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「ナイトメイジ-34」(2009/12/19 (土) 10:43:31) の最新版変更点
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#navi(ナイトメイジ)
上等のテーブルの上には雲のように白く、若草の縁取りが描かれた皿。
それに盛られているのは焼き菓子、砂糖菓子。
ベルは一つ摘むと口の中にひょいと入れた。
上等な砂糖と小麦で作られた菓子はさして噛まなくても口の中でさらりと溶け、喉の奥にするする落ちていく。
「だいたい傾向がわかってきたわね」
「傾向ですか?」
原色に染められた飴を口の中で転がすコルベールに、ベルはクッションの効いたソファーに体重をあずけて応えた。
「そう、フォートレスはね、作った者の精神、趣味、嗜好が強く反映されるの。それが傾向として現れるのよね。まずは罠の傾向、それはどうだったかしら」
指先に付いた砂糖をぺろりとなめたベルは視線をギーシュに向ける。
「それは……もちろん落とし穴だね。まさにこのフォートレスは落とし穴だらけさ。違うのもあったけど、落とし穴の数が絶対的に多い」
言いながらギーシュは腰に手を当ててしきりにさする。
落ちたときの痛みを思い出しているのは間違いない。
「そう、それからクリーチャー──番人──の傾向。それはどうだったかしら」
次にベルはキュルケを瞳に写した。
「うーん、ばらばらのような気もするけど」
ホーネットにカマキリ。他にも蛇、ムカデ、コウモリ、蛙とかもいた。
共通点なんて見あたらない。
「そうかしら。ああいうのが街に出てきたらどうなる」
「それは、みんな驚くわね。だってあんな大きな……あ」
思わず口を開けたキュルケは、お菓子を食べた後を隠そうとしたのか口に手を当てた。
「そうね。全部大きい、名前にG(ジャイアント)がついたのばっかりだったわね」
Gホーネット、Gマンティス、Gスネーク、Gセンチピード、Gバット、Gトード。
どれも普通の大きさなら平民でも対処可能だがジャイアントサイズとなるとどうにもならない。
しかも一部はただでさえ気持ち悪いのに、ジャイアントとなるとそれも倍増どころか10倍、20倍なってタチが悪い。
撃退してここまで来たものの、思い出しただけでも怖気が走る。
「でも、全部対処の方法が違う。わかっても当てにならない」
タバサがハシバミ草入りクッキーを絶え間なく口に運びながらつぶやく。
苦み走った大人の味だそうなのだが、あまりに苦くてタバサしか手を出していない。
「そうね。でも、そういうのが来ると思っているのと何が来るかわからずにいるのとではだいぶ違うものよ」
最初にGホーネットに遭遇したときは大慌てだったが、さっきのGマンティスの時には慌てる、程度だった。
慌てているのは同じだが、違うと言われれば違う。これも進歩だろう。
「それにしても、あれはヴェルダンデのおかげよね」
魔法を使わない戦いなんて大したことないと思っていた。
でも、さっきのGマンティスとヴェルダンデの戦いを見るとそんな思い込みはあっさり改められてしまった。
「フレイムもたすかったわ。ありがとヴェルダンデ」
キュルケが何度もうなずきながらつぶやく。
「ヴェウダンデは良い使い魔」
タバサもつぶやく。
「あの、僕は?」
などといいながらギーシュがみんなを見回す。
「お礼を言うわ。全部あなたの使い魔のおかげよ」
「そうね、ヴェルダンデはギーシュの使い魔だものね」
「ギーシュの使い魔のおかげで助かった」
使い魔の手柄とはつまり主人の手柄である。
だからルイズ達は心からのお礼を言ったのだが、何故かギーシュはがっくり肩を落としてうつむき、ぶつぶつ何かつぶやいている。
まったく賞賛しているのに失礼な話だ。
たぶん、ここまで活躍したのでつかれているのだろう。
「ま、それはともかくとして」
ばん。
ルイズは机を軽く叩くと、椅子のクッションで反動をつけて立ち上がった。
「何でこんな所で私たちお菓子食べてくつろいでいるのよ」
そう、ここは洞窟に造られた通路の奥深く。
早い話が地の底なのである。
そんなところに何故か一級の調度品と食器にお菓子が用意され、それをさも当然のごとく味わっているのだ。
「口がぱさぱさしてきたの?お茶ならもう少し待ちなさいよ」
「そういうことじゃないわよ!だいたい、ミスタ・コルベール、キュルケ、タバサ。それにギーシュ。みんな何で普通にしてるのよ」
きょとんとしたキュルケは目をぱちくりさせる。
「ヴァリエール家ってこういうことよくするんじゃないの?」
「地の底にピクニックに行く趣味はないわよ!」
「そういうことじゃなくて」
キュルケが手をひらひら。否定する。
「ほら、ちょっとお金がある貴族で戦争するときにもお抱えの料理人とか愛人とか連れて行くのがいるでしょ。たしか、建築家と人足連れて行って屋敷まで建てたのもいたわね。ヴァリエール家もそういうことするのかなー、と思ったのよ。違うの?」
「違うわよ!そんなことするはずないでしょ」
もし、仮に、万が一そんなことしようものならルイズの父親であるヴァリエール公爵は、敵ではなく規律に厳しいあの人に、部下に示しがつかないと討ち取られてしまうこと請け合いである。
「だいたい何でこんな物がこんな所にあるのよ」
「持ってきたのよ」
ベルはしれっと答える。
「どうやって!」
「どうやってって、シエスタに持ってこさせたんだけど」
「あのリュックにどうやったら全部入るのよ!」
シエスタのリュックは壁に立てかけてある。
それはかなり大きく、シエスタの身長くらいもあるが、既にぎゅうぎゅう詰めでどうやっても机やら、ソファーやらの調度品が入るスペースなどない。
重さを無視するにしても机やソファーの縦や横は明らかにリュックより長いのだ。
「簡単よ」
その疑問はベルの明快なる答えにより氷解した。
「ちょっとした収納術よ」
「うそよおおおおおおお」
ごめん。しなかった。
「へえ、そんなのがあるの。私にも教えてよ。ベル」
本当にそんな者があればである。キュルケもそう思ったのだろう。
「でも収納術とはいっても、才能勝負の収納術なのよね」
「私には無理そう?」
「そうね……難しいわね。私やシエスタ、それにルイズならできるんだけど」
「できないわよ」
そんな大きさを無視した収納術ができるはずがない。
「できるわよ」
「できないって」
「本当?」
「本当よ」
ベルはやぶにらみになり、ぐぐっとルイズに迫る。
ルイズは思わずのけぞった。
「ルイズ。本当はできるのにできないふりしてない?」
「そんなことしないわよ!」
さっきから怒鳴り続けてだんだんつかれてきた。
フォートレスに入ってから一番つかれたのは多分この時だ。
そこにカップが差し出される。
シエスタからカップを受け取ると、中に入っているうっすら湯気を立てる紅茶の温かさが手に伝わってきた。
「そんなに大きな声ばかり出されていると喉が渇きませんか?どうぞ」
そういえば喉がからからだ、
ほのかなにおいに誘われたルイズは一口飲む。
飲みはしたがまた気になることができた。
「シエスタ。あなたどうやってお湯湧かしたの?」
こんな狭い通路で火を焚けば煙たくてかなわなくなるはずなのに、そんなことは全くなかった。
「手伝っていただいたんです」
メイジなら魔法でどうにかするのだが、ここにいるメイジがシエスタに手を貸していた様子はない。
なら誰か、と思ってシエスタの視線の先を見ると、フレイムが元気に火を吹いていた。
「ルイズもちょっとは落ち着きなさい」
一番ルイズの心をざわめかせる張本人もそんなことを言いながらカップを傾ける。
そして──
「がばぐべらっ!」
突如、文字にするのが困難な叫びを上げて椅子から転げ落ち、床にうつぶせに倒れると動かなくなった。
しかもみるみるうちに頭を中心にして赤い水たまりが広がっていく。
「ね、ねえ。ベル?」
あまりの出来事にルイズの声は引きつる。
倒れたベルに直接触るのも怖かったので、杖の先で頭をつついてみた。
「ベル、どうしたのよ」
動かない。
もうちょっと強くつついてみる。
「おーい、ベル?起きなさいよ」
まったく動かない。
さらに強くつつく。
「おーきーなーさい」
返事がない。
ということは
「死んでる……」
ナイトメイジ完
「こんなんじゃ死なないわよ!」
「わぁっ」
訂正。生きてた。
「勝手に死んだことにしないでよ」
「だって動かなくなるんだもん」
そしてベルは口元についた赤い液体を手でぬぐうとルイズの目をじっとのぞき込んだ。
ルイズはこの金色の目で見られると時々心の奥底まで見られているように思えてくる。
「死んでたら新しい使い魔召喚できるとか考えてたでしょ」
ぎく
「い、いやあねえ。そんなこと考えるわけないじゃない」
そこはかとなく考えていた。
「ほんとでしょうね」
「ほんとよ、ほんと」
たまに考えないこともないが、ここまで寝食ともにした上に危険まで切り抜けたのだから、本気で考えるわけがない。
たぶん。
「それからシエスタ!」
「は、はい」
シエスタは怯えて震えている。
あんなお茶を出した後では無理もない。
「紅茶に使った水、どこから持ってきたの?学院から水筒に入れて持ってきたのじゃないわよね」
「あっちの泉の水を汲んでつかいました」
言い終わるか終わらない内にベルはだっと走り出す。
部屋が暗い上に離れていてよくわからなかったが、こんなところにきれいな水が湧き出す泉があった。
「どうしたのよ」
ルイズは泉を覗き込むベルに聞いてみた。
「これは回復の泉ね」
「吐血したその口で言われても説得力ないわよ」
吐血だけでなく鼻血まででている。
「それでなんですね。ヴェルダンデさんとフレイムさんが先にこの泉を見つけてお水を飲んでたんです。ずいぶん元気になってたから、これでお茶を入れたらいいなと思って」
よく見るとフレイムの傷は完全にふさがっているし、ヴェルダンデの毛並みもつやつやだ。
「まあ、良かったわねフレイム」
「ヴェルダンデうれしいかい?僕もうれしいよ」
おかげでキュルケとギーシュは上機嫌。
なるほど、飲めば回復するのには間違いなさそうだ。
「じゃあ、何でベルは血を吐いたのよ」
「この泉はね、飲むとたまに怪我するのよ」
「毒の泉?」
「毒ってわけじゃないわね。後に引かないし」
「そんなんじゃ、気をつけて飲まないといけないわね」
「気をつけてもしょうがないわよ。怪我するか回復するかは完全に運次第だし」
「運?」
「一番運が悪いときで六分の一の確率でダメージ受けるわね」
「何でそこまではっきりわかってるのよ」
「しかも何故か怪我してて死にかけのやつに限ってこれでダメージ受けるのよ」
「狙ってるんじゃないの」
「それで何人命を落としたことか」
「名前変えた方がいいわね」
「密かに撃墜率No.1という噂もあるわね」
「撃墜王の泉とでも改名しなさい」
看板に偽りありとはこのことである。
「それ飲んだ私たちも危ないんじゃないの?」
「大丈夫よ。泉の水の効き目があるのは3人まで。フレイム、ヴェルダンデそれに私に効き目があったからそれで終わりよ」
それなら安心だ。
ベルも元気なときに悪い効果があっただから不幸中の幸い。ということにしよう。
派手に倒れたと思えないくらい元気だし。
「ああ、もういいわ」
というか元気すぎる。
「シエスタ、お変わりちょうだい」
テーブルに戻って残りのお茶をぐいと飲み干し、空にしたカップをシエスタに突き出しながら、お菓子をつかんで口いっぱいに詰め込んでいる。
マナーも品もあったものじゃない。
「ちょっと、ベル!そんなに慌てて食べなくても」
喉につまらせでもしたら事だとルイズはすごい勢いで食べるベルを止めようとしたが、逆にキュルケに止められた。
「そっとしてあげましょうよ」
「どうして?」
「あの子、照れ隠ししてるのよ」
「あー」
まー、なんとなくわかる。
酷い目にあったものの誰かを怒ればいいと言うものではなく、やり場がないってのもありそうだ。
ルイズにだってそういうときはある。
やたらかりかりしているベルを見て、ルイズはしばらくほっておこうとため息をついた。
この通路に入って最初の扉。
その向こうは実に不思議な場所になっていた。
部屋の一面には木?それとも草だろうか。
とても珍しい細い葉っぱを持つ茎も幹も緑色の植物が一面に生えていた。
部屋の中を謎の植物から落ちて茶色になった葉っぱを踏みしめながら進むと、奥の壁に扉が見えてきた。
そして、その前にアレが居座っていたのだ。
それもまた植物と同じく──いや、それ以上に不思議な生き物だった。
ルイズはそれを見た瞬間、視線を外せなくなった。
息は荒くなり、心臓は早鐘のように鳴る。
足はそれとは逆に感情に縛られ一歩も動けなくなった。
「まさか……あんなのがここにいるとはね」
ベルの言い淀む声が聞こえた。
それはまさしく異形の野獣だったのである。
がっしりした体は冬の雪山のように白い。
そのくせ、頑強な手足は暗黒のように黒い。
顔は白骨のように白く、目はドクロのように大きかった。
その奥にあるぎらりと光る瞳が向けられたとき、ルイズの心臓はまた一つ大きく鼓動を打った。
「ベル、アレが何か知ってるの?」
使い魔はこくりとうなずく。
その仕草がやけにゆっくり見えた。
「アレはね……ジャイアント──」
今まで見た番人と同じくジャイアントをその名に持つ野獣。
しかし、これまでに見たどの番人とも似ていない。
なぜならこれまで見た番人は全てハルケギニアのどこかにはいる生物を大きくしたものだったからだ。
しかしアレは違う。あんな動物が存在するはずがない。
ああ、始祖ブリミルよ。あのようなものがこの世にあっていいのでしょうか。
ルイズはそう祈らずにはおられなかった。
そしてベルはその名を口にする。
「──パンダ」
「きゃー、アレなにアレなにアレなに」
「だから、ジャイアントパンダよ」
ああ、もうあの動物はなんて事なんだろう
絶妙に配置された白と黒のツートンカラー。
ユーモラスかつ、大きな顔。
ぬいぐるみのように丸い体つき。
ルイズはそれを見て、たった一つの言葉しかなかった。
「かわいいかわいいかわいいかわいい!」
そんなことを思っているのはルイズだけではない。
キュルケも
「きゃー、ころころしてる。ころころ」
とかはしゃいでいるし、タバサですらも
「かわいい……はふう」
とか言いながら惚けている。
女3人はジャイアントパンダを見てから姦しく、パンダが手を挙げては喜び、口を開けては黄色い歓声を上げ、寝転んでは拍手喝采するといった有様だ。
「それはいいのですが、あそこにいられては進めませんぞ」
一時は驚いていたもののルイズ達よりは早く立ち直ったコルベールが首をかしげる。
何せまるまるとした巨体が扉の前に居座っているのである。
横をすり抜けていくのは無理そうだ。
「僕が行こう。なに、あんなかわいい動物。すぐにどけてみせるさ」
意気揚々。
ギーシュは颯爽とパンダに近寄る。
「あー、ギーシュ。今回は先に教えてあげるけど」
「なんだい?」
「そいつ、かわいい顔して結構気が荒いから」
べきっ。
ああ、なんたること。
多分意図的だろうが、ベルの忠告は一歩間に合わず、ギーシュは警戒したパンダの左フックをくらい、地面に倒れごろごろ転がる。
「えーい、こっちが親切にしようと思っていればいい気になって。こうなったら実力行使だ!」
怒りもあらわに呪文を唱えたギーシュは杖を振り上げる。
食らえ、貴族の力とでもいわんばかりに杖を振り下ろしたギーシュは
「ぎょええええええええええ」
次の瞬間、炎と氷と爆発の三連発に見舞われ、宙に舞い上がり地面に落ちる。
「な、なんで」
床でけいれんするギーシュをルイズ達は思いっきり白い目で見下ろした。
「ちょっと、あんた。あんなかわいい子になにしようとしてるのよ」
「ひどいわね」
「ゆるせない」
実にこの時3人の心は一つになっていた。
「しかし、このままでは先に進めないだろ」
「それにしても、魔法で叩きのめそうなんてね」
「人間の考えとは思えないわ」
「かわいそう」
3人の目は極寒のブリザードのごとく冷たくなる。
「鬼」
「悪魔」
「変態」
ギーシュはあたりをきょろきょろ助けを求める。
その視界にシエスタが入った。
「……」
彼女は何も言わない。
貴族に対して何か言うなんてのはシエスタの思いつくところではないのだろう。
「……」
だが、シエスタの目は人間を見る物ではなく、虫や路傍の石に向けられる物だった。
「ああああああああ」
その後ギーシュは声をかけようとしたコルベールの声も聞こえないのか部屋の隅まで歩き、膝を抱えて「の」の字を描いていた。
「ああ、ヴェルダンデ。ありがとう」
なにやらモグラに慰められているようである。
あれはもう時間をおかないと立ち直りそうにない。
「で、先生は何かないの?」
「そうですな」
コルベールは部屋一面に生えている植物を見上げ、パンダと見比べた。
パンダは手近にあるこの植物を前肢で掴んで口に運び、こりこり音を立てて食べている。
それを見てルイズ達がまた喜んでいる。
「なるほど」
コルベールは植物を揺すってその弾力を確かめる。
納得するとブレイドをかけた杖で植物を何本か根元から切り、枝葉を払っていく。
植物をきれいに一本の棒にすると、コルベールはそれを曲げて一つ一つ輪っかにしていった。
「器用なものね」
「こういうのは得意なのですよ」
始めて扱う種類の植物だったが、魔法を少し使えば加工に困ることはない。
「私も貴族ですが、それほど裕福とは言えませんからな。子どもの頃はいろいろ作って遊んだものですよ」
輪がいくつもできるとコルベールはパンダから少し離れた所に立ち、輪を一つずつ、パンダの鼻先を通って扉から離れるように転がし始めた。
最初の一つはそのまま転がるだけだったが、二つ目にパンダが気付いた。
三つ、四つは転がる輪っかをじっと見つめ、五つ目を転がすと輪っかに向かって歩き出し、扉の前から離れてしまった。
「これでどうですかな」
仕事を終えたコルベールが振り向くと、ルイズ達3人が駆け寄り
「先生、私にもやらせてください!」
といって残った輪っか持って行ってしまった。
輪っかを全部奪われたコルベールは空になった手を見つめると、肩をすくめ残ったベルに
「では、行きましょうか」
と言って歩くと扉を開けてそれをくぐった。
その後に未だ落ち込んでいるギーシュの手を引いてヴェルダンデがくぐる。
それでも娘3人はまだ動かない。
シエスタまで混ぜて輪っかを投げ、それに手を出したり、届かなくて転がったりするパンダを見てキャーキャー騒いでいる。
「もう行くわよ。みんな」
あからさまにあきれたベルは4人の背中をぐいぐい押して扉に無理矢理歩かせる。
「ねえ、ベル」
「何よ」
「あの子、連れて帰りたい」
「連れて帰ってどうする気よ」
「飼うの」
はふう。
ベルはため息をつく。
「はいはい」
「つれていきたーい」
「また今度考えとくわ」
「いやー、連れて行く連れて行く連れて行くー」
ドアがバタリと閉まる。
部屋の中に残されたパンダは音の元をしばらく見ていたが、やがて興味を失うと足下の輪っかを持ち上げ、一つ一つポリポリ音を立てながら食べ始めた。
パンダは一日の大半を食事に費やす生き物なのだ。
#navi(ナイトメイジ)
#navi(ナイトメイジ)
上等のテーブルの上には雲のように白く、若草の縁取りが描かれた皿。
それに盛られているのは焼き菓子、砂糖菓子。
ベルは一つ摘むと口の中にひょいと入れた。
上等な砂糖と小麦で作られた菓子はさして噛まなくても口の中でさらりと溶け、喉の奥にするする落ちていく。
「だいたい傾向がわかってきたわね」
「傾向ですか?」
原色に染められた飴を口の中で転がすコルベールに、ベルはクッションの効いたソファーに体重をあずけて応えた。
「そう、フォートレスはね、作った者の精神、趣味、嗜好が強く反映されるの。それが傾向として現れるのよね。まずは罠の傾向、それはどうだったかしら」
指先に付いた砂糖をぺろりとなめたベルは視線をギーシュに向ける。
「それは……もちろん落とし穴だね。まさにこのフォートレスは落とし穴だらけさ。違うのもあったけど、落とし穴の数が絶対的に多い」
言いながらギーシュは腰に手を当ててしきりにさする。
落ちたときの痛みを思い出しているのは間違いない。
「そう、それからクリーチャー──番人──の傾向。それはどうだったかしら」
次にベルはキュルケを瞳に写した。
「うーん、ばらばらのような気もするけど」
ホーネットにカマキリ。他にも蛇、ムカデ、コウモリ、蛙とかもいた。
共通点なんて見あたらない。
「そうかしら。ああいうのが街に出てきたらどうなる」
「それは、みんな驚くわね。だってあんな大きな……あ」
思わず口を開けたキュルケは、お菓子を食べた後を隠そうとしたのか口に手を当てた。
「そうね。全部大きい、名前にG(ジャイアント)がついたのばっかりだったわね」
Gホーネット、Gマンティス、Gスネーク、Gセンチピード、Gバット、Gトード。
どれも普通の大きさなら平民でも対処可能だがジャイアントサイズとなるとどうにもならない。
しかも一部はただでさえ気持ち悪いのに、ジャイアントとなるとそれも倍増どころか10倍、20倍なってタチが悪い。
撃退してここまで来たものの、思い出しただけでも怖気が走る。
「でも、全部対処の方法が違う。わかっても当てにならない」
タバサがハシバミ草入りクッキーを絶え間なく口に運びながらつぶやく。
苦み走った大人の味だそうなのだが、あまりに苦くてタバサしか手を出していない。
「そうね。でも、そういうのが来ると思っているのと何が来るかわからずにいるのとではだいぶ違うものよ」
最初にGホーネットに遭遇したときは大慌てだったが、さっきのGマンティスの時には慌てる、程度だった。
慌てているのは同じだが、違うと言われれば違う。これも進歩だろう。
「それにしても、あれはヴェルダンデのおかげよね」
魔法を使わない戦いなんて大したことないと思っていた。
でも、さっきのGマンティスとヴェルダンデの戦いを見るとそんな思い込みはあっさり改められてしまった。
「フレイムもたすかったわ。ありがとヴェルダンデ」
キュルケが何度もうなずきながらつぶやく。
「ヴェウダンデは良い使い魔」
タバサもつぶやく。
「あの、僕は?」
などといいながらギーシュがみんなを見回す。
「お礼を言うわ。全部あなたの使い魔のおかげよ」
「そうね、ヴェルダンデはギーシュの使い魔だものね」
「ギーシュの使い魔のおかげで助かった」
使い魔の手柄とはつまり主人の手柄である。
だからルイズ達は心からのお礼を言ったのだが、何故かギーシュはがっくり肩を落としてうつむき、ぶつぶつ何かつぶやいている。
まったく賞賛しているのに失礼な話だ。
たぶん、ここまで活躍したのでつかれているのだろう。
「ま、それはともかくとして」
ばん。
ルイズは机を軽く叩くと、椅子のクッションで反動をつけて立ち上がった。
「何でこんな所で私たちお菓子食べてくつろいでいるのよ」
そう、ここは洞窟に造られた通路の奥深く。
早い話が地の底なのである。
そんなところに何故か一級の調度品と食器にお菓子が用意され、それをさも当然のごとく味わっているのだ。
「口がぱさぱさしてきたの?お茶ならもう少し待ちなさいよ」
「そういうことじゃないわよ!だいたい、ミスタ・コルベール、キュルケ、タバサ。それにギーシュ。みんな何で普通にしてるのよ」
きょとんとしたキュルケは目をぱちくりさせる。
「ヴァリエール家ってこういうことよくするんじゃないの?」
「地の底にピクニックに行く趣味はないわよ!」
「そういうことじゃなくて」
キュルケが手をひらひら。否定する。
「ほら、ちょっとお金がある貴族で戦争するときにもお抱えの料理人とか愛人とか連れて行くのがいるでしょ。たしか、建築家と人足連れて行って屋敷まで建てたのもいたわね。ヴァリエール家もそういうことするのかなー、と思ったのよ。違うの?」
「違うわよ!そんなことするはずないでしょ」
もし、仮に、万が一そんなことしようものならルイズの父親であるヴァリエール公爵は、敵ではなく規律に厳しいあの人に、部下に示しがつかないと討ち取られてしまうこと請け合いである。
「だいたい何でこんな物がこんな所にあるのよ」
「持ってきたのよ」
ベルはしれっと答える。
「どうやって!」
「どうやってって、シエスタに持ってこさせたんだけど」
「あのリュックにどうやったら全部入るのよ!」
シエスタのリュックは壁に立てかけてある。
それはかなり大きく、シエスタの身長くらいもあるが、既にぎゅうぎゅう詰めでどうやっても机やら、ソファーやらの調度品が入るスペースなどない。
重さを無視するにしても机やソファーの縦や横は明らかにリュックより長いのだ。
「簡単よ」
その疑問はベルの明快なる答えにより氷解した。
「ちょっとした収納術よ」
「うそよおおおおおおお」
ごめん。しなかった。
「へえ、そんなのがあるの。私にも教えてよ。ベル」
本当にそんなものがあればである。キュルケもそう思ったのだろう。
「でも収納術とはいっても、才能勝負の収納術なのよね」
「私には無理そう?」
「そうね……難しいわね。私やシエスタ、それにルイズならできるんだけど」
「できないわよ」
そんな大きさを無視した収納術ができるはずがない。
「できるわよ」
「できないって」
「本当?」
「本当よ」
ベルはやぶにらみになり、ぐぐっとルイズに迫る。
ルイズは思わずのけぞった。
「ルイズ。本当はできるのにできないふりしてない?」
「そんなことしないわよ!」
さっきから怒鳴り続けてだんだんつかれてきた。
フォートレスに入ってから一番つかれたのは多分この時だ。
そこにカップが差し出される。
シエスタからカップを受け取ると、中に入っているうっすら湯気を立てる紅茶の温かさが手に伝わってきた。
「そんなに大きな声ばかり出されていると喉が渇きませんか?どうぞ」
そういえば喉がからからだ、
ほのかな香りに誘われてルイズは一口飲む。
飲みはしたがまた気になることができた。
「シエスタ。あなたどうやってお湯湧かしたの?」
こんな狭い通路で火を焚けば煙たくてかなわなくなるはずなのに、そんなことは全くなかった。
「手伝っていただいたんです」
メイジなら魔法でどうにかするのだが、ここにいるメイジがシエスタに手を貸していた様子はない。
なら誰か、と思ってシエスタの視線の先を見ると、フレイムが元気に火を吹いていた。
「ルイズもちょっとは落ち着きなさい」
一番ルイズの心をざわめかせる張本人もそんなことを言いながらカップを傾ける。
そして──
「がばぐべらっ!」
突如、文字にするのが困難な叫びを上げて椅子から転げ落ち、床にうつぶせに倒れると動かなくなった。
しかもみるみるうちに頭を中心にして赤い水たまりが広がっていく。
「ね、ねえ。ベル?」
あまりの出来事にルイズの声は引きつる。
倒れたベルに直接触るのも怖かったので、杖の先で頭をつついてみた。
「ベル、どうしたのよ」
動かない。
もうちょっと強くつついてみる。
「おーい、ベル?起きなさいよ」
まったく動かない。
さらに強くつつく。
「おーきーなーさい」
返事がない。
ということは
「死んでる……」
ナイトメイジ完
「こんなんじゃ死なないわよ!」
「わぁっ」
訂正。生きてた。
「勝手に死んだことにしないでよ」
「だって動かなくなるんだもん」
そしてベルは口元についた赤い液体を手でぬぐうとルイズの目をじっとのぞき込んだ。
ルイズはこの金色の目で見られると時々心の奥底まで見られているように思えてくる。
「死んでたら新しい使い魔召喚できるとか考えてたでしょ」
ぎく
「い、いやあねえ。そんなこと考えるわけないじゃない」
そこはかとなく考えていた。
「ほんとでしょうね」
「ほんとよ、ほんと」
たまに考えないこともないが、ここまで寝食ともにした上に危険まで切り抜けたのだから、本気で考えるわけがない。
たぶん。
「それからシエスタ!」
「は、はい」
シエスタは怯えて震えている。
あんなお茶を出した後では無理もない。
「紅茶に使った水、どこから持ってきたの?学院から水筒に入れて持ってきたのじゃないわよね」
「あっちの泉の水を汲んでつかいました」
言い終わるか終わらない内にベルはだっと走り出す。
部屋が暗い上に離れていてよくわからなかったが、こんなところにきれいな水が湧き出す泉があった。
「どうしたのよ」
ルイズは泉を覗き込むベルに聞いてみた。
「これは回復の泉ね」
「吐血したその口で言われても説得力ないわよ」
吐血だけでなく鼻血まででている。
「それでなんですね。ヴェルダンデさんとフレイムさんが先にこの泉を見つけてお水を飲んでたんです。ずいぶん元気になってたから、これでお茶を入れたらいいなと思って」
よく見るとフレイムの傷は完全にふさがっているし、ヴェルダンデの毛並みもつやつやだ。
「まあ、良かったわねフレイム」
「ヴェルダンデうれしいかい?僕もうれしいよ」
おかげでキュルケとギーシュは上機嫌。
なるほど、飲めば回復するのには間違いなさそうだ。
「じゃあ、何でベルは血を吐いたのよ」
「この泉はね、飲むとたまに怪我するのよ」
「毒の泉?」
「毒ってわけじゃないわね。後に引かないし」
「そんなんじゃ、気をつけて飲まないといけないわね」
「気をつけてもしょうがないわよ。怪我するか回復するかは完全に運次第だし」
「運?」
「一番運が悪いときで六分の一の確率でダメージ受けるわね」
「何でそこまではっきりわかってるのよ」
「しかも何故か怪我してて死にかけのやつに限ってこれでダメージ受けるのよ」
「狙ってるんじゃないの」
「それで何人命を落としたことか」
「名前変えた方がいいわね」
「密かに撃墜率No.1という噂もあるわね」
「撃墜王の泉とでも改名しなさい」
看板に偽りありとはこのことである。
「それ飲んだ私たちも危ないんじゃないの?」
「大丈夫よ。泉の水の効き目があるのは3人まで。フレイム、ヴェルダンデそれに私に効き目があったからそれで終わりよ」
それなら安心だ。
ベルも元気なときに悪い効果があっただから不幸中の幸い。ということにしよう。
派手に倒れたと思えないくらい元気だし。
「ああ、もういいわ」
というか元気すぎる。
「シエスタ、お変わりちょうだい」
テーブルに戻って残りのお茶をぐいと飲み干し、空にしたカップをシエスタに突き出しながら、お菓子をつかんで口いっぱいに詰め込んでいる。
マナーも品もあったものじゃない。
「ちょっと、ベル!そんなに慌てて食べなくても」
喉につまらせでもしたら事だとルイズはすごい勢いで食べるベルを止めようとしたが、逆にキュルケに止められた。
「そっとしてあげましょうよ」
「どうして?」
「あの子、照れ隠ししてるのよ」
「あー」
まー、なんとなくわかる。
酷い目にあったものの誰かを怒ればいいと言うものではなく、やり場がないってのもありそうだ。
ルイズにだってそういうときはある。
やたらかりかりしているベルを見て、ルイズはしばらくほっておこうとため息をついた。
この通路に入って最初の扉。
その向こうは実に不思議な場所になっていた。
部屋の一面には木?それとも草だろうか。
とても珍しい細い葉っぱを持つ、茎も幹も緑色の植物が一面に生えていた。
部屋の中を謎の植物から落ちて茶色になった葉っぱを踏みしめながら進むと、奥の壁に扉が見えてきた。
そして、その前にアレが居座っていたのだ。
それもまた植物と同じく──いや、それ以上に不思議な生き物だった。
ルイズはそれを見た瞬間、視線を外せなくなった。
息は荒くなり、心臓は早鐘のように鳴る。
足はそれとは逆に感情に縛られ一歩も動けなくなった。
「まさか……あんなのがここにいるとはね」
ベルの言い淀む声が聞こえた。
それはまさしく異形の野獣だったのである。
がっしりした体は冬の雪山のように白い。
そのくせ、頑強な手足は暗黒のように黒い。
顔は白骨のように白く、目はドクロのように大きかった。
その奥にあるぎらりと光る瞳が向けられたとき、ルイズの心臓はまた一つ大きく鼓動を打った。
「ベル、アレが何か知ってるの?」
使い魔はこくりとうなずく。
その仕草がやけにゆっくり見えた。
「アレはね……ジャイアント──」
今まで見た番人と同じくジャイアントをその名に持つ野獣。
しかし、これまでに見たどの番人とも似ていない。
なぜならこれまで見た番人は全てハルケギニアのどこかにはいる生物を大きくしたものだったからだ。
しかしアレは違う。あんな動物が存在するはずがない。
ああ、始祖ブリミルよ。あのようなものがこの世にあっていいのでしょうか。
ルイズはそう祈らずにはおられなかった。
そしてベルはその名を口にする。
「──パンダ」
「きゃー、アレなにアレなにアレなに」
「だから、ジャイアントパンダよ」
ああ、もうあの動物はなんて事なんだろう
絶妙に配置された白と黒のツートンカラー。
ユーモラスかつ、大きな顔。
ぬいぐるみのように丸い体つき。
ルイズはそれを見て、たった一つの言葉しかなかった。
「かわいいかわいいかわいいかわいい!」
そんなことを思っているのはルイズだけではない。
キュルケも
「きゃー、ころころしてる。ころころ」
とかはしゃいでいるし、タバサですらも
「かわいい……はふう」
とか言いながら惚けている。
女3人はジャイアントパンダを見てから姦しく、パンダが手を挙げては喜び、口を開けては黄色い歓声を上げ、寝転んでは拍手喝采するといった有様だ。
「それはいいのですが、あそこにいられては進めませんぞ」
一時は驚いていたもののルイズ達よりは早く立ち直ったコルベールが首をかしげる。
何せまるまるとした巨体が扉の前に居座っているのである。
横をすり抜けていくのは無理そうだ。
「僕が行こう。なに、あんなかわいい動物。すぐにどけてみせるさ」
意気揚々。
ギーシュは颯爽とパンダに近寄る。
「あー、ギーシュ。今回は先に教えてあげるけど」
「なんだい?」
「そいつ、かわいい顔して結構気が荒いから」
べきっ。
ああ、なんたること。
多分意図的だろうが、ベルの忠告は一歩間に合わず、ギーシュは警戒したパンダの左フックをくらい、地面に倒れごろごろ転がる。
「えーい、こっちが親切にしようと思っていればいい気になって。こうなったら実力行使だ!」
怒りもあらわに呪文を唱えたギーシュは杖を振り上げる。
食らえ、貴族の力とでもいわんばかりに杖を振り下ろしたギーシュは
「ぎょええええええええええ」
次の瞬間、炎と氷と爆発の三連発に見舞われ、宙に舞い上がり地面に落ちる。
「な、なんで」
床で痙攣するギーシュをルイズ達は思いっきり白い目で見下ろした。
「ちょっと、あんた。あんなかわいい子になにしようとしてるのよ」
「ひどいわね」
「ゆるせない」
実にこの時3人の心は一つになっていた。
「しかし、このままでは先に進めないだろ」
「それにしても、魔法で叩きのめそうなんてね」
「人間の考えとは思えないわ」
「かわいそう」
3人の目は極寒のブリザードのごとく冷たくなる。
「鬼」
「悪魔」
「変態」
ギーシュはあたりをきょろきょろ助けを求める。
その視界にシエスタが入った。
「……」
彼女は何も言わない。
貴族に対して何か言うなんてのはシエスタの思いつくところではないのだろう。
「……」
だが、シエスタの目は人間を見る物ではなく、虫や路傍の石に向けられる物だった。
「ああああああああ」
その後ギーシュは声をかけようとしたコルベールの声も聞こえないのか部屋の隅まで歩き、膝を抱えて「の」の字を描いていた。
「ああ、ヴェルダンデ。ありがとう」
なにやらモグラに慰められているようである。
あれはもう時間をおかないと立ち直りそうにない。
「で、先生は何かないの?」
「そうですな」
コルベールは部屋一面に生えている植物を見上げ、パンダと見比べた。
パンダは手近にあるこの植物を前肢で掴んで口に運び、こりこり音を立てて食べている。
それを見てルイズ達がまた喜んでいる。
「なるほど」
コルベールは植物を揺すってその弾力を確かめる。
納得するとブレイドをかけた杖で植物を何本か根元から切り、枝葉を払っていく。
植物をきれいに一本の棒にすると、コルベールはそれを曲げて一つ一つ輪っかにしていった。
「器用なものね」
「こういうのは得意なのですよ」
始めて扱う種類の植物だったが、魔法を少し使えば加工に困ることはない。
「私も貴族ですが、それほど裕福とは言えませんからな。子どもの頃はいろいろ作って遊んだものですよ」
輪がいくつもできるとコルベールはパンダから少し離れた所に立ち、輪を一つずつ、パンダの鼻先を通って扉から離れるように転がし始めた。
最初の一つはそのまま転がるだけだったが、二つ目にパンダが気付いた。
三つ、四つは転がる輪っかをじっと見つめ、五つ目を転がすと輪っかに向かって歩き出し、扉の前から離れてしまった。
「これでどうですかな」
仕事を終えたコルベールが振り向くと、ルイズ達3人が駆け寄り
「先生、私にもやらせてください!」
と言って残った輪っか持って行ってしまった。
輪っかを全部奪われたコルベールは空になった手を見つめると、肩をすくめ残ったベルに
「では、行きましょうか」
と言って歩くと扉を開けてそれをくぐった。
その後に未だ落ち込んでいるギーシュの手を引いてヴェルダンデがくぐる。
それでも娘3人はまだ動かない。
シエスタまで混ぜて輪っかを投げ、それに手を出したり、届かなくて転がったりするパンダを見てキャーキャー騒いでいる。
「もう行くわよ。みんな」
あからさまにあきれたベルは4人の背中をぐいぐい押して扉に無理矢理歩かせる。
「ねえ、ベル」
「何よ」
「あの子、連れて帰りたい」
「連れて帰ってどうする気よ」
「飼うの」
はふう。
ベルはため息をつく。
「はいはい」
「つれていきたーい」
「また今度考えとくわ」
「いやー、連れて行く連れて行く連れて行くー」
ドアがバタリと閉まる。
部屋の中に残されたパンダは音の元をしばらく見ていたが、やがて興味を失うと足下の輪っかを持ち上げ、一つ一つポリポリ音を立てながら食べ始めた。
パンダは一日の大半を食事に費やす生き物なのだ。
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