「ゼロ大師-03」(2009/07/04 (土) 11:28:59) の最新版変更点
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#navi(ゼロ大師)
「……」
聞仲は豪奢な椅子に座りながら、思考に耽っていた。
この世界に呼ばれてから、これで一日。
たった一日だというのに、新しい環境で、久々に人間と過ごした時間はかなり濃密だった。
まるで数十年前に戻ったかのような感覚、かつて若き紂王に師事して居た時の。
彼の主となったのは、小さき体にコンプレックスを閉じ込めたような少女。
昨日の申公豹との話を聞いていて感じ取った事は、彼女からひしひしと伝わってきた。
おそらくは努力が実らず苦悩しているのだろうと。
優れた才覚を持っていても、それが発揮されない者というのは非常に多い。
仙人でも、人間でもそれは同じである。
軍師という立場、仙人の永遠の時間を持っていた聞仲は、そうした人々を知る機会を十分持っていた。
場所のせいで発揮できない者、誰かの為に発揮できない者、発揮する機会を与えられない者。
自分も通天教主が来なければ、あそこで体が腐り落ちるまで鍛錬をしていたのかもしれない。
もしくは将軍として殷王家に仕え、朱氏を守っていたのかもしれない。
幾多の分岐の中選び取った今の自分だが、それでも聞仲は仙人となった事を悔やんだり、恨んだりすることはなかった。
殷王家代々に仕え、幾人もの王の誕生と最期に立ち会う事が出来た、その経験。
そして、最高の友人である黄飛虎との出会い。
「分岐……か」
自分が通天教主と出会ったように、おそらく彼女も運命と出会う日がやってくる。
一気に疲れが出たのか、ベッドですやすやと眠る彼女を見ながら思った。
一人の人間が成長するのに費やす時間は未知数である。
「……まあ、この任務もそれほど早く終わるわけもないがな」
聞仲は懐かしい感覚を感じながら、目を閉じた。
◆
次の日。
朝陽が差し込み、部屋の中がわかる程には明るくなっている。
そこに立つ長身の男が一人。
「朝です」
「……」
返事はない。
「朝です」
「……」
返事はない。
しかし聞仲の呼び声は絶えない。
「何時だと思っているのですか!もう使用人達も起き出して働いていますぞ!」
「……んー」
「嘆かわしい……支度と、睡眠と、どっちが大事なのですか!」
ルイズはもぞもぞと動きながら布団にくるまり、薄ぼんやりと目を開ける。
そこに立つ聞仲の姿を捉えたものの、頭が重くて瞼が落ちた。
「…………すいみん」
聞仲の第三の目が、くわっと見開かれる。
同時に椅子が吹っ飛び、カーテンは桟から外れんばかりに煽られ、家具ががたがたと音を鳴らす。
これで宝貝を使ったら、おそらくは寮ごと吹っ飛ぶことだろう。気合いである。
頭の隅で浮かんでいたビジョンが現実となり、ルイズは跳ね起き……毛布に潜った。
「ひいっ! こ、殺されるぅぅぅっ!!」
「どうしたのルイズ!……って、部屋の中ぐちゃぐちゃじゃない」
扉が吹っ飛んで開きっぱなしになった入り口から、一人の女性が顔を覗かせた。
余程焦って出てきたのか寝間着の上から布団を羽織っただけのような恰好をしている。
「貴方……ルイズの使い魔」
「……」
聞仲はその少女を記憶の中から捜し出す。
召喚時、周りを取り囲んだ人間達の中で目立っていた少女だ。
目立っていたというのは彼女の髪が燃えるような赤をしていた事。
そしてその横にいた同じく目立つ青い髪色の少女も相まって際立って見えたのだ。
当学院の正常な男子生徒なら、「もっと見るべき場所があるんじゃないの」と憤慨するところだが、聞仲は仙人の上に生真面目な性格である。
特徴の一つとして捉えていたかもしれないが、別段取り上げたりもしない。
「ルイズに何をしたの?」
「起きない上に寝所から出ないと言うから、叱ろうとしたまでだ」
「まだ叱ってないのに、これ、ね……」
ルイズはベッドに丸くなってガタガタしている。
赤い隣人はそれを眺めた後で、悪ふざけを思いついたように笑みを浮かべると聞仲に向き直った。
「ヴァリエールは朝は弱いから、勘弁してあげてちょうだい。使い魔さん」
「なんと情けない……これこそ惰眠というものです」
「ま、まあ、その内起き出してくるんじゃないかしら……。 それで、貴方のお名前は?」
「聞仲と申します」
この世界では、名前と家名が非常に長い。
その為どちらかを呼ぶのが標準的であるようだ。
聞仲自身どちらかを名乗る機会もあまりなかった為、フルネームで通す事にしている。
「ブン・チュウ……お名前はブン、と言う事ですか?」
「いや、聞は家名。聞大師とも呼ばれますが、聞仲で結構」
「聞仲ね。私は」
「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。私の家の敵よ」
いつのまにか戸口に立っていたルイズが口を挟んだ。
何故かまだ枕が未練がましく握られ、まだ寝たいという意志がひしひしと伝わって来る。
「あら、ヴァリエール。もう起きたの?もう少しお話させてくれてもよかったのに」
「いくらあんたが男好きだからって、朝から盛ってるんじゃないわよ」
「言うじゃない。ガタガタ震えてたくせに」
「あれは……仕方ないのよ。起きるくらいなら寝たいじゃない」
「「ふぅ……」」 二人同時に溜め息を漏らす。
聞仲は甲斐甲斐しくも家具を直しに部屋の中へ入っていった。
今はデカイ甲冑を外している為、いやにテキパキと動いているように見える。
それを見ながらキュルケはルイズに囁いた。
「それにしても貴方の使い魔、マントと仮面を外せばすごい美男よね」
「そう? 意識した事もないわ……っていうか仮面はずしてないわよずっと」
「え、だって一緒に寝たんでしょ? 現に朝に同じ部屋にいたわけで」
「ちょっと、語弊のある言い方しないでよ!」
「男と女が同じ部屋にいればする事なんてそんなに無いわ」
朝からくねくねするキュルケに対し、眠気が尾を引いているルイズは冷ややかな目でそれを見る。
「……発情してるわね、ツェルプストー」
「なによ。そういうあなたは浮いた噂の一つでも無いのかしら?」
「……あれが使い魔になった時点で、まともに付き合いとかしようと思う人なんているのかしら」
「なに、堅物なの? それとも周りが萎縮して寄ってこない的な意味かしら」
「……両方よ」
「さあ、主人よ。部屋は片付いた。着替えはどこだ」
「……」
「先に扉を直しなさい!この馬鹿!」
爆風にむせぶキュルケを横目に、聞仲は平然としていた。
まずは貴族としての所作から学ばせる必要があるのかもしれない……と感じながら。
ちなみにこの後「貴族なのにはしたない」と、二人は説教を食らった。
◆
新仙人界。
新しい本拠地が出来た事で使わなくなった崑崙山Ⅱは改造され、下半分は太乙のラボと化していた。
上半分は巨大な吹き抜け構造になった会議室となっている。
中心にはこれまた巨大な机が据えられており、今は十数人の仙道が席を埋めていた。
空中に映し出された映像には、聞仲に付いている宝貝からの情報が並んで居る。
「聞仲は普通に使い魔をやっているようですよ」
「そうじゃのう……あれも長年王を育ててきたわけじゃし。家庭教師根性じゃな」
「元始。悠長にしている場合か?」
今にも机を叩きそうなその人物は、かつての金鰲の教主、通天教主である。
「そうは言っても、通天教主。彼等をこちらへ送り帰す方法を判明させなければ」
「まあまあ太乙よ。確かに早急に手を打つべきではある……しかし、不確定な事が多すぎるのじゃ」
「たしかにそうですが……世界軸自体はもうすぐ固定できますよ」
「こちらから聞仲という神を一人送ったのだ。もう少し悠長に待てば良い」
「しかし燃燈師兄。これ以上消える者が増えれば……」
「神隠し騒ぎは落ち着いている。人間界でも特に何もないようだし、しばらく暇なのだ」
「だからしばらくはいいだろう、と?」
「容認する形ではないが、しばらくはいいじゃろうとも思うがのう」
「元始まで……」
「正直な話、神も暇なんだ! 魂魄体じゃなくなったから今はこうして筋トレしてるけどね!」
「……確かにな」
「……!!…げーんーしーてーんそーんさまぁぁぁあああああああああ!!!!」
直上から飛び込んできたのは、スープ-に乗った武吉だった。
もちろん数キロ先で聞こえそうな大声を出していたのも武吉である。
「元始天尊様、大変です! 烏文化が暴れ出しました!」
「結局普賢の説得も無駄じゃったか……」
「余裕ぶってる場合じゃないッス! 神界の西地区が壊れるッス!」
「……ここはお開きじゃのう」
「仕方あるまい。定期的に情報が聞けるだけまだ救いがあるというものだ」
「じゃあ僕はモニターに戻るよ」
円状の廊下からバルコニーへ出た天化は煙草を一本取りだし、火を付けた。
口から吐かれた白い煙は、穏やかな風に流されてやがて消えていく。
それと同時に、近くででかい炎が上がっているのが見えた。
「……それにしても平和さ」
また山が吹っ飛んでいるのが見える。
おそらくはナタクあたりだろう。あの浮いている赤いのは間違いなく宝貝人間だ。
神がこちらへ来る機会はあまり無い為、わかりやすい形で力を示されるとどうしても腕が疼く。
天化は手すりを飛び越え、久々に腕を振るおうと走り出した。
◆
学院内を見て回るという事で、早朝から二人は外に出ていた。
あちこち指し示しながら、ルイズは未だに欠伸をしている。
「……ふぁ……まだ眠いわ」
「寝過ぎです」
「あんなに早く起こされて寝過ぎとか、あんたは睡眠時間無いの?」
「頭を回転させるには早く起きる必要があります」
「だからって……こんな早くに起きたって誰も起きてないわよ」
「あれを見なさい。使用人はしっかりと起きて働いています」
目の先ではとてててと走っていくメイドの姿があった。
「平民なんだから仕方ないじゃない……」
「その考え方がまず問題です。貴族とて従えるのは平民。ならばその平民を考えないでどうします」
「ム……」
「彼等は彼等で、自分の務めを果たしているのです。軽んじてはいけません。」
「そ、そうね」
「いいですか、人の上に立つ者はそれなりのプライドというものがですね」
「そ、そうよね、大事よね!」
「真面目に聞いているのですか!? 立派な貴族になりたいなら」
「……って、ち、近いのよ聞仲!! メイドが見てるでしょ!」
「メイド……奉公人の事か」
「そうよ! と、とりあえず離れるか怖い顔やめるかして!」
「あら?」
まだ日が昇るか昇らないかという時間だというのに、メイド以外の人間が起き出しているとは。
しかもそれは女生徒で、横に大柄な男を連れている。
こんな取り合わせは学内で噂になっているヴァリエール嬢と使い魔しかいない。
「お、おはようございます……」
説教中だとはいえ、挨拶の一つも無しに通り過ぎてしまっては、何を言われるかわからない。
シエスタはぺこりと頭を下げて過ぎようとする―――が。
「彼女達はこんな朝早く起き出して仕事に従事しているのです。それをなんですか眠い眠い……」
「それが仕事なんだから仕方ないじゃない」
「重要なのは姿勢です。貴族の役目が国防や統治ならば、それを担う者として自覚を持って」
「え、ちょっと」
「他の貴族に演説ぶちかましなさいよ……私はわかったってば」
「自分の主人が歴とした態度をしていなければ示しがつかないので」
「あのー……」
「そんな事いったって、戦争とかもないし実際力を見せる機会なんて無いわよ」
「確かに、それが一番ですが。そうなればあとは統治力を見せるしかありません」
「……すみません!」
「む、なによメイド」
「ああ、失礼した。通れなかったか」
「は、はい。すみません……」
「! そうよ、このメイドに案内してもらえばいいじゃない」
「駄目です」
「なんでよ」
「何の為の早起きですか。大体、働いている最中の奉公人を捕まえて仕事を押しつけるなど」
「わ、わかったから怖い顔しないで」
「まあ、何はともあれ聞仲は他の使い魔と違って人間なわけだから、食事が必要よね」
「仙道に食事はあまり必要ない。なまぐさも食えんしな」
「なまぐさって、肉とか魚とか? 菜食主義者なのね」
「そうだ。そこのメイド……名前は」
「シエスタですが……」
「ではシエスタ。そういった食事を少量でいい、用意しては貰えないだろうか」
「大丈夫だと思います。賄いも一気に作っちゃうので数は足りますし」
「じゃあよろしく。食べたら授業だから、その辺で待っていてね」
と、まあそうやって別れたわけだが。
ルイズは隣に座っていた二人の女生徒をみてげっと声をあげた。
「なによヴァリエール。嫌いな物でも入ってたのかしら?」
「嫌いな物なら目の前にいるわよ」
「……」モグモグ
「そういえば使い魔はどうしたのよ?」
「……裏で食べてるわ。さすがに目立つから、メイドに頼んで」
「……」モグモグ
タバサは黙々と食べていたが、隣の二人の話が使い魔の話になって少しだけ視線がそちらに傾いていた。
ゼロのルイズの使い魔は一体何者なのか―――学院の生徒達の中でもその話は一番人気だった。
「それにしても凛々しくて素敵だったわ」
「……朝から発情期? 忙しいわねツェルプストー」
「何よ。この身を焦がすような感覚が分からないの?」
「……まあいいわ。むしろいつもと変わらないわね」
「いつになく大人しい……そういえば朝弱いのね」
「……」モグモグ
「早朝にたたき起こされたらそうなるわよ」
「ま、いいけどね。そろそろ行くわよタバサ。何皿食べてるの」
「……わかった」
タバサという少女、体の割には大量の料理を平らげていた。
ちなみにこれはまだ朝飯の話である。
朝からこの食欲、これが料理長であるマルトーの対抗意識を十分に生み出しているのだが、特に関係ないので省略する。
一方、聞仲は。
「わざわざすまなかった」
「いえ、別にいいんですよ。配膳から片付けの間の時間でしたし」
シエスタに用意してもらった食事を食べ、主人を待ちに向かう所だった。
仙人は不老不死である上、燃費が非常に良いので菜食で少量でも十分ことたりる。
用意してくれた本人にはそれを若干ぼやかして伝えてある。
「では、主人の所にもどるとしよう」
「はい。また何かあったらお申し付けください」
「……やけにおっかねえ客だったな、シエスタ」
「そうですか? 怒ってる時は怖いらしいですけど」
「なんというか、纏ってるオーラというか……」
後に残ったシエスタと様子を見に来たマルトーは、聞仲の背中を見ながら話していた。
「まあいいか。あんくらいの量ならいつでも用意できるしな」
「そう、ですね」
「さてシエスタ、そろそろ生徒が掃け始めるころだ。片付けに入るぞ」
「はいっ」
◆
ちなみにその後の授業でルイズをからかう命知らずに対して聞仲が説教を始めようとしたところを
ルイズが静止しようとして揉めているところを運悪くも担当教師に発見され魔法をやるハメになり
教壇から半径10mを爆破しかけたところを聞仲にブロックされて何とか一命を取り留めたりした。
それによって命知らず=マルコリヌが態度を改めたり聞仲が一転して英雄視されたりしたのだが、
長くなるのでここで報告しておくに留める。
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