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「凄絶な使い魔‐09」(2009/07/06 (月) 13:47:01) の最新版変更点
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学院長室に包帯を巻いた老人が座っていた。
彼の名はオールドオスマン、トリスティンの生ける伝説とまで呼ばれる老メイジである。
ちょうど、先日の今頃、とある事故により全身打撲の重傷を負い、只今療養中である。
と言っても、この程度の傷は、毎日秘書から受ける暴行と同程度あり、彼にしてみれば日常茶飯事の出来事だ。
コンコンとドアのノッカーが鳴らされる。
今、秘書のロングビルはいない為、オスマンが大声を張り上げて、入室を許可する。
扉を開けて入ってきたのは頭に包帯を巻いた中年メイジだ。
「学院長、身体のご加減はいかがでしょうか?」
「おお、コルカタコシニ・フェイタス君、君も災難じゃったな」
「あの……私の名はジャン、姓がコルベールですぞ、……ところで、ミス・ロングビルが見えませんが?」
「ああ、今は宝物庫の目録作りに行っとる」
あ、そうですかと、落胆したような表情のコルベール、気を取り直してオスマンに向き合った。
「実は今日伺ったのはミス・ヴァリエールの使い魔の件について話したい事がありまして」
「ふむ、昨日ワシらの前で炸裂した魔法の事じゃな」
「はい、あの魔法にも似た攻撃……メイジにとっても、あれは紛れもない脅威です」
近距離で受ければ、たやすく人間を無力化してしまう威力の攻撃を、東方から呼び出された青年は呪文の詠唱をしないで発生させる。
何より、目に見えないそれは対処することが難しい。
「もし我々の様に、その他の生徒の身に事故が起きた場合を考えると……」
「……これでも人の見る目は有る方じゃと思っとるんじゃが、……そう言われると、
……確かにミス・ヴァリエールの使い魔には、何らかの枷が必要かもしれんのぉ」
ポリポリと頭をかきながら、オスマンが考えを巡らせているところに、学院長室の扉がノックされ、
秘書のミス・ロングビルが入ってきた。
「学院長、……あら、もう平気なんですかコルベール先生」
オスマンのほかに、コルベールの姿を見つけ、挨拶すると、コルベールの顔がだらしなく笑った。
「いや、こう見えても体は丈夫でして、この通りですぞ」
と奇妙に体を動かすコルベールに愛想笑いを送ると、彼女はオスマンに報告を行った。
「いま、教師の一人から報告が入ったのですが、ヴェストリの広場で決闘が行われるようでして、
眠りの鐘の使用を求めているのですがいかがしましょう?」
「決闘?……暇を持て余した学生は性質が悪いのぉ、……どうせただの喧嘩じゃよ、秘宝を使うなんてもったいないわい」
「まったく、学生同士の決闘は校則違反ですぞ、一体誰がそんな事をしでかしたのです?」
「はぁ、それが一人はギーシュ・グラモンですが、もう一人は昨日召喚されたミス・ヴァリエールの使い魔です」
「……なんじゃと?」
間の抜けた声で、オスマンはミス・ロングビルに再び問い返した。
「ですから……」
ミス・ロングビルのやや事務的な口調に、オスマンとコルベールの二人は顔を見合わせた。
広間に集まった学生たちの輪の中心にギーシュとそしてルイズと元親は立っていた。
止めようとしている教師達の姿もみえるが、生徒に邪魔されていて騒ぎを抑えきれないでいる。
食堂にいた人数より、増えているのを見ると、噂を聞いて集まった生徒も多数いるようだった。
「逃げずに連れて来たねルイズ、君はよっぽど信頼しているのようだ、その使い魔を」
ルイズが何か言おうとしたが、元親が後ろに下がらせた。
ギーシュはその落ち着き払った元親の態度が気に食わなかったが、手にしたバラを高々と掲げ、決闘を宣言した。
観衆から歓声が上がりムードが高まる。
そんなギャラリーの中にタバサとキュルケの姿も見える。
キュルケは、もし、元親が危なくなったら、加勢してやるつもりだった。
タバサは元親の一挙一足に注目している。
ギーシュがバラの杖を目の前にかざした。
「僕はメイジだ、だから魔法で戦う、文句ないね」
そう言うとギーシュの振るったバラの花びらが一体の青銅でできた女神の像を作り出す。
「上等、……俺の使う得物も文句はないな」
そう言って手にした黒い三味線を持ち直す、彼の左手のルーンが輝きはじめた。
明らかに妖しい迫力を滲ませる髑髏の飾りが、一瞬ギーシュの不安を誘った。
「その楽器で戦うと言うのかい?」
「蝙蝠髑髏……、ただの三味線と思っていたら死ぬぞ」
元親と武器、どちらの迫力に押されたかギーシュは慌てた声を上げる。
「ちょっと待ちたまえ、ひょっとしてそれはマジックアイテムと言う事かい?」
ギーシュの発言に観衆もどよめく。
「ただの平民じゃなくて、残念だったわねギーシュ、チョーソカベは異国の将軍だって事、言わなかったかしら?」
観衆の驚く声にルイズは胸を張りながら答える、その言葉にギーシュは明らかに動揺した。
素手の平民なら、ワルキューレで一方的に痛めつけるだけだ、だが、相手がマジックアイテムを持った軍人なら勝手が違ってくる。
万が一、懐に飛び込まれれば、勝負は分からなくなる。
「い、言い忘れたが、この決闘のルールはだね……」
「知っている、負けを認めるか、杖を落とすか……」
内心ホッとしつつギーシュは元親からさらに距離を取った。
「それなら良い、君が軍人なら僕も本気をだそうじゃないか」
そう言ってギーシュが杖を再び振ろうとした瞬間、元親の体が宙を舞っていた。
宙を華麗に舞いながら、蝙蝠髑髏を弾くと、浮遊弾とは違う、指向性を持った音波の塊がゴーレムを襲い、
青銅製のそれを激しく転倒させた。
そのゴーレムの上に地面を踏み抜く勢いで着地すると、青銅製のワルキューレは無残にも胴体を完全に潰された状態になった。
対峙した時15mほどあった距離が、既に5mもない。
一瞬で行動不能にされたゴーレムを間近で見せられ、あわてて残り6体のゴーレムを作成
するギーシュ。
慌てた様子と裏腹に、その手順は実に洗練された動きで、瞬く間に6体の青銅人形が壁をなした。
元親は一瞬、飛びこむ素振りを見せたが、ここは一旦距離を置く。
「上等……、思ったよりやるな」
追撃を許さず、6体のゴーレムを作り出したギーシュに、元親は賞賛を送った。
7体の青銅人形作る前に、油断に乗じて杖を奪うつもりだったが、予想以上にギーシュの魔法の錬度は高かった。
目の前に6体の青銅人形をならべて、陣を組ませるとギーシュは額に浮かんだ汗を拭いた。
「フゥ……、驚いたよ、異国の将と言うのもまんざら嘘でもなさそうだ、だが、僕も武門の出、……易々とは負けないよ」
ギーシュの目にもう油断はない、正面から正攻法でやってくるようだ。
5体を前進させ、1体を自分の前に護衛として待機させている。
Vの字の陣形を取りつつ前進してくるワルキューレに、元親は微塵の動揺も見せずに、再び愛器を構えた。
「一瞬で6体の人形を作り出した手腕は上々、だが……」
べべんべん……、元親が掻きならした三味線から発せられる、20発もの見えない音の球。
ギーシュも、観衆も彼の行動を理解したものはいない、ルイズを除いて。
「……それだけで蝙蝠の牙を防げるか?」
元親の右手が弦を弾き、5体のワルキューレは至近で破壊の洗礼を受けた。
突然、ワルキューレの周りの空間が弾けた、そうとしか表現しようのない現象だった。
5体のワルキューレは4体が完全に破壊、1体が半壊し、地に伏している。
「い、一体何を……、こんな馬鹿な事が……」
目の前の惨状を見ても、信じがたい、いや信じたくない光景にギーシュは半ば呆然とした。
見た事も聞いた事もない程に強力なマジックアイテムだ。
そしてそれを操る男の姿は……ギーシュに、ある種の感動すら与えていた。
自然体のようであり、かといって隙のない動作、一見すれば優雅とも言える楽器を持つ立ち姿は、同時に豪壮な雰囲気も漂わせる。
元親の美しく、力強さを伴った瞳にギーシュは貫かれ、半ばボゥとしてしまう。
かくも美しい戦い方が、この世にあるなんて……。
「負けを認めるか?」と元親が問う。
その声で、ギーシュは決闘の最中に相手に魅せられるという、ありえない状況から我に帰った。
こちらの戦力はワルキューレ1体を残すのみ、相手は6体のワルキューレを苦もなく破壊してしまう程の使い手、
結果は明らかだった。
ギーシュはルイズの方を見る。
気丈な顔をした美少女はまっすぐにこちらを凝視している。
その視線にはギーシュに対する侮りや、優越感と言ったものは感じられなかった。
自分の代わりに戦っている元親への不敬となる、そうルイズは考えているからだ。
メイジをはかるには使い魔を見ろか、この平民を召喚した事自体が君の真価と言う事かな……、
そうギーシュは心中で呟くと、真摯な態度で、ルイズに向き直る。
「ルイズ、君に対して侮辱した発言を撤回し、謝罪しよう」
そして、頭を下げると、元親の方へ向き直る。
「……だが、降参はまだしない、僕にもグラモンの意地がある、ワルキューレが残っている限り戦うよ」
そう言うと杖を構え直し、ワルキューレを構えさせた。
そんなギーシュ態度と、彼の決闘続行宣言に観衆から、どよめきと、まばらだが、パチパチと拍手が起こる。
ルイズも、いつもチャラけたギーシュにこんな部分があるとは思わなかった。
モンモランシーが惚れた部分ってひょっとして、こんな所かもしれない……。
「さあ、こちらから行かせてもらう」
ギーシュは自らの前にワルキューレを構えさせえると円を描くようにジリジリと元親に近づいていく。
攻撃と護衛を一体でこなすには、これしかない。
距離を慎重に測りながら、元親へと近づく。
待ちの姿勢では駄目だ、唯一の勝機が消えてしまう。
元親も蝙蝠髑髏を構えなおした、音による攻撃ではなく、迎え撃つ姿勢だ。
「その覚悟、お前を見くびっていたな……」
あと一歩半で勝負が決まる間合いに入る時、元親がギーシュへ声を掛けた。
「フフ……、この決闘、僕の勝利さ」
ギーシュがワルキューレを元親へと突進させた。
それを迎え撃つべく、元親が動くが、その時、右足を強く後方へと引き込まれた。
5体のうち、半壊で済んだ1体のワルキューレ。
円を描くようにして接近し、注意を自分へと向けておいて、ひそかに元親の近くへと忍ばせていたのだ。
そして突撃と同時に上体を伸ばさせ、なんとか元親のズボンの裾を掴ませた。
バランスの崩れた状態の元親へ青銅の拳が振り上げられる。
「チョーソカベ!」
「上等!!」
ルイズの悲鳴にも似た叫び声に、元親は強烈な笑みを浮かべた。
迫るワルキューレの拳を、体を捻りながら倒れこむようにして回避すると、その姿勢で三味線の弦を押さえる。
半ば空中の極めて不安定な姿勢で元親は弦を苛烈に弾く。
そこから放たれたのは、元親を中心とした全方位への音波攻撃。
元親を中心に球形に出現した破壊領域は、拳を振りぬいたワルキューレも、足もとにいるワルキューレも同時に吹き飛ばす。
そして元親は曲芸のように片手を付くと、華麗にトンボを切って着地してみせた。
「……ここまでだ」
元親が三味線を下ろし背を向ける、ギーシュはその場に腰を下ろした。
「……参ったよ、君の勝ちだ」
観客も元親の勝利に歓声と驚きの声を上げた。
「あの平民何者だ、人間の動きじゃない!」
「身体能力も凄いけど、あのマジックアイテムの力は一体?」
「よく分からないけど、楽器から何かが放たれた気がするんだ……」
観衆の中、キュルケは目の前で起きた事に驚いて、友人の肩をぐらぐらと揺さぶりつづける。
「ちょっと、タバサ、なんなのアレ!ギーシュのワルキューレが問題にならないなんて!」
無表情のまま、ぐらーんぐらーんと揺すぶられながら、タバサの鋭敏な感覚は元親が放った攻撃を感じ取っていた。
他にも数人の風系統のメイジが何かを察したようだったが、タバサ程に集中して見ていた者はいない。
「……あの動きは人間を超えてる」
と無表情で呟くタバサ。
「……楽器を弾いた瞬間、空気が激しく動いていた」
そう、おそらく風系統、エアハンマーの様な物を詠唱なしで放つ楽器。
当たらずとも遠からずと言ったタバサの推察だった、そして、彼の左手から次第に光が小さくなっていくのを彼女は見ていた。
それは朝、廊下で見た現象と同じだった。
一方、学院長室では、魔法の鏡に広場で行われた決闘の様子の一部始終を映し出し、3人の男女がそれを見ていた。
「……なんとかギーシュ・グラモンは、怪我も無く済んだようですな」
「そうじゃな……、それにしても、でたらめな強さじゃな、ドットとはいえメイジが相手にならん」
あのマジックアイテムの破壊力と共に、元親自身も一瞬だが、驚異的な身体能力を見せ付けた一戦だったとオスマンは思う。
「学院長はお気づきになられましたか、彼の左手の事を」
「確かに光っておったの、どれ」
オスマンが杖を振るうと、姿見に映る元親の左手が拡大される。
「すまんがこのルーンを調べといてくれるか、コルゲンコーワ君」
「わかりました学院長、……というか、もうワザとですよね、ソレ」
手早く鏡に映ったルーンをメモすると、コルベールは学院長室を後にした。
さてと、オスマンは再度杖を振るい、唯の鏡に戻して布をかけると、側らの秘書に向き合った。
「とんでもない平民じゃが、決して悪人ではない……、じゃが、やはりあの力は危険かの……、ミスロングビルはどう思うかね?」
「私には何とも言えませんわ、学院長の思うままになされればよろしいかと、……お茶をお持ちしますね」
そう言うと、彼女も席を外した。
「思うままか……、果たして納得するかのぉ」
そう呟くと、オスマンは机から水パイプを取り出し、困った表情で鼻から紫煙をくゆらせた。
ミス・ロングビルは学院長室から出ると、今見たものを思い出す。
メイジの作り出した青銅のゴーレムを吹き飛ばす威力。
「いいねぇ……、あれは高値が付きそうだよ」
口調が変わり、ロングビルという秘書ではない、彼女のもう一つの顔がそこに現われていた。
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