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#navi(TALES OF ZERO)
&setpagename(第三話 ガンダールヴ 前編)
第三話 ガンダールヴ 前編
「美味しかったよ、ご馳走様。」
アルヴィーズの食堂の裏にある厨房…そこで才人とクラースは食事をとっていた
出された賄い食を食べ終え、満足そうに才人は腹を撫でる
「ああ、美味いシチューだった…すまないな、忙しい時に。」
クラースが辺りを見回すと、コックやメイド達がせわしなく動いていた
今は昼食、一番忙しい時間なので当然だろう
「いえ、お気になさらないで…ご満足頂けたら幸いです。」
シエスタは微笑むと、二人が使った食器やスプーンを片付けていく
食後の飲み物をお出ししますね…と言って、彼女は食器を持って奥へと向かった
「………。」
その後姿を、才人は眺めていた…まるで、何かを懐かしむかのように
「どうした才人、じっとシエスタを眺めて…。」
「あっ、いえ…不思議なんです、俺シエスタの事昔から知ってるような気がして…。」
クラースに尋ねられて、才人は胸の内を明かす
さっき、初めて彼女と会ってからずっとこのような思いを抱いていた
こういうのを既視感、デジャヴュと言うらしいが…
「…それは口説き文句のつもりか?今時それは流行らないぞ。」
「そ、そんなんじゃないですよ、俺は本当にシエスタの事が…。」
「私がどうかしたんですか?」
そんな時、何時の間にか食後の飲み物を持って来たシエスタが尋ねる
「何、才人が君に気があるみたいでな…口説き文句を考えていたようなんだ。」
「えっ、そんな…私達、ついさっき会ったばかりなのに…。」
「だから、そうじゃなくて…もう良いですよ、もう。」
変にクラースが茶化すので、才人はこれ以上このデジャヴュについて考えるのを止めた
その後、二人はシエスタが持ってきたものを飲みながら、この後の事について話し始める
「ねぇ、クラースさん…クラースさんはこの後どうするんですか?」
「私か?私は此処の図書館に行くつもりだ。」
この世界を詳しく知る為に必要なのは、情報だ
だから、この後クラースは学院の図書館へ向かう事に決めていた
場所は既に、シエスタから聞いている
「そうですか…ふぅ、あいつ話聞いてくれるかなぁ…。」
「さあな…まあ、上手くいく事を祈っているよ。」
一足先に紅茶を飲み干すと、クラースは席から立ち上がった
脱いでいた帽子を取ると、先に出口へと向かう
「えっ、もう行くんですか?」
「ああ、早く色々と読んでみたいからな…がんばれよ、才人。」
「は、はい…頑張ります。」
励ましの言葉を残し、去っていくクラース…才人は手を振って見送った
クラースの姿が見えなくなった後、才人は机に突っ伏した
「はぁ…クラースさんにはああ言ったけど、上手くいくかなぁ。」
あれだけ怒ったルイズに、どの面下げて謝りにいくべきか…
「才人さん……。」
うーん、と唸っている才人を、シエスタは心配そうに見つめる
しばらくして、ある事を思い出した彼女は、それを言う為に口を開いた
「…ドワーフの誓い第16番、成せばなる!!」
「へっ?」
突然のシエスタの声に、間抜けな声をあげながら才人は彼女の方を振り向いた
「昔、私の村の恩人だった人が言っていたんです…此処で悩むよりも、ミス・ヴァリエールに謝りに行った方が良いんじゃないですか?」
きっと、上手くいきますよ…と、微笑みながらシエスタは才人を励ます
彼女の後押しを受けて、意を決した才人は立ち上がった
「…シエスタの言うとおりだな、当たって砕けろって言うし…解った、俺いってみるよ。」
「はい、頑張ってください。」
才人は頷くと、ルイズに謝る為に食堂へと向かっていった
「……さて、私も皆さんに食後のデザートを配らないと。」
才人を送り出したシエスタもまた、この後の仕事の準備を行う事にした
「これは……。」
図書館の一区画…教師のみが閲覧を許される『フェニアのライブラリー』にコルベールの姿があった
彼は昨日の夜から、此処でずっとある物を調べていた
それは、才人とクラースの左手に刻まれた使い魔のルーンである
「まさか、そんな事が…いや、しかし…。」
今、コルベールが開いている本は『始祖ブリミルの使い魔たち』という古い書物だった
その本のあるページと昨日写し取った二人のルーンのスケッチを何度も見比べていたのだ
「同じだ…全く同じ…。」
遥か昔、始祖ブリミルと呼ばれる偉大な魔法使いが存在した
彼は複数の使い魔を従えており、使い魔達にはルーンが刻まれていたという
クラースと才人に刻まれていたルーンは、このページに記されたルーンと似ていた
「まさか、彼等は伝説の再来とでも言うのか…兎に角、この事をオールド・オスマンに…。」
自分が知ってしまった事実を、コルベールは学院長に報告する事を決めた
その本を持って、コルベールは急いで学院長室へと向かう
が、その前に出入り口で思わぬ人物と出会ってしまった
「ですから、此処は貴族か教員の方でなければ入れません。」
「そこを何とか頼めないだろうか?」
そこには図書館の司書に、閲覧を頼み込むクラースの姿があった
だが、司書は頑なにクラースの入室を拒む
「駄目です、規則は規則ですので…お引取りください。」
「そうか…色々と調べたいと思ったんだが…。」
流石に問題を起こしてまで入るのは不味いので、一度クラースは引き下がった
どうすれば良いのか…と考える中、コルベールが彼に声を掛けた
「ミスタ・レスター!!」
「ん…ああ、コルベール教授…。」
クラースが返事を返そうとすると、コルベールは彼の左手を取った
そしてまじまじと、甲に刻まれたルーンを見つめる
「ど、どうしたんだいきなり…まさか、これについて何か解ったのか?」
「あ、いえ、その…すいません、どうしても信じられなかったので。」
自分が取り乱していた事に気付き、一歩コルベールは下がる
コホンと軽い咳をすると、改めてクラースを見た
「実は、貴方達二人のルーンについて調べていたのですが…驚くべき事実が解ったのです。」
「驚くべき事実?」
「はい…もしかしたらそれは、伝説の使い魔のルーンなのかもしれないのです。」
伝説の使い魔…その言葉に、クラースは首をかしげる
「これが…一体どういう事なんだ、教授?」
「それは…まずは学院長にご報告して、その指示を仰いでから話しましょう。」
では…と言って、彼は小走りでその場を去っていってしまった
「お、おい、ちょっと…。」
後に残されたクラースは、呆然とその後を見送るしか出来なかった
「おいおい…そこまで言ったなら教えてくれても良いじゃないか。」
そう言って、もう一度自分に刻まれたルーンを見つめる
これが、一体…何だというのだろうか?
「まあ、これは後で聞くとして…それよりも、どうすれば良いのやら。」
折角此処まで来たのだ…何としてでも、中に入って本を読みたい
ルイズに頼むという手があるが、あれでは頼みを聞いてくれそうにない
打つ手なしか…そう思った時、クラースは誰かの視線を感じた
「ん…誰だ?」
クラースは視線を感じた方を振り向く…また、好奇心の眼差しで見る生徒か?
彼の視線の先…そこにいたのは…
「君は……。」
「…………。」
魔法学院の図書館…今は昼なので、人はあまりいない
その中で、此処にある本の一冊を見つめるクラースの姿があった
彼は今、念願の図書館に入って本を読もうとしたのだが…
「………読めん。」
数分間、粘りに粘って読もうとした結果の言葉だった
本に書かれている文字はこの地方の文字なのだが、クラースは読む事ができなかった
「読めない?」
「ああ、さっぱりだ…言葉が通じるから字も読めると思ったのだが…甘かったな。」
隣に座っている少女にそう答えると、クラースは背もたれに持たれかかった
少女の名はタバサ…今日の授業で目のあった、あの青髪の少女だ
「文字が読めないのに、何故言葉が通じる?」
「さあな、私にもよく解らん…もしかしたら、発音が似ているのかもしれんな。」
あるいは、ルイズに召還された…もしくは、異世界に来たという事が要因かもしれない
才人も異世界から来たが言葉が通じたし、かつて出会った異世界の英雄達とも言葉を交わせた
何故、違う世界の人間同士が言葉を交わせるのか…これはこれで、面白いテーマかもしれない
「すまないな、折角此処に入れるよう頼んでくれたというのに…。」
そう、本来ならここに入れない筈のクラースが此処にいるのは、彼女のお陰だった
突然現れた彼女に事情を説明すると、此処に入れるよう司書に進言してくれたのだ
「別に構わない…貴方に少し聞きたい事があったから。」
「私に?」
クラースの問いに頷くと、彼女はじっと彼を見つめる
その瞳はとても綺麗だったが、そこからは感情の色は全く見えなかった
こんな瞳を持った少女を、クラースは知っている
「…貴方は遠い異国の地から召還されたと聞いた、その体の文様からしてハルケギニアとは違う魔法体系の国から。」
「まあ、そうなるかな…本当に、遠い所から来てしまったよ。」
笑いながら答えるが、タバサのその感情のない瞳が変わる事はなかった
クラースは軽く咳をすると、話を進める事にする
「…それで、私に聞きたい事とは?」
「単刀直入に言う…失われてしまった『心』を元に戻す方法を教えて欲しい。」
「失われてしまった心だって?」
クラースの言葉に黙って頷くと、淡々とタバサは話を続ける
「そう…私の大切な人がよからぬ人々によって心を失ってしまった…それを元に戻す方法を、私は知りたい。」
「それは…君の肉親なのか?」
タバサは何も答えない…一瞬だけ目の色が変わったが、すぐに元に戻った
彼女には、何か深い事情と悲しい出来事があったのだろう
初対面でそれを聞くのは失礼なので、彼女の頼み事について考える事にする
「失った心を元に戻すか…うーむ…。」
状態異状によるものなら、パナシーアボトルで治るかもしれない
それで駄目なら法術という手もあるが、それを使える法術士のミントは此処にはいない
今自分の手元にはパナシーアボトルはあるが…チラッとタバサを見る
「………。」
彼女は何も言わないが、多少の期待を寄せているのは確かだ
この万能薬が彼女の言う状態に効果があるとは限らない…パナシーアボトルとて絶対ではないのだ
上手くいかなかったら、彼女を落胆させてしまいかねない…それは気の毒に感じた
「そうだな…心を元に戻す方法は…。」
「お願いします、通してください!!」
クラースが答えようとした時、入り口の方から声が聞こえてきた
この声の主は…
「シエスタか。」
口調からして何か慌てている…何かあったのだろうか
「すまん、知り合いに何かあったらしい…少し見てくる。」
申し訳ないと思いながらそう言うと、クラースは入り口の方へと向かった
「クラースさん!!」
クラースが入り口に来ると、案の定シエスタがいた
司書に入館を止められたようだが、今にも入りそうな勢いだった
「どうしたんだシエスタ、一体何が…。」
「大変なんです、才人さんが…才人さんが!!」
クラースの問いに対して、彼女の口から出た言葉は才人の名だった
彼なら、ルイズに謝りにいった筈だが…
「才人がどうしたんだ?」
「ああ、すみません、私が悪いんです。私のせいで才人さんが…。」
クラースが尋ねても、シエスタは詫びるばかりで質問に答えない
完全に混乱している…クラースは彼女の肩を掴むと、無理やり動揺を抑えた
「それだけでは何も解らん、才人に一体何があったのかだけを話すんだ。」
「そ、そうですね、すいません………実は…。」
ようやく落ち着きを取り戻したシエスタは、事の次第を話し始めた
クラースが図書館に向かった後、シエスタはデザートを生徒達に運んでいた
仕事は順調に進んでいたのだが、一人の生徒の前を通った時に事は始まった
その生徒の名はギーシュ・ド・グラモン、このトリステインの名家グラモン家の少年である
彼が落としたと思われる小瓶を、シエスタが拾ってギーシュに渡したのだ
初めは違うと否定していたギーシュだったが、それが同級生のモンモランシーの香水だと発覚した事で事態は一変する
このギーシュという少年、実はそのモンモランシーと一年生の少女に二股を掛けていたのだ
シエスタが香水を拾った事でそれが発覚し、ギーシュは二人から手痛い別れを告げられたのだった
ギーシュはシエスタに責任を擦り付け、謝罪させようとしたのだが…
「そんな時、ミス・ヴァリエールに謝罪していた才人さんが割り込んできて…ミスタ・グラモンを殴り飛ばしたんです。」
「おいおい、何て無茶な事を…。」
貴族を殴り飛ばすとは…その場で手討ちにされても可笑しくない行為だ
だが、理不尽が許せない才人にとって、ギーシュがした事は見過ごせなかったのだろう
「それで、怒ったミスタ・グラモンが決闘を言い渡して…ヴェストリの広場で決闘を…。」
そこまで言い切ると、シエスタは顔を両手で覆って泣き出した
「ごめんなさい、私が悪いんです…私のせいで才人さんが…。」
「お前さんが謝る事じゃないさ…で、その決闘とやらは…。」
「もうすぐ始まる頃です…だから、クラースさんにこの事を伝えに…。」
シエスタは、メイジである貴族の恐ろしさを知っている
だから、クラースに才人を助けて貰おうと思ったのだが…
「…シエスタ、そのヴェストリの広場は何処なんだ?」
「この向こう…風と火の塔の間の中庭の事です。」
そうか…と、場所を確認したクラースはそこへ向かう事にする
目的は勿論…
「では、行こうか…才人を助け、そのギーシュという少年に灸を据える為にな。」
本来なら、主人である私やルイズが頭を下げなければならないだろう
だが、オイタをした子どもは、大人が叱らなければならないものだ
「だ…大丈夫なんですか?」
「ん、私に才人を助けて欲しいから呼びに来たんじゃないのか?」
「そ、それはそうですけど…」
「何、私もそれなりの力はある…此処の二年坊主に負けはしないさ。」
クラースの言葉に、最初は不安を感じていたシエスタは少し落ち着く
それに、彼もメイジ…大丈夫だ、と思った
「さあ、急ぐぞ。」
才人が大変な事になる前に…二人はヴェストリの広場に向かって歩き出そうとした
「待って。」
が、それを静止する声が二人の耳に聞こえる
振り返ると、タバサが無表情なままでクラースを見つめていた
「タバサか…悪いな、もう一人の使い魔君が危ないらしい、話は後で頼めるか?」
「………。」
タバサは何も言わない…視線をこちらに向けているだけだった
だが、その視線は「今すぐに返答を」と言っている
「…すまんな、君が知りたい事については「今の所は」解らないんだ。」
それだけを伝えると、彼女に軽く一礼してシエスタと共に広場へと向かっていった
タバサは離れていくクラースに何も言わずに、その後姿を見つめる
「………今の所は。」
クラースが言い残した言葉を呟き、タバサはその意味について考える
しばらくして、彼女もまたその場からゆっくりと歩き出した
………………
「ふむ…ガンダールヴ、とな?」
場所は変わって、学院長室…コルベールは学院長と会話を交わしていた
オールド・オスマン…この学院の学院長にして、聡明なメイジである
かなりの長生きなのだが、その歳に反して結構なスケベ心の持ち主である
「そうです、彼等は始祖ブリミルが従えていた使い魔の一人…ガンダールヴなんです!!」
これが大事じゃなくて何なんだ…とばかりに、コルベールは強く発言する
オスマンは彼が持ってきた『始祖ブリミルの使い魔たち』とスケッチをもう一度見比べる
「しかしのう、異国のメイジとその使い魔がガンダールヴとは…些か無理な話ではないか?」
人間が召還された上、二人とも同じルーンを持っていた…その上に伝説の使い魔である
オスマンでなくても、大抵の人は彼と同じ意見を言うだろう
「私もそう思いました…ですが、何度見ても二人のルーンはこれと同じなんです!!」
オスマンの言葉に、ますます熱を上げてコルベールは発言を強くする
唾も飛び出る程の勢いに、オスマンは自分の身をコルベールから下げる
「(やれやれ…この男は夢中になる物があると熱くなっていかん。)」
お陰でこっちまで熱くなるじゃないか…と、オスマンはハンカチで顔を拭く
さて、どうやってこの男の気を静めようか…
「失礼します、オールド・オスマン。」
その時、幸いな事に一人の女性が学院長室へと入ってきた
彼女はミス・ロングビル…オスマンが少し前に雇った彼の秘書である
有能な人物で、美人なばかりにオスマンのセクハラ被害を受けている女性でもある
「おお、ミス・ロングビルか…どうしたのかね?」
「はい…今、ヴェストリの広場で決闘騒ぎが起こっています。教員達が止めようとしましたが、生徒達に邪魔されて止められないようです。」
「まったく、暇を持て余した貴族ほど性質の悪いものはおらんわい。で、誰と誰が戦っておるのじゃ?」
これ幸いにと、オスマンは伝説の使い魔の話から決闘の話へと移行しようとする
「一人はギーシュ・ド・グラモン、もう一人は…昨日ミス・ヴァリエールが召還した、使い魔の片割れの少年です。」
ミス・ロングビルの報告に、オスマンとコルベールは顔を見合わせる
まさか、話していた使い魔の一人が、グラモンの息子と決闘を起こしているとは思わなかったからだ
「それで…教員達から『眠りの鐘』の使用許可が求められているのですが…。」
そんな事を知らないミス・ロングビルは教員達の意向をオスマンに伝える
『眠りの鐘』…それはこの学院にある秘宝の一つで、その音色は聞いた者を眠りへと誘う代物である
「アホか、子どもの喧嘩に態々秘宝なんぞ使わんでも良い…放っておきなさい。」
「解りました。」
オスマンの言葉に、ミス・ロングビルはそれ以上何も言わずに退室する
彼女の足音が聞こえなくなった後、オスマンは深く溜息をついた
「うーむ…まさか、グラモンの息子と伝説の使い魔のルーンを持つ少年が戦う事になるとはのぅ…」
「オスマン、もしかしたら私の予想がこれではっきりするかもしれません。」
伝説の使い魔の再来か否か…この決闘が答えを導き出すかもしれない
そう言われると、オスマンもそれを確かめたくなってきた
「そうじゃのう…なら、君の推測が当たっているかどうか、確かめてみるかな。」
そう言うと、オスマンは壁にかかった鏡に向かって、杖を振るった
すると、鏡は問題の決闘が起こっている、ヴェストリの広場を映し出した
その鏡には、ギーシュと戦う、才人の姿が映し出されていた
ヴェストリの広場…普段は人気の少ないこの中庭は、今大勢の観客で賑わっていた
観客である生徒達の目的は、ギーシュと「ゼロのルイズ」の使い魔との決闘である
「はぁ、はぁ、はぁ……。」
才人は今、客に見守られながらギーシュと決闘を行っていた
既に体はボロボロで、肩で息をしている状態だ
「どうだい、もう降参する気になったかい?」
対する少年…『青銅』のギーシュは傷一つも負っていない
それもその筈、彼はメイジ…ギーシュ自身が戦うわけではない
彼が錬金で作り出した青銅のゴーレム『ワルキューレ』と才人は戦っている
『………』
ギーシュによって生み出された、青銅の戦乙女は一体だけ
その一体が、才人を此処までボロボロにしたのだ
「ま、まだまだ…これくらいで、負けてたまるか!!」
才人はギーシュの申し出を断ると、拳を構える
やれやれ…と呆れ顔でギーシュが杖を振るうと、ワルキューレは動き出した
主の指示を受けたワルキューレの拳が、才人目掛けて飛んでくる
「うわっ!?」
才人はそれを間一髪で避け、間合いを取ろうとする
それでもワルキューレは執拗に才人を狙い、無数に拳を繰り出してくる
「わっ、よっ、はっ…。」
青銅のゴーレムから放たれる攻撃…その全てを、才人は紙一重で避ける
先程までの攻撃で、何とか避けられるようにはなった
「(ようやく、こいつの動きが解るようになった…アーチェさんに感謝だな。)」
倒れる前に見切れるようになったのも、アーチェの魔術を受けたお陰である
時折彼女の機嫌を悪くして放たれるライトニングによって、避けるのが上手くなったからだ
「どうした平民、避けてばかりじゃないか!!」
「何かやれ~、面白くないぞ~~!!!」
周囲から野次が飛んでくる…皆防戦一方のこの戦いに飽き飽きしているのだ
「(解ってるよ、んな事…だから…。)」
隙を突いて、攻撃に転じるしかない…才人はそのタイミングを計った
そして、それはすぐにやってきた…ワルキューレが大振りでパンチを繰り出してきた
「よし、見切った…でぇい!」
そのパンチを避けると、才人は拳に力を込めて自身の最強の一撃を繰り出した
青銅のワルキューレに…ガーーン、と金属を叩いた大きな音が周囲に響き渡る
「………いってぇ~~~~~!!!!!!」
しばらくして、才人は拳を手で押さえながら痛がった
当然である、青銅で出来たゴーレムを拳で破壊できるわけがない
周囲から失笑と溜息が聞こえてくる
「馬鹿だな、君は…平民如きのパンチで僕のワルキューレが壊れるわけがないだろう。」
ギーシュは杖を振るい、ワルキューレが才人に向かってパンチを繰り出す
「ぐあっ!?」
拳の痛みから、ワルキューレを見ていなかった才人の腹部にパンチがめり込む
その反動で大きく吹き飛ぶと、仰向けに芝生へ倒れこんだ
「くっ…や、やっぱり駄目か…。」
起き上がろうとするが、体中が痛くて起き上がれない
先程の一撃がかなり応えたのだろう…体が言う事を聞かないのだ
「いい加減、君との決闘も飽きたからね…そろそろ終わりにしようじゃないか。」
ギーシュは才人にトドメをさすべく、ワルキューレに指示を出した
主の命を受けたワルキューレは、動けない才人に向かって動き出す…
「待ちなさい!!」
が、観客から放たれた声により、ワルキューレは動きを止めた
ギーシュが声の方へ振り向くと、観客の中から一人の少女が現れた
声の主は…ルイズだった
「ギーシュ、止めなさい。決闘は禁止の筈よ。」
ルイズは観客による円陣の中央…二人が戦っている間に割り込む
そして、この決闘を止めさせようとするが…
「それは貴族同士の話さ…平民との決闘は禁止されてはいない。」
ギーシュは髪を掻き揚げながら、自分の正当性を主張する
「そ、それは…今までそんな事なかったから…。」
「それに、君の使い魔君はまだやる気のようだよ。」
その言葉にルイズが後ろを振り返ると、倒れていた才人が立ち上がっていた
「はぁ、はぁ、はぁ…そうだ、俺はまだ…やれるぜ」
「サイト!!」
才人は震える膝を両手で押さえつける形で立っており、無理をしているのが解る
今にも倒れそうな才人に、ルイズが駆け寄る
「馬鹿、何で立つのよ…もう体ボロボロじゃない!!」
「ルイズ…ようやく口聞いてくれたな…さっき謝った時は、無視して食堂出て行ったのに…。」
「あんたがこんな馬鹿な事をしてるって聞いたからよ…本当に馬鹿よあんた、メイジに喧嘩売るなんて。」
もう、限界が近い…そう思ったルイズは才人を支えようと手を差し出す
が、才人は支えようとするルイズの手を振り解き、前に進む
「折角で悪いんだけどさ…これはこいつと俺の問題なんだ、手出ししねぇでくれ。」
「あ、あんたねぇ…そんな体でどうするってのよ。」
「勿論、こいつをぶっとばす…シエスタの事もあるけど、俺こいつの事が気に入らねぇんだ。」
ルイズの静止を無視して、才人は前に出ると再び拳を構えた
「それに…俺お前の事馬鹿にしたんだから、俺がどうなろうとお前には関係ないだろ。」
「か、関係あるわよ。あんたは私の使い魔よ、使い魔が使い物にならなくなったら意味ないじゃない!!」
本当は少なからず心配しているのだが、素直にそれを言う事が出来なかった
「兎に角、今すぐギーシュに謝りなさい…平民が貴族に適うわけないじゃない。」
このまま決闘を続行しようとする才人を、ルイズは無理に止めようとする
周囲からは「早く続きを!!」といった野次が飛び交ってくる
「ゼロのルイズの言う通りさ…僕も鬼じゃないからね、土下座して「ごめんなさい」と言えば君の無礼は許してやろうじゃないか。」
「誰が謝るかよ…謝るとしたらてめぇだ、この二股のキザ野郎。」
ギーシュの申し出を才人は蹴る…不愉快そうにギーシュは眉をピクッと動かした
直後、ギーシュは杖を振るってワルキューレに戦闘体勢を取らせる
「馬鹿、何煽ってんのよ…これ以上やったらあんた無事じゃすまなくなるわよ。」
「うっせぇ、平民が貴族に勝てないなんてこっちの話だろ、俺は此処の人間じゃないんだ!!」
「そんな屁理屈言うんじゃないわよ、オマケのあんたに何が出来るってのよ!!」
クラースならまだしも、こんな平凡な奴がギーシュに適うとは思えない
現に、彼の体は此処までボロボロになっている
「人間やれば出来るもんだぜ、俺がこいつに勝てたり…お前が魔法を使えるようになったりな。」
「えっ…。」
才人の言葉に戸惑うルイズ…彼女の顔を見て笑みを浮かべながら、才人は言葉を続ける
「クラースさん、言ってたぜ…お前が魔法を上手く使えないのは力を上手くコントロール出来ないだけだって。」
「それって…。」
その間にギーシュが再度杖を振るい、静止していたワルキューレがゆっくりと此方に向かってくる
「話は後だ、まずはこいつに勝つ…危ないから、下がってろ。」
「あっ、ちょっと…。」
そう言って、才人がルイズを押しのけた…直後、ワルキューレの動きが変わった
素早い動きで間合いを詰めると、その一撃が才人に向かって放たれる
それを受けた才人は、大きく後退した
「サイト!?」
ルイズは才人が吹き飛んだ方向を見る…だが、彼は立っていた
よく見ると、ワルキューレの放った一撃を、寸での所で押さえ込んでいる
「嘘、まさか本当に…。」
「な、人間やれば出来るんだぜ…でりゃあ!!!」
どこにそんな力があるのか、才人はワルキューレを思いっきり投げ飛ばした
投げ飛ばされたワルキューレは観客の方へ向かい、彼らが避けた間に音を立てて落ちる
「馬鹿な、僕のワルキューレを投げ飛ばすなんて…。」
「阿呆面下げてる場合かよ…次はてめぇだ、いくぞ!!」
才人は走った…ギーシュに向かって
今の自分には、青銅のワルキューレを倒す術はない…なら、術者であるギーシュを狙えばいい
そのギーシュはワルキューレの守りを失い、無防備だ
「でやああああああ!!!」
拳を振り上げて殴りかかろうとする才人…意外な決着かと周囲が騒ぐ
だが、最初こそ驚いたギーシュだが、すぐに杖を振るった
「ぐあっ!?」
直後、才人の悲鳴が聞こえ、ドサリと倒れた…その背後にはワルキューレが立っている
投げられても壊れたわけではないワルキューレは、主の指示に従って才人を殴り倒した
「いってぇ…もう少しだったってのに…ぐっ。」
何とか立ち上がろうとするが、ワルキューレに踏まれて身動きが取れなくなった
顔だけでも上げると、すぐそこにギーシュの姿があった
「まさか、此処までやるとはね…凄いよ、君は…平民にしては、驚嘆に値する。」
ギーシュは正直な感想を才人に述べる…その言葉に嘘偽りはなかった
「でも、それももう此処までだ…さあ、「ごめんなさい」と言いたまえ。」
「誰が…てめぇなんかに…謝るかよ。」
最後通告だったのだが、受け入れないのなら仕方ない…ギーシュは杖を振るった
ワルキューレの力が強まり、才人の骨がミシミシと音を立て始める
「うあああああああ!!!」
「サイト!!」
周囲に木霊する才人の悲鳴、悲鳴に近い声で彼の名を叫ぶルイズ…誰もがもう終わりだと思った
その時、観客の中から誰かが飛び出してきた
「せぇい!!」
疾風の如き早さで現れた彼は、才人を踏みつけていたワルキューレを攻撃する
強力な一撃らしいものを受け、ワルキューレは芝生に倒れこんだ
「なっ、なんだ!?」
「あ、あんた……。」
ギーシュもルイズも…周囲の観客達も、突然の乱入者に驚きを隠せなかった
ワルキューレに踏みつけられていた才人は、圧力が無くなった事で顔を上げる
「やれやれ…間一髪で間に合ったようだな。」
彼は頭に被っているとんがり帽子を被りなおすと、一息ついた
そして、才人に向かって振り向く
「大丈夫か、才人?」
本を片手に持ち、此方を見つめるクラース・F・レスターの姿がそこにあった
「く、クラースさん!?」
「全く、無茶をする…魔法を相手に素手で戦うとは無理がありすぎるぞ」
自分の登場に驚く才人に向かってそう言いながら、彼を抱き起こす
そして、腰に付けているポーチから、赤色のグミを取り出した
「ほら、アップルグミだ…これで体力を回復しろ。」
「は、はい…。」
アップルグミを受け取ると、才人はそれを放り込んで食べ始めた
味が口の中に広がっていくのと同時に、体も軽くなっていく
「き、君は…もう一人のゼロのルイズの使い魔か!?」
「クラース・F・レスターだ…ギーシュ・ド・グラモン君だったか、才人が世話になったようだな。」
「クラース!!」
その時、呆気に取られていたルイズがクラースの名を呼びながら彼に駆け寄ってくる
「もう、アンタ何処いってたのよ…こいつが大変な事になってたってのに。」
「いや、少し調べ物をしたかったんだが…それには少し勉強が必要らしい。」
そう言うと、クラースはルイズに才人を任せ、前へ出た…軽く腕を回している
「クラースさん…まさか、クラースさんが…。」
「その体でこれ以上は無理だ…私が代わりにやろう。」
「でも、これは俺の…ぐっ!?」
動こうとした才人だが、体中に痛みが走って地面に膝をついた
グミで回復したとはいえ、才人はもう戦える体ではなかった
「ほら、言わんこっちゃない…これ以上無理して、シエスタを心配させるな。」
「シエスタが?」
そう言われて観客の方を見ると、此方を見ているシエスタを見つけた
間一髪クラースが才人を助けたので、安心している
「彼女が私に君の事を知らせに来てくれたんだ…後で謝っておけよ。」
「…はい。」
才人の返事を確認した後、今度はルイズの方を振り向く
「ルイズ、勝手に話を進めているが…これで良いかな。」
「…良いわよ、別に…こいつじゃ不安だけど、クラースならギーシュ相手は楽勝だろうからね。」
もう此処まで来たらどうにでもなれと言わんばかりに、ルイズはクラースの戦闘を認める
「そうか、納得してくれるなら話が早い…それにしても…。」
クラースの言葉に、ルイズが疑問を浮かべる
「今日一日は顔を見せるなと言ったが…それはもう良いんだな。」
「あ、あんたねぇ…サイトもそうだけど、何でそういう事をこんな時に言い出すのよ。」
「ん…ルイズ、ようやく才人の名を呼んだな。」
ずっと、あんたとしか言わなかったのに…そう言われて、二人は顔を見合わせる
さっきから名前は呼ばれていたが、戦いばかりに集中して才人は全く気がつかなかった
ルイズ…と才人が呟くと、ルイズは顔を少し赤らめてそっぽを向く
「そ、そんな事はどうでも良いから…さっさと行って勝ってきなさいよ。」
「了解した…それまで、才人が無茶しないように見張っててくれ。」
二人に向けて笑みを浮かべると、クラースはギーシュを見据えた
随分と自分を放っておいて話を進めていたので、ご立腹のようである
「さて、随分と待たせてしまったな…私が代わりに戦いたいのだが、良いかな?」
「確か、君は彼の主だったね…この使い魔にして、その主…礼儀を知らないと見える。」
主人である彼が、使い魔の不手際に対して謝るつもりでない事は、今の流れから既に解っていた
「何、貴族としてのプライドばかり先行して礼儀を忘れたお坊ちゃんに灸をすえたいと思っただけさ。」
「言ってくれるじゃないか…なら、君も彼のようにしてあげよう。」
ギーシュは杖を振るい、倒れていたワルキューレを起き上がらせた
クラースも、構えを取って何時でも戦えるようにする
「異国のメイジである君に教えてあげるよ…この国のメイジの力をね。」
今まで通りの余裕の笑みを浮かべながら、ギーシュは自分を際立たせる(と本人が思っている)ポーズをとる
「出来るものなら、な…いくぞ。」
クラースもまた、戦う時に見せる目つきになり…この決闘の本当の戦いは此処から始まった
#navi(TALES OF ZERO)
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