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「日替わり使い魔-12」(2009/09/26 (土) 19:20:07) の最新版変更点
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#navi(日替わり使い魔)
「ちょっと、本気!?」
「大丈夫だって! 見ててよ、ルイズ!」
明けて翌朝――『女神の杵』亭の物置部屋。
昔は錬兵場として使われていた広大なその部屋で、制止するルイズにレックスは何を勘違いしたのか、自信満々な笑顔で返した。
そんな彼の視線の向こう側には、「やれやれ」と肩をすくめるワルドの姿。今、彼はワルドを相手に、決闘をするところであった。
任務を遂行するにあたり、互いの実力を知っておくため――という建前である。
その場にいるのは、レックス、ルイズ、ワルドの三人だけではない。どこから聞きつけてきたのか、他のメンバーも全員揃っている。早朝であるため、何人かはいまだ眠たそうにしていたが。
――レックスは一晩考えた。ルイズの気を引くにはどうすれば良いか、と。
あてがわれた部屋ののベッドの上で「うーん、うーん」と寝るまで悩み、そして日の出と共に起きてからも更に悩み、そこまで考え抜いてようやっと出た結論――それは、『自分がどれほど頼りになる存在か』をアピールする、という手段だった。
さんざん悩んで至った結論が、結局そんなシンプルなものでしかないことに、彼の単純さ加減が見えてくる。だが彼の人生経験が11年しかないことを考えれば、それも妥当なところであろう。
しかもレックスにとって都合の良いことに、彼自身の戦闘能力は、このメンバーの中でもずば抜けている。
それを正確に知る者は、今のところ妹のタバサのみ―― 一応、ルイズ、キュルケ、シャルロットの三人はレックスの力の一端は見たことはあるが、おそらく魔法衛士隊の隊長たるワルドほどではないと思っていることだろう。
大人のワルドと子供のレックス――客観的に見てどちらが頼りになるかなど、いくら子供のレックスとて、わからない話ではない。感情的に納得できるか否かは別として。
そしてその認識を覆すことが、ルイズの気を引く手っ取り早い手段であると、彼は考えた。
――というわけで、そのために朝一番にワルドに決闘を申し込み、この場面に至る――
「……子供のわがままに付き合う趣味はないのだがね……」
一方ワルドは、この決闘に対し、モチベーションを上げる気にもなれなかった。
この重大な任務に、同行するのは実戦経験のない学生メイジが二人と、幼いとすら言える子供が二人。戦力的に考えれば、頼るべき者は魔法衛士隊の隊長たる自分しかいないのは明白である。
彼からしてみれば、自分とルイズさえいれば十分――むしろ他の三人は、足手まとい以外の何物でもないとすら思っていた。互いの実力など、知る必要すらない。体力の無駄である。
(とはいえ、自意識過剰な子供には早々に現実を知ってもらうべきか。いざという時に独断専行されても困る)
そんなことを考えながら、ワルドは自身の杖でもあるレイピアを構えた。未熟な新兵相手に最初の心構えを叩き込むぐらいの心積もりで、奇妙な形状の剣を構えた眼前のレックスを見やる。
その横で、ルイズが「ワルドも止めてよ!」とレックスの制止に協力するよう呼びかけるが、おそらく彼は引きはすまい。やる気に満ちたその目を見れば、そう簡単に説得できるとも思えなかった。
「準備はいいかな、おじさん?」
「……これでも僕は26だ。おじさんと呼ばれる歳ではないと思っているのだがね」
「15歳も年上の髭モジャな人、ボクから見ればおじさんでしかないって」
「ひ、髭モジャ……」
彼とて毎日の髭の手入れは欠かしていない。『モジャ』などと形容されるような髭などでは、断じてない。
そもそも青年とさえ言えるこの歳で髭を伸ばしているのは、ひとえに魔法衛士隊の隊長としての威厳を保つためである。立場上、せめて見た目だけでも『若輩者』などと見られるわけにはいかないのだ。
その髭を、よりにもよって『髭モジャ』などとは――
「……気が変わった。少々胸を貸してやるだけのつもりだったが、躾のなっていない子供には年上に対する礼儀を叩き込まねばならんようだ。後で泣きべそかいても知らんからな」
「ワルド……本気?」
「ルイズ、君の言いたいこともわかる。大事な任務を前に、味方同士で潰しあう必要はないと言うのだろう? 心配はいらないよ、すぐに終わる」
互いにやる気になってしまったことを察し、ルイズは渋々といった様子で引き下がった。
それと入れ代わりに、レックスの妹であるタバサが二人の間にやってきて、二人を交互に見やる。そして五歩ほど後ろに下がり――
「じゃ――はじめ」
やる気なさそうな声で告げられ――
――その直後、「べっちーん!」という豪快な音と共に、ワルドの意識はそこで途切れた。
「あっれー?」
決闘が一瞬で終わり――天空の剣を手にしたレックスは、しきりに首を傾げていた。
そんな彼の目の前では、「ワルド!? ワルドーっ!」と、ルイズが倒れたワルドへと向かっていた。ギャラリーとして同席していたギーシュ、キュルケ、シャルロットの三人は、あまりの事態に理解が追いつかず、ただただ唖然とするのみであった。
そこにいるワルドといえば――端的に言って、白目を剥いて気を失っていた。
レックスのやったことは、単に剣の腹をワルドの顔面に叩き付けただけである。ただ、踏み込みのスピードと攻撃の威力が尋常ではなかっただけで。おそらくワルド当人は、何が起きたのかすらわかっていなかっただろう。
レックスの所業の証拠とでも言うべきか――倒れたワルドの顔面には、特異な形状をした天空の剣の形がくっきりと赤く描かれていた。前歯も何本か折れていて、はっきり言って無様としか言いようのない顔である。
「残念だったね、お兄ちゃん」
と――そのレックスに、後ろからタバサがポンと肩を叩いた。その表情は、どこか勝ち誇ったように得意げである。
「……なんで、ルイズは負けた方に行くんだろう?」
「そんなの当たり前よ。ただ強いだけがカッコいいわけじゃないんだから。弱い者いじめって、大人気なくてみっともないのよ?」
「そーゆーもんなの? ……手加減してあげた方が良かったってことなのかな? 相手が弱いと加減が難しいや」
妹の言葉に、理解できないとばかりに眉根を寄せ、難しい顔をするレックス。
そんな双子の会話に、後ろで聞いていたギーシュとキュルケは、思いっきり顔を引き攣らせていた。
「…………仮にも魔法衛士隊の隊長を『弱い者』呼ばわりできる君らって、一体……」
「もしかしてこの子たち、実はとんでもない子たちなんじゃ……」
二人の言葉に、ほとんど表情を動かさないシャルロットですら、こくこくと首を縦に振って一生懸命同意していた。
時間は移り、その日の夜――ワルドは『女神の杵』亭一階の酒場で、一人でワインを呷っていた。
「くそっ……! この僕としたことが、とんだ不覚を……!」
仲間が周りにいないのをいいことに、彼は忌々しげに悪態をつく。
彼が言っている『不覚』とは、もちろん今朝の決闘である。タバサによって開始の合図がなされたところまでは覚えているが、そこから昼過ぎに意識を回復させるまでの間の記憶が、まったくなかった。
起きた後に鏡を見て、何本かの前歯が折れた自身の顔を見た時には、決闘で自身が敗北したことを悟った。同時、こんな無様な顔になってしまったことに、筆舌に尽くしがたい悔しさを覚えた。
今はギーシュの錬金で作ってもらった差し歯を、抜けた場所に差している。
「子供と思って油断した……ええいっ!」
そう。子供と思ってノーマークだったのが、そもそもの間違いであった。
彼がこの旅で目的とするものは、三つある。そのうちの一つが、ルイズの心を自分のものとすることだった。
だがしかし――彼はこの任務で同行するメンバーを見て、自分がルイズの気を引くのに障害となる人物はいない、と判断していたのは、早計であったと言わざるを得なかったことを思い知った。
レックスは要注意である。自分の顔の惨状からすれば、決闘中の記憶が飛ぶほどの衝撃を受けて敗北したことは想像に難くない。どのような試合運びだったか、どのような動きをしていたか……それを思い出せないのは、手痛い失敗である。
まあ実際のところは、思い出す以前の問題であったのだが――幸か不幸か、ワルド自身にその自覚はない。
ともあれ、彼が自分より実力が上であることは間違いない。そんな彼を野放しにしていては、自分が活躍する機会が失われる。そうすれば、ルイズの気を引くことなど夢のまた夢――それどころか、今朝のような無様な姿を、再び見せることになりかねない。
「子供の彼にルイズが惹かれることなど、まず有り得ないとは思うが……だがこのままでは、ルイズが僕に幻滅しないとも限らない。なんとかして、奴だけでも別行動にさせなければ……!」
幸いにも、ここに来るまでに仕込んでいた『イベント』は、それを実行するのに最適である。そしてその『イベント』は、予定通りならばもうすぐのはずだ。
ワルドはワイングラスを飲み干すと、ニヤリと唇の端を吊り上げた。その笑みの歪み方は、タバサでなくとも邪気を感じるに十分なほどであった。
と――その時。
「へぇー! アルビオンって、空に浮かんでるんだ! 天空城よりおっきいのかな?」
「そ、空ですか……? 私、高いところ苦手なのに……」
レックスの感嘆の声と、タバサの怯えを含んだ声が、ワルドの耳に入った。
ワルドが邪気の含んだ笑みを消して振り向いてみると、そこには階段を下りてこちらに向かってくる仲間たちの姿。ルイズたちから聞かされたであろう浮遊大陸アルビオンの話に、レックスはキラキラと期待に顔を輝かせ、タバサは不安に表情を曇らせている。
「ワルド、一緒にいい?」
「もちろんだとも」
ルイズが同席を申し出てきたので、ワルドは先ほどまでの態度の悪さなど微塵も感じさせない笑顔を作り、にこやかに了承した。
そして皆が思い思いに腰掛け、それぞれ料理や酒を注文する。運ばれてきた料理に舌鼓を打ち、ワインの芳香に感嘆の声を上げ、今後の予定を話し合ったり思い出話などで談笑したりをする。
また、今朝の決闘について、ルイズがレックスに文句を言ったりもした。いわく、「大事な任務なのに、味方を不必要に傷付けないでよ! おかげでワルドが歯の抜けたオモロ顔になっちゃったじゃないのよ!」とのこと。
そして、そのルイズの叱責を受けたレックスが、「ごめん、もっと手加減するべきだったね。弱い者いじめはみっともないって、タバサにも言われたことだし……ごめんね、ワルド子爵」などという言葉で素直にワルドに謝った。
「……お、オモロ顔……弱い者いじめ……この僕が……グリフォン隊の隊長が、よ、弱い者……」
さすがに『弱い者』呼ばわりには反論したかったが、実際に負けたのは事実なので言い返せない。
中途半端な優しさがワルドの男としての矜持に傷を付けていたことなど、女のルイズや子供のレックスにわかるはずもない。二人はあくまでも、悪意などひとかけらも持っていないのだ。
そんな二人のフォローという名の追い討ちに、ワルドがずーんと落ち込んでテーブルの上で『の』の字を書き始めた、まさにその時――
――バタン!
「「「「「!」」」」」
宿の玄関の扉が乱暴に開け放たれ、七人中五人が即座に反応した。直前まで落ち込んでいたワルドですら反応できていのだが、まだまだ実戦経験の浅いルイズとギーシュは、さすがに反応が遅れていた。
そして、彼らが視線を向けた宿の玄関。そこには、これから戦争にでも行くかという風体の、完全武装した傭兵の一団がいた。
「やれ!」
一団の中のリーダーらしき一人がそう号令をかけると、一斉に酒場の中に矢が飛んだ。
突然のことに慌てふためき、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く客達。その中でワルドたちは、即座に床と一体になっているテーブルの足を折り、即席の盾とした。
「なによこれ!」
「おそらく昨日の連中か、その仲間か――いずれにせよ、あいつらはやはり、ただの物盗りなんかじゃなかったわけだ」
悪態をつくルイズに、冷静に分析するワルド。テーブルの陰から周囲を見回してみれば、血の跡こそ見えるものの、幸いにも死体は一つもない。どうやら無関係な他の客は全員、無事逃げるか隠れるかできていたようだ。
「アルビオンの貴族派?」
「わからないが、その可能性は高い。どうやら彼らは我々を標的にしているようだが、このタイミングで我々を襲うとなれば、それ以外にあるまい」
シャルロットの問いに推論で答えるワルド。そんな彼を横目に、キュルケは胸の谷間から杖を取り出した。
「奴らはちびちびとこっちに魔法を使わせて、精神力が切れたところを見計らい、一斉に突撃してくるわよ。そうしたらどうするの?」
彼女はそう疑問を投げかけるが、即座に返ってきたのはギーシュの「ぼ、ぼくがやってやる!」という無謀な言葉であった。
キュルケはそれを鼻で笑って一蹴し、二人の間で二、三ほど問答が繰り返されたが、結局ギーシュの突撃作戦は満場一致で却下された。
「なら、ボクに任せてよ」
そして次に名乗りを上げたのは、レックスだった。
ギーシュと同じようなことを言い出した彼に、ルイズが「ちょっと、あんたまで……!」と制止しようとしたが、そんな彼女をワルドが「いや、待ちたまえ」と制した。
「こうなった以上はここを脱出し、桟橋へと向かいたいが――そのためには奴らを足止めする囮が必要だ。そしてこのような任務では、半数が目的地に辿り着ければ、成功とされる。ゆえに人数を割くのは痛手ではないが、問題は誰を残すかだ。
魔法衛士隊グリフォン隊の隊長としては悔しいが、おそらくこの中での最大戦力は君だ。君ほどの実力ならば、これだけの人数が相手でも、我々が脱出できるだけの時間は稼げるだろう? 悪いが、君に囮の役目を引き受けてもらいたい――頼めるかね?」
「もっちろん! 任せて!」
ワルドの言葉に、レックスは得意げに胸を叩いた。
少しおだてられただけで、得意になって軽々しく囮を引き受ける単純なレックスに、タバサが呆れたようにため息をつく。
「もう……お兄ちゃんったら調子がいいんだから。だったら、私も残るわ。二人でやった方が、楽に切り抜けられるでしょ?」
「な、ならぼくも残ろう」
言って、彼女はグリンガムの鞭を構えた。その時、隣でそれを聞いていたギーシュが、咄嗟に口を挟んだ。
「いくら実力的に君たちより劣っているとはいっても、子供だけにこんな場面を任せたとあっては、貴族の名が廃る。及ばずながらこのギーシュ・ド・グラモン、見事囮の役目を果たしてみせよう」
「膝が笑ってるわよ」
「む、武者震いさ」
キュルケの指摘に、ギーシュは慌ててバラの造花を口に咥え、取り繕った。その見え見えな虚勢に、キュルケは思わず呆れの混じった苦笑いを漏らす。
「まったく……このヘタレだけ残したんじゃ、彼らの足手まといで終わるのが目に見えてるわ。私もフォローに回るわよ」
「心配」
憎まれ口を叩きながらも、残ることを申し出るキュルケに、それに追随するシャルロット。
だがこのままでは、五人と二人という、かなり偏った編成になってしまう。それでは半数どころの話ではない。仮に無関係なキュルケとシャルロットを勘定に入れないとしても、桟橋に向かうメンバーが半数以下であることには変わりないのだ。
さすがにルイズも、それはまずいのではと思ったが――
「……ならば、君たちに任せよう。僕たちはすぐに裏口に向かう」
「ちょっ、ワルド――」
その編成に異を唱えるどころか、『半数』がどうのと言い出した当人であるワルドが、即座にOKを出してしまった。
ルイズは抗議の声を上げようとしたが――その声は、他ならぬワルドに急に手を引かれたことで、強引に封殺されてしまう。
「ルイズ!」
迷いながらも、ワルドに手を引かれるままにその場を後にしようとするルイズ。そんな彼女の背に、レックスが声をかけた。
「すぐに追い付くよ!」
「わ、わかったわ!」
後ろ髪引かれる彼女の迷いを断ち切るような、力強い断言。その言葉に背中を押され、ルイズは頷き返して裏口へと向かった。
――『女神の杵』亭の裏口から脱出し、ルイズとワルドは街を走る。
人気のない場所を選んで進み、慎重に、しかしなるべく急ぎながら、時には登り、時には下り――建物と建物の間を縫うように走り続ける。
「桟橋はこの上だ」
ワルドはそう言いながら、とある建物の間にある階段を昇り始めた。ルイズは無言で頷き、その背を追う。
ここを登り、ラ・ロシェールで一番高い丘に出れば、天を衝かんばかりの巨大な樹が見えるはずだ。そしてその巨木こそが、アルビオン行きの飛行船が停泊する『港』である。
と――
ドゴォォォンッ!
「「!」」
背後から聞こえてきた爆音に、二人は揃って足を止めて振り返った。
見れば、街の一角で大規模な爆発が起こったところだった。しかもその位置は、ちょうど『女神の杵』亭のあった方角だ。
「な、何が……みんな!」
「待つんだルイズ! 僕たちは先を急がないと!」
「でも!」
宿に残してきた仲間を心配し、戻ろうとするルイズ。ワルドがそれを押し留めるが、ルイズは簡単に聞きそうになかった。
「いいかいルイズ。ここで僕らが戻れば、囮を買って出てくれたみんなに申し訳が立たない。僕らが彼らにできることは、ここで引き返して彼らを助けることじゃなく、目的を達成するために先を急ぐことなんだ。そうでなければ、彼らの行動が無意味になる」
その言葉に、ルイズは唇を真一文字に引き結んだ。
足を止め、目を閉じ、指に嵌めた『水のルビー』にそっと手を触れる――数秒もたたず、ルイズが再び目を開けると、彼女はコクリと頷いた。
「それでいい。急ごう」
にこりと笑って再び階段を昇り始めるワルド。ルイズも、今度は足を止めることなく、彼の後を追った。
彼女が素直に付いて来ていることを確認し――ワルドは一人、ほくそ笑む。
(よし、順調だ。これなら――)
目論見通り、レックスを引き離すことができた。しかも彼だけでなく、他の全てのメンバーまでも残すことができたのは、ワルドにとって僥倖と言うより他ない。
今、ルイズと一緒にいるのはワルド一人。つまり、ルイズを守る役目はワルド一人のもの。
賊の襲撃はまだ終わっていない。この後、賊を裏で操っていた男が『襲撃してくる予定』である。彼がルイズを攫おうとしたその時、颯爽と彼女を救出すれば、ワルドの株は急上昇だ。いわゆる『吊橋効果』というやつである。
そうして自分に気持ちを傾けた彼女と一緒に船に乗り込み、多少強引にでも出港させ、二人っきりのクルージングへと洒落込めば――そこまでシチュエーションが出来上がれば、ルイズを一晩で口説き落とすこともたやすいだろう。
長い階段を昇りながら、ワルドはそんなことを考える。
ひたすら上り、昇り、登り――やがてルイズが疲労を感じ始めた頃、唐突に視界が開ける。見上げても頂上すらかすむほどの巨木の威容が、階段を昇り切った二人を出迎えた。
二人は足を止めることなく、そのまま樹の根元へと走った。船がぶら下がる枝一つ一つに、それぞれに続く階段がいくつもある。それぞれの階段の入り口にある看板を一つずつ確認し、目的の階段を見つけ出すと、迷うことなく階段を昇り始めた。
が、その時――
「ルイズ! 後ろから誰か来る!」
「え!?」
ワルドが唐突に振り返り、ルイズに警告を投げかけた。
が――ルイズがその言葉の意味を理解して背後を振り向いたと同時、その体がふわりと浮いた。
――否、白い仮面で顔を隠した追っ手の手により、その身を抱え上げられたのだ。
「きゃあっ!?」
「ルイズ!」
悲鳴を上げるルイズ。ワルドは焦った声で彼女の名を呼ぶも、しかしその内心では「予定通り」と笑っていた。
賊はルイズを抱えたまま、軽業師のような身のこなしで地上へと落下する。ワルドはルイズを救出するべく、『風』の魔法を唱え始め――
――その時。
「ルイズを――放せっ!」
突如として聞こえてきたその幼くも勇ましい声と共に、ワルドの脇を背後から疾風が駆け抜けた。
「なっ――!?」
「てぇりゃああああああっ!」
咆哮を上げながら賊へと迫るのは、純白の鎧に身を包んだ小さな人影――つい先ほど別れたばかりのレックスであった。一体どれほどの脚力で階段を蹴ったのか、追い縋るそのスピードはまるで流星である。
だが敵もさるもの。慌てずに呪文を唱え、迫るレックスに向けて『ライトニング・クラウド』の呪文を放った。並の人間であれば即死は免れないほどの電撃が、レックスを襲う。
「レックス!」
最悪の未来を予測し、ルイズが悲鳴じみた声を上げた。
が――その電撃の中で、しかしレックスは生きていた。のみならず、その瞳に宿る強い戦いの意志は衰えを見せていない。
彼は『ライトニング・クラウド』の直撃を受けたことなど、まるで無かったかのように剣を構え――
「バカな、直撃だったはず――」
賊の驚愕の声を遮るかのように、突っ込む勢いに任せて、剣の柄をその白仮面に叩き付けた。
――バキッ!
仮面が砕け、その下に隠されていた髭が一瞬見えた。賊はたまらずルイズを手放し、晒されかけた素顔を両手で隠す。そして放り出されたルイズを、レックスが受け止めた。
ルイズを横抱きに抱えたまま、レックスと賊は同時に地面に降り立つ。
レックスはルイズを降ろして賊を睨むが――
「……くっ!」
――賊はすぐさま身を翻し、走り去った。
よほど素顔を見られたくないのか、その手は最後まで顔を隠し続けていた。
そして、その背が見えなくなるまで油断なく見送り――
「……行ったみたいだね」
「レックス、大丈夫なの!?」
「え? ……ああ、これね。へーきへーき」
『ライトニング・クラウド』の直撃を受けたレックスを心配するルイズだが、返ってきたのは能天気な笑顔だった。彼はすぐさま「ベホイミ」と唱えると、顔に出来ていた火傷が見る見るうちに癒されていく。
「この程度の攻撃なら、何度も食らったことあるからね」
「この程度って……」
言葉通りにまったく堪えていない様子のレックスに、ルイズは信じられないものを見るような目で彼を見た。普通の人間なら即死レベルの強力な魔法を食らってそう言える人間を、ルイズは今まで見たことがない。
一瞬で『ライトニング・クラウド』のダメージを癒した魔法も気にならないわけではなかったが、それよりも彼のその人間離れしたタフネスが、ルイズには信じられなかった。
それに、疑問はそれだけではない――
「レックス……あんた、宿を襲った連中はどうしたの?」
そう。彼は本来なら、今頃『女神の杵』亭で戦っている真っ最中のはずであった。
だがその問いにレックスが答えるより前に、彼らの後方から「待ってよお兄ちゃん!」とタバサが追ってくるのが見えた。
レックスは彼女が来るのを見ながら――
「――ほとんど片付けてきたよ?」
「へ?」
事も無げに告げられたその言葉に、ルイズの思考は理解が追いつかなかった。
そうこうしているうちに、タバサがすぐに追い付いてきた。「もう! 先に行っちゃうなんてズルいよ!」とプリプリ怒っている妹に、「まあまあ」となだめすかせる兄。二人とも、大規模な戦闘をやって走ってきたわりには、息一つ乱れていない。
「えーと……どういうこと?」
「それはね――」
改めて尋ねたルイズに、レックスとタバサは身振り手振りを交えて答える。
彼らが言うには、ルイズたちと別れた後、すぐさま傭兵たちのド真ん中に向かって二人で突撃したらしい。
天空の剣やグリンガムの鞭を振るいながら中央突破で宿の外に出て、何十と群がる傭兵たちの中心に到達した時、タバサが『イオラ』を頭上に向けて放ったのだそうだ。
「イオラって……確か前にピエールが見せてくれた、あの爆発魔法? ってことは、さっき『女神の杵』亭の方角で見えた爆発は――」
「そうだよ。タバサの呪文」
直撃はさせなかったので、直接的な怪我人は出なかったはずである。だがあの爆発による爆風や爆音で、ほとんどの敵は吹き飛ばされたり鼓膜にダメージを受けたりして、戦闘不能に陥ったそうだ。もちろん、統制などあっという間に崩れたのは、言うまでもない。
そうして戦況が掃討戦へと移り変わった時、キュルケたち三人がその役目を引き受けてくれた。彼女たちに背中を押され、二人はすぐさまルイズたちを追い――そして今に至るというわけである。
「ルイズ、キュルケさんから伝言です。『何をしに行くかは知らないけど、頑張りなさい』ですって」
「まったく……余計なお世話よ」
タバサからキュルケの台詞を聞いたルイズは、そんな悪態をつく。だがその言葉とは裏腹に、彼女の顔は少しだけ綻んでいた。
そんな素直でないルイズに、レックスとタバサは顔を見合わせ――くすりと微笑をこぼすのだった。
ちなみに、そんな三人の様子を、階段の上から降りないまま見下ろしていたワルドは――
「……うそーん……」
――ことごとく目論見が外れてしまう現実を前に、呆然と間抜け面を晒していた。
「――なんだって?」
場所は変わり、グランバニア王宮の執務室――そこでリュカことリュケイロム王は、クックルとメッキーの言葉を聞くなり、険しい顔付きになっていた。その隣では、長年の相棒であるプックルも、腰を降ろして二匹を見ている。
「ルイズとレックスとタバサが、アルビオンとかいう内戦中の国に向かった――だって?」
確認するようなその問いかけに、二匹は怯えた様子でコクコクと首を縦に振った。
それを受け、リュカは顎に手を当ててしばし考え込む。そして――
「誰か!」
唐突に顔を上げ、部屋の外へと向けて呼びかけた。すぐに扉が開き、そこで待機していたであろう二人の衛兵が入室してくる。
「一人はモンスター爺さんのところに行って、シーザーとホイミンを連れて来てくれ。もう一人は倉庫に行って、プックル、シーザー、ホイミンの装備を。大至急だ!」
「「はっ!」」
二人は敬礼し、即座に駆けて行く。
それを見送り、リュカは険しい顔のまま部屋の隅――コートハンガーに掛けてあった『王者のマント』を手に取り、羽織った。次いで、壁に飾ってある『ドラゴンの杖』『光の盾』をそれぞれ手に取る。そして最後に、執務机の上の『太陽の冠』を懐の中に納めた。
これらはリュカの王族としての身分を示す正装であるだけでなく、戦いの場に赴く際の装備でもあった。極めて高い性能を誇るこれらを身に纏った時、リュカは『天空の勇者』である息子に勝るとも劣らない、世界最強の戦士となる。
そして彼は、窓の外――銀色に輝く月を見上げ、ぽつりとこぼす。
「人間同士の戦争……か。この僕ですら体験したことないのに、まだ幼いあの子たちがその大規模な『悪意のぶつかり合い』に、果たして耐えられるかどうか――」
人間と人間との戦争は、彼らが嫌というほどに経験した『人間と魔物との本能的な生存競争』とは、まったく違う。
その内戦とやらが、相反する『それぞれの正義』同士のぶつかり合いならば、まだ子供たちにとっても受け入れることが可能だろう。だがもし、それが単なる『利権の奪い合い』でしかないとしたら――
「……それを受け入れるには、まだあの子たちは純粋すぎる」
――つぶやいたリュカは、ルイズや子供たちを心配するあまり、脳裏に浮かんだ一つの疑問を棚上げしていた。
その疑問とは、つい先ほどクックルとメッキーの密告を聞いた時に浮かんだもの――今まではタバサにしかできなかった『モンスターとの会話』が、自分にも出来ていたことである。
そんな彼の右手では、使い魔のルーンが淡い光を放っていた――
#navi(日替わり使い魔)
#navi(日替わり使い魔)
「ちょっと、本気!?」
「大丈夫だって! 見ててよ、ルイズ!」
明けて翌朝――『女神の杵』亭の物置部屋。
昔は錬兵場として使われていた広大なその部屋で、制止するルイズにレックスは何を勘違いしたのか、自信満々な笑顔で返した。
そんな彼の視線の向こう側には、「やれやれ」と肩をすくめるワルドの姿。今、彼はワルドを相手に、決闘をするところであった。
任務を遂行するにあたり、互いの実力を知っておくため――という建前である。
その場にいるのは、レックス、ルイズ、ワルドの三人だけではない。どこから聞きつけてきたのか、他のメンバーも全員揃っている。早朝であるため、何人かはいまだ眠たそうにしていたが。
――レックスは一晩考えた。ルイズの気を引くにはどうすれば良いか、と。
あてがわれた部屋ののベッドの上で「うーん、うーん」と寝るまで悩み、そして日の出と共に起きてからも更に悩み、そこまで考え抜いてようやっと出た結論――それは、『自分がどれほど頼りになる存在か』をアピールする、という手段だった。
さんざん悩んで至った結論が、結局そんなシンプルなものでしかないことに、彼の単純さ加減が見えてくる。だが彼の人生経験が11年しかないことを考えれば、それも妥当なところであろう。
しかもレックスにとって都合の良いことに、彼自身の戦闘能力は、このメンバーの中でもずば抜けている。
それを正確に知る者は、今のところ妹のタバサのみ―― 一応、ルイズ、キュルケ、シャルロットの三人はレックスの力の一端は見たことはあるが、おそらく魔法衛士隊の隊長たるワルドほどではないと思っていることだろう。
大人のワルドと子供のレックス――客観的に見てどちらが頼りになるかなど、いくら子供のレックスとて、わからない話ではない。感情的に納得できるか否かは別として。
そしてその認識を覆すことが、ルイズの気を引く手っ取り早い手段であると、彼は考えた。
――というわけで、そのために朝一番にワルドに決闘を申し込み、この場面に至る――
「……子供のわがままに付き合う趣味はないのだがね……」
一方ワルドは、この決闘に対し、モチベーションを上げる気にもなれなかった。
この重大な任務に、同行するのは実戦経験のない学生メイジが二人と、幼いとすら言える子供が二人。戦力的に考えれば、頼るべき者は魔法衛士隊の隊長たる自分しかいないのは明白である。
彼からしてみれば、自分とルイズさえいれば十分――むしろ他の三人は、足手まとい以外の何物でもないとすら思っていた。互いの実力など、知る必要すらない。体力の無駄である。
(とはいえ、自意識過剰な子供には早々に現実を知ってもらうべきか。いざという時に独断専行されても困る)
そんなことを考えながら、ワルドは自身の杖でもあるレイピアを構えた。未熟な新兵相手に最初の心構えを叩き込むぐらいの心積もりで、奇妙な形状の剣を構えた眼前のレックスを見やる。
その横で、ルイズが「ワルドも止めてよ!」とレックスの制止に協力するよう呼びかけるが、おそらく彼は引きはすまい。やる気に満ちたその目を見れば、そう簡単に説得できるとも思えなかった。
「準備はいいかな、おじさん?」
「……これでも僕は26だ。おじさんと呼ばれる歳ではないと思っているのだがね」
「15歳も年上の髭モジャな人、ボクから見ればおじさんでしかないって」
「ひ、髭モジャ……」
彼とて毎日の髭の手入れは欠かしていない。『モジャ』などと形容されるような髭などでは、断じてない。
そもそも青年とさえ言えるこの歳で髭を伸ばしているのは、ひとえに魔法衛士隊の隊長としての威厳を保つためである。立場上、せめて見た目だけでも『若輩者』などと見られるわけにはいかないのだ。
その髭を、よりにもよって『髭モジャ』などとは――
「……気が変わった。少々胸を貸してやるだけのつもりだったが、躾のなっていない子供には年上に対する礼儀を叩き込まねばならんようだ。後で泣きべそかいても知らんからな」
「ワルド……本気?」
「ルイズ、君の言いたいこともわかる。大事な任務を前に、味方同士で潰しあう必要はないと言うのだろう? 心配はいらないよ、すぐに終わる」
互いにやる気になってしまったことを察し、ルイズは渋々といった様子で引き下がった。
それと入れ代わりに、レックスの妹であるタバサが二人の間にやってきて、二人を交互に見やる。そして五歩ほど後ろに下がり――
「じゃ――はじめ」
やる気なさそうな声で告げられ――
――その直後、「べっちーん!」という豪快な音と共に、ワルドの意識はそこで途切れた。
「あっれー?」
決闘が一瞬で終わり――天空の剣を手にしたレックスは、しきりに首を傾げていた。
そんな彼の目の前では、「ワルド!? ワルドーっ!」と、ルイズが倒れたワルドへと向かっていた。ギャラリーとして同席していたギーシュ、キュルケ、シャルロットの三人は、あまりの事態に理解が追いつかず、ただただ唖然とするのみであった。
そこにいるワルドといえば――端的に言って、白目を剥いて気を失っていた。
レックスのやったことは、単に剣の腹をワルドの顔面に叩き付けただけである。ただ、踏み込みのスピードと攻撃の威力が尋常ではなかっただけで。おそらくワルド当人は、何が起きたのかすらわかっていなかっただろう。
レックスの所業の証拠とでも言うべきか――倒れたワルドの顔面には、特異な形状をした天空の剣の形がくっきりと赤く描かれていた。前歯も何本か折れていて、はっきり言って無様としか言いようのない顔である。
「残念だったね、お兄ちゃん」
と――そのレックスに、後ろからタバサがポンと肩を叩いた。その表情は、どこか勝ち誇ったように得意げである。
「……なんで、ルイズは負けた方に行くんだろう?」
「そんなの当たり前よ。ただ強いだけがカッコいいわけじゃないんだから。弱い者いじめって、大人気なくてみっともないのよ?」
「そーゆーもんなの? ……手加減してあげた方が良かったってことなのかな? 相手が弱いと加減が難しいや」
妹の言葉に、理解できないとばかりに眉根を寄せ、難しい顔をするレックス。
そんな双子の会話に、後ろで聞いていたギーシュとキュルケは、思いっきり顔を引き攣らせていた。
「…………仮にも魔法衛士隊の隊長を『弱い者』呼ばわりできる君らって、一体……」
「もしかしてこの子たち、実はとんでもない子たちなんじゃ……」
二人の言葉に、ほとんど表情を動かさないシャルロットですら、こくこくと首を縦に振って一生懸命同意していた。
時間は移り、その日の夜――ワルドは『女神の杵』亭一階の酒場で、一人でワインを呷っていた。
「くそっ……! この僕としたことが、とんだ不覚を……!」
仲間が周りにいないのをいいことに、彼は忌々しげに悪態をつく。
彼が言っている『不覚』とは、もちろん今朝の決闘である。タバサによって開始の合図がなされたところまでは覚えているが、そこから昼過ぎに意識を回復させるまでの間の記憶が、まったくなかった。
起きた後に鏡を見て、何本かの前歯が折れた自身の顔を見た時には、決闘で自身が敗北したことを悟った。同時、こんな無様な顔になってしまったことに、筆舌に尽くしがたい悔しさを覚えた。
今はギーシュの錬金で作ってもらった差し歯を、抜けた場所に差している。
「子供と思って油断した……ええいっ!」
そう。子供と思ってノーマークだったのが、そもそもの間違いであった。
彼がこの旅で目的とするものは、三つある。そのうちの一つが、ルイズの心を自分のものとすることだった。
だがしかし――彼はこの任務で同行するメンバーを見て、自分がルイズの気を引くのに障害となる人物はいない、と判断していたのは、早計であったと言わざるを得なかったことを思い知った。
レックスは要注意である。自分の顔の惨状からすれば、決闘中の記憶が飛ぶほどの衝撃を受けて敗北したことは想像に難くない。どのような試合運びだったか、どのような動きをしていたか……それを思い出せないのは、手痛い失敗である。
まあ実際のところは、思い出す以前の問題であったのだが――幸か不幸か、ワルド自身にその自覚はない。
ともあれ、彼が自分より実力が上であることは間違いない。そんな彼を野放しにしていては、自分が活躍する機会が失われる。そうすれば、ルイズの気を引くことなど夢のまた夢――それどころか、今朝のような無様な姿を、再び見せることになりかねない。
「子供の彼にルイズが惹かれることなど、まず有り得ないとは思うが……だがこのままでは、ルイズが僕に幻滅しないとも限らない。なんとかして、奴だけでも別行動にさせなければ……!」
幸いにも、ここに来るまでに仕込んでいた『イベント』は、それを実行するのに最適である。そしてその『イベント』は、予定通りならばもうすぐのはずだ。
ワルドはワイングラスを飲み干すと、ニヤリと唇の端を吊り上げた。その笑みの歪み方は、タバサでなくとも邪気を感じるに十分なほどであった。
と――その時。
「へぇー! アルビオンって、空に浮かんでるんだ! 天空城よりおっきいのかな?」
「そ、空ですか……? 私、高いところ苦手なのに……」
レックスの感嘆の声と、タバサの怯えを含んだ声が、ワルドの耳に入った。
ワルドが邪気の含んだ笑みを消して振り向いてみると、そこには階段を下りてこちらに向かってくる仲間たちの姿。ルイズたちから聞かされたであろう浮遊大陸アルビオンの話に、レックスはキラキラと期待に顔を輝かせ、タバサは不安に表情を曇らせている。
「ワルド、一緒にいい?」
「もちろんだとも」
ルイズが同席を申し出てきたので、ワルドは先ほどまでの態度の悪さなど微塵も感じさせない笑顔を作り、にこやかに了承した。
そして皆が思い思いに腰掛け、それぞれ料理や酒を注文する。運ばれてきた料理に舌鼓を打ち、ワインの芳香に感嘆の声を上げ、今後の予定を話し合ったり思い出話などで談笑したりをする。
また、今朝の決闘について、ルイズがレックスに文句を言ったりもした。いわく、「大事な任務なのに、味方を不必要に傷付けないでよ! おかげでワルドが歯の抜けたオモロ顔になっちゃったじゃないのよ!」とのこと。
そして、そのルイズの叱責を受けたレックスが、「ごめん、もっと手加減するべきだったね。弱い者いじめはみっともないって、タバサにも言われたことだし……ごめんね、ワルド子爵」などという言葉で素直にワルドに謝った。
「……お、オモロ顔……弱い者いじめ……この僕が……グリフォン隊の隊長が、よ、弱い者……」
さすがに『弱い者』呼ばわりには反論したかったが、実際に負けたのは事実なので言い返せない。
中途半端な優しさがワルドの男としての矜持に傷を付けていたことなど、女のルイズや子供のレックスにわかるはずもない。二人はあくまでも、悪意などひとかけらも持っていないのだ。
そんな二人のフォローという名の追い討ちに、ワルドがずーんと落ち込んでテーブルの上で『の』の字を書き始めた、まさにその時――
――バタン!
「「「「「!」」」」」
宿の玄関の扉が乱暴に開け放たれ、七人中五人が即座に反応した。直前まで落ち込んでいたワルドですら反応できていのだが、まだまだ実戦経験の浅いルイズとギーシュは、さすがに反応が遅れていた。
そして、彼らが視線を向けた宿の玄関。そこには、これから戦争にでも行くかという風体の、完全武装した傭兵の一団がいた。
「やれ!」
一団の中のリーダーらしき一人がそう号令をかけると、一斉に酒場の中に矢が飛んだ。
突然のことに慌てふためき、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く客達。その中でワルドたちは、即座に床と一体になっているテーブルの足を折り、即席の盾とした。
「なによこれ!」
「おそらく昨日の連中か、その仲間か――いずれにせよ、あいつらはやはり、ただの物盗りなんかじゃなかったわけだ」
悪態をつくルイズに、冷静に分析するワルド。テーブルの陰から周囲を見回してみれば、血の跡こそ見えるものの、幸いにも死体は一つもない。どうやら無関係な他の客は全員、無事逃げるか隠れるかできていたようだ。
「アルビオンの貴族派?」
「わからないが、その可能性は高い。どうやら彼らは我々を標的にしているようだが、このタイミングで我々を襲うとなれば、それ以外にあるまい」
シャルロットの問いに推論で答えるワルド。そんな彼を横目に、キュルケは胸の谷間から杖を取り出した。
「奴らはちびちびとこっちに魔法を使わせて、精神力が切れたところを見計らい、一斉に突撃してくるわよ。そうしたらどうするの?」
彼女はそう疑問を投げかけるが、即座に返ってきたのはギーシュの「ぼ、ぼくがやってやる!」という無謀な言葉であった。
キュルケはそれを鼻で笑って一蹴し、二人の間で二、三ほど問答が繰り返されたが、結局ギーシュの突撃作戦は満場一致で却下された。
「なら、ボクに任せてよ」
そして次に名乗りを上げたのは、レックスだった。
ギーシュと同じようなことを言い出した彼に、ルイズが「ちょっと、あんたまで……!」と制止しようとしたが、そんな彼女をワルドが「いや、待ちたまえ」と制した。
「こうなった以上はここを脱出し、桟橋へと向かいたいが――そのためには奴らを足止めする囮が必要だ。そしてこのような任務では、半数が目的地に辿り着ければ、成功とされる。ゆえに人数を割くのは痛手ではないが、問題は誰を残すかだ。
魔法衛士隊グリフォン隊の隊長としては悔しいが、おそらくこの中での最大戦力は君だ。君ほどの実力ならば、これだけの人数が相手でも、我々が脱出できるだけの時間は稼げるだろう? 悪いが、君に囮の役目を引き受けてもらいたい――頼めるかね?」
「もっちろん! 任せて!」
ワルドの言葉に、レックスは得意げに胸を叩いた。
少しおだてられただけで、得意になって軽々しく囮を引き受ける単純なレックスに、タバサが呆れたようにため息をつく。
「もう……お兄ちゃんったら調子がいいんだから。だったら、私も残るわ。二人でやった方が、楽に切り抜けられるでしょ?」
「な、ならぼくも残ろう」
言って、彼女はグリンガムの鞭を構えた。その時、隣でそれを聞いていたギーシュが、咄嗟に口を挟んだ。
「いくら実力的に君たちより劣っているとはいっても、子供だけにこんな場面を任せたとあっては、貴族の名が廃る。及ばずながらこのギーシュ・ド・グラモン、見事囮の役目を果たしてみせよう」
「膝が笑ってるわよ」
「む、武者震いさ」
キュルケの指摘に、ギーシュは慌ててバラの造花を口に咥え、取り繕った。その見え見えな虚勢に、キュルケは思わず呆れの混じった苦笑いを漏らす。
「まったく……このヘタレだけ残したんじゃ、彼らの足手まといで終わるのが目に見えてるわ。私もフォローに回るわよ」
「心配」
憎まれ口を叩きながらも、残ることを申し出るキュルケに、それに追随するシャルロット。
だがこのままでは、五人と二人という、かなり偏った編成になってしまう。それでは半数どころの話ではない。仮に無関係なキュルケとシャルロットを勘定に入れないとしても、桟橋に向かうメンバーが半数以下であることには変わりないのだ。
さすがにルイズも、それはまずいのではと思ったが――
「……ならば、君たちに任せよう。僕たちはすぐに裏口に向かう」
「ちょっ、ワルド――」
その編成に異を唱えるどころか、『半数』がどうのと言い出した当人であるワルドが、即座にOKを出してしまった。
ルイズは抗議の声を上げようとしたが――その声は、他ならぬワルドに急に手を引かれたことで、強引に封殺されてしまう。
「ルイズ!」
迷いながらも、ワルドに手を引かれるままにその場を後にしようとするルイズ。そんな彼女の背に、レックスが声をかけた。
「すぐに追い付くよ!」
「わ、わかったわ!」
後ろ髪引かれる彼女の迷いを断ち切るような、力強い断言。その言葉に背中を押され、ルイズは頷き返して裏口へと向かった。
――『女神の杵』亭の裏口から脱出し、ルイズとワルドは街を走る。
人気のない場所を選んで進み、慎重に、しかしなるべく急ぎながら、時には登り、時には下り――建物と建物の間を縫うように走り続ける。
「桟橋はこの上だ」
ワルドはそう言いながら、とある建物の間にある階段を昇り始めた。ルイズは無言で頷き、その背を追う。
ここを登り、ラ・ロシェールで一番高い丘に出れば、天を衝かんばかりの巨大な樹が見えるはずだ。そしてその巨木こそが、アルビオン行きの飛行船が停泊する『港』である。
と――
ドゴォォォンッ!
「「!」」
背後から聞こえてきた爆音に、二人は揃って足を止めて振り返った。
見れば、街の一角で大規模な爆発が起こったところだった。しかもその位置は、ちょうど『女神の杵』亭のあった方角だ。
「な、何が……みんな!」
「待つんだルイズ! 僕たちは先を急がないと!」
「でも!」
宿に残してきた仲間を心配し、戻ろうとするルイズ。ワルドがそれを押し留めるが、ルイズは簡単に聞きそうになかった。
「いいかいルイズ。ここで僕らが戻れば、囮を買って出てくれたみんなに申し訳が立たない。僕らが彼らにできることは、ここで引き返して彼らを助けることじゃなく、目的を達成するために先を急ぐことなんだ。そうでなければ、彼らの行動が無意味になる」
その言葉に、ルイズは唇を真一文字に引き結んだ。
足を止め、目を閉じ、指に嵌めた『水のルビー』にそっと手を触れる――数秒もたたず、ルイズが再び目を開けると、彼女はコクリと頷いた。
「それでいい。急ごう」
にこりと笑って再び階段を昇り始めるワルド。ルイズも、今度は足を止めることなく、彼の後を追った。
彼女が素直に付いて来ていることを確認し――ワルドは一人、ほくそ笑む。
(よし、順調だ。これなら――)
目論見通り、レックスを引き離すことができた。しかも彼だけでなく、他の全てのメンバーまでも残すことができたのは、ワルドにとって僥倖と言うより他ない。
今、ルイズと一緒にいるのはワルド一人。つまり、ルイズを守る役目はワルド一人のもの。
賊の襲撃はまだ終わっていない。この後、賊を裏で操っていた男が『襲撃してくる予定』である。彼がルイズを攫おうとしたその時、颯爽と彼女を救出すれば、ワルドの株は急上昇だ。いわゆる『吊橋効果』というやつである。
そうして自分に気持ちを傾けた彼女と一緒に船に乗り込み、多少強引にでも出港させ、二人っきりのクルージングへと洒落込めば――そこまでシチュエーションが出来上がれば、ルイズを一晩で口説き落とすこともたやすいだろう。
長い階段を昇りながら、ワルドはそんなことを考える。
ひたすら上り、昇り、登り――やがてルイズが疲労を感じ始めた頃、唐突に視界が開ける。見上げても頂上すらかすむほどの巨木の威容が、階段を昇り切った二人を出迎えた。
二人は足を止めることなく、そのまま樹の根元へと走った。船がぶら下がる枝一つ一つに、それぞれに続く階段がいくつもある。それぞれの階段の入り口にある看板を一つずつ確認し、目的の階段を見つけ出すと、迷うことなく階段を昇り始めた。
が、その時――
「ルイズ! 後ろから誰か来る!」
「え!?」
ワルドが唐突に振り返り、ルイズに警告を投げかけた。
が――ルイズがその言葉の意味を理解して背後を振り向いたと同時、その体がふわりと浮いた。
――否、白い仮面で顔を隠した追っ手の手により、その身を抱え上げられたのだ。
「きゃあっ!?」
「ルイズ!」
悲鳴を上げるルイズ。ワルドは焦った声で彼女の名を呼ぶも、しかしその内心では「予定通り」と笑っていた。
賊はルイズを抱えたまま、軽業師のような身のこなしで地上へと落下する。ワルドはルイズを救出するべく、『風』の魔法を唱え始め――
――その時。
「ルイズを――放せっ!」
突如として聞こえてきたその幼くも勇ましい声と共に、ワルドの脇を背後から疾風が駆け抜けた。
「なっ――!?」
「てぇりゃああああああっ!」
咆哮を上げながら賊へと迫るのは、純白の鎧に身を包んだ小さな人影――つい先ほど別れたばかりのレックスであった。一体どれほどの脚力で階段を蹴ったのか、追い縋るそのスピードはまるで流星である。
だが敵もさるもの。慌てずに呪文を唱え、迫るレックスに向けて『ライトニング・クラウド』の呪文を放った。並の人間であれば即死は免れないほどの電撃が、レックスを襲う。
「レックス!」
最悪の未来を予測し、ルイズが悲鳴じみた声を上げた。
が――その電撃の中で、しかしレックスは生きていた。のみならず、その瞳に宿る強い戦いの意志は衰えを見せていない。
彼は『ライトニング・クラウド』の直撃を受けたことなど、まるで無かったかのように剣を構え――
「バカな、直撃だったはず――」
賊の驚愕の声を遮るかのように、突っ込む勢いに任せて、剣の柄をその白仮面に叩き付けた。
――バキッ!
仮面が砕け、その下に隠されていた髭が一瞬見えた。賊はたまらずルイズを手放し、晒されかけた素顔を両手で隠す。そして放り出されたルイズを、レックスが受け止めた。
ルイズを横抱きに抱えたまま、レックスと賊は同時に地面に降り立つ。
レックスはルイズを降ろして賊を睨むが――
「……くっ!」
――賊はすぐさま身を翻し、走り去った。
よほど素顔を見られたくないのか、その手は最後まで顔を隠し続けていた。
そして、その背が見えなくなるまで油断なく見送り――
「……行ったみたいだね」
「レックス、大丈夫なの!?」
「え? ……ああ、これね。へーきへーき」
『ライトニング・クラウド』の直撃を受けたレックスを心配するルイズだが、返ってきたのは能天気な笑顔だった。彼はすぐさま「ベホイミ」と唱えると、顔に出来ていた火傷が見る見るうちに癒されていく。
「この程度の攻撃なら、何度も食らったことあるからね」
「この程度って……」
言葉通りにまったく堪えていない様子のレックスに、ルイズは信じられないものを見るような目で彼を見た。普通の人間なら即死レベルの強力な魔法を食らってそう言える人間を、ルイズは今まで見たことがない。
一瞬で『ライトニング・クラウド』のダメージを癒した魔法も気にならないわけではなかったが、それよりも彼のその人間離れしたタフネスが、ルイズには信じられなかった。
それに、疑問はそれだけではない――
「レックス……あんた、宿を襲った連中はどうしたの?」
そう。彼は本来なら、今頃『女神の杵』亭で戦っている真っ最中のはずであった。
だがその問いにレックスが答えるより前に、彼らの後方から「待ってよお兄ちゃん!」とタバサが追ってくるのが見えた。
レックスは彼女が来るのを見ながら――
「――ほとんど片付けてきたよ?」
「へ?」
事も無げに告げられたその言葉に、ルイズの思考は理解が追いつかなかった。
そうこうしているうちに、タバサがすぐに追い付いてきた。「もう! 先に行っちゃうなんてズルいよ!」とプリプリ怒っている妹に、「まあまあ」となだめすかせる兄。二人とも、大規模な戦闘をやって走ってきたわりには、息一つ乱れていない。
「えーと……どういうこと?」
「それはね――」
改めて尋ねたルイズに、レックスとタバサは身振り手振りを交えて答える。
彼らが言うには、ルイズたちと別れた後、すぐさま傭兵たちのド真ん中に向かって二人で突撃したらしい。
天空の剣やグリンガムの鞭を振るいながら中央突破で宿の外に出て、何十と群がる傭兵たちの中心に到達した時、タバサが『イオラ』を頭上に向けて放ったのだそうだ。
「イオラって……確か前にピエールが見せてくれた、あの爆発魔法? ってことは、さっき『女神の杵』亭の方角で見えた爆発は――」
「そうだよ。タバサの呪文」
直撃はさせなかったので、直接的な怪我人は出なかったはずである。だがあの爆発による爆風や爆音で、ほとんどの敵は吹き飛ばされたり鼓膜にダメージを受けたりして、戦闘不能に陥ったそうだ。もちろん、統制などあっという間に崩れたのは、言うまでもない。
そうして戦況が掃討戦へと移り変わった時、キュルケたち三人がその役目を引き受けてくれた。彼女たちに背中を押され、二人はすぐさまルイズたちを追い――そして今に至るというわけである。
「ルイズ、キュルケさんから伝言です。『何をしに行くかは知らないけど、頑張りなさい』ですって」
「まったく……余計なお世話よ」
タバサからキュルケの台詞を聞いたルイズは、そんな悪態をつく。だがその言葉とは裏腹に、彼女の顔は少しだけ綻んでいた。
そんな素直でないルイズに、レックスとタバサは顔を見合わせ――くすりと微笑をこぼすのだった。
ちなみに、そんな三人の様子を、階段の上から降りないまま見下ろしていたワルドは――
「……うそーん……」
――ことごとく目論見が外れてしまう現実を前に、呆然と間抜け面を晒していた。
「――なんだって?」
場所は変わり、グランバニア王宮の執務室――そこでリュカことリュケイロム王は、クックルとメッキーの言葉を聞くなり、険しい顔付きになっていた。その隣では、長年の相棒であるプックルも、腰を降ろして二匹を見ている。
「ルイズとレックスとタバサが、アルビオンとかいう内戦中の国に向かった――だって?」
確認するようなその問いかけに、二匹は怯えた様子でコクコクと首を縦に振った。
それを受け、リュカは顎に手を当ててしばし考え込む。そして――
「誰か!」
唐突に顔を上げ、部屋の外へと向けて呼びかけた。すぐに扉が開き、そこで待機していたであろう二人の衛兵が入室してくる。
「一人はモンスター爺さんのところに行って、シーザーとホイミンを連れて来てくれ。もう一人は倉庫に行って、プックル、シーザー、ホイミンの装備を。大至急だ!」
「「はっ!」」
二人は敬礼し、即座に駆けて行く。
それを見送り、リュカは険しい顔のまま部屋の隅――コートハンガーに掛けてあった『王者のマント』を手に取り、羽織った。次いで、壁に飾ってある『ドラゴンの杖』『光の盾』をそれぞれ手に取る。そして最後に、執務机の上の『太陽の冠』を懐の中に納めた。
これらはリュカの王族としての身分を示す正装であるだけでなく、戦いの場に赴く際の装備でもあった。極めて高い性能を誇るこれらを身に纏った時、リュカは『天空の勇者』である息子に勝るとも劣らない、世界最強の戦士となる。
そして彼は、窓の外――銀色に輝く月を見上げ、ぽつりとこぼす。
「人間同士の戦争……か。この僕ですら体験したことないのに、まだ幼いあの子たちがその大規模な『悪意のぶつかり合い』に、果たして耐えられるかどうか――」
人間と人間との戦争は、彼らが嫌というほどに経験した『人間と魔物との本能的な生存競争』とは、まったく違う。
その内戦とやらが、相反する『それぞれの正義』同士のぶつかり合いならば、まだ子供たちにとっても受け入れることが可能だろう。だがもし、それが単なる『利権の奪い合い』でしかないとしたら――
「……それを受け入れるには、まだあの子たちは純粋すぎる」
――つぶやいたリュカは、ルイズや子供たちを心配するあまり、脳裏に浮かんだ一つの疑問を棚上げしていた。
その疑問とは、つい先ほどクックルとメッキーの密告を聞いた時に浮かんだもの――今まではタバサにしかできなかった『モンスターとの会話』が、自分にも出来ていたことである。
そんな彼の右手では、使い魔のルーンが淡い光を放っていた――
#navi(日替わり使い魔)
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