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「瀟洒な使い魔‐05」(2009/11/26 (木) 00:35:36) の最新版変更点
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#navi(瀟洒な使い魔)
「――――――」
咲夜が目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋の天井だった。
身体を見れば各所に包帯が巻かれており、あの後誰かがここまで運び治療を施したのだろうと判断する。
身体を動かそうとすると各所がずきりと痛む。まだ完全に治りきってはいないようだ。
痛みはあるが、骨折は綺麗に治っているようだ。まだ無理に動かせるほどではないが。
首をめぐらせて横を見ると、黒髪のメイド……シエスタが濡れタオルを絞っていた。
自分はどれほど寝ていたのだろうか。状況を確認するため、とりあえず声をかけてみる事にする。
「シエスタ、ちょっと良いかしら?」
「あ、サクヤさん! 目が覚めたんですね!」
「ええ、今しがたね。この治療はあなたが?」
するとシエスタは首を横に振り、自分はただ身の回りのお世話をしていただけです、と言った。
あの後宝物庫からここに運ばれた咲夜は、教師による治癒魔法による治療を受けた後、今まで2日ほど眠っていたのだという。
「治癒魔法、ね。そういえば確かあの時、ルイズは気絶していたようだけど。
体のほうには大事無かったのかしら?」
「あ、はい。ミス・ヴァリエールにはお怪我はなかったんですけれど……」
シエスタはそこで言葉を濁すと、「お食事の用意をしてきますね」と言って部屋を退出。部屋には咲夜だけが残される。
ルイズが気絶していた理由。そしてシエスタが言葉を濁した理由。どちらも何となくは推測できる。
その事について思うところがないではないが、どうやらそれについて思いを馳せている場合ではないようだ。
どたどたという騒々しい足音の後に勢い良くドアが開けられ、赤い髪の少女が入ってきたからだ。
瀟洒な使い魔 第5話「少女ルイズ ~Mage Zero」
「サクヤ! 目が覚めたのね!」
「~~~~っ! ちょっとキュルケ、また折れるってあだだだだだっ!」
キュルケに抱きつかれ、咲夜とその病み上がりの体が悲鳴をあげる。
どうやらこの世界の治癒魔法も完全ではないらしく、骨折などの大きな怪我は治しきれていないようだ。
それはそれとして痛い。物凄く痛い。しかし今の咲夜にはキュルケを押しのけるほどの体力がなく、
遅れて入ってきたタバサによるツッコミでキュルケが我に返るまでベアハッグを受け続ける事となった。
「まあ、気がついたみたいで良かったわ。心配してたのよ?」
「心配していたなら病み上がりにベアハッグはやめてもらえないかしら。
折角くっついたのにまた折れるかと思ったわよ」
「あはは……」
ジト目で睨む咲夜とばつが悪そうに視線をそらすキュルケ。しばしその奇妙な睨み合いは続いたが、
咲夜の「まぁ良いわ、心配してくれたというのは嬉しいし」と言う言葉で打ち切られた。
「それはそれとして、キュルケ、あの後どうなったのか教えてくれる?」
「ええ。ゴーレムが崩れてからでいいかしら?」
キュルケの説明によれば、ゴーレムが崩壊されてからは大騒ぎだったらしい。
何せ襲ってきたのがあの『土くれ』であり、未遂で済んだとはいえ自慢の宝物庫に侵入されたからだ。
しかも当直であったシュヴルーズは当直をサボって自室で眠っており、タバサが戻るのが遅れたのもソレが原因なのだそうだ。
その事でシュヴルーズは責められはしたが、サボっていたのはシュヴルーズだけではなかったらしく、
結局はオスマンの鶴の一声で責任の所在はうやむやになったという。
なお、ルイズが破壊した壁に関しては『フーケが破壊した』と報告したらしく、
その辺りに関しては抜け目がないなぁ、と咲夜はキュルケの性格を再認識した。コレもお国柄と言うやつだろうか?
「……ちょっと待って、フーケはどうなったの? 確か私が吹き飛ばした後ゴーレムの残骸に埋もれてたはずなんだけど」
「フーケ? さぁ……あ、貴方の剣とミス・ロングビルなら埋まっていたみたいよ?
ただ生き埋めになってたりでまだ目を覚ましてないらしいけど……」
「ミス・ロングビルがフーケなのよ! 早く……痛っ」
思わず大声を出してしまい、治りきっていない肋骨がぎしりと痛む。
そうだ。ミス・ロングビルとは仮の名前。その正体は怪盗『土くれ』のフーケなのだ。
目を覚ませばすぐに逃げ出すに違いない。痛む身体に鞭をうち起き上がろうとするが、
それは新たに入ってきた来客によって制された。
「ミス・イザヨイ、病み上がりで無茶をするものではないぞ。安静にしていなさい」
新たな来客とは、魔法学院学院長、オールド・オスマンであった。予想外の来客にキュルケが思わず居住まいを正す。
タバサの方は特に気にしていない風であったが、何処となく緊張しているような雰囲気を感じた。
「ですが、オールド・オスマン。薄々分かっておられたでしょうが、ミス・ロングビルは……」
「あの状況じゃからな。分かっておるがまあ問題はない。
『フーケに人質に取られていた』ということにして、安静の為として眠りの香を炊いておる。
そうそう起きやせんから安心しなさい。ところで、ミス・イザヨイ。わしに聞きたいことがあるのではないか?」
そう言われて、咲夜は自分が気絶する前に使ったものを思い出す。
あれは本来幻想郷にいる人間の作ったものだ。めったなことでもない限りその外の世界に有るはずがないのだが……
「……そうですね。キュルケ、タバサ、部屋に戻っていて頂戴。
もうすぐシエスタも来ると思うけど、できれば部屋に入ってこないように伝えて」
何よそれ、と言おうとしたキュルケの襟首を杖に引っ掛け、タバサがキュルケと共に退出する。
それを確認すると、オスマンは『ロック』を扉にかけた後『サイレント』を廊下一帯にかけ、、
防音を施した密室を作り上げる。
「有難うございます、オールド・オスマン。私が気を失う前、持っていた物についてなのですが」
「うむ、『ハッケロ』の事じゃな。これの事じゃろ?」
そう言ってオスマンが取り出したのは、気絶する前、フーケを吹き飛ばす時に用いたアイテムだった。
八角形の箱で、片面には穴が開きそれを囲むようにして直線で構成された紋様が描かれている。
ミニ八卦炉。それがこのアイテムの名前である。
魔力を燃料として自在に火力を変化させる事ができ、スペルの媒体としても使われるマジックアイテム。
幻想郷には確か1つしかないはずのものであるし、ある人物が持ち主の為に作った一点もののはずだ。
見る限り、このミニ八卦炉は持ち主……霧雨魔理沙という魔法使いの持っていたものと全く同じである。
ただ、唯一違うのはこちらのものは大分年季が入った代物のようである点だが。
「ええ。失礼ですが、オールド・オスマンはこれをどこで?
私の知る限り、これは私が元いた場所にいる知人が持っている1つきりのはずですが……」
「そうさなぁ。これも何かの縁じゃ。どうやら彼とも知らぬ仲ではないようじゃし、
君にであれば話してもよいかもしれんな」
オスマンはベッド脇の椅子に座り、宙を見つめてその時のことを語り始めた。
今から三十年ほど前、森を散策していたオスマンは、ワイバーンに襲われていた1人の青年と出会った。
見たこともない異国の服を着た彼はハルケギニアとは違う世界から来たのだと語り、
そのまま暫くオスマンの元へと滞在していたのだという。
「そしてある日じゃ、ドレスを纏った妙齢の美女が彼を迎えに来てな。
彼は友情の証にと作っていた『ハッケロ』を残して帰ってしまった。
それきり音沙汰もないのじゃが、果たして今何処で何をしているのだろうかのう」
「その人の名前はご存知ですか? 恐らく貴族ではないのに姓名があり、姓が頭に来る方式の名前のはずですが」
「おお、やはりミス・イザヨイの知り合いだったようだの。
名前は確か、モリチカ……そう、モリチカ・リンノスケと言ったか」
やはりか。何やってんだあの古道具屋。咲夜は微妙に頭を抱える。
森近霖之助。幻想郷において様々な道具を扱う道具屋を経営している人物で、
咲夜も度々利用している為親しいとは言いがたいが面識はある。
マジックアイテムの製作なども得意とし、確かあのミニ八卦炉も彼の手になる作品であるらしい。
この世界にもそれがあるということは、恐らく彼がこの世界に訪れた事があるというのは本当なのだろう。
となると、このミニ八卦炉は魔理沙が持っているものの試作品とでも行ったところだろうか。
「彼の話はにわかには信じがたい事ではあったが、どれもこれも興味深い話ばかりであったよ。
マジックアイテムの製作理論や、彼や君の居た『ゲンソウキョウ』と呼ばれる場所。
彼は私物は帰る際に粗方持ち帰ったようでの。あのハッケロとその取扱説明書だけが唯一残されたものじゃった。
長い人生いつかまた会う事もあろう。そう願ってあれを宝物庫に保管しておったのよ。
便利なマジックアイテムではあるが、扱い方を間違えれば危険なものでもあったからのう」
「なるほど……概ね理解しました。彼もやはり使い魔として召喚されたのでしょうか?」
「いや、それは分からん。彼の言うところによると『結界の外に出ようと思ったらここに居た』と言っておったからのう。
たしかゲンソウキョウは結界で閉ざされた世界なのじゃろう?
結界を無理に抜けようとしたからなど、仮説は考えられるが、確かな事は何一つ分からんかったよ。
彼を『迎えに来た』というあの女性ならあるいは、と思うんじゃが」
霖之助を迎えに来た女性。咲夜はそれが誰か、ほぼ見当が付いていた。
八雲紫。幻想郷でもトップクラスの実力を持つ妖怪で、並ぶもののないほどの知識をも併せ持つ。
霖之助を迎えに来たのは恐らくただの気まぐれであろうが、
彼女ならば異世界だろうが何処だろうが、容易く行き来が可能だろう。
あるいは、霖之助がハルケギニアに行った事そのものが八雲紫の起こした事なのかもしれない。
「その相手に関しても、恐らくですが見当が付いています」
「ほほう。ならばミス・イザヨイも迎えに来てもらえるのかの?」
「それは分かりません。なにせ人間の基準で言えば相当な変わり者ですから……
やはり、もうしばらくは大人しくここで待っていた方がいいのかもしれませんね。
私の主人の友人の方もとても優秀なメイジなのですが、その方が何らかの手段を講じるでしょうし」
新たな収穫はあったが、咲夜は結局学院にとどまる事を選んだ。
どうせ自分の力では行き来する事は不可能なのだ。迎えが来るまでは大人しくひとつ所に留まろう。
それが、咲夜の出した結論であった。
「さて、こんな所かのう。水系統の先生を呼んでおこう、治療と食事が済んだら儂のところへ来なさい。
ミス・ロングビル、いや、フーケと面会させよう。儂も彼女には聞きたいことがあるでの。
……そうじゃな、ミス・ツェルプストーとミス・タバサも連れてくるといい。
あの2人もミス・ロングビルがフーケであることを知ってしまったようじゃし」
「すいません、つい口が滑ってしまって……」
「構わんよ。あの2人は留学生じゃがそこそこ信用できそうじゃ。何より実力もある。
まったく、トリステインの貴族はプライドばかり高くてのう……
そうそう、そのハッケロはミス・イザヨイに差し上げよう。
わしの私物じゃし、君ならば使い道を誤るまい。まあ、フーケを撃退してくれた報酬と思っとくれ」
とまで言いかけて、「おっと、前半は秘密にしておいてくれぃ」と言い残し、
オスマンは部屋にかけていた魔法を解いて退出。少しして、料理を持ったシエスタが入ってくる。
病み上がりである咲夜を気遣ったのか、メニューは柔らかいパンと野菜のスープだった。
聞くところによれば、マルトー自ら腕を振るったものであるらしい。
「何でか知らないけど、あの人に気に入られちゃってるのよねぇ。シエスタ、分かる?」
「マルトーさんは貴族嫌いで有名ですからねえ。
平民なのに貴族をやっつけたサクヤさんが大好きなんだって行ってましたよ」
そんなに強くなかったし、あれでも手加減した方なんだけどなあ、と思いながらパンをむしる。
少し冷めてしまっているが中々美味しい。と、そこにまたもやどたばたという騒々しい足音が聞こえてくる。
「シエスタ、巻き込まれたくなかったら逃げていいわよ。食器は自分で片付けておくし」
「すいません。置いておいてもらえれば後で回収しておきますので……」
ぺこりと一礼してそそくさと退出するシエスタと入れ替わりに、キュルケとタバサが入ってくる。
入り口の方では水系統の教師であろう人物が大変迷惑そうにしていたが、キュルケは全く気にしていないようだ。
「キュルケ、とりあえずまた後でね。オールド・オスマン自らその辺りは解説してくれるそうよ」
このまま騒がれては『治癒』の魔法が失敗するかもしれないと追い出そうとするが、
キュルケはぶーたれていつか来た時に運び込んだソファに腰掛ける。すっかりたまり場扱いである。
「良いじゃない見てるぐらい。貴方の治療費の1/3、私が出したんだし」
「私も出した」
手元の本に視線を落としたままでタバサが言う。
聞けばルイズ・キュルケ・タバサの3人で治療費を折半したのだという。
ならば多少の乱行は許さねばなるまい、と咲夜は溜息をつき、ふと気付く。
「そうだ、ルイズはどうしたの? シエスタに聞いたけどなんか言葉を濁されちゃって。
まあ、予想は大体付くんだけど」
「まあ、大体その通りだと思うわよ。先生いる時に話す話でもないし、とりあえず治療が終わってからにしましょ」
「……そうね」
そして、暫くは静かな時が流れ、治療が終わる。体の痛みも大分引いた。
教師によればこれ以上は自然治癒に任せるべきだ、との事。確かに触媒となる秘薬代もバカにならないし、
あまり借りを作りすぎるのも問題だ。教師が出て行くのを確認してから、キュルケのほうを見る。
「まあ、言ってしまえば簡単なのよ。今回のフーケ騒動、何もかにも自分のせいだって塞ぎこんでるわけ。
宝物庫に穴開けたのもだけど、サクヤをふっ飛ばしちゃった、って言うのが一番効いたんでしょうね。
その直後にあれでしょ? サクヤは無事だったとしても、ショックはかなり強かったんじゃないかしら。
あの子、変に責任感強い所あるし……」
「確かにね。この怪我をする事になった直接的な原因ではあるし、思うところがないではないけど。
……まあ、今更責めても仕方ない事よね。気持ちは分からないでもないし」
使い魔として接しているこの暫くの間だけ見ても、ルイズはとてもプライドが高く、意地っ張りである。
そして魔法が使えない貴族である事の反動なのか、何かにつけて『貴族である』と言うことに固執している。
そして、『役立たず』と思われることにも。
いつかルイズから聞いた話を思い出す。ルイズの母は、かつて生ける伝説として名を馳せたメイジなのだという。
そして、一番上の姉もまた学院を首席で卒業し、アカデミーという研究機関の研究員としてその腕を振るっている。
仕方ないといえば仕方ない事なのだが、そんな優秀すぎる家族と比較され続け、
その上で『魔法が使えない』という残酷すぎる現実に直面し続けていたという事は、どれほど辛い事だろう。
ルイズは人一倍の努力家だ。座学だけで言えば学園でもトップクラスであろう。
だが、彼女は魔法が使えない。ただそれだけで『ゼロ』とよばれ、嘲笑の的になっている。
どれだけ努力しても報われない。それはルイズの心を少しづつ追い詰めているのだろう。
ちょっとした挑発でもムキになったり、自分を吹き飛ばした時のような後先考えない行動に出てしまうのもそのためだ。
「一度、話してみないといけないのかしらね。幸い身体も動くようになったし、
ちょっとルイズの部屋に行って来ようかしら」
「あ、それじゃあ私はここで待ってるわね。終わったらオールド・オスマンのところに行きましょう」
キュルケは手をひらひらと翻して見送ろうとするが、咲夜はその手を掴むとずるずると引きずって外へと出る。
「何言ってるのよ、そもそも元を辿れば貴方がルイズを挑発したから事態がこじれたんでしょうが。
ルイズに謝るのよ。それが今貴方が積める善行だわ」
「じ、冗談言わないでよ! ヴァリエールなんかに頭を下げるなんて、ツェルプストーの面汚しだわ!」
「そう。折角の綺麗な顔がリスみたいになるなんて、残念よキュルケ」
そう言って、咲夜はキュルケを見つめ、にこりと微笑む。
キュルケの背筋にぞくりとした感覚が走る。やばい、このメイドやる気だ。
逆らったら容赦なくあの時のギーシュみたいにされてしまう。
そう直感したキュルケは大人しく力を抜くと、咲夜に引きずられて部屋を出て行った。
そして、ルイズの部屋の前。咲夜がノブに手をかけるが、鍵がかかっているのかドアが開かない。
そのため、キュルケに目配せをして『アンロック』を使わせる。校則違反らしいが、知ったことではない。
自分の部屋に入ってくるときにキュルケがいつもやっている事だ。咲夜にしてみれば何を今更、と言う話である。
「入るわよ、ルイズ」
部屋に入ってみると、そこら中に衣服や小物が散らばっていた。
テーブルが倒れていたり椅子が逆さまになっていたりもしたが、
元々ルイズの部屋は物が少ない為に散らかり放題、と言うほど散らかっては見えない。
恐らく苛立ち紛れにあちこちひっくり返したのだろう。
当のルイズ自体はベッドの上で座り込んでいる。いわゆる体育座りの体勢で俯いており、表情は見えない。
まあ明るい精神状態ではないだろう、と咲夜は考える。
「……何よ」
ルイズが顔を上げる。酷い顔だ。眼の下にはクマができ、ロクに寝ていないのだろうということが分かる。
よく見れば髪はぼさぼさに乱れている。もしかしたら2日ずっとベッドの上から動かなかったのであろうか。
「貴方が不貞腐れてるって聞いてね。いい加減機嫌直しなさいな。
フーケは捕まったし、私はこの通り動けるようになったし」
「嫌よ。私は『ゼロ』だもの。外に出たらまた何か騒動を起こすわ。
貴方だって今度は怪我じゃ済まなくなるわよ、きっと。
そんなのは嫌だもの。だから、もう何もしない。何もしなければ、何も起きないんだもの」
そう言って突っ伏す。駄目だこりゃ、と溜息をつきながらも、咲夜はルイズの横に腰掛ける。
「ゼロ、ねえ。貴方が本当に『ゼロ』だったらどんなに良かったことか。
魔法成功率『ゼロ』%だから『ゼロ』のルイズ。で、よかったのかしら?」
『ゼロ』という度にぴくりと反応するが、返答はない。どうやらルイズは無視を決め込んだようだ。
これは手強いな、と思いながら、自分の知る限りのルイズの失敗を挙げ連ねていく。
咲夜を召喚した時、契約をしようとして拒絶された時の事。
召喚されてから初めての授業で、『錬金』をしようとして盛大に失敗した時の事。
キュルケにからかわれ、ムキになってランプを魔法で点灯させようとして爆砕した時の事。
一つ言うたびにルイズはぷるぷると震えだし、次第にそれが大きくなっていく。
そしていくつか目の失敗を挙げた時、ルイズは跳ね起きて咲夜に掴みかかった。
「何よ何よ、黙って聞いてれば言いたい放題! ええそうよ私は『ゼロ』よ!
魔法が一度も成功した事のない『ゼロ』のルイズよ!
『錬金』しようとしては爆発して、『ロック』だってランプの点灯だってできないわよ!」
ルイズは咲夜の襟首を掴み、堰が切れたように怒鳴り散らす。止めるべきかとキュルケが歩み寄るが、
咲夜はそれを手で制し、薄く笑みを浮かべて黙ってそれを聞いている。
「サクヤはいいわよね、 掃除だって料理だって出来るし、凄く強いし、先住魔法みたいなこともできるし!
でも私には何も出来ないのよ! コモンマジックも使えないし、公爵家って家柄しかないのよ!
風邪っぴきのマリコルヌだって、ナンパなギーシュだって、そこの色ボケのツェルプストーだって!
皆魔法が使える、『錬金』もできれば、ランプだって点けられる! でも、私にはそれさえできないのよ!」
咲夜の頬に雫がかかる。見てみれば、いつしかルイズは泣いていた。
怒鳴り散らす声にも嗚咽が混じってきた。それでも、咲夜は笑みを崩さず、何も言わない。
「母様のような凄い魔法使いになんてなれなくていい、ねえさまのような学院主席になんてなれなくていい!
ただ、魔法が使えればよかった! でも、私にはコモンマジックすら使えない!
私は『ゼロ』なのよ、『ゼロのルイズ』なのよ!」
そこで、嗚咽交じりの絶叫は途絶える。息が切れたのか、はぁはぁと荒い息をついて顔を伏せるルイズ。
今のは間違いなくルイズの本音だろう。16年、ずっと溜め込んできた彼女の感情。
それを聞いてなお、咲夜の表情は変わらない。ルイズを抱き寄せ、隣に座らせ、
どこからともなく取り出した櫛で髪を梳かしながら、咲夜は呟いた。
「そうね、あなたが本当に『ゼロ』だったら、私もこんな所に来る事も無かったんだけど」
「え? サクヤ、それ、どういうこと……?」
思わぬ言葉にルイズが顔を上げる。まさか、そんな事を言われるなんて思っていなかった。そんな顔だ。
「だってそうじゃない? 貴方が召喚を成功させなかったら私がここに召喚される事もなかったわけだし、
契約を成功させなかったら貴方の使い魔をやることも無かったわけだし。
それに聞いてみれば魔法が失敗して爆発するなんて貴方ぐらいなのよね?
キュルケ、ルイズ以外は魔法が失敗するとどうなるの?」
「え? そりゃ、何も起こらないわよ。ルーンを言い間違えて別の魔法が発動、ってことはあるだろうけど。
私も昔は何回かあったもの、そういう事」
「ほらね? そういう点から見ると、むしろルイズが異常なのよね。魔法には詳しくないから分からないけど、
何かしら別の要因があって爆発しかしないんじゃないかしら?」
ルイズは目をぱちくりさせる。そういう考えもあったのか。
今まで『失敗』だからとそこから先は何も考えた事がなかった。
何より、母や姉に怒られていたため思考を発展させるどころではなかったというのもあるが。
「確かに、言われてみれば……」
「だから、あんまり気に病むことなんて無いのよ。遅咲きなだけかもしれないし。
それに、私だって最初からメイドとして優秀だったわけじゃないのよ?
メイドを始めたのは紅魔館……ああ、私の働いていたお屋敷ね。そこに来てからなのだし」
丁度髪も梳かし終わったようで、はいお終い、と頭を軽く叩く。
「最初から完全な人間なんていないのよ。貴方のお姉さんだって、お母さんだって、最初は失敗したでしょう。
それにね、確かに貴方の魔法で吹っ飛ばされて、ゴーレムに殴られて骨は折れたけど、
貴方が魔法で開けた穴に飛び込んだお陰で潰されずに済んだわけだし。
そのことだけは有難うと言わせて貰うわね」
そして、さて、と言い置いてから咲夜はキュルケに目配せをする。
キュルケはぶんぶんと首を横に振るが、咲夜が笑みを見せると、
引きつった顔をした後にルイズに頭を下げた。
「ルイズ、貴方をあの時からかった事は悪いと思ってるわ。
そのせいでサクヤは骨を折るし、貴方だって塞ぎこんだし。
ヴァリエールに頭下げるなんてしたくなかったけど、元をただせば私のせいだし。
今回ばっかりは謝るわ、ごめんなさいね」
思わぬ相手の謝罪に、ルイズは驚きつつも憎まれ口を叩く。
なんだかんだで自分にも非はあるわけだから、ここはおあいこだろう。
「べ、別に謝って欲しくて塞ぎ込んだ訳じゃないわよ。でもちょっと溜飲は下がったわね。
なんせあのツェルプストーに頭を下げさせたわけだし。って、サクヤ?
なんで私を膝の上に腹ばいにさせてるの? その笑顔と掲げた右手は何?」
「ええ、そういえば吹っ飛ばされた分のお仕置きがまだだったかな、と思って。
え? さっき有難うって言ったじゃない? ええ、そうね。本当に助かったわあの時は。
でも、それはそれ、これはこれ。信賞必罰と言うやつよ」
掲げられた右腕が霞むほどの速さでルイズの尻めがけ振り下ろされ、パァンという破裂音にも似た打撃音が響く。
要するに尻叩きである。ルイズがさっきとは違う意味での絶叫を上げるが、そんな事で手を緩める咲夜ではない。
一撃し、破裂音が響き、絶叫が響く。ここまでがワンセット。
悲鳴も少女らしい『ひゃん』や『きゃん』ではなく、『ぎゃん』と言う身も背も無い絶叫。
咲夜の本気具合が分かろうものである。
それが10度も繰り返される頃には、ルイズはぐったりと伸び、完全にダウンしていた。
「まあ、この辺にしておいてあげましょう。可哀想だし」
横に視線を移せば、そこには床に転がり腹を抱えて大笑いしているキュルケがいる。
咲夜はルイズをベッドに転がすと、キュルケを助け起こし、おもむろに先程のルイズ同様の体勢に移行する。
キュルケが咲夜を見上げる。『え、なんで私も?』と言う顔だ。それに対して咲夜は笑顔で返し、一言。
「貴方にも非があるのだから、貴方にもお仕置きしないと不公平でしょう?」
少し後、ルイズの部屋のベッドにはうつ伏せで尻を真っ赤に腫らした少女が2人転がっていたという。
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#navi(瀟洒な使い魔)
#navi(瀟洒な使い魔)
「――――――」
咲夜が目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋の天井だった。
身体を見れば各所に包帯が巻かれており、あの後誰かがここまで運び治療を施したのだろうと判断する。
身体を動かそうとすると各所がずきりと痛む。まだ完全に治りきってはいないようだ。
痛みはあるが、骨折は綺麗に治っているようだ。まだ無理に動かせるほどではないが。
首をめぐらせて横を見ると、黒髪のメイド……シエスタが濡れタオルを絞っていた。
自分はどれほど寝ていたのだろうか。状況を確認するため、とりあえず声をかけてみる事にする。
「シエスタ、ちょっと良いかしら?」
「あ、サクヤさん! 目が覚めたんですね!」
「ええ、今しがたね。この治療はあなたが?」
するとシエスタは首を横に振り、自分はただ身の回りのお世話をしていただけです、と言った。
あの後宝物庫からここに運ばれた咲夜は、教師による治癒魔法による治療を受けた後、今まで2日ほど眠っていたのだという。
「治癒魔法、ね。そういえば確かあの時、ルイズは気絶していたようだけど。
体のほうには大事無かったのかしら?」
「あ、はい。ミス・ヴァリエールにはお怪我はなかったんですけれど……」
シエスタはそこで言葉を濁すと、「お食事の用意をしてきますね」と言って部屋を退出。部屋には咲夜だけが残される。
ルイズが気絶していた理由。そしてシエスタが言葉を濁した理由。どちらも何となくは推測できる。
その事について思うところがないではないが、どうやらそれについて思いを馳せている場合ではないようだ。
どたどたという騒々しい足音の後に勢い良くドアが開けられ、赤い髪の少女が入ってきたからだ。
瀟洒な使い魔 第5話「少女ルイズ ~Mage Zero」
「サクヤ! 目が覚めたのね!」
「~~~~っ! ちょっとキュルケ、また折れるってあだだだだだっ!」
キュルケに抱きつかれ、咲夜とその病み上がりの体が悲鳴をあげる。
どうやらこの世界の治癒魔法も完全ではないらしく、骨折などの大きな怪我は治しきれていないようだ。
それはそれとして痛い。物凄く痛い。しかし今の咲夜にはキュルケを押しのけるほどの体力がなく、
遅れて入ってきたタバサによるツッコミでキュルケが我に返るまでベアハッグを受け続ける事となった。
「まあ、気がついたみたいで良かったわ。心配してたのよ?」
「心配していたなら病み上がりにベアハッグはやめてもらえないかしら。
折角くっついたのにまた折れるかと思ったわよ」
「あはは……」
ジト目で睨む咲夜とばつが悪そうに視線をそらすキュルケ。しばしその奇妙な睨み合いは続いたが、
咲夜の「まぁ良いわ、心配してくれたというのは嬉しいし」と言う言葉で打ち切られた。
「それはそれとして、キュルケ、あの後どうなったのか教えてくれる?」
「ええ。ゴーレムが崩れてからでいいかしら?」
キュルケの説明によれば、ゴーレムが崩壊されてからは大騒ぎだったらしい。
何せ襲ってきたのがあの『土くれ』であり、未遂で済んだとはいえ自慢の宝物庫に侵入されたからだ。
しかも当直であったシュヴルーズは当直をサボって自室で眠っており、タバサが戻るのが遅れたのもソレが原因なのだそうだ。
その事でシュヴルーズは責められはしたが、サボっていたのはシュヴルーズだけではなかったらしく、
結局はオスマンの鶴の一声で責任の所在はうやむやになったという。
なお、ルイズが破壊した壁に関しては『フーケが破壊した』と報告したらしく、
その辺りに関しては抜け目がないなぁ、と咲夜はキュルケの性格を再認識した。コレもお国柄と言うやつだろうか?
「……ちょっと待って、フーケはどうなったの? 確か私が吹き飛ばした後ゴーレムの残骸に埋もれてたはずなんだけど」
「フーケ? さぁ……あ、貴方の剣とミス・ロングビルなら埋まっていたみたいよ?
ただ生き埋めになってたりでまだ目を覚ましてないらしいけど……」
「ミス・ロングビルがフーケなのよ! 早く……痛っ」
思わず大声を出してしまい、治りきっていない肋骨がぎしりと痛む。
そうだ。ミス・ロングビルとは仮の名前。その正体は怪盗『土くれ』のフーケなのだ。
目を覚ませばすぐに逃げ出すに違いない。痛む身体に鞭をうち起き上がろうとするが、
それは新たに入ってきた来客によって制された。
「ミス・イザヨイ、病み上がりで無茶をするものではないぞ。安静にしていなさい」
新たな来客とは、魔法学院学院長、オールド・オスマンであった。予想外の来客にキュルケが思わず居住まいを正す。
タバサの方は特に気にしていない風であったが、何処となく緊張しているような雰囲気を感じた。
「ですが、オールド・オスマン。薄々分かっておられたでしょうが、ミス・ロングビルは……」
「あの状況じゃからな。分かっておるがまあ問題はない。
『フーケに人質に取られていた』ということにして、安静の為として眠りの香を炊いておる。
そうそう起きやせんから安心しなさい。ところで、ミス・イザヨイ。わしに聞きたいことがあるのではないか?」
そう言われて、咲夜は自分が気絶する前に使ったものを思い出す。
あれは本来幻想郷にいる人間の作ったものだ。めったなことでもない限りその外の世界に有るはずがないのだが……
「……そうですね。キュルケ、タバサ、部屋に戻っていて頂戴。
もうすぐシエスタも来ると思うけど、できれば部屋に入ってこないように伝えて」
何よそれ、と言おうとしたキュルケの襟首を杖に引っ掛け、タバサがキュルケと共に退出する。
それを確認すると、オスマンは『ロック』を扉にかけた後『サイレント』を廊下一帯にかけ、
防音を施した密室を作り上げる。
「有難うございます、オールド・オスマン。私が気を失う前、持っていた物についてなのですが」
「うむ、『ハッケロ』の事じゃな。これの事じゃろ?」
そう言ってオスマンが取り出したのは、気絶する前、フーケを吹き飛ばす時に用いたアイテムだった。
八角形の箱で、片面には穴が開きそれを囲むようにして直線で構成された紋様が描かれている。
ミニ八卦炉。それがこのアイテムの名前である。
魔力を燃料として自在に火力を変化させる事ができ、スペルの媒体としても使われるマジックアイテム。
幻想郷には確か1つしかないはずのものであるし、ある人物が持ち主の為に作った一点もののはずだ。
見る限り、このミニ八卦炉は持ち主……霧雨魔理沙という魔法使いの持っていたものと全く同じである。
ただ、唯一違うのはこちらのものは大分年季が入った代物のようである点だが。
「ええ。失礼ですが、オールド・オスマンはこれをどこで?
私の知る限り、これは私が元いた場所にいる知人が持っている1つきりのはずですが……」
「そうさなぁ。これも何かの縁じゃ。どうやら彼とも知らぬ仲ではないようじゃし、
君にであれば話してもよいかもしれんな」
オスマンはベッド脇の椅子に座り、宙を見つめてその時のことを語り始めた。
今から三十年ほど前、森を散策していたオスマンは、ワイバーンに襲われていた1人の青年と出会った。
見たこともない異国の服を着た彼はハルケギニアとは違う世界から来たのだと語り、
そのまま暫くオスマンの元へと滞在していたのだという。
「そしてある日じゃ、ドレスを纏った妙齢の美女が彼を迎えに来てな。
彼は友情の証にと作っていた『ハッケロ』を残して帰ってしまった。
それきり音沙汰もないのじゃが、果たして今何処で何をしているのだろうかのう」
「その人の名前はご存知ですか? 恐らく貴族ではないのに姓名があり、姓が頭に来る方式の名前のはずですが」
「おお、やはりミス・イザヨイの知り合いだったようだの。
名前は確か、モリチカ……そう、モリチカ・リンノスケと言ったか」
やはりか。何やってんだあの古道具屋。咲夜は微妙に頭を抱える。
森近霖之助。幻想郷において様々な道具を扱う道具屋を経営している人物で、
咲夜も度々利用している為親しいとは言いがたいが面識はある。
マジックアイテムの製作なども得意とし、確かあのミニ八卦炉も彼の手になる作品であるらしい。
この世界にもそれがあるということは、恐らく彼がこの世界に訪れた事があるというのは本当なのだろう。
となると、このミニ八卦炉は魔理沙が持っているものの試作品とでも行ったところだろうか。
「彼の話はにわかには信じがたい事ではあったが、どれもこれも興味深い話ばかりであったよ。
マジックアイテムの製作理論や、彼や君の居た『ゲンソウキョウ』と呼ばれる場所。
彼は私物は帰る際に粗方持ち帰ったようでの。あのハッケロとその取扱説明書だけが唯一残されたものじゃった。
長い人生いつかまた会う事もあろう。そう願ってあれを宝物庫に保管しておったのよ。
便利なマジックアイテムではあるが、扱い方を間違えれば危険なものでもあったからのう」
「なるほど……概ね理解しました。彼もやはり使い魔として召喚されたのでしょうか?」
「いや、それは分からん。彼の言うところによると『結界の外に出ようと思ったらここに居た』と言っておったからのう。
たしかゲンソウキョウは結界で閉ざされた世界なのじゃろう?
結界を無理に抜けようとしたからなど、仮説は考えられるが、確かな事は何一つ分からんかったよ。
彼を『迎えに来た』というあの女性ならあるいは、と思うんじゃが」
霖之助を迎えに来た女性。咲夜はそれが誰か、ほぼ見当が付いていた。
八雲紫。幻想郷でもトップクラスの実力を持つ妖怪で、並ぶもののないほどの知識をも併せ持つ。
霖之助を迎えに来たのは恐らくただの気まぐれであろうが、
彼女ならば異世界だろうが何処だろうが、容易く行き来が可能だろう。
あるいは、霖之助がハルケギニアに行った事そのものが八雲紫の起こした事なのかもしれない。
「その相手に関しても、恐らくですが見当が付いています」
「ほほう。ならばミス・イザヨイも迎えに来てもらえるのかの?」
「それは分かりません。なにせ人間の基準で言えば相当な変わり者ですから……
やはり、もうしばらくは大人しくここで待っていた方がいいのかもしれませんね。
私の主人の友人の方もとても優秀なメイジなのですが、その方が何らかの手段を講じるでしょうし」
新たな収穫はあったが、咲夜は結局学院にとどまる事を選んだ。
どうせ自分の力では行き来する事は不可能なのだ。迎えが来るまでは大人しくひとつ所に留まろう。
それが、咲夜の出した結論であった。
「さて、こんな所かのう。水系統の先生を呼んでおこう、治療と食事が済んだら儂のところへ来なさい。
ミス・ロングビル、いや、フーケと面会させよう。儂も彼女には聞きたいことがあるでの。
……そうじゃな、ミス・ツェルプストーとミス・タバサも連れてくるといい。
あの2人もミス・ロングビルがフーケであることを知ってしまったようじゃし」
「すいません、つい口が滑ってしまって……」
「構わんよ。あの2人は留学生じゃがそこそこ信用できそうじゃ。何より実力もある。
まったく、トリステインの貴族はプライドばかり高くてのう……
そうそう、そのハッケロはミス・イザヨイに差し上げよう。
わしの私物じゃし、君ならば使い道を誤るまい。まあ、フーケを撃退してくれた報酬と思っとくれ」
とまで言いかけて、「おっと、前半は秘密にしておいてくれぃ」と言い残し、
オスマンは部屋にかけていた魔法を解いて退出。少しして、料理を持ったシエスタが入ってくる。
病み上がりである咲夜を気遣ったのか、メニューは柔らかいパンと野菜のスープだった。
聞くところによれば、マルトー自ら腕を振るったものであるらしい。
「何でか知らないけど、あの人に気に入られちゃってるのよねぇ。シエスタ、分かる?」
「マルトーさんは貴族嫌いで有名ですからねえ。
平民なのに貴族をやっつけたサクヤさんが大好きなんだって言ってましたよ」
そんなに強くなかったし、あれでも手加減した方なんだけどなあ、と思いながらパンをむしる。
少し冷めてしまっているが中々美味しい。と、そこにまたもやどたばたという騒々しい足音が聞こえてくる。
「シエスタ、巻き込まれたくなかったら逃げていいわよ。食器は自分で片付けておくし」
「すいません。置いておいてもらえれば後で回収しておきますので……」
ぺこりと一礼してそそくさと退出するシエスタと入れ替わりに、キュルケとタバサが入ってくる。
入り口の方では水系統の教師であろう人物が大変迷惑そうにしていたが、キュルケは全く気にしていないようだ。
「キュルケ、とりあえずまた後でね。オールド・オスマン自らその辺りは解説してくれるそうよ」
このまま騒がれては『治癒』の魔法が失敗するかもしれないと追い出そうとするが、
キュルケはぶーたれていつか来た時に運び込んだソファに腰掛ける。すっかりたまり場扱いである。
「良いじゃない見てるぐらい。貴方の治療費の1/3、私が出したんだし」
「私も出した」
手元の本に視線を落としたままでタバサが言う。
聞けばルイズ・キュルケ・タバサの3人で治療費を折半したのだという。
ならば多少の乱行は許さねばなるまい、と咲夜は溜息をつき、ふと気付く。
「そうだ、ルイズはどうしたの? シエスタに聞いたけどなんか言葉を濁されちゃって。
まあ、予想は大体付くんだけど」
「まあ、大体その通りだと思うわよ。先生いる時に話す話でもないし、とりあえず治療が終わってからにしましょ」
「……そうね」
そして、暫くは静かな時が流れ、治療が終わる。体の痛みも大分引いた。
教師によればこれ以上は自然治癒に任せるべきだ、との事。確かに触媒となる秘薬代もバカにならないし、
あまり借りを作りすぎるのも問題だ。教師が出て行くのを確認してから、キュルケのほうを見る。
「まあ、言ってしまえば簡単なのよ。今回のフーケ騒動、何もかにも自分のせいだって塞ぎこんでるわけ。
宝物庫に穴開けたのもだけど、サクヤをふっ飛ばしちゃった、って言うのが一番効いたんでしょうね。
その直後にあれでしょ? サクヤは無事だったとしても、ショックはかなり強かったんじゃないかしら。
あの子、変に責任感強い所あるし……」
「確かにね。この怪我をする事になった直接的な原因ではあるし、思うところがないではないけど。
……まあ、今更責めても仕方ない事よね。気持ちは分からないでもないし」
使い魔として接しているこの暫くの間だけ見ても、ルイズはとてもプライドが高く、意地っ張りである。
そして魔法が使えない貴族である事の反動なのか、何かにつけて『貴族である』と言うことに固執している。
そして、『役立たず』と思われることにも。
いつかルイズから聞いた話を思い出す。ルイズの母は、かつて生ける伝説として名を馳せたメイジなのだという。
そして、一番上の姉もまた学院を首席で卒業し、アカデミーという研究機関の研究員としてその腕を振るっている。
仕方ないといえば仕方ない事なのだが、そんな優秀すぎる家族と比較され続け、
その上で『魔法が使えない』という残酷すぎる現実に直面し続けていたという事は、どれほど辛い事だろう。
ルイズは人一倍の努力家だ。座学だけで言えば学園でもトップクラスであろう。
だが、彼女は魔法が使えない。ただそれだけで『ゼロ』とよばれ、嘲笑の的になっている。
どれだけ努力しても報われない。それはルイズの心を少しづつ追い詰めているのだろう。
ちょっとした挑発でもムキになったり、自分を吹き飛ばした時のような後先考えない行動に出てしまうのもそのためだ。
「一度、話してみないといけないのかしらね。幸い身体も動くようになったし、
ちょっとルイズの部屋に行って来ようかしら」
「あ、それじゃあ私はここで待ってるわね。終わったらオールド・オスマンのところに行きましょう」
キュルケは手をひらひらと翻して見送ろうとするが、咲夜はその手を掴むとずるずると引きずって外へと出る。
「何言ってるのよ、そもそも元を辿れば貴方がルイズを挑発したから事態がこじれたんでしょうが。
ルイズに謝るのよ。それが今貴方が積める善行だわ」
「じ、冗談言わないでよ! ヴァリエールなんかに頭を下げるなんて、ツェルプストーの面汚しだわ!」
「そう。折角の綺麗な顔がリスみたいになるなんて、残念よキュルケ」
そう言って、咲夜はキュルケを見つめ、にこりと微笑む。
キュルケの背筋にぞくりとした感覚が走る。やばい、このメイドやる気だ。
逆らったら容赦なくあの時のギーシュみたいにされてしまう。
そう直感したキュルケは大人しく力を抜くと、咲夜に引きずられて部屋を出て行った。
そして、ルイズの部屋の前。咲夜がノブに手をかけるが、鍵がかかっているのかドアが開かない。
そのため、キュルケに目配せをして『アンロック』を使わせる。校則違反らしいが、知ったことではない。
自分の部屋に入ってくるときにキュルケがいつもやっている事だ。咲夜にしてみれば何を今更、と言う話である。
「入るわよ、ルイズ」
部屋に入ってみると、そこら中に衣服や小物が散らばっていた。
テーブルが倒れていたり椅子が逆さまになっていたりもしたが、
元々ルイズの部屋は物が少ない為に散らかり放題、と言うほど散らかっては見えない。
恐らく苛立ち紛れにあちこちひっくり返したのだろう。
当のルイズ自体はベッドの上で座り込んでいる。いわゆる体育座りの体勢で俯いており、表情は見えない。
まあ明るい精神状態ではないだろう、と咲夜は考える。
「……何よ」
ルイズが顔を上げる。酷い顔だ。眼の下にはクマができ、ロクに寝ていないのだろうということが分かる。
よく見れば髪はぼさぼさに乱れている。もしかしたら2日ずっとベッドの上から動かなかったのであろうか。
「貴方が不貞腐れてるって聞いてね。いい加減機嫌直しなさいな。
フーケは捕まったし、私はこの通り動けるようになったし」
「嫌よ。私は『ゼロ』だもの。外に出たらまた何か騒動を起こすわ。
貴方だって今度は怪我じゃ済まなくなるわよ、きっと。
そんなのは嫌だもの。だから、もう何もしない。何もしなければ、何も起きないんだもの」
そう言って突っ伏す。駄目だこりゃ、と溜息をつきながらも、咲夜はルイズの横に腰掛ける。
「ゼロ、ねえ。貴方が本当に『ゼロ』だったらどんなに良かったことか。
魔法成功率『ゼロ』%だから『ゼロ』のルイズ。で、よかったのかしら?」
『ゼロ』という度にぴくりと反応するが、返答はない。どうやらルイズは無視を決め込んだようだ。
これは手強いな、と思いながら、自分の知る限りのルイズの失敗を挙げ連ねていく。
咲夜を召喚した時、契約をしようとして拒絶された時の事。
召喚されてから初めての授業で、『錬金』をしようとして盛大に失敗した時の事。
キュルケにからかわれ、ムキになってランプを魔法で点灯させようとして爆砕した時の事。
一つ言うたびにルイズはぷるぷると震えだし、次第にそれが大きくなっていく。
そしていくつか目の失敗を挙げた時、ルイズは跳ね起きて咲夜に掴みかかった。
「何よ何よ、黙って聞いてれば言いたい放題! ええそうよ私は『ゼロ』よ!
魔法が一度も成功した事のない『ゼロ』のルイズよ!
『錬金』しようとしては爆発して、『ロック』だってランプの点灯だってできないわよ!」
ルイズは咲夜の襟首を掴み、堰が切れたように怒鳴り散らす。止めるべきかとキュルケが歩み寄るが、
咲夜はそれを手で制し、薄く笑みを浮かべて黙ってそれを聞いている。
「サクヤはいいわよね、 掃除だって料理だって出来るし、凄く強いし、先住魔法みたいなこともできるし!
でも私には何も出来ないのよ! コモンマジックも使えないし、公爵家って家柄しかないのよ!
風邪っぴきのマリコルヌだって、ナンパなギーシュだって、そこの色ボケのツェルプストーだって!
皆魔法が使える、『錬金』もできれば、ランプだって点けられる! でも、私にはそれさえできないのよ!」
咲夜の頬に雫がかかる。見てみれば、いつしかルイズは泣いていた。
怒鳴り散らす声にも嗚咽が混じってきた。それでも、咲夜は笑みを崩さず、何も言わない。
「母様のような凄い魔法使いになんてなれなくていい、ねえさまのような学院主席になんてなれなくていい!
ただ、魔法が使えればよかった! でも、私にはコモンマジックすら使えない!
私は『ゼロ』なのよ、『ゼロのルイズ』なのよ!」
そこで、嗚咽交じりの絶叫は途絶える。息が切れたのか、はぁはぁと荒い息をついて顔を伏せるルイズ。
今のは間違いなくルイズの本音だろう。16年、ずっと溜め込んできた彼女の感情。
それを聞いてなお、咲夜の表情は変わらない。ルイズを抱き寄せ、隣に座らせ、
どこからともなく取り出した櫛で髪を梳かしながら、咲夜は呟いた。
「そうね、あなたが本当に『ゼロ』だったら、私もこんな所に来る事も無かったんだけど」
「え? サクヤ、それ、どういうこと……?」
思わぬ言葉にルイズが顔を上げる。まさか、そんな事を言われるなんて思っていなかった。そんな顔だ。
「だってそうじゃない? 貴方が召喚を成功させなかったら私がここに召喚される事もなかったわけだし、
契約を成功させなかったら貴方の使い魔をやることも無かったわけだし。
それに聞いてみれば魔法が失敗して爆発するなんて貴方ぐらいなのよね?
キュルケ、ルイズ以外は魔法が失敗するとどうなるの?」
「え? そりゃ、何も起こらないわよ。ルーンを言い間違えて別の魔法が発動、ってことはあるだろうけど。
私も昔は何回かあったもの、そういう事」
「ほらね? そういう点から見ると、むしろルイズが異常なのよね。魔法には詳しくないから分からないけど、
何かしら別の要因があって爆発しかしないんじゃないかしら?」
ルイズは目をぱちくりさせる。そういう考えもあったのか。
今まで『失敗』だからとそこから先は何も考えた事がなかった。
何より、母や姉に怒られていたため思考を発展させるどころではなかったというのもあるが。
「確かに、言われてみれば……」
「だから、あんまり気に病むことなんて無いのよ。遅咲きなだけかもしれないし。
それに、私だって最初からメイドとして優秀だったわけじゃないのよ?
メイドを始めたのは紅魔館……ああ、私の働いていたお屋敷ね。そこに来てからなのだし」
丁度髪も梳かし終わったようで、はいお終い、と頭を軽く叩く。
「最初から完全な人間なんていないのよ。貴方のお姉さんだって、お母さんだって、最初は失敗したでしょう。
それにね、確かに貴方の魔法で吹っ飛ばされて、ゴーレムに殴られて骨は折れたけど、
貴方が魔法で開けた穴に飛び込んだお陰で潰されずに済んだわけだし。
そのことだけは有難うと言わせて貰うわね」
そして、さて、と言い置いてから咲夜はキュルケに目配せをする。
キュルケはぶんぶんと首を横に振るが、咲夜が笑みを見せると、
引きつった顔をした後にルイズに頭を下げた。
「ルイズ、貴方をあの時からかった事は悪いと思ってるわ。
そのせいでサクヤは骨を折るし、貴方だって塞ぎこんだし。
ヴァリエールに頭下げるなんてしたくなかったけど、元をただせば私のせいだし。
今回ばっかりは謝るわ、ごめんなさいね」
思わぬ相手の謝罪に、ルイズは驚きつつも憎まれ口を叩く。
なんだかんだで自分にも非はあるわけだから、ここはおあいこだろう。
「べ、別に謝って欲しくて塞ぎ込んだ訳じゃないわよ。でもちょっと溜飲は下がったわね。
なんせあのツェルプストーに頭を下げさせたわけだし。って、サクヤ?
なんで私を膝の上に腹ばいにさせてるの? その笑顔と掲げた右手は何?」
「ええ、そういえば吹っ飛ばされた分のお仕置きがまだだったかな、と思って。
え? さっき有難うって言ったじゃない? ええ、そうね。本当に助かったわあの時は。
でも、それはそれ、これはこれ。信賞必罰と言うやつよ」
掲げられた右腕が霞むほどの速さでルイズの尻めがけ振り下ろされ、パァンという破裂音にも似た打撃音が響く。
要するに尻叩きである。ルイズがさっきとは違う意味での絶叫を上げるが、そんな事で手を緩める咲夜ではない。
一撃し、破裂音が響き、絶叫が響く。ここまでがワンセット。
悲鳴も少女らしい『ひゃん』や『きゃん』ではなく、『ぎゃん』と言う身も背も無い絶叫。
咲夜の本気具合が分かろうものである。
それが10度も繰り返される頃には、ルイズはぐったりと伸び、完全にダウンしていた。
「まあ、この辺にしておいてあげましょう。可哀想だし」
横に視線を移せば、そこには床に転がり腹を抱えて大笑いしているキュルケがいる。
咲夜はルイズをベッドに転がすと、キュルケを助け起こし、おもむろに先程のルイズ同様の体勢に移行する。
キュルケが咲夜を見上げる。『え、なんで私も?』と言う顔だ。それに対して咲夜は笑顔で返し、一言。
「貴方にも非があるのだから、貴方にもお仕置きしないと不公平でしょう?」
少し後、ルイズの部屋のベッドにはうつ伏せで尻を真っ赤に腫らした少女が2人転がっていたという。
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