「帝王(貴族)に逃走はない(のよ)!-08」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「帝王(貴族)に逃走はない(のよ)!-08」(2009/11/13 (金) 02:39:14) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
&setpagename(第捌話「汚物は消毒」)
#navi(帝王(貴族)に逃走はない(のよ)!)
どんな夜にも必ず朝は訪れる。
腐敗と自由と暴力の真っ只中を生き抜く人々にも。
魔法が世を支配する世界を生きる人々にも。
そして、かつて南斗聖拳最強と呼ばれていた将星の男が居を構える場所にも当然朝は訪れる。
夢の世界の真っ只中の者。日々を生きるための糧を得るために起きだす者。
トリステイン魔法学院はただ一つの例外を除いて何時もどおりの朝を迎えていた。
魔法学院本塔。
先のフーケの襲撃で開いた宝物庫の穴(実際はルイズが開けたようなものだが)は応急的に塞がれ
何時もと変わらぬ様子を見せていたが、そのさらに上の塔の先端部分。
「……朝……か」
ここ最近の一連の騒動の主犯。世紀末非情の帝王こと聖帝サウザーがそこにいた。
もちろん、こんな場所で寝ていたわけでもなく、日の出を拝もうなどという殊勝な気が起きたわけでもない。
水鳥拳の闇闘崖よろしく、丸二日程立ち続けていただけの事である。
どうやら一昨日はフリッグの舞踏会というものが開かれていたようだが、別段興味など無い。
戦勝のためならともかく、舞踏会などという有象無象が集まるような物はサウザーにとって世紀末における紙幣ほどにもどうでもいい事だった。
気になった事と言えば、闇に紛れてあの竜とタバサがあらぬ方向へ飛び去っていった事ぐらいのもの。
あの炎の杖については、なんでも魔法衛士隊が半年程前に村を襲っていた集団を討伐した際の戦利品で
他にも鉄の馬(恐らくバイク)なども持っていたようだが、ほとんどが魔法で跡形も無く壊れてしまったらしい。
その被害たるや尋常な物ではなく、三つある衛士隊のうちの一つであるヒポグリフ隊は保有する
ヒポグリフを殆どが焼き殺され隊員もマトモに動ける隊員も半数以下という有様。
物的被害も大きく、小さな集落だけでも何箇所か灰燼と化したようだ。
モヒカンのバイタリティなら山一つあれば狩りでもして生きていけそうなものだが、そういう風に仕込んだのもサウザーである。
それを聞いたところで罪悪感が一片も沸くような聖帝様ではない。
なにせ省みないのが聖帝たる所以。
逆にそれは元々俺の所有物だという事で、今は丁寧に祭られたオウガイの遺体とは対照的に、サウザーの部屋の中に無造作に打ち捨てられている。
モット伯はと言えば、半恐慌状態だったところにサウザーの闘気を浴びたせいか精神を病んで勅旨を辞任する羽目になったと聞いた。
なんでも、暗闇に絶えられず常に明かりを灯していないと恐怖で発狂してしまうようだ。
夜な夜な、「暗ぁ~~い……暗ぁ~~~い!」とかいう叫び声が館から聞こえるらしいが、そんな汚物がどうなろうと知った事ではないし興味も無い。
それに、最近入った情報ではアルビオンとかいう国で内乱が勃発しているとも聞いた。
存外、この世界もただ平穏というわけではらしい。
後、聖帝号(仮)は、依然として仕上げ中である。
完璧に忘れられていたギーシュだが一人寂しく泣きそうな顔で深夜に帰ってきた。
何も文句を言ってこなかったので、文句など一片たりとも無いのだろう。
まぁ、言ったら言ったで良くて嘲笑か、悪ければ『うわらば』するだけだと悟っているというだけの事だが。
兎にも角にも今の聖帝様の前には敵は無く、散々やらかした事を見れば結果は上々というところだ。
ふと、水平線の向こうから一匹の竜が学院に飛んでくるのが見えた。
近づくにつれ小さく青いのが見える事からタバサが戻ってきたと見える。
視線が合った瞬間、竜ががくりと大きく揺れて喚いているあたり、どうやら向こうも気付いてはいたらしい。
もっとも、まさか二日も同じ場所に居るとまでは思っていなかったようだが。
今日は面白い事がありそうだ。
なんとなくそう考えると、サウザーの顔には自然と猛禽類を連想させるような獰猛な笑みが浮かび上がっていた。
第捌話『汚物は消毒』
同時刻。
ルイズは池に浮かぶ小船の中で揺られていた。
もちろん、学院に池があるわけでもなく、ここはルイズの夢の中。
その夢の中のルイズは幼く、小船の中で毛布にくるまっていた。
夢の中の場所はラ・ヴァリエール領地内の屋敷。
その中庭の島にかかる霧の中からつばの広い羽付の帽子を被りマントを羽織った立派な貴族が現れた。
「泣いているのかい?ルイズ」
年は十六歳ぐらいだから現実のルイズと同じぐらいだ。
帽子のせいで顔は見えなかったが、ルイズはすぐにそれが誰だか分かった。
「子爵様、いらしてたの?」
子爵と呼ばれた貴族を見るルイズの顔は少し赤い。
みっともないところを見られてしまったというのもあるが、彼はルイズの憧れの人なのだ。
「今日は君のお父上に呼ばれたのさ。あのお話の事でね」
子爵がそう言うと、幼いルイズがはっきりと分かるぐらい頬を染め俯いた。
「まぁ!いけない人ですわ。子爵様は……」
「ルイズ。僕の小さなルイズ。君は僕のことが嫌いかい?」
おどけた調子で子爵が言うと、夢の中のルイズは首を振った。
「いえ、そんなことはありませんわ。でも……。わたし、まだ小さいし、よくわかりませんわ」
子爵の言うあの話というのは、子爵とルイズの婚約の話。
このルイズは六歳ぐらいの背格好だが、貴族の世界では幼いうちから婚約者を定めるという事は別段珍しい事ではない。
親に決められたとはいえ、ルイズにとって子爵は晩餐会をよく共にした憧れの相手であった。
ルイズがはにかんで言うと、帽子の下の顔がにっこりと笑い、そっと手を差し伸べてくる。
「子爵様……」
「ミ・レイディ。手を貸してあげよう。ほら、掴まって。もうじき晩餐会が始まるよ」
「でも……わたし、またお母様に叱られて……」
「安心しなさい。僕からご両親にとりなしてあげよう。それと君にプレゼントがあるんだけど、少しの間目を瞑っててくれるかい?」
ルイズが頷いて目を瞑る。
それが三十秒経ち、一分ぐらい経つとボキリ、ボキリと、何かを鳴らす音聞こえてきた
その音に反応して目を開けて視線を上げるとルイズの思考が止まりかける。
「子爵さ……ま……?」
線の細かった子爵の身体が、いつの間にか筋骨隆々になっていて指を鳴らしているのだからその反応は当然とも言える。
恐る恐る視線を上に上げていくと、その顔は子爵のものではなく、胸のあたりにある七つの傷と太い眉毛が特徴的な別人だった。
「あ、あんた……誰……?」
あまりの変貌にルイズが呆然としていると、続けて高慢かつ高圧的でルイズもよく知っている声がどこからか聞こえてきた。
「ふふ……南斗乱れる時、北斗現ると聞く」
それは数多のギャンブラーを尽く葬り去ってきた帝王。
まさに最強という呼び名に相応しい男が胸に七つの傷を持つ男の前に立ちはだかった。
「ふはは……帝王に愛などいらぬ!!」
愛ゆえに愛を捨てた男!!
サウザー
ブァァァトル!開始ぃぃぃ!!
「はぁ!」
「あたぁ!」
やたらハイテンションな声で闘いの火蓋が切って落とされると、二人同時に蹴りを繰り出す。
ガガガガと、秒間16連打でPushボタンを連打する音が聞こえてくるのは多分幻聴。
とても人間同士の身体のぶつかり合いとは思えない程の音と衝撃がルイズを襲い吹き飛ばした。
「あべし!」
まるで経絡秘孔を突かれたヘビー級の元プロボクサーの断末魔のような声がルイズの部屋に響く。
その発生源は当然ながら、この部屋の持ち主であるルイズ本人。
「……うう、なんなのよ、もう」
鼻を押さえながらゾンビのように起き上がり愚痴をこぼす。
ベッドの上から転がり落ちたのだから痛むのは当然の事で、普段やたら寝起きが悪いルイズでもそりゃあ一発で目も覚める。
まだ起きる時間ではないものの、なにやら妙な夢を見たような気がして二度寝をする気にはなれない。
夢の内容を思い出そうとしてみると、何やら急に嫌な予感に襲われて考えるのを止めた。
具体的にどう嫌なのかというと、天井ブチ抜いた後にBonus1で無双モード突入して単発終了っていうぐらい嫌。
仕方なくクローゼットから着替えを取り出しもそもそと着替えを済ませたが、最近は何かにつけて気分が重い。
その原因は主にサウザーだ。
召喚の日から結構な日数が経つが、未だに契約出来る気配が微塵すら無いのである。
青銅を握りつぶすわ、トライアングルを物ともしないわ、勅使を殺しかけるわ、挙句の果てにフーケのゴーレムすらたった一発の蹴りで粉砕する。
『俺を従えさせたくば力で捻じ伏せてみろ』と言われてはいる。
言われてはいるが、今のところルイズに与えられている力は火でもなく、水でもなく、風でもなく、土でもない。
失敗による『爆発』。それによって得ている二つ名は不名誉極まりない『ゼロ』。
サウザーの二つ名とも言える『聖帝』に比べると、何とも情けない限りだ。
「南斗鳳凰拳かぁ……」
二千年の歴史を持つ北斗神拳と対を成す南斗聖拳百八派の頂点。
それを極めるという事には、尋常ならざる修練の他に才能が必要だという事は拳法の事など知らぬルイズでも、いや、ルイズだからこそ理解できる。
努力しただけでは到達出来うる事の無い才能の差。
例えるなら、トキとアミバ。ケンシロウとキム。北斗三兄弟とジャギ。ハート様とスペード、ダイヤ、クラブ。
魔法にしてもそうだ。
小さい頃から二人のよく出来た姉と、物覚えの悪い妹。
召使達からもそう陰口を叩かれ、よく中庭の秘密の場所に隠れていた。
だから、学院に入ってからも人一倍努力してきた。
それでもゼロと嘲られ罵られる。
常人ならとっくに逃げ出しそうなものだが、そうしなかったのは貴族は決して背を向けないという矜持の賜物。
――退かぬ!
公爵家の名を出せば、大抵の事は黙らせる事も可能だったろうが、いつか立派なメイジになって認めさせると決めている。
――媚びぬ!
まして、魔法が使えないからと言って、ヴァリエール家に産まれた事を後悔したりはしない。
――省みぬ!
だが、現実は厳しい。
この前のフーケにしろ、結局のところサウザー一人で倒したようなもので、ますます埋めようの無い才能の差というものを感じてしまっている。
『俺は天才だ!天才は何をしても許されるんだ!』とか『媚びろ~!媚びろ~!俺は天才だ!』とか言うより余程マシだが、ルイズには関係無い話。
今でこそ『ゼロ』だが、いつの日か『聖帝』に匹敵するような二つ名を得られるだろうかと思いつつ、食堂へと向かうべくルイズが自室を後にした。
「で、なんで居るのよ」
朝食を済ませ、ルイズが向かった先は当然の事ながら教室。
その教室の最後尾にサウザーが極めて偉そうにふんぞり返っていたのだから、そう言いたくもなる。
散々好き勝手やっているため、今の今まで授業になんか一度も出ていなかったというのに、さも当然のように机に脚を投げ出し座っている。
「なに、暇潰しに一度ぐらい見ておこうと思っただけよ。光栄に思うがいい」
特に頼まれてもいないというのに、ふてぶてしさ溢れるこの態度。まさにKING。
せめて投げ出した脚だけでもどうにかさせようと一瞬考えたが止めた。
「ほっんと、いい性格してるわね」
最早諦めの境地に達してしまったように小さくルイズが呟く。
人の言うことを素直に聞くようなタマならこんなに苦労はしていない。
「ふん、この俺を前にしてそのような口が利ける貴様も中々のものだがな」
およそ召喚された側の物言いではなく、そのおかげで今では生徒の間ではどっちが主人なのか分からないと言われている程だ。
そんな雰囲気を察したのか、ルイズが周りを一睨み。
その迫力たるや、今にも『俺の名を言ってみろ!』と言わんばかり。
ちょっと興奮している小太りの生徒を除いて、全員が一斉にルイズから視線を逸らすと同時にキュルケとタバサが現れた。
「おお、こわい、こわい」
棒読みだが、どことなくゆっくりな声でキュルケが言うとルイズの傍の席に座る。
「言ってくれるじゃない。それならなんでわざわざわたしの横に座るのよ、ツェルプストー」
「あら、誰もあなたの事だけを言ったわけじゃないわよ。それより、この教室いつもと違うと思わない?」
「違うって、いつもと変わらない……あれ?」
ルイズが一度ぐるりと教室を見渡してみると、何時もと何かが少し違う気がしてきた。
授業が始まらないので相変わらず頬杖付いたサウザーが退屈そうにしている事ではない。
むー、と唸りながらもう一度教室をよく見てみると、そういえばなんだか生徒が前の方に固まっている気がする事に気付いた。
「もしかして、こうなってる原因って……」
「もしかしなくてもよ。おまけに、あたしのフレイムなんて教室に入ろうともしなかったのよ」
言われてみれば、普段居るはずの中小型の使い魔の姿が全く無い。
使い魔とはいえ、元は野生の生物だけにそのあたりの事を感じ取る能力は総じて高い。
まして、使い魔になった獣たちは主人の命令を忠実に聞けるぐらい知能が発達する。
ルイズ自身はあまり気にもとめていなかったが、実はサウザーの周りに使い魔が近付いた事はほとんど無い。
唯一の例外がシルフィードぐらいのものだ。
それでも、あれはサウザーが無理矢理乗ったようなもので、シルフィード本竜はサウザーを避けている。
以前、北斗神拳先代伝承者であるリュウケンがケンシロウとラオウの前に虎を放った事がある。
ケンシロウを見た虎は死を覚悟し、ラオウを見た虎は死を恐怖し襲い掛かかり、どちらが暗殺拳の伝承者に相応しいかを決めたという。
この二人の違いは拳の気質。同じ剛拳でも世紀末恐怖の覇者となった男と、世紀末の救世主となった男の違い。
ならば、世紀末の帝王となった男の拳の気質はと問われれば、これは答えるまでもなく『制圧前進』のただ四文字。
敵は自ずから跪き頭を垂れる。
だが、使い魔は契約した主人以外に平伏す事は決して許されない。
理性とかそういった物ではなく、契約によって魂にまで刻まれた死ぬ時まで解ける事のない呪縛。
命を懸けてでも主人を守る存在。それが使い魔なのである。
下手にサウザーの覇気や闘気に当てられでもしたら、自然と服従してしまうかもしれないし
そうなれば使い魔としての部分がそれを拒否しようとし襲い掛かからないとは言い切れない。
そして、天空を舞う鳳凰には決して敵わない事も知っている。
だから、使い魔達は主人に最悪という時が来るまではサウザーに近付かない。
生徒の間でも、一度でも刃向かえば決して容赦される事はなく、ギーシュのように下僕にされてしまうというのは割と有名な話。
当然、そんな男の周りに誰も座るわけがなく、ぽっかりと開けた空間が完成してしまっていた。
やたら重っ苦しい雰囲気の中、教室の扉が音を立てて開くと、黒尽くめの陰気な感じのする男が入ってきたので、余計に教室の空気が重くなってしまった。
「では、授業を始める。……だが、その前に、この教室に部外者が居る事について何か説明できる者はいるかね?」
ギトーの言う部外者とは、もちろんサウザーの事である。
対するサウザーはといえば不動の姿勢で文字通り見下しながら、動じる事なくこれまた見下した笑みを浮かべている。
気まずい沈黙が数秒流れると折れたのは教師の方だった。
埒があかないので無視する事に決めたらしい。
「知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」
ギトーと名乗った教師がある意味嫌な緊張感に包まれた教室を一瞥すると、そのまま言葉を続けた。
「最強の系統を知っているかね?ミス・ツェルプストー」
「虚無じゃないんですか?」
最強と言うからには、伝説とまでなった虚無だろうと当たりをつけてキュルケが答える。
が、どうやら答えは違っていたようで首を横に振られてしまった。
「伝説の話をしているのではない。現実的な答えを聞いているんだ」
いちいち引っかかる言い方だが、ギトーとは比べ物にならないぐらい人を見下し続けていらっしゃる聖帝様を見ているので今日のキュルケは比較的落ち着いている。
「それでしたら、全てを燃やすつくせる炎と情熱を持った火に決まってますわ。ミスタ・ギトー」
ならば破壊に特化した火だろうと答えたが、これも違うようだった。
「残念ながらそうではない。最強の系統は風だ。今からそれを諸君らに教えよう。試しにこの私に君の得意な……」
ギトーが腰に差した杖を引き抜き、その風が最強だという事を教えようとしている途中に
ルイズ達にとっては聞きなれた高笑いが教室を支配しギトーも話を中断せざるを得なくなった。
ジロリとギトーが視線を教室の最後尾に移し言葉を放つ。
「……私の話に何かおかしいところでもあったのかね?」
「俺に手も出ぬようなやつらがどの系統が最強などと言い争う様が滑稽でな。そこの小娘は確か風だったはずだが、俺にまだ傷一つしか付けてはおらぬぞ?」
「ミス・タバサはトライアングルだが、私は違う。私は風のスクウェアだ。
そこまで言うのなら、特別に君に風が最強たる所以である『遍在』をその身に教えてあげよう。かかってきたまえ」
嘲笑混じりにサウザーが言い放つ横で、ルイズはもう完全に諦めている。
キュルケは肩をすくめて面白そうにそれを眺め、タバサに至っては持ち込んだ本を読み始めているのだから、三人とも心は一つだ。
だが、肝心のサウザーは姿勢を崩さずルイズを指差し、まるで配下であるかのように命じた。
「ふっ、貴様程度の小物が俺に相手をしてもらえるとでも思ったか?お前ぐらいなら南斗爆殺拳のルイズ。こいつ一人で十分だろう」
「はぁ!?」
突然の聖帝様の御指名に困惑の声があがる。
いつの間にか勝手に南斗爆殺拳の伝承者にさせられていた上に、さも当然のように押し付けられたのだからたまったもんではない。
「ルイズ……いつもいつも爆発ばかり起こすと思ってたけど
それ、魔法じゃなくて南斗聖拳だったのね、納得したわ。『南斗爆殺拳のルイズ』。うん、『ゼロのルイズ』よりは余程いい二つ名じゃない」
その上、やけに納得したようにキュルケが頷くもんだから、さすがのルイズもとうとうキレた。
「ちがーーーう!だいたい何よ南斗爆殺拳って!胡散臭いにも程があるわ!なんでもかんでも南斗って付ければいいってもんじゃないわよ!!」
南斗暗鐘拳や南斗龍神拳とかの色物南斗聖拳は多々あれど、南斗爆殺拳と南斗人間砲弾はその筆頭。
爆殺拳は、火薬に頼って何が拳法だと突っ込まれ、人間砲弾に至っては天(原作者的な意味で)からお叱りを受けた程。
その胡散臭さと言ったら、『命は投げ捨てるもの!(キリッ)』に匹敵するものがある。
とはいえ、ルイズの場合火薬に頼っていないのだからジャッカルよりは南斗爆殺拳の使い手に相応しいかもしれなかったが。
こほん、と咳払い一つ。
「もういいかな?ミス・ヴァリエール」
見ると完全に忘れられていたギトーがイラついたような出している。
サウザーに相手にすらされなかった事が余程頭にきたらしい。
「君の使い魔がそういうのだから、その南斗爆殺拳とやらをやってみてはどうだね?」
「ミスタ・ギトーまで変な事言わないでください。それに……怪我しますよ」
教師という立場からギトーはサウザーがルイズの使い魔になってはいない事を知っている。
一度、意に反してでも契約させるべきだとオスマンに直談判した事があったが、その時は
『彼がその気になれば、君どころか学院全体から人が居なくなるから止めておきなさい』
と、オスマン直々に特例を出しているという事もあってその場は引き下がったが、やはりそう面白いものではない。
もちろん、サウザーが三人を手玉に取ったところやフーケのゴーレムを粉砕したところを
直接見ていれば考えも変わっているだろうが、残念な事に彼はどれも見ていないのである。
「説明したはずだ、最強の系統は風だと。風は全てを薙ぎ払う。火も、水も、土も、そして君の不完全な魔法も風の前では立つ事すらできないのだから」
ギトーはその不気味な雰囲気や、何かにつけて風について講釈を垂れるのでそれ程人気のある教師ではない。
どこか陰湿さを感じる言葉にルイズもそこまで言うならやってやろうと立ち上がり、狙いを定め、錬金のルーンを短く唱え杖を振る。
振り下ろすと同時にギトーの後ろの黒板が爆発し、爆風を起こしギトーを襲った。
「デル・イル・そんだば!?」
詠唱を終わらせる間も無く後ろから爆風を受けて吹き飛んだギトーが世紀末っぽい悲鳴をあげて吹き飛ぶと床に倒れ動かなくなる。
小刻みに動いているあたり死んではいないらしい。
ギトーは、どんな魔法が飛んできてもウインド・ブレイクやエア・ハンマーなりで吹き飛ばすつもりいでいた。
火球やゴーレムならそれもいいだろうが、所詮失敗魔法という事で甘く見ていた感が否めない。
この場においてルイズの魔法の性質を一番よく知っているのは、皮肉にも魔法の事など大して興味も無いサウザーである。
火球のように飛んでいくのではなく、狙ったところにいきなり爆発が起きる。
そして、その破壊力は並ではない。
南斗鳳凰拳伝承者という常人とは比べ物にならぬ身に相当のダメージを与え、巨大なゴーレムですら傷一つ付ける事の出来ない壁にひびを入れた。
それ程の威力を持ち、しかも詠唱はスクウェア・スペルのようなそれなりに長い詠唱を必要とするものではなく
短いコモンマジック程度の詠唱でも変わらずその威力の爆発が起きるとなれば相当な脅威と言えよう。
ちょっとした惨事であるが、そこに、ただ一つ嘲笑うかのような声が爆発の余韻が残る教室に響く。
もちろん、声の主は聖帝様である。
「くっははは……惜しかったな。俺は人間に直接こいつの魔法をかけるとどうなるのか見てみたかったのだがな」
サウザーの言葉で教室に居た全員がはっとなって青褪めた。
新学期一番の授業でルイズが小石に錬金をかけシュヴルーズをテーレッテーさせたのは記憶に新しい。
その時、錬金をかけられた小石は文字どおり消滅した。
ルイズがやろうと思えば、北斗神拳と同じように肉体を内部から爆破する事ができるかもしれない。
おかげで、他の生徒からは『お、恐ろしい……』とか『これが南斗爆殺拳……』とかのざわめきが起こっている。
まぁ一番恐ろしいのは、そうなる事も十分予想した上でけしかけた聖帝様なのだが。
そしてギトーをFATAL K.Oしたルイズはと言えば……
「……ん?ちょっと間違ったかしら?」
顎先に手をやり首をかしげながら、木人形でも見るかのような目で言い放つ様はまるであの自称天才が乗り移ったかのよう。
いつもならそこでゼロのルイズだのと野次を食らうところだが、サウザーの余計な一言のせいで改めてルイズの爆発の恐ろしさを味わいそんな事を言う者は皆無だった。
唯一生徒の中で落ち着いているのは、キュルケとタバサぐらいで一歩離れたとこから呆れたようにルイズを眺めている。
「あらら、これはもう手遅れね」
その授業からルイズの二つ名が『ゼロ』から『南斗爆殺拳』になったのは言うまでも無く
これについてルイズが頭を悩ませるのは、これからおそよ十秒後の事であった。
----
#navi(帝王(貴族)に逃走はない(のよ)!)
&setpagename(第捌話「汚物は消毒」)
#navi(帝王(貴族)に逃走はない(のよ)!)
どんな夜にも必ず朝は訪れる。
腐敗と自由と暴力の真っ只中を生き抜く人々にも。
魔法が世を支配する世界を生きる人々にも。
そして、かつて南斗聖拳最強と呼ばれていた将星の男が居を構える場所にも当然朝は訪れる。
夢の世界の真っ只中の者。日々を生きるための糧を得るために起きだす者。
トリステイン魔法学院はただ一つの例外を除いて何時もどおりの朝を迎えていた。
魔法学院本塔。
先のフーケの襲撃で開いた宝物庫の穴(実際はルイズが開けたようなものだが)は応急的に塞がれ
何時もと変わらぬ様子を見せていたが、そのさらに上の塔の先端部分。
「……朝……か」
ここ最近の一連の騒動の主犯。世紀末非情の帝王こと聖帝サウザーがそこにいた。
もちろん、こんな場所で寝ていたわけでもなく、日の出を拝もうなどという殊勝な気が起きたわけでもない。
水鳥拳の闇闘崖よろしく、丸二日程立ち続けていただけの事である。
どうやら一昨日はフリッグの舞踏会というものが開かれていたようだが、別段興味など無い。
戦勝のためならともかく、舞踏会などという有象無象が集まるような物はサウザーにとって世紀末における紙幣ほどにもどうでもいい事だった。
気になった事と言えば、闇に紛れてあの竜とタバサがあらぬ方向へ飛び去っていった事ぐらいのもの。
あの炎の杖については、なんでも魔法衛士隊が半年程前に村を襲っていた集団を討伐した際の戦利品で
他にも鉄の馬(恐らくバイク)なども持っていたようだが、ほとんどが魔法で跡形も無く壊れてしまったらしい。
その被害たるや尋常な物ではなく、三つある衛士隊のうちの一つであるヒポグリフ隊は保有する
ヒポグリフを殆どが焼き殺され隊員もマトモに動ける隊員も半数以下という有様。
物的被害も大きく、小さな集落だけでも何箇所か灰燼と化したようだ。
モヒカンのバイタリティなら山一つあれば狩りでもして生きていけそうなものだが、そういう風に仕込んだのもサウザーである。
それを聞いたところで罪悪感が一片も沸くような聖帝様ではない。
なにせ省みないのが聖帝たる所以。
逆にそれは元々俺の所有物だという事で、今は丁寧に祭られたオウガイの遺体とは対照的に、サウザーの部屋の中に無造作に打ち捨てられている。
モット伯はと言えば、半恐慌状態だったところにサウザーの闘気を浴びたせいか精神を病んで勅旨を辞任する羽目になったと聞いた。
なんでも、暗闇に絶えられず常に明かりを灯していないと恐怖で発狂してしまうようだ。
夜な夜な、「暗ぁ~~い……暗ぁ~~~い!」とかいう叫び声が館から聞こえるらしいが、そんな汚物がどうなろうと知った事ではないし興味も無い。
それに、最近入った情報ではアルビオンとかいう国で内乱が勃発しているとも聞いた。
存外、この世界もただ平穏というわけではらしい。
後、聖帝号(仮)は、依然として仕上げ中である。
完璧に忘れられていたギーシュだが一人寂しく泣きそうな顔で深夜に帰ってきた。
何も文句を言ってこなかったので、文句など一片たりとも無いのだろう。
まぁ、言ったら言ったで良くて嘲笑か、悪ければ『うわらば』するだけだと悟っているというだけの事だが。
兎にも角にも今の聖帝様の前には敵は無く、散々やらかした事を見れば結果は上々というところだ。
ふと、水平線の向こうから一匹の竜が学院に飛んでくるのが見えた。
近づくにつれ小さく青いのが見える事からタバサが戻ってきたと見える。
視線が合った瞬間、竜ががくりと大きく揺れて喚いているあたり、どうやら向こうも気付いてはいたらしい。
もっとも、まさか二日も同じ場所に居るとまでは思っていなかったようだが。
今日は面白い事がありそうだ。
なんとなくそう考えると、サウザーの顔には自然と猛禽類を連想させるような獰猛な笑みが浮かび上がっていた。
第捌話『汚物は消毒』
同時刻。
ルイズは池に浮かぶ小船の中で揺られていた。
もちろん、学院に池があるわけでもなく、ここはルイズの夢の中。
その夢の中のルイズは幼く、小船の中で毛布にくるまっていた。
夢の中の場所はラ・ヴァリエール領地内の屋敷。
その中庭の島にかかる霧の中からつばの広い羽付の帽子を被りマントを羽織った立派な貴族が現れた。
「泣いているのかい?ルイズ」
年は十六歳ぐらいだから現実のルイズと同じぐらいだ。
帽子のせいで顔は見えなかったが、ルイズはすぐにそれが誰だか分かった。
「子爵様、いらしてたの?」
子爵と呼ばれた貴族を見るルイズの顔は少し赤い。
みっともないところを見られてしまったというのもあるが、彼はルイズの憧れの人なのだ。
「今日は君のお父上に呼ばれたのさ。あのお話の事でね」
子爵がそう言うと、幼いルイズがはっきりと分かるぐらい頬を染め俯いた。
「まぁ!いけない人ですわ。子爵様は……」
「ルイズ。僕の小さなルイズ。君は僕のことが嫌いかい?」
おどけた調子で子爵が言うと、夢の中のルイズは首を振った。
「いえ、そんなことはありませんわ。でも……。わたし、まだ小さいし、よくわかりませんわ」
子爵の言うあの話というのは、子爵とルイズの婚約の話。
このルイズは六歳ぐらいの背格好だが、貴族の世界では幼いうちから婚約者を定めるという事は別段珍しい事ではない。
親に決められたとはいえ、ルイズにとって子爵は晩餐会をよく共にした憧れの相手であった。
ルイズがはにかんで言うと、帽子の下の顔がにっこりと笑い、そっと手を差し伸べてくる。
「子爵様……」
「ミ・レイディ。手を貸してあげよう。ほら、掴まって。もうじき晩餐会が始まるよ」
「でも……わたし、またお母様に叱られて……」
「安心しなさい。僕からご両親にとりなしてあげよう。それと君にプレゼントがあるんだけど、少しの間目を瞑っててくれるかい?」
ルイズが頷いて目を瞑る。
それが三十秒経ち、一分ぐらい経つとボキリ、ボキリと、何かを鳴らす音聞こえてきた
その音に反応して目を開けて視線を上げるとルイズの思考が止まりかける。
「子爵さ……ま……?」
線の細かった子爵の身体が、いつの間にか筋骨隆々になっていて指を鳴らしているのだからその反応は当然とも言える。
恐る恐る視線を上に上げていくと、その顔は子爵のものではなく、胸のあたりにある七つの傷と太い眉毛が特徴的な別人だった。
「あ、あんた……誰……?」
あまりの変貌にルイズが呆然としていると、続けて高慢かつ高圧的でルイズもよく知っている声がどこからか聞こえてきた。
「ふふ……南斗乱れる時、北斗現ると聞く」
それは数多のギャンブラーを尽く葬り去ってきた帝王。
まさに最強という呼び名に相応しい男が胸に七つの傷を持つ男の前に立ちはだかった。
「ふはは……帝王に愛などいらぬ!!」
愛ゆえに愛を捨てた男!!
*『サウザー』
ブァァァトル!開始ぃぃぃ!!
「はぁ!」
「あたぁ!」
やたらハイテンションな声で闘いの火蓋が切って落とされると、二人同時に蹴りを繰り出す。
ガガガガと、秒間16連打でPushボタンを連打する音が聞こえてくるのは多分幻聴。
とても人間同士の身体のぶつかり合いとは思えない程の音と衝撃がルイズを襲い吹き飛ばした。
「あべし!」
まるで経絡秘孔を突かれたヘビー級の元プロボクサーの断末魔のような声がルイズの部屋に響く。
その発生源は当然ながら、この部屋の持ち主であるルイズ本人。
「……うう、なんなのよ、もう」
鼻を押さえながらゾンビのように起き上がり愚痴をこぼす。
ベッドの上から転がり落ちたのだから痛むのは当然の事で、普段やたら寝起きが悪いルイズでもそりゃあ一発で目も覚める。
まだ起きる時間ではないものの、なにやら妙な夢を見たような気がして二度寝をする気にはなれない。
夢の内容を思い出そうとしてみると、何やら急に嫌な予感に襲われて考えるのを止めた。
具体的にどう嫌なのかというと、天井ブチ抜いた後にBonus1で無双モード突入して単発終了っていうぐらい嫌。
仕方なくクローゼットから着替えを取り出しもそもそと着替えを済ませたが、最近は何かにつけて気分が重い。
その原因は主にサウザーだ。
召喚の日から結構な日数が経つが、未だに契約出来る気配が微塵すら無いのである。
青銅を握りつぶすわ、トライアングルを物ともしないわ、勅使を殺しかけるわ、挙句の果てにフーケのゴーレムすらたった一発の蹴りで粉砕する。
『俺を従えさせたくば力で捻じ伏せてみろ』と言われてはいる。
言われてはいるが、今のところルイズに与えられている力は火でもなく、水でもなく、風でもなく、土でもない。
失敗による『爆発』。それによって得ている二つ名は不名誉極まりない『ゼロ』。
サウザーの二つ名とも言える『聖帝』に比べると、何とも情けない限りだ。
「南斗鳳凰拳かぁ……」
二千年の歴史を持つ北斗神拳と対を成す南斗聖拳百八派の頂点。
それを極めるという事には、尋常ならざる修練の他に才能が必要だという事は拳法の事など知らぬルイズでも、いや、ルイズだからこそ理解できる。
努力しただけでは到達出来うる事の無い才能の差。
例えるなら、トキとアミバ。ケンシロウとキム。北斗三兄弟とジャギ。ハート様とスペード、ダイヤ、クラブ。
魔法にしてもそうだ。
小さい頃から二人のよく出来た姉と、物覚えの悪い妹。
召使達からもそう陰口を叩かれ、よく中庭の秘密の場所に隠れていた。
だから、学院に入ってからも人一倍努力してきた。
それでもゼロと嘲られ罵られる。
常人ならとっくに逃げ出しそうなものだが、そうしなかったのは貴族は決して背を向けないという矜持の賜物。
――退かぬ!
公爵家の名を出せば、大抵の事は黙らせる事も可能だったろうが、いつか立派なメイジになって認めさせると決めている。
――媚びぬ!
まして、魔法が使えないからと言って、ヴァリエール家に産まれた事を後悔したりはしない。
――省みぬ!
だが、現実は厳しい。
この前のフーケにしろ、結局のところサウザー一人で倒したようなもので、ますます埋めようの無い才能の差というものを感じてしまっている。
『俺は天才だ!天才は何をしても許されるんだ!』とか『媚びろ~!媚びろ~!俺は天才だ!』とか言うより余程マシだが、ルイズには関係無い話。
今でこそ『ゼロ』だが、いつの日か『聖帝』に匹敵するような二つ名を得られるだろうかと思いつつ、食堂へと向かうべくルイズが自室を後にした。
「で、なんで居るのよ」
朝食を済ませ、ルイズが向かった先は当然の事ながら教室。
その教室の最後尾にサウザーが極めて偉そうにふんぞり返っていたのだから、そう言いたくもなる。
散々好き勝手やっているため、今の今まで授業になんか一度も出ていなかったというのに、さも当然のように机に脚を投げ出し座っている。
「なに、暇潰しに一度ぐらい見ておこうと思っただけよ。光栄に思うがいい」
特に頼まれてもいないというのに、ふてぶてしさ溢れるこの態度。まさにKING。
せめて投げ出した脚だけでもどうにかさせようと一瞬考えたが止めた。
「ほっんと、いい性格してるわね」
最早諦めの境地に達してしまったように小さくルイズが呟く。
人の言うことを素直に聞くようなタマならこんなに苦労はしていない。
「ふん、この俺を前にしてそのような口が利ける貴様も中々のものだがな」
およそ召喚された側の物言いではなく、そのおかげで今では生徒の間ではどっちが主人なのか分からないと言われている程だ。
そんな雰囲気を察したのか、ルイズが周りを一睨み。
その迫力たるや、今にも『俺の名を言ってみろ!』と言わんばかり。
ちょっと興奮している小太りの生徒を除いて、全員が一斉にルイズから視線を逸らすと同時にキュルケとタバサが現れた。
「おお、こわい、こわい」
棒読みだが、どことなくゆっくりな声でキュルケが言うとルイズの傍の席に座る。
「言ってくれるじゃない。それならなんでわざわざわたしの横に座るのよ、ツェルプストー」
「あら、誰もあなたの事だけを言ったわけじゃないわよ。それより、この教室いつもと違うと思わない?」
「違うって、いつもと変わらない……あれ?」
ルイズが一度ぐるりと教室を見渡してみると、何時もと何かが少し違う気がしてきた。
授業が始まらないので相変わらず頬杖付いたサウザーが退屈そうにしている事ではない。
むー、と唸りながらもう一度教室をよく見てみると、そういえばなんだか生徒が前の方に固まっている気がする事に気付いた。
「もしかして、こうなってる原因って……」
「もしかしなくてもよ。おまけに、あたしのフレイムなんて教室に入ろうともしなかったのよ」
言われてみれば、普段居るはずの中小型の使い魔の姿が全く無い。
使い魔とはいえ、元は野生の生物だけにそのあたりの事を感じ取る能力は総じて高い。
まして、使い魔になった獣たちは主人の命令を忠実に聞けるぐらい知能が発達する。
ルイズ自身はあまり気にもとめていなかったが、実はサウザーの周りに使い魔が近付いた事はほとんど無い。
唯一の例外がシルフィードぐらいのものだ。
それでも、あれはサウザーが無理矢理乗ったようなもので、シルフィード本竜はサウザーを避けている。
以前、北斗神拳先代伝承者であるリュウケンがケンシロウとラオウの前に虎を放った事がある。
ケンシロウを見た虎は死を覚悟し、ラオウを見た虎は死を恐怖し襲い掛かかり、どちらが暗殺拳の伝承者に相応しいかを決めたという。
この二人の違いは拳の気質。同じ剛拳でも世紀末恐怖の覇者となった男と、世紀末の救世主となった男の違い。
ならば、世紀末の帝王となった男の拳の気質はと問われれば、これは答えるまでもなく『制圧前進』のただ四文字。
敵は自ずから跪き頭を垂れる。
だが、使い魔は契約した主人以外に平伏す事は決して許されない。
理性とかそういった物ではなく、契約によって魂にまで刻まれた死ぬ時まで解ける事のない呪縛。
命を懸けてでも主人を守る存在。それが使い魔なのである。
下手にサウザーの覇気や闘気に当てられでもしたら、自然と服従してしまうかもしれないし
そうなれば使い魔としての部分がそれを拒否しようとし襲い掛かからないとは言い切れない。
そして、天空を舞う鳳凰には決して敵わない事も知っている。
だから、使い魔達は主人に最悪という時が来るまではサウザーに近付かない。
生徒の間でも、一度でも刃向かえば決して容赦される事はなく、ギーシュのように下僕にされてしまうというのは割と有名な話。
当然、そんな男の周りに誰も座るわけがなく、ぽっかりと開けた空間が完成してしまっていた。
やたら重っ苦しい雰囲気の中、教室の扉が音を立てて開くと、黒尽くめの陰気な感じのする男が入ってきたので、余計に教室の空気が重くなってしまった。
「では、授業を始める。……だが、その前に、この教室に部外者が居る事について何か説明できる者はいるかね?」
ギトーの言う部外者とは、もちろんサウザーの事である。
対するサウザーはといえば不動の姿勢で文字通り見下しながら、動じる事なくこれまた見下した笑みを浮かべている。
気まずい沈黙が数秒流れると折れたのは教師の方だった。
埒があかないので無視する事に決めたらしい。
「知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」
ギトーと名乗った教師がある意味嫌な緊張感に包まれた教室を一瞥すると、そのまま言葉を続けた。
「最強の系統を知っているかね?ミス・ツェルプストー」
「虚無じゃないんですか?」
最強と言うからには、伝説とまでなった虚無だろうと当たりをつけてキュルケが答える。
が、どうやら答えは違っていたようで首を横に振られてしまった。
「伝説の話をしているのではない。現実的な答えを聞いているんだ」
いちいち引っかかる言い方だが、ギトーとは比べ物にならないぐらい人を見下し続けていらっしゃる聖帝様を見ているので今日のキュルケは比較的落ち着いている。
「それでしたら、全てを燃やすつくせる炎と情熱を持った火に決まってますわ。ミスタ・ギトー」
ならば破壊に特化した火だろうと答えたが、これも違うようだった。
「残念ながらそうではない。最強の系統は風だ。今からそれを諸君らに教えよう。試しにこの私に君の得意な……」
ギトーが腰に差した杖を引き抜き、その風が最強だという事を教えようとしている途中に
ルイズ達にとっては聞きなれた高笑いが教室を支配しギトーも話を中断せざるを得なくなった。
ジロリとギトーが視線を教室の最後尾に移し言葉を放つ。
「……私の話に何かおかしいところでもあったのかね?」
「俺に手も出ぬようなやつらがどの系統が最強などと言い争う様が滑稽でな。そこの小娘は確か風だったはずだが、俺にまだ傷一つしか付けてはおらぬぞ?」
「ミス・タバサはトライアングルだが、私は違う。私は風のスクウェアだ。
そこまで言うのなら、特別に君に風が最強たる所以である『遍在』をその身に教えてあげよう。かかってきたまえ」
嘲笑混じりにサウザーが言い放つ横で、ルイズはもう完全に諦めている。
キュルケは肩をすくめて面白そうにそれを眺め、タバサに至っては持ち込んだ本を読み始めているのだから、三人とも心は一つだ。
だが、肝心のサウザーは姿勢を崩さずルイズを指差し、まるで配下であるかのように命じた。
「ふっ、貴様程度の小物が俺に相手をしてもらえるとでも思ったか?お前ぐらいなら南斗爆殺拳のルイズ。こいつ一人で十分だろう」
「はぁ!?」
突然の聖帝様の御指名に困惑の声があがる。
いつの間にか勝手に南斗爆殺拳の伝承者にさせられていた上に、さも当然のように押し付けられたのだからたまったもんではない。
「ルイズ……いつもいつも爆発ばかり起こすと思ってたけど
それ、魔法じゃなくて南斗聖拳だったのね、納得したわ。『南斗爆殺拳のルイズ』。うん、『ゼロのルイズ』よりは余程いい二つ名じゃない」
その上、やけに納得したようにキュルケが頷くもんだから、さすがのルイズもとうとうキレた。
「ちがーーーう!だいたい何よ南斗爆殺拳って!胡散臭いにも程があるわ!なんでもかんでも南斗って付ければいいってもんじゃないわよ!!」
南斗暗鐘拳や南斗龍神拳とかの色物南斗聖拳は多々あれど、南斗爆殺拳と南斗人間砲弾はその筆頭。
爆殺拳は、火薬に頼って何が拳法だと突っ込まれ、人間砲弾に至っては天(原作者的な意味で)からお叱りを受けた程。
その胡散臭さと言ったら、『命は投げ捨てるもの!(キリッ)』に匹敵するものがある。
とはいえ、ルイズの場合火薬に頼っていないのだからジャッカルよりは南斗爆殺拳の使い手に相応しいかもしれなかったが。
こほん、と咳払い一つ。
「もういいかな?ミス・ヴァリエール」
見ると完全に忘れられていたギトーがイラついたような出している。
サウザーに相手にすらされなかった事が余程頭にきたらしい。
「君の使い魔がそういうのだから、その南斗爆殺拳とやらをやってみてはどうだね?」
「ミスタ・ギトーまで変な事言わないでください。それに……怪我しますよ」
教師という立場からギトーはサウザーがルイズの使い魔になってはいない事を知っている。
一度、意に反してでも契約させるべきだとオスマンに直談判した事があったが、その時は
『彼がその気になれば、君どころか学院全体から人が居なくなるから止めておきなさい』
と、オスマン直々に特例を出しているという事もあってその場は引き下がったが、やはりそう面白いものではない。
もちろん、サウザーが三人を手玉に取ったところやフーケのゴーレムを粉砕したところを
直接見ていれば考えも変わっているだろうが、残念な事に彼はどれも見ていないのである。
「説明したはずだ、最強の系統は風だと。風は全てを薙ぎ払う。火も、水も、土も、そして君の不完全な魔法も風の前では立つ事すらできないのだから」
ギトーはその不気味な雰囲気や、何かにつけて風について講釈を垂れるのでそれ程人気のある教師ではない。
どこか陰湿さを感じる言葉にルイズもそこまで言うならやってやろうと立ち上がり、狙いを定め、錬金のルーンを短く唱え杖を振る。
振り下ろすと同時にギトーの後ろの黒板が爆発し、爆風を起こしギトーを襲った。
「デル・イル・そんだば!?」
詠唱を終わらせる間も無く後ろから爆風を受けて吹き飛んだギトーが世紀末っぽい悲鳴をあげて吹き飛ぶと床に倒れ動かなくなる。
小刻みに動いているあたり死んではいないらしい。
ギトーは、どんな魔法が飛んできてもウインド・ブレイクやエア・ハンマーなりで吹き飛ばすつもりいでいた。
火球やゴーレムならそれもいいだろうが、所詮失敗魔法という事で甘く見ていた感が否めない。
この場においてルイズの魔法の性質を一番よく知っているのは、皮肉にも魔法の事など大して興味も無いサウザーである。
火球のように飛んでいくのではなく、狙ったところにいきなり爆発が起きる。
そして、その破壊力は並ではない。
南斗鳳凰拳伝承者という常人とは比べ物にならぬ身に相当のダメージを与え、巨大なゴーレムですら傷一つ付ける事の出来ない壁にひびを入れた。
それ程の威力を持ち、しかも詠唱はスクウェア・スペルのようなそれなりに長い詠唱を必要とするものではなく
短いコモンマジック程度の詠唱でも変わらずその威力の爆発が起きるとなれば相当な脅威と言えよう。
ちょっとした惨事であるが、そこに、ただ一つ嘲笑うかのような声が爆発の余韻が残る教室に響く。
もちろん、声の主は聖帝様である。
「くっははは……惜しかったな。俺は人間に直接こいつの魔法をかけるとどうなるのか見てみたかったのだがな」
サウザーの言葉で教室に居た全員がはっとなって青褪めた。
新学期一番の授業でルイズが小石に錬金をかけシュヴルーズをテーレッテーさせたのは記憶に新しい。
その時、錬金をかけられた小石は文字どおり消滅した。
ルイズがやろうと思えば、北斗神拳と同じように肉体を内部から爆破する事ができるかもしれない。
おかげで、他の生徒からは『お、恐ろしい……』とか『これが南斗爆殺拳……』とかのざわめきが起こっている。
まぁ一番恐ろしいのは、そうなる事も十分予想した上でけしかけた聖帝様なのだが。
そしてギトーをFATAL K.Oしたルイズはと言えば……
「……ん?ちょっと間違ったかしら?」
顎先に手をやり首をかしげながら、木人形でも見るかのような目で言い放つ様はまるであの自称天才が乗り移ったかのよう。
いつもならそこでゼロのルイズだのと野次を食らうところだが、サウザーの余計な一言のせいで改めてルイズの爆発の恐ろしさを味わいそんな事を言う者は皆無だった。
唯一生徒の中で落ち着いているのは、キュルケとタバサぐらいで一歩離れたとこから呆れたようにルイズを眺めている。
「あらら、これはもう手遅れね」
その授業からルイズの二つ名が『ゼロ』から『南斗爆殺拳』になったのは言うまでも無く
これについてルイズが頭を悩ませるのは、これからおそよ十秒後の事であった。
----
#navi(帝王(貴族)に逃走はない(のよ)!)
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: