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#navi(ベルセルク・ゼロ)
2体の遍在が同時に駆け出す。
「へへッ! どんな小細工も本気を出した俺っちと相棒にかかりゃお茶の子サイサイよ!!」
自信満々に声を上げるデルフリンガーをガッツは地面に突きたてた。
「あらら? あ、相棒!?」
ガッツの足元には大剣ドラゴンころしが横たわっている。
先ほどガッツが後ろに下がってみせたのは、前後に挟まれるのを防ぐためではなく、このドラゴンころしを拾うため。
「ひ、ひどい!! やるだけやって、用が済んだらバイバイってワケ!? 男の人っていっつもそう!! この人でなし!! 冷血漢!!」
デルフリンガーは涙交じりの悲鳴を上げた。
「剣を持ち替えようが同じだ! 死ね!!」
即座に距離を詰めたワルドが杖を振りかぶる。
「ガッツ…!!」
ルイズは胸の前で両手を握り祈った。
ワルドの誤算その1。
狂戦士の甲冑が発動しかけたことで、ガッツは今までのダメージを忘れていた。
ワルドの誤算その2。
ワルドはガッツの持つ武器を全て把握していなかった。
それも、致命的なことに把握していなかったソレはガッツの持つ武器の中で最も強力なものだった。
ワルドの誤算その3。
前後から同時に挟撃され、どちらかを倒せばどちらかに殺されるというこの状況。
ガッツは既に一度過去に経験し、そして見事に切り抜けていた。
ガッツがその左手を前から迫るワルドに掲げる。
右手はドラゴンころしを逆手に持ち左腕の上に。
左腕の義手から伸びた紐を咥え、引く。
ド コ ン ! ! ! !
爆音と共に、義手に仕込まれた大砲が火を噴いた。
大砲の反動を利用して即座に方向転換。後ろを振り向く。
逆手に持ったドラゴンころしをそのまま体の回転を利用して振り切った。
振り切られたドラゴンころしがガスン、と地面を叩く。
前方のワルドはその体のあらかたを爆風によって吹き飛ばされていた。
後方のワルドはその体を綺麗に上下に分かたれていた。
炎にまかれ、消えていく。地に落ちた上半身が霧と化す。
全ての遍在はこれで姿を消した。
残ったのはワルド本体―――ただ1人。
「大砲…? 大砲だと……? そんなものを義手に……」
驚愕に顔を歪め、ワルドはギリギリと歯をかみ締める。
「……狂っている。一体何と戦うつもりなのだ貴様は。1人で戦争でもするつもりか」
吐き捨てるようにワルドは言った。
ガッツは剣を構えなおし、ワルドを見据えている。
ワルドの背中を冷たい汗が流れた。
どうする? ワルドは黙考した。
魔法は駄目だ。精神力は空に近いし、そもそもあの訳の分からぬ剣が向こうにある以上手持ちの魔法は全て通じない。
ルイズを人質にするのはどうだ? 駄目だ。今さらあの男がそんな動きを許すわけが無い。
くそ、こんな事になるならば手数で圧倒していたときになりふり構わずルイズを利用するべきだった。
決してガッツを見くびっていたつもりは無いが、まさか負けることはあるまいと慢心していたのだ。
ならば、逃げるか? 残った精神力を振り絞り、『フライ』を唱え、窓の一つでも破って外に飛び出す。
駄目だ。そのためにはどうしてもガッツに背を向ける瞬間が生まれてしまう。
当然、ナイフが飛んでくるだろう。下手をすれば、また大砲を撃たれるかもしれない。
『フライ』で自在に飛び回るには相当の集中力を必要とする。その状態で迫り来るナイフを打ち払えるとは思えない。
仮に集中力を切らして地に落ちればその時点でゲームオーバーだ。再び宙を舞う精神力はもう残っていまい。
つまりは―――そう、やるしかないのだ。
ガッツを相手に、純粋な剣の勝負を。
ラ・ロシェールの決闘が脳裏に蘇る。奇しくも二人の間はあの時と同じ、およそ二十歩の距離。
ワルドが『エア・ニードル』の効果が残る杖を構えた。応じるように、ガッツは迎え撃つ構えを取る。
「ふん、まるであの時の再現だな」
一歩、ワルドは歩み出る。ガッツは動かない。
二歩目。ガッツは微動だにしない。ワルドは笑った。
「本当に、あの時の流れを全くなぞる様だ。だが、結末までなぞるわけにはいかぬ」
ワルドが足を止めた。もう一歩進めば、そこはガッツの射程圏内となる。
「私にはやるべきことがある。成すべきことがある。故にここで死ぬわけにはいかんのだ」
空気が張り詰める。
『柔』と『剛』、全く正反対の剣質の二人が長々と切り結ぶことなどない。
決着が着くのは恐らく一瞬だ。
「おおおッ!!!!」
ワルドが地を蹴った。一瞬で二人の間の距離が詰まる。
杖を振る。ガッツの喉を目掛けて。
ガッツが動いた。明らかにその始動はワルドに比べ遅れを取っている。
だがワルドは知っている。それでも先に届くのはヤツの剣なのだと。
人外の膂力。常識外の剣速。それはラ・ロシェールで散々思い知っている。だから。
「『フライ』!!!!」
残りの精神力を振り絞り、ワルドは無理やりに己の体を持ち上げた。
ガッツの一撃が頬を掠める。べろりと頬の肉が削げ落ちるのを感じた。
だが、かわした。眼下にはガッツの無防備な背中が見える。
もらった。その頭にこの剣を突き立ててくれる。
「ッ!?」
瞬間、視界が赤く染まった。血だ。先ほど掠めた一撃によって噴き出した血が目に入ってしまった。
「かまうかぁぁぁあああああ!!!!」
ガッツのいた位置は覚えている。
ワルドは叫び、赤くぼやけた視界の中でその杖を振り下ろした。
手応えは―――無い。
「馬鹿な…」
手袋で目を乱暴に拭う。何とか片目だけ視界が回復した。
ガッツの姿が無い。
前にも、後ろにも、横にも。
ドラゴンころしがワルドの傍に突き立っている。
「まさか…!」
戦慄と共にワルドは上を見上げる。
いた。突きたてたドラゴンころしで己の体を持ち上げ、ガッツもまた宙を舞っていた。
ガッツはそのまま宙を舞う勢いを利用してドラゴンころしを引き抜く。
「ガァァアンダァァァアルヴゥゥゥゥウウ!!!!」
ワルドが絶叫する。
血に染まる視界の中で、ガッツが鉄塊を振りかぶっている。
振るわれたドラゴンころしはワルドの脇腹に食い込み、そのままワルドの体を両断した。
「が…は……」
分かたれた上半身がぐるりと回る。零れた臓物が綺麗な赤い円を描いた。
ルイズは――――その光景から、決して目を逸らさなかった。
ルイズはウェールズの亡骸の傍に跪いていた。
「ウェールズ様……」
ぽろぽろと涙が零れてくる。これでアンリエッタは愛する人を失ってしまった。
涙を拭い、驚愕に見開かれたウェールズの目を閉じさせる。
「ルイズ、これからどうするの?」
ルイズの肩で、パックが声をかけてきた。
「アルビオンの人にウェールズ王子の死を伝えなきゃ」
「ええ? そんなことして大丈夫かなあ?」
「でも、このまま逃げ出すことなんて出来ないわ」
ドサッ、と音が聞こえた。振り返る。
ガッツが倒れこんでいた。
「ちょ、ちょっとどうしたの!?」
慌ててルイズ達はガッツの傍に駆け寄る。パックがぺしぺしとガッツの頬を叩いた。
「駄目だ。完全に気を失っちゃってる」
ガッツは元々剣を振るのも難しいダメージをその体に負っていた。
それを狂戦士の甲冑の力によって痛みを麻痺させ、無理やりに戦闘を続けてきた。
決着が着き、甲冑の効果が弱まったところで遂に限界が来たのだ。
「大変だわ…早く治療しないと……」
ルイズがおろおろしていると、また「ぼこぉ!」と音がした。
「ここ、今度は何よ!?」
口から飛び出しそうになった心臓を押さえて音のしたほうを振り返る。
見覚えのあるモグラが顔を出していた。
「こ、このモグラは、確か……」
穴から這い出てきた巨大モグラはルイズを見つけると嬉しそうに鼻を寄せてくる。
「こ、ここか!? ここにルイズ達がいるんだな!!」
ぽっかりと礼拝堂に空いた穴からこれまた見覚えのある男が顔を出した。
特徴的な金髪は土まみれになってしまっているがそれは間違いなくギーシュだった。
続いてキュルケとタバサもギーシュの傍らから顔を出す。
「な、何でアンタ達がここにいんのよ!!」
「君たちがラ・ロシェールを発った後、とんでもない事に気付いて慌てて後を追ってきたんだ!!」
「と、とんでもないこと?」
「ああ! ルイズ、落ち着いて聞けよ。ワルド子爵は裏切り者だ!!」
ルイズはぽかんと口を開けた。ギーシュはルイズの肩を掴み、ふるふると首を振る。
「信じられないのも無理は無い。だけど―――」
「知ってるわ」
「へっ?」
今度はギーシュがぽかんと口を開けた。
ギーシュは礼拝堂の中を一瞥して、
「そんな……」
と掠れるような声を出した。
「間に合わなかった…のか……?」
「成程ね」
キュルケもまた、礼拝堂の惨状を見て状況を理解した。
「まさか、ギーシュの推測が当たってたなんてね」
「くそぉ!!」
ギーシュはその場に跪き、両手を地面に叩きつけた。
いつの間にか穴を這い出ていたタバサはガッツの顔を覗きこんでいた。
「このままでは危険。早急に治療が必要」
「ダーリンがこんなにぼろぼろに……それじゃ、さっさとこんな所お暇しちゃいましょ。用事はもう済んだんでしょ?」
キュルケはルイズに視線を向ける。
だがルイズは首を横に振った。
「駄目。ウェールズ王子の事、アルビオンの皆に伝えなきゃ」
「はあ!? 正気ィ!?」
ルイズの言葉にキュルケは目を丸くした。
馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで馬鹿だったとは。
「いいことルイズ。ワルド子爵は敵のスパイで、ウェールズ王子を暗殺し、それに気付いたアンタ達が子爵を成敗した。
ええ、この状況を見ればそれくらいのことはわかるわ。でもね、それは事情を知る私達だからよ。
もしアルビオンの兵がこの状況を見たらどう思うかしら? どう見たって王子暗殺の共犯よ、アンタ達」
「きちんと話をすればわかってもらえるわ!!」
「暗殺者の言葉に耳を傾ける者がいるかしら? 有無を言わさず抹殺されておしまいよ」
「アンタはアルビオンの皆がどれだけ誇り高いかを知らないから!!」
「貴方は人の性を知らなすぎよ、ルイズ」
ふん、とルイズはキュルケから顔を背ける。
ギーシュの使い魔である巨大モグラ、ヴェルダンデがウェールズの遺体をフガフガとまさぐっているのが目に入った。
「こらぁ!! 何してるのよアホもぐら!!!!」
ルイズは慌てて駆け寄ってヴェルダンデを蹴り飛ばす。
ぼぅ、と呆けていたギーシュはそこでようやく我に返った。
「こ、こら! ヴェルダンデに何をするんだ!! 君の『水のルビー』の匂いをたどってここまで穴を掘った功労者なんだぞ!!」
「うっさい! 王子の遺体を汚す不届き者を成敗しただけよ!!」
その時。
「何だ何だ? 騒がしいな」
礼拝堂の扉を開けて、アルビオンの兵士が顔を出した。
「やや、そこにいらっしゃるのはトリステインの大使殿ですかな? 一体こんな時間に何を……」
兵士の声が止まる。その目はルイズの足元に倒れ付すウェールズの死体に釘付けになっていた。
「お…う……じ……?」
わなわなと兵士の唇が震えだす。
「貴様ら……!」
アルビオンの兵士はその腰に差していた杖を抜いた。
「違う! 違うの!! 話を聞いて!!」
ルイズは必死に声を張り上げる。
「貴様らぁぁぁぁあああああ!!!!」
兵士の杖が輝いた。生み出された氷の刃がルイズに迫る。
ルイズの目の前に迫った氷の刃が炎に包まれた。刃は溶けて水となりその形を失う。
「『エア・ハンマー』」
タバサは小さく呟き杖を振った。小さく凝縮された風の塊が兵士の顎を撃ち抜き、兵士は意識を失い崩れ落ちた。
「あ…あ……」
「何ぼぅっとしてんの!! これでわかったでしょ!! さっさと逃げるわよ!!」
呆然と立ち尽くすルイズの襟を乱暴に掴み、キュルケは穴に向かって駆け出す。
「おい! ガッツはどうするんだ!!」
ギーシュがガッツの傍らにしゃがみこんで声を上げた。
「タバサ!!」
キュルケの声に頷いて、タバサが杖を振る。『レビテーション』の魔法によってガッツの体がふわりと浮いた。
「後はギーシュ、アンタが抱えてきなさい!!」
「剣は!? あれ確かレビテーションじゃ浮かないだろ!?」
「アンタのモグラにでも引っ張らせなさいよ! 穴掘るだけが能じゃないでしょ!!」
「うう、何て人使いの荒い女だ。ごめんよヴェルダンデ、だけど僕はお前の力を信じてる」
ギーシュはハラハラと涙を流しながら、マントをロープ代わりにしてドラゴンころしの柄とヴェルダンデのしっぽを結びつける。
ヴェルダンデは「ピキー!」と心底嫌そうな悲鳴を上げた。
「アンタもいい加減自分の足で走れ!!」
キュルケがルイズのお尻を蹴り飛ばす。ルイズはその顔に生気を感じさせぬまま、よたよたと歩みだした。
「ほら! さっさとする!!」
キュルケに急かされ、礼拝堂にぽっかり空いた穴にまずヴェルダンデ、続いてタバサ、ガッツを抱えたギーシュ、そしてルイズの順番で飛び込んだ。
「よし、後は私が入って穴を塞げば…」
「待てーーー!!!!」
最後に残ったキュルケが穴に飛び込もうとした瞬間、背後から呼び止める声があった。
「まさか、もう次の兵士が!?」
その顔に焦りを浮かべ、キュルケは振り返る。
「待ってくれーーー!!!! 俺っちを置いてかないでくれーーーーー!!!!」
地面に突きたてられたままだったデルフリンガーが必死にその刀身を揺らしていた。
キュルケはがっくりとうなだれる。
「あーーもう!!!!」
こうしてデルフリンガーも無事回収され、一行はアルビオンを脱出した。
タバサの使い魔、風竜シルフィードの背に乗って、ルイズはゆっくりと遠ざかるアルビオン大陸を見つめていた。
その傍らには、ぼろぼろに傷ついたガッツが横になっている。
思い返せば、短い旅路の間に辛いことがたくさんあった。最後まで、ルイズの心は裏切られっぱなしだった。
散々な旅だった。だけど。
様々な困難を、心が張り裂けそうになるような悲劇を、それでも何とか超えてこれたのはこの使い魔がいてくれたからだ。
「ありがとう」
ぼそり、とルイズは誰にも聞こえないように呟いた。
まあ、しっかりとパックとデルフリンガーには聞かれてしまっていたりするのだが。
「ああ、ヴェルダンデ! よく頑張ってくれた!!」
ギーシュはシルフィードの背中の上でのびているヴェルダンデを労っていた。
「なっさけないわねー。シルフィードを見習いなさいよ。これだけの人数乗せて平然としたもんじゃないの。ね、タバサ」
キュルケの言葉にタバサは顔を背けた。
実はガッツを乗せる時は、かなりぐずるシルフィードにタバサが問答無用で言うことを聞かせていたりする。
「ふん! ドラゴンと一緒にしないでくれたまえよ。あ~偉いぞ、僕のヴェルダンデ!!」
そんな風にヴェルダンデの顔にすりすりと頬を寄せてたら、ごりっと固い感触がした。
「ん? ヴェルダンデ、鼻に何をくっつけているんだい?」
ひょい、とヴェルダンデの鼻に引っ付いていたものを摘み取る。ダラダラとギーシュの額から汗が流れ出した。
「ん? どうしたのギーシュ。顔色悪いわよ」
「なななななんでもないよ?」
顔面を蒼白にしてギーシュはポケットにヴェルダンデの鼻についていた物を突っ込む。
キュルケはその態度に何か不審なものを感じたが、基本的にギーシュのことなどどうでもいいので放っておいた。
(それにしても随分ルイズが大人しいわね。まだへこんでんのかしら、まったくもう…)
ふと、ルイズのことが気になってキュルケは後ろを振り返る。
「あら?」
いつの間にかルイズは眠ってしまっていた。別にそのこと自体はいいのだが、その体勢がキュルケには気に入らない。
ルイズはガッツに身を寄せ、寄り添うような体勢で眠りに落ちていた。
「ちょっと! いけしゃあしゃあと抜け駆けしてんじゃないわよ!!」
「いいじゃないか。色々あって疲れてたんだろうし」
「暴れると危険」
ルイズに掴みかかろうとするキュルケをギーシュが必死に宥め、タバサは淡々と警告した。
ルイズは夢を見ていた。
忘れ去られた中庭の池。その上をたゆたう小船の上で、ルイズは膝を抱えて身を横たえていた。
辛いことがあった時、幼い自分はいつもこの場所に逃げだしていた。
今、自分がここにいる理由はわからない。思い出せない。
ただ、ひとつだけはっきりと覚えていることがある。
ワルドは、幼い自分の憧れだったあの人はもうここにはやってこない。
ここで泣いていたって、もう誰もここへ迎えには来てくれない。
だから――行かなくちゃ。
この胸の痛みはここでうずくまっているだけじゃ無くならない。
戦わなくちゃ。私は、私の戦場で。
ルイズは立ち上がった。船が揺れて、波紋が広がっていく。
淀んだ湖面は底なしの沼を思わせて、ルイズを少しだけ躊躇させた。
軽く頭を振り、嫌なイメージを振り払ってからルイズは小船を降りる。
ぬちゃ、と足が湖底の泥に沈み込んだ。靴の中に泥が入り込んでくる。
込み上げてくる嫌悪感を必死に抑え、ルイズは湖の中を進んだ。
腰の辺りまでが水につかり、湖面を漂っていた藻が制服に貼りついてくる。
泥に足を取られ、ルイズは盛大に転倒した。全身がずぶ濡れになり、得体の知れない異臭が桃色の髪にこびりつく。
それでもルイズは足を止めなかった。弱音を吐かなかった。
霧の向こうで誰かが立っている。きっとあそこがこの湖の端。
一歩、一歩、ただ前を目指して進んでいく。
やがてルイズは湖の端に辿り着いた。
思ったとおりだ。そこにはルイズのよく知る人物が立っていた。
「行くぞ」
待ちくたびれたと言わんばかりに男が声をかけてくる。
「ん」
ルイズはその人物に向かって手を伸ばす。
男は一瞬眉をしかめたが、やがてやれやれと首を振ると、その手を取ってルイズを湖から引き上げた。
そう、この男は本当に無愛想で、優しくなくて、その上どうしようもなく捻くれ者だけど――これくらいの助けはしてくれるから。
だから。
ルイズは駆け出した。霧の向こうには風に揺れる広大な草原が広がっていた。
振り返る。ルイズの顔には迷いの無い笑顔が浮かんでいた。
「置いていくわよ! ガッツ!!」
だから私は、精一杯戦ってみようって、そう思った。
「が、かは…! かっ…!!」
ずるずると己の臓物を引き摺り這い回る影がある。
「私は死なない、死ぬわけにはいかない」
ごふ、と血を吐き出した。
「まだ私は何も成していない……何もやり遂げてはいない……!」
うわ言のように男は呟く。
だが、彼は死ぬ。このハルケギニアに存在するどんな魔法でもここまで損壊した体を修復することは出来ない。
下半身を斬り飛ばされた状態で、意識を保っているだけで奇跡だった。
コツン、と何かが指に当たる。咄嗟に掴んだそれを男は固く握り締めた。
それは何でもいいから何かに縋りつきたかった彼の無意識の上での行動だった。
やがて、執念によって繋ぎ止めていた意識が闇に沈み始める。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ!!)
迫り来る死の恐怖に男はただ震える。
先ほどまで胸に抱いていた大志も、後悔も、何もかもが吹き飛んでいた。
何もかもが黒く塗り潰されていく中で、男は唯一つの言葉を繰り返していた。
―――死にたくない
ドクン、と世界が震える音がして。
男の手の中で―――ベヘリットが啼いた。
○○日○○時、ニューカッスル城を巨大な竜巻が覆った。
竜巻が消失したのち、ニューカッスル城内に生存者は皆無。
三百対五万という絶望的な戦力差にも逃げ出すことをしなかった勇者達は、しかし一切の勇姿を誇示することなく壊滅した。
○○日△△時、革命軍レコンキスタより件の竜巻はレコンキスタが擁する虚無の担い手の手によるものだと発表。
宣戦布告で指定した日時を無視した奇襲で卑劣きわまるといった批判が巻き起こったが、それ以上に人々の心にはレコンキスタに対する恐怖が伝播した。
現在、レコンキスタ軍はアルビオンのニューカッスル城に駐留。目下、目立った動きは無し。
「以上で、報告を終わります」
よく透き通った声で報告書を閉じたのは、見る者全てがハッとしてしまうような美少年だった。
「虚無の竜巻、ね。信じるかい? ジュリオ」
パンパンとその手に持った蔵書の埃を払いながら、報告を受けた青年はジュリオと呼ばれた少年に笑いかける。
「まさか」
少年は報告書を脇に挟み、肩をすくめてみせた。
「そうだね、わたし達は知っている。あの竜巻の正体を」
青年は部屋に備え付けられた椅子に深々と腰掛ける。
天井を見上げたその目はその実、どこか遠くを見据えているようであった。
「僕らの代に至り、遂に扉は開かれた。実に喜ばしいことではありませんか」
「そうだね。神様気取りの悪魔達を、人の理を外れた外道を無に帰すことこそ我ら『虚無』の役目」
青年は目の前に立つ少年に再び視線を向ける。
「これから忙しくなるよ、ジュリオ」
そう言って、青年は―――聖都ロマリア教皇、ヴィットーリオ・セレヴァレは笑った。
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