「よいこのこわ~い食育SS 学食の飯田さん」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「よいこのこわ~い食育SS 学食の飯田さん」(2009/08/06 (木) 14:31:51) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
トリステイン魔法学院学生食堂「アルヴィーズの食堂」 本日の昼食
パン半切れ ポタージュスープ はしばみ草少々 牛乳瓶(小)
配膳された昼食を目の前にして、生徒達は不満を露わにした。
「え~!? 何だよ、今日の料理!!」
「ひでー!!」
「たったこれだけ!?」
「静かに~!! 仕方ないでしょう。学食の利用費を払わないお宅が増えているのですから!! 予算が少ないのです!!」
騒ぎ出す生徒達を静めるべく学院教師・シュヴルーズが声を上げるも、生徒達の不満が収まるわけも無い。
「だったら払わない家の子は食事抜きでいいと思いまーす」
「そーだよそーだよ」
「学院の方針で『生徒の食育の機会を奪ってはいけない』と決まったのです!! 黙って食べてください!!」
「何だよそれ!」
「ちゃんと払ってる人が馬鹿みたいじゃないですか!」
シュヴルーズの言葉に生徒達から一斉にブーイングが飛び出した。
「貧乏な奴は学院に来るなってんだよ!」
「そういう暴言は許しませんよ、ミスタ・グランドプレ!!」
「えー、だってさー」
叱責したシュヴルーズに反論するマリコルヌ。
その近くで1人の女子生徒が沈んだ表情で俯いていた。
ルイズが召喚した女性・飯田さんは、故郷でも学校の生徒達のために食事を作っていたという事もあり、普段は「アルヴィーズの食堂」で働いている。
そしていつしか、ルイズも彼女と共に食堂を手伝うようになっていた。
「憂鬱だけど頑張らなくっちゃ!」
「お昼時の現場に通わずしてみんなの生の声は聞けないものね、イイダ」
「ああ、でも……、食べ盛りの生徒達のがっかりした顔を見るのはやっぱり辛いわ。私の作った料理をお替わり自由でたんと食べさせてあげたいわ」
昼食の調理・配膳がひと段落した後で今後の学食に生かすため生徒達の生の意見を聞くのが、飯田さん・ルイズの日課だった。
「皆さーん、こんにちは」
「お味はどうかしら?」
飯田さん・ルイズが食堂内に入ってくると、生徒達が一斉にざわめき始める。
「ミス・イイダだ!!」
「学食のミス・イイダが来た!!」
「ミス・イイダ、カリーの日をもっと増やしてくださいよー!!」
「『カリーの日をもっと増やしてほしい』……と。メモメモ」
「ヨシェナヴェの日がもっとあるといいでーす」
「コラウスサラダ嫌い!!」
生徒達の意見を帳面に書き留めつつ食堂内を回っていた飯田さんだったが、1人の生徒が料理に手をつけていない事に気付き接近していく。
「美味しくないかな? ブリジッタちゃん」
そっと顔を覗きこんだ飯田さんにブリジッタはすまなそうに、
「……ミス・イイダ、ごめんなさい……」
「え?」
「学食の利用費が払えてないのに……。ほんとは食べちゃ駄目なのに……。ごめんなさい……」
「ブリジッタちゃん、そんな……」
そこにギーシュ・レイナールが、
「ミス・イイダ、ブリジッタん家超貧乏なんだぜ!!」
「家だって超ボロいしさー」
「ちょっと、あなた達!!」
シュヴルーズが注意するため立ち上がったその時、飯田さんは憤怒を込めて2人を睨みつけた。
ただのひと睨みで2人は震え上がり、
『ご……、ごめんなさい……』
慌てて謝罪の言葉を口にするギーシュ・レイナール。
そんな雰囲気を和ませるかのような絶妙のタイミングで、キュルケが飯田さんに声をかける。
「ミス・イイダ、あたしニンジン食べられるようになったわ。ミス・イイダがすりおろして肉団子に混ぜて食べやすくしてくれたおかげよ」
「まあ……!! 頑張ったかいがあったわ!! あれは予想外に時間がかかったの!! 作りながら『やっぱやめときゃよかったかな』とか思ったの!! でも作ってよかった!!」
先程の表情とは一転、満面の笑みを浮かべてキュルケに微笑みかける飯田さんだった。
「さっき怖かったな……」
「うん……」
「ミス・イイダ」
厨房に戻ろうとする飯田さんに、マリコルヌが声をかけた。
「僕手紙書いたんです。家で読んでください」
生徒達が昼食を終えて、「アルヴィーズの食堂」の厨房は後片付けに追われていた。
「おい嬢ちゃん達、あんま根詰めねえ方がいいんじゃねえか? 省いたり楽していいとこだってあると思うがな」
食器を洗い終えたマルトーは、飯田さん・ルイズにそう言いつつ包丁を戸棚にしまっていく。
「あはは、好きでやってるんです、私!」
落とした汚れを洗い流すため、飯田さん・ルイズ・シエスタの3人がかりで大鍋を傾け汚れた水を流す。
「お野菜を少しでも安く仕入れて経費を押さえるのに、休日返上で監獄の農場に出かけたりしているんでしょ? そこまで頑張らなくてもいいと思いますよ。利用費を払い渋ってる人達の皺寄せを思いっきり被ってるじゃないですか」
水を流し終えたシエスタが軽く肩を揉みつつ2人に話しかけた。
「『全員に料理を出す』なんて、学院も面倒な方針取ってくれたもんだぜ。貧乏で払えねえんならともかくさ……、金があるのに惜しくて払わねえなんて親も増えてきてんのによ」
(………)
生徒達の夕食が終わった「アルヴィーズの食堂」の厨房では、飯田さん・ルイズが自分達の食事の準備をしていた。
「そりゃ、私だって問題には感じてるわ……。今全体的にメニューの質が下がってる……。量も……。『払わない家の子は食べさせない』となったとすれば、それが1番楽なのだろうけど……」
「ええ……。でも私達はみんなの笑顔が見たくて食堂手伝わせてもらってるのよ!! 私達がもっと頑張れば何とかなるはずよ!! 払わない家も私達が行って話せば考えてくれるかもしれないし……」
「あとはより安価かつ安全な食材の開拓と……」
2人がそんな会話を交わしているうちに夕食の準備が整った。
『いただきます』
「あ、手紙まだ読んでなかった!」
飯田さんはペーパーナイフで封筒の封を切って手紙を出そうと傾ける。
しかし封筒の中から転がり出てきたのは、ゴキブリの死骸だった!
「きゃっ!」
「マ……、マリコルヌ……?」
封筒に同封されていたマリコルヌからの手紙には、
『給食費払わねー貧乏人のとばっちりは正直勘弁っす。ミス・イイダも仕事辞めて代わりの人に来てほしいでーす』
「どうしてこんな……、酷い……」
「かっ、片付けなきゃ……」
飯田さんはそそくさ2人分の食器を厨房の洗い場に運んでいく。
(マリコルヌ君は現状を私のせいだと思い込んでるんだわ。そりゃ私達の力不足もあるかもしれない。でも……、私だって……)
自分に言い聞かせていた言葉は、やがて自分の努力に対する無理解を呪う言葉に変わっていった。
「私だって……!!」
傍らに置かれていた包丁を握り締めると、
「がああ!!」
――ダーンッ
まな板の上のニンジンをマリコルヌに見立て、力任せに真っ二つにする。
「……駄目よ、駄目駄目。ちゃんとしなきゃ……。ぶっ殺すのは心の中でだけ、ぶっ殺すのは心の中でだけ……」
翌日、飯田さんはグランドプレ邸を訪問していた。
「やる事がいやらしいわね、ミス・イイダとやら。他人のカジノ帰りを家の前で待ち伏せかい」
「いえ……、あの……、手紙を出したのですが相手にしてもらえなかったので……」
「うちは払わないよ、そんなもん。魔法学院は王立だろ。だったら学食の費用も税金でまかなうのが筋だろうが」
「だいたい学食の料理なんて頼んでもないのにそっちが勝手に出してんだろ。それで金払えなんてこんな横暴な話はないわ。メニューも一方的だし、町のレストランがこんな商売したら客なんか誰も来んわ」
マリコルヌの父はそう言いつつ、これ見よがしに腰に差した杖に手をかける。
(この父親……、わざと杖を見せてる……!! これで私が引き下がると思っている事に何だか腹が立つ……!!)
「まー、不況でこっちもいろいろ大変なんよ。じゃあな姉ちゃん」
「あー、めんどい」
(それならこっちだって……!! もう全部言ったれ!!)
そう頭の中で決めると庭先に止まっている豪華な馬車に視線を向け、
「いっ、いい馬車ですね、これ!! 馬車のグレードを少し下げれば、学食利用費くらいどうとでもなるのでは?」
その指摘に動揺するマリコルヌの母の洋服や髪も見逃さず、さらにたたみかける。
「そっ、それに奥様は洋品店や美容院通いには余念が無いようですが、そういった暮らしの代償として、お子様に肩身の狭い思いをさせる事についてどうお考えで?」
――パンッ
飯田さんの質問に対するマリコルヌの母の返答は突然の平手打ちだった。
「かんけーねーだろ。何だお前」
――パン、パン
「何だお前。何だお前。なー、何だっつってんだよ」
1発では飽き足らず、なおも飯田さんの頬を平手で叩き続ける。
「おいおいやめー。手ぇ出すな」
「こいつ超うぜー」
「すいませんね。家内には私がよく言っときますんで。学食代払うかどうかも、カジノで大勝ちした日には必ずお支払いしますし、今日のところは……」
その時、門の方から1つの人影が3人に向かって接近してきた。
「!!」
それはマリコルヌだった。飯田さんと両親が交わしていた会話の内容に思わず立ち竦む。
「うち……、学食代払ってなかったのか!? マジ!?」
「マリコルヌ!! お前は家に入っとれ」
「………」
飯田さんは冷たい視線でマリコルヌを見下ろしていたが、
「失礼しました。また来ます」
やがてそう一言のみ言い残してグランドプレ邸を後にするのだった。
「おーおー、帰れ帰れ」
「あんた! 塩撒いとこ」
「おー、安い塩どさーっと撒いとけえ」
まったく悪びれた様子も無く悪態を吐くマリコルヌの両親。
(………)
ただ1人、マリコルヌのみが不安な表情で去っていく飯田さんの後ろ姿を見送っていた。
未納を伝える際は、生徒づてではなく親に直接伝える方針を学院は取っていた。生徒の心情を考慮しての措置であった。しかしその措置は一件思いやりがあるように見えるが、悪ガキのエゴを正す機会をもまた奪い今日に至るのだった。
「カエルの親も所詮カエル……!! あんなガキを産み育てた親に何を期待していたのかしら……!! 何度も警告した……!! 助かるチャンスは何度もあった。あいつらは親子揃って自ら罪人と化したのよ、ふふふふ……」
その夜、グランドプレ邸では……、
「ねえママ!! 学食代払ってくれよ!! あいつ最後何か怖かったよ!! 僕もちょっといじめてたしさ!!」
「払わなくても大丈夫な仕組みになってんだよ。ちゃんと税金に含まれてんだよ、あーゆーのは」
「含まれてないから来たんだろ、あいつ!!」
長椅子にだらしなく座り込んだままマリコルヌの訴えをあしらうマリコルヌの母だったが、夫が廊下を玄関の方に向かっている事に気付いて声をかける。
「どこ行くの、あんた」
「カジノ。今月負けてるから取り返さねーと」
「あんた!! またあの女の店じゃないだろーね!!」
「うるせーうるせー。痩せろ、ブタ」
マリコルヌの父が悪態を吐きつつ玄関から外に出たその時、
――ゴッ!!
突然闇に潜んでいた何者かが、マリコルヌの父の頭部をハンマーで激しく殴打した。
あまりの衝撃で頭蓋骨はあっさり陥没し、その拍子に両方の眼球が眼窩から飛び出す。
――ドシャアアッ
突然の一撃を受けて、自分の身に何事が起こったのかわからないままマリコルヌの父は絶命し倒れた。
闇に潜んでいたそのハンマーの主・飯田さんは、無造作に脚をつかんでひきずり屋敷内に入っていく。
――バアンッ
扉が勢いよく閉められた音が消えると周囲に静寂が戻った。
残された惨劇の痕跡はポーチに残された直径50サント程度の血溜まりのみ。
「ぎゃあああ!!」
「わああああ!!」
屋敷内にマリコルヌ母子の悲鳴が響き渡った。
「よー」
出刃包丁を両手に持ち仁王立ちで2人の前に現れた飯田さん。出刃包丁の片方には、頭蓋骨がへこみ両目が飛び出たマリコルヌの父の生首が突き刺さっていた。
「マリコルヌ君、学食費を払わなかったらこうなるのよ」
その生首を見せつけるようにかざして凄絶な笑みを浮かべる。そして次の瞬間、
「わかったかー!!」
――ズババアッ
「ぎゃあああ!!」
般若の形相で叫びと共に、出刃包丁の二刀流でマリコルヌの背中を斬りつけた。
「えっ、衛兵、衛……、ひいっ、ひいっ」
マリコルヌの母は、助けを求めるべく部屋から出ようと必死で扉までたどり着く。
「はっ!!」
しかし扉を開けようとしたその手の動きが止まった。
取っ手にかけた左手首に、飯田さんが投擲した出刃包丁が深々と刺さっていたからだ。
「奥様……、私は思うのです。『昔はよかった』と……。
昔は会社員や教職員の給料は手渡しでした。封筒に入れてのやり取りです。
学食の利用費も同様……。封筒に入れ生徒が直接学院まで持参したものです。
当然無くすわけにはいきません。気をつけて持ち歩きます。使おうと思えば使ってしまえる……、でも後で困るから我慢しよう。そうやってお金のありがたみと重みを実感していったのです。
それがいつしか振り込みが当たり前になってしまった!! 合理化と引き換えに封筒を持たなくなった子供達は、料理を出されるのが当たり前と思うようになり!! そういう子供がやがてあなたのような親となり!!」
反撃すべく必死で戸棚の中にしまい込んでいた杖を見つけたマリコルヌの母。しかし……、
「学食代の支払いを求められる事を、まるで不当な搾取を受けているかのごとく主張するようになる!!」
「ぎゃっ!!」
その手が杖を握った瞬間、詠唱する時間さえ与えず飯田さんの包丁が握った杖を右手首諸共切断した。
「ひいいいいい!」
「逃がすかーっ!」
右手首を失ったまま逃走するマリコルヌの母を追跡する飯田さん。2人の距離はみるみる縮まっていく。
「そういう親を世間は『モンスター』と定義してるわ!! どうしてモンスターなのか教えてあげる!!」
その背中を追う飯田さんは大きく出刃包丁を振り上げ、
「退治されるべき存在だからよ!!」
――ザゴオ!!
「ぎゃああああ!!」
飯田さんが渾身の力で振り下ろした出刃包丁が、容赦無くマリコルヌの母の肉体を唐竹割りにしていく。
――テレレレテッテッテーン!
おそらくは幻聴であったのだろうが、マリコルヌの耳に短いながらも軽快な音楽が聞こえてきた。
「飯田はレベルが1上がった!!」
「マ……、ママ……!!」
目の前で母親を一刀両断にされて、マリコルヌの表情が凍結した。
「マリコルヌ君、いいニュースと悪いニュースがあるわ」
「ひいいいっ!!」
飯田さんはぞっとするほど冷たい瞳でマリコルヌを見下ろし、淡々と伝える。
「まずいいニュース。今後しばらく学食の料理がグレードアップします。カリーもシチューも肉ががっつり増えます。次に悪いニュース。マリコルヌ君は食べられない……!!」
数日後、昼食時のアルヴィーズの食堂では……、
「昼食だーっ!!」
「どいたどいた~!!」
生徒達が先を争ってアルヴィーズの食堂に入っていく。
着席した生徒達の前に並べられたのは、肉も野菜もたっぷり入れられたビーフシチューがなみなみと注がれた深皿。
「今日はビーフシチューだーっ!!」
「わーい!!」
「いただきまーす!!」
「美味しい!!」
「美味しいね!!」
(皆さんのこの喜びよう、この笑顔……。やりましたね、ミス・イイダ!! ミスタ・グランドプレ一家の行方不明と住宅全焼事件が未解決なのを除けば、とても幸せです。シチューも美味しいですし)
シュヴルーズもビーフシチューの味に満足しているようで、笑みを浮かべて生徒達の食事風景を見ている。
「皆さん、今日のお味はいかがですか?」
そこに飯田さんとルイズが食堂に入ってきた。
「あ!!」
「ミス・イイダ!!」
「ありがとう、ミス・イイダ!!」
「ビーフシチューとっても美味しいですよ!!」
「量もたっぷり!! 今までのが嘘みたい!!」
「ありがとう、ミス・イイダ!!」
「あたし毎日学食の料理を楽しみにしてるよ!!」
生徒達は飯田さんに対して口々に感謝の言葉を口にした。
「みんな……、ありがとう……」
生徒達からの喜びの言葉に飯田さんは思わず涙ぐんだ。
「あっ、ミス・イイダ泣いてる~!! 変なの~!!」
「ミス・イイダ泣き虫~!!」
「だって……、だって……」
「泣かないで、イイダ!! 悲しいの!?」
ルイズのかけた言葉に飯田さんは涙を拭いつつ首を振り、
「ううん、みんなの笑顔が見られて嬉しいのよ」
こうして飯田さんは学食代の不足を解決できるようになったばかりでなく、お肉をタダで入手するよりパワーアップした学食お姉さんになったのでした。
めでたしめでたし。
本日のビーフシチュー 材料
赤ワイン・ジャガイモ・タマネギ・トマト・ニンジン・ブロッコリー・マリコルヌ
----
トリステイン魔法学院学生食堂「アルヴィーズの食堂」 本日の昼食
パン半切れ ポタージュスープ はしばみ草少々 牛乳瓶(小)
配膳された昼食を目の前にして、生徒達は不満を露わにした。
「え~!? 何だよ、今日の料理!!」
「ひでー!!」
「たったこれだけ!?」
「静かに~!! 仕方ないでしょう。学食の利用費を払わないお宅が増えているのですから!! 予算が少ないのです!!」
騒ぎ出す生徒達を静めるべく学院教師・シュヴルーズが声を上げるも、生徒達の不満が収まるわけも無い。
「だったら払わない家の子は食事抜きでいいと思いまーす」
「そーだよそーだよ」
「学院の方針で『生徒の食育の機会を奪ってはいけない』と決まったのです!! 黙って食べてください!!」
「何だよそれ!」
「ちゃんと払ってる人が馬鹿みたいじゃないですか!」
シュヴルーズの言葉に生徒達から一斉にブーイングが飛び出した。
「貧乏な奴は学院に来るなってんだよ!」
「そういう暴言は許しませんよ、ミスタ・グランドプレ!!」
「えー、だってさー」
叱責したシュヴルーズに反論するマリコルヌ。
その近くで1人の女子生徒が沈んだ表情で俯いていた。
ルイズが召喚した女性・飯田さんは、故郷でも学校の生徒達のために食事を作っていたという事もあり、普段は「アルヴィーズの食堂」で働いている。
そしていつしか、ルイズも彼女と共に食堂を手伝うようになっていた。
「憂鬱だけど頑張らなくっちゃ!」
「お昼時の現場に通わずしてみんなの生の声は聞けないものね、イイダ」
「ああ、でも……、食べ盛りの生徒達のがっかりした顔を見るのはやっぱり辛いわ。私の作った料理をお替わり自由でたんと食べさせてあげたいわ」
昼食の調理・配膳がひと段落した後で今後の学食に生かすため生徒達の生の意見を聞くのが、飯田さん・ルイズの日課だった。
「皆さーん、こんにちは」
「お味はどうかしら?」
飯田さん・ルイズが食堂内に入ってくると、生徒達が一斉にざわめき始める。
「ミス・イイダだ!!」
「学食のミス・イイダが来た!!」
「ミス・イイダ、カリーの日をもっと増やしてくださいよー!!」
「『カリーの日をもっと増やしてほしい』……と。メモメモ」
「ヨシェナヴェの日がもっとあるといいでーす」
「コラウスサラダ嫌い!!」
生徒達の意見を帳面に書き留めつつ食堂内を回っていた飯田さんだったが、1人の生徒が料理に手をつけていない事に気付き接近していく。
「美味しくないかな? ブリジッタちゃん」
そっと顔を覗きこんだ飯田さんにブリジッタはすまなそうに、
「……ミス・イイダ、ごめんなさい……」
「え?」
「学食の利用費が払えてないのに……。ほんとは食べちゃ駄目なのに……。ごめんなさい……」
「ブリジッタちゃん、そんな……」
そこにギーシュ・レイナールが、
「ミス・イイダ、ブリジッタん家超貧乏なんだぜ!!」
「家だって超ボロいしさー」
「ちょっと、あなた達!!」
シュヴルーズが注意するため立ち上がったその時、飯田さんは憤怒を込めて2人を睨みつけた。
ただのひと睨みで2人は震え上がり、
『ご……、ごめんなさい……』
慌てて謝罪の言葉を口にするギーシュ・レイナール。
そんな雰囲気を和ませるかのような絶妙のタイミングで、キュルケが飯田さんに声をかける。
「ミス・イイダ、あたしニンジン食べられるようになったわ。ミス・イイダがすりおろして肉団子に混ぜて食べやすくしてくれたおかげよ」
「まあ……!! 頑張ったかいがあったわ!! あれは予想外に時間がかかったの!! 作りながら『やっぱやめときゃよかったかな』とか思ったの!! でも作ってよかった!!」
先程の表情とは一転、満面の笑みを浮かべてキュルケに微笑みかける飯田さんだった。
「さっき怖かったな……」
「うん……」
「ミス・イイダ」
厨房に戻ろうとする飯田さんに、マリコルヌが声をかけた。
「僕手紙書いたんです。家で読んでください」
生徒達が昼食を終えて、「アルヴィーズの食堂」の厨房は後片付けに追われていた。
「おい嬢ちゃん達、あんま根詰めねえ方がいいんじゃねえか? 省いたり楽していいとこだってあると思うがな」
食器を洗い終えたマルトーは、飯田さん・ルイズにそう言いつつ包丁を戸棚にしまっていく。
「あはは、好きでやってるんです、私!」
落とした汚れを洗い流すため、飯田さん・ルイズ・シエスタの3人がかりで大鍋を傾け汚れた水を流す。
「お野菜を少しでも安く仕入れて経費を押さえるのに、休日返上で監獄の農場に出かけたりしているんでしょ? そこまで頑張らなくてもいいと思いますよ。利用費を払い渋ってる人達の皺寄せを思いっきり被ってるじゃないですか」
水を流し終えたシエスタが軽く肩を揉みつつ2人に話しかけた。
「『全員に料理を出す』なんて、学院も面倒な方針取ってくれたもんだぜ。貧乏で払えねえんならともかくさ……、金があるのに惜しくて払わねえなんて親も増えてきてんのによ」
(………)
生徒達の夕食が終わった「アルヴィーズの食堂」の厨房では、飯田さん・ルイズが自分達の食事の準備をしていた。
「そりゃ、私だって問題には感じてるわ……。今全体的にメニューの質が下がってる……。量も……。『払わない家の子は食べさせない』となったとすれば、それが1番楽なのだろうけど……」
「ええ……。でも私達はみんなの笑顔が見たくて食堂手伝わせてもらってるのよ!! 私達がもっと頑張れば何とかなるはずよ!! 払わない家も私達が行って話せば考えてくれるかもしれないし……」
「あとはより安価かつ安全な食材の開拓と……」
2人がそんな会話を交わしているうちに夕食の準備が整った。
『いただきます』
「あ、手紙まだ読んでなかった!」
飯田さんはペーパーナイフで封筒の封を切って手紙を出そうと傾ける。
しかし封筒の中から転がり出てきたのは、ゴキブリの死骸だった!
「きゃっ!」
「マ……、マリコルヌ……?」
封筒に同封されていたマリコルヌからの手紙には、
『給食費払わねー貧乏人のとばっちりは正直勘弁っす。ミス・イイダも仕事辞めて代わりの人に来てほしいでーす』
「どうしてこんな……、酷い……」
「かっ、片付けなきゃ……」
飯田さんはそそくさ2人分の食器を厨房の洗い場に運んでいく。
(マリコルヌ君は現状を私のせいだと思い込んでるんだわ。そりゃ私達の力不足もあるかもしれない。でも……、私だって……)
自分に言い聞かせていた言葉は、やがて自分の努力に対する無理解を呪う言葉に変わっていった。
「私だって……!!」
傍らに置かれていた包丁を握り締めると、
「がああ!!」
――ダーンッ
まな板の上のニンジンをマリコルヌに見立て、力任せに真っ二つにする。
「……駄目よ、駄目駄目。ちゃんとしなきゃ……。ぶっ殺すのは心の中でだけ、ぶっ殺すのは心の中でだけ……」
翌日、飯田さんはグランドプレ邸を訪問していた。
「やる事がいやらしいわね、ミス・イイダとやら。他人のカジノ帰りを家の前で待ち伏せかい」
「いえ……、あの……、手紙を出したのですが相手にしてもらえなかったので……」
「うちは払わないよ、そんなもん。魔法学院は王立だろ。だったら学食の費用も税金でまかなうのが筋だろうが」
「だいたい学食の料理なんて頼んでもないのにそっちが勝手に出してんだろ。それで金払えなんてこんな横暴な話はないわ。メニューも一方的だし、町のレストランがこんな商売したら客なんか誰も来んわ」
マリコルヌの父はそう言いつつ、これ見よがしに腰に差した杖に手をかける。
(この父親……、わざと杖を見せてる……!! これで私が引き下がると思っている事に何だか腹が立つ……!!)
「まー、不況でこっちもいろいろ大変なんよ。じゃあな姉ちゃん」
「あー、めんどい」
(それならこっちだって……!! もう全部言ったれ!!)
そう頭の中で決めると庭先に止まっている豪華な馬車に視線を向け、
「いっ、いい馬車ですね、これ!! 馬車のグレードを少し下げれば、学食利用費くらいどうとでもなるのでは?」
その指摘に動揺するマリコルヌの母の洋服や髪も見逃さず、さらにたたみかける。
「そっ、それに奥様は洋品店や美容院通いには余念が無いようですが、そういった暮らしの代償として、お子様に肩身の狭い思いをさせる事についてどうお考えで?」
――パンッ
飯田さんの質問に対するマリコルヌの母の返答は突然の平手打ちだった。
「かんけーねーだろ。何だお前」
――パン、パン
「何だお前。何だお前。なー、何だっつってんだよ」
1発では飽き足らず、なおも飯田さんの頬を平手で叩き続ける。
「おいおいやめー。手ぇ出すな」
「こいつ超うぜー」
「すいませんね。家内には私がよく言っときますんで。学食代払うかどうかも、カジノで大勝ちした日には必ずお支払いしますし、今日のところは……」
その時、門の方から1つの人影が3人に向かって接近してきた。
「!!」
それはマリコルヌだった。飯田さんと両親が交わしていた会話の内容に思わず立ち竦む。
「うち……、学食代払ってなかったのか!? マジ!?」
「マリコルヌ!! お前は家に入っとれ」
「………」
飯田さんは冷たい視線でマリコルヌを見下ろしていたが、
「失礼しました。また来ます」
やがてそう一言のみ言い残してグランドプレ邸を後にするのだった。
「おーおー、帰れ帰れ」
「あんた! 塩撒いとこ」
「おー、安い塩どさーっと撒いとけえ」
まったく悪びれた様子も無く悪態を吐くマリコルヌの両親。
(………)
ただ1人、マリコルヌのみが不安な表情で去っていく飯田さんの後ろ姿を見送っていた。
未納を伝える際は、生徒づてではなく親に直接伝える方針を学院は取っていた。生徒の心情を考慮しての措置であった。しかしその措置は一件思いやりがあるように見えるが、悪ガキのエゴを正す機会をもまた奪い今日に至るのだった。
「カエルの親も所詮カエル……!! あんなガキを産み育てた親に何を期待していたのかしら……!! 何度も警告した……!! 助かるチャンスは何度もあった。あいつらは親子揃って自ら罪人と化したのよ、ふふふふ……」
その夜、グランドプレ邸では……、
「ねえママ!! 学食代払ってくれよ!! あいつ最後何か怖かったよ!! 僕もちょっといじめてたしさ!!」
「払わなくても大丈夫な仕組みになってんだよ。ちゃんと税金に含まれてんだよ、あーゆーのは」
「含まれてないから来たんだろ、あいつ!!」
長椅子にだらしなく座り込んだままマリコルヌの訴えをあしらうマリコルヌの母だったが、夫が廊下を玄関の方に向かっている事に気付いて声をかける。
「どこ行くの、あんた」
「カジノ。今月負けてるから取り返さねーと」
「あんた!! またあの女の店じゃないだろーね!!」
「うるせーうるせー。痩せろ、ブタ」
マリコルヌの父が悪態を吐きつつ玄関から外に出たその時、
――ゴッ!!
突然闇に潜んでいた何者かが、マリコルヌの父の頭部をハンマーで激しく殴打した。
あまりの衝撃で頭蓋骨はあっさり陥没し、その拍子に両方の眼球が眼窩から飛び出す。
――ドシャアアッ
突然の一撃を受けて、自分の身に何事が起こったのかわからないままマリコルヌの父は絶命し倒れた。
闇に潜んでいたそのハンマーの主・飯田さんは、無造作に脚をつかんでひきずり屋敷内に入っていく。
――バアンッ
扉が勢いよく閉められた音が消えると周囲に静寂が戻った。
残された惨劇の痕跡はポーチに残された直径50サント程度の血溜まりのみ。
「ぎゃあああ!!」
「わああああ!!」
屋敷内にマリコルヌ母子の悲鳴が響き渡った。
「よー」
出刃包丁を両手に持ち仁王立ちで2人の前に現れた飯田さん。出刃包丁の片方には、頭蓋骨がへこみ両目が飛び出たマリコルヌの父の生首が突き刺さっていた。
「マリコルヌ君、学食費を払わなかったらこうなるのよ」
その生首を見せつけるようにかざして凄絶な笑みを浮かべる。そして次の瞬間、
「わかったかー!!」
――ズババアッ
「ぎゃあああ!!」
般若の形相で叫びと共に、出刃包丁の二刀流でマリコルヌの背中を斬りつけた。
「えっ、衛兵、衛……、ひいっ、ひいっ」
マリコルヌの母は、助けを求めるべく部屋から出ようと必死で扉までたどり着く。
「はっ!!」
しかし扉を開けようとしたその手の動きが止まった。
取っ手にかけた左手首に、飯田さんが投擲した出刃包丁が深々と刺さっていたからだ。
「奥様……、私は思うのです。『昔はよかった』と……。昔は会社員や教職員の給料は手渡しでした。封筒に入れてのやり取りです。学食の利用費も同様……。封筒に入れ生徒が直接学院まで持参したものです。当然無くすわけにはいきません。気をつけて持ち歩きます。使おうと思えば使ってしまえる……、でも後で困るから我慢しよう。そうやってお金のありがたみと重みを実感していったのです。それがいつしか振り込みが当たり前になってしまった!! 合理化と引き換えに封筒を持たなくなった子供達は、料理を出されるのが当たり前と思うようになり!! そういう子供がやがてあなたのような親となり!!」
反撃すべく必死で戸棚の中にしまい込んでいた杖を見つけたマリコルヌの母。しかし……、
「学食代の支払いを求められる事を、まるで不当な搾取を受けているかのごとく主張するようになる!!」
「ぎゃっ!!」
その手が杖を握った瞬間、詠唱する時間さえ与えず飯田さんの包丁が握った杖を右手首諸共切断した。
「ひいいいいい!」
「逃がすかーっ!」
右手首を失ったまま逃走するマリコルヌの母を追跡する飯田さん。2人の距離はみるみる縮まっていく。
「そういう親を世間は『モンスター』と定義してるわ!! どうしてモンスターなのか教えてあげる!!」
その背中を追う飯田さんは大きく出刃包丁を振り上げ、
「退治されるべき存在だからよ!!」
――ザゴオ!!
「ぎゃああああ!!」
飯田さんが渾身の力で振り下ろした出刃包丁が、容赦無くマリコルヌの母の肉体を唐竹割りにしていく。
――テレレレテッテッテーン!
おそらくは幻聴であったのだろうが、マリコルヌの耳に短いながらも軽快な音楽が聞こえてきた。
「飯田はレベルが1上がった!!」
「マ……、ママ……!!」
目の前で母親を一刀両断にされて、マリコルヌの表情が凍結した。
「マリコルヌ君、いいニュースと悪いニュースがあるわ」
「ひいいいっ!!」
飯田さんはぞっとするほど冷たい瞳でマリコルヌを見下ろし、淡々と伝える。
「まずいいニュース。今後しばらく学食の料理がグレードアップします。カリーもシチューも肉ががっつり増えます。次に悪いニュース。マリコルヌ君は食べられない……!!」
数日後、昼食時のアルヴィーズの食堂では……、
「昼食だーっ!!」
「どいたどいた~!!」
生徒達が先を争ってアルヴィーズの食堂に入っていく。
着席した生徒達の前に並べられたのは、肉も野菜もたっぷり入れられたビーフシチューがなみなみと注がれた深皿。
「今日はビーフシチューだーっ!!」
「わーい!!」
「いただきまーす!!」
「美味しい!!」
「美味しいね!!」
(皆さんのこの喜びよう、この笑顔……。やりましたね、ミス・イイダ!! ミスタ・グランドプレ一家の行方不明と住宅全焼事件が未解決なのを除けば、とても幸せです。シチューも美味しいですし)
シュヴルーズもビーフシチューの味に満足しているようで、笑みを浮かべて生徒達の食事風景を見ている。
「皆さん、今日のお味はいかがですか?」
そこに飯田さんとルイズが食堂に入ってきた。
「あ!!」
「ミス・イイダ!!」
「ありがとう、ミス・イイダ!!」
「ビーフシチューとっても美味しいですよ!!」
「量もたっぷり!! 今までのが嘘みたい!!」
「ありがとう、ミス・イイダ!!」
「あたし毎日学食の料理を楽しみにしてるよ!!」
生徒達は飯田さんに対して口々に感謝の言葉を口にした。
「みんな……、ありがとう……」
生徒達からの喜びの言葉に飯田さんは思わず涙ぐんだ。
「あっ、ミス・イイダ泣いてる~!! 変なの~!!」
「ミス・イイダ泣き虫~!!」
「だって……、だって……」
「泣かないで、イイダ!! 悲しいの!?」
ルイズのかけた言葉に飯田さんは涙を拭いつつ首を振り、
「ううん、みんなの笑顔が見られて嬉しいのよ」
こうして飯田さんは学食代の不足を解決できるようになったばかりでなく、お肉をタダで入手するよりパワーアップした学食お姉さんになったのでした。
めでたしめでたし。
本日のビーフシチュー 材料
赤ワイン・ジャガイモ・タマネギ・トマト・ニンジン・ブロッコリー・マリコルヌ
----
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: