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プロローグ後編 第三の世界へ
才人がアセリアに召還された翌日、彼の姿は近くの川にあった
村の洗濯場で、悪戦苦闘しながら洗濯を行っている
「ほらほら、もっとしっかり・・・丁寧にやらないと駄目だよ!!」
「は、はい!!」
村のおばさん達に指導されながら、洗濯板を使って洗濯物を洗う
この世界に洗濯機という便利なものがないので、こうして洗濯物を洗わなければならない
文明の利器は偉大なんだなぁ…と、その有難さを実感していた
「それにしてもあんた災難だねぇ・・・クラース先生の召還術に呼ばれたんだって?」
いつの間にか召還の事は村全体に広まっていたらしく、才人の事は知られていた
その為、最初にミラルドに紹介して貰った時にすんなりと受け入れられた
「ええ、まあ・・・取り敢えず、帰る目処が立つまで皆さんのお世話になります。」
「あの人は悪い人じゃないんだけどねぇ・・・もう少し、考えてやってほしいねぇ。」
「ああ、この前なんてオーガなんか呼び出したから、もう大変だったしねぇ。」
クラースの話から始まるおばちゃん会議・・・こういうのは、何処の世界でも変わらないらしい
その会話の嵐の中に入り込めない才人は、しっかりと洗濯物を洗っていく
「まあ、クラースさんは世界を救った勇者だからねぇ・・・多少の事は目を瞑ってあげないと。」
「世界を救った?クラースさんが?」
クラースさんが世界を救った…その言葉に、才人は驚きの声をあげる
「おや、アンタクラースさんの事知らないのかい?」
俺をこの世界に召還した、変な格好のおっさん・・・それくらいの認知だった
才人が頷くと、おばさんは信じられないといった顔をする
「あんた、本当にあの魔王ダオスを倒したこの村の英雄の事を知らないのかい?」
「魔王ダオス?魔王なんていたんですか!?」
更に魔王まで…やはり、此処はファンタジーの世界なんだなぁ
「魔王も知らないなんて、余程遠い所から来たんだね・・・良いかい、3年前にね・・・。」
何も知らない才人に、おばさんの一人が3年前の出来事…魔王ダオスについて語りだした
魔王ダオス・・・その男は突如として、この世界に姿を現した
彼は東の大国ミッドガルズに、強力な魔物・魔族によるモンスター軍を率いて戦いを挑んだ
彼と、彼のモンスター軍によって幾つもの村や町が破壊され、多くの人命が奪われた
二年に渡る戦いの末、ダオスは4人の勇者達によって倒される
そのダオス討伐の立役者の一人が、召還術士クラース・F・レスターなのである
「…という事で、今世界が平和なのもクラース先生のお陰なんだよ。」
「(へぇ、あの人そんなに凄い人だったのか・・・只の入れ墨したおっさんじゃなかったんだな。)」
人は見た目に寄らないと言うが、まさにその言葉はクラースに当てはまると思った
話が終わってしばらくした後、洗濯物を洗い終えた才人は、それを干す
干された洗濯物は風に揺られ、これで朝の洗濯は終わった
「これで終わりっと…ありがとうございます。」
「解らない事があったら何だって聞きな、教えてあげるからさ。」
「はい。」
異邦人だというのに、クラース達だけでなく村の人達も優しく接してくれる
此処の暮らしも悪くないなと思いつつ、才人はクラースの家へと戻っていった
「この本は右側の本棚…こっちの本は奥から二番目の棚に入れて」
「はい。」
洗濯物が終わって朝食を取った後、今度は掃除を始める事になった
ミラルドによって分けられた本を、指定された本棚に片付けていくという作業である
その全てが魔術や召還術に関するもので、クラースが出しっぱなしにしたものだ
「でも、本当にこの世界には魔法とかあるんですね…凄いな。」
自分が今持っている魔術書を見ながら、才人は感嘆の声を漏らした
試しに本を開いてみるが、見た事のない文字で書かれていたので読めなかった
「(全然読めないな…そう言えば、何で字は読めないのに言葉は通じるんだろ?)」
字がこうなら、言葉だって違うはずなのに、何故かクラース達とは会話が出来る
理由を考えてみるが……思いつかない
「(まあ、別に良いか…普通に言葉が通じるなら、それで良いし。)」
深く考えるのを止めると、持っていた魔術書を閉じて本棚へと押し込む
「魔法がない…貴方の世界には、魔術は存在しないのね。」
「あ、はい…魔法なんて、俺の世界じゃ空想の中の産物でしかないんで。」
本の片付けを続けながら、才人は自分の世界の事を話す
此処とは違う別の世界の事に、ミラルドは興味深そうに耳を傾ける
ある程度話をした所で、ふと才人はある疑問を抱いた
「そういえば…何でクラースさんも、ミラルドさんも異世界の事に理解が深いんですか?」
普通、異世界から来たなんて思いつかないだろう
あっさりと受け入れられたので、あまり深く考えてなかったが
「ああ、それはクラースも時々未来に行ったり、異世界にいったりするからよ。」
「へぇ、そうなんだ、成る程納得……ってええ!?」
あやうく流してしまう所だったが、才人は驚きの声をあげる
ついでに、持っていた百科事典を落としてしまい、その角が足にぶつかった
「っ…いってぇ!!!」
重みのある百科辞典の強烈な一撃を受け、思わず叫び声をあげる
あらあら、大丈夫…とミラルドはクスクスと笑いながら才人が落とした辞典を拾い上げた
「そうね…確かダオスを追いかけて未来に行ったり、子孫に呼ばれて未来に行ったり、別世界の危機だからって異世界に行ったり…。」
痛みのあまり蹲る才人に代わって辞典を元ある場所に返しながら、件の事を話す
「他にも、色んな理由で時間や世界を越えたりしたかしらね。」
「さ、流石英雄…そんな事も造作もないって感じですね。」
やはり、世界を救った英雄は伊達ではないらしい・・・足をさすりながら才人はそう思った
因みに、他にも異世界でクイズを出しに行ったり、闘技場で仲間の応援をしたりもしている
「でも、それだったら俺を元の世界に返す方法なんて、すぐ見つかりますよね?」
「どうかしら…クラースは難しいかもって言ってたから。」
期待とは裏腹の言葉に、ガクッと頭を下げる…そう上手くはいかないらしい
「そうですか…もし返る方法が見つからなかったら俺、一生此処で暮らさなきゃいけないのかなぁ?」
そこから段々と落ち込んでいく才人…今の彼には、先が真っ暗だった
此処の暮らしは悪くないとは先ほど思ったが、やはり自分の世界に帰りたいのだ
「……。」
どんどん落ち込んでいく才人を見かねたミラルドは、彼の傍にしゃがみ込んだ
才人が顔を上げるのと同時に、その体を優しく抱きしめる
「み、ミラルドさん!?」
突然の抱擁に驚く才人だが、ミラルドはそのまま優しく彼の頭を撫でる
「そう落ち込まないの…きっとクラースが帰る方法を見つけるだろうから、それを信じなさい。」
ね、と優しく才人を励ます
その温かく、優しい抱擁に才人は自分の中で何かが温かくなっていくのを感じた
やがてミラルドが離れると、才人はゆっくりと立ち上がった…もう、足の痛みは引いている
「解りました…俺にどうこう出来る問題じゃないし、それしかないですもんね。」
「そうそう、その調子…じゃあ、片付けの続きをしましょうか。これとこれを、奥の本棚に入れてきて。」
彼女から新たに本を渡された才人は、片付けを再開した
「才人君、これを君に渡しておこう。」
才人が召還されてから三日後、珍しくクラースが研究室から姿を現した
手には、鞘に入った長剣が握られている
「何ですか、それ…剣?」
「ロングソード…私達の世界では一般的な剣だ、これを護身用に使うといい。」
クラースは剣を差し出し、才人はそれを受け取る
剣の重みに思わず落としそうになるが、何とか剣を持ちなおす
「剣って…俺、剣なんて使えませんよ?」
「この世界には、魔物が存在している…万が一の為に備えておいた方が良いだろう。」
ダオスがいなくなって平和になったとはいえ、魔物による被害が無くなったわけではない
時折、人里にやってきて害を与える魔物も少なくないのだ
「そ、そうですか…じゃあ。」
才人は試しに剣を抜いてみた…その名に相応しい、長い剣だった
かなり使い込まれており、初めてなのに意外と手に馴染んでいる
「これ…かなり使い込んでますね。」
「ああ、私の仲間の剣士が使っていた剣だ…これぐらいしかなかったんでね。」
「ふーん……よっ、おっとっと。」
才人は構えようと剣を振り上げた…が、思ったより重い
その重さに耐え切れず、体をふらつかせてしまい、剣を下ろした
「ちょっと…俺には無理みたいです、剣を使うなんて。」
「そうか…年季が入っている剣なら、君でも使いこなせると思ったんだが。」
才人はロングソードを鞘に戻すと、近くの壁に立てかける
「まあ、暇な時に剣の稽古でもすると良い…備えあれば、憂いなしと言うからな。」
出来れば、使うような事にならないと良いんだけど…
そう願う才人だが、ふとこの剣の持ち主だった人物に興味を持った
「ねぇ、クラースさん…この剣の持ち主って、クラースさんと一緒に魔王を倒した人なんですよね?」
「ん…ああ、そうだ…クレス・アルベイン、我々の前に立ち、剣と盾となって戦った、勇敢な青年だ。」
赤いマントと鉢巻、鎧を纏ったアルベイン流剣術の使い手…
もう会う事のない彼の後姿が、クラースの脳裏に思い浮かぶ
「(しかし、意外とクレス達とは何度も再会してるがなぁ。)」
英雄となった為の因果か、もう会えない筈なのに何度も共に戦った
出来れば、また会う事になるような事態が起こらなければ良いのだが…
「へぇ、悪の魔王を倒した英雄が使っていた剣かぁ。」
そんな時、才人の何気ない言葉を聞き、今度はダオスの事を思い出した
誰にも理解されず、ただ一人時を越えて戦い続けてきた男の事を…
「魔王ダオス、か……あいつは、ダオスは悪などではないさ。」
「えっ・・・。」
それを考えていたからか、クラースはダオスが悪である事を否定する
「あいつにも守るべきものがあった…ただ、その為に戦っただけだ。」
だからと言って、やった事が許されるわけでもないがな…と、クラースは付け加える
そう、あいつにも守るものが…守りたい世界があったのだ、その為に奴は……
そして本棚から本を数冊取り出すと、研究室の方へと足を運ぶ
「魔王にも守るべきものがあったって…どういう事ですか?」
何も知らない才人が尋ねると、クラースは一呼吸置いて振り返る
「そうだな…この世に悪があるとすれば、それは人の心…という事さ。」
そう言い残し、クラースは再び研究室へと戻っていった
「・・・・・・どういう事?」
クラースの言った事がよく解らない才人・・・彼がその言葉の意味を知るのは、まだ先の事である
「やっほー、遊びに来たよ~~~♪」
召還から一週間後、この日はクラースの家に客が訪ねてきた
床を磨いていた才人が見ると、客はピンクのポニーテールをした、元気のいい少女である
背中には、何やら色々と入った風呂敷を担いでいる
「あら、アーチェ…いらっしゃい。」
「ミラルドさん、こんにちは…クラースいる?」
「ええ、クラースなら下の研究室の方に……。」
ミラルドが彼女を招き入れる…アーチェと呼ばれた少女は、ミラルドと挨拶を交わした
少しばかりの会話が終わった後、今度はきょろきょろと辺りを見回している
そして才人を見つけると、此方に歩み寄ってきた
「ふーん、あんたが平賀才人君?クラースが召還術で召還しちゃったって子は?」
「えっ・・・まあ、そうだけど・・・君は?」
「あたし?あたしはアーチェ・クライン、魔女っ子アーチェちゃんよ♪」
そう言ってウィンクするアーチェ…魔女っ子って何?
そんな事を考えていると、奥からクラースが現れた
「やっと来たか、アーチェ…私は早く来るように言った筈だが?」
「良いじゃん、良いじゃん、こっちも色々準備とかあったんだし。」
そう言ってテーブルに風呂敷を置くと、紐を解いて中身の物を取り出した
中には、本やら宝石やら聖水やらが色々ある
「取りあえず、ルーングロムさんに頼んで色々貰ってきたけど…何とかなりそう?」
「ふむ…そうだな、今後の研究次第だな。」
アーチェの中にあった本を捲りながら、クラースはそう答える
「大丈夫だって、あたしも手伝うからさ。」
「…そうだな、アーチェのハーフエルフとしての知識や発想は参考になるからな。」
本を閉じて、笑みを浮かべるクラース…どうやら、希望を見出せたようだ
二人が会話を交わす中、才人がミラルドに尋ねる
「ミラルドさん、あの人もクラースさんの仲間だった人なんですか?」
「そうよ、アーチェは村の北東にあるローンヴァレイに住んでいるハーフエルフなの。」
よくファンタジーものに登場するエルフが、このアセリアには存在する
また、この世界ではそのエルフの血を引く者のみが魔術を使える
「エルフの血を引いてるって事は…やっぱり長寿だったりするんですか?」
「そうね、数百年・・・あるいは数千年ぐらいって言われてるわね。」
「ほ、本当に…凄いなぁ。」
流石、ファンタジー世界…もう、なんでもありな気さえ感じてくる
此処に来てからというもの、才人はこうした感嘆の声を何度も漏らしていた
そういう話を聞くと、彼女への見方も変わってくる感じがした
「だったら…あんな姿でも実は百歳を越えたおばあちゃんだったりして…。」
ぼそっと言ったつもりが、アーチェには聞こえたらしい
彼女が何かを小言で言うと、突然才人の頭にアーチェの雷が落ちた
「みぎゃああああああああ!!!!!!!!」
才人の悲鳴が木霊する…雷が落ちたといっても、それは比喩表現ではない
彼女が唱えた魔術…ライトニングが才人を感電させたのだ
一応、威力は弱めていたのだが、それなりに痛かった
「あたしはこれでも19歳よ、おばあちゃんなんて言うのは百年早いわよ!!!」
真っ黒焦げになってしまった才人に、アーチェのお叱りが飛ぶ
「大丈夫か、才人君…だが、口は災いの元という事を実感できただろう。」
「そうよ、女性に年齢の事を言うのは禁句なのよ。」
そんな才人に、クラースとミラルドは注意を施す…ちょっと遅すぎたが
「イテテ…解りました、でも……。」
起き上がった才人は、アーチェを見る…自称19歳のハーフエルフの少女
その彼女の貧相な胸を見て、彼はまたもや一言多い失言を吐いた
「………歳の割には、胸は平原だよなぁ。」
クラース邸に、再びライトニングの閃光と、才人の悲鳴が木霊した
ああ、胸の事も禁句なんだな…と、後で目覚めた才人はそう思った
召還から半月後…半月も経って、才人も少しは此処の暮らしに慣れてきた
今日も朝から洗濯、掃除、買い物とこの家でやる事をこなす
「今日で半月か…本当、早く帰れると良いよなぁ。」
アーチェやクラースの知人達の協力もあって作業は進んでいるが、それでもまだ時間は掛かるらしい
でも、着実に成果は出てきているそうなので、期待しても良いとの事だそうだ
早く帰れる事を願いながら買ってきた食材をテーブルの上に置くと、アーチェが奥から姿を現した
「ふぅ、疲れたから休憩、休憩っと……あっ、才人君じゃん。」
「あ、アーチェ…さん。」
思わず後ずさる才人…自業自得とは言え、初対面時の事がまだ尾を引いているようだ
「何よぉ、思いっきり警戒しちゃって…あー、疲れたから喉渇いちゃったなぁ。」
「えっ…あ、はい、何か飲み物持ってきますね。」
この前の一件以来、才人はアーチェに頭が上がらなくなってしまっていた
それに、自分の送還の手伝いをしてくれる事も理由にあり、すぐに台所へと走っていく
解ればよろしい、とうんうん頷くアーチェの目にテーブルの上にある食材が止まった
「あっ、食材買ってきてたんだ。」
そう言って、アーチェは才人が買ってきた食材を眺める…女の子だけあって、料理とかが好きなのだ
その間に才人が戻ってきて、コップに入れたミルクをアーチェに差し出す
アーチェはその一杯を一気飲みすると、何か思いついたようにぱあっと表情が明るくなった
「よーし、折角だからこのアーチェ様がビックリする程美味しい料理をご馳走してあげるわね♪」
アーチェが料理をする…それを聞けば、彼女の腕前を知る者は誰もが止めるだろう
だが、クラースは地下の研究室、ミラルドは村の会合に出ていて今はいない
そして、本人としては才人との親睦を深めるつもりなだけなので、余計性質が悪い
「えっ…そんな、悪いですよ。」
「いいの、いいの♪あんたはそこで座って待ってなさい。」
アーチェは買ってきた食材を幾つか持って台所へと向かっていった
まあ、断るのも悪いか…と、才人はそれ以上何も言わずに椅子に腰掛けて出来るのを待つ事にする
そして、待つ事1時間……
「じゃーん、これがアーチェさん特性フルコースだよ♪」
テーブルには、色とりどりのアーチェの料理が並んでいた
『見た目は』美味しそうな料理に、思わず才人は顔を綻ばす
「すっげぇ……こんなに沢山、本当に食べて良いんですか?」
「どうぞ、どうぞ、いっぱい食べてあたしのミリキに惚れ惚れしちゃいなさい。」
アーチェに勧められ、才人はテーブルに並ぶ料理達をもう一度見つめる
最初は何だかんだあったが、この人優しいんだな…
頂きます、と才人はそう言って持ったスプーンでアーチェの料理をすくい、口へと運んだ
『地獄』が始まるとも知らずに……
・・・・・・・・・・・・
「ミラルド、アーチェと才人君はどうしたんだ?」
その後…研究室に戻ってこないアーチェを呼びに、クラースがやってきた
既に戻ってきていたミラルドは、そんなクラースに無言で指を刺す…その先には
「ちょっとぉ、悪かったって言ってんだから、出てきなさいよぉ!!」
「ハーフエルフ怖い、ハーフエルフ怖い、ハーフエルフ怖い………。」
ドアを叩いて呼びかけるアーチェ…その向こうで、恐怖に震えながら呟き続ける才人
何度呼びかけても、才人が部屋から出てくる事はなかった
「うーん、何が悪かったのかなぁ…やっぱ、隠し味にローパーの肉汁を使ったのが悪いのかなぁ?」
美味しくなるって聞いたのに…と、アーチェは頭を悩ませる
クラースはその様子を見て、一発で何があったのか理解できた
「成る程、納得した……彼も災難だったな、アーチェの××料理人の腕前の犠牲になるとは。」
3年経っても、彼女の腕前は成長していない…一体何時になったら上手くなるのやら
この日、才人の頭にハーフエルフ=凶悪(色んな意味で)という図式が完成する
彼は後に巨乳ハーフエルフと出会うまで、このトラウマを拭えないのであった
才人がアセリアに召還され、もう一ヶ月が経とうとしていた
この一ヶ月間、才人は色々な事を体験した
クラースが使うという召喚術を、この目で見たり
アーチェの箒に乗せてもらって空を飛んだりもした…二、三度落ちかけたりもしたが
色々な事があったが、別れの時もまた近づいていた
・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・。」
地下の研究室では、クラースが送還術用の新たな魔方陣を描いていた
後ろでは、頭の後ろで両手を組みながらアーチェが見守っている
「クラース、大丈夫?」
「声を掛けるな、集中できん。」
クラースは間違えないように、精神を集中させて作業を続ける
特殊な術具を使い、術式を描いての送還術…少しでも間違えば、この術は失敗する
最後の一文字を描き、遂に送還術用の魔方陣が完成した
「完成だ…おそらくこれで彼の住んでいた世界と繋がる筈…アーチェ、才人君を連れてきてくれ。」
言われたとおりアーチェは上に上がり、数分後には才人とミラルドを連れて戻ってきた
「クラースさん、元の世界に返れるって本当ですか!?」
アーチェから話を聞き、帰れるかもという期待から才人は興奮している
「ああ、これが上手く発動したらだがな……見ててくれ。」
興奮する才人を落ち着かせ、クラースは送還術の詠唱を始める
召還術の時と同じように、魔方陣が輝きだす
「我が名は、クラース・F・レスター…指輪の盟約を解き放ち、彼の者をあるべき場所へと送還する。」
精神を集中させ、ゆっくりと詠唱を続ける
周りの術具が詠唱に呼応し、中央の空間に作用し始める
目の前で、光が集まり始め、ゆっくりと大きくなっていく
「何か、凄い…何て言うんだろ、言葉に出来ないな。」
「そりゃあ、このアーチェ様とクラースが考えて完成させたんだもの、凄いのは当然じゃん。」
「二人とも、静かに…。」
ミラルドに注意され、アーチェと才人はそれ以上何も言わずにクラースを見守る事にした
集中して詠唱するクラースにこの会話は聞こえておらず、彼は儀式を続ける
やがて、詠唱を終えると、軽く腕を振るって最後の言葉を告げる
「次元の扉よ、開け…彼の者の住む世界へ」
儀式が完了したと同時に、目の前の光が強く輝き…次元の扉が開かれた
大人一人分の大きさになった光の扉が、魔方陣の中央に現れる
その先には、才人の良く知る光景が広がっていた
「才人君…この光景に見覚えがあるか?」
クラースが確認をとるが、才人はゆっくりと光の扉に近づく
食入るように目の前の光景を見る…そこには、巨大な高層ビルが並び、車が道路を行き来している
「はい、間違いないです…これは俺の世界…東京の街です!!」
繋がった…アセリアと、地球が
俺、家に帰れるんだ…才人の顔から笑顔がこぼれた
「ふーん…これが、才人君の世界か。」
ゲートから見える光景を見ながら、アーチェはそう呟いた
今この場にいるのはクラースとアーチェの二人…才人とミラルドの姿はない
彼は今、上に行って帰る準備を行っている
「これってさ、トールで見た地下都市に似てない?」
「そうだな…才人君の話によると、超古代文明並みに科学が発展しているらしいからな。」
かつて自分達が立ち寄った超古代文明都市トール…廃墟となったあの都市の光景が頭をよぎる
だが、目の前に見える都市郡は、トールとは違って活気に満ち溢れていた
「結構面白そうな所だよね…ねえ、あたし達も才人君の世界に行ってみない?」
「駄目だ、このゲートは一方通行だからな…向こうに行ったら、戻ってこられなくなるぞ。」
「ちぇ、つまんないの。」
不満たらたらの表情でアーチェがそう言うと、丁度才人とミラルドが戻ってきた
元々手荷物が少なかった為、手早く帰る準備が出来たようだ
「来たか…帰る仕度は済んだか?」
「はい、大丈夫です…でも、これでクラースさん達ともお別れか……。」
何だかんだで、此処で一ヶ月過ごした事は新鮮で、とても楽しかった
この門をくぐったら、二度とアセリアには来れない…クラース達とももう会えなくなる
今生の別れだと思うと、自然と才人の瞳から涙が流れる
「ほらほら、帰れるんだから泣かないの、男の子でしょ!!」
「そうよ、ご家族の方だって心配しているでしょうし…はい、これ。」
アーチェが才人を慰め、ミラルドは包みに入ったアップルパイを差し出した
これは今日のおやつだったのだが、せめてものこの世界の思い出の品として才人に渡す
「ぐすっ、ありがとございます…俺この世界に来た事、皆さんの事、絶対忘れません。」
「ああ、別れは終わりではない…永久に想う事こそ、共にあると言う事なんだ。」
かつて、共に戦った仲間がその母から聞いたという言葉を、クラースは語る
才人は涙を拭うと、開かれた地球へのゲートへと歩んでいく
ゲートをくぐる前に、もう一度クラース達の方を振り返る
「さようなら、ミラルドさん、アーチェさん…クラースさん。」
「さようなら、才人君……あら?」
最後の別れの言葉が告げられた…その時、ゲートの異変に先に気付いたのはミラルドだった
全員が反射的にゲートの方に視線を向けると、ゲートの先にある東京の風景が歪み始め…消えた
変わりに、ゲートの光が別のものへと変わっていく
「えっ…な、何、一体何が…」
近くにいた才人は異変から離れようとしたが、手がゲートに触れてしまう
すると、まるで獲物を捕まえた獣のように、ゲートが才人を引き擦り込み始める
「わわっ、抜けない…た、助けて!?」
「才人君!!!」
どんどんゲートに引き擦り込まれる才人を、近くにいたクラースが助けようとその手をつかむ
だが、彼の力でも才人を引き摺り出す事は出来ず、逆に飲み込まれていく
「クラース!!」
「来るな、お前達も飲み込まれるぞ!!!」
助けようとするアーチェとミラルドを、クラースが静止する
だが、その直後に二人の体はゲートに飲み込んでいき…
「うわああああああああああああ!!!!!!」
才人の悲鳴を残しながら二人の体はゲートの向こうへと消え、それと同時にゲートも消滅する
周りの術具も壊れ、魔方陣にも亀裂が入って、送還術は使用不能になった
「嘘…消えちゃった……。」
「クラース、才人君!!!!」
残されたアーチェは呆然となり、ミラルドが叫ぶが、二人はその声に答える事は出来なかった。
この日、クラースと才人はアセリアから姿を消した
クラースと才人が消えた少し前…魔法が世の理を成す世界、ハルケギニアのトリステイン王国…
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。」
トリステイン魔法学院のある広場にて、少女の声が聞こえる
召還の儀式から翌日…ルイズは再びサモン・サーヴァントを行っていた
杖を構え、使い魔を召還する為に呪文を唱える
「五つの力を司るペンタゴン、我の運命に従いし『使い魔』を召還せよ!!!」
詠唱が完成したと同時に爆発が起こる…だが、そこには使い魔の姿はない
「また失敗ですね、ミス・ヴァリエール」
付き添いで彼女の成功を見守っていたコルベールの顔も、深刻な表情となる
昨日の失敗から、今日へと召還を変更したものの、先程から失敗ばかりである
「はぁ、はぁ、はぁ……何で、何で成功しないのよ!!」
爆発が起こった場所に向かって、ルイズは叫ぶ
放課後から始めたこの儀式によって時間は掛かりすぎ、辺りも暗くなってきた
コルベールとしては、流石にこれ以上は召還の儀式を延長するわけにはいかなかった
「ミス・ヴァリエール、昨日に引き続きこの調子であれば、残念ながら留年という事になるしか…。」
この学院の生徒が2年生に上級する条件が、この使い魔召喚である
呼び出された使い魔の属性によって、今後生徒が学ぶ系統を特定する為だ
その為、使い魔を召喚できないルイズは留年するしかない
「そ、そんな…ミスタ・コルベール、もう一度…もう一度させてください。」
必死に食い下がるルイズ…留年にだけはなりたくない
そんな事になれば皆の笑い者だし、何より家族に合わせる顔がない
「ですが、もう既に何度もやって駄目でしたから…今年は運が悪かったという事で…。」
「お願いします、先生…もう一度…でないと、私…私!!」
ゼロのルイズだって認める事になってしまう…そう言おうとしたが、声には出せなかった
彼女の瞳からは涙が溢れ、悲しみと悔しさからこれ以上の声が出なかっただからだ
「ミス・ヴァリエール……。」
コルベールはルイズの悲痛な訴えに、しばらく黙った後……
「…では、次が最後のチャンスです…これに失敗すれば貴方は留年です、良いですね。」
昨日と同じように、最後のチャンスをルイズに与えた…正真正銘、最後のチャンスである
「は、はい!!!」
何とか最後のチャンスを手に入れ、ルイズは袖で涙を拭うと、もう一度杖を構える
次が失敗すれば、自分は終わりだ…出来る限り精神を集中させる
そして、使い魔召喚の詠唱を開始する
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。」
唱える呪文一つ一つに、力を込める
「五つの力を司るペンタゴン、我の運命に従いし『使い魔』を……。」
そして、一呼吸置き…目を見開きながら、最後の呪文を唱えた
「召還せよ!!!」
その最後の一声が辺りに響いた時…奇跡は起こった
彼女の目の前で、光が輝いていたのである
「これは……。」
コルベールが驚きの言葉を漏らす
サモン・サーヴァントの時に現れるゲートが、彼女の目の前に現れたのだ
あれだけの回数を失敗したので、この成功に驚きを隠せなかった
「……嘘、成功した!?」
当の本人であるルイズもまた、驚きのあまり成功した事にすこし経ってから気付く
最後の最後でサモン・サーヴァントが成功した…が、これで終わりというわけではない
次は、このゲート先にいるであろう幻獣が此方に来なければならない
そして、その幻獣と『契約』を交わす事で、初めて使い魔召喚の儀式は完了するのだ
「(お願い、早くこっちに来て…そして、私と契約して。)」
「…………ぁぁぁぁぁぁぁぁ」
誰も見た事がないような使い魔が来る事を願うルイズ…すると、ゲートから何かが聞こえてきた
もしや、幻獣の雄たけびか…思わず胸が弾むのだが…
「うわああああああああああ!!!!!!!!」
だが、それがはっきりと聞こえてき始めてくると、人間の男の悲鳴のようにも思えた
一体何が…その直後、ゲートの中から悲鳴と共に何かが飛び出してきた
「うわっ!?」 「ぐえっ!?」
出てきたのは、二人組の男…クラースと才人だった
ゲートに飲み込まれた際に絡み合った二人は、突然出口に出た事で派手に草むらに倒れる
しかも、クラースが思いっきり才人の上に倒れたので、思わず才人はカエルを潰したような声をあげる
「へっ……」
目の前の光景に、一瞬何が起こったのか解らなかったルイズ
コルベールも、人間が二人も出てきた事から、驚いて目を丸くしている
「んん…どうやら、出口に出たようだな…此処は一体…。」
「ううっ……く、クラースさん、重い…。」
「ん…おお、すまんすまん…すぐにどこうか。」
そんな二人に気付かず、才人とクラースは何とか立ち上がると、身に付いた土を叩き落とす
「イテテ、あー気持ち悪かった……それにしても何処なんだ、此処?」
「どうやら、ゲートから見えたトーキョーとは違うようだが…。」
此処は一体何処なのか…それを探ろうと、辺りを見回そうとする
その間、ようやく自分が人間を召喚した事に気付いたルイズは、首を振って気を確かに持った
そして、自分に気付いていない二人に向かって「ねえ、ちょっと!!」と声をかける
「「ん?」」
二人はようやくルイズの存在に気付き、声の主と目を合わせた
すこしの間が空く…やがて、ルイズは今思っている疑問を二人に投げかけた
「あんた達……誰?」
自身の鳶色の目で、二人を捕らえながら……
その一言が、これから始まる壮大な物語の幕開けになろうとは、誰も知る由もなかった…
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才人がアセリアに召還された翌日、彼の姿は近くの川にあった
村の洗濯場で、悪戦苦闘しながら洗濯を行っている
「ほらほら、もっとしっかり・・・丁寧にやらないと駄目だよ!!」
「は、はい!!」
村のおばさん達に指導されながら、洗濯板を使って洗濯物を洗う
この世界に洗濯機という便利なものがないので、こうして洗濯物を洗わなければならない
文明の利器は偉大なんだなぁ…と、その有難さを実感していた
「それにしてもあんた災難だねぇ・・・クラース先生の召還術に呼ばれたんだって?」
いつの間にか召還の事は村全体に広まっていたらしく、才人の事は知られていた
その為、最初にミラルドに紹介して貰った時にすんなりと受け入れられた
「ええ、まあ・・・取り敢えず、帰る目処が立つまで皆さんのお世話になります。」
「あの人は悪い人じゃないんだけどねぇ・・・もう少し、考えてやってほしいねぇ。」
「ああ、この前なんてオーガなんか呼び出したから、もう大変だったしねぇ。」
クラースの話から始まるおばちゃん会議・・・こういうのは、何処の世界でも変わらないらしい
その会話の嵐の中に入り込めない才人は、しっかりと洗濯物を洗っていく
「まあ、クラースさんは世界を救った勇者だからねぇ・・・多少の事は目を瞑ってあげないと。」
「世界を救った? クラースさんが?」
クラースさんが世界を救った…その言葉に、才人は驚きの声をあげる
「おや、アンタクラースさんの事知らないのかい?」
俺をこの世界に召還した、変な格好のおっさん・・・それくらいの認知だった
才人が頷くと、おばさんは信じられないといった顔をする
「あんた、本当にあの魔王ダオスを倒したこの村の英雄の事を知らないのかい?」
「魔王ダオス? 魔王なんていたんですか!?」
更に魔王まで…やはり、此処はファンタジーの世界なんだなぁ
「魔王も知らないなんて、余程遠い所から来たんだね・・・良いかい、3年前にね・・・。」
何も知らない才人に、おばさんの一人が3年前の出来事…魔王ダオスについて語りだした
魔王ダオス・・・その男は突如として、この世界に姿を現した
彼は東の大国ミッドガルズに、強力な魔物・魔族によるモンスター軍を率いて戦いを挑んだ
彼と、彼のモンスター軍によって幾つもの村や町が破壊され、多くの人命が奪われた
二年に渡る戦いの末、ダオスは4人の勇者達によって倒される
そのダオス討伐の立役者の一人が、召還術士クラース・F・レスターなのである
「…という事で、今世界が平和なのもクラース先生のお陰なんだよ。」
「(へぇ、あの人そんなに凄い人だったのか・・・只の入れ墨したおっさんじゃなかったんだな。)」
人は見た目に寄らないと言うが、まさにその言葉はクラースに当てはまると思った
話が終わってしばらくした後、洗濯物を洗い終えた才人は、それを干す
干された洗濯物は風に揺られ、これで朝の洗濯は終わった
「これで終わりっと…ありがとうございます。」
「解らない事があったら何だって聞きな、教えてあげるからさ。」
「はい。」
異邦人だというのに、クラース達だけでなく村の人達も優しく接してくれる
此処の暮らしも悪くないなと思いつつ、才人はクラースの家へと戻っていった
「この本は右側の本棚…こっちの本は奥から二番目の棚に入れて」
「はい。」
洗濯物が終わって朝食を取った後、今度は掃除を始める事になった
ミラルドによって分けられた本を、指定された本棚に片付けていくという作業である
その全てが魔術や召還術に関するもので、クラースが出しっぱなしにしたものだ
「でも、本当にこの世界には魔法とかあるんですね…凄いな。」
自分が今持っている魔術書を見ながら、才人は感嘆の声を漏らした
試しに本を開いてみるが、見た事のない文字で書かれていたので読めなかった
「(全然読めないな…そう言えば、何で字は読めないのに言葉は通じるんだろ?)」
字がこうなら、言葉だって違うはずなのに、何故かクラース達とは会話が出来る
理由を考えてみるが……思いつかない
「(まあ、別に良いか…普通に言葉が通じるなら、それで良いし。)」
深く考えるのを止めると、持っていた魔術書を閉じて本棚へと押し込む
「魔法がない…貴方の世界には、魔術は存在しないのね。」
「あ、はい…魔法なんて、俺の世界じゃ空想の中の産物でしかないんで。」
本の片付けを続けながら、才人は自分の世界の事を話す
此処とは違う別の世界の事に、ミラルドは興味深そうに耳を傾ける
ある程度話をした所で、ふと才人はある疑問を抱いた
「そういえば…何でクラースさんも、ミラルドさんも異世界の事に理解が深いんですか?」
普通、異世界から来たなんて思いつかないだろう
あっさりと受け入れられたので、あまり深く考えてなかったが
「ああ、それはクラースも時々未来に行ったり、異世界にいったりするからよ。」
「へぇ、そうなんだ、成る程納得……ってええ!?」
あやうく流してしまう所だったが、才人は驚きの声をあげる
ついでに、持っていた百科事典を落としてしまい、その角が足にぶつかった
「っ…いってぇ!!!」
重みのある百科辞典の強烈な一撃を受け、思わず叫び声をあげる
あらあら、大丈夫…とミラルドはクスクスと笑いながら才人が落とした辞典を拾い上げた
「そうね…確かダオスを追いかけて未来に行ったり、子孫に呼ばれて未来に行ったり、別世界の危機だからって異世界に行ったり…。」
痛みのあまり蹲る才人に代わって辞典を元ある場所に返しながら、件の事を話す
「他にも、色んな理由で時間や世界を越えたりしたかしらね。」
「さ、流石英雄…そんな事も造作もないって感じですね。」
やはり、世界を救った英雄は伊達ではないらしい・・・足をさすりながら才人はそう思った
因みに、他にも異世界でクイズを出しに行ったり、闘技場で仲間の応援をしたりもしている
「でも、それだったら俺を元の世界に返す方法なんて、すぐ見つかりますよね?」
「どうかしら…クラースは難しいかもって言ってたから。」
期待とは裏腹の言葉に、ガクッと頭を下げる…そう上手くはいかないらしい
「そうですか…もし返る方法が見つからなかったら俺、一生此処で暮らさなきゃいけないのかなぁ?」
そこから段々と落ち込んでいく才人…今の彼には、先が真っ暗だった
此処の暮らしは悪くないとは先ほど思ったが、やはり自分の世界に帰りたいのだ
「……。」
どんどん落ち込んでいく才人を見かねたミラルドは、彼の傍にしゃがみ込んだ
才人が顔を上げるのと同時に、その体を優しく抱きしめる
「み、ミラルドさん!?」
突然の抱擁に驚く才人だが、ミラルドはそのまま優しく彼の頭を撫でる
「そう落ち込まないの…きっとクラースが帰る方法を見つけるだろうから、それを信じなさい。」
ね、と優しく才人を励ます
その温かく、優しい抱擁に才人は自分の中で何かが温かくなっていくのを感じた
やがてミラルドが離れると、才人はゆっくりと立ち上がった…もう、足の痛みは引いている
「解りました…俺にどうこう出来る問題じゃないし、それしかないですもんね。」
「そうそう、その調子…じゃあ、片付けの続きをしましょうか。これとこれを、奥の本棚に入れてきて。」
彼女から新たに本を渡された才人は、片付けを再開した
「才人君、これを君に渡しておこう。」
才人が召還されてから三日後、珍しくクラースが研究室から姿を現した
手には、鞘に入った長剣が握られている
「何ですか、それ…剣?」
「ロングソード…私達の世界では一般的な剣だ、これを護身用に使うといい。」
クラースは剣を差し出し、才人はそれを受け取る
剣の重みに思わず落としそうになるが、何とか剣を持ちなおす
「剣って…俺、剣なんて使えませんよ?」
「この世界には、魔物が存在している…万が一の為に備えておいた方が良いだろう。」
ダオスがいなくなって平和になったとはいえ、魔物による被害が無くなったわけではない
時折、人里にやってきて害を与える魔物も少なくないのだ
「そ、そうですか…じゃあ。」
才人は試しに剣を抜いてみた…その名に相応しい、長い剣だった
かなり使い込まれており、初めてなのに意外と手に馴染んでいる
「これ…かなり使い込んでますね。」
「ああ、私の仲間の剣士が使っていた剣だ…これぐらいしかなかったんでね。」
「ふーん……よっ、おっとっと。」
才人は構えようと剣を振り上げた…が、思ったより重い
その重さに耐え切れず、体をふらつかせてしまい、剣を下ろした
「ちょっと…俺には無理みたいです、剣を使うなんて。」
「そうか…年季が入っている剣なら、君でも使いこなせると思ったんだが。」
才人はロングソードを鞘に戻すと、近くの壁に立てかける
「まあ、暇な時に剣の稽古でもすると良い…備えあれば、憂いなしと言うからな。」
出来れば、使うような事にならないと良いんだけど…
そう願う才人だが、ふとこの剣の持ち主だった人物に興味を持った
「ねぇ、クラースさん…この剣の持ち主って、クラースさんと一緒に魔王を倒した人なんですよね?」
「ん…ああ、そうだ…クレス・アルベイン、我々の前に立ち、剣と盾となって戦った、勇敢な青年だ。」
赤いマントと鉢巻、鎧を纏ったアルベイン流剣術の使い手…
もう会う事のない彼の後姿が、クラースの脳裏に思い浮かぶ
「(しかし、意外とクレス達とは何度も再会してるがなぁ。)」
英雄となった為の因果か、もう会えない筈なのに何度も共に戦った
出来れば、また会う事になるような事態が起こらなければ良いのだが…
「へぇ、悪の魔王を倒した英雄が使っていた剣かぁ。」
そんな時、才人の何気ない言葉を聞き、今度はダオスの事を思い出した
誰にも理解されず、ただ一人時を越えて戦い続けてきた男の事を…
「魔王ダオス、か……あいつは、ダオスは悪などではないさ。」
「えっ・・・。」
それを考えていたからか、クラースはダオスが悪である事を否定する
「あいつにも守るべきものがあった…ただ、その為に戦っただけだ。」
だからと言って、やった事が許されるわけでもないがな…と、クラースは付け加える
そう、あいつにも守るものが…守りたい世界があったのだ、その為に奴は……
そして本棚から本を数冊取り出すと、研究室の方へと足を運ぶ
「魔王にも守るべきものがあったって…どういう事ですか?」
何も知らない才人が尋ねると、クラースは一呼吸置いて振り返る
「そうだな…この世に悪があるとすれば、それは人の心…という事さ。」
そう言い残し、クラースは再び研究室へと戻っていった
「・・・・・・どういう事?」
クラースの言った事がよく解らない才人・・・彼がその言葉の意味を知るのは、まだ先の事である
「やっほー、遊びに来たよ~~~♪」
召還から一週間後、この日はクラースの家に客が訪ねてきた
床を磨いていた才人が見ると、客はピンクのポニーテールをした、元気のいい少女である
背中には、何やら色々と入った風呂敷を担いでいる
「あら、アーチェ…いらっしゃい。」
「ミラルドさん、こんにちは…クラースいる?」
「ええ、クラースなら下の研究室の方に……。」
ミラルドが彼女を招き入れる…アーチェと呼ばれた少女は、ミラルドと挨拶を交わした
少しばかりの会話が終わった後、今度はきょろきょろと辺りを見回している
そして才人を見つけると、此方に歩み寄ってきた
「ふーん、あんたが平賀才人君? クラースが召還術で召還しちゃったって子は?」
「えっ・・・まあ、そうだけど・・・君は?」
「あたし? あたしはアーチェ・クライン、魔女っ子アーチェちゃんよ♪」
そう言ってウィンクするアーチェ…魔女っ子って何?
そんな事を考えていると、奥からクラースが現れた
「やっと来たか、アーチェ…私は早く来るように言った筈だが?」
「良いじゃん、良いじゃん、こっちも色々準備とかあったんだし。」
そう言ってテーブルに風呂敷を置くと、紐を解いて中身の物を取り出した
中には、本やら宝石やら聖水やらが色々ある
「取りあえず、ルーングロムさんに頼んで色々貰ってきたけど…何とかなりそう?」
「ふむ…そうだな、今後の研究次第だな。」
アーチェの中にあった本を捲りながら、クラースはそう答える
「大丈夫だって、あたしも手伝うからさ。」
「…そうだな、アーチェのハーフエルフとしての知識や発想は参考になるからな。」
本を閉じて、笑みを浮かべるクラース…どうやら、希望を見出せたようだ
二人が会話を交わす中、才人がミラルドに尋ねる
「ミラルドさん、あの人もクラースさんの仲間だった人なんですか?」
「そうよ、アーチェは村の北東にあるローンヴァレイに住んでいるハーフエルフなの。」
よくファンタジーものに登場するエルフが、このアセリアには存在する
また、この世界ではそのエルフの血を引く者のみが魔術を使える
「エルフの血を引いてるって事は…やっぱり長寿だったりするんですか?」
「そうね、数百年・・・あるいは数千年ぐらいって言われてるわね。」
「ほ、本当に…凄いなぁ。」
流石、ファンタジー世界…もう、なんでもありな気さえ感じてくる
此処に来てからというもの、才人はこうした感嘆の声を何度も漏らしていた
そういう話を聞くと、彼女への見方も変わってくる感じがした
「だったら…あんな姿でも実は百歳を越えたおばあちゃんだったりして…。」
ぼそっと言ったつもりが、アーチェには聞こえたらしい
彼女が何かを小言で言うと、突然才人の頭にアーチェの雷が落ちた
「みぎゃああああああああ!!!!!!!!」
才人の悲鳴が木霊する…雷が落ちたといっても、それは比喩表現ではない
彼女が唱えた魔術…ライトニングが才人を感電させたのだ
一応、威力は弱めていたのだが、それなりに痛かった
「あたしはこれでも19歳よ、おばあちゃんなんて言うのは百年早いわよ!!!」
真っ黒焦げになってしまった才人に、アーチェのお叱りが飛ぶ
「大丈夫か、才人君…だが、口は災いの元という事を実感できただろう。」
「そうよ、女性に年齢の事を言うのは禁句なのよ。」
そんな才人に、クラースとミラルドは注意を施す…ちょっと遅すぎたが
「イテテ…解りました、でも……。」
起き上がった才人は、アーチェを見る…自称19歳のハーフエルフの少女
その彼女の貧相な胸を見て、彼はまたもや一言多い失言を吐いた
「………歳の割には、胸は平原だよなぁ。」
クラース邸に、再びライトニングの閃光と、才人の悲鳴が木霊した
ああ、胸の事も禁句なんだな…と、後で目覚めた才人はそう思った
召還から半月後…半月も経って、才人も少しは此処の暮らしに慣れてきた
今日も朝から洗濯、掃除、買い物とこの家でやる事をこなす
「今日で半月か…本当、早く帰れると良いよなぁ。」
アーチェやクラースの知人達の協力もあって作業は進んでいるが、それでもまだ時間は掛かるらしい
でも、着実に成果は出てきているそうなので、期待しても良いとの事だそうだ
早く帰れる事を願いながら買ってきた食材をテーブルの上に置くと、アーチェが奥から姿を現した
「ふぅ、疲れたから休憩、休憩っと……あっ、才人君じゃん。」
「あ、アーチェ…さん。」
思わず後ずさる才人…自業自得とは言え、初対面時の事がまだ尾を引いているようだ
「何よぉ、思いっきり警戒しちゃって…あー、疲れたから喉渇いちゃったなぁ。」
「えっ…あ、はい、何か飲み物持ってきますね。」
この前の一件以来、才人はアーチェに頭が上がらなくなってしまっていた
それに、自分の送還の手伝いをしてくれる事も理由にあり、すぐに台所へと走っていく
解ればよろしい、とうんうん頷くアーチェの目にテーブルの上にある食材が止まった
「あっ、食材買ってきてたんだ。」
そう言って、アーチェは才人が買ってきた食材を眺める…女の子だけあって、料理とかが好きなのだ
その間に才人が戻ってきて、コップに入れたミルクをアーチェに差し出す
アーチェはその一杯を一気飲みすると、何か思いついたようにぱあっと表情が明るくなった
「よーし、折角だからこのアーチェ様がビックリする程美味しい料理をご馳走してあげるわね♪」
アーチェが料理をする…それを聞けば、彼女の腕前を知る者は誰もが止めるだろう
だが、クラースは地下の研究室、ミラルドは村の会合に出ていて今はいない
そして、本人としては才人との親睦を深めるつもりなだけなので、余計性質が悪い
「えっ…そんな、悪いですよ。」
「いいの、いいの♪あんたはそこで座って待ってなさい。」
アーチェは買ってきた食材を幾つか持って台所へと向かっていった
まあ、断るのも悪いか…と、才人はそれ以上何も言わずに椅子に腰掛けて出来るのを待つ事にする
そして、待つ事1時間……
「じゃーん、これがアーチェさん特性フルコースだよ♪」
テーブルには、色とりどりのアーチェの料理が並んでいた
『見た目は』美味しそうな料理に、思わず才人は顔を綻ばす
「すっげぇ……こんなに沢山、本当に食べて良いんですか?」
「どうぞ、どうぞ、いっぱい食べてあたしのミリキに惚れ惚れしちゃいなさい。」
アーチェに勧められ、才人はテーブルに並ぶ料理達をもう一度見つめる
最初は何だかんだあったが、この人優しいんだな…
頂きます、と才人はそう言って持ったスプーンでアーチェの料理をすくい、口へと運んだ
『地獄』が始まるとも知らずに……
・・・・・・・・・・・・
「ミラルド、アーチェと才人君はどうしたんだ?」
その後…研究室に戻ってこないアーチェを呼びに、クラースがやってきた
既に戻ってきていたミラルドは、そんなクラースに無言で指を刺す…その先には
「ちょっとぉ、悪かったって言ってんだから、出てきなさいよぉ!!」
「ハーフエルフ怖い、ハーフエルフ怖い、ハーフエルフ怖い………。」
ドアを叩いて呼びかけるアーチェ…その向こうで、恐怖に震えながら呟き続ける才人
何度呼びかけても、才人が部屋から出てくる事はなかった
「うーん、何が悪かったのかなぁ…やっぱ、隠し味にローパーの肉汁を使ったのが悪いのかなぁ?」
美味しくなるって聞いたのに…と、アーチェは頭を悩ませる
クラースはその様子を見て、一発で何があったのか理解できた
「成る程、納得した……彼も災難だったな、アーチェの××料理人の腕前の犠牲になるとは。」
3年経っても、彼女の腕前は成長していない…一体何時になったら上手くなるのやら
この日、才人の頭にハーフエルフ=凶悪(色んな意味で)という図式が完成する
彼は後に巨乳ハーフエルフと出会うまで、このトラウマを拭えないのであった
才人がアセリアに召還され、もう一ヶ月が経とうとしていた
この一ヶ月間、才人は色々な事を体験した
クラースが使うという召喚術を、この目で見たり
アーチェの箒に乗せてもらって空を飛んだりもした…二、三度落ちかけたりもしたが
色々な事があったが、別れの時もまた近づいていた
・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・。」
地下の研究室では、クラースが送還術用の新たな魔方陣を描いていた
後ろでは、頭の後ろで両手を組みながらアーチェが見守っている
「クラース、大丈夫?」
「声を掛けるな、集中できん。」
クラースは間違えないように、精神を集中させて作業を続ける
特殊な術具を使い、術式を描いての送還術…少しでも間違えば、この術は失敗する
最後の一文字を描き、遂に送還術用の魔方陣が完成した
「完成だ…おそらくこれで彼の住んでいた世界と繋がる筈…アーチェ、才人君を連れてきてくれ。」
言われたとおりアーチェは上に上がり、数分後には才人とミラルドを連れて戻ってきた
「クラースさん、元の世界に返れるって本当ですか!?」
アーチェから話を聞き、帰れるかもという期待から才人は興奮している
「ああ、これが上手く発動したらだがな……見ててくれ。」
興奮する才人を落ち着かせ、クラースは送還術の詠唱を始める
召還術の時と同じように、魔方陣が輝きだす
「我が名は、クラース・F・レスター…指輪の盟約を解き放ち、彼の者をあるべき場所へと送還する。」
精神を集中させ、ゆっくりと詠唱を続ける
周りの術具が詠唱に呼応し、中央の空間に作用し始める
目の前で、光が集まり始め、ゆっくりと大きくなっていく
「何か、凄い…何て言うんだろ、言葉に出来ないな。」
「そりゃあ、このアーチェ様とクラースが考えて完成させたんだもの、凄いのは当然じゃん。」
「二人とも、静かに…。」
ミラルドに注意され、アーチェと才人はそれ以上何も言わずにクラースを見守る事にした
集中して詠唱するクラースにこの会話は聞こえておらず、彼は儀式を続ける
やがて、詠唱を終えると、軽く腕を振るって最後の言葉を告げる
「次元の扉よ、開け…彼の者の住む世界へ」
儀式が完了したと同時に、目の前の光が強く輝き…次元の扉が開かれた
大人一人分の大きさになった光の扉が、魔方陣の中央に現れる
その先には、才人の良く知る光景が広がっていた
「才人君…この光景に見覚えがあるか?」
クラースが確認をとるが、才人はゆっくりと光の扉に近づく
食入るように目の前の光景を見る…そこには、巨大な高層ビルが並び、車が道路を行き来している
「はい、間違いないです…これは俺の世界…東京の街です!!」
繋がった…アセリアと、地球が
俺、家に帰れるんだ…才人の顔から笑顔がこぼれた
「ふーん…これが、才人君の世界か。」
ゲートから見える光景を見ながら、アーチェはそう呟いた
今この場にいるのはクラースとアーチェの二人…才人とミラルドの姿はない
彼は今、上に行って帰る準備を行っている
「これってさ、トールで見た地下都市に似てない?」
「そうだな…才人君の話によると、超古代文明並みに科学が発展しているらしいからな。」
かつて自分達が立ち寄った超古代文明都市トール…廃墟となったあの都市の光景が頭をよぎる
だが、目の前に見える都市郡は、トールとは違って活気に満ち溢れていた
「結構面白そうな所だよね…ねえ、あたし達も才人君の世界に行ってみない?」
「駄目だ、このゲートは一方通行だからな…向こうに行ったら、戻ってこられなくなるぞ。」
「ちぇ、つまんないの。」
不満たらたらの表情でアーチェがそう言うと、丁度才人とミラルドが戻ってきた
元々手荷物が少なかった為、手早く帰る準備が出来たようだ
「来たか…帰る仕度は済んだか?」
「はい、大丈夫です…でも、これでクラースさん達ともお別れか……。」
何だかんだで、此処で一ヶ月過ごした事は新鮮で、とても楽しかった
この門をくぐったら、二度とアセリアには来れない…クラース達とももう会えなくなる
今生の別れだと思うと、自然と才人の瞳から涙が流れる
「ほらほら、帰れるんだから泣かないの、男の子でしょ!!」
「そうよ、ご家族の方だって心配しているでしょうし…はい、これ。」
アーチェが才人を慰め、ミラルドは包みに入ったアップルパイを差し出した
これは今日のおやつだったのだが、せめてものこの世界の思い出の品として才人に渡す
「ぐすっ、ありがとございます…俺この世界に来た事、皆さんの事、絶対忘れません。」
「ああ、別れは終わりではない…永久に想う事こそ、共にあると言う事なんだ。」
かつて、共に戦った仲間がその母から聞いたという言葉を、クラースは語る
才人は涙を拭うと、開かれた地球へのゲートへと歩んでいく
ゲートをくぐる前に、もう一度クラース達の方を振り返る
「さようなら、ミラルドさん、アーチェさん…クラースさん。」
「さようなら、才人君……あら?」
最後の別れの言葉が告げられた…その時、ゲートの異変に先に気付いたのはミラルドだった
全員が反射的にゲートの方に視線を向けると、ゲートの先にある東京の風景が歪み始め…消えた
変わりに、ゲートの光が別のものへと変わっていく
「えっ…な、何、一体何が…」
近くにいた才人は異変から離れようとしたが、手がゲートに触れてしまう
すると、まるで獲物を捕まえた獣のように、ゲートが才人を引き擦り込み始める
「わわっ、抜けない…た、助けて!?」
「才人君!!!」
どんどんゲートに引き擦り込まれる才人を、近くにいたクラースが助けようとその手をつかむ
だが、彼の力でも才人を引き摺り出す事は出来ず、逆に飲み込まれていく
「クラース!!」
「来るな、お前達も飲み込まれるぞ!!!」
助けようとするアーチェとミラルドを、クラースが静止する
だが、その直後に二人の体はゲートに飲み込んでいき…
「うわああああああああああああ!!!!!!」
才人の悲鳴を残しながら二人の体はゲートの向こうへと消え、それと同時にゲートも消滅する
周りの術具も壊れ、魔方陣にも亀裂が入って、送還術は使用不能になった
「嘘…消えちゃった……。」
「クラース、才人君!!!!」
残されたアーチェは呆然となり、ミラルドが叫ぶが、二人はその声に答える事は出来なかった。
この日、クラースと才人はアセリアから姿を消した
クラースと才人が消えた少し前…魔法が世の理を成す世界、ハルケギニアのトリステイン王国…
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。」
トリステイン魔法学院のある広場にて、少女の声が聞こえる
召還の儀式から翌日…ルイズは再びサモン・サーヴァントを行っていた
杖を構え、使い魔を召還する為に呪文を唱える
「五つの力を司るペンタゴン、我の運命に従いし『使い魔』を召還せよ!!!」
詠唱が完成したと同時に爆発が起こる…だが、そこには使い魔の姿はない
「また失敗ですね、ミス・ヴァリエール」
付き添いで彼女の成功を見守っていたコルベールの顔も、深刻な表情となる
昨日の失敗から、今日へと召還を変更したものの、先程から失敗ばかりである
「はぁ、はぁ、はぁ……何で、何で成功しないのよ!!」
爆発が起こった場所に向かって、ルイズは叫ぶ
放課後から始めたこの儀式によって時間は掛かりすぎ、辺りも暗くなってきた
コルベールとしては、流石にこれ以上は召還の儀式を延長するわけにはいかなかった
「ミス・ヴァリエール、昨日に引き続きこの調子であれば、残念ながら留年という事になるしか…。」
この学院の生徒が2年生に上級する条件が、この使い魔召喚である
呼び出された使い魔の属性によって、今後生徒が学ぶ系統を特定する為だ
その為、使い魔を召喚できないルイズは留年するしかない
「そ、そんな…ミスタ・コルベール、もう一度…もう一度させてください。」
必死に食い下がるルイズ…留年にだけはなりたくない
そんな事になれば皆の笑い者だし、何より家族に合わせる顔がない
「ですが、もう既に何度もやって駄目でしたから…今年は運が悪かったという事で…。」
「お願いします、先生…もう一度…でないと、私…私!!」
ゼロのルイズだって認める事になってしまう…そう言おうとしたが、声には出せなかった
彼女の瞳からは涙が溢れ、悲しみと悔しさからこれ以上の声が出なかっただからだ
「ミス・ヴァリエール……。」
コルベールはルイズの悲痛な訴えに、しばらく黙った後……
「…では、次が最後のチャンスです…これに失敗すれば貴方は留年です、良いですね。」
昨日と同じように、最後のチャンスをルイズに与えた…正真正銘、最後のチャンスである
「は、はい!!!」
何とか最後のチャンスを手に入れ、ルイズは袖で涙を拭うと、もう一度杖を構える
次が失敗すれば、自分は終わりだ…出来る限り精神を集中させる
そして、使い魔召喚の詠唱を開始する
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。」
唱える呪文一つ一つに、力を込める
「五つの力を司るペンタゴン、我の運命に従いし『使い魔』を……。」
そして、一呼吸置き…目を見開きながら、最後の呪文を唱えた
「召還せよ!!!」
その最後の一声が辺りに響いた時…奇跡は起こった
彼女の目の前で、光が輝いていたのである
「これは……。」
コルベールが驚きの言葉を漏らす
サモン・サーヴァントの時に現れるゲートが、彼女の目の前に現れたのだ
あれだけの回数を失敗したので、この成功に驚きを隠せなかった
「……嘘、成功した!?」
当の本人であるルイズもまた、驚きのあまり成功した事にすこし経ってから気付く
最後の最後でサモン・サーヴァントが成功した…が、これで終わりというわけではない
次は、このゲート先にいるであろう幻獣が此方に来なければならない
そして、その幻獣と『契約』を交わす事で、初めて使い魔召喚の儀式は完了するのだ
「(お願い、早くこっちに来て…そして、私と契約して。)」
「…………ぁぁぁぁぁぁぁぁ」
誰も見た事がないような使い魔が来る事を願うルイズ…すると、ゲートから何かが聞こえてきた
もしや、幻獣の雄たけびか…思わず胸が弾むのだが…
「うわああああああああああ!!!!!!!!」
だが、それがはっきりと聞こえてき始めてくると、人間の男の悲鳴のようにも思えた
一体何が…その直後、ゲートの中から悲鳴と共に何かが飛び出してきた
「うわっ!?」「ぐえっ!?」
出てきたのは、二人組の男…クラースと才人だった
ゲートに飲み込まれた際に絡み合った二人は、突然出口に出た事で派手に草むらに倒れる
しかも、クラースが思いっきり才人の上に倒れたので、思わず才人はカエルを潰したような声をあげる
「へっ……」
目の前の光景に、一瞬何が起こったのか解らなかったルイズ
コルベールも、人間が二人も出てきた事から、驚いて目を丸くしている
「んん…どうやら、出口に出たようだな…此処は一体…。」
「ううっ……く、クラースさん、重い…。」
「ん…おお、すまんすまん…すぐにどこうか。」
そんな二人に気付かず、才人とクラースは何とか立ち上がると、身に付いた土を叩き落とす
「イテテ、あー気持ち悪かった……それにしても何処なんだ、此処?」
「どうやら、ゲートから見えたトーキョーとは違うようだが…。」
此処は一体何処なのか…それを探ろうと、辺りを見回そうとする
その間、ようやく自分が人間を召喚した事に気付いたルイズは、首を振って気を確かに持った
そして、自分に気付いていない二人に向かって「ねえ、ちょっと!!」と声をかける
「「ん?」」
二人はようやくルイズの存在に気付き、声の主と目を合わせた
すこしの間が空く…やがて、ルイズは今思っている疑問を二人に投げかけた
「あんた達……誰?」
自身の鳶色の目で、二人を捕らえながら……
その一言が、これから始まる壮大な物語の幕開けになろうとは、誰も知る由もなかった…
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