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#navi(アノンの法則)
名門トリステイン魔法学院。
その学院長室に、美女に蹴りまわされる、ひとりの老人の姿があった。
彼の名はオスマン。
学院の者からはオールド・オスマンと呼ばれる、この学院の最高責任者である。
「ごめん。やめて。痛い。もうしない。ほんとに」
齢百とも三百とも言われる老人は、頭を抱えて自分を足蹴にする美女に情けなく懇願する。
だが彼の秘書、ミス・ロングビルは鬼の形相で、目の前のスケベじじいを蹴りまわすことをやめなかった。
毎日のように尻を撫でられ、彼の使い魔のネズミに下着を覗かれる。
ある目的のために、彼の秘書になった彼女だったが、流石に我慢の限界であった。
先ほども「今度やったら、王室に報告します」と言ってやったが、返ってきた言葉は、
「王室が怖くて魔法学院学院長が務まるかーッ!」
故に、この老人の懇願を無視して、蹴り続けているのである。
ミス・ロングビルの息がそろそろ乱れ始めた時、彼女の報復は突然の闖入者によって終わりを迎えた。
「オールド・オスマン!」
「なんじゃね?」
コルベールが学院長室のドアを開けたときには、ミス・ロングビルは何事もなかったように、椅子に座って書き物を再開していた。
オスマンも腕を後ろに組んで、重々しく闖入者を迎え入れる。
魔法と見紛うほどの早業であった。
「たた、大変です!ここ、これを見てください!」
そう言ってコルベールが見せたのは分厚い『始祖ブリミルの使い魔たち』とタイトルの書かれた本、そしてアノンの左手に刻まれていたルーンの模写だった。
オスマンの表情が変わった。
「ミス・ロングビル。席を外しなさい」
ミス・ロングビルが立ち去ったのを確認して、オスマンは口を開いた。
「詳しく説明するんじゃ。ミスタ・コルベール」
シュヴルーズは二時間後に息を吹き返し、授業に復帰したが、ルイズの爆発魔法は彼女に相当なトラウマを植え付けたようで、その日以来、シュブルーズの講義で『錬金』の魔法が扱われることはなかった。
当然、ルイズには罰として、めちゃくちゃになった教室の片づけを言い渡された。
とは言っても、ルイズは「主の不始末は、使い魔の不始末」と言ってほとんど動かなかったため、実際に教室を片付けたのはアノンだった。
アノンが新しい窓ガラスや机を運び、煤だらけになった教室を雑巾で磨き終える頃には、もう昼休みが始まろうかとしていた。
午前の授業はもうないということで、二人は昼食を摂るため、そのまま食堂へ向かっているのだが、ルイズは先ほどからしかめっ面でずっとずっと黙ったままだ。
「すごかったね。さっきの」
沈黙を破って、アノンが口を開いた。
ルイズがじろり、とアノンを睨む。
「キミがあんなに強いとは思わなかったよ」
「強い?」
ルイズは意味がわからず、首をかしげた。
「さすがにボクもちょっと驚いたよ。キミのさっきの……“小石”を“爆弾”に変える魔法!」
ビキ、とルイズのこめかみに、血管が浮き出た。
「トライアングルクラスの先生を一撃で倒したんだから、ひょっとしてキミはスクウェアクラス?」
目を輝かせながら尋ねるアノン。ルイズの眉が、ひくひくと動く。
「それと、キミのあだ名の『ゼロ』の意味も分かったよ」
「言ってごらんなさい?」
「あの爆発の後には、何も残らない。まさに『ゼロ』! キミのあの爆発魔法への、畏怖が込めらた二つ名というわけだね」
アノンは完全に、ルイズの失敗魔法を、強力な攻撃系の魔法と勘違いしていた。
初めてみた『攻撃魔法』に興奮したアノンは、食堂へ向かう間、無邪気に感想を語り続けた。
ルイズの最も嫌う『ゼロ』という言葉を織り交ぜながら。
食堂に着いて、アノンが引いた椅子に腰掛ける頃には、ルイズの怒りは臨界に達していた。
今朝と同じ様に、床にからルイズの料理をくすねようと、タイミングをうかがっていたアノンの皿を取り上げる。
「なに?」
「こここ……」
「こここ?」
ルイズの肩が怒りで震えていた。声も震えている。
「こここ、この使い魔ったら、ごごご、ご主人様に、ななな、なんてこと言うのかしら」
「ひょっとして怒ってる? なんで?」
「自分の胸に聞いてみなさい!」
「わからないよ。それ返して」
「ダメ! ぜぇーったい! ダメ!」
ルイズは叫んだ。
「ゼロって言った数だけ、ご飯ヌキ! これ絶対! 例外なし!」
結局、アノンは昼食にありつけないまま、食堂を追い出された。
よくわからないまま食事を抜かれ、アノンは使い魔の立場の辛さと、ルイズのヒステリーの厄介さを実感していた。
ぐぅ、と腹が鳴る。
「お腹すいたな……」
今朝から思っていたことだが、ルイズから与えられる食事は、どうにも量が少ない。
毎食ルイズの皿からくすねるわけにもいかないので、食事を抜かれないなかったとしても、そのうち自分で調達しなければと考えていた。
だが、アノンはまだこの辺りの地理は愚か、学院内すら把握しきれていない。
仕方なく、当てもなしに、食堂の周りをフラフラとうろつくのだった。
「どうなさいました?」
腹をさすって、空腹に耐えていたアノンは、後ろからかけられた声に振り返った。
そこには大きな銀のトレイを持った、メイド姿の少女が心配そうに、こちらを見つめていた。
アノンは一瞬、彼女に目を奪われる。
この学院では珍しい、黒い髪に黒い瞳。そして、低めの鼻に黄色に近い肌の色。
アノンは何か、懐かしいものを感じた。
「あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」
彼女はアノンの左手にかかれたルーンを見て言った。
そう言われて、我に返るアノン。
「あぁ…知ってるんだ?」
「ええ。なんでも、召喚の魔法で平民を呼んでしまったって。噂になってますわ」
メイドの少女はにっこりと笑った。
「キミも魔法使い……いや、メイジなのかい?」
「いえ、私は違います。あなたと同じ平民で、貴族の方々をお世話するために、ここでご奉公させていただいてるんです」
「そうか。ボクはアノン。よろしく」
異世界で、初対面の相手だというのに、アノンは彼女に親近感のようなものを感じていた。
「変わったお名前ですね……。私はシエスタっていいます」
そのとき、アノンの腹が再び、ぐぅ、と鳴った。
「お腹が空いてるんですね」
シエスタはクスリと笑って、
「こちらにいらしてください」
と言って歩き出した。
アノンが連れていかれたのは、食堂の裏にある厨房だった。
厨房の片隅にある椅子に座って待っていると、シエスタが温かいシチューが入った皿を運んできた。
「貴族の方々にお出しする料理の余りモノで作ったシチューです。よかったら食べてください」
「……」
アノンは目の前に置かれたシチューの皿を、じっと見つめている。
不思議に思ったシエスタが、アノンの顔を覗き込んだ。
「アノンさん?」
「えと……これはもらっちゃってもいいの?」
「ええ。困ったときはお互い様ですから。私達平民は、魔法が使えない分、みんなで助け合わないと」
にっこりと笑って、シエスタはそう答えた。
「助け合う……」
アノンは経験したことの無い、むず痒いような、奇妙な感覚を覚えた。
「はい。だからアノンさんも遠慮せずに食べてください」
シエスタは微笑んで、そう言った。
よくわからないが、食事にありつけるのは願ってもないことだ。
むず痒いような感覚も、不快ではないし、むしろ心地いい。
アノンはスプーンを手に取った。
そして一口。
「おいしいよ。コレ」
「よかった。お代わりもありますから。ごゆっくり」
アノンは夢中になってシチューを食べた。シエスタは、そんなアノンを、ニコニコしながら見つめている。
「ご飯、貰えなかったんですか?」
「ゼロのルイズって言ったら、なんか怒っちゃってね。取り上げられた」
「まあ! 貴族にそんなこと言ったら大変ですわ!」
「怒らせるつもりはなかったんだけど……」
「アノンさん、ご存じないんですか?」
「?」
「…ミス・ヴァリエールはどんな魔法を使っても、必ず爆発してしまうんです。そして付いたあだ名が、魔法成功率『ゼロ』のルイズ。平民の間でも有名ですよ」
「あの爆発、失敗だったんだ」
自分の感想は全て、遠まわしなからかいと取られていたわけだ。
(なるほど、怒るわけだ)
そう思いながら、アノンはスプーンを動かす。
すぐに皿は空になった。
「ふぅ、おいしかった」
アノンは満足気に腹をさすった。
「よかった。お腹が空いたら、いつでも来てください。私たちが食べているものでよかったら、お出ししますから」
アノンはまた黙り込んで、シエスタを見つめた。
「ア、アノンさん? どうかされましたか?」
「いや……、ええと……」
「アノンさん?」
「シエスタ」
「はい」
アノンは少し間をおいて、言葉を探した。
「……ありがとう」
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