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「ゼロのノブレス・オブリージュ-4」(2007/08/09 (木) 12:19:55) の最新版変更点
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講義の時間、教師であるミセス・シュヴルーズは板書を済ませ、生徒たちに向き直った。
「火、水、風、土の魔法は複数組み合わせることで更に強力になり、別な効果を生み出します。
そして私達メイジはいくつ組み合わせられるかでレベルが決まりますが、そのレベルは?」
教師は確認のための質問、いや確認にもならない。この程度のことは、子供でも知っている。
「はい! はい! はい! はーい!」
力強く挙手し、やかましく声を張り上げている男が一人。しかし、彼を指すわけにはいかなかった。
なにしろ、彼は生徒ではない。魔法使いですらない。ただの平民(自称、名門ディスカビル家出身だそうだが、
もちろんそんな家は存在しない)であり、
「ツルギ! あんたは黙ってなさい!」
……彼を蹴倒す、隣の桃色の髪をした小柄な少女、ミス・ヴァリエールの使い魔だ。
「あんたはここで大人しくしてなさい!」
廊下、教室の出入り口付近にツルギを追い出したルイズは、動けないように彼の両手に水のたっぷり入った
バケツを持たせた上、ゴハン抜きを連呼し、きわめて強く叱りつけた。
いくらなんでも、これで少しは懲りただろう。
そう考えた矢先、あろうことかツルギはこんなことをのたまった。
「これは、何のご褒美だ?」
使い魔を叩き出した少女が疲れきった表情で戻ってくる。嘲笑と忍び笑いの渦の中、足取り重く、顔を赤くしながら
席に着いたところで、シュヴルーズは授業を再開する。
「……では、他に誰か……」
そこでモンモランシーが手を上げ、すらすらと答える。
「はい先生! 二つの組み合わせが出来ればライン、三つでトライアングル、四つでスクエアと呼ばれますわ」
「よろしい。みなさんは、まだ1系統しか使えないと思いますが…」
そこで、キュルケが頬杖をつきながら片手を上げた。そして、ルイズを横目で見ながら言う。
「先生、お言葉ですが、まだ1系統も使えない、魔法成功率ゼロの生徒もおりますので……」
再び、笑いと嘲笑の嵐が巻き起こる。ルイズは恥ずかしさと情けなさ、その他さまざまな感情がないまぜとなった結果、
さらに顔を赤くした。そして、一刻も早く授業終了の鐘がなることを神に祈った。
「全く、何であんなことしたのよ!」
授業が終わったルイズは、帰りながらツルギをこっぴどく叱っていた。彼の奇行に対してだけでなく、
自身のストレス発散まで含まれている。だが、相変わらず一向に堪えておらず、ルイズのストレスはより深刻なものと
なってしまう。
「あんなこと、とは何のことだ? 食事抜き、というのも心当たりがないぞ」
こいつ、本気か……いや、この程度の答えは簡単に予想の範囲内。その上を行くのよ、私!
「授業中にあんな大声で手を上げたことよ! すっごい恥ずかしかったわよ! あんた生徒じゃないんだから、
必要ないでしょ!」
「おお、そのことか! 俺は超一流の家庭教師たちに最高の帝王学を学んだが、ル・イーズたちの学校でも頂点を
目指すことにした。この謙虚な心こそが、ノブレス・オブリージュ」
歯を光らせるような笑顔であごに手をやり、親指と人差し指でポーズまでつくる。この話を聞いたルイズは、
常に予想を斜め上に裏切るツルギの思考回路に呆れ果て、全身でうなだれた。
……聞かなきゃよかった。こいつ、いったいどこまで……。
落ち込み、涙目になりながらもルイズは、何とか気を取り直そうと懸命に頭を捻った。
いえ、そうよ! こいつにも取り得はあるわ! どんなに言葉が通じなくて、空気を読まなくて、行動がぶっ飛んでても!
こいつはギーシュに勝ったのよ! 平民が、貴族に! 強いじゃない! 性格も……まあ、悪くはないわ。
うん、そう考えれば、まだまだ捨てたものじゃないわ! ……多分。
そうだ! 今までは押さえつけようとして失敗してきたんだから、ここで器の大きなところを見せれば……
きっと感謝して、私のことを主人として見直すはずよ!
よし、この手でいくわよ!
「そ、そうなの~。しょうがないわね。今回は特別に勘弁してあげるわ」
額に青筋を浮かべながらも、にこやかな笑顔をつくるのは、大変な忍耐が必要だった。 それもこれも、
主人としての器の大きさを見せ、使い魔に忠誠心を植えつけるため。全てはその一心だ。
しかし、彼女は気付いていなかった。
見直すどころか、そもそもツルギははじめからルイズを主人として認識していなかったことを。
「そうか! 感謝するぞ、ル・イーズ!」
ルイズの思惑通り、ツルギは子供のように喜んでいる。
よし、これでこいつも私のことを……
しかし、せっかくのルイズのプラス思考を、ツルギはまたも完璧にぶち壊した。
「そういえばル・イーズ、廊下にも聞こえたぞ。なぜみなの者が『ゼロのル・イーズ』と呼んでるかようやく
理解できた。属性0、魔法の成功の確率0、というのが由来だったのだな!」
「……」
悪気のない口調だが、それが逆に堪える。ルイズは黙りながらも、拳を握り締め、プルプルと震わせた。
ここで怒鳴りつけないのも、全ては器の大きさを見せ付ける作戦のためだった。
そうよ! 全ては器の大きさを……
「だが案ずるな。たとえ魔法の才能0で胸も0で女としての魅力が0でも……」
地雷原の上でタップダンスを披露するがごとく、次々とルイズの怒りのポイントを踏んでいく。
それでもルイズは、先の決心を心の中で呪文のように唱え、忍耐力の全てを行使していた。
全ては器の……。
全ては……何かが切れたような音。
ついに、ルイズの忍耐力を示すゲージがレッドゾーンを突破した。
「こここ、この使い魔は~……ご、ご主人様に、な、ななんてことを言うのかしら……っ!」
我慢のせいで怒りは通常の三割り増しだ。ドスの聞いた声で切り出した。
「どうかしたのか?」
まだ気付かないの! この人間外超絶鈍感無神経男!
ツルギのとぼけた笑顔に、さらに怒りがこみ上げる。今までにない、鼓膜を破壊しかねないほどの怒鳴り声が、
トリステイン魔法学院中に響いた。
「やっぱご飯抜き! プラス今夜は部屋で寝るの禁止!」
ルイズの逆鱗に触れてしまったツルギは、毛布一枚で廊下に放り出された。しかし、
「う~む。何故突然怒り出したのだろう。ひょっとして、照れ隠しか?」
……全く懲りていなかった。
「ツルギさん……?」
そこに、ルイズからは聞いたこともないような優しげな声がかけられる。
「おお、メイド! どうかしたのか!」
何度か会っているのにメイドとしか呼んでくれないのに少し傷つくが、シエスタは変わらぬ笑顔で応える。
「ちょっと呼び出されて。それより、ツルギさんこそ何をしているんですか?」
「いや、ル・イーズを励ましていたのだが、何やら怒り出してしまってな。きっと照れたのだろう。可愛いやつだ。
それで、メシ抜きで部屋から追い出されてしまってな」
それ、怒らせたんじゃ……。
シエスタは苦笑いを浮かべつつ、心の中でそう思うが、言わないほうがよさそうなのでだまっておいた。
「じゃあ、お腹空いてませんか? こちらにいらしてください」
シエスタに誘われ、厨房に通されたツルギは、目の前に並べられた皿に、目を輝かせた。
「これは何という料理だ?」
「え? ただのまかない料理ですけど……」
そして、フォークとナイフを使って上品に口に運ぶ。
「うまあーい! 今度、マ・カアール料理も食してみたい」
「ハア?」
まだツルギとの会話に慣れていないシエスタは、彼の言葉の一つ一つに疑問符が湧き出てきた。
いかにもおいしそうに、事実、料理を口にするたびに「うまあーい」と連呼するツルギの食べっぷりに、
コック長、マルトーは腕を組んで満足げに頷いた。
「いい食いっぷりだねえ。残り物ですまないが、思う存分食ってくれ、われらの剣よ」
「我らの剣? 俺のことか」
「そうとも。あんたは魔法も使えないのにあの偉ぶった貴族の小僧に勝ったんだ。名前の通り、我ら平民の誇りだ」
「当然だ。俺は神に代わって剣を振るう男なのだからな」
自信たっぷりのツルギの態度に、マルトーはますます気をよくした。
「おお、真の達人は言うことが違うねえ! 流石だ、ほれぼれするねえ」
出された食事の全てを平らげたツルギは、口元をナプキンで拭い、あらためて賛辞の言葉を口にした。
「実に旨かったぞ! これほどのものを食したのは、実に久しぶりだ」
何しろルイズに召喚されて以来、腹いっぱいになったことなど、ついぞなかった。いつも具のほとんどない
スープとパンのみ。それすらも、ツルギの日々の行動が祟って日に日に減らされている。ツルギ自身はそれほど
気にしていなかったが、空腹だけはどうしてもついてまわった。
最大級の賛辞を受け、マルトーは自分の腕を誇った。
「このコック長にかかればどんなもんだって絶妙な味に仕上げて見せるさ! 言うなら、一つの魔法さ」
「うむ、その通りだ」
「いいやつだな! よし、シエスタ」
「はい!」
「我らの剣の勝利祝いだ、とっておきを空けるぞ! アルビオンの一番古いのを持ってきてくれ」
言われたとおりにシエスタは棚からぶどう酒を取り出し、ツルギのグラスに並々と注いだ。ツルギはそれを一気に飲み干す。
「おお、いい飲みっぷりだ!」
「よし、俺もとっておきを披露しよう!」
ぶどう酒の効果か、少し顔を赤くして気を良くしたツルギは紫色の剣を取り出す。そして、流麗に振り回した。
「おお、流石は達人! 見事な剣捌きだ!」
同じくぶどう酒を飲み干したマルトーも、対抗するように華麗なおたま捌きを見せる。
他にも皿回しを披露したり、歌を歌う者まで出てきたり。さながら、酒盛りの様相を呈していた。
夜空に二つの巨大な月が輝く。酒盛りも自然と解散し、シエスタは少し酔っているツルギを女子寮のほうまで送りに来た。
彼女は少し飲んだだけだが、それでも火照った身体にあたる夜風は気持ちいい。二人っきりとなった今、シエスタは積極的に
ツルギに話しかけている。
「また来て下さい。みんな、ツルギさんのファンですから」
「そうか。俺はファンを作ることでも頂点に立つ男だったのだな」
「……あ、あの、ツルギさん。今度、ゆっくりお話ししたいです」
ツルギの物言いにも少し慣れたシエスタは、決心したように言い、微笑んだ。
「いいだろう。俺も君とは話してみたい」
「はい! おやすみなさい」
返事に喜んだシエスタはお辞儀をして、厨房の方へと戻っていった。
久しぶりに満腹となったツルギは、意気揚々と毛布の置いてあるルイズの部屋の前まで来た。
なぜかそこではサラマンダーのフレイムが丸くなっている。ちょうど、毛布の上だ。このままでは眠れない
ので、ツルギはフレイに声をかけた。
「何だ、お前は」
ツルギに気付いたフレイムは床に腹ばいになって、きゅるきゅると人懐っこい声で鳴きながら近づいてくる。
そのままツルギのズボンの裾をくわえ、ついてこいとばかりに強く引っ張る。
「何をする!」
足を振り、強引に引き離す。それでもフレイムは近づいてくる。どうしても、どこかへ連れて行きたいようだった。
「しつこい奴め!」
ツルギは剣を抜き、フレイムに突きつけた。だが……
「……きゅる?」
「……、なぁにぃぃ!?」
ツルギの手の中にあるのは、おたまだった。
鍋の中をかき回したりするのに使う、調理器具だ。
「あれ、これって……」
厨房で片づけをしていたシエスタは、片隅に置いてあった紫色の剣に気付いた。どう見ても、ツルギのものだ。
「あの時忘れていったのかしら。後で返しておかなくちゃ」
これでまた会う口実ができた。
シエスタは顔をほころばせ、剣をまるで宝物を扱うかのように、両腕で胸に抱き寄せた。
「……遅いわね」
ベビードールだけという薄着のキュルケは、自室で先ほど迎えに出した使い魔の帰りを待っていた。
ツルギが追い出されるのを見計らって迎えに出したのに、一向に戻ってこない。あくまで迎え入れるために待っていたが、このままでは
朝になってしまう。さすがに業を煮やしたキュルケは、ドアを少し開けて様子を見た。
目標がおたまを振り回し、自分の使い魔と戦って(?)いる。
「ちょ、何やってるのよ! フレイムー!」
止めようと、部屋を飛び出し大声を出す。が、もう遅い。弾みでフレイムは火を噴き、驚いたツルギはその拍子に壁に叩きつけられる。
「あ……やばっ」
「うるしゃい! 今何時だと思ってるのよ!」
「ぐはっ!!」
突然、ドアが勢いよく開け放たれる。どうやらこの騒ぎで起きてしまったらしく、目をこすりながら舌たらずな声で怒鳴りつける。
しかし、彼女の目線の先にはキュルケとその使い魔しかいない。ツルギは、勢いよく開けられたドアの下敷きになってしまったのだ。
ツルギに気付かぬまま、ルイズはキュルケを睨みつける。
「人の部屋の前で何してんのよ、ツェルプストー」
「いえ、ちょっと夜の散歩を……、ね。ほほほ」
あからさまに妖しい。そこで、ルイズははっと気付いた。
「そんな格好で? まさか……あんた、今度はうちの使い魔に手だすつもり!?」
「わ、悪い!? 好きになっちゃったんだもの、仕方ないでしょ!」
図星を突かれたキュルケは怯みながらも、開き直って反論する。
「何よ! 私の使い魔どこにやったのよ!」
キュルケは黙ってルイズのすぐ横、ドアを指差す。
一瞬何のことか分からなかったルイズだが、すぐにはっとしてドアを開いた。ツルギが目を回し、張り付けになっている。
「ツルギ、来なさい!」
そのまま下敷きになったツルギを部屋に引っ張り込んだ。
まずルイズはツルギをぶん殴った。それでやっと目を覚ます。
「おお、ル・イーズ! どうしたのだ?」
「どうしたじゃないわよ! あんた、いったいツェルプストーと何してたのよ!」
「何してたといわれても……あのトカゲが俺の寝床にいたので、決闘していただけだが?」
「決闘って……、それで?」
「うむ、手ごわい相手だった。そうこうしているうちにドアが開いて下敷きになってしまったのだ」
ベッドに腰掛け、頬杖をつきながらツルギの話しを聞いていたルイズは合点がいった、という風に相槌を入れた。
「ふ~ん。じゃあ、ツェルプストーと何かあった訳じゃないのね。それにしても……」
ツルギのほうを見たルイズは、憎々しげな声を上げる。
「よりによってツェルプストーの使い魔に負けるなんて情けない! あんた剣士でしょ!」
「それが、剣がいつの間にかこれに変わっていたのだ」
そう言って、おたまを取り出す。それを見たルイズは、バカにするように訊く。
「……何よ、これ」
「知らないのか? これは……」
「知ってるわよ、おたまぐらい! 何でそんなものがあるのかって聞いてるのよ!」
「分からん。ミステリーだ」
酒盛りをしたときに忘れた、というのにはどういうわけか思い浮かばないらしい。
ルイズは嘆息し、一人で納得するように頷いた。
「全く……あんたって人は。分かったわ。あんたに剣を買ってあげる」
「なにっ、本当か!?」
「必要なものはきちんと買うわよ。わかったら、さっさと寝なさい。明日はちょうど虚無の曜日だし、町に連れて行ってあげるわ」
新しい剣に、ツルギは胸を弾ませる。彼の中で紫色の剣、サソードゼクターはすっかり忘れ去られてしまった。
ツルギはそのまま廊下へ出て行こうとするが、ルイズに止められる。
「どこに行くのよ」
「廊下だが?」
「もういいわ。今日は部屋で寝なさい。またキュルケに襲われたら大変でしょ」
そのまま、ツルギに背を向けて布団に包まる。彼女は布団の中で例の呪文のように唱えた。
今度こそ、今度こそ……主人として認めさせてやるんだから!
講義の時間、教師であるミセス・シュヴルーズは板書を済ませ、生徒たちに向き直った。
「火、水、風、土の魔法は複数組み合わせることで更に強力になり、別な効果を生み出します。
そして私達メイジはいくつ組み合わせられるかでレベルが決まりますが、そのレベルは?」
教師は確認のための質問、いや確認にもならない。この程度のことは、子供でも知っている。
「はい! はい! はい! はーい!」
力強く挙手し、やかましく声を張り上げている男が一人。しかし、彼を指すわけにはいかなかった。
なにしろ、彼は生徒ではない。魔法使いですらない。ただの平民(自称、名門ディスカビル家出身だそうだが、
もちろんそんな家は存在しない)であり、
「ツルギ! あんたは黙ってなさい!」
……彼を蹴倒す、隣の桃色の髪をした小柄な少女、ミス・ヴァリエールの使い魔だ。
「あんたはここで大人しくしてなさい!」
廊下、教室の出入り口付近にツルギを追い出したルイズは、動けないように彼の両手に水のたっぷり入った
バケツを持たせた上、ゴハン抜きを連呼し、きわめて強く叱りつけた。
いくらなんでも、これで少しは懲りただろう。
そう考えた矢先、あろうことかツルギはこんなことをのたまった。
「これは、何のご褒美だ?」
使い魔を叩き出した少女が疲れきった表情で戻ってくる。嘲笑と忍び笑いの渦の中、足取り重く、顔を赤くしながら
席に着いたところで、シュヴルーズは授業を再開する。
「……では、他に誰か……」
そこでモンモランシーが手を上げ、すらすらと答える。
「はい先生! 二つの組み合わせが出来ればライン、三つでトライアングル、四つでスクエアと呼ばれますわ」
「よろしい。みなさんは、まだ1系統しか使えないと思いますが…」
そこで、キュルケが頬杖をつきながら片手を上げた。そして、ルイズを横目で見ながら言う。
「先生、お言葉ですが、まだ1系統も使えない、魔法成功率ゼロの生徒もおりますので……」
再び、笑いと嘲笑の嵐が巻き起こる。ルイズは恥ずかしさと情けなさ、その他さまざまな感情がないまぜとなった結果、
さらに顔を赤くした。そして、一刻も早く授業終了の鐘がなることを神に祈った。
「全く、何であんなことしたのよ!」
授業が終わったルイズは、帰りながらツルギをこっぴどく叱っていた。彼の奇行に対してだけでなく、
自身のストレス発散まで含まれている。だが、相変わらず一向に堪えておらず、ルイズのストレスはより深刻なものと
なってしまう。
「あんなこと、とは何のことだ? 食事抜き、というのも心当たりがないぞ」
こいつ、本気か……いや、この程度の答えは簡単に予想の範囲内。その上を行くのよ、私!
「授業中にあんな大声で手を上げたことよ! すっごい恥ずかしかったわよ! あんた生徒じゃないんだから、
必要ないでしょ!」
「おお、そのことか! 俺は超一流の家庭教師たちに最高の帝王学を学んだが、ル・イーズたちの学校でも頂点を
目指すことにした。この謙虚な心こそが、ノブレス・オブリージュ」
歯を光らせるような笑顔であごに手をやり、親指と人差し指でポーズまでつくる。この話を聞いたルイズは、
常に予想を斜め上に裏切るツルギの思考回路に呆れ果て、全身でうなだれた。
……聞かなきゃよかった。こいつ、いったいどこまで……。
落ち込み、涙目になりながらもルイズは、何とか気を取り直そうと懸命に頭を捻った。
いえ、そうよ! こいつにも取り得はあるわ! どんなに言葉が通じなくて、空気を読まなくて、行動がぶっ飛んでても!
こいつはギーシュに勝ったのよ! 平民が、貴族に! 強いじゃない! 性格も……まあ、悪くはないわ。
うん、そう考えれば、まだまだ捨てたものじゃないわ! ……多分。
そうだ! 今までは押さえつけようとして失敗してきたんだから、ここで器の大きなところを見せれば……
きっと感謝して、私のことを主人として見直すはずよ!
よし、この手でいくわよ!
「そ、そうなの~。しょうがないわね。今回は特別に勘弁してあげるわ」
額に青筋を浮かべながらも、にこやかな笑顔をつくるのは、大変な忍耐が必要だった。 それもこれも、
主人としての器の大きさを見せ、使い魔に忠誠心を植えつけるため。全てはその一心だ。
しかし、彼女は気付いていなかった。
見直すどころか、そもそもツルギははじめからルイズを主人として認識していなかったことを。
「そうか! 感謝するぞ、ル・イーズ!」
ルイズの思惑通り、ツルギは子供のように喜んでいる。
よし、これでこいつも私のことを……
しかし、せっかくのルイズのプラス思考を、ツルギはまたも完璧にぶち壊した。
「そういえばル・イーズ、廊下にも聞こえたぞ。なぜみなの者が『ゼロのル・イーズ』と呼んでるかようやく
理解できた。属性0、魔法の成功の確率0、というのが由来だったのだな!」
「……」
悪気のない口調だが、それが逆に堪える。ルイズは黙りながらも、拳を握り締め、プルプルと震わせた。
ここで怒鳴りつけないのも、全ては器の大きさを見せ付ける作戦のためだった。
そうよ! 全ては器の大きさを……
「だが案ずるな。たとえ魔法の才能0で胸も0で女としての魅力が0でも……」
地雷原の上でタップダンスを披露するがごとく、次々とルイズの怒りのポイントを踏んでいく。
それでもルイズは、先の決心を心の中で呪文のように唱え、忍耐力の全てを行使していた。
全ては器の……。
全ては……何かが切れたような音。
ついに、ルイズの忍耐力を示すゲージがレッドゾーンを突破した。
「こここ、この使い魔は~……ご、ご主人様に、な、ななんてことを言うのかしら……っ!」
我慢のせいで怒りは通常の三割り増しだ。ドスの聞いた声で切り出した。
「どうかしたのか?」
まだ気付かないの! この人間外超絶鈍感無神経男!
ツルギのとぼけた笑顔に、さらに怒りがこみ上げる。今までにない、鼓膜を破壊しかねないほどの怒鳴り声が、
トリステイン魔法学院中に響いた。
「やっぱご飯抜き! プラス今夜は部屋で寝るの禁止!」
ルイズの逆鱗に触れてしまったツルギは、毛布一枚で廊下に放り出された。しかし、
「う~む。何故突然怒り出したのだろう。ひょっとして、照れ隠しか?」
……全く懲りていなかった。
「ツルギさん……?」
そこに、ルイズからは聞いたこともないような優しげな声がかけられる。
「おお、メイド! どうかしたのか!」
何度か会っているのにメイドとしか呼んでくれないのに少し傷つくが、シエスタは変わらぬ笑顔で応える。
「ちょっと呼び出されて。それより、ツルギさんこそ何をしているんですか?」
「いや、ル・イーズを励ましていたのだが、何やら怒り出してしまってな。きっと照れたのだろう。可愛いやつだ。
それで、メシ抜きで部屋から追い出されてしまってな」
それ、怒らせたんじゃ……。
シエスタは苦笑いを浮かべつつ、心の中でそう思うが、言わないほうがよさそうなのでだまっておいた。
「じゃあ、お腹空いてませんか? こちらにいらしてください」
シエスタに誘われ、厨房に通されたツルギは、目の前に並べられた皿に、目を輝かせた。
「これは何という料理だ?」
「え? ただのまかない料理ですけど……」
そして、フォークとナイフを使って上品に口に運ぶ。
「うまあーい! 今度、マ・カアール料理も食してみたい」
「ハア?」
まだツルギとの会話に慣れていないシエスタは、彼の言葉の一つ一つに疑問符が湧き出てきた。
いかにもおいしそうに、事実、料理を口にするたびに「うまあーい」と連呼するツルギの食べっぷりに、
コック長、マルトーは腕を組んで満足げに頷いた。
「いい食いっぷりだねえ。残り物ですまないが、思う存分食ってくれ、われらの剣よ」
「我らの剣? 俺のことか」
「そうとも。あんたは魔法も使えないのにあの偉ぶった貴族の小僧に勝ったんだ。名前の通り、我ら平民の誇りだ」
「当然だ。俺は神に代わって剣を振るう男なのだからな」
自信たっぷりのツルギの態度に、マルトーはますます気をよくした。
「おお、真の達人は言うことが違うねえ! 流石だ、ほれぼれするねえ」
出された食事の全てを平らげたツルギは、口元をナプキンで拭い、あらためて賛辞の言葉を口にした。
「実に旨かったぞ! これほどのものを食したのは、実に久しぶりだ」
何しろルイズに召喚されて以来、腹いっぱいになったことなど、ついぞなかった。いつも具のほとんどない
スープとパンのみ。それすらも、ツルギの日々の行動が祟って日に日に減らされている。ツルギ自身はそれほど
気にしていなかったが、空腹だけはどうしてもついてまわった。
最大級の賛辞を受け、マルトーは自分の腕を誇った。
「このコック長にかかればどんなもんだって絶妙な味に仕上げて見せるさ! 言うなら、一つの魔法さ」
「うむ、その通りだ」
「いいやつだな! よし、シエスタ」
「はい!」
「我らの剣の勝利祝いだ、とっておきを空けるぞ! アルビオンの一番古いのを持ってきてくれ」
言われたとおりにシエスタは棚からぶどう酒を取り出し、ツルギのグラスに並々と注いだ。ツルギはそれを一気に飲み干す。
「おお、いい飲みっぷりだ!」
「よし、俺もとっておきを披露しよう!」
ぶどう酒の効果か、少し顔を赤くして気を良くしたツルギは紫色の剣を取り出す。そして、流麗に振り回した。
「おお、流石は達人! 見事な剣捌きだ!」
同じくぶどう酒を飲み干したマルトーも、対抗するように華麗なおたま捌きを見せる。
他にも皿回しを披露したり、歌を歌う者まで出てきたり。さながら、酒盛りの様相を呈していた。
夜空に二つの巨大な月が輝く。酒盛りも自然と解散し、シエスタは少し酔っているツルギを女子寮のほうまで送りに来た。
彼女は少し飲んだだけだが、それでも火照った身体にあたる夜風は気持ちいい。二人っきりとなった今、シエスタは積極的に
ツルギに話しかけている。
「また来て下さい。みんな、ツルギさんのファンですから」
「そうか。俺はファンを作ることでも頂点に立つ男だったのだな」
「……あ、あの、ツルギさん。今度、ゆっくりお話ししたいです」
ツルギの物言いにも少し慣れたシエスタは、決心したように言い、微笑んだ。
「いいだろう。俺も君とは話してみたい」
「はい! おやすみなさい」
返事に喜んだシエスタはお辞儀をして、厨房の方へと戻っていった。
久しぶりに満腹となったツルギは、意気揚々と毛布の置いてあるルイズの部屋の前まで来た。
なぜかそこではサラマンダーのフレイムが丸くなっている。ちょうど、毛布の上だ。このままでは眠れない
ので、ツルギはフレイに声をかけた。
「何だ、お前は」
ツルギに気付いたフレイムは床に腹ばいになって、きゅるきゅると人懐っこい声で鳴きながら近づいてくる。
そのままツルギのズボンの裾をくわえ、ついてこいとばかりに強く引っ張る。
「何をする!」
足を振り、強引に引き離す。それでもフレイムは近づいてくる。どうしても、どこかへ連れて行きたいようだった。
「しつこい奴め!」
ツルギは剣を抜き、フレイムに突きつけた。だが……
「……きゅる?」
「……、なぁにぃぃ!?」
ツルギの手の中にあるのは、おたまだった。
鍋の中をかき回したりするのに使う、調理器具だ。
「あれ、これって……」
厨房で片づけをしていたシエスタは、片隅に置いてあった紫色の剣に気付いた。どう見ても、ツルギのものだ。
「あの時忘れていったのかしら。後で返しておかなくちゃ」
これでまた会う口実ができた。
シエスタは顔をほころばせ、剣をまるで宝物を扱うかのように、両腕で胸に抱き寄せた。
「……遅いわね」
ベビードールだけという薄着のキュルケは、自室で先ほど迎えに出した使い魔の帰りを待っていた。
ツルギが追い出されるのを見計らって迎えに出したのに、一向に戻ってこない。あくまで迎え入れるために待っていたが、このままでは
朝になってしまう。さすがに業を煮やしたキュルケは、ドアを少し開けて様子を見た。
目標がおたまを振り回し、自分の使い魔と戦って(?)いる。
「ちょ、何やってるのよ! フレイムー!」
止めようと、部屋を飛び出し大声を出す。が、もう遅い。弾みでフレイムは火を噴き、驚いたツルギはその拍子に壁に叩きつけられる。
「あ……やばっ」
「うるしゃい! 今何時だと思ってるのよ!」
「ぐはっ!!」
突然、ドアが勢いよく開け放たれる。どうやらこの騒ぎで起きてしまったらしく、目をこすりながら舌たらずな声で怒鳴りつける。
しかし、彼女の目線の先にはキュルケとその使い魔しかいない。ツルギは、勢いよく開けられたドアの下敷きになってしまったのだ。
ツルギに気付かぬまま、ルイズはキュルケを睨みつける。
「人の部屋の前で何してんのよ、ツェルプストー」
「いえ、ちょっと夜の散歩を……、ね。ほほほ」
あからさまに妖しい。そこで、ルイズははっと気付いた。
「そんな格好で? まさか……あんた、今度はうちの使い魔に手だすつもり!?」
「わ、悪い!? 好きになっちゃったんだもの、仕方ないでしょ!」
図星を突かれたキュルケは怯みながらも、開き直って反論する。
「何よ! 私の使い魔どこにやったのよ!」
キュルケは黙ってルイズのすぐ横、ドアを指差す。
一瞬何のことか分からなかったルイズだが、すぐにはっとしてドアを開いた。ツルギが目を回し、張り付けになっている。
「ツルギ、来なさい!」
そのまま下敷きになったツルギを部屋に引っ張り込んだ。
まずルイズはツルギをぶん殴った。それでやっと目を覚ます。
「おお、ル・イーズ! どうしたのだ?」
「どうしたじゃないわよ! あんた、いったいツェルプストーと何してたのよ!」
「何してたといわれても……あのトカゲが俺の寝床にいたので、決闘していただけだが?」
「決闘って……、それで?」
「うむ、手ごわい相手だった。そうこうしているうちにドアが開いて下敷きになってしまったのだ」
ベッドに腰掛け、頬杖をつきながらツルギの話しを聞いていたルイズは合点がいった、という風に相槌を入れた。
「ふ~ん。じゃあ、ツェルプストーと何かあった訳じゃないのね。それにしても……」
ツルギのほうを見たルイズは、憎々しげな声を上げる。
「よりによってツェルプストーの使い魔に負けるなんて情けない! あんた剣士でしょ!」
「それが、剣がいつの間にかこれに変わっていたのだ」
そう言って、おたまを取り出す。それを見たルイズは、バカにするように訊く。
「……何よ、これ」
「知らないのか? これは……」
「知ってるわよ、おたまぐらい! 何でそんなものがあるのかって聞いてるのよ!」
「分からん。ミステリーだ」
酒盛りをしたときに忘れた、というのにはどういうわけか思い浮かばないらしい。
ルイズは嘆息し、一人で納得するように頷いた。
「全く……あんたって人は。分かったわ。あんたに剣を買ってあげる」
「なにっ、本当か!?」
「必要なものはきちんと買うわよ。わかったら、さっさと寝なさい。明日はちょうど虚無の曜日だし、町に連れて行ってあげるわ」
新しい剣に、ツルギは胸を弾ませる。彼の中で紫色の剣、サソードヤイバーはすっかり忘れ去られてしまった。
ツルギはそのまま廊下へ出て行こうとするが、ルイズに止められる。
「どこに行くのよ」
「廊下だが?」
「もういいわ。今日は部屋で寝なさい。またキュルケに襲われたら大変でしょ」
そのまま、ツルギに背を向けて布団に包まる。彼女は布団の中で例の呪文のように唱えた。
今度こそ、今度こそ……主人として認めさせてやるんだから!
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