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#navi(ゼロの黒魔道士)
「妖精さん達!いよいよお待ちかねのこの週がやってきたわ!」
スカロン店長……ミ・マドモワゼルが声を一層張り上げた。
「はい!ミ・マドモワゼル!」
って言っても、店長さんが声を張り上げなかった日なんて、無いんだけどね。
……よく、喉が枯れないなぁって思うんだ……
「はりきりチップレースの始まりよ!」
高らかに店長さんが宣言する。
今週は、さらに忙しくなりそうだなぁって思ったんだ。
ゼロの黒魔道士
~第四十九幕~ 盲進ルイズ
「さて、皆さんも知ってのとおり……この『魅惑の妖精』亭が創立したのは今を去ること四百年前、
トリステイン魅了王と呼ばれたアンリ三世陛下の治世の折。
絶世の美男子と謳われたアンリ三世陛下は、妖精さんの生まれ変わりと呼ばれたわ」
スカロン店長って、昔は役者さんだったのかなぁ?
説明の仕方が、淀みないし、何となく声に深みがある。
「その王さまは、ある日お忍びで街にやってきたの。
そして、恐れ多くも、開店間もないこの酒場に足をお運びになったわ。
その頃このお店は『鰻の寝床』亭という、色気もへったくれも無い名前でした。
そこで王さまはなんと!出会った給仕の娘に恋をしてしまいました!」
ちょっとロマンチックな話だなぁって思うんだ。
それこそ、お芝居の筋書きみたいに。
偶然から始まる恋って、何かいいよねって思うんだ。
「しかし……王さまが酒場の娘に恋など、あってはならぬこと……。
結局、王さまは恋をあきらめたの。そして……、
王さまは、ビスチェを一つお仕立てになってその娘に贈り、
せめてもの恋のよすがとしたのよ。私のご先祖はその恋に激しく感じ入り、
そのビスチェにちなんでこのお店の名前を変えたの。美しい話ね……」
「美しい話ね!ミ・マドモワゼル!」
悲しみたっぷりに、店長さんが語り上げる。
ポーズまでしっかりと決めて、涙さえ浮かべながら。
なんか、ボクまで他の店員さんと一緒に「美しい話ね!ミ・マドモワゼル!」って言いそうになってしまう。
それぐらい、店長さんのセリフ回しは、一流の役者さんも真っ青になるものだったんだ。
「それがこの『魅惑の妖精のビスチェ』!」
……ただ、その服装のセンスって、どうなのかなぁって思ってしまうんだ。
店長さんがババッて脱いだその下には、たくましい筋肉の上に、下着みたいな形の服があるだけ。
……「スゴイや」って感想しか浮かばない。
多分、ボクじゃ絶対真似できないなぁって、思ってしまうんだ。
「今を去ること四百年前、王さまが恋した娘に贈ったこの『魅惑の妖精のビスチェ』は我が家の家宝!
このビスチェには着用者の体格に合わせて大きさを変えピッタリとフィットする魔法と、
『魅了』の魔法がかけられているわ!」
「素敵ね!ミ・マドモワゼル!」
「んんんん~~~~!トレビアン!」
チャームの魔法を使えるようになる服、かぁ……
戦闘に便利かもしれないなぁって、ちょっとだけ思ったんだ。
でも、モンスターにまで効果があるとは限らないから、なんとも言えないけど。
……少なくとも、ボクがスカロン店長を見ても好感は持てても、
チャームにかかった、ってところまでは行かなかったしね……
きっと、着る人の個人差もあるんだろうなぁ……
「今週から始まるチップレースに優勝した妖精さんには、
この『魅惑の妖精のビスチェ』を一日着用する権利が与えられちゃいまーす!もう!
これを着た日にゃ、チップいくらもらえちゃうのかしら!
想像するだけでもうドキドキね!そんなわけだからみんな頑張るのよ!」
「はい!ミ・マドモワゼル!」
「よろしい!では皆さん!グラスを持って!」
従業員のみんながグラスを持つ。
ボクも、ミルクの入ったマグを両手で抱えて持った。
「チップレースの成功と商売繁盛と……」
ここで、スカロン店長さんがコホンと一回咳払いをして、かしこまった。
キリリとした、かっこいいおじさんの表情になる。
「女王陛下の健康を祈って。乾杯」
……このままでいてもいいと思うんだけど、なぁ?
・
・
・
厨房に戻りながら、背中のデルフに疑問を言ってみた。
両手に持ったお盆の上に、乾杯用のグラスがてんこ盛りだから、落とさないように、ゆっくりと歩きながら。
これ、全部洗うのに、どれくらい時間がかかるんだろうなぁ……?
「……なんで、こっちの人って、チャームの魔法が好きなんだろう……?」
「まぁ、恋だの愛だのってのぁ人間の特権らしいしな。
いいんじゃね?てめぇに魅力の無ぇヤツの慰めでよ。……どっかの誰かさんみてぇに……」
「ちょ、ちょっと!誰のことを言ってるのよ!誰のことを!」
ルイズおねえちゃんが、後ろから追いついてきて文句を言う。
開店前の準備を手伝うのは、新人妖精さんのお仕事なんだって。
「いんや?別に娘っ子のことじゃねぇぜ?『なんだよ、ガキか』って客にバカにされたり、
ちょいとケツ触られて客を爆発させたりするようなどっかの誰かの話だぜ?」
「こ、このオンボロ~~~~!!よ、よよよくもそんなことをっ!!」
……先週のルイズおねえちゃん、そのまんまだ。
ルイズおねえちゃんは、良くも悪くも貴族なんだなぁって、ときどき思うんだ。
でも、お店屋さんをやるときに、あんなにプリプリ怒ったりしたら、どうしようもないなぁって思う。
「……ルイズおねえちゃん。とにかく、頑張ろう?ね?肩の力を抜いて……」
「えぇ、もちろんですとも!あんな酒場女に負けるものですか!!」
……「あちゃぁ」って思ったんだ。
ルイズおねえちゃん、また無理に張り切っている。
それもまぁ、仕方ないなぁって、思わなくはないけど……
「お?自分に魅力ってぇのが無ぇのにようやく気付いたのか、娘っ子は?」
「……そうじゃないんだ、デルフ……」
「ん?何かあったんか?」
「それがね……」
話は、先週に遡るんだ。
ボク達が、このお店に来て、3日目に……
・
・
・
----
ピコン
ATE 大人のみりき
それは、その日、何度目かの客のフォローで店中が追われた直後の話だ。
「ちょっと、ルイズ」
それは、その日、何度目かの客のフォローを指揮した店長の娘だ。
「ハイ、何デショウカ?」
それは、その日、何度目かの客をフォローする羽目になった原因の娘だ。
店長の娘、ジェシカは、真剣な顔でルイズにこう言った。
「さっきの接客は何だってのよ……いいじゃない、胸ぐらい減るもんじゃ……」
新人の娘、ルイズは、劣等感の急所を突かれて怒りながらこう返した。
「う、うっさいわね!減るのよ!き、ききききっと確実に減るのよ!あ、あんたに関係無いでしょ!」
ジェシカはため息を深くつき、指を折りながら、こう言った。
「おおありだわよ。わたし、女の子の管理を任されてるんだから。あんたみたいな子、迷惑なの。
常連のお客さんは怒らせるし。注文はとってこないし。グラスは投げるし。ケンカはするし」
ジェシカはもう一度ため息をつき、憐憫の眼差しをルイズに向けてこう言った。
「ま、しょうがないか。あんたみたいなガキに酒場の妖精は務まらないわよね」
ルイズは、“ガキ”という言葉に反応してこう返した。
「ガキじゃないわ!十六だもん!」
ジェシカは、本気で驚いた顔をした。
「え?あたしと同い年だったの?……にしては、大人の“みりき”ってものが……」
特に、ルイズのある一部を、女性に本来あるべき丸みの存在しない部分を見ながら、
魅力どころか“みりき”も無いことを再度確認して、プッとジェシカは笑った。
「ま、頑張って。期待してないけど。でも、これ以上やらかしたら、クビだからね?」
「な、なによ……、バカ女ってばそろいもそろって胸が大きいぐらいで……、人をガキだの子供だのミジンコだの……」
ルイズにとって、胸の話題は相当コンプレックスだったらしい。
魔法がいくら使えるようになったところで、彼女もやはり女性。
そこに「魅力不足」などと言われ、耐えれるわけがあろうか?
「チップぐらい、城が立つほど集めてやるわよ!」
だから、ルイズは大言壮語を吐いてしまった。
図星を突かれたときの、彼女の大いなる悪癖だ。
「え~~~~、ホント?嬉しいな!」
ジェシカがニヤリと笑う。
罠にかかった、鳥を見る猟師のような、そんな表情。
「私が本気出したら、すごいんだから!男なんかみんな振り向くんだから!」
「言ったわね?」
「言ったわ」
売り言葉に買い言葉。
女に二言はあるまいと、両者了承済みであることを視線で語る。
「ちょうどいいわ。来週、チップレースがあるの」
「チップレース?」
「そうよ。お店の女の子たちが、いくらチップをもらったか競争するの。優勝者にはきちんと賞品も用意されるわ」
今日はケンカの大安売り。
売られたケンカは買ってやる。
それが客だろうと店長の娘だろうと、
ましてや自分より多少胸が大きいくらいでえばっていやがるようなクソ生意気な平民の娘であろうと。
ルイズの頭はいつになく好戦的だった。
もちろん、ウェイトレスとしては失格である。
「おもしろそうじゃないの、あんたなんかに誰が負けるもんですか」
「せいぜい頑張ってね。チップレースであたしに勝ったら、あんたのことガキなんて二度と呼ばないわ」
それは、その日、何度目かの客のフォローで店中が追われた直後の話だ。
それを、ルイズの使い魔は、物陰から「あちゃぁ」と言いたげに、そっと見ていた。
それは、その日、何度目かの客のフォローで店中が追われた直後の話だ。
----
・
・
・
「挑発に乗せられてまんまとチップ稼ぎ、か。娘っ子らしいっちゃらしいわな」
お客さんが飲み食いした後のテーブルを片づけながら、デルフとしゃべっていた。
周りでは妖精さん達がチップのためにがんばっているみたいで、
しゃべる言葉ではやんわりしているけど、
獲物を狙うハンターのようにギラギラしたオーラを感じてしまう。
うーん、みんな、必死だなぁ……
「やる気になるのはいいんだけど、ね……」
「お、可愛いじゃねぇか!どうよ?俺様の妾にでもなんねぇ?なーんてな!がっはっは!」
これはルイズおねえちゃんに向けられた言葉だ。
ルイズおねえちゃん、顔をピクピクと引きつらせて耐えている。
……殴らないでいてほしいなぁ、いくら失礼なお客さんでも……
あ、もちろん、蹴ったり平手打ちしたりもダメだよ?
「接客って、大変だよね……」
厨房まで大きなジョッキとお皿を運びながら、改めてそう思う。
お客さんを楽しませるために頑張ることに比べたら、お皿洗いってとっても楽だなぁって思ってしまうんだ。
特にこのチップレースが始まって5日ぐらい、それを強く思う。
「しかしまぁ、ジェシカとかゆー姉ちゃん?あれも大概口が悪ぃな?おれっちが言うのも何だけどよ」
「あぁら、口が悪くてゴメンなさいね~!」
デルフ、しゃべるとその話している対象が出てくるって能力も持ってるのかなぁ?
厨房の入り口傍で、ジェシカおねえちゃんが休憩してた。
手には、サックサクのタルトを持っている。
「え、い、今のはボクが言ったんじゃ……」
「ハイハイ、分かってるわよ。そこの剣がしゃべくってるんでしょ?剣含めて変わった“姉弟”よね、あんた達……」
……ここでは、ルイズおねえちゃんとボクが姉弟ってことになっている。
余計なことを言わなくても済むための嘘ってことで。
……ボク、嘘は苦手だから、この話を続けられるとボロが出ちゃいそうだし、話をそらすことにしたんだ。
「……ジェシカおねえちゃんは、接客しなくていいの?」
「へっへ~ん!もう百二十エキュー集めちゃったしね。ちょっと休憩よ。それと、ハンデ。こうでもしないと、あの子勝ち目無いでしょ?」
「うっへ、稼ぐなぁ、姉ちゃん!」
デルフが驚くとおり、ジェシカおねえちゃんはものすっごく稼いでいる。
ルイズおねえちゃんの、100倍。もしかしたら、1000倍以上に。
(ルイズおねえちゃんが全然稼げてないだけかもしれないけど。ルイズおねえちゃん、すぐお客さん殴っちゃうからなぁ……)
……そんなジェシカおねえちゃんに、ちょっと聞きたいことがあったから、聞いてみた。
「……どうしてルイズおねえちゃんにあんなに酷いこと言ったの?」
「酷いこと?……あ~、先週のアレ?あんなの、ただハッパかけたってだけよ。
あぁいう、プライドの高い子って、怒らせるとやる気が出るしねぇ」
「……う~~ん、それでも酷いような……」
言いたいことは、なんとなく分からなくは無い……ような気もするような……
確かに、ルイズおねえちゃんを挑発すれば、すっごく頑張ってしまうのは分かりやすいと思う。
ルイズおねえちゃん、負けず嫌いで、意地っ張りなところがあるから。
でも……ルイズおねえちゃん、頑張り『すぎる』からなぁ……
「そうでもしなきゃ、まともに接客できるような状態には仕立て上げられないしねぇ。
ホンット、貴族の女の子には、荷が重すぎるのよ、飲食店なんてさぁ」
ドキッとした。なんでバレなたの?って思った。
「!? き、貴族なんかじゃないよ!ルイズおねえちゃんは!う、うん、違うよ!」
慌てて否定する。バレてないって思いたかった。
お姫さまの任務のためにここにいるって、バレちゃうと大変なことになりそうだったから。
「……バッレバレなんだけどなぁ~……まぁ、いいわよ。余計な詮索はしない。
この間入った子も秘密だらけだしなぁ……そういえばその子もチップレースはボロボロよね」
「……あぁ、あの人?」
ルイズおねえちゃんから、話がそれて、ホッとする。
(『バッレバレ』っていうのは、気にしないことにした)
ジェシカおねえちゃんが顎で指し示した人は、ルイズおねえちゃんの前に入った人。
メガネをかけた金髪の妖精さん。
「おい!何かしゃべったらどうだ!おい!」
「……」
あの人の接客も、変わっているなぁって思う。
お客さんに丁寧は丁寧なんだけど、一言も発しない。
ボク達が店に来てから、口を開くところを誰も見てないって、誰かが言っていた。
……なんか、見覚えがあるのは気のせいかなぁ……?
「はぁ、顔は良いのになぁ二人とも……いっそ、ビビちゃんが接客した方が良かったかも、ねぇ?」
「う、う~ん、どうだろう……」
ボクは、あまり接客には向いてないと思うんだけどなぁ……
「真面目に皿洗いしてくれてるし、可愛いし……10年ぐらいしたらいい男になってそうだし」
「え……あの……」
そんなことを言われると、困ってしまう。
ジェシカおねえちゃんの顔が、ボクの顔のすぐ目の前までジリジリせえまってくる。
「プッ!あははははは!じょーだんよ!冗談!あぁ、もう、からかいがいがあるわ、あんた達!」
それから、噴き出すように笑うジェシカおねえちゃん。
……からかわれてたみたいで、恥ずかしくなって帽子を深くかぶりなおした。
「あ、あにしやがんだ!このガキャ!?グワァ!?」
ガシャーンっていう音にビクッとして厨房から店内を覗き見た。
「だ、誰があんたのベッドになんかぁぁっ!?」
……「あちゃぁ」って言ってしまった。
ルイズおねえちゃん、お客さんにまた何か言われてしまったらしく、
ワイン瓶を振り回して真っ赤な顔で怒っている。
……『からかいがい』はあるのかもしれないけど、からかわない方が身のため、じゃないかなぁ、アレって……
「あ!?全く、あんたの“お姉ちゃん”、5日目にしてもやってくれるわ!ちょっとフォロー行ってくるわね!」
「あ、うん……いってらっしゃい……」
ジェシカおねえちゃんが走って行って、うまくそのお客さんをなだめながら、
ルイズおねえちゃんをそのお客さんから離すようにしていた。
ジェシカおねえちゃんを見ると、やっぱり接客のプロって違うんだなぁって思う。
「……娘っ子の勝ち目無さそうだな、この分だと」
「……そうだね」
チップレースもあとちょっと。
ルイズおねえちゃんが勝つのは……ちょっと無理そうだなぁって、そう思ったんだ。
----
ピコン
ATE タバサとごくらくちょうと……
にんぎょうげきが はじまるよ!
にんぎょうげきが はじまるよ!
ぼっちゃん じょうちゃん よっといで!
にんぎょうげきが はじまるよ!
あやつりいとが さそうがままに
きょうも にんぎょうげきが はじまるよ!
ぶたいは きけんな ドラゴンの すみか!
でもこわいのは ドラゴンだけじゃない みたい!
にんぎょうげきが はじまるよ!
~~~~
「(不味い)」
タバサは、小一時間ほど前と同じ感想を抱いた。
違いと言えば、先ほどのは文字通り味覚に関する“不味い”であり、
今現在抱いているものは、自分の体調を危惧しての“不味い”ということである。
『季節外れの極楽鳥の卵が食べたいから、取ってこい』。
任務の指示としては、実に単純。
だが内容は困難を極めるものだった。
今回の任務は、実に疲れるものだった。
火竜の体力に身体のあちこちは痣と傷だらけ、
火竜のブレスに精神力のほとんどを費やした。
少しの食事と休憩で、それらは回復したかもしれない。
が、やはり万全とは言えない。
だから彼女は二度目の“不味い”を感じたのだ。
(なお、余談であるが、一度目の“不味い”は、件の極楽鳥の卵を食した感想である。
やはり、旬を外したものというのは、味もそれなりということなのであろうか。
このような物を、どうしても、と食べたがったイザベラの趣向に、
味の好みが、一般とはやや異なるタバサも首をかしげざるを得なかった)
少なくとも、体力だけは6割でも確保しておきたかった、とタバサは歯噛みする。
北花壇騎士としての任務が何時入ってくるとも限らない。
立て続けに仕事が舞い込んでくることなどザラで、
学生だから、とか、重要な任務を果たした直後だから、とかいう甘い言い訳は通用しない。
タバサ自身もそれは了承済みだ。
復讐という望みのため、自らを修羅の道に投じた彼女にとって、それは避けては通れぬ日常だった。
そのためにも、6割程度の体力は残っていてほしかった。
「きゅい~……おねえさま、大丈夫なのね? もう少し休んでいった方が……」
「――問題無い」
それでも、使い魔の心配を切って捨てる。
見た目にも疲れていることが分かってしまうとは、不覚だ。
一刻も早く報告を済ませ、出来る限り休養を取らねばならない。
彼女は、自分の体調を、武器の修繕を行う鍛冶屋のごとく冷静に判断した。
「待て」
ふいに、声がした。
濃密な麓の霧靄を隙間を縫うような、クリスタルグラスの声。
「何者」
木陰の向こうにわずかに感じる気配に、タバサはそう問うた。
「お前に要求したいことがある」
気配が実体を伴って、霞から姿を現した。
薄い茶色のローブ、つば広の羽飾り付きの異国の帽子、
長身痩躯の身体に美しい金髪。
実体が見えるにも関わらず、周囲に溶け込み消えそうな気配。
「何者」
底知れぬものを感じ、再びタバサは問うた。
「……失礼した。お前達蛮人は、初対面の場合、帽子を脱ぐのが作法だったな」
帽子の下には、均整のとれた美が存在した。
切れ長の碧い瞳に、白い肌、こぼれるような金の髪、
そして、長い耳。
「私は“ネフテス”のビダーシャルだ。出会いに感謝を」
「エルフ」
タバサの身体が、第一級の警戒態勢を取る。
それは、捕食者を前にした小動物の動き。
「安心しろ。要求さえ飲んでくれれば、危害を与えるつもりはない」
「要求?」
張りつめた空気。
普段はうるさいはずの風韻竜も、口を閉ざさざるを得なかった。
「単純なものだ。抵抗しないで、共に来て欲しいということだ。
我々エルフは、無益な争いを好まない。だが、約束をしてしまった。
お前を連れていく、という約束を。だから、できれば穏やかにご同行願いたいのだ」
「拒否した、場合は?」
相手の、出方を見極めようとする、タバサ。
敵う相手ではない。
先住魔法を操る、この世界で一番の化け物、エルフ。
方や、疲労の色を使い魔にすら隠せない、少女のメイジ。
隙を見て逃げ出すのが得策だとそう考えていた。
「……“これ”を、見せれば良いと、依頼主から言われている」
「――!!」
“これ”は、数本の糸の束に見えた。
丁度、操り人形の手足を動かすための、操り糸のように。
タバサは、“これ”が人形の手足に絡む様を、確かに見たことがある。
その人形は、操り人形では無かったが。
その人形は、かつてタバサがシャルロットだった頃に、母にもらった人形だった。
その人形は、かつて“タバサ”と呼ばれていた人形だった。
その人形は、今は“シャルロット”と呼ばれる人形だ。
その人形は、今はタバサの母が、娘と思い込み、大事に抱えている人形だった。
“これ”は、青く、長く、美しい色合いだった。
「“これ”の持ち主の身は、依頼主が預かっている」
タバサの母の、髪の毛。
タバサが、救いたいと思っている、優しき母の髪の毛。
それが、“これ”の正体だった。
『ドクン』
心臓の音が 跳ね上がる。
戦いの 銅鑼のように 強く 激しく。
『ドクン』
彼女は 人形だ。
彼女自身 それを認めている。
『ドクン』
心臓の音など するわけがない。
そうだ 心臓の音など してはいけないのだ。
「お、おねえさま!?し、シルフィもお供するのね!!一緒に戦うのね!」
「下がってて」
「お、おねえさま!!」
「貴女は 待っていて」
使い魔の優しさを 無碍に 断る 小さきメイジ。
それは 彼女なりの 優しさ。
これは 自分の問題だと 彼女は考える。
使い魔を 巻き込むわけには いかない。
使い魔も 今回の任務で 疲弊している。
共に闘っても 考慮すべき要素が増える だけ。
ならばいっそ 助けでも呼びに行ってもらった方が マシというものだ。
冷静な判断? いや 違う。
血が 体中を流れる血液が 逆流していくような錯覚を覚える。
しかも それは 生物に通うべき 熱き血潮では 断じて無く
押し寄せる氷河のごとく 冷たい奔流であった。
深く 凍えるような 怒り。
人では 耐えることができぬほど 静寂に満ちた 憤怒。
「きゅ、きゅいぃぃ……」
伝説の風韻竜すら その凍りつくような迫力に気圧され
小さき主の傍から そっと飛び立った。
「(ありがとう)」
主のつぶやくような、感謝の気持ちを背に受けて。
『ドクン ドクン』
使い魔を 見送った 少女から
身を突き刺すような オーラが発せられる。
そんな彼女も かつて 人間であった。
そんな彼女も かつて 普通の少女であった。
だから こそ
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ……」
彼女は 怒り
『ドクン ドクン ドクン』
彼女を 突き動かす。
「交渉決裂ですか」
エルフの先住魔法か 放たれた氷の矢群は 防がれ 敵の足元にポトリと落ちた。
だが 戦いは ここからだ。
「ラグーズ・ウォータル・イス……」
再び、ウィンディ・アイシクルの呪文詠唱を始める。
母の髪の毛は 罠? ブラフ? あぁ そうなのかもしれない。
頭の隅では分かっている。
だが 演目は既に始まっている。
少なくとも こいつとこいつの“依頼主”は 彼女の母に仇なす者。
誰に 止められるというのだ?
ましてや 孤独に 戦うことを選んだ
哀れな 戦人形になど?
憤怒に彩られる 感情と
騎士としての 戦闘経験が
彼女の 身体を 内側から
操り人形の 糸のように 踊らせる。
「――!」
氷の矢は またもエルフの目の前で
今度は クルリと向きを変え 詠唱者自身に 跳ね返る。
誰かが描いた 脚本通りに。
雪風が舞う。
操り人形の 身体が踊る。
観客が望むように 劇作家の描いた その通りに。
理性 感情 経験則 本能 ありとあらゆる糸が 少女の手足を 振り回す。
杖で氷の矢を落としながら 新たな呪文を詠唱する。
「ラグーズ・ウォータル……」
縦横無尽に 緊張と 弛緩を繰り返す 糸達の合唱に
もう一本 新たな糸が加わった。
魔力を司っていた 三重奏の糸の音に
透き通るような ソプラノの音源。
トライアングルからスクウェアへ。
メイジとしては 得難い 成長の瞬間。
「……イーサ・ハガラース」
呼応に応じて 現れるは ダイヤモンドダストとでも言うべき
煌めく 氷の竜巻 アイス・ストーム。
触れる者を切り刻む 美しき刃の渦。
スクウェアクラスでしか成しえぬ 氷と風の芸術品。
蛹が 蝶へと化ける 歓喜の時
だがそれがなんだと言う?
舞台に上がった 役者の仕事は 唯一つ。
手足を 止めるわけにはいかなかった。
だが それももう終わりに近い。
「っ――!?」
エルフの瞳に潜む物に タバサは気づいてしまった。
それは “遠慮”。
タバサを敵とすら 見なさない 憐れみの表情。
三度 氷の魔法はエルフに届かず 跳ね返る氷の嵐。
ドラゴンとの死闘 それ以前から溜まる 任務による疲労
少しばかり冷静さを欠いた 彼女らしからぬ戦い方
忌避すべき敵 先住の魔法を操る 恐るべき化け物
筋書き通りに
操り人形は 踊り狂い
操り糸に 絡まって
自らを 後戻りのできぬ
死地に 追い込む。
あがき もがき 苦しんで。
逃げようとするも 時は戻らず
哀れ雪風は 氷嵐に包まれて
ズタズタに 切り裂かれた。
理性 感情 経験則 本能 あらゆる糸が 沈黙に陥る中、
一番弱かった 理屈を考える糸だけが 小さくポツンとつぶやいた。
「(罠に、かかった)」
操り人形の 瞼は落ち
現世の劇に 一時の暗幕
目覚めたときに 見えるのは
どう転んでも 悪夢であろうか……
~~~~
にんぎょうげきは まだつづく!
にんぎょうげきは まだつづく!
ぼっちゃん じょうちゃん またおいで!
にんぎょうげきは まだつづく!
タバサは これから どうなるの?
おはなしの つづきは またこんど!
でもね これだけは おしえよう!
にんぎょうげきの おわりは
もう すぐ さ……
#navi(ゼロの黒魔道士)
#navi(ゼロの黒魔道士)
「妖精さん達!いよいよお待ちかねのこの週がやってきたわ!」
スカロン店長……ミ・マドモワゼルが声を一層張り上げた。
「はい!ミ・マドモワゼル!」
って言っても、店長さんが声を張り上げなかった日なんて、無いんだけどね。
……よく、喉が枯れないなぁって思うんだ……
「はりきりチップレースの始まりよ!」
高らかに店長さんが宣言する。
今週は、さらに忙しくなりそうだなぁって思ったんだ。
ゼロの黒魔道士
~第四十九幕~ 盲進ルイズ
「さて、皆さんも知ってのとおり……この『魅惑の妖精』亭が創立したのは今を去ること四百年前、
トリステイン魅了王と呼ばれたアンリ三世陛下の治世の折。
絶世の美男子と謳われたアンリ三世陛下は、妖精さんの生まれ変わりと呼ばれたわ」
スカロン店長って、昔は役者さんだったのかなぁ?
説明の仕方が、淀みないし、何となく声に深みがある。
「その王さまは、ある日お忍びで街にやってきたの。
そして、恐れ多くも、開店間もないこの酒場に足をお運びになったわ。
その頃このお店は『鰻の寝床』亭という、色気もへったくれも無い名前でした。
そこで王さまはなんと!出会った給仕の娘に恋をしてしまいました!」
ちょっとロマンチックな話だなぁって思うんだ。
それこそ、お芝居の筋書きみたいに。
偶然から始まる恋って、何かいいよねって思うんだ。
「しかし……王さまが酒場の娘に恋など、あってはならぬこと……。
結局、王さまは恋をあきらめたの。そして……、
王さまは、ビスチェを一つお仕立てになってその娘に贈り、
せめてもの恋のよすがとしたのよ。私のご先祖はその恋に激しく感じ入り、
そのビスチェにちなんでこのお店の名前を変えたの。美しい話ね……」
「美しい話ね!ミ・マドモワゼル!」
悲しみたっぷりに、店長さんが語り上げる。
ポーズまでしっかりと決めて、涙さえ浮かべながら。
なんか、ボクまで他の店員さんと一緒に「美しい話ね!ミ・マドモワゼル!」って言いそうになってしまう。
それぐらい、店長さんのセリフ回しは、一流の役者さんも真っ青になるものだったんだ。
「それがこの『魅惑の妖精のビスチェ』!」
……ただ、その服装のセンスって、どうなのかなぁって思ってしまうんだ。
店長さんがババッて脱いだその下には、たくましい筋肉の上に、下着みたいな形の服があるだけ。
……「スゴイや」って感想しか浮かばない。
多分、ボクじゃ絶対真似できないなぁって、思ってしまうんだ。
「今を去ること四百年前、王さまが恋した娘に贈ったこの『魅惑の妖精のビスチェ』は我が家の家宝!
このビスチェには着用者の体格に合わせて大きさを変えピッタリとフィットする魔法と、
『魅了』の魔法がかけられているわ!」
「素敵ね!ミ・マドモワゼル!」
「んんんん~~~~!トレビアン!」
チャームの魔法を使えるようになる服、かぁ……
戦闘に便利かもしれないなぁって、ちょっとだけ思ったんだ。
でも、モンスターにまで効果があるとは限らないから、なんとも言えないけど。
……少なくとも、ボクがスカロン店長を見ても好感は持てても、
チャームにかかった、ってところまでは行かなかったしね……
きっと、着る人の個人差もあるんだろうなぁ……
「今週から始まるチップレースに優勝した妖精さんには、
この『魅惑の妖精のビスチェ』を一日着用する権利が与えられちゃいまーす!もう!
これを着た日にゃ、チップいくらもらえちゃうのかしら!
想像するだけでもうドキドキね!そんなわけだからみんな頑張るのよ!」
「はい!ミ・マドモワゼル!」
「よろしい!では皆さん!グラスを持って!」
従業員のみんながグラスを持つ。
ボクも、ミルクの入ったマグを両手で抱えて持った。
「チップレースの成功と商売繁盛と……」
ここで、スカロン店長さんがコホンと一回咳払いをして、かしこまった。
キリリとした、かっこいいおじさんの表情になる。
「女王陛下の健康を祈って。乾杯」
……このままでいてもいいと思うんだけど、なぁ?
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厨房に戻りながら、背中のデルフに疑問を言ってみた。
両手に持ったお盆の上に、乾杯用のグラスがてんこ盛りだから、落とさないように、ゆっくりと歩きながら。
これ、全部洗うのに、どれくらい時間がかかるんだろうなぁ……?
「……なんで、こっちの人って、チャームの魔法が好きなんだろう……?」
「まぁ、恋だの愛だのってのぁ人間の特権らしいしな。
いいんじゃね?てめぇに魅力の無ぇヤツの慰めでよ。……どっかの誰かさんみてぇに……」
「ちょ、ちょっと!誰のことを言ってるのよ!誰のことを!」
ルイズおねえちゃんが、後ろから追いついてきて文句を言う。
開店前の準備を手伝うのは、新人妖精さんのお仕事なんだって。
「いんや?別に娘っ子のことじゃねぇぜ?『なんだよ、ガキか』って客にバカにされたり、
ちょいとケツ触られて客を爆発させたりするようなどっかの誰かの話だぜ?」
「こ、このオンボロ~~~~!!よ、よよよくもそんなことをっ!!」
……先週のルイズおねえちゃん、そのまんまだ。
ルイズおねえちゃんは、良くも悪くも貴族なんだなぁって、ときどき思うんだ。
でも、お店屋さんをやるときに、あんなにプリプリ怒ったりしたら、どうしようもないなぁって思う。
「……ルイズおねえちゃん。とにかく、頑張ろう?ね?肩の力を抜いて……」
「えぇ、もちろんですとも!あんな酒場女に負けるものですか!!」
……「あちゃぁ」って思ったんだ。
ルイズおねえちゃん、また無理に張り切っている。
それもまぁ、仕方ないなぁって、思わなくはないけど……
「お?自分に魅力ってぇのが無ぇのにようやく気付いたのか、娘っ子は?」
「……そうじゃないんだ、デルフ……」
「ん?何かあったんか?」
「それがね……」
話は、先週に遡るんだ。
ボク達が、このお店に来て、3日目に……
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ピコン
ATE 大人のみりき
それは、その日、何度目かの客のフォローで店中が追われた直後の話だ。
「ちょっと、ルイズ」
それは、その日、何度目かの客のフォローを指揮した店長の娘だ。
「ハイ、何デショウカ?」
それは、その日、何度目かの客をフォローする羽目になった原因の娘だ。
店長の娘、ジェシカは、真剣な顔でルイズにこう言った。
「さっきの接客は何だってのよ……いいじゃない、胸ぐらい減るもんじゃ……」
新人の娘、ルイズは、劣等感の急所を突かれて怒りながらこう返した。
「う、うっさいわね!減るのよ!き、ききききっと確実に減るのよ!あ、あんたに関係無いでしょ!」
ジェシカはため息を深くつき、指を折りながら、こう言った。
「おおありだわよ。わたし、女の子の管理を任されてるんだから。あんたみたいな子、迷惑なの。
常連のお客さんは怒らせるし。注文はとってこないし。グラスは投げるし。ケンカはするし」
ジェシカはもう一度ため息をつき、憐憫の眼差しをルイズに向けてこう言った。
「ま、しょうがないか。あんたみたいなガキに酒場の妖精は務まらないわよね」
ルイズは、“ガキ”という言葉に反応してこう返した。
「ガキじゃないわ!十六だもん!」
ジェシカは、本気で驚いた顔をした。
「え?あたしと同い年だったの?……にしては、大人の“みりき”ってものが……」
特に、ルイズのある一部を、女性に本来あるべき丸みの存在しない部分を見ながら、
魅力どころか“みりき”も無いことを再度確認して、プッとジェシカは笑った。
「ま、頑張って。期待してないけど。でも、これ以上やらかしたら、クビだからね?」
「な、なによ……、バカ女ってばそろいもそろって胸が大きいぐらいで……、人をガキだの子供だのミジンコだの……」
ルイズにとって、胸の話題は相当コンプレックスだったらしい。
魔法がいくら使えるようになったところで、彼女もやはり女性。
そこに「魅力不足」などと言われ、耐えれるわけがあろうか?
「チップぐらい、城が立つほど集めてやるわよ!」
だから、ルイズは大言壮語を吐いてしまった。
図星を突かれたときの、彼女の大いなる悪癖だ。
「え~~~~、ホント?嬉しいな!」
ジェシカがニヤリと笑う。
罠にかかった、鳥を見る猟師のような、そんな表情。
「私が本気出したら、すごいんだから!男なんかみんな振り向くんだから!」
「言ったわね?」
「言ったわ」
売り言葉に買い言葉。
女に二言はあるまいと、両者了承済みであることを視線で語る。
「ちょうどいいわ。来週、チップレースがあるの」
「チップレース?」
「そうよ。お店の女の子たちが、いくらチップをもらったか競争するの。優勝者にはきちんと賞品も用意されるわ」
今日はケンカの大安売り。
売られたケンカは買ってやる。
それが客だろうと店長の娘だろうと、
ましてや自分より多少胸が大きいくらいでえばっていやがるようなクソ生意気な平民の娘であろうと。
ルイズの頭はいつになく好戦的だった。
もちろん、ウェイトレスとしては失格である。
「おもしろそうじゃないの、あんたなんかに誰が負けるもんですか」
「せいぜい頑張ってね。チップレースであたしに勝ったら、あんたのことガキなんて二度と呼ばないわ」
それは、その日、何度目かの客のフォローで店中が追われた直後の話だ。
それを、ルイズの使い魔は、物陰から「あちゃぁ」と言いたげに、そっと見ていた。
それは、その日、何度目かの客のフォローで店中が追われた直後の話だ。
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「挑発に乗せられてまんまとチップ稼ぎ、か。娘っ子らしいっちゃらしいわな」
お客さんが飲み食いした後のテーブルを片づけながら、デルフとしゃべっていた。
周りでは妖精さん達がチップのためにがんばっているみたいで、
しゃべる言葉ではやんわりしているけど、
獲物を狙うハンターのようにギラギラしたオーラを感じてしまう。
うーん、みんな、必死だなぁ……
「やる気になるのはいいんだけど、ね……」
「お、可愛いじゃねぇか!どうよ?俺様の妾にでもなんねぇ?なーんてな!がっはっは!」
これはルイズおねえちゃんに向けられた言葉だ。
ルイズおねえちゃん、顔をピクピクと引きつらせて耐えている。
……殴らないでいてほしいなぁ、いくら失礼なお客さんでも……
あ、もちろん、蹴ったり平手打ちしたりもダメだよ?
「接客って、大変だよね……」
厨房まで大きなジョッキとお皿を運びながら、改めてそう思う。
お客さんを楽しませるために頑張ることに比べたら、お皿洗いってとっても楽だなぁって思ってしまうんだ。
特にこのチップレースが始まって5日ぐらい、それを強く思う。
「しかしまぁ、ジェシカとかゆー姉ちゃん?あれも大概口が悪ぃな?おれっちが言うのも何だけどよ」
「あぁら、口が悪くてゴメンなさいね~!」
デルフ、しゃべるとその話している対象が出てくるって能力も持ってるのかなぁ?
厨房の入り口傍で、ジェシカおねえちゃんが休憩してた。
手には、サックサクのタルトを持っている。
「え、い、今のはボクが言ったんじゃ……」
「ハイハイ、分かってるわよ。そこの剣がしゃべくってるんでしょ?剣含めて変わった“姉弟”よね、あんた達……」
……ここでは、ルイズおねえちゃんとボクが姉弟ってことになっている。
余計なことを言わなくても済むための嘘ってことで。
……ボク、嘘は苦手だから、この話を続けられるとボロが出ちゃいそうだし、話をそらすことにしたんだ。
「……ジェシカおねえちゃんは、接客しなくていいの?」
「へっへ~ん!もう百二十エキュー集めちゃったしね。ちょっと休憩よ。それと、ハンデ。こうでもしないと、あの子勝ち目無いでしょ?」
「うっへ、稼ぐなぁ、姉ちゃん!」
デルフが驚くとおり、ジェシカおねえちゃんはものすっごく稼いでいる。
ルイズおねえちゃんの、100倍。もしかしたら、1000倍以上に。
(ルイズおねえちゃんが全然稼げてないだけかもしれないけど。ルイズおねえちゃん、すぐお客さん殴っちゃうからなぁ……)
……そんなジェシカおねえちゃんに、ちょっと聞きたいことがあったから、聞いてみた。
「……どうしてルイズおねえちゃんにあんなに酷いこと言ったの?」
「酷いこと?……あ~、先週のアレ?あんなの、ただハッパかけたってだけよ。
あぁいう、プライドの高い子って、怒らせるとやる気が出るしねぇ」
「……う~~ん、それでも酷いような……」
言いたいことは、なんとなく分からなくは無い……ような気もするような……
確かに、ルイズおねえちゃんを挑発すれば、すっごく頑張ってしまうのは分かりやすいと思う。
ルイズおねえちゃん、負けず嫌いで、意地っ張りなところがあるから。
でも……ルイズおねえちゃん、頑張り『すぎる』からなぁ……
「そうでもしなきゃ、まともに接客できるような状態には仕立て上げられないしねぇ。
ホンット、貴族の女の子には、荷が重すぎるのよ、飲食店なんてさぁ」
ドキッとした。なんでバレなたの?って思った。
「!? き、貴族なんかじゃないよ!ルイズおねえちゃんは!う、うん、違うよ!」
慌てて否定する。バレてないって思いたかった。
お姫さまの任務のためにここにいるって、バレちゃうと大変なことになりそうだったから。
「……バッレバレなんだけどなぁ~……まぁ、いいわよ。余計な詮索はしない。
この間入った子も秘密だらけだしなぁ……そういえばその子もチップレースはボロボロよね」
「……あぁ、あの人?」
ルイズおねえちゃんから、話がそれて、ホッとする。
(『バッレバレ』っていうのは、気にしないことにした)
ジェシカおねえちゃんが顎で指し示した人は、ルイズおねえちゃんの前に入った人。
メガネをかけた金髪の妖精さん。
「おい!何かしゃべったらどうだ!おい!」
「……」
あの人の接客も、変わっているなぁって思う。
お客さんに丁寧は丁寧なんだけど、一言も発しない。
ボク達が店に来てから、口を開くところを誰も見てないって、誰かが言っていた。
……なんか、見覚えがあるのは気のせいかなぁ……?
「はぁ、顔は良いのになぁ二人とも……いっそ、ビビちゃんが接客した方が良かったかも、ねぇ?」
「う、う~ん、どうだろう……」
ボクは、あまり接客には向いてないと思うんだけどなぁ……
「真面目に皿洗いしてくれてるし、可愛いし……10年ぐらいしたらいい男になってそうだし」
「え……あの……」
そんなことを言われると、困ってしまう。
ジェシカおねえちゃんの顔が、ボクの顔のすぐ目の前までジリジリせえまってくる。
「プッ!あははははは!じょーだんよ!冗談!あぁ、もう、からかいがいがあるわ、あんた達!」
それから、噴き出すように笑うジェシカおねえちゃん。
……からかわれてたみたいで、恥ずかしくなって帽子を深くかぶりなおした。
「あ、あにしやがんだ!このガキャ!?グワァ!?」
ガシャーンっていう音にビクッとして厨房から店内を覗き見た。
「だ、誰があんたのベッドになんかぁぁっ!?」
……「あちゃぁ」って言ってしまった。
ルイズおねえちゃん、お客さんにまた何か言われてしまったらしく、
ワイン瓶を振り回して真っ赤な顔で怒っている。
……『からかいがい』はあるのかもしれないけど、からかわない方が身のため、じゃないかなぁ、アレって……
「あ!?全く、あんたの“お姉ちゃん”、5日目にしてもやってくれるわ!ちょっとフォロー行ってくるわね!」
「あ、うん……いってらっしゃい……」
ジェシカおねえちゃんが走って行って、うまくそのお客さんをなだめながら、
ルイズおねえちゃんをそのお客さんから離すようにしていた。
ジェシカおねえちゃんを見ると、やっぱり接客のプロって違うんだなぁって思う。
「……娘っ子の勝ち目無さそうだな、この分だと」
「……そうだね」
チップレースもあとちょっと。
ルイズおねえちゃんが勝つのは……ちょっと無理そうだなぁって、そう思ったんだ。
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ピコン
ATE タバサとごくらくちょうと……
にんぎょうげきが はじまるよ!
にんぎょうげきが はじまるよ!
ぼっちゃん じょうちゃん よっといで!
にんぎょうげきが はじまるよ!
あやつりいとが さそうがままに
きょうも にんぎょうげきが はじまるよ!
ぶたいは きけんな ドラゴンの すみか!
でもこわいのは ドラゴンだけじゃない みたい!
にんぎょうげきが はじまるよ!
~~~~
「(不味い)」
タバサは、小一時間ほど前と同じ感想を抱いた。
違いと言えば、先ほどのは文字通り味覚に関する“不味い”であり、
今現在抱いているものは、自分の体調を危惧しての“不味い”ということである。
『季節外れの極楽鳥の卵が食べたいから、取ってこい』。
任務の指示としては、実に単純。
だが内容は困難を極めるものだった。
今回の任務は、実に疲れるものだった。
火竜の体力に身体のあちこちは痣と傷だらけ、
火竜のブレスに精神力のほとんどを費やした。
少しの食事と休憩で、それらは回復したかもしれない。
が、やはり万全とは言えない。
だから彼女は二度目の“不味い”を感じたのだ。
(なお、余談であるが、一度目の“不味い”は、件の極楽鳥の卵を食した感想である。
やはり、旬を外したものというのは、味もそれなりということなのであろうか。
このような物を、どうしても、と食べたがったイザベラの趣向に、
味の好みが、一般とはやや異なるタバサも首をかしげざるを得なかった)
少なくとも、体力だけは6割でも確保しておきたかった、とタバサは歯噛みする。
北花壇騎士としての任務が何時入ってくるとも限らない。
立て続けに仕事が舞い込んでくることなどザラで、
学生だから、とか、重要な任務を果たした直後だから、とかいう甘い言い訳は通用しない。
タバサ自身もそれは了承済みだ。
復讐という望みのため、自らを修羅の道に投じた彼女にとって、それは避けては通れぬ日常だった。
そのためにも、6割程度の体力は残っていてほしかった。
「きゅい~……おねえさま、大丈夫なのね? もう少し休んでいった方が……」
「――問題無い」
それでも、使い魔の心配を切って捨てる。
見た目にも疲れていることが分かってしまうとは、不覚だ。
一刻も早く報告を済ませ、出来る限り休養を取らねばならない。
彼女は、自分の体調を、武器の修繕を行う鍛冶屋のごとく冷静に判断した。
「待て」
ふいに、声がした。
濃密な麓の霧靄を隙間を縫うような、クリスタルグラスの声。
「何者」
木陰の向こうにわずかに感じる気配に、タバサはそう問うた。
「お前に要求したいことがある」
気配が実体を伴って、霞から姿を現した。
薄い茶色のローブ、つば広の羽飾り付きの異国の帽子、
長身痩躯の身体に美しい金髪。
実体が見えるにも関わらず、周囲に溶け込み消えそうな気配。
「何者」
底知れぬものを感じ、再びタバサは問うた。
「……失礼した。お前達蛮人は、初対面の場合、帽子を脱ぐのが作法だったな」
帽子の下には、均整のとれた美が存在した。
切れ長の碧い瞳に、白い肌、こぼれるような金の髪、
そして、長い耳。
「私は“ネフテス”のビダーシャルだ。出会いに感謝を」
「エルフ」
タバサの身体が、第一級の警戒態勢を取る。
それは、捕食者を前にした小動物の動き。
「安心しろ。要求さえ飲んでくれれば、危害を与えるつもりはない」
「要求?」
張りつめた空気。
普段はうるさいはずの風韻竜も、口を閉ざさざるを得なかった。
「単純なものだ。抵抗しないで、共に来て欲しいということだ。
我々エルフは、無益な争いを好まない。だが、約束をしてしまった。
お前を連れていく、という約束を。だから、できれば穏やかにご同行願いたいのだ」
「拒否した、場合は?」
相手の、出方を見極めようとする、タバサ。
敵う相手ではない。
先住魔法を操る、この世界で一番の化け物、エルフ。
方や、疲労の色を使い魔にすら隠せない、少女のメイジ。
隙を見て逃げ出すのが得策だとそう考えていた。
「……“これ”を、見せれば良いと、依頼主から言われている」
「――!!」
“これ”は、数本の糸の束に見えた。
丁度、操り人形の手足を動かすための、操り糸のように。
タバサは、“これ”が人形の手足に絡む様を、確かに見たことがある。
その人形は、操り人形では無かったが。
その人形は、かつてタバサがシャルロットだった頃に、母にもらった人形だった。
その人形は、かつて“タバサ”と呼ばれていた人形だった。
その人形は、今は“シャルロット”と呼ばれる人形だ。
その人形は、今はタバサの母が、娘と思い込み、大事に抱えている人形だった。
“これ”は、青く、長く、美しい色合いだった。
「“これ”の持ち主の身は、依頼主が預かっている」
タバサの母の、髪の毛。
タバサが、救いたいと思っている、優しき母の髪の毛。
それが、“これ”の正体だった。
『ドクン』
心臓の音が 跳ね上がる。
戦いの 銅鑼のように 強く 激しく。
『ドクン』
彼女は 人形だ。
彼女自身 それを認めている。
『ドクン』
心臓の音など するわけがない。
そうだ 心臓の音など してはいけないのだ。
「お、おねえさま!?し、シルフィもお供するのね!!一緒に戦うのね!」
「下がってて」
「お、おねえさま!!」
「貴女は 待っていて」
使い魔の優しさを 無碍に 断る 小さきメイジ。
それは 彼女なりの 優しさ。
これは 自分の問題だと 彼女は考える。
使い魔を 巻き込むわけには いかない。
使い魔も 今回の任務で 疲弊している。
共に闘っても 考慮すべき要素が増える だけ。
ならばいっそ 助けでも呼びに行ってもらった方が マシというものだ。
冷静な判断? いや 違う。
血が 体中を流れる血液が 逆流していくような錯覚を覚える。
しかも それは 生物に通うべき 熱き血潮では 断じて無く
押し寄せる氷河のごとく 冷たい奔流であった。
深く 凍えるような 怒り。
人では 耐えることができぬほど 静寂に満ちた 憤怒。
「きゅ、きゅいぃぃ……」
伝説の風韻竜すら その凍りつくような迫力に気圧され
小さき主の傍から そっと飛び立った。
「(ありがとう)」
主のつぶやくような、感謝の気持ちを背に受けて。
『ドクン ドクン』
使い魔を 見送った 少女から
身を突き刺すような オーラが発せられる。
そんな彼女も かつて 人間であった。
そんな彼女も かつて 普通の少女であった。
だから こそ
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ……」
彼女は 怒り
『ドクン ドクン ドクン』
彼女を 突き動かす。
「交渉決裂か」
エルフの先住魔法か 放たれた氷の矢群は 防がれ 敵の足元にポトリと落ちた。
だが 戦いは ここからだ。
「ラグーズ・ウォータル・イス……」
再び、ウィンディ・アイシクルの呪文詠唱を始める。
母の髪の毛は 罠? ブラフ? あぁ そうなのかもしれない。
頭の隅では分かっている。
だが 演目は既に始まっている。
少なくとも こいつとこいつの“依頼主”は 彼女の母に仇なす者。
誰に 止められるというのだ?
ましてや 孤独に 戦うことを選んだ
哀れな 戦人形になど?
憤怒に彩られる 感情と
騎士としての 戦闘経験が
彼女の 身体を 内側から
操り人形の 糸のように 踊らせる。
「――!」
氷の矢は またもエルフの目の前で
今度は クルリと向きを変え 詠唱者自身に 跳ね返る。
誰かが描いた 脚本通りに。
雪風が舞う。
操り人形の 身体が踊る。
観客が望むように 劇作家の描いた その通りに。
理性 感情 経験則 本能 ありとあらゆる糸が 少女の手足を 振り回す。
杖で氷の矢を落としながら 新たな呪文を詠唱する。
「ラグーズ・ウォータル……」
縦横無尽に 緊張と 弛緩を繰り返す 糸達の合唱に
もう一本 新たな糸が加わった。
魔力を司っていた 三重奏の糸の音に
透き通るような ソプラノの音源。
トライアングルからスクウェアへ。
メイジとしては 得難い 成長の瞬間。
「……イーサ・ハガラース」
呼応に応じて 現れるは ダイヤモンドダストとでも言うべき
煌めく 氷の竜巻 アイス・ストーム。
触れる者を切り刻む 美しき刃の渦。
スクウェアクラスでしか成しえぬ 氷と風の芸術品。
蛹が 蝶へと化ける 歓喜の時
だがそれがなんだと言う?
舞台に上がった 役者の仕事は 唯一つ。
手足を 止めるわけにはいかなかった。
だが それももう終わりに近い。
「っ――!?」
エルフの瞳に潜む物に タバサは気づいてしまった。
それは “遠慮”。
タバサを敵とすら 見なさない 憐れみの表情。
三度 氷の魔法はエルフに届かず 跳ね返る氷の嵐。
ドラゴンとの死闘 それ以前から溜まる 任務による疲労
少しばかり冷静さを欠いた 彼女らしからぬ戦い方
忌避すべき敵 先住の魔法を操る 恐るべき化け物
筋書き通りに
操り人形は 踊り狂い
操り糸に 絡まって
自らを 後戻りのできぬ
死地に 追い込む。
あがき もがき 苦しんで。
逃げようとするも 時は戻らず
哀れ雪風は 氷嵐に包まれて
ズタズタに 切り裂かれた。
理性 感情 経験則 本能 あらゆる糸が 沈黙に陥る中、
一番弱かった 理屈を考える糸だけが 小さくポツンとつぶやいた。
「(罠に、かかった)」
操り人形の 瞼は落ち
現世の劇に 一時の暗幕
目覚めたときに 見えるのは
どう転んでも 悪夢であろうか……
~~~~
にんぎょうげきは まだつづく!
にんぎょうげきは まだつづく!
ぼっちゃん じょうちゃん またおいで!
にんぎょうげきは まだつづく!
タバサは これから どうなるの?
おはなしの つづきは またこんど!
でもね これだけは おしえよう!
にんぎょうげきの おわりは
もう すぐ さ……
#navi(ゼロの黒魔道士)
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