られている場所を占有していたからだ。
壁に立てかけられて固定されている『破壊の杖』を見てルイズは純粋に驚きを露にした。
エリスと柊も別種ではあったがやはり驚きを覚え、そして妙な懐かしさを感じてしまった。
なにしろ異世界で自分達の世界のモノを見ることになるとは思わなかったのだ。
「どうかね?」
後ろから届く確認の声に、柊は大きく頷いてから手を伸ばした。
「間違いねえ。これはファー・ジ・アースの箒――『ガンナーズブルーム』だ」
箒(ブルーム)と通称される、ウィザード達が世界を侵す侵魔に対抗するために作り上げた個人兵装。
緋室 灯が使用しているモノとは少々ディテールが異なるが、基本的な構造は間違いなく箒のそれだ。
少々古ぼけているので少し前の世代のものなのかもしれない。
柊が軽く表面をなぞると、埃の取れた地金に刻印が見えた。
擦り切れかけた黒塗りの斧のペイント、その刃をなぞるように刻まれた文字は[Kill'em All !!]。
対侵魔組織の巨大派閥である『絶滅社』のロゴである。
「コレを使ってた奴はどうしたんだ? さっき学院長室で『彼』って言ってたよな」
オスマンを振り返って柊が尋ねると、彼は懐かしむように虚空を眺めながらそれに答える。
「そうさの、もう三十年ほど前になるか……ここから山を一つ越えた辺りの森に散策に出ておったら、ワイバーンに出くわしたんじゃ。
明らかに生息域からは離れておったが、運が悪かったんじゃろうの。
……元より幻獣種と単身でやりあうなど分が悪すぎるが、ソイツはとにかく凶暴で手が負えんかった。
精神力も尽き果ててもうダメかと思った時――『彼』が武器も持たずにふらりと現れおった」
「……じゃあ、学院長はその方に助けられたんですか?」
エリスが呟いた言葉に、オスマンは何故か黙り込んでしまった。
首を捻る一同を他所に彼は僅かに顔を俯かせ、肩をわなわなと震わせながら、低い声で言った。
「……いや。殺されかけた」
「はあっ!?」
その男は虚空から『破壊の杖』を取り出すと、柊が決闘の際に放ったのと似たような光(おそらくプラーナだろう)を纏わせて杖を振るい、ワイバーンを木っ端微塵に吹き飛ばした。
そして彼はそれを喜ぶでもなく、呆気に取られるしかできないオスマンを振り返り――まるで人形のような顔つきで『破壊の杖』をオスマンに突きつけたのだ。
「ワイバーンを一撃で粉砕する超ド級の危険物を人様に向けてきおったのじゃぞ!? しかもフォートレスだのエミュレイターだの訳のわからんことを言いおってからに!!
いたいけなジジイに対して何たる仕打ち! こいつはメチャ許せんよなぁ!!」
「落ち着け爺さん!?」
「落ち着いてください!?」
ガクガクと激しくヘッドバンギングしながら叫ぶオスマンに思わず突っ込みながらも、柊はなんとなく状況を理解した。
おそらくその彼はハルケギニアを侵魔の張った異空間――月匣(フォートレス)だと思ったのだろう。
既に異世界に関して知識と耐性があったヒイラギならばともかく、普通のウィザードならいきなりこんなファンタジー世界に放り出されればそれを想定するはずだ。
もしこれが緋室 灯だったならまず間違いなく威嚇としてガンナーズブルームをぶっ放す所までいったはずだ。
そういった意味ではオスマンは幸運だった。
「お、おぉ……ふぅ。大丈夫じゃ、わしはクールじゃよ……」
どうにか平静を取り戻したオスマンは改めて話を再開した。
その後何とか状況を理解してもらって和解はしたらしい。
しかし彼は激しい戦闘を行っていたのか、酷い怪我を負っていた。
一応命を救われた事になるのでオスマンはその男を学園に連れ帰り治療する事にしたのである。
怪我は大きかったものの幸いにして命は取り留めた。
しかし事情を聞いても彼は頑として自らの事を話さなかった。
オスマンが聞き出せたのはかろうじて彼が『ハルケギニアではない場所』から来たという事だけだった。
そして彼は傷が快復すると、柊達と同じように文字を学びながら元の場所に戻る方法を探し始めたという。
「……で、そいつは今どうしてんだ? まさか戻る方法を見つけて帰ったのか?」
ようやく目的の話題になってきて柊はオスマンに詰め寄った。
しかし彼は悲しそうに首を左右に振ると、
「亡くなった。一ヶ月程後の事じゃ」
「……何かあったのか?」
「何もなかった。彼は図書室に篭って調査し通しとったんで、何も起こりようがない。一週間ほどが経って、彼は唐突に倒れたのじゃ」
原因はまったくわからなかった。
出会った時に負っていた傷は総て治療したし、毒の類に冒されているという事もなかった。
しかし彼は一向に快調の兆しを見せずどんどん衰弱していき……そのまま息を引き取ったという。
結局彼は、オスマンに詳しいことを何も語らずに逝ってしまった。
「高名な水メイジに診せたところ、何やら身体の水の流れが人間とは思えないほど異常じゃったと言っておったが……」
「……!?」
それまで沈黙を保っていたルイズの顔色が変わった。
彼女は柊を押しのけてオスマンに詰め寄ると、酷く切羽詰った様子で訴える。
「オールド・オスマン! それって、病気か何かだったんですか!?」
「わからんよ。さっぱりお手上げじゃ……彼は自分で持っとった薬を飲んでおったがわし等には渡してくれなんだし、結局効かなかったようじゃがの」
「薬……!?」
ルイズは呻くように言うと、次いで柊を振り返った。
そして今度は柊に向かって言う。
「柊、何か知らないの!? あんたの世界の人間だったんでしょ!?」
今まで見たこともない、張り詰めた表情のルイズを見てエリスは困惑しながら柊に眼を向けた。
彼は顎に手を当ててしばし思案すると、オスマンに向かって尋ねる。
「あんたが会ったそのウィザード……なんつうかこう人形みたいな感じじゃなかったか? 表情が読めないっていうかそもそも感情がないっていうか」
「む……その通りじゃ。何を言ってもほとんど表情を見せぬし、最初顔を見たときはガーゴイルかと思ったぐらいじゃ」
言い当てられて驚きを見せたオスマンから目を離し、柊はガンナーズブルームを見やる。
「……絶滅社の強化人間か人造人間だな。多分調整ができなくなったから……」
侵魔に抗するために人為的な投薬と強化処理を施したウィザード――それが強化人間や人造人間である。
強化人間である緋室 灯に代表されるように、彼女等は通常のそれに比して高い戦闘能力を得られる一方で、
感情や形成人格の欠損・日常に対する適正の欠如・過剰強化による精神肉体への悪影響などといった副作用も抱えてしまう。
これらを緩和するために必要なのが『製造元』で行う調整作業だ。
この作業は強化度合いによって頻度も異なる。
緋室 灯は月に何度か絶滅社で調整をしているし、酷い例では調整を行ってなお『耐用年数』が二十年に満たない個体も存在するという。
現在のファー・ジ・アースでさえそうなのだから、三十年前ではより調整作業は必須のものだっただろう。
当然の事ながら、異世界では調整などできようはずもなかった。
「調整? その調整っていうのをすれば、病気が治るの?」
「根治はできねえかもしれねえけど……調整を受けてる限りなら、まあ魔王とドンパチやらかすぐらいには元気だな」
「そう……ファー・ジ・アースにはそんなのがあるの……」
「……ルイズさん?」
エリスは先程からどうにも様子がおかしいルイズを心配そうに覗き込んだが、彼女は逃げるようにエリスから顔を逸らすと引き下がってだんまりを決め込んでしまった。
柊とエリスと互いに顔を見合わせて首を捻るが、思い当たる事がある訳もない。
「……まあともかく。わしの知っておる『破壊の杖』にまつわる由来はこれくらいじゃな」
「あ、あぁ、すまねえ。参考になった……」
参考にはなったが、手がかりは結局何一つ得られなかった。
やはり地道に探すしかないということなのだろう。
「ありがとうございます、学院長」
折り目正しく頭を垂れるエリスにオスマンは一つ頷くと、ふと思い出したように『破壊の杖』に歩み寄った。
「一つ聞いておきたいことがあるんじゃが、よいかね?」
「俺にわかる事なら……」
「この『破壊の杖』は、まだ"使える"のかね?」
「……」
持ち主のウィザードが亡くなった後に状態保全の魔法である『固定化』を施したが、何をどうやっても彼が使っていた時のような力は発揮されなかったらしい。
柊は許可を得てガンナーズブルームを抱え上げると、軽く状態を確認する。
そして囁くように二言三言何かを呟くと、首を左右に振った。
「ダメだな、使えねえ……少なくともこの世界の人間には無理だし、俺とエリスにも無理だ」
躯体内部に施されている圧縮弾倉――月衣の技術を応用して空間を圧縮し、その中に弾頭を収めている――にはまだ十分に弾が残ってはいた。
だが、弾倉から弾を取り出すためにはロックを解除するキーコードが必要になるのだ。
知っているコードをいくつか試してみたが、弾倉が開放されることはなかった。
大抵は規格ごとに統一されているが三十年前ならコード自体違う可能性は高いし、個人で設定していたら事実上本人以外には扱えない。
ガンナーズブルームの機構に詳しい人間ならともかく、その分野に詳しくない柊ではコレを使うことは出来ない。
――もっとも『武器』としての機能が使えないだけで、『箒』が『箒』と呼称される所以といわれている機能については問題ないようだが。
ガンナーズブルームを元の場所に戻しながら答えた柊を見ながら、オスマンはふむと顎に手を添えた。
しばし何やら考えるような素振りを見せると、彼は柊に向かって口を開く。
「なら、この『破壊の杖』はキミに預けよう」
「え!? これってここのお宝みたいなモンだろ!? いいのかよ!」
「構わんよ。元々わしの私物のようなものじゃし、あのような危険な力が不埒者に使われるのを防ぐためにここに収めたんじゃからな。
使えぬというなら、これはもうわしの恩人の形見でしかない」
言いながらオスマンは『破壊の杖』に手を添え、昔を懐かしむように眼を細めて言葉を続けた。
「それに、彼も生前はキミと同じように元の世界とやらに帰ろうとしておったが、結局それは叶わなんだ。
ならばせめて、これだけでも故郷に帰してやってくれんか」
「……。わかった」
老人の言葉に柊は静かに頷くと、ガンナーズブルームを手に取った。
それはウィザードとして鍛えた柊であってもそれなりに取り回すのに慣れがいるほどに重量がある。
だが、この重みは単にモノ自体の重さだけではないような気がした。
「少々かさばるが、君なら大丈夫じゃろう?」
「ああ、大丈夫だ。ちゃんと元の世界に返すからよ」
「他にもいくつか彼の遺品があるが……それはどうするね? 結構な大きさの水晶なんじゃがのう」
「……。いや、それはいいよ」
言いながら柊はガンナーズブルームを月衣の中に収納した。
オスマンの言っているそれはおそらく特殊弾頭――魔力水晶弾だろう。ガンナーズブルーム使いなら持っていてもおかしくはない。
通常弾が使えなくともそれがあれば射撃武器としての運用は可能だ。
……が、柊はそれを貰おうという気はまったく起きなかった。
もとより柊の専門は剣であって射撃武器は好みではないし、何よりそれではオスマンに伝えた言葉も渡してもらった意図にも悖ってしまう。
オスマンは像が揺らいで虚空に消えていくそれを名残惜しそうに見届けた後、三人を眺めやって告げる。
「この事はくれぐれも内密にの。ミス・ロングビルは規則や何やと喧しかろうし、コルベールに至っては言わずもがなじゃからの」
「……わかりました」
「けどよ、いくらなんでもあんなのがなくなったらすぐにバレるんじゃねえの?」
「何、近いうちに模造品でも作って飾っておくわ。どうせ誰にも使えんのじゃから、それで十分じゃろ」
闊達と笑いながら言ってのけるオスマンに三人は顔を見合わせると、呆れたように溜息をついた。
ともかく、これ以上ここで得られそうな情報はありそうにない。
三人はオスマンに促され宝物庫を後にした。
部屋を出る間際、ふと思い出したように柊はオスマンに向かって言った。
「……今度時間がある時でいいから、その人の墓とかに案内してくれねえかな。ちゃんと挨拶しときてえから」
「……お安い御用じゃ」
照れくさそうに言う柊をまじまじと見やった後、オスマンは破顔して彼の肩を叩いた。
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