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#navi(使い魔の達人)
気絶したロングビル…『土くれ』のフーケから杖とナイフを奪い、逃げられぬよう小屋にあったロープでぐるぐる巻きにし終えれば、馬車まで運んで。
一行は森を後にし、一路、魔法学院を目指した。
「にしても、『破壊の聖石』を『破壊』するだなんて、ルイズの魔法には、ある意味で恐れ入ったわ。で、これ、どうすんの?」
馬車の荷台に座ったキュルケがぽつりと呟いた。その手の上で『破壊の聖石』こと、『核鉄』を弄んでいる。
そしてその『核鉄』は、表面がひび割れ、ところどころ欠けている、ボロボロの状態になっていた。
理由は言うまでもない、先刻のルイズの失敗魔法によるものである。
そしてその魔法を放った当人は、あ、と声にならない声を上げた。そういえば、これは魔法学院の宝物庫に眠る秘宝であり、
フーケに盗まれたものであり、今しがた奪還したものであり、これから学院に帰って、学院長に渡さなければいけないものなのだ。
ルイズの顔色が一気に真っ青になった。怒りに任せて杖を振り、結果それでフーケを捕まえるチャンスを生んだわけだが、
取り返すべき秘宝を破損してしまっては、意味がない。
「どどどど、どーしよう!ここっ、ここここ、壊れちゃったかしら!?」
ルイズは見るも無残に動揺した様子で、キュルケから『核鉄』をもぎ取った。そして、改めてまじまじと『核鉄』の状態を確かめる。
「さー。どうなのかしら。見た目は壊れてるけど……ねぇ、カズキ?」
自分が直接壊したわけではないからか、軽い調子でキュルケはカズキに尋ねた。カズキはこの中で唯一、『核鉄』の使い方を知っていたからだ。
ルイズもキュルケの言葉に、御車台に座ったカズキに思わずハイこれ、と『核鉄』を手渡した。カズキは困ったような顔をした。
「んー…実はオレも、よくわかんないんだよね」
カズキの記憶の限りでは、以前ブラボーがホムンクルス・金城の『武装錬金』を破壊した際にも、『核鉄』はこんな状態になってしまった。
そして、しばらくは『武装錬金』が使用不可能の状態だったと聞いている。
というか、そのときもこのLII(52番)の『核鉄』だった気がする。よくよく運のない『核鉄』である。
「でも聞いた話じゃ、自動で修復していくはずだから。一ヶ月もすれば、また使えるようにはなるんじゃないかな?」
「そ、そう。なら良…かないわっ!一ヶ月も、どこに置いておくのよ!いっ、今すぐなんとかしないと…!」
カズキの返答にも、ルイズは首を縦に振らなかった。ううむ、どうしたものか。カズキは頭を抱えてしまった。
キュルケがめんどくさそうに言った。
「表面だけでも、『錬金』の魔法で綺麗にすれば?」
「それよ!!」
ツェルプストーの提案、というのが癪に障るとか、そんなことを考える余裕は今のルイズには皆無であった。
ルイズが『錬金』してはヒビが広がるだけなので、発案者のキュルケが行うことになった。
「『錬金』はあんまり得意じゃないんだけどね………」
そして、杖を『核鉄』に向け、瞳を閉じた。しばしの静寂……が、キュルケは瞳をぱちくりと開け、カズキに再度尋ねた。
「ねぇ、コレ、何でできてるの?」
そして今度は、カズキが、あ、と声にならない声を上げた。さすがにそこまでは、カズキも知らない。
キュルケは嘆息した。どんな金属かもわからない以上、『錬金』のしようがない。
イメージだけでも、限界はあるのだ。加えて、得意な系統でもない。いざ魔法をかけて、もっとひどい事になっては目も当てられない。
「最後の手段」
それまで本を読んでいたタバサが、声を上げた。皆の視線が集まる。タバサは杖の先を、カズキに向けた。
「彼のと、交換」
使い魔の達人 第十一話 三本腕の悪魔
学院長室で、オスマンは戻った四人の報告を聞いていた。
「ふむ……。ミス・ロングビルが『土くれ』のフーケじゃったとはな……。美人だったもので、なんの疑いもせず秘書に採用してしまった」
「いったい、どこで採用されたんですか?」
隣に控えたコルベールが尋ねた。
「街の居酒屋じゃ。私が客で、彼女は給仕をしておったのだが、ついついこの手がお尻を撫でてしまってな」
「で?」
コルベールが促した。オスマンは照れたように告白した。
「おほん。それでも怒らないので、秘書にならないか、と言ってしまった」
「なんで?」
ほんとに理解できないといった口調でコルベールが尋ねた。
「カァーッ!」
オスマンは目をむいて怒鳴った。年寄りとは思えない迫力だった。それからこほんと咳をして、真顔になった。
「おまけに魔法も使えるというもんでな」
「死んだほうがいいのでは?」
コルベールがぼそっと言った。オスマンは軽く咳払いすると、コルベールに向き直り重々しい口調で言った。
「今思えば、あれも魔法学院に潜り込むためのフーケの手じゃったに違いない。居酒屋でくつろぐ私の前に何度もやってきて、愛想良く酒を勧める。
魔法学院学院長は男前で痺れます、などと何度も媚を売り売り言いおって……。終いにゃ尻を撫でても怒らない。惚れてる?とか思うじゃろ?なあ?ねえ?」
そんな風に詰め寄られたコルベールもまた、先日ついうっかりフーケにその手をやられ、宝物庫の壁の弱点について語ってしまっていた。
そのことを思い出した彼だが、あの一件は自分の胸に秘めておこうと思いつつ、オスマンに合わせた。
「そ、そうですな!美人はそれだけで、いけない魔法使いですな!」
「そのとおりじゃ!君はうまいことを言うな!コルベール君!」
そんなダメな二人のやり取りを、ルイズら四人は呆れた様子で見つめていた。
生徒たちの冷たい視線に気づき、オールド・オスマンは照れたように咳払いをすると、厳しい顔つきをしてみせた。
「さてと、君たちはよくぞフーケを捕まえ……あー。まぁ、『破壊の聖石』に関しては、残念なことではあるが、きちんと取り返しはしてくれた」
そんなオスマンが懐から出したるは、ボロボロになったLII(52番)の『核鉄』。
そう。結局、ルイズたちはこの『核鉄』をオスマンに渡すことにしたのだ。
「や、それはちょっと……」
帰路の中、カズキはタバサの提案した、自分の持つ『核鉄』と、破損したそれとの交換を拒否した。
「あら。ちょっとの間くらい、良いじゃない。直ったら、こっそり宝物庫の『聖石』と交換し直せば、わかりゃしないわよ」
キュルケがそんなことを言ってきたが、カズキはやはり、首を横に振った。
カズキの持つ『黒い核鉄』は、既にカズキの肉体とリンクして、交換はもちろん、簡単に取り出すことのできる状態ではない。
また、百歩譲って交換ということになっても、機能のほとんどが使用不可状態の『核鉄』を埋め込んでは、結局お陀仏である。
キュルケは呆れたように言った。
「強情ねぇ。あたしは良いのよ?このままで学院長に渡しても。でも、壊した当のヴァリエールは、あなたのご主人様じゃなくて?
良いの?あなたのご主人様、大切な秘宝を壊したちゃったのよ?伊達に宝物庫に入ってるわけじゃないのよ?どんな罰を科せられるか……」
それを言われると、答えに詰まる。カズキは気まずい面持ちで、ルイズを見た。
ルイズも交換と聞いて最初は、その手があったと諸手を打った。が、カズキの事情も知ってはいたし、
それが事実であると、先ほど理解した以上……それは無理だと即座に断じていた。
「別にいいわよ。あんたも、気にしなくて良いわ」
ルイズは覚悟を決めたらしく、力強く呟いた。カズキにも気負わせまいと、一声かける。
「あら、わりと潔いわね。流石、トリステイン貴族はラ・ヴァリエールの息女、ってところかしら?」
「何とでもおっしゃい。そこまで使い魔にやらせるわけには、いかないってだけよ。
こうなったら、罰だろうがなんだろうが、受けて立つわ。自分でしたことのけじめは、自分でつけなきゃ」
「ふうん」
キュルケは、にやにやとそんなルイズを見据えた。不安の色が濃いが、凛々しい顔つきじゃないか。
「それも、さっきあんたたちが言ってた、‘まだ人間が’どうのこうの、ってのと関係があるのかしら?」
キュルケの発言に、ルイズは渋い顔をしたし、カズキもまた苦笑を浮かべた。
ルイズにはやむを得ず説明したことだが、本来秘匿すべき内容である。この異世界でもそれをすべきかどうかは、わからないけれど。
そんな二人の様子を見てか、キュルケはそれ以上追求してこなかった。
「まぁ、良いわ。‘聞かれたくないことを、無理やり聞き出そうとするのはトリステインじゃ恥ずべきこと’……だったわね?ヴァリエール」
そういうキュルケに、ルイズは目を丸くして頷いた。
「え、ええ。そうよ」
「いつか、あなたが話したくなったときが来たら、教えてちょうだいな。カズキ」
キュルケは気持ちのいい笑みを浮かべた。カズキは、頬を赤くしながら頷いた。
タバサはそんな二人に一瞬ちらと視線をやったが、直ぐに本へと戻した。
「ま、なんにせよ。ルイズ、あんたがそんなに覚悟決めてるんじゃ、あたしも引くに引けないわね」
やれやれ、とキュルケは肩を竦めた。ルイズは更に目を丸くした。
「へ?ど、どういうことよ」
「あたしも一緒に、罰を受けてあげるってこと。そりゃ、壊したのはあんただけど。事情が事情だもの。
あんた一人に、責任全部丸投げするわけにもいかないでしょ」
嘆息交じりにそう言うキュルケ。するとタバサも本を閉じ、ルイズに頷いてきた。
ルイズはつい、目頭が熱くなった。なによそれ。ばっかじゃないの。わざわざ一緒に、罰を受けるなんて。
カズキはそんな三人を見て、申し訳なく思った。そして、いざとなったら…などと考えていた。
ボロボロになった『核鉄』を目の前に出されて、ルイズは震え上がった。
果たしてどんな叱責が飛んでくるやら…一応フーケは捕まえたのだから、少しくらい、恩情は出てくれないのだろうか。
自分はともかく、ほかの二人にまで厳しい罰が科せられることがないことを祈って、オスマンの言葉を待った。
「『破壊の聖石』は……こりゃまた、豪快にいったもんじゃのぅ」
オスマンが笑いながら切り出す。四人はごくり、と息を呑んだ。コルベールは、ハラハラしながら見守っていた。
三人の顔をじろりと見回した後、オスマンは言った。
「確か報告では、この『破壊の聖石』でフーケのゴーレムを打ち倒したそうじゃが…」
「は、はい…わたしの使い魔が、その『破壊の聖石』を用いて、ゴーレムを言葉通り破壊しました」
さすがにカズキがもう一つ、『破壊の聖石』を持っていることは言わないでおくルイズ。一応他の二人にも、話は合わせてある。
そしてオスマンは、カズキの顔を見た。コルベールも追従するように見やる。今度はカズキも息を呑んだ。
「で、その後、フーケに使われそうになり、ミス・ヴァリエールの魔法でこうなった…と」
「申し訳ありません。本来無傷で取り返すべき秘宝を、このようなことをしてしまって……」
オスマンは『核鉄』に視線を戻した。やがて、一つ息をつく。
「………ま、ええじゃろ。今度のことは、我々の管理能力の甘さが招いたことじゃしの。
『聖石』一つに、塔の壁の修理代。高い授業料じゃが、学院の教師連中には、良い教訓にはなったんではないかの」
「よろしいのですか?」
コルベールが驚いて尋ねた。トリステイン中の、ないし隣国からも、貴族の子弟が集うこの魔法学院の宝物庫。
眠っている秘宝は、そんじょそこらの代物とは格が違う。どれもこれも、一級品揃いなのだ。
「かまわんよ。フーケに悪用され、彼女たちの命に危害が及ぶくらいなら……こうなった方がマシかもわからんしの。
それに、世間を騒がせていた盗賊フーケを捕らえたのなら、チャラじゃ、チャラ」
四人とコルベールは、安堵の息を吐いた。
「フーケは城の衛士に引き渡した。そしてこの『破壊の聖石』もまた、一応は宝物庫に収まることになる。一件落着じゃ」
オスマンは、一人ずつ頭を撫でていった。三人とも、照れくさそうに笑った。
「君たちの、『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。
と言っても、ミス・タバサはすでに『シュヴァリエ』の爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請しておいた」
三人の顔が、ぱあっと輝いた。
「ほんとうですか?」
キュルケが、驚いた顔で言った。
「ほんとじゃ。いいのじゃ、君たちは、そのぐらいのことをしたんじゃから」
ルイズは、すっかり安堵の表情をしたカズキを見つめた。
「……オールド・オスマン。わたしの使い魔には、何もないんですか?」
「む……確かに、彼はゴーレムを直接打ち倒したわけじゃが…残念ながら、彼は貴族ではないからのぅ」
そんな二人に、カズキは言った。
「別にいいっすよ」
「でも……」
今度の件は、カズキがいなければ解決できなかったことだ。ならばカズキもまた、何かしら褒美をもらってしかるべきではないか。
「ミス・ヴァリエール。使い魔の手柄は、主人の手柄。君が『シュヴァリエ』の爵位を受けることが、彼への褒美にもなる。
それにこう言ってはなんだが、君たちは『破壊の聖石』を破損してしまっていることを、忘れてはいけないよ」
コルベールがそう言うと、ルイズは引き下がった。
オスマンは一つ頷くと、ぽんぽんと手を打った。
「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。このとおり『破壊の聖石』も戻ってきたし、予定通り執り行う」
キュルケの顔が、ぱっと輝いた。
「そうでしたわ!フーケの騒ぎで忘れておりました!」
「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意をしていきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」
三人は、礼をするとドアに向かった。
ルイズはカズキをちらと見つめた。そして、立ち止まる。
「ゴメン。悪いけど、先に行っててくんないかな」
カズキがそう言うと、ルイズはしばし心配そうに見つめていたが、頷いて部屋を出て行った。
オスマンは、カズキに向き直った。
「なにか、私に聞きたいことがおありのようじゃな」
カズキは頷いた。
「言ってごらんなさい。できるだけ力になろう。君に爵位を授けることはできんが、せめてものお礼じゃ」
それからオスマンは、コルベールに退室を促した。わくわくしながらカズキの話を待っていたコルベールは、しぶしぶ部屋を出て行った。
コルベールが出て行ったあと、カズキは口を開いた。
「その……今回、フーケが盗んだ『破壊の聖石』なんすけど……」
オスマンの眉根が、ピクリと動いた。そして、手に持ったそれを、カズキに示す。
「これが、どうかしたのかね?」
「それ、実はオレが元居た世界の、代物なんです。名前は、『核鉄』――」
すると、オスマンの眼光が鋭くなった。
「ふむ。元居た世界…とは?」
「オレ、こっちの世界の人間じゃないんです。それに……」
「それに…?」
続きを促すオスマンに、カズキは首を振った。
「いえ、なんでもないです。…オレは、ルイズの『召喚』でこっちの世界に呼ばれたんです」
「ほぅ…そうじゃったか」
「『核鉄』は、オレの世界でかつて研究されていた、‘錬金術’という技術で精製されたものです。これが何故、この世界にあるのか……」
オスマンは、しばしの沈黙の後、深くため息をついた。そしてカズキを見据え、口を開く。
「一つ訊くが」
「…はい」
「それは本当かね?」
「本当です」
カズキが大真面目に頷くので、オスマンは瞼を閉じ、苦い表情を浮かべた。
「あ、あの…?」
「そうか……。ま、いつかはこういう日もくるわな」
何かを悟ったようにオスマンは呟いた。そして、素面になればカズキに向き直る。
「あれを私に託してくれたのは……ある意味では、私の命の恩人じゃ」
「ある意味……?その人は、どうしたんすか?その人は、オレと同じ世界の人間…いや、オレと同じ、‘錬金の戦士’です。間違いない」
LII(52番)の『核鉄』を持つ、‘錬金の戦士’……カズキに思い当たるのは、たった一人しかいない。
カズキの師である、戦士長、キャプテン・ブラボーただ一人。
まさか、ブラボーがこの世界に……?
「…そうか。君や彼は、‘錬金の戦士’というのか。まぁ、良い。彼は……死んでしまった。今から、三十年も昔の話じゃ」
「な…なんだって!?」
カズキは思わず前に出そうになるのを堪えた。
死んだ?三十年前?ワケがわからない……
そんなカズキに、オスマンは追い討ちをかける。
「私が、殺した……そう。殺したんじゃ」
カズキは頭が真っ白になった。だが、オスマンは苦い表情を浮かべて構わず続けた。
「三十年前、森を散策していた私は、ワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのが……」
深い森の中を、三十年後と変わらぬ容貌のオスマンは歩いていた。
彼は、ある目的を持ってこの森にきていた。
立ち寄った先の近郊で、数日前に出現した、人を襲う亜人を討伐するためだ。事のついでと、買って出たのだ。
報告では、人を襲う亜人は、腕が三本ある、とのことだった。
すると、木々が揺らめき…遥か上空から、一頭の飛竜ワイバーンが襲ってきた!
予想外の方向からの、予想外の敵に戸惑ったオスマンは、しかし即座に杖を構え、魔法を唱えた。
放たれる火球は見事に着弾するが、ワイバーンの勢いは止まらない。
このままではやられる…そう思った瞬間である。
「覇ァァァァーーーッ!!」
茂みから、一人の男が風のように飛び出してきた。体格の良い、両手持ちの大剣を構えた剣士…しかしその姿は、実に異様である。
オスマンは目を見開いた。男の肩甲骨からは、もう一本の腕が生えていた。両腕を肩まで覆う鎧と、同じ様をした第三の腕が、力強く剣を掴む。
そして、三本の腕で大剣を支え、その人間離れした膂力を持って、ワイバーンを一刀を浴びせた。
ワイバーンはその剣圧に、今度は血飛沫と叫び声をあげ、退いた。
「…ッ!大丈夫か、爺さん!」
その剣士は息を荒げつつオスマンに声をかければ、ワイバーンに向き直り、その大剣を突きつける。
「やい、ドラゴン野郎!お前は‘ホムンクルス’じゃねえようだが、人間を襲って、空を飛ぶ化物である以上……
このオレ様と、オレ様の『アンシャッター・ブラザーフッド』が黙っちゃいねえ!!」
そして、一足飛びに間合いを詰め、中空のワイバーンに再び剣を振るう。
「もらったぁっ!!」
一閃!大剣は見事、ワイバーンの首を断ち切った!
メイジでも苦戦する飛竜を、いとも簡単に仕留めるほどの剣士……オスマンは息を呑んだ。何かの魔法でも、使っているのだろうか?
「……っしゃあ!」
勝利の雄叫びをあげ、男はこちらに向き直った。改めてみれば、随分と薄汚れた格好ではあるが、その肉体は実に鍛え上げられていた。
なるほど、これほどの肉体ならば、あれだけの戦闘力を発揮するのも、少しは頷ける。
加えて、肩から覗く三本目の腕の存在――オスマンは、油断なく男を見据えた。
男は、人懐っこい笑みを浮かべながら、こちらに歩み寄ってきた。
「よう、爺さん!危ないところだったな!オレ様が来なけりゃ、あのドラゴン野郎に美味しくいただかれてたとこだったぜ!」
「う、うむ……まずは礼を言わねばな。ありがとう」
「ったく、ダメだぜ?こんなとこでウロウロしてたら…」
「すまんの。ちと、所用でな」
「ってまぁ、オレ様も迷ってんだけどな!数日前に目が覚めたら、森の中にいてよぉ…
なんとかその辺の村にたどり着いたんだけど、気がついたら、なんか別の場所にいたりするし!」
男は豪快に笑いながら、さほど気にした風でもないように言った。
「なんじゃそりゃ。迷子と言うか変人じゃの」
「ちげえねえ!」
オスマンは、今しがた自分を救った男を、睨めつけながら言った。
「ときにおぬし……人間かの?」
「あん?………あぁ、そっか。普通の人間は腕が三本もねぇしな!けど、オレ様のこれは、まぁなんだ、本当は秘密なんだが、まぁいいや。
……こいつは、オレ様が闘う時に現れる、オレ様の三本目の……いや、今はいねえ、オレ様の兄貴の腕なんだ」
男は、自分の三本目の腕を、どこか切なげに見上げた。そしてすぐ、犬歯を見せて、オスマンに笑いかけた。
「ま!そーゆーワケで、オレ様は人間…人間だ!安心しな!」
オスマンとて、伊達に齢を重ねているわけではない。人を見る目は、それなりにある。
自分の窮地を救ったこの青年が、果たして人を襲う亜人なのか…オスマンには思えなかった。
そして男は、森の外まで送る、と言い出した。しかしオスマンは、それを断ろうとした。
その時である。男は急に苦しみ呻きだした。
「ぐっ…!また、きやがった……!!」
頭を抱え、激しく体を揺する。オスマンもまた、男の突然の苦しみように動揺したが、その間に杖を振り、『探知』の魔法を使うことを忘れない。
それにより、男が特に魔法の類を使用しているのではない、亜人が化けているわけでもないことはわかった。
「嫌だ……!なんだよこれ…!くそっ…爺さん、あんたが変なコト言うから……違う、そうじゃない!」
突如、意味不明なことを口に出す。何故だろう。言葉の途中で、その容貌が一瞬、同じ人間とは思えないほど、野生を帯びたものに変わった気がした。
そして、事態は更に転じる。先刻より大物のワイバーンが、二人の前に姿を現したのだ。
仲間を殺され激昂しているのだろうか。大口を開け、鋭い牙を剝かせている。その咆哮が、大気を震撼させた。
「……!」
オスマンは持ち前の胆力で、なんとかそれを乗り切った。
杖を構えようとしたところで、男が大ワイバーンに、吠え掛かる。そしてそれは、オスマンの表情を驚愕のものに変えた。
「邪魔ヲスルナ!コイツハ、オレノ獲物ダ!!」
はたしてそれは、如何なる意味を内包する言葉だろうか。すると大ワイバーンもまた、男に吠える。
一触即発の空気になる暇すら、この場にはなかった。男は周辺の樹木を足場に獣のように跳ね、三本の腕で構えた大剣を持って切りかかる。
大ワイバーンもさるもの、大きな翼を翻し、剣戟を巧みに避けては爪や牙を振るった。
一進一退の攻防の中、オスマンはあることに気づいた。男の様子が、その表情が、更に鋭く、攻撃的なものへと変貌していく。
それだけではない。その鎧の腕が、立派な意匠だったそれが、三本とも禍々しい形へと…特に三本目の腕は、より巨大な、まるで悪魔のような形状へと変化していった。
「ガァァアアア!!」
男の大剣と、大ワイバーンの爪が幾度もぶつかり合う。打ち合う衝撃に、変化の追いつかなかった大剣が半ばから圧し折れ、刀身はオスマンの足元まで飛んできた。
得物が折れたと言うのに、男は一向に退く様子はない。相手の爪や牙もまた、その鋭さを欠いてきたからだ。
男が凶剣を振るえば、飛竜もまた、爪を振るった。凄惨な戦いが、繰り広げられる。
やがてその軍配は、もはや化物と言っても差し支えのなくなった男へ挙がった。
あたり一帯は、まるで竜巻にでも遭ったのかと見紛うほどの荒れようである。木々は片っ端から折れ、暗い森の中のはずが、その一帯だけ陽光が差している。
そして陽が照りつける中、二頭のワイバーンが折り重なるように地に伏していた。
その傍らで、傷だらけになった男が息を荒げ、突っ立っている。悪魔のような腕も、あちこちが欠け、その爪にはワイバーンの血肉が付着していた。
「そんな……オレ様は、人間だ!違う!そんなハズがない!!」
男の顔は、獣のそれではなく、人間のものに戻っていた。激しく狼狽し、頭を振っている。
しかしそのうちに、男は自身の肉体に何を見たのか。激しく喚き始めた。
「嫌だ…嫌だ!オレ様は……オレ様は、楽園を作るんだ!‘ホムンクルス’の居ない、楽園を!それなのに…それなのに……!」
そして、男はオスマンを見つけると、泣きそうな顔を作りながら、言った。
「なあ、爺さん。オレ様は…なんだ?人間、だよな…?」
オスマンは、どう答えてよいかわからなかった。男を見れば、容貌こそ出現時と同じ人間のものであるが、先刻までの戦いぶりは…その腕は、化物と言うに等しい。
また、破けた服の胸元に、何かルーンのようなものが見えた気がした。あれは、最初の頃はなかったものだ。
オスマンが黙っていると、男は全てを悟ったような、悲しい表情を浮かべた。
「…違う、か。じゃあ、しかたねえ」
男は、凶悪になった三本の腕を使って、半ばから折れたその大剣で、自身を刺し貫こうとした…が、それは適わない。
「ぐぅぅ…ガァアーーーーー!!」
咆哮。男の中の化物が、再度表面化したのだ。もはや、留まることを知らない獣は、傷ついた肉体を癒すため、手近な栄養を摂取しようとした。
手近にある栄養源…何故か地に伏したワイバーンの屍には目もくれず、オスマンに凄まじい勢いで襲い掛かる!
オスマンは、二転三転する状況に混乱したのか、どの呪文を唱えるか迷ってしまった。
視界には、こちらに向かってくる獣。そして、地面に転がっている、大剣の欠けた方の刀身。
命の危機を感じたオスマンは、めいっぱいの精神力を込め、短い呪文を唱えた。
すると、刀身が魔力で浮き上がり……男の胸元に、そのルーンのようなものに、吸い込まれるように突き刺さった。
悪魔の爪は、オスマンの鼻先にかかる直前で、止まった。
そして……、やがて男は、足元から、塵になって崩れていく。
「爺さん…」
男は、人間の意思を瞳に宿していた。
「あんた、すげえな……ありがとう、殺ってくれて」
オスマンは、予想外の言葉に打ち震えた。そして、力なく頷く。
「思い出したよ……オレ様、人を襲ってたんだな。それも、何人も。なりたくもねえ化物に、いつの間にかなっちまってた。
襲っちまった人達には、ほんとに詫びきれねえ。そして、あんたにも」
すると男の両腕の鎧と、三本目の腕。そして、手に持った大剣と、胸に刺さった刀身が虚空へと消え…男の手に、六角形の金属塊が現れた。
男は、申し訳なさそうな顔で、それを差し出した。
「ついででわりいが、こいつを……」
しかし、言葉を続けることも、それを渡すことも適わない。いよいよ上半身も、塵となって崩れだしたからだ。
金属塊は、男の手から零れ落ち、地面に転がった。
「あぁ、くそ…せめて一目……楽園を……」
それが、男の最後の言葉となった。
完全に塵となり、一陣の風が吹けば、そこに人がいた気配は、なくなっていた。
そして、六角形の金属塊だけが、その場に残された。
「なにがどういう因果から、彼が人を襲うようになったのかはわからん。
少なからず、この石が関係したものと、当時の私は考えたんじゃろうな。
ワイバーン二頭を倒し、森の一帯を破壊した……あの惨状を作った彼が、塵と消えた後、
残ったこの石を、『破壊の聖石』と名付け、宝物庫にしまいこんだのじゃ。
そして、門外不出の品とするつもりだったんじゃが…今回のこの騒動、と言うわけじゃ」
カズキは呆然とした表情で、話を聞いていた。そして、時間を置いて、口を開いた。
「‘ホムンクルス’が…この、世界に……!?」
何よりも先に、いの一番に浮かんだのは、それであった。『核鉄』を持っていたのがブラボーじゃないことにも、疑問はある。
しかし…話を聞く限り、その大剣と三本目の腕は、おそらく『武装錬金』。その『武装錬金』で貫いて、塵となって消えたという話が事実ならば……。
「‘ホムンクルス’……彼も、言っておったの」
オスマンの言葉に、カズキは頷いた。
「その『核鉄』と同じように、‘錬金術’で造られた、人を襲う化物です」
カズキは‘ホムンクルス’について説明した。もともとは人間の脳に寄生する、小さな人造生命体であること。
寄生された人間は自我を失い、肉体を‘ホムンクルス’に乗っ取られること。そして、食料として人間を求めることなど。
「こんなマークを見ませんでした?」
カズキは紙とペンを借りて、‘ホムンクルス’の弱点である章印を描いて見せた。
すると、オスマンの表情がみるみる変わった。
「これは、『人食いガーゴイル』のルーン!何故君がこれを…!?」
「人食い…『ガーゴイル』?」
今度はオスマンが頷いた。
「うむ、ガーゴイル……『土』系統で作られた、魔法人形での。ゴーレムが、ある程度自分の意思を持って動くもの、と考えてよいじゃろ。出来が良いものには、喋るものも
あってな」
カズキはやはり、とある自動人形を思い出していた。オスマンは、それはともかく、と言うと続けた。
「そのガーゴイルの中に、最初は精巧な人の姿をしておるんじゃが……人を襲うときに動植物の形に変わるものが、時たまおる。その際、このルーンが浮かぶのじゃ。
ガーゴイルは通常、製作者の魔力が宿る間だけ動けるんじゃが、そいつらは人間の肉体を喰らい、動き続ける。まるで、生きているかのようにの。
しかも、『探知』の魔法でも、引っかからん。人を襲うときに身体が変わるまで、『それ』とわからん、厄介な存在じゃ。
そんな、誰が作ったのかわからん『それ』を我らは、人食いガーゴイルと呼んでおったのじゃが……」
そしてオスマンは、カズキを見た。カズキも頷く。
「そうか……。君の世界で造られたものが、こっちの世界に流れておったんじゃな」
カズキは申し訳なく感じた。が、そうも言ってられない。
今しがたオスマンは、‘そいつら’と言った。つまり、記録に残るほど出現していることになる。
「それで……‘ホムンクルス’は、どうしてるんですか?あいつ等は、普通の方法じゃ倒せない」
「普通の方法、というのは?」
「殴ったり、銃で撃ったりするだけじゃ、倒せないってことです。
あいつらは、‘錬金術’で造られているから、‘錬金術'の力以外は、受け付けない。
この『核鉄』を発動させて、出てきた『武装錬金』を使わないと、倒せないはず……」
おそらく、尋常ではない数の犠牲者が出ているはずだ。カズキは息を呑んだ。
「『武装錬金』…それが、あの剣と腕のことなのかの?」
神妙に頷くカズキにしかし、オスマンは困ったように額を掻いた。
「なんとも……うぅむ。それがのう」
「はい」
「倒せておるんじゃ」
カズキは、オスマンが何を言っているのかわからなかった。
「……………ハイ?」
「なんというか、まぁ、その‘ホムンクルス’は、確かに人を襲いはするがその……こっちのメイジの魔法でなら、きちんと倒せておるんじゃよ」
開いた口が塞がらなかった。
なんだそれ?
魔法って………そんなのまでアリなのか?
「でなけりゃ君、記録に残っておらんじゃろ?」
そりゃそうだ。倒す方法のない、人を食う化物。そんなのが何匹もいたら、記録を残すどころじゃない。
しかし、まさか魔法で倒せるなんて…‘錬金術’だって、どこか魔法染みてはいたけれど。さすが本場は違うのだろうか。
じゃあ、こっちの世界じゃ、‘ホムンクルス’は……。
「まあ、なんじゃ。君にはすまんが、杞憂だったわけじゃな。しかし、あの人食いガーゴイルがのう……
そういえば、あれらも倒すと塵のように消えるっちゅー話じゃったな」
オスマンは、その長い髭をこすりながら言ってのけた。カズキは、なんだか偏頭痛もした。
「それにしても、君がこのルーンを見せてきたときは驚いたわい。そもそも人食いガーゴイルなんぞ、知っているメイジも少ないからの。
このルーンを知る者に至っても、ほとんどおらんし、倒したメイジにしても、変わった亜人だったっちゅー認識じゃろうな」
なんとも呑気な話である。カズキは大きく項垂れた。
なら何故オスマンが知っているのかと考えるが、そこは彼の肩書きからすれば納得、といったところか。
「しかし、そうか。今、この場に出た話が本当なら、私が倒そうと出向いて、私の危機を救ってくれ……
結局、殺してしまった彼は、元人間、ということになるのかの」
その愁いを帯びた呟きに、カズキはハッとした。
結局‘錬金の戦士’なのかわからないけれど、‘ホムンクルス’になることを拒んでいたらしい彼の男。
さっぱりワケがわからないが、そんな彼に、オスマンは手をかけたことになる。
「オスマンさん…」
オスマンは、目を瞑ると、頭を振った。そして、カズキに向き直る。
「すまんの。君の仲間かも知れん者を、私は殺してしまったんじゃ」
「そんな……」
確かに、その男は‘ホムンクルス’だった。だったら、これ以上人を襲う前に、なんとかしなくてはならない。
なら、仕方のないことだ……そう、割り切るしかない。
「そう、君は彼の仲間かも知れん……じゃから、コレを聞くのは、実にしのびない…が」
オスマンは一呼吸置けば、眼光鋭く、カズキに尋ねた。
「お主は、人間かの?」
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