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#navi(ゼロの黒魔道士)
「ルイズおねえちゃんを、離せ!!」
声を、一際高くあげる。
そうでもしないと、体に伝わるしびれに負けてしまいそうになるからだ。
「――よく分かったな?」
あのエルフは、ルイズおねえちゃんを人質にとっている。
ルイズおねえちゃんの細い首をすぐにも握りつぶせそうにつかんで。
さっきまでの『部屋の中央にいた』エルフでは無く、『見えなかった』エルフだ。
顔は同じだけど、まとっている空気は別のものだった。
さっきまで戦っていたエルフが魔力の壁、と言うとするなら、
今このエルフは魔力に溶け込んでいる空気そのものだ。
実体がつかめないほど、たゆたっている存在。
無駄をそぎ落としたような、実体のある幽霊って感じだ。
「……ギーシュの攻撃、少しだけかすったから」
身体の痛みを引きずるように、言葉を口から出していく。
頭がまだ冷静さを保てているかどうかを試すように、ゆっくりと。
「ほう?だが、それだけで……」
「物理攻撃も跳ね返してたのに、『グラビデ』で引かれた小石は跳ね返して無かった。
だから、意識しないと物理攻撃は跳ね返せない……そうでしょ?」
このエルフは、物理攻撃を跳ね返した。
それも全部じゃなくて、致命的なものだけを。
違和感は、そこだったんだ。
「それで?」
ルイズおねえちゃんの首を抑えたまま、エルフが問う。
少しだけ、楽しげな様子に見える。腹立たしく、なるほどに。
「そうなると、『意識した攻撃』って、普通『目に見える攻撃』だよね?
だけど、死角から攻撃したものを跳ね返したのに、ギーシュの隙だらけの真正面からの攻撃がかすったのはおかしいから……」
ボク達の世界の『リフレク』とは違う魔法。
その理屈を、起こった結果から逆の順番で考えていったんだ。
隙だらけの攻撃を跳ね返さずに、死角からの攻撃を跳ね返した。
ということは、死角が死角じゃなかったってことを意味するんじゃないかと思ったんだ。
……だから、答えは『目に見える物だけが敵ではない』……
ボクがいた世界にも、『バニシュ』って姿を消す術を使ったモンスターがいたから分かったんだ。
ギーシュとクジャに助けられる結果になってしまったなぁと思う。
「『他所よりの観測の存在』というわけか。 やるな、少年」
『よくできました』とでも言いたそうな軽い言い方。
痛みを堪える頭に、嫌な感じで響いてくる。
「さぁ、ルイズおねえちゃんを離してっ!!」
もう一度、声を高く上げた。
身体がバラバラになりそうになるのに、顔をちょっとだけ歪むのを感じながら。
ゼロの黒魔道士
~第五十五幕~ 死闘 ― Fight To The Death ―
「だが、勘違いが1つ」
エルフは、微動だにしなかった。
それどころか、眼すらつぶっていた。
「ぐわっ!?」
「ギーシュ!?」
ギーシュがエルフの背後から弾けて転んだ。
死角から攻撃しようとしたらしいけど、どうして?
「私自身が使う『反射(カウンター)』は精霊の力を最大限に借りるため、『意識する』という工程は必要ない。
先ほどの土人形にまとわせた物とは違って、な」
このエルフが使っているのは『リフレク』と同じ効果を物理攻撃にも当てはめてしまっているらしい。
つまり、このエルフを狙った攻撃は全部跳ね返される……
「うっへ、流石先住……チートもいいとこだわ」
クラクラしてくる頭で、デルフに同意してしまう。
これって、ズルいどころじゃない。
でも、こんな強さなら、どうして……
「――何故?と問うか?最初から私自身が姿を現すべきであったと?これも、約束のためだ」
エルフが、ボクの心を読んだように答える。
「約束って、何よ!さっきから……」
ルイズおねえちゃんが、首を握られたまま苦しそうに反発した。
「指輪と、『始祖の祈祷書』。渡してもらおうか」
「なっ!?」
「え!?」
ルイズおねえちゃんから、うめき声が漏れ出た。
「どうした?お前が所持しているのだろう?」
「な、何であんたがそんなものをっ!」
それ以上に、なんでエルフが指輪と祈祷書のことを知っているんだろう?
なんで、エルフが『虚無』にまつわるアイテムのことを?
「何度も言わせないで欲しい。約束だ。果たさない限り、私は何でもしなければならない」
「くっ……」
「ルイズおねえちゃん……」
その言葉を裏付けるように、ルイズおねえちゃんの首をしめる力が強くなるのが、見て分かる。
どうにかしたい、でも、一歩が踏み出せない。
ルイズおねえちゃんんを助ける方法を、必死で考えながら、エルフをにらみつけるしかなかった。
「――渡せば、他の人は傷つけないのね?」
「少なくとも、私はそのつもりだ」
ルイズおねえちゃんのうめき声に、エルフの静かな声が答える。
ルイズおねえちゃんは、渡す気だ。『虚無』の大切なアイテムを。
「ルイズ、渡しちゃいなさいよ、早く!」
キュルケおねえちゃんもそれを後押しする。
確かに、ルイズおねえちゃんの身を守るためにはそれしか方法は……
それで、助かるというなら、それが正解だと思うんだけど……
何かが、何かがおかしい気がした。
「――仕方ないわ……」
苦しそうな顔をしながら、ルイズおねえちゃんがローブの隙間から『始祖の祈祷書』を取りだして渡そうとする……
「ふむ――むぉっ!?」
瞬間、エルフの身体がぐらついた。
よろけた拍子に、ルイズおねえちゃんが投げだされるような形で床に落ちていく。
「ルイズおねえちゃん!」
床に頭をぶつける一瞬前に、ボクの身体をすべりこませる。
ルイズおねえちゃんは、ケホケホと苦しそうな咳をしたけれど、無事そうだった。
「ちょ、ギーシュっ!?」
キュルケおねえちゃんの鋭い叫び声に振り替えると、
エルフの真下の床が、ボロボロに崩れていた。
「あ、足元がお留守だったでしたのでっ!?」
ギーシュが、バラをまっすぐと崩れた床に向けている。
『錬金』。
床をもろい土くれにでも変えてしまったのだろう。
でも、なんでこんな危険なことを?
「小癪な真似をする……ほう、今のは、お前か?」
今度は、崩れた床がドロドロの沼のように溶けだしている。
モンモランシーおねえちゃんが、ギーシュの後ろで杖を震える手で構えていた。
「み、みみみみみずみず水の使い道は治療だけではなくってよ!!」
溶けた床に、くるぶしまで埋まって、エルフの身動きは簡単に取れそうにない。
水魔法にこんな使い方があるって素直に感心してしまった。
「蛮人共の小賢しき知恵か」
エルフの周囲の空気がぐらりと歪んだ。
いや、そう錯覚するほどに、魔力が満ちているのが分かる。
壁や本や石畳が、その魔力に合わせて鳴き声を上げる。
まるで、パイプオルガンの全部のキーを押したみたいな唸り声だ……
「だが、正解だな。 私は諸君を傷つけるつもりは無いが――」
何重奏にもなって共鳴する魔力の中、エルフの透き通る声だけがその空間を貫いて、聞こえてくる。
「――諸君らの『再起不能』も約束の内だ」
ギーシュ、すごい。そう、素直に思った。
エルフの足場を崩す『錬金』が無ければ、ルイズおねえちゃんも、ボク達の命ももう無かっただろう。
……逃げ場、無し。
状況は、最初と変わらない。
だから。
「とんでもない約束もあったものねぇ……」
諦めたように髪をかきあげ、つぶやくキュルケおねえちゃんも、
「――ほんっと、冗談じゃないわ!タバサを助けてさっさと帰るつもりだったのに!」
『始祖の祈祷書』を大事に抱えてエルフをにらみつける、ルイズおねえちゃんも、
「どの道帰すつもりねぇってことかよ。さぁて、相棒、どう戦う?」
相変わらずあっけらかんとした声で、ボクを支えてくれるデルフも、
「……デルフ、防御は任せていい?」
ギーシュも、モンモランシーおねえちゃんも、
……そしてもちろん、タバサおねえちゃんも。
シルフィードをこれ以上、待たせるわけに行かないものね!
「ケケ、『神の盾』の盾ってか?あいよっ、メイン盾になってやろうじゃねぇのっ!」
「……行くよっ!」
このエルフを倒して、タバサおねえちゃんを助ける。
ボクがやるべきことは、それだけだ!
「無駄なことを」
空間に漂う魔力を、石畳や本、あらゆる物に纏わせて、踊るように、それらが降り注ぐ。
纏った魔力が、あらゆる物を重く、鋭く、大砲の弾のように変化させている。
激流や嵐の中の中にいるみたいだ。
それを、避ける。防ぐ。いなす。弾く。斬る。
デルフがボクを躍らせる。
波に逆らわずに漂う羽のように、足が勝手に運ばれる。
その動きを心地よくさえ感じながら、ボクは、呪文を唱えることに集中できたんだ。
「大気に集いし溢るる涙よ、
集いて固まり満ちるがいい! ウォータ!」
唱えられた大粒の水球、魔力の大波にもまれて球の形を保てないでいる。
そのまま、嵐に揺れてエルフの足元で弾けて消えた。
「どこを狙っている?」
エルフは、涼しそうな顔でそれを見ていた。
少し、鼻で笑いながら。
「ビビちゃんが外したっ?」
「し、しっかりしなさいよビビ――きゃっ!?」
全部は、防げない。キュルケおねえちゃんの炎や、ギーシュの剣でも。
石畳が、本によって砕かれて、それがまた新たな弾となって襲いかかる。
「これで……後は……」
息が、切れそうになる。
後少し、後少しなんだ。
「あぶねっ!相棒よぉ、そろそろなんとかしてくんねぇとこちとら燃料不足だ!」
デルフ、もう少しだから、と言いたくなるけど、呪文の詠唱を急ぐ。
デルフどころか、ボクも燃料切れだな、って思いながら。
「天空を満たす光、一条に集いて……」
「わちゃっ!?……そうか、ビビ君!」
ギーシュの声が、うっすらとだけ聞こえる。何か、気づいたみたいだ。
「も、もももういやぁーっ!な、何何なんなのよっ!!」
モンモラシーおねえちゃんの問い返す声も、少しだけ。
「エルフさえ狙わなければ、跳ね返されないってことさ!」
ギーシュ、大正解。
物理攻撃を跳ね返す、とんでもない魔法。
でも、その基準は結局は『リフレク』と同じ、と思ったんだ。
ギーシュやモンモランシーおねえちゃんの魔法……エルフの足元への攻撃がそれの証拠だ。
『リフレク』は、魔法の対象となった場合に、それを感知して跳ね返すという鏡のような魔法だ。
だから、“魔法の対象”にさえし無ければ跳ね返らない。
つまり……
「 神の裁きとなれ! サンダガ!」
足元にばらまいた、水。
これに攻撃しても、跳ね返されないんだ!!
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ギーシュが崩した土と、モンモランシーおねえちゃんの水がうまく混ざっているから、さらに効いた。
骨も見えそうなぐらい雷の直撃を食らったら、流石のエルフだってひとたまりもない、よね?
「……や、やった?」
魔力の嵐が止んで、少しだけ息をつく。
……なんか、息の仕方まで忘れちゃった感じがする。それぐらい疲れていた。
「ビビちゃん、やっるぅ~!」
「――あー、やったにゃやったが……こりゃ、ヤベぇかな」
デルフの、嫌な予感。
当たらなければいいなぁって、何度思ったんだろう……
「――なかなかに、効いた……もう、容赦せんっっっっ!!!」
黒こげになりながら、エルフの目がギランっと光った。
ぶり返した魔力の嵐は、ビリビリとしびれるような感じがした。
ボクの雷を吸い取って、そのまま吐き出すかのような、そんな空気。
それが何か所かにまとまってより濃密になっていって、床に浸みこんでいって……
それは、信じたくない光景だった。
「ふ、増えたっ!?」
「やめてやめてやめて!?悪夢よ嘘よ冗談よ何かの間違いよっ!?」
モンモランシーおねえちゃんの泣き叫ぶ声が共鳴する。
「風の遍在ってわけでも無さそうねぇ……」
キュルケおねえちゃんがつぶやく横で、ルイズおねえちゃんがあんぐりと口を開けている。
「ゴーレムかっ!?」
ギーシュが、ゴーレムと呼んだそれらは…… エルフと全く同じ姿をしていた。
「万の精霊よ、我は古き盟約に基づき対価を支払う!我が写し身を成して全てを滅ぼせ!」
速い。
一瞬の内に、間合いを詰められて、ボク達は分断されてしまった。
それぞれのエルフの姿が、仲間の姿を覆い隠すように動いて、全く様子が分からない。
「相棒、策は?」
全く、無い。
「……デルフは?」
「――お互い、万策窮すってぇわけか」
だからって、諦めるわけには、いかない。
「とにかく……防ぐしかないっ!」
「それしかねぇわなぁ……あぁ、ちきしょ!これなら7万の兵隊相手にした方が楽だぜっ!」
デルフがそううそぶいて、ボクを勇気づけようとする。
槍のように研ぎ澄まされたエルフの近接魔法の中、あぁ、これが『死闘』って言うんだなって、そんなことを考えていた。
でも、『死闘』は、『死にに行く闘い』なんじゃない。
『死に抗う闘い』なんだ。
だって、そうだよね?
ボクには、ボク達には……
帰る場所が、あるんだから。
「はぁぁああああ!!!!」
そしてボクは、嵐の中へと飛び込んだ。
----
ピコン
ATE ~英雄~
「厄介なことになったなぁ……!」
一撃を避けようとすると二撃を喰らう。
二撃を正面で受け止めると、連撃が背後から襲う。
エルフというヤツは、辺境の地にいるためか遠距離からこちらを狙ってくるというイメージばかりあったが、
こうも中から近距離での攻撃が得意であったかと、ギーシュは舌を巻いていた。
突いたかと思えば離れ、離れたかと思えば急襲し、全く捕え所が無い。
「もうイヤッ!イヤよ!こんなのあり得ない!耐えられない!」
背後には、顔中が洪水のように崩れた恋人の姿。
「モンモン、しっかり僕の後ろに……」
わずかに訪れた攻撃の合間を縫って愛しき人へと声をかける。
「ギーシュ!あ、あああ貴方、平気なの!?ここここんなピンチが危険だってのに!?」
恋人は、混乱していた。
当たり前だ。ハルケギニアで最強と言われる存在が、いきなり増えたのだ。
おまけに、モンモランシーは戦うように作られていない。
キュルケや、ギーシュといった軍閥とでも言うべき家の子息でも無ければ、
ルイズのような名家の娘でも無い。
ほんの小役人にすぎない、小じんまりとした家系に生まれた、
平々凡々である娘なのだ。
「……平気なわけないさ」
だが、ギーシュはそんな彼女を、一切卑しむことも、憐れむこともせず、優しく声をかけ続けた。
「でででででしょ!?ななななな、ならににに逃げましょ――」
「だけど、それはできない」
まるでそれが、最期の言葉になるかもしれない、と言うようにだ。
「はぁぁぁっ!?あ、ああああんた、さっき頭ぶつけたの!?
エルフよ!?それも十数体も!?ふざけてるの!?バカなの!?死ぬの!?」
彼女の中で、エルフの数が明らかに増えているのにため息をつきつつ、
ギーシュは、ニヤリと、せいぜい強がって笑って見せた。
「ライバルが、戦っている。それに……」
「何!何だって言うのよ!!!」
「この世で一番大切な人の前で、かっこ悪い所を見せるなんて男じゃない!」
「……え」
『男なら、誰かのために強くなれ』
ギーシュが師と仰ぐ平民の女騎士が、そう教えてくれた。
『歯を食いしばって、思いっきり守り抜け』
そう、迷うことは無い。それが、今、自分にできる、最大の『カッコいいこと』なのだ。
「 『錬金』っ!!装着っ 魔導アーマー! 」
男なのだ。
男なのだから、『カッコいい』ことは当然だろ?
そう言わんばかりに、ギーシュは錬金でできた鎧をさらに強化し、
英雄たらんと、その青銅の剣を振りかざした。
「ば、バカよアホよマヌケよ……あぁ、私もバカっ!!」
モンモランシーは、悪態をつきながら、ギーシュの回復の準備をする。
バカな恋人を持つと、バカさ加減が似てきてしまうのかと思いながら。
『逃げたい』から、『守られたい』へ。
さらに、そこから『助けたい』へ。
彼女もまた、小さいながら英雄の資質を持っていた。
----
ピコン
ATE ~光~
「な、何か何か何か何か……」
せわしなく、ページの上を指が行き来する。
細く頼りない、重い物を持ち上げたことの少ない、貴族の娘の指だった。
「ちょっと、ルイズ!このバカ!何やってんのよ!しっかり私の後ろに隠れてなさいっ!」
その頼りない娘の姿を、もう1人の娘が咎めた。
先ほどから炎の弾のバーゲンセールである。
どれもこれも、散り散りに弾かれたり跳ね返されたりと、相対するエルフには届かない。
それでも、炎を繰り続けることしか、彼女にはできなかった。
さもなければ、憎まれ口ばかり叩きあってきた、背後の頼りなさげな少女と共に命を落としてしまうだろう。
ましてや、友情を誓い合った青い髪の少女の命すら……
だから、彼女は、炎を紡ぎ続けた。
それしかできぬ自分に、歯噛みしながら。
「わ、私だって、私だって何かできるのよっ!」
「それは分かってるわよっ!でも、まっ白けな本広げる以外にあるはずでしょっ!?くっ……」
一撃を、食らう。歪んだ空気をそのまま押しあてられたかのような、鋭い刺撃。
彼女が知るどんな風魔法よりも鋭いそれは、彼女の左肩に鮮血の花弁を撒き散らしながら軽々とえぐった。
「――お願い、答えてよっ!始祖っ!答えなさいよっ!」
「ルイズ?」
ルイズの、妙な様子にキュルケが気づく。
後ろを見る余裕など無いはずだが、少しだけ、視線をそちらに振り向けた。
「こう何度も色んな背中に守られてねっ、耐えられるほど私は強く無いのよっ!私だって、私だって!」
その目は、死んじゃいなかった。
最初に出会ったときと同じ、理想に燃えていた、幼い少女のまんまだった。
「ルイズ……もう!こいつ、しつこいっっ!エルフって女日照りなのかしらっ!!!」
その姿に、キュルケは少しだけ余裕が出、安心したのか、軽口を叩いてみる。
憎まれ口を叩き合った仲だ。ここで怯えた姿でもしていたら、やる気も何もそがれていたかもしれない。
こうでなくては。キュルケは、激戦の中に少しだけ笑ってみた。
「答えてよっ!」
一方のルイズはというと、焦っていた。
乱戦。
それこそが、最大の焦りの種であった。
『エクスプロージョン』は、対象が大きく多数あるような場所でこそ効果を発揮する。
その事実は、最初に呪文を唱えたときに既に理解していた。
だが、このような乱戦では。
的も小さく、敵味方の入り乱れる乱戦では。
爆発の魔法は危険極まりない牙となり、自分は愚か、大切な友人達の命すらも飲み込んでしまうだろう。
だからこそ、彼女は焦っていた。
ページをめくる手は止まらない。
彼女は求めていた。
「このままじゃ……このままじゃ……私、みんなを守りたいっ!!」
その、答えを。
それは、純粋な願いであった。
だからこそ、であったのかもしれない。
「え?」
「な、何?この光……」
『始祖の祈祷書』が放つ光は、どこまでも透き通るような、暖かい色をしていた。
その光に包まれるは、『虚無の担い手』である少女。
どこまでも純粋に、友を守ることを祈った少女は、その呪文を理解する。
瞬きをした目が見開かれた時には、為すべきことが分かっていた。
「……キュルケっ!」
少女らしく輝くような笑み。
その眩しさは、キュルケがルイズを知ってから、1度も見たことが無いものだった。
「な、何よっ」
「あと30数えるだけ耐えて!」
「は!?」
「お願い!あんたを信頼してるからっ!」
「あぁ……炎は守るのに不向きだっていうのに!」
そう文句を言うものの、キュルケは嬉しそうに正面を向いた。
エルフが何だと言うのだ?
こっちはハルケギニア最強の、女同士の友情だ!
「ウル・スリーサズ・アンスール・ケン……」
朗々と謳いあげられる不可思議な呪文に、キュルケは一種の充足感を感じていた。
----
「……歌?」
それは、どう聞いても歌だった。
この魔力の嵐の中、誰かが、歌っている?
「相棒っ!? うぉっ!!
よそ見、 どぅわっ!?
すんじゃねぇよ!!」
デルフに動かされるように踊りながら、ボクは確かに、その歌を聞いた。
「これって……」
メロディーは、違う。
でも、この暖かさを、ボクは確かに知っていた。
「ビビ!デルフを構えて!」
「……うん!」
飛び交う石畳や魔力の応酬の中、聞こえるはずの無い声が聞こえる。
そして、安心するんだ。
ルイズおねえちゃんが、無事であることに!
「『解除(ディスペル)』!!」
歌そのものが、鮮やかな小さな光となって散らばったように感じたんだ。
それが部屋の中を満たすように渦巻いて、魔力も何も優しく優しく包み込むように、飛んでいく。
「何……!?」
「え、エルフが消えた……っ!?」
光のシャワーの向こうに、ギーシュも、モンモランシーおねえちゃんも、キュルケおねえちゃんも、
そしてもちろん、ルイズおねえちゃんの姿もあった。
そして、残るエルフは、あと1人。
「あー!やっと攻撃できるわね!」
「はぁぁぁぁぁ!!」
「 『ギーシュローゼン……』」
何故か、みんな理解できたみたいなんだ。
『あの光が、エルフの魔法を全部消し去った』って。
だから、みんな一斉に攻撃できたんだと思う。
「食らいなさい!!」
「せぇいっ!」
「『大凶斬り』!!」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!!!!」
二降りの剣撃と、炎の塊が、エルフを貫いた。
#navi(ゼロの黒魔道士)
#navi(ゼロの黒魔道士)
「ルイズおねえちゃんを、離せ!!」
声を、一際高くあげる。
そうでもしないと、体に伝わるしびれに負けてしまいそうになるからだ。
「――よく分かったな?」
あのエルフは、ルイズおねえちゃんを人質にとっている。
ルイズおねえちゃんの細い首をすぐにも握りつぶせそうにつかんで。
さっきまでの『部屋の中央にいた』エルフでは無く、『見えなかった』エルフだ。
顔は同じだけど、まとっている空気は別のものだった。
さっきまで戦っていたエルフが魔力の壁、と言うとするなら、
今このエルフは魔力に溶け込んでいる空気そのものだ。
実体がつかめないほど、たゆたっている存在。
無駄をそぎ落としたような、実体のある幽霊って感じだ。
「……ギーシュの攻撃、少しだけかすったから」
身体の痛みを引きずるように、言葉を口から出していく。
頭がまだ冷静さを保てているかどうかを試すように、ゆっくりと。
「ほう?だが、それだけで……」
「物理攻撃も跳ね返してたのに、『グラビデ』で引かれた小石は跳ね返して無かった。
だから、意識しないと物理攻撃は跳ね返せない……そうでしょ?」
このエルフは、物理攻撃を跳ね返した。
それも全部じゃなくて、致命的なものだけを。
違和感は、そこだったんだ。
「それで?」
ルイズおねえちゃんの首を抑えたまま、エルフが問う。
少しだけ、楽しげな様子に見える。腹立たしく、なるほどに。
「そうなると、『意識した攻撃』って、普通『目に見える攻撃』だよね?
だけど、死角から攻撃したものを跳ね返したのに、ギーシュの隙だらけの真正面からの攻撃がかすったのはおかしいから……」
ボク達の世界の『リフレク』とは違う魔法。
その理屈を、起こった結果から逆の順番で考えていったんだ。
隙だらけの攻撃を跳ね返さずに、死角からの攻撃を跳ね返した。
ということは、死角が死角じゃなかったってことを意味するんじゃないかと思ったんだ。
……だから、答えは『目に見える物だけが敵ではない』……
ボクがいた世界にも、『バニシュ』って姿を消す術を使ったモンスターがいたから分かったんだ。
ギーシュとクジャに助けられる結果になってしまったなぁと思う。
「『他所よりの観測の存在』というわけか。 やるな、少年」
『よくできました』とでも言いたそうな軽い言い方。
痛みを堪える頭に、嫌な感じで響いてくる。
「さぁ、ルイズおねえちゃんを離してっ!!」
もう一度、声を高く上げた。
身体がバラバラになりそうになるのに、顔をちょっとだけ歪むのを感じながら。
ゼロの黒魔道士
~第五十五幕~ 死闘 ― Fight To The Death ―
「だが、勘違いが1つ」
エルフは、微動だにしなかった。
それどころか、眼すらつぶっていた。
「ぐわっ!?」
「ギーシュ!?」
ギーシュがエルフの背後から弾けて転んだ。
死角から攻撃しようとしたらしいけど、どうして?
「私自身が使う『反射(カウンター)』は精霊の力を最大限に借りるため、『意識する』という工程は必要ない。
先ほどの土人形にまとわせた物とは違って、な」
このエルフが使っているのは『リフレク』と同じ効果を物理攻撃にも当てはめてしまっているらしい。
つまり、このエルフを狙った攻撃は全部跳ね返される……
「うっへ、流石先住……チートもいいとこだわ」
クラクラしてくる頭で、デルフに同意してしまう。
これって、ズルいどころじゃない。
でも、こんな強さなら、どうして……
「――何故?と問うか?最初から私自身が姿を現すべきであったと?これも、約束のためだ」
エルフが、ボクの心を読んだように答える。
「約束って、何よ!さっきから……」
ルイズおねえちゃんが、首を握られたまま苦しそうに反発した。
「指輪と、『始祖の祈祷書』。渡してもらおうか」
「なっ!?」
「え!?」
ルイズおねえちゃんから、うめき声が漏れ出た。
「どうした?お前が所持しているのだろう?」
「な、何であんたがそんなものをっ!」
それ以上に、なんでエルフが指輪と祈祷書のことを知っているんだろう?
なんで、エルフが『虚無』にまつわるアイテムのことを?
「何度も言わせないで欲しい。約束だ。果たさない限り、私は何でもしなければならない」
「くっ……」
「ルイズおねえちゃん……」
その言葉を裏付けるように、ルイズおねえちゃんの首をしめる力が強くなるのが、見て分かる。
どうにかしたい、でも、一歩が踏み出せない。
ルイズおねえちゃんんを助ける方法を、必死で考えながら、エルフをにらみつけるしかなかった。
「――渡せば、他の人は傷つけないのね?」
「少なくとも、私はそのつもりだ」
ルイズおねえちゃんのうめき声に、エルフの静かな声が答える。
ルイズおねえちゃんは、渡す気だ。『虚無』の大切なアイテムを。
「ルイズ、渡しちゃいなさいよ、早く!」
キュルケおねえちゃんもそれを後押しする。
確かに、ルイズおねえちゃんの身を守るためにはそれしか方法は……
それで、助かるというなら、それが正解だと思うんだけど……
何かが、何かがおかしい気がした。
「――仕方ないわ……」
苦しそうな顔をしながら、ルイズおねえちゃんがローブの隙間から『始祖の祈祷書』を取りだして渡そうとする……
「ふむ――むぉっ!?」
瞬間、エルフの身体がぐらついた。
よろけた拍子に、ルイズおねえちゃんが投げだされるような形で床に落ちていく。
「ルイズおねえちゃん!」
床に頭をぶつける一瞬前に、ボクの身体をすべりこませる。
ルイズおねえちゃんは、ケホケホと苦しそうな咳をしたけれど、無事そうだった。
「ちょ、ギーシュっ!?」
キュルケおねえちゃんの鋭い叫び声に振り替えると、
エルフの真下の床が、ボロボロに崩れていた。
「あ、足元がお留守だったでしたのでっ!?」
ギーシュが、バラをまっすぐと崩れた床に向けている。
『錬金』。
床をもろい土くれにでも変えてしまったのだろう。
でも、なんでこんな危険なことを?
「小癪な真似をする……ほう、今のは、お前か?」
今度は、崩れた床がドロドロの沼のように溶けだしている。
モンモランシーおねえちゃんが、ギーシュの後ろで杖を震える手で構えていた。
「み、みみみみみずみず水の使い道は治療だけではなくってよ!!」
溶けた床に、くるぶしまで埋まって、エルフの身動きは簡単に取れそうにない。
水魔法にこんな使い方があるって素直に感心してしまった。
「蛮人共の小賢しき知恵か」
エルフの周囲の空気がぐらりと歪んだ。
いや、そう錯覚するほどに、魔力が満ちているのが分かる。
壁や本や石畳が、その魔力に合わせて鳴き声を上げる。
まるで、パイプオルガンの全部のキーを押したみたいな唸り声だ……
「だが、正解だな。 私は諸君を傷つけるつもりは無いが――」
何重奏にもなって共鳴する魔力の中、エルフの透き通る声だけがその空間を貫いて、聞こえてくる。
「――諸君らの『再起不能』も約束の内だ」
ギーシュ、すごい。そう、素直に思った。
エルフの足場を崩す『錬金』が無ければ、ルイズおねえちゃんも、ボク達の命ももう無かっただろう。
……逃げ場、無し。
状況は、最初と変わらない。
だから。
「とんでもない約束もあったものねぇ……」
諦めたように髪をかきあげ、つぶやくキュルケおねえちゃんも、
「――ほんっと、冗談じゃないわ!タバサを助けてさっさと帰るつもりだったのに!」
『始祖の祈祷書』を大事に抱えてエルフをにらみつける、ルイズおねえちゃんも、
「どの道帰すつもりねぇってことかよ。さぁて、相棒、どう戦う?」
相変わらずあっけらかんとした声で、ボクを支えてくれるデルフも、
「……デルフ、防御は任せていい?」
ギーシュも、モンモランシーおねえちゃんも、
……そしてもちろん、タバサおねえちゃんも。
シルフィードをこれ以上、待たせるわけに行かないものね!
「ケケ、『神の盾』の盾ってか?あいよっ、メイン盾になってやろうじゃねぇのっ!」
「……行くよっ!」
このエルフを倒して、タバサおねえちゃんを助ける。
ボクがやるべきことは、それだけだ!
「無駄なことを」
空間に漂う魔力を、石畳や本、あらゆる物に纏わせて、踊るように、それらが降り注ぐ。
纏った魔力が、あらゆる物を重く、鋭く、大砲の弾のように変化させている。
激流や嵐の中の中にいるみたいだ。
それを、避ける。防ぐ。いなす。弾く。斬る。
デルフがボクを躍らせる。
波に逆らわずに漂う羽のように、足が勝手に運ばれる。
その動きを心地よくさえ感じながら、ボクは、呪文を唱えることに集中できたんだ。
「大気に集いし溢るる涙よ、
集いて固まり満ちるがいい! ウォータ!」
唱えられた大粒の水球、魔力の大波にもまれて球の形を保てないでいる。
そのまま、嵐に揺れてエルフの足元で弾けて消えた。
「どこを狙っている?」
エルフは、涼しそうな顔でそれを見ていた。
少し、鼻で笑いながら。
「ビビちゃんが外したっ?」
「し、しっかりしなさいよビビ――きゃっ!?」
全部は、防げない。キュルケおねえちゃんの炎や、ギーシュの剣でも。
石畳が、本によって砕かれて、それがまた新たな弾となって襲いかかる。
「これで……後は……」
息が、切れそうになる。
後少し、後少しなんだ。
「あぶねっ!相棒よぉ、そろそろなんとかしてくんねぇとこちとら燃料不足だ!」
デルフ、もう少しだから、と言いたくなるけど、呪文の詠唱を急ぐ。
デルフどころか、ボクも燃料切れだな、って思いながら。
「天空を満たす光、一条に集いて……」
「わちゃっ!?……そうか、ビビ君!」
ギーシュの声が、うっすらとだけ聞こえる。何か、気づいたみたいだ。
「も、もももういやぁーっ!な、何何なんなのよっ!!」
モンモラシーおねえちゃんの問い返す声も、少しだけ。
「エルフさえ狙わなければ、跳ね返されないってことさ!」
ギーシュ、大正解。
物理攻撃を跳ね返す、とんでもない魔法。
でも、その基準は結局は『リフレク』と同じ、と思ったんだ。
ギーシュやモンモランシーおねえちゃんの魔法……エルフの足元への攻撃がそれの証拠だ。
『リフレク』は、魔法の対象となった場合に、それを感知して跳ね返すという鏡のような魔法だ。
だから、“魔法の対象”にさえし無ければ跳ね返らない。
つまり……
「 神の裁きとなれ! サンダガ!」
足元にばらまいた、水。
これに攻撃しても、跳ね返されないんだ!!
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ギーシュが崩した土と、モンモランシーおねえちゃんの水がうまく混ざっているから、さらに効いた。
骨も見えそうなぐらい雷の直撃を食らったら、流石のエルフだってひとたまりもない、よね?
「……や、やった?」
魔力の嵐が止んで、少しだけ息をつく。
……なんか、息の仕方まで忘れちゃった感じがする。それぐらい疲れていた。
「ビビちゃん、やっるぅ~!」
「――あー、やったにゃやったが……こりゃ、ヤベぇかな」
デルフの、嫌な予感。
当たらなければいいなぁって、何度思ったんだろう……
「――なかなかに、効いた……もう、容赦せんっっっっ!!!」
黒こげになりながら、エルフの目がギランっと光った。
ぶり返した魔力の嵐は、ビリビリとしびれるような感じがした。
ボクの雷を吸い取って、そのまま吐き出すかのような、そんな空気。
それが何か所かにまとまってより濃密になっていって、床に浸みこんでいって……
それは、信じたくない光景だった。
「ふ、増えたっ!?」
「やめてやめてやめて!?悪夢よ嘘よ冗談よ何かの間違いよっ!?」
モンモランシーおねえちゃんの泣き叫ぶ声が共鳴する。
「風の遍在ってわけでも無さそうねぇ……」
キュルケおねえちゃんがつぶやく横で、ルイズおねえちゃんがあんぐりと口を開けている。
「ゴーレムかっ!?」
ギーシュが、ゴーレムと呼んだそれらは…… エルフと全く同じ姿をしていた。
「万の精霊よ、我は古き盟約に基づき対価を支払う!我が写し身を成して全てを滅ぼせ!」
速い。
一瞬の内に、間合いを詰められて、ボク達は分断されてしまった。
それぞれのエルフの姿が、仲間の姿を覆い隠すように動いて、全く様子が分からない。
「相棒、策は?」
全く、無い。
「……デルフは?」
「――お互い、万策窮すってぇわけか」
だからって、諦めるわけには、いかない。
「とにかく……防ぐしかないっ!」
「それしかねぇわなぁ……あぁ、ちきしょ!これなら7万の兵隊相手にした方が楽だぜっ!」
デルフがそううそぶいて、ボクを勇気づけようとする。
槍のように研ぎ澄まされたエルフの近接魔法の中、あぁ、これが『死闘』って言うんだなって、そんなことを考えていた。
でも、『死闘』は、『死にに行く闘い』なんじゃない。
『死に抗う闘い』なんだ。
だって、そうだよね?
ボクには、ボク達には……
帰る場所が、あるんだから。
「はぁぁああああ!!!!」
そしてボクは、嵐の中へと飛び込んだ。
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ピコン
ATE ~英雄~
「厄介なことになったなぁ……!」
一撃を避けようとすると二撃を喰らう。
二撃を正面で受け止めると、連撃が背後から襲う。
エルフというヤツは、辺境の地にいるためか遠距離からこちらを狙ってくるというイメージばかりあったが、
こうも中から近距離での攻撃が得意であったかと、ギーシュは舌を巻いていた。
突いたかと思えば離れ、離れたかと思えば急襲し、全く捕え所が無い。
「もうイヤッ!イヤよ!こんなのあり得ない!耐えられない!」
背後には、顔中が洪水のように崩れた恋人の姿。
「モンモン、しっかり僕の後ろに……」
わずかに訪れた攻撃の合間を縫って愛しき人へと声をかける。
「ギーシュ!あ、あああ貴方、平気なの!?ここここんなピンチが危険だってのに!?」
恋人は、混乱していた。
当たり前だ。ハルケギニアで最強と言われる存在が、いきなり増えたのだ。
おまけに、モンモランシーは戦うように作られていない。
キュルケや、ギーシュといった軍閥とでも言うべき家の子息でも無ければ、
ルイズのような名家の娘でも無い。
ほんの小役人にすぎない、小じんまりとした家系に生まれた、
平々凡々である娘なのだ。
「……平気なわけないさ」
だが、ギーシュはそんな彼女を、一切卑しむことも、憐れむこともせず、優しく声をかけ続けた。
「でででででしょ!?ななななな、ならににに逃げましょ――」
「だけど、それはできない」
まるでそれが、最期の言葉になるかもしれない、と言うようにだ。
「はぁぁぁっ!?あ、ああああんた、さっき頭ぶつけたの!?
エルフよ!?それも十数体も!?ふざけてるの!?バカなの!?死ぬの!?」
彼女の中で、エルフの数が明らかに増えているのにため息をつきつつ、
ギーシュは、ニヤリと、せいぜい強がって笑って見せた。
「ライバルが、戦っている。それに……」
「何!何だって言うのよ!!!」
「この世で一番大切な人の前で、かっこ悪い所を見せるなんて男じゃない!」
「……え」
『男なら、誰かのために強くなれ』
ギーシュが師と仰ぐ平民の女騎士が、そう教えてくれた。
『歯を食いしばって、思いっきり守り抜け』
そう、迷うことは無い。それが、今、自分にできる、最大の『カッコいいこと』なのだ。
「 『錬金』っ!!装着っ 魔導アーマー! 」
男なのだ。
男なのだから、『カッコいい』ことは当然だろ?
そう言わんばかりに、ギーシュは錬金でできた鎧をさらに強化し、
英雄たらんと、その青銅の剣を振りかざした。
「ば、バカよアホよマヌケよ……あぁ、私もバカっ!!」
モンモランシーは、悪態をつきながら、ギーシュの回復の準備をする。
バカな恋人を持つと、バカさ加減が似てきてしまうのかと思いながら。
『逃げたい』から、『守られたい』へ。
さらに、そこから『助けたい』へ。
彼女もまた、小さいながら英雄の資質を持っていた。
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ピコン
ATE ~光~
「な、何か何か何か何か……」
せわしなく、ページの上を指が行き来する。
細く頼りない、重い物を持ち上げたことの少ない、貴族の娘の指だった。
「ちょっと、ルイズ!このバカ!何やってんのよ!しっかり私の後ろに隠れてなさいっ!」
その頼りない娘の姿を、もう1人の娘が咎めた。
先ほどから炎の弾のバーゲンセールである。
どれもこれも、散り散りに弾かれたり跳ね返されたりと、相対するエルフには届かない。
それでも、炎を繰り続けることしか、彼女にはできなかった。
さもなければ、憎まれ口ばかり叩きあってきた、背後の頼りなさげな少女と共に命を落としてしまうだろう。
ましてや、友情を誓い合った青い髪の少女の命すら……
だから、彼女は、炎を紡ぎ続けた。
それしかできぬ自分に、歯噛みしながら。
「わ、私だって、私だって何かできるのよっ!」
「それは分かってるわよっ!でも、まっ白けな本広げる以外にあるはずでしょっ!?くっ……」
一撃を、食らう。歪んだ空気をそのまま押しあてられたかのような、鋭い刺撃。
彼女が知るどんな風魔法よりも鋭いそれは、彼女の左肩に鮮血の花弁を撒き散らしながら軽々とえぐった。
「――お願い、答えてよっ!始祖っ!答えなさいよっ!」
「ルイズ?」
ルイズの、妙な様子にキュルケが気づく。
後ろを見る余裕など無いはずだが、少しだけ、視線をそちらに振り向けた。
「こう何度も色んな背中に守られてねっ、耐えられるほど私は強く無いのよっ!私だって、私だって!」
その目は、死んじゃいなかった。
最初に出会ったときと同じ、理想に燃えていた、幼い少女のまんまだった。
「ルイズ……もう!こいつ、しつこいっっ!エルフって女日照りなのかしらっ!!!」
その姿に、キュルケは少しだけ余裕が出、安心したのか、軽口を叩いてみる。
憎まれ口を叩き合った仲だ。ここで怯えた姿でもしていたら、やる気も何もそがれていたかもしれない。
こうでなくては。キュルケは、激戦の中に少しだけ笑ってみた。
「答えてよっ!」
一方のルイズはというと、焦っていた。
乱戦。
それこそが、最大の焦りの種であった。
『エクスプロージョン』は、対象が大きく多数あるような場所でこそ効果を発揮する。
その事実は、最初に呪文を唱えたときに既に理解していた。
だが、このような乱戦では。
的も小さく、敵味方の入り乱れる乱戦では。
爆発の魔法は危険極まりない牙となり、自分はおろか、大切な友人達の命すらも飲み込んでしまうだろう。
だからこそ、彼女は焦っていた。
ページをめくる手は止まらない。
彼女は求めていた。
「このままじゃ……このままじゃ……私、みんなを守りたいっ!!」
その、答えを。
それは、純粋な願いであった。
だからこそ、であったのかもしれない。
「え?」
「な、何?この光……」
『始祖の祈祷書』が放つ光は、どこまでも透き通るような、暖かい色をしていた。
その光に包まれるは、『虚無の担い手』である少女。
どこまでも純粋に、友を守ることを祈った少女は、その呪文を理解する。
瞬きをした目が見開かれた時には、為すべきことが分かっていた。
「……キュルケっ!」
少女らしく輝くような笑み。
その眩しさは、キュルケがルイズを知ってから、1度も見たことが無いものだった。
「な、何よっ」
「あと30数えるだけ耐えて!」
「は!?」
「お願い!あんたを信頼してるからっ!」
「あぁ……炎は守るのに不向きだっていうのに!」
そう文句を言うものの、キュルケは嬉しそうに正面を向いた。
エルフが何だと言うのだ?
こっちはハルケギニア最強の、女同士の友情だ!
「ウル・スリーサズ・アンスール・ケン……」
朗々と謳いあげられる不可思議な呪文に、キュルケは一種の充足感を感じていた。
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「……歌?」
それは、どう聞いても歌だった。
この魔力の嵐の中、誰かが、歌っている?
「相棒っ!? うぉっ!!
よそ見、 どぅわっ!?
すんじゃねぇよ!!」
デルフに動かされるように踊りながら、ボクは確かに、その歌を聞いた。
「これって……」
メロディーは、違う。
でも、この暖かさを、ボクは確かに知っていた。
「ビビ!デルフを構えて!」
「……うん!」
飛び交う石畳や魔力の応酬の中、聞こえるはずの無い声が聞こえる。
そして、安心するんだ。
ルイズおねえちゃんが、無事であることに!
「『解除(ディスペル)』!!」
歌そのものが、鮮やかな小さな光となって散らばったように感じたんだ。
それが部屋の中を満たすように渦巻いて、魔力も何も優しく優しく包み込むように、飛んでいく。
「何……!?」
「え、エルフが消えた……っ!?」
光のシャワーの向こうに、ギーシュも、モンモランシーおねえちゃんも、キュルケおねえちゃんも、
そしてもちろん、ルイズおねえちゃんの姿もあった。
そして、残るエルフは、あと1人。
「あー!やっと攻撃できるわね!」
「はぁぁぁぁぁ!!」
「 『ギーシュローゼン……』」
何故か、みんな理解できたみたいなんだ。
『あの光が、エルフの魔法を全部消し去った』って。
だから、みんな一斉に攻撃できたんだと思う。
「食らいなさい!!」
「せぇいっ!」
「『大凶斬り』!!」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!!!!」
二降りの剣撃と、炎の塊が、エルフを貫いた。
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