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#navi(瀟洒な使い魔)
フリッグの舞踏会が行われている頃、トリステイン魔法学院本塔、会議室。
そこには学院長であるオールド・オスマンをはじめとして、数名の人間が円卓の席についていた。
オールド・オスマンの秘書にして大泥棒、ミス・ロングビルことマチルダ・オブ・サウスゴータ。
学院の有るこのトリステインの王家、その傍流に当たる公爵家の令嬢、『ゼロ』のルイズ。
そして、その使い魔、『ガンダールヴ』こと十六夜咲夜。
それらの人物の視線を一点に集めるのは、円卓の上座に座る2人の女性。
1人は緑を基調とした見慣れない衣服に『龍』という字の刻まれた飾りがついた同色の帽子を被った赤髪の女性。
少し前、空から落ちてきて咲夜に激突した女性である。
もう1人は、黒を基調とした衣服に赤い髪、そして耳に当たる部分と腰の辺りから羽を生やした亜人の女性だった。
「……で、なんで貴方達がここにいるのか聞いても良いかしら? 美鈴。
しかもよりによって私の上に落ちてくるのかもね」
「ええとですね」
額をさすりながら、美鈴と呼ばれた帽子の女性を睨む咲夜。
ルイズをも恐怖させた咲夜のガン飛ばしに思わず目をそらす女性。
そんな2人をスルーしつつ、亜人の女性が立ち上がった。
「さて、それでは咲夜さんも不思議そうにしてますし、説明会を始めましょうか。
私は小悪魔、名前はありません。種族は見ての通りの悪魔です。
パチュリー・ノーレッジという魔法使いの使い魔をやっております。
こちらの方は紅美鈴(ホン・メイリン)さん、妖怪です。
私達は幻想郷と言う所の紅魔館から来ました。どういう所かは咲夜さんから聞いていると思うので割愛しますね?」
「ほう。ミス・イザヨイにもようやく迎えが来たか。いや、もう、というべきかの?」
オスマンがそういうと、小悪魔は眉根を寄せて「うーん」と唸り、少しして円卓の上に人形を置いた。
金髪に赤いリボンをつけた、可愛らしい女の子の形をした人形だ。
咲夜はその人形に見覚えがあった。幻想郷に住む魔法使いで人形の製作や操作を得意とする、
アリス・マーガトロイドの持つ人形だ。
「まあ詳しい事情は我が主より。それでは……」
小悪魔は人形に手を触れると、その背を軽くトンと叩く。
するとその目から光が放たれ、その光は丁度円卓の中央に像を結ぶ。
「映像を投影するマジックアイテム? 遠見の鏡のようなもんかい?」
マチルダが呟いている内に、白と黒の波がうねる像が変化し、風景を映し出す。
まず目に付いたのは巨大な本棚、学院にあるようなものだが、
その背表紙に書かれた文字はハルケギニアの公用語であるガリア語でもそのほかの言語でもなく、
オールド・オスマンですら知らない全く未知の言語だった。
「そのようなものですね。これは対となる人形が見た映像を宙に投影し、
また対となる人形に目の前の風景を投影させる能力を持ったマジックアイテムです」
小悪魔が解説をしている間に、さらに風景に変化があった。
横合いから少女が歩いてくる。ナイトキャップのような帽子を被り、
ゆったりとした白と紫の縦縞模様の衣服。そのうえからガウンを羽織った紫の髪の少女。
突然の登場にルイズたちがどよめく中、少女は悠然と椅子に座ると正面、
おそらくは今ここにある人形の片割れのある方向を見つめ、口を開いた。
《小悪魔、聞こえているかしら? 定時報告時間外にこれを起動したということは、
咲夜が見つかったということかしら》
「はい、パチュリー様。命蓮寺の方々の協力もありましたし、比較的早く合流できました。
接触の際少々事故は起こりましたが……ええ、少々です。少々ですとも。
起こしたのは私ではありませんし」
「あ、小悪魔酷い! 落下軌道の調整したの小悪魔じゃない!」
「さて何のことやら」
猛然と小悪魔に食って掛かる美鈴をとりあえずスルーし、
咲夜は目の前に投影されているパチュリーと呼ばれた少女に視線を向ける。
パチュリーは一つ頷くと、小悪魔と美鈴に黙るように伝えて改めて口を開く。
《あら、本当みたいね。咲夜、元気だった? 突然異界へのゲートが開いて貴方を攫っていったから、
それなりに心配はしていたのよ。貴方のお茶が飲めなくなるのは色々と残念だし》
「それなりに、ですか、パチュリー様」
《ええ、それなりに、よ。貴方は私のではなく、レミィの従者なのだから》
「成程。と、失礼しました、お話をどうぞ」
苦笑しながら言う咲夜にパチュリーは首肯すると、簡単に状況を解説する。
咲夜が謎のゲートらしきものによって連れ去られてより、パチュリーは小悪魔や美鈴を介して調査を行った。
そこで、咲夜を連れ去った『謎のゲート』による誘拐事件の被害者は咲夜だけではない事を知る。
他の地域でも、同様の現象による失踪事件が発生していたのだ。
被害者は誰もが幻想郷でも有数の実力者ばかり。ただの妖怪にそんな事が出来るはずもなく、
それほどの力のある妖怪も多くはなく、犯人は未だ不明。その時だった。
気晴らしにと参加した宴会の席で、参加者の1人が同じ現象で連れ去られたのだ。
その場面は多くのものが見た。そして場に居合わせた多数の魔法使いや知識人らにより、
それが幻想郷でも外の世界でもない、全く未知の異界へ接触したものを引きずり込む、
トラップのような性質を持った空間転移ゲートを生み出す魔法であることが判明した。
魔法であるならば、自分にどうにかできるかもしれない。
咲夜の主人であり、自分の友人でもあるレミリアの要請もあり、パチュリーはそれを研究し始めた。
僥倖であったのは被害者の1人の家族達が次元を超えることのできる船を所有していたこと。
さらにそこのメンバーの1人が非常に高い探知能力を持っていたこともあり、
転送先も比較的容易に突き止めることが出来た。
《まあそんな訳で、紅魔館からは小悪魔と美鈴、他の所から数名のメンバー選出して派遣したのよ。
ただ、だからといってすぐに連れ帰る事も難しいの。問題がいくつかあってね》
「問題、といいますと?」
《単純に言えば帰還手段の問題ね。被害者の一人、聖白蓮率いる命蓮寺所有の船『聖輦船』では、
片道の次元移動しかできない。戻る為には聖白蓮自身の力を持って船に力を充填する必要があるわ》
映像の中のパチュリーはそういって溜息をつくが、ソレを聞いてオスマンが首をかしげた。
「ふむ、ちょっと良いかの、ミス・パチュリー」
《パチュリー・ノーレッジ。魔法使いよ。あなたは?》
「おっと、これは失礼した。ミス・ノーレッジ。わしはオスマン。
この世界、ハルケギニアの1国トリステイン王国の魔法学院、
ようするに魔法を教える学校の学院長をしておる。先程すぐには帰還できぬと言ったが、
実はな、30年ほど前にもそちらの『ゲンソウキョウ』より来訪し、帰還していった例があるのじゃ」
そう言って、オスマンは咲夜にも話した霖之助の話をする。
彼を迎えに来た女性の力を借りれば帰還できるのではないか? とも。
だが、それを聞いたパチュリーの顔は心底嫌そうな顔であった。
《貴方の言うその女性とは恐らく八雲紫のことね。幻想郷全体で見ても5指に入る実力者で、
厳密には違うのだけど、空間を渡る能力を持っているわ。
確かに彼女に頼めば簡単に咲夜は帰還できるでしょうね》
「なるほど、そんな力を持った人物であったのか……
ならばそうした方が、とは思うのじゃが、どうもそれはしたくないといった感じじゃのう」
《大当たりよオスマン氏。アレは凄まじい力を持った妖怪……そちらの世界で言うなら亜人や妖魔といった存在よ。
つまり『人間』ではない。故にその常識や倫理観もまた常人とは一線を画しているわ。
性格もどうにもとらえどころが無くて胡散臭くて、苦手なのよね。
それに、そういった相手に余り借りを作るのは得策ではないのよ。対価に何を要求されるか分かったものじゃない。
八雲紫相手に借りを作るなんてぞっとするわね。少なくとも私は嫌よ》
パチュリーはそう言ってオスマンとの会話を打ち切り、説明を続ける。
《現状では聖白蓮が見つからないと聖輦船へのエネルギーの充填は不可能なのよ。
一応こちらでも召喚ゲートの研究は続けているから、
そちらが完成して双方向に行き来可能なものを作ることが出来ればあるいは咲夜だけは帰還可能だわ。
一応、聖輦船は聖白蓮だけではなく他の面々の救出も目的にしているし、
研究の方も捗っている訳でもないからもう暫くは我慢して頂戴》
「もう暫く、といいますと?」
《もう暫くはもう暫くね。一応ゲートの理論は概ね掴んではいるのだけど、
実行に移すのはまだまだ先になりそうよ。何せ狙った位置にゲートを開く事が出来ない上に、
私とそちらの世界では魔法の系統そのものが根っこから違うから消耗も激しいのよ。
今のままではそっちにゲートを開く事は不可能ね。幸いそちらの世界にも魔法使いはいるようだし、
協力してもらえれば研究もはかどりそうだけど》
パチュリーの視線を受けて、オスマンは厳かに頷く。
ルイズと咲夜の契約をする時、帰還手段の捜索や、それを止めないという条件で契約を行った。
そして今咲夜の故郷からの迎えが来ており、未だ未完成ではあるもののその方法も確立されつつある。
ならばそれに対しての協力は惜しんではいけない。オスマンはそう理解した。
「了解した。ただ、そちらの魔法についてもいくつか教えてもらえるかの?
我が国の研究機関では下らんことしか研究しとらんでな。ありていに言って参考にはならん。
それに、系統魔法以外の魔法を使う相手とこうして会話できるというのはまたとない機会じゃてのう」
《構わないわよ。私もそちらの魔法には興味があるしね。さて、それじゃあ咲夜、
今度は貴方の事情を聞きましょうか。出来る限り詳細にお願いね》
咲夜は席を立ち上がり、ハルケギニアに来てからのことを話し始めた。
召喚された日のこと、条件付で契約に応じた時の事、
ギーシュと決闘し圧勝した事、デルルリンガーと出会った事、自分が伝説の使い魔になってしまったこと。
そしてフーケとの戦いと勝利、フリッグの舞踏会で美鈴が落ちてきたところまで話し、席に着く。
《なるほどね、大体分かったわ。それにしても美鈴……》
「は、はい、なんでしょうかっ!」
咎めるような口調に、美鈴が背筋を正して立ち上がる。
《あなた、飛べるんだから飛びなさいよ》
「…………あ」
いつかの咲夜のように硬直する美鈴。
幻想郷にいるある程度力の強いものは、方法は様々だがほぼ例外なく空を飛べる。美鈴もその1人である。
そういえばそうだった、と思い至り、咲夜の美鈴を見る視線に僅かに殺気が篭る。
やべえこのままじゃナイフが飛んでくる、そう思った美鈴は必死に弁解を開始する。
「い、いえこれはですね、ここの真上までは聖輦船に乗ってたんですよ。
で、無用の混乱を起こさないように私らだけ降りようと思ったわけですが……
ええ、私は普通に飛んで下りようと思ったんですよ!? でも小悪魔がいきなり蹴落としたんですよ!
酷いと思いません? 酷いと思いますよね? ていうか酷いです!
おかげでパニクって飛ぶの忘れるし、咲夜さんにぶつかるし! まだおでこ痛いんですよ!」
熱弁を振るう美鈴であったが、周囲の反応は冷ややかだった。主に咲夜からの視線が冷たさを増している。
パチュリーは溜息を一つつくと、美鈴の傍らの使い魔に呆れた声で言う。
《小悪魔、何か弁明は?》
「私は悪魔としての本能に従い状況がより面白くなるようにあれこれやったまでですよ」
悪びれもせずに言う小悪魔。しかしその瞬間、その額にすこんとナイフが突き立った。咲夜によるものである。
小悪魔はそのままばたりと椅子ごと後ろに倒れ、びくびくと痙攣しだす。
その様子を見て、その場の全員は顔を青くしながら、全く同じことを考えたという。
このメイドを怒らせるのは本当にやめておこう、と。
《……さて。相互の情報交換を終えたところでメインイベントに入りましょうか、
ハルケギニアのメイジさん達。主にそこの……ルイズとか言ったかしら?》
「な、何よ……」
パチュリーの浮かべた意地の悪い笑みに、ルイズはなんとも形状のしがたい怖気を感じた。
この感覚には何となく覚えがある。そうだ、何年も前に実家で花瓶を割って、
夕食の際吊るし上げを食らったときの居心地の悪さに似ている。
《あなたが咲夜を召喚して使い魔として契約したメイジでいいのよね?
いえ、大したことじゃないのよ。ただ運が良かったわね、と言いたかっただけ》
「どういう意味よ?」
《その通りの意味よ。そうね、たとえ話をしようかしら?
貴方が大事に可愛がっていた犬が、突然誰かに連れ去られた。
探して見つけ出してみれば、その犬は全く知らない赤の他人の家で飼われていた。
勿論、犯人はその赤の他人。貴方ならどうするかしら?》
ルイズはパチュリーがたとえ話をした意図を測りかねた。何で今そんな話を?
だが、とりあえずはまじめに考えてみることにする。
大事なペットを盗まれたら普通怒るだろう。それが、自分が可愛がっていたのならなおさらだ。
まずひっぱたいてやろうか。一発では許さない。何発もひっぱたいてやろう。
謝っても許してやらない。沢山ひっぱたいてやる。
そう告げると、パチュリーは意地の悪い笑みをさらに深くした。
《そう、沢山ひっぱたくのね。ところで、さっきも言ったけど私は咲夜の主人ではないわ。
でも、私の友人であるレミィ、レミリア・スカーレットは咲夜の主人にして、
この場、紅魔館の主なのよ。さて、本当そっちに行ったのが美鈴と小悪魔でよかったわね?》
そこでルイズはふと気付く。このパチュリーと言う少女は自分を皮肉っているのだ、と。
『可愛がっている犬』は咲夜、『連れ去った赤の他人』とはすなわち自分。
そういえば咲夜に聞いたことがある。自分は紅魔館唯一の人間なのだと。
つまり、咲夜の主人とは亜人。しかも、正面からぶつかれば咲夜よりも強いらしい。
ルイズの顔から血の気が引く。自分はそんな相手の『お気に入り』を、
故意にではないとはいえ自分の従僕にするという理由で横から掻っ攫ってしまったのだ。
確かに自分は運が良いのだろう。咲夜の主人がこちらに来ていたら、何をされても文句は言えない。
問答無用で殺されているかもしれなかったのだ。有難う始祖ブリミル。そう心の中で祈る。
《まあ軽いジョークはさておいて、本番行きましょうか。
レミィ、良いわよ、今人形そっち向けるわね》
そう言ってパチュリーは手をこちらに(正確には人形に)向け、顔の向きを変える。
映像の中ではぐるりと視点が回り、パチュリーより少し離れた場所にいた少女を映し出す。
それは、パチュリーのものに少し似たデザインの桃色の帽子を被り、
同色のドレスを纏った、青みがかった銀髪の少女。その真紅の瞳を見たとき、
ルイズは何故か物凄く嫌な予感がした。
その予感を裏付けるかのように少女は笑うと、口を開く。
《始めまして、ハルケギニアの魔法使い達。私はレミリア・スカーレット。
パチュリー・ノーレッジの友人にしてこの紅魔館の主。そして……
そこのメイド、十六夜咲夜の名付け親にして、主人にして、所有者よ》
瀟洒な使い魔 第7話『レミリアお嬢様に叱られるから』
ルイズは思考が停止していた。今目の前に一番会いたくなかった人物が目の前にいる。
外見はルイズより幼い少女だ。だが、その背からはコウモリの物によく似た1対の羽が生え、
笑む口元には牙がのぞく。そういえば亜人だとは聞いたが種族を聞いていない。
《この翼と牙が気になるかしら? そちらの世界には吸血鬼と言う存在はいないの?》
「「「えええええぇぇぇぇぇぇ!?」」」
メイジたちから驚きの声が上がる。それもそのはず、
ハルケギニアにおいて吸血鬼とは人の住む場所に潜り込み人知れず人の血を吸う、恐るべき妖魔だ。
だが先住魔法を使いこなすが羽は無い。翼を持つのが幻想郷の吸血鬼なのだろう。
《なんか凄い驚かれているようだけど。普通見て分からないかしら》
「こちらの世界の吸血鬼は外見的に人間と変わらないんじゃ、ミス・スカーレット。
牙もあるが隠しておける。加えて、貴方のことは『人間ではない』と言う程度しか聞いていないでの」
不満そうに眉根を寄せるレミリアに、オスマンが捕捉する。
《あらそう。ま、安心して良いわよ。手のかかる妹がいてね。私はそっちに行けないし、
そもそも無闇に人間を襲うのは私のプライドが許さないわ》
「え、あ、そうなの……」
ほっとしたように息を吐くルイズ。レミリアはそれを見逃さず、
先程のパチュリーのように非常に意地の悪い笑みを浮かべる。
《そういえばそこの桃髪の子、ルイズとかいったわね?
よくもまあやってくれたものね、私の咲夜を掻っ攫って下僕にしたなんて。
どうしてくれようかしら、八つ裂き? 晒し首? それとも、私の晩御飯になってみる?》
にこにこと愛らしい笑みを浮かべながらつらつらとルイズの処刑法を並べ立てるレミリア。
どれも嫌だ。というかそもそも死にたくない。隣にいる咲夜を見るが苦笑を浮かべて首を横に振る。
あのメイドにも勝てないものがあるのか、と妙に納得するも状況は解決せず。
マチルダは因果応報とでも言うように肩を竦め、
美鈴とかいう女性の方を見れば腕で大きくバッテンを作って『無理!』とジェスチャーで示している。
小悪魔という亜人はいまだ痙攣している。どうやら同性からの支援は受けられないようだ。
こうなればオスマンに頼る他ない。彼の方を見れば、うむと深く頷いて立ち上がる。
「お話の途中失礼しますぞ、ミス・スカーレット。
先程の話を聞いておられたかと思いますがのう、ミス・イザヨイが召喚されたのはいわば事故じゃ。
そもそも使い魔を召喚する為の呪文は、このハルケギニアの生物を召喚するものでしてな、
ミス・イザヨイ、そして恐らくはゲンソウキョウのほかの方々のような、
ハルケギニアの外の世界の生物、それも人間を召喚するようには出来ておらんのじゃ。
勿論調査は行っておるが、そもそもこの世界では『外の世界』と言う概念そのものが無い。
弁明にもならんかと思うが、けして意図的に攫っているわけではない事だけは了解してくれませんかの」
《そちらの召喚魔法は対象を特定できるものではないのかしら?》
「左様。自分と相性の良い、もしくは性質の似た生物を召喚するのが、『サモン・サーヴァント』でしてな。
召喚される対象は全く特定できませんのじゃ。わしの使い魔は鼠じゃし、
蛇嫌いのメイジが蛇を使い魔に召喚したという事例も在るくらいでしての。
ある程度の方向性は定まっているのは分かっているが、何が召喚されるかまでは全くじゃ。
貴族共も『使えるからいいや』『それは始祖への冒涜だ』とろくすっぽ研究もしておらんし」
《そっちのメイジってバカなのかしら》
「否定は出来んのう」
呆れたように言う2人。レミリアは溜息を一つ吐くと、改めてルイズのほうを見る。
《まあ、散々脅しておいてから言うのも何だけど、ルイズ。
私個人としては貴方をどうこうする気は最初から無いのよ》
「え!? ええと、み、ミス、ススス、スカーレット。それはどういうことでしょうか?」
レミリアのその言葉に、先程までの恐怖とは別の意味で硬直するルイズ。
その頭にはクエスチョンマークが大量に浮かび、顔色は蒼くなったり赤くなったりと大変な事になっている。
《まあ、単純に言えば、貴方に興味が沸いた、と言うことね。咲夜、私の能力は何だったかしら?》
「よろしいのですか?」
《ええ、構わないわ》
「運命……そう、運命を操る能力。そうでしたよね?」
《正解》
―――運命を操る程度の能力―――
それが、幻想郷のパワーバランスの一角を担う紅魔館、その主人であるレミリアの能力である。
咲夜の能力のように戦闘に使われることこそないが、側にいるだけで数奇な運命を辿るようになったり、
場合によっては声をかけられただけで生活が一変するとも言われる強力な能力である。
眼に見える効果が無い為詳細は不明であるが、その中の1つに『他者の運命を観測する』というものがある。
これもまたレミリアにしか分からない為詳細は不明だが、
どうやらルイズの運命が非常に面白い、という事だった。
《余り伝えすぎても面白くないから掻い摘むけど、貴方はとても面白い運命を歩む事になっているわ。
だから咲夜、少なくとも帰還の準備が整うまではその子の側にいなさい。
そして見届けなさい、その子が歩む運命を。土産話を期待しているわ》
「畏まりました、お嬢様」
本来の主の言葉に立ち上がり、恭しく一礼する咲夜。
レミリアはそれを見て満足げに笑い、立ち上がって背を向ける。
《ルイズ、とりあえず咲夜は暫く貸してあげるわ。使っても良いけど壊さないでね?
あと返す時は洗って返しなさい。パチェ、私は散歩行って来るから後お願いね》
《はいはい》
映像の映っている範囲からレミリアが消え、少ししてドアが閉まる音がする。部屋を出たのだろう。
それを確認してから、パチュリーは改めて一同に向き直る。
《まあ、レミィのお墨付きも貰ったようだし、何とか首の皮が繋がったわね》
「生きた心地がしなかったわ……大体あれ、最初からどうこうする気がないなら、
なんで私散々脅されたのかしら?」
《自分のお気に入りを掻っ攫われて腹は立ってたのかもね。
実際、咲夜が消えて一週間くらいは本当に殺す気だったようだし。
あの程度で済んでよかったじゃない》
ほんと始祖ブリミル有難う。これはもうロマリアへ巡礼に行かねばならないんではなかろうか。
紙一重で掴み取った幸運を噛み締めつつ始祖への惜しみない感謝を捧げていたルイズであったが、
ふと咲夜に肩を叩かれて我に返る。なにやらパチュリーが呼んでいるらしい。
「ええと、何かしら?」
《そういえば、貴方が浸っている間に咲夜に聞いたのだけど。
貴方はなにやら面白い魔法を使うそうね? なんでも、通常の魔法が使えない代わり、
強力な魔法による防護処理も粉砕するほどの爆発を起こせるのだとか》
「あ、ええ。私はどんな魔法でもそういう爆発しか起こせないの。
だから魔法成功率ゼロの『ゼロ』なんて二つ名までつくし」
《それは攻撃に使う魔法でも、そうではない魔法でも?》
「例外なくよ。知る限り全ての呪文を試したんだから間違いないわ」
ヤケクソ気味にいうルイズを見ながら、パチュリーは考え込む。
咲夜も言っていたが、このルイズという少女は異質だ。
ハルケギニアのメイジについてはまだ情報が少ないが、ここに来るまでに断片的に得た情報や、
今咲夜から聞いた話だけで見ても、『異質なメイジ』と判断せざるを得ない。
パチュリーは自分の中の何かが、むくりと鎌首をもたげる感覚を覚えた。
元来、幻想郷の魔法使いとは魔法の研究者でもある。
文字通り生まれながらの『魔法使い』であるパチュリーは、生まれながらの魔法の研究者とも言える。
だからこそ気になった。このハルケギニアは幻想郷とは全く違う魔法大系が存在する。
それだけでも興味をそそられるというのに、その中でも異質と思える存在がいる。
ルイズと言う1人のメイジは、パチュリーの知的好奇心を非常に刺激する存在であったのだ。
《興味深いわね……四大になぞらえた属性魔法、そして貴方のその失敗魔法。
一人の魔法使いとして、是非とも研究してみたいわ。今度検証させてくれる?
勿論対価は払うわ。例えば、幻想郷の魔法を教える、とかね》
「え!?」
《実際に確認したわけでもないから詳しく調査してみないと分からないけど、
貴方の爆発は『失敗』というよりは『暴走』に近いのではないかと思うのよ。
例えば魔力を注ぎすぎているとか、そもそもそちらの『系統魔法』が貴方の体質に合わないか、とか。
少なくとも魔力が全く無いから魔法そのものが発動しない、というわけではないようだもの。
それに、全ての魔法が同じ効果と言うことは、それがあなた固有の能力と言うことも考えられるわ》
「え? え?」
完全に研究者としての側面を露にしたパチュリーに、ルイズはあたふたと慌てる他ない。
その後暫く専門的過ぎて理解不能なパチュリーの持論展開に晒されたルイズであったが、
持ち前の頭脳でなんとか『異世界のメイジに興味を抱かれている』と言うことは理解した。
よく考えてみればルイズにとっても渡りに船である。
自分の魔法はどうやら通常の系統魔法とは全く違うものであり、
もし性質が幻想郷のソレに近いのであれば、幻想郷の魔法を学ぶことによって払拭出来るかもしれないのだ。
あの忌々しい、『ゼロ』の二つ名を。
そこに思い至った後は早かった、あれよあれよと言う間に話は進み、
ルイズは己の失敗魔法や、魔法に関しての知識を提供する。
パチュリーは定時連絡の際ルイズに幻想郷の魔法を教え、
それ以外のときは己の使い魔である小悪魔を家庭教師としてつけることで双方は合意に至った。
なお、このやり取りの間中小悪魔は気絶していた為本人の意図しない所で事態は進んでいたが、
後に主人に抗議した際『うるさい黙れ』の一言であしらわれた事を付け加えておく。
《さて、こんなところかしらね。余り長く繋いでいても疲れるし、何か最後に質問はある?》
周囲を見回しながら言うパチュリー。一同は顔を見合わせて少し考えるが、
まず咲夜から手が上がる。
「あ、それでは私から。この人形ですが、確か魔理沙が地底に行った時に使ったものですよね?
次元を超えて通信できるほどのものだったとは思いませんでしたが……」
《ああ、そういうことね。モノ自体はあの時の物よ。ただし若干の仕様変更を加えてはいるけど。
主に通信面を強化しているわ。命蓮寺と聖輦船を中継基地にして長距離の通話を可能にしてみたの。
理論上は地底最深部―月の都間の通話すら可能と自負しているわ。
まあ、次元間の会話を可能にする辺りだけは紫の手を借りたけどね。
レミィ秘蔵のワインを1本持ってかれてしまったわ、私も狙っていたのに》
ほんとあの妖怪に借りは作りたくないわね、と溜息を吐くパチュリー。
他にない?と声をかけた所、マチルダが手を上げる。
「あー、ちょっといいかい? 今日サクヤには話したんだけどさ、
あんたらが帰るとき、あたしらも一緒にゲンソウキョウに行っても良いかい?
アタシには妹分がいるんだけどちょっと訳ありでさ、別のところに引っ越したいところだったんだ。
あたしらのことを誰も知らないくらい遠くまでね」
《移住希望、ってことかしらね。良いんじゃない? 紅魔館に住むならレミィの許可が要るけど、
人里に住むんなら問題は無いだろうし。命蓮寺の連中も喜んで協力してくれるはずよ。
あの人たちそう言うの好きだしね》
「そうかい。じゃ、そのメイレンジの連中にあったときに改めて頼んでみるさ」
嬉しそうに言うマチルダ。オスマンは『え!?』という顔で彼女を見ていたが、
直後わき腹にマチルダの肘を食らって崩れ落ちる。自分がサボれなくなるのが見え見えだからだ。
《さて、それじゃあそろそろ切るわね。あ、そうそう。咲夜に言っておく事があるんだったわ》
「私にですか?」
《正確には私ではなくあの閻魔様の言葉なのだけどね。
貴方に会うことがあれば伝えておくようにと宴会のときに言われたのよ。
『私の言葉を思い出しなさい。それを成すかどうかは貴方の自由ですが』だそうだけど》
「……分かりました。一応覚えておく、とお伝え下さい」
《会ったら伝えておくわ。それと、今回の件、霊夢は動かないわよ。動けないと言った方が正しいけれど。
いつ戻れるか分からないような所に大事な博麗の巫女を放り出せない、って紫がね》
なるほど、と咲夜は心の中で納得する。博麗の巫女は『幻想郷』というシステムを維持する上で、
最も重要な外界と幻想郷を隔てる『博麗大結界』の管理者である。
博麗の巫女が幻想郷から居なくなるということは幻想郷の壊滅を意味する。
妖怪の賢者とも目される紫の事だから、なんとなればその辺りは何とかしてしまうのだろう。
が、普段は自分の式神(使い魔)に任せて寝こけているような妖怪の事だ。
大方そうするのも面倒だ、それに巫女さえ居れば幻想郷を維持することは出来る、
だから放って置いても問題は無い、とでも考えているのだろう。
「なるほど。了解しました。」
《さてルイズ、定時報告は大体週1の昼だから覚えておきなさい。
予習復習も忘れない事。小悪魔が無茶振りしてきたら黙らせて良いわ》
「分かりました、先生!」
この短時間ですっかりルイズはパチュリーを師と仰ぐようになった。
実際に魔法を使っている所こそ見せていないが高度なマジックアイテムを作れるメイジだ、
ルイズからすればその教えを請えると言うだけで有難い事だろう。
何より、大嫌いな忌々しい二つ名である『ゼロ』を払拭できる可能性があるのだ、
これはルイズならずともはりきるだろう。
《よろしい。それじゃ、また来週ね》
パチュリーがそう言って人形に手を伸ばすと、人形の目から放たれる光が途絶え、映像が消える。
少し前に復活していた小悪魔はその人形の背に手を伸ばしてとんともう一度叩く。
すると、人形はふわりと浮かんで小悪魔の横に浮かんだ。それを、見マチルダがひゅう、と口笛を吹く。
「遠くと会話できる上に勝手に動いて持ち運ぶ必要の無いマジックアイテムかい。便利だねぇ」
「素体はアリスさんっていう別の魔法使いが作ったんですけどね、この上海人形。
……所で、ここってお風呂あります? 実はここ一週間くらい水浴びだけでして……
聖輦船でもお風呂はありましたが水や燃料を浪費できませんから、早々沸かせませんでしたし」
「ならば入るといい。そのくらいならば準備させよう。
まだ舞踏会もおわっとらんじゃろうし、今なら貸切じゃぞ?」
今ここに居るオスマン以外の人間は、例外も居るが基本的に年若い少女や女性である。
そんな彼女達にとって、貸切でお風呂と言う言葉はあまりにも魅力的であった。
会議室から出てタオルなどを取ろうと部屋に戻ると、
廊下で待ち構えていたであろうキュルケとタバサが出迎える。
「お疲れ様サクヤ。故郷に帰れる算段はついたの?」
「まあなんとか、といったところかしらね。もっとも、もう暫くはこっちに居る事になりそうよ。
そういえば、今からみんなでお風呂行くんだけど貴方達もどう?
差し障りの無い範囲でならいくらか話してあげるわ」
好奇心の強いタイプであるキュルケがその言葉を聴いて否と言うはずもなく、
キュルケもまたタバサを巻き込んで風呂へと行く事となった。
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#navi(瀟洒な使い魔)
#navi(瀟洒な使い魔)
フリッグの舞踏会が行われている頃、トリステイン魔法学院本塔、会議室。
そこには学院長であるオールド・オスマンをはじめとして、数名の人間が円卓の席についていた。
オールド・オスマンの秘書にして大泥棒、ミス・ロングビルことマチルダ・オブ・サウスゴータ。
学院の有るこのトリステインの王家、その傍流に当たる公爵家の令嬢、『ゼロ』のルイズ。
そして、その使い魔、『ガンダールヴ』こと十六夜咲夜。
それらの人物の視線を一点に集めるのは、円卓の上座に座る2人の女性。
1人は緑を基調とした見慣れない衣服に『龍』という字の刻まれた飾りがついた同色の帽子を被った赤髪の女性。
少し前、空から落ちてきて咲夜に激突した女性である。
もう1人は、黒を基調とした衣服に赤い髪、そして耳に当たる部分と腰の辺りから羽を生やした亜人の女性だった。
「……で、なんで貴方達がここにいるのか聞いても良いかしら? 美鈴。
しかもよりによって私の上に落ちてくるのかもね」
「ええとですね」
額をさすりながら、美鈴と呼ばれた帽子の女性を睨む咲夜。
ルイズをも恐怖させた咲夜のガン飛ばしに思わず目をそらす女性。
そんな2人をスルーしつつ、亜人の女性が立ち上がった。
「さて、それでは咲夜さんも不思議そうにしてますし、説明会を始めましょうか。
私は小悪魔、名前はありません。種族は見ての通りの悪魔です。
パチュリー・ノーレッジという魔法使いの使い魔をやっております。
こちらの方は紅美鈴(ホン・メイリン)さん、妖怪です。
私達は幻想郷と言う所の紅魔館から来ました。どういう所かは咲夜さんから聞いていると思うので割愛しますね?」
「ほう。ミス・イザヨイにもようやく迎えが来たか。いや、もう、というべきかの?」
オスマンがそういうと、小悪魔は眉根を寄せて「うーん」と唸り、少しして円卓の上に人形を置いた。
金髪に赤いリボンをつけた、可愛らしい女の子の形をした人形だ。
咲夜はその人形に見覚えがあった。幻想郷に住む魔法使いで人形の製作や操作を得意とする、
アリス・マーガトロイドの持つ人形だ。
「まあ詳しい事情は我が主より。それでは……」
小悪魔は人形に手を触れると、その背を軽くトンと叩く。
するとその目から光が放たれ、その光は丁度円卓の中央に像を結ぶ。
「映像を投影するマジックアイテム? 遠見の鏡のようなもんかい?」
マチルダが呟いている内に、白と黒の波がうねる像が変化し、風景を映し出す。
まず目に付いたのは巨大な本棚、学院にあるようなものだが、
その背表紙に書かれた文字はハルケギニアの公用語であるガリア語でもそのほかの言語でもなく、
オールド・オスマンですら知らない全く未知の言語だった。
「そのようなものですね。これは対となる人形が見た映像を宙に投影し、
また対となる人形に目の前の風景を投影させる能力を持ったマジックアイテムです」
小悪魔が解説をしている間に、さらに風景に変化があった。
横合いから少女が歩いてくる。ナイトキャップのような帽子を被り、
ゆったりとした白と紫の縦縞模様の衣服。そのうえからガウンを羽織った紫の髪の少女。
突然の登場にルイズたちがどよめく中、少女は悠然と椅子に座ると正面、
おそらくは今ここにある人形の片割れのある方向を見つめ、口を開いた。
《小悪魔、聞こえているかしら? 定時報告時間外にこれを起動したということは、
咲夜が見つかったということかしら》
「はい、パチュリー様。命蓮寺の方々の協力もありましたし、比較的早く合流できました。
接触の際少々事故は起こりましたが……ええ、少々です。少々ですとも。
起こしたのは私ではありませんし」
「あ、小悪魔酷い! 落下軌道の調整したの小悪魔じゃない!」
「さて何のことやら」
猛然と小悪魔に食って掛かる美鈴をとりあえずスルーし、
咲夜は目の前に投影されているパチュリーと呼ばれた少女に視線を向ける。
パチュリーは一つ頷くと、小悪魔と美鈴に黙るように伝えて改めて口を開く。
《あら、本当みたいね。咲夜、元気だった? 突然異界へのゲートが開いて貴方を攫っていったから、
それなりに心配はしていたのよ。貴方のお茶が飲めなくなるのは色々と残念だし》
「それなりに、ですか、パチュリー様」
《ええ、それなりに、よ。貴方は私のではなく、レミィの従者なのだから》
「成程。と、失礼しました、お話をどうぞ」
苦笑しながら言う咲夜にパチュリーは首肯すると、簡単に状況を解説する。
咲夜が謎のゲートらしきものによって連れ去られてより、パチュリーは小悪魔や美鈴を介して調査を行った。
そこで、咲夜を連れ去った『謎のゲート』による誘拐事件の被害者は咲夜だけではない事を知る。
他の地域でも、同様の現象による失踪事件が発生していたのだ。
被害者は誰もが幻想郷でも有数の実力者ばかり。ただの妖怪にそんな事が出来るはずもなく、
それほどの力のある妖怪も多くはなく、犯人は未だ不明。その時だった。
気晴らしにと参加した宴会の席で、参加者の1人が同じ現象で連れ去られたのだ。
その場面は多くのものが見た。そして場に居合わせた多数の魔法使いや知識人らにより、
それが幻想郷でも外の世界でもない、全く未知の異界へ接触したものを引きずり込む、
トラップのような性質を持った空間転移ゲートを生み出す魔法であることが判明した。
魔法であるならば、自分にどうにかできるかもしれない。
咲夜の主人であり、自分の友人でもあるレミリアの要請もあり、パチュリーはそれを研究し始めた。
僥倖であったのは被害者の1人の家族達が次元を超えることのできる船を所有していたこと。
さらにそこのメンバーの1人が非常に高い探知能力を持っていたこともあり、
転送先も比較的容易に突き止めることが出来た。
《まあそんな訳で、紅魔館からは小悪魔と美鈴、他の所から数名のメンバー選出して派遣したのよ。
ただ、だからといってすぐに連れ帰る事も難しいの。問題がいくつかあってね》
「問題、といいますと?」
《単純に言えば帰還手段の問題ね。被害者の一人、聖白蓮率いる命蓮寺所有の船『聖輦船』では、
片道の次元移動しかできない。戻る為には聖白蓮自身の力を持って船に力を充填する必要があるわ》
映像の中のパチュリーはそういって溜息をつくが、ソレを聞いてオスマンが首をかしげた。
「ふむ、ちょっと良いかの、ミス・パチュリー」
《パチュリー・ノーレッジ。魔法使いよ。あなたは?》
「おっと、これは失礼した。ミス・ノーレッジ。わしはオスマン。
この世界、ハルケギニアの1国トリステイン王国の魔法学院、
ようするに魔法を教える学校の学院長をしておる。先程すぐには帰還できぬと言ったが、
実はな、30年ほど前にもそちらの『ゲンソウキョウ』より来訪し、帰還していった例があるのじゃ」
そう言って、オスマンは咲夜にも話した霖之助の話をする。
彼を迎えに来た女性の力を借りれば帰還できるのではないか? とも。
だが、それを聞いたパチュリーの顔は心底嫌そうな顔であった。
《貴方の言うその女性とは恐らく八雲紫のことね。幻想郷全体で見ても5指に入る実力者で、
厳密には違うのだけど、空間を渡る能力を持っているわ。
確かに彼女に頼めば簡単に咲夜は帰還できるでしょうね》
「なるほど、そんな力を持った人物であったのか……
ならばそうした方が、とは思うのじゃが、どうもそれはしたくないといった感じじゃのう」
《大当たりよオスマン氏。アレは凄まじい力を持った妖怪……そちらの世界で言うなら亜人や妖魔といった存在よ。
つまり『人間』ではない。故にその常識や倫理観もまた常人とは一線を画しているわ。
性格もどうにもとらえどころが無くて胡散臭くて、苦手なのよね。
それに、そういった相手に余り借りを作るのは得策ではないのよ。対価に何を要求されるか分かったものじゃない。
八雲紫相手に借りを作るなんてぞっとするわね。少なくとも私は嫌よ》
パチュリーはそう言ってオスマンとの会話を打ち切り、説明を続ける。
《現状では聖白蓮が見つからないと聖輦船へのエネルギーの充填は不可能なのよ。
一応こちらでも召喚ゲートの研究は続けているから、
そちらが完成して双方向に行き来可能なものを作ることが出来ればあるいは咲夜だけは帰還可能だわ。
一応、聖輦船は聖白蓮だけではなく他の面々の救出も目的にしているし、
研究の方も捗っている訳でもないからもう暫くは我慢して頂戴》
「もう暫く、といいますと?」
《もう暫くはもう暫くね。一応ゲートの理論は概ね掴んではいるのだけど、
実行に移すのはまだまだ先になりそうよ。何せ狙った位置にゲートを開く事が出来ない上に、
私とそちらの世界では魔法の系統そのものが根っこから違うから消耗も激しいのよ。
今のままではそっちにゲートを開く事は不可能ね。幸いそちらの世界にも魔法使いはいるようだし、
協力してもらえれば研究もはかどりそうだけど》
パチュリーの視線を受けて、オスマンは厳かに頷く。
ルイズと咲夜の契約をする時、帰還手段の捜索や、それを止めないという条件で契約を行った。
そして今咲夜の故郷からの迎えが来ており、未だ未完成ではあるもののその方法も確立されつつある。
ならばそれに対しての協力は惜しんではいけない。オスマンはそう理解した。
「了解した。ただ、そちらの魔法についてもいくつか教えてもらえるかの?
我が国の研究機関では下らんことしか研究しとらんでな。ありていに言って参考にはならん。
それに、系統魔法以外の魔法を使う相手とこうして会話できるというのはまたとない機会じゃてのう」
《構わないわよ。私もそちらの魔法には興味があるしね。さて、それじゃあ咲夜、
今度は貴方の事情を聞きましょうか。出来る限り詳細にお願いね》
咲夜は席を立ち上がり、ハルケギニアに来てからのことを話し始めた。
召喚された日のこと、条件付で契約に応じた時の事、
ギーシュと決闘し圧勝した事、デルルリンガーと出会った事、自分が伝説の使い魔になってしまったこと。
そしてフーケとの戦いと勝利、フリッグの舞踏会で美鈴が落ちてきたところまで話し、席に着く。
《なるほどね、大体分かったわ。それにしても美鈴……》
「は、はい、なんでしょうかっ!」
咎めるような口調に、美鈴が背筋を正して立ち上がる。
《あなた、飛べるんだから飛びなさいよ》
「…………あ」
いつかの咲夜のように硬直する美鈴。
幻想郷にいるある程度力の強いものは、方法は様々だがほぼ例外なく空を飛べる。美鈴もその1人である。
そういえばそうだった、と思い至り、咲夜の美鈴を見る視線に僅かに殺気が篭る。
やべえこのままじゃナイフが飛んでくる、そう思った美鈴は必死に弁解を開始する。
「い、いえこれはですね、ここの真上までは聖輦船に乗ってたんですよ。
で、無用の混乱を起こさないように私らだけ降りようと思ったわけですが……
ええ、私は普通に飛んで下りようと思ったんですよ!? でも小悪魔がいきなり蹴落としたんですよ!
酷いと思いません? 酷いと思いますよね? ていうか酷いです!
おかげでパニクって飛ぶの忘れるし、咲夜さんにぶつかるし! まだおでこ痛いんですよ!」
熱弁を振るう美鈴であったが、周囲の反応は冷ややかだった。主に咲夜からの視線が冷たさを増している。
パチュリーは溜息を一つつくと、美鈴の傍らの使い魔に呆れた声で言う。
《小悪魔、何か弁明は?》
「私は悪魔としての本能に従い状況がより面白くなるようにあれこれやったまでですよ」
悪びれもせずに言う小悪魔。しかしその瞬間、その額にすこんとナイフが突き立った。咲夜によるものである。
小悪魔はそのままばたりと椅子ごと後ろに倒れ、びくびくと痙攣しだす。
その様子を見て、その場の全員は顔を青くしながら、全く同じことを考えたという。
このメイドを怒らせるのは本当にやめておこう、と。
《……さて。相互の情報交換を終えたところでメインイベントに入りましょうか、
ハルケギニアのメイジさん達。主にそこの……ルイズとか言ったかしら?》
「な、何よ……」
パチュリーの浮かべた意地の悪い笑みに、ルイズはなんとも形状のしがたい怖気を感じた。
この感覚には何となく覚えがある。そうだ、何年も前に実家で花瓶を割って、
夕食の際吊るし上げを食らったときの居心地の悪さに似ている。
《あなたが咲夜を召喚して使い魔として契約したメイジでいいのよね?
いえ、大したことじゃないのよ。ただ運が良かったわね、と言いたかっただけ》
「どういう意味よ?」
《その通りの意味よ。そうね、たとえ話をしようかしら?
貴方が大事に可愛がっていた犬が、突然誰かに連れ去られた。
探して見つけ出してみれば、その犬は全く知らない赤の他人の家で飼われていた。
勿論、犯人はその赤の他人。貴方ならどうするかしら?》
ルイズはパチュリーがたとえ話をした意図を測りかねた。何で今そんな話を?
だが、とりあえずはまじめに考えてみることにする。
大事なペットを盗まれたら普通怒るだろう。それが、自分が可愛がっていたのならなおさらだ。
まずひっぱたいてやろうか。一発では許さない。何発もひっぱたいてやろう。
謝っても許してやらない。沢山ひっぱたいてやる。
そう告げると、パチュリーは意地の悪い笑みをさらに深くした。
《そう、沢山ひっぱたくのね。ところで、さっきも言ったけど私は咲夜の主人ではないわ。
でも、私の友人であるレミィ、レミリア・スカーレットは咲夜の主人にして、
この場、紅魔館の主なのよ。さて、本当そっちに行ったのが美鈴と小悪魔でよかったわね?》
そこでルイズはふと気付く。このパチュリーと言う少女は自分を皮肉っているのだ、と。
『可愛がっている犬』は咲夜、『連れ去った赤の他人』とはすなわち自分。
そういえば咲夜に聞いたことがある。自分は紅魔館唯一の人間なのだと。
つまり、咲夜の主人とは亜人。しかも、正面からぶつかれば咲夜よりも強いらしい。
ルイズの顔から血の気が引く。自分はそんな相手の『お気に入り』を、
故意にではないとはいえ自分の従僕にするという理由で横から掻っ攫ってしまったのだ。
確かに自分は運が良いのだろう。咲夜の主人がこちらに来ていたら、何をされても文句は言えない。
問答無用で殺されているかもしれなかったのだ。有難う始祖ブリミル。そう心の中で祈る。
《まあ軽いジョークはさておいて、本番行きましょうか。
レミィ、良いわよ、今人形そっち向けるわね》
そう言ってパチュリーは手をこちらに(正確には人形に)向け、顔の向きを変える。
映像の中ではぐるりと視点が回り、パチュリーより少し離れた場所にいた少女を映し出す。
それは、パチュリーのものに少し似たデザインの桃色の帽子を被り、
同色のドレスを纏った、青みがかった銀髪の少女。その真紅の瞳を見たとき、
ルイズは何故か物凄く嫌な予感がした。
その予感を裏付けるかのように少女は笑うと、口を開く。
《始めまして、ハルケギニアの魔法使い達。私はレミリア・スカーレット。
パチュリー・ノーレッジの友人にしてこの紅魔館の主。そして……
そこのメイド、十六夜咲夜の名付け親にして、主人にして、所有者よ》
瀟洒な使い魔 第7話『レミリアお嬢様に叱られるから』
ルイズは思考が停止していた。今目の前に一番会いたくなかった人物が目の前にいる。
外見はルイズより幼い少女だ。だが、その背からはコウモリの物によく似た1対の羽が生え、
笑む口元には牙がのぞく。そういえば亜人だとは聞いたが種族を聞いていない。
《この翼と牙が気になるかしら? そちらの世界には吸血鬼と言う存在はいないの?》
「「「えええええぇぇぇぇぇぇ!?」」」
メイジたちから驚きの声が上がる。それもそのはず、
ハルケギニアにおいて吸血鬼とは人の住む場所に潜り込み人知れず人の血を吸う、恐るべき妖魔だ。
だが先住魔法を使いこなすが羽は無い。翼を持つのが幻想郷の吸血鬼なのだろう。
《なんか凄い驚かれているようだけど。普通見て分からないかしら》
「こちらの世界の吸血鬼は外見的に人間と変わらないんじゃ、ミス・スカーレット。
牙もあるが隠しておける。加えて、貴方のことは『人間ではない』と言う程度しか聞いていないでの」
不満そうに眉根を寄せるレミリアに、オスマンが捕捉する。
《あらそう。ま、安心して良いわよ。手のかかる妹がいてね。私はそっちに行けないし、
そもそも無闇に人間を襲うのは私のプライドが許さないわ》
「え、あ、そうなの……」
ほっとしたように息を吐くルイズ。レミリアはそれを見逃さず、
先程のパチュリーのように非常に意地の悪い笑みを浮かべる。
《そういえばそこの桃髪の子、ルイズとかいったわね?
よくもまあやってくれたものね、私の咲夜を掻っ攫って下僕にしたなんて。
どうしてくれようかしら、八つ裂き? 晒し首? それとも、私の晩御飯になってみる?》
にこにこと愛らしい笑みを浮かべながらつらつらとルイズの処刑法を並べ立てるレミリア。
どれも嫌だ。というかそもそも死にたくない。隣にいる咲夜を見るが苦笑を浮かべて首を横に振る。
あのメイドにも勝てないものがあるのか、と妙に納得するも状況は解決せず。
マチルダは因果応報とでも言うように肩を竦め、
美鈴とかいう女性の方を見れば腕で大きくバッテンを作って『無理!』とジェスチャーで示している。
小悪魔という亜人はいまだ痙攣している。どうやら同性からの支援は受けられないようだ。
こうなればオスマンに頼る他ない。彼の方を見れば、うむと深く頷いて立ち上がる。
「お話の途中失礼しますぞ、ミス・スカーレット。
先程の話を聞いておられたかと思いますがのう、ミス・イザヨイが召喚されたのはいわば事故じゃ。
そもそも使い魔を召喚する為の呪文は、このハルケギニアの生物を召喚するものでしてな、
ミス・イザヨイ、そして恐らくはゲンソウキョウのほかの方々のような、
ハルケギニアの外の世界の生物、それも人間を召喚するようには出来ておらんのじゃ。
勿論調査は行っておるが、そもそもこの世界では『外の世界』と言う概念そのものが無い。
弁明にもならんかと思うが、けして意図的に攫っているわけではない事だけは了解してくれませんかの」
《そちらの召喚魔法は対象を特定できるものではないのかしら?》
「左様。自分と相性の良い、もしくは性質の似た生物を召喚するのが、『サモン・サーヴァント』でしてな。
召喚される対象は全く特定できませんのじゃ。わしの使い魔は鼠じゃし、
蛇嫌いのメイジが蛇を使い魔に召喚したという事例も在るくらいでしての。
ある程度の方向性は定まっているのは分かっているが、何が召喚されるかまでは全くじゃ。
貴族共も『使えるからいいや』『それは始祖への冒涜だ』とろくすっぽ研究もしておらんし」
《そっちのメイジってバカなのかしら》
「否定は出来んのう」
呆れたように言う2人。レミリアは溜息を一つ吐くと、改めてルイズのほうを見る。
《まあ、散々脅しておいてから言うのも何だけど、ルイズ。
私個人としては貴方をどうこうする気は最初から無いのよ》
「え!? ええと、み、ミス、ススス、スカーレット。それはどういうことでしょうか?」
レミリアのその言葉に、先程までの恐怖とは別の意味で硬直するルイズ。
その頭にはクエスチョンマークが大量に浮かび、顔色は蒼くなったり赤くなったりと大変な事になっている。
《まあ、単純に言えば、貴方に興味が沸いた、と言うことね。咲夜、私の能力は何だったかしら?》
「よろしいのですか?」
《ええ、構わないわ》
「運命……そう、運命を操る能力。そうでしたよね?」
《正解》
―――運命を操る程度の能力―――
それが、幻想郷のパワーバランスの一角を担う紅魔館、その主人であるレミリアの能力である。
咲夜の能力のように戦闘に使われることこそないが、側にいるだけで数奇な運命を辿るようになったり、
場合によっては声をかけられただけで生活が一変するとも言われる強力な能力である。
眼に見える効果が無い為詳細は不明であるが、その中の1つに『他者の運命を観測する』というものがある。
これもまたレミリアにしか分からない為詳細は不明だが、
どうやらルイズの運命が非常に面白い、という事だった。
《余り伝えすぎても面白くないから掻い摘むけど、貴方はとても面白い運命を歩む事になっているわ。
だから咲夜、少なくとも帰還の準備が整うまではその子の側にいなさい。
そして見届けなさい、その子が歩む運命を。土産話を期待しているわ》
「畏まりました、お嬢様」
本来の主の言葉に立ち上がり、恭しく一礼する咲夜。
レミリアはそれを見て満足げに笑い、立ち上がって背を向ける。
《ルイズ、とりあえず咲夜は暫く貸してあげるわ。使っても良いけど壊さないでね?
あと返す時は洗って返しなさい。パチェ、私は散歩行って来るから後お願いね》
《はいはい》
映像の映っている範囲からレミリアが消え、少ししてドアが閉まる音がする。部屋を出たのだろう。
それを確認してから、パチュリーは改めて一同に向き直る。
《まあ、レミィのお墨付きも貰ったようだし、何とか首の皮が繋がったわね》
「生きた心地がしなかったわ……大体あれ、最初からどうこうする気がないなら、
なんで私散々脅されたのかしら?」
《自分のお気に入りを掻っ攫われて腹は立ってたのかもね。
実際、咲夜が消えて一週間くらいは本当に殺す気だったようだし。
あの程度で済んでよかったじゃない》
ほんと始祖ブリミル有難う。これはもうロマリアへ巡礼に行かねばならないんではなかろうか。
紙一重で掴み取った幸運を噛み締めつつ始祖への惜しみない感謝を捧げていたルイズであったが、
ふと咲夜に肩を叩かれて我に返る。なにやらパチュリーが呼んでいるらしい。
「ええと、何かしら?」
《そういえば、貴方が浸っている間に咲夜に聞いたのだけど。
貴方はなにやら面白い魔法を使うそうね? なんでも、通常の魔法が使えない代わり、
強力な魔法による防護処理も粉砕するほどの爆発を起こせるのだとか》
「あ、ええ。私はどんな魔法でもそういう爆発しか起こせないの。
だから魔法成功率ゼロの『ゼロ』なんて二つ名までつくし」
《それは攻撃に使う魔法でも、そうではない魔法でも?》
「例外なくよ。知る限り全ての呪文を試したんだから間違いないわ」
ヤケクソ気味にいうルイズを見ながら、パチュリーは考え込む。
咲夜も言っていたが、このルイズという少女は異質だ。
ハルケギニアのメイジについてはまだ情報が少ないが、ここに来るまでに断片的に得た情報や、
今咲夜から聞いた話だけで見ても、『異質なメイジ』と判断せざるを得ない。
パチュリーは自分の中の何かが、むくりと鎌首をもたげる感覚を覚えた。
元来、幻想郷の魔法使いとは魔法の研究者でもある。
文字通り生まれながらの『魔法使い』であるパチュリーは、生まれながらの魔法の研究者とも言える。
だからこそ気になった。このハルケギニアは幻想郷とは全く違う魔法大系が存在する。
それだけでも興味をそそられるというのに、その中でも異質と思える存在がいる。
ルイズと言う1人のメイジは、パチュリーの知的好奇心を非常に刺激する存在であったのだ。
《興味深いわね……四大になぞらえた属性魔法、そして貴方のその失敗魔法。
一人の魔法使いとして、是非とも研究してみたいわ。今度検証させてくれる?
勿論対価は払うわ。例えば、幻想郷の魔法を教える、とかね》
「え!?」
《実際に確認したわけでもないから詳しく調査してみないと分からないけど、
貴方の爆発は『失敗』というよりは『暴走』に近いのではないかと思うのよ。
例えば魔力を注ぎすぎているとか、そもそもそちらの『系統魔法』が貴方の体質に合わないか、とか。
少なくとも魔力が全く無いから魔法そのものが発動しない、というわけではないようだもの。
それに、全ての魔法が同じ効果と言うことは、それがあなた固有の能力と言うことも考えられるわ》
「え? え?」
完全に研究者としての側面を露にしたパチュリーに、ルイズはあたふたと慌てる他ない。
その後暫く専門的過ぎて理解不能なパチュリーの持論展開に晒されたルイズであったが、
持ち前の頭脳でなんとか『異世界のメイジに興味を抱かれている』と言うことは理解した。
よく考えてみればルイズにとっても渡りに船である。
自分の魔法はどうやら通常の系統魔法とは全く違うものであり、
もし性質が幻想郷のソレに近いのであれば、幻想郷の魔法を学ぶことによって払拭出来るかもしれないのだ。
あの忌々しい、『ゼロ』の二つ名を。
そこに思い至った後は早かった、あれよあれよと言う間に話は進み、
ルイズは己の失敗魔法や、魔法に関しての知識を提供する。
パチュリーは定時連絡の際ルイズに幻想郷の魔法を教え、
それ以外のときは己の使い魔である小悪魔を家庭教師としてつけることで双方は合意に至った。
なお、このやり取りの間中小悪魔は気絶していた為本人の意図しない所で事態は進んでいたが、
後に主人に抗議した際『うるさい黙れ』の一言であしらわれた事を付け加えておく。
《さて、こんなところかしらね。余り長く繋いでいても疲れるし、何か最後に質問はある?》
周囲を見回しながら言うパチュリー。一同は顔を見合わせて少し考えるが、
まず咲夜から手が上がる。
「あ、それでは私から。この人形ですが、確か魔理沙が地底に行った時に使ったものですよね?
次元を超えて通信できるほどのものだったとは思いませんでしたが……」
《ああ、そういうことね。モノ自体はあの時の物よ。ただし若干の仕様変更を加えてはいるけど。
主に通信面を強化しているわ。命蓮寺と聖輦船を中継基地にして長距離の通話を可能にしてみたの。
理論上は地底最深部―月の都間の通話すら可能と自負しているわ。
まあ、次元間の会話を可能にする辺りだけは紫の手を借りたけどね。
レミィ秘蔵のワインを1本持ってかれてしまったわ、私も狙っていたのに》
ほんとあの妖怪に借りは作りたくないわね、と溜息を吐くパチュリー。
他にない?と声をかけた所、マチルダが手を上げる。
「あー、ちょっといいかい? 今日サクヤには話したんだけどさ、
あんたらが帰るとき、あたしらも一緒にゲンソウキョウに行っても良いかい?
アタシには妹分がいるんだけどちょっと訳ありでさ、別のところに引っ越したいところだったんだ。
あたしらのことを誰も知らないくらい遠くまでね」
《移住希望、ってことかしらね。良いんじゃない? 紅魔館に住むならレミィの許可が要るけど、
人里に住むんなら問題は無いだろうし。命蓮寺の連中も喜んで協力してくれるはずよ。
あの人たちそう言うの好きだしね》
「そうかい。じゃ、そのミョウレンジの連中にあったときに改めて頼んでみるさ」
嬉しそうに言うマチルダ。オスマンは『え!?』という顔で彼女を見ていたが、
直後わき腹にマチルダの肘を食らって崩れ落ちる。自分がサボれなくなるのが見え見えだからだ。
《さて、それじゃあそろそろ切るわね。あ、そうそう。咲夜に言っておく事があるんだったわ》
「私にですか?」
《正確には私ではなくあの閻魔様の言葉なのだけどね。
貴方に会うことがあれば伝えておくようにと宴会のときに言われたのよ。
『私の言葉を思い出しなさい。それを成すかどうかは貴方の自由ですが』だそうだけど》
「……分かりました。一応覚えておく、とお伝え下さい」
《会ったら伝えておくわ。それと、今回の件、霊夢は動かないわよ。動けないと言った方が正しいけれど。
いつ戻れるか分からないような所に大事な博麗の巫女を放り出せない、って紫がね》
なるほど、と咲夜は心の中で納得する。博麗の巫女は『幻想郷』というシステムを維持する上で、
最も重要な外界と幻想郷を隔てる『博麗大結界』の管理者である。
博麗の巫女が幻想郷から居なくなるということは幻想郷の壊滅を意味する。
妖怪の賢者とも目される紫の事だから、なんとなればその辺りは何とかしてしまうのだろう。
が、普段は自分の式神(使い魔)に任せて寝こけているような妖怪の事だ。
大方そうするのも面倒だ、それに巫女さえ居れば幻想郷を維持することは出来る、
だから放って置いても問題は無い、とでも考えているのだろう。
「なるほど。了解しました。」
《さてルイズ、定時報告は大体週1の昼だから覚えておきなさい。
予習復習も忘れない事。小悪魔が無茶振りしてきたら黙らせて良いわ》
「分かりました、先生!」
この短時間ですっかりルイズはパチュリーを師と仰ぐようになった。
実際に魔法を使っている所こそ見せていないが高度なマジックアイテムを作れるメイジだ、
ルイズからすればその教えを請えると言うだけで有難い事だろう。
何より、大嫌いな忌々しい二つ名である『ゼロ』を払拭できる可能性があるのだ、
これはルイズならずともはりきるだろう。
《よろしい。それじゃ、また来週ね》
パチュリーがそう言って人形に手を伸ばすと、人形の目から放たれる光が途絶え、映像が消える。
少し前に復活していた小悪魔はその人形の背に手を伸ばしてとんともう一度叩く。
すると、人形はふわりと浮かんで小悪魔の横に浮かんだ。それを、見マチルダがひゅう、と口笛を吹く。
「遠くと会話できる上に勝手に動いて持ち運ぶ必要の無いマジックアイテムかい。便利だねぇ」
「素体はアリスさんっていう別の魔法使いが作ったんですけどね、この上海人形。
……所で、ここってお風呂あります? 実はここ一週間くらい水浴びだけでして……
聖輦船でもお風呂はありましたが水や燃料を浪費できませんから、早々沸かせませんでしたし」
「ならば入るといい。そのくらいならば準備させよう。
まだ舞踏会もおわっとらんじゃろうし、今なら貸切じゃぞ?」
今ここに居るオスマン以外の人間は、例外も居るが基本的に年若い少女や女性である。
そんな彼女達にとって、貸切でお風呂と言う言葉はあまりにも魅力的であった。
会議室から出てタオルなどを取ろうと部屋に戻ると、
廊下で待ち構えていたであろうキュルケとタバサが出迎える。
「お疲れ様サクヤ。故郷に帰れる算段はついたの?」
「まあなんとか、といったところかしらね。もっとも、もう暫くはこっちに居る事になりそうよ。
そういえば、今からみんなでお風呂行くんだけど貴方達もどう?
差し障りの無い範囲でならいくらか話してあげるわ」
好奇心の強いタイプであるキュルケがその言葉を聴いて否と言うはずもなく、
キュルケもまたタバサを巻き込んで風呂へと行く事となった。
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