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「アクマがこんにちわ-18」(2009/10/08 (木) 18:29:43) の最新版変更点
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ロングビルを肩に抱えた人修羅が、風のような早さで人気のない街道を走り抜けていく。
空を見上げると、シルフィードが常人には目視の難しい距離で旋回を続けていた、慌てた様子もないのを見ると、ルイズ達は今のところ無事なのだろう。
人修羅は建物の間にある階段が桟橋への道だと気付き、すぐさまそれを駆け上がった。
長い階段を上っていくと、カグヅチへ向かう塔を思わせる巨大な樹木が目に入った、四方八方に伸ばされた枝の先には船がぶら下がっていたが、小さな実のように見える。
途方もない大きさの木を見て、思わず「ファンタジーだ」と呟いた。
丘の上に出ると、木の根本に向かうルイズ達の姿が見えたが、ルイズとワルドの二人しかいない。
そこで人修羅に一瞬の迷いが生じた。やはり裏口にも待ち伏せがあり、キュルケ達が突破口を開きルイズとワルドだけが脱出したのだろうか。
しかし、シルフィードは相変わらず上空を旋回している、その様子からはタバサ達が窮地に陥ってるとは考えにくい。
人修羅はロングビルを肩から下ろし、両手で抱きかかえると、ルイズ達の後を追った。
「ルイズさん!」
「人修羅っ…って何してんのよ!」
追いついた人修羅が声をかける、ルイズは人修羅の姿を見て安堵したが、抱きかかえているロングビルの姿を見て思わず怒鳴り声を上げた。
「傭兵に捕まっていたんだ、助け出したが(自分が攻撃したせいで)気絶したままだ。他のみんなは?」
「仮面を付けた凄腕のメイジが現れた、彼らは足止めをしている頃だ、船へ急ごう」
人修羅の問いにワルドが答えた。
三人はすぐさま走り出し、樹の内部をくり抜いて作られた空洞へとを駆け込んでいった。
樹の内部を見上げると、巨大なビルの吹き抜けと同じように目がくらみそうな高さまで階段が続いていた。
枝に通じる階段には鉄製のプレートが下がっており、ワルドがラ・ロシェール行きの階段を見つけ駆け上がり人修羅とルイズを先導した。
階段を駆け上り、木の幹から外へ出ると、一本のこれまた巨大な枝の上が通路になっていた、その枝に沿ってぶら下がるように一艘の船が停泊している。
船は帆船のような形状だが、舷側から羽が突き出ているのを見ると、空の船といった感じがする。
人修羅達は枝から伸びるタラップを伝い甲板へと足を踏み入れた。
「な、なんでぇ? おめえら!」
甲板で寝込んでいた船員が、突然やってきた貴族に驚いて起き上がった。
「船長はいるか?」
「寝てるぜ。用があるなら、明日の朝、改めて来るんだな」
別の男が船室から現れ、そう答えた。ラム酒を瓶でラッパ飲みしながら答えるのを見ると、この船は貴族の好みそうな船ではないらしい。
ワルドはスッと杖を引き抜き、他所声の調子を低くし、答えた。
「貴族に二度同じことを言わせる気か? 僕は船長を呼べと言ったんだ」
「き、貴族!」
船員は驚いて一目散に船長室へすっ飛んでいった。
しばらくすると、寝ぼけ眼の初老の男を連れて甲板へと戻ってきた、船長らしき帽子をかぶった初老の男は、胡散臭げにワルド達を見た。
「なんの御用ですかな?」
「女王陛下の魔法衛士隊隊長、ワルド子爵だ」
船長が目を丸くして驚く、魔法衛士隊に直々に声をかけられることなどほぼあり得ない、船長は驚くほど身分の高い貴族が相手だと気づいて、急に言葉遣いが丁寧になった。
「こ、これはこれは。当船へはどういったご用向きでございましょう…」
「アルビオンへ、今すぐ出港してもらいたい」
「そんな!無茶でございます!」
「勅命だ。王室に逆らうつもりか?」
「滅相もありません!ただ、朝を待って出向しなければ、風石が足らなくなるのです!」
「どうしてだ?」
「アルビオンが最もここ、ラ・ロシェールに近づくのは朝です! その前に出港したんでは、風石が足りず落っこちてしまいます」
人修羅は、ワルドと船長のやりとりを聞きながら、自分達の弱点について考えていた。
ルイズはかろうじてレビテーションが使えるが、まだ不安定で失敗も多い。
自分はそもそも空を飛べない、地面から飛び上がることはできても、空から落ちた場合為す術がない。仲魔を召喚できればその問題も解決するのだが、それも今は不可能だ。
ちらりと甲板の向こうを見ると、シルフィードがゆっくりと地上に降りようとしていた、キュルケ達が、追っ手を撃退したか、時間稼ぎができたと知ってシルフィードを呼んだのだろう。
もし彼女らに怪我があれば、シルフィードは急いで距離を取るか、皆を助けに行くはずだ。
(シルフィードがいれば、空で何かあっても対処できるかもしれない…なら、風竜か火竜を仲間に引き込むべきだな。しかし、都合良く見つかるわけでもない。船が襲撃されぬよう気をつけるしかないな…)
人修羅がそんなことを考えているうちにも、ワルドと船長の交渉は続いていた。
「風石が足りぬ分は、僕が補う。僕は『風』のスクウェアだ」
船長と船員は顔を見合わせると、一つ頷いて、船長がワルドの方を向いた。
「ならば結構でございます。料金ははずんでもらいますよ」
「積荷はなんだ?」
「硫黄でございます。アルビオンで新しい秩序を建設なさっている貴族のかたがたは、高値をつけてくださいますから。秩序の建設には火薬と火の秘薬は必需品ですのでね」
「その運賃と同額を出そう」
「黄金と同じ額になります」
「かまわん、すぐに出してくれ」
船長はにやにやと下卑た笑みを浮かべて頷いた、思いがけない商談が成立したので、船長は張り切って命令をくだした。
「出港だ! もやいを放て! 帆を打て!」
予定を狂わされた船員達は、ぶつぶつと文句を言いながらも訓練された動きで命令に従い、手際よく出向の準備をする。
枝から船をつり下げるロープをはずした瞬間、船は一瞬空中に沈んだ。
「うお…」
慣れない感覚に、しかしどこかエレベーターを思い出す浮遊感に、人修羅は思わず声を出した。
船は風石の力で宙に浮かぶと同時に、帆と羽が風を受けてぶわっと張り詰めた。
「アルビオンにはいつ着く?」
「明日の昼過ぎには、スカボローの港に到着しまさあ」
ワルドの質問に船長が答えた。
人修羅はワルドが話し込んでいるのを見て、ルイズに近寄る。
「ルイズさん、ロングビルさんを船室に寝かせたいんだが、付いてきてくれないか」
「え? う、うん、わかったわ」
ルイズは人修羅の腕に抱かれているロングビルを見て、心の中にもやのようなモノがかかるのを感じた。
人修羅が船員に船室の場所を聞き、船の中に入っていく、ルイズもそれに続いた。
◆◆◆◆◆◆
時は少しばかり遡り、キュルケ達は…
人修羅に酒場の表を任せ、裏口から脱出した一行は、白い仮面を付けた男に襲撃されていた。
桟橋へと向かう途中、真っ正面から放たれた『ウインド・ブレイク』が一行へと襲いかかる。
「うわああっ!?」
ギーシュが情けない悲鳴を上げて転がったが、怪我はない。キュルケ達はすぐさま体勢を立て直したが、敵は小規模の竜巻を起こし、周辺にある木片や樽などを吹き飛ばしてきた。
「………」
タバサは、この戦い方に各乱戦の慣れを感じた、ごく少数のメイジで、多勢を演出するときに似た雰囲気を直感していた。
「足止めを頼めるか?」
ワルドが呟く、キュルケは仕方ないといった様子で杖を出した。
ギーシュもそれに続き、杖を構えたが、敵の姿は見えない。
「どこへ行ったんだ…」
と、次の瞬間、タバサの頭にシルフィードの声が聞こえた。
『上なのね!』
タバサは風の魔法で防御しようと、詠唱を開始したが、ワルドがルイズを抱きかかえ前に飛んだ。
タバサはその動きに不審なモノを感じ、風のラインスペルではなく、風風水のトライアングルスペルを詠唱した。得意の『ウインディ・アイシクル』である。
仮面の男は、上空からタバサ達に杖を向けていた、キュルケは杖にほとばしる電光を見て危険を悟る。
「やばっ」
次の瞬間、タバサの『ウインディ・アイシクル』と、仮面の男の『ライトニング・クラウド』が激突した。
氷の刃が加熱され、水蒸気と化す。
空中に散らし切れぬ電撃がタバサの体を襲うはずだったが、ダメージはない。
タバサはすかさず距離を取り『ウインド・ブレイク』を放つ、キュルケはそれに続いて『マジック・アロー』を放った。
仮面の男は空中で魔法を避け、反撃に出るべく詠唱をはじめた。
「またアレが来るわよ!」
「……」
キュルケとタバサに焦りが浮かぶ、トライアングル・スペルを何遍も放っており、タバサの精神力にも余裕がない。キュルケは攻撃範囲こそ広いものの、相手が予想以上に素早いので魔法を生かし切ることができなかった。
そうこうしているうちに詠唱が終わり、仮面の男からまばゆい電撃が迸る。
「ワルキューーレェーーッ!」
ギーシュが叫んだ、同時に、ギーシュの作り出すゴーレム『ワルキューレ』が青銅のスピアーを投げる。
『ライトニング・クラウド』が空中でスピアーに命中し、粉々に砕かれた。だが魔法の力は相殺され、仮面の男に大きな隙ができた。
「今よ!」
キュルケが炎をふくらまして壁を作る、膨張させすぎたそれは炎としての力を失い、タバサが作り出した氷の槍を容易に貫通させた。
「ぐあっ…」
氷の槍を胸に受け、仮面を被った男は地面に落下しそうになり…消えた。
「消えたわ…」キュルケが呟く。
「遍在」タバサがそう答えると、キュルケは少し悔しそうに頷いた。
タバサはシルフィードによって、ルイズ達が桟橋へ到達したことを知ったが、あまりにも敵の詰めが甘い。
敵の目的は戦力の分断だったのだろう。
だからルイズ達は船に乗ることができた。
これからシルフィードを呼んで船を追いかけるのは難しい、風向きと雲の出方が悪ければ空の上で遭遇できず、下手をすれば貴族派の船や火龍、風竜に襲われるかもしれない。
どうすればよいか…と悩む二人の脇で、脳天気な声が聞こえてきた。
「はははは!どうだ、やったぞ!トリステインを乱す悪党を退治したぞ! 痛てへへへへへ!」
見ると、勝利に浮かれたギーシュの頬を、キュルケがつまんで引っ張っていた。
「あんたねえ、助けられたことは感謝するけど、それ以外何よ、何もしてないじゃない。」
「痛いじゃないか!しかしだね僕がいなければ君たちはね」
「はいはいありがとうございました元帥のご子息さん」
「くっ」
「………ひとしゅら」
タバサは、人修羅にバックアップを期待されていなくても、母を治す手がかりを失わないため、一行を追いかけるつもりだった。
だが、上空を旋回するシルフィードと人修羅の目があった瞬間、こちらを気遣うように頷いた気がした…タバサは、改めて人修羅達を追いかける決心をした。
★★★★★★★★★★★
所変わって、ガリア。プチ・トロワ宮殿。
イザベラは自分の背より高い杖を持って、城の中を移動することが多くなった。
その様子を不気味に思っていた従者達だったが、代わりにイザベラの癇癪癖が爆発することが少なくなった。
それに気づいてからは、面倒が減ったと思ったのか、イザベラを訝しがる視線はだんだんと減っていった。
夜、イザベラは城の中庭に出て、噴水に近づくと、スカアハから貰った杖を水面に当てた。
「…あ…聞こえる」
「聞こえるホ?」
「ああ、聞こえてくるよ、これは…地面の中から出てきたのを喜んでるのかね」
「イザベラちゃん凄いホ!」
「へへへ」
イザベラはほんの少し照れつつ、笑った。
あの日、夢の中でスカアハと名乗る女性から貰った杖は、空気を絡め取るだけにしか使えなかった。
しかし使い慣れてくると、様々な場所の声を感じるようになっていった、地面の声、空気の声、水の声、植物の声など、ありとあらゆる所に『声』があると気づいた。
「これが精霊の声なのかい。今までこいつらの声が聞こえなかったなんて、不思議だねえ。こんなに周囲にあふれてるのに」
「そーだホ、ニンゲンは精霊の声を聞きたがらないホー、見えないから怖がって耳を塞ぐんだホ! ってスカアハが言ってたホー」
「そんなもんかね…」
イザベラはちくりとした痛みを胸に感じた。
見えないから怖がる、これはまさに自分のことではないか、見えない、解らない事から目を背ければ、背けただけ闇が深くなる。
今のところ最大の闇がシャルロットだ、人形七号と呼んでいるが、それはもしかしたら自分の弱さかもしれない。
彼女は感情を失ったわけではないとしたら…
人形のように振る舞って、自分の油断を誘っているのだとしたら…
ぶるり、とイザベラの身が震えた。
「どーしたホ?」
「あ…いや、何でもない、なんでもないよ」
イザベラは杖を引くと、心配そうに見上げるヒーホーを抱き上げた。
「次は、どんなことをすればいいんだい、あたしはもっとこの力を使えるようになりたい」
イザベラの目に、タバサを虐めようと躍起になる凶暴さは無かった。
精霊と通じ合うことで得られる精霊魔法、それこそがイザベラの世界を広げた。
魔法の才能に恵まれず、努力しても報われず、絶えず劣等感にさいなまれてきたイザベラに、ようやく現れた『報われる努力』だった。
「それじゃ氷を作ってみるホ!おいらが氷を作るから真似して欲しいホね。さいしょは噴水のお水さんに手伝って貰うホー」
そう言うと、ヒーホーはイザベラの腕から飛び降りて、噴水に指を突っ込んだ。
しゃっ、と引き出した指には、凍りついた噴水の水が付着し、指先から噴水へと一本の氷の棒を作り上げていた。
「ゆっくりやってみるホー」
「よし…やってやろうじゃないか」
ヒーホーと一緒にいるイザベラの顔には、笑みが浮かんでいた。
誰も見たことのない、努力を楽しむイザベラの笑顔だった。
#navi(アクマがこんにちわ)
ロングビルを肩に抱えた人修羅が、風のような早さで人気のない街道を走り抜けていく。
空を見上げると、シルフィードが常人には目視の難しい距離で旋回を続けていた、慌てた様子もないのを見ると、ルイズ達は今のところ無事なのだろう。
人修羅は建物の間にある階段が桟橋への道だと気付き、すぐさまそれを駆け上がった。
長い階段を上っていくと、カグヅチへ向かう塔を思わせる巨大な樹木が目に入った、四方八方に伸ばされた枝の先には船がぶら下がっていたが、小さな実のように見える。
途方もない大きさの木を見て、思わず「ファンタジーだ」と呟いた。
丘の上に出ると、木の根本に向かうルイズ達の姿が見えたが、ルイズとワルドの二人しかいない。
そこで人修羅に一瞬の迷いが生じた。やはり裏口にも待ち伏せがあり、キュルケ達が突破口を開きルイズとワルドだけが脱出したのだろうか。
しかし、シルフィードは相変わらず上空を旋回している、その様子からはタバサ達が窮地に陥ってるとは考えにくい。
人修羅はロングビルを肩から下ろし、両手で抱きかかえると、ルイズ達の後を追った。
「ルイズさん!」
「人修羅っ…って何してんのよ!」
追いついた人修羅が声をかける、ルイズは人修羅の姿を見て安堵したが、抱きかかえているロングビルの姿を見て思わず怒鳴り声を上げた。
「傭兵に捕まっていたんだ、助け出したが(自分が攻撃したせいで)気絶したままだ。他のみんなは?」
「仮面を付けた凄腕のメイジが現れた、彼らは足止めをしている頃だ、船へ急ごう」
人修羅の問いにワルドが答えた。
三人はすぐさま走り出し、樹の内部をくり抜いて作られた空洞へとを駆け込んでいった。
樹の内部を見上げると、巨大なビルの吹き抜けと同じように目がくらみそうな高さまで階段が続いていた。
枝に通じる階段には鉄製のプレートが下がっており、ワルドがラ・ロシェール行きの階段を見つけ駆け上がり人修羅とルイズを先導した。
階段を駆け上り、木の幹から外へ出ると、一本のこれまた巨大な枝の上が通路になっていた、その枝に沿ってぶら下がるように一艘の船が停泊している。
船は帆船のような形状だが、舷側から羽が突き出ているのを見ると、空の船といった感じがする。
人修羅達は枝から伸びるタラップを伝い甲板へと足を踏み入れた。
「な、なんでぇ? おめえら!」
甲板で寝込んでいた船員が、突然やってきた貴族に驚いて起き上がった。
「船長はいるか?」
「寝てるぜ。用があるなら、明日の朝、改めて来るんだな」
別の男が船室から現れ、そう答えた。ラム酒を瓶でラッパ飲みしながら答えるのを見ると、この船は貴族の好みそうな船ではないらしい。
ワルドはスッと杖を引き抜き、他所声の調子を低くし、答えた。
「貴族に二度同じことを言わせる気か? 僕は船長を呼べと言ったんだ」
「き、貴族!」
船員は驚いて一目散に船長室へすっ飛んでいった。
しばらくすると、寝ぼけ眼の初老の男を連れて甲板へと戻ってきた、船長らしき帽子をかぶった初老の男は、胡散臭げにワルド達を見た。
「なんの御用ですかな?」
「女王陛下の魔法衛士隊隊長、ワルド子爵だ」
船長が目を丸くして驚く、魔法衛士隊に直々に声をかけられることなどほぼあり得ない、船長は驚くほど身分の高い貴族が相手だと気づいて、急に言葉遣いが丁寧になった。
「こ、これはこれは。当船へはどういったご用向きでございましょう…」
「アルビオンへ、今すぐ出港してもらいたい」
「そんな!無茶でございます!」
「勅命だ。王室に逆らうつもりか?」
「滅相もありません!ただ、朝を待って出向しなければ、風石が足らなくなるのです!」
「どうしてだ?」
「アルビオンが最もここ、ラ・ロシェールに近づくのは朝です! その前に出港したんでは、風石が足りず落っこちてしまいます」
人修羅は、ワルドと船長のやりとりを聞きながら、自分達の弱点について考えていた。
ルイズはかろうじてレビテーションが使えるが、まだ不安定で失敗も多い。
自分はそもそも空を飛べない、地面から飛び上がることはできても、空から落ちた場合為す術がない。仲魔を召喚できればその問題も解決するのだが、それも今は不可能だ。
ちらりと甲板の向こうを見ると、シルフィードがゆっくりと地上に降りようとしていた、キュルケ達が、追っ手を撃退したか、時間稼ぎができたと知ってシルフィードを呼んだのだろう。
もし彼女らに怪我があれば、シルフィードは急いで距離を取るか、皆を助けに行くはずだ。
(シルフィードがいれば、空で何かあっても対処できるかもしれない…なら、風竜か火竜を仲間に引き込むべきだな。しかし、都合良く見つかるわけでもない。船が襲撃されぬよう気をつけるしかないな…)
人修羅がそんなことを考えているうちにも、ワルドと船長の交渉は続いていた。
「風石が足りぬ分は、僕が補う。僕は『風』のスクウェアだ」
船長と船員は顔を見合わせると、一つ頷いて、船長がワルドの方を向いた。
「ならば結構でございます。料金ははずんでもらいますよ」
「積荷はなんだ?」
「硫黄でございます。アルビオンで新しい秩序を建設なさっている貴族のかたがたは、高値をつけてくださいますから。秩序の建設には火薬と火の秘薬は必需品ですのでね」
「その運賃と同額を出そう」
「黄金と同じ額になります」
「かまわん、すぐに出してくれ」
船長はにやにやと下卑た笑みを浮かべて頷いた、思いがけない商談が成立したので、船長は張り切って命令をくだした。
「出港だ! もやいを放て! 帆を打て!」
予定を狂わされた船員達は、ぶつぶつと文句を言いながらも訓練された動きで命令に従い、手際よく出向の準備をする。
枝から船をつり下げるロープをはずした瞬間、船は一瞬空中に沈んだ。
「うお…」
慣れない感覚に、しかしどこかエレベーターを思い出す浮遊感に、人修羅は思わず声を出した。
船は風石の力で宙に浮かぶと同時に、帆と羽が風を受けてぶわっと張り詰めた。
「アルビオンにはいつ着く?」
「明日の昼過ぎには、スカボローの港に到着しまさあ」
ワルドの質問に船長が答えた。
人修羅はワルドが話し込んでいるのを見て、ルイズに近寄る。
「ルイズさん、ロングビルさんを船室に寝かせたいんだが、付いてきてくれないか」
「え? う、うん、わかったわ」
ルイズは人修羅の腕に抱かれているロングビルを見て、心の中にもやのようなモノがかかるのを感じた。
人修羅が船員に船室の場所を聞き、船の中に入っていく、ルイズもそれに続いた。
◆◆◆◆◆◆
時は少しばかり遡り、キュルケ達は…
人修羅に酒場の表を任せ、裏口から脱出した一行は、白い仮面を付けた男に襲撃されていた。
桟橋へと向かう途中、真っ正面から放たれた『ウインド・ブレイク』が一行へと襲いかかる。
「うわああっ!?」
ギーシュが情けない悲鳴を上げて転がったが、怪我はない。キュルケ達はすぐさま体勢を立て直したが、敵は小規模の竜巻を起こし、周辺にある木片や樽などを吹き飛ばしてきた。
「………」
タバサは、この戦い方に各乱戦の慣れを感じた、ごく少数のメイジで、多勢を演出するときに似た雰囲気を直感していた。
「足止めを頼めるか?」
ワルドが呟く、キュルケは仕方ないといった様子で杖を出した。
ギーシュもそれに続き、杖を構えたが、敵の姿は見えない。
「どこへ行ったんだ…」
と、次の瞬間、タバサの頭にシルフィードの声が聞こえた。
『上なのね!』
タバサは風の魔法で防御しようと、詠唱を開始したが、ワルドがルイズを抱きかかえ前に飛んだ。
タバサはその動きに不審なモノを感じ、風のラインスペルではなく、風風水のトライアングルスペルを詠唱した。得意の『ウインディ・アイシクル』である。
仮面の男は、上空からタバサ達に杖を向けていた、キュルケは杖にほとばしる電光を見て危険を悟る。
「やばっ」
次の瞬間、タバサの『ウインディ・アイシクル』と、仮面の男の『ライトニング・クラウド』が激突した。
氷の刃が加熱され、水蒸気と化す。
空中に散らし切れぬ電撃がタバサの体を襲うはずだったが、ダメージはない。
タバサはすかさず距離を取り『ウインド・ブレイク』を放つ、キュルケはそれに続いて『マジック・アロー』を放った。
仮面の男は空中で魔法を避け、反撃に出るべく詠唱をはじめた。
「またアレが来るわよ!」
「……」
キュルケとタバサに焦りが浮かぶ、トライアングル・スペルを何遍も放っており、タバサの精神力にも余裕がない。キュルケは攻撃範囲こそ広いものの、相手が予想以上に素早いので魔法を生かし切ることができなかった。
そうこうしているうちに詠唱が終わり、仮面の男からまばゆい電撃が迸る。
「ワルキューーレェーーッ!」
ギーシュが叫んだ、同時に、ギーシュの作り出すゴーレム『ワルキューレ』が青銅のスピアーを投げる。
『ライトニング・クラウド』が空中でスピアーに命中し、粉々に砕かれた。だが魔法の力は相殺され、仮面の男に大きな隙ができた。
「今よ!」
キュルケが炎をふくらまして壁を作る、膨張させすぎたそれは炎としての力を失い、タバサが作り出した氷の槍を容易に貫通させた。
「ぐあっ…」
氷の槍を胸に受け、仮面を被った男は地面に落下しそうになり…消えた。
「消えたわ…」キュルケが呟く。
「遍在」タバサがそう答えると、キュルケは少し悔しそうに頷いた。
タバサはシルフィードによって、ルイズ達が桟橋へ到達したことを知ったが、あまりにも敵の詰めが甘い。
敵の目的は戦力の分断だったのだろう。
だからルイズ達は船に乗ることができた。
これからシルフィードを呼んで船を追いかけるのは難しい、風向きと雲の出方が悪ければ空の上で遭遇できず、下手をすれば貴族派の船や火龍、風竜に襲われるかもしれない。
どうすればよいか…と悩む二人の脇で、脳天気な声が聞こえてきた。
「はははは!どうだ、やったぞ!トリステインを乱す悪党を退治したぞ! 痛てへへへへへ!」
見ると、勝利に浮かれたギーシュの頬を、キュルケがつまんで引っ張っていた。
「あんたねえ、助けられたことは感謝するけど、それ以外何よ、何もしてないじゃない。」
「痛いじゃないか!しかしだね僕がいなければ君たちはね」
「はいはいありがとうございました元帥のご子息さん」
「くっ」
「………ひとしゅら」
タバサは、人修羅にバックアップを期待されていなくても、母を治す手がかりを失わないため、一行を追いかけるつもりだった。
だが、上空を旋回するシルフィードと人修羅の目があった瞬間、こちらを気遣うように頷いた気がした…タバサは、改めて人修羅達を追いかける決心をした。
★★★★★★★★★★★
所変わって、ガリア。プチ・トロワ宮殿。
イザベラは自分の背より高い杖を持って、城の中を移動することが多くなった。
その様子を不気味に思っていた従者達だったが、代わりにイザベラの癇癪癖が爆発することが少なくなった。
それに気づいてからは、面倒が減ったと思ったのか、イザベラを訝しがる視線はだんだんと減っていった。
夜、イザベラは城の中庭に出て、噴水に近づくと、スカアハから貰った杖を水面に当てた。
「…あ…聞こえる」
「聞こえるホ?」
「ああ、聞こえてくるよ、これは…地面の中から出てきたのを喜んでるのかね」
「イザベラちゃん凄いホ!」
「へへへ」
イザベラはほんの少し照れつつ、笑った。
あの日、夢の中でスカアハと名乗る女性から貰った杖は、空気を絡め取るだけにしか使えなかった。
しかし使い慣れてくると、様々な場所の声を感じるようになっていった、地面の声、空気の声、水の声、植物の声など、ありとあらゆる所に『声』があると気づいた。
「これが精霊の声なのかい。今までこいつらの声が聞こえなかったなんて、不思議だねえ。こんなに周囲にあふれてるのに」
「そーだホ、ニンゲンは精霊の声を聞きたがらないホー、見えないから怖がって耳を塞ぐんだホ! ってスカアハが言ってたホー」
「そんなもんかね…」
イザベラはちくりとした痛みを胸に感じた。
見えないから怖がる、これはまさに自分のことではないか、見えない、解らない事から目を背ければ、背けただけ闇が深くなる。
今のところ最大の闇がシャルロットだ、人形七号と呼んでいるが、それはもしかしたら自分の弱さかもしれない。
彼女は感情を失ったわけではないとしたら…
人形のように振る舞って、自分の油断を誘っているのだとしたら…
ぶるり、とイザベラの身が震えた。
「どーしたホ?」
「あ…いや、何でもない、なんでもないよ」
イザベラは杖を引くと、心配そうに見上げるヒーホーを抱き上げた。
「次は、どんなことをすればいいんだい、あたしはもっとこの力を使えるようになりたい」
イザベラの目に、タバサを虐めようと躍起になる凶暴さは無かった。
精霊と通じ合うことで得られる精霊魔法、それこそがイザベラの世界を広げた。
魔法の才能に恵まれず、努力しても報われず、絶えず劣等感にさいなまれてきたイザベラに、ようやく現れた『報われる努力』だった。
「それじゃ氷を作ってみるホ!おいらが氷を作るから真似して欲しいホね。さいしょは噴水のお水さんに手伝って貰うホー」
そう言うと、ヒーホーはイザベラの腕から飛び降りて、噴水に指を突っ込んだ。
しゃっ、と引き出した指には、凍りついた噴水の水が付着し、指先から噴水へと一本の氷の棒を作り上げていた。
「ゆっくりやってみるホー」
「よし…やってやろうじゃないか」
ヒーホーと一緒にいるイザベラの顔には、笑みが浮かんでいた。
誰も見たことのない、努力を楽しむイザベラの笑顔だった。
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