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#navi(Louise and Little Familiar’s Order)
ラ・ロシェールとタルブ村に対するレコン・キスタの襲撃が起きてから二日後の虚無の曜日の昼前時。ルイズは自室の中で勉強していた。
実際には教科書の一部暗唱くらい余裕で出来ているのだが、調子に乗って日々の積み重ねを疎かにする事は出来ない。実技が全く出来ない以上、他人を見返す方法は学科しか残っていないからだ。
静かなものだとルイズは思う。つい二ヶ月ほど前までこんな状態だったとは……騒がしい感覚も慣れると実に恐ろしいものである。正直に言えば慣れたくも無かった。
本人にとって今の環境が良いだけに学習はすこぶる捗っていた。一生懸命に集中していれば多少気に病んでいることもあっさりと忘れるものである。
しかしそれでも腕や手先は痛くなる。窓も朝から閉めっぱなしのためにどこと無く空気が澱んでいる感じがする。ルイズは気分転換を図るために、背伸びをした後窓を開けた。
初夏を思わせる新緑の匂いが、からっとした心地よい風と共に室内に入ってくる。これであともう少しだけ勉強に精が出ることだろう。
外を幅広く見ると、皆週に一度の休日くらい羽を伸ばしたいのか遠出をしているらしく、学院の敷地内に人影は見られない。実に静かなものである。
ところが、やおらその静けさを破る物が現れた。扉に王家の紋章、白百合を記した一台の小型馬車が猛スピードで学院の正門から入ってきたのだ。
馬車はやがて広場の一つに停まる。そして殆ど間を置かず、一人の正装した男性が馬車から転がり出るように降り、学院の本塔へと大急ぎで向かっていった。
その一連の流れを見ていたルイズも、窓を閉め、脱兎の如く学院本塔に向かって駆け出した。
別に野次馬根性とか貴族にあるまじきそんな下卑た理由からではない。ルイズ、延いてはヴァリエール家は王宮と浅からぬ繋がりがあるからだ。
ルイズ自身は小さい頃、先王の忘れ形見でもあり王女でもあるアンリエッタの遊び相手をしていたことがある。そしてヴァリエール家の出自は王家の庶子であるからだ。
現在に至っても、殆ど親だけ、それも掠める程度とはいえ様々な親交がある。また、王家にとって何がしかの危機が訪れた時、ヴァリエール家は救国の志士のほぼ筆頭として動いてきた。
一体王宮で何が起こっているのかは分からない。だが、微力でも自分の力が役に立てるのなら……そう思った上でのルイズの行動だった。
Louise and Little Familiar's Orders「The clock is ticking to catastrophic destruction」
学院の本塔にある学院長室。その扉がかなり乱暴に5回叩かれたのは、王宮からの使者が到着して5分と経っていない頃だった。
室内で相も変わらず水煙草をふかしていたオスマン氏は、至極のんびりとした声で返答した。
「誰じゃね?」
その答えは開かれた扉と共にやって来た。
「王宮より馳せ参じました!突然の御無礼を御許し下さい!アルビオンがトリステインに対し攻撃を開始!
ラ・ロシェールにて駐留していた王軍は全滅!現在我が軍は近郊のタルブ村と首都トリスタニアの間にて陣を展開中!
従って学院におかれましては、安全のため生徒及び職員の禁足を願います!!」
その言葉にオスマン氏は慄然とする。手に持っていたパイプをうっかり落としてしまうところだった。
「攻撃を開始とな?これが戦争だというのであれば宣戦布告はなされたのかね?そもそもアルビオンとは不可侵条約を結んでおったじゃろう。」
「それが、近隣の生存者の意見を総合、また!王宮に届けられた如何なる報せを精査しても、アルビオン側から宣戦布告という物はありませんでした!」
「そうか。破られた条約に手順無用の攻撃のう……」
オスマン氏は神妙な面持ちで椅子に座り直す。
彼もまた貴族である。『戦争ごっこ』好きの貴族がこの国ならず各地にごまんといる事も、各地では取るに足らない小競り合いが起きていた事も知っている。
この職に就いてからもそういった事は何回も起きたし、それを原因にしていちいち休校とか学院を閉鎖だとかはしていられなかった。
今回の一件は今までの物に比べて明らかに違う。何せ相手は条約破棄に最後通牒、果ては宣戦布告も無しにこちらに向かって攻撃してきたらしいのだ。
最早戦争と呼べる状態ではない、一方的な蹂躙であることは愚者でも分かる。次は一体何をしてくるというのだろうか。
遠くを見つめるような目でオスマン氏は言った。
「事によると禁足令だけではすまんことになるかもしれん……して、手に入った情報は他にもあるかね?」
「はっ!何分現在でも情報が錯綜、混乱しておりますゆえ、詳細は判然としませぬが、ともかく、敵は巨艦を中心に戦列艦が二十隻ほど。上陸せし総兵力はゆうに五千近くかそれ以上に達すると見積もられます!
先述の通り、ラ・ロシェールに駐留していた我が軍の主力艦隊は既に全滅。各方面からかき集めた兵力は僅か二千!現状を鑑みても、未だ国内では戦の準備が整わず、緊急配備出来る兵はそれで精一杯との事!
それよりも問題なのは制空権という地の利を今や完全に奪われてしまったことです!敵軍は空より砲撃をくわえ、我が軍を蹴散らすでしょう!」
「それでは……こちらの本隊とはまだ本格的な戦闘にはなっていないということじゃな?」
「行軍が順調に進んでいるならば、あと数時間の後にアルビオン軍と接触するものと思われますが……」
「ふむ。して……他国からの援助は望めぬのかな?」
「それに関しては既に特使がガリア、ゲルマニアに対して派遣されております。しかしゲルマニアは、アンリエッタ姫殿下の一件が明るみに出た際に硬化させた態度を未だ緩和させておらず、軍派遣は不許可になるが最早必定。
ガリアに関しても早々と中立宣言が出され、例え今後如何なる形にせよ援助が認められたとしても、先陣の到着は三週間後になると予想されています!」
それを聞いたオスマン氏は特に表情を変えるまでもなく、使者の見解に耳を傾ける。数瞬の間があって、それからオスマン氏は口を開いた。
「そうじゃろうな。いや、これは考えるまでもない愚問だったか。
じゃが、今回の一件を参考の一つとして迎え入れるならば、ガリアが中立を最後まで守ってくれるかどうかもまた怪しいものじゃ。
教育者がこのような言葉を吐くのは憚られるが、あの国におる無能王はかような事態になっても傍観を決め込むことじゃろう。
ともかく我が国は一国で、あの強大なアルビオン軍を相手にせねばならなくなったということじゃな。王宮からはそれ以外に何ぞ達しの事項はなかったかね?」
「いえ、現時点でお伝えする事は以上で御座います。ただ……」
「ただ、何じゃね?そう畏まる事は無い。何でも言うてみよ。」
その問いかけに使者は言い難そうな表情をしたが、一息吐いた後落ち着き払って言った。
「これは、あくまでも私自身の予測の一つですが……近日中に王宮から学徒出陣の要請が出るかもしれません。
先程も申しました様に、王軍は現在、戦闘を行おうにも士官が不足しております。国中のメイジが、軍役免除税を満額納めたごく一部の貴族以外、全員が動員されているにも拘らずです。
士官不足を解消するためには最早これしかないかと。更に事態が困窮した場合、年齢の引き下げや女生徒の予備士官教練も課せられるかと推察されます。」
「それだけは何としてでも避けたいものじゃな。婦女子が巻き込まれ被害を被る時点でその国における戦争は……負けたも同じじゃからな。」
王宮からの使者に対しても、オスマン氏はさらっと敗戦を匂わせることを言う。彼としては王政府がそんな手段に出たなら、何が何でも生徒達を守るつもりだった。
守るべき者が自分の手から意に背いてぼろぼろと零れていくのは、誰にとっても良い感情の抱けるものではない。なら、それを防ぐためにあらゆる手段を取らなければならない。
例えそれが、結果として王政府を敵に回すような事に陥ってもである。
それに……例えこれが国の存亡がかかっている戦だとしても、無闇に戦地へ動員させて殺し合いに慣れさせるような事はさせたくない。
臆病者と言われてもいい。嘗て歪められた意図の下に殺人を行い、今も激しい罪の意識に密かに悩まされている人物を彼は少なくとも一人知っている。
「そうならないための我々です。では、私はこれにて失礼します。」
だが使者は特段うろたえるでもなく短く返事をし、一礼した後部屋を出て行った。
その足音がしなくなってから直ぐ、オスマン氏は扉一枚を隔てた外にいる人物に向かって声をかける。
「話は全て聞いていたんじゃろう、ミス・ヴァリエール?ならば、君は今から先ず何をすべきなのか……わしが言わんでも分かるの?」
殆ど間を置かず扉の外から駆け足の音が聞こえた。それを聞いたオスマン氏は、満足そうな表情をして再び水煙草をふかす。
しかし直ぐに彼は後悔した。誰か一人でも自分の見繕った護衛を付ければ良かったと。
シエスタは八人の兄弟達とミーを連れて一旦森に逃げていた。
父からの言いつけでもあったし、最初の内は他の住人達もやって来たので、森に隠れていれば或いはと考えていたのである。
しかし、アルビオン軍が森に火を放ち出した事で状況は悪化した。焼き殺される事に恐怖した住民達は、観念してアルビオン軍に投降していったのだ。
そんな中、シエスタは悩む事もせず、子供達を連れてその場から首都のトリスタニアの方向に向かって逃げることにした。
その場に留まっていてもどうせ最後は焼殺されてしまう。かといって投降したところで相手が自分達に何もしないという保証も無い。
侵略した国が侵略された国の法を守る必要は無いのだ。牛馬の様に扱き使われた挙句、口封じのために殺されるかもしれない。
だが、トリスタニアには母方の親戚の経営する酒場がある。子供と一緒に身を隠すにはあまり褒められた場所ではないかもしれないが、この際四の五の考えている時間は無い。
彼らなら事情を汲んで自分達を入れてくれるかもしれないと、そう考えた上での判断だった。
しかしそうしたために、自分が同じ村民から恨まれるのではないかといった思いにさい悩まされることにもなった。
襲撃のあった日から三日後のユルの曜日。遠くにある峰々に太陽が半分以上隠れ、夜の帳が降りかけている今、彼女らはタルブの村からおよそ100リーグ離れた場所にある森の中の小さな街道を進んでいた。
「もう歩けない」、「家に帰りたい」と次々に駄々を捏ねる子供達を宥め賺し、時にはおぶさりながらようやくここまで来ることが出来た。
しかし目指す場所までは、大雑把な見当にせよ更にあと100リーグ以上ある。今までの調子でどう頑張ってもあと四日以上はかかる。
森や川を散々通って来たために、全員の服はあちこちが汚れ、破れていた。体も汚れ、節々が酷く痛む。
しかも逃げ出してからは食事も取らず、互いに互いを起こしあう形をとって殆ど一睡もせずに歩き続けたので、皆疲労困憊の身である。
だがそうそう簡単に止まる事は出来ない。自分達の人数は村全体の人数からすれば一割にも満たないだろうが、いつ追っ手が現れるか分からない状況では、多少村から離れたところで安全とは言えなかった。
それでもシエスタは兄弟達の健康を案じていたので、小さな村の傍を通りかかった時に、一日でも良いから何所かの民家に泊めさせてもらえないかと努力した。
だが何も持ち合わせが無い事、全員で十人という人数、乞食の様な汚い身なり、そして侵攻のあったタルブからの避難民といった事が原因となって、全ての相談者に断られてしまった。
「こっちだって苦しい生活をしているんだから、一晩とはいえ子供十人を泊める慈善事業なぞやっていられない」といった趣旨の事は当然ながら、「家に、延いては村全体に問題を持ち込まないで欲しい。」といった事も言われた。
勿論シエスタも兄弟達のため必死になって食い下がったが、最後にたずねた家にて家人に桶の水を唐突に正面からかけられた時に彼女は全てを悟った。
全神経を逆撫でさせられるような相談者の言葉と行動は、結局厳然たる事実に基づいて行われていたのだ。
誰かが自分達を助けてくれる、などという甘ったるい希望に縋って、のこのこと‘お願い’をした事は間違いだった。
村から脱出したあの日以降、心の片隅に抱いていた「何所かに良心的な人がいるかもしれない」等という感情自体、初めから持つべきではなかったのである。
兄弟達に何て言えばいいんだろう。シエスタはそう思いながら子供達の待つ村の入り口まで戻った。
兄弟達はシエスタの周りにわあっと寄ると、次々に自分達の要望を口にする。
「お姉ちゃん、お腹が空いたよう。」
「お家に帰りたいよ……お父さんとお母さんに会いたい。」
「僕もう歩くの嫌だ。ねえ、どっかで休もうよ。」
その声を聞くごとに心の中で罪悪感が募っていく。いつもは何でもそつ無くこなす姉と思われているのに、こうも何一つしてやれないなんて。何とか喉を震わせてお詫びをする。
「ごめんね……お姉ちゃん、約束一つも守れなくて……」
シエスタはその場にがっくりと膝を付き、目に涙を浮かべて彼らを何も言わずにひしと抱き締めた。
そんな事をしたところで彼らの一切の欲求を満たせる訳も無かったが、一番年長の彼女まで何もかも諦めてしまったら、彼らは全ての指針を失ってしまう。そしてその先には死しかない。
だから、どんな時でも利己的になってはいけない。何しろシエスタが自分の判断で子供達をここまで連れてきたのだ。最後までどうにかしてやる必要が責任者にはあるのだ。
そんな中シエスタは、兄弟達から少し離れて皆の様子を伺っているミーに目をやる。
彼女もやはり最初の内は彼ら以上の強烈な駄々を捏ねていた。だがシエスタの兄弟達にとって、ミーは全ての元を正せば只の部外者である。
故に幼子ばかりとはいえ微妙な心理が働いたのか、兄弟達は姉に対して家族として駄々を捏ねるものの、ミーに対してはそれを棚上げし、終いには「お姉ちゃんに文句を言うな」とも取れる視線を送った。
直接口で言われるよりもそれはミーの心を酷く傷つけたらしく、時間が経つに連れて彼女が駄々を口にする回数は減っていった。
そんなミーを案じて、シエスタは努めてにこやかに声をかけた。
「ミーちゃん、大丈夫?」
止むを得ない事情があったとはいえ、五歳児が三日間不眠不休で100リーグ近くも歩かされたのだ。大丈夫もへったくれもあったものではない。
ミーはその問いかけに対し蚊の鳴くような声で「うん。」とだけ答えた。年齢を考えても静か過ぎる態度が気になったので、シエスタは幾つか質問してみる。
「本当?眠くない?お腹は空いてない?どこか体で痛いところはある?」
しかしその質問に対しても、ミーは口を固く結んだまま黙って首を横に振るだけ。
いつもはやんちゃというかかなり生意気な感じのするヒメグマも、空腹と疲労からやつれきった感じでその場にへたり込んでいる。
過酷な状況が続いたためにミーは知ったのだ。泣き言をいくら言ったところで何にもならないという事を。
それと同時に、この世界でやっぱり自分は誰にも甘えられないんだとも思った。
この場にいるシエスタだけではなく、魔法学院の中にも確かに優しく接してくれる人はいる。でもその人達にもきちんと両親や兄弟姉妹がいて、家族という輪を作っているはず。
そして所詮赤の他人でしかないミーは、その輪の中にずかずかと入っていく事も引っ掻き回すことも許されない。
例えそれが、本人が意図せずして行ったことだとしても、相手にはそれが単なる我が侭に見える時もあるのだろう。
ミーは幼いながらに色々と足りない頭で思考の結果を出した。もう誰にも芯から甘えちゃいけない、そんな気にはとてもなれないと。
シエスタはそんなミーの心境の変化を理解した。それからしゃがみこんで自分の胸元に抱き寄せた後、ミーの背中をそっと撫でる。
しかし彼女の涙は既に枯れ果てていたのだろうか。声も出さずにシエスタに寄りかかるだけだった。
「ごめんなさい。私が勝手に連れて来たのにこんな目に遭わせちゃって……あともう少し、あともう少しだけ我慢してね。」
シエスタが涙交じりにそう言うと、ミーは目を閉じて頷く。
しかし……どう考えても現状があと少しでどうにかなるとは到底思えなかった。何か上手い解決方法があるというわけでもないのに。
とはいえ、ここで立ち止まっていたって余計に事態は悪化していくだけだ。シエスタは一頻りミーを抱いてから、昂然と頭を上げ、すっくと立ち上がる。
「みんな……叔父さんの所まで歩くけど、ちゃんと来てくれる?」
シエスタの問いかけに、子供達は小さく「はい」と言って頷く。勿論叔父さんの所に辿り着くのは容易い話ではない。
暫くの間はまた、休憩も食事も無しに行路を歩み続けなければならないが、ここに居続けても現状解決が図れない今、採る道は最早これしかないのだ。
シエスタは夕日が沈んだ方向からトリスタニアのある方向を見つけ、直ぐにそこに向かって歩き出す。そして兄弟達とミーもそれに続くように歩き出した。
それからおよそ四時間程経過した頃であろうか。一台の二頭立て馬車が異常な速度で村に入ってきた。
馬車といってもそれほど立派なものではなく、行商人が使うような屋根無しでかなり使い古された感じのする荷車であった。但し、それを操っているのは行商人ではない。
一人の小柄な人間が御者台から降り立ち辺りを見回す。やがて一番近くにあった割と大き目な屋敷の扉に近付いた後、数回戸を叩いた。
直ぐに中から、答えるのも面倒臭そうな調子の返事が聞こえてくる。相手が真剣にこちらの相手をする気が無いのは簡単に分かった。
やがて、壮年期手前にしては割りと見栄えも良く、臥体もそこそこ良い一人の男が扉を開ける。
男はかなりムスッとした表情をしている。そしてベース並みに低い声で訪問者に対しぶっきらぼうに質問する。
「誰でぃ、こんな時間に?」
答えはない。その代わり、胸にあるペンタゴンのマークが入った金属のリボン留めを、屋敷の中から出る蝋燭の光に反射させる。
貴族の印であるそれに気付いた男は、突然態度を豹変させた。
「っと……これはこれは貴族様。このような夜分に、吹けば飛ぶような屋敷に住んでおるこの私めに一体何用でございましょう?」
すると、その貴族は童女を思わせる可愛らしい声で質問した。
「一つだけ質問があるの。それに答えてくれるだけで良いわ。最近この村を訪ねた人の中で、黒い髪をした15歳くらいの女の子と、茶色い髪をした5歳くらいの女の子がいなかった?」
その奇妙な質問に対し、男はほんの数秒だけ首を傾げていたが、一気に何かを思い出したのか、途端に元の口調に戻って話し始めた。
「ああ、それなら今日の夕暮れ時にそれらしいのが家に来やしたよ。尤も、その二人以外にも子供がわんさといましたけど。」
「わんさと?」
「ええ。さっき貴族様が言った二人以外にも八人位いやしたよ。何でもここから大分離れた所のタルブって村から逃げて来たらしいんですけどね。
話を聞けば、『村が攻撃を受けた。避難してやっとここまで来れたんですが、一日だけでも泊めてくれませんか?』って言うんですよ。」
そこで男は、思い出すのも忌々しいといった調子で話を続けた。
「でもね、家の中を見りゃ分かりやすけど、子供十人も泊めれる余裕なんてこれっぽっちも無いもんでさぁ。
それに連中の格好の酷さっていったらありゃしない。しかも、ぼろ布纏った様な状態で、見返りに貰える物が何一つとしてないんですぜ。
まったく!こっちは布施屋じゃねえんだ。あんまりにもしつこいんで水をぶっ掛けて追い返してやりやしたよ。
それとどうやら、他の家にも同じこと訊いてたみたいですぜ。まあ、結果は当然家と同じでしたけどね。」
「そう……それで、その後その子達は一体どこに行ったの?」
「確かトリスタニアに行くって言ってましたぜ。親戚筋がいるからそこまで行くだとかなんとか。
まあ、こっから150リーグはありそうな場所まで、馬車も無しに子供の足で行くんだ。ありゃあ、確実に途中のどっかで野垂れ死んじまうだろうね。……まさか貴族様はあいつらの関係者で?」
話を聞いていた貴族は何も言わず、ただ両の目を鋭く光らせる。男は慌ててその場を取り繕うよう言った。
「おいおい、俺を責めないで下さいよ?仕方なかったんすから!貴族様だって領地経営苦しい時に、俺みたいなみずぼらしくて素性も分からない平民を屋敷の中に泊めさせる訳がないでしょう?!
それと同じこってすよ!それに断ったのは俺だけじゃないんすから!」
その弁解に対し相手は何も言わない。十秒ほどの沈黙が続いてから、あることを男は尋ねられた。
「ねえ、この村で馬を換えることは出来るの?それと、ランプ一つと食料があったら少しくれないかしら?」
「へぇ、それでしたらここから5軒向こうに交換所がありやす。ランプなら家に古いのが一つありやすけど……」
男は一旦家の中に入っていく。数分後、彼は古びたランプ一つと数切れのパンや干し肉、そして数種の野菜を持って来た。
「安心しなさい。さっき尋ねて来た連中と違って見返りはちゃんとあるわ。」
そう言うと、男の目の前にポケットを探って出て来たらしい10枚の金貨が出てくる。その額は、ランプ一つと少々の食料と交換するには十分すぎる額だ。男は一瞬ぎょっとしてその金貨をまじまじと見つめた。
「いいんですかい?こんなに貰っちまって?」
「別にいいわ。その代わりこのお金は大事に取っておくことね。追い返した女の子の様な人達がもっと来るだろうから。」
それから直ぐに、男の目の前で扉がばたんと閉められる。男は「儲けた」という顔をしたまま、寝床のある部屋に引っ込んでいった。
馬車に戻った貴族ことルイズは、ランプに火をつけ、それから食料を荷台に積んでいた麻の袋に入れる。
それから馬に鞭をいれ、馬車を一転、トリスタニア方向に向けて走らせた。
昨日の昼前、学院長室の外でアルビオンの攻撃の報せを聞いたルイズは、一旦寮に戻って残り少なくなっていた今季分の小遣いを全部引っつかんだ後、直ぐに馬車を借りてタルブの村の方向へと向かったのだ。
もっと早く、探しやすくしたいのなら風竜を使い魔にしているタバサにでも訊けただろう。
だがルイズとタバサは全くと言っていいほど接点が無い。よくキュルケと一緒にいるのを目にしたことはあるが、ルイズにとっては殆どそれきりの存在である。
例え探すのに協力が得られるとしても、自分の使い魔の事に関しての事で、他人に対してひょっとすると平身低頭せねばならないという事は、ルイズの矜持をちくりと刺した。
それに、またキュルケが首を突っ込んでくる可能性がある。もうこれ以上使い魔の事であの女に引っ掻き回されたくないルイズは、どうしてもそれだけは避けたかった。
学院を出てからは昼夜を通して馬を駅で何回も換え、しかも通常より速いペースで走らせたので、馬が潰れかけることもしばしばあった。
それから、タルブの村まで残り100リーグを切る頃になってルイズは虱潰しの聞き込みを始めることにした。
いきなり攻められたのなら馬車で逃げている余裕は無い。そこまで遠くまでは急に行けないと見越してのこととはいえ、流石に骨の折れる作業になる事を覚悟していた。
だがそうまでした甲斐があったという物。短時間でここまで来て、しかも当たり始めて三つ目の村で手掛かりが見つかった事は僥倖と言う以外に他無い。
食料はあるし、一時的に体を横たえられる荷台もある。後は明かりを頼りに、トリスタニアへ通じる街道にある次の村で、聞き込みをすれば良いだけである。もっと運が良ければ聞き込みをしている最中にばったりと会うかもしれない。
それにしても、とルイズはミー達を拾った後の事について考え出していた。
子供が他にも数人いることについては計算外だった。人数としては荷台に乗れないということではないが、荷重が増えたことによって馬車は速度低下することだろう。つまりはそれだけ学院に戻るのが遅くなるということである。
それに最初ルイズは、シエスタはトリスタニアに親戚がいるからそこに行くと語っていたそうなので、シエスタと数人の子供達をトリスタニアに降ろし、自分とミーは学院に戻るという案を考えていた。
だが、王宮の使者からもたらされた情報がほぼ事実ならば、国土の一部が敵に占領された以上、首都も間も無く攻撃の波に晒されることになる。
それを考えると、そこから少しでも離れた所にある魔法学院に連れて行った方が、まだ身の安全が守れるというものだ。
だがもし、相手が魔法学院も攻撃してきたとしたら?可能性が無いわけではない。何せ相手は今回の攻撃において不可侵条約も、戦争における外交ルールも守らなかったのである。
利益が何一つ無さそうにみえても、学院を攻撃してくると言うことは十分に考えておかねばならない。
そうなったら自分の家で、或いは自分の家の領土で、とも考えたが、同じ事を考える人間達はまだまだ他にもいることだろう。
大体、そんな時までずっと面倒を見なければならないという義理は無い。彼女らと同じ平民からすれば残酷な話だが、どこかで見限る必要があるというのだ。
いつか来るであろうそれを……果たして自分はしてしまうのだろうか?
頭の中に次々と状況が悪くなるシナリオが浮かぶ。しかしながら、そんな先の事は誰にも分からない。敢えて例えるならその道は、今自分が進んでいる道と同じようにまだ闇に包まれている。
何も知らないような雰囲気の双月が静かに地上を見下ろす中、ルイズは只管に馬車を隣村に向けて走らせる。
そしてその跡には馬の足跡と荷台の轍、そして静けさが残るだけだった。
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