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#navi(ルーン・ゼロ・ファクトリー)
トリステイン魔法学校
大陸ハルケギニアの4カ国の1つであるトリステインのメイジ育成学校。
長い歴史を誇る由緒正しい魔法学校。
その治療室のベッドの上で、彼はもらったシチューをすすっていた。
小さな体とその手には少し大きい、人間用の容器とスプーンを持ち、大きさの違いに戸惑いつつもシチューを食べていく。
食事を続けながらちらりと横に視線を向ける、感じるのは自分にさっきから向けられる2種類の視線。
1つは興奮。もうひとつ好奇。
そんな視線にさらされ、なんだか見世物にでもなったような気分になり、気恥ずかしさと戸惑いを感じるが、空腹だったのと、シチューのおいしさから食事を続ける。
さっきからずっとこんな感じだ。
彼は何故こうなったのかと内心ため息をついた。
時間は少し前にさかのぼる。
唐突に自分たちに話しかけてきたその羊に大混乱に陥った少女達だったが、次第に落ち着いたらしく、一斉に彼へ何者なのかを問いただしてきた。 特に桃色の髪の少女の方が。
話を聞けば本来、動物が口をきくということはないらしい。
犬や猫といった生き物なら、使い魔の契約とやらをした際に人語を話せることもあるらしいが、彼はどうみたって羊だ。
亜人という線もあったが、それでも人語を話せるような種族はひどく限られており、少女らの記憶に彼のような亜人は存在しないとのこと。主に桃色の髪の少女が力強く断定してきた。
(彼女によると最近動物や幻獣、亜人の図鑑をみる機会が多かったらしい。何故かは教えてもらえなかったが)
仮に、実は羊も契約によってしゃべれるということだとしても、それは他の誰かが既に使い魔の契約をしていたということが前提となる。それもありえない。
なにせ彼自身を桃色の髪の少女(ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと名乗った)が召還したのだから。人の使い魔を呼び出すなどというのはありえないらしく、事実、彼の体には使い魔の証のルーンがなかった。
それでは人語を理解するあんたは一体何なのか? というのが自分を召還したという少女、ルイズの疑問らしい。
率直にいって、彼はその質問に答えることが出来なかった。
彼は記憶を失っていた
自分が何者なのかはもちろんのこと、何をしていたのか、どこから来たのか、そういった情報がすべて抜け落ちていた。
召還された時に負っていた怪我のせいでは? というのは黒髪の少女(シエスタというらしい)の説だ。 彼の傷は相当なものだったらしく、大量に出血もしていたため、記憶障害を起こしたとしてもおかしくないのでは・・・ とのこと。
結局彼が何者なのかがわからず、多少がっかりとするルイズ。
しかしそれ以上に気分がふさいでいたのは他ならぬ彼のほうだった。それも当然だろう。
起きてみれば自分が誰かわからない。自分が何をしていたかもわからず、全く見知らぬ場所へ放り出されたとなれば不安にならないほうがおかしい。
自分のおかれた状況の過酷さにますます気分が沈みそうになるが、そんな中彼の腹からくぅと音が鳴った。どれだけ過酷な状況でも、気分が沈んでいても腹は減る。
それに気づいたシエスタが、持ってきたシチューを彼にあげることを提案し、(元はルイズのためだったらしい)ルイズもしぶしぶながらそれを了解したため、彼は召還されてからようやくの食事にありついたのだった。
彼女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは興奮していた。
これまで散々にゼロと笑われ、嘲られ、軽蔑され続けた自分が魔法を、サモン・サーヴァントを成功させたのだ。
そして呼び出された使い魔は、神聖で、美しく、そして強力な使い魔・・・ とまではいえないが、愛らしく、人間並みの高い知能を併せ持った全く未確認の幻獣だったのだから。
『メイジの実力をみるなら使い魔をみよ』これはハルケギニアのメイジの常識だ。
なら、これだけの幻獣を呼び出せた自分はもはやゼロではない。この使い魔をみせればきっと今まで自分を馬鹿にしてきた連中だって見返すことができるはず。
魔法だってきっと使えるようになる・・・
皆の驚く顔(特にあの赤髪の女!)を思い浮かべながら、ルイズは喜びと期待に胸を膨らませていた。
彼女、シエスタは困惑していた。
自分の隣の少女、ミス・ヴァリエールが使い魔を呼び出せたことは聞いていた。
しかし、ひどい怪我をしていたということで、あまりそれをじっくりと見る機会はなかった。
他に治療や看病をしていたメイジやメイドたちの会話を聞いたところによれば、未確認のかわいい幻獣だとは聞いていたのだが・・・
そこでシエスタはシチューを食べ続けている彼をながめる。
一見ぬいぐるみかと間違えそうなほど小さい体。見るものを魅了する愛くるしい顔。長く垂れ下がる耳。その小さい体にぴったりの赤いベルトに、どんぐりを模した帽子と青いスカーフ。全身を覆う、ふわふわモコモコの金の巻き毛。
そんな生き物が、小さな体に似合わぬ大き目のスプーンで、少々その大きさに戸惑いながらも必死に食事を続けている。
はっきりいって、むちゃくちゃかわいい
もう正直、今すぐにでもその小さい体を抱き上げて、ふわふわの毛に思い切り顔をうずめて頬ずりをしたくなるよーな衝動にかられそうになるが、さっき無茶してはいけないといった手前と、彼を呼び出した少女が間違いなく起こるだろうという予想から、必死に抑えていたのだった。
そんな少女は、彼が大きいスプーンを落としそうになってあたふたする様子をみて『はぅ・・・』と悩ましげにため息を漏らすのだった。
「あの、これどうもありがとうございました」
ようやくシチューを食べ終え、彼はカラになった容器とスプーンをシエスタへ差し出した。
「・・・え? あ、はいどうもおそまつさまでした」
ちょっと意識がトリップしかけていたシエスタだったが、声をかけられてようやく戻ってこれたらしく多少慌てつつも容器を受け取った。
「ちょっと! それ元は私のだったんだからこっちにもちゃんとお礼いいなさいよ!」
「あ、はい、すみません・・・ どうもありがとうございました」
主人の自分へお礼がなかったことへ不満をもらすルイズだったが、彼が素直に礼をいったのに多少気をよくしたのか、はたまた機嫌がよかったのか、フンと鼻をならして引き下がった。
「ふふ、それにしてもよっぽどおなかがすいてたんですね。これあなたには少し大きかったはずですけど」
そういいつつ食器を片付けるシエスタに、「あはは・・・」 と彼はすこし恥ずかしげに笑みを返した。
そんな二人の会話の中、ルイズはすっと席を立った。
「さて、あんたの食事も終わったことだし、あんたには!正式に!私の使い魔になってもらうわ!!」
そして、そういいつつルイズはビシッと彼へ指を突きつけた。
「・・・え?」
あまりに突然のことに彼は思わず、気の抜けた返事を返す。
「『え?』じゃないわよ! あんた人の話聞いてなかったの!?あんたは私に、使い魔として召還されたの!だからあんたには私の使い魔になる義務があるの!」
拒否権などない! といわんばかりの勢いで、ルイズは彼に詰め寄る。
「ちょ・・・ちょっと待ってください! そんな使い魔だとか義務だとか、いきなりそんなこと言われても・・・」
戸惑いを隠しきれず、抗議の声を上げる彼にルイズは明らかにむっとした表情を浮かべる。
「何よ。あんた、私に呼ばれたくせに私の使い魔になるのが嫌だっていうの!?」
「嫌とかそういう問題じゃなくて・・・ あまりに唐突過ぎますよ! そんな突然に言われたって・・・」
さっさと使い魔になれと主張するルイズ、突然すぎると抗議する彼。
お互い譲らず、睨み合う二人だったが、突如にやりとルイズは笑みを浮かべた。
その笑みの意味を理解できなかった彼は怪訝な顔をする。
「・・・あんた、自分がひどい怪我してたのは知ってるわね? 下手すれば命に関わるほどの」
「まあ、この体を見れば大体は」
それがどうかしたのかと、彼はルイズに声を返す。
「あんたの怪我を治すのに結構高価な秘薬使ったのよ?
・・・貴族でなきゃとても払えないような強力なやつを」
ルイズの話に一瞬きょとんとする彼だったが、急にはっと気がつき、ばっと問いかけるような視線をシエスタへ向ける。
「ま、まさか・・・」
「あ、はい。確かに怪我の治療の際に秘薬をつかったそうです。秘薬代は全てミス・ヴァリエールが負担されたとか」
シエスタのその言葉を聞いた瞬間、彼はうっとうめく。
その一方で勝ち誇った笑みを浮かべつつ、ルイズは再び彼へ指を突きつけた。
「そう!つまり私は、あんたの命の恩人というわけよ!!」
「うぐっ!!!」
明らかに動揺する彼だったが、まだルイズの攻撃は終わらない。
「それに・・・あんた、記憶を失くしているのよねぇ・・・?」
「う・・・」
「そんなあんたが、仮に外に出たとしてもうまく生活できるのかしら?」
「うう・・・」
「記憶もない、行く当てもない、ないないづくしのあんたには・・・」
「ううう・・・」
「私の使い魔に、なるしかないのよ!!!」
そう言い切ったルイズの言葉に耐え切れなくなったのか、『バッターン!』と彼はベッドに倒れこんだのだった。
「残念だったわね。あんたが私の使い魔になるのはもう最初から決まっていたのよ!」
おーほっほっほ! と高らかに笑い声をあげるルイズと、ベッドに倒れこんだままの彼の姿をみて、まるで昔見た童話の悪の女王様みたいだなー、と思ったシエスタだったが無論口には出さず、若干の哀れみを込めつつも、ベッドに突っ伏したまま動かない彼を眺めるのだった。
「と、いうわけで早速契約の儀式の『コントラクト・サーヴァント』を執り行うわ!」
「もう好きにして下さい・・・」
テンション上がりっぱなしのルイズのと対照的に、彼はがっくりと肩を落としつつ答えた。
「怪我のこともあるから、寝てる間は自粛しなさいっていわれてたんだけど、起きたからにはもう大丈夫よね~」
そういいつつ、ルイズはベッドの上から彼を抱き上げた。
シエスタが羨ましそうな顔でこちらを見ているような気がするが、今は契約が先なので無視する。
予想以上に柔らかく、ふわふわであったかい彼の毛の感触を確かめつつルイズは彼の顔をこちら側へむけた。
「それじゃ、はじめるわよ?」
「うん」
彼がうなずいたのを見て、若干緊張しつつも『コントラクト・サーヴァント』の呪文を唱え始める。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・プラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
呪文のあと持った杖を彼の額に置き、そっと彼へと口付けした。
彼の目が驚愕に見開かれるが気にすることなく、すっと唇を離す。
「な・・・なにを・・・」
驚きと戸惑いと羞恥の混ざったような声を出そうとした彼だったが、突如左手に凄まじい熱を感じておもわずうずくまった。
「うっ・・・ぐうぅぅぅぅ・・・!!」
「使い魔のルーンが刻まれているのよ。しばらくすればおさまるわ」
なんてことないようにルイズは言うが、彼にはそれどころではない。
「そ・・・そういうことはもっと早く言って・・・うっ!」
しかし、ルイズの言葉のとおり、しばらくすると熱はじきに収まっていった。
熱の収まった左手をみる、するとそこには見たことのない文字が浮かんでいた。
「それが使い魔のルーンよ。これであんたは名実ともに私の使い魔というわけ」
たのしそうに笑うルイズとは対照的に、彼は自分に刻まれたルーンを呆然と眺めていた。
「そういえば、使い魔になったのに名前がないんじゃ不便よね」
その言葉に、ルーンを眺めていた彼はルイズへと振りむいた。
「あんた、本当に何も覚えてないの? 自分の名前とかも?」
「そう・・・ですね。やっぱり忘れてしまっているみたいで」
思い出そうとはしてみるものの、やはり頭にもやがかかったように感じてしまう。
今すぐに、とはいかないだろう。
そんな彼の言葉にしばらく考え込んでいた様子のルイズだったが、不意に思い立ったように声をあげた。
「そう・・・それなら・・・そうね! ここはこの私が、あんたにふさわしい名前をつけてあげるわ!」
きらりと目を光らせながらそう宣言するルイズに、彼はなんだか、非常に嫌な予感がした。
―――数十分後―――
「うーん・・・もういっそ・・・毛がモコモコしてるから『モコモコ』とか?」
「あー・・・でもそれってちょっと安易すぎません?」
「あ、やっぱりそう思う?」
いつの間にか名づけ提案に参加したシエスタと、いい案が出ずうんうんうなり続けるルイズを尻目に、彼は必死に自分の名前だけでも思い出そうと奮闘していた。
大体、この自分を呼び出したルイズという少女がどういう性格をしているかは理解したつもりだった。
おそらく、この少女は一度名前を決めてしまえば、自分がどれだけ抗議しても、決してそれを曲げはしないだろう。
自分が気に入るようないい名前だったならまだいい。しかしもし、変な名前でもつけられたりしたら・・・
そこまで考えて彼は思わず恐怖に身を震わせた。しかも、今の彼女らの会議の様子をみていれば明らかに後者だ。絶対にそうだ。
ならば、そうなる前に!絶対に!自分の名前を思い出さなければならない・・・!
彼女らが『モコル』だとか『モッキーナ』だとか言い出す前に!!
今まで以上に、最大限に頭を働かせて必死に思い出す。
どうやらだんだんと話がまとまりつつある向こうの様子をみていれば、もはやそう時間はないだろう。
―――思い出せ・・・思い出すんだ!―――
ぐっと目を閉じ、唇をかみ締め、自らの体を痛いほどにかき抱く。
これ以上ないくらいに真剣に、必死に。
そして、彼の頭でふっと何かがつながり・・・
「決めたわ!あんたの名前はずばり!『モコロッシュ』に・・・」
「思い出したあぁぁぁぁぁぁ!!」
ルイズが高らかに死刑宣告を出そうとした瞬間に、彼は立ち上がっていた。
「な、何よ急に大声出したりして。」
「思い出したんだ!思い出したんだよ!僕の名前を!!」
急なことに若干驚いた様子のルイズだったが、彼は必死に言葉を続ける。
「『マイス』!僕の名前は『マイス』だ!!」
声を張り上げ、主張する彼だったが、実際のところ確信は持っていない。
ただ、なんとなく浮かんだその名前が、とてもしっくりするような気がしていたのだ。
「マイス~? ホントにそれ名前あんたの名前?」
明らかに疑っている様子のルイズに、あせりつつも主張する。
ここで押し切らなければ『モコロッシュ』決定だろう。
「ホントだって! 本当に今思い出したんだ!」
「・・・そんな名前より『モコロッシュ』の方がいいような・・・」
「マイスにして下さいお願いします」
明らかに不満顔のルイズに向け、彼ことマイスは土下座して頼み込んだ。
結局、マイス必死の頼み込みと、さすがにみかねたシエスタの口添えもあり、不満そうにしつつも、ルイズも彼の名前をマイスにすることをルイズに了承してもらえたのだった。
「それで?あんた他に思い出したことないの?」
「すみません・・・ これ以上はやっぱり・・・」
その後、マイスとルイズは治療室で、マイスの記憶について話し合っていた。
ちなみに、シエスタはいない。どうも他にも頼まれていた用があったらしく、長居しすぎのに気づき、青い顔をして大急ぎででていった。
そして後に残った一人と一匹で会話していたのだった。
「せっかく名前を思い出せたんだし、もうちょっと何か思い出せることとかないの?
例えばあんたの種族名とか」
「そうは言われても・・・ やっぱりこれが限界かなぁ・・・」
「そんなこといってないで、少しは努力しなさいよ」
「これでも精一杯頑張ってるつもりなんだけど」
そういいつつも、マイスは再び何でもいいから思い出そうと考え始める。
自分が何者なのか、自分はどこで何をしていたのか、思い出そうとするもやはり考えはまとまらない。
何かとても大事なことを忘れているような気がしていたが、考えが出てこない以上どうしようもない。
なんでもいい、少しでも思い出せれば・・・ と願いをこめつつより一層思考を深めていき、そして・・・
「思い出したあぁぁぁぁぁぁ!!」
「ええ!? そっちが!?」
ガタンと音を立てながら席から立ち上がるルイズ。ぎょっとしつつそちらをみるマイス。
「リュックよ!!」
「は?リュック?」
突然でてきた一言に訳がわからないという顔をするマイス。ルイズはかまわず続ける。
「あんた、召喚された時にリュック持ってたのよ。記憶がないから覚えてないでしょうけど。」
「え、そうなの?」
「ええ。だからそのリュックの中身を調べれば・・・」
そういわれ、マイスもルイズが何を言いたいかに気がついた。
「・・・僕の記憶につながるものがあるかもしれないってこと?」
「そうよ!」
そういわれ、マイスは顔を輝かせた。
「そ、そうか!! だったらそのリュックを・・・」
マイスがそこまで言った瞬間、ルイズはばつの悪そうな顔をした。
その突然の表情の変化にマイスはいぶかしがる
「・・・ないのよ」
「・・・え?」
予想外の一言に固まるマイスに、怒ったようにルイズは大声を張り上げた。
「だから!今ここにはないの!! 持ってかれちゃったのよ!!!」
「え・・・えええええぇぇぇぇぇ!?」
あまりの予想斜め上のことに、マイスは大声を上げてしまっていた。
――――――――――――――
「えっと、要するに、そのリュックはコルベールさんって人が持っていってしまったんだよね?」
「そうよ。ミスタ・コルベール。召喚の儀に立ち会ってた先生よ。」
憮然とした顔でルイズはそう言い放つ。その時のことを思い出しているのか、顔がしだいに怒りで赤く染まっていく。
「全く!!突然リュックを取るなり『これは預かっておきます』よ!? 返してくださいって頼んでも、あんたが目を覚ますまでダメだって!! 使い魔の物は主人の物だってのに!!」
「いや、なんでさ」
明らかに最後の一言はおかしいとツッコミを入れるが、ルイズはあっさりと無視した。
「まだ私中身を見てなかったのに・・・ 使い魔の主人差し置いて! あのコッパゲ!!」
次第にヒートアップしていくルイズの様子に、慌ててマイスが声を出す。
「ま、まあまあ。その人は僕が目を覚ますまで預かっておくって言ってたんだよね? ならもう返してもらえるんじゃないかな。」
マイスの一言にようやく気分が落ち着いたのか、考えるようなそぶりをみせるルイズ。
「そうね・・・ もうこれで文句はないはずよね」
そういいつつ、ルイズは席から立ち上がり、歩いて扉の前に立つ。
そして、彼の方に振り向いた。
「何してんの。あんたも来るの!」
「え!? 今からいくの?」
「当たり前でしょ!! 善は急げ!そうと決まったらさっさといくのよ!!」
ベッドへつかつかと歩み寄り、マイスの手をぐっと引っ張る。
突然のことに、ベッドから転がり落ちそうになった。
「わ、わかった!わかったから!そんなに引っ張らないでよ」
「ほら!だったらすぐ立つの! 早く来なさい!」
そしてルイズはマイスをつれつつ、治療室の扉を勢いよく開け放った。
「さあ、行くわよ! 私のリュックを取り戻しに!!」
「いや、だから違うって」
そんな会話を交わしつつ、一人と一匹は治療室を後にしたのだった。
#navi(ルーン・ゼロ・ファクトリー)
#navi(ルーン・ゼロ・ファクトリー)
トリステイン魔法学校
大陸ハルケギニアの4カ国の1つであるトリステインのメイジ育成学校。
長い歴史を誇る由緒正しい魔法学校。
その治療室のベッドの上で、彼はもらったシチューをすすっていた。
小さな体とその手には少し大きい、人間用の容器とスプーンを持ち、大きさの違いに戸惑いつつもシチューを食べていく。
食事を続けながらちらりと横に視線を向ける、感じるのは自分にさっきから向けられる2種類の視線。
1つは興奮。もうひとつ好奇。
そんな視線にさらされ、なんだか見世物にでもなったような気分になり、気恥ずかしさと戸惑いを感じるが、空腹だったのと、シチューのおいしさから食事を続ける。
さっきからずっとこんな感じだ。
彼は何故こうなったのかと内心ため息をついた。
時間は少し前にさかのぼる。
唐突に自分たちに話しかけてきたその羊に大混乱に陥った少女達だったが、次第に落ち着いたらしく、一斉に彼へ何者なのかを問いただしてきた。 特に桃色の髪の少女の方が。
話を聞けば本来、動物が口をきくということはないらしい。
犬や猫といった生き物なら、使い魔の契約とやらをした際に人語を話せることもあるらしいが、彼はどうみたって羊だ。
亜人という線もあったが、それでも人語を話せるような種族はひどく限られており、少女らの記憶に彼のような亜人は存在しないとのこと。主に桃色の髪の少女が力強く断定してきた。
(彼女によると最近動物や幻獣、亜人の図鑑をみる機会が多かったらしい。何故かは教えてもらえなかったが)
仮に、実は羊も契約によってしゃべれるということだとしても、それは他の誰かが既に使い魔の契約をしていたということが前提となる。それもありえない。
なにせ彼自身を桃色の髪の少女(ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと名乗った)が召還したのだから。人の使い魔を呼び出すなどというのはありえないらしく、事実、彼の体には使い魔の証のルーンがなかった。
それでは人語を理解するあんたは一体何なのか? というのが自分を召還したという少女、ルイズの疑問らしい。
率直にいって、彼はその質問に答えることが出来なかった。
彼は記憶を失っていた
自分が何者なのかはもちろんのこと、何をしていたのか、どこから来たのか、そういった情報がすべて抜け落ちていた。
召還された時に負っていた怪我のせいでは? というのは黒髪の少女(シエスタというらしい)の説だ。 彼の傷は相当なものだったらしく、大量に出血もしていたため、記憶障害を起こしたとしてもおかしくないのでは・・・ とのこと。
結局彼が何者なのかがわからず、多少がっかりとするルイズ。
しかしそれ以上に気分がふさいでいたのは他ならぬ彼のほうだった。それも当然だろう。
起きてみれば自分が誰かわからない。自分が何をしていたかもわからず、全く見知らぬ場所へ放り出されたとなれば不安にならないほうがおかしい。
自分のおかれた状況の過酷さにますます気分が沈みそうになるが、そんな中彼の腹からくぅと音が鳴った。どれだけ過酷な状況でも、気分が沈んでいても腹は減る。
それに気づいたシエスタが、持ってきたシチューを彼にあげることを提案し、(元はルイズのためだったらしい)ルイズもしぶしぶながらそれを了解したため、彼は召還されてからようやくの食事にありついたのだった。
彼女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは興奮していた。
これまで散々にゼロと笑われ、嘲られ、軽蔑され続けた自分が魔法を、サモン・サーヴァントを成功させたのだ。
そして呼び出された使い魔は、神聖で、美しく、そして強力な使い魔・・・ とまではいえないが、愛らしく、人間並みの高い知能を併せ持った全く未確認の幻獣だったのだから。
『メイジの実力をみるなら使い魔をみよ』これはハルケギニアのメイジの常識だ。
なら、これだけの幻獣を呼び出せた自分はもはやゼロではない。この使い魔をみせればきっと今まで自分を馬鹿にしてきた連中だって見返すことができるはず。
魔法だってきっと使えるようになる・・・
皆の驚く顔(特にあの赤髪の女!)を思い浮かべながら、ルイズは喜びと期待に胸を膨らませていた。
彼女、シエスタは困惑していた。
自分の隣の少女、ミス・ヴァリエールが使い魔を呼び出せたことは聞いていた。
しかし、ひどい怪我をしていたということで、あまりそれをじっくりと見る機会はなかった。
他に治療や看病をしていたメイジやメイドたちの会話を聞いたところによれば、未確認のかわいい幻獣だとは聞いていたのだが・・・
そこでシエスタはシチューを食べ続けている彼をながめる。
一見ぬいぐるみかと間違えそうなほど小さい体。見るものを魅了する愛くるしい顔。長く垂れ下がる耳。その小さい体にぴったりの赤いベルトに、どんぐりを模した帽子と青いスカーフ。全身を覆う、ふわふわモコモコの金の巻き毛。
そんな生き物が、小さな体に似合わぬ大き目のスプーンで、少々その大きさに戸惑いながらも必死に食事を続けている。
はっきりいって、むちゃくちゃかわいい
もう正直、今すぐにでもその小さい体を抱き上げて、ふわふわの毛に思い切り顔をうずめて頬ずりをしたくなるよーな衝動にかられそうになるが、さっき無茶してはいけないといった手前と、彼を呼び出した少女が間違いなく怒るだろうという予想から、必死に抑えていたのだった。
そんな少女は、彼が大きいスプーンを落としそうになってあたふたする様子をみて『はぅ・・・』と悩ましげにため息を漏らすのだった。
「あの、これどうもありがとうございました」
ようやくシチューを食べ終え、彼はカラになった容器とスプーンをシエスタへ差し出した。
「・・・え? あ、はいどうもおそまつさまでした」
ちょっと意識がトリップしかけていたシエスタだったが、声をかけられてようやく戻ってこれたらしく多少慌てつつも容器を受け取った。
「ちょっと! それ元は私のだったんだからこっちにもちゃんとお礼いいなさいよ!」
「あ、はい、すみません・・・ どうもありがとうございました」
主人の自分へお礼がなかったことへ不満をもらすルイズだったが、彼が素直に礼をいったのに多少気をよくしたのか、はたまた機嫌がよかったのか、フンと鼻をならして引き下がった。
「ふふ、それにしてもよっぽどおなかがすいてたんですね。これあなたには少し大きかったはずですけど」
そういいつつ食器を片付けるシエスタに、「あはは・・・」 と彼はすこし恥ずかしげに笑みを返した。
そんな二人の会話の中、ルイズはすっと席を立った。
「さて、あんたの食事も終わったことだし、あんたには!正式に!私の使い魔になってもらうわ!!」
そして、そういいつつルイズはビシッと彼へ指を突きつけた。
「・・・え?」
あまりに突然のことに彼は思わず、気の抜けた返事を返す。
「『え?』じゃないわよ! あんた人の話聞いてなかったの!?あんたは私に、使い魔として召還されたの!だからあんたには私の使い魔になる義務があるの!」
拒否権などない! といわんばかりの勢いで、ルイズは彼に詰め寄る。
「ちょ・・・ちょっと待ってください! そんな使い魔だとか義務だとか、いきなりそんなこと言われても・・・」
戸惑いを隠しきれず、抗議の声を上げる彼にルイズは明らかにむっとした表情を浮かべる。
「何よ。あんた、私に呼ばれたくせに私の使い魔になるのが嫌だっていうの!?」
「嫌とかそういう問題じゃなくて・・・ あまりに唐突過ぎますよ! そんな突然に言われたって・・・」
さっさと使い魔になれと主張するルイズ、突然すぎると抗議する彼。
お互い譲らず、睨み合う二人だったが、突如にやりとルイズは笑みを浮かべた。
その笑みの意味を理解できなかった彼は怪訝な顔をする。
「・・・あんた、自分がひどい怪我してたのは知ってるわね? 下手すれば命に関わるほどの」
「まあ、この体を見れば大体は」
それがどうかしたのかと、彼はルイズに声を返す。
「あんたの怪我を治すのに結構高価な秘薬使ったのよ?
・・・貴族でなきゃとても払えないような強力なやつを」
ルイズの話に一瞬きょとんとする彼だったが、急にはっと気がつき、ばっと問いかけるような視線をシエスタへ向ける。
「ま、まさか・・・」
「あ、はい。確かに怪我の治療の際に秘薬をつかったそうです。秘薬代は全てミス・ヴァリエールが負担されたとか」
シエスタのその言葉を聞いた瞬間、彼はうっとうめく。
その一方で勝ち誇った笑みを浮かべつつ、ルイズは再び彼へ指を突きつけた。
「そう!つまり私は、あんたの命の恩人というわけよ!!」
「うぐっ!!!」
明らかに動揺する彼だったが、まだルイズの攻撃は終わらない。
「それに・・・あんた、記憶を失くしているのよねぇ・・・?」
「う・・・」
「そんなあんたが、仮に外に出たとしてもうまく生活できるのかしら?」
「うう・・・」
「記憶もない、行く当てもない、ないないづくしのあんたには・・・」
「ううう・・・」
「私の使い魔に、なるしかないのよ!!!」
そう言い切ったルイズの言葉に耐え切れなくなったのか、『バッターン!』と彼はベッドに倒れこんだのだった。
「残念だったわね。あんたが私の使い魔になるのはもう最初から決まっていたのよ!」
おーほっほっほ! と高らかに笑い声をあげるルイズと、ベッドに倒れこんだままの彼の姿をみて、まるで昔見た童話の悪の女王様みたいだなー、と思ったシエスタだったが無論口には出さず、若干の哀れみを込めつつも、ベッドに突っ伏したまま動かない彼を眺めるのだった。
「と、いうわけで早速契約の儀式の『コントラクト・サーヴァント』を執り行うわ!」
「もう好きにして下さい・・・」
テンション上がりっぱなしのルイズのと対照的に、彼はがっくりと肩を落としつつ答えた。
「怪我のこともあるから、寝てる間は自粛しなさいっていわれてたんだけど、起きたからにはもう大丈夫よね~」
そういいつつ、ルイズはベッドの上から彼を抱き上げた。
シエスタが羨ましそうな顔でこちらを見ているような気がするが、今は契約が先なので無視する。
予想以上に柔らかく、ふわふわであったかい彼の毛の感触を確かめつつルイズは彼の顔をこちら側へむけた。
「それじゃ、はじめるわよ?」
「うん」
彼がうなずいたのを見て、若干緊張しつつも『コントラクト・サーヴァント』の呪文を唱え始める。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・プラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
呪文のあと持った杖を彼の額に置き、そっと彼へと口付けした。
彼の目が驚愕に見開かれるが気にすることなく、すっと唇を離す。
「な・・・なにを・・・」
驚きと戸惑いと羞恥の混ざったような声を出そうとした彼だったが、突如左手に凄まじい熱を感じておもわずうずくまった。
「うっ・・・ぐうぅぅぅぅ・・・!!」
「使い魔のルーンが刻まれているのよ。しばらくすればおさまるわ」
なんてことないようにルイズは言うが、彼にはそれどころではない。
「そ・・・そういうことはもっと早く言って・・・うっ!」
しかし、ルイズの言葉のとおり、しばらくすると熱はじきに収まっていった。
熱の収まった左手をみる、するとそこには見たことのない文字が浮かんでいた。
「それが使い魔のルーンよ。これであんたは名実ともに私の使い魔というわけ」
たのしそうに笑うルイズとは対照的に、彼は自分に刻まれたルーンを呆然と眺めていた。
「そういえば、使い魔になったのに名前がないんじゃ不便よね」
その言葉に、ルーンを眺めていた彼はルイズへと振りむいた。
「あんた、本当に何も覚えてないの? 自分の名前とかも?」
「そう・・・ですね。やっぱり忘れてしまっているみたいで」
思い出そうとはしてみるものの、やはり頭にもやがかかったように感じてしまう。
今すぐに、とはいかないだろう。
そんな彼の言葉にしばらく考え込んでいた様子のルイズだったが、不意に思い立ったように声をあげた。
「そう・・・それなら・・・そうね! ここはこの私が、あんたにふさわしい名前をつけてあげるわ!」
きらりと目を光らせながらそう宣言するルイズに、彼はなんだか、非常に嫌な予感がした。
―――数十分後―――
「うーん・・・もういっそ・・・毛がモコモコしてるから『モコモコ』とか?」
「あー・・・でもそれってちょっと安易すぎません?」
「あ、やっぱりそう思う?」
いつの間にか名づけ提案に参加したシエスタと、いい案が出ずうんうんうなり続けるルイズを尻目に、彼は必死に自分の名前だけでも思い出そうと奮闘していた。
大体、この自分を呼び出したルイズという少女がどういう性格をしているかは理解したつもりだった。
おそらく、この少女は一度名前を決めてしまえば、自分がどれだけ抗議しても、決してそれを曲げはしないだろう。
自分が気に入るようないい名前だったならまだいい。しかしもし、変な名前でもつけられたりしたら・・・
そこまで考えて彼は思わず恐怖に身を震わせた。しかも、今の彼女らの会議の様子をみていれば明らかに後者だ。絶対にそうだ。
ならば、そうなる前に!絶対に!自分の名前を思い出さなければならない・・・!
彼女らが『モコル』だとか『モッキーナ』だとか言い出す前に!!
今まで以上に、最大限に頭を働かせて必死に思い出す。
どうやらだんだんと話がまとまりつつある向こうの様子をみていれば、もはやそう時間はないだろう。
―――思い出せ・・・思い出すんだ!―――
ぐっと目を閉じ、唇をかみ締め、自らの体を痛いほどにかき抱く。
これ以上ないくらいに真剣に、必死に。
そして、彼の頭でふっと何かがつながり・・・
「決めたわ!あんたの名前はずばり!『モコロッシュ』に・・・」
「思い出したあぁぁぁぁぁぁ!!」
ルイズが高らかに死刑宣告を出そうとした瞬間に、彼は立ち上がっていた。
「な、何よ急に大声出したりして。」
「思い出したんだ!思い出したんだよ!僕の名前を!!」
急なことに若干驚いた様子のルイズだったが、彼は必死に言葉を続ける。
「『マイス』!僕の名前は『マイス』だ!!」
声を張り上げ、主張する彼だったが、実際のところ確信は持っていない。
ただ、なんとなく浮かんだその名前が、とてもしっくりするような気がしていたのだ。
「マイス~? ホントにそれ名前あんたの名前?」
明らかに疑っている様子のルイズに、あせりつつも主張する。
ここで押し切らなければ『モコロッシュ』決定だろう。
「ホントだって! 本当に今思い出したんだ!」
「・・・そんな名前より『モコロッシュ』の方がいいような・・・」
「マイスにして下さいお願いします」
明らかに不満顔のルイズに向け、彼ことマイスは土下座して頼み込んだ。
結局、マイス必死の頼み込みと、さすがにみかねたシエスタの口添えもあり、不満そうにしつつも、ルイズも彼の名前をマイスにすることをルイズに了承してもらえたのだった。
「それで?あんた他に思い出したことないの?」
「すみません・・・ これ以上はやっぱり・・・」
その後、マイスとルイズは治療室で、マイスの記憶について話し合っていた。
ちなみに、シエスタはいない。どうも他にも頼まれていた用があったらしく、長居しすぎのに気づき、青い顔をして大急ぎででていった。
そして後に残った一人と一匹で会話していたのだった。
「せっかく名前を思い出せたんだし、もうちょっと何か思い出せることとかないの?
例えばあんたの種族名とか」
「そうは言われても・・・ やっぱりこれが限界かなぁ・・・」
「そんなこといってないで、少しは努力しなさいよ」
「これでも精一杯頑張ってるつもりなんだけど」
そういいつつも、マイスは再び何でもいいから思い出そうと考え始める。
自分が何者なのか、自分はどこで何をしていたのか、思い出そうとするもやはり考えはまとまらない。
何かとても大事なことを忘れているような気がしていたが、考えが出てこない以上どうしようもない。
なんでもいい、少しでも思い出せれば・・・ と願いをこめつつより一層思考を深めていき、そして・・・
「思い出したあぁぁぁぁぁぁ!!」
「ええ!? そっちが!?」
ガタンと音を立てながら席から立ち上がるルイズ。ぎょっとしつつそちらをみるマイス。
「リュックよ!!」
「は?リュック?」
突然でてきた一言に訳がわからないという顔をするマイス。ルイズはかまわず続ける。
「あんた、召喚された時にリュック持ってたのよ。記憶がないから覚えてないでしょうけど。」
「え、そうなの?」
「ええ。だからそのリュックの中身を調べれば・・・」
そういわれ、マイスもルイズが何を言いたいかに気がついた。
「・・・僕の記憶につながるものがあるかもしれないってこと?」
「そうよ!」
そういわれ、マイスは顔を輝かせた。
「そ、そうか!! だったらそのリュックを・・・」
マイスがそこまで言った瞬間、ルイズはばつの悪そうな顔をした。
その突然の表情の変化にマイスはいぶかしがる
「・・・ないのよ」
「・・・え?」
予想外の一言に固まるマイスに、怒ったようにルイズは大声を張り上げた。
「だから!今ここにはないの!! 持ってかれちゃったのよ!!!」
「え・・・えええええぇぇぇぇぇ!?」
あまりの予想斜め上のことに、マイスは大声を上げてしまっていた。
――――――――――――――
「えっと、要するに、そのリュックはコルベールさんって人が持っていってしまったんだよね?」
「そうよ。ミスタ・コルベール。召喚の儀に立ち会ってた先生よ。」
憮然とした顔でルイズはそう言い放つ。その時のことを思い出しているのか、顔がしだいに怒りで赤く染まっていく。
「全く!!突然リュックを取るなり『これは預かっておきます』よ!? 返してくださいって頼んでも、あんたが目を覚ますまでダメだって!! 使い魔の物は主人の物だってのに!!」
「いや、なんでさ」
明らかに最後の一言はおかしいとツッコミを入れるが、ルイズはあっさりと無視した。
「まだ私中身を見てなかったのに・・・ 使い魔の主人差し置いて! あのコッパゲ!!」
次第にヒートアップしていくルイズの様子に、慌ててマイスが声を出す。
「ま、まあまあ。その人は僕が目を覚ますまで預かっておくって言ってたんだよね? ならもう返してもらえるんじゃないかな。」
マイスの一言にようやく気分が落ち着いたのか、考えるようなそぶりをみせるルイズ。
「そうね・・・ もうこれで文句はないはずよね」
そういいつつ、ルイズは席から立ち上がり、歩いて扉の前に立つ。
そして、彼の方に振り向いた。
「何してんの。あんたも来るの!」
「え!? 今からいくの?」
「当たり前でしょ!! 善は急げ!そうと決まったらさっさといくのよ!!」
ベッドへつかつかと歩み寄り、マイスの手をぐっと引っ張る。
突然のことに、ベッドから転がり落ちそうになった。
「わ、わかった!わかったから!そんなに引っ張らないでよ」
「ほら!だったらすぐ立つの! 早く来なさい!」
そしてルイズはマイスをつれつつ、治療室の扉を勢いよく開け放った。
「さあ、行くわよ! 私のリュックを取り戻しに!!」
「いや、だから違うって」
そんな会話を交わしつつ、一人と一匹は治療室を後にしたのだった。
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