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#navi(ゼロの使い魔人)
トリスタニア……
建国以来、六千年に及ぶ歴史を閲するトリステイン王国の首都である。
壮麗な外観と威容を備えた王城を中心に、各種公的機関や貴族の居館が立ち並び、
更に王城から続くブルドンネ街を中心にした一帯は、この国の文化・経済・娯楽
の供給源にして消費の場でもある。
所狭しと建物が林立し、その合間を縫って敷かれた道の両端には無数の露店が開
かれ、街の賑やかさをより高める一因となっている。
背や手に目一杯の荷物を抱え歩く者、急ぎの用なのかコマネズミよろしく忙しな
く駆け回る者、散歩がてらにぶらつく者、露店を冷やかし、又は真剣に値切ろう
とする奴……。
そんな、歳も出で立ちも目的も様々な人間が行き交い生み出す、嬌声とざわめき
の坩堝を掻き分ける様に、どこにでもいるようでその実、注視してみれば一風変
わった取り合わせの二人組が歩いていた。
――黒の外套を羽織り、ストロベリーブロンドの長髪を持つやや小柄な少女と、
それとは対照的に鴉の濡羽色の髪と長身の青年……誰あろう、ルイズ(略)ヴァ
リエールとその使い魔(呼ばれた当人は心底、不機嫌顔をするだろうが)緋勇龍
麻である。
「ったく……。馬ってのは、快適さとはまるで無縁の代物だな……」
歩きながら肩やら首をほぐして鳴らしつつ、龍麻は小声でこぼす。
学院から此処まで、実に片道三時間掛けての道中である。
始めは唯々、鞍に腰掛けて手綱を持っていただけだが、先に走るルイズの姿勢を
真似る事で多少は楽になったものの、気疲れした事には変わりない。
「情けない。馬にも乗った事ないなんて。これだから平民は……」
「生憎と、俺の国じゃ常に馬に乗る機会が有るのは、牧場を営んでるか、暇人金
持ちの道楽や馬術競技の選手に公営賭博の関係者ぐらいなんだよ」
「……呆れた。なにそれ。そんな有様で、どうやって荷物や人の行き来をしてる
のよ、あんたの国は」
「それに変わる手段と物が色々とあるんだよ。……それにしても狭い道だな、っと」
ルイズに答えつつ、向かいから歩いてきた人間とそいつが抱えていた荷物との接
触を躱す。
「狭いって、これでも大通りなんだけど」
「これでか? ……これなら、地方の町の裏通りというのが説得力あるな」
修行と称して中国を始めとする世界各地を彷徨き、様々な国の町並みに情景や風
俗を見聞してきた事を思い出しつつ、龍麻は呟く。
「ブルドンネ街。トリステインで一番大きな通りよ。この先にトリステインの宮
殿があるわ」
「ほー。でもま、今の俺達には関係の無い場所だな。と早いとこ用事を済ませち
まおう」
「そうね。物見遊山しに来たんじゃないんだし。それよりも…スリが多いんだか
ら、あんたも気を付けなさいよね?」
「ああ。今の所は大丈夫だが」
内懐に収めたルイズの財布の存在を確かめつつ、龍麻は周囲の人混みに目をやり
ながら答える。
そこから人口に比しての貴族の数がどうだの、食い詰めた傍系の貴族がドロップ
アウトして犯罪だなんだのに手を染めて云々……、といった雑多な会話を交わし
ながら、二人は大通りを外れて建物の隙間の奥に続く、脇道へと入り込んで行く。
……充分に日が差し込まぬ所為か、湿った空気と饐えた臭い。随所に散らばる生
ゴミやら汚物に加え、時折向けられる険を含んだ害意未満の気配が漂う裏通りを
しばし歩き続けた後。
道の向こうに見える一軒屋の軒先に下げられた看板を見て、ルイズが顔を綻ばせた。
「あ、あったあった」
その視線の先を追えば、確かに剣を象った看板が有り。
早速向かおうとするルイズを呼び止めると、龍麻は手持ちの予算を訊ねる等した
後で、立て付けの悪い扉を押し開けてルイズに続いて店へと入って行った。
――黴臭い空気と獣脂を注いだランプが燃える際の臭気に混じり、油と鉄の匂い
が漂う薄暗い店の奥で、偏屈とか頑迷といった語句を擬人化したかのような風貌
の中年男が二人を迎えた。
値踏みする様な無遠慮な視線を向けた後、つまらなさ気な貌で無愛想な声を出す。
「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさぁ。お上に目を付けられる
様な事ァ、これっぽっちもありやせんぜ」
「客よ」
ルイズの一言を聞くや、店主は鳩が豆鉄砲を見舞われた様な表情を作る。
「こりゃおったまげた。貴族が剣を! おったまげた!」
それを耳にし、不審げな表情をするルイズに、店主はひとしきりおべんちゃら
を並べ立てた後、龍麻に向き直る。
「剣をお使いになるのは、この方で?」
「ああ。適当に見させてもらうぞ。片手ないし両手でも使えて、長さや重さは
程々。少々古くてもいいから造りが丈夫な奴が欲しい」
注文を並べつつ、龍麻は壁やら棚に並び掛けられた甲冑や武器……長剣、短剣、
ナイフ、手斧、短槍、長槍、斧槍(ハルバード)、戦棍(メイス)、戦斧、打突
棒(フレイル)、短弓、長弓、弩……。といった品物を見やり、あるいは手に取
ってみる。
……昨晩、ルイズにはああ言ったものの龍麻自身には、剣に頼るつもりなど更々
なかったりする。
刀なぞ手に入るべくもないし、ずばり保険というか自身が駆使する『氣』を持ち
いた技と体術を隠匿する策の一つになれば御の字……程度にしか考えて無かったり。
物色を続ける龍麻に、店主が思い出した様に声を掛ける。
「……ああ。あんたの注文とはちょいと違いますがね、昨今は貴族の方々の間
では下僕に剣を持たすのが流行ってましてね。こういうのが、人気ありやすぜ」
言って店主が携えてきたのは、全長1メイル程度の針を思わせる細く鋭利な刀身
を持ち、護拳部分(ナックルガード)には細緻な彫物が施された刺突剣である。
「貴族の間で、下僕に剣を持たすのが流行ってる?」
それまで、いかにも退屈そうにしていたルイズが店主の言葉に反応する。
「へえ、なんでも、この所このトリステインの城下町を、盗賊が荒らしており
ましてね……」
「盗賊?」
「そうでさ。なんでも『土くれ』のフーケとかいうメイジの盗賊が、貴族のお宝
を散々盗みまくってるって噂で。貴族の方々はそれを恐れて、下僕にまで剣を持
たせる始末で。へえ」
盗賊云々といった話は軽く聞き流した後、出された剣を眺めたルイズはこれでも
いいか、と考え龍麻に声を掛ける。
「それで、どうするのよ? これでいいんじゃない」
「使えん。それこそ剣士気取りでぶら下げるんならまだしも、ンな柔弱(ヤワ)
な代物では切った張ったの場ではどうにもならん。第一、そういう剣は趣味じゃない」
一瞥した後、問答無用といった口調で言い捨てた龍麻は品定めを再開する。
「なによ、ダメっていうの? ……それならそうね。こいつの言うような、
もっと大きくて太い、立派のはないの?」
「お言葉ですが、若奥様。剣というのは…『もっと大きくて太い、立派のはないの?』」
店主の言葉を遮る様なルイズの一言に対し儀礼的に頭を下げてみせると、
「……わかりやした。そんなら、少々お待ちくだせぇ」
言って店主は、口内で小煩さい客への悪態をこぼしつつ、店の奥へと取って返す。
「これなんか如何です? ……店一番の業物でさあ。貴族の御供をさせるなら、
この位は腰から下げて欲しいものですな。といっても、こいつを腰から下げる
には、余程の大男でないと無理でさあ。奴さんでも、背中にしょいこまんとダメでしょうよ」
……長口上と共に持ち出してきたそれは、全長が子供の背丈程も有る長大な大剣である。
諸刃造りの肉厚の刀身と、頑丈な柄。柄頭には宝石が埋め込まれ、鍔や柄元に
至るまで凝った意匠の装飾で彩られている。
「へえ、立派な物ね。お幾ら?」
――確かに、煌びやかな装飾と磨き抜かれた刀身に店一番という店主の売り文句は、
ルイズの美意識と貴族の虚栄心、双方を満足させるのに足りた。
「何せこいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿で。
魔法が掛かってるから鉄だって一刀両断でさ。ごらんなさい、ここにその名が
刻まれているでしょう? お安すかあ、ありませんぜ」
長々と勿体ぶった口調で言う店主に、ルイズも張り合う様にそっくり返ってみせる。
「わたしは貴族よ」
「エキュー金貨で二千。新金貨なら三千」
「立派な家と、森付きの庭が買えるじゃないの」
さらりと店主が告げた値段を聞いて、ルイズが呆れたといわんばかりの表情をする。
「名剣は城に匹敵しますぜ。屋敷で済んだら安価いもんでさ」
「……言い分は結構だが、そんな大枚叩く事も無いだろ」
そこへ、数本の剣を試すすがめつしながら、熱の無い声で龍麻が口を挟んだ。
「剣なんぞ、振れて斬れりゃ事足りるんだ。なのに、武器(それ)の上っ面を
ゴテゴテ飾り立てたり、これ見よがしに造り手の銘を彫ったりするような真似
をする、意味も必要性もありゃしない。飾り物なんぞ持って、ケンカが出来るか」
言外に件の名剣とやらが駄目だと扱き下ろしつつ、それよりも二回り程小さい、
俗に言うバスタードソードを龍麻が手に取ろうとした時……、
「――は。随分、解ったような事を言うじゃねえか、てめ」
等と言う、この場には居ない筈の四人目の声が店内に響いた。
「そこの業突張りの因業親爺の口車に乗らねぇのはいいが、口先だけの半可通の
青二才が偉そうにするんじゃねぇよ!」
遠慮も何も無い、低い男の罵声に店主は頭を抱えつつ、口角を引き攣らせる。
「誰かは知らんが、随分と好き勝手言ってくれるな。ええ?」
「へっ、本当の事言われて怒ってんじゃねぇよ! そこの貴族の娘っ子共々、
さっさと家に帰ぇんな!」
「失礼ね!」
龍麻の独り言に応じてか、姿無き声の主は更に煽る様な事を言いたて、それを
聞いたルイズも憤慨してみせる。
部屋の隅……ロクに掃除もされてない辺りに、樽に無造作に突っ込まれたり、
床に放り出されて出来た剣の一山があり、例の声はそこから聞こえて来るのだ。
「この声、誰だ……? 客への嫌がらせにしちゃ、随分タチが悪いな」
「俺りゃあ、此処だよ! ったく、どこに目ェ付けてやがんだか!」
剣の束の前で呟いた時にまたも悪口が飛んだ事で、龍麻は声の主の所在を探し当てた。
……人等では無く、雑然と積み上げられていた中に紛れ込んでいた内の一振
りが、鍔元を震わせながら声を張り上げているのだ。
「魔術の次は、喋る剣だって? ……ったく、本気で何でもアリだな、此処は」
またしても出くわした、奇っ怪なブツを前に龍麻が眉を顰めていると、そいつ
に向かい店主が怒鳴り声を浴びせる。
「やい! デル公! お客様に失礼な事を言うんじゃねぇ!」
「デル公?」
龍麻は改めて剣を注視する。……サイズ自体は先の剣とほぼ同等。片刃の刀身
は幅、厚み共に薄く、較べてよりシャープな印象を与える。
……まあ、長い事放置されていた為か、全体が錆と埃に煤や油汚れで薄っすら
と化粧されている辺りで損していたが。
「それって、インテリジェンスソード?」
近寄って剣を見たルイズが胡散臭そうな声を出すと、店主は肩を竦めて大仰に
溜息を吐いて見せる。
「そうでさ、若奥様。意思を持つ魔剣。インテリジェンスソードでさ。一体、
どこのメイジが始めたんでしょうかねえ、剣を喋らせるなんて……。とにかく、
こいつはやたら口は悪いは、客にケンカを売るわで閉口してまして……。
やいデル公! これ以上失礼があったら、貴族に頼んでてめえを溶かしちまう
からな!」
「面白れェ! やってみろ! どうせこの世にはもう、飽き飽きしてたトコだ!
溶かしてくれるってんなら、願ったりだよ!」
……なんぞと、啖呵切った奴に向かい、青筋を浮かべた店主が腰を上げかけ
たが、その前に龍麻の手が有象無象の剣の束の中から、そいつを引っ張り出し
ていた。
デル公ってのが本名か?」
「違わ! デルフリンガー様だ! おきやがれ!」
「へえ、名に響きも悪くないじゃないか。俺は緋勇龍麻だ。緋勇が姓、名が龍
麻だ。呼び易い方で呼べよ」
そこでまた騒ぐかと思いきや、剣……デルフリンガーは微動だにせず、龍麻
に握られたままでいた。
それから暫し黙り込んでいたと思えば、いきなり独言を洩らし始める。
「――おでれーた。見損なっていた。てめェ、『使い手』か」
「何……?」
……其れまでのチンピラ臭い威勢の良さとは異なる、含みを持った言葉に龍麻
の表情は自然と引き締まる。
「それだけじゃねェ…てめェん中にゃ、なんだか見慣れねえ妙な流れがあり
やがる。こんな奴ァ、初めてだ」
尚も耳を澄まさねば聞き取れない程の声で、龍麻にとって到底聞き流せない
言を喋り続ける剣を顔の前まで持って行くと、やはり小声で話しかける。
「お前、随分と鼻が利くみたいだが……。一体、何が言いたいんだ?」
「それよりもな。てめ、俺を買いな」
「いいだろ。俺も、お前に興味が有るしな」
問いかけに答える代わりに、どういうつもりか自分を売り込んでくるそいつ
を凝視した後。
龍麻が頷き答えると、剣は喋りを止めた。その手に握ったまま振り返ると、
出資者(スポンサー)を見やる。
「俺は、こいつに決めた。いいか?」
それを聞くや、ルイズは何とも微妙な表情で不満気な声を出す。
「え~~~。そんなのにするの? もっと綺麗で喋らないのにしなさいよ」
「そういうな。見てくれこそアレだが、サイズの割には軽いし造りもしっかり
してる。雑に扱われてたにしちゃ、刃に刀身もさほど傷んでないし。然るべき
手入れをすれば、見栄えに実用も満たしてくれるだろうよ。きっと」
此処で臍を曲げられては堪らないので、刀身を指先でなぞり具合を確かめつつ、
弁護も兼ねて説得する。
「……ま、どうせ使うのはあんただし。それが良いって言うんなら、好きになさいよ」
「OK。ありがとよ」
短く礼を言い、カウンターへと向かう。
……前にいるのは、煮ても焼いても腹を壊す事請け合いな、喰えなさそうな
狸爺が一人。
(さて。此処からが、本当の勝負だ……)
と、開戦まで秒読み段階に入った『銭闘』に備え、一人気を引き締める龍麻であった。
――それから小一時間後。
「ヒユウ。お前とならやれそうだ。よろしく頼む――相棒」
そんな台詞を吐いた剣……デルフリンガーを肩に担ぎ、二人は店を出た。
ルイズが持参した予算は、新金貨で百枚。相手の言葉尻を捉え、しぶとく、図々
しく立ち回って妥協を引き出した末、八十数枚の出費で収まった。
ともあれ、買い物が安価くついた事でルイズの機嫌は悪くはないし、龍麻も此処
まで出張って来た用事が無事に済んだから、おのずと気分には余裕が生まれる。
そんなこんなで元来た道を戻る二人を、道を挟んだ反対側の建物の陰から注視す
る一対の視線と二つの影が存在った。
――片や、人目を引く長く伸ばした鮮やかな赤毛に鋭角的な彫りの深い顔立ち。
しなやかな長身にメリハリの利いた肉感的な躯の線を持つ女性であり。
もう一方は対照的に、短く切り揃えた蒼髪に眼鏡。先の人物の胸程しかない小柄
な体躯に、自身の身長に等しい長さの杖を携えた少女……という、これまた別の
意味で他人の目を引くだろう二人組である。
先の人物は言うまでも無い。
『微熱』の二つ名を持ち、何かと気が多過ぎる魔術師、キュルケ(中略)ツェル
プストーと。その学院入学以来の友人にして、こちらは『雪風』の二つ名を戴く
タバサである。
話は数時間前に遡る……。
この日、起き出して早々にキュルケは只今、自身の興味と情熱を刺激して止ま
ない、隣室の間借り人を篭絡すべく動き出した。
……昨晩は幾分露骨に過ぎたかも知れないし、何より無粋極まる邪魔者が大挙
して押し掛けたから不発に終わったが、意中の彼に自分のアプローチが届いて
ない訳が無いという確信の元、意気揚々と隣室を訪れるも部屋は既に蛻の殻。
折角の意気込みが空振りに終わるかと思いきや、偶さか二人が馬に跨り学院か
ら出て行く様を見かけるや、その足でタバサの部屋へと押し掛けると既に朝食
を済ませ趣味である読書に没頭する友人に事情を訴え、かなり強引に協力を
取り付けると彼女の使い魔である風竜に乗って二人の後を追い、街に到着いて
からもずっと付け回していた訳である。
「ゼロのルイズったら……、剣なんか買って気を引こうとしちゃって……!
あたしが狙ってるとわかったら、早速プレゼント攻撃?」
歯噛みしつつ、二人が路地の向こうに消えるまで待つと、本に視線を固定した
ままのタバサを置いて、今し方二人が出て来た武器屋に向かい大股に歩き出す。
――程無くして、店から出て来たキュルケの手には彼の店一番の業物と云われ
たあの、大剣が握られていた。
こうなるまでに、店の中で如何なるやり取りが有ったかは当事者たる店主と
キュルケ知るのみ……と、言うほど御大層なものでは無く。
こう言えば、さして血の巡りの良くない人間でも何故にそうなったかという
理由を容易に推察出来うるだろう。
――凡そ、男という生物(ナマモノ)は、『特定(本能に関わる様な)』の
状況下では総じてアホになる……、と。
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