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「ゼロの黒魔道士-52」(2009/08/11 (火) 21:30:29) の最新版変更点
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#navi(ゼロの黒魔道士)
タバサおねえちゃんが、さらわれた。
その報せを聞いて、驚かなかったのはキュルケおねえちゃんぐらいだった。
キュルケおねえちゃんは、色々知っていたらしい。
タバサおねえちゃんの、本当の名前も。
おとうさんが殺されて、おかあさんも毒を飲まされて、ひどいことをされたことを。
そんなひどいことをしたヤツに、言うがままに従っているしか無いことを。
“人形”。
キュルケおねえちゃんは、ボクに少しだけ遠慮するように、
その言葉で、タバサおねえちゃんの全てを表現したんだ。
……ボク達は、すぐに、シルフィードに乗った。
・
・
・
空気がとても乾いている。
空気までがジャリって音のするぐらい、砂ホコリにまみれている。
「――っと、いうわけで、お姉さまをかっさらった酷いヤツはこの城の中なのねっ!」
シルフィード(今は人間の姿になっている。街中にドラゴンがいるのって、目立ちすぎるものね)が指し示す先に、
白い城壁に囲まれた、大きなお城があった。
壁には、植物のツタを真似したようなグルグルの模様がクビが痛くなるぐらいの高さまで続いていて、
その奥には真四角を重ねたような、どっしりとしたお城の本体が見える。
「あぁ、お姉さま!今すぐシルフィがお助けするのねっ!者どもシルフィに続いて進めなのねぇ~~っ!!!」
「ちょ、だ、ダメだよ!勝手な行動は……」
シルフィードは、さっきからこんな調子だ。
……仕方のないことだとは思う。ボクだって、今すぐにでも助けに入りたい。
でも、キュルケおねえちゃんも、ルイズおねえちゃんも、ギーシュまでもがそれに反対したんだ。
『敵の実力が分からない以上、しっかりと準備を整えなくてはいけない』って。
シルフィードも、ボク達を乗せて3日3晩飛び続けた疲労がたまっているはずだしね。
(もちろん陸路もかなり使った。見つからないように旅をするって、本当に大変だ!)
……だからといって、シルフィードが宿で大人しく待っている訳は無かったんだけど……
「作戦不要なのねっ!ビビちゃんさえいれば元気100倍クックベリーパイマンなのねっ!
今すぐあのトンガリ耳食いちぎって……」
「だ、だめだってばぁ~……」
シルフィードに、ズルズル引きずられるように、今日も城壁のところまで連れて来られてしまった。
ドラゴンの力って、本当に強い。人間の姿になっても、その強さはちっとも変わらない。
「竜の嬢ちゃんよぉ。ここはこらえた方がいぜ?そのトンガリ耳にコテンパンマンになっちまったのは誰よ?」
「うきゅ」
……そのドラゴンを、あっさりとやっつけてしまった、エルフってが、いうのタバサおねえちゃんを連れ去った実行犯らしい。
エルフ。トンガリ耳の、すっごく強い種族。
……タバサおねえちゃん、大丈夫だよね?
「きゅるる……うぅぅ待つ身は辛すぎるのねぇっ!!」
敵のすぐそばで、こんなに叫んだりするのってダメ、だよね?
……シルフィードをなだめようと必死だったから、全然気付かなかったんだ……
「動くな!」
「きゅいっ!?」
「わっ!?」
その、槍を持った兵士に……
ゼロの黒魔道士
~第五十二幕~ 辺境の妖塞 アーハンブラ城
目と目の間に、槍の先端が突きつけられる。
銀色の槍の先端が、太陽の光を鋭く跳ね返してギラリと光っている。
それが、するりと持ち上げられて、振りかぶられて……
「――な~んて、ね」
鎧の兵士が、笑った。
その声は、もうお馴染って感じがする。
「ギーシュ……おどかさないでよう……」
ホッとしたけど、あんまりびっくりするようなことはしてほしく無いなぁって思うんだ。
ここって、一応敵の本拠地なんだよね?
ギーシュが、調子に乗って槍をくるくる回す。
「ははっ、ゴメンゴメン!しかし、君にも見破られないとは、僕って天才かも?」
確かに、見破れない。兜のかぶり方のせいか、顔すら全く見えない。
どこからどう見ても、『ガリアの兵士』に見える。
「……ビビちゃん。コイツ、かじってもいいかしら?きゅい」
「……できれば、やめておいてくれるとうれしいかなぁ……」
鎧をかじるのって、歯を痛めちゃうと思うし、ね。
「はっはっはっ、いやぁ、天才の所業に嫉妬しないでおぐぼぁっ!?」
ぐわーんって、良い音がした。
銅鑼の音、って言うのかな?クワンおじいちゃんも持ってたっけ。
あの音に近い感じで、ギーシュの兜が鳴り響いたんだ。ぐわーんって。
「バカやってんじゃないわよっ!あっついのにっ!」
「い、痛いよ、モンモン。鎧でも痛い物は痛いんだから……」
「ビビー、荷物半分持ちなさい!あ~、重い!」
「あ、うん……」
モンモランシーおねえちゃんと、ルイズおねえちゃんは、買い出しに行ってたんだ。
両手に、大きな荷物を持っている。
受け取ろうとして、少しよろけてしまった。
おねえちゃん達の服装は、シルフィードと同じく、ちょっとごわついたような素材のローブの下に、
薄手の布でできた動きやすい服を着ている。
砂漠地帯に合うように、目立たないように、服装は選んでるんだって。
貴族って分かってしまうと、色々ややこしそうだもんね。
「よぉよぉ?盛り上がんのはいいけどよ、そろそろ目立っから宿帰った方が良くね?」
「きゅ、きゅい……戻るのね?」
デルフの提案に、シルフィードが、残念そうな声を上げる。
今すぐにでもタバサおねえちゃんを助けたくてしょうがないみたいだ。
「作戦会議をしなきゃいけないもの。シルフィード、我慢なさい」
「あら、ルイズにしては冷静な意見ね」
「当っ然でしょ!いつ私が自棄になったりしたの?」
ルイズおねえちゃんが威張るように胸を張る横で、モンモランシーおねえちゃんが指を折って数え始める。
「……ゴメン、両手じゃ足りないから、貴女の手も貸してくれる?」
「酷っ!?」
「はいはい、撤収撤収~……続きは宿でやろーぜー」
「賛成。鎧が暑くなってきた……」
確かに、ものすごく暑い。
宿に帰ったら、水が欲しいなって思ったんだ。
・
・
・
「あら、遅かったわねぇ」
ほんのりと、甘酸っぱいフルーツの香り。
「ただいま~……キュルケおねえちゃん、もう戻ってたの?」
キュルケおねえちゃんは、もう先に帰ってきていた。
堅そうな南国の果物の上だけを割って、そこに麦わらを挿してチューチューと吸っている。
……なんか、すごく美味しそうだなぁ。
「貴方達が遅かっただけよ。このクソ暑いのによく長い時間ブラついてられるわねぇ」
「お酒買えるだけ買ってこいって言ったのはどこの誰よ!?お店がいくつあると思ってるのよ、まったく」
この町、アーハンブラって言うらしいんだけど、観光名所ってことでそれなりに規模は大きいんだ。
「で?ちゃんとお使いはちゃんとできたの?」
「今はこれだけ。残りは後で届けるって言ってたわ」
どさっと荷物を床に置く。床とガラス瓶の触れあう音がガチャッといくつも重なった。
あぁ、重かったなぁ……
「そ、ごくろうさま♪」
「で、これだけの量、どうするつもり?まさか飲むんじゃないでしょうね?」
「まさか!そこまでウワバミじゃ無くてよ!潜入の小道具として必要なの!」
潜入にお酒を使うっていうのも、ちょっと分からないけど……
「うわばみ?」
「酒好きの例えだな、蛇のこった」
お酒好きの例えに、蛇が出てくるってのもよく分からなかったんだ。
「蛇……ラミア、みたいなのかなぁ……?」
上半分が女の人の格好をした蛇のモンスター、ラミア。
あれがお酒を飲んでる姿を想像すると……ちょっとだけ寒気がしちゃった。
確かに、お酒が似合いそうだなぁとは思うけどね。
「それで?そっちは?」
『錬金』で作り上げたガリア兵の鎧を解除しながら、ギーシュが羊皮紙の切れっぱしをバンッと叩きつけた。
「兵士の配置と、おおよそのタバサく……いや、ミス・オルレアン親子、とお呼びすべきかな?彼女達の幽閉されている場所の見当はついた」
いつになく、真剣な顔つき。
ギーシュが、こういう本気の顔つきになったときって、すっごくかっこよく見える。
普段のギーシュからは、全然想像ができないくらいに。
「やるじゃない。ギーシュのくせに」
「ギーシュをそんなにバカにしないでよね!」
「はいはい、ごちそうさま。ノロケたりして、出発前に散々怖い怖いゴネてたのがマシになったかしら?」
からかうように、キュルケおねえちゃんがモンモランシーおねえちゃんに挑発した。
確かに、モンモランシーおねえちゃんは、一番最後までここに来るのを嫌がっていたんだ。
「マシになるわけないでしょ!?怖いわよ!怖すぎるわよ!? 震え止まらないわよこの暑さだってのに!!」
モンモランシーおねえちゃんが、自分で自分の腕を抱いて、体を小さく折りたたむように小刻みに震えた。
この暑いのに、変装用に着ているローブを脱ごうともせずに。
「エルフよ、エ・ル・フ!? どこのバカが好んで喧嘩売るのよっ!?」
一瞬、部屋を沈黙が包みこんだんだ。『サイレス』がかけられたように。
それだけ、エルフはこのハルケギニアでは怖がられてるらしい。
沈黙を破ったのは、いつもより何倍もかっこいい、ギーシュだった。
「――バカですまない。それと、君をこんな場所まで連れてきてしまって……
でもね、誘拐された級友を見逃せるほど、賢くなりたくはないんだ。グラモン家の名が廃ってしまうからね!
……今からでも遅くない。モンモン、君だけでも帰りたまえ。君にそこまで責任は無い」
それは、優しく、ちょっぴりさびしそうな笑みだった。
「――っば、あんた本当にバカね!?今更帰れるわけないじゃない!! あんたがそ、そのけ、怪我したら誰が治療するっていうの!?」
「モンモランシー……っ」
「……ギーシュっ!」
抱き合う、2人。
あぁ、この2人って、本当にお芝居のヒーローとヒロインだなって思ったんだ。
カッコいい。セリフとか、お芝居みたいにカッコいい。
ほんのちょっとだけ、現実離れしてるっていうのもあるのかもしれないけど、
英雄物の主人公そっくりだなぁって、そう思ったんだ。
ちょっぴり、ジーンとしてしまった。
「あー、ホントごちそうさまだわ」
「まったくよねー」
ルイズおねえちゃんと、キュルケおねえちゃんはそういうお芝居にはまったく興味が無いのか、
淡々とギーシュの描いたアーハンブラ城の見取り図を検討しはじめていた。
ボクも、ずっとギーシュ達を見ているわけにもいかないし、買ってきたものの整理をすることにした。
「――ルイズは、平気?」
キュルケおねえちゃんが、ポツリ、とつぶやいた。
「ん?平気って何がよ?怖いかどうかってこと? 珍しいわね、あんたがそんな心配してくれるなんて」
ルイズおねえちゃんが、見取り図から顔を上げて、首をかしげた。
「――正直、私は怖いわよ?」
「平気そうなのに?」
ボクにも、全然そう見えなかった。
シルフィードの報せを聞いて、真っ先に来ることを決めたのはキュルケおねえちゃんだったし、
「怒りが上回ってるだけよ……」
そうつぶやくキュルケおねえちゃんの横顔は、ちょっと不思議な顔だった。
今にも泣いてしまいそうなのに、無理やり笑っているようでもあり、でも目はすっごく怒っていて。
多分、キュルケおねえちゃんが、今度のことで一番気負ってしまっているんだろうなって思うんだ。
キュルケおねえちゃん、タバサおねえちゃんの一番の友達、だったから。
「あんたこそ、もっとこう、ほら泣きわめくとか、無鉄砲に突っ込むとかどっちかだと思ったけど?」
キュルケおねえちゃんに言われて、気がついた。
確かに、今までのルイズおねえちゃんでは考えられなかったと思うんだ。
じっくり、冷静になって色々考えるっていうのは。
「……使い魔に似るって言うのかしらねぇ」
「……ボクに?」
キョトン、としてしまった。
ルイズおねえちゃんと、ボク、似てるのかなぁ……?
ルイズおねえちゃんみたいに、ボクはしっかりと自分の意見を言えないし、誇りとかも、多分、全然無い。
似てるって、何がだろう……?
腕組みして色々と考えちゃうんだ。
そんなボクを見て、ルイズおねえちゃんが、クスッと笑ったんだ。
「あんたの前だと、『良いお姉ちゃんでありたい』って思えちゃうのよ」
「え……ルイズおねえちゃん、十分すぎるぐらい、良いおねえちゃんだと思うんだけど……?」
どういう、意味なんだろう……?
ポンポンって背中を優しく叩かれたけど、ボクにはよく分からなかったんだ。
「なるほど、ね。 ――うん、同感だわ♪ビビちゃん、お姉ちゃん達、頑張るからね!」
「わわっ」
キュルケおねえちゃんには抱きつかれるし……あ、でもこれはいつものことかなぁ?
んー、でも、やる気になるっていうのは悪いことじゃないと思うから、良いことなんだよね?きっと。
「きゅいきゅいっ!シルフィもがんば――」
ベッドの上で足をブラブラさせていたシルフィードが胸を張る。
「シルフィードは外で待機をお願いするわね」
「きゅいっ!?」
でも、キュルケおねえちゃんの言葉でガタッと音を立てて跳ね起きたんだ。
「……用心のためよ。いざというとき、逃げるときや体勢を立て直さなきゃいけなくなったとき、誰が足代わりになってくれるの?」
「きゅ、きゅぃ……」
いざというとき。
できれば、そんなときが来ないで欲しいとは思うけど、安心して戦えるかどうかが、ここにかかっている。
シルフィードの役目は、とっても重要なんだ。
「大ぇ丈夫だって!おれっちや相棒がいりゃエルフの1人や2人ぁなんとかしてやらぁ!」
こういうときのデルフは、本当に頼もしい。本当に1人や2人は……なんとか、できるといいなぁ。
「お願いするのね!ほんっとにお願いするのね!!きゅいきゅいっ!!」
「――で?肝心の潜入方法は?」
ルイズおねえちゃんと、キュルケおねえちゃんは作戦会議に戻った。
「それなのよねぇ……うーん、ここまで分散して配置されてるとは……これだと1人は辛いかしら……」
地図には、兵士を示す黒い丸がいくつもいくつもつけられている。
……全部を倒すっていうのは、無理そうだし、援軍も考えなきゃいけない。
流石にお城って言うだけあって、攻略は難しそうだった。
「1人ってどういうことよ?」
「色気を出せるの、私ぐらいだからどうしようかなって」
ボクの聞き違いじゃなかったら、確かにキュルケおねえちゃんは『色気』って言ったんだ。
作戦に、色気とかって、関係あるのかなぁ……?
でも、キュルケおねえちゃんの顔は、マジメそのものだったんだ。
「……あんた、暑さで頭やられた?色気なんてどうしようってのよ!」
ルイズおねえちゃんは、あきれ顔だ。
「私は至って本気よ?それとも、ルイズ、貴女が殿方を一目で魅了できるとでも?」
「ば、ばっか言うんじゃないのよ!チップレースだって優勝して……」
チップレース……あぁ、そういえば、優勝したんだ、ルイズおねえちゃん。
アニエス先生に倒された人の、お金で。
「あのチンチクリンでっ!?嘘でしょ!?それこそ嘘って言ってよ!」
「魅了……」
なんとなく、心当たりがある言葉だった。最近、どこかで聞いたような……
「まぁ、確かにありゃぁマグレも良いとこで……」
「デルフは黙ってて!」
「あ」
思い出した。
「……ルイズおねえちゃん、もしかして、持ってきた?」
魅了って言うなら、“アレ”があるんじゃないかなぁ?
-----
ピコン
ATE ~白鳥の湖~
「ふぁあ~あ、っとくらぁ……眠ぃ……」
男は、退屈していた。
真面目に警護なんぞやってられるわけがない。
大体、である。
「女っ気が無いのがダメなんだよなぁ~……軍人やめよっかなぁ~……」
こんな砂漠の境目の、辺鄙な田舎の、
城の警護というどーしようも無い任務を、
血気盛んな若者が、ただボーと突っ立って担うというのは、いかがなものか。
これでも、彼には彼なりの理想があったはずなのだ。
まぁ、理想と言っても、ごくごく普通の青少年が抱く、桃色の未来と言うものではあるが。
身を呈して女の子を守り、その女の子に惚れられて、ラブラブイチャイチャする。
そんな甘酸っぱい夢を描いていたのだ。
だからこそ、世の中の女の子を身を呈して守るために、軍人になったというのだ。
それなのに何ということだろうか。
一番上の王様は無能と言われて久しい昼行燈、
直属の上司は、夜の活躍以外は聞かないダメ男爵。
かつての情熱の炎とやらも、今や風前のともしびだ。
おまけのおまけで、今度の任務は要人警護だか知らないが、あの憎きエルフとその連れを守らねばならないらしい。
エルフである。ハルケギニアの敵であるエルフである。別に軍人が守らなくとも一個連隊ぐらい片手でひねれるはずのエルフである。
重要任務とは上から聞いているものの、真っ暗な先行きの見え無さに、ストレスはたまる一方だ。
「あ~……酒とか女とか、その辺から湧いて来ねぇかなぁ~……」
せめて飲んだりヤッたりしないとやってられない。
彼の思考回路は、紛れもなく健全な青年のそれであった。
それが健全な軍人であるかはともかくとして。
「ま、そんな美味しい話なんざ……」
「あ、あの~……」
声がしたのは、ほぼ、真下。
視線を垂直降下させれば、そこにいたのは。
「……(女と酒、湧いちゃったよ。おい。)」
可憐な少女が酒瓶を持っている姿。
「(何、俺そこまで疲れちゃってるの?俺、幻覚見るぐらい疲れてるの?
欲望むき出しな幻覚見ちゃうの、俺?いやそりゃちょっと小さい娘の方が好きですけどー)」
男自身がブツブツつぶやくとおり、少女は小さかった。
あまりにも小さかった。
両方の手ですっぽり埋まってしまうぐらい小さく、たやすく折れてしまいそうだった。
そんな少女が、うらぶれた要塞の廊下にいる?
幻覚にしても、もうちょっと現実味があって欲しいところであった。
「あ、あの、ミスコール男爵様のお部屋は……」
「ミスコール……え、まさか、君、あのオヤジに呼ばれて!?」
「……はい……」
2、3のやりとりで、これは現実であると男は悟り、
彼女に待ちうける悲惨な運命を悟る男。
男爵は、軍人であり、メイジであり、低いとはいえ爵位を持っている。
それをいいことに、手当たり次第に金貨袋で頭をぶん殴り、女を買い漁るという噂が後を絶たない。
また、男爵自身も、『女は後腐れの無い平民に限る』などとのたまっている。
つまり、彼女も、わずかばかりの日銭のために、あの色ボケ男爵に『売られた』ということだ。
なんということだろう。なんという悲劇であろう。
可憐なる妖精のような少女が、老獪な魔物の生贄となろうとしているのだ。
「そ、その……なんと言うか……」
「言わないでください……つ、辛く、なってしまうから……」
長いローブの隙間からのぞく、下着同然の黒いビスチェを垣間見て、男は『ゴクッ』と生唾を飲み込んだ。
桜色の頬に、同じく桃色のいい香りのする髪の毛、仄かに濡れた淡紅色の唇。
わずかに上気した少女の柔肌と同じぐらいピンクの魅惑に、脳味噌がとろかされそうになる。
だが、その色気とは全く反対のところに、男はあることに勘づく。
少女の、稀有なほどの純粋なところに。
彼女が、まだ『少女である』ということに。
「まさか君……その……男を知らないのかい?」
「え?」
「あ、いや、だからその……こんなこと、はじめて、なのかい?」
少女は、言葉を発する代わりに、小さくこくんと頷いた。
それは、雨に濡れたコスモスが小さくお辞儀するように、可憐な動作で。
心なしか、彼女の瞳が潤んでいた。
その雫が、男の心に火をつけた。
男は激怒した。
必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の男爵を除かなければならぬと決意した。
男には政治がわからぬ。
男は、一介の軍人である。
漫然と任務をこなし、槍を磨いて暮らしてきた。
けれども乙女のピンチに対しては、人一倍に敏感であった。
「あの……」
「大丈夫。僕が、守る」
「は、はい?」
「僕が、何とかするから、君は、お家に帰りなさい」
彼の脳内では、かつて彼が夢見ていた勇者の姿があった。
乙女のピンチを救う、すばらしき英雄の姿が。
例え軍人をクビになっても構うものか!
この少女の貞操を守るためならば、例え竜とだって戦える気持ちだ。
「そ、そういうわけには……」
焦る少女。それもそうだろう。
おそらく、彼女を売ることになってしまった家だ。お金には困っているに違いない。
「……よし!こうしよう!その酒瓶、これで買った!」
なけなしの給料だが、どうせ休日に飲んで使い切ってしまうものだ。
ならば、この少女のために役立てた方がいい。
「え!?え、あの、その……」
「君のような妖精を守るのが、僕達軍人の使命だからね!」
「こ、困ります、その、お酒は、あのその……」
少女は、目に見えるほどうろたえている。
男は思う。言葉ではなく、態度で示さねばと。
「よいしょぉおっ!!」
「キャッ!?」
少女から無理やり酒瓶を奪い、一気に飲み干す。
男らしく、腰に手を当てて。
少し変な味な気もするが、安い酒ならばこんなものだろう。
「……プハッ!これで、もうお酒は無い。だから、君はお家に帰るんだ」
「え、え、えーと……」
「安心しな、男爵には、俺がうまく言っておくから」
キザなウィンクを彼女に贈る男。
少しだけ、『俺ってバカだなぁ』と思いながら。
だが、少女に惚れてしまったのだ。
そして、女に惚れた男というのは、バカになりきるものなのだ。
「あ、は、はい……そ、そのー……」
「礼ならいいさ……あぁ、君の、名前だけ、教えてくれないか?」
「な、ななななな、名前!?」
「そう、妖精のような、君の、名前……」
少し、ためらいながら、彼女は、サクランボのような小さな唇を動かした。
「あーえー……ら、ラミア……」
「そうか、ラミア……良い名だ……また、会えるといいね」
「え、えぇ……そ、それじゃっ!」
あまりにもうれしかったのだろうか。
彼女は、彼に軍人を志した気持ちを思い起こさせた彼女は、
あっと言う間に去って行ってしまった。
まるでそれは、桃色の蜃気楼のように。
「さて、どうしようかな……」
彼は今や『反乱軍人』に他ならない。
上司が買った娘を、独断で帰してしまったのだから。
「……まぁ、なんとかなる、か……」
それでも、彼の心は晴れやかであった。
邪心の無い、全く晴れやかな心であった。
「うー……案外あの酒、効くなぁ……」
少し、眠くなってきた。
まぁ、構うもんか。もう辞めたも同然の軍職だ。居眠りぐらいどうってことないだろう。
「目が覚めたら、考えよう……グゥ」
そして、彼は眠りについた。
少女と築く優しく小さく温かな家庭と、それを成しえる平和な世界を夢見ながら。
----
そのガリア兵士は、幸せそうな顔で眠っていた。
何か、良い夢でも見ているのかなぁ?
「これで、最後よね?」
「ルイズおねえちゃん、おつかれさま……」
「いやいや、大ぇしたもんだなぁ、『魅惑のビスチェ』ってのも!娘っ子の猿芝居でもなんとかなるもんだなぁ!」
ルイズおねえちゃんは着るのを反対してたけど、キュルケおねえちゃんの『そこまで自信あるの?』って言葉で折れたんだ。
恥ずかしいから、ローブで隠しているけど、チラチラっと、隙間から中が見える。
『色っぽい』とか、『イカしてる』ってこーいうことなのかなぁ……?
ちょっと、ボクには良く分からない。
ルイズおねえちゃんはルイズおねえちゃんらしい格好しているときが一番良いと思うんだけど。
「馬子にも衣装って正にそのことねぇ」
「ば、ばっかにしないでよね!わ、私が着たからこその効果よっ!!」
色気で誘って、眠り薬入りのワインを飲ませていく。眠り薬は遅行性だから、ボクの『スリプル』でそれを補う。
これが潜入作戦の中身だったんだ。
……なんか、とっても単純な割に、すっごくうまくいったと思うんだ。
キュルケおねえちゃんなんか、『魅惑のビスチェ』無しだったのに、ルイズおねえちゃんの2、3倍は早くノルマをこなしてしまった。
「うぅむ、しかしながら。ルイズ君、実になんというかその、そそるねぇってぐぇっ!?」
「あんたまで魅了されててどうすんの、ギーシュ!」
……ギーシュが鼻の下を伸ばしているってことは、効果があった、ってことかなぁ?
ボクには、『魅惑のビスチェ』の効果はよく分からなかったんだ……
「い、いやいやいや、う、うん!実に危険だね!実に凶器だ!その装備は!エルフにも、きっと効果はあるんじゃないかなぁ?」
ギーシュが『エルフ』の名前を出した途端、また沈黙がその場を支配したんだ。
残るは、エルフ。
ルイズおねえちゃん達によると、メイジ何百人が合わさってやっと互角に戦えるかどうか怪しいって相手。
「……エルフ……そんなに、強いの?」
冗談みたいだなって、本当に思う。でも、この感じからすると、きっと本当のことなんだろうなって、そう思うんだ。
「そ、そうよ、まだエルフがいるのよね……うぅ……」
モンモランシーおねえちゃんの表情は暗い。
もちろん、他のみんなも。
でも、キュルケおねえちゃんは、暗い顔を無理やり破り捨てたような、力強い笑顔を見せたんだ。
「大丈夫、エルフなんて恐るるに足らずよ!」
その言葉に、ギーシュが首をかしげた。
「キュルケ君、まだ隠し玉でもあるのかい?眠り薬入りのお酒以外にも……」
「あら?私の隠し玉は……」
「え?」「わっ!?」
ボクが抱きつかれるっていうのは、いつものことなんだけど、
今度は何故かギーシュも抱きしめられたんだ。
「あんた達よ。タルブの英雄さん」
エルフ相手に、どこまでできるか分からない。
それでも、タバサおねえちゃんのために、やらなきゃいけないんだって、そう思ったんだ。
『この手の届く範囲ぐらいは守りたい』って、昔ジタンが言っていた。
ボクの手の届く範囲は、ジタンよりも、ギーシュよりも狭いかもしれない。
だから、タバサおねえちゃんの所まで、精一杯伸ばそうって、そう思ったんだ。
それが、ボクのすべき選択だと思う。
「――……はは、僕達次第か。悪い気はしないけど、いざ頼られると不安だなぁ……」
「が、がんばるねっ!」
キュルケおえねえちゃんは、ボクとギーシュの言葉に満足したようにうなずいて、
ルイズおねえちゃんの方に向き直ったんだ。
「……それと、貴女よ。ルイズ」
「え?――どういう心変わり?あんたがそんなこと言いだすなんて」
ルイズおねえちゃんは、きょとんとしている。
あまり、キュルケおねえちゃんに頼られたりしたことが無いから、かな?
「タルブの『白い奇跡』……貴女なんでしょ?」
それは、アンリエッタ姫に秘密にしておくようにって言われたことだったんだ。
なんで、キュルケおねえちゃんが、知っているの?
「あ!……あー、え、えっとね、それはキュルケおねえちゃん……」
「な、何のことかしら?」
慌てて、隠そうとするけど……ボクもルイズおねえちゃんも、嘘をつくって下手だからなぁ……
あ、使い魔と主人が似るって、こういうことだったのかなぁ?
「甘く見ないでよね。状況とか考えると、あれは貴女しかあり得ないのよ」
「……あー、やっぱりそうだったの。薄々そうじゃないかなーとは思ってたけど……」
「モンモランシー?」
モンモランシーおねえちゃんも気づいていたみたいだ。
どうして分かったんだろう?
ボクも、ギーシュと同じように首をかしげるだけだったんだ。
「あれが、何なのか、私には全く分からない。分からなくても良い」
そう言うと、キュルケおねえちゃんは、ルイズおねえちゃんに向かって、跪いたんだ。
そこには、何のためらいとかも、何の戸惑いとかも無かった。
「だから、ルイズ……いえ、ミス・ヴァリエール、仇家の者ですが僭越ながらお願いいたしますわ」
「きゅ、キュルケ!?」
「キュルケおねえちゃん……?」
いつもの、キュルケおねえちゃんらしくない、って思った。
けども、キュルケおねえちゃんの真剣な目を見て、分かった気がした。
「奇跡でも、何でも良いの。私の友達を――タバサを、助けてください!」
キュルケおねえちゃんも、エルフがきっと怖いんだと思う。
それでも、タバサおねえちゃんを助けたいんだ。
何が、何でも。
ルイズおねえちゃんが持つ力が何であっても、それでタバサおねえちゃんが助けられるなら、
何だってするって、そういう決意をもった顔だった。
……何か、ものすごく、かっこよく見えた。
「――た、頼まれなくたって、助けるわよっ!ば、ばっかじゃないの!!」
ルイズおねえちゃんは、素直じゃないなぁって、ときどき思う。
それでも、『助けない』なんてことはきっと絶対に言わないだろうなぁって思うんだ。
だって、ルイズおねえちゃんも、タバサおねえちゃんの、大事な友達、だもんね。
ボクは、帽子をかぶりなおした。
この廊下を抜けて、階段を登れば、いよいよタバサおねえちゃんが閉じ込められているらしい場所だ。
とてもじゃないけど、気は抜けない。
「――助ける。 誰を、かな?」
そのときだったんだ。声が、ボク達のすぐ真後ろ。
暗闇の奥底からしたのは……
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