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「Mr.0の使い魔 第四話」(2007/09/04 (火) 18:23:49) の最新版変更点
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Mr.0の使い魔
—エピソード・オブ・ハルケギニア—
第四話
食堂。
ルイズの決意は、到着早々に玉砕した。
「何であんたがそこにいるのよ!?」
平然と生徒の合間で食事をするクロコダイルに、遅れて来たルイズの
怒りが爆発したのである。何を優雅にメシ喰ってやがるんだこのヤロウ、
といった感じだ。
怒鳴り声に顔を顰めたクロコダイルは、特に気にした風もなく答えた。
「昼食の時間だからな」
「そうじゃなくて! どうしてココで食事をしてるの!?」
「食堂は一つしかないんだろう。朝もここで食べたぞ、おれは」
その言葉に、ルイズは周囲を睨みつけた。なぜ誰もこいつを止めずに
いるのか、なぜ文句の一つも言わないのか。
召喚早々にクロコダイルの殺気をぶつけられた二年生陣が、正面から
逆らえる筈がないのである。戦や殺し合いに慣れた一部の人間は別だが、
該当する人物は我関せずの態度を続けているのでやはり文句を言う者は
いない。二年以外は、朝食の時の光景が尾を引いていた。
実は朝、注意を促した教師がいたのだ。ギトーである。
「待て、ここは平民が食事をする場ではない」
愛用の杖を突きつけ、ギトーはクロコダイルをどけようとした。
した、のだが。
「うるせぇ」
「すみません」
人が殺せそうなほど鋭い眼光に射竦められ、あっけなく撤退するはめ
になった。ギトー自身、オスマンから「雰囲気が恐い」という理由で役
目を押し付けられたのであり、特別殺気慣れしているわけではない。
「情けないのぉ」
「オールド・オスマン、なら貴方が説得なさればよいのでは?」
「……あたたたた、持病の腰痛が」
トップからしてこの調子である教師達は、尊い一人の犠牲以後は刺激
しないよう注意を払う事にした。いつにも増して顔色を悪くしたギトー
の様子に、同じ目に遭うのを嫌がったのである。
一、三年生は、教師でダメだったのに生徒が出しゃばってもどうにも
ならない、という考え方をする者が大半だった。何よりクロコダイルが
座っているのは二年生の席である。自分達に直接関係するわけではない
ので、わざわざ出向く必要もない、と無視を決め込んだのだ。
その結果、昼食の時には誰一人としてクロコダイルに不平を述べずに
いた。各々友人とお喋りもするし給仕に料理や飲み物の追加も命じるが、
この危険人物にだけは決して声をかけなかった。
ちなみに。厨房の方からは、生徒達とは正反対の驚嘆と羨望の眼差し
が覗いている。何故かというと——。
「ミスタ・クロコダイル」
「シエスタか。朝は助かった」
「いえ、お洗濯は私達の仕事ですから」
そう言って朗らかに笑うシエスタ。朝食の際、クロコダイルは給仕を
していたシエスタに声をかけていたのである。用件は、ルイズに語った
制服の洗濯だ。生徒どころか教師まで圧倒して悠然と食事をする平民の
姿に、シエスタを始め厨房で働く面々は驚愕すると同時に、尊敬の念を
抱いた。貴族を圧倒する人間が、特に威張った様子もなく“普通の”態度
で自分達に接するのである。籠絡されるのも仕方ない事だろう。
「あ、ワインをお注ぎします」
「ふむ、頂こう」
シエスタの抱えた瓶から、深紅の液体が空のワイングラスに注がれる。
瓶の銘柄を見てルイズは頭が痛くなった。普段ここで出されるワインと
同じ物、つまり貴族用である。使い魔、しかも平民であるクロコダイル
にはとんでもない贅沢品だ。少なくともルイズの価値基準では。
ルイズの当惑をよそに、クロコダイルは慣れた手つきでワインを口に
した。まず香りを楽しみ、続いて味を、最後に喉越しを楽しむ。その姿
には妙な貫禄があった。膝に黒猫でも載せていれば完璧だ。
「んん……いいワインだな」
「ありがとうございます」
クロコダイルに一礼して下がるシエスタは、普段貴族に対するよりも
明らかに礼を尽くしている。ルイズの頭痛はますます酷くなった。
「ああ、そうだ。ミス・ヴァリエール」
「何よ」
「午後の授業、おれは出ずとも構わんかね?
朝見た限りでは、特に使い魔を伴う必要性はないと思えたんだが」
「あんたねぇ……」
深い深い溜息を吐くルイズ。溜息一つで幸せが一つ逃げる、と言った
のは誰だったか。それは真理だと思った。
「もう、いいわよ。好きにしなさい」
どうせ止めようとするだけ無駄なのだ。放っておいた方が睨まれない
だけマシである。授業で必要な時にはその都度声をかければ来てくれる
筈だ、多分、きっと。
すっかり諦めモードのルイズをよそに、クロコダイルは豪快に笑った。
「物わかりのいい主人で助かるよ。クハハハハハ——!」
「少し、いいかね」
遅めの昼食をとるルイズに、ふと背後から声がかかった。ムニエルを
切り分ける手を止め、振り返ったルイズの目に入ったのは、珍しく真剣
な顔をしたギーシュであった。
「ギーシュじゃない。何よ、あらたまって」
「その、君の使い魔……ミスタ・クロコダイルはどこかな?」
「はぁ?」
またあいつ絡みか。
そう思うと、ルイズは治まった頭痛がぶり返すような気がした。既に
クロコダイルはワインどころかデザートまで平らげ、食堂から姿を消し
ている。特に何も言わずに出て行ったので、ルイズには彼が今どこで何
をしているかわからない。
「知らないわ。どっかにいるんじゃない?」
「いや、それを聞きたかったんだが……仕方ない、他をあたるとしよう」
落胆したように頭を振り、ギーシュはその場を去っていく。ルイズは
しばらく後ろ姿を眺めていたが、早々に興味を失って食事に没頭した。
ギーシュがわざわざ『ミスタ』と呼んだ事に気づくのは、もう少し先の
話である。
その頃クロコダイルは、本塔の中を歩き回っていた。無論、宝物庫を
見つける為である。できれば中身の確認もしたかったが、今の立場では
許可が出ない事はわかりきっていた。
「先に場所だけでも……ん?」
昼間だというのに薄暗い階段を上るクロコダイルの耳に、聞き覚えの
ある男の声が響いてきた。もう一人、誰かと会話をしているようだ。
「ミスタ・コルベールか」
「みみ、ミスタ・クロコダイル!?」
軽く声をかけただけだったが、コルベールは随分と狼狽えている。彼
の背後で苦笑する女性の姿を目にして、ようやくクロコダイルも何を慌
てているのか予想がついた。
「すまんな。逢い引きの邪魔をする気はなかったのだが」
「ちちち、違います! 断じて違いますぞ!」
「ミスタ・コルベールの仰る通りですわ。
私たちは、特別そういう関係ではありませんもの」
真っ赤になって否定するコルベールだったが、続く女性の言葉で深く
傷ついたように肩を落とした。間違えられて内心では喜んでいたようだ。
「失礼した、ミス——」
「ロングビルですわ。オスマン学院長の秘書を務めております」
「クロコダイルだ。今はミス・ヴァリエールの使い魔をしている」
微笑みを浮かべるロングビルに、クロコダイルも挨拶を返す。ついで
にこんな場所で何をしていたのか、二人に問いかけた。
「実は、宝物庫の目録を作ろうとしたのです」
「宝物庫?」
「ええ。ですが、鍵を持っているオールド・オスマンが昼寝の最中でして。
鍵を借りられないので、残念ながら今すぐには開けられないのですよ」
そう言って振り仰ぐロングビルの視線の先には、巨大な鉄の扉が壁に
はめ込まれていた。頑丈そうな閂と錠前で封を施された扉は、軽く押し
たぐらいでは動きそうにない。
「魔法で開ければいいのではないかね?」
場所の次は開ける手段だ。魔法の世界であるのだから、開放に何か特
別な魔法が必要かもしれない、とクロコダイルは予想していた。昼寝中
のオスマンが持っているという鍵以外の手段を、魔法であっても知って
おけば、いざという時何かの役に立つだろう。だが、それを否定するよ
うな意見がコルベールからあがった。
「この宝物庫は【固定化】の魔法を重ねがけしてありましてな。
僕達が使える程度の【アン・ロック】や【錬金】では、まず開きません」
「……つまり、鍵がなければ万人を拒む無敵の守り、という事ですわ」
残念そうに肩をすくめるロングビル。
クロコダイルも内心同じような気持ちだった。宝を目前にして手出し
ができず、忍耐を続けるしかないというのは凄まじい苦痛である。
そんな二人、特にロングビルの心情を察したのか、眼鏡を怪しく光ら
せたコルベールがにやりと笑った。
「いや、実はですな。僕は、この宝物庫にも弱点があると思うのですよ」
「「弱点?」」
同時に疑問符を浮かべた二人に、コルベールはまるで授業で生徒に解
説するように自説を述べる。
「確かにこの宝物庫は、魔法に対して万全の備えをしている。ですが——」
「魔法以外の、物理的な衝撃には耐えきれないと思うのです」
「ちょっと待て、ミスタ。この塔の石壁の厚みは相当なものに見えたが」
実際に見聞していたクロコダイルは、コルベールの言葉に納得がいか
なかった。自分が歩いた中の構造と外から見た大きさを照らし合わせれ
ば、この塔の壁のおおよその厚みというものが推測できる。同時に、壁
に使われている石材の強度も。クロコダイルは、今までの経験からこの
塔が大口径の砲弾をも防ぐだろうと考えていた。
「ところが、実はこの壁にはちょっとした仕掛けがありましてね」
次第にコルベールの弁舌が熱を帯びてきた。自説を披露できる事が随
分と嬉しいようだ。元々技術畑の人間が少ないこの学院で、あまり日の
目を見ない研究を多々行っている男である。鬱積したものを抱え込んで
いたのかもしれない。
「仕掛け、ですか?」
「ええ。話は変わりますが、ミス・ロングビル。
あなたはこの階段の空気を吸って、どう感じますかな?」
「え? えっと、特には。いつもと変わらないと——!」
言いかけて、ロングビルはハッと気づいた。この階段には明かり取り
の窓すらなく、ほとんど密閉状態にある。空気の通りはお世辞にもよい
とはいえないのだ。
にもかかわらず、こうして吸い込む空気は外と何ら変わらない。普通
なら、湿気がこもってカビ臭くなってもおかしくない筈なのに。
「換気口があるのかね?」
周囲を見回すクロコダイルの問いかけに、コルベールは頷いた。
「いかにも。この壁は二重構造になっていましてな。
そして外と内、それぞれの壁に微細な穴をいくつも穿ってあります。
間の空間を介して、空気の入れ替えが行えるよう設計してあるのですよ」
「では、実際には見た目ほど厚みはなく、強度も劣る、と?」
「いかにも。魔法による強化は施してありますが、あくまで対魔法用です。
一点に物理攻撃、例えば砲撃などが集中した場合、耐え凌ぐ事は困難でしょう。
もっとも、そんな状況はそうそう起きるものではありませんがね」
自説をしっかり聞いてもらえた満足感からか。
苦笑いを浮かべるコルベールは、同じく苦笑するクロコダイルと、そ
してロングビルの目が怜悧な光を帯びている事に気づかなかった。
...TO BE CONTINUED
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—エピソード・オブ・ハルケギニア—
第四話
食堂。
ルイズの決意は、到着早々に玉砕した。
「何であんたがそこにいるのよ!?」
平然と生徒の合間で食事をするクロコダイルに、遅れて来たルイズの
怒りが爆発したのである。何を優雅にメシ喰ってやがるんだこのヤロウ、
といった感じだ。
怒鳴り声に顔を顰めたクロコダイルは、特に気にした風もなく答えた。
「昼食の時間だからな」
「そうじゃなくて! どうしてココで食事をしてるの!?」
「食堂は一つしかないんだろう。朝もここで食べたぞ、おれは」
その言葉に、ルイズは周囲を睨みつけた。なぜ誰もこいつを止めずに
いるのか、なぜ文句の一つも言わないのか。
召喚早々にクロコダイルの殺気をぶつけられた二年生陣が、正面から
逆らえる筈がないのである。戦や殺し合いに慣れた一部の人間は別だが、
該当する人物は我関せずの態度を続けているのでやはり文句を言う者は
いない。二年以外は、朝食の時の光景が尾を引いていた。
実は朝、注意を促した教師がいたのだ。ギトーである。
「待て、ここは平民が食事をする場ではない」
愛用の杖を突きつけ、ギトーはクロコダイルをどけようとした。
した、のだが。
「うるせぇ」
「すみません」
人が殺せそうなほど鋭い眼光に射竦められ、あっけなく撤退するはめ
になった。ギトー自身、オスマンから「雰囲気が恐い」という理由で役
目を押し付けられたのであり、特別殺気慣れしているわけではない。
「情けないのぉ」
「オールド・オスマン、なら貴方が説得なさればよいのでは?」
「……あたたたた、持病の腰痛が」
トップからしてこの調子である教師達は、尊い一人の犠牲以後は刺激
しないよう注意を払う事にした。いつにも増して顔色を悪くしたギトー
の様子に、同じ目に遭うのを嫌がったのである。
一、三年生は、教師でダメだったのに生徒が出しゃばってもどうにも
ならない、という考え方をする者が大半だった。何よりクロコダイルが
座っているのは二年生の席である。自分達に直接関係するわけではない
ので、わざわざ出向く必要もない、と無視を決め込んだのだ。
その結果、昼食の時には誰一人としてクロコダイルに不平を述べずに
いた。各々友人とお喋りもするし給仕に料理や飲み物の追加も命じるが、
この危険人物にだけは決して声をかけなかった。
ちなみに。厨房の方からは、生徒達とは正反対の驚嘆と羨望の眼差し
が覗いている。何故かというと——。
「ミスタ・クロコダイル」
「シエスタか。朝は助かった」
「いえ、お洗濯は私達の仕事ですから」
そう言って朗らかに笑うシエスタ。朝食の際、クロコダイルは給仕を
していたシエスタに声をかけていたのである。用件は、ルイズに語った
制服の洗濯だ。生徒どころか教師まで圧倒して悠然と食事をする平民の
姿に、シエスタを始め厨房で働く面々は驚愕すると同時に、尊敬の念を
抱いた。貴族を圧倒する人間が、特に威張った様子もなく“普通の”態度
で自分達に接するのである。籠絡されるのも仕方ない事だろう。
「あ、ワインをお注ぎします」
「ふむ、頂こう」
シエスタの抱えた瓶から、深紅の液体が空のワイングラスに注がれる。
瓶の銘柄を見てルイズは頭が痛くなった。普段ここで出されるワインと
同じ物、つまり貴族用である。使い魔、しかも平民であるクロコダイル
にはとんでもない贅沢品だ。少なくともルイズの価値基準では。
ルイズの当惑をよそに、クロコダイルは慣れた手つきでワインを口に
した。まず香りを楽しみ、続いて味を、最後に喉越しを楽しむ。その姿
には妙な貫禄があった。膝に黒猫でも載せていれば完璧だ。
「んん……いいワインだな」
「ありがとうございます」
クロコダイルに一礼して下がるシエスタは、普段貴族に対するよりも
明らかに礼を尽くしている。ルイズの頭痛はますます酷くなった。
「ああ、そうだ。ミス・ヴァリエール」
「何よ」
「午後の授業、おれは出ずとも構わんかね?
朝見た限りでは、特に使い魔を伴う必要性はないと思えたんだが」
「あんたねぇ……」
深い深い溜息を吐くルイズ。溜息一つで幸せが一つ逃げる、と言った
のは誰だったか。それは真理だと思った。
「もう、いいわよ。好きにしなさい」
どうせ止めようとするだけ無駄なのだ。放っておいた方が睨まれない
だけマシである。授業で必要な時にはその都度声をかければ来てくれる
筈だ……と、思いたい。
すっかり諦めモードのルイズをよそに、クロコダイルは豪快に笑った。
「物わかりのいい主人で助かるよ。クハハハハハ——!」
「少し、いいかね」
遅めの昼食をとるルイズに、ふと背後から声がかかった。ムニエルを
切り分ける手を止め、振り返ったルイズの目に入ったのは、珍しく真剣
な顔をしたギーシュであった。
「ギーシュじゃない。何よ、あらたまって」
「その、君の使い魔……ミスタ・クロコダイルはどこかな?」
「はぁ?」
またあいつ絡みか。
そう思うと、ルイズは治まった頭痛がぶり返すような気がした。既に
クロコダイルはワインどころかデザートまで平らげ、食堂から姿を消し
ている。特に何も言わずに出て行ったので、ルイズには彼が今どこで何
をしているかわからない。
「知らないわ。どっかにいるんじゃない?」
「いや、それを聞きたかったんだが……仕方ない、他をあたるとしよう」
落胆したように頭を振り、ギーシュはその場を去っていく。ルイズは
しばらく後ろ姿を眺めていたが、早々に興味を失って食事に没頭した。
ギーシュがわざわざ『ミスタ』と呼んだ事に気づくのは、もう少し先の
話である。
その頃クロコダイルは、本塔の中を歩き回っていた。無論、宝物庫を
見つける為である。できれば中身の確認もしたかったが、今の立場では
許可が出ない事はわかりきっていた。
「先に場所だけでも……ん?」
昼間だというのに薄暗い階段を上るクロコダイルの耳に、聞き覚えの
ある男の声が響いてきた。もう一人、誰かと会話をしているようだ。
「ミスタ・コルベールか」
「みみ、ミスタ・クロコダイル!?」
軽く声をかけただけだったが、コルベールは随分と狼狽えている。彼
の背後で苦笑する女性の姿を目にして、ようやくクロコダイルも何を慌
てているのか予想がついた。
「すまんな。逢い引きの邪魔をする気はなかったのだが」
「ちちち、違います! 断じて違いますぞ!」
「ミスタ・コルベールの仰る通りですわ。
私たちは、特別そういう関係ではありませんもの」
真っ赤になって否定するコルベールだったが、続く女性の言葉で深く
傷ついたように肩を落とした。間違えられて内心では喜んでいたようだ。
「失礼した、ミス——」
「ロングビルですわ。オスマン学院長の秘書を務めております」
「クロコダイルだ。今はミス・ヴァリエールの使い魔をしている」
微笑みを浮かべるロングビルに、クロコダイルも挨拶を返す。ついで
にこんな場所で何をしていたのか、二人に問いかけた。
「実は、宝物庫の目録を作ろうとしたのです」
「宝物庫?」
「ええ。ですが、鍵を持っているオールド・オスマンが昼寝の最中でして。
鍵を借りられないので、残念ながら今すぐには開けられないのですよ」
そう言って振り仰ぐロングビルの視線の先には、巨大な鉄の扉が壁に
はめ込まれていた。頑丈そうな閂と錠前で封を施された扉は、軽く押し
たぐらいでは動きそうにない。
「魔法で開ければいいのではないかね?」
場所の次は開ける手段だ。魔法の世界であるのだから、開放に何か特
別な魔法が必要かもしれない、とクロコダイルは予想していた。昼寝中
のオスマンが持っているという鍵以外の手段を、魔法であっても知って
おけば、いざという時何かの役に立つだろう。だが、それを否定するよ
うな意見がコルベールからあがった。
「この宝物庫は【固定化】の魔法を重ねがけしてありましてな。
僕達が使える程度の【アン・ロック】や【錬金】では、まず開きません」
「……つまり、鍵がなければ万人を拒む無敵の守り、という事ですわ」
残念そうに肩をすくめるロングビル。
クロコダイルも内心同じような気持ちだった。宝を目前にして手出し
ができず、忍耐を続けるしかないというのは凄まじい苦痛である。
そんな二人、特にロングビルの心情を察したのか、眼鏡を怪しく光ら
せたコルベールがにやりと笑った。
「いや、実はですな。僕は、この宝物庫にも弱点があると思うのですよ」
「「弱点?」」
同時に疑問符を浮かべた二人に、コルベールはまるで授業で生徒に解
説するように自説を述べる。
「確かにこの宝物庫は、魔法に対して万全の備えをしている。ですが——」
「魔法以外の、物理的な衝撃には耐えきれないと思うのです」
「ちょっと待て、ミスタ。この塔の石壁の厚みは相当なものに見えたが」
実際に見聞していたクロコダイルは、コルベールの言葉に納得がいか
なかった。自分が歩いた中の構造と外から見た大きさを照らし合わせれ
ば、この塔の壁のおおよその厚みというものが推測できる。同時に、壁
に使われている石材の強度も。クロコダイルは、今までの経験からこの
塔が大口径の砲弾をも防ぐだろうと考えていた。
「ところが、実はこの壁にはちょっとした仕掛けがありましてね」
次第にコルベールの弁舌が熱を帯びてきた。自説を披露できる事が随
分と嬉しいようだ。元々技術畑の人間が少ないこの学院で、あまり日の
目を見ない研究を多々行っている男である。鬱積したものを抱え込んで
いたのかもしれない。
「仕掛け、ですか?」
「ええ。話は変わりますが、ミス・ロングビル。
あなたはこの階段の空気を吸って、どう感じますかな?」
「え? えっと、特には。いつもと変わらないと——!」
言いかけて、ロングビルはハッと気づいた。この階段には明かり取り
の窓すらなく、ほとんど密閉状態にある。空気の通りはお世辞にもよい
とはいえないのだ。
にもかかわらず、こうして吸い込む空気は外と何ら変わらない。普通
なら、湿気がこもってカビ臭くなってもおかしくない筈なのに。
「換気口があるのかね?」
周囲を見回すクロコダイルの問いかけに、コルベールは頷いた。
「いかにも。この壁は二重構造になっていましてな。
そして外と内、それぞれの壁に微細な穴をいくつも穿ってあります。
間の空間を介して、空気の入れ替えが行えるよう設計してあるのですよ」
「では、実際には見た目ほど厚みはなく、強度も劣る、と?」
「いかにも。魔法による強化は施してありますが、あくまで対魔法用です。
一点に物理攻撃、例えば砲撃などが集中した場合、耐え凌ぐ事は困難でしょう。
もっとも、そんな状況はそうそう起きるものではありませんがね」
自説をしっかり聞いてもらえた満足感からか。
苦笑いを浮かべるコルベールは、同じく苦笑するクロコダイルと、そ
してロングビルの目が怜悧な光を帯びている事に気づかなかった。
...TO BE CONTINUED
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