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Persona 0 第19話
二つの月光が見下ろす下、静かに戦いの幕は開けた。
ジョゼフは左手に持っていた酒瓶から血のように赤いワインを右手のグラスに注ぎ、残った酒瓶を投げ捨てる。
宙を舞った酒瓶はその中身を撒き散らしながら数秒の間くるくるとダンスを踊っていたが、やがて緑の石畳に落ち、粉々に砕け散った。
「出番だ、ニャルラトホテプ。せいぜい好きにするといい」
「言われずとも、見せてやろう私の力を!」
ニャルラトホテプはそう言いながらその体に備えた無数の触手を空に向かって高く高く掲げる。
まるでその先にある月を、そこから降り注ぐ輝きをその手に掴み、汚し尽くそうとでもしているかのように。
――不滅の黒!
ニャルラトホテプが触手を振り下ろした瞬間、夜がその色を失った。
正確には夜の闇よりもなお深い黒がその場すべてを塗りつぶしたのだ。
「何が起き……!?」
驚くルイズたちの体をぬるぬるとした何がか這いずっていき、その次に襲ってきたのは猛烈な嫌悪感と命そのものを吸い取られたかのような凄まじい倦怠感。
黒い何かがぬるりと音を立てて過ぎ去った後、ルイズたちは何者かが高々を嘲笑う声を聞いた。
「ふはははは、おかしい、おかしい、これはなんと言う無様か、我は無貌の神、月に吼えるもの、這いよる混沌ニャルラトホテプ!
すべての人間の影にして、運命を嘲笑う者――だと言うのにこのような形でしか現世に介入する手段を持たないとはな!」
その言葉と共にニャルラトホテプは触手を振るう、見るだけでもおぞましい黒い塊はルイズへと向かってまっすぐに伸び、そしてその足に絡みついた。
「ひっ! な、なにするのよっ イドゥン!」
イドゥンが爆発を使って触手を吹き飛ばそうとすると、それよりもなお早く、光のように動いた才人がその触手を断ち切っていた。
才人は油断なく硬化を施された太刀を構えると、普段の柔和な姿からは想像もできないほど壮絶な顔でニャルラトホテプをにらみつけた。
「暫く見ない間に良い顔をするようになったじゃあないか、くく、その闇が私に力を与えてくれる」
「黙れ、てめぇにくれてやるものなんて髪の毛一本たりともねぇよ!」
「ほぅ、ならば俺にはなにか与えてくれるのか?」
二人の話に割り込んだのはジョゼフ・ド・ガリア、無能王と呼ばれた虚無の担い手だった。
今その指には四つの色をしたルビーの指輪が光り、その手に吊るされたずた袋には四つの聖遺物が無造作に納められている。
すなわち
何も書かれていない本――――始祖の祈祷書
壊れたオルゴール――――始祖のオルゴール
香炉として意味を成さない香炉――――始祖の香炉
奇妙な形をした像――――始祖の石像
四つである。
この世界のものと、ジョゼフが滅ぼしたかつての世界で存在した秘宝と。
あわせれば揃えることなど造作もなかった。
その秘宝をルイズに向かって放りながら、ジョゼフは問いかける。
「そこのお嬢さんが虚無の魔法で俺の願いをかなえられるのなら、世界を滅ぼすを思いとどまってやっても構わんぞ?」
「あなたの、願い……?」
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、トリステインの虚無の担い手よ。俺の目的はな……」
そう言ってジョゼフは天を仰いだ、そこに失った何かを見出すように。
悲しげに、寂しげに、星々の海を仰ぎ見る。
掲げた手の先には、無数の白い何かの錠剤。
傾けた掌からぼろぼろとジョゼフの口へと零れ落ちていく。
「もう一度、シャルルに会うことさ!
ばりばりと噛み砕き、嚥下する。
その白くちっぽな薬剤は、かつて「ペルソナ制御剤」と呼ばれていた。
対象の精神状態に作用し、ペルソナの暴走を押さえる為のものだが、しかしその一方でその対となる効果を持つものも開発されていたのである。
強制的に自らの内なる扉をこじ開け、もう一人の自分を呼び出す薬剤。
この薬剤は実験の被験者となった者達のコードネームから、やがてこう呼ばれることになった。
「ストレガ」と。
「うああああああああががああああああ!」
頭を抱え、血走ったジョゼフの体からゆっくりと立ち上がるもう一つの影。
蒼い髪の端整な顔をした青年の姿をしたそのペルソナは、高らかに己の名を名乗る。
「ボクはミドガルドロキ、全てを誑かし全てを騙す、神々のトリックスター。さぁラグナロクのはじまりだ」
「さぁヒラガサイト、ご主人様が大事なら防いで見せろ! 運命を手にする力を我が手に……合体、魔法……」
ロキがその手に生み出した光を、ニャルラトホテプが圧縮し、異形の円環がニャルラトホテプの触手の狭間で回り始める。
――――パンテオン!
ニャルラトホテプの触手からその円環が離れた途端、その闇を混ぜ込まれたその光は炸裂した。
ルイズたちを、それを庇ったサイトを、
何もかもを飲み込んで、極光が止まった夜を染め上げた。
体が、うごかねぇ。
ルイズはどうなったんだ?
動け、動けよ、俺の体。
俺はルイズを守るんだ……
――真っ白に染め上げられた視界、それがだんだんと開けてくる。
――目の前には最愛の人、少しだけ怯えた表情でサイトを見ている。
よかった無事だった、ルイズ。
よかった、本当によかった。
ジョゼフの奴、偉そうなこと言って置いて俺一人やっつけられなかったじゃないか。
あと少しだ、あの馬鹿をぶっとばしてそして帰ろう。
ルイズと一緒に、魔法学院へ帰ろう。
「るぅぅぅいぃぃぃずぅぅぅ」
――口から出た言葉はまるで少し前のおぞましい姿だったときのようだ。
――焼け爛れた肺と咽喉ではそんな程度が精一杯、だがサイトは自分がどうなっているのか分からない。
――だから無駄な努力を続ける、自分が守った仲間たちに向かって呼びかけ続ける。
――その呼びかけは、あまりにも唐突に終わった。
目に入ったのは、背後から胸を短剣で串刺しにされたルイズの姿。
こほりと血を吐き、驚いたように瞳を瞬かせ、そして何が起こったのか分からないままその場でよろめき。
そして足を踏み出した。
ルイズは落ちて行く、まっさかさまに地上へと転げ落ちていく。
あたかも、ラグナロクの際ユグドラシルから落ちるというイドゥンの乙女のように。
「ルイィズゥゥゥゥウウウウウウ!」
悲しき絶叫。
その遺体が塔の淵から真っ逆さまに落ちて行く姿を瞬きもせず見つめながら。
サイトの意識は、今度こそ完全に闇へと落ちた。
自らの心の底の底、昏い闇のなかから何かが這い上がってくる気配を感じながら――サイトは己を喪った。
時間は、ほんの僅かに遡る。
ジョゼフの奇妙な魔法は、才人の挺身を持ってしても拭いきれない傷をルイズたちに刻んでいた。
パンテオン――すべての神々を意味するその魔法には、如何なる力が秘められていたのか?
一番近くでその威力を受けたルイズの体には無数の切り傷や火傷、打ち身に凍傷、おおよそどうすれば一度にこのように多様な傷を負う事ができるのかと不思議になるほどの数多の傷が刻まれていた。
そのなかでも一番酷いのは右の脇腹の刀傷だ。
それでもルイズは震える足で立ち上がった。
ゆっくりと腕を広げ、仲間たちの前に立つ。
にやにやと笑うジョゼフの視点から仲間たちを庇うように。
「ルイズ……」
悔しそうなタバサの声。
ルイズの後に続こうと踏みしめた足はどうしようもないくらいに笑っていた。
そんなタバサを横目で見ながら、ルイズはただ虚勢を張る。
「どうしたのかかってらっしゃいよ! こんな攻撃屁でもないんだから!」
ルイズは自分の傷すら構う事無く、まっすぐに無能王に杖を突きつける。
それが愉快なのか、くつくつとジョゼフは笑みを深めた。
だから彼は笑いながらもその目では氷のように冷ややかに、ルイズのことを見つめている。
万が一、億に一にでも、ルイズが“虚無”の才能を花開かせることがないか?
その氷の眼差しは、僅かな期待と共に冷徹に一人の少女を観察していた。
そんなことルイズは気づかない。
ジョゼフは、ルイズを何があっても死なせる気がないことに気が付かない。
だからこれらはすべて茶番なのだ、月を臨む塔を再現し、かつての世界の有り様を再現し、そして己の命を使ってまで。
ジョゼフはゆっくりとゆっくりと機が熟すのを待っていた。
ルイズが、或いは才人が、その力を覚醒させることを今か今かと待ち続けていた。
殺すだけなら簡単だ、捻りつぶすことも造作もない、これだけの大舞台はすべてただそれだけの為に用意した駒。
あとは最後の駒を動かせば王手〈チェックメイト〉だ。
四つの虚無の力を暴走させ、平賀才人の肉体を媒介にして、強制的に〈時間門〉のゲート開く。
そのためには平賀才人と、仮初といえどもその主であるルイズにはどうしても生きていてもらわねばならない。
もっとも生きてさえいればどのような形だろうと構わないが……
「ほう、ならばもう一度いくぞ?」
故にジョゼフはこの演劇に身を浸す、やがてくる歓喜の時の為に、残り少ない命を削り落としながら。
道化の舞いを舞い続ける。
だがそんなことをルイズは知らない、知った事ではない。
彼女にとって今一番大切なのは、仲間たちを守ることだけだ。
痛みと出血で朦朧とした頭では、もうそれしか浮かんでこない。
脇腹に付けられた傷は小さいが深い、瞬く間に白いブラウスを真紅で染め上げていく。
苦痛は深く、感覚は鈍い。
だが鉛のようになった体から次第に痛みは薄れていった。
それは勿論傷が癒えたからではなく、ルイズがより一層死に近づいたからに他ならない。
本人以上に危険を感じ取った体が、感覚器などの生命維持に直接関係のない部分を切り捨ててでも命を繋ごうとしている必死の抵抗に他ならない。
だがルイズは自分の体からの必死の呼びかけを無視した。
今は自分の体を直すよりも、ありったけの力で無能王ジョゼフの癇に障るにやけた顔をぶん殴ってやりたかったから。
「望むところよ! 次は……」
感じたのは灼熱。
突然胸に炎の花が咲いたような、身を切るような熱さだった。
振り返れば、そこには俯きながら自分の背中へと寄りかかるタバサの姿。
その表情は、影になっていて見えない。
「死ね」
その言葉と共にタバサは再度ルイズに向かって短剣を突き立てた、鋭利な刃先は骨の間を縫ってルイズの小さな心臓を穿ち背中へと抜けた。
肺に血が流れ込み、ごぼりとルイズは吐血する。
時間がゆっくりと流れ、力を失った体が崩れ落ちる。
その刹那ルイズは見た。
タバサの瞳の奥に宿った狂おしいまでの憎悪を。
祈っていた、願っていた、ただ一心にひたすらに、ひたむきに。
ルイズへの復讐を望んでいた。
何故?
その疑問がルイズの心に満ち、そして霞むように消えていく。
死が這いより、心が終わっていく。
何もかもが虚無へと落ちていく。
「ジュリオ様の仇」
タバサは短剣を引き抜くとルイズの体を蹴り飛ばした。
弛緩した体がゆっくりと弧を引きながら宙へと踊り、そして真っ逆さまに頭から落ちていく。
風鳴りの音だけを引き連れて、一人きりで奈落へと堕ちていく。
その姿を最後まで看取ることなく、タバサは哀しそうに空を見上げた。
まるで人形のような感情の篭らない二つの瞳が、空に輝く昴の星を祈るように見つめる。
「タバサ、あなた・・・」
キュルケの言葉に、タバサは視線を向けることすらなく答えた。
「私は、タバサなんて名前じゃない」
だが本当の名前は分かる訳もなく、これまで人生を共に寄り添ってきた名前は大切な人の亡骸へと置いてきた。
今の彼女は名も無き幽霊、シャルロットの影。
あの人の理想をかなえる為なら、自分は影で構わないと――彼女は想った。
取り出したのは一つの仮面、以前ジュリオと二人で仮面舞踏会に行った時ジュリオから貰った青と白の仮面。
陶磁器の様な質感のそれを身に付けて、彼女はキュルケに向けて宣言する。
「私は影、あの子の影、それでもあえて名乗ると言うのなら」
そらを見上げる、その満天の星空に一つの星座を見つけ、彼女は以前ジュリオが語ってくれた内容を思い出す。
――ねぇジョゼット、この仮面に書かれている文字が読めるかい? これはスコルピオン、蠍って意味らしい、はは贈り物にしてはちょっと無粋かな?
好きだった、愛していた。
たとえ利用されているだけだったとしても構わなかった。
もし殺されるとしても、彼の役に立てるなら喜んで殺されただろう。
けれどそんな彼<ジュリオ>はもういない……
――けれどこの仮面には強い力が籠もっている、きっとキミを守ってくれると思う。それに蠍と言うのは不死の象徴だしね
殺されてしまった、無慈悲に、一方的にこの世界から消し去られてしまった。
こいつらに思い知らせてやりたい。
彼がどれだけ無念な思いを抱えたまま殺されていったのかと言う事を、どれほどの覚悟を持ってあの戦いに臨み、そして自分の死すら折りこんだ決意を持って戦っていたのかと言う事を。
「思い、知らせてやる」
分かっている、これが一方的で卑しい感情だと言うことくらい……彼女は嫌と言うほど分かっている。
それでも止められない、心の中に膨れ上がる憎悪を止めることができない。
もっと話をしたかった。
もっと笑顔を見たかった。
もっともっとキスして欲しかった。
未練は山積みで、後悔は海よりも深く、けれどどれだけ手を伸ばしてももう届かない。
――――初めから分かっていたことだった、あの日ジュリオがジョゼットの部屋を訪ね、この計画を打ち明けた時から決まっていたことだった。
「シャドウスコルピオン、それが貴女を殺す女の名前です」
あらゆる感情を仮面の下に押し込めて、ジョゼットは――いやシャドウスコルピオンは高々と宣言する。
滅びを告げるその言葉を。
「ぺ・ル・ソ・ナ」
呼び出すための媒介は拳銃ではなく透明な薬剤で満たされた注射針。
それを自分の首筋に突き立て、中身をすべて胎内へと流し込む。
無理やりこじ開けられるジョゼットの心の扉、その奥底からソイツはやってきた。
「私の憎悪よ、羽ばたいて……」
ジョゼットの、いやシャドウスコルピオンの言葉と共に。
世界は再び白に染まる。
「ごほっ、ぐ、ごほっ」
血の色に染まった粘膜状の塊のなかからやっとタバサは這い出した。
体中粘つく粘液塗れの不快感に顔を顰めながら、周囲を見る。
「みんなは、どこ?」
タバサからすればほんの短い時間しか経っていないように思えたが、ジュリオの体液には麻酔効果のある幻獣のものでも使われていたのか。
周囲に仲間たちの姿は一つもなく、戦いの跡の様子から随分と時間が経っているように思えた。
しかしおかしい、仲間であるタバサを敵に捉えられたまま先を急ぐような者は仲間たちの中に一人もいないはずなのに。
「なにかあった、そう考えるべき」
普段使っているものとは違う短い予備の杖をマントから取り出すと、タバサは〈フライ〉の呪文を唱える。
もはや一刻と言えども無駄にする時間などない。
この塔を上りきるには相当の精神力を消耗するだろうが、外壁を伝って屋上へ行くべきだろう。
「――――!?」
そう思って空を見上げたタバサの目の前を、人間大のなにかが横切った。
闇に揺れる桃色の髪、血に染まった制服、華奢な手足。
タバサは一瞬だけ惚け、そして気づく。
今目の前を通り過ぎた人の形をした塊が、一体なんなのかと言うことに。
「ルイズ!」
気づけばタバサは吹き抜けの欄干から飛び降りていた。
あたりは闇、血のような真紅の月と、骨のような白い月光の照らす終わらぬ夜は、時が止まったまま深けて行く。
「ああ、聖下――もうすぐ…………」
――タバサが抜け出した粘液の片隅で、僅かに人の顔のような形を残した肉の塊が、切なそうに呟いた。
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